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特開2024-138102摂食嚥下機能評価システムの作動方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024138102
(43)【公開日】2024-10-07
(54)【発明の名称】摂食嚥下機能評価システムの作動方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/11 20060101AFI20240927BHJP
【FI】
A61B5/11 320
A61B5/11 310
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024120656
(22)【出願日】2024-07-25
(62)【分割の表示】P 2020042502の分割
【原出願日】2020-03-11
(71)【出願人】
【識別番号】504165591
【氏名又は名称】国立大学法人岩手大学
(74)【代理人】
【識別番号】100161355
【弁理士】
【氏名又は名称】野崎 俊剛
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 誠
(72)【発明者】
【氏名】村上 千晃
(57)【要約】
【課題】放射線被曝等のリスクがなく、ベッドサイドや在宅医療でも評価でき、かつ少ない嚥下回数で摂食嚥下の際にどの部分がどう動き、摂食嚥下のどのステージでどの筋肉がどの程度の活動度、タイミング、時間で協調的に動いているかを知ることで摂食嚥下機能評価を向上させること。
【解決手段】摂食嚥下機能評価システムの作動方法は、センサ部と、解析部と、を備えている。解析部は、舌骨上筋群生体信号の特徴量及び舌骨下筋群生体信号の特徴量の時系列変化を捉えて、少なくとも嚥下開始から終了までの前記ステージを特定し、ステージに対応した嚥下諸器官の協調運動における舌骨上筋群及び舌骨下筋群の個々の筋肉の相対的な活動の組み合わせ、活動の大きさ、活動のタイミング、および、活動の時間の変化を捉えて摂食嚥下機能を解析する。
【選択図】図6

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摂食嚥下開始から終了まで一連の動作のうち少なくとも嚥下開始から前記終了までの生体信号を検出するセンサ部と、前記生体信号から特徴量を抽出し、前記特徴量から摂食嚥下のステージを特定して摂食嚥下機能を評価する解析部と、を備えている摂食嚥下機能評価システムの作動方法であって、
前記センサ部は、舌骨上筋群に配置され前記舌骨上筋群の筋活動による舌骨上筋群生体信号を検出する舌骨上筋群用筋電センサ、舌骨下筋群に配置され前記舌骨下筋群の筋活動による舌骨下筋群生体信号を検出する舌骨下筋群用筋電センサを備え、
前記舌骨上筋群用筋電センサで検出された前記舌骨上筋群生体信号、前記舌骨下筋群用筋電センサで検出された前記舌骨下筋群生体信号から、それぞれの特徴量を抽出し、
前記舌骨上筋群生体信号の特徴量及び前記舌骨下筋群生体信号の特徴量の時系列変化を捉えて、少なくとも前記嚥下開始から前記終了までの前記ステージを特定し、前記ステージに対応した嚥下諸器官の協調運動における前記舌骨上筋群及び前記舌骨下筋群の個々の筋肉の相対的な活動の組み合わせ、前記活動の大きさ、前記活動のタイミング、および、前記活動の時間の変化を捉えて摂食嚥下機能を解析する解析部と、
前記解析した結果を表示する表示部と、を備えていることを特徴とする摂食嚥下機能評価システムの作動方法。
【請求項2】
請求項1記載の摂食嚥下機能評価システムの作動方法であって、
前記センサ部は、少なくとも前記舌骨上筋群用筋電センサ又は前記舌骨下筋群用筋電センサのいずれか一方が使用され、前記舌骨上筋群用筋電センサ及び前記舌骨下筋群用筋電センサは、多チャンネルの電極が整列したアレイ状電極が用いられていることを特徴とする摂食嚥下機能評価システムの作動方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載の摂食嚥下機能評価システムの作動方法であって、
前記解析部は、前記特徴量に、前記舌骨上筋群及び前記舌骨下筋群の個々の筋肉が個別に制御されているのではなく、複数の筋肉の協調運動によって制御されるとした筋シナジーに基づいて変換された特徴量を用いることを特徴とする摂食嚥下機能評価システムの作動方法。
【請求項4】
請求項3記載の摂食嚥下機能評価システムの作動方法であって、
前記解析部は、前記筋シナジーには非負値行列因子分解(Nonnegative Matrix Factorization:NMF)により複数の成分を抽出することを特徴とする摂食嚥下機能評価システムの作動方法。
【請求項5】
請求項4記載の摂食嚥下機能評価システムの作動方法であって、
前記解析部は、前記筋シナジーの複数の成分は、前記筋肉の協調運動における各筋の相対的な活動の組み合わせを表す空間パターンと、前記空間パターンに対する時系列の重み係数および筋活動のタイミングを表す時間パターンとで構成することを特徴とする摂食嚥下機能評価システムの作動方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摂食嚥下開始から摂食嚥下終了までの生体信号を検出し、検出した生体信号から特徴量を抽出し、摂食嚥下のステージを識別して摂食嚥下機能を評価する摂食嚥下機能評価方法の作動方法に関する。
【背景技術】
【0002】
摂食嚥下は、食物を認知して口に運び、口腔内で咀嚼し、咽頭、食道を通り胃まで運ぶ一連の動作であり、その基本のメカニズムは「5期モデル」という5つのステージ(先行期、準備期、口腔期、咽頭期、食道期)で説明される。また、4つのステージ(口腔準備期、口腔送り込み期、咽頭期、食道期)で説明する「4期モデル」や、咀嚼嚥下のプロセスを4つのステージ(stage I transport,processing,stage II transport,swallowing)で説明する「プロセスモデル」などもある。摂食嚥下は、多数の器官の協調運動に構成される複雑な動作であるが、その動作は随意運動と非随意運動の混在した運動である。まず舌を口蓋に押し付ける随意運動により食塊を咽頭に送り込む。それにより嚥下反射が誘発され、非随意運動に転ずる。
【0003】
非随意運動では、図1に示す舌骨上筋群が主体となり舌骨を前上方に牽引する。同時に、舌骨下筋群の一つである甲状舌骨筋が、舌骨上筋群の収縮に伴う反射運動として喉頭を最高位に引き上げ、喉頭蓋を反転させることで喉頭(気道)を塞ぎ、食塊の気道への流入を防ぐ。その一連の動作は、図2に示すように約1秒の間に嚥下諸器官の協調運動によって行われる。
【0004】
このような摂食嚥下機能を評価する技術として、特許文献1に開示される摂食嚥下機能評価技術が知られている。特許文献1の摂食嚥下機能評価技術は、摂食嚥下開始から摂食嚥下終了までの生体信号を検出し、検出した生体信号から特徴量を抽出し、機械学習を用いて特徴量から摂食嚥下動作を識別して摂食嚥下機能を評価する摂食嚥下機能評価法である。生体信号として、舌骨上筋群の筋活動による舌骨上筋群生体信号と、舌骨下筋群の筋活動による舌骨下筋群生体信号とを用い、舌骨上筋群生体信号と舌骨下筋群生体信号とから特徴量を抽出する。しかし、機械学習が必要であるため、被験者による嚥下時の生体信号の取得を数十回程度繰り返し行う必要がある。
【0005】
摂食嚥下の可否には、随意運動である口腔運動の問題の有無や非随意運動である嚥下反射の破綻が大きく関与する。したがって、摂食嚥下のどのステージに問題が生じているかを知ることは、摂食嚥下機能評価の基本的なアプローチといえる。このような摂食嚥下機能評価技術として、次の技術が知られている。
【0006】
摂食嚥下機能評価技術のゴールドスタンダートとして、嚥下造影検査(Videofluoroscopic examination of swallowing:VF)が挙げられる。VFは、造影剤を含んだ食物を食べてもらい食塊の動きや嚥下諸器官の動きをX線透視化で観察する態様あり、各ステージを含む摂食嚥下の一連の動作を確認できる検査である。しかし、放射線被曝や造影剤を含んだ食物の誤嚥のリスクがあるうえ、X線透視装置が必要でベッドサイドや在宅医療には不向きである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2019-208629号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、以上の点に鑑み、放射線被曝や造影剤を含んだ食物の誤嚥のリスクがなく、装置の場所を取らずベッドサイドや在宅医療でも評価でき、かつ少ない嚥下回数で摂食嚥下の際にどの部分がどう動き、摂食嚥下のどのステージでどの筋肉がどの程度の活動度、タイミング、時間で協調的に動いているかを知ることで摂食嚥下機能評価を向上させることができる摂食嚥下機能評価技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
[1]摂食嚥下開始から終了まで一連の動作のうち少なくとも嚥下開始から前記終了までの生体信号を検出するセンサ部と、前記生体信号から特徴量を抽出し、前記特徴量から摂食嚥下のステージを特定して摂食嚥下機能を評価する解析部と、を備えている摂食嚥下機能評価システムの作動方法であって、
前記センサ部は、舌骨上筋群に配置され前記舌骨上筋群の筋活動による舌骨上筋群生体信号を検出する舌骨上筋群用筋電センサ、舌骨下筋群に配置され前記舌骨下筋群の筋活動による舌骨下筋群生体信号を検出する舌骨下筋群用筋電センサを備え、
前記舌骨上筋群用筋電センサで検出された前記舌骨上筋群生体信号、前記舌骨下筋群用筋電センサで検出された前記舌骨下筋群生体信号から、それぞれの特徴量を抽出し、
前記舌骨上筋群生体信号の特徴量及び前記舌骨下筋群生体信号の特徴量の時系列変化を捉えて、少なくとも前記嚥下開始から前記終了までの前記ステージを特定し、前記ステージに対応した嚥下諸器官の協調運動における前記舌骨上筋群及び前記舌骨下筋群の個々の筋肉の相対的な活動の組み合わせ、前記活動の大きさ、前記活動のタイミング、および、前記活動の時間の変化を捉えて摂食嚥下機能を解析する解析部と、
前記解析した結果を表示する表示部と、を備えていることを特徴とする。
【0010】
かかる構成によれば、舌骨上筋群生体信号の特徴量及び舌骨下筋群生体信号の特徴量の時系列変化を捉えることで、少なくとも嚥下開始から嚥下終了までのステージを特定するので、各ステージに対応した嚥下諸器官の協調運動における舌骨上筋群及び舌骨下筋群の個々の筋肉の相対的な活動度の組み合わせや、その活動の大きさ、活動のタイミング、および、活動の時間の変化を捉えて摂食嚥下機能を解析することができる。X線透視装置が不要であるので、放射線被曝や造影剤の含んだ食物の誤嚥のリスクがなく、装置の場所を取らずベッドサイドや在宅医療でも解析できる。
【0011】
さらに、摂食嚥下のどのステージでどの筋肉がどの程度の活動度、タイミング、時間で協調的に動いているかを知ることできる。これにより、摂食嚥下機能評価を向上させることができる。さらに、センサを複数並べて使用することで、喉頭の挙上から降下までの一連の運動を検出でき、摂食嚥下の各ステージに対応したより詳細な摂食嚥下機能評価をすることができる。
【0012】
[2]好ましくは、前記センサ部は、少なくとも前記舌骨上筋群用筋電センサ又は前記舌骨下筋群用筋電センサのいずれか一方が使用され、前記舌骨上筋群用筋電センサ及び前記舌骨下筋群用筋電センサは、多チャンネルの電極が整列したアレイ状電極が用いられている。前記舌骨上筋群用筋電センサ及び前記舌骨下筋群用筋電センサはどちらか片方のみの使用でも良いが両方使用することが詳細な嚥下機能評価をするうえで好ましい。
【0013】
通常の筋電計測では、筋の走行、起始・停止などの解剖学的知識を基に電極を貼り付けて位置を決定するため、時間と労力を要する。この点、上記構成によれば、アレイ状電極を用いることで、どの電極位置の下にある筋が、摂食嚥下の各ステージに対応しているか、何筋であるか等を特定することができる。
【0014】
[3]好ましくは、前記解析部は、前記特徴量に、前記舌骨上筋群及び前記舌骨下筋群の個々の筋肉が個別に制御されているのではなく、複数の筋肉の協調運動によって制御されるとした筋シナジー仮説に基づいて変換された特徴量(空間パターンや時間パターン)を用いる。
【0015】
かかる構成によれば、筋肉が個別に制御されているのではなく、複数の筋肉の協調運動によって制御されるとした筋シナジー仮説を用いる。筋シナジーを抽出して可視化することで、どの電極位置の下にある筋が、摂食嚥下の各ステージに対応し、どの程度の活動度とタイミングで協調運動をしているか、電極位置を厳密に決めなくても摂食嚥下機能を評価することができる。さらに、嚥下反射開始前の筋シナジーに着目することで、随意運動である食塊の送り込み等に関するステージの摂食嚥下機能を評価することができる。さらに、嚥下反射開始後の筋シナジーに着目することで、非随意運動である嚥下反射等に関するステージの摂食嚥下機能を評価できる。
【0016】
また、摂食嚥下障害は、随意運動か非随意運動のどちらか、あるいは、両方に問題を抱えていることで生じることから、筋シナジーに着目することで、その特定ができる。また、食べ物の量や物性を変えたときの筋シナジーに着目することで、嚥下物に対する対応力の違いや、疲労のしやすさ、加齢変化の特徴、嚥下障害者の特徴などを評価できる。
【0017】
[4]好ましくは、前記解析部は、前記筋シナジーには非負値行列因子分解(Nonnegative Matrix Factorization:NMF)により複数の成分を抽出する。
【0018】
かかる構成によれば、非負値行列因子分解NMFは統計手法の主成分分析に非負の拘束を付けたものに相当する。非負値行列因子分解NMFは非負制約され、筋肉が収縮方向にしか力を発揮しない特性と対応付けられることから、結果の解釈が容易になり、可視化することでより結果が分かり易くすることができる。
【0019】
[5]好ましくは、前記解析部は、前記筋シナジーの複数の成分は、前記筋肉の協調運動における各筋の相対的な活動の組み合わせを表す空間パターンと、前記空間パターンに対する時系列の重み係数および筋活動のタイミングを表す時間パターンとで構成する。
【0020】
かかる構成によれば、例えば空間パターンを3次元的に表すことで、筋シナジーを抽出して可視化することができる。可視化することで、どの電極位置の下にある筋が、摂食嚥下の各ステージに対応し、どの程度の活動度、タイミング、時間で協調運動しているか、何筋であるかなどを容易に特定できる。
【発明の効果】
【0021】
放射線被曝や造影剤の含んだ食物の誤嚥のリスクがなく、装置の場所を取らずベッドサイドや在宅医療でも評価でき、摂食嚥下の際にどの部分がどう動き、摂食嚥下のどのステージでどの筋肉がどの程度の活動度、タイミング、時間で協調運動しているかを知ることで摂食嚥下機能評価を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】舌骨上筋群と舌骨下筋群を示す説明図である。
図2】随意運動及び非随意運動からなる嚥下の仕組みを示す説明図である。
図3】誤嚥リスクを示す説明図である。
図4】舌骨運動の冗長性を示す説明図である。
図5】筋シナジーを示す説明図である。
図6】本発明に係る摂食嚥下機能評価システムの全体構成を示すブロック図である。
図7】舌骨上筋群用筋電センサ及び舌骨下筋群用筋電センサを示す説明図である。
図8】喉頭挙動センサを示す説明図である。
図9】電極用治具を示す説明図である。
図10】本発明に係る摂食嚥下機能評価システムの構成図である。
図11】人間にセンサ部を装着した状態を示す説明図である。
図12】電極の対象筋肉群を示す説明図である。
図13】筋シナジー仮説における筋活動の構成を示す説明図である。
図14】筋シナジー抽出方法を示す説明図である。
図15】動作区間切り出しを示す説明図である。
図16】表面筋電位から筋シナジーを抽出する流れを示す説明図である。
図17】舌骨の動きと喉頭挙動センサの信号を示す説明図である。
図18】非負行列因子分解NMFを示す説明図である。
図19】随意運動と非随意運動の境界を示す説明図である。
図20】摂食嚥下時の表面筋電位sEMG信号を示す説明図である。
図21】喉頭挙動センサの信号を示す説明図である。
図22】空間パターンを示す説明図である。
図23】シナジー解析を示す説明図である。
図24】空間パターンと時間パターンを示す説明図である。
図25】挙上開始点時のRMS信号の総和と各シナジーの空間パターンを示す説明図である。
図26】挙上開始点から0.25s後のRMS信号の総和と各シナジーの空間パターンを示す説明図である。
図27】挙上開始点から0.5s後のRMS信号の総和と各シナジーの空間パターンを示す説明図である。
図28】挙上開始点から0.75s後のRMS信号の総和と各シナジーの空間パターンを示す説明図である。
図29】挙上開始点から1.0s後のRMS信号の総和と各シナジーの空間パターンを示す説明図である。
図30】随意嚥下の強さ別の筋シナジーによる空間パターンと時間パターンを示す説明図である。
図31】RMS信号と喉頭挙動センサの関係を示す説明図及び各シナジーの移り変わりを示す説明図である。
図32】筋シナジーと筋肉の関係を示す説明図である。
図33】筋シナジーと舌骨の動きの関係を示す説明図である。
図34】筋シナジーと嚥下メカニズムの関係性を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の実施の形態を添付図に基づいて以下に説明する。なお、図面は、摂食嚥下機能評価システムの概略構成を概念的(模式的)に示すものとする。
【実施例0024】
図1図2に示すように、摂食嚥下は食物を認知して口に運び、口腔内で咀嚼し、咽頭、食道を通り胃まで運ぶ一連の動作であり、先行期、準備期、口腔期、咽頭期、食道期の5期のステージに分けられる。嚥下はこの5期の中の口腔期から食道期までを指し、随意運動と反射運動が共存する複雑な生理機構によって実現される。尚、摂食嚥下機能には、咀嚼機能も含むこととする。
【0025】
随意運動とは、咀嚼して形成した食塊を、舌運動により咽頭へ送り込む運動を主に指す。反射運動とは、嚥下反射によって、咽頭を経て食道へと食塊を通過させる運動を指す。嚥下反射は延髄にあるCPG(central pattern generator)により、再現性の高いパターン運動が実現される。そのため、嚥下の可否には、口腔運動の問題の有無や嚥下反射の破綻が大きく関する。
【0026】
嚥下に要する時間は口腔期と咽頭期をあわせ1秒程度と言われ、このわずかな時間に、1)口唇の閉鎖、2)舌による食塊の咽頭への移送、3)鼻咽腔閉鎖、4)下顎の閉口位での固定、5)喉頭の挙上と喉頭蓋の反転による喉頭閉鎖、6)喉頭の前方移動による咽頭下部の開大、7)声門閉鎖と呼気圧の上昇、8)食道入口部の括約筋の弛緩、などが決められた順序で連続的に起こる。
【0027】
舌骨上筋群は、舌骨と喉頭を前上方へと挙上させる。舌骨下筋群は、舌骨上筋群の反射運動により活動し、甲状舌骨筋が収縮することで喉頭を最高位へと引き上げ、喉頭蓋を反転させる(喉頭閉鎖)。このとき、特に舌骨は気道閉鎖を行う上で重要な骨とされる。
【0028】
図3に示すように、一般的には、脳血管障害や神経筋疾患、加齢による筋力低下や嚥下諸器官の位置変化などが原因で、摂食嚥下機能は低下し、さらに全身疾患等が原因で、嚥下に何らかの問題が生じた場合には、食塊の咽頭残留、喉頭侵入や誤嚥が生じ、結果として誤嚥性肺炎の発症リスクが増大することになる。
【0029】
このように摂食嚥下機能が低下した人は、(1)舌骨・喉頭位の下垂(いわゆる喉仏の位置が下がること。喉頭閉鎖するために必要な挙上量が大きくなる)、(2)舌骨・喉頭の挙上量や前方移動量の減少(挙上量が不十分で喉頭閉鎖が十分に行えない)、(3)喉頭挙上速度の低下による喉頭挙上の遅れ(喉頭閉鎖のタイミングが遅れる)、(4)嚥下反射惹起の遅延や消失(反射が起きにくく、喉頭閉鎖のタイミングが遅れる、または反射が起きず喉頭を閉鎖できない)、(5)一回嚥下量や物性の変化に対する対応力や持久力が低下(食べ物に合わせて嚥下諸器官の運動を適切に調整する能力や持久力が低下する)、となることが分かっている。
【0030】
従来、摂食嚥下機能を評価するために、摂食嚥下時の筋電計測が古くから行われてきたが、摂食嚥下開始から終了までの一連の筋活動に対して、最大振幅(筋活動の強度に関係)を求めることや、振幅を積分する(筋活動量に関係)などの評価しか行われてきておらず、嚥下諸器官を構成する各筋が摂食嚥下の各ステージとどのように対応し、どの筋肉がどの程度の活動度、タイミング、時間で協調運動しているかまでは細かく評価できていなかった。詳細に評価するためには、筋活動と嚥下造影検査(VF検査)の同期計測を必要とするが、VFには上述したように造影剤誤嚥や被曝リスクを含む。
【0031】
そこで、本発明者らは、喉頭閉鎖を行う上で重要な舌骨を制御する舌骨上筋群(顎二腹筋、茎突舌骨筋、顎舌骨筋、オトガイ舌骨筋)と舌骨下筋群(胸骨舌骨筋、肩甲舌骨筋、胸骨舌骨筋、甲状舌骨筋)で構成される舌骨筋群に着目した。
【0032】
図4に示すように、舌骨の運動を制御する筋肉は舌骨上筋群の筋肉及び舌骨下筋群の筋肉を合わせて14本ある。これに対して舌骨の自由度は、X軸、Y軸、Z軸方向の並進運動と各軸まわりの回転運動の合計6自由度であり、舌骨の制御は冗長システムと言える。これらの筋群は前頸部に密集しておりすべての筋肉の嚥下時の筋活動を同時かつ別々に評価するのは現実的とは言えない。そこで複数の筋肉のまとまった信号から協調パターンを推定できるシナジー解析による舌骨筋群の筋活動の評価を試みた。シナジー仮説とは、筋シナジー仮説に基づいた人体の運動の解析方法の一つである.
【0033】
図5に示すように、人間は、多くの筋肉や関節を持つ。目標動作を行うためには、それらのすべての制御を行う必要がある。しかし、目標動作の自由度に対し筋肉や関節の自由度が多い場合は、動作決定時に筋肉の出力や関節の角度の組み合わせが無数に存在し、制御指令の決定が困難になっている。このような身体の冗長性を「Bernstein 問題」と呼ぶ。
【0034】
これに対し、Bernsteinは筋肉や関節それぞれ別々に制御を行っているのではなく、複数の筋肉や関節をモジュール化しそれらをまとめて制御しているという筋シナジー仮説を提唱した。モジュール化され同一のパターンで活動するものをシナジーと呼び、筋肉のシナジーを筋シナジーと呼ぶ。今まで人体の様々な運動がシナジー解析され、複数の筋肉の表面筋電位(surface Electromyography,以下sEMG)信号より筋シナジーが抽出でき、それの評価によって筋肉の協調パターンを推定できることが示されている。
【0035】
さらに、健常者のみではなく麻痺や疾患を抱えた患者においても同様に筋シナジーの評価がなされ健常者との違いや特性の定量的な把握が進められている。しかしながら、上肢や下肢の運動を対象とするものがほとんどであり、摂食嚥下を含む顎口腔領域における筋シナジー評価は進んでいない。そこで本発明者らは、摂食嚥下機能と密接に関与する舌骨上筋群と舌骨下筋群の協調運動に筋シナジー仮説を適用し知見を得た。
【0036】
冗長システムと言える舌骨筋の舌骨の制御において筋シナジーを抽出し、加齢や疾患による摂食嚥下機能低下の定量化や摂食嚥下障害の原因の特定を目的とし、それに対するファーストステップとして、健常若年者の前頸部より計測できる舌骨上筋群と舌骨下筋群のsEMG信号から筋シナジーを抽出し、それによって嚥下の際の舌骨の牽引がどのような協調運動によってなされているかを考察した。
【0037】
次に本発明の実施例に係る摂食嚥下機能評価システム10の全体構成を説明する。
図6図10に示すように、摂食嚥下機能評価システム10は、摂食嚥下開始から終了までのうち少なくとも嚥下開始から終了までの生体信号を検出するセンサ部20と、検出した生体信号から特徴量を抽出する多機能筋電位計測装置30と、特徴量から摂食嚥下のステージを識別して摂食嚥下機能を評価する解析部40と、評価した結果を記録する記録部(不図示)と、評価した結果を表示する表示部(不図示)と、これらに給電するバッテリ31、41とを備えている。なお、解析部40に基板30が含まれる構成としてもよい。また、解析部40に記録部及び表示部を設けてもよい。
【0038】
図7図12に示すように、摂食嚥下機能評価システム10のセンサ部20は、舌骨上筋群部分に配置され舌骨上筋群の筋活動による舌骨上筋群生体信号を検出する舌骨上筋群用筋電センサ21と、舌骨下筋群部分に配置され舌骨下筋群の筋活動による舌骨下筋群生体信号を検出する舌骨下筋群用筋電センサ22と、喉頭部分に配置され喉頭の挙上による喉頭挙動信号を検出する喉頭挙動センサ25とを備えている。
【0039】
舌骨上筋群用筋電センサ21は、多チャンネルの電極21aが整列したアレイ状電極が用いられている。舌骨下筋群用筋電センサ22は、多チャンネルの電極22aが整列したアレイ状電極が用いられている。
【0040】
解析部40は、舌骨上筋群用筋電センサ21aで検出された舌骨上筋群生体信号、舌骨下筋群用筋電センサ22aで検出された舌骨下筋群生体信号、及び喉頭挙動センサ25で検出された喉頭挙動信号から、それぞれの特徴量を抽出する。
【0041】
また、解析部40は、舌骨上筋群生体信号及び舌骨下筋群生体信号から抽出した特徴量(すなわち筋シナジーの空間パターンと時間パターン)の時系列変化を捉えることで、少なくとも嚥下開始から嚥下終了までのステージを特定し、各ステージに対応した嚥下諸器官の協調運動における各筋の相対的な活動度の組み合わせや、その活動の大きさ、タイミング、時間等の時間変化・状態変化を捉えて摂食嚥下機能を評価するものである。
【0042】
詳細には、摂食嚥下機能評価システム10は、舌骨上筋群用筋電センサ21a及び舌骨下筋群用筋電センサ22aとしての22chフレキシブル電極と、喉頭挙動センサ25としての伸縮性ひずみセンサと、解析部40に含まれる多機能筋電位計測装置30とから構成される。
【0043】
多機能筋電位計測装置30に接続される22chフレキシブル電極の各電極のsEMG信号は、耳朶に張り付けた不関電極と22chフレキシブル電極の各電極との電位差を、もう片方の耳朶に張り付けた接地電極を電位基準にして、差動増幅することにより導出している。不関電極から導出される同相ノイズ成分を反転増幅し、第7頸椎に張り付けたRLD(Right Leg Drive)電極にフィードバッグすることで、計測中に混入したノイズをキャンセリングした。
【0044】
sEMG信号のゲインは、125とした。伸縮性ひずみセンサ25は、多機能筋電位計測装置30から供給される3Vの電源電圧から伸縮に応じたアナログ電圧を出力した。計測レンジを超えないように信号ゲインを0.5とした。全ての信号は、多機能筋電位計測装置30に搭載される16bitのAD変換により同時サンプリングされ、解析部(PC)40に取り込まれる。サンプリング周波数は、2kHzの設定とした。
【0045】
また、2種類の22chフレキシブル電極は、多機能筋電位計測装置30に接続して使用される。舌骨上筋群用の22chフレキシブル電極(a)は、後頭部に干渉しないように、且つ下顎底部奥に存在する茎突舌骨筋の筋活動も計測できるような形状である。舌骨下筋群用の22chフレキシブル電極(b)は喉頭隆起の動きに干渉せず計測できるような形状である。基板自体の厚さは、約120μmであり、基板保護のために全体をシリコンで覆い、シリコン上に埋め込んだ銀電極を介してsEMG信号を抽出する。銀電極は直径2mm、高さ3.5mmであり、22chフレキシブル電極(a)は、縦8mm、横11.5mm間隔で埋め込み、下顎部全体を覆うように22配置した。
【0046】
22chフレキシブル電極(b)は、縦8mm、横8mm間隔で埋め込み、頸部前面を覆うように22個配置した。また,不図示の接地電極とバイポーラ電極の不感電極を左右の耳朶に、RLD電極を第7頸椎にそれぞれ配置した。計測の際は接触抵抗を抑えるために電極表面にペースト(Elefix、日本光電)を塗布した。22chフレキシブル電極を被験者に取り付け、得られた信号はオペアンプによるインピーダンス変換を経て、多機能筋電位計測装置に送られる。
【0047】
また、喉頭挙動センサ(以下、伸縮性ひずみセンサという)25は、C-STRETCH(F51FS01、バンドー化学株式会社)を使用した。本センサは、エラストマーフィルムと保護膜で構成された静電容量式のひずみセンサで、電源電圧を入力することで伸縮に応じたアナログ電圧を線形出力する。センサ伸縮部は長さ50mm、横5mmである。伸縮レンジは、0~100%である。
【0048】
また、多機能筋電位計測装置30は、複数の異なるセンサを同時に利用することを前提に設計された、生体活動をモニタリングするための計測装置である。最大で64チャンネルのセンサを同時にサンプリングすることが可能である。USB2.0(High Speed)インターフェースを介して、計測データを取り込むための解析部(PC)40と接続される。任意のアプリケーションソフトウェアから装置を制御することも可能である。DC12(V)のACアダプタまたは、外部バッテリ入力電源により動作する。
【0049】
図9図11に示すように、22chフレキシブル電極(a)及び22chフレキシブル電極(b)の装着の際は、テーピングを施したのちに、舌骨上筋群用筋電センサ用治具27としての電極(a)用治具(帽子とバンド)と、舌骨下筋群用筋電センサ用治具28としての電極(b)用治具(バンド)で固定した。
【0050】
次に筋シナジー抽出のアルゴリズムについて説明する。
図13に示すように、筋シナジー仮説では、協調して活動する筋肉のモジュールとそれの活動パターンの掛け合わせによって筋活動が構成されると仮定している。これは数式1で表せる。
【0051】
【数1】
【0052】
ここでMは、筋活動行列であり、計測チャンネルの数をch、計測サンプル数をTとし、そのチャンネルごとの筋活動は数式2
【0053】
【数2】
【0054】
と表せられ、これを用いて筋活動行列は、数式3
【0055】
【数3】
【0056】
と表せる。ここで筋肉のモジュールの数である筋シナジーの数をsとする。sは最大でchと同数である。そのモジュールはそれぞれ各チャンネルの重みという形で
【0057】
【数4】
【0058】
さらにそのモジュールごとの活動パターンは、
【0059】
【数5】
【0060】
とすると、空間パターンWと時間パターンCは
【0061】
【数6】
【0062】
【数7】
となる。したがって数式1は
【0063】
【数8】
【0064】
となり、ch>sである時、時系列の活動パターンが減少していることが確認できる。この時、i番目のチャンネルの筋活動mは、
【0065】
【数9】
【0066】
と表すことができる。本研究では、筋肉の収縮を正とし、M、W、Cすべてを非負の行列として扱った。その上で非負値行列因子分解(Non-negative Matrix factorization,以下NMF)を用いて、非負行列である筋活動行列Mを非負行列WとCに分解し、筋シナジーを抽出した。
【0067】
筋シナジー抽出の主な流れを図14に示す。信号処理には、MATLAB(登録商標)R2019b(Math Works Japan)を用いた。
【0068】
次に全波整流について説明する。
計測したsEMG信号に対し、カットオフ値30~500Hzの6次のバターワースフィルタをかけノイズを除去した。その後、128msのフレームごとにRMS(Root Mean Square)処理を行い全波整流化した。無動作区間でも微小な電位が計測され信号が0ではない。そのためRMS信号は無動作区間の平均値を基準にオフセット値とし、負の値は0とした。さらに10点移動平均で平滑化し、この処理を全チャンネル分行った。
【0069】
次に動作区間の切り出しについて説明する。
伸縮性ひずみセンサ25から得られた喉頭挙動信号に閾値処理を行い、図15に示すように喉頭の挙上開始点を算出した。本発明では俊敏で精度の高い伸縮応答性を持つC-STRETCHを直接首に当てることで喉頭の動きを捉えることを試みた。本アプローチが妥当であることを検証するために、伸縮性ひずみセンサを装着しVF検査を行った。その結果を図15に示す。舌骨の動きとともに、その速度変化の時点と伸縮性ひずみセンサ25からわかる挙上開始点の差は30ms程であり、このアプローチは妥当であると判断できる。なお、図15では、動作区間は挙上開始点より前0.5sに随意運動が、後ろ1.5sに非随意運動が現れると仮定し、合計2s間としRMS信号を切り出した。
【0070】
次にNMFによる筋シナジー抽出について説明する。
NMFとは、統計手法の主成分分析に非負の拘束を付けたものに相当する。本発明では、因子分解のアルゴリズムに交互最小二乗法(Alternating least squares)を用いた。数式1の式をW、Cについて解くと
【0071】
【数10】
【数11】
【0072】
の式が得られる。これらの式はWとCとの片方を定数として、もう片方について最小二乗法を適応したものに相当する。これらを
【0073】
【数12】
【数13】
【0074】
と変形する。初期値としてランダムにWを決める。WとMより数式13からCを求める。次にCとMより数式14からWを求める。このように交互にWとCを更新していく。更新の際、負の成分をすべて0にすることで非負の拘束を付けている。Wn-1とWまたはCn-1とCの変化量が小さくなるまでこの更新を続けた。このように交互に最小二乗法を適応するし最適なW、Cを求めた。
【0075】
このアルゴリズムではまれに局所解で更新が終了し、定めたランクよりも低いランクのW、Cが求められてしまうことがある。加えて、分解の結果は一意に定まるものではなく更新が無事に終了しても再分解するたびに分解結果は多少変化する。そこで再現性のある分解結果を得るために一回の嚥下のデータに対しNMFを20回繰り返し、他の19回の分解結果との相関係数の合計の最も大きいものを再現性の高いものとし分解結果とした。
【0076】
NMFを用いて「44ch×サンプル数」の筋活動行列を「44ch×の成分の数」の空間パターンと「成分の数×サンプル数」の時間パターンに分解した。その際成分の数は1から4まで増加させ分解した。全被験者の中で全6種類の成分が確認されたが、そのうち多数の被験者に共有され、活動レベルが大きいものを摂食嚥下時の舌骨筋の筋シナジーとしラベルを付けた。それらから1回の嚥下が3つ程度の筋シナジーで構成されていると予想された。そのため3つに分解し筋シナジーを抽出した。しかしNMFは抽出される成分やその順番が一定ではないためノイズ成分が分解される場合もあった。その際は4つの成分に分解した結果から筋シナジーと判断できる成分を選出した。抽出された筋シナジーはラベルごとにそれぞれ各摂食嚥下動作の10施行の平均±標準偏差とし整理された。
【0077】
分解結果が嚥下動作を再現できるものか検証するために成分に分解した時のW、Cから再構成した筋活動行列をM’とし、数式2と同様にチャンネルごとの筋活動を
【0078】
【数14】
【0079】
とし、
【0080】
【数15】
【0081】
と定めたVAF(varivability accounted for)を用いて分解結果を評価した。
【0082】
次に以上に述べた筋シナジー抽出方法について図面を用いてまとめて説明する。
図16に示すように、舌骨上筋群用筋電センサ21で検出された舌骨上筋群生体信号、舌骨下筋群用筋電センサ22で検出された舌骨下筋群生体信号から得られた筋活動行列を、NMFを用いて分解し、特徴量である筋シナジー毎の空間パターンと時間パターンを得る。
【0083】
このとき、動作区間の切り出しは、図17に示すように、喉頭挙動センサ25としての伸縮性ひずみセンサの喉頭挙動信号からの閾値により喉頭の挙上開始を算出し、その時点より前0.5s、後1.5sを動作区間とする。
【0084】
図18に示すように、非負行列因子分解NMFにより、RMS信号から3つの筋シナジーにおける空間パターンと時間パターンを得る。W、Cはそれぞれ10回の平均±標準偏差として整理する。
【0085】
図19に示すように、随意運動と非随意運動の境界は、喉頭隆起の位置変化を喉頭挙動センサ25である伸縮性ひずみセンサの伸縮として計測する。本研究では、安静時の喉頭隆起の位置に伸縮性ひずみセンサを巻いたため、喉頭挙上を首の周長の減少として計測した。
【0086】
摂食嚥下動作時の筋シナジー抽出のための実験方法は、図11に示すように、複数の被験者に対し、舌骨上筋群用筋電センサ21、舌骨下筋群用筋電センサ22及び喉頭挙動センサ25を装着し、1回嚥下量として、水1ml、3ml、6mlを自然嚥下と努力嚥下により嚥下し、舌骨上筋群生体信号、舌骨下筋群生体信号、及び喉頭挙動信号を計測する。
【0087】
次に結果について説明する。
被験者による水6mlの自然嚥下により得られたsEMG信号(舌骨上筋群生体信号、舌骨下筋群生体信号)を図20に示す。また、被験者による水6mlの自然嚥下における伸縮性ひずみセンサの喉頭挙動信号を図21に示す。筋シナジーは3つの成分が取得されている。
【0088】
図22に示すように、舌骨上筋群用筋電センサ21(舌骨上筋群用電極21a)、舌骨下筋群用筋電センサ22(舌骨下筋群用電極22a)の測定値から、それぞれの空間パターンが得られる。
【0089】
図23に示すように、NMFによる分解をすると、3つの成分における筋シナジーA、B、Cが抽出され、これらの3つの筋シナジーA、B、Cの空間パターン及び時間パターンは図24のように示される。時間パターンでは、3つの筋シナジーA、B、Cの時間パターンが3つの線(平均,平均+標準偏差,平均-標準偏差)で表示されている。
【0090】
所定の条件における摂食嚥下時の舌骨筋の筋シナジーA、B、Cについて、喉頭挙動開始時から0.25s毎の分解前の全44チャンネルのRMS信号と、分解した3つの成分の筋シナジーA、B、Cの空間パターンと時間パターンを掛けて得られる各波形は、喉頭挙動開始時から0秒を図25に示し、喉頭挙動開始時から0.25s後を図26に示し、喉頭挙動開始時から0.5s後を図27に示し、喉頭挙動開始時から0.75s後を図28に示し、喉頭挙動開始時から1.0s後を図29に示す。これにより、各シナジーに対応した各筋の活動状態が分かる。なお、3つの成分の筋シナジーA、B、Cについての時間パターンと空間パターンをそれぞれ掛け、すべて足し合わせることで、全44チャンネルのRMS信号を復元することができる。
【0091】
また、異なる被験者による水6mlの努力嚥下における3つの筋シナジーを図30に示す。
【0092】
図31に示すように、3つの筋シナジーA、B、Cにおける筋活動の状態により、喉頭挙上開始点から所定の時間が経過した時点(1)、(2)、(3)の各筋シナジーA、B、C筋活動の状態を知ることができる。これによると、挙上開始点から約0.5s経過した時点(1)では筋シナジーAの活動レベルが高く、挙上開始点から約0.75s経過した時点(2)では筋シナジーBの活動レベルが高く、挙上開始点から約1.0s経過した時点(3)では筋シナジーCの活動レベルが高い。この分析から、摂食嚥下開始から終了までの各ステージを特定することができる。
【0093】
図32に示すように、シナジーAの空間パターンは主に舌骨上筋群の左右の活動度が高く、その活動が見られる電極位置と筋肉の走行の関係からシナジーAは顎舌骨筋の活性度を表しているといえる。シナジーBの空間パターンは主に舌骨上筋群の中央の活動度が高く、顎二腹筋やオトガイ舌骨筋の活性度を表しているといえる。シナジーCの空間パターンは主に舌骨下筋群の上部の活性度が高く、シナジーCは甲状舌骨筋の活性度を表しているといえる。このように活性度の分布をみることで筋肉と対応付けができ、嚥下の際にどの部分がどう動き、嚥下のどのステージでどの筋肉が動いているかを知ることできる。
【0094】
図33に示すように、VF検査より、摂食嚥下時の舌骨挙上は、後退を伴う挙上からはじまり、途中からの素早い前進を伴う挙上に移行する。それぞれ作用する筋肉が違うと考えられ、抽出された筋シナジーと対応させると、後退を伴う挙上は、茎突舌骨筋といち早く活動を開始する顎舌骨筋の作用であり、筋シナジーAの活動といえる。前進を伴う挙上は残りの舌骨上筋群の作用も大きく筋シナジーBの活動も考えられる。加えて、喉頭を牽引する甲状舌骨筋の筋シナジーCの活動とあわせ、舌骨と喉頭の挙上が3つの筋シナジーで表せることがわかる。この通り現在明らかになっている舌骨の動きとの対応関係があり、本発明の抽出結果と筋肉の対応は妥当であるといえる。
【0095】
図34に示すように、舌骨上筋群が舌骨を挙上させるステージが筋シナジーA、Bに対応し、舌骨下筋群が喉頭を挙上させるステージが筋シナジーCに対応する。
【0096】
筋シナジー仮説に基づけば、各シナジーと摂食嚥下メカニズムとの対応関係を次のように説明できる。顎舌骨筋を中心に舌骨の挙上が始まり(筋シナジーA)、まず舌による食塊の保持、そして咽頭への搬送が行われる。この時、嚥下反射が惹起される。その後、顎舌骨筋以外の舌骨上筋群の筋肉も加わりさらに舌骨を牽引し引き上げる(筋シナジーB)。舌骨上筋群の収縮に伴う反射運動として、舌骨下筋群の甲状舌骨筋が収縮し喉頭を最高位に引き上げる(筋シナジーC)。舌骨と喉頭が最大挙上位置に達し、気道が完全に塞がり食塊が通過する。完全に通過した後、舌骨や喉頭が元の位置に戻り嚥下が終了する。
【0097】
一回の摂食嚥下動作の中で舌骨の挙上開始から最大挙上までに相当すると思われる、筋シナジーAの活動開始から筋シナジーBのピーク終了までの全被験者の平均は0.769±0.173sである。VF検査から、舌骨の挙上開始から最大挙上位置の停滞終了までの時間は0.6s~1s程である。本発明の被験者は若年者であり、前頸部から計測できるsEMG信号の筋活動としては妥当であると考えられる。
【0098】
VF検査より、摂食嚥下時の舌骨挙上は、後退を伴う挙上からはじまり、途中から素早い前進を伴う挙上に移行することが知られている。それは、それぞれ舌の運動に伴う舌骨の挙上と喉頭閉鎖のための舌骨の挙上に対応している。前進を伴う挙上は、特にオトガイ舌骨筋の作用が大きく、筋シナジーBの活動に十分に反映されたものと考えられる。つまり、筋シナジーBの活動開始が嚥下反射の開始時点(舌骨の急激な加速位置)と対応している可能性がある。反射運動の甲状舌骨筋の収縮もシナジーBの活動開始の直後に開始している例も多くこの評価は妥当である可能性が高い。
【0099】
次に本発明に係る摂食嚥下機能評価方法及び摂食嚥下機能評価システムについてと、その効果について説明する。
【0100】
[1]摂食嚥下開始から終了まで一連の動作のうち少なくとも嚥下開始から前記終了までの生体信号を検出するセンサ部と、前記生体信号から特徴量を抽出し、前記特徴量から摂食嚥下のステージを特定して摂食嚥下機能を評価する解析部と、を備えている摂食嚥下機能評価システムの作動方法であって、
前記センサ部は、舌骨上筋群に配置され前記舌骨上筋群の筋活動による舌骨上筋群生体信号を検出する舌骨上筋群用筋電センサ、舌骨下筋群に配置され前記舌骨下筋群の筋活動による舌骨下筋群生体信号を検出する舌骨下筋群用筋電センサを備え、
前記舌骨上筋群用筋電センサで検出された前記舌骨上筋群生体信号、前記舌骨下筋群用筋電センサで検出された前記舌骨下筋群生体信号から、それぞれの特徴量を抽出し、
前記舌骨上筋群生体信号の特徴量及び前記舌骨下筋群生体信号の特徴量の時系列変化を捉えて、少なくとも前記嚥下開始から前記終了までの前記ステージを特定し、前記ステージに対応した嚥下諸器官の協調運動における前記舌骨上筋群及び前記舌骨下筋群の個々の筋肉の相対的な活動の組み合わせ、前記活動の大きさ、前記活動のタイミング、および、前記活動の時間の変化を捉えて摂食嚥下機能を解析する解析部と、
前記解析した結果を表示する表示部と、を備えていることを特徴とする。
【0101】
かかる構成によれば、舌骨上筋群生体信号及び舌骨下筋群生体信号から抽出した特徴量(すなわち筋シナジーの空間パターンと時間パターン)の時系列変化を捉えることで、少なくとも嚥下開始から嚥下終了までのステージを特定するので、各ステージに対応した嚥下諸器官の協調運動における舌骨上筋群及び舌骨下筋群の個々の筋肉の相対的な活動度の組み合わせや、その活動の大きさ、活動のタイミング、活動の時間の変化を捉えて摂食嚥下機能を解析することができる。X線透視装置が不要であるので、放射線被曝や造影剤を含んだ食物の誤嚥のリスクがなく、装置の場所を取らずベッドサイドや在宅医療でも解析できる。また、機械学習を用いる場合とは異なり、同一の嚥下条件での嚥下を数十回も繰り返さなくてよい。
【0102】
さらに、摂食嚥下のどのステージでどの筋肉がどの程度の活動度、タイミング、時間で協調的に動いているかを知ることできる。これにより、摂食嚥下機能評価を向上させることができる。さらに、センサを複数並べて使用することで、摂食嚥下の各ステージに対応したより詳細な摂食嚥下機能評価をすることができる。
【0103】
[2]好ましくは、前記センサ部は、少なくとも前記舌骨上筋群用筋電センサ又は前記舌骨下筋群用筋電センサのいずれか一方が使用され、前記舌骨上筋群用筋電センサ及び前記舌骨下筋群用筋電センサは、多チャンネルの電極が整列したアレイ状電極が用いられている。
【0104】
通常の筋電計測では、筋の走行、起始・停止などの解剖学的知識を基に電極を貼り付けて位置を決定するため、時間と労力を要する。この点、上記構成によれば、アレイ状電極を用いることで、どの電極位置の下にある筋が、摂食嚥下の各ステージに対応しているか、何筋であるか等を特定することができる。
【0105】
[3]好ましくは、前記解析部は、前記特徴量に、前記舌骨上筋群及び前記舌骨下筋群の個々の筋肉が個別に制御されているのではなく、複数の筋肉の協調運動によって制御されるとした筋シナジー仮説に基づいて変換された特徴量を用いる。
【0106】
かかる構成によれば、筋肉が個別に制御されているのではなく、複数の筋肉の協調運動によって制御されるとした筋シナジー仮説を用いる。筋シナジーを抽出して可視化することで、どの電極位置の下にある筋が、摂食嚥下の各ステージに対応し、どの程度の活動度とタイミングで協調運動をしているか、電極位置を厳密に決めなくても摂食嚥下機能を評価することができる。さらに、嚥下反射開始前の筋シナジーに着目することで、随意運動である食塊の送り込み等に関するステージの摂食嚥下機能を評価することができる。さらに、嚥下反射開始後の筋シナジーに着目することで、非随意運動である嚥下反射等に関するステージの摂食嚥下機能を評価できる。
【0107】
また、摂食嚥下障害は、随意運動か非随意運動のどちらか、あるいは、両方に問題を抱えていることで生じることから、筋シナジーに着目することで、その特定ができる。また、食べ物の量や物性を変えたときの筋シナジーに着目することで、嚥下物に対する対応力の違いや、疲労のしやすさ、加齢変化の特徴、嚥下障害者の特徴などを評価できる。
【0108】
[4]好ましくは、前記解析部は、前記筋シナジーには非負値行列因子分解(Nonnegative Matrix Factorization:NMF)により複数の成分を抽出する。
【0109】
かかる構成によれば、非負値行列因子分解NMFは統計手法の主成分分析に非負の拘束を付けたものに相当する。非負値行列因子分解NMFは非負制約され、筋肉が収縮方向にしか力を発揮しない特性と対応付けられることから、結果の解釈が容易になり、可視化することでより結果が分かり易くすることができる。
【0110】
[5]好ましくは、前記解析部は、前記筋シナジーの複数の成分は、前記筋肉の協調運動における各筋の相対的な活動の組み合わせを表す空間パターンと、前記空間パターンに対する時系列の重み係数および筋活動のタイミングを表す時間パターンとで構成する。
【0111】
かかる構成によれば、例えば空間パターンを3次元的に表すことで、筋シナジーを抽出して可視化することができる。可視化することで、どの電極位置の下にある筋が、摂食嚥下の各ステージに対応し、どの程度の活動度、タイミング、時間で協調運動しているか、何筋であるかなどを容易に特定できる。
【0112】
さらに、本発明の実施例によれば、各ステージに対応した筋シナジーが、何と何の筋の協調運動で構成されるか、また各ステージに対応した嚥下諸器官の協調運動における舌骨上筋群及び舌骨下筋群の個々の筋肉の相対的な活動度の組み合わせや、その活動の大きさ、活動のタイミング、活動の時間がどうなっているか、筋シナジーの空間パターンと時間パターンの特徴から特定できる。さらに、解剖学的知識を用いずに適当に貼り付けた多チャンネル電極の情報から、筋シナジーを抽出することで(およびその3Dグラフを描写することで)、各ステージにおいて筋活動が見られる電極位置と筋肉の走行関係から、どの電極が何筋と対応しているか特定できる。
【0113】
さらに、例えば,筋シナジーに着目することで、咀嚼や随意運動による舌での食塊の送り込みのステージや、送り込みから嚥下反射が生じるまでのステージに着目した摂食嚥下機能評価ができる。さらに、筋シナジーに着目することで、嚥下反射が生じてから喉頭が最高位に達すまでのステージ、喉頭閉鎖中、閉鎖後のステージに着目した摂食嚥下機能評価ができる。また、着目した摂食嚥下機能評価とは、例えば、各シナジーの活動時間、各シナジーのピークまでの時間、各シナジーのピーク値の時間差、時間パターンの再現性・標準偏差など、空間パターンと時間パターンの各特徴に着目することで、詳細な摂食嚥下機能の数値化ができる。さらに、嚥下量や物性値、嚥下頻度を変えた際の上記変化に着目することで、嚥下物に対する対応力の違いや、疲労のしやすさ、加齢変化の特徴、摂食嚥下障害者の特徴など摂食嚥下機能を評価できる。また、嚥下リハビリテーション・訓練後の効果の確認などに利用できる。
【0114】
尚、実施例では、喉頭挙動センサを伸縮性ひずみセンサとしたが、これに限定されず、喉頭の運動は、圧力センサ、加速度センサ、非接触式センサなどとしても良い。また、筋シナジーは、非負行列因子分解NMFにより複数の成分を抽出したが、これに限定されず、いわゆる独立分分析(Independent component analysis:ICA)、主成分分析(Principal component analysis:PCA)、因子分析(Factor analysis:FA)やこれらをもとにした、あるいは、組み合わせた次元圧縮法や数理解析手法でも良い。また、実施例では、舌骨上筋群用筋電センサ及び舌骨下筋群筋電センサをアレイ状の電極としたが、筋シナジーを求めるためだけであれば等間隔に整列したアレイ状でなくても、複数(少なくとも2チャンネル以上)の電極を備えていればよい。また、上述の説明や図中において、適宜、摂食嚥下を意味する部分でも嚥下と記載する部分を有する。
【0115】
即ち、本発明の作用及び効果を奏する限りにおいて、本発明は、実施例に限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0116】
本発明は、摂食嚥下開始から終了までの生体信号を検出し、検出した生体信号から特徴量を抽出し、摂食嚥下の各ステージを識別して摂食嚥下機能を評価する摂食嚥下機能評価技術に好適である。
【符号の説明】
【0117】
10…摂食嚥下機能評価システム、20…センサ部、21…舌骨上筋群用筋電センサ、21a…電極、22…舌骨下筋群用筋電センサ、22a…電極、25…喉頭挙動センサ(伸縮性ひずみセンサ)、30…多機能筋電位計測装置、40…解析部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30
図31
図32
図33
図34