(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024014126
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】情報生成装置及び情報生成方法
(51)【国際特許分類】
H01L 29/82 20060101AFI20240125BHJP
G06N 10/40 20220101ALI20240125BHJP
【FI】
H01L29/82 Z
G06N10/40
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022116737
(22)【出願日】2022-07-21
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】巻内 崇彦
(72)【発明者】
【氏名】清水 祐樹
(72)【発明者】
【氏名】日置 友智
(72)【発明者】
【氏名】星 幸治郎
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 英治
【テーマコード(参考)】
5F092
【Fターム(参考)】
5F092AA15
5F092AB10
5F092AC30
5F092AD30
5F092BD04
5F092BD13
5F092BD24
5F092FA08
(57)【要約】
【課題】磁性のダイナミクスにおいて、コヒーレンス時間を長くすることが可能な情報生成装置及び情報生成方法を提供する。
【解決手段】情報生成装置は、磁性体と、前記磁性体に磁場を印加する磁場印加部と、前記磁場が印加されている前記磁性体に交流磁場を印加して、前記磁性体において、コヒーレンス情報を有する第1周波数の第1マグノンと、前記第1周波数の半分の第2周波数の第2マグノンと、を生成させる情報生成部と、を備え、前記第2マグノンは、前記第1マグノンよりも緩和が遅く、かつ、前記第1マグノンと相互作用をする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性体と、
前記磁性体に磁場を印加する磁場印加部と、
前記磁場が印加されている前記磁性体に交流磁場を印加して、前記磁性体において、コヒーレンス情報を有する第1周波数の第1マグノンと、前記第1周波数の半分の第2周波数の第2マグノンと、を生成させる情報生成部と、を備え、
前記第2マグノンは、前記第1マグノンよりも緩和が遅く、かつ、前記第1マグノンと相互作用をする、
情報生成装置。
【請求項2】
前記第1マグノンと、互いに逆向きの波数ベクトルを有する2つの前記第2マグノンとが前記相互作用をする、
請求項1に記載の情報生成装置。
【請求項3】
前記磁場が印加されている前記磁性体における前記マグノンの分散関係は、前記マグノンの波数ベクトルの大きさがゼロのときに極大値である前記第1周波数を示し、かつ、前記波数ベクトルの前記磁場方向の成分が第1値及び前記第1値と異なる符号の第2値のときに極小値である前記第2周波数を示す、
請求項1又は2に記載の情報生成装置。
【請求項4】
前記交流磁場は、前記第1周波数を有する第1交流磁場と、前記第1周波数の2倍の第3周波数を有する第2交流磁場と、を含み、
前記情報生成部は、前記第1交流磁場を前記磁性体に印加し、前記第1交流磁場を前記磁性体に印加している間に、前記第2交流磁場の前記磁性体への印加を開始する、
請求項1又は2に記載の情報生成装置。
【請求項5】
前記磁場は、前記磁性体の交換相互作用定数、飽和磁化、膜厚及び磁気異方性定数の少なくとも1つに基づいて定められる、
請求項1又は2に記載の情報生成装置。
【請求項6】
前記情報生成装置は、
前記情報生成部による前記第2交流磁場の印加が終了した後に、前記第1周波数又は前記第3周波数を有する第3交流磁場を前記磁性体に印加する測定磁場印加部と、
前記第3交流磁場が印加されている前記磁性体の電圧の位相に基づいて、前記コヒーレンス情報を取得する取得部と、をさらに備える、
請求項4に記載の情報生成装置。
【請求項7】
前記情報生成部は、前記交流磁場の印加を繰り返し実行し、
前記測定磁場印加部は、前記情報生成部による前記交流磁場の印加に応じて前記第3交流磁場の印加を繰り返し実行し、
前記取得部は、前記第3交流磁場が印加される度に測定される前記位相に基づいて、確率的な前記コヒーレンス情報を取得する、
請求項6に記載の情報生成装置。
【請求項8】
前記コヒーレンス情報は、位相及び振幅の少なくとも一方である、
請求項1又は2に記載の情報生成装置。
【請求項9】
前記磁性体の厚さは、200ナノメートル以上である、
請求項1又は2に記載の情報生成装置。
【請求項10】
前記磁場の大きさは、25ミリテスラ以上100ミリテスラ以下である、
請求項1又は2に記載の情報生成装置。
【請求項11】
磁性体に磁場を印加することと、
前記磁場が印加されている磁性体に交流磁場を印加して、前記磁性体において、コヒーレンス情報を有する第1周波数の第1マグノンと、前記第1周波数の半分の第2周波数の第2マグノンと、を生成させることと、を含み、
前記第2マグノンは、前記第1マグノンよりも緩和が遅く、かつ、前記第1マグノンと相互作用をする、
情報生成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、情報生成装置及び情報生成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、物質の量子効果を利用した量子コンピュータの開発が進められている。例えば、特許文献1には、超電導材料を用いた量子ビットにより構成される量子コンピュータが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
超電導材料を利用した量子コンピュータでは、超電導材料等を収容できる冷却装置が用いられるが、冷却装置内の空間には限りがある。一方で、磁性体中の磁性のダイナミクスを利用して、室温において動作可能なコンピュータを実現すれば、空間に制限がないため大規模なコンピュータを構築することができると考えられる。
【0005】
しかしながら、磁性体中の巨視的な磁気モーメントの歳差運動は、数十~数百ナノ秒程度の緩和時間で減衰することが知られている。この緩和時間は、超電導材料を利用した量子コンピュータの最大数百マイクロ秒のコヒーレンス時間より短い。このため、実行可能な計算アルゴリズムに制限がある。
【0006】
そこで、本発明は、磁性のダイナミクスにおいて、コヒーレンス時間を長くすることが可能な情報生成装置及び情報生成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様に係る情報生成装置は、磁性体と、前記磁性体に磁場を印加する磁場印加部と、前記磁場が印加されている前記磁性体に交流磁場を印加して、前記磁性体において、コヒーレンス情報を有する第1周波数の第1マグノンと、前記第1周波数の半分の第2周波数の第2マグノンと、を生成させる情報生成部と、を備え、前記第2マグノンは、前記第1マグノンよりも緩和が遅く、かつ、前記第1マグノンと相互作用をする。
【0008】
この態様によれば、第2周波数が第1周波数の半分であるため、強い相互作用例えば3マグノン相互作用を利用することができるので、第2マグノンを消滅させて第1マグノンを生成する単位時間当たりの量を多くすることができる。また、第2マグノンの緩和が遅いことで、第1マグノンを生成する反応の元となる第2マグノンの占有数の減少速度を遅くすることができるので、当該反応を長い時間維持することができる。これにより、緩和が速いために占有数の減少速度が速い第1マグノンを長い時間存在させることができるので、コヒーレンス情報を長い時間利用可能とすることができる。したがって、磁性のダイナミクスにおいて、コヒーレンス時間を長くすることができる。
【0009】
上記態様において、前記第1マグノンと、互いに逆向きの波数ベクトルを有する2つの前記第2マグノンとが前記相互作用をしてもよい。
【0010】
この態様によれば、第1マグノンと、2つの第2マグノンとの間においてエネルギー保存則及び運動量保存則が成り立つので、2つの第2マグノンを消滅させて1つの第1マグノンを生成する強い3マグノン相互作用を実現することができる。
【0011】
上記態様において、前記磁場が印加されている前記磁性体における前記マグノンの分散関係は、前記マグノンの波数ベクトルの大きさがゼロのときに極大値である前記第1周波数を示し、かつ、前記波数ベクトルの前記磁場方向の成分が第1値及び前記第1値と異なる符号の第2値のときに極小値である前記第2周波数を示してもよい。
【0012】
分散関係において、2つの極小値が緩和チャネルの少ない2つの底となり、当該2つの底の周波数が第2周波数であることで、2つの第2マグノンの緩和が遅い構成が実現される。この態様によれば、励起状態から緩和するマグノンは当該2つの底に蓄積されるので、多くの第2マグノンを長い時間存在させることができる。
【0013】
上記態様において、前記交流磁場は、前記第1周波数を有する第1交流磁場と、前記第1周波数の2倍の第3周波数を有する第2交流磁場と、を含み、前記情報生成部は、前記第1交流磁場を前記磁性体に印加し、前記第1交流磁場を前記磁性体に印加している間に、前記第2交流磁場を前記磁性体に印加してもよい。
【0014】
第1交流磁場を磁性体に印加しなければ、第1マグノンの位相に熱揺らぎが反映され、コヒーレンス情報の内容が安定しないところ、この態様によれば、第1交流磁場を磁性体に印加することによって第1マグノンの位相を制御し、コヒーレンス情報の内容を安定にすることができる。また、第1交流磁場を磁性体に印加している間に、第2交流磁場を当該磁性体に印加することにより、パラメトリック励起した第1周波数の第1マグノン、及び第1マグノンの緩和によって蓄積した第2周波数の第2マグノンのコヒーレンス情報を制御することができる。
【0015】
上記態様において、前記磁場は、前記磁性体の交換相互作用定数、飽和磁化、膜厚及び磁気異方性定数の少なくとも1つに基づいて定められてもよい。
【0016】
第1マグノンと、2つの第2マグノンとの間における3マグノン相互作用を実現可能な磁場は、磁性体ごとに異なる。この態様によれば、3マグノン相互作用を実現可能な磁場を交換相互作用定数、飽和磁化、膜厚及び磁気異方性定数の少なくとも1つに基づいて定め、第1マグノンと、2つの第2マグノンとの間において強い3マグノン相互作用を実現することができる。
【0017】
上記態様において、前記情報生成装置は、前記情報生成部による前記第2交流磁場の印加が終了した後に、前記第1周波数又は前記第3周波数を有する第3交流磁場を前記磁性体に印加する測定磁場印加部と、前記第3交流磁場が印加されている前記磁性体の電圧の位相に基づいて、前記コヒーレンス情報を取得する取得部と、をさらに備えてもよい。
【0018】
この態様によれば、例えば、情報生成部による第2交流磁場の印加が終了した後に、長い時間存在する第1マグノンの有するコヒーレンス情報に対して演算処理が行われた場合において、当該コヒーレンス情報を読み出すことができる。つまり、量子コンピュータの演算結果の読み出し機能を実現することができる。
【0019】
上記態様において、前記情報生成部は、前記交流磁場の印加を繰り返し実行し、前記測定磁場印加部は、前記情報生成部による前記交流磁場の印加に応じて前記第3交流磁場の印加を繰り返し実行し、前記取得部は、前記第3交流磁場が印加される度に測定される前記位相に基づいて、確率的な前記コヒーレンス情報を取得してもよい。
【0020】
この態様によれば、確率的な情報を取得することにより、より適切なコヒーレンス情報を取得することができる。
【0021】
上記態様において、前記コヒーレンス情報は、位相及び振幅の少なくとも一方であってもよい。
【0022】
この態様によれば、第1マグノンの有するコヒーレンス情報を、第1マグノンの位相及び振幅の少なくとも一方によって実現することができる。
【0023】
上記態様において、前記磁性体の厚さは、200ナノメートル以上であってもよい。
【0024】
この態様によれば、磁性体において、第1マグノンと、2つの第2マグノンとの間における3マグノン相互作用を実現可能な磁場を提供することができる。
【0025】
上記態様において、前記磁場の大きさは、25ミリテスラ以上100ミリテスラ以下であってもよい。
【0026】
この態様によれば、磁性体において、第1マグノンと、2つの第2マグノンとの間における3マグノン相互作用によって、緩和時間の長い第1マグノンを実現可能な磁場を提供することができる。
【0027】
本発明の他の態様に係る情報生成方法は、磁性体に磁場を印加することと、前記磁場が印加されている磁性体に交流磁場を印加して、前記磁性体において、コヒーレンス情報を有する第1周波数の第1マグノンと、前記第1周波数の半分の第2周波数の第2マグノンと、を生成させることと、を含み、前記第2マグノンは、前記第1マグノンよりも緩和が遅く、かつ、前記第1マグノンと相互作用をする。
【0028】
この態様によれば、第2周波数が第1周波数の半分であるため、強い相互作用例えば3マグノン相互作用を利用することができるので、第2マグノンを消滅させて第1マグノンを生成する単位時間当たりの量を多くすることができる。また、第2マグノンの緩和が遅いことで、第1マグノンを生成する反応の元となる第2マグノンの占有数の減少速度を遅くすることができるので、当該反応を長い時間維持することができる。これにより、緩和が速いために占有数の減少速度が速い第1マグノンを長い時間存在させることができるので、コヒーレンス情報を長い時間利用可能とすることができる。したがって、磁性のダイナミクスにおいて、コヒーレンス時間を長くすることができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、磁性のダイナミクスにおいて、コヒーレンス時間を長くすることが可能な情報生成装置及び情報生成方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】本開示の一実施形態に係る情報生成装置1の構成を示す図である。
【
図2】本開示の一実施形態に係る生成部10の構成の一例を示す図である。
【
図3】本実施形態に係る生成素子130の構成の一例を示す図である。
【
図5】本開示の一実施形態に係る各信号の出力タイミングの一例を示す図である。
【
図6】本開示の一実施形態に係るパラメトリック励起されたマグノンの緩和の過程の一例を示す図である。
【
図7】本開示の一実施形態に係る遅延時間におけるマグノンの分布の一例を示す図である。
【
図8】3-マグノン相互作用を説明するための図である。
【
図9】静磁場中の磁性体に交流磁場が印加されたときにおける巨視的な磁化ベクトルMの歳差運動を示す図である。
【
図10】
図9に示す磁化ベクトルのx成分であるMxの時間変化と、印加されている交流磁場hacの時間変化とを示す図である。
【
図11】ゼロ状態及びπ状態のモードのエネルギーを示す図である。
【
図12】磁化緩和の微視的機構を説明するための図である。
【
図13】本開示の一実施形態に係るボトムモードのマグノンの面直磁化成分の分布の数値計算の一例を示す図である。
【
図14】本開示の一実施形態に係る位相緩和時間の静磁場H0の大きさによる変化の一例を示す図である。
【
図15】本実施形態に係る情報生成装置1による処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図16】
図15に示す位相測定処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図17】本開示の一実施形態に係るトモグラフィ測定装置の概略構成を示す図である。
【
図18】本開示の一実施形態に係るヒストグラムとウィグナー関数との関係の一例を示す図である。
【
図19】本開示の一実施形態に係るマグノン振幅のディレイ時間に対する変化の一例を示す図である。
【
図20】本開示の一実施形態に係るゼロ状態の出現確率の遅延時間に対する変化の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
添付図面を参照して、本発明の好適な実施形態について説明する。なお、各図において、同一の符号を付したものは、同一又は同様の構成を有する。
【0032】
図1は、本開示の一実施形態に係る情報生成装置1の構成を示す図である。
図1に示すように、本実施形態に係る情報生成装置1は、生成部10と、磁場印加部20と、制御装置30と、交流磁場印加部40(情報生成部及び測定磁場印加部)と、測定装置60と、スイッチ302、304及び306と、カプラ310、312及び314と、を備える。
【0033】
図2は、本開示の一実施形態に係る生成部10の構成の一例を示す図である。
図2に示すように、生成部10は、コプレーナウェーブガイド100と、入力端子120と、出力端子124と、生成素子130と、を含む。
【0034】
図3は、本実施形態に係る生成素子130の構成の一例を示す図である。
図3に示すように、生成素子130は、磁性体素子140と、基板142と、グラウンドパッド144と、出力パッド146と、空隙部150、152、154及び156と、を含む。
【0035】
図1~
図3に示すように、情報生成装置1における磁場印加部20は、生成部10に含まれる磁性体素子140に磁場を印加する。本実施形態では、磁場印加部20は、静磁場(定常磁場)を印加する。なお、磁場印加部20が印加する磁場は静磁場に限定されるものではない。
【0036】
磁場印加部20は、例えば各種の公知のマグネットにより構成される。マグネットの磁極の間隔は特に限定されないが、本実施形態では40ミリメートルであり、磁極の間には、幅が例えば40ミリメートルのアルミフレームが配置されている。
【0037】
制御装置30は、交流磁場印加部40の動作を制御する。制御装置30は、例えば、交流磁場印加部40が信号を出力するタイミング、信号の強度、信号の周波数及び信号の位相等を制御できる。
【0038】
また、制御装置30は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)等を備える。制御装置30が備えるROMには、交流磁場印加部40の動作を制御するための制御プログラム等の情報が記憶される。また、CPUは、ROMに記憶された制御プログラム等を実行し、各種の処理を実行する。なお、制御装置30が備えるRAMには、各種プログラムの実行中に一時的に利用されるデータが記憶される。
【0039】
交流磁場印加部40は、各種の交流磁場を生成部10に含まれる磁性体素子140に印加する。具体的には、交流磁場印加部40は、各種の信号発生器を備え、各種の信号(本実施形態では、マイクロ波の信号)を出力して、出力した信号による交流磁場を磁性体素子140に印加する。
【0040】
交流磁場印加部40は、静磁場が印加されている磁性体素子140に交流磁場を印加して、磁性体素子140において、磁性体素子140において、コヒーレンス情報を有する第1周波数f1のマグノン(第1マグノン)と、第2周波数f2のマグノン(第2マグノン)と、を生成させる。ここで、第1周波数f1は、例えば、磁性体素子140に含まれる磁性体に誘起された磁化ベクトルが、静磁場の方向を中心に歳差運動するときの共鳴周波数である。また、第2周波数f2は、第1周波数f1の半分すなわちf1/2である。
【0041】
詳細には、交流磁場印加部40は、初期化信号発生器42と、誘起信号発生器44と、測定信号発生器46と、読み出し信号発生器48と、パルス発生器50と、を含む。
【0042】
交流磁場印加部40が備える各種の信号発生器は、実質的に同一の構成を有しており、マイクロ波等の交流信号を出力できる各種の公知の信号発生器である。また、本実施形態では、初期化信号発生器42、誘起信号発生器44、測定信号発生器46及び読み出し信号発生器48により出力される信号の位相は、同期されているものとする。
【0043】
初期化信号発生器42は、第1周波数f1(1ωの角周波数)を有するマイクロ波の信号を出力する。初期化信号発生器42から出力された信号は、スイッチ302並びにカプラ310及び312を介して生成部10に伝送される。以下では、初期化信号発生器42が出力した信号を「初期化信号」とも称する。
【0044】
誘起信号発生器44は、第3周波数f3(2ωの角周波数)を有するマイクロ波の信号を出力する。ここで、第3周波数f3は、第1周波数f1の2倍すなわち2×f1である。誘起信号発生器44から出力された信号は、スイッチ304並びにカプラ310及び312を介して生成部10に伝送される。以下では、誘起信号発生器44が出力した信号を「誘起信号」とも称する。
【0045】
測定信号発生器46は、第3周波数f3を有するマイクロ波の信号を出力する。測定信号発生器46から出力された信号は、スイッチ306及びカプラ312を介して生成部10に伝送される。以下では、測定信号発生器46が出力した信号を「測定信号」とも称する。
【0046】
読み出し信号発生器48は、第1周波数f1を有するマイクロ波の信号を出力する。読み出し信号発生器48から出力された信号は、カプラ314を介して、測定装置60に伝送される。以下では、読み出し信号発生器48が出力した信号を「読み出し信号」とも称する。
【0047】
パルス発生器50は、各種のスイッチにパルス波形の信号(以下、単に「パルス信号」と称する。)を出力できる各種の公知の信号発生器である。具体的には、パルス発生器50は、各種のスイッチにパルス信号を入力してスイッチの状態を導通状態にしたり、パルス信号の入力を終了してスイッチの状態を開放状態にしたりできる。
【0048】
例えば、パルス発生器50がスイッチ302にパルス信号を入力すると、スイッチ302の状態が導通状態となり、初期化信号発生器42により出力された初期化信号が生成部10に伝送されるようになる。また、パルス発生器50がスイッチ302へのパルス信号の入力を終了すると、スイッチ302が開放状態となり、初期化信号発生器42により出力された初期化信号が生成部10に伝送されなくなる。
【0049】
図2に示すように、生成部10におけるコプレーナウェーブガイド100は、板状の誘電体基板の表面に導体(本実施形態では銅)の箔を形成した構造を有し、マイクロ波等の電磁波を伝送できる。本実施形態では、コプレーナウェーブガイド100は、磁場印加部20を構成するマグネットの磁極の間に配置されたアルミフレームの上に配置されている。
【0050】
入力端子120には、初期化信号、誘起信号及び測定信号の少なくともいずれかの信号が入力される。入力端子120では、入力された信号は、矢印の方向に伝送され、コプレーナウェーブガイド100を通じて生成素子130に伝送される。
【0051】
生成素子130には、磁場印加部20により静磁場H
0が
図2の横方向に印加される。また、生成素子130には、入力端子120から信号が伝送されたことに応じて、交流磁場が静磁場H
0に対して平行に印加される。
【0052】
図3に示すように、磁性体素子140は、透明なGGG(ガドリニウムガリウムガーネット)の基板142の上に形成されている。基板142のサイズは、本実施形態では、縦2ミリメートル×横5ミリメートル×厚さ0.5ミリメートルのサイズである。
図3では、基板142が手前にあり、磁性体素子140は、基板142の奥側にある。また、本実施形態では、磁性体素子140は、マグネットの磁極のおよそ中心に位置しており、磁性体素子140と磁極との間の距離はおよそ20ミリメートル程度となっている。
【0053】
入力端子120(
図2参照)に入力されたマイクロ波の信号は、コプレーナウェーブガイド100の表面に形成された空隙部150及び152の間に形成された伝送部102において、矢印の方向に伝送される。
【0054】
信号が磁性体素子140に到達すると、マイクロ波が磁性体素子140に照射され、磁性体素子140に交流磁場が印加される。以下では、初期化信号、誘起信号及び測定信号による交流磁場をそれぞれ初期化交流磁場(第1交流磁場)、誘起交流磁場(第2交流磁場)及び測定交流磁場(第3交流磁場)とも称する。
【0055】
磁性体素子140は、磁性体を含む素子である。本実施形態において説明する磁性体素子140は、磁性体ドットと称される場合もある。本実施形態では、磁性体素子140は、磁性体の層と、その層の上に形成された他の金属層と、を含む。
【0056】
具体的には、磁性体素子140は、フェリ磁性体であるYIG(Yttrium Iron Garnet)層の上にPt(プラチナ)層が形成された構造を有している。Pt層は、例えば、YIG層の清浄な表面にPtがスパッタされることにより形成されてよい。
【0057】
また、磁性体素子140の直径は、特に限定されないが、例えば200マイクロメートルであってよい。また、YIG層の厚さは、後述する反磁場を利用するため、磁性体素子140の直径の長さ(例えば、200マイクロメートル)のオーダーより小さい必要があり、例えば370ナノメートルであってよい。また、Pt層が薄いほど、後述する逆スピンホール効果(Inverse Spin-Hall Effect:ISHE)により生じる電圧が大きくなるため、Pt層の厚さは、例えばおよそ10ナノメートル以下であることが望ましい。また、本実施形態では、磁性体素子140の形状は、円盤状であるものとして説明するが、磁性体素子140の形状はこれに限定されるものではなく、例えば直方体等であってもよい。
【0058】
なお、本実施形態では、磁性体素子140に含まれる磁性体は、YIGであるものとして説明するが、これに限らず、他のフェリ磁性体であってもよいし、各種の強磁性体等であってもよい。また、本実施形態では、室温において磁性体素子140が動作するものとして説明するが、温度が磁性体のキュリー点より低い温度であれば、磁性体素子140は動作し得る。また、磁性体素子140に含まれる磁性体は、より低いギルバートのダンピング定数(後述する)を有することが好ましい。
【0059】
磁性体素子140の一端には、コプレーナウェーブガイド100のグランドプレーンが電気的に接続されている。磁性体素子140のもう一端には、出力端子124(
図2参照)が電気的に接続されている。グランドプレーン及び出力端子124の間の電圧の信号は、カプラ314(
図1参照)を介して測定装置60に伝送され、測定装置60において磁性体素子140の電圧として測定される。
【0060】
詳細には、磁性体素子140の左右には、左側及び右側にそれぞれ伸びたグラウンドパッド144及び出力パッド146が形成されている。グラウンドパッド144及び出力パッド146のそれぞれは、磁性体素子140のPt層の左側表面及び右側表面に金がスパッタされることにより形成されている。グラウンドパッド144及び出力パッド146の厚さは、特に限定されないが、例えば100ナノメートル程度であってよい。
【0061】
また、グラウンドパッド144及び出力パッド146は、コプレーナウェーブガイド100の表面にインジウム圧着されている。グラウンドパッド144は、コプレーナウェーブガイド100のグランドプレーンに電気的に接続され、接地されている。一方、出力パッド146は、空隙部154及び156の間に形成された経路に電気的に接続されており、出力端子124(
図2参照)に電気的に接続されている。
【0062】
図4は、
図3に示すA-A’の断面図である。コプレーナウェーブガイド100は、誘電体基板110と、誘電体基板110の下面に形成された銅箔の層112とを含む。また、誘電体基板110の上面には、伝送部102並びにグランドプレーン104及び106が形成されている。
【0063】
伝送部102は、コプレーナウェーブガイド100の空隙部150と空隙部152との間に形成された銅箔であり、入力端子120に入力された信号を伝送する。また、伝送部102から空隙部150又は152を挟んだ外側には、グランドプレーン104又は106が形成されている。伝送部102は、入力端子120から信号が伝送されると、あるタイミングにおいては、伝送部102からグランドプレーン104及び106にそれぞれ向かう方向(
図4に示す実線の矢印の方向)の電界と、伝送部102を囲む方向(
図4に示す破線の方向)の磁場と、を形成する。
【0064】
伝送部102の上に配置されている磁性体素子140には、伝送された信号による交流磁場が印加される。本実施形態では、伝送部102の幅は磁性体素子140の直径と同程度の長さであるため、より均一な交流磁場が磁性体素子140に印加される。
【0065】
図5は、本開示の一実施形態に係る各信号の出力タイミングの一例を示す図である。
図5を参照して、本実施形態において磁性体素子140に交流磁場を印加する流れを説明する。以下では、ポンププローブ法という、緩和の過程にある、磁性体が有する位相状態を読み出す方法について説明する。
【0066】
本実施形態では、初期化交流磁場の印加、誘起交流磁場の印加及び測定交流磁場の印加のセットが繰り返し実行され、各セットが実行される度に磁性体素子140において誘起されたマグノンの位相が測定される。ここで、マグノンは、量子化されたスピン波又は磁気励起のことである。また、マグノンは、誘起交流磁場によって誘起された磁化歳差運動のモードの量子力学的な準粒子でもある。
【0067】
図5に示すタイミングt
0は、前回の測定が終了したタイミングである。タイミングt
0から時間が経過すると、タイミングt
1において、磁性体素子140への初期化交流磁場の印加が開始される。初期化交流磁場は、タイミングt
1からタイミングt
3までの時間T
1に磁性体素子140に印加される。初期化交流磁場が印加されることにより、磁性体素子140において生成されるマグノンの位相が初期化される。
【0068】
具体的には、後述するように、磁性体素子140において生成されるマグノンは、磁性体素子140に含まれる磁性体の全体にわたって位相が揃った磁化歳差運動のモード(以下、一様歳差モードとも称する。)の量子力学的な準粒子である。また、後述するように、磁性体素子140において生成されるマグノンの位相の状態がゼロ状態又はπ状態に指定される。
【0069】
初期化交流磁場が磁性体素子140に印加されている間には、タイミングt2において、誘起交流磁場の磁性体素子140への印加が開始される。誘起交流磁場は、タイミングt2からタイミングt4までの時間T3の間に磁性体素子140に印加される。また、タイミングt2からタイミングt3までの時間T2の間には、初期化交流磁場に重畳して誘起交流磁場が磁性体素子140に印加される。
【0070】
初期化交流磁場に重畳して誘起交流磁場が磁性体素子140に印加されることにより、磁性体素子140においてパラメトリック励起が行われ、初期化交流磁場により初期化された位相を有するマグノンが生成される。なお、本実施形態では、パラメトリック励起によりマグノンでが生成されるものとして説明するが、マグノンでを生成する方法は、パラメトリック励起に限定されるものではない。
【0071】
図6は、本開示の一実施形態に係るパラメトリック励起されたマグノンの緩和の過程の一例を示す図である。なお、
図6において、縦軸は周波数を示す。横軸は、マグノンを波として見たときの当該波の波数ベクトルの静磁場方向の成分kzを示す。
【0072】
図6に示すように、曲線C1は、静磁場が印加されている磁性体素子140において、マグノンの波数ベクトルが静磁場の磁場ベクトルの方向を向いているときのマグノンの分散関係を示す。
【0073】
曲線C1の示すマグノンの分散関係は、マグノンの波数ベクトルの大きさがゼロのときに極大値である第1周波数f1を示し、かつ、波数ベクトルの磁場方向の成分すなわち波数kzがk1(第1値)及びk1と異なる符号の-k1(第2値)のときに極小値である第2周波数f2を示す。
【0074】
ここで、マグノンの分散関係は、磁性体素子140に印加される静磁場の大きさによって変化する。曲線C1に示すように、マグノンの分散関係において、極大値の周波数が極小値の周波数の2倍となる条件をオクターブ条件と定義する。
【0075】
つまり、磁性体素子140に適切な静磁場が印加されない場合、オクターブ条件が満たされなくなる。具体的には、適切な磁場よりも強い磁場が磁性体素子140に印加された場合、マグノンの分散関係において、極大値の周波数が極小値の周波数の2倍より小さくなり、オクターブ条件が満たされなくなる。
【0076】
磁性体素子140においてパラメトリック励起が行われると、第3周波数f3すなわち第1周波数f1の2倍の周波数のフォトン(誘起交流磁場)から、第1周波数f1の2つのマグノンが生成される。第1周波数f1のマグノンには、波数kzがゼロのマグノンMg10(第1マグノン)と、波数kzの大きさがゼロより大きいマグノンMg11と、が含まれる。
【0077】
マグノンMg10は、一様歳差モードの量子力学的な準粒子である。マグノンMg11は、マグノン・フォノン散乱によって速い速度で消滅し、第2周波数f2すなわち第1周波数f1の半分の周波数のマグノンMg20(第2マグノン)が生成される。
【0078】
曲線C1の底では緩和のチャネルが少ないので、マグノンMg20の緩和は、マグノンMg10と比べて遅い。マグノンMg20は、波数kzがk1又は-k1の磁化歳差運動のモード(以下、ボトムモードとも称する。)の量子力学的な準粒子である。
【0079】
図5に示すように、誘起交流磁場の印加がタイミングt
4において終了してから時間T
4(以下では、「遅延時間」とも称する。)が経過するまで、交流磁場が磁性体素子140に印加されない。
【0080】
図7は、本開示の一実施形態に係る遅延時間におけるマグノンの分布の一例を示す図である。
図8は、3-マグノン相互作用を説明するための図である。なお、
図7の見方は、
図6と同様である。
【0081】
図7及び
図8に示すように、マグノンMg10と、互いに逆向きの波数ベクトルを有する2つのマグノンMg20とが3-マグノン相互作用IAをする。詳細には、3-マグノン相互作用IAによって、第2周波数f2及び波数kz=k1を有するマグノンMg20と、第2周波数f2及び波数kz=-k1を有するマグノンMg20とが消滅し、第1周波数f1及び波数ベクトルk=0を有するマグノンMg10が生成される。
【0082】
また、3-マグノン相互作用IAによって、第1周波数f1及び波数ベクトルk=0を有するマグノンMg10が消滅し、第2周波数f2及び波数kz=k1を有するマグノンMg20と、第2周波数f2及び波数kz=-k1を有するマグノンMg20と、が生成される。
【0083】
遅延時間が始まると、マグノンMg20は、マグノンMg10より緩和が遅いため、その占有数の減少は抑制される。一方、マグノンMg10は、速い速度で緩和して、その占有数を減らす。
【0084】
しかしながら、3-マグノン相互作用IAによって、占有数の多いマグノンMg20が消滅してマグノンMg10が生成されることによって、マグノンMg10の占有数の減少を抑制することができる。つまり、コヒーレンス情報を有するマグノンMg10の占有数が少なくなるまでの緩和時間を長くすることができるので、コヒーレンス時間を長くすることができる。遅延時間において実現されるコヒーレンス時間において、各種の量子演算を行うことが可能である。
【0085】
図5に示すように、誘起交流磁場の印加がタイミングt
4において終了した後に、遅延時間が経過すると、測定交流磁場が磁性体素子140に印加される。本実施形態では、測定交流磁場と誘起交流磁場との間の相対的な位相差は0°であるものとする。測定交流磁場が磁性体素子140に印加されると、測定交流磁場に基づくパラメトリック励起によって誘起された磁化歳差、交流スピンポンピング及び逆スピンホール効果により磁性体素子140に電圧が生じる。磁性体素子140に発生した電圧の位相は、測定装置60により測定される。
【0086】
図1に示すように、測定装置60は、測定部62と、取得部64と、を含む。測定装置60は、射影測定により磁性体素子140におけるコヒーレンス情報を取得できる。具体的には、測定装置60は、磁性体素子140に発生した電圧の位相を測定して、測定した電圧の位相に基づいて、磁性体素子140におけるマグノンMg10が有するコヒーレンス情報を取得できる。コヒーレンス情報の詳細については後述する。
【0087】
測定装置60における測定部62は、生成部10に含まれる磁性体素子140の電圧の位相を測定し、測定結果を取得部64に伝送する。測定部62は、例えば、スペクトルアナライザを備えてよい。本実施形態では、測定部62は、磁性体素子140において生じた電圧と、読み出し信号の電圧の和を測定することにより、磁性体素子140において生じた電圧の位相と振幅の情報を反映した射影測定を実行できる。本実施形態では、測定信号による交流磁場が磁性体素子140に印加されている場合において、磁性体素子140に発生する電圧の位相は、磁性体素子140に生成されたマグノンMg10の位相に対応する。このため、磁性体素子140の電圧の位相を測定することにより、マグノンMg10の位相状態が観測される。
【0088】
本実施形態では、初期化交流磁場の印加、誘起交流磁場の印加及び測定交流磁場の印加のセットが行われる度に、磁性体素子140に生じた電圧の位相が測定される。この一連の処理及び電圧の位相の測定が繰り返し実行され、特定の位相状態(後述するゼロ状態あるいはπ状態)が観測される。
【0089】
取得部64は、第3交流磁場が印加されている磁性体素子140の電圧の位相に基づいて、コヒーレンス情報を取得する。本実施形態では、取得部64は、測定部62が測定した磁性体素子140の電圧の位相に基づいてコヒーレンス情報を取得する。本実施形態では、取得部64は、測定部62が繰り返し測定した電圧の位相に基づいて、マグノンMg10の確率的な情報を取得する。より具体的には、取得部64は、生成されたマグノンMg10の位相の確率的な情報を取得する。
【0090】
また、測定装置60は、CPU、ROM及びRAM等を備える。測定装置60が備えるROMには、各種の処理を実行するための処理プログラム等が記憶される。また、CPUは、ROMに記憶された処理プログラム等を実行し、コヒーレンスの情報の取得等の各種の処理を実行する。なお、測定装置60が備えるRAMには、各種プログラムの実行中に一時的に利用されるデータが記憶される。
【0091】
次いで、
図9~
図12を参照して、本実施形態において磁性体素子140に静磁場及び交流磁場が印加されたときに磁性体素子140の内部において生じる現象について、より説明する。
【0092】
図9は、静磁場中の磁性体に交流磁場が印加されたときにおける巨視的な磁化ベクトルMの歳差運動を示す図である。ここでは、z軸方向に静磁場H
0及び交流磁場hac(角周波数:2ω)が、磁性体素子140に含まれる磁性体140aに印加されているものとする。
【0093】
このとき、磁性体140aには、磁化ベクトルMが1ωの角周波数で歳差運動するモードが誘起(パラメトリック励起)される。誘起されたモードでは、磁化ベクトルMの先が楕円歳差軌道Pc1で示された経路を矢印の方向に歳差運動する。楕円歳差軌道Pc1は、面直方向の形状磁気異方性による反磁場の影響で真円ではない。この対称性の低下によって、位相がゼロ又はπの状態がエネルギー的に縮退した安定点になる。
【0094】
図10は、
図9に示す磁化ベクトルのx成分であるMxの時間変化と、印加されている交流磁場hacの時間変化とを示す図である。なお、
図10では、横軸は時間を示し、縦軸は磁場の強さを示す。
【0095】
交流磁場hacにより誘起されたモードは、互いに位相がπだけ異なる2つのモード(ゼロ状態のモード及びπ状態のモード)のいずれかで安定となる。このとき、外部磁場が静磁場H0のみである場合には、2ωの交流磁場hacが磁性体に印加されると、ゼロ状態又はπ状態のモードのいずれかがランダムで選択され、選択されたモードが誘起される。
【0096】
交流磁場hacが印加されておらず、静磁場H0のみが印加されているときには、磁化ベクトルMの方向は、z軸方向を向いている。しかしながら、熱揺らぎ等により、磁化ベクトルMの向きは微小にxy平面で揺らいでいる。この微小な磁化ベクトルの揺らぎによって、交流磁場hacが印加されることにより誘起されるモードの位相は、0又はπとなる。これは、磁化ベクトルMの歳差運動が最初にx軸の正の方向に倒れるか、x軸の負の方向に倒れるかに対応する。
【0097】
図11は、ゼロ状態及びπ状態のモードのエネルギーを示す図である。なお、
図11では、横軸は磁化ベクトルMのxy平面への射影の方位角を示し、縦軸はポテンシャルエネルギーEを示す。
【0098】
熱エネルギーによりゼロ状態及びπ状態との間に存在するΔEをモードの状態が超えることにより、モードの状態がゼロ状態からπ状態(あるいはπ状態からゼロ状態)に遷移する。本実施形態では、初期化交流磁場のエネルギーは熱揺らぎよりも大きいため、初期化交流磁場が印加されることにより、モードの状態をゼロ状態又はπ状態に初期化できる。これにより、モードのコヒーレンスの情報が制御される。例えば、初期化されるモードの状態は、初期化交流磁場の位相を0又はπに調整することにより、ゼロ状態又はπ状態に制御される。
【0099】
図9に示すように、磁場中における巨視的な磁化ベクトルMの歳差運動は、次の式(1)によって表現されることが知られている。
【数1】
【0100】
式(1)は、ランダウ・リフシッツ・ギルバート方程式と呼ばれる。ここで、γは電子の磁気回転比、Hは有効磁場、αは無次元量の定数、Msは飽和磁化である。αは、ギルバートのダンピング定数と呼ばれる。式(1)の右辺の第1項は、磁化ベクトルの歳差運動を表している。また、式(1)の右辺の第2項は磁化ベクトルの緩和運動を表し、ギルバート緩和項と呼ばれる。
【0101】
式(1)によれば、モードの数が1つである場合には、巨視的な磁化ベクトルの歳差運動は、ギルバート緩和項の働きによって、例えば数十~数百ナノ秒程度で終了する。この結果、磁化ベクトルの状態が熱平衡状態となり、磁化ベクトルのコヒーレンス情報が失われる。
【0102】
図12は、磁化緩和の微視的機構を説明するための図である。なお、
図12(A)~(D)の各々の見方は、
図6と同様である。
図12(A)に示すように、波数ベクトルk=0のマグノンMg10が生成された状況を考える。
【0103】
次に、
図12(B)に示すように、マグノンMg10は、2-マグノン相互作用及び4-マグノン相互作用などによって消滅し、等周波数のマグノン例えばマグノンMg11が生成される。
【0104】
次に、
図12(C)に示すように、マグノンMg10と等周波数のマグノンMg11は、マグノン・フォノン散乱によってエネルギーを失いながらボトムに集まりマグノンMg20となる。
【0105】
次に、
図12(D)に示すように、上述したオクターブ条件が満たされる場合、3-マグノン相互作用IAによってマグノンMg20が消滅してマグノンMg10が生成されることにより、マグノンMg10のコヒーレンス情報が回復される。この過程と、マグノンMg20の緩和が遅いこととにより、マグノンMg10のコヒーレンス情報が長い時間維持される。
【0106】
一方、オクターブ条件が満たされない場合、生成されたマグノンMg10(
図12(A)参照)は、短い時間例えば数十~数百ナノ秒程度で消滅し、かつ、
図12(D)に示すようにマグノンMg20から生成されないため、マグノンMg10のコヒーレンス情報は短い時間で失われる。以下では、オクターブ条件を満たすことが可能な静磁場について説明する。
【0107】
本実施形態に係る情報生成装置1では、磁場印加部20によって磁性体素子140に印加される静磁場H0は、磁性体素子140に含まれる磁性体の交換相互作用定数D、飽和磁化Ms、膜厚t、面内磁気異方性磁場Hl及び面直磁気異方性磁場Huに基づいて定められる。
【0108】
具体的には、無限に拡がった薄膜におけるマグノンの分散関係は、磁気異方性を考慮した場合、次の式(2)によって表現される。
【数2】
【0109】
ここで、
【数3】
である。μ0は、磁気定数である。kは、マグノンの波数ベクトルの大きさである。θkは、マグノンの波数ベクトルと静磁場H
0の磁場ベクトルとの間の角度である。
【0110】
膜厚tが大きい場合、例えば膜厚tが1マイクロメートル以上の場合、分散関係のボトムの周波数が下がるので、オクターブ条件を満たす分散関係を実現することが可能である。
【0111】
一方、膜厚tが薄い場合、例えば、本実施形態の磁性体素子140のように厚さが370ナノメートルの場合においても、式(2)では考慮されていない端部の効果によって、オクターブ条件を満たす分散関係を実現することが可能である。
【0112】
図13は、本開示の一実施形態に係るボトムモードのマグノンの面直磁化成分の分布の数値計算の一例を示す図である。
図10に示すように、数値計算は、直径10マイクロメートルの磁性体ドットに30mTの静磁場H
0を印加した条件で行われた。
【0113】
磁性体ドットにおける静磁場H0の方向の両端部の領域Ed1及びEd2においてボトムモードのマグノンが存在することが確認された。
【0114】
このように、膜厚tが薄い場合においても、端部の効果によってオクターブ条件を満たすことができる。具体的には、磁性体素子140に含まれる磁性体の膜厚tは200ナノメートル以上が好ましい。また、膜厚tが大きい場合は、端部の効果を考慮することなくオクターブ条件を容易に満たすことができる。具体的には、膜厚tは1マイクロメートル以上がより好ましい。
【0115】
図14は、本開示の一実施形態に係る位相緩和時間の静磁場H
0の大きさによる変化の一例を示す図である。なお、
図14では、縦軸は、位相緩和時間を示し、横軸は、静磁場H
0の大きさを示す。
【0116】
位相緩和時間は、以下の式(3)によって定義されるg(t)が、所定値例えば0.03より小さくなるまでの時間である。
【数4】
【0117】
ここで、P0(θ、t)は、測定信号の位相と誘起信号の位相との差がθである場合において、遅延時間がtのときにゼロ状態が出現する確率である。つまり、g(t)は、P0(θ、t)が0.5からずれている場合において、θをπずらしたときにゼロ状態が出現する確率が反転しているかを評価する関数である。
【0118】
したがって、P0(θ、t)がθについてサイン関数のように変化する場合、g(t)は、1以下でゼロより大きくなる。P0(θ、t)が0.5に近づく場合、すなわち磁化ベクトルが熱揺らぎの状態に近づく場合、g(t)はゼロに漸近する。
【0119】
図14に示すように、静磁場H
0の大きさは、位相緩和時間が長くなる25ミリテスラ以上が好ましい。なお、式(2)で表される分散関係の式は、磁化ベクトルMが静磁場H
0の磁場ベクトルの方向に向いたときに成り立つが、静磁場H
0の大きさが25ミリテスラより小さい場合、磁化ベクトルMが静磁場H
0の磁場ベクトルの方向に向かない部分が生ずる。このような部分では、オクターブ条件が満たされないため、位相緩和時間が短くなっている。
【0120】
また、磁性体素子140のように磁性体の厚さが薄い場合、静磁場H0の大きさが75ミリテスラを超えたあたりで位相緩和時間が短くなるが、磁性体の厚さが厚い場合、静磁場H0の大きさが100ミリテスラまで位相緩和時間が長くなる。したがって、静磁場H0の大きさは、25ミリテスラ以上100ミリテスラ以下が好ましい。
【0121】
図15は、本実施形態に係る情報生成装置1による処理の流れの一例を示すフローチャートである。以下、
図15に示すフローチャートに沿って、本実施形態に係る情報生成装置1による処理を説明する。なお、
図15に示す処理が実行されている間には、磁場印加部20により、磁性体素子140に静磁場H
0が印加されているものとする。
【0122】
まず、情報生成装置1の制御装置30は、カウントを0にリセットする(ステップS101)。
【0123】
次いで、情報生成装置1は、位相測定処理を実行する(ステップS103)。より具体的には、情報生成装置1は、
図5を参照して説明したように、初期化交流磁場、誘起交流磁場及び測定交流磁場を磁性体素子140に印加し、測定交流磁場を印加したときに磁性体素子140に発生した電圧の位相を測定する。位相測定処理の詳細は、
図16を参照して後述する。
【0124】
次いで、制御装置30は、カウントを1だけ加算する(ステップS105)。
【0125】
次いで、制御装置30は、遅延時間を変更するか否かを判定する(ステップS107)。例えば、カウントが所定値(例えば、100)に達している場合には、制御装置30は、遅延時間を変更することを判定してよい。一方、カウントが所定値に達していない場合には、制御装置30は、遅延時間を変更しないことを判定してよい。ステップS107においてNOと判定されると、ステップS103の処理に戻る。一方、ステップS107においてYESと判定されると、ステップS109の処理に進む。
【0126】
ステップS107においてYESと判定されると、制御装置30は、遅延時間を変更する(ステップS109)。例えば、制御装置30は、遅延時間を所定時間だけ長くしてよい。
【0127】
次いで、制御装置30は、測定を続けるか否かを判定する(ステップS111)。例えば、遅延時間が所定の目標時間に達している場合には、制御装置30は、測定を続けないことを判定してよい。一方、遅延時間が所定の目標時間に達していない場合には、制御装置30は、測定を続けることを判定してよい。ステップS111においてNOと判定されると、ステップS115に進む。一方、ステップS111においてYESと判定されると、ステップS113に進む。
【0128】
ステップS111においてYESと判定されると、制御装置30は、カウントをゼロにリセットする(ステップS113)。一方、ステップS111においてNOと判定されると、測定装置60の取得部64は、モードの位相の情報を取得する(ステップS115)。例えば、取得部64は、それまでに測定された電圧の位相に基づいて、遅延時間毎のモードの位相の確率的な情報を取得してよい。取得部64がモードの位相の情報を取得すると、
図15に示す処理は終了する。
【0129】
図16は、
図15に示す位相測定処理の流れの一例を示すフローチャートである。以下、
図16に示すフローチャートに沿って、位相測定処理の流れを説明する。
【0130】
まず、情報生成装置1は、初期化交流磁場を磁性体素子140に印加する(ステップS201)。具体的には、パルス発生器50がパルス信号をスイッチ302に出力する。これにより、スイッチ302が導通状態となり、初期化信号がスイッチ302を介して生成部10に伝送され、生成部10に含まれる磁性体素子140に初期化交流磁場が印加される。
【0131】
次いで、情報生成装置1は、初期化交流磁場に重畳して誘起交流磁場を磁性体素子140に印加する(ステップS203)。具体的には、パルス発生器50がパルス信号をスイッチ304に出力する。これにより、スイッチ304が導通状態となり、誘起信号がスイッチ304を介して生成部10に伝送され、生成部10に含まれる磁性体素子140に誘起交流磁場が印加される。
【0132】
次いで、情報生成装置1は、初期化交流磁場の印加を終了する(ステップS205)。具体的には、パルス発生器50が、スイッチ302へのパルス信号の出力を終了する。次いで、情報生成装置1は、誘起交流磁場の印加を終了する(ステップS207)。具体的には、パルス発生器50が、スイッチ304へのパルス信号の出力を終了する。
【0133】
次いで、情報生成装置1は、測定交流磁場を磁性体素子140に印加する(ステップS209)。具体的には、パルス発生器50がパルス信号をスイッチ306に出力する。これにより、測定信号がスイッチ306を介して生成部10に伝送され、生成部10に含まれる磁性体素子140に測定交流磁場が印加される。
【0134】
次いで、情報生成装置1の測定装置60は、磁性体素子140の電圧の位相を測定する(ステップS211)。具体的には、測定部62が、磁性体素子140の電圧及び読み取り信号に基づいて、磁性体素子140の電圧の位相を測定する。測定された電圧の情報は、取得部64に伝送される。
【0135】
次いで、情報生成装置1は、誘起交流磁場の印加を終了する(ステップS213)。具体的には、パルス発生器50が、スイッチ306へのパルス信号の出力を終了する。誘起交流磁場の印加が終了すると、
図12に示す位相測定処理が終了する。
【0136】
なお、本実施形態では、初期化交流磁場に重畳して誘起交流磁場を印加するものとして説明したが、初期化交流磁場が印加されていなくとも、角周波数が2ωの誘起交流磁場を磁性体素子140に印加することにより、角周波数が1ωのモードを誘起することができる。この場合には、ゼロ状態又はπ状態のいずれかのモードがランダムで選択されて誘起される。本実施形態では、初期化交流磁場を印加しておくことにより、誘起されるモードの位相が選択される。
【0137】
[マグノントモグラフィ法によるコヒーレンス時間の測定]
図17は、本開示の一実施形態に係るトモグラフィ測定装置の概略構成を示す図である。以下では、マグノントモグラフィ法という磁化ベクトルの位相及び振幅を実験的に測定する方法について説明する。
【0138】
図17に示すように、本実施形態に係るトモグラフィ測定装置2は、生成部10と、磁場印加部20と、励起用信号発生器71と、参照信号発生器72及び73と、スイッチャー74と、ミキサ75と、位相シフタ76と、バンドパスフィルタ77と、ロックインアンプ78と、ゲート処理回路79と、処理装置80と、を備える。
【0139】
生成部10及び磁場印加部20は、
図1に示すものとそれぞれ同様である。励起用信号発生器71は、磁性体素子140をパラメトリック励起させるための信号源であり、第3周波数f3の励起用信号S71を生成し、スイッチャー74経由で生成部10へ出力する。
【0140】
スイッチャー74は、励起用信号発生器71から受ける励起用信号S71を断続し、励起用信号S71の形状を、時間幅及びパルス間隔がそれぞれ15マイクロ秒及び6マイクロ秒のパルス形状に変換する。時間幅、パルス間隔及びパルスの発生タイミングは、処理装置80によって制御される。
【0141】
参照信号発生器72は、第1周波数f1に周波数Ωを加えた周波数すなわちf1+Ωの周波数の参照用信号S72を位相シフタ76経由でミキサ75へ出力する。ここで、Ωは、例えば数百メガヘルツである。
【0142】
位相シフタ76は、参照信号発生器72から受ける参照用信号S72の位相を角度θ移相してミキサ75へ出力する。角度θは、処理装置80によって制御される。
【0143】
ミキサ75は、励起用信号S71の照射によって磁性体素子140において生成されたマグノンMg10に基づいて磁性体素子140に発生した第1周波数f1の信号を参照用信号S72で変調する。そして、ミキサ75は、f1の周波数とf1+Ωの周波数との和の周波数を有する信号(以下、和周波信号とも称する。)と、f1の周波数とf1+Ωの周波数との差の周波数を有する信号(以下、差周波信号とも称する。)と、を生成する。ミキサ75は、生成した和周波信号及び差周波信号をバンドパスフィルタ77経由でロックインアンプ78へ出力する。
【0144】
バンドパスフィルタ77は、和周波信号及び差周波信号をミキサ75から受け、和周波信号を減衰させ、主に差周波信号をロックインアンプ78へ出力する。
【0145】
参照信号発生器73は、周波数Ωの参照用信号S73をロックインアンプ78へ出力する。
【0146】
ロックインアンプ78は、バンドパスフィルタ77経由でミキサ75から受ける差周波信号を、参照用信号S73から受ける周波数Ωの参照用信号S73でホモダイン検波し、DC信号をゲート処理回路79経由で処理装置80へ出力する。
【0147】
ゲート処理回路79は、ロックインアンプ78から受けるDC信号を、所定のゲート幅例えば100ナノ秒の時間幅で通過させる。パルス形状の励起用信号S71の終了タイミングからゲート幅の開始タイミングまでのディレイ時間は、処理装置80によって制御される。
【0148】
処理装置80は、励起用信号発生器71、参照信号発生器72及び73、スイッチャー74、位相シフタ76並びにゲート処理回路79を制御することが可能である。
【0149】
処理装置80は、位相シフタ76の角度θ及びゲート処理回路79のディレイ時間を設定し、ロックインアンプ78からゲート処理回路79経由で受けるDC信号の電圧の値を測定する。
【0150】
処理装置80は、この測定を例えば数千回程度繰り返し行い、DC信号の電圧の値を蓄積する。そして、処理装置80は、蓄積した各電圧値に基づいて、設定した角度θ及びディレイ時間に対応するDC信号の電圧値のヒストグラムを生成して記憶する。このヒストグラムは、揺らぎも含めた磁化ベクトルの状態を示す。
【0151】
角度θ及びディレイ時間の設定は、例えば、角度θについてはゼロからπまでの所定角度ごとの設定であり、また、ディレイ時間についてはゼロから6マイクロ秒までの所定時間ごとの設定である。処理装置80は、上記の設定ごとにヒストグラムを生成して記憶する。
【0152】
処理装置80は、記憶した複数のヒストグラムに基づいてウィグナー関数の再構築処理を行う。
【0153】
図18は、本開示の一実施形態に係るヒストグラムとウィグナー関数との関係の一例を示す図である。
図18に示すように、磁化ベクトルを基準とした座標系Sx、Sy及びSzは、実験室固定の座標系x、y及びz(
図9参照)に対して、共鳴周波数例えば第1周波数f1でz軸の周りに回転する座標系である。つまり、第1周波数f1でz軸の周りを回転する磁化ベクトルを座標系Sx、Sy及びSzから見たときは、磁化ベクトルが止まって見える。
【0154】
軸Sx及びSyを含む面に位置するウィグナー関数P1を、当該面に垂直な面であって軸Sxからの方位角がθの面に射影した曲線が、方位角がθのときの周辺分布関数MD1である。
【0155】
あるディレイ時間において処理装置80によって測定された角度θのヒストグラムは、方位角がθのときの周辺分布関数MD1を実験的に得たものである。ゼロからπまでの角度θの各ヒストグラムを逆ラドン変換することによって、当該ディレイ時間のウィグナー関数P1を実験的に得ることができる。
【0156】
座標系Sx、Sy及びSzにおいて、原点からウィグナー関数P1の頂点までの位置ベクトルV1の長さが、コヒーレンス情報の一例であるマグノン振幅である。軸Sxを基準としたときの位置ベクトルV1の方位角θpが、コヒーレンス情報の一例である歳差位相である。
【0157】
図19は、本開示の一実施形態に係るマグノン振幅のディレイ時間に対する変化の一例を示す図である。なお、
図19では、縦軸は、マグノン振幅に比例する値の対数を示し、横軸は、ディレイ時間を示す。ここで、マグノン振幅に比例する値は、具体的には、ヒストグラムにおけるピーク電圧V
ISHEを所定のしきい値電圧V
thで除した値である。
【0158】
図19に示すように、曲線Crは、磁性体素子140における分散関係がオクターブ条件を満たしている場合において、15.8dBmのパワーを有する第3周波数f3のマイクロ波で磁性体素子140をパラメトリック励起したときのマグノン振幅のディレイ時間に対する変化を示す比較例である。ディレイ時間が数百ナノ秒程度でマグノン振幅がほぼゼロとなることが曲線Crから分かる。これは、コヒーレンス情報が数百ナノ秒程度で失われてしまっていることを示す。言い換えると、コヒーレンス時間が数百ナノ秒程度であることを示す。
【0159】
これに対して、曲線C2は、磁性体素子140における分散関係がオクターブ条件を満たしている場合において、17.2dBmのパワーを有する第3周波数f3のマイクロ波で磁性体素子140をパラメトリック励起をしたときのマグノン振幅のディレイ時間に対する変化を示す。ディレイ時間が4マイクロ秒程度までゼロより大きいマグノン振幅があることが曲線C2から分かる。これは、4マイクロ秒程度までコヒーレンス情報が維持されていることを示している。言い換えると、コヒーレンス時間を4マイクロ秒程度まで長くすることができたことを示している。
【0160】
第3周波数f3のマイクロ波のパワーが、パラメトリック励起が発生するしきい値(以下、第1しきい値とも称する。)を超えている場合、パラメトリック励起によってマグノンMg10及びMg20が生成される。
【0161】
マイクロ波のパワーが第1しきい値を超えている場合でも、3-マグノン相互作用の効果が表れるか否かについては、マイクロ波のパワーに対するしきい値特性がある。具体的には、マイクロ波のパワーが、第1しきい値より大きく、かつ、マグノンの減衰レートに基づいて定まるしきい値(以下、第2しきい値とも称する。)より小さいとき、3-マグノン相互作用の効果は表れない、もしくは弱い。
【0162】
一方、マイクロ波のパワーが第2しきい値より大きいとき、3-マグノン相互作用による効果が表れる。本実施形態では、第1しきい値は、15.8dBmより小さいと考えられる。第2しきい値は、15.8dBmと17.2dBmとの間にあると考えられる。
【0163】
具体的には、曲線Crの場合のように、マイクロ波のパワーが第1しきい値より大きく、かつ、第2しきい値より小さいとき、生成されるマグノンMg10及びMg20の個数が少ないため、マグノンMg10及びMg20の生成よりもマグノンの減衰が優勢となる。このため、マグノンMg10及びMg20間の3-マグノン相互作用の効果が表れないもしくは弱くなり、マグノンMg10が数百ナノ秒程度で消滅してしまう。
【0164】
曲線C2の場合のように、マイクロ波のパワーが第2しきい値より大きいとき、生成されるマグノンMg10及びMg20の個数が多いので、マグノンの減衰よりもマグノンMg10及びMg20の生成が優勢になる。これにより、マグノンMg10及びMg20間の3-マグノン相互作用による効果が表れ、コヒーレンス時間を4マイクロ秒程度まで長くすることができる。
【0165】
[ポンププローブ法によるコヒーレンス時間の測定]
図20は、本開示の一実施形態に係るゼロ状態の出現確率の遅延時間に対する変化の一例を示す図である。なお、
図20では、縦軸はゼロ状態の出現確率を示し、横軸は遅延時間を示す。
【0166】
図20に示すように、磁性体素子140における分散関係がオクターブ条件を満たしている場合において、測定データD3は、パラメトリック励起したときのゼロ状態の出現確率の遅延時間に対する変化を示し、測定データDrは、磁気共鳴励起したときのゼロ状態の出現確率の遅延時間に対する変化を示す。
【0167】
詳細には、測定データDrは、比較例のデータであり、以下の測定条件で繰り返し測定された結果に基づいて取得された、ゼロ状態の出現確率の遅延時間に対する変化を示す。
【0168】
すなわち、上記測定条件は、初期化交流磁場(
図5参照)を印加しないで、第1周波数f1の誘起交流磁場の印加、遅延時間の待機及び第3周波数f3の測定交流磁場の印加のセットが繰り返され、磁性体素子140に生じた電圧の位相が繰り返し測定されることである。
【0169】
測定データDrは、ゼロから100ナノ秒程度まではゼロ状態の出現確率が1に近いものの、100ナノ秒以降はゼロ状態の出現確率が0.5程度になっている。つまり、100ナノ秒以降の測定データDrには、磁化ベクトルの熱揺らぎが反映されている。これは、磁化ベクトルの歳差運動が100ナノ秒程度で緩和されたことと、100ナノ秒以降では、磁化ベクトルが静磁場の方向に向いて熱揺らぎの状態となったことと、を示している。
【0170】
これに対して、測定データD3は、以下の測定条件で繰り返し測定された結果に基づいて取得された、ゼロ状態の出現確率の遅延時間に対する変化を示す。
【0171】
すなわち、上記測定条件は、初期化交流磁場(
図5参照)を印加しないで、第3周波数f3の誘起交流磁場の印加、遅延時間の待機及び第3周波数f3の測定交流磁場の印加のセットが繰り返され、磁性体素子140に生じた電圧の位相が繰り返し測定されることである。
【0172】
測定データD3では、0.5を中心として減衰しながら振動するゼロ状態の出現確率が4マイクロ秒程度まで残っている。これは、ボトムモードのマグノンMg20が十分に生成されることで、コヒーレンス時間を4マイクロ秒程度まで長くすることができたことを示している。
【0173】
なお、上記実施形態では、静磁場H0が、磁性体素子140に含まれる磁性体の交換相互作用定数、飽和磁化、膜厚及び磁気異方性定数に基づいて定められる構成について説明したが、これに限定するものではない。静磁場H0は、当該磁性体の交換相互作用定数、飽和磁化、膜厚及び磁気異方性定数の少なくとも1つに基づいて定められる構成であってもよい。
【0174】
また、上記実施形態では、測定交流磁場の周波数が、誘起交流磁場の周波数すなわち第3周波数f3である構成について説明したが、これに限定されるものではない。測定交流磁場の周波数は、初期化交流磁場の周波数すなわち第1周波数f1である構成であってもよい。
【0175】
また、上記実施形態では、コヒーレンス情報が歳差位相である構成について説明したが、これに限定されるものではない。コヒーレンス情報は、マグノン振幅である構成であってもよいし、マグノン振幅及び歳差位相の両方である構成であってもよい。
【0176】
また、上記実施形態では、磁性体140aは、固体の円板形状である構成について説明したが、これに限定されるものではない。磁性体140aは、他の態様又は形状を有する構成であってもよい。具体的には、磁性体140aは、ペースト状であってもよいし、液状であってもよい。
【0177】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。実施形態が備える各要素並びにその配置、材料、条件、形状及びサイズ等は、例示したものに限定されるわけではなく適宜変更することができる。また、異なる実施形態で示した構成同士を部分的に置換し又は組み合わせることが可能である。
【符号の説明】
【0178】
1…情報生成装置
2…トモグラフィ測定装置
10…生成部
20…磁場印加部
30…制御装置
40…交流磁場印加部
42…初期化信号発生器
44…誘起信号発生器
46…測定信号発生器
48…信号発生器
50…パルス発生器
60…測定装置
62…測定部
64…取得部
71…励起用信号発生器
72、73…参照信号発生器
74…スイッチャー
75…ミキサ
76…位相シフタ
77…バンドパスフィルタ
78…ロックインアンプ
79…ゲート処理回路
80…処理装置
100…コプレーナウェーブガイド
102…伝送部
104、106…グランドプレーン
110…誘電体基板
112…層
120…入力端子
124…出力端子
130…生成素子
140…磁性体素子
140a…磁性体
142…基板
144…グラウンドパッド
146…出力パッド
150、152、154、156…空隙部
302、304、306…スイッチ
310、312、314…カプラ