(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024139770
(43)【公開日】2024-10-09
(54)【発明の名称】遺伝子改変イネ植物、イネ植物の作出方法、判定方法、成長促進剤、遺伝子及びタンパク質
(51)【国際特許分類】
A01H 6/46 20180101AFI20241002BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20241002BHJP
C12N 15/29 20060101ALI20241002BHJP
A01H 1/00 20060101ALI20241002BHJP
C12N 15/11 20060101ALI20241002BHJP
C07K 14/415 20060101ALI20241002BHJP
【FI】
A01H6/46 ZNA
C12N15/09 100
C12N15/29
A01H1/00 A
C12N15/11 Z
C07K14/415
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024049959
(22)【出願日】2024-03-26
(31)【優先権主張番号】63/454722
(32)【優先日】2023-03-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(71)【出願人】
【識別番号】504202472
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人情報・システム研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 豊
(72)【発明者】
【氏名】タ キム ニュン
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA09
4H045CA31
4H045EA05
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】イネ穀粒サイズを大きくし、収量の向上を可能とする技術を提供する。
【解決手段】野生イネの遺伝的背景を有する遺伝子改変イネ植物であって、FLT9遺伝子の機能が、欠損しており、又は抑制されており、その穀粒サイズは、前記遺伝子の機能が正常な対応する野生イネの穀粒サイズより大きい、遺伝子改変イネ植物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
野生イネの遺伝的背景を有する遺伝子改変イネ植物であって、
FLT9遺伝子の機能が、欠損しており、又は抑制されており、その穀粒サイズは、前記遺伝子の機能が正常な対応する野生イネの穀粒サイズより大きい、遺伝子改変イネ植物。
【請求項2】
前記野生イネは、インディカ品種である、請求項1に記載の遺伝子改変イネ植物。
【請求項3】
穀粒サイズを肥大化する、イネ植物の作出方法であって、前記イネ植物内において、FLT9遺伝子の機能を欠損又は抑制させる、イネ植物の作出方法。
【請求項4】
穀粒サイズの大きいイネ植物の判定方法であって、葉中のFLT9遺伝子又はFLT9タンパク質の発現量を測定する、判定方法。
【請求項5】
穀粒サイズを肥大化するイネ植物の成長促進剤であって、FLT9遺伝子を破壊するゲノム編集組成物を含有する、成長促進剤。
【請求項6】
以下の(A)~(D)のいずれか一つの塩基配列からなり、穀粒サイズの大きさを規定する遺伝子。
(A)配列番号1で表される塩基配列、
(B)配列番号1で表される塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入、又は付加されている塩基配列、
(C)配列番号1で表される塩基配列において、同一性が80%以上である塩基配列、
(D)配列番号1で表される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができる塩基配列、
(E)前記(A)~(D)の塩基配列の縮重異性体
【請求項7】
以下の(F)~(H)のいずれか一つのタンパク質。
(F)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質、
(G)配列番号2で表されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ穀粒サイズの大きさを規定するタンパク質;
(H)配列番号2で表されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ穀粒サイズの大きさを規定するタンパク質
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子改変イネ植物、イネ植物の作出方法、判定方法、成長促進剤、遺伝子及びタンパク質に関する。
【背景技術】
【0002】
イネ育種において収量の増加は、優先度の高い育種目標である。収量増加には、穀粒のサイズを大きくする方法が、有力な方法の一つになっている。イネ穀粒のサイズを制御する遺伝子座は多数見出されており、実際に有用な対立遺伝子の多くは、栽培品種に搭載されている(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Molecular Networks of Seed Size Control in Plants. Na Li, Ran Xu, and Yunhai Li. Annual Review of Plant Biology Volume 70, 435-463(2019) .
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、これらの遺伝子の多くは、既に育種利用されており、現在の栽培品種の穀粒を更に増大させることは容易ではない。
【0005】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、イネの穀粒サイズを大きくし、収量の向上を可能とする技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
[1]野生イネの遺伝的背景を有する遺伝子改変イネ植物であって、FLT9遺伝子の機能が、欠損しており、又は抑制されており、その穀粒サイズは、前記遺伝子の機能が正常な対応する野生イネの穀粒サイズより大きい、遺伝子改変イネ植物。
[2]前記野生イネは、インディカ品種である、[1]に記載の遺伝子改変イネ植物
[3]穀粒サイズを肥大化する、イネ植物の作出方法であって、前記イネ植物内において、FLT9遺伝子の機能を欠損又は抑制させる、イネ植物の作出方法。
[4]穀粒サイズの大きいイネ植物の判定方法であって、葉中のFLT9遺伝子又はFLT9タンパク質の発現量を測定する、判定方法。
[5]穀粒サイズを肥大化するイネ植物の成長促進剤であって、FLT9遺伝子を破壊するゲノム編集組成物を含有する、成長促進剤。
[6]以下の(A)~(D)のいずれか一つの塩基配列からなり、穀粒サイズの大きさを規定する遺伝子。
(A)配列番号1で表される塩基配列、
(B)配列番号1で表される塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入、又は付加されている塩基配列、
(C)配列番号1で表される塩基配列において、同一性が80%以上である塩基配列、
(D)配列番号1で表される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができる塩基配列、
(E)前記(A)~(D)の塩基配列の縮重異性体
[7]以下の(F)~(H)のいずれか一つのタンパク質。
(F)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質、
(G)配列番号2で表されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ穀粒サイズの大きさを規定するタンパク質;
(H)配列番号2で表されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ穀粒サイズの大きさを規定するタンパク質
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、イネの穀粒サイズを大きくし、収量の向上を可能とする技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】O.rufipogon個体群における穀粒の多様性を示す写真である。
【
図2】FTL9(Os01g0748800)の遺伝子構造を示す図である。上向きの小さい矢印は、GWASにおけるSNPに有意に関連する位置を示す。下向きの大きい矢印はftl9
*のナンセンス変異の位置を示す。アスタリスクは終止コドンを示す。
【
図3】ftl9
*とFTL9
Wをそれぞれ保有する2つのハプロタイプ間の穀粒幅の比較を示したグラフである。ボックス内の数字は、種の計数に使用された系統の数を示す。
【
図4】ftl9
*とFTL9
Wをそれぞれ保有する2つのハプロタイプ間の穀粒の厚みの比較を示したグラフである。ボックス内の数字は、種の計数に使用された系統の数を示す。
【
図5】CRISPR/Cas9由来FTL9ノックアウト株、W0629
ftl9_c1、及びその親株W0629
FTL9Wの穀粒と穂の形態を示す写真である。
【
図6】FTL9のプロモーター(FTL9p)及び構成的ユビキチンプロモーター(Ubi)によって駆動されるFTL9
Wを発現するトランスジェニック植物の穀粒及び穂の形態を示す写真である。T65
Ubi::GFPは対照トランスジェニック植物である。
【
図7】CRISPR/Cas9由来のノックアウト株間(W0629
ftl9_c1対W0629
FTL9W)の穀粒の幅の比較結果である。ボックス内の数字は、測定に使用した種子の数を示す。
【
図8】CRISPR/Cas9由来のノックアウト株間(W0629
ftl9_c1対W0629
FTL9W)の穀粒の厚みの比較結果である。ボックス内の数字は、測定に使用した種子の数を示す。
【
図9】CRISPR/Cas9由来のノックアウト株間(W0629
ftl9_c1対W0629
FTL9W)の一穂当たりの小穂数の比較結果である。ボックス内の数字は、計数に使用した穂の数を示す。
【
図10】CRISPR/Cas9由来のノックアウト株間(W0629
ftl9_c1対W0629
FTL9W)の一穂当たりの一次枝数の比較結果である。ボックス内の数字は、計数に使用した穂の数を示す。
【
図11】FTL9のプロモーターと構成的プロモーターによって駆動されるFTL9
Wを発現するトランスジェニック植物間の穀粒の幅の比較結果である。T65
Ubi::GFPは対照トランスジェニック植物である。ボックス内の数字は、測定に使用した種子の数を示す。
【
図12】FTL9のプロモーターと構成的プロモーターによって駆動されるFTL9
Wを発現するトランスジェニック植物間の穀粒の厚みの比較結果である。T65
Ubi::GFPは対照トランスジェニック植物である。ボックス内の数字は、測定に使用した種子の数を示す。
【
図13】FTL9のプロモーターと構成的プロモーターによって駆動されるFTL9
Wを発現するトランスジェニック植物間の穀粒の幅の比較結果である。T65
Ubi::GFPは対照トランスジェニック植物である。ボックス内の数字は、測定に使用した種子の数を示す。
【
図14】FTL9のプロモーターと構成的プロモーターによって駆動されるFTL9
Wを発現するトランスジェニック植物間の一穂当たりの一次枝数の比較結果である。T65
Ubi::GFPは対照トランスジェニック植物である。ボックス内の数字は、測定に使用した種子の数を示す。
【
図15】成熟した穎の内側 (向軸) 表面の細胞の写真である。
【
図16】
図15の写真において、輪郭を強調表示した図である。
【
図17】CRISPR/Cas9由来のノックアウト株間(W0629
ftl9_c1対W0629
FTL9W)の細胞サイズの比較結果である。ボックス内の数字は、5つの独立した株から計数された細胞の数を示す。
***P<0.001;0.001≦
**P<0.01;0.01≦
*P< 0.05 (スチューデントの t 検定);ns、有意差が無い。
【
図18】CRISPR/Cas9由来のノックアウト株間(W0629
ftl9_c1対W0629
FTL9W)の細胞幅の比較結果である。ボックス内の数字は、5つの独立した株から計数された細胞の数を示す。
***P<0.001;0.001≦
**P<0.01;0.01≦
*P< 0.05 (スチューデントの t 検定);ns、有意差が無い。
【
図19】CRISPR/Cas9由来のノックアウト株間(W0629
ftl9_c1対W0629
FTL9W)の細胞の長さの比較結果である。ボックス内の数字は、5つの独立した株から計数された細胞の数を示す。
***P<0.001;0.001≦
**P<0.01;0.01≦
*P< 0.05 (スチューデントの t 検定);ns、有意差が無い。
【
図20】CRISPR/Cas9由来のノックアウト株(W0629
ftl9_c1)とその親野生株(W0629
FTL9W)の若い小穂の形態(左パネル)、若い小穂の穎の断面図(中央のパネル)、及びその拡大図 (右パネル)である。le, 外穎;pa, 内穎;ab, 背軸性;ad, 向軸性
【
図21】CRISPR/Cas9由来のノックアウト株(W0629
ftl9_c1)とその親野生株(W0629
FTL9W)の若い穎の内側(向軸)表面の細胞数の測定結果である。ボックス内の数字は、5つの独立した株からの穎の数を示す。
***P<0.001;0.001≦
**P<0.01;0.01≦
*P< 0.05 (スチューデントの t 検定);ns、有意差が無い。
【
図22】CRISPR/Cas9由来のノックアウト株(W0629
ftl9_c1)とその親野生株(W0629
FTL9W)の若い穎の内側(向軸)表面の細胞幅の測定結果である。
***P<0.001;0.001≦
**P<0.01;0.01≦
*P< 0.05 (スチューデントの t 検定);ns、有意差が無い。
【
図23】栄養段階及び生殖段階の葉、花序分裂組織、及び若い小穂におけるFTL9発現の定量的PCR分析の結果である。
【
図24】(B-F)GUSでアッセイされたトランスジェニック植物であって、GUSレポーター遺伝子をFTL9プロモーターによって駆動されるFTL9
Wゲノム断片(FTL9p::FTL9W::GUS)につなぐことによりデザインされたFTL9W::GUS融合遺伝子を発現するトランスジェニック植物の画像である。(G-K)自身のプロモーターによって駆動されるFTL9W::GFP融合体遺伝子(FTL9p::FTL9W::GFP)を発現するトランスジェニック植物の微分干渉コントラスト画像である。(L-P)自身のプロモーターによって駆動されるFTL9W::GFP融合体遺伝子(FTL9p::FTL9W::GFP)を発現するトランスジェニック植物の共焦点レーザースキャン顕微鏡画像である。(Q-U)葉維管束組織に特異的なrolCプロモーターによって駆動されるFTL9W::GFP融合遺伝子(rolC::FTL9W::GFP)を発現するトランスジェニック植物の微分干渉コントラスト画像である。(V-Z)rolCプロモーターによって駆動されるFTL9W::GFP融合遺伝子(rolC::FTL9W::GFP)を発現するトランスジェニック植物の共焦点レーザースキャン顕微鏡画像である。白い矢印は、師部の GFPシグナルを示す。すべての共焦点画像はスペクトル分離後に取得された。スケールバー:50μm。Kの挿入図は、K、P、U、及びZの穎のおおよその観測位置を示す。B、G、L、Q、及びVは、維管束周囲の葉身の断面図である。Bの矢印は師部と木部のおおよその位置を示す。SAM、茎頂成長点; pb、一次分裂組織。le, 外穎;pa, 内穎;fm,小花分裂組織。エラーバーは、標準偏差を示す。
【
図25】T65におけるO. rufipogon由来のFTL9Wを持つ染色体セグメント置換系統のバックグラウンドでrolCプロモーターによって駆動されるHd3aを発現する植物(CSSL_L4rolC::Hd3a)及びその親コントロール(CSSL_L4WT)の形態を示す写真である。
【
図26】CSSL_L4 WTの栄養段階および生殖段階、並びにCSSL_L4
rolC::Hd3aの生殖段階における葉におけるFTL9の発現レベルを示すqPCR分析の結果である。
【
図27】日本晴のFTL9のプロモーターによって駆動されるFTL9Wを発現するトランスジェニック植物(NBFTL9p::FTL9g)における、日長を長日(LD)から短日(SD)に変更する前後のFTL9及びHd3aの発現レベルを示すqPCR分析の結果である。LD状態を示すバー及びSD 状態を示すバーは、上図及び下図において対応している。破線は出穂日を示す。
【
図28】砂糖処理(6%)有無におけるO.rufipogon W0629の実生におけるFTL9を示すqPCR分析の結果である。
***P<0.001 (スチューデントの t 検定);ns、有意差が無い。
【
図29】砂糖処理(6%)有無におけるO.rufipogon NB
FTL9p::FTL9Wの実生におけるFTL9を示すqPCR分析の結果である。
***P<0.001 (スチューデントの t 検定);ns、有意差が無い。
【
図30】栽培米のコアコレクション、即ち農研機構が開発した世界の米コレクション(WRC)と日本米コレクション(JRC)におけるFTL9Wとftl9
*の分布を示すグラフである。バー内の数字は、各対立遺伝子を含む系統の数を示す。
【
図31】O.rufipogon集団のサブグループ、即ちOr-I、Or-II、及びOr-IIIにおけるFTL9W及びftl9
*の分布を示すグラフである。バー内の数字は、各対立遺伝子を含む系統の数を示す。
【
図32】O.rufipogon及びO. sativa(NARO WRC)のFTL9遺伝子領域のSNPを使用したハプロタイプネットワーク解析の結果である。矢印は、ftl9
*変異イベントの位置を示す。
【
図33】拡張ハプロタイプホモ接合性分析(EHH)によるOr-IIIのFTL9ゲノム領域周辺のポジティブ選択の検出結果である。iHS、統合ハプロタイプ スコア。
【
図34】進化と栽培化における野生イネ個体群と栽培イネ個体群におけるFTL9の機能喪失対立遺伝子の出現と固定を説明するモデルである。
【
図35】イネにおけるFTL9による粒サイズと粒数の調整を示すモデルである。FTL9の発現は、葉の糖などの母系資源を感知することによって誘導される。次に、FTL9タンパク質は葉から花序分裂組織に移動して、穀粒のサイズと数を調節する。
【
図36】イネにおけるFTL9による粒サイズと粒数の調整を示すモデルである。FTL9は、母系資源の利用可能性に応答し、種子の数とサイズを調節するシグナルとして機能する。母植物が、光合成が活発で適切な状態にある場合、FTL9の発現が誘導される。その結果、穀粒の数が増えて生息域が広がる。一方、粒サイズは限られる。この母親による子の数と大きさの規制は、親と子の対立の理論を裏付けており、子に割り当てられる母親のリソースの最適なレベルが親と子の間で異なる。
【
図37】イネにおけるFTL9による粒サイズと粒数の調整を示すモデルである。FTL9が存在しない場合 (ftl9
*)、おそらく人間の選択により、穀粒数が損なわれることにより穀粒サイズが増加する。この数の減少は、栽培化中に他の遺伝子によって補われる可能性がある。
【発明を実施するための形態】
【0009】
実施例で後述するように、発明者は、アジアで栽培されるイネの祖先である野生イネOryza rufipogon集団から、穀粒の厚みと幅を制御する遺伝子FLT9(FT-like9)を同定した。FLT9遺伝子の塩基配列は、配列番号1(ATGTCTGATGTGCCAACTGTGGAGCCCTTGGTTCTGGCTCATGTCATACATGACGTGTTAGATCCATTTAGACCAACTATGCCCCTTAAAATAACATACAACGATAGGTTACTTCTGGCAGGTGTTGAGCTGAAACCATCTGCAACTGTGCATAAACCAAGAGTAGATATTGGTGGCACCGACCTTAGGGTGTTCTACACATTGGTACTGGTGGATCCAGATGCTCCAAGCCCAAGCAACCCATCACTAGGGGAGTATTTGCACTGGATGGTGATAGATATCCCAGGAACAACTGGAGTCAACTTCGGTCAAGACCTCATGCTTTATGAAAGACCGGAACTGAGATATGGTATCCACCGGATGGTATTTGTGTTATTCCGACAACTTGGCAGGGGAACCCTTTTTGCACCAGAGATGCGACACAACTTCCATTGTAGAAGCTTTGCGCAACAATACCATCTGGACATTGTGGCCGCTACATATTTCAACTGCCAAAGGGAAGCCGGCTCTGGTGGAAGAAGGTTCAGGCCCGAGAGTTCTTAA)で表される。FLT9タンパク質のアミノ酸配列は、配列番号2(MSDVPTVEPLVLAHVIHDVLDPFRPTMPLKITYNDRLLLAGVELKPSATVHKPRVDIGGTDLRVFYTLVLVDPDAPSPSNPSLGEYLHWMVIDIPGTTGVNFGQDLMLYERPELRYGIHRMVFVLFRQLGRGTLFAPEMRHNFHCRSFAQQYHLDIVAATYFNCQREAGSGGRRFRPESS)で表される。発明者は、FLT9遺伝子において、機能型が穀粒の厚みと幅を小さくする一方で、機能喪失型は、穀粒の厚みと幅を大きくすることを明らかにした。
【0010】
≪遺伝子≫
一実施形態において、本発明は、以下の(A)~(D)のいずれか一つの塩基配列からなり、穀粒サイズの大きさを規定する遺伝子を提供する。
(A)配列番号1で表される塩基配列、
(B)配列番号1で表される塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、挿入、又は付加されている塩基配列、
(C)配列番号1で表される塩基配列において、同一性が80%以上である塩基配列、
(D)配列番号1で表される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができる塩基配列、
(E)前記(A)~(D)の塩基配列の縮重異性体
【0011】
(B)において、欠失、置換、挿入、又は付加されてもよい塩基の数としては、1 ~100個が好ましく、1~80個がより好ましく、1~50個が更に好ましく、1~25個が最も好ましい。
【0012】
(C)において、同一性は80%であり、85%以上が好ましく、特に好ましくは、90%以上が更に好ましく、95%以上が特に好ましい。
【0013】
(D)において、「ストリンジェントな条件下」とは、例えば、5×SSC(20×SSCの組成:3M 塩化ナトリウム,0.3M クエン酸溶液,pH7.0)、0.1重量% N-ラウロイルサルコシン、0.02重量%のSDS、2重量%の核酸ハイブルダイゼーション用ブロッキング試薬、及び50%フォルムアミドから成るハイブリダイゼーションバッファー中で、55~70℃で数時間から一晩インキュベーションを行うことによりハイブリダイズさせる条件を挙げることができる。なお、インキュベーション後の洗浄の際に用いる洗浄バッファーとしては、好ましくは0.1重量%SDS含有1×SSC溶液、より好ましくは0.1重量%SDS含有0.1×SSC溶液である。
【0014】
メチオニンとトリプトファン以外のアミノ酸は、1つのアミノ酸に対して複数のコドンが対応する。このことを遺伝暗号の縮重という。(E)において、塩基配列の縮重異性体とは、ある塩基配列がコードするアミノ酸に対応する他の塩基配列を意味する。
【0015】
FLT9遺伝子において、機能喪失型は、穀粒の厚みと幅を大きくすることから、本発明の遺伝子は、機能喪失型変異を有していてもよい。
【0016】
≪タンパク質≫
一実施形態において、本発明は、以下の(F)~(H)のいずれか一つのタンパク質を提供する。
(F)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(G)配列番号2で表されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ穀粒サイズの大きさを規定するタンパク質;
(H)配列番号2で表されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ穀粒サイズの大きさを規定するタンパク質
【0017】
(G)において、係る同一性としては、85%以上がより好ましく、90%以上が更に好ましく、95%以上が最も好ましい。
【0018】
(H)において欠失、置換、挿入、又は付加されたアミノ酸の数としては、1 ~135個が好ましく、1~25個がより好ましく、1~20個が更に好ましく、1~15個が特に好ましく、1~5個が最も好ましい。
【0019】
≪遺伝子改変イネ植物≫
一実施形態において、本発明は、野生イネの遺伝的背景を有する遺伝子改変イネ植物であって、FLT9遺伝子の機能が、欠損しており、又は抑制されており、その穀粒サイズは、前記遺伝子の機能が正常な対応する野生イネの穀粒サイズより大きい、遺伝子改変イネ植物を提供する。
【0020】
本実施形態の遺伝子改変イネ植物において、FLT9遺伝子の機能が欠損している又は抑制されている。FLT9遺伝子の機能が欠損しているとは、本実施形態の遺伝子改変イネ植物において、FLT9遺伝子産物の発現が喪失していることをいう。
FLT9遺伝子産物の発現の喪失は、例えばFLT9遺伝子に変異を導入し、FLT9遺伝子を破壊することにより生じさせることができる。
変異は、FLT9遺伝子、或いは、この遺伝子の発現調節領域における一部又は全部の欠失、置換、任意の配列の挿入等により生じさせることができる。これらの変異の導入は、例えば、変異原性物質による処理、紫外線照射、相同組み換え技術等による遺伝子ターゲッティング、遺伝子ノックアウト、Cre-loxP系等による条件的ノックアウト等の手法を用いて行うことができる。
遺伝子ターゲティング、遺伝子ノックアウトについては、ゲノム編集技術を用いてもよい。
【0021】
FLT9遺伝子の機能が抑制されているとは、本実施形態の遺伝子改変イネ植物において、コントロールとなる野生型の植物と比較して、FLT9遺伝子産物の量が抑制されていることをいう。
FLT9遺伝子の発現の抑制は、FLT9遺伝子に対するRNAi誘導性核酸、アンチセンス核酸、アプタマー若しくはリボザイムなどの発現を生じさせる核酸配列を、細胞又は動物に導入し、遺伝子ノックダウン等により生じさせることができる。
【0022】
本実施形態の遺伝子改変イネ植物は、野生イネの遺伝的背景を有する。野生イネの遺伝的背景を有する品種としては、インディカ品種、ジャバニカ品種が挙げられ、インディカ品種が好ましい。
【0023】
即ち、本実施形態の遺伝子改変イネ植物は、以下の(a)~(c)のいずれかの遺伝子の機能が欠損している又は抑制されていることが好ましい。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(b)前記(a)で表されるアミノ酸配列において、1~数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ穀粒サイズの大きさを規定するタンパク質をコードする遺伝子
(c)前記(a)で表されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ穀粒サイズの大きさを規定するタンパク質をコードする遺伝子
【0024】
(b)において、欠失、挿入、置換若しくは付加されたアミノ酸の数としては、1 ~135個が好ましく、1~25個がより好ましく、1~20個が更に好ましく、1~15個が特に好ましく、1~5個が最も好ましい。
【0025】
(c)において、同一性としては、85%以上がより好ましく、90%以上が更に好ましく、95%以上が最も好ましい
【0026】
本発明において、「穀粒サイズの大きさを規定する」とは、穀粒の厚みと幅を規定することを意味する。
【0027】
≪植物の作出方法≫
一実施形態において、本発明は、穀粒サイズを肥大化する、イネ植物の作出方法であって、前記イネ植物内において、FLT9遺伝子の機能を欠損又は抑制させる、イネ植物の作出方法を提供する。
【0028】
遺伝子の機能を欠損又は抑制させる方法としては、例えば、FLT9遺伝子のゲノムに人為的に改変又は変異を加えることにより、機能的な遺伝子産物の生成が欠損又は抑制された植物を得る方法が挙げられる。
例えば、突然変異誘発剤の処理により、FLT9遺伝子の機能が欠損又は抑制された植物をスクリーニングする方法が挙げられる。
また例えば、遺伝子ターゲッティング法や、ゲノム編集技術、トランスジェニック等によって、FLT9遺伝子のゲノムに人為的に改変又は変異を加えることにより、機能的な遺伝子産物の生成が欠損又は抑制された植物を得てもよい。
または、FLT9遺伝子の発現を欠損又は抑制させる核酸を植物に導入することによって、遺伝子産物の生成が欠損又は抑制された植物を得てもよい。
【0029】
本実施形態の植物の作出方法は、FLT9遺伝子の機能を、そのプロモーターを改変することによって、欠損又は抑制する方法でもよい。
【0030】
FLT9遺伝子及び/又はそのプロモーターを改変する方法としては、効率の観点からゲノム編集技術を用いることが好ましい。
改変する方法としては、標的ゲノムDNAの二重鎖切断後の非相同末端結合(NHEJ)による挿入欠損(InDel)変異を生じさせる方法が挙げられる。InDel変異により、フレームシフトや未成熟終始コドンが誘発される。
また、標的ゲノムDNAの二重鎖切断後、相同組換え型修復により、変異を導入した外来DNAを標的ゲノム中に挿入する方法も挙げられる。
【0031】
標的ゲノムDNAの二重鎖切断に用いるシステムとしては、特に限定されず、CRISPR-Casシステム、TALENシステム、Znフィンガーヌクレアーゼシステム等が挙げられる。これらのシステムの細胞への導入方法としては、特に限定されず、標的ゲノムDNA切断酵素自体を細胞に導入してもよく、標的ゲノムDNA切断酵素発現ベクターを細胞に導入してもよい。標的ゲノムDNAの二重鎖切断に用いるシステムは、外来DNAと同時又は外来DNAの前若しくは後に細胞に導入される。
【0032】
例えば、CRISPR-Casシステムにおいては、Cas9発現ベクターと、切断したい箇所にCas9を誘導するガイドRNAをコードする発現ベクターと、を細胞に導入する方法や、発現精製した組み換えCas9タンパク質と、ガイドRNAと、を細胞に導入する方法等が挙げられる。
本実施形態において、標的ゲノムDNAの二重鎖切断に用いるシステムは、CRISPR-Casシステムが好ましい。
【0033】
本実施形態において、ゲノム編集は、in vitro培養系で行われても、in plantaで行われてもよい。in vitro培養系でのゲノム編集方法においては、外来遺伝子、核酸及びタンパク質の細胞への導入は、カルス又は組織片に対して、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法及びウィスカー法等の公知の方法を用いて行われる。in plantaにおけるゲノム編集方法においては、外来遺伝子、核酸及びタンパク質の細胞への導入は、露出させた未熟胚や完熟胚のシュート頂に対して、公知の方法を用いて行われる。
【0034】
≪成長促進剤≫
一実施形態において、本発明は、穀粒サイズを肥大化するイネ植物の成長促進剤であって、FLT9遺伝子を破壊するゲノム編集組成物を含有する、成長促進剤を提供する。
【0035】
ゲノム編集組成物は、標的ゲノムDNA切断酵素又は前記酵素をコードするDNA若しくはmRNAを含む。標的ゲノムDNA切断酵素としては、Cas9、TALEN、Znフィンガーヌクレアーゼ等が挙げられる。また、前記酵素をコードするDNA又はmRNAとしては、これらのタンパク質をコードするDNA又はmRNAが挙げられる。
【0036】
標的ゲノムDNA切断酵素として、Cas9を用いる場合には、ゲノム編集組成物は、Cas9を誘導するガイドRNAを含有することが好ましい。また、組成物は、ガイドRNAをコードする発現ベクターを含有してもよい。ガイドRNAとしては、例えば、配列番号3(GCAAATACTCCCCTAGTGAT)で表される標的配列を有するものが挙げられる。
【0037】
相同組換により、FLT9遺伝子を破壊する場合には、ゲノム編集組成物は、相同性アームを両端に備えた所定の変異を有する外来DNAを含むことが好ましい。
【0038】
本実施形態の成長促進剤によれば、FLT9遺伝子を破壊することにより、穀粒の厚みと幅を大きくする
【0039】
≪判定方法≫
一実施形態において、本発明は、穀粒サイズの大きいイネ植物の判定方法であって、葉中のFLT9遺伝子又はFLT9タンパク質の発現量を測定する、判定方法を提供する。
【0040】
葉中のFLT9遺伝子発現量の測定方法としては、葉から核酸を抽出し、プライマーを用いたPCRにより、FLT9遺伝子断片を増幅し、その増幅産物を解析する方法や、FLT9遺伝子に相補的なプローブを用いて、ハイブリダイゼーションを用いて解析する方法が挙げられる。
【0041】
葉から核酸(例えば、total RNA)を抽出する方法としては、酸性フェノールを含むRNA抽出用試薬を用いた方法等が挙げられ、定法に従う。
【0042】
遺伝子発現量を定量する観点から、PCRによりFLT9遺伝子断片を増幅し、その増幅産物を解析することが好ましい。具体的な定量方法としては、次世代シークエンサー(NGS)法やリアルタイムPCR(RT-PCR)法が挙げられる。
【0043】
また、葉からタンパク質を抽出し、ELISA等を用いてFLT9タンパク質の発現量を解析してもよい。葉からタンパク質を抽出する方法についても、定法に従う。
【0044】
葉中のFLT9遺伝子又はFLT9タンパク質の発現が確認された場合には、イネ植物の穀粒サイズは小さいものと判定でき、葉中のFLT9遺伝子又はFLT9タンパク質の発現が確認されなかった場合には、イネ植物の穀粒サイズは大きいものと判定できる。
【実施例0045】
以下に実施例を挙げて本発明を更に詳述するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0046】
[qGWT1:Oryza rufipogonにおける穀粒のサイズと数を制御するQTL]
O. rufipogon系統の穀粒は、サイズや形状など多くの点で異なる (
図1参照。)。発明者らは、全集団(338acc.)又は部分集団、すなわちOr-I(154acc.)、Or-II(104acc.)、及びOr-III(80acc.)を使用して、ゲノムワイド関連解析(GWAS)を実施し、O. rufipogon穀粒の表現型の多様性に寄与する41の量的形質遺伝子座 (QTL) を同定した。このうち、1番染色体上のqGWT1に注目した。qGWT1は、パネル全体とOr-IIIサブパネルを穀粒の厚みと幅に有意に関連しているSNPのクラスターとして使用した分析で検出された。qGWT1の候補領域では、重要なSNPは、Or-IIIにおいて、2つのハプロタイプ(Hap1及びHap2)のみを構成していた。そして、これらのSNPをカバーする連鎖不平衡は、単一の遺伝子Os01g0748800 (LOC_Os01g54490)を含んでいた。この遺伝子は、FT-like9 (FTL9)をコードする遺伝子である。FTL9は、FLOWERING LOCUS T (FT) タンパク質ファミリーのメンバーであり、FT-IIサブファミリーのイネ科草本特異的系統群に属する(
図2参照。)。これは、この遺伝子がO. rufipogonの穀粒多様性の原因遺伝子であることを示唆する。
【0047】
O. rufipogon系統の中で、FTL9の2つのハプロタイプを特定した。1つは遺伝子の2番目のエクソンにナンセンス変異があり、FTL9が機能しなくなる可能性がある。以下、この変異を有するものと有しないFTL9をそれぞれ、ftl9
*(Hap1)及びFTL9
W(Hap2) と呼ぶ(
図2参照。)。GWASで使用されるOr-IIIサブパネルにおける80個のO. rufipogon系統のうち、Hap1を持つものは、Hap2を持つものよりも幅が広く、厚い穀粒を規定する(
図3及び
図4参照。)。さらに、後述するように、ほとんどのジャポニカ米品種はftl9
*を保有する。
したがって、発明者は、FTL9のナンセンス変異が、穀粒の厚みと幅に影響を与えるという仮説を立て、O. rufipogonのFTL9
Wをノックアウトすること、及び、ジャポニカ米品種のftl9
*バックグラウンドにFTL9
Wを導入することにより、この仮説を検証した。
【0048】
FTL10は、FTL9に最も近いパラログであり、開花に関与することが知られている。また、ヤマカモジグサ(BdFTL9)及びトウモロコシ(ZmFTL9)におけるFTL9オルソログの機能としては、開花に関与することがよく知られている。そのため、発明者らは、イネの開花におけるFTL9の関与をテストした。開花時期の変化は、穂の形状に影響を与える可能性があり、結果として、Hd3a過剰発現の場合と同様に粒径に影響を与える可能性がある。したがって、BdFTL9とZmFTL9が穀粒のサイズと数に及ぼす影響を議論するのは困難だが、イネにおけるFTL9は開花に影響を及ぼさないため、穀粒のサイズと数にFTL9がより直接的に関与していると議論できる。
【0049】
[qGWT1は、葉由来のシグナルとして機能するFTL9をコードし、穀粒のサイズと数を制御する]
発明者らは、FTL9
W(W0629
FTL9W)を保有するO. rufipogon系統W0629において、FTL9
WのCRISPR/Cas9媒介ノックアウトを実施した。ガイドRNAとして、配列番号3(GCAAATACTCCCCTAGTGAT)で表される標的配列を有するものを用いた。予想どおり、種子の幅と厚みは、ノックアウト変異(W0629
ftl9_c1)のホモ接合性植物の方が、コントロールW0629
FTL9W植物よりも大きかった(
図5~
図8参照。)。驚くべきことに、両者間で開花時期に差は無かった。更に、ノックアウト系統では、一次枝数(PBN)と二次枝数(SBN)の両方を含む花序の枝分かれが減少すると共に、花軸長(RL)が減少し、その結果として花数も減少していた (
図9及び
図10参照。)。逆に、FTL9
W遺伝子をジャポニカ品種(ftl9
*)に導入すると、種子の幅と厚みが減少した(
図6、
図11、及び
図12参照。)。特に、強力な構成的プロモーターを使用したFTL9
Wの発現により、花序が著しく増加し、その結果、小穂数が増加した。両方のプロモーターからの発現が、種子の幅と厚みに同じように影響を及ぼしたが、この効果は、ネイティブFTL9
Wプロモーターを用いた場合より顕著であった(
図13及び
図14参照。)。これは、花序の分枝とは異なり、FTL9
Wによる穀粒サイズの制御が、FTL9
Wの発現レベルに依存していないことを示唆する。また、上記すべての植物の開花時期及び全体的な形態は、親株やコントロールのトランスジェニック植物と区別できなかった。
したがって、ヤマカモジグサやトウモロコシのオーソログFTL9とは異なり、機能的なFTL9(つまりFTL9
W)の存在が、開花時期を変えずに、穀粒サイズの減少と小穂の数の増加につながるものと結論付けられた。
【0050】
穀粒のサイズは、穀粒を取り囲む母系組織である穎のサイズに関連する。FTL9
Wが穀粒のサイズをどのように制御するかを理解するために、CRISPR/Cas9ノックアウト株とその野生株バックグランドの間の成熟した穎花の穎における細胞サイズを比較した(
図15~
図19参照。)。W0629
ftl9_C1の穎の細胞は、W0629
FTL9Wの穎の細胞よりも幅が広いことを示した(
図17~
図19参照。)。これは、W0629
ftl9_C1の幅の広い穀粒が、穎内の細胞幅の増加によって引き起こされる可能性があることを示唆する。穎の細胞サイズが、肥大した穀粒の二次的効果の影響を受ける(減少した粒数により許容される個々の種子への母系資源のより多くの配分におそらく起因する)か、又はFTL9により直接的に影響を受けるかどうかを判断するために、受精前、つまり母系資源の種子への割り当て前に、穎内の細胞サイズを測定した(
図20~
図22参照。)。登熟前の穎発達期に、W0629
ftl9_C1の穎の細胞は、W0629
FTL9Wの穎の細胞よりも幅が広かった。したがって、穀粒のサイズは、(減少した穀粒数によって引き起こされる)母系資源の過剰な割り当てによる二次効果ではなく、穎細胞サイズを制御するFTL9
Wの影響を受ける。したがって、FTL9
Wは、穀粒のサイズと数を別個に制御する。シロイヌナズナのTFL1は、胚乳の細胞膜形成のタイミングを調節することにより、種子のサイズを制御する。FTL9が、FT遺伝子ファミリーのイネ科草本特異的系統群に属し、FTL9が穎の細胞サイズに影響を与えることを考慮すると、子孫の胚乳の細胞膜形成に影響を与えるTFL1とは異なり、FTL9とTFL1による穀粒と種子のサイズを制御するメカニズムは異なるようである。
【0051】
FTL9による穀粒サイズと数の制御の分子基盤を明らかにするために、小穂が発達している花序分裂組織を使用してmRNA-seq解析を実施した。花の分裂組織には、W0629FTL9WとW0629ftl9_C1の初発及び成長中の内穎と外穎(穎)の両方が含まれている。W0629ftl9_C1と比較して、W0629FTL9Wでは547個の差次的に発現する遺伝子(113個が上方制御され、434個が下方制御されている)を見出した。遺伝子オントロジー(GO)エンリッチメント分析により、花の発達と転写因子に関連する用語が頻出した。転写因子ファミリー間では、FTL9WバックグラウンドにおけるMADSボックス転写因子をコードする遺伝子発現の低下が最も顕著であった。OsMADS1は最も急激な発現減少を示し、SEP系統群MADSボックス遺伝子の他のメンバーがそれに続いた。OsMADS1は、枝分裂組織から小穂分裂組織への移行を促進し、花の発達を制御する分裂組織の運命に関係することが知られている。W0629FTL9Wにおけるより低いOsMADS1発現は、枝分裂組織から小穂分裂組織への移行を遅らせ、穂の発達中の分岐段階を長引かせる可能性がある。
したがって、穂はより多くの分枝(PBN,SBN)を有し、より長い穂軸の長さを有し、より多い小穂を有する。OsMADS1発現は穀粒サイズに影響を与える可能性がある。したがって、活性化FTL9Wが、OsMADS1発現の抑制を介して、穀粒サイズと数に影響を与える可能性がある。確かに、FTL9Wの発現が、生殖時のトランスジェニック日本晴の葉におけるOsMADS1発現を大幅に減少させた。これは、葉におけるFTL9によるOsMADS1の抑制が、花序または小穂で特異的に発現し、枝分かれや粒の大きさを制御する追加の因子を必要としないことを示す。FTL9によるOsMADS1の制御が直接的であるか間接的であるかは依然として不明であった。穂の分岐や穀粒サイズを調節することが知られているいくつかの遺伝子の発現レベルも、W0629FTL9WとW0629ftl9_C1の間で変動しているため、OsMADS1以外の因子がFTL9の下流を作用し、穂の構造と穀粒サイズを調節する可能性を否定できない。
【0052】
14-3-3、FT/Hd3a、及びFDから構成されるタンパク質複合体の形成は、下流の遺伝子を制御するために不可欠である。FTL9は、Hd3a:14-3-3 タンパク質相互作用に必要とされる保存されたアミノ酸を共有するため、おそらく、分裂組織におけるFTL9の作用機序もHd3aの場合と同様に14-3-3を含むタンパク質複合体の形成を含む。ただし、FTL9は、機能喪失実験及び機能獲得実験の両方で開花に影響を及ぼさないことを考慮すると、分裂組織でFTL9活性を媒介する分子機構と相互作用は、Hd3aのものとは異なると考えられる。
FTファミリーの中には、下流遺伝子の制御において、活性化と抑制の相反する方向があることが知られている。FT/Hd3aはアクティベーターとして機能し、TFL/RCNはリプレッサーとして機能する。FTL9はリプレッサーとして機能すると推測される。RNA-seq解析における差次的に発現される遺伝子解析において、W0629
FTL9W内の下方制御された遺伝子の数は、上方制御された遺伝子の数の約4倍であった(下方制御された遺伝子数434個対上方制御された遺伝子数113個)。
FTファミリータンパク質の反対の活性を決定するセグメントBのC末端領域の主要なアミノ酸残基/モチーフもこれを裏付けている。アクティベーター型FTは、この領域の高く保存された残基を共有する。この領域のアミノ酸配列のわずかな変化で、アクチベーターをリプレッサーに変換する。リプレッサータイプ(TFL/RCN)では、この領域のアミノ酸配列は分岐している。FTL9は、TFL/RCN系統群に属さないが、系統発生解析ではイネ科草本特異的な系統群に属する。しかしながら、FTL9もFT/Hd3aアクチベーターメンバーと保存された残基を共有していないため、FTL9はFTファミリーのアクチベータータイプではなくリプレッサータイプであることが強く示唆される。
FTL9は、FT遺伝子ファミリーに属しているため、FTL9は花序の分岐と穀粒サイズを調節する非細胞自律性シグナルとして機能する可能性がある。つまり、花序分裂組織に輸送され、小穂が発達する前に、タンパク質が葉の中で合成される可能性がある。イネ発育中のFTL9 RNAの発現解析により、FTL9
W RNAが生殖段階で葉で優先的に発現され、花序分裂組織と若い小穂では検出されないことが明らかとなった (
図23参照。)。これによると、天然のFTL9
Wプロモーターから発現したFTL9
W::GUS及びFTL9
W::GFP融合タンパク質を用いて、FTL9
Wプロモーター活性が大小の葉脈を含む葉身の維管束組織周囲で検出され(
図24参照。)、細胞間の移動に欠陥のあるFTL9
W::GUS融合タンパク質の蓄積は、花序分裂組織(IFMs)又は発達中の小穂では検出されなかった (
図24参照。)。さらに、細胞間の移動を可能にすると推定されるFTL9
W::GFP融合タンパク質は、天然のFTL9
Wプロモーター又は師部特異的なrolCプロモーターによって駆動され、花序に蓄積する。FTL9
W抗体を使用したイムノブロット分析で、FTL9
Wタンパク質がIFMs及び発達中の小穂に蓄積することも確認した。これらの発見は、FTL9
Wタンパク質が葉で合成され、穎細胞に作用して種子のサイズを制御するという考えを裏付ける。また、FTL9
Wタンパク質は、IFMs内で機能して小穂の数を制御する。
【0053】
[FTL9は母系資源の利用可能性を仲介するシグナルとして機能する]
FTL9
Wが穀粒の数とサイズを調節する非細胞自律性シグナルとして機能する場合、シグナル合成に影響を与える情報は、このプロセスにとって不可欠である。生殖段階におけるFTL9
W RNAの発現が一時的に制限されることの潜在的なシナリオの 1つは、栄養段階から生殖段階への移行が、FTL9
W RNAの発現を引き起こすことである。この仮説を検証するために、イネのフロリゲン遺伝子であるHd3aの過剰発現による生殖期への移行と開花を早熟誘導するトランスジェニック植物におけるFTL9
Wの発現を分析した。FTL9
Wの発現は検出されなかったが、生殖段階のマーカーRFT1は、高度に発現していた(
図25及び
図26参照。)。これは、栄養段階から生殖段階への移行は、FTL9
W発現に影響を与えないことを示す。
【0054】
別のシナリオは、葉でのFTL9発現は、Hd3aやBrachypodium distachyonのFTL9のオルソログBdFTL9などの他のFT遺伝子と同様に短日長に応答するということである。この仮説を検証するためにするために、内因性ftl9
*を有するジャポニカバックグラウンドにおけるFTL9
Wゲノム断片を保有するトランスジェニック植物において、異なる日長下条件でのFTL9
WとHd3aの発現を分析した。
Hd3a発現は短日条件下では直ちに誘導されたのに対し、FTL9
W発現は長日から短日へ日長が変化する前に始まった(
図27参照。)。これは、トウモロコシやヤマカモジグサのFTL9ファミリーのメンバーは、日長の変化により誘導され、開花時期に影響するが、FTL9
Wが日長によって誘導されないことを示唆する。
このことは、パラログであるFTL10、またはトウモロコシやヤマカモジグサのオルソログとは異なり、イネのFTL9が開花時期に影響を及ぼさないという事実と一致する。
栄養期から生殖期への発達移行はFTL9
Wを誘発しないととすれば、FTL9
Wの発現は、子孫に割り当てられる母系資源のソースの強さに関する情報によって制御されるのではないかと考えられる。母系資源に関する情報を提供するのに適した候補は、糖類などの光合成同化である。糖が、登熟前の母系葉においてFTL9を誘導するために、登熟時に子孫に割り当てられる母系資源としての役割に加えてシグナルとしても機能すると仮説を立てた。したがって、糖がFTL9の発現を誘導できるかどうかを検証した。生理学的に適切なレベルの糖で処理したO.rufipogonの幼苗 (W0629
FTL9W) 及びトランスジェニック系統 (NB
FTL9p::FTL9W)は、内因性FTL9
Wと導入遺伝子由来FTL9
W両方の発現が、スクロース、フルクトース、グルコースによって誘導されたが、浸透圧ストレスをシミュレートするためによく使用される糖アルコールであるマンニトールによっては誘導されなかった(
図28及び
図29参照。)。
したがって、葉の炭水化物又はエネルギー代謝の変化は、葉のFTL9
W発現を調節する可能性がある。さらに、糖によるFTL9
W誘導の程度は、用量依存的であった。試験したスクロース濃度の範囲は、生理学的に関連しており、光合成中の葉の内因性スクロース含有量と同様であった。この結果は、FTL9が母系資源レベルに応じて、子孫の数とサイズを制御するシグナルとして機能している可能性を示唆する。
【0055】
[O. rufipogonにおけるftl9
*の進化と栽培化への関与]
この可能性は、種子生産が、干ばつや気温などの非生物的ストレスに特に敏感で、環境によって変動する母系光合成に強く依存していることと一致する。したがって、FTL9
Wによる穀粒のサイズと数の編成は、数の増加とサイズの減少が連動しており、野生植物にとって変動する環境に適応するために重要なメカニズムである可能性がある。個々のW0629
FTL9W及びW0629
ftl9_C1植物間の穀粒のサイズと数の変動の分析により、W0629
FTL9Wでのサイズと数の間の負の相関が明らかになった。ただし、この相関関係はW0629
ftl9_C1ではあまり明らかではなかった。
したがって、FTL9
Wは、十分な母系リソースが利用可能な場合、サイズと数を微調整して前者を減らし、後者を増やすことができる。適切な状態にあるとき、母系親は各子孫に過剰なリソースを割り当ててリソースを無駄にする必要がなくなるため、野生植物はこの恩恵を受けると考えられる。これは母親が子供のサイズを最小限に抑えようとする親子の対立理論に従ったものである。
ただし、サイズと数の増加はどちらもヒトに好まれるため、繁殖プログラムでは、この特性が悪影響を与える可能性がある。ftl9
*を搭載する日本晴やTaichung 65(T65)を含むジャポニカ米の代表的な品種を考慮すると、この遺伝子の機能の欠損が、イネの栽培化プロセスに貢献するのではないかと推測される。そこで、栽培イネコレクション間のftl9
*変異の分布を分析した。この変異はジャポニカ系統のほとんどに存在するが、インディカ系統とaus系統にはまれであることが判明した(
図30参照。)。これは、特にジャポニカ米の栽培化において、ftl9
*が穀粒の幅と厚みの増大に寄与した可能性があることを示唆する。O.rufipogon系統のうち、Or-III [ジャポニカが起源とするO. rufipogonのサブグループ] における系統の43%はftl9
*を保有しているのに対し、Or-Iではわずか1.9%であり、Or-IIでは7.4%であった(
図31参照。)。野生集団の間で、非機能的なftl9
*の高い対立遺伝子頻度は、祖先Or-IIIの変異した対立遺伝子の(自然または人工の)ポジティブセレクションが示唆される。
栽培化の間に古代Or-IIIのftl9
*変異が、O. sativa subspジャポニカに導入されたというシナリオが考えられる。このシナリオは、栽培イネでは、多くのO.rufipogon系統が共有するハプロタイプと一致する、唯一のftl9
*対立遺伝子を示したハプロタイプネットワーク分析と一致する(
図32参照。)。O. rufipogonのftl9
*を有するいくつかのハプロタイプの存在は、ftl9
*変異がジャポニカ品種の確立よりも前に存在したことを示唆する。さらに、ジャポニカftl9
*対立遺伝子が、Or-III間での分岐に続いて、最近の異系交雑を介してOr-III個体群に戻る可能性は低い。これは、ジャポニカ品種のftl9
*対立遺伝子がO. rufipogon系統に由来するという考えを裏付ける。さらに、拡張ハプロタイプホモ接合性(EHH)分析は、O. rufipogonのftl9
*対立遺伝子を有するハプロタイプ(Hap1)の長さは、Or-III のFTL9
W対立遺伝子を有するハプロタイプ(Hap2)の長さよりも有意に大きく、統計的に有意な統合ハプロタイプスコアを有する(iHS) (P=0.0047)ことを示した。これは、Or-IIIサブグループの進化におけるftl9
*対立遺伝子のポジティブ選択を裏付ける (
図33参照。)。これらの結果は、野生集団におけるftl9
*の選択を示唆する(
図34参照。)。作物の野生祖先の可食部分のサイズの増加が、作物の栽培化における初期段階の1つであること、及びO. rufipogonのいくつかの集団の実験栽培により数世代以内に穀粒のサイズが増加したことを考慮すると、米の農業システムが確立される前に、古代の人類集団は、食糧生産と収量促進のため、O.rufipogonの(ftl9
*親からの)より大きな種子を収集して散布した可能性があることが推測される。