(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024141259
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】圧電積層体、圧電積層体の製造方法、及び圧電素子
(51)【国際特許分類】
H10N 30/853 20230101AFI20241003BHJP
H10N 30/076 20230101ALI20241003BHJP
H10N 30/30 20230101ALI20241003BHJP
H10N 30/87 20230101ALI20241003BHJP
H10N 30/01 20230101ALI20241003BHJP
H10N 30/079 20230101ALI20241003BHJP
H10N 30/093 20230101ALI20241003BHJP
【FI】
H10N30/853
H10N30/076
H10N30/30
H10N30/87
H10N30/01
H10N30/079
H10N30/093
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023052799
(22)【出願日】2023-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100187632
【弁理士】
【氏名又は名称】橘高 英郎
(72)【発明者】
【氏名】黒田 稔顕
(72)【発明者】
【氏名】柴田 憲治
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 和俊
(57)【要約】
【課題】自発分極膜であり、比誘電率490以下であり、膜応力が150MPa以下であり、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含む圧電膜を有する圧電積層体を提供する。
【解決手段】基板と、基板上に製膜された下部電極膜と、下部電極膜上に製膜された、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜と、を備え、圧電膜に対して所定条件で電界を印加して得た、分極量と印加電界との相関関係を示すヒステリシス曲線において、正電界側の抗電界E
C
+と負電界側の抗電界E
C
-との間の抗電界の中央値が正の値であり、圧電膜の比誘電率が490以下であり、圧電膜の膜応力が150MPa以下である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板上に製膜された下部電極膜と、
前記下部電極膜上に製膜された、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜と、を備え、
前記圧電膜に対して所定条件で電界を印加して得た、分極量と印加電界との相関関係を示すヒステリシス曲線において、正電界側の抗電界EC
+と負電界側の抗電界EC
-との間の抗電界の中央値が正の値であり、
前記圧電膜の比誘電率が490以下であり、
前記圧電膜の膜応力が150MPa以下である、圧電積層体。
【請求項2】
前記下部電極膜と前記圧電膜上に設けられる上部電極膜との間に300kV/cmのユニポーラの交流電界が生じるように前記上部電極膜に対して交流の負電圧を連続で印加した際、前記圧電膜の圧電変位量が初期値の80%以下に低下するまでの前記電圧の印加サイクル数が1000万回超である、請求項1に記載の圧電積層体。
【請求項3】
前記圧電膜は、ドーパントとして、銅及びマンガンから選択される少なくともいずれかの元素を0.1at%以上2.0at%以下の濃度で含む、請求項1又は2に記載の圧電積層体。
【請求項4】
基板上に下部電極膜を製膜する工程と、
前記下部電極膜上に、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜を製膜する工程と、を有し、
前記圧電膜を製膜する工程では、最初に、前記圧電膜の一部である第1圧電膜を、(001)配向率が95%以上になるとともに膜応力が100MPa以下になる第1温度で製膜し、その後、前記圧電膜の他の部分である第2圧電膜を、前記第2圧電膜が自発分極膜になる第2温度で前記第1圧電膜上に製膜する、圧電積層体の製造方法。
【請求項5】
基板と、
前記基板上に製膜された下部電極膜と、
前記下部電極膜上に製膜された、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜と、
前記圧電膜上に製膜された上部電極膜と、を備え、
前記圧電膜に対して所定条件で電界を印加して得た、分極量と印加電界との相関関係を示すヒステリシス曲線において、正電界側の抗電界EC
+と負電界側の抗電界EC
-との間の抗電界の中央値が正の値であり、
前記圧電膜の比誘電率が490以下であり、
前記圧電膜の膜応力が150MPa以下である、圧電素子。
【請求項6】
前記下部電極膜と前記上部電極膜との間に300kV/cmのユニポーラの電界が生じるように前記上部電極膜に対して交流の負電圧を連続で印加した際、前記圧電膜の圧電変位量が初期値の80%以下に低下するまでの前記電圧の印加サイクル数が1000万回超である、請求項5に記載の圧電素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、圧電積層体、圧電積層体の製造方法、及び圧電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電体は、センサ、アクチュエータ等の機能性電子部品に広く利用されている。圧電体の材料の一つとして、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むKNN系の強誘電体が用いられており、このような圧電体を用いて製膜された圧電膜(KNN膜)を有する積層体が提案されている。例えば特許文献1には、分極処理を行わなくても十分な圧電変位が得られる自発分極膜であるKNN膜、すなわち、KNN膜に対して所定条件で電界を印加して得た、分極量と印加電界との相関関係を示すヒステリシス曲線において、正電界側の抗電界EC
+と負電界側の抗電界EC
-との間の抗電界の中央値が10.8kV/cm以上であるKNN膜が開示されている。また、特許文献1には、KNN膜に自発分極を生じさせることで、KNN膜の比誘電率を低減できることが開示されている。
【0003】
また、圧電膜にはその膜応力(内部応力)が小さいことが要求されている。例えば特許文献2には、KNN膜の下地となる下部電極膜を白金(Pt)で構成するとともに、下部電極膜を構成する結晶粒子の粒子サイズが均一になるように制御して下部電極膜の表面凹凸を小さくすることで、KNN膜との界面の応力を緩和し、KNN膜の膜応力を1.6GPa以下に低減する技術が開示されている。また、特許文献2には、KNN膜の製膜後に熱処理を行うことで、KNN膜の膜応力を1.6GPa以下に制御する(低減する)技術も開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2014-207429号公報
【特許文献2】特開2011-029591号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述の特許文献1の技術で得られるKNN膜は、分極処理を行わなくても十分な圧電変位が得られる自発分極膜であり、比誘電率が低い膜であるものの、膜応力が大きい。また、上述の特許文献2の技術で得られるKNN膜は、膜応力が低い膜であるものの、自発分極膜ではない。
【0006】
本開示の目的は、自発分極膜であり、比誘電率が490以下であり、膜応力が150MPa以下である、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含む圧電膜を有する圧電積層体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一態様によれば、
基板と、
前記基板上に製膜された下部電極膜と、
前記下部電極膜上に製膜された、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜と、を備え、
前記圧電膜に対して所定条件で電界を印加して得た、分極量と印加電界との相関関係を示すヒステリシス曲線において、正電界側の抗電界EC
+と負電界側の抗電界EC
-との間の抗電界の中央値が正の値であり、
前記圧電膜の比誘電率が490以下であり、
前記圧電膜の膜応力が150MPa以下である、圧電積層体及び圧電素子が提供される。
【0008】
本開示の他の態様によれば、
基板上に下部電極膜を製膜する工程と、
前記下部電極膜上に、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜を製膜する工程と、を有し、
前記圧電膜を製膜する工程では、最初に、前記圧電膜の一部である第1圧電膜を、(001)配向率が95%以上になるとともに膜応力が100MPa以下になる第1温度で製膜し、その後、前記圧電膜の他の部分である第2圧電膜を、前記第2圧電膜が自発分極膜になる第2温度で前記第1圧電膜上に製膜する、圧電積層体の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、自発分極膜であり、比誘電率が490以下であり、膜応力が150MPa以下である、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含む圧電膜を有する圧電積層体を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本開示の一態様にかかる圧電積層体の断面構造の一例を示す図である。
【
図2】本開示の一態様にかかる簡易圧電素子の構造の一例を示す図である。
【
図3】本開示の一態様にかかる圧電素子の概略構成の一例を示す図である。
【
図4】本開示の一態様にかかる圧電デバイスモジュールの概略構成の一例を示す図である。
【
図5】サンプル3の分極値-電界ヒステリシス曲線(P-Eヒステリシス曲線)である。
【
図6】サンプル9のP-Eヒステリシス曲線である。
【
図7】(a)は、各サンプルを用いて作製した簡易的なユニモルフカンチレバーの概略構成の一例を示す図であり、(b)は、圧電変位量の測定方法を説明する図である。
【
図8】(a)~(e)は、それぞれ、サンプル3から作製した簡易圧電素子を用いた分極処理の要否に関する評価結果を示すグラフ図である。
【
図9】(a)~(e)は、それぞれ、サンプル9から作製した簡易圧電素子を用いた分極処理の要否に関する評価結果を示すグラフ図である。
【
図10】(a)及び(b)は、それぞれ、サンプル1から作製した簡易圧電素子を用いた自発分極の温度耐性に関する評価結果を示すグラフ図である。
【
図11】(a)及び(b)は、それぞれ、サンプル2から作製した簡易圧電素子を用いた自発分極の温度耐性に関する評価結果を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<発明者等が得た知見>
上述の特許文献1では、シリコン(Si)基板等の基板上にスパッタリング法によりKNN膜を製膜する際、低温でKNN膜を製膜することによって、自発分極膜であるKNN膜(以下、「自発分極KNN膜」とも称する)を実現している。自発分極KNN膜は、圧電膜としてのKNN膜を圧電動作させるために必要な分極処理が不要であるという利点がある。自発分極KNN膜を有する積層体は、センサ用途に適用する際に特に有利である。しかしながら、特許文献1で実現される自発分極KNN膜は、大きな膜応力を有している。なお、スパッタ製膜時の温度が低いと、KNN膜に生じる膜応力は圧縮応力になる傾向があり、スパッタ製膜時の温度が高いと、KNN膜に生じる膜応力は引張応力になる傾向がある。KNN膜の膜応力が大きいと、例えばKNN膜の膜応力が150MPa超であると、メンブレン構造、カンチレバー構造等の圧電素子を作製する際に大きな構造変形が生じてしまう。その結果、作製した圧電素子が正しく機能しなくなる。また、圧電素子や圧電デバイスモジュールの製造歩留まりが低下する。このため、KNN膜の膜応力を低く抑えること、例えば、KNN膜の膜応力を150MPa以下に抑えることが要求されている。
【0012】
本発明者等は、これまで実現されていなかった「自発分極膜である」、「比誘電率が低い」、「膜応力が小さい」という3つの特徴を全て備えるKNN膜の実現を目指して鋭意検討した。その結果、下記5つの知見を得た。
(第1の知見)スパッタ製膜して得たKNN膜の膜応力は、KNN膜の製膜初期の条件に大きく依存する。
(第2の知見)最初に(製膜初期に)膜応力が小さくなる温度条件で第1層(初期層)としてのKNN膜を製膜し、その後、KNN膜が自発分極膜になる温度条件で第2層としてのKNN膜を第1層上に製膜することで、通常であれば大きな膜応力が生じるような低温でKNN膜(第2層)を製膜した場合であっても、KNN膜全体(第1層と第2層との積層体)の膜応力は大きく緩和される。
(第3の知見)比誘電率が低いKNN膜を再現性良く得るためには、KNN膜の(001)配向率を高くする必要がある。(001)配向率が高いKNN膜を得るためには、通常、KNN膜の製膜温度を所定の範囲にする必要がある。製膜初期に(001)配向率が高くなる温度条件で第1層としてのKNN膜を製膜し、その後、KNN膜が自発分極膜になる温度条件で第2層としてのKNN膜を第1層上に製膜することで、通常であれば(001)配向率が低下するような低温でKNN膜(第2層)を製膜した場合であっても、(001)配向率が高いKNN膜が得られる。なお、KNN膜の(001)配向率とは、KNN膜を構成する結晶の(001)面方位への配向率であり、詳しくは後述する。
(第4の知見)例えば、比誘電率が490以下であるKNN膜を再現性良く得るためには、KNN膜の(001)配向率が90%以上である必要がある。製膜初期に(001)配向率が95%以上になる条件で第1層としてのKNN膜を製膜することで、その後、低温で第2層としてのKNN膜を製膜した場合であっても、(001)配向率が90%以上のKNN膜が得られる。
(第5の知見)製膜初期に、膜応力が小さくなるとともに(001)配向率が高くなる条件で第1層としてのKNN膜を製膜し、その後、KNN膜が自発分極膜になる温度条件で第2層としてのKNN膜を第1層上に製膜することで、自発分極膜であり、比誘電率が低く、膜応力が小さいKNN膜、すなわち上記3つの特徴を全て備えるKNN膜を実現できる。
【0013】
本発明者等は、上記5つの知見を基に、製膜初期に、膜応力が100MPa以下になるとともに(001)配向率が95%以上になる温度条件で第1層としてのKNN膜を製膜し、その後、KNN膜が自発分極膜になる温度条件で第2層としてのKNN膜を製膜することで、自発分極膜であり、膜応力が150MPa以下であり、比誘電率が490以下であるKNN膜が得られることを見出した。
【0014】
本開示は、本発明者等が得た上述の課題や知見に基づいてなされたものである。
【0015】
<本開示の一態様>
以下、本開示の一態様について図面を参照しながら説明する。
【0016】
(1)圧電積層体の構成
図1に示すように、本実施形態にかかる圧電膜を有する積層体(積層基板)10(以下、圧電積層体10とも称する)は、基板1と、基板1上に製膜された下部電極膜2と、下部電極膜2上に製膜された圧電膜(圧電薄膜)3と、圧電膜3上に製膜された上部電極膜4と、を備えている。
【0017】
基板1としては、熱酸化膜又はCVD(Chemical Vapor Deposition)酸化膜等の表面酸化膜(SiO2膜)1bが形成された単結晶シリコン(Si)基板1a、すなわち、表面酸化膜を有するSi基板を好適に用いることができる。また、基板1としては、表面酸化膜1bの代わりに、SiO2以外の絶縁性材料により形成された絶縁膜を有するSi基板1aを用いることもできる。また、基板1としては、表面にSi(100)面又はSi(111)面等が露出したSi基板1a、すなわち、表面酸化膜1b又は絶縁膜を有さないSi基板を用いることもできる。また、基板1としては、SOI(Silicon On Insulator)基板、石英ガラス(SiO2)基板を用いることもできる。単結晶Si基板1aの厚さは例えば300μm以上1000μm以下、表面酸化膜1bの厚さは例えば1nm以上4000nm以下とすることができる。
【0018】
下部電極膜2は、例えば白金(Pt)を用いて形成することができる。下部電極膜2は、多結晶膜である。以下、Ptを用いて製膜した多結晶膜をPt膜とも称する。Pt膜は、その(111)面が基板1の主面に対して平行である((111)面が基板1の主面に対して±5°以内の角度で傾斜している場合を含む)こと、すなわち、Pt膜は(111)面方位に配向していることが好ましい。Pt膜が(111)面方位に配向しているとは、圧電膜3の表面で測定したX線回折(XRD)により得られたX線回折パターンにおいて(111)面に起因するピーク以外のピークが観測されないことを意味する。このように、下部電極膜2の主面(圧電膜3の下地となる面)は、Pt(111)面により構成されていることが好ましい。下部電極膜2は、スパッタリング法、蒸着法等の手法により製膜することができる。下部電極膜2の材料として、Pt以外に、金(Au)、ルテニウム(Ru)、又はイリジウム(Ir)等の各種金属、これらを主成分とする合金、ルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO3、略称:SRO)又はニッケル酸ランタン(LaNiO3、略称:LNO)等の金属酸化物等を用いて形成することもできる。なお、金属酸化物を用いて下部電極膜2を製膜する場合、下部電極膜2を構成する結晶は、基板1の表面に対して(001)面方位に優先配向していることが好ましい。下部電極膜2は、上記各種金属、上記各種金属を主成分とする合金、又は金属酸化物等を用いて形成された単層膜とすることができる。下部電極膜2は、Pt膜とPt膜上に設けられたSROを主成分とする膜との積層体や、Pt膜とPt膜上に設けられたLNOを主成分とする膜との積層体等であってもよい。下部電極膜2の厚さ(下部電極膜2が積層体である場合は、各層の合計厚さ)は例えば100nm以上400nm以下とすることができる。
【0019】
基板1と下部電極膜2との間には、これらの密着性を高めるため、密着層6が設けられていてもよい。密着層6は、例えば、亜鉛(Zn)及び酸素(O)を主成分として含む層(以下、「ZnO層」とも称する)とすることができる。ZnO層は、例えば酸化亜鉛を用いて形成することができる。ZnO層を構成するZn及びOの組成比はZn:O=1:1の関係を満たすことが好ましいが、これに限定されるものではなく、多少のばらつきがあってもよい。ZnO層は、多結晶層である。ZnO層は、その(0001)面が基板1の主面に対して平行である((0001)面が基板1の主面に対して±5°以内の角度で傾斜している場合を含む)こと、すなわち、ZnO層は(0001)面方位に配向していることが好ましい。ZnO層が(0001)面方位に配向しているとは、圧電膜3の表面で測定したXRDにより得られたX線回折パターンにおいて、(0002)面に起因するピークの強度が高いことを意味する。このように、ZnO層の主面(下部電極膜2の下地となる面)は、ZnO(0001)面により構成されていることが好ましい。ZnO層は、スパッタリング法、蒸着法等の手法により製膜することができる。ZnO層の厚さは例えば1nm以上200nm以下、好ましくは10nm以上50nm以下とすることができる。密着層6として、例えば、チタン(Ti)、タンタル(Ta)、酸化チタン(TiO2)、ニッケル(Ni)、ルテニウム酸化物(RuO2)、イリジウム酸化物(IrO2)等を主成分とする層が設けられていてもよい。このような密着層6も、スパッタリング法、蒸着法等の手法により製膜することができ、密着層6の厚さは例えば1nm以上200nm以下、好ましくは10nm以上50nm以下とすることができる。本明細書では、基板1と下部電極膜2との間に設けられる密着層6を、下部密着層6と称することもある。
【0020】
圧電膜3は、例えば、カリウム(K)、ナトリウム(Na)、ニオブ(Nb)、及び酸素(O)を含有するアルカリニオブ酸化物から形成される膜である。すなわち、圧電膜3は、K、Na、Nb、及びOを含有するアルカリニオブ酸化物を主成分とする膜である。圧電膜3は、組成式(K1-xNax)NbO3で表されるアルカリニオブ酸化物、すなわち、ニオブ酸カリウムナトリウム(KNN)を用いて形成することができる。上述の組成式中の係数x[=Na/(K+Na)]は、0<x<1、好ましくは0.4≦x≦0.8の範囲内とすることができる。圧電膜3は、KNNの多結晶膜(以下、KNN膜3とも称する)となる。また、KNNの結晶構造はペロブスカイト構造となる。すなわち、KNN膜3はペロブスカイト構造を有している。また、KNN膜3を構成する結晶群のうち半数以上の結晶が柱状構造を有していることが好ましい。なお、本明細書では、KNNの結晶系を正方晶系とみなすこととする。KNN膜3は、スパッタリング法により製膜することができる。KNN膜3の厚さは、例えば0.5μm以上5μm以下、好ましくは1μm以上3μm以下とすることができる。
【0021】
KNN膜3を構成する結晶は、基板1(基板1が例えば表面酸化膜1b又は絶縁膜等を有するSi基板1aである場合はSi基板1a)の主面に対して(001)面方位に優先配向している。すなわち、KNN膜3の主面(上部電極膜4の下地となる面)は、主にKNN(001)面により構成されている。例えば、主面が主にPt(111)面により構成されているPt膜(下部電極膜2)上にKNN膜3を直接製膜することにより、主面が主にKNN(001)面により構成されたKNN膜3を得ることができる。なお、本明細書において、KNN膜3を構成する結晶が(001)面方位に配向しているとは、KNN膜3を構成する結晶の(001)面が基板1の主面に対して平行又は略平行であることを意味する。また、KNN膜3を構成する結晶が(001)面方位に優先配向しているとは、(001)面が基板1の主面に対して平行又は略平行である結晶が多いことを意味する。
【0022】
また、KNN膜3を構成するアルカリニオブ酸化物は、リチウム(Li)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Ba)、ビスマス(Bi)、アンチモン(Sb)、バナジウム(V)、インジウム(In)、タンタル(Ta)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、クロム(Cr)、Ti、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、銀(Ag)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、Ni、アルミニウム(Al)、Si、ゲルマニウム(Ge)、スズ(Sn)、及びガリウム(Ga)からなる群より選択される少なくとも一種の元素(ドーパント)をさらに含有してもよい。アルカリニオブ酸化物中におけるこれらの元素の濃度は、例えば5at%以下(上述の元素を複数含有している場合は合計濃度が5at%以下)とすることができる。
【0023】
詳しくは後述するが、本態様では、最初に、KNN膜3の一部である第1KNN膜3a(第1圧電膜、以下、「KNN膜3a」とも称する)を、(001)配向率が95%以上になるとともに膜応力が100MPa以下になる第1温度で製膜し、その後、KNN膜3の他の部分である第2KNN膜3b(第2圧電膜、以下、「KNN膜3b」とも称する)を、KNN膜3bが自発分極膜になる第2温度でKNN膜3a上に製膜している。これにより、本態様におけるKNN膜3(すなわち、KNN膜3aとKNN膜3bとの積層体)は、後述する特徴1~3を全て備えることとなる。また、本態様におけるKNN膜3は、後述する特徴4をさらに備え得る。
【0024】
以下、本態様のKNN膜3が備え得る特徴1~4について説明する。
【0025】
(特徴1)
KNN膜3は、「KNN膜3に対して所定条件で電界を印加して得た、KNN膜3の分極量(P)と印加電界(E)との相関関係を示すヒステリシス曲線(P-Eヒステリシス曲線)において、正電界側の抗電界EC
+と負電界側の抗電界EC
-との間の抗電界の中央値が正の値である」という特徴を備える。
【0026】
本態様におけるP-Eヒステリシス曲線は、例えば、厚さが2μmのKNN膜3上に上部電極膜4を製膜し、下部電極膜2を接地させた状態で、-150kV/cm~+150kV/cmの三角波又は正弦波(sin波)の電界(すなわち、-30V~+30Vの三角波又はsin波の電圧)を、1kHzの周波数で上部電極膜4を介してKNN膜3に印加しながらKNN膜3の分極量を測定し、得られた分極量をプロットすることで作製している。また、「抗電界」とは、分極量が0μC/cm2となる際の2つの電界値、すなわち、P-Eヒステリシス曲線におけるx軸との交点である。また、「抗電界EC
+」とは、分極量が0μC/cm2となる際の正電界側の電界値である。また、「抗電界EC
-」とは、分極量が0μC/cm2となる際の負電界側の電界値である。また、「抗電界の中央値」とは、(EC
+-EC
-)/2の式で算出される値である。
【0027】
上述のように、本態様におけるKNN膜3は、P-Eヒステリシス曲線において、抗電界の中央値が正の値であるという特徴を有している。この特徴を備えるKNN膜3は、分極方向が一定方向(例えば上向き)に揃っている自発分極膜(自発分極KNN膜)である。
【0028】
ここでいう「自発分極膜」とは、(製膜後に一度も下部電極膜2及び上部電極膜4を介した電界(電圧)の印加を実施することなく)分極方向が自発的に一定方向に揃っているKNN膜3を意味する。また、本明細書における「上向き」とは、下部電極膜2側から上部電極膜4側に向かう方向を意味する。また、「分極方向が一定方向に揃っている」とは、KNN膜3を構成する結晶のうち過半数(半数超)の結晶が一定方向に分極していることを意味する。例えば、分極方向が上向きに揃っているとは、KNN膜3を構成する結晶のうち過半数の結晶の分極方向が上向きであることを意味する。
【0029】
なお、自発分極膜でないKNN膜では、一般的に、P-Eヒステリシス曲線が原点対称のグラフになり、抗電界EC
+の絶対値及び抗電界EC
-の絶対値がほぼ同等の値となる。このようなKNN膜を有する圧電積層体を用いてセンサデバイス等の後述の圧電素子20を作製する場合、作製過程において分極処理を行う必要がある。なお、「分極処理」とは、KNN膜3に大きな電界を(必要に応じて、加温下で)印加して、KNN膜3の分極方向を一定方向(印加電界の方向)に揃える処理である。
【0030】
KNN膜3が自発分極膜であることにより、本態様のKNN膜3を有する圧電積層体10を用いて後述の圧電素子20を作製する際、分極処理が不要となる。
【0031】
抗電界の中央値は、好ましくは10kV/cm以上である。これにより、KNN膜3を構成する結晶のうち、より多くの結晶を、一定方向(例えば上向き)に分極している状態にできる。その結果、KNN膜3に生じる自発分極の向き(すなわちKNN膜3の分極方向)を安定させることができ、分極処理が不要であるKNN膜3が確実に得られる。
【0032】
抗電界の中央値は、好ましくは100kV/cm以下、より好ましくは70kV/cm以下である。これにより、KNN膜3の圧電特性(例えば圧電定数)の低下を回避できる。
【0033】
KNN膜3の分極特性は、KNN膜3が高温に晒された場合であっても、例えば、KNN膜3に400℃以上の熱履歴を与えた場合であっても維持される(失われない)。例えば、KNN膜3の製膜後に、上部電極膜4の製膜処理、アニール処理、後述の絶縁膜8及びメタル配線9a,9bの形成処理(例えば、プラズマCVD法やALD法による絶縁膜8の製膜処理、パターニング加工処理)、実装処理(例えば、ワイヤボンディング処理、ダイボンディング処理、半田リフロー処理)等を行う際にKNN膜3が高温に晒された場合であっても、KNN膜3に生じた自発分極が維持される。発明者等は、KNN膜3に500℃の熱履歴を与えた場合であっても、KNN膜3の分極特性は劣化することなく維持されることを確認している。また、発明者等は、KNN膜3に600℃程度の熱履歴を与えた場合、KNN膜3の分極特性は多少劣化するものの、KNN膜3に生じた自発分極が維持されることを確認している。これにより、KNN膜3を有する圧電積層体10を加工することで得られる後述の圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)をセンサ用途に好適に適用することが可能となる。また、圧電素子20を用いて作製したセンサの性能の低下を回避できる。
【0034】
(特徴2)
KNN膜3は、「比誘電率が490以下である」という特徴をさらに備える。
【0035】
KNN膜3の比誘電率が490以下であることで、圧電積層体10を加工することで得られる後述の圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)をセンサ用途に適用した際、高感度のセンサが得られる。なお、KNN膜3の比誘電率が低い程、圧電積層体10を加工して作製したセンサの感度が高くなる。
【0036】
この特徴を再現性よく(確実に)発現させるためには、KNN膜3の(001)配向率が90%以上である必要がある。KNN膜3の(001)配向率とは、KNN膜3を構成する結晶の(001)面方位への配向率である。「KNN膜3の(001)配向率が90%以上である」とは、KNN膜3を構成する結晶群のうち例えば90%以上の結晶が基板1の主面に対して(001)面方位に配向していることを意味する。なお、本明細書における「配向率」とは、KNN膜3に対してXRD測定を行うことにより得られたX線回折パターン(2θ/θ)のピーク強度に基づいて、下記式(1)により算出した値である。
【0037】
配向率(%)={(001)ピーク強度/((001)ピーク強度+(110)ピーク強度)}×100・・・(1)
【0038】
上記式(1)における「(001)ピーク強度」とは、KNN膜3に対してXRD測定を行うことにより得られるX線回折パターンにおいて、KNN膜3を構成する結晶のうち(001)面方位に配向する結晶(すなわち、(001)面が基板1の主面に対して平行である結晶)に起因する回折ピークの強度であり、2θが20°~23°の範囲内に現れるピークの強度である。2θが20°~23°の範囲内に複数のピークが現れる場合は、最も高いピークの強度である。また、上記式(1)における「(110)ピーク強度」とは、KNN膜3に対してXRD測定を行うことにより得られるX線回折パターンにおいて、KNN膜3を構成する結晶のうち(110)面方位に配向する結晶(すなわち、(110)面が基板1の主面に対して平行である結晶)に起因する回折ピークの強度であり、2θが30°~33°の範囲内に現れるピークの強度である。なお、2θが30°~33°の範囲内に複数のピークが現れる場合は、最も高いピークの強度である。
【0039】
(特徴3)
KNN膜3は、「膜応力が150MPa以下である」という特徴をさらに備える。
【0040】
KNN膜3の膜応力が150MPa以下であることで、後述のように圧電積層体10を加工してメンブレン構造、カンチレバー構造等の圧電素子20を作製する際に大きな構造変形が生じることを抑制できる。これにより、圧電積層体10を加工することで得られる後述の圧電素子20(後述の圧電デバイスモジュール30)を正常に動作させることができる。
【0041】
(特徴4)
KNN膜3は、「下部電極膜2と上部電極膜4との間に(すなわちKNN膜3に)300kV/cmのユニポーラの交流電界が生じるように上部電極膜4に対して(交流の)負電圧を連続で印加した際、KNN膜3の圧電変位量が初期値の80%以下に低下するまでの電圧の印加サイクル数が1000万回超である」という特徴をさらに備え得る。
【0042】
例えば2μmの厚さのKNN膜3を有する圧電積層体10である場合、下部電極膜2を接地させた状態で、KNN膜3に対して印加する電界の向きが反転しないよう(電界の向きが一方向になるよう)、0V~-60Vの範囲で振幅するユニポーラの三角波又は正弦波(sin波)の交流電圧を、300Hzの周波数で上部電極膜4(を介してKNN膜3)に連続的に印加した際、KNN膜3の圧電変位量が初期値の80%以下に低下するまでの電圧の印加サイクル数が1000万回超である。
【0043】
本明細書における「ユニポーラの電界」とは、上部電極膜4を介してKNN膜3に対して印加する電圧の大きさが例えば0V~-60Vの範囲で周期的に変動したとしても、向きが一方向である電界を意味する。また、本明細書では、「KNN膜3に300kV/cmのユニポーラの交流電界が生じるように上部電極膜4に対して負電圧を連続で印加した際、KNN膜3の圧電変位量が初期値の80%以下に低下するまでの電圧の印加サイクル数」を、「印加サイクル数」とも称する。
【0044】
上部電極膜4を介してKNN膜3に対して交流電圧を印加するとKNN膜3が変形する。印加電圧が高くなるほどKNN膜3の変形も大きくなる。本態様におけるKNN膜3は、大きな交流電圧が連続で印加されることで繰り返し大きく変形した場合であっても、圧電変位量が低下しにくいという特徴、すなわち、ACストレス耐性が優れているという特徴を備え得る。
【0045】
上述の新規手法により得た圧電積層体10では、下部電極膜2とKNN膜3bとの間に、(001)配向率が高く膜応力が小さいKNN膜3a、例えば、(001)配向率が95%以上であって膜応力が100MPa以下であるKNN膜3aが介在している。これにより、本態様におけるKNN膜3(KNN膜3aとKNN膜3bとの積層体)は、KNN膜3aが介在していない場合に比べて、優れたACストレス耐性をさらに有することができる。これは、KNN膜3aの介在により、下部電極膜2とKNN膜3との間の密着性が大幅に向上させることができるためと考えられる。このように、KNN膜3aを介在させることで、上述の印加サイクル数を1000万回超にできる、すなわち、KNN膜3のACストレス耐性を高めることができることは、本発明者等の鋭意検討の結果初めて見出された新規知見である。
【0046】
KNN膜3が優れたACストレス耐性を有することで、圧電積層体10を加工することで得られる後述の圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)の信頼性を向上させることが可能となる。
【0047】
本発明者等は、下部電極膜2とKNN膜3bとの間に、(001)配向率が95%以上であって膜応力が100MPa以下であるKNN膜3aを介在させた圧電積層体10では、KNN膜3に300kV/cmのユニポーラの交流電界が生じるように上部電極膜4を介してKNN膜3に対して負電圧を連続して印加した際、印加サイクル数が1000万回超、さらには5000万回以上に達した後でも、KNN膜3の圧電変位量は初期値の80%以上を維持できることを確認済みである。
【0048】
これに対し、KNN膜3aが介在していない場合、すなわち、KNN膜3がKNN膜3aとKNN膜3bとの積層体で構成されていない場合、上部電極膜4を介してKNN膜3に対して大きな交流電圧を連続で印加して、KNN膜3が連続的に大きく変形すると、KNN膜3が下部電極膜2から少しずつ剥離する現象が発生する。結果、KNN膜3の圧電変位量が低下しやすくなる。
【0049】
本発明者等は、下部電極膜2とKNN膜3bとの間にKNN膜3aが介在していない圧電積層体では、KNN膜に300kV/cmのユニポーラの交流電界が生じるように上部電極膜4を介してKNN膜に対して負電圧を連続して印加した際、印加サイクル数が1000万回に達する前に、KNN膜の圧電変位量が初期値の80%未満に低下することを確認済みである。
【0050】
上述のように、本態様におけるKNN膜3は、上述の特徴1~3の全ての特徴、好ましくは上述の特徴1~4の全ての特徴を備えることができる。KNN膜3が上述の特徴1~3を全て備えることで、KNN膜3を有する圧電積層体10を加工することで得られる後述の圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)をセンサ用途に好適に適用することが可能となる。また、KNN膜3が上述の特徴1~4を全て備えることで、後述の圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)をセンサ用途により好適に適用することが可能となる。
【0051】
また、本態様では、KNN膜3を製膜する際、最初に、KNN膜3aを、(001)配向率が95%以上になるとともに膜応力が100MPa以下になる第1温度で製膜し、その後、KNN膜3bを、KNN膜3bが自発分極膜になる第2温度でKNN膜3a上に製膜している。したがって、本態様におけるKNN膜3は、第1温度で製膜した第1層(初期層)としてのKNN膜3aと、第2温度で製膜した第2層としてのKNN膜3bと、の積層構造を有している。
【0052】
第1温度で製膜したKNN膜3aには自発分極が生じていない。すなわち、KNN膜3aは自発分極膜ではない。このため、KNN膜3の総厚さ(KNN膜3aとKNN膜3bとの合計厚さ)に対するKNN膜3aの厚さの割合が大きくなると、上述の特徴1が発現しにくくなる傾向がある。すなわち、KNN膜3に自発分極を生じさせにくくなる傾向がある。したがって、KNN膜3aの厚さは、KNN膜3の膜応力を緩和させ、KNN膜3全体の膜応力を150MPa以下にできる必要最小限に抑えることが好ましい。KNN膜3aの厚さは、厳密に限定されるものではないが、例えば、KNN膜3の総厚さの20%以下であることが好ましい。これにより、上述の特徴1を備えるKNN膜3、すなわち自発分極膜であるKNN膜3が確実に得られる。
【0053】
上部電極膜4は、例えば、Pt、Au、Al、Cu等の各種金属又はこれらの合金を主成分としている。上部電極膜4は、スパッタリング法、蒸着法、メッキ法、金属ペースト法等の手法により製膜することができる。上部電極膜4は、下部電極膜2のようにKNN膜3の結晶構造に大きな影響を与えるものではない。そのため、上部電極膜4の材料、結晶構造、製膜手法は特に限定されない。なお、KNN膜3と上部電極膜4との間には、これらの密着性を高めるため、例えば、RuO2、IrO2、Ti、Ta、TiO2、Ni等を主成分とする密着層7が設けられていてもよい。上部電極膜4の厚さは例えば50nm以上5000nm以下、好ましくは50nm以上300nm以下、密着層7を設ける場合には密着層7の厚さは例えば1nm以上200nm以下、好ましくは5nm以上50nm以下とすることができる。本明細書では、KNN膜3と上部電極膜4との間に設けられる密着層7を、上部密着層7と称することもある。
【0054】
(2)圧電積層体、圧電素子、圧電デバイスモジュールの製造方法
上述の圧電積層体10、圧電素子、及び圧電デバイスモジュールの製造方法について説明する。
【0055】
(下部密着層及び下部電極膜の製膜)
まず、基板1を用意し、基板1のいずれかの主面上に、例えばスパッタリング法により下部密着層6(例えばZnO層)及び下部電極膜2(例えばPt膜)をこの順に製膜する。なお、いずれかの主面上に、下部密着層6や下部電極膜2が予め製膜された基板1を用意してもよい。
【0056】
下部密着層6としてのZnO層を製膜する際の条件としては、下記条件が例示される。下部密着層6の製膜時間は、目標とする下部密着層6の厚さに応じて適宜調整される。
ターゲット:ZnO焼結体
温度(基板温度):200℃以上700℃以下、好ましくは300℃以上700℃以下、より好ましくは500℃以上700℃以下
放電パワー密度:2W/cm2以上6W/cm2以下、好ましくは3W/cm2以上5W/cm2以下
雰囲気:アルゴン(Ar)ガスと酸素(O2)ガスとの混合ガスの雰囲気(以下、「Ar/O2混合ガス雰囲気」とも称する)
O2ガスに対するArガスの分圧の比(Arガス分圧/O2ガス分圧):5/1~30/1、好ましくは7/1~20/1、より好ましくは10/1~15/1
雰囲気圧力:0.1Pa以上0.5Pa以下、好ましくは0.2Pa以上0.4Pa以下
厚さ:1nm以上200nm以下、好ましくは10nm以上50nm以下
【0057】
本明細書における「5/1~30/1」のような数値範囲の表記は、下限値及び上限値がその範囲に含まれることを意味する。他の数値範囲についても同様である。
【0058】
なお、下部密着層6としてのTi層等を製膜する際の条件としては、下記条件が例示される。
ターゲット:Ti板等
温度(基板温度):100℃以上500℃以下、好ましくは200℃以上400℃以下
雰囲気:Arガス雰囲気
雰囲気圧力:0.1Pa以上0.5Pa以下、好ましくは0.2Pa以上0.4Pa以下
その他の条件は、ZnO層を設ける際の条件と同様の条件とすることができる。
【0059】
下部電極膜2としてのPt膜を製膜する際の条件としては、下記条件が例示される。下部電極膜2の製膜時間は、目標とする下部電極膜2の厚さに応じて適宜調整される。
ターゲット:Pt板
温度(基板温度):200℃以上600℃以下、好ましくは300℃以上500℃以下
放電パワー密度:1W/cm2以上5W/cm2以下、好ましくは2W/cm2以上4W/cm2以下
雰囲気:Arガス雰囲気
雰囲気圧力:0.1Pa以上0.5Pa以下、好ましくは0.2Pa以上0.4Pa以下
厚さ:100nm以上400nm以下
【0060】
(KNN膜の製膜)
下部密着層6及び下部電極膜2の製膜が終了したら、続いて、下部電極膜2上に、RFマグネトロンスパッタリング法等のスパッタリング法によりKNN膜3を製膜する。KNN膜3の組成は、例えばスパッタ製膜時に用いるターゲットの組成を制御することで調整可能である。ターゲットは、K2CO3粉末、Na2CO3粉末、Nb2O5粉末等を混合させて焼成すること等により作製することができる。ターゲットの組成は、K2CO3粉末、Na2CO3粉末、Nb2O5粉末等の混合比率を調整することで制御することができる。CuやMn等の上述の元素を含むKNN膜3を製膜する場合は、上述の各粉末に加えてCu粉末(又はCuO粉末)や、Mn粉末(又はMnO粉末)等を所定の比率で混合したターゲットを用いればよい。
【0061】
KNN膜3の製膜は、温度条件を変えて2段階で行う。具体的には、最初に(製膜初期に)、第1温度でKNN膜3aを製膜し、その後、第2温度でKNN膜3bを製膜する。
【0062】
第1温度は、KNN膜3aの(001)配向率が95%以上になるとともに膜応力が100MPa以下になる温度である。例えば、第1温度は、第1温度で2μm(±10%)の厚さのKNN膜3aを製膜した際にKNN膜3aの(001)配向率が95%以上になる温度である。また、第1温度は、例えば第1温度で2μm(±10%)の厚さのKNN膜3aを製膜した際にKNN膜3aの膜応力が100MPa以下になる温度である。
【0063】
第2温度は、KNN膜3bが自発分極膜になる温度、すなわち、P-Eヒステリシス曲線の抗電界の中央値が正の値になる温度である。第2温度は、例えば第2温度で2μm(±10%)の厚さのKNN膜3bを製膜した際にKNN膜3bが自発分極膜になる温度である。
【0064】
第1温度、第2温度は、スパッタ製膜装置や製膜条件に多少依存するが、本態様におけるKNN膜3のスパッタ製膜においては、通常、第2温度は第1温度よりも低くなる(第1温度>第2温度)。例えば、第1温度は550℃以上600℃以下の範囲内とすることができ、第2温度は400℃以上500℃以下の範囲内とすることができる。
【0065】
KNN膜3(KNN膜3a、KNN膜3b)を製膜する際の温度以外の他の条件としては、第1温度での製膜、第2温度での製膜共に下記条件が例示される。
放電パワー密度:2.7W/cm2以上4.1W/cm2以下、好ましくは2.8W/cm2以上3.8W/cm2以下
雰囲気:少なくともArガスを含有する雰囲気、好ましくは、Ar/O2混合ガス雰囲気
雰囲気圧力:0.03Pa以上0.5Pa以下、好ましくは0.04Pa以上0.4Pa以下
Arガスに対するO2ガスの分圧の比(O2ガス分圧/Arガス分圧):0~1/20、好ましくは0~1/30
製膜速度:0.5μm/hr以上4μm/hr以下、好ましくは0.5μm/hr以上2μm/hr以下
KNN膜の総厚さ:0.5μm以上5μm以下、好ましくは1μm以上3μm以下
【0066】
なお、「O2ガス分圧/Arガス分圧が0(ゼロ)である」とは、O2ガス分圧が0の状態、すなわち、Arガスのみの雰囲気であるケースを意味する。また、「KNN膜の総厚さ」とは、第1温度で製膜したKNN膜3aと第2温度で製膜したKNN膜3bとの合計厚さである。また、KNN膜3a及びKNN膜3bの製膜時間は、目標とするKNN膜3a,3bの厚さに応じて適宜調整される。上述のように、KNN膜3aの厚さは、第2温度での製膜でKNN膜3b中の膜応力を低減し、KNN膜3全体の膜応力を150MPa以下にするために必要最小限の厚さとすることが好ましい。このため、KNN膜3aの製膜時間(第1温度での製膜時間)は、例えば、KNN膜3aの厚さがKNN膜3の総厚さの20%以下になるように調整することが好ましい。
【0067】
上述のように、最初に、KNN膜3aを、(001)配向率が95%以上になるとともに膜応力が100MPa以下になる第1温度で製膜し、その後、KNN膜3bを、KNN膜3bが自発分極膜になる第2温度でKNN膜3a上に製膜することで、第2温度が、(001)配向率が低下したり、KNN膜3bに大きな膜応力が生じたりするような低温であっても、KNN膜3bを製膜した後のKNN膜3全体の(001)配向率を90%以上にできるとともに、KNN膜3全体の膜応力を大きく緩和できる。その結果、KNN膜3を自発分極膜としつつ、KNN膜3全体の比誘電率を再現性良く490以下にでき、KNN膜3全体の膜応力を150MPa以下にできる。すなわち、上述の条件で温度を変えて2段階でKNN膜3(KNN膜3a及びKNN膜3b)を製膜することで、上述の特徴1~3を全て備えるKNN膜3が得られる。また、上述の条件で温度を変えて2段階でKNN膜3を製膜することで、すなわち、(001)配向率が高く膜応力が小さいKNN膜3aを設けることで、上述の特徴1~4を全て備えるKNN膜3も得られる。
【0068】
(上部密着層及び上部電極膜の製膜)
KNN膜3の製膜が終了したら、KNN膜3上に、例えばスパッタリング法により、上部密着層7(例えばRuO2層)及び上部電極膜4(例えばPt膜)をこの順に製膜する。
【0069】
上部密着層7としてのRuO2層等を製膜する際の条件としては、下記条件が例示される。上部密着層7の製膜時間は、目標とする上部密着層7の厚さに応じて適宜調整される。
ターゲット:Ru板等
温度(基板温度):室温(25℃)以上500℃以下
放電パワー密度:0.3W/cm2以上2W/cm2以下、好ましくは0.5W/cm2以上1W/cm2以下
雰囲気:Ar/O2混合ガス雰囲気
O2ガスに対するArガスの分圧の比(Arガス分圧/O2ガス分圧):3/5~1/1、好ましくは3/4~1/1
雰囲気圧力:0.1Pa以上1.0Pa以下、好ましくは0.2Pa以上0.7Pa以下
厚さ:1nm以上200nm以下、好ましくは5nm以上50nm以下
【0070】
上部電極膜4としてのPt膜等を製膜する際の条件としては、下記条件が例示される。上部電極膜4の製膜時間は、目標とする上部電極膜4の厚さに応じて適宜調整される。
ターゲット:Pt板等
温度(基板温度):室温(25℃)以上500℃以下
放電パワー密度:1W/cm2以上5W/cm2以下、好ましくは2W/cm2以上4W/cm2以下
雰囲気:Arガス雰囲気
雰囲気圧力:0.1Pa以上0.5Pa以下、好ましくは0.2Pa以上0.4Pa以下
厚さ:50nm以上5000nm以下、好ましくは50nm以上300nm以下
【0071】
上述のように、下部密着層6、下部電極膜2、KNN膜3(KNN膜3a,3b)、上部密着層7、上部電極膜4を順に製膜することにより、
図1に示すような圧電積層体10が得られる。
【0072】
(圧電素子の作製)
図1に示すような圧電積層体10を作製した後、圧電積層体10を加工して、KNN膜3を有する素子(圧電素子20とも称する)を形成する。
【0073】
具体的には、まず、例えばArガス又は反応性ガスを用いたドライエッチングにより、上部電極膜4(上部密着層7を含む)及びKNN膜3に対して、それぞれ個別にパターン加工を行う。パターン加工では、上部電極膜4(上部密着層7を含む)及びKNN膜3を、それぞれ、所定形状に成形するとともに、下部電極膜2の一部を露出させる。また、パターン加工では、エッチングマスクとしてフォトレジストを用いることができる。
図2に、パターン加工が完了した圧電積層体10、すなわち圧電素子20を示す。
図2に示す圧電素子20を簡易圧電素子とも称する。
【0074】
図2に示すような簡易圧電素子を作製した後、例えばArガス又は反応性ガスを用いたドライエッチングにより、下部電極膜2及び下部密着層6に対して、それぞれパターン加工を行い、下部電極膜2及び下部密着層6をそれぞれ所定形状に成形する。このパターン加工では、エッチングマスクとしてフォトレジストを用いることができる。
【0075】
下部電極膜2及び下部密着層6のパターン加工が終了したら、絶縁膜8及びメタル配線9a,9bを設ける。具体的には、まず、KNN膜3の側面を覆うように、上部電極膜4から基板1にかけて絶縁材料からなる層を設け、Arガス、又はCF4ガス等の反応性ガスを用いたドライエッチングや、ウエットエッチングにより、絶縁材料からなる層に対してパターン加工を行い、絶縁膜8を設ける。絶縁膜8は、酸化シリコン(SiO2)、酸化アルミニウム(Al2O3)、酸化タンタル(Ta2O5)等の酸化物等を用いて形成することができる。絶縁膜8は、単層膜であってもよく、複数層を積層した積層体であってもよい。絶縁膜8は、CVD法、スパッタリング法等の手法により設けることができる。
【0076】
絶縁膜8を設けた後、金属を含む材料からなる層(メタル配線層)を設ける。そして、Arガス又は反応性ガスを用いたドライエッチングや、ウエットエッチングにより、メタル配線層に対してパターン加工を行い、メタル配線9a,9bを形成する。メタル配線9aは、下部電極膜2に接続され(接触し)、上部電極膜4に接続されない(接触しない)ように形成(パターニング)されており、メタル配線9bは、上部電極膜4に接続され、下部電極膜2に接続されないように形成されている。メタル配線9a,9bは、それぞれ、例えば、Au、Al、Ti、Cr等の各種金属、これらの各種金属を主成分とする合金を用いて形成することができる。メタル配線9a,9bは、単層膜であってもよく、複数層を積層した積層体であってもよい。メタル配線9a,9b(メタル配線層)は、スパッタリング法、蒸着法、メッキ法、金属ペースト法等の手法により設けることができる。
【0077】
また、Deep-RIE又はウエットエッチングにより、基板1の裏面側(基板1が有する2つの主面のうち、下部電極膜2等が製膜された面とは反対側の面)から、基板1の一部を除去する。これにより、メンブレン構造、カンチレバー構造等の圧電素子20、例えば、
図3に示すようなメンブレン型MEMS圧電素子20が得られる。
【0078】
なお、絶縁膜8及びメタル配線9a,9bの形成時のパターン加工におけるエッチング条件、及び圧電積層体10を圧電素子20に加工する際の基板1のエッチング条件は、KNN膜3の絶縁性を劣化させない条件であれば、半導体デバイス製造プロセスで利用されている一般的なエッチング条件とすることができる。
【0079】
(圧電デバイスモジュールの作製)
得られた圧電素子20に電圧検出手段11aを接続することで、KNN膜3を有するデバイスモジュール30(以下、圧電デバイスモジュール30とも称する)が得られる。
図4に、本態様にかかる圧電デバイスモジュール30の概略構成図を示す。圧電デバイスモジュール30は、圧電素子20と、圧電素子20に接続される電圧検出手段11aと、を少なくとも備えている。電圧検出手段11aは、下部電極膜2と上部電極膜4との間(電極間)に発生した電圧を検出する手段である。電圧検出手段11aとしては、公知の種々の手段を用いることができる。
【0080】
電圧検出手段11aを、圧電素子20の下部電極膜2と上部電極膜4との間に接続することで、圧電デバイスモジュール30をセンサとして機能させることができる。KNN膜3が何らかの物理量の変化に伴って変形すると、その変形によって下部電極膜2と上部電極膜4との間に電圧が発生する。この電圧を電圧検出手段11aによって検出することで、KNN膜3に印加された物理量の大きさを測定することができる。この場合、圧電デバイスモジュール30の用途としては、例えば、角速度センサ、超音波センサ、圧カセンサ、加速度センサ等が挙げられる。
【0081】
(3)効果
本態様によれば、以下に示す1つ又は複数の効果が得られる。
【0082】
(a)KNN膜3は、P-Eヒステリシス曲線において、抗電界の中央値が正の値であるという特徴(上述の特徴1)と、比誘電率が490以下である特徴(上述の特徴2)と、膜応力が150MPa以下であるという特徴(上述の特徴3)と、の3つの特徴を全て備えている。すなわち、KNN膜3は、自発分極膜でありながらも、膜応力が小さく、比誘電率が低い膜である。
【0083】
KNN膜3が自発分極膜であることで、圧電積層体10を加工して圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)を作製する際、KNN膜3に対して行う分極処理が不要となる。分極処理が不要であることで、圧電積層体10を加工することで得られる圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)の製造プロセスを簡易化できる。
【0084】
KNN膜3の比誘電率が490以下であることで、圧電積層体10を加工することで得られる圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)をセンサ用途に適用した際、高感度のセンサが得られる。
【0085】
KNN膜3の膜応力が150MPa以下であることで、圧電積層体10を加工して、メンブレン構造、カンチレバー構造等の圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)を作製する際に大きな構造変形が生じることを抑制できる。これにより、圧電積層体10を加工することで得られる圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)を正常に動作させることができる。例えば、圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)を、センサとして確実に機能させることが可能になる。
【0086】
このように、KNN膜3が上述の特徴1~3を全て備えることで、圧電積層体10を加工することで得られる圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)をセンサ用途に好適に適用することが可能となる。
【0087】
(b)下部電極膜2とKNN膜3bとの間に、(001)配向率が高く膜応力が小さいKNN膜3aが介在していることで、KNN膜3は、上述の特徴1~3に加えて、上述の印加サイクル数が1000万回超であるという特徴(上述の特徴4)をさらに備え得る。すなわち、KNN膜3は、自発分極膜でありながらも、膜応力が小さく、比誘電率が低く、さらに、ACストレス耐性に優れた膜であり得る。
【0088】
KNN膜3が優れたACストレス耐性を有することで、すなわち、KNN膜3が繰り返し大きく変形しても圧電変位量が低下しにくいことで、圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)の信頼性を向上させることが可能となる。
【0089】
このように、KNN膜3が上述の特徴1~4を全て備えることで、圧電積層体10を加工することで得られる圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)をセンサ用途により好適に適用することが可能となる。
【0090】
(c)本態様におけるKNN膜3の分極特性は、KNN膜3が高温に晒された場合であっても維持される。例えば、KNN膜3の製膜後に、上部電極膜4の製膜処理、アニール処理、絶縁膜8及びメタル配線9a,9bの形成処理、実装処理等を行う際にKNN膜3が高温に晒された場合であっても、KNN膜3に生じた自発分極が維持される。これにより、圧電積層体10を加工することで得られる圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)をセンサ用途により好適に適用することが可能となる。また、圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)を用いて作製したセンサの性能の低下を回避できる。
【0091】
(d)抗電界の中央値が10kV/cm以上であることで、KNN膜3に生じる自発分極の向きを安定させることができ、分極処理が不要であるKNN膜3が確実に得られる。また、抗電界の中央値が10kV/cm以上であることで、圧電積層体10、圧電素子20、及び圧電デバイスモジュール30の作製中や、圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)の使用時に、KNN膜3に対して、逆方向の電界(一定方向に揃った分極方向を反転させる方向の電界)が誤って印加された場合であっても、初期状態の分極方向(自発的に分極した方向)を維持できる。
【0092】
(e)KNN膜3の製膜時に、最初に、KNN膜3aを、(001)配向率が95%以上になるとともに膜応力が100MPa以下になる第1温度で製膜し、その後、KNN膜3bを、KNN膜3bが自発分極膜になる第2温度でKNN膜3a上に製膜することで、上述の特徴1~3を全て、好ましくは上述の特徴1~4を全て備えるKNN膜3を得ることが可能となる。
【0093】
<他の態様>
以上、本開示の一態様を具体的に説明した。但し、本開示は上述の態様に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。また、これらの態様は任意に組み合わせることができる。
【0094】
上述の態様では、圧電デバイスモジュール30をセンサとして機能させる例について説明したが、これに限定されない。すなわち、圧電デバイスモジュール30をアクチュエータとして機能させてもよい。この場合、圧電デバイスモジュール30は、上述の圧電積層体10を所定の形状に成形することで得られる圧電素子20と、圧電素子20に接続される電圧印加手段11b(
図4参照)と、を少なくとも備えている。電圧印加手段11bは、下部電極膜2と上部電極膜4との間(電極間)に電圧を印加するための手段である。電圧印加手段11bとしては、公知の種々の手段を用いることができる。電圧印加手段11bを、圧電素子20の下部電極膜2と上部電極膜4との間に接続することで、圧電デバイスモジュール30をアクチュエータとして機能させることができる。電圧印加手段11bにより下部電極膜2と上部電極膜4との間に電圧を印加することで、KNN膜3を変形させることができる。この変形動作により、圧電デバイスモジュール30に接続された各種部材を作動させることができる。この場合、圧電デバイスモジュール30の用途としては、例えば、インクジェットプリンタ用のヘッド、光スキャナー用のMEMSミラー、超音波発生装置用の振動子等が挙げられる。
【0095】
また例えば、上述の圧電積層体10を圧電素子20に成形する際、圧電積層体10(圧電素子20)を用いて作製した圧電デバイスモジュール30をセンサ等の所望の用途に適用することができる限り、圧電積層体10から基板1を他の基板に貼り替えてもよい。
【実施例0096】
以下、上述の実施形態の効果を裏付ける実験結果について説明する。
【0097】
[実験1]
KNN膜を製膜する際の第1温度及び第2温度に適用可能な温度を確認する実験を行った。
【0098】
(サンプルA~Gの作製)
基板として、表面が(100)面方位、厚さ610μm、直径6インチ(「φ6インチ」とも称する)、表面に熱酸化膜(厚さ200nm)が形成されたSi基板を用意した。そして、このSi基板の熱酸化膜上に、下部密着層としてのZnO層(厚さ25nm)、下部電極膜としてのPt膜(基板の表面に対して(111)面方位に優先配向、厚さ200nm)、圧電膜としてのKNN膜(厚さ2μm)、上部密着層としてのRuO2層(厚さ10nm)、上部電極膜としてのPt膜(厚さ100nm)を、この順に製膜し、圧電積層体であるサンプルA~Gをそれぞれ作製した。サンプルA~Gでは、下部密着層、下部電極膜、KNN膜、上部密着層、上部電極膜は、いずれも、RFマグネトロンスパッタリング法により製膜した。
【0099】
下部密着層としてのZnO層を製膜する条件は、以下の通りとした。
ターゲット:ZnO焼結体
基板温度:500℃
放電パワー密度:4W/cm2
雰囲気:Ar/O2混合ガス雰囲気
雰囲気圧力:0.3Pa
Arガス分圧/O2ガス分圧:10/1
製膜時間:3分(厚さ25nm)
【0100】
下部電極膜としてのPt膜を製膜する条件は、以下の通りとした。
ターゲット:Pt板
基板温度:500℃
放電パワー密度:2W/cm2
雰囲気:Arガス雰囲気
雰囲気圧力:0.3Pa
製膜時間:14分(厚さ200nm)
【0101】
KNN膜を製膜する際の条件は、下記の通りとした。
ターゲット:KNN焼結体
放電パワー密度:3W/cm2
雰囲気:Ar/O2混合ガス雰囲気
雰囲気圧力:0.1Pa
O2ガス分圧/Arガス分圧:1/20
製膜温度:300℃以上650℃以下の範囲内の所定温度
製膜時間:60分(厚さ2000nm(2μm))
【0102】
上部密着層としてのRuO2層を製膜する条件は、以下の通りとした。
ターゲット:Ru板
基板温度:室温(25℃)
放電パワー密度:0.5W/cm2
雰囲気:Ar/O2混合ガス雰囲気
雰囲気圧力:0.3Pa
Arガス分圧/O2ガス分圧:1/1
製膜時間:6分(厚さ10nm)
【0103】
上部電極膜としてのPt膜を製膜する条件は、以下の通りとした。
ターゲット:Pt板
基板温度:室温(25℃)
放電パワー密度:2W/cm2
雰囲気:Arガス雰囲気
雰囲気圧力:0.3Pa
製膜時間:7分(厚さ100nm)
【0104】
サンプルA~Gは、それぞれ、KNN膜の製膜温度を除くその他の条件を上記に記載の同一の条件で作製している。なお、サンプルA~GのKNN膜の製膜温度は、下記の表1に示す通りである。
【0105】
<評価>
サンプルA~Gについて、それぞれ、KNN膜の(001)配向率、KNN膜の膜応力、及び抗電界の中央値を評価した。
【0106】
((001)配向率の評価)
KNN膜の(001)配向率は、KNN膜に対してXRD測定を行うことにより得られるX線回折パターン(2θ/θ)のピーク強度に基づき、上記式(1)により算出することで評価した。なお、XRD測定は、KNN膜を製膜した後、上部密着層及び上部電極膜を製膜する前に行った。(001)配向率の算出結果を下記の表1に示す。なお、表1における「配向率」とは、KNN膜の(001)配向率を意味する。
【0107】
(膜応力の評価)
基板上の薄膜の応力は、下記式(2)のように、薄膜によって引き起こされる基板の反り量、具体的には、基板の反りの曲率半径を測定することで算出できる。したがって、本評価では、まず、下部密着層、下部電極膜、及びKNN膜を製膜した後、上部密着層及び上部電極膜を製膜する前の各サンプルが有する基板(Si基板)の反りの曲率半径Rを測定した。そして、下記式(2)を用いて、各サンプルのKNN膜の膜応力を算出した。なお、本評価では、Si基板の曲率半径Rは、下部密着層、下部電極膜、及びKNN膜を製膜した後のSi基板の反り形状をレーザ変位計によって測定し、その反り形状から算出した。
【0108】
【0109】
なお、上記式(2)中、σは薄膜(KNN膜)の応力、Es/(1-νs)は基板の2軸弾性係数(Pa)、hは基板の厚さ(m)、Rは基板の反りの曲率半径(m)、tはKNN膜の厚さ(m)である。サンプルA~Gでは、基板としてSi基板を用いていることから、2軸弾性係数の値は30.3とした。また、Si基板は十分に平坦であると想定して、KNN膜の膜応力(σ)を算出した。また、サンプルA~Gでは、下部密着層(ZnO層)及び下部電極膜(Pt膜)が製膜されているが、下部密着層の厚さ(25nm)及び下部電極膜の厚さ(200nm)はKNN膜の厚さ(2μm)に比べると十分に小さい。このため、下部密着層及び下部電極膜の影響は無視してKNN膜の膜応力を算出した。
【0110】
サンプルA~GのKNN膜の膜応力の算出結果を下記の表1に示す。表1において、「圧縮」とは、膜応力が圧縮応力であることを意味し、「引張」とは、膜応力が引張応力であることを意味する。
【0111】
(抗電界の中央値の評価)
抗電界の中央値の評価は、以下のように行った。まず、サンプルA~Gの圧電積層体を作製した後、Arガスを用いたドライエッチングにより、上部電極膜(上部密着層を含む)及びKNN膜に対して、それぞれ個別にパターン加工を行った。パターン加工では、エッチングマスクとしてフォトレジストを用い、上部電極膜をφ0.5mmの大きさに成形するとともに下部電極膜の一部を露出させて、
図2に示すような簡易圧電素子を作製した。サンプルA~Gから作製した各簡易圧電素子を用い、P-Eヒステリシス曲線をそれぞれ作製した。具体的には、下部電極膜を接地させた状態で、-150kV/cm~+150kV/cmの三角波又はsin波の電界を、1kHzの周波数で上部電極膜を介してKNN膜に印加し、KNN膜の分極量を測定し、得られた分極量と印加電界とをプロットすることでP-Eヒステリシス曲線を作製した。P-Eヒステリシス曲線の作製には、アグザクト社製の装置(DBLI)を用いた。各P-Eヒステリシス曲線から抗電界E
C
+及び抗電界E
C
-の値を取得し、そして、抗電界E
C
+及び抗電界E
C
-の値から抗電界の中央値(=(E
C
+-E
C
-)/2)を算出した。サンプルA~Gの抗電界の中央値の算出結果を下記の表1に示す。なお、表1における「中央値」とは、抗電界の中央値を意味する。
【0112】
【0113】
サンプルAでは、KNN膜の結晶構造がペロブスカイト構造にならなかった。このため、XRD測定を行うことにより得られるX線回折パターンにおいて、少なくとも2θが20°~23°の範囲内にピークを観察できず、結果、(001)配向率を算出できなかった。また、KNN膜の結晶構造がペロブスカイト構造になっていないため、KNN膜の耐圧特性が低く、P-Eヒステリシス曲線を作製する際に、-150kV/cm~+150kV/cmの三角波又はsin波の電界を、1kHzの周波数で上部電極膜を介してKNN膜に印加することができなかった。このため、P-Eヒステリシス曲線を作製することができず、結果、抗電界の中央値を測定できなかった。これらから、サンプルAの製膜温度は、第1温度及び第2温度のいずれにも適用不可であることが確認できる。
【0114】
サンプルB~Dでは、膜応力が100MPa超である。このことから、サンプルB~Dの製膜温度は、第1温度には適用不可であることが確認できる。一方、サンプルB~Dでは、抗電界の中央値が10kV/cm以上である。このことから、サンプルB~Dの製膜温度は、すなわち、400℃以上500℃以下の温度範囲は、KNN膜が自発分極膜になる温度であり、第2温度に適用可能であることが確認できる。
【0115】
サンプルE,Fでは、(001)配向率が95%以上であり、膜応力が100MPa以下である。このことから、サンプルE,Fの製膜温度、すなわち、550℃以上600℃以下の温度範囲は、第1温度に適用可能であることが確認できる。一方、サンプルE,Fでは、抗電界の中央値が0kV/cmである。すなわち、サンプルE,Fが有するKNN膜は自発分極膜ではない。このことから、サンプルE,Fの製膜温度は、第2温度には適用不可あることが確認できる。
【0116】
サンプルGでは、(001)配向率が95%未満であり、膜応力が100MPa超である。また、サンプルGでは、抗電界の中央値が0kV/cmである。これらから、サンプルGの製膜温度は、第1温度及び第2温度のいずれにも適用不可であることが確認できる。
【0117】
[実験2]
KNN膜を、温度を変えて2段階で製膜し、その効果を確認する実験を行った。
【0118】
(サンプル1~16の作製)
基板として、表面が(100)面方位、厚さ610μm、φ6インチ、表面に熱酸化膜(厚さ200nm)が形成されたSi基板を用意した。そして、このSi基板の熱酸化膜上に、下部密着層としてのZnO層(厚さ25nm)、下部電極膜としてのPt膜(基板の表面に対して(111)面方位に優先配向、厚さ200nm)、圧電膜としてのKNN膜(厚さ2μm)、上部密着層としてのRuO2層(厚さ10nm)、上部電極膜としてのPt膜(厚さ100nm)を、この順に製膜し、圧電積層体であるサンプル1~16をそれぞれ作製した。下部密着層、下部電極膜、KNN膜、上部密着層、及び上部電極膜は、いずれも、RFマグネトロンスパッタリング法により製膜した。
【0119】
サンプル1~14では、KNN膜を製膜する際、温度条件を変えて2段階で製膜した。具体的には、最初、第1温度で第1KNN膜を製膜し、その後、第1温度とは異なる第2温度で、第2KNN膜を第1KNN膜上に製膜した。サンプル1~14のKNN膜を製膜する際の第1温度及び第2温度は、それぞれ、下記の表2に示す通りとし、第1温度での製膜時間は6分(厚さ200nm)とし、第2温度での製膜時間は54分(厚さ1800nm)とした。サンプル15,16では、KNN膜を製膜する際、温度条件を変えることなく所定の温度で製膜した。サンプル15,16のKNN膜を製膜する際の温度は、下記の表2の「第2温度」の欄に示す通りとし、製膜時間は60分(厚さ2000nm)とした。KNN膜を製膜する際の製膜温度、製膜時間以外の条件、及びKNN膜以外の各膜(各層)の製膜条件は、それぞれ、上述の実験1と同じ条件とした。また、サンプル1~16は、それぞれ、KNN膜の製膜温度(第1温度、第2温度)を除くその他の条件は上記に記載の同一の条件にして作製している。
【0120】
<評価>
サンプル1~16について、それぞれ、抗電界の中央値、KNN膜の比誘電率、KNN膜の膜応力、及びACストレス耐性を評価した。また、サンプル3,9から作製した簡易圧電素子を用い、分極処理要否に関する評価を行った。また、サンプル1,2,8から作製した簡易圧電素子を用い、KNN膜に生じた自発分極の温度耐性に関する評価を行った。さらにまた、サンプル3,9から作製した簡易圧電素子を用い、圧電素子の耐熱性能に関する評価を行った。
【0121】
(抗電界の中央値の評価)
サンプル1~16を用い、上述の実験1の抗電界の中央値の評価に記載の手法と同様の手法で、
図2に示すような簡易圧電素子を作製した。そして、サンプル1~16から作製した各簡易圧電素子を用い、P-Eヒステリシス曲線をそれぞれ作製した。P-Eヒステリシス曲線は、上述の実験1の抗電界の中央値の評価に記載の条件、手法、装置と同様の条件、手法、装置を用いて作製した。サンプル3及びサンプル9のP-Eヒステリシス曲線を、
図5及び
図6にそれぞれ示す。また、各P-Eヒステリシス曲線から抗電界E
C
+及び抗電界E
C
-の値を取得し、抗電界の中央値を算出した。サンプル1~16の抗電界の中央値の算出結果を下記の表2に示す。なお、表2における「中央値」とは、抗電界の中央値を意味する。
【0122】
(比誘電率に関する評価)
サンプル1~16を用い、上述の実験1の抗電界の中央値の評価に記載の手法と同様の手法で、
図2に示すような簡易圧電素子を作製した。そして、サンプル1~16から作製した各簡易圧電素子を用い、下部電極膜と上部電極膜とをLCRメータに接続し、±1V、1kHzの条件で静電容量を測定した。測定した静電容量、上部電極膜の面積(0.625mm
2)、及びKNN膜の厚さ(2μm)の各値を用いて、各サンプルが有するKNN膜の比誘電率を算出した。サンプル1~16の比誘電率を下記の表2に示す。
【0123】
(膜応力に関する評価)
サンプル1~16について、それぞれ、上述の実験1の膜応力の評価に記載の手法と同様の手法で、KNN膜の膜応力を評価した。サンプル1~16においても、下部密着層及び下部電極膜が製膜されているが、サンプルA~Gと同様に、下部密着層及び下部電極膜の厚さはKNN膜の厚さに比べると十分に小さい。このため、下部密着層及び下部電極膜の影響は無視してKNN膜の膜応力を算出した。サンプル1~16のKNN膜の膜応力の算出結果を下記の表2に示す。表2における「圧縮」及び「引張」は、表1における「圧縮」及び「引張」と同様の意味である。
【0124】
(ACストレス耐性の評価)
ACストレス耐性は、ACストレス寿命を測定することで評価した。ACストレス寿命の評価は、以下のように行った。まず、サンプル1~16から、長さ20mm×幅2.5mmの短冊状の小片をそれぞれ切り出した。そして、
図7(a)に示すように、サンプル1~16から得た各小片の長手方向における一端をクランプで固定するとともに、下部電極膜と上部電極膜との間に電圧印加手段(図示省略)を接続し、簡易的なユニモルフカンチレバーを作製した。そして、電圧印加手段を用い、下部電極膜と上部電極膜との間に(すなわちKNN膜に)300kV/cmのユニポーラの交流電界が生じるように上部電極膜を介してKNN膜に対して負電圧を連続で印加し、具体的には、下部電極膜を接地させた状態で、0V~-60Vの範囲で振幅するユニポーラのsin波の交流電圧を、300Hzの周波数で上部電極膜を介してKNN膜に連続的に印加し、各小片のKNN膜(厚さ2μm)を連続的に変形させた。KNN膜の変形動作により、カンチレバー全体が屈伸し(振動し)、カンチレバーの先端が上下方向に連続的に往復動する。このときのカンチレバーの先端の変位量Δ(圧電変位量)を、
図7(b)に示すようにレーザドップラ変位計からレーザ光Lをカンチレバーの先端に照射して測定した。本評価では、変位量Δの測定は、印加サイクル数が100万回に達する毎に実施した。そして、変位量Δが初期値の80%以下になった時点での印加サイクル数をACストレス寿命とした。なお、印加サイクル数が5000万回に達した後も変位量Δが初期値の80%以上であった場合は、測定を中断して、ACストレス寿命の測定結果を5000万回超(>5000万回)とした。測定結果を下記の表2に示す。
【0125】
なお、
図7(a)及び
図7(b)では、分かりやすさのため、下部密着層及び上部密着層の図示を省略し、また、第1KNN膜及び第2KNN膜の積層体をKNN膜として図示している。
【0126】
【0127】
サンプル1~6では、抗電界の中央値が正の値であり、比誘電率が490以下であり、膜応力が150MPa以下である。すなわち、サンプル1~6から、KNN膜を製膜する際、最初に、第1KNN膜を、(001)配向率が95%以上になるとともに膜応力が100MPa以下になる第1温度で製膜し、その後、第2KNN膜を、第2KNN膜が自発分極膜になる第2温度で第1KNN膜上に製膜することで、抗電界の中央値が正の値であるという特徴(上述の特徴1)、比誘電率が490以下であるという特徴(上述の特徴2)、及び膜応力が150MPa以下であるという特徴(上述の特徴3)の3つの特徴を全て備えるKNN膜が得られることが分かる。
【0128】
第2温度を300℃にしたサンプル7では、(001)配向率の算出及び抗電界の中央値の測定ができなかった。これは、第2KNN膜の結晶構造がペロブスカイト構造にならなかったためと考えられる。サンプル8~10では、いずれも、抗電界の中央値が0である。これは、サンプル8~10では、第2温度が500℃超(600℃、650℃)であるためと考えられる。このことから、第2温度が、第2KNN膜が自発分極膜になる温度でない場合、自発分極膜であるKNN膜、すなわち、上述の特徴1を備えるKNN膜が得られないことが確認できる。サンプル11,12では、いずれも、比誘電率が490超であり、膜応力が150MPa超である。これは、サンプル11,12では、第1温度が600℃超(650℃)であるためと考えられる。また、サンプル13,14では、いずれも、膜応力が150MPa超である。これは、サンプル13,14では、第1温度が550℃未満(500℃)であるためと考えられる。サンプル11~14から、第1温度が、第1KNN膜の(001)配向率が95%以上になるとともに膜応力が100MPa以下になる温度でない場合、比誘電率が490以下であり、膜応力が150MPa以下であるKNN膜、すなわち、上述の特徴2,3を備えるKNN膜が得られないことが確認できる。
【0129】
また、サンプル1~6,8~10では、変位量Δが初期値の80%以下になるまでの印加サイクル数が5000万回超であり、優れたACストレス耐性を有している。これは、下部電極膜と第2KNN膜との間に、(001)配向率が高くて膜応力が小さい第1KNN膜(例えば(001)配向率が95%以上であって膜応力が100MPa以下である第1KNN膜)が介在しているためと考えられる。
【0130】
特に、サンプル1~6では、抗電界の中央値が正の値であり、比誘電率が490以下であり、膜応力が150MPa以下であり、上述の印加サイクル数が1000万回超(5000万回以上)である。このように、サンプル1~6は、上述の特徴1~3に加えて、ACストレス耐性が優れているという特徴(上述の特徴4)をさらに備えていることが確認できる。サンプル1~6から、KNN膜を製膜する際、最初に、第1KNN膜を、(001)配向率が95%以上になるとともに膜応力が100MPa以下になる第1温度で製膜し、その後、第2KNN膜を、第1温度よりも高い所定温度の第2温度で第1KNN膜上に製膜することで、上述の特徴1~4を全て備えるKNN膜が得られることが確認できる。
【0131】
これに対し、サンプル7では、KNN膜に300kV/cmのユニポーラの交流電界が生じるような大きな電圧を印加することができず、印加サイクル数を測定できなかった。これは、第2KNN膜の結晶構造がペロブスカイト構造にならず、KNN膜の耐圧特性が低いためと考えられる。また、サンプル11~16では、変位量Δが初期値の80%以下になるまでの印加サイクル数が1000万回以下であり、ACストレス耐性が低くなっている。これは、サンプル11~14では、第1KNN膜を、(001)配向率が95%以上になるとともに膜応力が100MPa以下になる温度で製膜していないため、すなわち、第1KNN膜の(001)配向率が低いとともに膜応力が大きいためと考えられる。また、サンプル15,16では、KNN膜を第1KNN膜と第2KNN膜との積層体により構成していないため、具体的には、下部電極膜とKNN膜との間に、(001)配向率が高くて膜応力が小さいKNN膜(例えば(001)配向率が95%以上であって膜応力が100MPa以下であるKNN膜)が介在していないためと考えられる。
【0132】
なお、KNN膜を製膜する際、サンプル1~14では、第1温度での製膜時間を6分としたが、これに限定されない。発明者等は、第1温度での製膜時間が1分以上12分以下の範囲であれば、上述の結果と同様の結果が得られることを確認している。KNN膜の製膜において、第1温度での製膜時間、すなわち、第1温度で製膜されるKNN膜の厚さの最適値は、ある程度の幅を有していてもよいことを確認している。
【0133】
(膜応力の評価について)
上述の実験1,2では、KNN膜の膜応力は、基板(Si基板)の反り量、すなわち、基板の反りの曲率半径から算出したが、これに限定されない。KNN膜の膜応力は、圧電積層体を加工してMEMS構造を作り込んだ圧電素子(圧電デバイスモジュール)の状態でも、MEMSシミュレーションと現物の形状との照合により、KNNの膜応力を知ることができる。
【0134】
(分極処理要否に関する評価)
抗電界の中央値が正の値であるサンプル3、及び抗電界の中央値がゼロ(0)であるサンプル9の圧電積層体から作製した簡易圧電素子を用い、サンプル3,9がそれぞれ有するKNN膜が自発分極膜であるか否かの確認、すなわち、分極処理の要否に関する評価を行った。
【0135】
KNN膜等の圧電膜では、分極方向が一定方向に揃った状態になることで、その分極方向に電界が印加された際に圧電変形する。このことから、分極処理を行っていないKNN膜に低い電圧(電界)を印加して、KNN膜が変形するか否かを確認することで、KNN膜が自発分極膜であるか否か、すなわち、分極処理の要否を確認することができる。
【0136】
分極処理の要否の確認は、以下の測定(a)~測定(e)を順に実施することで行った。なお、測定(a)~測定(e)でそれぞれ得られたグラフ図を、
図8(a)~(e)、
図9(a)~(e)に示す。
図8(a)~(e)は、それぞれ、サンプル3のグラフ図であり、
図9(a)~(e)は、それぞれ、サンプル9のグラフ図である。
【0137】
<測定(a)>
まず、サンプル3,9から作製した簡易圧電素子を用い、下部電極膜を接地させた状態で、上部電極膜を介してKNN膜に対して-2V~+2Vのsin波の電圧(-10kV/cm~+10kV/cmのsin波の電界)を1kHzの周波数で印加して、KNN膜(上部電極膜の表面)の変位量を測定し(測定(a))、印加電圧とKNN膜の変位量との相関関係を示すグラフ図を得た。測定(a)で得たグラフ図を、
図8(a)、
図9(a)にそれぞれ示す。
【0138】
<測定(b)>
測定(a)の終了後、下部電極膜を接地させた状態で、上部電極膜を介してKNN膜に対して0V~-30Vのsin波の電圧(0kV/cm~-300kV/cmのsin波の電界)を1kHzの周波数で印加して、KNN膜(上部電極膜の表面)の変位量を測定し(測定(b))、印加電圧とKNN膜の変位量との相関関係を示すグラフ図を得た。測定(b)での-30Vの電圧印加は、上向き方向に分極を揃える処理(以下、「上向き方向の分極処理」とも称する)の実施に相当する。測定(b)で得たグラフ図を、
図8(b)、
図9(b)にそれぞれ示す。
【0139】
<測定(c)>
測定(b)の終了後、再び、下部電極膜を接地させた状態で、上部電極膜を介してKNN膜に対して-2V~+2Vのsin波の電圧(-10kV/cm~+10kV/cmのsin波の電界)を1kHzの周波数で印加して、KNN膜(上部電極膜の表面)の変位量を測定し(測定(c))、印加電圧とKNN膜の変位量との相関関係を示すグラフ図を得た。測定(c)で得たグラフ図を、
図8(c)、
図9(c)にそれぞれ示す。
【0140】
<測定(d)>
測定(c)の終了後、下部電極膜を接地させた状態で、上部電極膜を介してKNN膜に対して0V~+30Vのsin波の電圧(0kV/cm~+300kV/cmのsin波の電界)を1kHzの周波数で印加して、KNN膜(上部電極膜の表面)の変位量を測定し(測定(d))、印加電圧とKNN膜の変位量との相関関係を示すグラフ図を得た。測定(d)での+30Vの電圧印加は、下向き方向に分極を揃える処理(以下、「下向き方向の分極処理」とも称する)の実施に相当する。測定(d)で得たグラフ図を、
図8(d)、
図9(d)にそれぞれ示す。
【0141】
<測定(e)>
測定(d)の終了後、再び、下部電極膜を接地させた状態で、上部電極膜を介してKNN膜に対して-2V~+2Vのsin波の電圧(-10kV/cm~+10kV/cmのsin波の電界)を1kHzの周波数で印加して、KNN膜(上部電極膜の表面)の変位量を測定し(測定(e))、印加電圧とKNN膜の変位量との相関関係を示すグラフ図を得た。測定(e)で得たグラフ図を、
図8(e)、
図9(e)にそれぞれ示す。
【0142】
サンプル3の簡易圧電素子では、
図8(a)に示すグラフ図おいて明確な圧電変位が確認できる。また、
図8(c)に示すグラフ図での圧電変位が
図8(a)に示すグラフ図での圧電変位と同様であることも確認できる。これらから、サンプル3が有するKNN膜は、分極処理を行っていない初期状態から分極方向が上向き方向に揃っていることが分かる。すなわち、サンプル3が有するKNN膜は自発分極膜であることが分かる。また、
図8(e)に示すグラフ図での圧電変位も、
図8(a)及び
図8(c)に示すグラフ図での圧電変位と同様であることが分かる。このことから、上向き方向の分極処理に相当する処理(測定(b))とは逆方向の下向き方向の分極処理に相当する処理(測定(d))の実施後でさえも、初期の分極状態(上向き方向の分極)が維持されていることが分かる。これらから、サンプル3が有するKNN膜に生じた自発分極は、(順方向、逆方向に関わらず)大きな電圧を印加した後でも維持されることが分かる。すなわち、サンプル3では、分極処理が不要であることが分かる。
【0143】
一方、サンプル9の簡易圧電素子では、
図9(a)に示すグラフ図では明確な圧電変位が見られなかったが、
図9(c)に示すグラフ図では圧電変位が見られた。このことから、サンプル9では、上向き方向の分極処理(測定(b))の実施によって、KNN膜の分極方向が上向き方向(順方向)に揃った状態になったことが分かる。また、
図9(e)では、
図9(c)の圧電変位とは逆方向の圧電変位が見られた。このことから、上向き方向の分極処理(測定(b))とは逆方向の下向き方向の分極処理(測定(d))の実施によって、KNN膜の分極方向が下向き方向に揃った状態に変化したことが分かる。これらから、サンプル9が有するKNN膜には自発分極が生じておらず、このKNN膜は、(順方向、逆方向に関わらず)大きな電圧を印加した後は、電圧の印加方向に分極方向が揃うという性質を有することが分かる。サンプル9のKNN膜が有するこのような性質は、分極処理が必要なKNN膜(圧電膜)の一般的な性質である。すなわち、サンプル9では、分極処理が必要であることが分かる。
【0144】
(自発分極の温度耐性に関する評価)
サンプル1,2の圧電積層体から作製した簡易圧電素子を用い、KNN膜に生じた自発分極の温度耐性に関する評価を行った。
【0145】
まず、サンプル1から作製した簡易圧電素子を用い、下部電極膜を接地させた状態で、上部電極膜を介してKNN膜に対して-2V~+2Vのsin波の電圧(-10kV/cm~+10kV/cmのsin波の電界)を1kHzの周波数で印加して、KNN膜(上部電極膜の表面)の変位量を測定し、印加電圧とKNN膜の変位量との相関関係を示すグラフ図を得た。このグラフ図を
図10(a)に示す。その後、簡易圧電素子を、大気雰囲気、400℃の環境に2時間置いた。その後、再び、下部電極膜を接地させた状態で、上部電極膜を介してKNN膜に対して-2V~+2Vのsin波の電圧(-10kV/cm~+10kV/cmのsin波の電界)を1kHzの周波数で印加して、KNN膜(上部電極膜の表面)の変位量を測定し、印加電圧とKNN膜の変位量との相関関係を示すグラフ図を得た。このグラフ図を
図10(b)に示す。
【0146】
また、サンプル2から作製した簡易圧電素子を用い、下部電極膜を接地させた状態で、上部電極膜を介してKNN膜に対して-2V~+2Vのsin波の電圧(-10kV/cm~+10kV/cmのsin波の電界)を1kHzの周波数で印加して、KNN膜(上部電極膜の表面)の変位量を測定し、印加電圧とKNN膜の変位量との相関関係を示すグラフ図を得た。このグラフ図を
図11(a)に示す。その後、簡易圧電素子を、大気雰囲気、500℃の環境に2時間置いた。その後、再び、下部電極膜を接地させた状態で、上部電極膜を介してKNN膜に対して-2V~+2Vのsin波の電圧(-10kV/cm~+10kV/cmのsin波の電界)を1kHzの周波数で印加して、KNN膜(上部電極膜の表面)の変位量を測定し、印加電圧とKNN膜の変位量との相関関係を示すグラフ図を得た。このグラフ図を、
図11(b)に示す。
【0147】
図10(a)及び
図10(b)から、KNN膜の圧電変位は、400℃の雰囲気に暴露する前と後で殆ど変わらないことが分かる。また、
図11(a)及び
図11(b)から、KNN膜の圧電変位は、500℃の雰囲気に暴露する前と後で殆ど変わらないことが分かる。これらから、本開示の手法で製膜した自発分極膜であるKNN膜の分極特性は、KNN膜に400℃の熱履歴、さらには500℃の熱履歴を与えても維持されることが分かる。
【0148】
また、サンプル8のKNN膜に対して分極処理を行い、サンプル8のKNN膜に生じた分極の温度耐性に関する評価も行った。具体的には、まず、サンプル8から作製した簡易圧電素子を用意し、下向き方向の分極処理(すなわち上述の測定(b))を実施した。そして、サンプル1,2と同様の手法で、400℃又は500℃の雰囲気に暴露する前と後でKNN膜の変位量を観察した。その結果、サンプル8では、400℃又は500℃の雰囲気に暴露する前と後とで、KNN膜の圧電変位が変わることを確認した。具体的には、サンプル8では、400℃又は500℃の雰囲気に暴露する前は明確な圧電変位を確認できたものの、400℃又は500℃の雰囲気に暴露した後は、明確な圧電変位を観察できなかった。すなわち、400℃又は500℃の雰囲気に暴露した後のサンプル8のKNN膜には、分極が生じていないことを確認した。
【0149】
(圧電素子の耐熱性能の評価)
サンプル3,9の圧電積層体から作製した圧電素子(メンブレン型MEMSデバイス)を用い、圧電素子の耐熱性能に関する評価を行った。
【0150】
まず、以下のように圧電素子チップを作製した。サンプル3,9の圧電積層体を用意し、各サンプルのKNN膜の側面の一部を覆うように、上部電極膜から下部電極膜にかけて絶縁膜を設けた。本実験では、絶縁膜として、厚さが5nmの酸化アルミニウム(Al
2O
3)層と、Al
2O
3層上に設けられた厚さが500nmの酸化シリコン(SiO
2)層と、の積層体を設けた。そして、CF
4ガスを用いたドライエッチングにより、絶縁膜に対してパターン加工を行った。その後、メタル配線層として、厚さが10nmのTi層と、Ti層上に設けられた厚さが300nmのAu層と、の積層体を設けた。そして、ウエットエッチングにより、メタル配線層に対してパターン加工を行い、所定パターンのメタル配線を形成した。また、Deep-RIEエッチングにより、Si基板の裏面側からSi基板の一部を除去し、メンブレン構造を形成した。そして、圧電積層体(各サンプル)をチップ状に分割して、
図3に示すような圧電素子チップを複数作製した。
【0151】
そして、自発分極が生じていないサンプル9の圧電積層体を用いて作製した圧電素子チップに対して、プロービングにより、上部電極膜を介してKNN膜に対して-30VのDC電圧を印加する分極処理を行った。なお、自発分極が生じているサンプル3の圧電積層体を用いて作製した圧電素子チップに対しては、分極処理は行わなかった。
【0152】
それから、得られた複数の圧電素子チップを、パッケージに実装(ボンディング実装及びワイヤボンディング実装)した。作製した圧電素子チップの耐熱性能を評価するため、パッケージ実装時の熱処理温度(以下、「PKG温度」とも称する)を200℃及び300℃で実施した。
【0153】
この圧電素子(メンブレン型MEMSデバイス)は、超音波の音圧によってメンブレン構造の部分が変形し、KNN膜から電圧が発生する。すなわち、この圧電素子は、超音波センサとして機能する。作製した各圧電素子チップに超音波をあてて、超音波に対する圧電素子の感度(すなわち、センサ感度、以下、「超音波感度」とも称する)を評価した。評価結果を下記の表3に示す。なお、表3の「超音波感度」の欄において、「合」とは、パッケージ実装後の圧電素子が正常動作したことを意味し、「否」とは、パッケージ実装後の圧電素子が正常動作しなかったことを意味する。
【0154】
【0155】
サンプル3の圧電積層体を用いて作製した圧電素子は、PKG温度によらず、正常に動作した。
【0156】
一方、サンプル9の圧電積層体を用いて作製し、分極処理を行った圧電素子は、PKG温度が200℃の場合は正常に動作したものの、PKG温度が300℃の場合は正常に動作しなかった。このことから、分極処理後に300℃の熱履歴が与えられた圧電素子では、超音波感度が劣化することが分かる。これは、分極処理によって揃えられたKNN膜の分極方向が、高温に晒されることで乱れてしまったためと推測される。これらから、自発分極しているKNN膜を用いて作製した圧電素子は、分極処理を行った圧電素子に比べて耐熱性能が高いことが分かる。圧電素子が高い耐熱性能を有し、高い信頼性を有することが分かる。
【0157】
<本開示の好ましい態様>
以下、本開示の好ましい態様について付記する。
【0158】
(付記1)
本開示の一態様によれば、
基板と、
前記基板上に製膜された下部電極膜と、
前記下部電極膜上に製膜された、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜と、を備え、
前記圧電膜に対して所定条件で電界を印加して得た、分極量と印加電界との相関関係を示すヒステリシス曲線において、正電界側の抗電界EC
+と負電界側の抗電界EC
-との間の抗電界の中央値が正の値であり、
前記圧電膜の比誘電率が490以下であり、
前記圧電膜の膜応力が150MPa以下である、
圧電積層体が提供される。
【0159】
(付記2)
付記1に記載の圧電積層体であって、好ましくは、
前記ヒステリシス曲線において、前記圧電膜の厚さが2μmであるときの前記抗電界EC
+と前記抗電界EC
-との間の前記抗電界の前記中央値が10kV/cm以上である。
【0160】
(付記3)
付記1又は2に記載の圧電積層体であって、好ましくは、
前記下部電極膜と前記圧電膜上に設けられる上部電極膜との間に300kV/cmのユニポーラの交流電界が生じるように前記上部電極膜に対して負電圧を連続で印加した際、前記圧電膜の圧電変位量が初期値の80%以下に低下するまでの前記電圧の印加サイクル数が1000万回超である。
【0161】
(付記4)
付記1~3のいずれか1項に記載の圧電積層体であって、好ましくは、
前記圧電膜は、ドーパントとして、銅及びマンガンから選択される少なくともいずれかの元素を、0.1at%以上2.0at%以下の濃度で含む。
【0162】
(付記5)
付記1~4のいずれか1項に記載の圧電積層体であって、好ましくは、
前記基板と前記圧電膜との間には、亜鉛及び酸素を含む層が設けられている。
【0163】
(付記6)
本開示の他の態様によれば、
基板上に下部電極膜を製膜する工程と、
前記下部電極膜上に、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜を製膜する工程と、を有し、
前記圧電膜を製膜する工程では、最初に、前記圧電膜の一部である第1圧電膜を、(001)配向率が95%以上になるとともに膜応力が100MPa以下になる第1温度で製膜し、その後、前記圧電膜の他の部分である第2圧電膜を、前記第2圧電膜が自発分極膜になる第2温度で第1圧電膜上に製膜する、
圧電積層体の製造方法が提供される。
【0164】
(付記7)
付記6に記載の方法であって、好ましくは、
前記第1圧電膜の厚さは、前記圧電膜の総厚の20%以下である。
【0165】
(付記8)
付記6又は7に記載の方法であって、好ましくは、
前記第1温度は、前記第1温度で2μmの厚さの前記第1圧電膜を製膜した際に、前記第1圧電膜の(001)配向率が95%以上になる温度である。
【0166】
(付記9)
付記6~8のいずれか1項に記載の方法であって、好ましくは、
前記第1温度は、前記第1温度で2μmの厚さの前記第1圧電膜を製膜した際に、前記第1圧電膜の膜応力が100MPa以下になる温度である。
【0167】
(付記10)
付記6~9のいずれか1項に記載の方法であって、好ましくは、
前記圧電膜を製膜する工程を行う前に、前記基板上に、亜鉛及び酸素を含む層を設ける工程をさらに有し、
前記圧電膜を製膜する工程では、前記亜鉛及び酸素を含む層上に、前記圧電膜を製膜する。
【0168】
(付記11)
本開示のさらに他の態様によれば、
基板と、
前記基板上に製膜される下部電極膜と、
前記下部電極膜上に製膜され、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜と、
前記圧電膜上に製膜される上部電極膜と、を備え、
前記圧電膜に対して所定条件で電界を印加して得た、分極量と印加電界との相関関係を示すヒステリシス曲線において、正電界側の抗電界EC
+と負電界側の抗電界EC
-との間の抗電界の中央値が正の値であり、
前記圧電膜の比誘電率が490以下であり、
前記圧電膜の膜応力が150MPa以下である、
圧電素子又は圧電デバイスモジュールが提供される。
【0169】
(付記12)
本開示のさらに他の態様によれば、
圧電膜の分極特性を利用した圧電素子又は圧電デバイスモジュールであって、
所定条件で電界を印加して得た、分極量と印加電界との相関関係を示すヒステリシス曲線において、正電界側の抗電界EC
+と負電界側の抗電界EC
-との間の抗電界の中央値が正の値である圧電膜を搭載し、
300℃の熱履歴を与えてもセンサ感度が劣化しない(センサ感度が維持される)、
圧電素子又は圧電デバイスモジュールが提供される。
【0170】
(付記13)
本開示のさらに他の態様によれば、
カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜であって、
前記圧電膜に対して所定条件で電界を印加して得た、分極量と印加電界との相関関係を示すヒステリシス曲線において、正電界側の抗電界EC
+と負電界側の抗電界EC
-との間の抗電界の中央値が正の値であり、
比誘電率が490以下であり、
膜応力が150MPa以下である、
圧電膜が提供される。
【0171】
(付記14)
本開示のさらに他の態様によれば、
所定条件で電界を印加して得た、分極量と印加電界との相関関係を示すヒステリシス曲線において、正電界側の抗電界EC
+と負電界側の抗電界EC
-との間の抗電界の中央値が正の値であり、
400℃以上の熱履歴を与えても分極特性が維持される、
圧電膜が提供される。
【0172】
(付記15)
付記11~14のいずれか1項に記載の圧電膜、圧電素子、又は圧電デバイスモジュールであって、好ましくは、
前記下部電極膜と前記上部電極膜との間に(前記圧電膜に)300kV/cmのユニポーラの交流電界が生じるように前記上部電極膜(前記圧電膜上に設けられる上部電極膜)に対して負電圧を連続で印加した際、前記圧電膜の圧電変位量が初期値の80%以下に低下するまでの前記電圧の印加サイクル数が1000万回超である。