(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024136632
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】脱分化脂肪細胞を製造する方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20240927BHJP
【FI】
C12N5/077
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023047791
(22)【出願日】2023-03-24
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】TOPPANホールディングス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100169063
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 洋平
(74)【代理人】
【識別番号】100211100
【弁理士】
【氏名又は名称】福島 直樹
(72)【発明者】
【氏名】北野 史朗
(72)【発明者】
【氏名】松▲崎▼ 典弥
(72)【発明者】
【氏名】ルイス フィオナ
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA87X
4B065BC41
4B065BC50
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】成熟脂肪細胞から脱分化脂肪細胞がより効率的に得られる新規な方法を提供すること。
【解決手段】天井面を備える培養容器内で成熟脂肪細胞を天井培養して脱分化脂肪細胞を得る工程を含み、前記天井面の少なくとも一部が細胞外マトリックス及びカチオン性ポリマーからなる群より選ばれる少なくとも1種の被覆材料によって被覆されている、脱分化脂肪細胞を製造する方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
天井面を備える培養容器内で成熟脂肪細胞を天井培養して脱分化脂肪細胞を得る工程を含み、
前記天井面の少なくとも一部が細胞外マトリックス及びカチオン性ポリマーからなる群より選ばれる少なくとも1種の被覆材料によって被覆されている、脱分化脂肪細胞を製造する方法。
【請求項2】
前記被覆材料がフィブロネクチン、コラーゲン、ラミニン、ポリリシン及びその塩並びにポリジアリルジメチルアンモニウム塩からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記天井培養が血清を含む培地中で行われる、請求項1又は2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脱分化脂肪細胞を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脱分化脂肪細胞は成熟脂肪細胞を天井培養することによって得られ(特許文献1)、間葉系幹細胞に類似した多分化能を有することが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、成熟脂肪細胞から脱分化脂肪細胞がより効率的に得られる新規な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、以下の各発明を包含する。
[1]
天井面を備える培養容器内で成熟脂肪細胞を天井培養して脱分化脂肪細胞を得る工程を含み、前記天井面の少なくとも一部が細胞外マトリックス及びカチオン性ポリマーからなる群より選ばれる少なくとも1種の被覆材料によって被覆されている、脱分化脂肪細胞を製造する方法。
[2]
前記被覆材料がフィブロネクチン、コラーゲン、ラミニン、ポリリシン及びその塩並びにポリジアリルジメチルアンモニウム塩からなる群より選択される少なくとも1種である、[1]に記載の方法。
[3]
前記天井培養が血清を含む培地中で行われる、[1]又は[2]に記載の方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、成熟脂肪細胞から脱分化脂肪細胞がより効率的に得られる新規な方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は脱分化プロセスの観察結果を示し、(A)は天井面が被覆されていない培養容器を用い、天井培養開始から0日、3日又は7日時点における脱分化プロセスの顕微鏡観察結果を示し、(B)は当該天井培養開始から7日時点における、CD90及びYAPにより脱分化脂肪細胞を免疫蛍光染色した画像、Hoechst対比染色により核(Nuclei)を可視化した画像、並びに、脱分化脂肪細胞のCD90、YAP及び核の共局在を示すマージ画像を示す。
【
図2】
図2はFBS濃度が異なる条件で天井培養を行うことで得られた脱分化脂肪細胞の観察結果を示し、(A)はFBS濃度が0v/v%、10v/v%又は20v/v%であるDMEM高グルコース培地を用いた条件で1週間天井培養した際のDFAT比の結果を示し、(B)はFBS濃度が異なる培地で7日間天井培養して得られたDFATの位相差画像を示す。
【
図3】
図3は20v/v%のFBSを含むDMEMを用いてインキュベーションしたときにカチオン性ポリマーで被覆した面上に吸着したタンパク質の量を示す。
【
図4】
図4は蛍光標識した被覆材料で被覆したウェル表面の共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)画像及び各ウェルの中心を通る直線において蛍光強度を測定した結果を示す。
【
図5】
図5は蛍光標識した被覆材料で被覆した表面における蛍光強度の測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。本明細書に段階的に記載されている数値範囲において、ある段階の数値範囲の上限値又は下限値は、他の段階の数値範囲の上限値又は下限値と任意に組み合わせることができる。本明細書に記載されている数値範囲において、その数値範囲の上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
【0009】
本実施形態に係る脱分化脂肪細胞を製造する方法は、天井面を備える培養容器内で成熟脂肪細胞を天井培養して脱分化脂肪細胞を得る工程(天井培養工程)を含む。当該方法において、天井面の少なくとも一部は細胞外マトリックス及びカチオン性ポリマーからなる群より選ばれる少なくとも1種の被覆材料によって被覆されている。
【0010】
<成熟脂肪細胞>
成熟脂肪細胞は脂肪組織を構成する細胞であり、脂肪滴を含み培地中で浮遊する性質を有する細胞である。脂肪細胞の成熟度を示す指標として、脂肪滴の大きさを用いることができる。脂肪滴とは、トリグリセリド(中性脂肪)、コレストロール等の脂質を貯蔵する細胞内小器官であり、上記脂質類がリン脂質の1重膜で覆われることで液滴様の形状を有している。また上記リン脂質の表面には脂肪組織特有のタンパク質(ペリリピン等)の発現が見られる。成熟した脂肪細胞の脂肪滴の大きさにはばらつきがあるが、例えば、脂肪滴の大きさの平均値が20μm以上である場合には、脂肪細胞がある程度成熟している、すなわち、成熟脂肪細胞であるとすることができる。
【0011】
成熟脂肪細胞は脂肪組織から分離することによって得ることができる。脂肪組織から成熟脂肪細胞を分離する方法は、特に制限されず、公知の分離方法を用いることができる。成熟脂肪細胞は、例えば、脂肪組織を用意すること、当該脂肪組織を切断して脂肪組織片を作製すること、コラゲナーゼを含む溶液中で脂肪組織片をコラゲナーゼ処理すること、コラゲナーゼ処理後の溶液を必要に応じてインキュベート及び濾過した後に遠心分離すること、遠心分離後の溶液において浮遊している成熟脂肪細胞を回収すること等を含む方法によって得ることができる。
【0012】
成熟脂肪細胞の由来は、特に限定されないが、例えば、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウシ、マウス、ラット等の哺乳類動物であってよい。
【0013】
<脱分化脂肪細胞>
脱分化脂肪細胞(dedifferentiated fat(DFAT) cells)は間葉系幹細胞に似た形質を示し、種々の組織に分化する能力を有する。
【0014】
脱分化脂肪細胞は天井培養の過程で天井面に付着した成熟脂肪細胞中の脂肪滴が失われること等によって形成される。脱分化脂肪細胞であることは線維芽細胞の形態、及び、CD90表面マーカー及びYAPの発現等の幹細胞特性を得ていること等によって確認することができる。
【0015】
<天井培養>
天井培養は培地で満たされた培養容器中で細胞が培養容器の内側上面(天井面)に接着した状態又は浮遊した状態で培養する方法である。
【0016】
培地としては、例えば、Eagle’s MEM培地、Dulbecco’s Modified Eagle培地(DMEM)、Modified Eagle培地(MEM)、Minimum Essential培地、RPMI、及びGlutaMax培地等の液体培地が挙げられる。液体培地は、二種類の培地を混合した混合培地であってもよい。
【0017】
培地は、血清を添加した培地であってよく、無血清培地であってもよい。血清としては、例えば、ウシ胎児血清(fetal bovine serum(FBS))が挙げられる。培地中の血清の濃度は、例えば、培地の全量を基準として、脱分化脂肪細胞がより効率よく得られる観点から、1v/v%以上、3v/v%以上、5v/v%以上、8v/v%以上、10v/v%以上、12v/v%以上、15v/v%以上、又は18v/v%以上であってよく、30v/v%以下、25v/v%以下、20v/v%以下、15v/v%以下、10v/v%以下、又は5v/v%以下であってよい。
【0018】
培養温度は、例えば、20℃~40℃であってもよく、30℃~37℃であってもよい。培地のpHは、6.0~8.0、7.0~8.0、又は、7.2~7.6であってもよい。培養時間は、1日以上、3日以上、5日以上又は7日以上であってよく、14日以下、12日以下、又は10日以下であってよい。
【0019】
<培養容器>
培養容器は、培養面を備える本体を含む。当該培養面は液体を満たした状態で天井培養を行う際に内側上面(天井面)に位置する面である。当該培養面の一部又は全部は被覆材料によって被覆されている。培養容器は、培養面(天井面)及び培養面と対向する面(底面)以外の面に開口を有し、培養時の液体の漏出を抑制する観点から当該開口を閉じる蓋を備えていてよい。
【0020】
培養容器の材質は、特に制限されないが、例えば、ポリスチレン(PS)であってよい。培養容器の材質はポリスチレンであることが好ましい。
【0021】
培養容器の培養面積は、特に制限されないが、例えば、10.0~15.0cm2であってよい。
【0022】
本実施形態に係る方法において用いられる培養容器は、例えば、市販のセルカルチャーフラスコの培養面の少なくとも一部を被覆材料で被覆することを含む方法によって製造することができる。
【0023】
<被覆材料>
被覆材料は細胞外マトリックス及びカチオン性ポリマーからなる群より選ばれる少なくとも1種である。細胞外マトリックス及びカチオン性ポリマーからなる群より選ばれる少なくとも1種によって天井面が被覆された培養容器を用いて天井培養を行うことによって成熟脂肪細胞から脱分化脂肪細胞をより効率的に製造することが可能になる。具体的には、本実施形態に係る方法を用いる場合、被覆材料によって天井面が被覆されていないこと以外同じ条件(成熟脂肪細胞の播種密度、培養条件等)で培養する方法を用いる場合と比べて、培養後に得られる脱分化脂肪細胞数が増加する。
【0024】
細胞外マトリックス及びカチオン性ポリマーからなる群より選ばれる少なくとも1種で天井面を被覆した場合、成熟脂肪細胞が天井面により付着しやすくなる傾向がある。成熟脂肪細胞が天井面に付着しやすい条件下で天井培養が行われる結果として脱分化脂肪細胞がより効率的に得られることになると推察されるが、メカニズムはこれに限定されない。
【0025】
(細胞外マトリックス)
細胞外マトリックスは、生物において細胞の外に存在する物質を意味する。細胞外マトリックスとしては、ラミニン、コラーゲン、フィブロネクチン、エラスチン、プロテオグリカン、ヒアルロン酸、ビトロネクチン、テネイシン、エンタクチン、フィブリリン及びカドヘリン等が挙げられるが、これらに限定されない。細胞外マトリックスは、これらのうち1種を単独で用いてもよく、組み合わせて用いてもよい。
【0026】
細胞外マトリックスは、上述の細胞外マトリックスの改変体及びバリアントであってもよく、化学合成ペプチド等のポリペプチドであってもよい。細胞外マトリックスは、Gly-X-Yで表される配列の繰り返しを有するものであってよい。ここで、Glyはグリシン残基を表し、X及びYはそれぞれ独立に任意のアミノ酸残基を表す。複数のGly-X-Yは、それぞれ同一であっても異なっていてもよい。Gly-X-Yで示される配列の繰り返しを有する細胞外マトリックスにおいて、Gly-X-Yで示される配列の割合は、全アミノ酸配列のうち、80%以上であってよく、好ましくは95%以上である。また、細胞外マトリックスは、RGD配列を有するポリペプチドであってもよい。RGD配列とは、Arg-Gly-Asp(アルギニン残基-グリシン残基-アスパラギン酸残基)で表される配列をいう。Gly-X-Yで表される配列と、RGD配列とを含む細胞外マトリックスとしては、ラミニン、コラーゲン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、カドヘリン等が挙げられる。
【0027】
ラミニンとして、ラミニンとエンタクチンとの複合体(ラミニン/エンタクチン複合体)が使用されてよい。ラミニン/エンタクチン複合体は市販品を使用してもよい。ラミニン/エンタクチン複合体の市販品としては、例えば、Corning(登録商標)高濃度ラミニン/エンタクチン複合体(製品番号:354259)が挙げられる。
【0028】
コラーゲンとしては、例えば、線維性コラーゲン及び非線維性コラーゲンが挙げられる。線維性コラーゲンとは、コラーゲン線維の主成分となるコラーゲンを意味し、具体的には、I型コラーゲン、II型コラーゲン、III型コラーゲン等が挙げられる。非線維性コラーゲンとしては、例えば、IV型コラーゲンが挙げられる。コラーゲンはテロペプチドが除去されたコラーゲンであるアテロコラーゲンであってもよい。アテロコラーゲンは例えば、トロポコラーゲンをペプシン処理することにより得ることができる。コラーゲンは、市販されているコラーゲンを使用してよい。I型コラーゲンの市販品としては、コラーゲン酸性溶液I-PC(5mg/mL、pH3.0、無菌、アテロコラーゲン酸性溶液、製品番号IPC-50)が挙げられる。IV型コラーゲンの市販品としては、コラーゲンヒト胎盤由来(カタログ番号C7521、Sigma-Aldrich)が挙げられる。コラーゲンは脱分化脂肪細胞がより効率的に得られる観点から、I型コラーゲン又はIV型コラーゲンであることが好ましい。
【0029】
フィブロネクチンとしては、例えば、血漿フィブロネクチンが挙げられる。フィブロネクチンは市販品を使用してもよい。フィブロネクチンの市販品としては、例えば、ヒト血漿フィブロネクチン(sigma-Aldrich、カタログ番号:F2006)が挙げられる。
【0030】
細胞外マトリックスは、脱分化脂肪細胞がより効率的に得られる観点から、ラミニン、コラーゲン、及びフィブロネクチンからなる群より選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。
【0031】
細胞外マトリックスは、動物由来の細胞外マトリックスであってよい。細胞外マトリックス成分の由来となる動物種として、例えば、ヒト、ブタ、ウシ、マウス等の哺乳類動物が挙げられるが、これらに限定されない。細胞外マトリックスは、一種類の動物に由来する成分を用いてもよいし、複数種の動物に由来する成分を併用して用いてもよい。
【0032】
細胞外マトリックスは、負のゼータ電位を有していてよい。細胞外マトリックス成分のゼータ電位は例えば0mV未満又は-1mV以下であってよく、例えば、-8mV以上0mV未満であってよい。本明細書におけるゼータ電位は後述する実施例に記載の方法によって測定される。
【0033】
(カチオン性ポリマー)
カチオン性ポリマーはカチオン性官能基を含む重合性化合物を単量体単位として含むポリマーである。カチオン性官能基としてはアミノ基(-NH2)、置換アミノ基、アンモニウム基等が挙げられる。カチオン性官能基を含む重合性化合物としては、例えば、リシン(L-リシン、D-リシン)、アリルアミン及びこれらの塩、並びにジアリルメチルアンモニウム塩が挙げられる。カチオン性ポリマーには、細胞外マトリックスに該当する物質は含まれない。
【0034】
カチオン性ポリマーとしては、例えば、ポリリシン、ポリアリルアミン、及びこれらの塩、並びにポリジアリルジメチルアンモニウム塩が挙げられる。カチオン性ポリマーは、これらのうち1種を単独で用いてもよく、組み合わせて用いてもよい。
【0035】
ポリリシンの塩及びポリアリルアミンの塩としては、例えば、塩酸塩が挙げられる。ポリジアリルジメチルアンモニウム塩としては、例えば、塩化ポリジアリルジメチルアンモニウムが挙げられる。
【0036】
カチオン性ポリマーは、脱分化脂肪細胞がより効率的に得られる観点から、ポリリシン及びその塩並びにポリジアリルジメチルアンモニウム塩からなる群より選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。
【0037】
カチオン性ポリマーのゼータ電位は0mV超+20mV以下、又は+3mV以上+15mV以下であってよい。ゼータ電位は後述する実施例に記載の方法によって測定することができる。
【0038】
被覆材料と水との接触角は30°以上、40°以上、50°以上、60°以上、70°以上、又は80°以上であってよく、100°以下、95°以下、90°以下、85°以下、80°以下、又は75°以下であってもよい。被覆材料が細胞外マトリックスである場合、細胞外マトリックスと水との接触角は例えば30~80°であってよい。被覆材料がカチオン性ポリマーである場合、カチオン性ポリマーと水との接触角は例えば70~95°又は80~95°であってよい。被覆材料と水との接触角は後述する実施例に記載の方法によって測定される。
【0039】
<被覆方法>
培養容器の天井面を被覆する方法は、例えば、被覆材料を含む溶液で天井面の少なくとも一部を被覆すること、被覆された天井面を乾燥させることと、を含む方法を用いることができる。被覆材料を含む溶液は、被覆材料を含む水溶液、又は被覆材料を含むPBS溶液であってよい。当該方法は、被覆された天井面をPBS等で洗浄することを含んでいてもよい。
【0040】
<被覆量>
被覆材料による被覆量は、被覆材料の種類に応じて適宜設定してよい。例えば、被覆材料による被覆量は、天井面の全面積を基準として、0.5μg/cm2以上、0.8μg/cm2以上、1.0μg/cm2以上、1.5μg/cm2以上、2.0μg/cm2以上、3.0μg/cm2以上、4.0μg/cm2以上、5.0μg/cm2以上、6.0μg/cm2以上、7.0μg/cm2以上、8.0μg/cm2以上、9.0μg/cm2以上又は9.5μg/cm2以上であってよく、15.0μg/cm2以下、又は12.0μg/cm2以下であってよい。
【0041】
コラーゲンによる被覆量は天井面の全面積を基準として5.0~15.0μg/cm2、又は8.0~12.0μg/cm2であってよい。ラミニンによる被覆量は天井面の全面積を基準として0.5~1.5μg/cm2、又は0.8~1.2μg/cm2であってよい。フィブロネクチンによる被覆量は天井面の全面積を基準として1.0~10.0μg/cm2又は4.0~6.0μg/cm2であってよい。カチオン性ポリマーによる被覆量は天井面の全面積を基準として5.0~15.0μg/cm2、又は6~10μg/cm2であってよい。
【0042】
<成熟脂肪細胞の播種密度>
成熟脂肪細胞の播種密度は天井面の全面積を基準として1.0×104/cm2~10.0×104/cm2又は2.0×104/cm2~8.0×104/cm2であってよい。ここで播種密度は培養容器に添加される時点の天井面(培養面)の単位面積当たりの細胞数を示す。
【0043】
<脱分化脂肪細胞の用途>
脱分化脂肪細胞は、例えば、移植用生体材料等の用途に用いることができる。
【実施例0044】
以下、実施例に基づき本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0045】
〔実験手順〕
<1.細胞外マトリックス又はポリマーによる培養容器天井面の被覆(コーティング)>
I型コラーゲン溶液(AteloCell(登録商標)IPC50、製品濃度:5mg/mL)をPBS(pH:7.4)で125μg/mLに希釈した。IV型コラーゲン(C7521、Sigma-Aldrich)及びフィブロネクチン(F2006、Sigma-Aldrich)溶液を、PBS(pH:7.4、14249-24、ナカライテスク)で希釈してそれぞれ125μg/mL及び62.5μg/mLとした。得られたIV型コラーゲン溶液は、IV型コラーゲンが溶解するまで冷蔵庫内で4℃の条件でインキュベートした。
【0046】
ポリスチレン(PS)セルカルチャーフラスコ(353018、Corning)の内側上部表面(内側上部の表面積(培養面積):12.5cm2)をI型コラーゲン、IV型コラーゲン及びフィブロネクチンによってそれぞれの量が10μg/cm2、10μg/cm2及び5μg/cm2となるように室温、1時間の条件でコーティングを行った。具体的なコーティング手順は、これらのタンパク質に推奨されるコーティングプロトコル(下記Reference(1)及びReference(2)参照)に基づいて実施した。
【0047】
ラミニン溶液(354259、Corning)をPBS(pH:7.4)で希釈して125μg/mlのラミニン溶液を調製した。当該ラミニン溶液の調製は氷上で実施した。125μg/mlのラミニン溶液を用い、1μg/cm2となるようにPSフラスコの内側上部表面を、4℃、一晩の条件でコーティングした。
【0048】
カチオン性ポリマーとして、ポリ-L-リシン(PLL)(P4707、Sigma-Aldrich)、ポリジアリルジメチルアンモニウムクロリド(PDDA)(26062-79-3、Sigma-Aldrich)及びポリアリルアミン(PAH)(479136、Sigma-Aldrich)を用い、アニオンポリマーとしてゼラチン(077-03155、Wako)及びジェランガム(8H1121A、Sansho)を用い、次に示す手順でコーティングを実施した。
【0049】
PLL溶液の無菌水溶液を用い、8.33μg/cm2となるようにPSフラスコの内側上部表面を室温、5分間の条件でコーティングした。コーティングの具体的手順は、入手元のプロトコル(下記Reference(3)参照)に従った。PAH、PDDA、ゼラチン及びジェランガムそれぞれのPBS(pH:7.4)溶液を調製し、PSフラスコの内側上部表面をPLLと同じコーティング手順及び同じ濃度で室温、5分間の条件でコーティングした。
【0050】
コーティング後のフラスコは、インキュベーション後にPBS(pH:7.4)で3回洗浄した。全てのコーティング手順は、汚染を最小限にするためにラミナーフローフード内で実施した。
【0051】
Reference:
(1)https://www.sigmaaldrich.com/JP/en/technical-documents/technical-article/cell-culture-and-cell-culture-analysis/mammalian-cell-culture/collagen-product-protocols[検索日:2023年2月28日]
(2)https://www.sigmaaldrich.com/JP/en/technical-documents/protocol/cell-culture-and-cell-culture-analysis/cell-growth-and-maintenance/fibronectin-product-protocols[検索日:2023年2月28日]
(3)https://www.sigmaaldrich.com/deepweb/assets/sigmaaldrich/product/documents/244/731/p4707pis[検索日:2023年2月28日]
【0052】
<2.水接触角の測定>
細胞外マトリックス、カチオン性ポリマー又はアニオン性ポリマーで被覆したPS表面の接触角を静滴法により測定した(n=3)。PS顕微鏡スライド(2.5×7.5cm2)を濡れ性測定用の基材として使用し、上述した条件と同じコーティング条件でコーティングを実施した。19Gマイクロシリンジを用いて、5μLのMilli-Qの液滴が表面に接したときの写真を撮影した。次に接触角の測定には協和接触角計を使用し、画像処理にはFAMASソフトウェアを用いた。
【0053】
<3.ゼータ電位測定>
細胞外マトリックス、カチオン性ポリマー又はアニオン性ポリマーを含む溶液(コーティング溶液)のゼータ電位をMalvern ZeTaSizerで測定した。測定用のセル(Disposable Folded Capillary cell)にPBS(pH:7.4)を用いて調製したコーティング溶液800μLを入れ、25℃で動的光散乱を測定した(n=3)。コーティング溶液の調製手順は<1>で述べた手順と同様である。
【0054】
<4.カチオン性ポリマーで被覆したPS表面上の吸着タンパク質の評価>
カチオン性ポリマーにより被覆したPS表面の血清タンパク質の量を次に示す方法で評価した。PLL,PDDA及びPAHそれぞれを用い、濃度8.33μg/cm2となるように96ウェルプレートを室温、5分間の条件でコーティングした。20%FBS(10270106、Gibco)及び1%抗生物質を含むDMEM高グルコース培地25μLを、各ポリマーでコーティングされたウェル上に添加した。次いで、96ウェルプレートを37℃のインキュベーター内で0.5時間、1時間、3時間又は16時間インキュベートした。各ウェルに吸着したタンパク質の総量をBCAアッセイ(PierceTM BCA protein assay kit, 23225)により評価した。各時点の最後に、培地を吸引し、200μLのBCAワーキング溶液を各ウェルに挿入し、37℃にてインキュベーター中で30分間インキュベートした。光学密度はマイクロプレートリーダーで波長562nmを測定し、標準タンパク質としてウシ血清アルブミン(BSA)を用いた検量線と比較することで求めた。
【0055】
<5.成熟脂肪細胞の分離>
患者由来のヒト脂肪組織を京都大学医学部附属病院で分離した。成熟脂肪細胞を分離する前に、5%の抗生物質を含有するPBSでヒト脂肪組織を洗浄した。次いで、6ウェルプレートの各ウェルに2~3gのヒト脂肪組織を入れ、オートクレーブ処理したピンセット及びハサミを用いて1mm3程度になるように細かく刻んだ。DMEM、0%FBS、5%BSA及び1%抗生物質を含む2mg/mLのコラゲナーゼ溶液2mL(濾過により滅菌)を各ウェルに直接添加し、37℃で1時間、回転数250rpmの条件でインキュベートした。1時間のインキュベーション後、ライセートを孔径500μmのフィルターで濾過し、80gの条件で3分間遠心分離した。遠心分離後、成熟脂肪細胞はチューブの最上層に浮遊し、間質血管細胞群(Stromal Vascular Fraction:SVF)はチューブの底にあった。最上層とペレットとの間の液体を10mLピペットで捨て、その後、5%のBSAを含むPBS及び1%の抗菌薬で洗浄を2回繰り返し、最後にDMEMで洗浄した。すべての天井培養実験には、新たに単離した成熟脂肪細胞を用いた。
倫理規定:脂肪組織は、年齢が41歳、45歳及び53歳であり、BMI(Body Mass Index)がそれぞれ22.4、25.78及び20.46である3人の異なるヒトドナーの腹部脂肪組織、胸部脂肪組織又は脂肪吸引分離後に京都大学医学部附属病院(京都府、日本)から収集したものである。全ての使用は大阪大学研究倫理審査委員会により承認された(承認番号:L026)。
【0056】
<6.脱分化脂肪細胞比(DFAT ratio)に与える血清タンパク質量の影響>
上記<5>の手順で得た成熟脂肪細胞を、5.0×104/cm2の播種密度で、FBS濃度が20v/v%、10v/v%又は0v/v%であり、1%の抗菌薬を含むDMEMで満たした非被覆PSフラスコに播種した。培地漏出を防ぐために各フラスコは蓋をして密閉し、37℃のインキュベーター中で1週間インキュベートした。1週間のインキュベーション後、培地を吸引し、得られたDFATをトリプシン処理によって分離し、細胞をトリパンブルーを用いて自動細胞カウンター(Invitrogen)で計数した。0v/v%のFBSを含むDMEMによって得たDFAT数を対照として用い、他の条件のDFAT数と比較することで、データを正規化した。
【0057】
<7.細胞生存率アッセイ>
FBS濃度が20v/v%、10v/v%又は0v/v%であるDMEMで1週間天井培養を行って得た細胞の生存率を、Live/Dead(登録商標)生存率アッセイキットを用いて評価した。細胞の核をHoechstで対比染色した。3回のPBS洗浄の後、暗所で37℃、30分間表面上の細胞を染色し、FV3000共焦点レーザー走査顕微鏡(Olympus,Tokyo,Japan)で画像化した。各試料に対して同じレーザー露光時間及び励起パワーの条件で蛍光強度測定を行った。
【0058】
<8.天井面が被覆された培養容器内での天井培養>
1%の抗生物質、及び20%のFBSを含むDMEMで満たし、天井面が細胞外マトリックス又はポリマーで被覆されたPSフラスコに、上記<5>の手順で得た成熟脂肪細胞を5.0×104/cm2の播種密度で播種した。培地の漏出を防ぐために各フラスコに蓋をし、インキュベーター内で、37℃、1週間の条件でインキュベートした。1週間のインキュベーション後、培地を吸引し、得られたDFATをトリプシン処理によって分離し、細胞をトリパンブルーを用いて自動細胞カウンター(Invitrogen)で計数した。被覆されていない表面によって得られたDFAT数を対照として使用して、他の条件のDFAT数と比較することでデータを正規化した。
【0059】
<9.脱分化脂肪細胞(DFAT)の免疫蛍光イメージング>
天井面が被覆されていないPSフラスコでの1週間の天井培養後、DFATを分離し、10cmペトリ皿上に播種し、80%コンフルエントに達するまで培養皿上でDFATを培養した。次いで、細胞を再び分離し、播種密度1.2×104で96ウェルプレート上に播種した。細胞がコンフルエントに達した後、4%パラホルムアルデヒドのPBS溶液を用いて、4℃、一晩の条件で固定した。得られたサンプルを0.05%Triton X-100のPBS溶液で15分間透過処理し、非特異的染色を最小限にするために1%BSAのPBS溶液中で室温、1時間の条件でインキュベートした。インキュベート後の液に抗CD90抗体及び抗YAP抗体をBSA 1%に添加し、4℃で一晩インキュベートした。次に、得られたサンプルを二次抗体Alexa Flour(登録商標)647及びAlexa Flour(登録商標)488と共に、暗所にて室温、2時間の条件でインキュベートした。核はHoechstで対比染色した。細胞をPBSでリンスし、落射蛍光顕微鏡(共焦点定量的画像サイトメーターCQ1、Tokyo、Yokogawa)を用いて観察した。
【0060】
<10.蛍光標識化したカチオン性ポリマー及び細胞外マトリックスによる細胞培養皿表面の被覆(コーティング)>
蛍光標識化した細胞外マトリックス及びカチオン性ポリマーそれぞれのPBS(pH:7.4)溶液を調製し、PSセルカルチャーフラスコの天井面を被覆したときと同じ条件で、コーティングを実施した。FITC結合I型コラーゲン、FAM結合IV型コラーゲン、ローダミンラミニン、ローダミンフィブロネクチン及びFITC結合PLLが、それぞれ10μg/cm2,10μg/cm2,1μg/cm2,5μg/cm2及び8.33μg/cm2となるように96ウェルプレートにおける各ウェルを被覆した。コーティングされたウェルをPBS(pH:7.4)で3回洗浄し、FV3000共焦点レーザー走査顕微鏡(Olympus,Tokyo,Japan)によって画像化した。Image Jソフトウェア(Fiji,Mac OS X版)を用いて各被覆表面の蛍光強度を分析した。
【0061】
<11.統計解析>
データセット間の有意差を判定する場合には、両側t検定を用いた統計解析を実施した。エラーバーは標準偏差を示す。*はp<0.05、**はp<0.01、***はp<0.001、****はp<0.0001を示し、N.S.は有意差が確認されなかったことを示す。p値が少なくともp<0.05であるときに有意差ありと判断される。
【0062】
〔結果〕
図1は上記<9>で示す手順で実施された実験の結果を示す。
図1(A)は、天井面が被覆されていない培養容器を用い、天井培養開始から0日、3日又は7日時点における脱分化プロセスの顕微鏡観察結果を示す。0日時点の結果(左の写真)における矢印は成熟脂肪細胞を示し、3日時点の結果(中央の写真)及び7日時点の結果(右の写真)における矢印は脱分化脂肪細胞(DFAT)を示す。
図1(A)中のスケールバーは100μmを示す。
【0063】
図1(B)は、天井培養開始から7日時点における、CD90及びYAPにより脱分化脂肪細胞を免疫蛍光染色した画像、Hoechst対比染色により核(Nuclei)を可視化した画像、並びに、脱分化脂肪細胞のCD90、YAP及び核の共局在を示すマージ画像である。
図1(B)中のスケールバーは50μmを示す。
【0064】
図2は上記<6>及び<7>で示す手順で実施された実験の結果を示す。
図2(A)は、FBS濃度が0v/v%、10v/v%又は20v/v%であるDMEM高グルコース培地を用いた条件で1週間天井培養した際のDFAT比の結果を示す。データを正規化するために、FBSを含まないDMEMによって得られたDFAT細胞数を対照として用い、他の条件の得られたDFAT細胞数と比較した。
図2(A)には0v/v%,10v/v%又は20v/v%のFBS含有DMEM高グルコース培地を用いて16時間インキュベートした後の非被覆PS表面上に吸着したタンパク質の量も示す。
【0065】
図2(B)は、FBS濃度が異なる培地で7日間天井培養して得られたDFATの位相差画像を示す。
図2(B)中の矢印は線維芽細胞の形態を有するDFATを示す。
図2(B)中のスケールバーは100μmを示す。
【0066】
図2(C)は、0v/v%、10v/v%又は20v/v%のFBSを含むDMEM高グルコース培地を用いた7日目のDFATsの生死イメージングの結果、及びHoechst対比染色を用いたDFATsの核の染色結果を示す。
図2(C)中のスケールバーは100μmを示す。
【0067】
表1、表2及び表3は、上記<1>及び<8>の手順で実施され、細胞外マトリックス又は各種ポリマーで天井面を被覆した状態で天井培養を実施した場合の結果を示す。DFAT比は、天井面が被覆されていない培養容器で天井培養して得たDFAT数に対するDFAT数の比である。DFAT比は並列して実施したn=6の結果の平均値である。表1、表2及び表3には上記<2>及び<3>に示す手順で実施された接触角及びゼータ電位の測定結果も示す。
【0068】
【0069】
天井面を細胞外マトリックス又はカチオン性ポリマーで被覆した状態で天井培養を実施した場合にはDFAT比が1.0を超えるものとなった。一方、天井面をアニオン性ポリマーで被覆した状態で天井培養を実施した場合にはDFAT比は1.0未満となった。これらの結果から天井面を細胞外マトリックス又はカチオン性ポリマーで被覆した場合にはより効率的にDFATが製造可能になることがわかる。
【0070】
天井面をフィブロネクチン、IV型コラーゲン、I型コラーゲン、ラミニン、PLL、又はPDDAで被覆した場合、特に効率的にDFATが製造可能であった。天井面の被覆なしの結果をコントロールとすると、フィブロネクチン及びPDDAではp<0.05、IV型コラーゲン、I型コラーゲン、ラミニン及びPLLではp<0.01であった。
【0071】
図3は上記<4>に示す手順で実施され、20v/v%のFBSを含むDMEMを用いてインキュベーションしたときのカチオン性ポリマーで天井面を被覆した被覆面上で吸着タンパク質の量を示す(n=3)。
【0072】
図4及び
図5は上記<10>に示す手順で実施され、
図4は蛍光標識した各種材料で被覆した表面の共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)画像、及び、測定ウェルの中心を通る直線における蛍光強度の測定結果(縦軸:グレー値(Gray Value)、横軸:距離(Distance))を示す。蛍光画像の解析にはImage Jを用いた。
図4中のスケールバーは1mmを示す。
図5は蛍光標識した各種材料で被覆した表面の蛍光強度(Fluorescence Intensity)を示す。