(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024140805
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】自己免疫性脳弓下器官疾患を判定するための方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20241003BHJP
【FI】
G01N33/53 N ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023052145
(22)【出願日】2023-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(71)【出願人】
【識別番号】518150688
【氏名又は名称】プロテオブリッジ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100138911
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻井 陽子
(72)【発明者】
【氏名】宇都宮 朱里
(72)【発明者】
【氏名】五島 直樹
(72)【発明者】
【氏名】山口 圭
(57)【要約】
【課題】本開示の目的の1つは、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患しているか否かを判定するための方法を提供することである。
【解決手段】対象から採取された試料における抗ZSCAN1抗体のレベルをカットオフ値と比較することを含む、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患しているか否かを判定するための方法が提供される。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象から採取された試料における抗ZSCAN1抗体のレベルをカットオフ値と比較することを含む、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患しているか否かを判定するための方法。
【請求項2】
自己免疫性脳弓下器官疾患が本態性高ナトリウム血症またはROHHAD症候群である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
対象の血中ナトリウム濃度が標準値と比較して高い、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
対象が神経芽腫群腫瘍に罹患していない、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
対象から採取された試料における抗ZSCAN1抗体のレベルを測定することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
抗ZSCAN1抗体のレベルがカットオフ値と比較して高い場合に対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定される、請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
対象から採取された試料における抗Nax抗体のレベルをカットオフ値と比較することをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
対象から採取された試料における抗Nax抗体のレベルを測定することを含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
抗Nax抗体のレベルがカットオフ値と比較して高い場合に、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定される、請求項7または8に記載の方法。
【請求項10】
対象から採取された試料が、血液試料である、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
血液試料が、血漿試料または血清試料である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
ZSCAN1またはその断片を含む、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患しているか否かを判定するためのキット。
【請求項13】
SCN7Aまたはその断片をさらに含む、請求項12に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患しているか否かを判定するための方法およびキットに関する。
【背景技術】
【0002】
本態性高ナトリウム血症は、口渇中枢障害を伴う高ナトリウム血症とも呼ばれる。本症は不均一な臨床像を示すが、その特徴的な症状は、高ナトリウム血症、抗利尿ホルモンの低下を伴う低張尿および口渇感欠如である。一部の症例では、生来の構造的な病変(中隔視神経形成異常症など)、視床下部-下垂体領域の腫瘍、炎症(例えば、CMV、HHV6、COVID-19による脳炎)などにより、視床下部や下垂体に損傷がある。視床下部や下垂体に構造的な病変を持たない本態性高ナトリウム血症患者において、脳弓下器官に対する特異的な抗体応答が報告されている(非特許文献1)。脳弓下器官に対する自己抗体として抗Nax抗体が報告されているが、その他に標的となる抗原分子は同定されていない(非特許文献2、3)。
【0003】
ROHHAD(低換気、視床下部機能不全および自律神経調節不全を伴う急速発症肥満)症候群は、2007年に提唱された比較的新しい疾患概念であり、非常に稀な小児科疾患である。神経内分泌腫瘍(NET)を伴う場合、ROHHAD-NET症候群とも呼ばれる(非特許文献4)。典型的には平均で3歳頃から発症する急激な肥満と中枢性低換気を特徴とし、成長ホルモン欠乏とナトリウムレベル異常を高頻度で合併する。より頻度の低い合併症として、高プロラクチン血症、中枢性甲状腺機能低下症、心呼吸停止が挙げられる。病因としては、遺伝やエピゲノムに加え、自己免疫が推測されており、脳弓下器官および視床下部に対する抗体が検出されている(非特許文献5)。最近、神経芽腫群腫瘍を伴うROHHAD患者の主に脳脊髄液にZSCAN1に対する自己抗体が検出され、腫瘍組織にZSCAN1の発現が見られたことから、ROHHADが傍腫瘍性神経症候群である可能性が示唆された(非特許文献6)。ZSCAN1は卵巣癌の予後予測マーカーとして知られている(非特許文献7)。
【0004】
本態性高ナトリウム血症とROHHAD症候群の臨床的特徴を比較すると、ナトリウムレベルの異常に加えて、類似の視床下部-下垂体機能障害があり、一部の症例では脳弓下器官に対する自己抗体の関与が推測される(非特許文献8)。脳弓下器官は、口渇および塩欲求制御の中枢であり、血中ナトリウムセンサーとして主要な役割を担い、抗利尿ホルモン分泌にも関与する。脳血管関門を免れている血管豊富な部位であり、脳脊髄液に直接接触し、抗体が侵入することも知られている。しかしながら、本態性高ナトリウム血症とROHHAD症候群に共通する抗原は同定されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Hiyama T.Y., et al. Adipsic hypernatremia without hypothalamic lesions accompanied by autoantibodies to subfornical organ. Brain Pathol. 2017;27:323-331. doi: 10.1111/bpa.12409.
【非特許文献2】Hiyama T.Y., et al., Autoimmunity to the sodium-level sensor in the brain causes essential hypernatremia. Neuron. 2010;27:508-522. doi: 10.1016/j.neuron.2010.04.017.
【非特許文献3】宇都宮朱里, 小児内科, vol. 53, 増刊号2021, 362-365
【非特許文献4】Lee J.M., et al. Rapid-Onset Obesity with Hypoventilation, Hypothalamic, Autonomic Dysregulation, and Neuroendocrine Tumors (ROHHADNET) Syndrome: A Systematic Review. Biomed. Res. Int. 2018;21:1250721. doi: 10.1155/2018/1250721.
【非特許文献5】Nakamura-Utsunomiya A., et al. Identification of clinical factors related to antibody-mediated immune response to the subfornical organ. Clin. Endocrinol. 2022;97:72-80. doi: 10.1111/cen.14737.
【非特許文献6】Mandel-Brehm C., et al. ZSCAN1 Autoantibodies Are Associated with Pediatric Paraneoplastic ROHHAD. Ann. Neurol. 2022 doi: 10.1002/ana.26380
【非特許文献7】Li N, et al. DNA methylation markers as triage test for the early identification of cervical lesions in a Chinese population. Int. J. Cancer. 2021; 148:1768-1777. https://doi.org/10.1002/ijc.33430
【非特許文献8】Nakamura-Utsunomiya, A. Autoimmunity Related to Adipsic Hypernatremia and ROHHAD Syndrome. Int. J. Mol. Sci. 2022, 23, 6899. https://doi.org/10.3390/ijms23136899
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示の目的の1つは、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患しているか否かを判定するための方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、自己免疫性脳弓下器官疾患の患者の血中では、抗ZSCAN1抗体のレベルが高いことを見出した。従って、抗ZSCAN1抗体を自己免疫性脳弓下器官疾患のマーカーとして使用し得る。
【0008】
ある態様では、本開示は、対象から採取された試料における抗ZSCAN1抗体のレベルをカットオフ値と比較することを含む、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患しているか否かを判定するための方法を提供する。
【0009】
ある態様では、本開示は、ZSCAN1またはその断片を含む、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患しているか否かを判定するためのキットを提供する。
【発明の効果】
【0010】
本開示により、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患しているかを判定するための方法およびキットが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】マウス脳弓下器官を含む切片を患者の血清試料および抗ZSCAN1抗体で免疫染色した結果を示す。
【
図2】患者の血清試料に含まれる抗Na
x抗体および抗ZSCAN1抗体をELISA法により測定した結果を示す。
【
図3】脳弓下器官(SFO)への抗体反応陽性者の血清試料に含まれる抗Na
x抗体および抗ZSCAN1抗体をELISA法により測定した結果を示す。
【
図4】患者の血清試料にZSCAN1タンパク質を添加した後に、抗ZSCAN1抗体をELISA法により測定した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
特に具体的な定めのない限り、本明細書で使用される用語は、有機化学、医学、薬学、分子生物学、微生物学等の分野における当業者に一般に理解されるとおりの意味を有する。以下にいくつかの本明細書で使用される用語についての定義を記載するが、これらの定義は、本明細書において、一般的な理解に優先する。
【0013】
本明細書では、数値が「約」の用語を伴う場合、その値の±10%の範囲を含むことを意図する。例えば、「約20」は、「18~22」を含むものとする。数値の範囲は、両端点の間のすべての数値および両端点の数値を含む。範囲に関する「約」は、その範囲の両端点に適用される。従って、例えば、「約20~30」は、「18~33」を含むものとする。
【0014】
ある態様では、対象から採取された試料における抗ZSCAN1抗体のレベルをカットオフ値と比較することを含む、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患しているか否かを判定するための方法が提供される。本方法により、自己免疫性脳弓下器官疾患の診断を補助すること、または、自己免疫性脳弓下器官疾患の診断のための情報を提供することができる。
【0015】
本開示において、自己免疫性脳弓下器官疾患は、脳弓下器官に発現する抗原に対する自己免疫が関与する疾患を意味し、本態性高ナトリウム血症およびROHHAD症候群が含まれる。脳弓下器官は、脳内のナトリウムセンサー(Naxチャネル)と浸透圧センサー(TPPV4チャネル)機能を有する脳室周囲器官の一部であり、ナトリウムセンサーとして主要な役割を担っている。
【0016】
本態性高ナトリウム血症は、口渇中枢障害を伴う高ナトリウム血症とも呼ばれる。血清ナトリウム値の恒常性は生命維持に必須であり、ヒトの体液のナトリウムレベルは通常135~145mEq/Lで維持されている。血中ナトリウム濃度が上昇すれば口渇中枢が働き、ナトリウム濃度を低下させるために飲水行動が起こるが、口渇中枢に障害があると飲水行動が起こらず、高ナトリウム血症を発症する。本態性高ナトリウム血症の主な診断基準は次の通りである:(1)血清または血漿中ナトリウムが、標準値(約145mEq/L)より持続して高値である、(2)高ナトリウム血症が存在するにもかかわらず、口渇感がない、(3)他に高ナトリウム血症を来す明らかな器質的原因がない。後述する実施例により、本態性高ナトリウム血症において、脳弓下器官に発現するZSCAN1に対する抗体の血中レベルが高い症例が見出された。
【0017】
ROHHAD症候群は、急激な肥満、中枢性低換気、視床下部機能不全および自律神経調節不全を伴う症候群の略称であり、2007年にIze-Ludlowらによって定義された比較的新しい疾患概念である(Ize-Ludlow D, et al., Rapid-onset obesity with hypothalamic dysfunction, hypoventilation, and autonomic dysregulation presenting in childhood. Pediatrics. 2007 Jul;120(1):e179-88. doi: 10.1542/peds.2006-3324)。全例で急激な肥満および中枢性低換気が認められ、高頻度の合併症として、成長ホルモン欠乏およびナトリウムレベル異常、半数で認められる合併症として、高プロラクチン血症、中枢性甲状腺機能低下症、心呼吸停止が挙げられる。神経内分泌腫瘍(NET)を合併する場合があり、ROHHAD-NET症候群とも呼ばれる。後述する実施例により、神経芽腫群腫瘍を合併しないROHHAD症候群において、脳弓下器官に発現するZSCAN1に対する抗体の血中レベルが高い症例が見出された。
【0018】
本開示において、対象はヒトである。対象は、自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していることが疑われる対象であってもよい。例えば、血中ナトリウム濃度が標準値(例えば、145mEq/L)と比較して高い対象が挙げられる。あるいは、対象は、急激な肥満など、ROHHAD症候群の徴候または症状が見られる対象であってもよい。ある実施態様では、対象は腫瘍、好ましくは神経内分泌腫瘍、より好ましくは神経芽腫群腫瘍に罹患していない。神経芽腫群腫瘍には、神経芽腫、神経節芽腫および神経節腫が含まれる。
【0019】
試料は、対象から採取された生体試料であり、採取後にさらに調製したものであってもよい。例えば、試料は血漿試料または血清試料などの血液試料であり得る。血液試料は、通常の方法で、例えば静脈または動脈から採取された血液を、当業者に周知の方法により適宜処理することにより調製し得る。この処理は、特に限定されず、臨床学的に許容されるいかなる処理でもあってもよい。例えば、抗凝固剤の添加、遠心分離などが行われる。試料は使用に先立ち低温下で保存してもよく、例えば、冷凍保存し得る。また、試料は必要に応じて適宜濃縮または希釈して使用し得る。ある実施態様では、本開示の方法は、対象から試料を採取することを含む。
【0020】
抗ZSCAN1抗体は、ZSCAN1に結合できる抗体である。ZSCAN1は、転写因子の1つであるジンクフィンガーおよびSCANドメイン含有タンパク質1の略称である。脳および精巣にZSCAN1タンパク質の発現が見られ、下垂体、視床下部および精巣にRNAの発現が見られる。種々の生物種に由来するZSCAN1のアミノ酸配列は、公知のデータベースを利用して、容易に入手できる。ヒトZSCAN1の代表的なアミノ酸配列は、GenBankアクセッション番号NP_872378.3(配列番号1)として登録されている。本開示において、ZSCAN1は、その天然に存在する対立遺伝子の産物を含む。
【0021】
本開示において、抗体のアイソタイプは限定されない。アイソタイプの例には、IgG(IgG1、IgG2、IgG3、IgG4)、IgM、IgA、IgD、IgEなどが含まれ、好ましくはIgG、IgMまたはIgA、より好ましくはIgGである。
【0022】
抗ZSCAN1抗体のレベルを測定する方法は、限定されない。例えば、抗ZSCAN1抗体は、免疫学的手法により測定し得る。免疫学的手法としては、酵素免疫固相法(ELISA法、例えば、直接法、間接法、サンドイッチ法または競合法)、イムノクロマト法、ウェスタンブロッティング、フローサイトメトリー解析、放射性同位元素免疫測定法(RIA法)などを例示できる。
【0023】
ある実施態様では、抗ZSCAN1抗体のレベルは、(1)対象から採取された試料を、ZSCAN1またはその断片と接触させる工程、および、(2)ZSCAN1またはその断片に結合した抗体の量を測定する工程、を含む方法により測定される。
【0024】
本開示に関して、対象から採取された試料と接触させるZSCAN1は、生体試料中の抗ZSCAN1抗体を検出できる限り、本来のアミノ酸配列(例えば配列番号1のアミノ酸配列)において、1個または数個のアミノ酸が欠失、置換あるいは付加した配列を含んでもよい。なお、「数個」とは、好ましくは2~7個、より好ましくは2~5個、最も好ましくは2~3個のアミノ酸を意味する。アミノ酸置換は、類似するアミノ酸残基間の保存的置換が好ましい。
【0025】
また、対象から採取された試料と接触させるZSCAN1は、生体試料中の抗ZSCAN1抗体を検出できる限り、本来のアミノ酸配列と、BLAST等を用いて計算したときに(例えば、BLASTのデフォルト、即ち初期条件のパラメーターを用いた場合に)、少なくとも約60%以上、好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%以上、特に好ましくは約95%以上、最も好ましくは約97%、約98%もしくは約99%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含んでもよい。
【0026】
ZSCAN1の断片は、ZSCAN1の一部のアミノ酸配列を含み、生体試料中の抗ZSCAN1抗体を検出できるものであれば、特に限定されない。ZSCAN1の断片のアミノ酸残基の数は、例えば6以上、8以上、12以上、20以上、40以上、100以上、200以上、300以上または400以上、かつ、10未満、50未満、100未満、200未満または408未満であり得る。
【0027】
ZSCAN1またはその断片は、生体試料中の抗ZSCAN1抗体を検出できる限り、化学修飾されていてもよい。リンカー、エピトープタグ、蛍光タンパク質、精製を容易にするペプチドなどが付加されていてもよい。
【0028】
ZSCAN1またはその断片は、遺伝子工学的手法により、例えば、これをコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターを作製して細胞で発現させる方法など、公知の方法により製造できる。具体的には、ZSCAN1またはその断片をコードするポリヌクレオチドがエンハンサーやプロモーターなどの発現制御領域のもとで発現するよう発現ベクターを構築し、この発現ベクターで宿主細胞を形質転換して、ZSCAN1またはその断片を発現させ、回収する。あるいは、無細胞タンパク質合成系により、即ち、細胞を直接使用せず、コムギ胚芽、大腸菌、ウサギ網状赤血球、昆虫細胞などの細胞に由来する酵素などを利用してZSCAN1またはその断片を合成してもよく、例えば、Goshima, N. et al.: Human protein factory for converting the transcriptome into an in vitro-expressed proteome, Nat Methods. 2008 Dec;5(12):1011-7 に記載のコムギ無細胞タンパク質合成系により、合成し得る。
【0029】
工程(1)では、抗ZSCAN1抗体の測定方法(各種イムノアッセイなど)に応じて、対象から採取された試料とZSCAN1またはその断片をどのような方法で接触させてもよい。例えば、試料中の抗体、または、抗原(ZSCAN1またはその断片)を固相に固定して接触させもよく、抗体と抗原の両方とも固相に固定しない状態で接触させてもよい。好ましくは、抗原を固相に固定した状態で接触させる。固相は、抗体または抗原を固定できるものであれば特に限定されるものではなく、どのような形状や材質であっても良い。例えば、ナイロン膜などのメンブレン、ビーズ、ガラス、プラスチック、および金属などを例示できる。
【0030】
工程(2)では、どのような方法でZSCAN1またはその断片に結合した抗体の量を測定してもよい。例えば、抗原に結合した抗体に対して直接または間接的に標識抗体を接触させ、結合した標識抗体の標識に由来するシグナルを定量することによって、抗ZSCAN1抗体の量を測定できる。標識抗体は、特に制限されず、例えば抗体定常領域に対する抗体または抗イディオタイプ抗体であり得る。標識は検出可能な物質であればよく、例えば、放射性同位元素、蛍光標識、発光標識、生物発光標識、酵素標識およびビオチンが挙げられる。
【0031】
本開示の方法では、対象から採取された試料における抗ZSCAN1抗体のレベルがカットオフ値と比較して高い場合に、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定し得る。抗ZSCAN1抗体のレベルがカットオフ値と同等である場合、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定するか、罹患していないと判定するか、判定の目的などに応じて任意に設定できる。従って、ある実施態様では、抗ZSCAN1抗体のレベルがカットオフ値以上である場合に対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定する。別の実施態様では、抗ZSCAN1抗体のレベルがカットオフ値より高い場合に対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定する。
【0032】
カットオフ値は、自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患している対象群と罹患していない対象群を、統計的に有意差をもって分けることができる値である。カットオフ値の設定は、種々の統計解析手法を用いて、公知の方法により実施できる。例えば、自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患している対象群から取得された試料における抗ZSCAN1抗体のレベルと、罹患していない対象群から取得された試料における抗ZSCAN1抗体のレベルを統計解析的に処理することにより、カットオフ値を設定できる。統計的有意差は、カイ二乗検定、一般化Wilcoxon検定、Wilcoxonの符号順位検定、Mann-Whitney検定、ログランク検定、Cox比例ハザードなどの公知の検定方法により解析され得る。カットオフ値の設定には、例えば、SPSS、JMP、Prism等の統計解析用ソフトウェアを使用し得る。
【0033】
カットオフ値は、感度および/または特異度に基づいて設定し得る。好ましくは、カットオフ値は、高い感度および高い特異度の両方を示す。ここで、感度とは、真の陽性率を意味する。また、特異度とは真の陰性率を意味する。例えば、自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患している対象群で高い陽性率を示し、かつ、自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していない対象群で高い陰性率を示す抗ZSCAN1抗体のレベルを、カットオフ値として設定し得る。
【0034】
例えば、診断検査の有用性を検討する手法として一般的に用いられているROC解析(receiver operating characteristic analysis)により、カットオフ値を設定することができる。ROC解析では、各カットオフ値における感度を縦軸に、偽陽性率(1-特異度)を横軸にプロットしたROC曲線が作成される。ROC曲線は、診断能のない検査では対角線上の直線となるが、診断能が向上するほど、左上方に弧を描く曲線となる。左上隅との距離が最小となるROC曲線上の点を与えるカットオフ値は、感度と特異度に優れると言える。また、ヨーデン指標(Youden index)に基づいてカットオフ値を設定することもできる。具体的には、自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患している対象群および罹患していない対象群の抗ZSCAN1抗体のレベルから感度および特異度を求め、これらの値に基づき、市販の解析ソフトを使用してROC曲線を作成する。そして、感度と特異度が可能な限り100%に近いときの値を求めて、その値をカットオフ値とし得る。
【0035】
また、例えば、診断効率(即ち、自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患している対象を「罹患している」と正しく診断した症例と、自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していない対象を「罹患していない」と正しく診断した症例との合計数の全症例数に対する割合)を求め、最も高い診断効率が算出される抗ZSCAN1抗体のレベルをカットオフ値とし得る。
【0036】
特徴に応じてサブグループ化された患者群についてカットオフ値を設定することもできる。例えば、性別、年齢層または人種に応じてそれぞれカットオフ値が設定されてよい。
【0037】
ある実施態様では、本開示の方法は、対象から採取された試料における抗Nax抗体のレベルをカットオフ値と比較することをさらに含む。Naxは脳室周囲器官に発現するナトリウム濃度依存性ナトリウムチャネルである。神経節腫を合併した本態性高ナトリウム血症において、抗Nax抗体陽性の症例が報告されている(非特許文献2、3)。後述する実施例により、神経芽腫群腫瘍を合併しない本態性高ナトリウム血症およびROHHAD症候群において、抗Nax抗体の血中レベルが高い症例が見出された。
【0038】
抗Nax抗体は、ナトリウムチャネルタンパク質7型サブユニットα(SCN7A)に結合できる抗体である。SCN7Aは、脳室周囲器官等に発現するナトリウムチャネルのイオン透過性ポアを形成するサブユニットである。種々の生物種に由来するSCN7Aのアミノ酸配列は、公知のデータベースを利用して、容易に入手できる。ヒトSCN7Aの代表的なアミノ酸配列は、GenBankアクセッション番号NP_002967.2(配列番号2)として登録されている。本開示において、SCN7Aは、その天然に存在する対立遺伝子の産物を含む。
【0039】
抗Nax抗体のレベルは、上述の抗ZSCAN1抗体のレベルと同様に測定できる。例えば、(1)対象から採取された試料を、SCN7Aまたはその断片を試料と接触させる工程、および、(2)SCN7Aまたはその断片に結合した抗体の量を測定する工程、を含む方法により測定し得る。これらの工程は、上述の抗ZSCAN1抗体のレベルを測定する方法において、抗原としてZSCAN1またはその断片の代わりにSCN7Aまたはその断片を使用することにより、実施できる。
【0040】
本開示に関して、SCN7Aは、生体試料中の抗Nax抗体を検出できる限り、本来のアミノ酸配列(例えば配列番号2のアミノ酸配列)において、1個または数個のアミノ酸が欠失、置換あるいは付加した配列を含んでもよい。なお、「数個」とは、好ましくは2~7個、より好ましくは2~5個、最も好ましくは2~3個のアミノ酸を意味する。アミノ酸置換は、類似するアミノ酸残基間の保存的置換が好ましい。
【0041】
また、SCN7Aは、生体試料中の抗Nax抗体を検出できる限り、本来のアミノ酸配列と、BLAST等を用いて計算したときに(例えば、BLASTのデフォルト、即ち初期条件のパラメーターを用いた場合に)、少なくとも約60%以上、好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%以上、特に好ましくは約95%以上、最も好ましくは約97%、約98%もしくは約99%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含んでもよい。
【0042】
SCN7Aの断片は、SCN7A1の一部のアミノ酸配列を含み、生体試料中の抗Nax抗体を検出できるものであれば、特に限定されない。これらの断片のアミノ酸残基の数は、例えば6以上、8以上、12以上、25以上、50以上、100以上、200以上、500以上、1000以上または1500以上、かつ、10未満、25未満、50未満、52未満、100未満、500未満、1000未満または1682未満である。ある実施態様では、SCN7Aの断片は既報(非特許文献2)の抗Nax抗体のエピトープを含む。例えば、SCN7Aの断片はSCN7Aの11番目の細胞外領域の51アミノ酸(D1078~V1128、配列番号3)、好ましくは、6アミノ酸(C1107~F1112、配列番号4)を含む。
【0043】
SCN7Aまたはその断片は、生体試料中の抗Nax抗体を検出できる限り、化学修飾されていてもよい。リンカー、エピトープタグ、蛍光タンパク質、精製を容易にするペプチドなどが付加されていてもよい。
【0044】
SCN7Aまたはその断片は、上述のZSCAN1またはその断片と同様の方法で製造できる。
【0045】
この実施態様では、対象から採取された試料における抗Nax抗体のレベルがカットオフ値と比較して高い場合に、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定される。抗Nax抗体のレベルがカットオフ値と同等である場合、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定するか、罹患していないと判定するか、判定の目的などに応じて任意に設定できる。従って、ある実施態様では、抗Nax抗体のレベルがカットオフ値以上である場合に対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定する。別の実施態様では、抗Nax抗体のレベルがカットオフ値より高い場合に対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定する。抗Nax抗体のカットオフ値は、上述の抗ZSCAN1抗体のカットオフ値と同様に設定できる。
【0046】
この実施態様では、抗ZSCAN1抗体のレベルに拘わらず、対象から採取された試料における抗Nax抗体のレベルがカットオフ値と比較して高い場合に、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定される。従って、対象から採取された試料における抗ZSCAN1抗体および抗Nax抗体のレベルを測定し、抗ZSCAN1抗体のレベルがカットオフ値と比較して高い場合、および/または、抗Nax抗体のレベルがカットオフ値と比較して高い場合に、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定し得る。
【0047】
ある実施態様では、本方法により自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定された対象において、自己免疫性脳弓下器官疾患の治療が実施される。例えば、本方法により自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定された対象に、自己免疫性脳弓下器官疾患の治療薬を投与し得る。
【0048】
本方法により自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定された対象をさらに臨床的に診断し、治療を実施してもよい。例えば、本方法により自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定され、臨床的に本態性高ナトリウム血症と診断された対象に、本態性高ナトリウム血症の治療を実施する。例えば、本方法により自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定され、臨床的にROHHAD症候群と診断された対象に、ROHHAD症候群の治療を実施する。
【0049】
本態性高ナトリウム血症の治療の例には、デスモプレシン製剤の投与などが含まれる。ROHHAD症候群の治療の例には、低下している各ホルモンの補充、免疫グロブリン製剤投与、ステロイドパルス療法、シクロフォスファミド製剤、リツキシマブ製剤、血漿交換等による免疫抑制治療などが含まれる。
【0050】
別の態様では、ZSCAN1またはその断片を含む、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患しているか否かを判定するためのキットが提供される。ZSCAN1は抗ZSCAN1抗体の抗原であり、当該キットにより試料中の抗ZSCAN1抗体を検出または測定できる。ZSCAN1またはその断片は、水または適当な緩衝液、例えば、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)中に溶解されるか、または凍結乾燥された状態で、適切な容器中に収容されて、あるいは固相に結合した状態で、提供され得る。好適な容器には、ボトル、バイアル、シリンジ、試験管、プレート、メンブレン等が含まれる。容器は、ガラス、プラスチックなどの多様な材料から形成されていてよい。キットは、ZSCAN1またはその断片の検出に必要な他の成分や試薬をさらに含んでもよい。例えば、キットは、標識二次抗体、発色基質、ブロッキング液、洗浄緩衝液などをさらに含み得る。キットは、さらに、使用のための説明を含む添付文書等の、商業的見地および使用者の見地から望ましいその他の材料をさらに含み得る。
【0051】
ある実施態様では、キットはSCN7Aまたはその断片をさらに含んでもよい。SCN7Aは抗Nax抗体の抗原であり、当該キットにより、試料中の抗ZSCAN1抗体に加えて、抗Nax抗体も検出または測定できる。一度の操作で試料中の抗ZSCAN1抗体と抗Nax抗体を同時に検出または測定できるキットが好ましい。
【0052】
ある態様では、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患しているか否かを判定するための、ZSCAN1またはその断片が提供される。
ある態様では、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患しているか否かを判定するためのキットを製造するための、ZSCAN1またはその断片の使用が提供される。
【0053】
例えば、下記の実施態様が提供される。
[1]対象から採取された試料における抗ZSCAN1抗体のレベルをカットオフ値と比較することを含む、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患しているか否かを判定するための方法。
[2]自己免疫性脳弓下器官疾患が本態性高ナトリウム血症またはROHHAD症候群である、第1項に記載の方法。
[3]対象の血中ナトリウム濃度が標準値と比較して高い、第1項または第2項に記載の方法。
[4]対象が神経芽腫群腫瘍に罹患していない、第1項~第3項のいずれかに記載の方法。
[5]対象から採取された試料における抗ZSCAN1抗体のレベルを測定することを含む、第1項~第4項のいずれかに記載の方法。
[6]抗ZSCAN1抗体のレベルがカットオフ値と比較して高い場合に対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定される、第1項~第5項のいずれかに記載の方法。
[7]対象から採取された試料における抗Nax抗体のレベルをカットオフ値と比較することをさらに含む、第1項~第6項のいずれかに記載の方法。
[8]対象から採取された試料における抗Nax抗体のレベルを測定することを含む、第7項に記載の方法。
[9]抗Nax抗体のレベルがカットオフ値と比較して高い場合に、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患していると判定される、第7項または第8項に記載の方法。
[10]対象から採取された試料が、血液試料である、第1項~第9項のいずれかに記載の方法。
[11]血液試料が、血漿試料または血清試料である、第10項に記載の方法。
[12]ZSCAN1またはその断片を含む、対象が自己免疫性脳弓下器官疾患に罹患しているか否かを判定するためのキット。
[13]SCN7Aまたはその断片をさらに含む、第12項に記載のキット。
【0054】
本明細書で引用するすべての文献は、出典明示により本明細書の一部とする。
上記の説明は、すべて非限定的なものであり、本発明は添付の特許請求の範囲において定義され、その技術的思想を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。以下、実施例にて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【実施例0055】
方法
網羅的タンパク質アレイ解析
HuPEX(商標)網羅タンパク質アレイ(プロテオブリッジ社)No.1およびNo.2を使用して自己抗体を検出した。血清試料(3検体ミクスチャー、各45μL)、希釈液(20mL)、ブロッキング剤としてのコムギ胚芽抽出液(40μL)を30分間混合し、血清反応液を調製した。血清反応液をアレイにアプライし、室温で1時間反応させた。TBSTでアレイを3回洗浄後、1:1000希釈(20μL:20mL)のヤギ抗ヒトIgG(H+L)AlexaFlour(登録商標)647コンジュゲート二次抗体(A21445_ThermoFisher)をアプライし、室温で1時間反応させた。Typhoon FRA 9500(GE Healthcare)を使用して蛍光を検出した。
【0056】
カスタムタンパク質アレイ解析
網羅的タンパク質アレイ解析で同定された33個の抗原、ポジティブコントロール(LIMS1、ヒトIgG)およびネガティブコントロール(mRNAを含まないタンパク質合成溶液(Mock))を搭載したカスタムタンパク質アレイを作製した。血清試料(10.5μL)、希釈液(3.5mL)、ブロッキング剤としてのコムギ胚芽抽出液(3~9μL)を30分間混合し、血清反応液を調製した。血清反応液をカスタムタンパク質アレイにアプライし、室温で1時間反応させた。TBSTでアレイを3回洗浄後、1:1000希釈(5μL:5mL)のヤギ抗ヒトIgG(H+L)AlexaFlour(登録商標)647コンジュゲート二次抗体(A21445_ThermoFisher)をアプライし、室温で1時間反応させた。Typhoon FRA 9500(GE Healthcare)を使用して蛍光を検出した。
【0057】
免疫染色
深麻酔下の8~16週齢のオスの野生型マウス(C57Bl/6J; CLEA Japan)をリン酸緩衝食塩水で経心的に灌流し、続いて20%中和ホルマリンで灌流した。脳を冠状に切開し、4℃で一晩固定し、段階的な濃度のスクロース溶液に浸漬して凍結保護した。次いで、脳をOCT化合物(Sakura)に包埋し、クライオスタット(CM3050S; Leica Microsystems)で20μmの切片にした。切片を25mMグリシン(リン酸緩衝食塩水中)で30分間インキュベートし、ブロッキング液(5%FBS、0.1%TX100を含む)により4℃で一晩処理した。次いで、SFOを含む切片を患者または対照の血清試料(1:250希釈)および抗ZSCAN1抗体(1:250希釈の抗ZSCAN1抗体ウサギ宿主抗体(Prestage Antibodies(登録商標)HPA007938_Sigma-Aldrich))と48時間反応させた。1:500希釈のヤギ抗ヒトIgG(H+L), AlexaFlour(登録商標)647コンジュゲート(A21445_ThermoFisher)二次抗体およびヤギ抗ウサギIgG(H+L), Alexa Fluor(登録商標)555コンジュゲート(A 21428_ThermoFisher)二次抗体と24時間反応させた。切片を共焦点蛍光顕微鏡(FV‐1000D; Olympus)で撮影した(露光時間:30秒間)。
【0058】
ELISA法抗体測定
抗原タンパク質として、SCN7A(Q01118)の11番目の細胞外領域(51アミノ酸、D1078~V1128(配列番号3)、既報の抗Na
x抗体のエピトープを含む)およびZSCAN1(Q8NBB4-1)全長(408アミノ酸、配列番号1)をコムギ無細胞タンパク質合成系によって合成した(Goshima, N. et al.: Human protein factory for converting the transcriptome into an in vitro-expressed proteome, Nat Methods. 2008 Dec;5(12):1011-7)。抗原タンパク質は、N末端にFLAG-GSTタグを有する融合タンパク質であり、タグと抗原タンパク質の間に25アミノ酸のリンカーを有した。SCN7A、ZSCAN1、ヒトIgGおよびMockを搭載したELISAプレートを作製した。血清試料(1.0μL)、希釈液(100.0μL)、ブロッキング剤としてのコムギ胚芽抽出液(0.5μL)を30分間混合し、血清反応液(1ウェル分)を調製した。血清反応液をELISAプレートのウェルにアプライし、1時間反応させた後、TBSTでプレートを3回洗浄した。次に1:10000希釈のヤギ抗ヒトIgG(H+L)HRPコンジュゲート酵素標識抗体溶液(A18811_ThermoFisher)を100.0μL/1ウェルにてアプライし、室温で1時間反応させた後、TBSTでプレートを3回洗浄した。呈色反応には、100.0μL/1ウェルのTMB基質溶液(34021_ThermoFisher)を25分間反応させた後、2M硫酸(100.0μL/1ウェル)を加えて反応を停止させた。DTX880 Multimode Detector(Beckman)を使用して吸光度(450nm)を測定した。インデックス値を下式により算出した。
【数1】
【0059】
患者血清とリコンビナントZSCAN1反応後のELISA抗体測定
患者の血清10μlに対してZSCAN1タンパク質をそれぞれ0、10μg、50μgを添加し、4℃で24時間反応させた。その後、14000回転で3分間遠心分離させた上清血清を用いて、抗ZSCAN1抗体をELISA法により測定した。
【0060】
結果
プロテインアレイ解析
下表に示す小児患者5名(女児4名、男児1名)の血清試料をプロテインアレイ解析に付した。症例4は後腹膜腫瘍を合併した。いずれの症例もSFOへの特異的抗体反応を示したが、抗Nax抗体陰性であった。
【0061】
【0062】
網羅的プロテインアレイ解析により、症例1~3の血清試料の混合物および症例2~4の血清試料の混合物を分析した。検出されたタンパク質のうち、健常者でも検出されるものを除外し、33種類のタンパク質を候補抗原として同定した。これらの33種類のタンパク質を搭載したカスタムプロテインアレイを作製し、症例1~5の血清試料を分析した。結果を下表に示す。表中、*は弱陽性(10<インデックス値<20)を、**は強陽性(20≦インデックス値)を示す。腫瘍合併を認めない症例4例において、共通する抗原としてZSCAN1を認めた。
【0063】
【0064】
脳弓下器官の免疫染色
症例1の血清試料および抗ZSCAN1抗体を用いて、マウスの脳弓下器官を含む切片を免疫染色した。結果を
図1に示す。患者のIgGと抗ZSCAN1抗体は、脳弓下器官の同一の部位に結合することが観察された。
【0065】
ELISA法による抗体測定
症例1~5、傍腫瘍性神経疾患、膠原病(抗SS-B抗体陽性)および膠原病(抗Jo-1抗体陽性)の血清試料に含まれる抗Na
x抗体および抗ZSCAN1抗体をELISA法により測定した。ELISAプレートの構造と測定された吸光度を
図2に示す。算出されたインデックス値を下表に示す。インデックス値>10を陽性カットオフレベルと設定した。
【0066】
【0067】
多数症例の抗体測定
SFOへの抗体反応陽性者(Akari Nakamura‐Utsunomiya, et al., Clinical Endocrinology. 2022;97:72-80)および正常対照者の血清試料に含まれる抗Nax抗体および抗ZSCAN1抗体を上記と同様のELISA法により測定し、インデックス値を算出した。
●SFOへの抗体反応陽性者:25名
年齢:中央値9歳(2歳~66歳)
性別:男性10名、女性15名
血清Na値(mEq/l):156.4±14.5mEq/L
Nax抗体陽性数(%):10名(40%)
●正常対照者:25名(SFOへの抗体反応陰性者を含む)
年齢:中央値10歳(2歳~38歳)
性別:男性10名、女性15名
血清Na(mEq/l):142.8±4.1mEq/L
腫瘍合併例はなし。
Nax抗体陽性数(%):0名(0%)
【0068】
SFOへの抗体反応陽性者の詳細を表4および5に示す。これらの患者は解析時にROHHAD症候群(RO)または本態性高ナトリウム血症(AH)と診断されていた。
【表4】
【0069】
【0070】
表中の略語
Pt:患者
M:男性
F:女性
y:歳
N/A:数値なし
ND:解析施行なし
PP:中枢性思春期早発症
CAH:中枢性副腎皮質機能低下症
CH:中枢性甲状腺機能低下症
HH:中枢性性腺機能低下症
LH:性線刺激ホルモン
ADHD:注意欠陥・多動性障害
SAS:睡眠時無呼吸症候群
JIA:若年生関節リウマチ
ASD:自閉症スペクトラム障害
AH:本態性高ナトリウム血症
RO:ROHHAD症候群
*Naについて、括弧内は初診時の値を示す。
*fT4について、**は内服治療開始後の数値を示す。
【0071】
結果を
図3に示す。SFOへの抗体反応陽性者では、25例中80%で抗ZSCAN1抗体陽性であった(抗ZSCAN1抗体陽性かつ抗Na
x抗体陽性:24%、抗ZSCAN1抗体陰性かつ抗Na
x抗体陽性:12%、抗ZSCAN1抗体陽性かつ抗Na
x抗体陰性:60%、抗ZSCAN1抗体陰性かつ抗Na
x抗体陰性:4%)。正常対照群は、全例で抗ZSCAN1抗体陰性であった。
【0072】
患者血清とリコンビナントZSCAN1反応後のELISA抗体測定
表1の症例1の血清10μLに対してZSCAN1タンパク質を各(1)0μg、(2)10μg、(3)50μgを添加し4℃で24時間反応させた後に、14000回転で3分間遠心分離させた上清血清を採取した。血清中の抗ZSCAN1抗体をELISA法により測定した。血清中抗体値は(1)86±4、(2)58±2、(3)40.7±1.5であった。結果を
図4に示す。抗ZSCAN1抗体値は用量依存的に低下した。
【0073】
考察
本実施例において、腫瘍合併の有無に関わらず、多数の自己免疫性本態性高ナトリウム血症およびROHHAD症候群患者の血清中に抗ZSCAN1抗体が同定され、これらの疾患と抗ZSCAN1抗体との関連が示唆された。従って、抗ZSCAN1抗体は診断バイオマーカーとして早期診断に有用である。