(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024141922
(43)【公開日】2024-10-10
(54)【発明の名称】炭素繊維前駆体繊維束の製造方法、炭素繊維束の製造方法および炭素繊維束
(51)【国際特許分類】
D01F 6/18 20060101AFI20241003BHJP
D01F 9/22 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
D01F6/18 E
D01F9/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】21
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023053802
(22)【出願日】2023-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(72)【発明者】
【氏名】山谷 学
(72)【発明者】
【氏名】小谷 知之
【テーマコード(参考)】
4L035
4L037
【Fターム(参考)】
4L035AA04
4L035AA06
4L035BB03
4L035BB11
4L035BB15
4L035FF01
4L035JJ04
4L035LB11
4L035MB02
4L037CS02
4L037CS03
4L037FA01
4L037PA52
4L037PA53
4L037PC05
4L037PS02
4L037UA09
(57)【要約】 (修正有)
【課題】本発明は、リグニンを含有させた炭素繊維前駆体繊維束であって、炭素繊維束にしたときに引張強度が高い炭素繊維束が得られる炭素繊維前駆体繊維束の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】アクリロニトリル共重合体とリグニンが溶媒に溶解した紡糸原液を吐出孔から吐出する炭素繊維前駆体繊維束の製造方法であって、リグニン中に含まれる不純物を取り除く除去工程を有する炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。前記除去工程が、リグニンを酸性水で洗浄する洗浄工程、リグニンが溶媒に溶解した溶解液をフィルターでろ過するろ過工程の1つ以上であること、前記洗浄工程の後に、前記ろ過工程を有すること、前記酸性水のpHが3~6であることなどが好ましい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリル共重合体とリグニンが溶媒に溶解した紡糸原液を吐出孔から吐出する炭素繊維前駆体繊維束の製造方法であって、
リグニン中に含まれる不純物を取り除く除去工程を有する炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項2】
前記除去工程が、リグニンを酸性水で洗浄する洗浄工程、リグニンが溶媒に溶解した溶解液をフィルターでろ過するろ過工程の1つ以上である請求項1に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項3】
前記洗浄工程の後に、前記ろ過工程を有する請求項2に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項4】
前記酸性水のpHが3~6である請求項2に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項5】
前記洗浄工程後のリグニンが溶剤に溶解した溶解液と、アクリロニトリル共重合体とを溶媒に混合して混合液にしたあと加熱し、アクリロニトリル共重合体とリグニンが溶媒に溶解した紡糸原液とする請求項2に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項6】
前記ろ過工程後の前記溶解液と、アクリロニトリル共重合体とを溶媒に混合して混合液にしたあと加熱し、アクリロニトリル共重合体とリグニンが溶媒に溶解した紡糸原液とする請求項2に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項7】
前記フィルターのろ過精度が0.08~2.0μmである請求項2に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項8】
前記溶媒が、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドから選ばれる1種以上である請求項1に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項9】
前記酸性水の温度が10~60℃である請求項2に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項10】
リグニン100質量部に対し、酸性水の量が300~900質量部である請求項2に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項11】
リグニンを酸性水で洗浄した後、リグニン100質量部に対し、200~500質量部の水で洗浄し、乾燥させる請求項2に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項12】
前記乾燥の温度が70~95℃である請求項11に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項13】
前記乾燥させたリグニンを、真空乾燥機で乾燥させる請求項11に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項14】
リグニンとアクリロニトリル共重合体の合計量に対し、リグニンの含有量が5~45質量%である請求項1に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項15】
前記溶解液中のリグニンの含有量が5~45質量%である請求項2に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項16】
前記溶解液にさらに溶媒を加えてからアクリロニトリル共重合体を加える請求項5に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
【請求項17】
請求項1~16のいずれか一項に記載の製造方法で得られた炭素繊維前駆体繊維束を、酸化性雰囲気にて200~300℃の範囲の温度で加熱したのち、不活性雰囲気にて300~2000℃の範囲で加熱することを含む炭素繊維束の製造方法。
【請求項18】
硫黄元素の含有量が0.090質量%以上、ストランド試験における引張強度が1.75GPa以上、引張弾性率が175GPa以上である炭素繊維束。
【請求項19】
ナトリウム元素の含有量が70ppm(質量基準)以下である請求項18に記載の炭素繊維束。
【請求項20】
カリウム元素の含有量が15ppm(質量基準)以下である請求項18に記載の炭素繊維束。
【請求項21】
鉄元素の含有量が40ppm(質量基準)以下である請求項18に記載の炭素繊維束。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はリグニン含有炭素繊維前駆体繊維束の製造方法、炭素繊維束の製造方法及び炭素繊維束に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は比強度、比弾性率に優れ、炭素繊維強化複合材料の強化繊維として用いることにより部材の大幅な軽量化が可能となることから、エネルギー利用効率の高い社会の実現に不可欠な材料の一つとして幅広い分野で利用されている。
【0003】
近年、自動車や電子機器筐体などを初めとしたコスト低減の要求の強い分野においても適用が進んでおり、成形コストまで含めた最終部材コストの低減が強く求められる。
また、炭素繊維のリサイクル等環境に配慮することも強く求められる。リグニンは石油原料をバイオベースに転換し、カーボンニュートラルに貢献するものであり、低コストにもなるため、その活用が望まれる。
特許文献1には、リグニンとポリアクリロニトリルもしくはポリアクリロニトリルコポリマーを、溶媒に溶解させたものを紡糸原料として、溶液紡糸法により前駆体繊維を得て、それを酸化したのちに炭化し、炭素繊維を得る方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、リグニンを含む炭素繊維前駆体繊維を加熱して得られた炭素繊維は高い強度が得られない課題がある。
本発明の目的は、リグニンを含有させた炭素繊維前駆体繊維束であっても、引張強度が高い炭素繊維束が得られる炭素繊維前駆体繊維束の製造方法、炭素繊維束の製造方法及び炭素繊維束を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
[1]アクリロニトリル共重合体とリグニンが溶媒に溶解した紡糸原液を吐出孔から吐出する炭素繊維前駆体繊維束の製造方法であって、リグニン中に含まれる不純物を取り除く除去工程を有する炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
[2]前記除去工程が、リグニンを酸性水で洗浄する洗浄工程、リグニンが溶媒に溶解した溶解液をフィルターでろ過するろ過工程の1つ以上である[1]に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
[3]前記洗浄工程の後に、前記ろ過工程を有する[2]に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
[4]前記酸性水のpHが3~6である[2]または[3]に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
[5]前記洗浄工程後のリグニンが溶剤に溶解した溶解液と、アクリロニトリル共重合体とを溶媒に混合して混合液にしたあと加熱し、アクリロニトリル共重合体とリグニンが溶媒に溶解した紡糸原液とする[2]~[4]のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
[6]前記ろ過工程後の前記溶解液と、アクリロニトリル共重合体とを溶媒に混合して混合液にしたあと加熱し、アクリロニトリル共重合体とリグニンが溶媒に溶解した紡糸原液とする[2]~[5]のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
[7]前記フィルターのろ過精度が0.08~2.0μmである[2]~[6]のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
[8]前記溶媒が、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドから選ばれる1種以上である[1]~[7]のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
[9]前記酸性水の温度が10~60℃である[2]~[8]のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
[10]リグニン100質量部に対し、酸性水の量が300~900質量部である[2]~[9]のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
[11]リグニンを酸性水で洗浄した後、リグニン100質量部に対し、200~500質量部の水で洗浄し、乾燥させる[2]~[10]のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
[12]前記乾燥の温度が70~95℃である[11]に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
[13]前記乾燥させたリグニンを、真空乾燥機で乾燥させる[11]または[12]に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
[14]リグニンとアクリロニトリル共重合体の合計量に対し、リグニンの含有量が5~45質量%である[1]~[13]のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
[15]前記溶解液中のリグニンの含有量が5~45質量%である[2]~[14]のいずれかに記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
[16]前記溶解液にさらに溶媒を加えてからアクリロニトリル共重合体を加える[5]に記載の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法。
[17][1]~[16]のいずれかに記載の製造方法で得られた炭素繊維前駆体繊維束を、酸化性雰囲気にて200℃~300℃の範囲の温度で加熱したのち、不活性雰囲気にて300℃~2000℃の範囲で加熱することを含む炭素繊維束の製造方法。
[18]硫黄元素の含有量が0.090質量%以上、ストランド試験における引張強度が1.75GPa以上、引張弾性率が175GPa以上である炭素繊維束。
[19]ナトリウム元素の含有量が70ppm(質量基準)以下である[18]に記載の炭素繊維束。
[20]カリウム元素の含有量が15ppm(質量基準)以下である[18]または[19]に記載の炭素繊維束。
[21]鉄元素の含有量が40ppm(質量基準)以下である[18]~[20]のいずれかに記載の炭素繊維束。
【発明の効果】
【0007】
本発明は、リグニンを含有させた炭素繊維前駆体繊維束であって、炭素繊維束にしたときに引張強度が高い炭素繊維束が得られる炭素繊維前駆体繊維束の製造方法を提供することにある。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、アクリロニトリル共重合体とリグニンが溶媒に溶解した紡糸原液を吐出孔から吐出する炭素繊維前駆体繊維束の製造方法であって、リグニン中に含まれる不純物を取り除く除去工程を有する。
今回、リグニンを含む炭素繊維前駆体繊維束を加熱して得られた炭素繊維束の高い強度が得られない原因として、リグニンの原料に含まれるナトリウム、カリウム、鉄元素の不純物が影響していること、別の原因として、酸性水に不溶な不純物が影響していることが分かった。
よって、これらの不純物を取り除くことが必要である。
【0009】
リグニンとして、本発明では化学的な手法で単離された単離リグニンを用いる。単離リグニンの中でも、紙パルプ製造プロセスの化学パルプ化時に発生するパルプ廃液から得られるリグニンは安価に入手できるために好ましい。
パルプ廃液から得られるリグニンの中でも水酸化ナトリウムと硫化ナトリウムなどを用いた高温高圧反応による化学パルプ化手法であるクラフト法により発生するパルプ廃液から得られるリグニンであるクラフトリグニンを用いることが好ましい。クラフトリグニンは水には不要であり紡糸原液に用いる溶媒には可溶であるため、湿式紡糸法による繊維原料として用いるのに適しているために好ましい。
クラフトリグニンは広葉樹を原料としたもの、針葉樹を原料としたもののいずれを使用してもいい。中でも、針葉樹を原料としたクラフトリグニンは安価に入手できるために好ましい。
【0010】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、前記除去工程が、リグニンを酸性水で洗浄する洗浄工程、リグニンが溶媒に溶解した溶解液をフィルターでろ過するろ過工程の1つ以上であることが好ましい。
リグニンを酸性水で洗浄することで、不純物のナトリウム、カリウム、鉄元素が酸性水中に溶け出すので、不純物を除去することができる。
洗浄方法の一例として、ろ紙でろ過することでナトリウム、カリウム、鉄元素はろ液に含まれ、リグニンは残渣としてろ紙上に残るので、容易に除去することができる。
【0011】
溶解液をフィルターでろ過することで、リグニンに含まれていた酸性水には溶解しない微小な不純物を除去することができる。
このろ過工程は、リグニンが溶媒に溶解した溶解液でろ過しても良いし、前記溶解液とアクリロニトリル共重合体とが溶媒に溶解した紡糸原液でろ過しても良い。
リグニン中の不純物を取り除く観点から、溶解液でろ過するのがより好ましい。溶解液でろ過する方がフィルターの精度を高くできるためである。
【0012】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、前記洗浄工程の後に、前記ろ過工程を有することが好ましい。
この順番であれば、リグニン中の不純物を取り除きやすい。
【0013】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、前記酸性水のpHが3~6であることが好ましい。
前記酸性水のpHが3~6であることで、不純物のナトリウム、カリウム、鉄元素がより溶け出しやすくなり、ろ紙でろ過することで除去することができる。
この観点から、前記酸性水のpHは3.5~5であることがより好ましい
【0014】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、前記洗浄工程後のリグニンが溶剤に溶解した溶解液と、アクリロニトリル共重合体とを溶媒に混合して混合液にしたあと加熱し、アクリロニトリル共重合体とリグニンが溶媒に溶解した紡糸原液とすることが好ましい。
このようにすることで、リグニンとアクリロニトリル共重合体とが混合しやすくなる。
【0015】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、前記ろ過工程後の前記溶解液と、アクリロニトリル共重合体とを溶媒に混合して混合液にしたあと加熱し、アクリロニトリル共重合体とリグニンが溶媒に溶解した紡糸原液とすることが好ましい。
このようにすることで、リグニンとアクリロニトリル共重合体とが混合しやすくなる。
【0016】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、前記フィルターのろ過精度が0.08~2.0μmであることが好ましい。
ろ過精度が0.08~2.0μmのフィルターでろ過することで、リグニンに含まれていた酸性水には溶解しない微小な不純物や微量金属を除去することができる。
この観点から、前記ろ過精度は0.1~1.0μmがより好ましく、0.1~0.5μmがさらに好ましい。
なお、ろ過精度とは、95%以上を捕集可能な粒子サイズのうちの最小値を意味する。
【0017】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、前記溶媒が、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドから選ばれる1種以上であることが好ましい。
これらの溶媒を使用することで、リグニン、アクリロニトリル共重合体の、未溶解物が少なくできる。
【0018】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、前記酸性水の温度が10~60℃であることが好ましい。
前記酸性水の温度が10℃以上であれば、不純物のナトリウム、カリウム、鉄元素が溶出し易くでき、60℃以下であれば、リグニンが水に溶けだすことを防ぎやすい。
これらの観点から、前記酸性水の温度は、15~50℃がより好ましい。16~40℃がさらに好ましい。
【0019】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、リグニン100質量部に対し、リグニンを洗浄する酸性水の量が300~900質量部であることが好ましい。
リグニン100質量部に対し、酸性水の量が300質量部以上であれば、不純物のナトリウム、カリウム、鉄元素を洗浄して除去でき易くでき、900質量部以下であれば、十分洗浄ができ、コストと時間が節約できる。
これらの観点から、前記酸性水の量は、リグニン100質量部に対し、400~700質量部であることがより好ましい。
【0020】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、リグニンを酸性水で洗浄した後、リグニン100質量部に対し、200~500質量部の水で洗浄し、乾燥させることが好ましい。
前記水の量が、リグニン100質量部に対し、200質量部以上であれば、十分に酸を除去することが可能であり、500質量部以下であれば、洗浄にかかる時間を短くできるので好ましい。
水で洗浄を行うことにより、リグニンから出た不純物を少なくできるので、炭素繊維束の強度が高くできる。
【0021】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、前記乾燥の温度が70~95℃であることが好ましい。
前記乾燥の温度が70℃以上であれば、リグニンの水分率を十分に低下させることができ、95℃以下であれば、乾燥中にリグニンが変質して溶媒に溶けにくくなることを防ぐことができるので好ましい。
これらの観点から、前記乾燥の温度は75~90℃がより好ましい。
【0022】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、前記乾燥させたリグニンを、真空乾燥機で乾燥させることが好ましい。
真空乾燥させることで、リグニン中の水分率をさらに低下させる効果がある。
【0023】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、リグニンとアクリロニトリル共重合体の合計量に対し、リグニンの含有量が5~45質量%であることが好ましい。
リグニンの含有量が5質量%以上であれば、得られる炭素繊維束の石油由来原料への依存度が下がり、低コスト化につながる効果があり、45質量以下であれば得られる炭素繊維束の引張強度や引張弾性率が高くなるため好ましい。
これらの観点から、5~45質量%であることがより好ましく、8~35質量%であることがさらに好ましく、10~35質量%であることが特に好ましい。
【0024】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、前記溶解液にさらに溶媒を加えてからアクリロニトリル共重合体を加えることが好ましい。
このようにすることで、紡糸原液中にリグニンが溶解しやすくなり、リグニンの未溶解分の発生防ぐ効果が得られ、さらに得られる炭素繊維束の引張強度や引張弾性率が向上する。
【0025】
本発明の炭素繊維束の製造方法は、前記炭素繊維前駆体繊維束の製造方法で得られた炭素繊維前駆体繊維束を、酸化性雰囲気にて200~300℃の範囲の温度で加熱したのち、不活性雰囲気にて300~2000℃の範囲で加熱することを含む。
前記炭素繊維前駆体繊維束を使用することで、リグニンが含有した炭素繊維前駆体繊維束であっても、炭素繊維束の引張強度や引張弾性率を高くすることができる。
【0026】
本発明の炭素繊維束は、硫黄元素の含有量が0.090質量%以上、ストランド試験における引張強度が1.75GPa以上、引張弾性率が175GPa以上である。
硫黄元素の含有量が0.090質量%以上であれば、リグニンが十分含有されており、カーボンニュートラルに貢献できる。
この観点から、前記硫黄元素の含有量は0.093質量%以上がより好ましく、0.095質量%以上がさらに好ましい。
また、ストランド試験における引張強度が1.75GPa以上、引張弾性率が175GPa以上であれば、工業的に使用できる。
この観点から、前記引張強度は、2.4GPa以上がより好ましく、2.6GPa以上がさらに好ましく、引張弾性率は、227GPa以上がより好ましく、230GPa以上がさらに好ましい。
【0027】
本発明の炭素繊維束は、ナトリウム元素の含有量が70ppm(質量基準)以下であることが好ましく、50ppm(質量基準)以下であることがより好ましく、30ppm(質量基準)以下であることがさらに好ましい。
ナトリウム元素の含有量が70ppm(質量基準)以下であれば、リグニンに含まれる不純物のナトリウム元素が少なくなっており、炭素繊維束の引張強度を高くすることができやすい。
【0028】
本発明の炭素繊維束は、カリウム元素の含有量が15ppm(質量基準)以下であることが好ましく、13ppm(質量基準)以下であることがより好ましく、12ppm(質量基準)以下であることがさらに好ましい。
カリウム元素の含有量が15ppm(質量基準)以下であれば、リグニンに含まれる不純物のカリウム元素が少なくなっており、炭素繊維束の引張強度を高くすることができやすい。
【0029】
本発明の炭素繊維束は、鉄元素の含有量が40ppm(質量基準)以下であることが好ましく、35ppm(質量基準)以下であることがより好ましく、33ppm(質量基準)以下であることがさらに好ましい。
鉄元素の含有量が40ppm(質量基準)以下であれば、リグニンに含まれる不純物の鉄元素が少なくなっており、炭素繊維束の引張強度を高くすることができやすい。
【0030】
さらに具体的に説明する。
<リグニン洗浄方法>
pH=4に調整した水(以下、酸性水)2kgをSUS製の容器に入れて、酸性水2Lを攪拌しながらクラフトリグニン400gを投入する。酸性水にクラフトリグニンが分散した分散液になる。クラフトリグニン400g投入後、30分間攪拌を続けて洗浄を行う。
ろ紙を設置したブフナーロートを吸引瓶に設置し、吸引瓶を吸引した状態にする。ブフナーロート上に洗浄が終了したクラフトリグニンが分散した上記分散液を入れて、ブフナーロート上の液体を吸引瓶に落とす。ろ紙上に湿ったクラフトリグニンが残る。
湿ったクラフトリグニンが入ったブフナーロートに純水を入れて、ブフナーロート上の液体を吸引瓶に落とす。ろ紙上に湿ったクラフトリグニンが残る。
再度、湿ったクラフトリグニンが入ったブフナーロートに純水を入れて、ブフナーロート上の液体を吸引瓶に落とす。ろ紙上に湿ったクラフトリグニンが残る。純水を入れるのは酸性水を洗い流すためである。
【0031】
<リグニンの乾燥>
上記の洗浄操作で得られた湿ったクラフトリグニンを乾燥させるために、温度を90℃に設定した熱風乾燥機に湿ったクラフトリグニンを入れて、30分に一度かき混ぜながら6時間の乾燥を行う。
上記のとおり熱風乾燥機で乾燥させたクラフトリグニンからさらに水分を除くために、温度を90℃に設定した真空乾燥機で4時間程度乾燥させる。
【0032】
<リグニンのろ過>
N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)20kgをSUS製の容器に入れて、その中に上記の洗浄、乾燥を行ったクラフトリグニン4kgを加える。4時間攪拌を行い、クラフトリグニンをDMAcに溶解させる。
【0033】
[通常ろ過の場合]
得られた溶液を1.0μm精度のカートリッジフィルタ(品名:アズツールプリーツカートリッジフィルター(PP製)GDT1P10250E0)に通過させてろ過を行った。
【0034】
[精密ろ過の場合]
得られた溶液を(1)0.5μm精度のカートリッジフィルタ(品名:アズツールプリーツカートリッジフィルター(PP製)GDT05P10250E0)、(2)0.2μm精度のカートリッジフィルタ(品名:アズツールプリーツカートリッジフィルター(PP製)GDT02P10250E0、(3)0.1μm精度のカートリッジフィルタ(品名:3M ポリプロピレン不織布デプスフィルターカートリッジ0.1μm、CTJ0010P09NG)の順に通過させてろ過を行った。
【0035】
<紡糸原液の作製>
ろ過を行ったリグニンを、DMAcに溶解し、固形分濃度が16.67%の溶液を製造した。
この溶液24kgと、DMAc37.21kgを混合し、さらにアクリロニトリル単位/アクリルアミド単位/メタクリル酸単位=97/2/1(質量比)からなるアクリロニトリル共重合体を9.33kg投入して、攪拌を行うことでスラリーを作製した。
このスラリーを120℃に加熱し、アクリロニトリル系重合体を溶解させて、ドープを作製した(固形分がアクリロニトリル系重合体/クラフトリグニン=7/3(質量比)からなるブレンド物、固形分濃度が23.2wt%)。
【0036】
<紡糸>
上記で得たドープを、濃度40質量%、温度28℃のDMAc水溶液からなる凝固液中に、孔径50μm、孔数6000の紡糸ノズルより吐出し凝固糸を得ると同時に、凝固糸に張力をかけながら引き取った。
引き取った凝固糸を、空中で1.15倍に延伸し、28℃から32℃の範囲の水、58℃~62℃の範囲の水、78℃~82℃の範囲の水を用いた3段の延伸・洗浄槽を通して、1.66倍の延伸と洗浄を同時に行った後、98℃の水を用いた熱水槽中で0.98倍の延伸(緩和)を実施して延伸糸を得た。
得られた延伸糸をシリコーン系油剤を2wt%としたシリコーン系油剤分散液中に浸漬し、140℃の加熱ローラーで緻密化して乾燥繊維束を得た。次いで、得られた乾燥繊維束を180℃に加熱した2対のロールで加熱を行いながら1.5倍に延伸を行い、炭素繊維前駆体繊維束を得た。
【0037】
<微量金属量の分析>
得られた炭素繊維前駆体繊維束中に含まれるナトリウム元素、カリウム元素、鉄元素の含有量を元素分析により分析した。
白金るつぼに試料1gをサンプリングし精秤した。試料の入った白金るつぼを540℃に加熱したホットプレート上において、3時間加熱を行った。次に700℃に設定した電気炉に試料の入った白金るつぼを入れて、6時間加熱することで灰化を行った。白金るつぼを電気炉から取り出し、放冷した。0.2mLのフッ化水素酸、1mLの硝酸を試料の入った白金るつぼに加えて150℃のホットプレート上で15分間加熱をした。
フッ化水素酸、硝酸を白金るつぼに加えるのは、フッ化水素酸、硝酸でSiを溶解させ、フッ化ケイ素として揮散させSiを除去するためである。
白金るつぼのサンプルを50mLメスフラスコに移し、50mLメスフラスコに超純水を加えて50mLとした。ICP発行分光分析装置パーキンエルマー社製ICOptima8300にてナトリウム元素、カリウム元素、鉄元素の定量を行った。
【0038】
<硫黄量の分析>
硫黄量が0.1wt%以上含まれるサンプルを分析する場合はCHNS分析計で硫黄量の分析を行った。
スズボードにあらかじめ細断した試料5mgをサンプリングし精秤した。サンプルを入れたスズボードを錠剤型に成型し、エレメンタ-ル社製UNICUBEにてヘリウムのキャリアガスで炉内温度を1150℃に設定した燃焼炉に投入し、酸素で吹き付けを行って燃焼し、硫黄量の定量を行った。
硫黄量が0.1wt%以下含まれるサンプルを分析する場合はLECO社製 CS844を用いて分析を行った。
磁性るつぼに試料1gをサンプリングし精秤した。CS計LECO社製 CS844にて酸素のキャリアガスで高周波炉2000℃に投入し、硫黄量の定量を行った。
【0039】
<耐炎化>
前記炭素繊維前駆体繊維束を、220℃~270℃の範囲で、空気雰囲気で加熱して耐炎化繊維束を得た。耐炎化時間は70分として、トータルの伸長率を4%となるように設定した。
【0040】
<炭素化>
前記耐炎化繊維束を、440℃から1300℃まで窒素雰囲気で加熱して炭素化を行い、炭素繊維束を得た。
得られた炭素繊維束を表面処理後、サイジング剤を付与した。
【実施例0041】
<赤外分光測定によるプレカーサ―(炭素繊維前駆体繊維束)中のリグニン量の定量化>
炭素繊維前駆体繊維束を10mm程度に切断し、それを0.5mm程度に切り刻んだ。さらに乳鉢で磨りつぶしてサンプルとした。サンプルを1mg秤量し、乾燥させた200mgのKBrと乳鉢上で混合、粉砕した。これをプレス機で圧縮することで直径13mm、厚さ0.5mmの円盤状錠剤とし、FT-IR装置(製品名:iS50、Nicolet社製)にて透過測定を行った。スペクトルは画像処理ソフトOMNIC Version9.2.41を使用して横軸を波数(単位はcm-1)とし、縦軸を吸光度とした。その後にオートベースライン機能を使用して、ベースライン補正を行った。補正後のスペクトルを用いて、1510~1525cm-1のうちモル吸光度が最大となる点のモル吸光度と2230~2260cm-1のうちモル吸光度が最大となる点のモル吸光度の比((1510~1525cm-1のうちモル吸光度が最大となる点のモル吸光度)/(2230~2260cm-1のうちモル吸光度が最大となる点のモル吸光度))を定量評価した。
1510~1525cm-1のうちモル吸光度が最大となる点はシアノ基に由来する吸収ピークでありアクリロニトリル共重合体の量に相関があり、2230~2260cm-1のうちモル吸光度が最大となる点のモル吸光度はクラフトリグニンの量に相関がある。このため、これらの比((1510~1525cm-1のうちモル吸光度が最大となる点のモル吸光度)/(2230~2260cm-1のうちモル吸光度が最大となる点のモル吸光度))を算出し、あらかじめ作成した検量線と比較することで炭素繊維前駆体繊維中のリグニンの量が定量化される。検量線はアクリルニトリル共重合体とクラフトリグニンの混合比が既知なブレンド物を5点作製し、それぞれのブレンド比とモル吸光度の比((1510~1525cm-1のうちモル吸光度が最大となる点のモル吸光度)/(2230~2260cm-1のうちモル吸光度が最大となる点のモル吸光度))から作成した。
【0042】
<力学物性評価>
得られた炭素繊維束の樹脂含浸ストランドを作製し、引張弾性率、引張強度の測定を行った。
【0043】
(実施例1)
SUS製の容器に、pH=4、温度25℃に調整した水(以下、酸性水)2Lを入れる。酸性水を攪拌しながらクラフトリグニン400gを投入し、30分間攪拌し、クラフトリグニンが酸性水に分散した分散液とした。
分散液をろ紙でろ過し、さらにろ紙に残ったクラフトリグニンを水で洗浄し、乾燥させた。
酸性水で洗浄したリグニン中の微量金属の含有量を表1に示す。
得られたクラフトリグニンをDMAcに溶解し、固形分濃度が16.7質量%の溶液とし、(1)0.5μm精度のカートリッジフィルタ(品名:アズツールプリーツカートリッジフィルター(PP製)GDT05P10250E0)、(2)0.2μm精度のカートリッジフィルタ(品名:アズツールプリーツカートリッジフィルター(PP製)GDT02P10250E0、(3)0.1μm精度のカートリッジフィルタ(品名:3M ポリプロピレン不織布デプスフィルターカートリッジ0.1μm、CTJ0010P09NG)の順に通過させて精密ろ過を行い、クラフトリグニン溶液を得た。
さらに、DMAcにクラフトリグニン溶液とアクリロニトリル共重合体を混合し、加熱することで、アクリロニトリル共重合体とクラフトリグニンがDMAcに溶解した紡糸原液を得た。紡糸原液に対するアクリロニトリル共重合体の固形分濃度は16.24質量%とし、紡糸原液に対するクラフトリグニンの固形分濃度は6.96質量%とした。
該紡糸原液を用いて<紡糸>の手順に従い紡糸を行い、炭素繊維前駆体繊維束を得た。
紡糸を行ったところ、紡糸ノズルから吐出を始めて、6時間経過しても、紡糸ノズルの圧力は2.0MPaでありノズルの昇圧が発生することなく紡糸を行うことができた。
炭素繊維前駆体繊維束を<耐炎化>の手順に従い耐炎化を行いさらに、<炭素化>の手順に従い炭素化を行うことで炭素繊維束を得た。
得られた炭素繊維束中に含まれるナトリウム元素、カリウム元素、鉄元素の含有量を、CHNS分析計を用いて分析し、硫黄元素の量をCS844(LECO社製)を用いて分析した。結果を表1に示した。
得られた炭素繊維束を用いてストランドを作製し、力学物性評価として引張弾性率、引張強度の測定を実施した。結果を表1に示した。
【0044】
(実施例2)
リグニンを酸性水での洗浄を行わず、リグニンのろ過として、[通常ろ過の場合]に従って行った以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。
酸性水で洗浄していないリグニン中の微量金属の含有量を表1に示す
紡糸を行ったところ、紡糸ノズルから吐出を始めて、6時間経過しても、紡糸ノズルの圧力は2.0MPaでありノズルの昇圧が発生することなく紡糸を行うことができた。
得られた炭素繊維前駆体繊維束に対して、耐炎化、炭素化を行って炭素繊維束を得た。
得られた炭素繊維束中に含まれるナトリウム元素、カリウム元素、鉄元素の含有量を、CHNS分析計を用いて分析し、硫黄元素の量を、CS844(LECO社製)を用いて分析した。結果を表1に示した。
得られた炭素繊維束を用いてストランドを作製し、力学物性評価として引張弾性率、引張強度の測定を実施した。結果を表1に示した。
酸性水でリグニンを洗浄していないので、炭素繊維束中に金属成分が多く残っており、強度が低い結果となった。
【0045】
(比較例1)
リグニンの洗浄、リグニンのろ過を行わずに<紡糸>の手順に従い紡糸を行った場合、紡糸ノズルからのドープを吐出し始めてから10分経過した時点で、紡糸ノズルの圧力が4.0MPa以上となり、さらに10分経過した段階で紡糸ノズルの圧力が7.0MPaとなったため紡糸を中止した。
【0046】