IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社リコーの特許一覧

<>
  • 特開-細胞培養用基材 図1
  • 特開-細胞培養用基材 図2
  • 特開-細胞培養用基材 図3
  • 特開-細胞培養用基材 図4
  • 特開-細胞培養用基材 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024135593
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】細胞培養用基材
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20240927BHJP
   C12M 1/22 20060101ALI20240927BHJP
   C12N 5/0793 20100101ALI20240927BHJP
   C12N 5/079 20100101ALI20240927BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12M1/22
C12N5/0793
C12N5/079
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023046367
(22)【出願日】2023-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000006747
【氏名又は名称】株式会社リコー
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】狭間 徹
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029AA08
4B029BB11
4B029CC02
4B029CC08
4B065AA93X
4B065AC12
4B065BC01
4B065BC41
4B065BC46
(57)【要約】
【課題】神経細胞の接着培養において、長期培養によって培養面で生じる神経細胞の凝集を抑制可能な細胞培養用基材を開発し、提供する。
【解決手段】接着力の異なる2以上の接着領域を含む複数の小区画を基材の培養面に均一に分散配置させた細胞培養用基材を提供する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養用基材であって、
基材表面上の培養面の一部又は全部に、神経細胞及び/又はグリア細胞に対して接着力の異なる2以上の接着領域が均一に分散していることを特徴とする、前記細胞培養用基材。
【請求項2】
前記培養面上の任意の小区画における前記接着力の異なる2以上の接着領域の面積比は、接着力の強い接着領域が接着力の弱い接着領域よりも小さい、請求項1に記載の細胞培養用基材。
【請求項3】
前記接着力の強い接着領域の面積比が、前記小区画の面積に対して3~20%である、請求項2に記載の細胞培養用基材。
【請求項4】
前記小区画は0.1mm~1mmの区画からなる、請求項2又は3に記載の細胞培養用基材。
【請求項5】
前記異なる2以上の接着領域が培養面上の異なる層に形成されている、請求項1に記載の細胞培養用基材。
【請求項6】
前記接着領域は細胞接着分子を前記培養面に配置してなる、請求項1に記載の細胞培養用基材。
【請求項7】
前記接着力の異なる2以上の接着領域は接着力の異なる2種以上の細胞接着分子を前記培養面に配置する、請求項6に記載の細胞培養用基材。
【請求項8】
請求項1に記載の細胞培養用基材を含む培養容器。
【請求項9】
細胞培養用基材の作製方法であって、
基材表面上の培養面の一部又は全部に神経細胞及び/又はグリア細胞に対して接着力の異なる2種以上の細胞接着分子が均一に分散するように配置する配置工程
を含む前記作製方法。
【請求項10】
前記2種以上の細胞接着分子の配置をパターニング形成方法で行う、請求項9に記載の作製方法。
【請求項11】
前記培養面の一部又は全部に配置された一の細胞接着分子上に他の細胞接着分子を積層配置する、請求項9又は10に記載の作製方法。
【請求項12】
神経細胞の凝集を抑制して培養する神経細胞培養方法であって、
神経細胞を含む細胞を、細胞培養用培地を含む請求項8に記載の培養容器に播種する播種工程、及び
前記細胞を培養する培養工程
を含む前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経細胞及び/又はグリア細胞を培養するための細胞培養用基材、並びにその作製方法及びそれを用いた神経細胞等の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、脳や脊髄等の中枢神経は再生しないと考えられており、そのため損傷等で失われた場合には治癒後も重篤な後遺症が残るとされていた。しかし、近年では再生医療技術の発達による神経再生への期待に伴い、神経再生医療の研究が活発に行われている。神経再生の研究を進める上で、神経細胞を含む細胞集合体をインビトロで培養し、その機能評価や薬理効果を調べる研究は急務となっている。
【0003】
ところが、神経細胞を含む細胞集合体をインビトロで接着培養した場合、従来の培養方法では、長期培養で細胞が凝集し、その後、基板から剥離するという問題があった。これが原因となり、インビトロ培養下での神経細胞における機能評価や薬理効果の結果が安定せず、再現性の高い正確なデータを得ることができなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、神経細胞の接着培養において、培養面で長期培養によって生じる神経細胞の凝集を抑制可能な細胞培養用基材を開発し、提供することを目的とする。
【0005】
また、本発明は前記効果を有する細胞培養用基材を含む細胞培養用容器を用いて、神経細胞を凝集させることなく機能評価が可能な状態で培養する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために本発明者らが研究を重ねた結果、接着力の異なる2種の接着領域を培養面に均一に分散させた培養容器を用いて神経細胞を培養したときに、長期培養後も凝集することなく神経突起を伸長し、周辺の細胞とシナプスを形成することを見出した。これは、培養面に細胞接着力の強弱が分散形成されることによる効果と考えられる。神経細胞やグリア細胞は、接着力の強い領域では培地交換や振盪による物理的作用等によっても剥離しないが、接着力の弱い領域では同じ物理的作用等でその多くが剥離してしまう。それにより、培養面に接着した細胞の濃淡(細胞量の多寡)が形成される結果、神経細胞は凝集することなく平面的に神経突起を伸長できると推定されている。
【0007】
特許文献1には、シート状細胞培養物を製造する方法が開示されている。細胞接着力の違いで領域を分けてパターン形状を形成させる点では本発明に似るが、この文献は、簡便かつ迅速にシート状細胞培養物を製造することを目的とした発明であって、長期培養における神経細胞の凝集を抑制させるという本発明の課題とは本質的に異なる。本発明は、当該新たな知見に基づくものであり、以下を提供する。
【0008】
(1)基材表面上の培養面の一部又は全部に神経細胞及び/又はグリア細胞に対して接着力の異なる2以上の接着領域が均一に分散していることを特徴とする、細胞培養用基材。
【0009】
(2)神経細胞を含む細胞を、培地を含んだ、前記(1)に記載の細胞培養用基材を培養面に含む培養容器に播種する播種工程、及び神経細胞を培養する培養工程を含む、神経細胞の凝集を抑制して培養する神経細胞培養方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の細胞培養基材によれば、神経細胞を含む細胞の培養面における細胞凝集を抑制可能な基材を提供することができる。
【0011】
本発明の培養容器によれば、神経細胞を含む細胞の培養面における細胞凝集を抑制可能な培養容器を提供することができる。
【0012】
本発明の神経細胞培養方法によれば、神経細胞を含む細胞の長期培養による細胞凝集を抑制し、かつ機能性評価が可能な神経細胞を含む細胞集合体を培養することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の細胞培養用基材(0100)の一構成を有する基材(0101)の断面を示した図である。この図では、培養面(0102)上に被覆配置された接着領域X(0103)の上に接着領域Y(0104)が複数個、規則的に分散配置された構成を示している。
図2図1で示した本発明の細胞培養用基材(0200)の培養面(0202)を上方から見たときの概念図である。この図では、面積比の大きい接着領域X(0203)上に、面積比の小さい接着領域Y(0204)が点在する構成を示している。図中、破線で囲まれた1つ1つの区画が小区画に該当する。なお、接着領域Yには細胞接着性の強い細胞接着分子が配置され、また接着領域Xは細胞接着性の弱い細胞接着分子が配置されている。
図3】2種の細胞接着分子を基材表面に均一分散配置した細胞培養用基材における細胞凝集抑制効果を示す、培養面上の神経細胞図である。図3Aは、培養面全面に2種の細胞接着分子(細胞接着分子A、B)を層状配置し、細胞接着分子Aのみが培養面表面に曝露している培養容器における図である。図3Bは、図3Aと同様に培養面全面に細胞接着分子Bを層状配置した後、その層上に本発明の細胞培養用基材の構成を有するように細胞接着分子Aを分散配置した培養容器における図である。図中、矢印は、凝集した神経細胞を示す。
図4】Caイオンオシレーション結果を示す蛍光画像図である。図4A及び図4Bは、通常の培養容器を用いて6週間培養後の培養面上の同視野画像である。また図4C及び図4Dは、本発明の培養容器を用いて6週間培養後の培養面上の同視野画像である。図4A及び図4Cは、Caイオンオシレーション処理前(Before)の画像であり、図4B及び図4Dはオシレーション後(After)の画像である。図中、矢印は、凝集した神経細胞を示す。
図5図4と同じ培養容器上の異なる視野での免疫染色画像を示す図である。図5A図5Cは、通常の培養容器を用いて6週間培養後の培養面上の同視野画像である。図5D図5Fは、本発明の培養容器を用いて6週間培養後の培養面上の同視野画像である。A及びDはHoechst染色画像(核染色)であり、図5B及び図5Eはチューブリン構成タンパク質であるMAP2タンパク質の染色画像であり、図5C及び図5Fはβチューブリンの局在を示している。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.細胞培養用基材
1-1.概要
本発明の第1の態様は細胞培養基材である。本態様の細胞培養基材は、基材表面上の培養面に神経細胞及び/又はグリア細胞に対して接着力の異なる2以上の接着領域を均一に分散するように含むことを特徴とする。この接着領域における接着力の差異により神経細胞が培養面で均一に分散され、その結果、培養時に神経細胞が凝集することなく増殖し、神経突起を伸長することができる。
【0015】
1-2.用語の定義
本明細書で使用する以下の用語について定義する。
【0016】
本明細書において「基材」とは、細胞培養用基材の基盤となる構成部材をいう。
【0017】
本明細書において「細胞培養用基材」とは、神経細胞を凝集させることなく培養するために、その培養面に接着力の異なる複数の接着領域を均一に分散配置した基材をいう。
【0018】
本明細書において「培養面」とは、細胞培養用基材において細胞培養に直接寄与する表面部位をいう。本明細書での細胞培養は接着培養であることから、培養面は培養対象の細胞が接着可能な面となる。通常は細胞培養用基材表面において培地又は培養液が直接接触する部位が該当する。
【0019】
本明細書において「接着培養」とは、細胞を基材等の外部マトリクス上に接着させて増殖させる培養をいう。原則として外部マトリクス平面上で細胞が単層で増殖する培養を指すが、本明細書では細胞凝集により外部マトリクス平面上で細胞が三次元的に増殖する培養も含む。
【0020】
本明細書において「細胞凝集」(本明細書では、しばしば「凝集」と略称する)とは、複数の細胞が培養面上で積層増殖して集合し、三次元的集塊を形成することをいう。異なる細胞による凝集、及び同一細胞による凝集があるが、本明細書ではいずれの凝集も包含する。同一細胞による凝集は、1つの細胞の増殖に由来して集塊が形成される場合も含む。細胞凝集の機構としては、限定はしないが、膜タンパク質や細胞膜の細胞間での非特異的な吸着、細胞表面のカドヘリンを介した細胞間の接着等が挙げられる。
【0021】
本明細書において「細胞凝集塊」とは、培養面上で細胞凝集によって形成される塊状の細胞集団をいう。細胞凝集塊を構成する細胞は、1種類以上の神経細胞等であれば特に限定されない。
【0022】
本明細書において「培養容器」とは、前記細胞培養用基材を含む培養用の容器をいう。培養容器において細胞培養に直接関与する部位には、少なくとも前記細胞培養用基材がその培養面に配置されるように含まれる。
【0023】
「神経細胞」とは、神経組織を構成する情報伝達に特化した細胞をいう。基本構成として1本の軸索、及び複数の樹状突起を有する。神経細胞には、感覚神経細胞、介在神経細胞、及び運動神経細胞等が知られるが、本明細書における神経細胞は、いずれの神経細胞であってもよい。神経細胞は、増殖において足場を必要とする足場依存性細胞である。
【0024】
「グリア細胞」とは、中枢神経系や脊髄等に存在し、神経細胞の維持に関与する細胞群をいう。神経膠細胞とも呼ばれる。グリア細胞には、アストロサイト(星状膠細胞)、ミクログリア(小膠細胞)、シュワン細胞(鞘細胞)、オリゴデンドロサイト、及びサテライト細胞等が知られるが、本明細書におけるグリア細胞は、それらのうち、いずれの細胞であってもよい。グリア細胞は、増殖において足場を必要とする足場依存性細胞である。なお、本明細書では「神経細胞及び/又はグリア細胞」をしばしば「神経細胞等」と略称する。
【0025】
「シナプス」とは、神経細胞間又は神経細胞と他種細胞間における情報伝達のための接触構造をいう。ここで言う「他種細胞」とは、主に筋細胞(筋繊維)が該当する。本明細書では特に断りのない限り、以下、シナプスとは、狭義のシナプス、すなわち神経細胞間の接触構造を指すものとする。
【0026】
本明細書において「シナプス(の)形成」とは、細胞間、主に神経細胞間でシナプスが形成されることをいう。神経細胞間でのシナプス形成は、通常、情報シグナルを伝える側のシナプス前細胞の軸索末端とそのシグナルを受け取る側のシナプス後細胞の樹状突起の間で形成される。複数の神経細胞間で、より高次のシナプスが形成されることによって、脳に見られる複雑な神経回路網(ニューラルネットワーク)が形成される。
【0027】
本明細書において「接着力」とは、足場を提供する支持体としての前記細胞培養基材表面において、神経細胞等が接着できる強さをいう。一般に接着力が弱いとき前記細胞は培養時の振盪、培地交換時のピペッティング、または洗浄による物理的作用によって細胞培養基材表面から剥離しやすい。逆に接着力が強いとき前記細胞は前述の物理的作用によっても細胞培養基材表面から容易に剥離しにくい。接着力がない、すなわち0の場合、前記細胞は細胞培養基材表面に接着することができない。
【0028】
「細胞接着分子」とは、細胞接着力を有し、細胞の接着を担う分子をいう。本明細書においては、限定はしないが、細胞-基材間の接着を担う分子が該当する。基材表面で細胞接着の足場を提供する分子、及び細胞と基材表面を介在する分子を含む。
【0029】
本明細書において「接着領域」とは、細胞培養基材表面において神経細胞等に対し接着力を有する領域をいう。したがって、本明細書において接着力のない領域は接着領域には該当しない。
【0030】
本明細書において「小区画」とは、細胞培養基材表面上の培養面における任意の小面積からなる区画であり、その内部に神経細胞等に対して接着力の異なる2以上の接着領域を含み得る。区画の境界域は明瞭でなくてもよい。
【0031】
本明細書において「分散」とは、互いに重なることなく広がっている状態をいう。例えば、複数の接着領域が重なり合うことなく、細胞培養基材表面上に広がっていることをいう。
【0032】
本明細書において「均一に分散」とは、一部に偏ることなく、同一又は同程度の間隔で全体に広がっていることをいう。ここで言う「均一」とは、厳密な同一性を必ずしも必要とせず、概ね一様であればよい。したがって、例えば「2以上の接着領域が均一に分散」しているといった場合、培養表面上に任意の小区画を設定したときに、どの小区画をとっても小区画内における1の接着領域の面積比が所定の範囲内に収まっていればよい。
【0033】
1-3.構成
1-3-1.細胞培養用基材の構成
(1)細胞培養用基材の材質
本発明の細胞培養用基材は、神経細胞培養用であり、固体材料(ゲル状物質を含む)からなる。その材質は、少なくともその表面に神経細胞等が直接的に又は間接的に接着可能であり、細胞毒性がなく、滅菌が可能であり、そして培養条件下で変質又は変性しない材質であれば限定はしない。例えば、プラスチック、ガラス、金属、セラミックス、天然樹脂(例えば、天然ゴム又は漆)、天然繊維若しくは化学繊維又はそれらの集合体(例えば、紙、不織布、フィルター)、寒天のような多糖類高分子(例えば、寒天)、ゲル化タンパク質(例えば、ゼラチン、コラーゲン)、又はそれらの混合物が挙げられる。プラスチックであれば、具体的には、例えば、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリウレタン、ポリサルフォン、ポリカーボネート、ポリアリレート、ポリアミド、ポリビニルアルコール等を利用することができる。また、金属であれば、ステンレス、コバルトクロム(CoCr)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、パラジウム(Pd)、タンタル(Ta)、金(Au)、白金(Pt)、銀(Ag)、銅(Cu)等が好ましい。
【0034】
細胞培養用基材は、2以上の材質(素材)からなる多層構造体であってもよい。例えば、プラスチック表面にガラス薄膜が積層された細胞培養用基材が挙げられる。基材が多層構造を有する場合、少なくとも培養面を構成する層は、神経細胞等が直接的に又は間接的に接着可能な材質でなければならない。培養表面上に任意の小区画を設定したときに、どの小区画をとっても小区画内における1の接着領域と他の接着領域との比率が所定の範囲内に収まっていればよい。
【0035】
(2)細胞培養用基材の形状
細胞培養用基材は、その表面、特に培養面に均一に分散した2以上の異なる接着領域を複数含むことを特徴とする素材である。それ故に、その形状は問わない。本発明の細胞培養用基材を用いた各製品の形状に応じて適宜定めればよい。例えば、第3態様に記載の培養容器に用いる場合、その容器形状にあわせた形状にすることができる。また、培養容器以外にも、細胞培養において細胞の足場を提供する支持体として用いる場合には、例えば、球体形状(ビーズ形状)やセンサチップに適合する形状にすることもできる。
【0036】
1-3-2.接着領域の構成
(1)接着領域の配置
接着領域は、細胞培養用基材における必須の構成要素である。神経細胞等に対して接着力の異なる2以上の接着領域(本明細書では、しばしば「異なる接着領域」と略称する)が培養面上に均一に分散するように複数個配置されている。接着領域は、培養面上の全域を占めていてもよいし、一部域を占めていてもよい。
【0037】
異なる接着領域は、細胞培養用基材表面上、特に培養面上で、規則的に、不規則的に、又はそれらの組み合わせで配置される。接着領域のそれぞれは、互いに接していても、離れていてもよいが、重複はしない。同一接着力の接着領域が互いに離れて配置されている場合、その接着領域間の最大間隔は培養する神経細胞が樹状突起を伸長可能な距離とする。
【0038】
接着領域の種類数は、接着力の異なる接着領域が2種以上あれば特に限定はしない。例えば、(a)接着力がそれぞれ異なる3種の接着領域を含む場合、(b)同一又は同程度の接着力を有する2種の異なる接着領域と、前記接着領域とは接着力の異なる1種の接着領域を含む場合等が挙げられる。少なくとも小区画内に接着力の異なる2つの接着領域が均一に分散するように含まれていれば、本発明の細胞培養用基材における機能を発揮し得る。
【0039】
(2)接着領域の構成
接着領域における神経細胞等に対する接着力は、神経細胞等と細胞培養用基材表面間の化学的吸着力、物理的吸着力、又は親和力等に基づく。化学的吸着力には、例えば、水素結合、イオン結合、又は共有結合のような化学結合が挙げられる。また、物理的吸着力には、例えば、ファンデルワールス力が挙げられる。
【0040】
接着領域と神経細胞等との接着は、神経細胞等を細胞培養用基材表面上に固定することができれば、直接的接着、間接的接着、又はその組み合わせのいずれであってもよい。
【0041】
直接的接着には、細胞培養用基材表面と神経細胞等が親和力等により接着する場合が挙げられる。一般に親水性であれば細胞との親和性が高いことから、親水性素材を細胞培養用基材に用いるか、細胞培養用基材表面を親水化処理することで直接的接着が可能となる。基材表面の親水化処理には、例えば、コロナ放電処理、プラズマ処理、酸化剤処理が挙げられる。
【0042】
間接的な接着には、例えば、親水物質又は細胞結合分子を介した接着が挙げられる。親水物質を介した接着は、親水物質で基材表面をコーティング処理することで達成され得る。細胞結合分子を介した接着は、細胞培養用基材表面上に固定された細胞結合分子が、神経細胞等と結合することで神経細胞等と細胞培養用基材との接着が達成され得る。
【0043】
細胞結合分子は、限定はしないが、ポリペプチド、核酸、低分子化合物、又はその組み合わせで構成される。ポリペプチド性細胞結合分子の具体例として、ポリリジン及びポリオルニチンの他、一般に細胞外マトリクスとして知られるコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、フィブリノーゲン、ネトリン、エラスチン、マトリゲル等が挙げられる。また、低分子化合物性細胞結合分子の具体例として、ポリエチレンイミン(PEI)等が挙げられる。
【0044】
培養面上内には、前述のように異なる接着領域が含まれる。ここで「接着力の異なる」とは、接着力に差異、すなわち強弱差があることをいう。接着領域のおけるこの接着力の差が本発明の細胞培養用基材におけるもう一つの特徴であり、神経細胞等の接着培養における凝集を抑制するための重要な構成である。接着力の強い接着領域(本明細書では「強接着領域」と表記する)は、接着力の弱い接着領域(本明細書では「弱接着領域」と表記する)よりも神経細胞等をより強固に接着することができる。
【0045】
本明細書において、接着力の評価は、その強弱が主観的又は客観的に評価できれば特に限定はしない。例えば、細胞培養用基材表面に接着した神経細胞等、又は細胞培養用基材表面に固定された細胞接着分子の剥離度の差異に基づき、2つの接着領域間の接着力の強弱関係を評価することができる。この剥離度の差異に基づき客観的に評価する場合には、例えば、同形同面積の2つの細胞培養用基材表面上にそれぞれ固定された2種の細胞接着分子に対して、同量の培地又は洗浄液を同条件でピペッティングにより流入、射出を繰り返したときに、固定された細胞接着分子の95%以上が剥離した回数によって接着力を定量化する方法が挙げられる。
【0046】
強接着領域と弱接着領域の接着力の差は、特に限定はしないが、好ましくは強接着領域の接着力が弱接着領域のそれに対して1.5倍、1.6倍、1.7倍、1.8倍、1.9倍、2倍、2.1倍、2.2倍、2.3倍、2.4倍、又は2.5倍であればよい。
【0047】
接着領域は、異なる接着領域が培養面に形成された構成であれば限定はしない。例えば、神経細胞等が細胞培養用基材表面に直接に接着する場合、接着領域は前述の構成や処理により細胞培養用基材表面を親水性にすることで形成できる。この時、それぞれの接着領域における親水性に差異を設けることで、異なる接着領域を培養面に形成できる。また、例えば、神経細胞等が細胞培養用基材表面に間接的に接着する場合、接着領域に前述の親水物質コーティング処理を行うか、細胞接着分子を配置することで形成できる。このような間接的接着を行う場合、異なる接着領域は、細胞培養用基材表面上に単層で形成されていてもよいし、複層で形成されていてもよい。単層の場合は、例えば、接着力の異なる2以上の細胞接着分子を細胞培養用基材表面上に所定のパターン、例えば、後述する各小区画内にて異なる接着領域が含まれるパターンで配置することで2以上の接着領域を単層に形成することができる。複層の場合は、異なる接着領域をそれぞれ異なる層に形成すればよい。多層形成させる場合、細胞培養用基材表面における培養面の全面を一の細胞接着分子の層で形成させ、その層の上に他の細胞接着分子を配置する構成が挙げられる。接着領域が多層構造の場合、強接着領域と弱接着領域の配置順序、すなわち接着性の弱い細胞接着分子と強い細胞接着分子の配置順序は問わない。例えば、接着性の弱い細胞接着分子を下層に配置し、その上に接着性の強い細胞接着分子を配置してもよいし、その逆であってもよい。各層の厚さは、それぞれの細胞接着分子が剥離しない厚さで形成されていれば、特に限定はしない。
【0048】
1-3-3.小区画の構成
(1)小区画の配置
小区画は、本発明の細胞培養用基材において、培養面上で任意に選択設定される小面積からなる区画であって、その内部に異なる接着領域を含み得る。つまり、培養面上の適当な位置に小区画を設定した場合、いずれの位置であっても選択した小区画内部に異なる接着領域が包含されるように、前記異なる接着領域が均一に分散配置されていることになる。小区画の数は限定されず、培養面上に1個、又は複数個存在し得る。また、複数個存在する場合、小区画内部に異なる接着領域を含む限り、細胞培養用基材表面上での各小区画の配置にも限定はなく、規則的、不規則的、又はそれらの組み合わせのいずれであってもよい。各小区画は、互いに接していても、離れていてもよいが、重複はしない。
【0049】
(2)小区画の形状
小区画の形状は限定しない。例えば、円形、略円形、楕円形、方形、略方形、長方形、略長方形、多角形(例えば、六角形)、略多角形、不定形、又はそれらの組み合わせが挙げられる。また細胞培養用基材表面上で、各小区画の形状は、互いに同一形状であってもよいし、異なる形状であってもよい。また、その組み合わせであってもよい。
【0050】
(3)小区画の面積
小区画の1区画あたりの面積は、限定はしないが、1μm以上、5μm以上、10μm以上、20μm以上、30μm以上、40μm以上、50μm以上、60μm以上、70μm以上、80μm以上、90μm以上、又は0.1mm以上であればよく、また5mm以下、4mm以下、3mm以下、2mm以下、1mm以下、0.9mm以下、0.8mm以下、0.7mm以下、0.6mm以下、0.5mm以下、0.4mm以下、0.3mm以下、又は0.2mm以下であればよい。また、細胞培養用基材表面上で、各小区画の面積は同一であってもよいし、異なっていてもよい。また、その組み合わせであってもよい。
【0051】
(4)各接着領域の面積比
小区画内に含まれる接着力の異なる接着領域は、各面積比が異なっていてもよい。ここでいう「面積比」とは、小区画内の全面積に対する各接着領域の面積の比率をいう。ここで、強接着領域の面積比が弱接着領域の面積比よりも大きい場合、培養された神経細胞等が強接着領域内で凝集してしまい、本発明の効果を奏し得ない可能性がある。そのため強接着領域は弱接着領域よりも面積比が小さいことが好ましい。例えば、接着力がA<B<Cの関係にある3つの異なる接着領域が小区画内に存在する場合、各接着領域の面積比はA>B>Cであることが好ましい。
【0052】
各接着領域の面積比は、特に限定はしない。例えば、前記理由により、任意の小区画に対する最も強い接着領域の面積比は、3~20%、4~18%、5~15%、又は6~12%であってよい。
【0053】
2.細胞培養用基材の作製方法
2-1.概要
本発明の第2の態様は、第1態様に記載の構成を有する細胞培養用基材の作製方法である。本態様の作製方法によれば、第1態様に記載の細胞培養用基材を作製することができる。
【0054】
2-2.作製方法
本発明の作製方法は、配置工程を必須工程として含む。以下、配置工程について具体的に説明をする。
なお、本発明の作製方法で用いる用語及びその構成については、第1態様に準ずる。
【0055】
(1)配置工程
「配置工程」は、異なる接触力を有する2種以上の細胞接着分子を複数個、基材表面上の少なくとも培養面の一部又は全部に均一に分散配置する工程である。
【0056】
各細胞接着分子の配置方法は、培養面に細胞接着分子を均一に分散配置できる方法であれば限定はしない。例えば、公知の高精細なパターニング形成技術を用いた方法で行うことができる。そのようなパターニング形成方法の例として、マイクロコンタクトプリンティング法(μCP法)、インクジェット法(液吐出形成方法)、及びディスペンサ法等が挙げられる。
【0057】
「マイクロコンタクトプリンティング法」は、シリコーンゴムやポリジメチルシロキサン(PDMS)等の柔軟性のある母材に原型の微細形状を転写したスタンプを作製し、そのスタンプの凸部表面にインクを保持させて基板表面に接触させる方法である。細胞接着分子をインクに包含させることで、基板表面に細胞接着分子をスタンプパターンで配置できる。
【0058】
「インクジェット法」は、インクジェットヘッドからインクを吐出することによって基板表面上にインクをパターン配置する技術である。細胞接着分子をインクに包含させることで、基板表面に細胞接着分子を所望のパターンで分散配置できる。
【0059】
「ディスペンサ法」は、ノズルやニードルからインクをインクジェット法と同様に吐出することによって基板表面上にインクをパターン配置する技術である。細胞接着分子をインクに包含させることで、基板表面に細胞接着分子を所望のパターンで分散配置できる。
【0060】
パターニング形成方法では、接着力の異なる2種以上の細胞接着分子を異なるインクに包含させ、それぞれのインクを用いて異なるパターンで分散配置させればよい。
【0061】
上記いずれのパターニング形成方法も、公知の技術であるので、具体的な方法や手順については常法に従って行えばよい。
【0062】
培養面上に2以上の接着領域を形成させるため培養面の一部又は全部に2種以上の異なる細胞接着分子を分散配置する場合、既に培養面上に配置された1種の細胞接着分子の上に、別の種の細胞接着分子を重ねるように積層配置してもよい。積層配置の方法は、限定しない。通常は、最下層に配置される(基板表面に配置される)第1の細胞接着分子を基板表面全体にコーティングして層形成させた後、第2の細胞接着分子を第1の細胞接着分子層上の所定の位置に、例えばパターニング形成方法により配置すればよい。第3の細胞接着分子を使用する場合は、第2の細胞接着分子が形成する層上の所定の位置に、さらにパターニング形成方法により積層させればよい。
【0063】
3.培養容器
3-1.概要
本発明の第3の態様は、培養容器である。本発明の培養容器は、第1態様に記載の細胞培養用基材を含み、神経細胞用培養容器として使用することができる。本態様の培養容器によれば、神経細胞等を接着培養した場合に、基板上の培養面における細胞凝集を抑制することができる。
【0064】
3-2.構成
本態様の培養容器は、主として神経細胞等の培養に用いられる細胞培養用容器である。細胞培養を目的とすることから、少なくとも培養面は、細胞毒性がなく、滅菌が可能であり、培養条件下で変質又は変性しない素材で構成され、培地を貯留する槽部を有する構造であれば、その形状は限定しない。例えば、プレート(96穴マイクロタイタープレート等の方形を含む)、ディッシュ、チューブ、フラスコ、バイアル、ビーズ、又は袋(培養バック)の公知のいずれの培養容器の形状にすることもできる。
【0065】
本態様の培養容器は、前記第1態様に記載の細胞培養用基材を含む。培養容器全体が前記第1態様に記載の細胞培養用基材で構成されていてもよいが、2以上の素材で構成される場合、少なくとも槽内部の細胞培養に直接寄与する面は第1態様に記載の細胞培養用基材の構成となる。
【0066】
本発明の培養容器の製造は、各容器の公知の製造方法に準じて製造すればよい。その際、第1態様に記載の細胞培養用基材を加工して製造してもよいし、既製品の培養容器を基材として、その培養面に第1態様に記載の処理を行い、本発明の培養容器として製造してもよい。製造後の培養容器は、滅菌処理後、第4態様の神経細胞培養方法に使用することができる。
【0067】
本発明の培養容器は、袋等に封入され、滅菌された状態で長期保存が可能である。保存は、培養面における各接着領域がその細胞接着力を失わない限り、その期間は限定されない。
【0068】
4.神経細胞培養方法
4-1.概要
本発明の第4の態様は、神経細胞培養方法である。本態様の培養方法では、神経細胞を含む細胞を接着培養する方法である。本発明の培養方法は、第3態様に記載の培養容器を用いて神経細胞を含む細胞を培養することを特徴とする。本発明の培養方法によれば、神経細胞を含む細胞の長期培養による細胞凝集を抑制し、かつ機能性評価が可能な神経細胞を含む細胞集合体を培養することができる。本発明の培養容器により細胞凝集が抑制される理由としては、理論に拘束されるものではないが、均一に分散して配置された強接着領域に神経細胞が接着することで、神経細胞が培養面に対して均一に分散して配置され、さらにそこに各強接着領域の間に配置された弱接着領域に接着した神経細胞が神経突起で連結することによりハブとなり、凝集を抑制することができるものと考えられる。
【0069】
4-2.概要
本発明の培養方法は、播種工程、及び培養工程を必須の工程として含む。以下、各工程について、具体的に説明をする。
【0070】
(1)播種工程
「播種工程」は、神経細胞を含む細胞を、細胞培養用培地を含んだ第3態様に記載の培養容器に播種する工程である。本工程は、第3態様に記載の培養容器を用いることを最大の特徴とし、他については、原則として細胞培養分野で公知の方法で培養対象となる細胞を細胞培養用培地に播種すればよい。
【0071】
使用する第3態様に記載の培養容器の形状、及び大きさに関しては、限定はされず、培養目的に応じて適宜定めればよい。
【0072】
本明細書において「細胞培養用培地」とは、細胞培養において一般的に用いられる当該分野で公知の培地をいう。例えば、標準細胞培養用培地又は神経細胞培養用培地が挙げられる。
【0073】
「標準細胞培養用培地」とは、主として哺乳動物由来の様々な種類の細胞の培養に用いられる汎用性の高い基本培地をいう。具体的には、例えば、イーグルMEM(Eagle Minimum Essential Medium)、DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle Medium)、ハムF10(Ham’s Nutrient Mixture F10)培地、ハムF12(Ham’s Nutrient Mixture F12)培地、M199培地、高性能改良199培地(Hight Performance Medium 199)、RPMI1640(Roswell Park Memorial Institute1640)培地、及び神経基本培地が挙げられる。培地が血清を含まない場合には、必要に応じて終濃度で1~20%、5~15%、8~12%、又は10%で添加すればよい。また、必要に応じてグリア細胞培養上清を添加してもよい。
【0074】
「神経細胞培養用培地」とは、前記標準細胞培養用培地に各種補助剤を添加することによって、神経細胞の培養に最適となるように調製された培地をいう。例えば、各メーカーで市販されている神経細胞培養用培地が該当する。一例として血清アルブミンを加えて調製された住友ベークライト(Sumitomo bakelite社)の神経細胞培養用培地等が挙げられる。
【0075】
標準細胞培養用培地又は神経細胞培養用培地のいずれを用いてもよいが、神経細胞を培養することが、本発明の主たる目的であることから神経細胞培養用培地の使用が好ましい。
【0076】
培養容器中の培地の量は、神経細胞を含む細胞の培養に足りる量であれば限定はしない。培養容器の形状、培養槽の大きさ、播種する細胞数や細胞種に応じて適宜定めればよい。
【0077】
本工程で使用する細胞は、神経細胞を含むあらゆる細胞が含まれる。神経細胞は、脳神経細胞、末梢神経細胞の他、神経前駆細胞及び神経幹細胞のような神経細胞への分化能を有する細胞を含む。また、神経細胞に加え、グリア細胞を含んでいてもよい。
【0078】
細胞は、正常細胞由来又は変異細胞由来のいずれであってもよい。目的に応じた細胞を用いればよい。例えば、中枢神経における癌細胞の挙動の研究目的の場合は中枢神経癌由来の細胞を用いればよい。また、神経細胞モデルにしたい変異細胞を目的に応じて用いてもよい。例えば、特定の遺伝子疾患神経細胞と同様の表現型を示す神経細胞をインビトロ遺伝子疾患モデル神経細胞とすることもできる。
【0079】
また、細胞は初代培養細胞及び株化細胞であってもよい。初代培養細胞は、例えば、脳神経組織から分離した細胞を利用すればよい。また、株化細胞の例として、具体的には、中枢神経系腫瘍や神経芽種から確立した細胞を利用することができる。
【0080】
細胞の播種は、常法に従って行えばよい。例えば、対象の細胞をディッシュ等の適当な培養容器でコンフルエントまで前培養した後、培地等で剥離、懸濁し、適当な細胞数に希釈した後、その細胞懸濁液を、予め細胞培養用培地を入れた第3態様の培養容器に投入すればよい。ただし、播種した細胞数が多い場合、培地中の初期細胞密度が高くなり、培養過程での細胞凝集を抑制する本発明の効果を奏し得ない可能性がある。そこで、播種後の細胞濃度は低い方が好ましい。例えば、5×10cell/mL~5×10cell/mL、1×10cell/mL~4×10cell/mL、2×10cell/mL~3×10cell/mL、3×10cell/mL~2×10cell/mL、4×10cell/mL~1×10cell/mL、5×10cell/mL~8×10cell/mLが好ましい。
【0081】
(2)培養工程
「培養工程」は、前記播種工程後の細胞をインビトロで培養する工程である。
本工程で細胞を培養する方法は、基本的には、当該分野で公知の接触培養方法と同じ方法で行えばよい。通常は、5%CO下、37℃で培養すればよい。
【0082】
培養期間は、培養する細胞の種類及び目的に応じて適宜定めればよい。本発明の神経細胞培養方法では、播種された神経細胞が培養面に接着し、培養によって増殖及び/又は神経突起(軸索)や樹状突起を伸長させて周辺の神経細胞とシナプスを形成させることで、インビトロでの機能的な神経回路網を構築させることを目的の一つとしている。したがって、培養面のそのような神経回路網が構築されるまでの比較的長期間培養することが好ましい。例えば、3日間~21日間、5日間~18日間、7日間~14日間、又は10日間~12日間培養すればよい。
【0083】
培養期間中は、必要に応じて適宜培地を交換することが好ましい。交換する培地は、同一組成のものを用いてもよいし、培地交換ごとに異なる組成のものを用いてもよい。
【実施例0084】
<実施例1:2種の細胞接着分子の接着力評価>
(目的)
本発明の細胞培養用基材上の接着領域を構成する、接着力の異なる2種の細胞接着分子について、その接着力の差異を客観的に評価する。
【0085】
(材料)
・使用プレート:Corning(登録商標)96-well Flat Bottom
・使用細胞:興奮性ニューロン(ヒトiPS細胞由来:Elixirgen Scientific社)
・培地:播種後6日目まではMaintenance Medium(Elixirgen Scientific社)で培養し、7日目からはNeurobasal Plus Reagentsを使用した。Neurobasal Plus Reagentsは、Neurobasal Plus(Thermo Fisher Scientific社)をベースに2%(v/v) B-27tm Plus Supplement(Thermo Fisher Scientific社),1%(v/v) Glutamax(Thermo Fisher Scientific社),5mM/mL ascorbic acid(Sigma-Aldrich社),1%(v/v)抗生物質(Antibiotic-Antimycotic Mixed Stock Solution(100x);nacalai tesque社)で調製した。
・細胞接着分子A:マトリゲル(Corning社)
・細胞接着分子B:PEI(Sigma-Aldrich社)
【0086】
(方法)
プレートのウェル内部に細胞接着分子A及び細胞接着分子Bを以下の条件で全面コーティングした。(c)及び(d)では細胞接着分子Bを下層にして細胞接着分子Aをその上層にコーティングした。各細胞接着分子の基板上の配置については図2に図示する。
(a)細胞接着分子Bのみ(0.01%PEI)
(b)細胞接着分子Bのみ(0.05%PEI)
(c)細胞接着分子B+細胞接着分子A(0.01%PEI+0.1%マトリゲル)
(d)細胞接着分子B+細胞接着分子A(0.05%PEI+0.5%マトリゲル)
【0087】
細胞接着分子を配置した各ウェルに200μLの培地を加え、細胞を2.0×10cell/wellとなるように播種した後、5%CO下、37℃で1週間培養を行った。
【0088】
接着力評価は、培養後の細胞に対して、培地を全量(200μL)交換することを繰り返し、ウェル内に接着した細胞の95%以上が剥離した時点での交換回数で行った。試行は6回行った(n=6)。
【0089】
(結果)
結果は以下の通りである。
(a)平均回数16回(ばらつき10~20回)
(b)平均回数14回(ばらつき10~20回)
(c)平均回数33回(ばらつき25~45回)
(d)平均回数33回(ばらつき25~45回)
上記結果から、細胞接着分子Aは、細胞接着分子Bに対して約2倍の神経細胞接着力を有することが明らかとなった。したがって、細胞接着分子Aが細胞接着分子Bよりも接着力が強いことが定量的に明らかとなった。
【0090】
<実施例2:細胞培養用基材の作製とそれを用いた神経細胞の培養>
(目的)
2種の細胞接着分子を基材表面に様々なパターンで配置した細胞培養用基材を作製し、それを含む培養容器で神経細胞を培養したときの細胞凝集抑制を検証する。
【0091】
(材料)
・使用プレート:Corning(登録商標)96-well Flat Bottom
・使用細胞:興奮性ニューロン(ヒトiPS細胞由来:Elixirgen Scientific社)
・細胞播種数:2.0×10cell/well
・培地:実施例1と同様に、播種後6日目まではMaintenance Medium(Elixirgen Scientific社)で培養し、7日目からはNeurobasal Plus Reagentsを使用した。
・細胞接着分子A:マトリゲル(Corning社)
・細胞接着分子B:PEI(Sigma-Aldrich)
(観察機器)
Keyence蛍光顕微鏡(Keyence社)
【0092】
(方法)
プレートのウェル内部に細胞接着分子Bを全面コーティングして薄層を形成させ、これを下層とした。続いて、細胞接着分子Aをその上層に、積層するようにμCP法を用いて微小区画形状で分散配置した。
【0093】
μCP法による分散配置は、以下のように行った。まず、細胞接着分子Aをディッシュ等の平滑な容器に入れ、バーコータで均一に薄く圧延した。続いて、微小区画形状に加工されたPDMS(ポリジメチルシロキサン)に前記圧延した細胞接着分子A付着させた。付着したPDMSを前記細胞接着分子Bの薄層上に押し付けてスタンプした。その後室温で乾燥させて、本発明の細胞培養用基材をウェル内部に配置した培養容器を作製した。また、ウェル内の細胞接着分子Bの薄層上の全面に細胞接着分子Aをコーティングした培養容器を対照とした。対照の培養容器のウェル内では、細胞接着分子Bは、上層の細胞接着分子Aに覆われ、外部露出していない。
【0094】
前記培養容器の各ウェルに200μLの培地を加え、細胞を2.0×10cell/wellとなるように播種した後、5%CO下、37℃で6週間培養を行った。
【0095】
(結果)
結果を図3に示す。図3Aは対照用の培養容器、図3Bは本発明の細胞培養用基材を使用した培養容器による培養結果である。
図3Aでは長期培養により矢印で示す多数の細胞凝集が確認されたのに対して、図3Bでは、そのような凝集は認められなかった。これは、本発明の細胞培養用基材の構成を有する培養容器で培養すれば神経細胞の凝集を抑制できることを示唆している。
【0096】
<実施例3:本発明の培養容器で培養した神経細胞の機能性評価>
(目的)
2種の細胞接着分子を基材表面に均一分散配置した細胞培養用基材を作製し、それを含む培養容器で神経細胞を培養したときの機能性評価を検証する。
【0097】
(材料)
(1)Caイオンオシレーション計測機器
・蛍光顕微鏡zeiss axio observer 7(zeiss社)
・Cal-520(登録商標), AM(AAT Bioquest社)
(2)免染画像測定機器と材料
・CQ1(横河電機社)
・4%パラホルムアルデヒド・リン酸緩衝液(PFA)(富士フイルム和光純薬社)
・TritonX-100(Sigma-Aldrich社)
・BSA(Thermo Fisher Scientific社)
・PBS(Thermo Fisher Scientific社)
・β-Tubulin3(Sigma-Aldrich社)
・Goat anti-Mouse IgG(H+L)Cross-Adsorbed Secondary Antibody,Alexa Fluor 488(Thermo Fisher Scientific社)
・Purified Mouse Anti-MAP2B(BD Biosciences)
・Goat anti-Rabbit IgG(H+L)Highly Cross-Adsorbed Antibody,Alexa Fluor 594(Thermo Fisher Scientific社)
・Hoechst33342
【0098】
(方法)
実施例2において、本発明の培養容器で培養した神経細胞について、Caイオンのオシレーションにより、その機能性評価を行った。
【0099】
(1)Caイオンオシレーション
Caイオンのオシレーション評価手順は、0.5μM Cal-520,AMをウェルプレート内に20μL添加し、蛍光顕微鏡で観察を行った。対照は、基板表面に細胞接着分子をコーティングしていない通常の培養容器を用いて、同条件で培養した神経細胞とした。
Caオシレーションは、神経細胞が自発的に周期的なCaイオン濃度の上昇を示す現象で、このCaイオンと結合すると発光する試薬の添加により顕微鏡下で観察することができる。Caイオン濃度の上昇がない場合、神経細胞の培養が不適切であることを示す。
【0100】
(2)免疫染色
免染画像撮影を行い、核や神経突起の分散を確認した。以下に染色方法を示す。
培養サンプルは、PBSに希釈した4%のparaformaldehyde(PFA)を添加し、室温で10分間処理して固定した後、PBSで2回リンスした。固定したサンプルは0.1% Triton X-100 in PBSに浸漬し5分間、室温で静置して透過処理を行った。その後、溶液を全量除去し、1%BSA in PBSを加えて室温で1時間Blocking処理させた。その後液を全量抜き、一次抗体を1%BSA in PBSに希釈し、サンプルに添加し4℃で一晩インキュベートした。一次抗体は神経細胞のラベリングのために、抗βチューブリン抗体であるTubulin-β-III(TUBB3)(Sigma-Aldrich社)及び微小管タンパク質MAP2に対する抗MAP2抗体であるPurified Mouse Anti-MAP2B(BD Biosciences社)を使用し、二次抗体にはGoat anti-Mouse IgG(H+L)Cross-Adsorbed Secondary Antibody,Alexa Fluor 488(Thermo Fisher Scientific社)及びGoat anti-Rabbit IgG(H+L)Highly Cross-Adsorbed Antibody,Alexa Fluor 594(Thermo Fisher Scientific社)を使用した。二次抗体は1%BSA in PBSに希釈して、サンプルに添加し、2時間室温でインキュベートした。細胞核はHoechst33342を用いて10分間室温でインキュベートすることによって染色した。PBSを用いて2回リンスして観察サンプルを得た。
【0101】
(結果)
図4及び図5に結果を示す。図4はオシレーション結果を示す蛍光画像図である。また、図5は免疫染色画像を示す図である。
【0102】
図4から、通常の培養容器で培養した神経細胞では、強い凝集(矢印)が確認された。また、Caオシレーション前(A)と比較して、イオンオシレーション後(B)も若干強い発光が認められたものの、細い神経突起の数自体が少なかった。一方、本発明の細胞培養用基材を含む培養容器で培養した神経細胞は、凝集もほとんど認められず、またCaイオンオシレーション前(C)と比較してオシレーション後(D)では、多数の細い神経突起が発光しており、強くオシレーションしていることが確認できた。この結果は、本発明の細胞培養用基材を含む培養容器で神経細胞を長期培養によって、通常培養に比べて、神経細胞を凝集させることなく機能を維持した状態で培養できることを示している。
【0103】
また、図5において、Hoechst染色をした結果から、通常培養した神経細胞(A)よりも本発明の細胞培養用基材を含む培養容器で培養した神経細胞(D)の方が、培養面上で細胞核が均一に分散していることが示された。この結果は、本発明の細胞培養用基材によって、均一に分散配置された細胞接着性の強い接着領域に神経細胞が主に残る結果、培養面上における神経細胞の均一分散配置が維持されたことを示している。
【0104】
本発明は、以下の(1)~(12)に記載の発明によって構成される。
(1)細胞培養用基材であって、基材表面上の培養面の一部又は全部に、神経細胞及び/又はグリア細胞に対して接着力の異なる2以上の接着領域が均一に分散していることを特徴とする、前記細胞培養用基材。
(2)前記培養面上の任意の小区画における前記接着力の異なる2以上の接着領域の面積比は、接着力の強い接着領域が接着力の弱い接着領域よりも小さい、(1)に記載の細胞培養用基材。
(3)前記接着力の強い接着領域の面積比が、前記小区画の面積に対して3~20%である、(2)に記載の細胞培養用基材。
(4)前記小区画は0.1mm~1mmの区画からなる、(2)又は(3)に記載の細胞培養用基材。
(5)前記異なる2以上の接着領域が培養面上の異なる層に形成されている、(1)~(4)のいずれかに記載の細胞培養用基材。
(6)前記接着領域は細胞接着分子を前記培養面に配置してなる、(1)~(5)のいずれかに記載の細胞培養用基材。
(7)前記接着力の異なる2以上の接着領域は接着力の異なる2種以上の細胞接着分子を前記培養面に配置する、(6)に記載の細胞培養用基材。
(8)(1)~(7)のいずれかに記載の細胞培養用基材を含む培養容器。
(9)細胞培養用基材の作製方法であって、基材表面上の培養面の一部又は全部に神経細胞及び/又はグリア細胞に対して接着力の異なる2種以上の細胞接着分子が均一に分散するように配置する配置工程を含む前記作製方法。
(10)前記2種以上の細胞接着分子の配置をパターニング形成方法で行う、(9)に記載の作製方法。
(11)前記培養面の一部又は全部に配置された一の細胞接着分子上に他の細胞接着分子を積層配置する、(9)又は(10)に記載の作製方法。
(12)神経細胞の凝集を抑制して培養する神経細胞培養方法であって、神経細胞を含む細胞を、細胞培養用培地を含む(8)に記載の培養容器に播種する播種工程、及び前記細胞を培養する培養工程を含む前記方法。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0105】
【特許文献1】特開2018-068305
図1
図2
図3
図4
図5