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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024142881
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】疾患の検出または判定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20241003BHJP
【FI】
G01N33/68
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023055261
(22)【出願日】2023-03-30
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000002141
【氏名又は名称】住友ベークライト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129791
【弁理士】
【氏名又は名称】川本 真由美
(74)【代理人】
【識別番号】100156144
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 康
(72)【発明者】
【氏名】舘野 浩章
(72)【発明者】
【氏名】金安 美雨
(72)【発明者】
【氏名】豊田 雅哲
(72)【発明者】
【氏名】阪口 碧
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA26
2G045CA25
2G045CA26
2G045CB03
2G045CB07
2G045DA36
2G045FB03
(57)【要約】
【課題】vWFの糖鎖を分析することで疾患を検出または判定する方法を提供すること。
【解決手段】被験個体におけるフォンウィレブランド因子(vWF)に関連する疾患を検出または判定するための、またはそのためのデータを得るための、方法であって、
(1)該被験個体の生体試料中のvWFの1以上の糖鎖を検出または定量すること、
(2)工程(1)で得られた結果を、基準と比較すること
を含む、方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験個体におけるフォンウィレブランド因子(vWF)に関連する疾患を検出または判定するための、またはそのためのデータを得るための、方法であって、
(1)該被験個体の生体試料中のvWFの1以上の糖鎖を検出または定量すること、
(2)工程(1)で得られた結果を、基準と比較すること
を含む、方法。
【請求項2】
前記疾患が、がん、血管疾患からなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記がんが、膵がん、胃がん、胆管がん、大腸がん、肺がん、肝細胞がん、乳がん、前立腺がん、食道がんからなる群から選択される、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記血管疾患が、不安定狭心症、虚血性心疾患、高血圧、アテローム性動脈硬化症、脳動脈瘤、胸部大動脈瘤、慢性閉塞性肺疾患からなる群から選択される、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
被験個体におけるがんの状態を検出または判定するための、またはそのためのデータを得るための方法であって、
(1)該被験個体の生体試料中のvWFの1以上の糖鎖を検出または定量すること、
(2)工程(1)で得られた結果を、基準と比較すること
を含む、方法。
【請求項6】
前記がんが、膵がん、胃がん、胆管がん、大腸がん、肺がん、肝細胞がん、乳がん、前立腺がん、食道がんからなる群から選択される、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記糖鎖が、N型糖鎖またはO型糖鎖である、請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記糖鎖が、フコースを有する糖鎖またはシアル酸を有する糖鎖である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記糖鎖が、下記の糖鎖A1、糖鎖B1、糖鎖A2、糖鎖B2、糖鎖A3、および糖鎖B3から選択される1以上の糖鎖である、請求項7に記載の方法。
・糖鎖A1:
(Hex)2 (HexNAc)2 (NeuAc)1 + (Man)3(GlcNAc)2

・糖鎖B1:
(Hex)2 (HexNAc)2 (Deoxyhexose)1 (NeuAc)1 + (Man)3(GlcNAc)2

・糖鎖A2:
(Hex)2 (HexNAc)2 (NeuAc)2 + (Man)3(GlcNAc)2

・糖鎖B2:
(Hex)2 (HexNAc)2 (Deoxyhexose)1 (NeuAc)2 + (Man)3(GlcNAc)2

・糖鎖A3:
(Hex) (HexNAc) (NeuAc)

・糖鎖B3:
(Hex) (HexNAc) (NeuAc)2

[式中、Hexは、ヘキソースであり、
HexNAcは、N-アセチルヘキソサミンであり、
NeuAcは、N-アセチルノイラミン酸であり、
Manは、マンノースであり、
GlcNAcは、N-アセチルグルコサミンであり、
Deoxyhexoseは、デオキシヘキソースである。]
【請求項10】
前記糖鎖が、前記糖鎖A1と前記糖鎖B1の組合せ、前記糖鎖A2と前記糖鎖B2の組合せ、および前記糖鎖A3と前記糖鎖B3の組合せから選択される1以上の組合せである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記工程(2)が、前記糖鎖A1と前記糖鎖B1の比、前記糖鎖A2と前記糖鎖B2の比、および前記糖鎖A3と前記糖鎖B3の比から選択される1以上の比を、基準と比較することを含む、請求項10に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がん、血管疾患などの疾患を検出または判定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、がんなどの疾患の検出または判定には、疾患であることを示す物質を免疫学的に検出する手法や、画像診断で発見する手法がとられている。しかしながら、従来の方法では、一部の疾患では、診断性能が低い(疾患特異性がない、早期診断できないなど)といった課題がある。
【0003】
例えば、既存の腫瘍マーカーで一般的に使用されているCA19-9では、複数種類のがんで値が上昇すること、約20%の膵がん患者で基準値以下となったこと、ルイス抗原が陰性の人はCA19-9が上昇しないこと、などが知られている(非特許文献1)。
【0004】
一方、フォンウィレブランド因子(von Willebrand Factor:vWF、以下単に「vWF」ともいう。)は、血液中に存在する凝固因子のひとつであり、分子量約50万から2000万に及ぶマルチマー構造を形成する高分子量の糖タンパク質である。vWFは、血管内皮細胞や骨髄巨核球から産生され、血管損傷部位において血小板を内皮下結合組織へ粘着させる機能を有し、一次止血において極めて重要な役割を果たしている。
【0005】
しかしながら、これまでvWFの糖鎖の構造解析は行われておらず、具体的な糖鎖構造は知られていない。また、vWFの糖鎖と疾患の関係も明らかにされていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Br. J. Cancer (1986), 53, 197-202
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、vWFの糖鎖を分析することで疾患を検出または判定する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決するため鋭意検討した結果、血液中に存在するvWFが、がん、血管疾患などの疾患を患う患者において、健常者と異なる糖鎖を有すること、したがって、がん、血管疾患などの疾患を検出または判定できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
[1] 被験個体におけるフォンウィレブランド因子(vWF)に関連する疾患を検出または判定するための、またはそのためのデータを得るための、方法であって、
(1)該被験個体の生体試料中のvWFの1以上の糖鎖を検出または定量すること、
(2)工程(1)で得られた結果を、基準と比較すること
を含む、方法。
[2] 前記疾患が、がん、血管疾患からなる群から選択される、[1]に記載の方法。
[3] 前記がんが、膵がん、胃がん、胆管がん、大腸がん、肺がん、肝細胞がん、乳がん、前立腺がん、食道がんからなる群から選択される、[2]に記載の方法。
[4] 前記血管疾患が、不安定狭心症、虚血性心疾患、高血圧、アテローム性動脈硬化症、脳動脈瘤、胸部大動脈瘤、慢性閉塞性肺疾患からなる群から選択される、[2]に記載の方法。
[5] 被験個体におけるがんの状態を検出または判定するための、またはそのためのデータを得るための方法であって、
(1)該被験個体の生体試料中のvWFの1以上の糖鎖を検出または定量すること、
(2)工程(1)で得られた結果を、基準と比較すること
を含む、方法。
[6] 前記がんが、膵がん、胃がん、胆管がん、大腸がん、肺がん、肝細胞がん、乳がん、前立腺がん、食道がんからなる群から選択される、[5]に記載の方法。
[7] 前記糖鎖が、N型糖鎖またはO型糖鎖である、[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8] 前記糖鎖が、フコースを有する糖鎖またはシアル酸を有する糖鎖である、[7]に記載の方法。
[9] 前記糖鎖が、下記の糖鎖A1、糖鎖B1、糖鎖A2、糖鎖B2、糖鎖A3、および糖鎖B3から選択される1以上の糖鎖である、[7]に記載の方法。
・糖鎖A1:
(Hex)2 (HexNAc)2 (NeuAc)1 + (Man)3(GlcNAc)2

・糖鎖B1:
(Hex)2 (HexNAc)2 (Deoxyhexose)1 (NeuAc)1 + (Man)3(GlcNAc)2

・糖鎖A2:
(Hex)2 (HexNAc)2 (NeuAc)2 + (Man)3(GlcNAc)2

・糖鎖B2:
(Hex)2 (HexNAc)2 (Deoxyhexose)1 (NeuAc)2 + (Man)3(GlcNAc)2

・糖鎖A3:
(Hex) (HexNAc) (NeuAc)

・糖鎖B3:
(Hex) (HexNAc) (NeuAc)2

[式中、Hexは、ヘキソースであり、
HexNAcは、N-アセチルヘキソサミンであり、
NeuAcは、N-アセチルノイラミン酸であり、
Manは、マンノースであり、
GlcNAcは、N-アセチルグルコサミンであり、
Deoxyhexoseは、デオキシヘキソースである。]
[10] 前記糖鎖が、前記糖鎖A1と前記糖鎖B1の組合せ、前記糖鎖A2と前記糖鎖B2の組合せ、および前記糖鎖A3と前記糖鎖B3の組合せから選択される1以上の組合せである、[9]に記載の方法。
[11] 前記工程(2)が、前記糖鎖A1と前記糖鎖B1の比、前記糖鎖A2と前記糖鎖B2の比、および前記糖鎖A3と前記糖鎖B3の比から選択される1以上の比を、基準と比較することを含む、[10]に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、健常者検体と患者検体に含まれるvWFの糖鎖を分析することにより、がん、血管疾患などの疾患を検出または判定できる。したがって、本発明によれば、vWFの糖鎖を分析することにより、簡便に、がん、血管疾患などの疾患の発症や発症リスク、当該疾患の状態、例えば、初期病変、進展、重症化など、特にがんの場合、悪性度、進行度(ステージ)、組織型、分化度、再発転移などを検出または判定することができる。さらに、当該疾患に対する治療効果や予防・治療薬の薬効などの評価も行うことができる。
また、本発明の方法によれば、従来の方法では検出または判定することができなかった疾患を検出または判定することができる。特に、本発明によれば、従来の方法では検出できなかった腫瘍マーカー(例えばCA19-9)の値が基準値以下のがん患者(例えば膵がん患者)を検出または判定できる。
さらに、本発明によれば、vWFを、がん、血管疾患などの疾患のバイオマーカーとして使用することができる。特に、vWFは転移が始まるがん(例えば膵がんステージIIB)において糖鎖変化があることから、転移マーカーとして使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、膵がん患者と健常者血清中のvWFのN型糖鎖パターンをHPLCで分析して得られたチャートを示す図である。
図2図2は、膵がん患者と健常者血清中のvWFのN型糖鎖パターンの比較において、糖鎖(i)と(ii)、糖鎖(iii)と(iv)のピーク面積値(それぞれの糖鎖量に対応)の比率((ii)/(i)、(iv)/(iii))を取った値を示す図である。
図3図3は、膵がん患者と健常者血清中のvWFのO型糖鎖パターンをHPLCで分析して得られたチャートを示す図である。
図4図4は、膵がん患者と健常者血清中のvWFのO型糖鎖パターンの比較において、糖鎖(i)と(ii)のピーク面積値(それぞれの糖鎖量に対応)の比率((i)/(ii))を取った値を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書における「フォンウィレブランド因子(von Willebrand Factor:vWF)」は、特に限定されず、vWFとして認識されるタンパク質またはその一部であり、例えば、抗vWF抗体やレクチンなどのvWFまたはその糖鎖に結合する結合体を使用したvWF回収手段で血液中から回収されるものが挙げられる。
【0012】
本明細書における「フォンウィレブランド因子(vWF)に関連する疾患」は、当該疾患を患う患者と健常者との間でvWFの糖鎖の種類、構造、発現量、発現パターンなどが異なるものであれば特に限定されないが、例えば、がん、血管疾患などが挙げられる。
また、本明細書における「疾患の状態」には、例えば、上記疾患の初期病変、進展、重症化などが挙げられる。
【0013】
本明細書における「がん」としては、悪性腫瘍又は悪性肉腫が挙げられ、例えば、舌がん、喉頭がん、咽頭がん、食道がん、肺がん、胃がん、十二指腸がん、肝がん、胆管がん、胆嚢がん、膵がん、大腸がん、腎がん、膀胱がん、尿路上皮がん、前立腺がん、子宮がん、卵巣がん、精巣がん、乳がん及び甲状腺がん等の上皮性がん、白血病、悪性リンパ腫、形質細胞種、骨髄腫、メラノーマ、脳腫瘍などが挙げられる。
本明細書における「上皮性がん」としては、舌がん、喉頭がん、咽頭がん、食道がん、肺がん、胃がん、十二指腸がん、肝がん、胆管がん、胆嚢がん、膵がん、大腸がん、腎がん、膀胱がん、尿路上皮がん、前立腺がん、子宮がん、卵巣がん、精巣がん、乳がん、甲状腺がん等が挙げられる。
本明細書における「消化器系上皮性がん」としては、舌がん、咽頭がん、食道がん、胃がん、十二指腸がん、肝がん、胆管がん、胆嚢がん、膵がん、大腸がん等が挙げられる。
本明細書における「膵がん」とは、一般に膵臓から発生したがんを指す。膵臓には消化酵素(アミラーゼ、トリプシン、リパーゼなど)を分泌する外分泌腺と、ホルモン(インスリンなど)を分泌する内分泌腺がある。膵がんは外分泌系(消化酵素の分泌系)がんと内分泌系(ホルモンの分泌系)がんに大きく2つに分けられるが、外分泌系のがんが95%を占め、中でも膵管の上皮から発生する浸潤性膵管がんが最も多く、全体の85%を占める。そのため、一般に膵がんといえばこの浸潤性膵管がんのことを指す。本明細書における「上皮性がん」又は「消化器系上皮性がん」には、浸潤性膵管がんが含まれる。
【0014】
本明細書における「がんの状態」には、例えば、悪性度、進行度(ステージ)、組織型、分化度、再発転移などが挙げられる。
がんの悪性度の判断指標は、臨床的なものから病理組織学的なものまで種々の指標が用いられる。一般に、がんの発生部位、がんの組織型及びがんの分化度の指標が汎用される。発生部位に関して、胆のう胆道及び膵臓は、進行性、浸潤性及び転移性が高く、予後(5年相対生存率)が悪いため、最も悪性度が高いがんに分類される。一方、前立腺、乳腺及び甲状腺は進行が遅く、転移性が低く、予後が良いため、最も悪性度が低いがんに分類される。子宮体、大腸、子宮頚、胃、卵巣、肺、食道及び肝臓は、この順に5年相対生存率が低く、悪性度が高いとされている。
組織型は、同一組織由来のがんをさらに由来細胞の種類によって分類したものであり、例えば、肺がんは、扁平上皮がん、腺がん、大細胞がん及び小細胞がんに大きく分類することができる。
【0015】
がんの分化度は、正常な組織あるいは細胞からの異形度であり、がん組織やがん細胞の構造及び形状等が正常な組織や細胞の構造及び形状等から乖離しているほど悪性度が高いと判断される。構造としては、組織の境界が不明瞭であるほど、又は、細胞の配列が不整であるほど悪性と判断される。形状としては、核や細胞質が不整であるほど、細胞質、核又は核小体が大型であるほど、各染色性が増すほど、又は、核小体が多いほど悪性と判断される。
【0016】
がんの進行度は、通常、「病期(ステージ)」として分類される。病期は、ローマ数字を使って表記することが一般的であり、膵がんでは早期から進行するにつれて0期~IV期まで存在する。病期は、がんの大きさ、周囲への広がり(浸潤)、リンパ節や他の臓器への転移があるかどうかによって決定される。全身の状態を調べたり、病期を把握する検査を行ったりすることは、治療の方針を決めるためにとても重要である。
例えば、日本で用いられている膵がんの病期の分類法の一つとして、「膵癌取扱い規約2016年7月第7版(日本膵臓学会編)」(金原出版)による分類が挙げられ、これは次のTNMの3種の分類(TNM分類)の組み合わせで決められる(下表参照)。
【表1】

本明細書における膵がんにおけるステージは、上記分類による。
【0017】
本明細書における「血管疾患」としては、例えば、不安定狭心症、虚血性心疾患、高血圧、アテローム性動脈硬化症、脳動脈瘤、胸部大動脈瘤、慢性閉塞性肺疾患が挙げられる。
【0018】
本明細書における「個体」は、例えば、ヒト、サル、ウシ、ウマ、ヤギ、イヌ、ネコ、マウス、ラット、ウサギなどの哺乳動物であり、特にヒトである。
【0019】
本明細書における「被験個体」には、上記疾患に罹患しているか否かが判明していない個体又は上記疾患に罹患していることが判明している個体が含まれ、さらに手術、各種薬剤投与など治療中または治療後の個体も含まれる。前者の場合は、個体が上記疾患に罹患しているか否かと共にその悪性度もしくは薬剤耐性の獲得度を判定することができ、後者の場合は予後を判定し、あるいは治療効果の判定を行うことができる。
また、「被験個体」には、従来の方法では疾患を検出または判定することができなかった個体、例えば、腫瘍マーカー(例えばCA19-9)の値が基準値以下のがん患者(例えば膵がん患者)も含まれる。
【0020】
本明細書における「健常者」とは、疾病を患っていない健康な個体をいい、好ましくは癌及び血管疾患に罹患していることが疑われていない個体をいう。
【0021】
本明細書における「生体試料」としては、被験個体の臓器、器官又は組織から摘出した腫瘍組織もしくはその周辺組織、又は生検材料に由来する組織試料又は細胞試料、被験個体の体液試料などが挙げられる。
ここでいう「体液試料」には、被験個体の全血、血清、血漿及び関節液を含む血液由来試料、間質液、リンパ液、唾液、尿、脳脊髄液、組織抽出液などが含まれる。
上記生体試料は、被験個体から採取したもの自体、採取後に所定の処理したもの、採取後に培養したもの、それらに所定の処理したものも含まれる。
【0022】
本明細書における「疾患の検出または判定」または「疾患を検出または判定する」には、疾患の発症、発症リスク、疾患の状態、例えば、初期病変、進展、重症化など、特にがんの場合、悪性度、進行度(ステージ)、組織型、分化度、再発転移などを検出または判定することが含まれる。さらに、当該疾患に対する治療効果や予防・治療薬の薬効などの評価も含まれる。
【0023】
本明細書における「疾患の検出または判定のためのデータを得る」には、上記疾患の検出または判定を行うために必要なデータを収集すること、当該データを提供すること、さらに、上記疾患の検出または判定を行うのを容易にするため、収集したデータをまとめること、修飾すること、加工することなどが含まれる。
【0024】
<疾患の検出または判定方法>
本発明は、一態様として、被験個体におけるフォンウィレブランド因子(vWF)に関連する疾患を検出または判定するための、またはそのためのデータを得るための、方法であって、
(1)該被験個体の生体試料中のvWFの1以上の糖鎖を検出または定量すること、
(2)工程(1)で得られた結果を、基準と比較すること
を含む、方法を含む。
【0025】
上記方法における「疾患」としては、例えば、がん、血管疾患などが挙げられ、特にがん、なかでも膵がん、胃がん、胆管がん、大腸がん、肺がん、肝細胞がん、乳がん、前立腺がん、食道がんなどが挙げられる。
【0026】
上記工程(1)は、被験個体の生体試料中のvWFに存在する1以上の糖鎖の種類、構造、発現量、発現パターンなどを検出または定量することを含む。
【0027】
上記工程(1)は、必要によりvWFから糖鎖を遊離させた後、さらに必要により糖鎖を標識後、液体クロマトグラフィー法(高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法を含む)、キャピラリー電気泳動法、質量分析法、NMR法、および該糖鎖に特異的に結合する結合体を用いる方法などを用いて行うことができる。
これらの方法は、既知の方法、手順にしたがって行うことができる。具体的には、例えば、液体クロマトグラフィー法で糖鎖量を測定する場合、液体クロマトグラフィーの結果として得られたチャートにおける特定の糖鎖に該当するピークの面積値を、その糖鎖の量とすることができる。
【0028】
上記vWFから糖鎖を遊離させる方法としては、酵素的切断法、化学的切断法などが挙げられる。N型糖鎖(アスパラギン結合型糖鎖)の遊離方法としては、例えば、ペプチドN-グリコシダーゼ(PNGase)消化、ヒドラジン分解などが挙げられ、また、O型糖鎖(セリン/スレオニン結合型糖鎖)の遊離方法としては、アルカリによるβ脱離、ヒドラジン分解、エンド型O-グリカナーゼ、脱離オキシム化法(Eliminative Oximation)などが挙げられる。
これらの糖鎖の遊離方法は、既知の方法、手順にしたがって行うことができる。
【0029】
上記vWFから遊離した糖鎖を標識する方法としては、遊離した糖鎖の還元末端アルデヒド基と誘導体化試薬を反応させる方法などが挙げられる。誘導体化試薬としては、例えば、2-アミノベンズアミド、2-アミノ安息香酸、2-アミノピリジン、8-アミノピレン-1,3,6-三硫酸、2-アミノ安息香酸などが挙げられる。
これらの糖鎖の誘導体化方法は、既知の方法、手順にしたがって行うことができる。
【0030】
上記工程(2)は、上記工程(1)で得られた結果(例えば、被験個体の生体試料中のvWFに存在する1以上の糖鎖の種類、構造、発現量、発現パターンなど)を基準と比較することを含む。
ここでいう「基準」には、上記「疾患の検出または判定」を行うために基準となる閾値(基準値、カットオフ値)などが含まれ、例えば、健常者または特定の疾患の状態にある患者に対して上記工程(1)を行って得られた結果(例えば、糖鎖の種類、構造、発現量、発現パターンなど)から算出された基準値などが挙げられる。基準は、被験個体の試験と同時期に得られたものでも、予め得られていたものでもよい。
【0031】
上記工程(2)において、上記工程(1)で得られた結果と基準を比較した結果、上記糖鎖の種類、構造、発現量、発現パターンなどの変化が見られた場合、それを指標として疾患の検出および判定を行うことができる。
したがって、本発明は、さらに、(3)工程(2)において糖鎖の種類、構造、発現量、または発現パターンの変化が見られた場合、それを指標として疾患の検出および判定を行うことを含むことができる。
例えば、被験個体のvWFから得られた特定の糖鎖の量が、健常者群から得られた当該糖鎖の量(基準値、カットオフ値)以上となった場合に、疾患を検出するか、または発症する可能性が高いと判定することができる。また、被験個体のvWFの2以上の特定の糖鎖の組合せの比(量比)が、健常者群から得られた当該糖鎖の組合せの比(基準値、カットオフ値)以上となった場合に、疾患を検出するか、または発症する可能性が高いと判定することができる。
【0032】
また、数値の範囲を基準とすることもできる。疾患を検出する際や、疾患に罹患しているか否かを判定する際には、予め、疾患に罹患していると診断された個体(患者)、および、疾患ではないと診断された個体(健常者)の生体試料中のvWFの糖鎖量を測定しておき、被験個体の糖鎖の量が、患者の糖鎖量の範囲に入る場合は、疾患に罹患している可能性が高いと判定でき、健常者の糖鎖量の範囲に入る場合は、この被験個体は疾患に罹患していない可能性が高いと判定できる。
【0033】
さらに、基準は、種々の条件、例えば、基礎疾患の有無、性別、年齢などにより変化することが予想されるが、当業者であれば、被験個体に対応する適当な母集団を適宜選択して、その集団から得られたデータを、統計学的処理等を行うことにより、疾患の閾値、患者の範囲、正常範囲などを決定することができる。
【0034】
本発明の疾患の検出または判定方法におけるvWFの糖鎖としては、好ましくは、N型糖鎖、O型糖鎖が挙げられ、より好ましくは、デオキシヘキソース(例えばフコース)を有する糖鎖、当該糖鎖からデオキシヘキソースを除いた糖鎖、シアル酸(例えばN-アセチルノイラミン酸)を有する糖鎖、当該糖鎖からシアル酸を除いた糖鎖などが挙げられる。
ここで、「デオキシヘキソース」としては、例えば、フコースなどが挙げられる。「シアル酸」としては、例えば、N-アセチルノイラミン酸、N-グリコリルノイラミン酸などが挙げられる。
【0035】
本発明において、特に好ましい糖鎖としては、下記の糖鎖A1、糖鎖B1、糖鎖A2、糖鎖B2、糖鎖A3、糖鎖B3が挙げられる。

・糖鎖A1:
(Hex)2 (HexNAc)2 (NeuAc)1 + (Man)3(GlcNAc)2

・糖鎖B1:
(Hex)2 (HexNAc)2 (Deoxyhexose)1 (NeuAc)1 + (Man)3(GlcNAc)2

・糖鎖A2:
(Hex)2 (HexNAc)2 (NeuAc)2 + (Man)3(GlcNAc)2

・糖鎖B2:
(Hex)2 (HexNAc)2 (Deoxyhexose)1 (NeuAc)2 + (Man)3(GlcNAc)2

・糖鎖A3:
(Hex) (HexNAc) (NeuAc)

・糖鎖B3:
(Hex) (HexNAc) (NeuAc)2

[式中、Hexは、ヘキソースであり、
HexNAcは、N-アセチルヘキソサミンであり、
NeuAcは、N-アセチルノイラミン酸であり、
Manは、マンノースであり、
GlcNAcは、N-アセチルグルコサミンであり、
Deoxyhexoseは、デオキシヘキソースである。]
【0036】
上記「ヘキソース」としては、例えば、マンノース、ガラクトース、グルコースなどが挙げられる。
上記「N-アセチルヘキソサミン」としては、例えば、N-アセチルグルコサミン、N-アセチルガラクトサミンなどが挙げられる。
上記「デオキシヘキソース」としては、例えば、フコースなどが挙げられる。
【0037】
さらに、本発明の疾患の検出または判定方法におけるvWFの糖鎖として、好ましくは、糖鎖A1と糖鎖B1の組合せ、糖鎖A2と糖鎖B2の組合せ、糖鎖A3と糖鎖B3の組合せが挙げられる。
したがって、本発明においては、上記工程(2)が、糖鎖A1と糖鎖B1の比、糖鎖A2と糖鎖B2の比、および糖鎖A3と糖鎖B3の比から選択される1以上の比を、基準と比較することを含むことが好ましい。
この場合、従来の方法では検出または判定することができなかった疾患を検出または判定することができる。例えば、後述する実施例1および2に示されるとおり、従来の方法では検出できなかった腫瘍マーカー(CA19-9)の値が基準値(37U/ml)以下の膵がん患者を検出または判定できる。
【0038】
<疾患のバイオマーカー>
本発明は、一実施態様として、vWFを含む、がん、血管疾患などの疾患のバイオマーカーを含む。特に、vWFは、転移が始まるがん(例えば膵がんステージIIB)において糖鎖変化を生じるので、転移マーカーとして使用することができる。
【0039】
<がんの状態の検出または判定方法>
本発明は、一態様として、被験個体におけるがんの状態を検出または判定するための、またはそのためのデータを得るための方法であって、
(1)該被験個体の生体試料中のvWFの1以上の糖鎖を検出または定量すること、
(2)工程(1)で得られた結果を、基準と比較すること
を含む、方法を含む。
当該方法における「がん」としては、特に膵がん、胃がん、胆管がん、大腸がん、肺がん、肝細胞がん、乳がん、前立腺がん、食道がんなどが挙げられる。
当該方法における糖鎖、各工程、基準などは、上記本発明の疾患の検出または判定方法と同様である。
【実施例0040】
以下、実施例によって本発明を詳述するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0041】
[実施例1]膵がん患者と健常者血清中のvWFのN型糖鎖パターンの比較
[A]膵がん患者血清中のvWFのN型糖鎖解析
(1)抗体結合磁性ビーズの作製
磁性ビーズ(invitrogen製、品番:14311D)付属のプロトコルに従い、抗vWF抗体(R&D systems製、品番:AF2764)結合磁性ビーズを作製した。
作製した抗vWF抗体結合磁性ビーズを、10mg/mLとなるようにPBSTに添加した。
【0042】
(2)血清からの目的vWFの回収
(2-1)
1.5mLチューブに(1)で調製した抗vWF抗体結合ビーズ溶液50μL(ビーズ0.5mg)を分注した。その後、チューブを磁石上において上清を除去した。
(2-2)
膵がん患者血清(ケー・エー・シーより購入)200μLに0.05%Tween20/リン酸緩衝生理食塩水(PBS)(PBST)を加えて5倍希釈した溶液を調製した。この溶液を(2-1)で用意したチューブに全量添加した。
(2-3)
室温で1時間、チューブローテーターで攪拌した。
(2-4)
チューブを磁石上において上清を除去した。続けて、PBSTをチューブに添加した後、軽くボルテックスし、チューブを磁石上において上清を除去した。この操作を計3回実施した。
(2-5)
チューブにPBSTを添加してビーズを懸濁させて、その溶液を新しい1.5mLチューブに移した。
(2-6)
チューブを磁石上において上清を除去後、100mMグリシンpH2.8 20μLを添加し、20回ピペッティングして再懸濁した。
(2-7)
1M Tris-HCl pH8.0 2.8μLをあらかじめ添加した1.5mLチューブに、(2-6)のチューブを磁石上において上清として採取した溶液を回収した。
(2-8)
(2-6)後のビーズに50mM グリシンpH2.8 20μLを添加し、20回ピペッティングして再懸濁した。
(2-9)
(2-7)と同じチューブに、(2-8)のチューブを磁石上において上清として採取した溶液を回収した。
(2-10)
(2-9)の溶液を凍結乾固した後、超純水10μLに再溶解した。
【0043】
(3)糖鎖の回収
(3-1)
各サンプルに1M 炭酸水素アンモニウム(ABC)水溶液 1μLと120mM (±)-ジチオトレイトール(DTT)水溶液 1μLを添加し、ボルテックスで攪拌して完全に溶解させてからヒートブロックで60℃、30分間静置した。
(3-2)
ヒートブロックから取り出して室温に戻した後、各サンプルに123mM ヨードアセトアミド(IAA)水溶液 2μLを添加し、ボルテックスで攪拌して完全に溶解させてから、遮光して室温で1時間静置した。
(3-3)
トリプシン(Promega製。品番:V511A)を専用バッファーに溶かして50ng/10μLに調製した。
(3-4)
(3-2)のサンプルに(3-3)で調製したトリプシンを10μLずつ加えて軽くボルテックスで攪拌後、インキュベーター上で37℃、3時間攪拌保温した。
(3-5)
(3-4)のサンプルをヒートブロックで90℃、10分間加熱した。
(3-6)
(3-5)のサンプルを室温に戻してから、氷冷下に用意したPNGase F溶液(Roche製。品番:11365193001)を1μL加えて軽く攪拌してから、37℃インキュベーター上で一晩攪拌保温した。
(3-7)
(3-6)で得られた標識糖鎖溶液を凍結させた後、遠心乾燥機に1時間かけることで水分を乾燥させた。水分が完全になくなり糖鎖が残っているこのマイクロチューブに超純水5μLを加えて攪拌した。これにより10倍濃縮標識糖鎖溶液を得た。
【0044】
(4)糖鎖精製および標識
(4-1)
ポリマービーズ(住友ベークライト製、品番:BS-45414に付属)のチューブに純水を加え、ボルテックスで撹拌したポリマービーズ分散液を数回ピペッティングした後、50μLを取り、2mLマイクロチューブに挿入した反応用チューブ(住友ベークライト製、品番:BS-45414に付属)の底部に注入した。その後、反応用チューブを卓上遠心機で遠心し(3,000 x g, 30sec)、水を排出した。
(4-2)
反応用チューブを新しい1.5mL マイクロチューブに挿し、2%酢酸/アセトニトリル 180μLを添加した。その後、(3-6)のサンプル溶液を添加し、チューブを80℃のヒートブロックに挿入し、1時間加熱した。
(4-3)
1) 反応用チューブを 2mLマイクロチューブに挿入した後、ポリマービーズを2M グアニジン溶液 200μLで2回遠心(3,000 x g, 1min)にて洗浄した。
2) ポリマービーズを超純水200μLで2回遠心(3,000 x g, 1min)にて洗浄した。
3) ポリマービーズを1%トリエチルアミン/メタノール 200μLで2回遠心(3,000 x g, 1min)にて洗浄した。
(4-4)
1)メタノール900μLをマイクロチューブにとり、無水酢酸溶液 100μLを加え、混合し、10%無水酢酸溶液を調製した。
2)1.5mLマイクロチューブに挿入した反応用チューブのポリマービーズに、10%無水酢酸 100μLを加え、室温で30分間静置した。
(4-5)
1)反応用チューブを2mL マイクロチューブに挿入してから、遠心(3,000 x g, 1min)して10%無水酢酸溶液を排出した。
2)ポリマービーズを超純水200μLで2回遠心(3,000 x g, 1min)にて洗浄した。
(4-6)
1)反応用チューブを1.5mLマイクロチューブに挿入してからポリマービーズに超純水20μLを添加し、その後2%酢酸/アセトニトリル180μLを添加した。
2)チューブを70℃のヒートブロックに挿入し、1.5時間加熱した。
(4-7)
1)2-AB(47.7mg)を量り取り、30%酢酸/ジメチルスルホキシド(DMSO)溶液1mLを加え、ボルテックスで完全に溶解させた。
2)次いで、シアノ水素化ホウ素ナトリウム(62.8mg)を量り取り、1)の溶液を全量加え、ボルテックスで完全に溶解させた。
3)新しい1.5mLチューブに挿した反応用チューブに2)の溶液50μLを添加後、60℃のヒートブロックで2時間加熱した。
4)加熱終了後、遠心(3,000 x g, 1min)して標識糖鎖溶液をマイクロチューブに回収した。
(4-8)
(4-7)の4)の溶液をクリーンアップカラム(住友ベークライト製、品番:BS-41601に付属)に全量添加後、遠心により溶液を除去した。その後、アセトニトリル600μLを加え、遠心により溶液を除去した。再度、アセトニトリル600μLを加え、遠心により溶液を除去した。
上記クリーンアップカラムに超純水50μLを加えて遠心し、標識糖鎖溶液をマイクロチューブに回収した。
(4-9)
(4-8)で得られた標識糖鎖溶液を凍結させた後、遠心乾燥機に1時間かけることで水分を乾燥させた。水分が完全になくなり糖鎖が残っているこのマイクロチューブに超純水5μLを加えて攪拌した。これにより10倍濃縮標識糖鎖溶液を得た。
【0045】
(5)HPLC分析
(4-9)で調製した溶液のうち1μLを用いて、表の条件でHPLC分析を実施した。
【表2】
【0046】
[B]健常者血清中のvWFのN型糖鎖解析
上記[A]と同様の手順で健常者血清(ケー・エー・シーより購入)200μLを処理し、vWFのN型糖鎖解析を実施した。
【0047】
膵がん患者[A]及び健常者[B]において分析したサンプルは以下の通りである。
【表3】
【0048】
HPLCで分析して得られたチャートを図1に示す。図1中の糖鎖(i)~(iv)の構造を以下に示す。
・糖鎖(i):
(Hex)2 (HexNAc)2 (NeuAc)1 + (Man)3(GlcNAc)2

・糖鎖(ii):
(Hex)2 (HexNAc)2 (Deoxyhexose)1 (NeuAc)1 + (Man)3(GlcNAc)2

・糖鎖(iii):
(Hex)2 (HexNAc)2 (NeuAc)2 + (Man)3(GlcNAc)2

・糖鎖(iv):
(Hex)2 (HexNAc)2 (Deoxyhexose)1 (NeuAc)2 + (Man)3(GlcNAc)2

[式中、Hexは、ヘキソースであり、
HexNAcは、N-アセチルヘキソサミンであり、
NeuAcは、N-アセチルノイラミン酸であり、
Manは、マンノースであり、
GlcNAcは、N-アセチルグルコサミンであり、
Deoxyhexoseは、デオキシヘキソースである。]
【0049】
糖鎖(i)と糖鎖(ii)(糖鎖(i)にデオキシヘキソース(フコース)が付加している糖鎖)のパターンが、健常者・ステージIAとステージIIBとで異なっていることが示された。糖鎖(iii)と糖鎖(iv)(糖鎖(iii)にデオキシヘキソース(フコース)が付加している糖鎖)のパターンにおいても同様に、健常者・ステージIAとステージIIBとで異なっていることが示された。
【0050】
さらに、糖鎖(i)と(ii)、糖鎖(iii)と(iv)のピーク面積値((ii)/(i)、(iv)/(iii)、それぞれの糖鎖量に対応)の比率を取った値を図2に示す。図2中、サンプル(1)~(3)は、「健常者1」~「健常者3」で示され、サンプル(4)~(6)は、「1A-1」~「1A-3」で示され、サンプル(7)~(9)は、「2B-1」~「2B-3」で示される。
図2から、糖鎖(i)と(ii)の比率、糖鎖(iii)と(iv)の比率どちらにおいても、健常者・ステージIAとステージIIBとで切り分けが可能であることが示された。
したがって、膵がんのステージIIB以降は、vWFのN型糖鎖のプロファイルを調べることで見分けられる可能性が示された。
【0051】
以上の結果より、血清中vWFのN型糖鎖のパターンを比較することで疾患を検出または判定できうることが示された。
そして、図1において、ステージIIB検体について、腫瘍マーカーであるCA19-9の値を記載した。CA19-9の基準値である37.0U/mL以下のサンプル(7)、(9)においても糖鎖パターン変化が見られることから、従来の腫瘍マーカー及び診断薬では検出できなかった疾患を検出または判定できることが示された。
さらに、膵がんのステージIIBは転移が生じている段階であるため、がん全般においてvWFが転移マーカーとなりうる可能性が示唆された。
【0052】
[実施例2]膵がん患者と健常者血清中のvWFのO型糖鎖パターンの比較
[A]膵がん患者血清中vWFのO型糖鎖解析
(1)抗体結合磁性ビーズの作製
磁性ビーズ(invitrogen製。品番:14311D)付属のプロトコルに従い、抗vWF抗体(R&D systems製。品番:AF2764)結合磁性ビーズを作製した。
作製した抗vWF抗体結合磁性ビーズを、10mg/mLとなるようにPBSTに添加した。
【0053】
(2)血清からの目的vWFの回収
(2-1)
1.5mLチューブに(1)で調製した抗vWF抗体結合ビーズ溶液50μL(ビーズ0.5mg)を分注した。その後、チューブを磁石上において上清を除去した。
(2-2)
膵がん患者血清(ケー・エー・シーより購入)100μLにPBSTを加えて10倍希釈した溶液を調製した。この溶液を(2-1)で用意したチューブに全量添加した。
(2-3)
室温で1時間、チューブローテーターで攪拌した。
(2-4)
チューブを磁石上において上清を除去した。続けて、PBSTをチューブに添加した後軽くボルテックスし、チューブを磁石上において上清を除去した。この操作を計3回実施した。
(2-5)
チューブにPBSTを添加してビーズを懸濁させて、その溶液を新しい1.5mLチューブに移した。
【0054】
(3)糖鎖の遊離
(2)で作製した、vWFが結合したままの抗vWF抗体結合磁性ビーズが入った1.5mLチューブを磁石上において上清を除去した。
その後、O型糖鎖調製キット「EZGlyco(R) O-Glycan Prep Kit」(住友ベークライト製、品番:BS-41601)に付属する脱離オキシム化法用の試薬2と試薬3を5:2の比率で混合した糖鎖遊離溶液15μLを、上記1.5mLチューブに添加して混合した。その後、抗vWF抗体結合磁性ビーズごと混合溶液を37℃で75分加熱した。
【0055】
(4)糖鎖の回収
(3)の反応終了後、混合溶液にアセトニトリル(富士フイルム和光純薬製。製品コード:018-19853、純度99.9%)を添加し数回ピペッティングした。この混合溶液を精製剤(住友ベークライト製、品番:BS-41601に付属)0.65mgに添加し、懸濁した後、「EZGlyco(R) O-Glycan Prep Kit」に付属するスピンカラムに加え、卓上遠心機を用いて遠心(3000×g、1分間。以下、同じ条件を適用。)して溶液を除去した。続いて、アセトニトリル200μLを加え、遠心により溶液を除去した。再度、アセトニトリル200μLを加え、遠心により溶液を除去した。
【0056】
(5)糖鎖標識
(5-1)
「EZGlyco(R) O-Glycan Prep Kit」に付属する試薬6 8mgをメタノール45μLと酢酸10μLの混合溶液に溶かした後、超純水45μLを加えた溶液1を調製する。また、同キットに付属する試薬7 4mgをメタノール45μLと酢酸10μLの混合溶液に溶かした後、超純水45μLを加えた溶液2を調製する。溶液1に2μLの溶液2を加えて攪拌し、標識溶液とした。
(5-2)
(4)でカラムに残留した固体に(5-1)の標識溶液50μLを加えて、遠心により溶液をマイクロチューブに回収した。得られた溶液を50℃で2.5時間加熱した。
(5-3)
反応終了後の(5-2)のチューブにアセトニトリル1mLを加え、攪拌した。
(5-4)
(5-3)をクリーンアップカラム(住友ベークライト製、品番:BS-41601に付属)に全量添加後、遠心により溶液を除去した。その後、アセトニトリル600μLを加え、遠心により溶液を除去した。再度、アセトニトリル600μLを加え、遠心により溶液を除去した。
(5-5)
上記クリーンアップカラムに超純水50μLを加えて遠心し、標識糖鎖溶液をマイクロチューブに回収した。
【0057】
(6)標識糖鎖溶液の濃縮
(5-5)で得られた標識糖鎖溶液を凍結させた後、遠心乾燥機に1時間かけることで水分を乾燥させた。水分が完全になくなり糖鎖が残っているこのマイクロチューブに超純水5μLを加えて攪拌した。これにより10倍濃縮標識糖鎖溶液を得た。
【0058】
(7)HPLC分析
(6)で調製した溶液のうち1μLを用いて、表の条件でHPLC分析を実施した。
【表4】
【0059】
[B]健常者血清中vWFのO型糖鎖解析
上記[A]と同様の手順で健常者血清(ケー・エー・シーより購入)100μLを処理し、vWFのO型糖鎖解析を実施した。
【0060】
膵がん患者[A]及び健常者[B]において分析したサンプルは以下の通りである。
【表5】
【0061】
HPLCで分析して得られたチャートを図3に示す。図3中の糖鎖(i)と糖鎖(ii)の構造を以下に示す。
・糖鎖(i):
(Hex) (HexNAc) (NeuAc)

・糖鎖(ii):
(Hex) (HexNAc) (NeuAc)2

[式中、Hexは、ヘキソースであり、
HexNAcは、N-アセチルヘキソサミンであり、
NeuAcは、N-アセチルノイラミン酸である。]
【0062】
糖鎖(i)と糖鎖(ii)(糖鎖(i)にさらにN-アセチルノイラミン酸(シアル酸)が付加している糖鎖)のパターンが、健常者とステージIA・ステージIIBとで異なっていることが示された。
糖鎖(i)と(ii)のピーク面積値(それぞれの糖鎖量に対応)の比率((i)/(ii))を取った値を図4に示す。図4中、サンプル(1)は、「健常者」で示され、サンプル(2)~(4)は、「1A-1」~「1A-3」で示され、サンプル(5)~(6)は、「2B-2」~「2B-3」で示される。
図4から、糖鎖(i)と(ii)の比率を見ることで、健常者とステージIA・ステージIIBの切り分けが可能であることが示された。
したがって、vWFのO型糖鎖については、2種の糖鎖の比率を調べることで、膵がんを見分けられる可能性が示された。
【0063】
以上の結果より、血清中vWFのO型糖鎖のパターンを比較することで疾患を検出または判定できうることが示された。従来の腫瘍マーカーの一つであるCA19-9は、早期膵がん(ステージIA)で値が上昇しないため、膵がんの早期発見は困難である。本発明ではステージIAのサンプル(2)、(3)、(4)においても糖鎖パターン変化が見られることから、従来の腫瘍マーカー及び診断薬では検出できなかった疾患を検出または判定できることが示された。
図1
図2
図3
図4