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特開2024-144864スズ含有リチウム酸硫化物及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024144864
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】スズ含有リチウム酸硫化物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 17/98 20060101AFI20241004BHJP
   H01M 10/0562 20100101ALI20241004BHJP
   H01M 10/052 20100101ALI20241004BHJP
   H01M 4/62 20060101ALI20241004BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20241004BHJP
   H01B 1/10 20060101ALI20241004BHJP
   H01B 1/08 20060101ALI20241004BHJP
【FI】
C01B17/98
H01M10/0562
H01M10/052
H01M4/62 Z
H01B1/06 A
H01B1/10
H01B1/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023057014
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】乙山 美紗恵
(72)【発明者】
【氏名】石田 直哉
(72)【発明者】
【氏名】倉谷 健太郎
【テーマコード(参考)】
5G301
5H029
5H050
【Fターム(参考)】
5G301CA02
5G301CA05
5G301CA16
5G301CD01
5H029AJ14
5H029AK01
5H029AK02
5H029AK03
5H029AK05
5H029AL02
5H029AL03
5H029AL06
5H029AL07
5H029AL08
5H029AL11
5H029AL12
5H029AM12
5H029CJ02
5H029CJ08
5H029CJ28
5H029DJ09
5H029EJ07
5H029HJ00
5H029HJ02
5H029HJ13
5H050AA19
5H050BA16
5H050BA17
5H050CA01
5H050CA02
5H050CA08
5H050CA09
5H050CA11
5H050CB02
5H050CB03
5H050CB07
5H050CB08
5H050CB09
5H050CB11
5H050CB12
5H050DA10
5H050EA15
5H050GA02
5H050GA10
5H050GA27
5H050HA00
5H050HA02
5H050HA13
(57)【要約】
【課題】大気中においても合成することができ、且つ、イオン伝導度及び耐湿性に優れた固体電解質を提供する。
【解決手段】一般式(1):
LiSnO (1)
[式中、x、y及びzは、2.0≦x≦10.0;1.0<y≦5.0;0<z≦3.0を満たす。]
で表される組成を有する、スズ含有リチウム酸硫化物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1):
LiSnO (1)
[式中、x、y及びzは、2.0≦x≦10.0;1.0<y≦5.0;0<z≦3.0を満たす。]
で表される組成を有する、スズ含有リチウム酸硫化物。
【請求項2】
結晶を有する、請求項1に記載のスズ含有リチウム酸硫化物。
【請求項3】
岩塩型LiSnO型結晶相と、硫化リチウム(LiS)結晶相及び/又は直方晶LiSnS結晶相とを有する、請求項2に記載のスズ含有リチウム酸硫化物。
【請求項4】
CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~70°の範囲内において、±0.4°の許容範囲で、42.0°の位置に最強ピークを有する、請求項2に記載のスズ含有リチウム酸硫化物。
【請求項5】
CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~70°の範囲内において、±0.4°の許容範囲で、さらに、27.0°、36.0°及び61.0°の少なくとも1箇所の位置にピークを有する、請求項4に記載のスズ含有リチウム酸硫化物。
【請求項6】
CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~70°の範囲内において、±0.4°の許容範囲で、さらに、36.0°の位置にピークを有し、且つ、42.0°のピーク強度の、36.0°のピーク強度に対する比(42.0°のピーク強度/36.0°のピーク強度)が、1.0~2.0である、請求項5に記載のスズ含有リチウム酸硫化物。
【請求項7】
ラマンスペクトルにおいて、少なくとも、±8cm-1の許容範囲で、波数360cm-1の位置にピークを有する、請求項1に記載のスズ含有リチウム酸硫化物。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載のスズ含有リチウム酸硫化物の製造方法であって、
原料として、酸化リチウム及び硫化スズを含む原料を用い、メカニカルミリング処理に供する工程
を備える、製造方法。
【請求項9】
前記酸化リチウムの使用量が、前記硫化スズ1モルに対して、1.5~5.0モルである、請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記メカニカルミリング処理が、不活性ガス雰囲気、大気圧下、又はドライルーム中にて行われる、請求項8に記載の製造方法。
【請求項11】
前記メカニカルミリング処理に供した後、熱処理又は加圧処理を施す、請求項8に記載の製造方法。
【請求項12】
請求項1~7のいずれか1項に記載のスズ含有リチウム酸硫化物を含有する、リチウムイオン二次電池用固体電解質。
【請求項13】
請求項12に記載のリチウムイオン二次電池用固体電解質を用いたリチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スズ含有リチウム酸硫化物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、高エネルギー密度電池として注目され、携帯機器(小型民生用途)のみならず、車載用、社会インフラ等の定置用途にも用途が拡大している。これら大型リチウムイオン二次電池への要求の一つとして、安全性の向上が挙げられる。通常のリチウムイオン二次電池(以後液系と略記)には有機電解液が使用され、粘度低下剤として消防法危険物第4類の第二石油類に該当する可燃性の低沸点溶媒(炭酸ジメチル、炭酸ジエチル、炭酸エチルメチル等)が大量に含まれるため、電池の発火、発煙の懸念がある。安全性の向上のための企業努力は行われているものの、構成部材の変更、つまり電解液をより可燃性の低い固体電解質に変更し、材料構成上、飛躍的な安全性向上及びエネルギー密度向上が図れれば、安全性配慮のためのコスト低減がはかれ、産業上きわめて有用である。
【0003】
固体電解質には高分子系と無機系があるが、高分子系は現状室温以下でのイオン伝導度が低く、60℃以上でないと液系に近い十分な電池作動が見込めない。
【0004】
一方、無機系には酸化物系と硫化物系があるが、酸化物系はイオン伝導度が高いものの、成形性が低く脆いためプレスのみによる電池構築が困難という問題がある。それに対して、硫化物固体電解質は、現行の有機電解液よりもイオン伝導度が高いものも存在するため、電解液を代替する固体電解質として有望視されている。
【0005】
しかしながら、硫化物固体電解質は、イオン伝導度が高く、成形性に優れているものの、大気に暴露すると大気中の水分と反応して硫化水素が発生する。これに対して、電解質構成元素としてSnを使用すると、大気中の水分と反応しづらくなる(例えば、非特許文献1参照)。例えば、非特許文献2には、LiSとSn及びSを石英アンプル内で熱処理して、直方晶LiSnSを合成することが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Energy Environ.Sci.,7(2014)1053.
【非特許文献2】Chem.Mater.,24(2012)2211-2219.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献2のようなLiSnSは、大気中では合成することが困難であるため、不活性ガス雰囲気下で合成する必要があるうえに、硫化水素発生量を十分には抑制できず耐湿性にも難がある。
【0008】
本発明は、上記した従来技術の現状に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、大気中においても合成することができ、且つ、イオン伝導度及び耐湿性に優れた固体電解質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記した目的を達成すべく鋭意研究を重ねてきた。その結果、特定のスズ含有リチウム酸硫化物が、大気中においても合成することができるうえに、イオン伝導度及び耐湿性に優れた固体電解質であることを見出した。本発明は、このような知見に基づき、さらに研究を重ね、完成されたものである。即ち、本発明は、以下の構成を包含する。
【0010】
項1.一般式(1):
LiSnO (1)
[式中、x、y及びzは、2.0≦x≦10.0;1.0<y≦5.0;0<z≦3.0を満たす。]
で表される組成を有する、スズ含有リチウム酸硫化物。
【0011】
項2.結晶を有する、項1に記載のスズ含有リチウム酸硫化物。
【0012】
項3.岩塩型LiSnO型結晶相と、硫化リチウム(LiS)結晶相及び/又は直方晶LiSnS結晶相とを有する、項1又は2に記載のスズ含有リチウム酸硫化物。
【0013】
項4.CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~70°の範囲内において、±0.4°の許容範囲で、42.0°の位置に最強ピークを有する、項1~3のいずれか1項に記載のスズ含有リチウム酸硫化物。
【0014】
項5.CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~70°の範囲内において、±0.4°の許容範囲で、さらに、27.0°、36.0°及び61.0°の少なくとも1箇所の位置にピークを有する、項4に記載のスズ含有リチウム酸硫化物。
【0015】
項6.CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~70°の範囲内において、±0.4°の許容範囲で、さらに、36.0°の位置にピークを有し、且つ、42.0°のピーク強度の、36.0°のピーク強度に対する比(42.0°のピーク強度/36.0°のピーク強度)が、1.0~2.0である、項4又は5に記載のスズ含有リチウム酸硫化物。
【0016】
項7.ラマンスペクトルにおいて、少なくとも、±8cm-1の許容範囲で、波数360cm-1の位置にピークを有する、項1~6のいずれか1項に記載のスズ含有リチウム酸硫化物。
【0017】
項8.項1~7のいずれか1項に記載のスズ含有リチウム酸硫化物の製造方法であって、
原料として、酸化リチウム及び硫化スズを含む原料を用い、メカニカルミリング処理に供する工程
を備える、製造方法。
【0018】
項9.前記酸化リチウムの使用量が、前記硫化スズ1モルに対して、1.5~5.0モルである、項8に記載の製造方法。
【0019】
項10.前記メカニカルミリング処理が、不活性ガス雰囲気、大気圧下、又はドライルーム中にて行われる、項8又は9に記載の製造方法。
【0020】
項11.前記メカニカルミリング処理に供した後、熱処理又は加圧処理を施す、項8~10のいずれか1項に記載の製造方法。
【0021】
項12.項1~7のいずれか1項に記載のスズ含有リチウム酸硫化物を含有する、リチウムイオン二次電池用固体電解質。
【0022】
項13.項12に記載のリチウムイオン二次電池用固体電解質を用いたリチウムイオン二次電池。
【発明の効果】
【0023】
本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、大気中においても合成することができ、且つ、イオン伝導度及び耐湿性に優れた固体電解質である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】実施例1~3及び比較例1で得られた粉末のX線回折図を示す。
図2】実施例3及び比較例1で得られた粉末のラマンスペクトルを示す。
図3】実施例3~5及び比較例2~3で得られた粉末のX線回折図を示す。
図4】実施例4及び5並びに比較例2で得られた粉末を用いた、試験例6の硫化水素ガス発生量の測定結果を示すグラフである。参考のため、SnSの結果も示す。
図5】実施例3で得られた粉末の示差走査熱量測定の結果を示すグラフである。
図6】実施例3及び6~8で得られた粉末のX線回折図を示す。
図7】実施例8~10で得られた粉末のX線回折図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本明細書において、「含有」は、「含む(comprise)」、「実質的にのみからなる(consist essentially of)」、及び「のみからなる(consist of)」のいずれも包含する概念である。
【0026】
また、本明細書において、数値範囲を「A~B」で示す場合、A以上B以下を意味する。
【0027】
1.スズ含有リチウム酸硫化物
本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、
一般式(1):
LiSnO (1)
[式中、x、y及びzは、2.0≦x≦10.0;1.0<y≦5.0;0<z≦3.0を満たす。]
で表される組成を有する。
【0028】
本発明のスズ含有リチウム酸硫化物としては、特に制限されるわけではないが、大気中でも合成しやすく、イオン伝導度及び耐湿性を向上させやすい観点から、結晶を有することが好ましい。
【0029】
本発明のスズ含有リチウム酸硫化物が結晶を含有する場合、スズ含有リチウム酸硫化物の結晶性については、X線回折図によって評価する。本発明において、X線回折図は、粉末X線回折測定法によって求められるものであり、以下の測定条件:
X線源:CuKα 40kV-40mA
測定条件:2θ=10°~70°、0.1°ステップ、走査速度5秒/ステップ
で測定する。
【0030】
本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、結晶を含有する場合は、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~70°の範囲内において、±0.4°(特に±0.3°)の許容範囲で、42.0°の位置に最強ピークを有することが好ましい。つまり、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~70°の範囲内において、41.6°~42.4°(特に41.7°~42.3°)の範囲に、最強ピークを有することが好ましい。本発明において、最強ピークとは、CuKα線によるX線回折図において検出されるピークのうち、回折強度が最も大きいピークを意味する。なお、酸素を含まないリチウムスズ硫化物の場合は、25.5°の位置に最強ピークを有することが多く、42.0°の位置には最強ピークを有さない。この点においても、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、酸素を含まないリチウムスズ硫化物とは異なることを示唆している。
【0031】
本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、結晶を含有する場合は、結晶性によっては、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~70°の範囲内において、±0.4°(特に±0.3°)の許容範囲で、さらに、27.0°、36.0°及び61.0°の少なくとも1箇所(好ましくは全ての箇所)にピークを有することができる。つまり、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~70°の範囲内において、26.6°~27.4°(特に26.7~27.3°)、35.6~36.4°(特に35.7~36.3°)、及び60.6°~61.4°(特に60.7~61.3°)の範囲の少なくとも1箇所(好ましくは全ての箇所)にも、それぞれピークを有することができる。なお、酸素を含まないリチウムスズ硫化物の場合は、27.0°、36.0°及び61.0°の位置にはピークを有さないことが多く、この点においても、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、酸素を含まないリチウムスズ硫化物とは異なることを示唆している。
【0032】
本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、結晶を含有する場合は、CuKα線によるX線回折図における回折角2θ=10°~70°の範囲内において、上記42.0°のピーク強度の、上記36.0°のピーク強度に対する比(上記42.0°のピーク強度/上記36.0°のピーク強度)が、1.0~2.0が好ましく、1.1~1.8がより好ましい。
【0033】
本発明のスズ含有リチウム酸硫化物が有する結晶構造は、結晶を含有する場合は、岩塩型LiSnO型結晶相と、硫化リチウム(LiS)結晶相及び/又は直方晶LiSnS結晶相とを有することができる。なお、岩塩型LiSnO型結晶相は、岩塩型LiSnOのみに限定されるものではなく、硫黄(S)も含みつつ岩塩型LiSnOと同様の結晶構造を有することも含まれ得る。なお、従来の電解質では、硫化リチウムが含まれていると、硫化水素が発生しやすく耐湿性が低減しやすいにも関わらず、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は硫化リチウム(LiS)結晶相が含まれていても、酸化物等の他材でコーティングされているためか、硫化水素が発生しにくく耐湿性を向上させることができ、予想外の結果である。
【0034】
なお、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物が、岩塩型LiSnO型結晶相と、硫化リチウム(LiS)結晶相及び/又は直方晶LiSnS結晶相とを有する場合、結晶相の総量を100モル%として、岩塩型LiSnO型結晶相の含有量は50~83モル%(特に55~80モル%)が好ましく、硫化リチウム(LiS)結晶相及び/又は直方晶LiSnS結晶相の含有量は0~50モル%(特に0~33モル%)が好ましい。
【0035】
ただし、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、結晶のみからなる必要はなく、結晶と非晶質材料との混合物であってもよい。本発明のスズ含有リチウム酸硫化物が非晶質材料を含む場合、含まれ得る非晶質材料は、例えば、SnS、SnS、LiSnS、LiSnS、S、LiS、LiSnOS、LiSnO、LiO等とすることができる。
【0036】
なお、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物が、結晶と非晶質材料との混合物である場合、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物の総量を100モル%として、結晶相の含有量は40~60モル%(特に45~55モル%)が好ましく、非晶質材料の含有量は40~60モル%(特に45~55モル%)が好ましい。
【0037】
本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、ラマンスペクトルにおいて、少なくとも、±8cm-1(特に±5cm-1)の許容範囲で、波数360cm-1の位置にピークを有することが好ましい。つまり、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、ラマンスペクトルにおいて、352~368cm-1(特に355~365cm-1)の範囲に、ピークを有することが好ましい。なお、酸素を含まないリチウムスズ硫化物の場合は、波数350cm-1の位置にピークを有することが多く、波数360cm-1の位置にはピークを有さない。この点においても、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、酸素を含まないリチウムスズ硫化物とは異なることを示唆している。
【0038】
本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、一般式(1):
LiSnO (1)
[式中、x、y及びzは、2.0≦x≦10.0;1.0<y≦5.0;0<z≦3.0を満たす。]
で表される組成を有するものである。
【0039】
一般式(1)において、xは、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物におけるリチウム量を意味しており、3.0≦x≦10.0、好ましくは3.2≦x≦7.0、より好ましくは3.6≦x≦5.0である。xをこの範囲とすることで、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物が安定となり、室温でも合成しやすいうえに、イオン伝導度及び耐湿性を向上させることができる。xが2.0未満では、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物とは異なる結晶構造となり、イオン伝導度も低下する。また、xが10.0より大きい材料は、合成することが困難である。
【0040】
一般式(1)において、yは、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物における酸素量を意味しており、1.0<y≦5.0、好ましくは1.6≦y≦3.5、より好ましくは1.8≦y≦2.5である。yをこの範囲とすることで、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物が安定となり、室温でも合成しやすいうえに、イオン伝導度及び耐湿性を向上させることができる。yが1.0以下では、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物とは異なる結晶構造となり、イオン伝導度も低下する。また、yが5.0より大きい材料は、合成することが困難である。
【0041】
一般式(1)において、zは、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物における硫黄量を意味しており、0<z≦3.0、好ましくは1.5≦z≦2.5、より好ましくは1.8≦z≦2.2である。zをこの範囲とすることで、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物が安定となり、室温でも合成しやすいうえに、イオン伝導度及び耐湿性を向上させることができる。zが0では、硫黄を含有しないため、イオン伝導度が低下する。また、zが3.0より大きい材料は、合成することが困難である。
【0042】
なお、一般式(1)において、x、y及びzの関係は、特に制限されるわけではないが、後述の本発明の製造方法では、酸化リチウム(好ましくはLiO)及び硫化スズ(好ましくはSnS)を使用することを考慮し、xはyの約2倍であることが好ましい。このため、1.5y≦x≦2.5yが好ましく、1.7y≦x≦2.3yがより好ましく、1.8y≦x≦2.2yがさらに好ましい。
【0043】
また、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、室温におけるイオン伝導度が、1.0×10-6~5.0×10-4Scm-1(特に5.0×10-6~5.0×10-4Scm-1)となることが好ましく、60℃におけるイオン伝導度が、5.0×10-6~2.0×10-3Scm-1(特に2.0×10-5~2.0×10-3Scm-1)となることが好ましい。本発明のスズ含有リチウム酸硫化物のイオン伝導度は、ブロッキング電極を用いた交流インピーダンス法により測定する。
【0044】
本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、上記した条件を満足するものであるが、該スズ含有リチウム酸硫化物の性能を阻害しない範囲であれば、その他の不純物が含まれていてもよい。この様な不純物としては、原料に混入する可能性のある遷移金属、典型金属等の金属;原料及び製造時に混入する可能性のある炭素等を例示できる。さらに、原料の残存物(酸化リチウム(LiO)、硫化スズ(SnS)等)や、本発明の目的物以外の生成物等も不純物として含まれることがある。これらの不純物の量については、上記したスズ含有リチウム酸硫化物の性能を阻害しない範囲であればよく、通常、上記した条件を満足するスズ含有リチウム酸硫化物の総量を100質量%として、5質量%以下が好ましく、3質量%以下がより好ましく、2重量%以下がさらに好ましい。
【0045】
これらの不純物が存在する場合には、上記したX線回折図におけるピークの他に、不純物に応じて回折ピークが存在することがある。
【0046】
2.スズ含有リチウム酸硫化物の製造方法
本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、適切な原料に対して、メカニカルミリング処理に供することによって得ることができる。
【0047】
例えば、
原料として、酸化リチウム及び硫化スズを含む原料を用い、メカニカルミリング処理に供する工程
を備える製造方法により得ることができる。
【0048】
メカニカルミリング処理は、メカノケミカル処理とも言われ、機械的エネルギーを付与しながら原料を摩砕混合する方法であり、この方法によれば、原料に機械的な衝撃及び摩擦を与えて摩砕混合することによって、酸化リチウム及び硫化スズが激しく接触して微細化され、原料の反応が生じる。つまり、この際、混合、粉砕及び反応が同時に生じる。このため、原料を高温に熱することなく、原料をより確実に反応させることが可能である。メカニカルミリング処理を用いることで通常の熱処理では得ることのできない、準安定結晶構造が得られることがある。
【0049】
メカニカルミリング処理としては、具体的には、例えば、ボールミル、ビーズミル、ロッドミル、振動ミル、ディスクミル、ハンマーミル、ジェットミル等の機械的粉砕装置を用いて混合粉砕を行うことができる。
【0050】
原料として用いる酸化リチウム(好ましくはLiO等)については特に限定はなく、市販の酸化リチウムを用いることができる。特に、高純度のものを用いることが好ましい。また、酸化リチウムをメカニカルミリング処理によって混合粉砕するので、使用する酸化リチウムの粒径については限定はなく、通常は、市販されている粉末状の酸化リチウムを用いることができる。
【0051】
原料として用いる硫化スズ(好ましくはSnS、SnS等)についても特に限定はなく、市販されている任意の硫化スズを用いることができる。特に、高純度のものを用いることが好ましい。また、硫化スズをメカニカルミリング処理によって混合粉砕するので、使用する硫化スズの粒径についても限定はなく、通常は、市販されている粉末状の硫化スズを用いることができる。
【0052】
これら原料の混合比率については、目的とするスズ含有リチウム酸硫化物の組成と同一になるように調整することができる。
【0053】
具体的には、硫化リチウムの使用量は、硫化スズ1モルに対して、1.5~5.0モルが好ましく、1.6~3.5モルがより好ましく、1.8~2.5モルがさらに好ましい。
【0054】
メカニカルミリング処理を行う際の雰囲気については、特に制限はなく、大気中であってもよいし、不活性ガス雰囲気(窒素ガス雰囲気、アルゴンガス雰囲気等)下であってもよいし、ドライルーム中であってもよい。
【0055】
本発明において、ドライルームとは、露点が-100~-30℃、好ましくは-80~-50℃である系を意味する。なお、本発明において、ドライルームを構成する雰囲気ガスは、窒素、酸素、アルゴン、二酸化炭素等を含む乾燥空気から構成されている。
【0056】
なかでも、イオン伝導度の観点では、不活性ガス雰囲気下又はドライルーム中が好ましく、不活性ガス雰囲気下がより好ましい。また、硫化水素発生量を低減しやすく吸湿性を向上させやすい観点では、不活性ガス雰囲気下又はドライルーム中が好ましく、ドライルーム中がより好ましい。なお、酸素を含まないリチウムスズ硫化物は大気中では合成できない一方、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、大気中で合成することも可能であるため、大気中で合成する場合には、簡便に合成することが可能である。
【0057】
メカニカルミリング処理を行う際の温度については、特に制限はないが、硫黄が揮発しにくくするとともに、既報の結晶相が生成されにくくする観点から、100℃以下、好ましくは20~40℃でメカニカルミリング処理を行うことが好ましい。
【0058】
メカニカルミリング処理の時間については、特に限定はなく、目的のスズ含有リチウム酸硫化物が析出した状態となるまで任意の時間メカニカルミリング処理を行うことができる。
【0059】
例えば、メカニカルミリング処理は、200~600rpm程度の回転数で、0.1~200時間程度の処理時間の範囲内において、0.1~100kWh/原料混合物1kg程度のエネルギー量で行うことができる。なお、このメカニカルミリング処理は、必要に応じて途中に休止を挟みながら複数回に分けて行うこともできる。
【0060】
上記したメカニカルミリング処理により、目的とする本発明のスズ含有リチウム酸硫化物を微粉末として得ることができる。
【0061】
このようにして得られた本発明のスズ含有リチウム酸硫化物を、さらに熱処理又は加圧処理を施すことも可能である。熱処理する場合は、例えば、100~700℃で行うことができる。なお、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、上記のメカニカルミリング処理後には、岩塩型LiSnO型結晶相と、硫化リチウム(LiS)結晶相とを有することが多いが、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物の示差走査熱量測定に見られる結晶化ピーク温度である280℃以上で加熱した場合には、硫化リチウム(LiS)結晶相と非晶質SnSとが反応するためか、直方晶LiSnS結晶相も生成され得る。加熱温度をさらに高く、500℃以上とした場合には、硫化リチウム(LiS)結晶相が反応し、岩塩型LiSnO型結晶相等の熱処理前とは異なる結晶相と、直方晶LiSnS結晶相を含む構成とすることもできる。このような加熱処理によれば、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物のイオン伝導度をさらに向上させることも可能である。この点、従来公知の酸化物固体電解質である、ガーネット型構造を有するLiLaZr12(LLZ)やLLZにTaをドープしたLi6.6LaZr1.6Ta0.412(LLZ-Ta)、ナシコン型構造を有する菱面体晶Li1.5Al0.5Ge1.5(PO(LAGP)や非晶質LAGP等では、加熱処理を施してもイオン伝導度が低いことと比較して予想できない効果である。
【0062】
一方、加圧処理を施す場合、例えば、100~600MPa、好ましくは300~550MPaで加圧することができる。このような加圧処理を施した場合、仮に加熱処理を施さない場合であっても、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物のイオン伝導度をさらに向上させることも可能である。この点、従来公知の電解質であるLLZ-Taや菱面体晶及び非晶質LAGPでは、加圧処理を施してもイオン伝導度が低いことと比較して予想できない効果である。
【0063】
3.スズ含有リチウム酸硫化物の用途
上記した本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、上記のとおりイオン伝導度を向上させることができ、硫化水素発生量を低減でき耐湿性を向上させることができることから、イオン伝導体(特に固体電解質)として有用であり、特に、リチウムイオン二次電池用固体電解質として使用することが好ましい。
【0064】
本発明のスズ含有リチウム酸硫化物をリチウムイオン二次電池用固体電解質として使用する場合、本発明のリチウムイオン二次電池(特に全固体型リチウムイオン二次電池)の構造は、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物を固体電解質として用いること以外は、公知のリチウムイオン二次電池と同様とすることができる。
【0065】
例えば、正極としては、コバルト酸リチウム(LiCoO)、ニッケル酸リチウム(LiNiO)、マンガン酸リチウム(LiMn)、リン酸鉄リチウム(LiFePO)、酸化バナジウム系材料、硫黄系材料等の公知の正極活物質を用い、この正極活物質と、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物と、必要に応じて導電剤及びバインダーを含む正極合剤をAl、Ni、ステンレス、カーボンクロス等の正極集電体に担持させることができる。導電剤としては、例えば、黒鉛、コークス、カーボンブラック、針状カーボン等の炭素材料を用いることができる。また、バインダーとしては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリイミド(PI)、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリアクリル、スチレンブタジエンゴム(SBR)、スチレン-エチレン-ブチレン-スチレン共重合体(SEBS)、カルボキシメチルセルロース(CMC)等の材料を単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。なお、電解質として、従来から使用されている電解質を合わせて使用することもできる。
【0066】
また、負極としては、金属リチウム、炭素系材料(活性炭、黒鉛等)、ケイ素、酸化ケイ素、Si-SiO系材料、リチウムチタン酸化物等の公知の負極活物質を用い、この負極活物質と、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物と、必要に応じて導電剤及びバインダーを含む正極合剤をAl、Ni、ステンレス、カーボンクロス等の負極集電体に担持させることができる。導電剤としては、例えば、黒鉛、コークス、カーボンブラック、針状カーボン等の炭素材料を用いることができる。また、バインダーとしては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリイミド(PI)、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリアクリル、スチレンブタジエンゴム(SBR)、スチレン-エチレン-ブチレン-スチレン共重合体(SEBS)、カルボキシメチルセルロース(CMC)等の材料を単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。なお、電解質として、従来から使用されている電解質を合わせて使用することもできる。
【0067】
また、電解質層としては、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物を、必要に応じて公知のバインダーを用いて常法により層状に成形し、電解質層として使用することができる。バインダーとしては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリイミド(PI)、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリアクリル、スチレンブタジエンゴム(SBR)、スチレン-エチレン-ブチレン-スチレン共重合体(SEBS)、カルボキシメチルセルロース(CMC)等の材料を単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。なお、電解質層として、従来から使用されている電解質層を合わせて使用することもできる。
【0068】
セパレータとしては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン樹脂、フッ素樹脂、ナイロン、芳香族アラミド、無機ガラス等の材質からなり、多孔質膜、不織布、織布等の形態の材料を用いることができる。
【0069】
さらに、その他の公知の電池構成要素を使用して、常法に従って、リチウムイオン二次電池を組立てることができる。なお、本発明において、「リチウムイオン二次電池」とは、負極材料として金属リチウムを用いた「リチウム二次電池」も包含する概念である。
【0070】
なお、リチウムイオン二次電池の形状についても特に限定はなく、円筒型、角型等のいずれであってもよい。
【実施例0071】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。しかしながら、本発明は、以下の実施例のみに限定されないことは言うまでもない。
【0072】
なお、各実施例及び比較例において、メカニカルミリング時間が異なる場合もあるが、これは、原料粉末が全て反応するまでメカニカルミリングを施したためであり、メカニカルミリング時間の違いは実質的な違いではない。
【0073】
[実施例1:アルゴン雰囲気でのLiSnO粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の酸化リチウム(LiO)粉末及び硫化スズ(SnS)粉末を、それぞれモル比で80:20となるように秤量・混合し、その後、直径5mmのジルコニアボール65g(約160個)を入れた45mLのジルコニア容器を用いて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で370rpm、40時間のメカニカルミリング処理を行うことでLiSnO粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られたLiSnO組成の粉末を、便宜上LiSnO粉末(熱処理前)と称する。
【0074】
[実施例2:アルゴン雰囲気でのLiSnO粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の酸化リチウム(LiO)粉末及び硫化スズ(SnS)粉末を、それぞれモル比で75:25となるように秤量・混合し、その後、直径5mmのジルコニアボール65g(約160個)を入れた45mLのジルコニア容器を用いて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で370rpm、60時間のメカニカルミリング処理を行うことでLiSnO粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られたLiSnO組成の粉末を、便宜上LiSnO粉末(熱処理前)と称する。
【0075】
[実施例3:アルゴン雰囲気でのLiSnO粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の酸化リチウム(LiO)粉末及び硫化スズ(SnS)粉末を、それぞれモル比で67:33となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器を用いて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、80時間のメカニカルミリング処理を行うことでLiSnO粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られたLiSnO組成の粉末を、便宜上LiSnO粉末(熱処理前)と称する。
【0076】
[実施例4:大気雰囲気でのLiSnO粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の酸化リチウム(LiO)粉末及び硫化スズ(SnS)粉末を、それぞれモル比で67:33となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器内に粉末を入れて、蓋を閉めたのち、グローブボックスから取り出した。大気中で蓋を開けて15分間放置したのち、大気雰囲気で蓋を閉めて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、40時間のメカニカルミリング処理を行うことでLiSnO粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られたLiSnO組成の粉末を、便宜上LiSnO粉末(大気雰囲気合成、熱処理前)と称する。
【0077】
[実施例5:ドライルーム雰囲気でのLiSnO粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の酸化リチウム(LiO)粉末及び硫化スズ(SnS)粉末を、それぞれモル比で67:33となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器内に粉末を入れて、蓋を閉めたのち、グローブボックスから取り出した。露点約-70℃のドライルーム中で蓋を開けて15分間放置したのち、ドライルーム雰囲気で蓋を閉めて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、40時間のメカニカルミリング処理を行うことでLiSnO粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られたLiSnO組成の粉末を、便宜上LiSnO粉末(ドライルーム雰囲気合成、熱処理前)と称する。また、ドライルームの構成ガスは、窒素、酸素、アルゴン及び二酸化炭素を含む乾燥空気である。
【0078】
[実施例6:250℃熱処理後のLiSnO粉末(アルゴン雰囲気)の合成]
実施例3で得られたLiSnO粉末を、2℃/minで室温から250℃まで昇温させ、250℃で2時間熱処理し、放冷させたのち、 250℃熱処理後のLiSnO粉末を得た。
【0079】
[実施例7:320℃熱処理後のLiSnO粉末(アルゴン雰囲気)の合成]
実施例3で得られたLiSnO粉末を、2℃/minで室温から320℃まで昇温させ、320℃で2時間熱処理し、放冷させたのち、 320℃熱処理後のLiSnO粉末を得た。
【0080】
[実施例8:500℃熱処理後のLiSnO粉末(アルゴン雰囲気)の合成]
実施例3で得られたLiSnO粉末を、2℃/minで室温から500℃まで昇温させ、500℃で2時間熱処理し、放冷させたのち、 500℃熱処理後のLiSnO粉末を得た。
【0081】
[実施例9:500℃熱処理後のLiSnO粉末(大気雰囲気)の合成]
実施例4で得られたLiSnO粉末を、2℃/minで室温から500℃まで昇温させ、500℃で2時間熱処理し、放冷させたのち、 500℃熱処理後のLiSnO粉末を得た。
【0082】
[実施例10:500℃熱処理後のLiSnO粉末(ドライルーム雰囲気)の合成]
実施例5で得られたLiSnO粉末を、2℃/minで室温から500℃まで昇温させ、500℃で2時間熱処理し、放冷させたのち、 500℃熱処理後のLiSnO粉末を得た。
【0083】
[比較例1:LiSnOS粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の酸化リチウム(LiO)粉末及び硫化スズ(SnS)粉末を、それぞれモル比で50:50となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器を用いて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、40時間のメカニカルミリング処理を行うことでLiSnOS粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られたLiSnOS組成の粉末を、便宜上LiSnOS粉末(熱処理前)と称する。
【0084】
[比較例2:アルゴン雰囲気でのLiSnS粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の硫化リチウム(LiS)粉末及び硫化スズ(SnS)粉末を、それぞれモル比で67:33となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器を用いて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、10時間のメカニカルミリング処理を行うことでLiSnS粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。得られたLiSnS組成の粉末を、便宜上LiSnS粉末(熱処理前)と称する。
【0085】
[比較例3:大気雰囲気でのLiSnS粉末の合成]
アルゴン雰囲気(大気非暴露)のグローブボックス中において、市販の硫化リチウム(LiS)粉末及び硫化スズ(SnS)粉末を、それぞれモル比で67:33となるように秤量・混合し、その後、直径4mmのジルコニアボール90g(約500個)を入れた45mLのジルコニア容器に粉末を入れて、蓋を閉めたのち、グローブボックスから取り出した。大気中で蓋を開けて15分間放置したのち、大気雰囲気で蓋を閉めて、ボールミル装置(フリッチュP-7、クラシックライン)で510rpm、10時間のメカニカルミリング処理を行うことで比較例3の粉末を得た。なお、上記メカニカルミリング処理は、雰囲気制御用オーバーポット中で行った。
【0086】
[比較例4:LLZ-Ta(コールドプレス体)]
市販品のLi6.6LaZr1.6Ta0.412(LLZ-Ta)150mgを直径10mmの成形機に均質に充填し、540MPaで5分間一軸成形し、厚さ0.5~0.8mm、直径10mmのペレットを作製した。
【0087】
[比較例5:LLZ-Ta(500℃焼結体)]
市販品のLi6.6LaZr1.6Ta0.412(LLZ-Ta)200mgを直径10mmの成形機に均質に充填し、540MPaで5分間一軸成形し、厚さ0.8~0.9mm、直径10mmのペレットを作製した。得られたペレットを2℃/minで室温から500℃まで昇温させ、500℃で2時間熱処理し、放冷させたのち、 焼結体ペレットを得た。
【0088】
[比較例6:非晶質LAGP(コールドプレス体)]
市販品のLi1.5Al0.5Ge1.5(PO(非晶質LAGP)120mgを直径10mmの成形機に均質に充填し、540MPaで5分間一軸成形し、厚さ0.5~0.8mm、直径10mmのペレットを作製した。
【0089】
[比較例7:非晶質LAGP(500℃焼結体)]
市販品のLi1.5Al0.5Ge1.5(PO(非晶質LAGP)を120mgを直径10mmの成形機に均質に充填し、540MPaで5分間一軸成形し、厚さ0.8~0.9mm、直径10mmのペレットを作製した。得られたペレットを2℃/minで室温から500℃まで昇温させ、500℃で2時間熱処理し、放冷させたのち、 焼結体ペレットを得た。また、非晶質LAGPを500℃で熱処理しても結晶化しないことをX線回折により確認している。
【0090】
[比較例8:菱面体晶LAGP(コールドプレス体)]
市販品のLi1.5Al0.5Ge1.5(PO(菱面体晶LAGP)200mgを直径10mmの成形機に均質に充填し、540MPaで5分間一軸成形し、厚さ0.8~1.0mm、直径10mmのペレットを作製した。なお、このペレットを500℃で熱処理しても焼結体を作製することは困難であった。
【0091】
[試験例1:X線回折(その1)]
実施例1~3及び比較例1で得られた粉末について、CuKα線を用いたX線回折(XRD)を測定した。結果を図1に示す。なお、XRD測定においては、作製した試料の大気暴露を避けるため、ポリマー製の大気非暴露フォルダーを用いて行った。
【0092】
図1に示すX線回折図では、実施例1~3ではいずれも、2θ=42.0°に最強ピークを有しており、27.0°、36.0°及び61.0°にもピークを有している。また、2θ=42.0°のピーク強度の、36.0°のピーク強度に対する比(42.0°のピーク強度/36.0°のピーク強度)は、実施例1では1.2、実施例2では1.4、実施例3では1.4であった。一方、比較例1では、2θ=34.2°に最強ピークを有しており、30.2°、36.0°、42.0°、49.2°及び61.0°にもピークを有しており、27.0°にはピークを有していなかった。また、2θ=42.0°のピーク強度の、36.0°のピーク強度に対する比(42.0°のピーク強度/36.0°のピーク強度)は、比較例1では1.1と小さかった。
【0093】
以上から、実施例1~3では、2θ=42.0°に最強ピークを有する岩塩型LiSnOと同様の新規結晶相が得られたことに対し、比較例1では、立方晶由来の結晶相も混在していることが理解できる。また、X線回折図からは、実施例1~3の粉末は、硫化リチウム(LiS)結晶相と岩塩型LiSnO型結晶相とを有することが想定されるが、その組成から、岩塩型LiSnO型結晶相には硫黄が含まれることや、岩塩型LiSnO型結晶相とは別に、硫黄を含むアモルファス相(S、SnS等)も包含することも想定される。
【0094】
また、実施例3の粉末について、リートベルト解析により、結晶相において、LiS相の含有量が約33モル%、LiSnO相の含有量が67モル%であった。
【0095】
なお、比較例3の粉末は、X線回折測定(リートベルト解析)の結果、LiSnS・4HOを含むことが判明した。
【0096】
[試験例2:固体電解質ペレットのイオン伝導度測定(その1)]
実施例1~3及び比較例1で得られた粉末100mgを直径10mmの成形機に均質に充填し、540MPaで5分間一軸成形し、厚さ0.5~0.8mm、直径10mmのペレットを作製した。また、このペレットの25℃(室温)及び60℃における抵抗を交流インピーダンス法により測定し、抵抗から25℃(室温)及び60℃におけるイオン伝導度σを算出した結果を表1に示す。
【0097】
【表1】
【0098】
この結果、実施例1~3では、硫化リチウム(LiS)結晶相と岩塩型LiSnO型結晶相とを有する結果、イオン伝導度が高いことが想定される。なお、実施例1~3では、LiOの添加量が少ないほど、つまり、酸素量が少ないほど、イオン伝導度が高いことが想定される。一方、比較例1では、酸素量が最も少ない、つまり、イオン伝導度が最も高くなるべきであるにも関わらず、おそらく立方晶を有しているために、実施例3よりもイオン伝導度が低下していた。
【0099】
[試験例3:ラマン分光分析]
実施例3及び比較例2で得られた粉末について、ラマン分光分析を行った。ラマン分光分析は以下の測定条件:
レーザー波長:532nm
露光時間:10秒
積算回数:4回
で行った。結果を図2に示す。この結果、実施例1~3の粉末においても、LiSnSと同様に、SnS 4-ユニットに帰属し得るラマンバンドを観測した。このため、実施例1~3の粉末では、SnS四面体が包含していることが推測される。
【0100】
[試験例4:X線回折(その2)]
実施例3~5及び比較例2~3で得られた粉末について、CuKα線を用いたX線回折(XRD)を測定した。結果を図3に示す。なお、XRD測定においては、作製した試料の大気暴露を避けるため、ポリマー製の大気非暴露フォルダーを用いて行った。
【0101】
図3に示すX線回折図では、実施例4~5ではいずれも、2θ=42.0°に最強ピークを有しており、27.0°、36.0°及び61.0°にもピークを有している。また、2θ=42.0°のピーク強度の、36.0°のピーク強度に対する比(42.0°のピーク強度/36.0°のピーク強度)は、実施例4では1.4、実施例5では1.5であった。一方、比較例2では、2θ=25.5°に最強ピークを有しており、27.8°、38.2°、45.0°、50.0°及び54.0°にもピークを有しており、27.0°、36.0°、42.0°及び61.0°にはピークを有していなかった。また、比較例3では、2θ=26.0°に最強ピークを有しており、15.0°、24.0°、28.2°、30.0°、31.8°、34.0°、37.0°、39.4°、39.8°、45.8°及び50.8°にもピークを有しており、27.0°、36.0°、42.0°及び61.0°にはピークを有していなかった。
【0102】
以上から、実施例4~5でも、実施例1~3と同様に、2θ=42.0°に最強ピークを有する岩塩型LiSnOと同様の新規結晶相が得られ、不活性ガス雰囲気のみならず、大気中及びドライルーム中であっても同様の結晶相が得られることが理解できる。また、X線回折図からは、実施例4~5の粉末は、硫化リチウム(LiS)結晶相と岩塩型LiSnO型結晶相とを有することが想定されるが、その組成から、岩塩型LiSnO型結晶相には硫黄が含まれることや、岩塩型LiSnO型結晶相とは別に、硫黄を含むアモルファス相(S、SnS等)も包含することも想定される。また、実施例4~5の粉末について、リートベルト解析により、結晶相において、LiS相の含有量が約33モル%、LiSnO相の含有量が67モル%であった。それに対して、比較例2~3については、特に比較例3においてLiSnS・4HOのような水和物になっていることから、大気中で合成することはできないことが示唆される。
【0103】
[試験例5:固体電解質ペレットのイオン伝導度測定(その2)]
実施例3~5及び比較例3で得られた粉末100mgを直径10mmの成形機に均質に充填し、540MPaで5分間一軸成形し、厚さ0.5~0.8mm、直径10mmのペレットを作製した。また、このペレットの25℃(室温)及び60℃における抵抗を交流インピーダンス法により測定し、抵抗から25℃(室温)及び60℃におけるイオン伝導度σを算出した結果を表2に示す。比較例3の粉末はイオン伝導度の低いLiSnS・4HOを含むため、実施例3~5よりもイオン伝導度が低いことが理解できる。
【0104】
【表2】
【0105】
[試験例6:硫化水素ガス発生量測定]
50%RH、25℃(室温)の状態で約2000cmの容器に50mgの電解質粉末を密閉して硫化水素(HS)発生量を測定した。
【0106】
電解質粉末としては、実施例3及び5並びに比較例2で得られた粉末と、原料として用いているSnSを使用した。
【0107】
電解質粉末は、スクリュー管No.4に入れて、ラミネート製のチャック付き袋で二重に密封し、測定開始前に反応しないようにした。
【0108】
次に、グローブボックス内に、小型扇風機、温湿度ロガー、硫化水素検知器及びラミネート製のチャック付き袋で密封された電解質粉末を入れて、湿度50%RHになるまで静置した。
【0109】
次に、電解質粉末をラミネート製のチャック付き袋から出して、密閉容器(容積約2000cm)を閉じた。
【0110】
1分おきに、温度、湿度及び硫化水素濃度を(自動で)測定した。1時間後に測定を終了した。結果を図4に示す。この結果、原料として使用したSnSは硫化水素を発生しないものの、比較例2のLiSnS粉末は硫化水素を発生することが理解できる。それに対して、実施例3及び5のLiSnO粉末は、硫化水素発生料を低減することができ、実施例5にいたっては硫化水素をほとんど発生しないことが理解できる。本発明では、硫化リチウム結晶相を有しているにも関わらず、酸化物等の他材でコーティングされているためか、硫化水素発生料を低減することができることは、予想外の結果である。
【0111】
[試験例7:示差走査熱量測定]
実施例3で得られた粉末について、示差走査熱量測定を行った。示差走査熱量測定は以下の測定条件:
測定温度範囲:室温~500℃
昇温速度:10℃/min
で行った。その結果を図5に示す。この結果、約280℃において、結晶化ピークが検出された。
【0112】
[試験例8:X線回折(その3)]
実施例3及び6~10で得られた粉末について、CuKα線を用いたX線回折(XRD)を測定した。結果を図6~7に示す。なお、XRD測定においては、作製した試料の大気暴露を避けるため、ポリマー製の大気非暴露フォルダーを用いて行った。
【0113】
図6~7に示すX線回折図では、実施例6~8ではいずれも、2θ=42.0°に最強ピークを有しており、27.0°、36.0°及び61.0°にもピークを有している。また、2θ=42.0°のピーク強度の、36.0°のピーク強度に対する比(42.0°のピーク強度/36.0°のピーク強度)は、実施例6では1.4、実施例7では1.4、実施例8では1.5、実施例9では1.7、実施例10では1.7であった。なお、結晶化ピーク温度である280℃より高い温度で加熱している実施例7~10では、硫化リチウム(LiS)とアモルファス相(SnS)とが反応しているためか、直方晶LiSnSに由来するピークも検出された。
【0114】
[試験例9:固体電解質ペレットのイオン伝導度測定(その3)]
実施例3及び6~10で得られた粉末100mgを直径10mmの成形機に均質に充填し、540MPaで5分間一軸成形し、厚さ0.5~0.8mm、直径10mmのペレットを作製した。それらを各温度で熱処理することで、実施例6~10の焼結体ペレットを得た。実施例3はペレットの熱処理を行っておらず、コールドプレス体としている。また、このペレットの25℃(室温)及び60℃における抵抗を交流インピーダンス法により測定し、抵抗から25℃(室温)及び60℃におけるイオン伝導度σを算出した結果を表3に示す。この結果、実施例のスズ含有リチウム酸硫化物のコールドプレス体又は焼結体は、いずれも、市販品のコールドプレス体又は焼結体と比較しても、イオン伝導度を著しく向上させることができることが理解できる。
【0115】
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0116】
本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、大気中においても合成することができ、且つ、イオン伝導度及び耐湿性に優れた固体電解質である。
【0117】
よって、本発明のスズ含有リチウム酸硫化物は、高い伝導度を有することが必須であり、電解質の使用量も比較的多い部分である固体電解質層に用いることに適しており、電気自動車若しくはプラグインハイブリッド車用のバッテリー、又は定置用蓄電池等の固体電解質として好適に利用することが可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7