(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024139293
(43)【公開日】2024-10-09
(54)【発明の名称】カイコ繭層中フラボノイドの除去技術
(51)【国際特許分類】
C12N 15/12 20060101AFI20241002BHJP
C12N 9/24 20060101ALI20241002BHJP
C12N 15/56 20060101ALI20241002BHJP
A01K 67/033 20060101ALI20241002BHJP
C07K 14/435 20060101ALN20241002BHJP
【FI】
C12N15/12
C12N9/24 ZNA
C12N15/56
A01K67/033 501
C07K14/435
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023050169
(22)【出願日】2023-03-27
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度みどりの食料システム戦略実現技術開発・実証事業のうち農林水産研究の推進(委託プロジェクト研究)(昆虫(カイコ)テクノロジーを活用したグリーンバイオ産業の創出プロジェクト)、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】和泉 隆誠
(72)【発明者】
【氏名】渡部 賢司
(72)【発明者】
【氏名】平山 力
(72)【発明者】
【氏名】飯塚 哲也
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA51
4H045DA50
4H045DA89
4H045EA60
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】カイコの有色繭を白化する技術を提供することを目的とする。
【解決手段】カイコの遺伝子の中で、特定のグリコシダーゼ様遺伝子及び/又は特定のABCトランスポーター様遺伝子の機能の改変により、親株と比較して、繭層の白色度を高めたカイコ変異体。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
親株と比較して、配列番号3に示すアミノ酸配列と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つ、グリコシダーゼ活性を有するタンパク質の活性及び/又は配列番号6に示すアミノ酸配列と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つ、ABCCトランスポーター機能を有するタンパク質の機能を低下させた、
親株と比較して、繭層の白色度を高めたカイコ変異体。
【請求項2】
カイコにおいて、配列番号3に示すアミノ酸配列と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つ、グリコシダーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子及び/又は配列番号6に示すアミノ酸配列と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つ、ABCCトランスポーター機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を変異処理に供する工程を含み、
当該変異処理により、親株と比較して、前記グリコシダーゼ活性を有するタンパク質の活性及び/又は前記ABCCトランスポーター機能を有するタンパク質の機能が低下する、
親株と比較して、繭層の白色度を高めたカイコ変異体の育種方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばカイコの有色繭を白化する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
絹糸生産において、商業的には白色の糸が好まれるものの、一部のカイコ系統は絹糸腺に桑由来の色素を蓄積し、それは繰糸後の生糸にも強く残存する。色素はセリシン層に蓄積することから、完全にセリシンを取り除けば精練後の絹糸は白くなるが、完全精練しない場合、薄く色素が残ってしまう。絹糸タンパク質を繊維以外のバイオマテリアルとして利用する場合においても、色素のような不純物の蓄積は好ましくない。その一方で、有色繭を形成する系統の多くは熱帯地域の系統をルーツに持ち、耐暑性、頑健性において優れた形質を示すものも少なくない。そうした系統の繭色の改変は、近年温暖化による繭収量の低下が懸念される中で実用的な優良系統を作出するための技術として需要が見込まれる。
【0003】
セリシンへの色素蓄積の有無は遺伝的に決定される(非特許文献1)。よって従来は、既に確立された白繭系統を用いて、交配育種によって他の系統へ白繭の形質が導入されていた。
【0004】
しかしながら、交配を行うため、白繭系統のゲノムのうち繭色に関係しない領域も導入されてしまうという問題があった。また、戻し交配の連続によって元の系統に遺伝的に近付けることは可能だが、何世代もの交配を要する。さらに、導入されたゲノム領域を詳細に特定するためには全ゲノムシーケンス等の大きなコストを要する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】作道 隆 他, 「繭の色はどのようにして彩られるのか」, 生化学, 2009年1月, 第81巻, 第1号, pp. 27-31
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上述の実情に鑑み、カイコの有色繭を白化する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、カイコの遺伝子の中で、特定のグリコシダーゼ様遺伝子及び/又は特定のABCトランスポーター様遺伝子の機能の改変により、カイコの有色繭を白化できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下を包含する。
[1]親株と比較して、配列番号3に示すアミノ酸配列と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つ、グリコシダーゼ活性を有するタンパク質の活性及び/又は配列番号6に示すアミノ酸配列と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つ、ABCCトランスポーター機能を有するタンパク質の機能を低下させた、
親株と比較して、繭層の白色度を高めたカイコ変異体。
[2]カイコにおいて、配列番号3に示すアミノ酸配列と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つ、グリコシダーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子及び/又は配列番号6に示すアミノ酸配列と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つ、ABCCトランスポーター機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を変異処理に供する工程を含み、
当該変異処理により、親株と比較して、前記グリコシダーゼ活性を有するタンパク質の活性及び/又は前記ABCCトランスポーター機能を有するタンパク質の機能が低下する、
親株と比較して、繭層の白色度を高めたカイコ変異体の育種方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、現存する白繭系統との交配に依らずに特定の遺伝子機能を改変することでカイコの有色繭を白化することができる。また、特定の遺伝子のみを改変するため、従来技術と比較して繭色に関連しないゲノム領域及びそれに係る形質の変化を伴わない。さらに、連続した戻し交配の必要がなく、最短で2回の交配によって繭色の改変を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】QTL解析の結果、上側5%水準で有意の3つのQTL(染色体15番:qtl15,染色体20番:qtl20,染色体27番:qtl27とする)を示す。
【
図2-1】BmLQGH1(KWMTBOMO12227)の第5エキソンにフレームシフト変異を導入したノックアウト変異体(KO1:5塩基欠失,KO2:2塩基欠失)、並びにBmLQGH1(KWMTBOMO12227)のCDS配列(配列番号1)、アミノ酸配列(配列番号3)及びゲノム配列(配列番号2)を示す。
【
図3-1】BmABCC4(KWMTBOMO08988)の標的配列(TALEN-L:19塩基,TALEN-R:17塩基)及び確立した変異系統の当該領域の配列(KO3:4bp欠失,KO4:11bp欠失)、並びにBmABCC4(KWMTBOMO08988)のCDS配列(配列番号4)、アミノ酸配列(配列番号6)及びゲノム配列(配列番号5)を示す。
【
図4】各系統の繭の色彩を数値化した結果(A:明度(L*),B:色度(緑-赤,a*),C:色度(青-黄,b*),D:白色度(W =100-sqr〔(100-L)^2+(a^2+b^2)〕))を示す。
【
図5】BmLQGH1のアミノ酸配列についてSOSUI(Hirokawa et al.,1998)によって膜貫通ドメインを予測した結果を示す。N末端に疎水性の高い膜貫通ドメインが予測された。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、「LPH-like Quercetin Glycosides Hydrolase 1(BmLQGH1)」と称するグリコシダーゼ様タンパク質の活性及び/又は「ATP-binding cassette transporter sub-family C(ABCC)4(BmABCC4)」と称するトランスポーター様タンパク質の機能を低下させることにより、親株と比較して、繭層におけるフラボノイド量を低下させることで、繭層の白色度を高めたカイコ変異体に関する。
【0012】
本発明において、対象となるカイコとしては、例えば有色繭を有するカイコの系統が挙げられ、具体的には、大造(p50)、青白、天竜青白、碧蓮、マイソール、ピュアマイソール、輪月、209抵、韓三眠等が挙げられる。
【0013】
本発明に係るカイコ変異体は、上述のカイコを親株として、BmLQGH1タンパク質の活性及び/又はBmABCC4タンパク質の機能を低下させる方法に供することで得られたカイコ変異体である。特に、BmLQGH1タンパク質の活性及びBmABCC4タンパク質の機能の双方を低下させることは、各単独のタンパク質の活性又は機能を低下させるよりも、繭層におけるフラボノイド量を有意に低下させ、且つ繭層の白色度を有意に高めることができるので、好ましい。
【0014】
本発明において、BmLQGH1タンパク質としては、例えば、配列番号3に示すアミノ酸配列と少なくとも90%、好ましくは、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、少なくとも99%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つグリコシダーゼ活性を有するタンパク質が挙げられる。
【0015】
BmLQGH1遺伝子としては、上記BmLQGH1タンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。また、BmLQGH1遺伝子としては、例えば、配列番号1に示すコーディング領域(CDS)又は配列番号2に示すゲノムDNA配列と少なくとも90%、好ましくは、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、少なくとも99%、100%の配列同一性を有する塩基配列から成り、且つグリコシダーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
【0016】
本発明において、「グリコシダーゼ活性」とは、例えばケルセチン配糖体であるケルセチン-3-ルチノシド(ルチン)、ケルセチン3-O-(6''-O-マロニル)-β-D-グルコシド(Q3MG)及び/又はケルセチン-3-β-グルコシド(イソケルシトリン)を加水分解する活性をいう。
【0017】
一方、本発明において、BmABCC4タンパク質としては、例えば、配列番号6に示すアミノ酸配列と少なくとも90%、好ましくは、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、少なくとも99%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つABCCトランスポーター機能を有するタンパク質が挙げられる。
【0018】
BmABCC4遺伝子としては、上記BmABCC4タンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。また、BmABCC4遺伝子としては、例えば、配列番号4に示すコーディング領域(CDS)又は配列番号5に示すゲノムDNA配列と少なくとも90%、好ましくは、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、少なくとも99%、100%の配列同一性を有する塩基配列から成り、且つABCCトランスポーター機能を有するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
【0019】
本発明において、「ABCCトランスポーター機能」とは、例えばケルセチン-5-グルコシド等のケルセチン配糖体を細胞内から細胞外へ輸送する機能をいう。
【0020】
なお、以下では、BmLQGH1遺伝子及びBmABCC4遺伝子を併せて「本発明に係る遺伝子」と称する場合がある。
【0021】
本発明においては、以上に説明した本発明に係る遺伝子を有するカイコに対して、本発明に係る遺伝子によりコードされるタンパク質の活性又は機能を低下させる方法に供することで、本発明に係るカイコ変異体を得ることができる。
【0022】
具体的に、本発明において、タンパク質の活性又は機能を低下させる方法としては、例えば、以下に示す本発明に係る遺伝子を変異処理に供する方法(本発明に係る遺伝子をターゲットとして変異を導入し、当該遺伝子を破壊する方法)が挙げられる。
【0023】
本発明に係る遺伝子をターゲットとして変異を導入する方法としては、ゲノム編集技術であるZFN、TALENあるいはCRISPR/Casと呼ばれる遺伝子ノックアウト法を用いることにより、その遺伝子が欠損したカイコ変異体を作出できる。
【0024】
あるいは、(i)本発明に係る遺伝子のプロモーター領域に変異やマーカー遺伝子等を導入し、本発明に係る遺伝子の転写を抑制し、該遺伝子の発現を低下させる方法、(ii)RNA干渉法やアンチセンス法により本発明に係る遺伝子の翻訳を抑制し、該遺伝子の翻訳効率を低下させる方法によって、タンパク質の活性又は機能を低下させることができる。
【0025】
上述のように、本発明に係る遺伝子を変異処理に供する工程を含む本発明に係る育種方法によれば、本発明に係る遺伝子を変異処理に供したカイコ変異体を、常法により成育させることで、親株と比較して、繭層におけるフラボノイド量が有意に低下し、且つ、繭層の白色度が有意に高いカイコ変異体を得ることができる。
【0026】
本発明において、繭層におけるフラボノイドとしては、例えばケルセチントリグルコシド、ケルセチンジグルコシド、ケルセチン-3,7-ジグルコシド、ケルセチン-5-グルコシド、ケルセチン-5,4'-ジグルコシド、ケルセチン-3-グルコシド(イソケルシトリン)が挙げられる。
【0027】
カイコ変異体の成育方法としては、例えば飼育を卵から成虫まで25℃の条件下で行い、餌として生の桑葉又は人工飼料(シルクメイト、日本農産工業株式会社)を用いる方法が挙げられる。また、例えば蛹への変態が近い5齢の7日目に給餌を止め、プラスチックの網にて営繭させる。交配は、例えば羽化した雌雄のペアを近づけることで容易に開始し、接合状態のまま2~3時間放置後、分離させ、雌を紙等の上に静置させることで産卵を開始させる。
【0028】
繭層におけるフラボノイド量の定量は、吸光度に基づく簡易測定法(平山 力・岡田 英二(2014)家蚕フラボノイドの分光光度計による簡易解析法.日本シルク学会 22,pp. 65-70)により行うことができる。
【0029】
一方、繭層の白色度は、例えば色彩色差計を用いて、Lab表色系に基づき繭の色彩を数値化し、明度(L*)、色度(緑-赤,a*)及び色度(青-黄,b*)において、白色度(W =100-sqr〔(100-L)^2+(a^2+b^2)〕)として算出することができる。
【実施例0030】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0031】
〔目的〕
一部の系統は繭に色素(フラボノイド、その多くはケルセチン配糖体)を蓄積し、それは繰糸後の生糸にも残存する。絹糸を繊維、あるいはその他バイオマテリアルとして利用するにあたり、不純物である色素の蓄積は望ましくない。本実施例では、カイコにおけるフラボノイド代謝に関わる遺伝子をゲノム編集技術により改変し、繭層中フラボノイドを除去した系統を作出する新規育種技術の確立を目的とした。
【0032】
〔方法及び結果〕
(1)サンプル
農研機構で保存されている系統「p50」、「p50T」(p50と同一だが、かつて東京大学において、集団内遺伝的多様性を低くするために、繰り返しの1ペアでの継代を経験した系統)、「日01号」を使用した。解析に用いたカイコ系統は、25℃・12時間/12時間の明暗周期下において、桑葉若しくは人工飼料シルクメイト原蚕種1~3齢用(日本農産工業)を用いて飼育された。
【0033】
(2)QTL解析
フラボノイド含有量の多い緑繭を形成する系統「p50」と対照的にフラボノイド含有量の少ない白繭を形成する「日01号」とのF2交雑後代を用いたQTL解析によって、繭層中フラボノイド量に関わる遺伝子座を限定した。桑葉育のp50及び日01号の繭層中フラボノイド量を下記の表1に示した。フラボノイド量の定量は、吸光度に基づく簡易測定法(平山・岡田, 2014)により行われた。
【0034】
【0035】
各親系統1個体ずつと交雑後代の雌102個体の蛹からDNeasy Blood & Tissue Kit(QIAGEN)を用いてDNAを抽出し、double-digested Restriction-site Associated DNA sequencing(ddRAD-seq)のサンプルとして使用した。ddRAD-seqライブラリの構築には、EcoRI-HF/MspI及びPstI-HF/MspI(New England Biolabs)の2種類の制限酵素ペアを使用した。ライブラリ構築は、Uchibori-Asano et al. 2019における記述と同様に行われた。シーケンスは、Hiseq X(Illumina)によって、リード長101 bpのペアードエンドシーケンスで行われた。
【0036】
Stacks V1.48(Catchen et al. 2011)内のスクリプト「process_radtags」を用いてシーケンスリードを個体ごとに再分配し、それらのリードをBWA v0.7.17(Li and Durbin 2009)を用いて、Kawamoto et al. (2019)において公開されたカイコリファレンスゲノムにマッピングした。マッピングデータを入力とし、Stacks v1.48(Catchen et al. 2011)内のスクリプト「ref_map.pl」を用いて、親及び交雑後代各個体の網羅的ジェノタイピングを行った。抽出されたSNPマーカーのうち、交雑後代の80%以上でジェノタイピングが成功したもののみを利用するとともに、それらのマーカーの80%以上においてジェノタイピングが成功した個体のデータのみを以降の解析に使用した。マーカー間の遺伝的距離の推定は、Onemap v2.8.2(Margarido et al. 2007)を用いて、LODスコアが3以上を満たすマーカーの組み合わせにおいて行われた。構築された連鎖地図は計1038マーカーを含み、カイコの染色体数と一致して28連鎖関連群を構成した。
【0037】
QTL解析に用いる表現型情報としての繭層中フラボノイド量の測定は、メタノールによる繭層中フラボノイドの抽出と吸光度測定に基づいた簡易解析法(平山・岡田,2014)に基づき行った。1038マーカーの遺伝的座標、交雑後代の遺伝型と表現型とを入力として、r/qtl(Broman et al. 2003)を用いて、複合区間マッピング(Component Interval Mapping,CIM)によるQTL解析を行った。無作為並べ替え検定を行い、上側5%水準で有意のQTLが3つ(染色体15番:qtl15,染色体20番:qtl20,染色体27番:qtl27とする)検出された(
図1)。r/qtl内の関数「fitqtl」を用いて分散分析により各QTL及びそれらの交互作用の効果量を推定したところ、qtl15、qtl20、qtl27はそれぞれ表現型の変動の7.04%、24.57%、56.05%を説明するとともに、qtl15とqtl27、qtl20とqtl27には交互作用が認められ、それぞれ表現型の変動の1.93%、5.47%を説明した。
【0038】
(3)CRISPR-Cas9システムによる変異導入と染色体20番上の目的遺伝子同定
Kawamoto et al. (2019)において提供されている遺伝子モデルを参照し、qtl20に、グリコシダーゼのクラスターを発見した(遺伝子モデルid: KWMTBOMO12222、KWMTBOMO12223、KWMTBOMO12224、KWMTBOMO12225、KWMTBOMO12227、KWMTBOMO12229、KWMTBOMO12230、KWMTBOMO12233、KWMTBOMO12236)。哺乳類におけるグリコシダーゼの一つであるLactase/Phlorizin Hydrolase(LPH)は、哺乳類の腸管において発現し、ケルセチン配糖体を加水分解することが知られている(Day et al. 2000)。遊離したケルセチンアグリコンは腸管上皮から吸収されるが、これは哺乳類におけるケルセチン代謝の重要なプロセスである(Nemeth et al., 2003)(注:qtl20上のグリコシダーゼはLPHと相同の配列を有するが、オーソロガス関係にはなく、またLPH様グリコシダーゼはカイコゲノム上に20個以上存在するため、単純な逆遺伝学的解析によるケルセチン配糖体グリコシダーゼの同定は困難である)。そこで、これらを候補遺伝子とし、CRISPR-Cas9(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats-CRISPR-Associated Proteins 9)(Jinek et al. 2012)システムとマイクロインジェクションを用いた変異導入による機能解析を試みた。
【0039】
標的配列の設計には、CHOPCHOP(Labun et al. 2019: https://chopchop.cbu.uib.no/)を利用した。ガイドRNAの転写はKistler et al. 2015に従って、3'側に互いに相補的な配列を有する一対のプライマーによって増幅されたPCRプロダクトをテンプレートとしてMEGAshortscriptTM T7 Transcription Kit(ThermoFisher Scientific)を用いて行った。テンプレート作製に用いたプライマーを配列1(配列番号7)、配列2(配列番号8)に示す。精製は、Guide-itTM IVT RNA Clean-Up Kit(タカラバイオ)によって行った。Alt-R(登録商標) S.p. HiFi Cas9 Nuclease V3(Integrated DNA Technologies)の濃度が0.5μg/μLになるように、等モル比のガイドRNAと蒸留水中で混合した後、室温で30分放置してCas9タンパク質ガイドRNA複合体を形成させた。これを産下後4-10時間のp50T系統受精卵にマイクロインジェクションによって微量導入した。p50T系統は、胚期の環境条件を17℃・12時間/12時間の明暗周期下にすることで非休眠化された。マイクロインジェクションはTamura et al.(2000)に従って行われた。注射等代の幼虫は羽化後、野生型と交配してG1卵を得た。蛹化させ、1M Tris-HCl(pH = 8.0)、5M NaCl、0.5M EDTA、10% SDS、超純水を4:1:1:13:1の割合で混合したLysis buffer中で脱皮殻を磨砕し、遠心分離によって採取した上清に対してイソプロパノール沈殿とエタノール沈殿を行い、DNAを抽出した。標的配列を挟む形で設計されたプライマーとKAPA HRM Fast PCR Kit(Kapa Biosystems)とを用いてHigh Resolution Melting(HRM)解析を行って簡易的にジェノタイピングを行い、野生型と異なり且つ同一の融解曲線を示すサンプル同士を交配することによって変異をホモに持つ個体を含むG2卵を得た。配列の決定はダイレクトシーケンスによって行った。HRM解析及びダイレクトシーケンスに用いたプライマーを配列3(配列番号9)、配列4(配列番号10)に示す。
【0040】
上記の方法で変異導入を行った候補遺伝子のうち,特に遺伝子モデルid = KWMTBOMO12227の第5エキソンにフレームシフト変異を導入したノックアウト変異体(KO1:5塩基欠失,KO2:2塩基欠失,
図2)で繭色の脱色が確認された。ガイドRNA合成用PCRテンプレートの作製に用いたプライマーを配列1(配列番号7)、配列2(配列番号8)に示す。なお、以下、このグリコシダーゼ様遺伝子をそのアミノ酸配列のLPHとの相同性及び続く解析によって明らかになったケルセチン配糖体の加水分解活性から、「LPH-like Quercetin Glycosides Hydrolase 1(BmLQGH1)」と仮称する。
【0041】
(4)TALENによる変異導入と染色体15番上の目的遺伝子同定
qtl15は、効果量が小さく責任遺伝子の同定が非常に困難と考えられたが、本研究とは無関係なプロジェクトにおいて、qtl15に位置するATP-binding cassette transporter sub-family C(ABCC)トランスポーター様遺伝子(遺伝子モデルid:KWMTBOMO08988)のノックアウト系統を作製したところ繭色の脱色が見られ、偶然に目的遺伝子同定に至った。以下、このABCCトランスポーター様遺伝子を、Wang et al.(2021)に従い「BmABCC4」と呼称する。
【0042】
変異導入は、Transcription Activator-Like Effector Nuclease(TALEN)(Cermak T, et al. 2011)によって行われた。TALEN発現用プラスミドの構築、TALEN mRNAの調整及びマイクロインジェクションは、高須らと同一の手法によって行われた(Takasu et al., 2013)(https://patents.google.com/patent/JP2015100326A/ja)。ノックアウト変異系統の確立は上述のCRISPR-Cas9による変異導入と同一の手法で行った。HRM解析に用いたプライマーを配列5(配列番号11)、配列6(配列番号12)に示す。ダイレクトシーケンスに用いたプライマーを配列7(配列番号13)、配列8(配列番号14)に示す。標的配列(TALEN-L:19塩基,TALEN-R:17塩基)及び確立した変異系統の当該領域の配列(KO3:4bp欠失,KO4:11bp欠失)を
図3に示した。
【0043】
(5)BmLQGH1及びBmABCC4のダブルノックアウト系統の作製
KO2、KO4の交雑によって確立した。以下、このダブルノックアウト系統を「KO5」と呼称する。
【0044】
(6)変異導入による繭の色彩及びフラボノイド量の変化
色彩色差計CR-400(コニカミノルタ)を用いて、Lab表色系に基づき繭の色彩を数値化した。繭表面上の異なる5点での値の平均を計測値とした。サンプルには桑葉によって飼育したメス個体を使用した。結果を
図4(A:明度(L*),B:色度(緑-赤,a*),C:色度(青-黄,b*),D:白色度(W =100-sqr〔(100-L)^2+(a^2+b^2)〕))に示した。明度には、系統間で変化が見られなかったが、BmLQGH1及びBmABCC4のノックアウトによる緑、黄の減退と白色度の上昇が認められた。ダブルノックアウトの効果は相乗的であり、KO5が最も高い白色度を示した。
【0045】
続いて、吸光度に基づく簡易測定法(平山・岡田, 2014)により、繭層中フラボノイド量の定量を行った。p50T及びノックアウト変異体KO1-5における結果を下記の表2に示す。
【0046】
【0047】
繭色の脱色と一致して、ノックアウト変異体では繭層中フラボノイド量が減少していた。表現型変動に対する各qtlの効果量の推定では、qtl20の効果はqtl15の効果を上回っていたが、繭の白色度の増加及びフラボノイド量の減少において、BmABCC4のノックアウトの効果はBmLQGH1のノックアウトの効果を上回った。
【0048】
(7)中腸のケルセチン配糖体分解活性
BmLQGH1は、哺乳類におけるLPHと同様に、ケルセチン配糖体の加水分解によって腸管におけるケルセチンの吸収に関与している可能性がある。そこで、桑葉中の三つの主要なケルセチン配糖体であるケルセチン-3-ルチノシド(ルチン)、ケルセチン3-O-(6''-O-マロニル)-β-D-グルコシド(Q3MG)、ケルセチン-3-β-グルコシド(イソケルシトリン)について(Sugiyama et al., 2013)、中腸組織の加水分解活性を測定した。LPHは、C末端に疎水性の膜貫通ドメインを有し、それによって刷子縁細胞膜に局在するが(Panzer et al., 1998)、BmLQGH1のアミノ酸配列についてSOSUI(Hirokawa et al.,1998)によって膜貫通ドメインを予測したところ、N末端に疎水性の高い膜貫通ドメインが予測された(
図5)。
【0049】
そこで、カイコ中腸サンプルを磨砕した懸濁液及びその細胞膜画分それぞれについて、ケルセチン配糖体の加水分解活性を調査することで、BmLQGH1の局在についても合わせて評価した。5齢5日目幼虫の中腸をサンプリング・PBSバッファーによって洗浄後、4倍量10mMリン酸、1mM PMSF buffer(pH7.5)でホモジナイズし、その懸濁液、あるいは遠心と洗浄を2回繰り返し取得した細胞膜画分をサンプルとした。反応はケルセチン配糖体を2mMの濃度で添加した20mMリン酸(pH5.5)溶液中で、37℃で4時間行われた。ケルセチン、ルチン、イソケルシトリンはExtrasyntheseより、Q3MGはSigma-Aldrichより購入した。メタノール添加によって反応を停止し、生成されたケルセチンの量をHPLCによって定量した。HPLCは平山ら(2009)に従って行われた。懸濁液、及び細胞膜画分の結果をそれぞれ下記の表3、表4に示した。
【0050】
【0051】
【0052】
懸濁液は、ルチン、Q3MG、イソケルシトリンのいずれについても加水分解活性を示した。BmLQGH1のノックアウトにより、それらの加水分解活性の低下が見られ、特にルチンについては活性がほぼ失われた。細胞膜画分の加水分解活性は、ルチンについて懸濁液よりも高い値を示し、ノックアウトによってほぼ失われた。Q3MG、イソケルシトリンについては懸濁液と比較して低い活性を示した。これら2種類の配糖体についてのノックアウトによる活性の低下は、懸濁液においてはそれぞれ約0.80倍、0.85倍であったのに対し、細胞膜画分においてはそれぞれ約0.22倍、0.54倍と、より大きな下げ幅を示した。
【0053】
〔考察〕
ここでは、カイコにおいて繭層へのフラボノイド蓄積に関わる遺伝子を同定し、それらのノックアウトにより繭層中フラボノイドの蓄積を抑える技術を開発した。QTL解析によって、繭層中フラボノイド量に関わる三つの遺伝子座を特定した(
図1)。染色体20番に座上するグリコシダーゼ様遺伝子BmLQGH1、染色体15番に座上するABCCトランスポーター様遺伝子BmABCC4のゲノム編集によるノックアウトはいずれも繭層中フラボノイド量の減少及び繭の白色度の上昇を引き起こし、またそれらのダブルノックアウトは相乗的な効果をもたらした(
図4,表2)。
【0054】
元系統とノックアウト変異体での中腸組織の加水分解活性の比較から、BmLQGH1は桑葉中の主要なケルセチン配糖体であるルチン、Q3MG、イソケルシトリンの全てに対して加水分解活性を示すことが明らかになった(表3,表4)。特にルチンについては、ノックアウトによってその加水分解活性がほぼ失われたことから、BmLQGH1はカイコにおいてルチンの加水分解活性を有する唯一の遺伝子であることが明らかになった。また、懸濁液よりも細胞膜画分がより高いルチンの分解活性を示したことから、BmLQGH1は細胞膜に局在することが示唆された。BmLQGH1は哺乳類におけるLPHと同様に、中腸内腔の細胞表面に局在して、ケルセチン配糖体の加水分解によるケルセチン吸収の仲介について主要な役割を担っていると考えられる。なお、ノックアウトによってQ3MG、イソケルシトリンの加水分解活性は低下したものの、懸濁液、細胞膜画分のいずれについても失われることはなかった。これらの加水分解活性においては懸濁液でより高い値を示したことから、BmLQGH1以外に、これらの配糖体を分解する膜局在性の酵素と細胞質中に溶解する酵素が存在することが示唆された。
【0055】
BmABCC4のフラボノイド代謝における関与について、詳細な機能は不明であるが、植物においてはABCトランスポーターがフラボノイド類の細胞質から液胞への輸送や細胞外への排出を担うと考えられている(Pucker and Selmar, 2022; Zhao and Dixon, 2010)。特にシロイヌナズナのABCC2トランスポーターは、酵母小胞を用いた輸送アッセイにおいてイソケルシトリンの輸送活性を示す(Behrens et al., 2019)。また、BmABCC4は、カイコ中腸において高発現することから(Wang et al., 2021)、小胞輸送あるいは直接的な輸送を介して、ケルセチン配糖体を中腸細胞から体液中に排出する役割を担っている可能性が考えられる。
【0056】
驚くべきことに、p50系統と日01号系統の交雑後代を用いたQTL解析において予測されたqtl20とqtl15の効果量では、前者が大きな値を示したが(
図1)、表現型の変化においてBmLQGH1のノックアウトよりもBmABCC4のノックアウトの方がより大きな効果を示した(
図4,表2)。これは、p50系統に対して日01号で保存されている自然変異よりも、ゲノム編集により導入されたフレームシフト変異の方が遺伝子機能への影響が大きく、既に保存されているBmABCC4における変異を伝統的な交雑育種によって導入するよりも、ゲノム編集によって機能を欠損させた方が、より大きな繭層中フラボノイドの除去効果を得られることを示している。
【0057】
以上により、ゲノム編集によってBmLQGH1及びBmABCC4をノックアウトすることにより、繭層中に蓄積するフラボノイドを大幅に減少させられることが明らかになった。これまである品種の繭色を改変する場合、白繭系統との伝統的な交雑育種による他なかったが、それには形質調査や戻し交配に大きなコストがかかるほか,繭色に関わらないゲノム領域の導入が伴ってしまう。この技術により、簡便に、且つ不必要なゲノム領域の改変なしに繭色を改変することが可能になる。
【0058】
〔参考文献〕
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