(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024014070
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】膵島細胞又は膵島様細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20240125BHJP
C12M 1/00 20060101ALN20240125BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20240125BHJP
【FI】
C12N5/071 ZNA
C12M1/00 A
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022116640
(22)【出願日】2022-07-21
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 公開日(発行日) 令和3年(2021年)8月7日 刊行物 オープンアクセスジャーナル 「Cells 2021」(Cells 2021,10,2017.) 研究論文 『Differentiation of Human-Induced Pluripotent Stem Cell-Derived Endocrine Progenitors to Islet-like Cells Using a Dialysis Suspension Culture System』 MDPI(Multidisciplinary Digital Publishing Institute) 発行 <オープンアクセス・掲載URL :https://doi.org/10.3390/cells10082017> <資 料> Cells 2021 掲載研究論文
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
2.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(74)【代理人】
【識別番号】100178847
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 映美
(72)【発明者】
【氏名】酒井 康行
(72)【発明者】
【氏名】西川 昌輝
(72)【発明者】
【氏名】チェ ヒュンジン
(72)【発明者】
【氏名】神林 昌
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029BB11
4B065AA93X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BB15
4B065BC12
4B065BD39
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】分化誘導効率が高く、且つ、優れた機能性を有する膵島細胞又は膵島様細胞の製造方法を提供する。
【解決手段】培地と分化誘導因子とを含む第一領域と、培地成分の少なくとも一部を含む第二領域とを有し、前記第一領域と前記第二領域とが膜で隔離されている培養装置を用いて前記第一領域において内分泌前駆細胞を培養することを含み、前記膜の分画分子量が500~17,000である、膵島細胞又は膵島様細胞の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
培地と分化誘導因子とを含む第一領域と、培地成分の少なくとも一部を含む第二領域とを有し、前記第一領域と前記第二領域とが膜で隔離されている培養装置を用いて前記第一領域において内分泌前駆細胞を培養することを含み、前記膜の分画分子量が500~17,000である、膵島細胞又は膵島様細胞の製造方法。
【請求項2】
第一領域の培養において、第一領域の培地の培地交換が2回未満である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記第二領域の培地成分の少なくとも一部が、グルコースである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記第一領域と前記第二領域とが膜を隣接して配置され、前記膜を介して前記第一領域と前記第二領域との間で物質交換がなされる、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
第一領域の培地におけるグルコース濃度が培養中において5mM以上に維持される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
第一領域の培地における乳酸濃度が培養中において0.3mM以上になる、請求項1~5の何れか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記分化誘導因子が、少なくともTGFβスーパーファミリーシグナル活性化剤を含む、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記TGFβスーパーファミリーシグナル活性化剤が、アクチビンA及びBMP4からなる群から選択される少なくとも1種類である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
さらに、前記分化誘導因子が、インスリン様増殖因子、GLP-1受容体シグナル活性化剤及びアデニレートシクラーゼ活性化剤からなる群から選択される少なくとも1種類を含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記第一領域と前記第二領域が培地を含み、第一領域の培地量と第二領域の培地量の体積比が、1:10,000から1:1である、請求項6に記載の方法。
【請求項11】
前記第一領域における細胞の密度が、1×104~1×108cells/mLである、請求項6に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膵島細胞又は膵島様細胞の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療は、ドナー不足を課題とする臓器移植の代替法や難病の新たな治療法開発などにおいて大きな期待が寄せられている。胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)は多能性及び無限増殖性を有しているため、再生医療に必要とされる細胞を調製するための細胞ソースとして期待されている。これらの多能性幹細胞を用いた再生医療の実用化に際しては、多能性幹細胞を効率よく目的の体細胞に分化誘導させる技術の確立が必要であり、多様な分化誘導方法について報告されている。
【0003】
一般的には、各種の分化誘導因子(サイトカイン、成長因子、液性因子又は増殖因子と言う場合もある)を添加した液体培地中において多能性幹細胞を培養することによって、多能性幹細胞の分化誘導が行われている。例えば、特許文献1には、多能性幹細胞を内胚葉系細胞へ分化させるためにアクチビンAを含む分化培地において多能性幹細胞を培養するステップと、前記内胚葉系細胞にpdx-1 mRNAをトランスフェクトして、さらに分化した細胞を生じさせるステップと、ニコチンアミド、エキセンディン4、及びGLP-1からなる群から選択される成熟因子を含む培地においてさらに分化した細胞を培養し、それにより、多能性幹細胞から膵島細胞を作製するステップとを含む、多能性幹細胞から膵島細胞を作製する方法が記載されている。
【0004】
膵島(ランゲルハンス島)は、膵臓の内部に存在する内分泌組織であり、インスリンやグルカゴンを分泌し、主に血糖調整を行っている。膵島は種々の細胞で構成されており、α細胞、β細胞、δ細胞等が存在する。特許文献2には、多能性幹細胞から分化誘導された内胚葉系細胞から膵臓β細胞を製造する方法が記載されている。特許文献3には、多能性幹細胞から分化誘導された内胚葉系細胞から膵臓α細胞を製造する方法が記載されている。しかしながら、従来の方法では、分化誘導の効率やグルコース応答性等の機能性が不十分である。また、膵島移植は、多数の細胞が必要であることから、膵島細胞の製造には浮遊培養方式が向いており、浮遊培養方式にすることで、前述の機能性が改善傾向となるという報告があるが、未だ不十分なレベルである。
【0005】
また、多能性幹細胞から膵島細胞を得るためには、高価な分化誘導因子を使用することから、生産コストが高いという問題がある。特許文献4では、分化誘導のごく初期にあたる内胚葉分化において、高分子系の添加剤を効率的に使用するために透析膜を使用しているが、それ以降の膵島細胞を得るまでの長い工程においては、低分子系の添加剤を比較的多く使用することから、透析膜使用によるコストダウンの効果が見込みにくいと考えられており、透析膜を使用することについて全く報告がなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2015-165783号公報
【特許文献2】国際公開第2019/208788号
【特許文献3】国際公開第2021/193360号
【特許文献4】特許第6950886号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、内分泌前駆細胞を培養することを含む膵島細胞又は膵島様細胞の製造方法であって、分化誘導効率が高く、且つ、優れた機能性を有する膵島細胞又は膵島様細胞の製造方法を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、内分泌前駆細胞を、透析膜を使用して培養することにより、分化誘導効率が高く、且つ、優れた機能性を有する膵島細胞又は膵島様細胞が得られることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて完成したものである。
【0009】
すなわち、本明細書によれば、以下の発明が提供される。
[1]培地と分化誘導因子とを含む第一領域と、培地成分の少なくとも一部を含む第二領域とを有し、前記第一領域と前記第二領域とが膜で隔離されている培養装置を用いて前記第一領域において内分泌前駆細胞を培養することを含み、前記膜の分画分子量が500~17,000である、膵島細胞又は膵島様細胞の製造方法。
[2]第一領域の培養において、第一領域の培地の培地交換が2回未満である、[1]に記載の方法。
[3]前記培地成分の少なくとも一部が、グルコースである、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]前記第一領域と前記第二領域とが膜を隣接して配置され、前記膜を介して前記第一領域と前記第二領域との間で物質交換がなされる、[1]~[3]の何れか一項に記載の方法。
[5]第一領域の培地におけるグルコース濃度が培養中において5mM以上に維持される、[1]~[4]の何れか一項に記載の方法。
[6]第一領域の培地における乳酸濃度が培養中において0.3mM以上になる、[1]~[5]の何れか一項に記載の方法。
[7]前記分化誘導因子が、少なくともTGFβスーパーファミリーシグナル活性化剤を含む、[1]~[6]の何れか一項に記載の方法。
[8]前記TGFβスーパーファミリーシグナル活性化剤が、アクチビンA及びBMP4からなる群から選択される少なくとも1種類である、[7]に記載の方法。
[9]さらに、前記分化誘導因子が、インスリン様増殖因子、GLP-1受容体シグナル活性化剤及びアデニレートシクラーゼ活性化剤からなる群から選択される少なくとも1種類を含む、[1]~[8]の何れか一項に記載の方法。
[10]前記第一領域と前記第二領域が培地を含み、第一領域の培地量と第二領域の培地量の体積比が、1:10,000から1:1である、[1]~[9]の何れか一項に記載の方法。
[11]前記第一領域における細胞の密度が、1×104~1×108cells/mLである、[1]~[10]の何れか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の製造方法によれば、分化誘導効率が高く、且つ、優れた機能性を有する膵島細胞又は膵島様細胞の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図2】対照、DC(2)、DC(1)、DC(0)の各培養条件における、分化誘導培地および透析培地中のグルコースおよび乳酸濃度を、分化誘導中の培地交換ごとに測定した結果を示す。(a)は分化誘導培地中のグルコース濃度、(b)は分化誘導培地中の乳酸濃度、(c)は透析培地中のグルコース濃度、(d)は透析培地中の乳酸濃度をそれぞれ示す。
【
図3】対照、DC(2)、DC(1)、DC(0)の各培養条件における、膵島様細胞の最終細胞密度を示す。
【
図4】対照、DC(2)、DC(1)、DC(0)の各培養条件における、内分泌前駆細胞及び膵島様細胞におけるNGN3、PDX1、NKX6.1、MAFA、INS、GCG、SST、GLUT1、GLUT2、GCK及びPCSK1の相対的遺伝子発現レベルをRT‐qPCRにより測定した結果を示す。
【
図5】対照、DC(2)、DC(1)、DC(0)の各培養条件における、分化後の膵島様細胞の免疫染色の結果を示す。(a)はインスリンの免疫染色、(b)はグルカゴンの免疫染色の結果をそれぞれ示す。
【
図6】対照、DC(2)、DC(1)、DC(0)の各培養条件における、インスリン陽性細胞面積及びグルカゴン陽性細胞面積の測定結果を示す。(a)はインスリン陽性細胞面積の割合、(b)はグルカゴン陽性細胞面積の割合をそれぞれ示す。
【
図7】対照、DC(2)、DC(1)、DC(0)の各培養条件における、第1相での低濃度又は高濃度グルコース刺激によるC-ペプチドの分泌を示したグラフである。
【
図8】対照、DC(2)、DC(1)、DC(0)の各培養条件における、第2相での低濃度又は高濃度グルコース刺激によるC-ペプチドの分泌を示したグラフである。
【
図9】対照、DC(2)、DC(1)、DC(0)の各培養条件における、高濃度グルコース刺激と低濃度グルコース刺激におけるC‐ペプチド分泌の比(高濃度グルコース刺激によるC-ペプチドの分泌量/低濃度グルコース刺激におけるC-ペプチドの分泌量)を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明するが、下記の説明は本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が下記の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も本発明の範囲に含まれる。
【0013】
[1]内分泌前駆細胞(endocrine progenitor;EP)
本発明の方法においては、内分泌前駆細胞を培養することによって、膵島細胞又は膵島様細胞の細胞集団を製造する。
内分泌前駆細胞は、膵臓前駆細胞から分化した細胞であり、膵臓の内分泌系細胞(α細胞、β細胞、δ細胞、ε細胞、PP細胞等)へと分化することができる細胞である。内分泌前駆細胞への分化は、内分泌前駆細胞に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。内分泌前駆細胞に特異的な遺伝子としてはPDX1、NKX6.1、NeuroG3、NeuroD1などを挙げることができる。
【0014】
内分泌前駆細胞は、多能性幹細胞から分化誘導された内胚葉系細胞から分化誘導することによって製造することができる。
内胚葉系細胞は、消化管、肺、甲状腺、膵臓、肝臓などの器官の組織、消化管に開口する分泌腺の細胞、腹膜、胸膜、喉頭、耳管、気管、気管支、尿路(膀胱、尿道の大部分、尿管の一部)などへと分化する能力を有し、一般的に、胚体内胚葉(DE)と言われることがある。多能性幹細胞から内胚葉系細胞への分化は、内胚葉系細胞に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。内胚葉系細胞に特異的な遺伝子としては、例えば、SOX17、FOXA2、CXCR4、AFP、GATA4、EOMES等を挙げることができる。なお、本明細書中において、内胚葉系細胞を胚体内胚葉と言い換えて使用することがある。
【0015】
多能性幹細胞を内胚葉系細胞に分化誘導する際には、分化誘導化培地を使用して多能性幹細胞の培養を行う。
多能性幹細胞とは、生体を構成する全てまたは複数の種類の細胞に分化することができる多分化能(多能性)を有する細胞であって、適切な条件下のインビトロ(in vitro)での培養において多能性を維持したまま無限に増殖を続けることができる細胞をいう。具体的には胚性幹細胞(ES細胞)、胎児の始原生殖細胞由来の多能性幹細胞(EG細胞:Proc Natl Acad Sci USA.1998,95:13726-31)、精巣由来の多能性幹細胞(GS細胞:Nature.2008,456:344-9)、人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells;iPS細胞)、体性幹細胞(組織幹細胞)などが挙げられる。多能性幹細胞は、好ましくは、iPS細胞又はES細胞であり、より好ましくはiPS細胞である。なお、「胚(embryonic)」とは、配偶子融合によって導出された胚に加えて、体細胞核移植によって、導出された胚も指す。
【0016】
ES細胞としては、任意の温血動物、好ましくは哺乳動物に由来する細胞を使用できる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル、又はヒトが挙げられる。好ましくはヒトに由来する細胞を使用できる。
【0017】
ES細胞の具体例としては、着床以前の初期胚を培養することによって樹立した哺乳動物等のES細胞、体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を培養することによって樹立したES細胞、及びこれらのES細胞の染色体上の遺伝子を遺伝子工学の手法を用いて改変したES細胞が挙げられる。各ES細胞は当分野で通常実施されている方法や、公知文献に従って調製することができる。 マウスのES細胞は、1981年にエバンスら(Evans et al.,1981,Nature 292:154-6)や、マーチンら(Martin GR.et al.,1981,Proc Natl Acad Sci USA.78:7634-8)によって樹立されている。 ヒトのES細胞は、1998年にトムソンら(Thomson et al.,Science,1998,282:1145-7)によって樹立されており、WiCell研究施設(WiCell Research Institute、ウェブサイト:http://www.wicell.org/、マジソン、ウイスコンシン州、米国)、米国国立衛生研究所(National Institute of Health)、京都大学、国立成育医療研究センターなどから入手可能であり、例えばCellartis社(ウェブサイト:http://www.cellartis.com/、スウェーデン)から購入可能である。
【0018】
人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、体細胞を初期化することによって得られる多能性を有する細胞である。iPS細胞の作製は、京都大学の山中伸弥教授らのグループ、マサチューセッツ工科大学のルドルフ・ヤニッシュ(Rudolf Jaenisch)らのグループ、ウイスコンシン大学のジェームス・トムソン(James Thomson)らのグループ、ハーバード大学のコンラッド・ホッケドリンガー(Konrad Hochedlinger)らのグループなどを含む複数のグループが成功している。例えば、国際公開WO2007/069666号公報には、Octファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子及びMycファミリー遺伝子の遺伝子産物を含む体細胞の核初期化因子、並びにOctファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子、Soxファミリー遺伝子及びMycファミリー遺伝子の遺伝子産物を含む体細胞の核初期化因子が記載されており、さらに体細胞に上記核初期化因子を接触させる工程を含む、体細胞の核初期化により誘導多能性幹細胞を製造する方法が記載されている。
【0019】
iPS細胞の製造に用いる体細胞の種類は特に限定されず、任意の体細胞を用いることができる。即ち、体細胞とは、生体を構成する細胞の内生殖細胞以外の全ての細胞を包含し、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。体細胞の由来は、哺乳動物、鳥類、魚類、爬虫類、両生類の何れでもよく特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、マウスなどのげっ歯類、又はヒトなどの霊長類)であり、特に好ましくはマウス又はヒトである。また、ヒトの体細胞を用いる場合、胎児、新生児又は成人の何れの体細胞を用いてもよい。体細胞の具体例としては、例えば、線維芽細胞(例えば、皮膚線維芽細胞)、上皮細胞(例えば、胃上皮細胞、肝上皮細胞、肺胞上皮細胞)、内皮細胞(例えば血管、リンパ管)、神経細胞(例えば、ニューロン、グリア細胞)、膵臓細胞、白血球細胞(B細胞、T細胞等)、骨髄細胞、筋肉細胞(例えば、骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞)、肝実質細胞、非肝実質細胞、脂肪細胞、骨芽細胞、歯周組織を構成する細胞(例えば、歯根膜細胞、セメント芽細胞、歯肉線維芽細胞、骨芽細胞)、腎臓・眼・耳を構成する細胞などが挙げられる。
【0020】
iPS細胞は、所定の培養条件下(例えば、ES細胞を培養する条件下)において長期にわたって自己複製能を有し、また所定の分化誘導条件下において外胚葉系細胞、中胚葉系細胞又は内胚葉系細胞への何れにも多分化能を有する幹細胞である。また、iPS細胞はマウスなどの試験動物に移植した場合にテラトーマを形成する能力を有する幹細胞でもよい。
【0021】
体細胞からiPS細胞を製造するためには、まず、少なくとも1種類以上の初期化遺伝子を体細胞に導入する。初期化遺伝子とは、体細胞を初期化してiPS細胞とする作用を有する初期化因子をコードする遺伝子である。初期化遺伝子の組み合わせの具体例としては、以下の組み合わせをあげることができるが、これらに限定されるものではない。
(i)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子、Myc遺伝子
(ii)Oct遺伝子、Sox遺伝子、NANOG遺伝子、LIN28遺伝子
(iii)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子、Myc遺伝子、hTERT遺伝子、SV40 largeT遺伝子
(iv)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子
【0022】
上記以外にも、導入遺伝子をさらに減らした方法(Nature.2008 Jul 31;454(7204):646-50)、低分子化合物を利用した方法(Cell Stem Cell.2009 Jan 9;4(1):16-9、Cell Stem Cell.2009 Nov 6;5(5):491-503)、遺伝子の代わりに転写因子タンパク質を利用した方法(Cell Stem Cell.2009 May 8;4(5):381-4)などが報告されており、いずれの方法で製造されたiPS細胞でもよい。
【0023】
初期化因子の細胞への導入形態は特に限定されないが、例えば、プラスミドを用いた遺伝子導入、合成RNAの導入、タンパク質として直接導入などが挙げられる。また、microRNAやRNA、低分子化合物等を用いた方法で作製されたiPS細胞を用いてもよい。ES細胞、iPS細胞を始めとする多能性幹細胞は、市販品又は分譲を受けた細胞を用いてもよいし、新たに作製したものを用いてもよい。
【0024】
iPS細胞として、例えば253G1株、253G4株、201B6株、201B7株、409B2株、454E2株、606A1株、610B1株、648A1株、1201C1株、1205D1株、1210B2株、1231A3株、1383D2株、1383D6株、iPS-TIG120-3f7株、iPS-TIG120-4f1株、iPS-TIG114-4f1株、RPChiPS771-2株、15M63株、15M66株、HiPS-RIKEN-1A株、HiPS-RIKEN-2A株、HiPS-RIKEN-12A株、Nips-B2株、TkDN4-M株、TkDA3-1株、TkDA3-2株、TkDA3-4株、TkDA3-5株、TkDA3-9株、TkDA3-20株、hiPSC 38-2株、MSC-iPSC1株、BJ-iPSC1株等を使用することができる。
【0025】
ES細胞として、例えばKhES-1株、KhES-2株、KhES―3株、KhES-4株、KhES-5株、SEES1株、SEES2株、SEES3株、HUES8株、CyT49株、H1株、H9株、HS-181株等を使用することができる。新たに作製された臨床グレードのiPS細胞又はES細胞を用いてもよい。
【0026】
内胚葉系細胞への分化誘導を行う前の多能性幹細胞は、未分化維持培地を用いて未分化性を維持したものとすることが好ましい。未分化維持培地を用いて多能性幹細胞の未分化性を維持する培養のことを、多能性幹細胞の維持培養ともいう。
【0027】
未分化維持培地は、多能性幹細胞の未分化性を維持できる培地であれば特に限定されないが、例えば、マウス胚性幹細胞及びマウス人工多能性幹細胞の未分化性を維持する性質を有していることが知られているleukemia inhibitory factorを含む培地や、ヒトiPSの未分化性を維持する性質を有していることが知られているbasic FGF(Fibroblast growth factor)を含む培地等が挙げられる。例えば、ヒトiPS細胞培地(20%Knockout serum replacement(KSR;Thermo Fisher Scientific社)、1×non-essential amino acids(NEAA;Wako社)、55μmol/L 2-メルカプトエタノール(2-ME;Thermo Fisher Scientific社)、7.5ng/mL recombinant human fibroblast growth factor2(FGF2;Peprotech社)、0.5xPenicillin and Streptomycin(PS;Wako社)を含むDMEM/Ham’s F12(Wako社)、又はEssentail8培地(Thermo Fisher Scientific社)、STEMPRO(登録商標) hESC SFM(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、mTeSR1(Veritas社)、TeSR2(Veritas社)、StemFit(登録商標)等を使用することができるが、特に限定されない。
【0028】
多能性幹細胞の維持培養は、ビトロネクチン、フィブロネクチン、ラミニン、コラーゲン又はマトリゲル等の細胞接着タンパク質や細胞外マトリックスをコートした細胞培養用ディッシュ上においても、つまり接着培養でも、上記した未分化維持培地を用いて行うことができる。
【0029】
培養温度は、使用する多能性幹細胞の培養に適した培養温度であれば、特に限定されないが、一般的には30℃~40℃であり、好ましくは約37℃である。
CO2インキュベーターなどを利用して、約1~10%、好ましくは5%のCO2濃度雰囲気下で培養を行うことが好ましい。
【0030】
多能性幹細胞の維持培養は継代しながら所望の期間行うことができ、例えば、維持培養後の継代数1から100、好ましくは継代数10から50、より好ましくは継代数12から25の多能性幹細胞を用いて、凝集体の形成や分化誘導を行うことが好ましい。
【0031】
多能性幹細胞の凝集体を形成するための実施形態の一つとしては、未分化で、接着培養で維持培養されている細胞を、accumax(Innovative Cell Technologies社)等の公知の剥離剤により接着基材から剥がすことができる。次いで、ピペッティングにより小さな細胞塊又はシングルセルに砕き、それら細胞を培地中に懸濁した後に、懸濁液中の多能性幹細胞が凝集体を形成するまでの期間にわたって攪拌又は旋回させながら浮遊培養する。
【0032】
浮遊培養は、培地の粘性等や凹凸を有するマイクロウェル等を用いた静置培養であってもよいし、スピナー等を利用して液体培地が流動する条件での培養であってもよいが、好ましくは液体培地が流動する条件での培養である。液体培地が流動する条件での培養は、細胞の凝集を促進できることから好ましい。細胞の凝集を促進するように液体培地が流動する条件での培養としては、例えば、旋回流、揺動流等の流れによる応力(遠心力、求心力)により細胞が一点に集まるように液体培地が流動する条件での培養や、直線的な往復運動により液体培地が流動する条件、攪拌翼を用いて液体培地を流動させる条件での培養等が挙げられる。さらに、予めマイクロキャリア等に接着させて浮遊培養しても良いし、細胞のみで構成された細胞凝集塊の状態で浮遊培養しても良いし、細胞凝集塊の中にコラーゲン等の高分子が混在していても良く、形態は特に限定しない。
【0033】
浮遊培養に用いる培養容器は、好ましくは容器内面への細胞の接着性が低い容器が好ましい。このような容器内面への細胞の接着性が低い容器としては、例えば生体適合性がある物質で親水性表面処理されているようなプレートが挙げられる。例えば、NunclonTMSphera(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を使用できるが特に限定はされない。また、培養容器の形状は特に限定されないが、例えば、ディッシュ状、フラスコ状、ウェル状、バッグ状、スピナーフラスコ状等の形状の培養容器が挙げられる。
【0034】
凝集体を形成させる期間としては、6時間を超える期間であれば特に限定されないが、具体的には、1日、2日、3日、4日、5日、6日、7日、または2週間、3週間、4週間、5週間、6週間、7週間、8週間の期間において凝集体を形成させることが好ましい。
【0035】
浮遊培養培地としては、多能性幹細胞を増殖可能な成分が含まれるのであれば特に限定されないが、1~100μMのY-27632(Cayman社)を含むmTeSR1(Veritas社)培地、又は1~100μMのY-27632(Cayman社)、1~100mg/mL BSAを含むEssential8TM、1~100μMのY-27632(Cayman社)を含むStemFitなどを使用することができる。
【0036】
培養温度は、使用する多能性幹細胞の培養に適した培養温度であれば、特に限定されないが、一般的には30℃から40℃であり、好ましくは約37℃である。
CO2インキュベーターなどを利用して、約1から10%、好ましくは5%のCO2濃度雰囲気下で培養を行うことが好ましい。
【0037】
上記多能性幹細胞の凝集体又は多能性幹細胞を内胚葉系細胞に分化誘導する前に、2-メルカプトエタノールを含む培地を用いて浮遊培養し、細胞集団を調製することができる。
前培養に用いる培地は、細胞の種類に応じて、MEM培地、BME培地、DMEM培地、DMEM/F12培地、αMEM培地、IMDM培地、ES培地、DM-160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地、RPMI1640培地、又はEssential 6TM培地(Thermo Fisher Scientific社)等を用いることができる。
【0038】
前培養用の培地には、アミノ酸、抗生物質、抗酸化剤、その他の添加物を加えてもよい。例えば0.1から2%(体積/体積)のNEAA(非必須アミノ酸)、0.1から2%(体積/体積)のペニシリン/ストレプトマイシン、0.1から20mg/mLのBSA又は1から25%(体積/体積)(好ましくは1から20%(体積/体積))のKnockout serum replacement (KSR)などを添加してもよい。
【0039】
培養温度は、使用する多能性幹細胞の培養に適した培養温度であれば、特に限定されないが、一般的には30℃から40℃であり、好ましくは約37℃である。
CO2インキュベーターなどを利用して、約1から10%、好ましくは5%のCO2濃度雰囲気下で培養を行うことが好ましい。
【0040】
多能性幹細胞の前培養の培養期間は、多分化能が向上するまで培養する日数であれば特に限定されないが、例えば1週間を超えない期間であれば良い。より具体的には、6日未満、5日未満、4日未満、3日未満、又は、6時間から48時間であり、12時間から36時間程度であり、18時間から24時間である。
【0041】
多能性幹細胞から内分泌前駆細胞への分化誘導は、多能性幹細胞を、TGFβ(Transforming growth factor-β)スーパーファミリーシグナル活性化剤を含む培地で培養した後、FGF2及びBMP4(Bone morphogenetic protein 4)を添加していない培地で培養することにより行うことができる。
【0042】
TGFβスーパーファミリーシグナル活性化剤としては、骨形態発生タンパク質(BMP)経路、TGFβ/アクチビン経路、及び/又はNODAL/アクチビン経路のシグナルを活性化する物質であれば特に限定されないが、例えば、アクチビンA、FGF2、BMP2、BMP3、BMP4、BMP5、BMP6、BMP7、BMP8、BMP13、GDF2、GDF5、GDF6、GDF7、GDF8、GDF11、TGF-β1、TGF-β2、TGF-β3、AMH、PITX2、及び/又はNODALなどを用いることができる。特に、TGFβ/アクチビン経路のシグナルを活性化する物質を好適に用いることができ、具体的には、アクチビンA及びBMP4からなる群から選択される少なくとも1種類を使用することが好ましく、アクチビンA及びBMP4の全てを使用することが特に好ましい。
【0043】
内胚葉系細胞から内分泌前駆細胞への分化誘導は、一般的に内胚葉系細胞(胚体内胚葉:Definitive endoderm:DE)→原始腸管細胞(Primitive Gut Tube:PGT)→後前腸細胞(Posterior Foregut:PFG)→膵臓前駆細胞(Pancreatic Progenitor:PP)→内分泌前駆細胞(Endocrine Precursor:EP)という順番で行うことができる。
【0044】
内胚葉系細胞から原始腸管細胞(PGT)への分化誘導に用いる培地としては、基礎培地(例えば、RPMI1640培地、DMEM培地等)に、抗生物質(ペニシリン及びストレプトマイシン等)、NEAA(例えば、1×non-essential amino acids(NEAA;Wako社)等)、B27supplement、レチノイン酸又はレチノイン酸のアナログ(EC23等)、ピルビン酸ナトリウム、BSA、FGF受容体シグナル活性化剤(FGF-7、FGF-2等)を添加した培地を用いることができる。
【0045】
内胚葉系細胞から原始腸管細胞への分化誘導における培養温度は、使用する多能性幹細胞の培養に適した培養温度であれば、特に限定されないが、一般的には30℃から40℃であり、好ましくは約37℃である。
CO2インキュベーターなどを利用して、約1から10%、好ましくは5%のCO2濃度雰囲気下で培養を行うことが好ましい。
【0046】
内胚葉系細胞から原始腸管細胞への分化誘導の培養期間は、一般的には24時間から120時間であり、好ましく48時間から96時間程度である。例えば、72時間である。
【0047】
次に、原始腸管細胞から後前腸細胞に分化誘導する。原始腸管細胞から後前腸細胞への分化誘導に用いる培地としては、基礎培地(例えば、DMEM培地など)に、抗生物質(ペニシリン及びストレプトマイシン)、NEAA(非必須アミノ酸)、B27supplement、EC23、及びSANT1を添加した培地を用いることができる。
【0048】
原始腸管細胞から後前腸細胞への分化誘導の培養期間は、一般的には48時間から144時間であり、好ましく72時間から120時間程度である。
【0049】
次に、後前腸細胞から膵臓前駆細胞に分化誘導する。後前腸細胞から膵臓前駆細胞への分化誘導に用いる培地としては、基礎培地(例えば、DMEM培地など)に、抗生物質(ペニシリン及びストレプトマイシン)、NEAA(非必須アミノ酸)、FGF-10、B27supplement、EC23、ALK5インヒビターII、及びインドラクタムVを添加した培地を用いることができる。
【0050】
後前腸細胞から膵臓前駆細胞への分化誘導の培養期間は、一般的には24時間から120時間であり、好ましく48時間から96時間程度である。
【0051】
次に、膵臓前記細胞から内分泌前駆細胞に分化誘導する。膵臓前駆細胞から内分泌前駆細胞への分化誘導に用いる培地としては、基礎培地(例えば、Advanced-DMEM培地など)に、抗生物質(ペニシリン及びストレプトマイシン)、B27supplement、EC23、SANT1、ALK5インヒビターII、及びExcedin-4を添加した培地を用いることができる。
【0052】
膵臓前駆細胞から内分泌前駆細胞への分化誘導の培養期間は、一般的には24時間から120時間であり、好ましく48時間から96時間程度である。
【0053】
[2]膵島細胞、膵島様細胞
本発明の方法によれば、内分泌前駆細胞から膵島細胞又は膵島様細胞を製造できる。
膵臓は、アミラーゼやリパーゼなどの消化酵素を分泌して消化吸収を助ける外分泌細胞と、インスリンやグルカゴンを分泌して血糖調節を行う内分泌細胞との2種類の、全く働きの異なる細胞より構成されている。外分泌細胞は膵臓の99%を占めており、これら細胞で作られる消化酵素は、導管を通って十二指腸に放出される。内分泌細胞は、膵外分泌組織の中に点々と散らばっており、膵島を形成している。
膵島を形成している、内分泌細胞は、主にα細胞、β細胞、δ細胞に分類される。α細胞は血糖を高める作用のあるグルカゴンを分泌する。β細胞は細胞数がもっとも多く、この細胞からはインスリンが分泌される。δ細胞はインスリンやグルカゴンの分泌を抑制するソマトスタチンというホルモンを分泌する。
【0054】
本発明において、膵島様細胞とは、膵島のようなインスリン、グルカゴン、ソマトスタチン等のホルモンを産生・分泌することが可能な細胞を意味し、前記ホルモンを産生・分泌することが可能な膵α細胞様細胞、膵β細胞様細胞、膵δ細胞様細胞の総称である。また、膵島様細胞は、様々な種類の細胞が凝集した細胞塊で作製されるため,Islet-like cells cluster、Islet-like cells spheroid、Islet-like cells aggregates等とも称される。
内分泌前駆細胞から膵島細胞又は膵島様細胞への分化は、膵島細胞に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。膵島細胞に特異的な遺伝子としては、例えば、PDX1、NKX6.1、MAFA、INS、GCG、SST、GLUT2、PCSK1等を挙げることができる。
【0055】
上記の方法により製造される膵島細胞又膵島様細胞を用いて、例えば、膵臓の治療用の細胞を得ることができる。例えば、膵島細胞又は膵島様細胞は、インスリン分泌能を有するため、糖尿病に対して高い治療効果を発揮できる。即ち、本発明の方法を利用して得られた膵島細胞又は膵島様細胞をカテーテルなどであるいは免疫隔離デバイス等に封入して移植することにより、糖尿病の治療へ利用できる。また、膵臓細胞又は膵島様細胞が産生したインスリンを直接注射することにより、I型糖尿病の治療に用いることもできる。
【0056】
[3]培養装置
本発明においては、培地と分化誘導因子とを含む第一領域と、培地成分の少なくとも一部を含む第二領域とを有し、前記第一領域と前記第二領域とが膜で隔離されている培養装置を用いて前記第一領域において、上記で製造された内分泌前駆細胞を培養する。
【0057】
第一領域は、培地と分化誘導因子とを含む領域であり、内分泌前駆細胞が培養される領域である。第二領域は、培地成分の少なくとも一部を含む領域である。第一領域と前記第二領域とは膜で隔離されており、膜を介して、第一領域と第二領域との間では物質交換が行われる。
【0058】
好ましくは、第一領域と第二領域とは膜を隣接して配置され、膜を介して第一領域と第二領域との間で物質交換がなされる。上記の態様の一例として、本発明で用いることができる培養装置の構成の一例の模式図を
図1に示す。
図1において、第一領域1には培地2が含まれており、培地2には、分化誘導因子が添加されている。第二領域3には、培地成分の少なくとも一部4が含まれている。そして、第一領域1と第二領域3とは、膜5で隔離されている。
【0059】
本発明においては、第二領域に含まれている培地成分の少なくとも一部が、グルコースであることが好ましい。
図1では、培地成分の少なくとも一部4としてグルコースが第二領域に含まれている場合を示す。第一領域1において、内分泌前駆細胞を培養すると、内分泌前駆細胞の代謝により、第一領域の培地に含まれる乳酸濃度は増大するが、乳酸濃度の増大に伴って、第一領域1の培地に含まれる乳酸は膜5を介して第二領域3に移動し、第一領域の培地に含まれる乳酸濃度の増大は抑制される。また、内分泌前駆細胞を培養すると、内分泌前駆細胞の代謝により、第一領域の培地に含まれるグルコース濃度は減少するが、グルコース濃度の減少に伴って、第二領域3の培地に含まれるグルコースは膜5を介して第一領域1に移動し、第一領域の培地に含まれるグルコース濃度の減少は抑制される。
上記したメカニズムにより、第一領域1において内分泌前駆細胞の分化誘導を効率的に行うことが可能になる。
【0060】
なお、
図1に示した培養装置の構成は、培養装置の一例を示したものであり、上記以外の構成の培養装置を使用することも可能である。例えば、国際公開第2013/161885号公報に記載されている細胞培養システムに準じた構成を採用することも可能である。国際公開第2013/161885号公報に記載されている細胞培養システムは、細胞を培養するための細胞培養槽と、成分調整液貯留槽と、細胞培養液及び/又は成分調整液の入口と出口とを有し、半透膜を備える培養液成分調整手段と、前記細胞培養槽及び/又は前記成分調整液貯留槽から前記培養液成分調整手段の入口に接続された入口接続送液回路と、前記細胞培養槽及び/又は前記成分調整液貯留槽から前記培養液成分調整手段の出口に接続された出口接続送液回路と、前記入口接続送液回路から前記培養液成分調整手段を経て前記出口接続送液回路に前記細胞培養液及び/又は前記成分調整液を灌流する手段と、前記細胞培養槽の液量を調整する手段とを備える細胞培養システムである。本発明においては、上記のように、細胞培養槽(本発明で言う第一領域)と成分調整液貯留槽(本発明で言う第二領域)とを送液回路で連結し、送液回路中に設けた送液手段により細胞培養槽中の培養液を循環させ、その循環の途中において培養液成分調整手段(本発明で言う膜)を介して、培養液と成分調整液貯留槽中の液体との間で物質交換を行うというシステムを採用することも可能である。
【0061】
本発明においては、グルコース及び乳酸は膜を介して第一領域と第二領域との間を移動できることが好ましい。また、本発明においては、第一領域に含まれる分化誘導因子は、膜を通過して第二領域に移動しないことが好ましい。
【0062】
本発明で用いる膜としては、例えば、透析膜を使用することができる。透析膜とは、分子量に応じて分画できる半透膜であり、好ましくは、膜中に実質的に同一形状の連通孔を多数有し、膜の両側の濃度差によって分子を分離できるものである。
【0063】
透析膜等の膜の分画分子量は目的に応じて適宜変更可能であるが、下限は500以上であり、600以上、700以上、800以上、900以上、1000以上、1200以上、1400以上、1600以上、1600以上、2000以上、2200以上、2400以上、2600以上、2800以上、3000以上、又は3200以上であってもよい。膜の分画分子量の上限は、17,000以下であり、16,000以下、15,000以下、14,000以下、13,000以下、12,000以下、11,000以下、10,000以下、9,000以下、8,000以下、7,000以下、6,000以下、又は5,000以下が好ましい。膜の分画分子量は、例えば、3,000、4,000、5,000、6,000、7,000、8,000、9,000、10,000、11,000、12,000、13,000、14,000、15,000、16,000、17,000、18,000、19,000、20,000、25,000、30,000、35,000、40,000、45,000又は50,000であってもよい。
【0064】
膜の材料は特に限定されず、例えば、再生セルロース、アセチルセルロース、ポリアク
リロニトリル、ポリメチルメタクリレート、エチレンビニルアルコール、テフロン(登録商標)、ポリエステル系ポリマーアロイ、ポリスルホン、ポリアミドなどを挙げることができる。
【0065】
[4]透析培養による膵島細胞又は膵島様細胞への分化誘導
本発明において、膜を用いた培養によって内分泌前駆細胞を膵島細胞又は膵島様細胞に分化誘導する際には、分化誘導培地を使用して内分泌前駆細胞の培養を行う。分化誘導培地としては、内分泌前駆細胞を分化誘導させる培地であれば特に限定されるものではないが、例えば、血清含有培地や、血清代替成分を含有した無血清培地等が挙げられる。
【0066】
用いる細胞の種類に応じて、霊長類ES/iPS細胞用培地(リプロセル培地)、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、RPMI1640培地、Fischer’s培地、及びこれらの培地から任意に選択した2種以上の培地を混合した培地などが使用できる。なお、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。
【0067】
分化誘導培地は、血清成分又は血清代替成分を含んでいてもよい。血清成分又は血清代替成分としては、例えば、アルブミン、インスリン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素(例えば亜鉛、セレン)、B-27サプリメント(Thermo Fisher Scientific社)、N2サプリメント、N21サプリメント(R&D Systems社)、NeuroBrew-21サプリメント(Miltenyibiotec社)、Knockout serum replacement(KSR)、2-メルカプトエタノール、3’チオールグリセロール、並びにこれらの均等物が挙げられる。
【0068】
分化誘導培地には、さらに各種の添加物、抗生物質、抗酸化剤などを加えてもよい。例えば、0.1mM~5mMのピルビン酸ナトリウム、0.1~2%(体積/体積)の非必須アミノ酸、0.1~2%(体積/体積)のペニシリン、0.1~2%(体積/体積)のストレプトマイシン、0.1~2%(体積/体積)のアンフォテリシンB、カタラーゼ、グルタチオン、ガラクトース、レチノイン酸(ビタミンA)、スーパーオキシドディスムターゼ、アスコルビン酸(ビタミンC)、D-α-トコフェロール(ビタミンE)、ニコチンアミドなどを添加してもよい。
分化誘導培地にはさらに分化誘導因子を添加する。分化誘導因子については後記する。
【0069】
本発明においては、培養装置の第一領域において、分化誘導因子を含む分化誘導培地中において内分泌前駆細胞を培養することにより、内分泌前駆細胞から膵島細胞又は膵島様細胞を製造する。その際、膜を介して、培養装置の第一領域と第二領域との間で物質交換を行う。
【0070】
本発明においては、第一領域と第二領域が培地を含む。第一領域の培地量と第二領域の培地量との体積比は、特に限定しないが、例えば1:10,000から1:1とすることができる。
【0071】
第一領域における細胞の密度は、特に限定されないが、1×104~1×108cells/mLであることが好ましい。第一領域における細胞の密度は、1×105cells/mL以上、3×105cells/mL以上、5×105cells/mL以上、又は8×105cells/mL以上が好ましく、5×107cells/mL以下、1×107cells/mL以下、7×106cells/mL以下、6×106cells/mL以下、5×106cells/mL以下、4×106cells/mL以下、3×106cells/mL以下、又は2×106cells/mL以下が好ましい。
【0072】
培養温度は、使用する内分泌前駆の培養に適した培養温度であれば、特に限定されないが、一般的には30℃~40℃であり、好ましくは約37℃である。
CO2インキュベーターなどを利用して、約1~10%、好ましくは5%のCO2濃度雰囲気下で培養を行うことが好ましい。
【0073】
内分泌前駆細胞の膜を使用した培養の培養期間は、好ましくは1日以上、より好ましくは2日以上、さらに好ましくは3日以上であり、特に好ましくは4日以上であり、上限は特に限定されないが、一般的には20日以下である。
【0074】
好ましい態様においては、第一領域の培地におけるグルコース濃度は培養中において5mM以上に維持され、より好ましくは10mM以上に維持され、さらに好ましくは20mM以上に維持され、さらに一層好ましくは22mM以上に維持され、特に好ましくは23mM以上に維持される。好ましい態様においては、第二領域の培地におけるグルコース濃度は培養中において10mM以上に維持され、より好ましくは15mM以上に維持され、さらに好ましくは20mM以上に維持され、さらに一層好ましくは22mM以上に維持され、特に好ましくは23mM以上に維持される。
【0075】
グルコース濃度の測定は、当業者に公知の方法により行うことができる。例えば、バイオアナライザー(王子計測機器株式会社BF-5iD)等の市販の分析装置を用いて測定することができる。
【0076】
培養系内の乳酸濃度が高いと、細胞が障害を受けることがよく知られている。よって、第一領域の培地における乳酸濃度が低い方が、膵島細胞又は膵島様細胞のグルコース応答性等の膵島機能がより向上すると本発明者らは考えていたが、驚くべきことに、鋭意検討の結果、第一領域の培地における乳酸濃度が一定程度高い方が、同機能がより向上する場合があることを発見した。すなわち、当該乳酸濃度は、好ましくは0.3mM以上になることであり、より好ましくは0.5mM以上、より好ましくは1mM以上になることである。ただし、前述の通り乳酸濃度が高いと細胞が障害を受けるため、乳酸濃度が低すぎず高すぎない適切な濃度範囲で培養することが重要であり、つまり、細胞からの乳酸の排出と、透析による乳酸の排出のバランスが重要であり、そのような乳酸濃度の適切な環境の維持が本発明の方法により可能となる。さらに、本発明者らは、第一領域の培地における乳酸濃度の推移が、連続的であることが好ましいことを見出した。当該乳酸濃度推移が連続的ではない例としては、培地交換による極端な濃度変化が挙げられる。また、好ましい態様においては、第一領域の培地における乳酸濃度の上限は、培養中において15mM以下に維持されることであり、より好ましくは10mM以下に維持され、より好ましくは5mM以下に維持され、より好ましくは3mM以下に維持され、より好ましくは2mM以下に維持される。第二領域の培地の乳酸濃度は第一領域と同等あるいはそれ以下であることが好ましい。
【0077】
乳酸濃度の測定は、当業者に公知の方法により行うことができる。例えば、バイオアナライザー(王子計測機器株式会社BF-5iD)等の市販の分析装置を用いて測定することができる。
【0078】
第一領域の培地において内分泌前駆細胞を培養する際、培地交換は2回未満であることが好ましく、例えば、培地交換を1回行うか、又は培地交換を行わずに培養してもよい。培地交換を2回未満とすることで、膵島細胞又は膵島様細胞のグルコース応答性等の膵島機能がより向上する。なお、培地交換は培養期間中に行うため、例えば、培養期間が2~8日間であれば、培養期間2~8日間中に行う培地交換が2回未満であることが好ましい。
【0079】
[5]分化誘導因子
第一領域の培地に添加する分化誘導因子は、分化誘導の目的に応じて、当業者であれば
適宜選択することができる。即ち、内分泌前駆細胞から膵島細胞又は膵島様細胞への分化を誘導する分化誘導因子を添加すればよい。
【0080】
分化誘導因子としては、TGFβ(Transforming growth factor-β)スーパーファミリーシグナル活性化剤、肝細胞増殖因子(HGF)、インスリン様増殖因子(IGF1等)、GLP-1(Glucagon-like peptide-1)受容体シグナル活性化剤(Exendin4等)、アデニレートシクラーゼ(Adenylate cyclase)活性化剤等を使用することが好ましい。
【0081】
TGFβスーパーファミリーシグナル活性化剤としては、骨形態発生タンパク質(BMP)経路、TGFβ/アクチビン経路、及び/又はNODAL/アクチビン経路のシグナルを活性化する物質であれば特に限定されないが、例えば、アクチビンA、FGF2、BMP2、BMP3、BMP4、BMP5、BMP6、BMP7、BMP8、BMP13、GDF2、GDF5、GDF6、GDF7、GDF8、GDF11、TGF-β1、TGF-β2、TGF-β3、AMH、PITX2、及び/又はNODALなどを用いることができる。特に、TGFβ/アクチビン経路のシグナルを活性化する物質を好適に用いることができ、具体的には、アクチビンA、及びBMP4からなる群から選択される少なくとも1種類を使用することが好ましく、アクチビンA、及びBMP4を使用することが特に好ましい。
【0082】
第一領域におけるTGFβスーパーファミリーシグナル活性化剤(BMP4等)の添加初期濃度の下限は、好ましくは0.2ng/mL、より好ましくは0.5ng/mL、より好ましくは1ng/mL、より好ましくは3ng/mL、より好ましくは5ng/mL、より好ましくは6ng/mL、より好ましくは7ng/mL、より好ましくは8ng/mL、より好ましくは9ng/mL、より好ましくは10ng/mLである。培地におけるTGFβスーパーファミリーシグナル活性化剤(BMP4等)の添加量の上限は、好ましくは100ng/mL、より好ましくは90ng/mL、より好ましくは80ng/mL、より好ましくは70ng/mL、より好ましくは60ng/mL、より好ましくは50ng/mL、より好ましくは40ng/mL、より好ましくは30ng/mL、より好ましくは20ng/mL、より好ましくは10ng/mLである。
【0083】
第一領域における肝細胞増殖因子(HGF)の添加初期濃度の下限は、好ましくは1ng/mL、より好ましくは5ng/mL、より好ましくは10ng/mL、より好ましくは20ng/mL、より好ましくは30ng/mL、より好ましくは40ng/mL、より好ましくは50ng/mLである。培地における肝細胞増殖因子(HGF)の添加量の上限は、好ましくは500ng/mL、より好ましくは400ng/mL、より好ましくは300ng/mL、より好ましくは200ng/mL、より好ましくは100ng/mL、より好ましくは90ng/mL、より好ましくは80ng/mL、より好ましくは70ng/mL、より好ましくは60ng/mL、より好ましくは50ng/mLである。
【0084】
インスリン様増殖因子は、プロインスリンに似た構造を持つポリペプチドであり、細胞増殖や生存、遊走やコラーゲンを含む細胞外マトリクスの産生に関与することが知られている。インスリン様増殖因子は、腫瘍細胞を含む種々の細胞型に対して、インスリン様増殖因子受容体-1(IGFR1)と称される共通の受容体に結合することにより細胞分裂促進活性を示す。インスリン様増殖因子としては、インスリン様増殖因子-I(IGF-I)およびインスリン様増殖因子-II(IGF-II)が挙げられる。
【0085】
第一領域におけるインスリン様増殖因子の添加初期濃度の下限は、好ましくは1ng/mL、より好ましくは5ng/mL、より好ましくは10ng/mL、より好ましくは20ng/mL、より好ましくは30ng/mL、より好ましくは40ng/mL、より好ましくは50ng/mLである。培地におけるインスリン様増殖因子(IGF1等)の添加量の上限は、好ましくは500ng/mL、より好ましくは400ng/mL、より好ましくは300ng/mL、より好ましくは200ng/mL、より好ましくは100ng/mL、より好ましくは90ng/mL、より好ましくは80ng/mL、より好ましくは70ng/mL、より好ましくは60ng/mL、より好ましくは50ng/mLである。
【0086】
アデニレートシクラーゼは、ATPを3’,5’-環状AMP(cAMP)とピロリン酸への変換を触媒する酵素であり、アデニレートシクラーゼ(Adenylate cyclase)活性化剤は、細胞内のcAMP濃度を向上させる物質である。cAMPはセカンドメッセンジャーと呼ばれる、真核生物のシグナル伝達に重要な分子である。Adenylate cyclase活性化剤としては、Forskolin、NKH477などが挙げられる。
【0087】
第一領域におけるAdenylate cyclase活性化剤(Forskolin等)の添加初期濃度の下限は、好ましくは0.1μmoL/L、より好ましくは0.3μmoL/L、より好ましくは0.5μmoL/L、より好ましくは0.7μmoL/L、より好ましくは1μmoL/L、より好ましくは2μmoL/L、より好ましくは3μmoL/L、より好ましくは4μmoL/L、より好ましくは5μmoL/Lである。培地におけるAdenylate cyclase活性化剤(Forskolin等)の含有量の上限は、好ましくは100μmoL/L、より好ましくは80μmoL/L、より好ましくは50μmoL/L、より好ましくは40μmoL/L、より好ましくは30μmoL/L、より好ましくは20μmoL/L、より好ましくは15μmoL/L、より好ましくは10μmoL/L、より好ましくは7μmoL/L、より好ましくは5μmoL/Lである。
【0088】
以下の実施例にて本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例0089】
実施例1:透析培養を用いた膵島様細胞の分化誘導
(1)透析膜を底面にもつ透析培養容器の作製
透析培養容器は、6ウェル培養インサート(コーニング社製)の元の膜を、3kDaの分子量カットオフ(MCWO)を有する再生セルロース透析膜(Spectrum Labs社製)に置き換えた。インサートカップに結合した透析膜を深底ウェルプレート(コーニング社製)に挿入した。分化誘導の間、2.5mLの分化誘導培地を培養インサートに添加し、ウェルに14.5mLの透析培地を添加した。3kDaより大きい分子は、振盪機培養中、培養インサート中に残存した。透析培養を、透析培養を行わない従来の懸濁培養と比較するために、培養インサートの透析膜をポリエチレンフィルム(Diversified Biotech社製)でシールし、透析による物質移動をブロックした。
【0090】
(2)ヒト多能性幹細胞の培養およびヒト多能性幹細胞凝集体の形成
ヒト多能性幹細胞としては、ヒトiPS細胞株TkDN4-Mを用いた。ヒトiPS細胞株TkDN4-Mは、東京大学医学研究所のStem Cell Bankによって提供されたものを用いた。ヒト多能性幹細胞をビトロネクチン断片(VTN-N;サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)でコーティングした6ウェル組織培養用プレート(Wako社製)上で、ペニシリンストレプトマイシンアムホテリシンB懸濁液(PSA;Wako社製)を1%添加したEssential 8(E8;サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)中で培養した。継代培養のために、培養したヒト多能性幹細胞をAccutase(Innovative Cell Technologies社製)によって分離させ、単一細胞を1% PSA、10mM Rhoassociated kinase inhibitor(Y-27632;Wako社製)を含有するE8培地中で1.0×104cells/cm2で播種した。細胞を、5%CO2インキュベーター内で、37℃で培養した。培地は、1%PSAを含むE8培地で毎日交換した。
【0091】
細胞凝集体形成のために、分離した多能性幹細胞を、1% PSA、5mg/mLウシ血清アルブミン(BSA; Proliant Biologicals社製)、および10μM Y-27632を含有するE8培地を用いて、エルレンマイヤーフラスコ(コーニング社製)に7.×105cells/mLで播種した。エルレンマイヤーフラスコを、90rpmで振とうさせた。細胞を5%CO2インキュベーター内で、37℃で培養した。培地は、1% PSAおよび5mg/mL BSAを含むE8培地で毎日交換した。培養3~5日後、凝集体が形成された。
【0092】
(3)内分泌前駆細胞の調製
ヒト多能性幹細胞の内分泌前駆細胞への分化誘導のために、(2)で得られたヒト多能性幹細胞凝集体を、1% PSA、5μM Y-27632、20%ノックアウトTM血清リプレイスメント(KSR;Wako社製)、1%非必須アミノ酸(NEAA;Wako社製)、および55μM 2-メルカプトエタノール(2-ME;サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を含むDMEM/Ham’s F‐12培地(Wako社製)で1日間前培養した。内分泌前駆細胞の分化は、下記の5段階で行った。
【0093】
<第1段階:ヒト多能性幹細胞から内胚葉系細胞への分化誘導>
ヒト多能性幹細胞を内胚葉系細胞(DE)に分化させるために、5mg/mLのBSA、1mMピルビン酸ナトリウム、1% NEAA、0.4% PSA、80ng/mL 組換えヒトアクチビンA(R&Dシステムズ社製)、55μM 2-ME、50ng/mLの組換えヒト線維芽細胞増殖因子2(FGF2;リプロセル社製)、および20ng/mL BMP4(Miltenyi Biotec社製)を含むRPMI-1640(Wako社製)の培地で、ヒト多能性幹細胞凝集体を、毎日培地交換を行いながら4日間培養した。3μM CHIR99021(Wako社製)を1日目に添加し、1% KSRを4日目に添加した。
【0094】
<第2段階:内胚葉系細胞から原始腸管細胞への分化誘導>
内胚葉系細胞(DE)から原始腸管細胞(PGT)に分化させるために、上記で得られた内胚葉系細胞凝集体を5mg/mL BSA、1mMピルビン酸ナトリウム、1% NEAA、0.4% PSA、50ng/mL FGF2、50ng/mL 組換えヒトFGF7(Miltenyi Biotec社製)、および2% B-27サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を含むRPMI-1640中で2日間培養した。
【0095】
<第3段階:原始腸管細胞(PTG)か後前腸細胞(PFG)への分化誘導>
原始腸管細胞(PTG)から後前腸細胞(PFG)に分化させるために、上記で得られたPGT細胞凝集体を4日間培養し、培地を2日目に交換した。得られた細胞凝集体を、1% NEAA、0.4% PSA、2% B-27サプリメント、0.67μM EC23(Santa Cruz Biotechnology社製)、1μM Dorsomorphin(Wako社製)、10μM SB431542(Wako社製)、および0.25μM SANT1(Wako社製)を添加したDMEM-高グルコース培地(Wako社製)で培養した。
【0096】
<第4段階:後前腸細胞(PFG)から膵臓前駆細胞(PP)への分化誘導>
後前腸細胞(PFG)から膵臓前駆細胞(PP)に分化させるために、後前腸細胞凝集体を3日間培養し、培地を2日目に交換した。後前腸細胞凝集体を、1% NEAA、0.4% PSA、2% B-27サプリメント、50ng/mL 組換えヒトFGF10(Wako社製)、0.5μM ECM23、1μM Dorsomorphin、5μM Alk5阻害剤II(Rep Sox;Sigma Aldrich社製)、0.25μM SNAT1、および300nM indolactam V(ILV;Cayman Chemical社製)を添加したDMEM-高グルコース培地で培養した。
【0097】
<第5段階:膵臓前駆細胞(PP)から内分泌前駆細胞(EP)への分化誘導>
膵臓前駆細胞(PP)から内分泌前駆細胞(EP)に分化させるために、膵臓前駆細胞凝集体を3日間培養し、培地を2日目に交換した。得られた膵臓前駆細胞凝集体を、2mM L-グルタミン(Wako社製)、0.4% PSA、2% B-27サプリメント、50ng/mL exendin4(EX4;Wako社製)、0.2μM EC23及び1μM RepSox、0.25μM SANT1を添加したAdvanced DMEM培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)で培養した。
【0098】
(4)透析培養による膵島様細胞の分化誘導
上記(3)で得られた内分泌前駆細胞凝集体を収集し、第5段階の最終日に2.4×105cells/mLを、上記(1)の透析培養容器に移し、14.5mLの透析培地を培養インサートの下部のウェルに充填した。透析培地は、成長因子を含まない2mM L-グルタミン、0.4% PSA、2% B-27サプリメントおよび低分子化合物(5μM RepSox、10μM Forskolin及び5mM ニコチンアミド)を含むAdvanced DMEM培地を用いた。
【0099】
次に、内分泌前駆細胞凝集体を、2.5mLの分化誘導培地を用いて、培養インサート中で6日間培養した。分化誘導培地としては、透析膜のMWCOより大きい分子量(3kDa)の高分子(10ng/mLのBMP4(34kDa)、10ng/mLのFGF2(17kDa)、50ng/mLの組換えヒト肝細胞成長因子(HGF;Miltenyi Biotec社製)(70kDa)及び50ng/mLのインスリン様成長因子1(IGF1;Peprotech社製)(7.7kDa)、50ng/mLのEX4(4kDa))、サプリメント(2mM L-グルタミン、0.4% PSA、2% B-27サプリメント及び低分子化合物(5μM RepSox、10μM Forskolin(富士フイルム和光純薬社製)及び5mM ニコチンアミド(Sigma Aldrich社製))を含む高DMEM培地を用いた。
【0100】
透析培養の効果を評価するために、内分泌前駆細胞凝集体を、対照、DC(2)、DC(1)及びDC(0)という4つの異なる培養条件で培養した。
対照では、透析培養インサートを密封し、培地が分化培地と透析培地との間で混合されないようにした。分化誘導培地は隔日に培地交換し、透析培地は変更しなかった。
DC(2)、DC(1)及びDC(0)では、分化誘導培地および透析培地は透析膜を介して相互作用することができた。分化誘導培地および透析培地は、DC(2)、DC(1)において、それぞれ、2回、1回培地交換し、DC(0)では培地交換を行わなかった。
なお、以下の各測定において、データは、2つの独立した実験から取得し、means±SDで表した。統計解析はスチューデントのt検定を用いて差を評価した。2群以上の比較のために、post hoc Tukey HSD検定を用いたOne-way ANOVAを実施した。p<0.05の値を有意とした。
【0101】
(5)グルコース及び乳酸の測定
培養中の透析培養の詳細な効果を評価するために、分化誘導培地と透析培地とを培地交換ごとに採取した。各培地のグルコースおよび乳酸レベルをバイオアナライザー(王子科学機器社製)で測定した。その結果を
図2に示す。
図2に示したように、DC(2)、DC(1)、DC(0)の各透析培養条件において、透析なしの対照培養よりもグルコース濃度が高く、乳酸濃度は低く、良好な培養環境を示した(
図2(a)、(b))。さらに、透析培養条件下で透析培地中の乳酸の蓄積が観察され、透析により連続的な乳酸除去が生じたことが示された(
図2(d))。透析培養条件下では、両培地中の乳酸濃度は、低い方から順にDC(2)、DC(1)、DC(0)となることが分かった。また、透析培養においては、分化誘導培地及び透析培地のグルコース濃度は新鮮培地と近く、透析培養ではグルコース供給が豊富であることが示唆された(
図2(a)、(c))。
【0102】
分化した細胞凝集体を集め、細胞数を計測するため分離した。各培養条件における最終細胞密度の測定結果を
図3に示す。データは、2つの独立した実験よりn=5-6、means±SDで示す。
図3に示したように、対照、DC(2)、DC(1)及び(0)の各培養条件間で膵島様細胞の最終細胞密度に有意差はなかった。
【0103】
(6)RT-qPCR分析
膵島様細胞への分化の0日目および6日目に、細胞凝集体をTRIZol試薬(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いて採取した。クロロホルム(Wako社製)を添加して15,000gで15分間遠心分離することにより、全RNAを単離した。次に、2-プロパノール(Wako社製)を、採取した上清に添加し、15,000×gで15分間遠心分離して、精製されたRNAペレットを調製した。RNAペレットを75%エタノールで洗浄し、RNase非含有水に溶解した。RNA濃度はNanoDrop(島津製作所社製)で測定し、各試料からのRNA 100ngをPrime ScriptTM逆転写酵素(タカラバイオ社製)で逆転写した。逆転写後、転写された相補的DNA試料をSYBR Green遺伝子発現アッセイにより定量し、StepOne Plus(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)により検出した。標的遺伝子としては、NGN3、PDX1、NKX6.1、MAFA、INS、GCG、SST、GLUT1、GLUT2、GCK及びハウスキーピング遺伝子としてβアクチンを用いた。NGN3、PDX1、NKX6.1、MAFA、INS、GCG、SST、GLUT1、GLUT2、GCK、βアクチンのフォワードプライマー配列及びリバースプライマー配列を表1に示す。
【0104】
【0105】
RT-qPCR分析の結果を
図4に示す。データは、2つの独立した実験より、n=5-6、means±SDを表す。統計解析は、Post hoc Tukey HSD testを用いたone-way ANOVA(
*p<0.05,
**p<0.01)を用いて行った。
図4に示したように、NGN3のmRNA発現は、内分泌前駆細胞と比較して6日目に全ての培養条件で減少した。NGN3は初期の内分泌前駆細胞から発現を開始し、膵島様細胞の成熟とともに減少した。NGN3とは、対照的に、PDX1、NKX6.1、MAFA、INS、GCG、SST、GLUT2及びPCSK1のような膵臓遺伝子の発現レベルは、内分泌前駆細胞と比較して全ての培養条件において培養6日目に上昇制御された。これらの結果は、内分泌前駆細胞が膵島様細胞に分化誘導されたことを示唆する。
培地交換頻度の少ないDC(1)及びDC(0)の培養条件では、通常の培地交換の頻度である、対照およびDC(2)よりも膵臓内分泌ホルモンであるINS(インシュリン遺伝子)およびGCG(グルカゴン遺伝子)の発現レベルが有意に高かった。さらに、DC(0)の培養条件では、GLUT(グルコース輸送体遺伝子)1、GLUT2、およびGCK(グルコキナーゼ遺伝子)のようなグルコース感知遺伝子およびグルコース代謝関連遺伝子の発現レベルが対照よりも高い傾向にあった。特にGLUT2の発現レベルは対照よりもDC(1)とDC(0)の培養条件で有意に高かったが、PDX1、NKX6.1、MAFA及びPCSK1では発現レベルに有意差はなかった。
【0106】
(7)免疫染色
分化した膵島様細胞を集め、4%パラホルムアルデヒドで固定した。固定した細胞凝集体をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で15分間3回洗浄し、室温で1時間、1% Triton X100を含むPBS中で透過処理した。透過処理した細胞凝集体をPBSで15分間3回洗浄し、6% BSAを含むPBS中で、4℃で一晩ブロックした。免疫染色は、マウス抗インスリン抗体(1:500;Abcam社製)およびマウス抗グルカゴン抗体(1:500;Abcam社製)を一次抗体として用い、3% BSA(PBSB)を含有するPBS中で希釈し、4℃で48時間インキュベートすることにより行った。細胞を0.2% Tween 20(PBST)を含有するPBSで30分間3回洗浄した後、PBSBで希釈した二次抗体(Alexa Fluor 647結合ロバ抗マウスIgG)(1:500;Abcam社製)と、暗所で4℃、一晩インキュベートした。免疫染色後、核を4’,6’-ジアミジノ-2‐フェニルインドール(DAPI;1:1000;同仁化学社製)で染色した。次に、組織除去試薬(Visikol社製)により細胞凝集体を除去し、密な細胞凝集体の断面を観察した。蛍光画像は、共焦点レーザー走査顕微鏡(IX-81、オリンパス社製)を用いて取得し、膵島様細胞の断面積に対する陽性細胞面積の割合を、Image Jソフトウェア(米国国立精神衛生研究所)を用いて、各画像において計測した。結果を
図5に示す。
【0107】
図5に示したように、全ての培養条件下で膵島様細胞のインシュリン陽性細胞及びグルカゴン陽性細胞を観察した。また、DC(1)及びDC(0)の培養条件で、インシュリン陽性細胞及びグルカゴン陽性細胞面積が増加していた。
図6に、インスリン陽性細胞及びグルカゴン陽性細胞面積の測定結果を示す。
図6に示したように、インスリン陽性細胞面積の割合は、DC(1)で、20.6±5.8%、DC(0)で、24.1±7.9%であり、対照(8.6±4.4%)と比較して有意に増加していた(
図6(a))。さらに、DC(0)のグルカゴン陽性細胞面積の割合は、1.78±1.02%であり、対照(0.52±0.36%)よりも有意に大きかった(
図6(b))。これらの結果は、DC(0)の培養条件では、インシュリン及びグルカゴンのmRNA発現レベルの増加に応じて、より多くの細胞がインシュリンまたはグルカゴンを産生することを示している。
【0108】
(8)グルコース刺激C-ペプチド分泌試験
膵島様細胞へ分化後、各培養条件下の膵島様細胞を採取し、グルコース刺激を行った。その後、C-ペプチド分泌アッセイを行い、グルコース刺激インスリン分泌(Glucose-stimulated insulin secretion;GSIS)を測定した。グルコース刺激は、2相で行い、各相、低濃度グルコース刺激と高濃度グルコース刺激を行った。具体的には下記の操作を2回繰り返した。
細胞凝集体を、10mM HEPES、0.1% BSAを含有するDMEM(グルコースなし)で2回洗浄し、10mM HEPES、0.1% BSAを含有するDMEM(2mMグルコース)中、37℃で30分間プレインキュベートした。細胞凝集体を、10mM HEPES、0.1% BSAを含有するDMEM(グルコースなし)で2回洗浄し、次いで、10mM HEPES、0.1% BSAを含有する1mLのDMEM(2mMグルコース)中で、37℃で1時間インキュベートした。培地の上清を穏やかに混合した後に集め、C-ペプチド濃度を均一にした。細胞凝集体を、10mM HEPES、0.1% BSAを含有するDMEM(グルコースなし)で2回洗浄し、次いで、10mM HEPES、0.1% BSAを含有する1mL DMEM(20mMグルコース)中で、37℃で1時間インキュベートし、上清を採取した。各相におけるサンプリングされた上清のC-ペプチド濃度を、ヒトC-ペプチドELISAキット(Mercodia、Winston Salem社製)を用い、製品のプロトコールに従って測定した。
【0109】
結果を
図7及び
図8に示す。
図7に示したように、GSISの最初のグルコース刺激では、すべての培養条件下で高濃度グルコース刺激によるCペプチド分泌の有意な増加は観察できなかった(
図7)。これは、膵島様細胞の未熟性によると推定される。GSISの2回目のグルコース刺激において、高濃度グルコース刺激に対するC-ペプチド分泌応答の倍増を観察し、DC(0)の培養条件のみがC-ペプチド分泌の有意な増加を示した(
図8)。さらに、DC(1)およびDC(0)の培養条件では、DC(2)および対照の培養条件よりも低濃度グルコース刺激および高濃度グルコース刺激の各々においてC-ペプチドの分泌が高い傾向を示した。
次に、高濃度グルコース刺激と低濃度グルコース刺激とにおけるC‐ペプチド分泌の比を計算した。その結果を
図9に示す。
図9に示したように、対照は、1.26±0.76、DC(2)は1.35±0.64、DC(1)は、1.18±0.35、DC(0)は、1.57±0.57であった。
【0110】
上述したように、DC(0)の培養条件では、GLUT1、GLUT2、およびGCKの遺伝子の発現が増加していたことから、この結果は、グルコース感知遺伝子及びグルコース代謝関連遺伝子発現の増加制御に起因するものと推定される。なお、β細胞の生育に関与するPDX1、NKX6.1、MAFA、及びインシュリン分泌プロセスに関与するPCSK1の発現レベルに有意な変化はなかったことから、DC(0)の培養条件におけるGSISの改善は、主にβ細胞のグルコース感知およびグルコース代謝の成熟に起因するものと推定される。