(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024143767
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】アセチルコリン濃度測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/59 20060101AFI20241003BHJP
G01N 21/17 20060101ALI20241003BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
G01N21/59 Z
G01N21/17 D
G01N33/48 N
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023056633
(22)【出願日】2023-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】安藤 聡
(72)【発明者】
【氏名】松尾 哲
(72)【発明者】
【氏名】西澤 けいと
(72)【発明者】
【氏名】宮武 宏治
【テーマコード(参考)】
2G045
2G059
【Fターム(参考)】
2G045AA31
2G045AA40
2G045CB20
2G045DA80
2G045FA34
2G059AA01
2G059BB04
2G059CC13
2G059MM12
(57)【要約】
【課題】アセチルコリンの簡便な定量分析手法を提供することを目的とする。
【解決手段】(a)試料中の成分をキャピラリー電気泳動により分離する工程と、(b)前記分離した成分中のアセチルコリンの濃度を、光を照射した際の吸光度により測定する工程とを含む、試料中のアセチルコリン濃度の測定方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)試料中の成分をキャピラリー電気泳動により分離する工程と、
(b)前記分離した成分中のアセチルコリンの濃度を、光を照射した際の吸光度により測定する工程と、
を含む、試料中のアセチルコリン濃度の測定方法。
【請求項2】
前記試料は、トリエチルメチルアンモニウム(TEMA)、ブチリルコリン、テトラメチルアンモニウム及びN-エチルホモコリンから成る群より選択される内部標準を含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
キャピラリー電気泳動工程において、泳動溶液は、イミダゾール、ベンジルアミン、4-メチルベンジルアミン、ジメチルベンジルアミン、p-トルイジン、ピリジン、クレアチニン、エフェドリン、ベンゾエート、アニセート、銅塩及びクロム酸塩から成る群より選択される紫外線吸収剤を含む、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
試料は、ナス又はタケノコ由来の試料である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項5】
試料は、ナス又はタケノコ由来の試料である、請求項3記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アセチルコリン濃度測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アセチルコリン(以下、「ACh」と称する場合がある)は、経口摂取により血圧上昇を抑制するなど優れた機能性を有することが近年報告された(非特許文献1)。また、AChがナス果実中に特異的且つ高濃度で含まれることが発見されたため(非特許文献1及び2並びに特許文献1)、ナスは機能性食品として脚光を浴びつつある。
【0003】
一方、従来のACh定量分析では、試料抽出液中の成分を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)又はキャピラリー電気泳動(CE)で分離後、固定化酵素カラム等を介してAChを加水分解し、生成する過酸化水素を電気化学検出器(ECD)で検出する(非特許文献3及び4)か、あるいは、分離後に質量分析計(MS)を用いて検出する(非特許文献5及び6)のが主流であった。ガスクロマトグラフィー(GC)を用いる場合(非特許文献7)は、熱分解装置等を用いた試料処理が必要となる。
【0004】
AChは、光学的・電気的に不活性なため一般的な手法では検出が困難であり、HPLC及びCEの場合は、ECD、MSといった特殊な検出器が必要である。また、HPLCにおいては高額な分離カラムや酵素カラム、MS等の性能維持のため、煩雑且つ高コストな試料精製操作等が必要なだけでなく、劇物である有機溶媒を移動相として大量に使用する。MSはイオン化用窒素ガス発生装置や真空ポンプ等の周辺機器を常時稼働しておく必要がある。GCの場合は、熱分解用の特殊な注入装置に加え、近年入手が困難となっている高純度ヘリウムが必要となる等、いずれの手法とも分析装置の導入コスト、運用コスト共に極めて高い。
【0005】
従って、AChの簡便な定量分析手法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Nishimura, M., M. Suzuki, R. Takahashi, S. Yamaguchi, K. Tsubaki, T. Fujita, J. Nishihira, and K. Nakamura. 2019. Daily ingestion of eggplant powder improves blood pressure and psychological state in stressed individuals: A randomized placebo-controlled study. Nutrients. 11:2797.
【非特許文献2】Wang, W., S. Yamaguchi, A. Suzuki, N. Wagu, M. Koyama, A. Takahashi, R. Takada, K. Miyatake, and K. Nakamura. 2021. Investigation of the distribution and content of acetylcholine, a novel functional compound in eggplant. Foods. 10:81.
【非特許文献3】Murai, S., H. Miyate, H. Saito, H. Nagahama, Y. Masuda, and T. Itoh. 1989. Simple determination of acetylcholine and choline within 4 min by HPLC-ECD and immobilized enzyme column in mice brain areas. Journal of Pharmacological Methods. 21:255-262.
【非特許文献4】Wise, D.D., T.V. Barkhimer, P.-A. Brault, J.R. Kirchhoff, W.S. Messer Jr, and R.A. Hudson. 2002. Internal standard method for the measurement of choline and acetylcholine by capillary electrophoresis with electrochemical detection. Journal of Chromatography B. 775:49-56.
【非特許文献5】Lapainis, T., S.S. Rubakhin, and J.V. Sweedler. 2009. Capillary electrophoresis with electrospray ionization mass spectrometric detection for single-cell metabolomics. Analytical chemistry. 81:5858-5864.
【非特許文献6】Wang, W., S. Yamaguchi, M. Koyama, S. Tian, A. Ino, K. Miyatake, and K. Nakamura. 2020. LC-MS/MS analysis of choline compounds in Japanese-cultivated vegetables and fruits. Foods. 9:1029.
【非特許文献7】Szilagyi, P., D.E. Schmidt, and J.P. Green. 1968. Microanalytical determination of acetylcholine, other choline esters, and choline by pyrolysis-gas chromatography. Analytical Chemistry. 40:2009-2013.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述の実情に鑑み、アセチルコリン(ACh)の簡便な定量分析手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、キャピラリー電気泳動(CE)と間接吸光度法との組合せを利用し、試料中のアセチルコリン(ACh)を簡便に定量分析することができること、また特定の内部標準を試料に添加することで、その再現性を高めることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、以下を包含する。
[1](a)試料中の成分をキャピラリー電気泳動により分離する工程と、(b)前記分離した成分中のアセチルコリンの濃度を、光を照射した際の吸光度により測定する工程とを含む、試料中のアセチルコリン濃度の測定方法。
[2]前記試料は、トリエチルメチルアンモニウム(TEMA)、ブチリルコリン、テトラメチルアンモニウム及びN-エチルホモコリンから成る群より選択される内部標準を含む、[1]記載の方法。
[3]キャピラリー電気泳動工程において、泳動溶液は、イミダゾール、ベンジルアミン、4-メチルベンジルアミン、ジメチルベンジルアミン、p-トルイジン、ピリジン、クレアチニン、エフェドリン、ベンゾエート、アニセート、銅塩及びクロム酸塩から成る群より選択される紫外線吸収剤を含む、[1]又は[2]記載の方法。
[4]試料は、ナス又はタケノコ由来の試料である、[1]~[3]のいずれか1記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ナス果実等のアセチルコリン(ACh)含有試料において、AChを簡便に定量分析することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例における、標品及びナス破砕液のエレクトロフェログラムを示す。
図1A:標品、
図1B:ナス破砕液、
図1C:アセチルコリンエステラーゼ処理したナス破砕液。K:カリウムイオン、Ca:カルシウムイオン、Na:ナトリウムイオン、Mg:マグネシウムイオン、Cho:コリン、TEMA:トリエチルメチルアンモニウム、ACh:アセチルコリン、Tris:トリスヒドロキシメチルアミノメタン(緩衝剤として酵素液に含まれるため、同量を他検体にも添加した)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係る試料中のアセチルコリン(ACh)濃度の測定方法(以下、「本発明に係る方法」と称する)は、(a)試料中の成分をキャピラリー電気泳動により分離する工程(キャピラリー電気泳動(CE))と、(b)キャピラリー電気泳動(CE)で分離した成分中のアセチルコリンの濃度を、光を照射した際の吸光度により測定する工程(間接吸光度法)とを含む。
【0014】
特に、本発明に係る方法では、試料に特定の内部標準を添加し、内部標準との比較から試料中のアセチルコリン濃度を定量することができる。本発明において、内部標準としては、例えばトリエチルメチルアンモニウム(TEMA)、ブチリルコリン、テトラメチルアンモニウム及びN-エチルホモコリンが挙げられ、トリエチルメチルアンモニウム(TEMA)が好ましい。
【0015】
あるいは、本発明に係る方法では、外部標準法によって試料中のアセチルコリン濃度を定量しても良い。
【0016】
一方、試料としては、例えば高濃度のAChを含有するナス(Solanum melongena)の果実、タケノコ由来の試料が挙げられる。例えば、ナスの果実又はタケノコの破砕液や抽出液(例えば、熱水抽出液)、ナスの果実又はタケノコの加工品(食品)の破砕液や抽出液等を、ナス又はタケノコ由来の試料として使用することができる。
【0017】
以下、本発明に係る方法における各工程を説明する。
【0018】
(a)試料中の成分をキャピラリー電気泳動により分離する工程(キャピラリー電気泳動(CE))
本工程では、例えば市販のキャピラリー電気泳動装置を用いて、試料を、泳動溶液を含むキャピラリーチューブに注入し、電気泳動に供することで、試料中の成分を分離する。
【0019】
泳動溶液の組成としては、例えば0.1~30 mM(好ましくは2~15 mM)の紫外線吸収剤、0~40 mM(好ましくは4~8 mM)のα-ヒドロキシイソ酪酸(HIBA)、及び0~40 mM(好ましくは0.5~6 mM)の18-クラウン-6-エーテルが挙げられる。紫外線吸収剤としては、例えばイミダゾール、ベンジルアミン、4-メチルベンジルアミン、ジメチルベンジルアミン、p-トルイジン、ピリジン、クレアチニン、エフェドリン等の芳香族アミンや複素環式化合物(heterocyclic compound)、ベンゾエート、アニセート等のanionic chromophore、硫酸銅等の銅塩及びクロム酸塩が挙げられ、イミダゾールが好ましい。
【0020】
また、泳動溶液は、pH調整(好ましくはpH3.5~4.5、より好ましくはpH3.9~4.0)のためにpH調整剤を含んでもよい。pH調整剤としては、例えば酢酸、酒石酸、マロン酸、乳酸、グリコール酸、リンゴ酸、コハク酸、クエン酸、シュウ酸、ギ酸等のカルボン酸が挙げられる。
【0021】
例えば、電圧10~30 kV(好ましくは25~30 kV)で5~40分間(好ましくは10~15分間)印加することで、電気泳動を行う。
【0022】
(b)キャピラリー電気泳動(CE)で分離した成分中のアセチルコリンの濃度を、光を照射した際の吸光度により測定する工程(間接吸光度法)
本工程では、イミダゾール等の紫外線吸収剤を添加した泳動溶液を用いてキャピラリー電気泳動(CE)で分離した成分について、検出器(例えば、市販のフォトダイオードアレイ検出器)を用い、当該検出器に搭載された光源から光を照射し、その際に得られた吸光度を指標に、紫外吸収を示さないアセチルコリンの濃度を間接吸光度法で測定する。例えば、イミダゾール添加泳動溶液の場合は、検出波長210~220 nm(好ましくは214~215 nm)においてマイナス側に検出されるピークを見かけ上逆転させ、そのピーク面積が当該成分の濃度と比例関係にあることを利用して定量をおこなう。
【0023】
内部標準法の場合には、検出した試料中のアセチルコリンのピーク面積と、試料に添加した所定の濃度の内部標準のピーク面積との比が、その濃度比に比例することから、試料中のアセチルコリンの濃度を算出することができる。
【0024】
一方、内部標準法と比較して再現性の点でやや劣るものの、外部標準法の場合には、検出した試料中のアセチルコリンのピーク面積と、既知濃度のアセチルコリン標品のピーク面積との比較によって試料中のアセチルコリンの濃度を算出することができる。
【実施例0025】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0026】
〔実験方法〕
1.抽出方法(凍結乾燥粉末の熱水抽出)
凍結乾燥したナス試料をミキサー等で粉砕し、得られた粉末を50倍量の蒸留水あるいは抽出バッファー(1 mM酢酸アンモニウム、pH5.0, 20 ppm TEMA-Cl)に懸濁して密栓し、98℃に加熱した。これに超音波処理を行い、遠心上清を回収した。沈殿を再度蒸留水あるいは抽出バッファーに懸濁して、超音波処理をおこない、遠心上清を回収した。更にもう一度、沈殿を蒸留水あるいは抽出バッファーに懸濁して、超音波処理を行い、遠心上清を回収した。3回分の遠心上清を混合して、孔径0.45 μmのフィルターで液過して不溶残渣を除き、分析時まで-20℃以下で冷凍保存した。
【0027】
2.ナス抽出液のAChエステラーゼ処理
上記1のナス凍結乾燥粉末の熱水抽出液に、含有されているACh 1 μmol当たり、1ユニットのAChエステラーゼElectrophorus electricus由来(Sigma-Aldrich)を加え、37℃で1時間インキュベートした。これを沸騰水で5分間湯煎し、添加した酵素を失活させた。
【0028】
3.キャピラリー電気泳動(CE)
ポリイミド樹脂コーティングされた未修飾の溶融シリカ管(内径 75 μm、ジーエルサイエンス)を80 cmに切断し、キャピラリーとして用いた。フォトダイオードアレイ検出器を装備したCEシステム(Agilent 7100,アジレント製)を用い、既報(楊井理恵 et al., 2003)参考にして、間接吸光法により主要な陽イオンを検出した。ただし、対象成分の含有量に応じ、最終希釈倍率を1~1000倍とした分析用試料を50 mbarで5秒間加圧注入した。泳動液組成は、10mM imidazole、5mM 2-ヒドロキシイソ酪酸(HIBA)、2mM 18-crown-6-ether、0.2% (v/v) 酢酸とし、25 kVを10~12分間印加した。毎泳動前に電気泳動液を5分間流してキャピラリー管内を洗浄、平衡化した。キャピラリー管は25℃に冷却した。
【0029】
検出においては、参照波長を215 nm、検出波長を吸収のない310 nmに設定することにより、215 nmにおいてマイナス側に検出されるピークを見かけ上逆転させる間接吸光度法とした。内部標準としてトリエチルメチルアンモニウム(TEMA)(東京化成)を試料に添加し、ACh(東京化成)及びコリン(東京化成)、主要な陽イオン成分(アンモニウムイオン(NH4)、カリウムイオン(K)、カルシウムイオン(Ca)、ナトリウムイオン(Na)及びマグネシウムイオン(Mg)の混合標準液(Agilent))をスタンダードとして用い、分析対象成分として、内部標準法により定量した。
【0030】
〔結果及び考察〕
1.CE間接吸光法によるAChの検出
AChは、生体中に存在するAChエステラーゼによってコリンへと分解される。本実施例では、ナスに高濃度で含有されるAChとその分解物であるコリンを、従来法よりも簡便な方法で定量分析するため、CEによる間接吸光法の適用を試みた。
【0031】
生体に含まれる主要なカチオンであるカリウムイオン(K)、カルシウムイオン(Ca)、ナトリウムイオン(Na)及びマグネシウムイオン(Mg)と共に、ACh、コリン、及び内部標準物質としてのTEMAを同時に泳動した時のエレクトロフェログラムを
図1Aに示す。
【0032】
その結果、本法により全成分が10分間以内に完全に分離され、同時検出が可能であることが判明した。TEMAはコリンとAChの中間点で検出されるのに加え、ナス等の植物体由来成分のピークと重複しなかった(データ省略)ことから、良好な内部標準候補として以降の実験に用いた。
【0033】
一般的に、CE法は、試料注入量が極微量(数十nL程度)であるために、試料注入量の再現性がHPLCと比べて劣る傾向がある。このため、注入量の再現性を担保するための内部標準は極めて重要である。TEMAは、従来の報告で用いられているブチリルコリン等のコリンエステルとは異なり、エステラーゼの基質とならないことから、生体抽出液中で極めて安定性が高い可能性がある。実際に、酵素失活処理をしていない非加熱のナス試料中では、AChが漸減し、コリンが増加するが、添加したTEMAについては、カリウムイオンと同様に経時的な含量変動が観察されなかった(データ省略)。
【0034】
一方、目的によっては、AChと同様にエステラーゼの基質となるブチリルコリン等のコリンエステルや、従来法のACh分析で用いられてきたTetramethylammonium (Carter and Trenerry, 1996)、N-ethylhomocholine(=N,N-dimethyl-N-ethyl-3-amino-l-propanol、自家合成した報告が多い)(Fossati et al., 1994)等も本発明における内部標準物質として機能する可能性がある。triethylmethylammonium(TEMA)は、コリン、ACh分析の内標として使われた報告はない。
【0035】
2.検量線
AChの内部標準TEMAとのピーク面積比(y)及び濃度比(x)の最小二乗法による回帰直線は、y=1.114x- 0.0037、R2値=0.9999であって、ACh濃度1-500 ppmの範囲で良好な直線性を示したことから、この濃度範囲において、本法はAChの有効な定量方法となり得る。TEMA内標とのピーク面積比の併行精度(RSD)は、ACh: 1.0%、コリン:1.4%(いずれもn=5)であり、原報における主要カチオンの併行精度と同等以上で、極めて良好と言える。
【0036】
3.検出限界及び定量下限
低濃度域(0.1-5.0 ppm ACh)での繰り返し分析を行い、定量下限に近いと考えられる0.5 ppmの分析値の標準偏差(n=5)から検出限界及び定量下限(kσ/a、σ=標準偏差、a=検量線傾き)を算出したところ、k値をそれぞれ5.84及び20とすると、検出限界(5.84σ/a)は0.302 ppm、定量下限(20σ/a)は1.033 ppmとなった。0.5 ppmにおけるピーク面積値の相対標準偏差RSDは9.8%であった。次に、ピーク半値幅の20倍(約0.5 min)以上の範囲をAChピークの両側に設定して、それぞれのノイズを算出し、その平均値を対象ピークのベースラインノイズとしたところ、ベースラインノイズより算出した検出限界(ノイズ*k*RF、RF=レスポンスファクター)は、k=2(S/N比が2)のとき、0.228 ppmと算出された。
【0037】
従来法のHPLC/ECD法でpM、LC/MS/MS法ではnMオーダーの検出事例が報告されている(Horiuchi et al., 2003; Wang et al., 2020)が、これは、本発明に係る方法(μMオーダー)の各々10-5及び10-2倍程度に相当するものと考えられる。一般的な生体試料の1000倍以上ものAChが含有されるナス試料の分析においては、μMオーダーの検出感度で必要十分であると考えられる。
【0038】
本発明では、泳動液中のUV吸収剤として、一般的に推奨される濃度(3-5 mM)より高濃度(10 mM)のイミダゾールを使用しているため、500 ppmという高濃度域まで直線性が高い検量線が得られたものと考えられる。Beck and Engelhardt (1992)によると、2 mM以上7 mM以下(望ましくは3-5 mM)のイミダゾール濃度を適用することでノイズが低減するため、ACh分析に関してもより低い検出限界及び定量下限値が得られると考えられる。
【0039】
本発明に係る方法では、紫外部に強い吸収を持つ間接吸収剤としてイミダゾールを泳動液に用いたが、分析条件において試料と同じ(正あるいは負の)電荷を有し、紫外部に強い吸収を持つ成分であれば、イミダゾールでなくても間接吸収剤として利用可能である。例えば、benzylamine, 4-methylbenzylamine (UV-Cat 1), dimethylbenzylamine, p-toluidine, pyridine, creatinine, ephedrine等の芳香族アミンや複素環式化合物(heterocyclic compound)、あるいはbenzoateやanisateといったanionic chromophore、硫酸銅等の銅塩(Cu(II) salts)やクロム酸塩等が間接吸収剤として利用されている(Pacakova et al., 1999)。従って、これら全ての成分が、AChの間接吸光分析に適用可能と考えられる。また、間接吸光法における検出限界の算出式(Yeung and Kuhr, 1991)より、これらのUV吸収剤に関しても、泳動液中の濃度を低くすることで、ACh検出の高感度化を図ることが可能であると考えられる。
【0040】
CE間接吸光度法による無機カチオンやコリンの分析に関しては多くの報告(Lambert et al., 1998; 栗田工場株式会社, 特開平11-132998号公報; 楊井理恵 et al., 2003)があるものの、生体試料中のAChの分析に関してはCE間接吸光度法による報告例はなく、本発明が初めての報告といえる。ACh標品のみを用いたCE間接吸光検出に関する記述が文献(Matysik et al., 2002)中に見られるが、この報告は、非水系CE間接電気化学検出(indirect ECD)の手法開発を目的とした報告であって、indirect ECD用の泳動液の一つが弱いUV吸収を持つことから、間接吸光検出にも利用可能であることに言及したに過ぎない。この報告では、安価な市販試薬のみを利用する本発明に係る方法とは異なり、泳動液に自家合成した化合物を使用する必要がある。また、内部標準法を用いていないことに加え、再現性等のバリデーション情報が記載されていない。さらに、ノイズ法で算出された当該文献の検出限界値(16.1 ppm)は、同等な方法で算出した本発明に係る方法の検出限界値(0.228 ppm)と比べて70倍以上も大きく、ナス果実中のACh定量分析を含め、実際の生体試料の分析には適用不可能である。
【0041】
4.ナス果実試料のACh分析
ナス凍結乾燥試料の熱水抽出液のエレクトロフェログラムを
図1Bに示す。同じ抽出液をAChエステラーゼ処理したところ、
図1Cに示したように、AChピークは消失し、その分解物であるコリンのピーク面積が増大していた。この結果から、ナス果実中のAChは、本発明に係る方法により完全に分離され、夾雑物との重複のない単一のピークを形成することが明らかとなった。
【0042】
表1に、本発明に係る方法による、ナスの代表的な品種「千両2号」の果実の分析結果を示す。その他にも多様な品種・系統のナス試料を分析した(データ省略)ところ、既報(Wang et al., 2020; Wang et al., 2021)及びHPLC-ECDによる(Horiuchi et al., 2003)と同様なACh含量が観察された。
【0043】
【0044】
5.実試料を用いた分析法のバリデーション
ナス凍結乾燥試料の熱水抽出液を用いたAChの添加回収試験(各n=5)を1、5、25 ppmの3つの濃度において行ったところ、平均回収率とそのRSDは表2に示したように極めて良好であった。
【0045】
【0046】
次に、ナス凍結乾燥試料の熱水抽出液をAChエステラーゼ処理してAChを完全に除去した抽出液にACh標品を添加し、その分析値から検出限界及び定量下限を算出した。すなわち、標品濃度が0.5、1.0、2.0、3.0、4.0 ppmとなるように添加し、各濃度の抽出液を分析(n=5)に供した。その結果、AChのピーク面積値(y)及び添加濃度(x)の最小二乗法による回帰直線は、y=0.8044x-0.0734、R2値=0.9981であった。0.5 ppmの添加濃度におけるピーク面積値の標準偏差σを用いて、検出限界(5.84σ/a、a=検量線傾き)及び定量下限(20σ/a)を算出したところ、それぞれ、0.742 ppm及び2.542 ppmとなった。0.5 ppmにおけるピーク面積値の相対標準偏差RSDは22.3%であった。
【0047】
本発明に係る方法(本法)のバリデーション結果を、LC/MS/MSを用いた従来法(Wang et al., 2020)と比較するため、表3にまとめた。
【0048】
【0049】
標準液の分析においては、従来法と比べて本発明に係る方法は、50倍程度の定量下限値を示した(すなわち、従来法より50倍の濃度がないと定量できない)。しかし、実際の試料抽出液の分析においては、本発明に係る方法が従来法の0.75倍と優れた定量下限値を示した。また、試料抽出液への添加回収試験の結果、本発明に係る方法は従来法より極めて優れた真度を示すことが明らかとなった。従来法はLC/MS/MSを用いているため、標品の分析に関しては優れた限界値を示すが、LCカラム及び質量分析計の特性上、試料中の夾雑物を除去する精製操作が必要となる。この工程が、従来法によるナス試料分析における低い真度及び高い限界値の一因となっているものと考えられる。一方、本発明に係るCE間接吸光法による実試料の分析では、標品の分析と同様に、夾雑物を除去する精製操作は必要なく、抽出液を直接分析器に注入することができる。このため、ナス抽出液/標準液の限界値の比が約2.5倍と、従来法におけるそれの約174倍と比べて、極めて差が小さいのであろう。
【0050】
以上の結果から、本発明に係るCE間接吸光度法によるACh定量法は、従来法と比べ、導入コスト・運用コスト共に極めて低く、試料調製も極めて簡便であるのみならず、ナス試料の分析においては、LC/MS/MS法(Wang et al., 2020)よりも高感度且つ高真度であると言える。
【0051】
参考文献
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