(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024140276
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物、成形品及びそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
C08L 81/02 20060101AFI20241003BHJP
C08K 7/14 20060101ALI20241003BHJP
C08K 3/40 20060101ALI20241003BHJP
C08K 5/541 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
C08L81/02
C08K7/14
C08K3/40
C08K5/541
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023051338
(22)【出願日】2023-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149445
【弁理士】
【氏名又は名称】大野 孝幸
(74)【代理人】
【識別番号】100163290
【弁理士】
【氏名又は名称】岩本 明洋
(74)【代理人】
【識別番号】100214673
【弁理士】
【氏名又は名称】菅谷 英史
(74)【代理人】
【識別番号】100186646
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 雅裕
(72)【発明者】
【氏名】男庭 一輝
【テーマコード(参考)】
4J002
【Fターム(参考)】
4J002CN011
4J002DL006
4J002DL008
4J002EX037
4J002EX067
4J002EX077
4J002FA046
4J002FD010
4J002FD016
4J002FD018
4J002FD207
4J002GL00
4J002GN00
4J002GQ00
(57)【要約】
【課題】優れた耐湿熱性及び耐熱水性を有するポリアリーレンスルフィド(PAS)成形品、当該成形品を提供可能な加工性に優れたPAS樹脂組成物及びそれらの製造方法を提供すること。
【解決手段】PAS樹脂100質量部に対して、ガラス繊維を10~50質量部、シランカップリング剤を0.1~3.5質量部、難水溶性ガラスを0.1~10質量部配合し、前記シランカップリング剤がエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、イソシアナト基含有アルコキシシラン化合物、水酸基含有アルコキシシラン化合物からなる群から選ばれる少なくとも1つであり、前記難水溶性ガラスが、銀及び/又は亜鉛と、B2O3、Al2O3、SiO2及びZrO2からなる群から選ばれる少なくとも1つの酸化物とを含むガラスであることを特徴とする樹脂組成物及び成形品ならびにその製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアリーレンスルフィド樹脂(A)と、ガラス繊維(B)と、シランカップリング剤(C)と、難水溶性ガラス(D)とを必須成分として配合してなるポリアリーレンスルフィド樹脂組成物であって、
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂(A)100質量部に対して、前記ガラス繊維(B)を10~50質量部、前記シランカップリング剤(C)を0.1~3.5質量部、前記難水溶性ガラス(D)を0.1~10質量部配合してなること、
前記シランカップリング剤(C)がエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、イソシアナト基含有アルコキシシラン化合物、水酸基含有アルコキシシラン化合物からなる群から選ばれる少なくとも1つであること、及び、
前記難水溶性ガラス(D)が、銀及び/又は亜鉛と、B2O3、Al2O3、SiO2及びZrO2からなる群から選ばれる少なくとも1つの酸化物とを含むガラスであること、を特徴とするポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項2】
前記難水溶性ガラス(D)が更にMgO及び/又はP2O5を含む複合体であることを特徴とする請求項1記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項3】
請求項1又は2記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を溶融成形してなる成形品。
【請求項4】
請求項1又は2記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を溶融成形してなる水回り部品。
【請求項5】
ポリアリーレンスルフィド樹脂(A)と、ガラス繊維(B)と、シランカップリング剤(C)と、難水溶性ガラス(D)とを必須成分として配合し、ポリアリーレンスルフィド樹脂(A)の融点以上で溶融混練する工程を有するポリアリーレンスルフィド樹脂組成物の製造方法であって、
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂(A)100質量部に対して、前記ガラス繊維(B)を10~50質量部、前記シランカップリング剤(C)を0.1~3.5質量部、前記銀イオン含有リン酸塩複合体(D)を0.1~10質量部配合してなること、
前記シランカップリング剤(C)がエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、イソシアナト基含有アルコキシシラン化合物、水酸基含有アルコキシシラン化合物からなる群から選ばれる少なくとも1つであること、及び、
前記難水溶性ガラス(D)が、銀及び/又は亜鉛と、B2O3、Al2O3、SiO2及びZrO2からなる群から選ばれる少なくとも1つの酸化物とを含むガラスであること、を特徴とするポリアリーレンスルフィド樹脂組成物の製造方法。
【請求項6】
前記難水溶性ガラス(D)が更にMgO及び/又はP2O5を含む複合体であることを特徴とする請求項5記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物の製造方法。
【請求項7】
請求項5又は6に記載の製造方法で樹脂組成物を製造する工程、及び、前記樹脂組成物をポリアリーレンスルフィド樹脂(A)の融点以上で溶融成形する工程を有する、ポリアリーレンスルフィド樹脂成形品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物、ポリアリーレンスルフィド樹脂成形品及びそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生産性、成形性等に優れるエンジニアリングプラスチックが開発され、軽量でもあることから金属材料に代わる材料として電気、電子機器や自動車用等の部材として幅広く使用されている。これらの中でも、ポリフェニレンスルフィド(以下、「PPS」と略することがある)樹脂に代表されるポリアリーレンスルフィド(以下、「PAS」と略することがある)樹脂は、機械的強度、耐熱性、耐薬品性、成形加工性、寸法安定性、難燃性等に優れることから、電気・電子機器部品、自動車部品材料等を中心に用いられている。
【0003】
一般的なPAS樹脂の機械的強度を向上する方法として、ガラス繊維等の無機充填剤の配合が良く用いられる。しかしながら、ガラス繊維強化PAS樹脂組成物中において、PAS樹脂とガラス繊維の界面は湿熱環境(高湿度かつ高温環境)に弱く、時間の経過に伴ってその界面密着性が低下し、機械的強度が低下するといった問題点があった。特に、給湯器部品や建材部品、自動車部品、建機部品、農機部品などは屋外環境下で使用されることもあり、耐湿熱性に優れたガラス繊維強化PAS樹脂が求められていた。
【0004】
また、自動車業界を筆頭に、デバイスの小型化・高出力化が顕著に進行しており、その発熱量は増加の一途を辿っている。そのため、車載用冷却部品や水回り部品等のような部材に対する耐湿熱性に加えて耐熱水性の要求レベルが高まっており、当該性質改善のため種々の技術が開発されている。例えば、特許文献1では、PAS樹脂と、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂及びシランカップリング剤を含有する集束剤で表面処理されたガラス繊維と、アミノ基及びエポキシ基からなる群より選択される少なくとも1種以上の官能基を有するシランカップリング剤と、合成ゼオライトとを含むPAS系組成物が開示されている。しかしながら、当該技術では、一般的にガラス繊維強化PAS樹脂組成物の機械強度が低下しづらいロングライフクーラントを併用した耐熱水性評価においてのみ、一定の耐熱水性改善効果が得られているにすぎず、加えて、収束剤やシランカップリング剤の影響により樹脂組成物の成形性(離型性)が悪化するという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、優れた耐湿熱性及び耐熱水性を有するPAS成形品、当該成形品を提供可能な成形性に優れたPAS樹脂組成物及びそれらの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、PAS樹脂にガラス繊維と特定の構造を有するシランカップリング剤及び難水溶性ガラスとを、特定量配合することによって、得られる樹脂組成物及び成形品が優れた加工性、耐湿熱性及び耐熱水性を呈することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本開示は、PAS樹脂(A)と、ガラス繊維(B)と、シランカップリング剤(C)と、難水溶性ガラス(D)とを必須成分として配合してなるPAS樹脂組成物であって、
前記PAS樹脂(A)100質量部に対して、前記ガラス繊維(B)を10~50質量部、前記シランカップリング剤(C)を0.1~3.5質量部、前記難水溶性ガラス(D)を0.1~10質量部配合してなること、
前記シランカップリング剤(C)がエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、イソシアナト基含有アルコキシシラン化合物、水酸基含有アルコキシシラン化合物からなる群から選ばれる少なくとも1つであること、及び、
前記難水溶性ガラス(D)が、銀及び/又は亜鉛と、B2O3、Al2O3、SiO2及びZrO2からなる群から選ばれる少なくとも1つの酸化物とを含むガラスであることを特徴とするPAS樹脂組成物に関する。
【0009】
また、本開示は、前記記載のPAS樹脂組成物を成形してなるPAS樹脂成形品に関する。
【0010】
また、本開示は、PAS樹脂(A)と、ガラス繊維(B)と、シランカップリング剤(C)と、難水溶性ガラス(D)とを必須成分として配合し、PAS樹脂(A)の融点以上で溶融混練する工程を有するPAS樹脂組成物の製造方法であって、
前記PAS樹脂(A)100質量部に対して、前記ガラス繊維(B)を10~50質量部、前記シランカップリング剤(C)を0.1~3.5質量部、前記銀イオン含有リン酸塩複合体(D)を0.1~10質量部配合してなること、
前記シランカップリング剤(C)がエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、イソシアナト基含有アルコキシシラン化合物、水酸基含有アルコキシシラン化合物からなる群から選ばれる少なくとも1つであること、及び、
前記難水溶性ガラス(D)が、銀及び/又は亜鉛と、B2O3、Al2O3、SiO2及びZrO2からなる群から選ばれる少なくとも1つの酸化物とを含むガラスであることを特徴とするPAS樹脂組成物の製造方法に関する。
【0011】
また、本開示は、前記記載の製造方法でPAS樹脂組成物を製造する工程、得られたPAS樹脂組成物を溶融成形する工程を有する成形品の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、優れた耐湿熱性及び耐熱水性を有するPAS成形品、当該成形品を提供可能な成形性に優れたPAS樹脂組成物及びそれらの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明するが、本発明の範囲はここで説明する一実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更ができる。また、特定のパラメータについて、複数の上限値及び下限値が記載されている場合、これらの上限値及び下限値の内、任意の上限値と下限値とを組合せて好適な数値範囲とすることができる。
【0014】
本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、PAS樹脂(A)と、ガラス繊維(B)と、シランカップリング剤(C)と、難水溶性ガラス(D)とを必須成分として配合してなるPAS樹脂組成物であって、
前記PAS樹脂(A)100質量部に対して、前記ガラス繊維(B)を10~50質量部、前記シランカップリング剤(C)を0.1~3.5質量部、前記難水溶性ガラス(D)を0.1~10質量部配合してなること、
前記シランカップリング剤(C)がエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、イソシアナト基含有アルコキシシラン化合物、水酸基含有アルコキシシラン化合物からなる群から選ばれる少なくとも1つであること、及び、
前記難水溶性ガラス(D)が、銀及び/又は亜鉛と、B2O3、Al2O3、SiO2及びZrO2からなる群から選ばれる少なくとも1つの酸化物とを含むガラスであることを特徴とする。以下、説明する。
【0015】
<PAS樹脂(A)>
本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、必須成分としてPAS樹脂(A)を配合してなる。
【0016】
PAS樹脂は、芳香族環と硫黄原子とが結合した構造を繰り返し単位とする樹脂構造を有するものであり、具体的には、下記一般式(1)
【0017】
【化1】
(式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して水素原子、炭素原子数1~4の範囲のアルキル基、ニトロ基、アミノ基、フェニル基、メトキシ基、エトキシ基を表す。)で表される構造部位と、必要に応じてさらに下記一般式(2)
【0018】
【化2】
で表される3官能性の構造部位と、を繰り返し単位とする樹脂である。式(2)で表される3官能性の構造部位は、他の構造部位との合計モル数に対して0.001~3モル%の範囲が好ましく、特に0.01~1モル%の範囲であることが好ましい。
【0019】
ここで、前記一般式(1)で表される構造部位は、特に該式中のR1及びR2は、前記PAS樹脂の機械的強度の点から水素原子であることが好ましく、その場合、下記式(3)で表されるパラ位で結合するもの、及び下記式(4)で表されるメタ位で結合するものが挙げられる。
【0020】
【化3】
これらの中でも、特に繰り返し単位中の芳香族環に対する硫黄原子の結合は前記一般式(3)で表されるパラ位で結合した構造であることが前記PAS樹脂の耐熱性や結晶性の面で好ましい。
【0021】
また、前記PAS樹脂は、前記一般式(1)や(2)で表される構造部位のみならず、下記の構造式(5)~(8)
【0022】
【化4】
で表される構造部位を、前記一般式(1)と一般式(2)で表される構造部位との合計の30モル%以下で含んでいてもよい。特に本開示では上記一般式(5)~(8)で表される構造部位は10モル%以下であることが、PAS樹脂の耐熱性、機械的強度の点から好ましい。前記PAS樹脂中に、上記一般式(5)~(8)で表される構造部位を含む場合、それらの結合様式としては、ランダム共重合体、ブロック共重合体の何れであってもよい。
【0023】
また、前記PAS樹脂は、その分子構造中に、ナフチルスルフィド結合などを有していてもよいが、他の構造部位との合計モル数に対して、3モル%以下が好ましく、特に1モル%以下であることが好ましい。
【0024】
また、本実施形態に用いるPAS樹脂(A)の物性は、本発明の効果を損ねない限り特に限定されないが、以下の通りである。
【0025】
(溶融粘度)
本実施形態に用いるPAS樹脂(A)の溶融粘度は特に限定されないが、加工性及び機械的強度のバランスが良好となることから、300℃で測定した溶融粘度(V6)が、好ましくは2Pa・s以上の範囲であり、そして、好ましくは1000Pa・s以下の範囲、より好ましくは500Pa・s以下の範囲であり、さらに好ましくは300Pa・s以下の範囲である。ただし、溶融粘度(V6)の測定は、PAS樹脂を島津製作所製フローテスター、CFT-500Dを用いて行い、300℃、荷重:1.96×106Pa、L/D=10(mm)/1(mm)にて、6分間保持した後に測定した溶融粘度の測定値とする。
【0026】
(非ニュートン指数)
本実施形態に用いるPAS樹脂(A)の非ニュートン指数は特に限定されないが、0.90以上から、2.00以下の範囲であることが好ましい。直鎖状PAS樹脂を用いる場合には、非ニュートン指数が、好ましくは0.90以上の範囲、より好ましくは0.95以上の範囲から、好ましくは1.50以下の範囲、より好ましくは1.20以下の範囲である。このようなPAS樹脂は機械的物性、流動性、耐磨耗性に優れる。ただし、本開示において非ニュートン指数(N値)は、キャピログラフを用いて融点+20℃、オリフィス長(L)とオリフィス径(D)の比、L/D=40の条件下で、剪断速度(SR)及び剪断応力(SS)を測定し、下記式を用いて算出した値である。非ニュートン指数(N値)が1に近いほど線状に近い構造であり、非ニュートン指数(N値)が高いほど分岐が進んだ構造であることを示す。
【0027】
【数1】
[ただし、SRは剪断速度(秒
-1)、SSは剪断応力(ダイン/cm
2)、そしてKは定数を示す。]
【0028】
(末端カルボキシ基量)
本実施形態に用いるPAS樹脂(A)の末端カルボキシ基量は特に限定されないが、好ましくは10μmol/g以上の範囲であり、より好ましくは20μmol/g以上の範囲であり、そして、好ましくは180μmol/g以下の範囲、より好ましくは160μmol/g以下の範囲である。かかる範囲において、得られる複合構造体が機械的特性に優れるため好ましい。なお、本開示において、PAS樹脂(A)の末端カルボキシ基量は、フーリエ変換赤外分光装置で測定した赤外吸収スペクトルのうち630.6cm-1の吸光度に対する1705cm-1の吸光度の相対強度から求めた値である。
【0029】
(製造方法)
前記PAS樹脂(A)の製造方法としては特に限定されないが、例えば(製造法1)硫黄と炭酸ソーダの存在下でジハロゲノ芳香族化合物を、必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加えて、重合させる方法、(製造法2)極性溶媒中でスルフィド化剤等の存在下にジハロゲノ芳香族化合物を、必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加えて、重合させる方法、(製造法3)p-クロルチオフェノールを、必要ならばその他の共重合成分を加えて、自己縮合させる方法、(製造法4)ジヨード芳香族化合物と単体硫黄を、カルボキシル基やアミノ基等の官能基を有していてもよい重合禁止剤の存在下、減圧させながら溶融重合させる方法、等が挙げられる。これらの方法のなかでも、(製造法2)の方法が汎用的であり好ましい。反応の際に、重合度を調節するためにカルボン酸やスルホン酸のアルカリ金属塩や、水酸化アルカリを添加しても良い。上記(製造法2)方法のなかでも、加熱した有機極性溶媒とジハロゲノ芳香族化合物とを含む混合物に含水スルフィド化剤を水が反応混合物から除去され得る速度で導入し、有機極性溶媒中でジハロゲノ芳香族化合物とスルフィド化剤とを、必要に応じてポリハロゲノ芳香族化合物と加え、反応させること、及び反応系内の水分量を該有機極性溶媒1モルに対して0.02~0.5モルの範囲にコントロールすることによりPAS樹脂を製造する方法(特開平07-228699号公報参照。)や、固形のアルカリ金属硫化物及び非プロトン性極性有機溶媒の存在下でジハロゲノ芳香族化合物と必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加え、アルカリ金属水硫化物及び有機酸アルカリ金属塩を、硫黄源1モルに対して0.01~0.9モルの範囲の有機酸アルカリ金属塩及び反応系内の水分量を非プロトン性極性有機溶媒1モルに対して0.02モル以下の範囲にコントロールしながら反応させる方法(WO2010/058713号パンフレット参照。)で得られるものが特に好ましい。ジハロゲノ芳香族化合物の具体的な例としては、p-ジハロベンゼン、m-ジハロベンゼン、o-ジハロベンゼン、2,5-ジハロトルエン、1,4-ジハロナフタレン、1-メトキシ-2,5-ジハロベンゼン、4,4’-ジハロビフェニル、3,5-ジハロ安息香酸、2,4-ジハロ安息香酸、2,5-ジハロニトロベンゼン、2,4-ジハロニトロベンゼン、2,4-ジハロアニソール、p,p’-ジハロジフェニルエーテル、4,4’-ジハロベンゾフェノン、4,4’-ジハロジフェニルスルホン、4,4’-ジハロジフェニルスルホキシド、4,4’-ジハロジフェニルスルフィド、及び、上記各化合物の芳香環に炭素原子数1~18の範囲のアルキル基を有する化合物が挙げられ、ポリハロゲノ芳香族化合物としては1,2,3-トリハロベンゼン、1,2,4-トリハロベンゼン、1,3,5-トリハロベンゼン、1,2,3,5-テトラハロベンゼン、1,2,4,5-テトラハロベンゼン、1,4,6-トリハロナフタレンなどが挙げられる。また、上記各化合物中に含まれるハロゲン原子は、塩素原子、臭素原子であることが望ましい。
【0030】
重合工程により得られたPAS樹脂を含む反応混合物の後処理方法としては、特に制限されるものではないが、例えば、(後処理1)重合反応終了後、先ず反応混合物をそのまま、あるいは酸または塩基を加えた後、減圧下または常圧下で溶媒を留去し、次いで溶媒留去後の固形物を水、反応溶媒(又は低分子ポリマーに対して同等の溶解度を有する有機溶媒)、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類などの溶媒で1回または2回以上洗浄し、更に中和、水洗、濾過及び乾燥する方法、或いは、(後処理2)重合反応終了後、反応混合物に水、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類、エーテル類、ハロゲン化炭化水素、芳香族炭化水素、脂肪族炭化水素などの溶媒(使用した重合溶媒に可溶であり、かつ少なくともPASに対しては貧溶媒である溶媒)を沈降剤として添加して、PASや無機塩等の固体状生成物を沈降させ、これらを濾別、洗浄、乾燥する方法、或いは、(後処理3)重合反応終了後、反応混合物に反応溶媒(又は低分子ポリマーに対して同等の溶解度を有する有機溶媒)を加えて撹拌した後、濾過して低分子量重合体を除いた後、水、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類などの溶媒で1回または2回以上洗浄し、その後中和、水洗、濾過及び乾燥をする方法、(後処理4)重合反応終了後、反応混合物に水を加えて水洗浄、濾過、必要に応じて水洗浄の時に酸を加えて酸処理し、乾燥をする方法、(後処理5)重合反応終了後、反応混合物を濾過し、必要に応じ、反応溶媒で1回または2回以上洗浄し、更に水洗浄、濾過及び乾燥する方法、等が挙げられる。
【0031】
尚、上記(後処理1)~(後処理5)に例示したような後処理方法において、PAS樹脂の乾燥は真空中で行なってもよいし、空気中あるいは窒素のような不活性ガス雰囲気中で行なってもよい。
【0032】
<ガラス繊維(B)>
本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、機械的特性を向上させる目的で、ガラス繊維(B)を必須成分として配合してなる。前記ガラス繊維(B)は当業者に公知のものが使用可能であり、その繊維径、繊維長及びアスペクト比等は成形品の用途などに応じて適宜調整可能である。前記ガラス繊維(B)を配合することで、成形性及び得られるPAS成形品の機械的特性に優れるPAS樹脂組成物が得られる。
【0033】
また、前記ガラス繊維(B)は、表面処理剤や集束剤で加工されたものを用いることもできる。これによりPAS樹脂との接着力を向上させることができることから好ましい。前記表面処理剤又は集束剤としては、例えば、アミノ基、エポキシ基、イソシアネート基、ビニル基等の官能基を有するシラン化合物、チタネート化合物、アクリル樹脂、ウレタン樹脂、ポリエーテル樹脂及びエポキシ樹脂等からなる群から選ばれる少なくとも1種のポリマー等が挙げられ、ウレタン樹脂を含むものであることが加工時の過剰な解繊を抑制する観点から好ましい。前記表面処理剤又は集束剤がウレタン樹脂を含む場合、その含有量について特に限定はされないが、成形性の観点から35質量部以下の範囲であることが好ましく、20質量部以下の範囲であることがより好ましい。また、ポリエーテル樹脂及びエポキシ樹脂を含むものであることが高い耐湿熱性を得られる観点から好ましい。前記表面処理剤又は集束剤がポリエーテル樹脂及びエポキシ樹脂を含む場合、その合計含有量について特に限定はされないが、成形性の観点から65質量部以上の範囲であることが好ましく、80質量部以上の範囲であることがより好ましい。
【0034】
前記ガラス繊維(B)の配合割合は、本発明の効果を奏する範囲において特に限定されるものではないが、より優れた機械的特性、特に引張特性や耐衝撃特性を得る観点から、前記PAS樹脂(A)100質量部に対して、10質量部以上が好ましく、20質量部以上がより好ましく、40質量部以上が特に好ましい。また、より優れた樹脂組成物の流動性や加工性、成形品表面の平滑性を得る観点から、前記PAS樹脂100質量部に対して150質量部以下であることが好ましく、130質量部以下であることがより好ましく、110質量部以下であることがさらに好ましい。
【0035】
<シランカップリング剤(C)>
本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、機械的特性、耐湿熱性及び耐熱水性を向上させる目的で、シランカップリング剤(C)を必須成分として配合してなる。
【0036】
本実施形態に用いるシランカップリング剤としては、エポキシ基、イソシアナト基、または水酸基を有するシランカップリング剤が好ましいものとして挙げられる。このようなシランカップリング剤としては、例えば、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、β-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン等のエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、γ-イソシアナトプロピルトリメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルトリエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルメチルジメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルメチルジエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルエチルジメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルエチルジエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルトリクロロシラン等のイソシアナト基含有アルコキシシラン化合物、γ-ヒドロキシプロピルトリメトキシシラン、γ-ヒドロキシプロピルトリエトキシシラン等の水酸基含有アルコキシシラン化合物が挙げられる。これらの化合物は、単独で用いることも2種以上を併用することもできる。なお、γ-アミノプロピルトリメトキシシラン等のアミノ基含有アルコキシシラン化合物は、樹脂組成物の成形性を損ねるため、本開示においては使用を避ける(配合しない)ことが好ましい。
【0037】
シランカップリング剤(C)の配合量は、本発明の効果を損ねなければその添加量は特に限定されないが、PAS樹脂(A)100質量部に対して、好ましくは0.1質量部以上、より好ましくは0.3質量部以上から、好ましくは4質量部以下の範囲である。かかる範囲において、樹脂組成物が良好な加工性を呈しつつ、さらに機械的強度、特に引張特性が向上するため好ましい。
【0038】
<難水溶性ガラス(D)>
本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、耐湿熱性及び耐熱水性を向上させる目的で、難水溶性ガラス(D)(以下、単に「ガラス(D)」ということがある)を必須成分として配合する。なお、本開示において、難水溶性とは、水に溶解してガラスに含まれる成分がイオンの状態で徐々に溶出(放出)する性質を示し、例えば、浸漬時間(1h)あたりの金属イオンの累積溶出量が0.00001~0.001(mg/ガラス1g)以下の範囲である。
【0039】
本実施形態に適応できる難水溶性ガラスは、銀及び/又は亜鉛と、B2O3、Al2O3、SiO2及びZrO2からなる群から選ばれる少なくとも1つの酸化物とを、必須成分として含むガラスである。本実施形態に適用できるガラス(D)が銀を含む場合は、ガラス中に0.01~10質量部の割合で含むことが好ましく、亜鉛を含む場合は30~65質量部の割合で含むことが好ましい。また、B2O3、Al2O3、SiO2及びZrO2からなる群から選ばれる少なくとも一つ以上の酸化物を10質量部~50質量部を含むものであることが好ましい。
【0040】
なお、ガラス(D)は、B2O3成分、Al2O3成分、SiO2成分及びZrO成分からなる群から選ばれる少なくとも一つの成分を必須成分として含有するが、その他に、Na2O成分、K2O成分、CaO成分、MgO成分及びP2O5成分等を含んでいても良い。Na2O成分、K2O成分、P2O5成分の割合を増やすとイオンの水への溶出が増える傾向にあり、一方、MgO成分、CaO成分、Al2O3成分、SiO2成分及びZrO成分の割合を増やすとイオンの溶出が減る傾向にあることから、水への溶出度を考慮して適宜調整すればよい。例えば、浸漬時間(1h)あたりの銀イオンの累積溶出量が0.00001~0.001(mg/ガラス1g)の範囲となるよう調整することができる。
【0041】
本実施形態に適用できるガラス(D)の最大粒子径については、本発明の効果を損ねなければ特に限定されないが、機械強度、流動性、表面外観性に優れる観点から、300μm以下であることが好ましく、200μm以下であることがより好ましく、100μm以下であることがさらに好ましく、50μm以下であることがとくに好ましい。なお、ここでいう最大粒子径は、レーザー回折散乱式粒度分布測定機(Microtrac MT3300EXII)を用いて常法に従って測定した累積粒径分布曲線の98%における粒径(D98)である。
【0042】
上記ガラス(D)の配合量は、PAS樹脂(A)100質量部に対して、好ましくは0.1質量部以上、より好ましくは0.3質量部以上の範囲であり、そして、好ましくは10質量部以下、より好ましくは8質量部以下の範囲である。ガラス(D)の配合量がかかる範囲であることによって、優れた耐湿熱性と耐熱水性並びに成形性及び機械的強度に優れた成形品が得られる。
【0043】
このようなガラス(D)は市販品も用いることができ、例えば「ノバロン VZ100」、「ノバロン VZF101」、「ノバロン VZF200」、「ノバロン VZF300」、「ノバロン VZN300」、「ノバロン VAG500」、「ノバロン VZ600」、「ノバロン VZ900」、「ノバロン AG100」、「ノバロン AG300」、「ノバロン AG1100」、「ノバロン AGZ010」、「ノバロン AGZ020」、「ノバロン AGZ330」、「ノバロン AGZ330N」、「ノバロン AGT330」、「ノバロン VFA701」、(東亜合成株式会社)、「ZF-0」、「DL-7500」「DL-7700」「DL-7900」(日本電気硝子株式会社)などが挙げられる。これらは単体で用いても良いし、複数用いても良い。
【0044】
本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、本発明の効果を損なわない範囲で、上述のガラス繊維(B)及びガラス(D)以外の充填剤(以下、他の充填剤という)を任意成分として配合することができる。例えば、繊維状、板状、粉粒状等、さまざまな形状の充填剤等が挙げられる。具体的には、ポリアミド繊維、炭素繊維、ガラスフレーク、ミルドファイバー、クレー、パイロフィライト、ベントナイト、セリサイト、マイカ、タルク、アタパルジャイト、フェライト、ケイ酸カルシウム、ゼオライト、ベーマイト、シリカ、石英粉末、ガラスビーズ、ガラス粉、ケイ酸カルシウム、ケイ酸アルミニウム、珪藻土等のケイ酸塩、酸化鉄、酸化チタン、酸化亜鉛、アルミナ等の金属酸化物、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム等の金属炭酸塩、硫酸カルシウム、硫酸バリウム等の金属硫酸塩、ヒュームドシリカ、その他炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化ホウ素、各種金属粉末等の植物由来充填剤等が挙げられる。本発明では、これらを1種又は2種以上併用することができる。中でも、ハイドロタルサイト、炭酸カルシウム、タルク、炭酸亜鉛、アルミナ、水酸化マグネシウム、窒化ホウ素、炭酸マグネシウムを好ましく用いることができる。その大きさやアスペクト比は成形品の用途などに応じて適宜調整可能である。
【0045】
本実施形態において他の充填剤は必須成分ではないが、配合する場合、その配合量は本発明の効果を損ねなければ特に限定されるものではない。他の充填剤の配合量としては、例えば、PAS樹脂(A)100質量部に対して、好ましくは1質量部以上、より好ましくは5質量部以上の範囲から、好ましくは600質量部以下、より好ましくは200質量部以下の範囲である。かかる範囲において、樹脂組成物が良好な成形性を示し、かつ、成形品が機械的性質に優れるため好ましい。
【0046】
<熱可塑性エラストマー(E)>
本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、必要に応じて、熱可塑性エラストマー(E)を任意成分として配合することができる。熱可塑性エラストマー(E)としては、ポリオレフィン系エラストマー、弗素系エラストマーまたはシリコーン系エラストマーが挙げられ、このうちポリオレフィン系エラストマーが好ましいものとして挙げられる。これらのエラストマーを添加する場合、その配合量は、本発明の効果を損ねなければ特に限定されないが、PAS樹脂(A)100質量部に対して、好ましくは0.01質量部以上、より好ましくは0.1質量部以上から、好ましくは20質量部以下、より好ましくは10質量部以下までの範囲である。かかる範囲において、得られるPAS樹脂組成物の耐衝撃性が向上するため好ましい。
【0047】
例えば、前記ポリオレフィン系エラストマーは、α-オレフィンの単独重合体、または2以上のα-オレフィンの共重合体、1または2以上のα-オレフィンと、官能基を有するビニル重合性化合物との共重合体が挙げられる。この際、前記α-オレフィンとしては、エチレン、プロピレン、1-ブテン等の炭素原子数が2以上から8以下までの範囲のα-オレフィンが挙げられる。また、前記官能基としては、カルボキシル基、酸無水物基(-C(=O)OC(=O)-)、エポキシ基、アミノ基、水酸基、メルカプト基、イソシアネート基、オキサゾリン基等が挙げられる。そして、前記官能基を有するビニル重合性化合物としては、酢酸ビニル;(メタ)アクリル酸等のα,β-不飽和カルボン酸;アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチル等のα,β-不飽和カルボン酸のアルキルエステル;アイオノマー等のα,β-不飽和カルボン酸の金属塩(金属としてはナトリウムなどのアルカリ金属、カルシウムなどのアルカリ土類金属、亜鉛等);グリシジルメタクリレート等のα,β-不飽和カルボン酸のグリシジルエステル等;マレイン酸、フマル酸、イタコン酸等のα,β-不飽和ジカルボン酸;前記α,β-不飽和ジカルボン酸の誘導体(モノエステル、ジエステル、酸無水物)等の1種または2種以上が挙げられる。上述の熱可塑性エラストマー(E)は、単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0048】
更に、本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、上記成分に加えて、さらに用途に応じて、適宜、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリアリールエーテルケトン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリアリレート樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリ四フッ化エチレン樹脂、ポリ二フッ化エチレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、液晶ポリマー等の合成樹脂(以下、単に合成樹脂という)を任意成分として配合することができる。本発明において前記合成樹脂は必須成分ではないが、配合する場合、その配合の割合は本発明の効果を損ねなければ特に限定されるものではなく、また、それぞれの目的に応じて異なり、一概に規定することはできないが、本発明に係る樹脂組成物中に配合する合成樹脂の割合として、例えばPAS樹脂(A)100質量部に対し5質量部以上の範囲であり、15質量部以下の範囲の程度が挙げられる。換言すれば、PAS樹脂(A)と合成樹脂との合計に対してPAS樹脂の割合は質量基準で、好ましくは(100/115)以上の範囲であり、より好ましくは(100/105)以上の範囲である。
【0049】
また本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、その他にも着色剤、帯電防止剤、酸化防止剤、耐熱安定剤、紫外線安定剤、紫外線吸収剤、発泡剤、難燃剤、難燃助剤、防錆剤、及び離型剤(ステアリン酸やモンタン酸を含む炭素原子数18~30の脂肪酸の金属塩やエステル、ポリエチレン等のポリオレフィン系ワックスなど)等の公知慣用の添加剤を必要に応じ、任意成分として配合してもよい。これらの添加剤は必須成分ではなく、例えば、PAS樹脂(A)100質量部に対して、好ましくは0.01質量部以上の範囲であり、そして、好ましくは1000質量部以下、より好ましくは100質量部以下、さらに好ましくは10質量部以下の範囲で、本発明の効果を損なわないよう目的や用途に応じて適宜調整して用いればよい。
【0050】
<PAS樹脂組成物の製造方法>
本実施形態に係るPAS樹脂組成物の製造方法は、PAS樹脂(A)と、ガラス繊維(B)と、シランカップリング剤(C)と、難水溶性ガラス(D)とを必須成分として配合し、PAS樹脂(A)の融点以上で溶融混練する工程を有するPAS樹脂組成物の製造方法であって、
前記PAS樹脂(A)100質量部に対して、前記ガラス繊維(B)を10~50質量部、前記シランカップリング剤(C)を0.1~3.5質量部、前記銀イオン含有リン酸塩複合体(D)を0.1~10質量部配合してなること、
前記シランカップリング剤(C)がエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、イソシアナト基含有アルコキシシラン化合物、水酸基含有アルコキシシラン化合物からなる群から選ばれる少なくとも1つであること、及び、
前記難水溶性ガラス(D)が、銀及び/又は亜鉛と、B2O3、Al2O3、SiO2及びZrO2からなる群から選ばれる少なくとも1つの酸化物とを含むガラスであることを特徴とする。以下、詳述する。
【0051】
本実施形態に係るPAS樹脂組成物の製造方法は、上記必須成分を配合し、PAS樹脂(A)の融点以上の温度範囲で溶融混練する工程を有する。より詳しくは、本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、各必須成分、及び、必要に応じてその他の任意成分を配合してなる。本発明に用いる樹脂組成物を製造する方法としては、特に限定されないが、必須成分と必要に応じて任意成分を配合して、溶融混練する方法、より詳しくは、必要に応じてタンブラーまたはヘンシェルミキサー等で均一に乾式混合し、次いで、二軸押出機に投入して溶融混練する方法が挙げられる
【0052】
溶融混練は、樹脂温度がPAS樹脂(A)の融点以上となる温度範囲、好ましくは該融点+10℃以上となる温度範囲、より好ましくは該融点+10℃以上、さらに好ましくは該融点+20℃以上から、好ましくは該融点+100℃以下、より好ましくは該融点+50℃以下までの範囲の温度に加熱して行うことができる。
【0053】
前記溶融混練機としては分散性や生産性の観点から二軸混練押出機が好ましく、例えば、樹脂成分の吐出量5~500(kg/hr)の範囲と、スクリュー回転数50~500(rpm)の範囲とを適宜調整しながら溶融混練することが好ましく、それらの比率(吐出量/スクリュー回転数)が0.02~5(kg/hr/rpm)の範囲となる条件下に溶融混練することがさらに好ましい。また、溶融混練機への各成分の添加、混合は同時に行ってもよいし、分割して行っても良い。例えば、前記成分のうち、必須成分のガラス繊維(B)や必要に応じて他の繊維状充填剤を添加する場合は、前記二軸混練押出機のサイドフィーダーから該押出機内に投入することが分散性の観点から好ましい。かかるサイドフィーダーの位置は、前記二軸混練押出機のスクリュー全長に対する、該押出機樹脂投入部(トップフィーダー)から該サイドフィーダーまでの距離の比率が、0.1以上であることが好ましく、0.3以上であることがより好ましい。また、かかる比率は0.9以下であることが好ましく、0.7以下であることがより好ましい。
【0054】
このように溶融混練して得られる本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、前記必須成分と、必要に応じて加える任意成分及びそれらの由来成分を含む溶融混合物である。このため、本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、PAS樹脂(A)が連続相を形成し、他の必須成分や任意成分が分散されたモルフォロジーを有する。
【0055】
本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、該溶融混練後に、公知の方法、例えば、溶融状態の樹脂組成物をストランド状に押出成形した後、ペレット、チップ、顆粒、粉末などの形態に加工してから、必要に応じて100~150℃の温度範囲で予備乾燥を施すことが好ましい。
【0056】
<PAS樹脂成形品、PAS樹脂成形品の製造方法>
本実施形態に係る成形品は前記PAS樹脂組成物を溶融成形してなる。また、本実施形態に係る成形品の製造方法は、前記PAS樹脂組成物を溶融成形する工程を有する。このため、本実施形態に係る成形品は、PAS樹脂(A)が連続相を形成し、他の必須成分や任意成分が分散されたモルフォロジーを有する。PAS樹脂組成物が、かかるモルフォロジーを有することにより、熱伝導性及び機械的強度に優れた成形品が得られる。
【0057】
本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、射出成形、圧縮成形、コンポジット、シート、パイプなどの押出成形、引抜成形、ブロー成形、トランスファー成形など各種成形に供することが可能であるが、特に離形性にも優れるため射出成形用途に適している。射出成形にて成形する場合、各種成形条件は特に限定されず、通常一般的な方法にて成形することができる。例えば、射出成形機内で、樹脂温度がPAS樹脂(A)の融点以上の温度範囲、好ましくは該融点+10℃以上の温度範囲、より好ましくは融点+10℃~融点+100℃の温度範囲、さらに好ましくは融点+20~融点+50℃の温度範囲で前記PAS樹脂組成物を溶融する工程を経た後、樹脂吐出口よりを金型内に注入して成形すればよい。その際、金型温度も公知の温度範囲、例えば、室温(23℃)~300℃、好ましくは130~190℃に設定すればよい。
【0058】
本実施形態に係る成形品の製造方法は、前記成形品にアニール処理する工程を有してもよい。アニール処理は、成形品の用途あるいは形状等により最適な条件が選ばれるが、アニール温度はPAS樹脂(A)のガラス転移温度以上の温度範囲、好ましくは該ガラス転移温度+10℃以上の温度範囲であり、より好ましくは該ガラス転移温度+30℃以上の温度範囲である。一方、260℃以下の範囲であることが好ましく、240℃以下の範囲であることがより好ましい。アニール時間は特に限定されないが、0.5時間以上の範囲であることが好ましく、1時間以上の範囲であることがより好ましい。一方、10時間以下の範囲であることが好ましく、8時間以下の範囲であることがより好ましい。かかる範囲において、得られる成形品のひずみが低減し、かつ、樹脂の結晶性が向上するだけでなく、熱伝導率、機械的特性及び耐薬品性がさらに向上するため好ましい。アニール処理は空気中で行ってもよいが、窒素ガス等の不活性ガス中で行うことが好ましい。
【0059】
上記の必須成分を配合する本開示の樹脂組成物及び成形品は、耐熱水性及び耐湿熱性に優れる。なお、本開示において、耐湿熱性とは高湿度かつ高温環境下における物性低下が抑制される性質であり、耐熱水性とは高温の水溶液に接した際の物性低下が抑制される性質をさす。このような効果が得られる理由は必ずしも明らかではないが、以下のメカニズムによるものと推測される。まず、湿熱環境下や熱水中において樹脂組成物のバルク中侵入してきた水分子が、難水溶性ガラス(D)が含有する銀イオンや亜鉛イオンを溶出させる。それらの金属イオンが、PAS樹脂(A)とガラス繊維(B)の界面やシランカップリング剤(C)の加水分解や密着性の低下を抑制することで、物性低下が抑制される。ゆえに、ガラス繊維の配合量が小さい組成物においては、難溶性ガラス添加による耐湿熱性や耐熱水性等の物性を向上する効果は小さく、反対に、ガラス繊維の配合量が大きければ、難溶性ガラス(D)の呈する効果もより大きくなる。なお、上記メカニズムはあくまで推測のものであり、他の理由により本発明の効果が奏される場合であっても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0060】
本実施形態に係るPAS樹脂成形品は、耐熱水性及び耐湿熱性に優れることを特徴としたものであるから、特に流体およびその蒸気に接する部品に好適である。例えば、パイプ、ライニング管、袋ナット類、管継ぎ手類、(エルボー、ヘッダー、チーズ、レデューサ、ジョイント、カプラー、等)、各種バルブ、流量計、ガスケット(シール、パッキン類)など流体を搬送する為の配管及び配管に付属する各種の部品が挙げられる。さらに具体的には、給湯機や風呂の湯量、温度センサ等といった水廻り部品や、燃料タンク、燃料チューブ、燃料センサー、燃料ポンプ、ベーンポンプ、オートレシオ流量計等といった車載用燃料部品に好適に用いることができる。また、本実施形態に係る成形品は上記のみではなく、以下のような通常の樹脂成形品とすることもできる。例えば箱型の電気・電子部品集積モジュール用保護・支持部材・複数の個別半導体またはモジュール、センサ、LEDランプ、コネクタ、ソケット、抵抗器、リレーケース、スイッチ、コイルボビン、コンデンサ、バリコンケース、光ピックアップ、発振子、各種端子板、変成器、プラグ、プリント基板、チューナ、スピーカ、マイクロフォン、ヘッドフォン、小型モーター、磁気ヘッドベース、パワーモジュール、端子台、半導体、液晶、FDDキャリッジ、FDDシャーシ、モーターブラッシュホルダ、パラボラアンテナ、コンピュータ関連部品等に代表される電気・電子部品;VTR部品、テレビ部品、アイロン、ヘアードライヤ、炊飯器部品、電子レンジ部品、音響部品、オーディオ・レーザディスク・コンパクトディスク・DVDディスク・ブルーレイディスク等の音声・映像機器部品、照明部品、冷蔵庫部品、エアコン部品、タイプライタ部品、ワードプロセッサ部品、あるいは給湯機や風呂の湯量、温度センサなどの水回り機器部品等に代表される家庭、事務電気製品部品;オフィスコンピュータ関連部品、電話器関連部品、ファクシミリ関連部品、複写機関連部品、洗浄用治具、モーター部品、ライタ、タイプライタなどに代表される機械関連部品:顕微鏡、双眼鏡、カメラ、時計等に代表される光学機器、精密機械関連部品;オルタネーターターミナル、オルタネーターコネクタ、ブラシホルダー、スリップリング、ICレギュレータ、ライトディマ用ポテンシオメーターベース、リレーブロック、インヒビタースイッチ、排気ガスバルブ等の各種バルブ、燃料関係・排気系・吸気系各種パイプ、エアーインテークノズルスノーケル、インテークマニホールド、エンジン冷却水ジョイント、キャブレターメインボディ、キャブレタースペーサ、排気ガスセンサ、冷却水センサ、油温センサ、ブレーキパットウェアーセンサ、スロットルポジションセンサ、クランクシャフトポジションセンサ、温度センサ、エアーフローメータ、ブレーキパッド摩耗センサ、エアコン用サーモスタットベース、暖房温風フローコントロールバルブ、ラジエーターモーター用ブラッシュホルダ、ウォーターポンプインペラ、タービンベイン、ワイパーモーター関係部品、デュストリビュータ、スタータースイッチ、イグニッションコイル及びそのボビン、モーターインシュレータ、モーターロータ、モーターコア、スターターリレ、トランスミッション用ワイヤーハーネス、ウィンドウォッシャーノズル、エアコンパネルスイッチ基板、燃料関係電磁気弁用コイル、ヒューズ用コネクタ、ホーンターミナル、電装部品絶縁板、ステップモーターロータ、ランプソケット、ランプリフレクタ、ランプハウジング、ブレーキピストン、ソレノイドボビン、エンジンオイルフィルタ、点火装置ケース等の自動車・車両関連部品が挙げられ、その他各種用途にも適用可能である。
【実施例0061】
以下、実施例、比較例を用いて説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。なお、以下、特に断りが無い場合「%」や「部」は質量基準とする。
【0062】
<実施例1~10及び比較例1~10>
表1に記載する組成成分及び配合量にしたがい、各材料を配合した。その後、株式会社日本製鋼所製ベント付2軸押出機「TEX-30α(製品名)」にこれら配合材料を投入し、樹脂成分吐出量30kg/hr、スクリュー回転数200rpm、設定樹脂温度320℃で溶融混練して樹脂組成物のペレットを得た。ガラス繊維はサイドフィーダー(S/T比0.5)から投入し、それ以外の材料はタンブラーで予め均一に混合しトップフィーダーから投入した。得られた樹脂組成物のペレットを140℃ギヤオーブンで2時間乾燥した後、射出成形することで各種試験片を作製し、下記の試験を行った。
【0063】
<評価>
【0064】
(1)成形性の評価
1点ゲートのISO TYPE-Aダンベル片成形用金型を用い、各実施例及び比較例の樹脂組成物をそれぞれ射出成形した際の、成形性(離型性)を評価した。なお、射出成形機のシリンダー温度は310℃、金型温度は150℃と設定した。
評価については、樹脂組成物のペレットを金型に射出し、15秒以上保持して固化させた後、金型を開いた際のダンベル片の金型への張り付き有無を確認した。射出成形は20回実施し、以下の基準に従って評価を行った。結果を表1及び表2に示す。
〇:金型に張り付かず、連続して成形が行える
×:金型に1~20回張り付き、連続して成形ができない
【0065】
(2)引張特性の測定
各実施例及び比較例で得られたペレットをシリンダー温度310℃に設定した住友重機製射出成形機(SE-75D-HP)に供給し、金型温度150℃に温調したISO Type 1Aダンベル片成形用金型を用いて射出成形を行い、ISO Type-1Aダンベル形状試験片を得た。なお、ウエルド部を含まない試験片となるよう1点ゲートから樹脂を射出して作製したものとした。得られた試験片をISO 527-1及び2に準拠した測定方法で引張強さを測定した。結果を表1及び2に示す。
【0066】
(3)耐熱水性の評価
(2)と同様の条件で作製した試験片を水と共にオートクレーブに封入し、温度90℃又は120℃で、1000時間放置した。その後、試験片を室温まで徐冷後、(2)と同様の方法で引張強さ(MPa)を測定した。得られた値から、強度保持率(熱水中に放置後の引張強さ/熱水中に放置前の引張強さ×100(%))をそれぞれ算出した。測定値と算出した保持率を表1及び2に示す。
【0067】
(4)耐湿熱性の評価
(2)と同様の条件で作製した試験片を、温度121℃、湿度100%の高温高湿下で1000時間放置した。その後、試験片を室温まで徐冷後、(2)と同様の方法で引張強さ(MPa)を測定した。得られた値から、強度保持率(高温高湿下に放置後の引張強さ/高温高湿下に放置前の引張強さ×100(%))をそれぞれ算出した。測定値と算出した保持率を表1及び2に示す。
【0068】
【0069】
【0070】
なお、表1及び2中の配合成分の配合比率は下記のものを用いた。
・PAS樹脂(A)
A-1:PPS樹脂、直鎖型、溶融粘度(V6)106Pa・s、末端カルボキシ基量33μmol/g、非ニュートン指数1.07
・ガラス繊維(B)
B-1:日本電気硝子株式会社製「CS03T-717H」、平均繊維長3.5mm、平均繊維径10μm・シランカップリング剤(C)
C-1:信越化学株式会社製トリメトキシエポキシシラン「KBM-403」
C-2:信越化学株式会社製トリエトキシアミノシラン「KBE-904」
・難水溶性ガラス(D)
D-1:東亜合成株式会社製「ノバロンVZ100」、平均粒径5μm
D-2:日本電気硝子株式会社製「ZF-0」、平均粒径10μm
D-3:東亜合成株式会社製「ノバロンVAG500」、平均粒径8μm
・熱可塑性エラストマー(E)
E-1:住友化学株子会社制「ボンドファースト7L」
・任意成分
F-1:炭酸カルシウム、平均粒径22μm
F-2:ポッターズ・バロティーニ社製ガラスビーズ「EBG731B」、平均粒径18μm
F-3:タカラスタンダード株式会社製ガラスフリット「CY5600M1」、平均粒径15μm
【0071】
表1及び2において、実施例と比較例1、7、8、10を対比すると、難水溶性ガラスを組成物に配合することで、得られる成形品が高い耐湿熱性及び耐熱水性を呈することが示された。実施例と比較例2-4を対比すると、難水溶性ガラスの代替として他の無機フィラーを用いた場合には、耐湿熱性及び耐熱水性に乏しいことが示された。実施例と比較例5-6を対比すると、ガラス繊維を配合しないことによって機械的強度に乏しいことが示された。また、ガラス繊維を配合しない場合には、難水溶性ガラスの添加効果がないことも示された。実施例と比較例9を対比すると、アミノ基を含有するシランカップリング剤を配合した場合には、成形性に乏しいことが示された。