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特開2024-145780イソプロパノールを生成する組換え好熱性細菌及びそれを用いたイソプロパノールの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024145780
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】イソプロパノールを生成する組換え好熱性細菌及びそれを用いたイソプロパノールの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/53 20060101AFI20241004BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20241004BHJP
   C12N 9/04 20060101ALI20241004BHJP
   C12N 15/31 20060101ALI20241004BHJP
   C12N 15/54 20060101ALI20241004BHJP
   C12P 7/04 20060101ALI20241004BHJP
   C12N 9/10 20060101ALI20241004BHJP
【FI】
C12N15/53
C12N1/21 ZNA
C12N9/04 Z
C12N15/31
C12N15/54
C12P7/04
C12N9/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023058275
(22)【出願日】2023-03-31
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業 「再生可能エネルギーを原料とした有用物質産生菌の分子育種」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121728
【弁理士】
【氏名又は名称】井関 勝守
(74)【代理人】
【識別番号】100165803
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 修平
(72)【発明者】
【氏名】中島田 豊
(72)【発明者】
【氏名】加藤 淳也
(72)【発明者】
【氏名】加藤 節
(72)【発明者】
【氏名】竹村 海生
(72)【発明者】
【氏名】松尾 赳志
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AC02
4B064CA02
4B064CA19
4B064CC06
4B064CC24
4B064CD05
4B064CD09
4B064CD11
4B064DA16
4B065AA01X
4B065AA01Y
4B065AA23Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065AC20
4B065BA01
4B065BB05
4B065BB11
4B065BB14
4B065CA05
4B065CA28
4B065CA29
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】微生物発酵によって、糖、CO又はCOといった炭素源を基質としてイソプロパノールを高効率で得られるようにする。
【解決手段】イソプロパノールを生成する組換え好熱性細菌は、炭素源から中間体としてのアセチル‐CoAを経て酢酸を生成する代謝経路を有する好熱性酢酸生成菌由来であって、遺伝子工学的手法によりアセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの代謝経路に関わる酵素の一部が欠損され、アセチル‐CoAからアセトアセチル‐CoAを生成する縮合反応を触媒する外来の耐熱性酵素、アセトアセチル‐CoAと酢酸とからアセト酢酸を生成する反応を触媒する外来の耐熱性酵素、アセト酢酸からアセトンを生成する脱炭酸反応を触媒する外来の耐熱性酵素、及びアセトンからイソプロパノールを生成する還元反応を触媒する外来の耐熱性酵素を発現する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素源から中間体としてのアセチル‐CoAを経て酢酸を生成する代謝経路を有する好熱性酢酸生成菌由来の組換え細菌であって、
遺伝子工学的手法によりアセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの代謝経路に関わる酵素の一部が欠損され、
アセチル‐CoAからアセトアセチル‐CoAを生成する縮合反応を触媒する外来の耐熱性酵素、アセトアセチル‐CoAと酢酸とからアセト酢酸を生成する反応を触媒する外来の耐熱性酵素、アセト酢酸からアセトンを生成する脱炭酸反応を触媒する外来の耐熱性酵素、及びアセトンからイソプロパノールを生成する還元反応を触媒する外来の耐熱性酵素を発現することを特徴とするイソプロパノールを生成する組換え好熱性細菌。
【請求項2】
前記好熱性酢酸生成菌は、モーレラ(Moorella)属細菌であることを特徴とする請求項1に記載の組換え好熱性細菌。
【請求項3】
アセチル‐CoAを基質としてアセチルリン酸を生成する酵素の一部が欠損されていることを特徴とする請求項1に記載の組換え好熱性細菌。
【請求項4】
ホスホアセチルトランスフェラーゼであるPduL1又はPduL2が欠損されていることを特徴とする請求項3に記載の組換え好熱性細菌。
【請求項5】
前記アセトンを基質としてイソプロパノールを生成する外来の耐熱性酵素は、Thermoanaerobacter pseudethanolicus由来の2級アルコールデヒドロゲナーゼであることを特徴
とする請求項1に記載の組換え好熱性細菌。
【請求項6】
前記アセチル‐CoAを基質としてアセトアセチル‐CoAを生成する外来の耐熱性酵素は、Caldanaerobacter subterraneus subsp. tengcongensis由来のチオラーゼであり、前記アセトアセチル‐CoAを基質としてアセト酢酸を生成する外来の耐熱性酵素は、Thermosipho melanesiensis由来のCoAトランスフェラーゼであり、前記アセト酢酸を基
質としてアセトンを生成する外来の耐熱性酵素は、Clostridium acetobutylicum由来のアセト酢酸デカルボキシラーゼであり、及び前記アセトンを基質としてイソプロパノールを生成する外来の耐熱性酵素は、Thermoanaerobacter pseudethanolicus由来の2級アルコ
ールデヒドロゲナーゼであることを特徴とする請求項1に記載の組換え好熱性細菌。
【請求項7】
受領番号NITE AP-03838として寄託された請求項1に記載の組換え好熱性細菌。
【請求項8】
糖、CO及びCOの少なくとも一つの存在下で請求項1~7のいずれか1項に記載の組換え好熱性細菌を培養してイソプロパノールを生成させるステップを備えていることを特徴とするイソプロパノールの製造方法。
【請求項9】
生成されたイソプロパノールを回収するステップをさらに備えていることを特徴とする請求項8に記載のイソプロパノールの製造方法。
【請求項10】
前記イソプロパノールを生成させるステップにおいて、糖、CO及びCOの少なくとも一つに加えてさらにH及びジメチルスルホキシドの少なくとも一方が存在する条件下で前記組換え好熱性細菌を培養することを特徴とする請求項8に記載のイソプロパノールの製造方法。
【請求項11】
前記イソプロパノールを生成させるステップにおいて、前記組換え好熱性細菌を55℃
~65℃で培養することを特徴とする請求項8に記載のイソプロパノールの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イソプロパノールを生成する組換え好熱性細菌及びそれを用いたイソプロパノールの製造方法に関し、特に遺伝子工学的手法により代謝経路が改変された好熱性酢酸生成菌及びそれを用いたイソプロパノールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで人類は石炭や石油等の化石燃料を消費することによって様々な材料を合成し、この材料を利用することで産業を発達させてきた。しかし、このような化石燃料は限りある資源であるから、枯渇が懸念されており、上記材料の代替製法の開発が急務となっている。そこで、上記材料の代替製法の一つとして、遺伝子組換え微生物を利用して、炭素源から有用物質を生成する技術が提示されている。
【0003】
例えば、イソプロパノール(以下「IPA」ともいう)は溶媒や殺菌剤として用いられる他、ポリプロピレンやアクリル酸製造の原料としても用いられている有用物質である。現在、イソプロパノールの生産は石油化学工業に依存しており、具体的には石油から得られるプロピレンを加水分解することによりイソプロパノールを得ている。しかし、将来的な化石燃料の枯渇が懸念されることから、石油化学工業に依存しない代替製法が強く望まれている。
【0004】
例えば、特許文献1には、遺伝子組換え酵母を利用して、糖の炭素源からイソプロパノールを生成する方法が開示されている。なお、特許文献1において、糖はグルコースが用いられている。
【0005】
また、上述のとおり、人類は化石燃料の消費によって産業を発達させてきたのだが、これにより二酸化炭素(CO)を排出し、地球温暖化等の環境問題を引き起こすことが懸念されている。このような環境問題に対する有効な対策の一つとして、COを固定し再利用することでCOを削減する方法が挙げられる。さらには、固定したCOをエネルギーや材料として利用することがより望ましい。近年では、廃棄物を合成ガス(水素(H)、一酸化炭素(CO)を主成分としCO等も含まれるガス)化した上で炭素源として利用する技術が発展してきており、再生可能エネルギーとしてHの利用も進展してきている。その中でも、これらのガスを原料として用いた微生物発酵により有用物質を生成する種々の技術が開発されている。
【0006】
例えば、非特許文献1には、遺伝子組換え細菌を利用して、合成ガスからイソプロパノールを生成する技術が提示されており、微生物発酵によるCOの固定化技術が開示されている。なお、非特許文献1において、細菌は、至適生育温度が30℃~40℃である中温菌が用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2011/142027号
【特許文献2】特開2021-185862号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Liew, F. E., Nogle, R., Abdalla, T., Rasor, B. J., Canter, C., Jensen, R. O., et al. (2022). Carbon-negative production of acetone and isopropanol by gas fermentation at industrial pilot scale. Nat. Biotechnol. 40, 335-344.
【非特許文献2】K. Inokuma, J. C. Liao, M. Okamoto and T. Hanai : J. Biosci.Bioeng., 110, 696 (2010).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の特許文献1に開示された酵母は至適生育温度が35℃~38℃程度であり、非特許文献1に開示された中温菌は上記の通り至適生育温度が30℃~40℃である。従って、原料としてこれらの温度範囲を超える高温ガスを用いると、酵素の活性が低くなり、また当該酵素が失活してしまうおそれもあるため、原料として高温ガスを用いることは難しい。また、多くの汚染微生物が、特許文献1に開示された酵母や非特許文献1に開示された中温菌と同等の至適生育温度を有しており、培養の際にコンタミネーションを引き起こすおそれがある。その場合、当該コンタミネーションした微生物も同時に生育されるため、イソプロパノールの生成効率が低下する他、イソプロパノール以外の副生成物が生じるおそれもある。以上の内容から、未だ更に生成効率が高い微生物発酵によるイソプロパノールの製造方法と共に、その方法を可能とするための微生物が求められている。
【0010】
本発明は、前記問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、微生物発酵によって、糖、CO又はCOといった炭素源を原料としてイソプロパノールを高効率で得られるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記の目的を達成するために、本発明者らは、鋭意研究の結果、好熱性酢酸生成菌に対して、遺伝子組み換え技術により内在性の酢酸生成の代謝経路の一部を破壊すると共に、アセチル‐CoAからイソプロパノールを生合成するための耐熱性酵素の発現遺伝子を導入することで、イソプロパノールを高効率で生成できることを見出して本発明を完成した。
【0012】
具体的に、本発明に係るイソプロパノールを生成する組換え好熱性細菌は、炭素源から中間体としてのアセチル‐CoAを経て酢酸を生成する代謝経路を有する好熱性酢酸生成菌由来の組換え細菌であって、遺伝子工学的手法によりアセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの代謝経路に関わる酵素の一部が欠損され、アセチル‐CoAからアセトアセチル‐CoAを生成する縮合反応を触媒する外来の耐熱性酵素、アセトアセチル‐CoAと酢酸とからアセト酢酸を生成する反応を触媒する外来の耐熱性酵素、アセト酢酸からアセトンを生成する脱炭酸反応を触媒する外来の耐熱性酵素、及びアセトンからイソプロパノールを生成する還元反応を触媒する外来の耐熱性酵素を発現することを特徴とする。
【0013】
本発明に係る組換え好熱性細菌は、炭素源から中間体としてのアセチル‐CoAを経て酢酸を生成する好熱性酢酸生成菌に由来する細菌であるが、アセチル‐CoAから順にアセトアセチル‐CoA、アセト酢酸、アセトン、イソプロパノールを生成する代謝経路を確立する4種の外来酵素を発現するように組換えがなされたものである。このため、当該組換え細菌は、糖、CO及びCOといった炭素源からアセチル‐CoAを中間体として、イソプロパノールを生成することができる。さらに、本発明に係る組換え好熱性細菌は、アセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの内在性の代謝経路に関わる酵素の一部が欠損されているため、アセチル‐CoAからの酢酸の生成が抑制され、代わりに多くのアセチル‐CoAをイソプロパノールの生成のために利用可能となる。また、本発明に係る組換え好熱性細菌において、アセト酢酸を生成する際にアセトアセチル‐CoAと酢酸とを反応させるが、酢酸の生成は上記の通り一部の酵素の欠損により抑制されているものの、その代謝が完全に阻害されてはおらず生成はなされるため、生成された酢酸はアセト酢酸
の生成のために利用され得る。これらによって、本発明に係る組換え好熱性細菌では、炭素源から、副生成物の酢酸を利用しながらイソプロパノールを高効率で生成することができる。さらに、本発明に係る細菌は、好熱性細菌であるため、中温菌等と比較して代謝反応速度が大きく、イソプロパノール生成に有利である。また、好熱性細菌は多くの汚染微生物の生育温度より高い温度が至適生育温度であるため、当該汚染微生物が増殖することによるイソプロパノールの生成効率低下や副生成物生成の問題が生じにくい。さらに、ガス発酵及び生成物精製における冷却、加熱のコストが節約できるといった利点もある。
【0014】
本発明に係る組換え好熱性細菌において、前記好熱性酢酸生成菌は、モーレラ(Moorella)属細菌であることが好ましい。
【0015】
モーレラ属細菌は、WLP(Wood-Ljungdahl pathway, 別名還元的アセチル‐CoA経路)を用いることで糖代謝により生ずるCO、又はガスとして添加するCOやCOを固定して主要な最終代謝産物として酢酸を生産するが、代謝経路の改変により酢酸に代えて様々な物質生産株の構築が可能な細菌である。従って、糖はもちろんのこと、廃ガスやガス化した廃棄物やバイオマスからの有用物質生産が可能であり、上記のように本発明に係る組換え好熱性細菌の親株としてモーレラ属細菌を用いることは好ましい。
【0016】
本発明に係る組換え好熱性細菌において、アセチル‐CoAを基質としてアセチルリン酸を生成する酵素の一部が欠損されていることが好ましい。
【0017】
このように、アセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの代謝経路に関わる酵素のうちアセチル‐CoAを基質としてアセチルリン酸を生成する酵素の一部が欠損されることにより、上述の通り、酢酸の生成を抑制できる。このため、細菌中のアセチル‐CoAの多くをイソプロパノールの生成に利用できると共に、アセト酢酸の生成のために利用される酢酸の生成も維持される。その結果、イソプロパノールの生成効率を向上することができる。
【0018】
その場合、アセチル‐CoAを基質としてアセチルリン酸を生成する酵素として、ホスホアセチルトランスフェラーゼであるPduL1又はPduL2が欠損されていることが好ましい。
【0019】
本発明に係る組換え好熱性細菌において、前記アセトンを基質としてイソプロパノールを生成する外来の耐熱性酵素は、Thermoanaerobacter pseudethanolicus由来の2級アル
コールデヒドロゲナーゼとすることができる。
【0020】
本発明に係る組換え好熱性細菌において、前記アセチル‐CoAを基質としてアセトアセチル‐CoAを生成する外来の耐熱性酵素は、Caldanaerobacter subterraneus subsp.
tengcongensis由来のチオラーゼとすることができ、前記アセトアセチル‐CoAを基質としてアセト酢酸を生成する外来の耐熱性酵素は、Thermosipho melanesiensis由来のC
oAトランスフェラーゼとすることができ、前記アセト酢酸を基質としてアセトンを生成する外来の耐熱性酵素は、Clostridium acetobutylicum由来のアセト酢酸デカルボキシラーゼとすることができ、及び前記アセトンを基質としてイソプロパノールを生成する外来の耐熱性酵素は、Thermoanaerobacter pseudethanolicus由来の2級アルコールデヒドロ
ゲナーゼとすることができる。
【0021】
本発明に係る組換え好熱性細菌は、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)に受領日2023年3月1日、受領番号NITE AP-03838として寄託された細菌であることが好ましい。
【0022】
本発明に係るイソプロパノールの製造方法は、糖、CO及びCOの少なくとも一つの存在下で上記本発明に係る組換え好熱性細菌を培養してイソプロパノールを生成させるステップを備えていることを特徴とする。
【0023】
本発明に係るイソプロパノールの製造方法によると、上記本発明に係る組換え好熱性細菌を炭素源存在下で培養するため、上述の通り、当該組換え細菌の代謝によってイソプロパノールを得ることができる。
【0024】
本発明に係るイソプロパノールの製造方法は、生成されたイソプロパノールを回収するステップをさらに備えていてもよい。
【0025】
本発明に係るイソプロパノールの製造方法は、前記イソプロパノールを生成させるステップにおいて、糖、CO及びCOの少なくとも一つに加えてさらに電子供与体としてHやCO、電子受容体としてジメチルスルホキシドなどが存在する条件下で前記組換え好熱性細菌を培養することが好ましい。
【0026】
このようにすると、H等の電子供与体によりアデノシン三リン酸(ATP)の合成を促進できるため、細菌増殖を促進できてイソプロパノール生成に有利となり、また、ATP不足に起因するCOの代謝が例えばギ酸で停止する等してイソプロパノール生成量が低減することを防止できる。
【0027】
本発明に係るイソプロパノールの製造方法は、前記イソプロパノールを生成させるステップにおいて、前記組換え好熱性細菌を55℃~65℃で培養することが好ましい。
【0028】
好熱性細菌として特にモーレラ属細菌を用いた場合、上記温度範囲で特に優れた代謝速度を示し、イソプロパノールの生成に有利である。
【発明の効果】
【0029】
本発明に係るイソプロパノールを生成する組換え好熱性細菌及びそれを用いたイソプロパノールの製造方法によると、微生物発酵によって、糖、CO又はCOといった炭素源を基質としてイソプロパノールを高効率で得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1図1(a)はイソプロパノール生合成遺伝子群を導入した微生物の構築を説明するための図であり、図1(b)は本実施例において行われたモーレラ・サーモアセチカ細菌への遺伝子導入の成否の確認のための電気泳動の結果を示す写真である。
図2図2は実施例1におけるpduL2::IPA株にフルクトースを炭素源として加えて培養したときの乾燥菌体重量(g/L)並びに炭素源及び生成物の濃度(mM)の測定結果を示すグラフである。
図3図3は実施例2におけるpduL2::IPA株にキシロースを炭素源として加えて培養したときの乾燥菌体重量(g/L)並びに炭素源及び生成物の濃度(mM)の測定結果を示すグラフである。
図4図4は実施例3におけるpduL2::IPA株をCO及びCOの存在下で培養したときの乾燥菌体重量(g/L)及び生成物の濃度(mM)の測定結果を示すグラフである。
図5図5は実施例4におけるpduL2::IPA株をCO、CO及びHの存在下で培養したときの乾燥菌体重量(g/L)及び生成物の濃度(mM)の測定結果を示すグラフである。
図6図6(a)は実施例5におけるpduL2::IPA株をCO及びHの存在下で培養したときの乾燥菌体重量(g/L)及び生成物の濃度(mM)の測定結果を示すグラフである。図6(b)は実施例5におけるpduL2::IPA株をCO、H及びジメチルスルホキシド(「DMSO」ともいう)の存在下で培養したときの乾燥菌体重量(g/L)及び生成物の濃度(mM)の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用方法或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0032】
本発明の一実施形態は、炭素源から中間体としてのアセチル‐CoAを経て酢酸を生成する代謝経路を有する好熱性酢酸生成菌由来の組換え細菌である。特に、本実施形態の細菌は、遺伝子工学的手法によりアセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの代謝経路に関わる酵素の一部が欠損され、アセチル‐CoAからアセトアセチル‐CoAを生成する縮合反応を触媒する外来の耐熱性酵素、アセトアセチル‐CoAと酢酸とからアセト酢酸を生成する反応を触媒する外来の耐熱性酵素、アセト酢酸からアセトンを生成する脱炭酸反応を触媒する外来の耐熱性酵素、及びアセトンからイソプロパノールを生成する還元反応を触媒する外来の耐熱性酵素を発現する。
【0033】
好熱性酢酸生成菌とは、至適生育温度が45℃以上であり、糖などの有機物に加えて、CO又はCOとHといったガス基質を利用して酢酸を生成する細菌である。好熱性酢酸生成菌は、H等の電子供与体をエネルギー源として利用できるが、H以外にもメタノール(CHOH)(Arch Microbiol (2003) 179, p315-320を参照)などを利用する
こともでき、DMSO等の電子受容体を添加することでよりエネルギー獲得を高くすることもできる。本実施形態の組換え細菌の親細菌としての好熱性酢酸生成菌は、炭素源から中間体としてのアセチル‐CoAを経て酢酸を生成する代謝経路を有するものであれば、特に限定はされない。古細菌が含まれてもよい。本実施形態においては、モーレラ属細菌であることが好ましく、そのような細菌として例えばモーレラ・サーモアセチカ(Moorella thermoacetica)又はモーレラ・サーモオートトロフィカ(Moorella thermoautotrophica)を用いることができる。モーレラ属細菌以外の例としては、サーモアナエロバクタ
ー・キヴイ(Thermoanaerobacter kivui)が挙げられ、古細菌の例としてはアルカエオグロブス・フルギダス(Archaeoglobus fulgidus)が挙げられる。
【0034】
本実施形態に係る組換え細菌は、アセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの代謝経路に関わる酵素の一部が欠損されており、イソプロパノール合成のための外来遺伝子が複数導入されているが、そのために、種々の遺伝子工学的手法を用いることができる。その手法は、細菌のゲノム上の当該酵素の発現遺伝子を除去する又は変異させる等により、当該酵素を安定的に発現させないことができるものであれば特に限定されない。当該遺伝子工学的手法としては、例えば相同組換えを利用した遺伝子ノックアウト法等を用いることができる。
【0035】
欠損させるアセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの代謝経路に関わる酵素は、当該代謝経路に関わる酵素であれば特に限定されない。好熱性酢酸生成菌の場合、炭素源から種々の酵素の作用によりアセチル‐CoAを生成した後に、所定の酵素の作用によりアセチル‐CoAからCoAを脱離させ、リン酸を付加させてアセチルリン酸を生成し、その後、他の酵素によってリン酸を脱離させて酢酸を生成する。このため、これらの過程に関わる酵素の一部の発現を欠損させることが好ましいが、当該欠損により、酢酸が全く生成できなくなるのではなく、酢酸の生成量が低減するような酵素が選択されることが好ましい。欠損させる酵素としては、例えばアセチル‐CoAからアセチルリン酸を生成するホスホアセチルトランスフェラーゼであることが好ましい。また、モーレラ属の場合、例えば2つのホスホアセチルトランスフェラーゼのうちの1つの酵素を欠損させることが好ま
しい。具体的には、ホスホアセチルトランスフェラーゼPduL1及びPduL2のうちの1つの酵素を欠損させることが好ましく、PduL2を欠損させることが最も好ましい。
【0036】
本実施形態に係る組換え細菌は、アセチル‐CoAからアセトアセチル‐CoAを生成する縮合反応を触媒する外来の耐熱性酵素、アセトアセチル‐CoAと酢酸とからアセト酢酸を生成する反応を触媒する外来の耐熱性酵素、アセト酢酸からアセトンを生成する脱炭酸反応を触媒する外来の耐熱性酵素、及びアセトンからイソプロパノールを生成する還元反応を触媒する外来の耐熱性酵素からなる4種の外来の耐熱性酵素を発現でき、すなわち、アセチル‐CoAからイソプロパノールを生成する代謝経路が導入されている。具体的に、下記式に係る代謝経路が導入されている。
【化1】
【0037】
本実施形態において、上記4種の外来の耐熱性酵素は、上記式のようにアセチル‐CoAからイソプロパノールを生成させることができるものであって、例えばそれぞれチオラーゼ、CoAトランスフェラーゼ、アセト酢酸デカルボキシラーゼ、2級アルコールデヒドロゲナーゼであるが、当該細菌の至適生育温度で作用することができるものであれば特に限定されない。従って、好熱性細菌由来の酵素を用いることが好ましいが、酵素自体が耐熱性であれば特に限定されない。アセチル‐CoAを基質としてアセトアセチル‐CoAを生成する外来の耐熱性酵素としては、Caldanaerobacter subterraneus subsp. tengcongensis由来のチオラーゼ(Thl、遺伝子番号TTE0549)を用いることができる。アセトアセチル‐CoAを基質としてアセト酢酸を生成する外来の耐熱性酵素としては、Thermosipho melanesiensis由来のCoAトランスフェラーゼ(CtfA及びCtfB
にコードされる2つのタンパク質による複合体CtfAB、遺伝子番号Tmel_1135及びTmel_1136)を用いることができる。アセト酢酸を基質としてアセトンを生成する外来の耐熱性酵素としては、Clostridium acetobutylicum由来のアセト酢酸デカルボキシラーゼ(Adc、遺伝子番号CA_P0165)を用いることができる。アセトンを基質としてイソプロパノールを生成する外来の耐熱性酵素としては、Thermoanaerobacter pseudethanolicus由来の2級アルコールデヒドロゲナーゼ(Sadh、遺伝子番号
Teth39_0218)を用いることができる。
【0038】
本実施形態において、上記4種の外来の耐熱性酵素の発現遺伝子は、種々の遺伝子工学的手法を用いることによって細菌内に導入される。当該手法は、それらの酵素を安定的に発現できるように細菌のゲノム内に導入させることができるものであれば特に限定されない。本実施形態において、当該遺伝子工学的手法としては、例えば相同組換えを利用した遺伝子ノックイン法等を用いることができる。特に、上記アセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの代謝経路に関わる酵素の一部を欠損させるのと同時に上記4種の外来の耐熱性酵素の発現遺伝子を導入することが好ましい。すなわち、細菌の染色体上における欠損
させるためのアセチル‐CoAから酢酸を生成するための酵素の遺伝子座と上記4種の外来の耐熱性酵素の発現遺伝子群とを相同組換えすることにより、アセチル‐CoAから酢酸を生成するまでの代謝経路に関わる酵素の一部を欠損させるのと同時に上記4種の外来の耐熱性酵素の発現遺伝子を導入することが好ましい。これにより、1度の工程で上記内在性酵素の発現遺伝子の欠損と外来酵素の発現遺伝子の導入とを同時にできる。
【0039】
本実施形態に係る組換え細菌としては、例えば受領番号NITE AP-03838の細菌を用いることができる。当該細菌は、モーレラ・サーモアセチカ(Moorella thermoacetica)を親株として、内在性のホスホアセチルトランスフェラーゼのうちの1つであるPduL2の発現遺伝子が欠損され、且つCaldanaerobacter subterraneus subsp. tengcongensis由来のチオラーゼ、Thermosipho melanesiensis由来のCoAトランスフェラー
ゼ、Clostridium acetobutylicum由来のアセト酢酸デカルボキシラーゼ、及びThermoanaerobacter pseudethanolicus由来の2級アルコールデヒドロゲナーゼの発現遺伝子が導入
されたものである。
【0040】
本発明に係る他の実施形態は、上記組換え細菌を用いたイソプロパノールの製造方法である。本実施形態の方法は、上記組換え細菌を培養してイソプロパノールを生成させるステップを備えている。組換え細菌の培養は、炭素源からイソプロパノールを生成できるように、当該炭素源として糖、CO及びCOの少なくとも一つの存在下で行われる。
【0041】
本実施形態において、炭素源である糖は、例えばキシロース等の五炭糖を用いることができるし、フルクトース等の六炭糖を用いることもできる。また、糖は五炭糖及び六炭糖に限定されるものではない。さらに、糖は、上述した糖を2種類以上含有するものであってもよい。
【0042】
本実施形態において、炭素源であるCO及びCOの少なくとも一つを含むガスは、CO及びCOの混合ガスであってもよい。CO及びCOの混合ガスは、任意の割合で混合したものを用いることができる。例えば、混合ガスは、CO:COが1:1の比で混合したガスを用いることができるが、これに限定されるものではない。
【0043】
本実施形態の組換え細菌は、上記の炭素源に加えてHの存在下で培養されることが好ましい。特に、上記炭素源としてCOのみ含有するガス又はCOを多く含有するガスが選択される場合、イソプロパノール生成の代謝を促進させるためにエネルギー源として利用される電子供与体であるHを加えることが好ましい。なお、Hの混合割合は、特に限定されるものではない。また、H以外にも上述の通りエネルギー源として利用され得るCOやメタノール又は電子受容体ジメチルスルホキシド等を加えて培養してもよい。
【0044】
また、組換え細菌の培養は、可能な限り高い効率でイソプロパノールを生成させるために、当該細菌の至適生育温度で行われることが好ましく、モーレラ属細菌を用いる場合、55℃~65℃で培養することが好ましい。
【0045】
本実施形態に係る方法において、上記細菌の培養によってイソプロパノールを生成した後に、当該イソプロパノールを回収するステップをさらに備えていることが好ましい。イソプロパノールを回収するステップは、他の成分からイソプロパノールを分離して、純度が高いイソプロパノールを得ることができる方法であれば特に限定されない。例えば、イソプロパノールの沸点が82℃であり、副生成物である酢酸の沸点が118℃であるため、蒸留を採用することができる。また、ガスストリッピングを採用することもできる。このようにすると、イソプロパノールによる生産物阻害を回避することができ、上記細菌によるイソプロパノールの生産効率が向上する。なお、ガスストリッピングは、例えば非特許文献2に開示されるようなガスストリッピング装置及び条件を採用することができるが
、これに限定されるものではない。
【実施例0046】
以下に、本発明に係るイソプロパノールを生成する組換え好熱性細菌及びそれを用いたイソプロパノールの製造方法について詳細に説明するための実施例を示す。
【0047】
[使用菌株、プラスミド及びプライマー]
本実施例で使用した菌株、プラスミド及びPCRプライマーをそれぞれ下記表1~表3に示す。
【0048】
【表1】
【0049】
【表2】
【0050】
【表3】
【0051】
[基本培地及び基本溶液の調製]
(モーレラ細菌用基本培地の調製)
本実施例では、C. ljungdahliiの培養に用いられるATCC 1754 PETC培地を改変したものを基本培地として用いた。改変として、塩酸システイン・一水和物の最終濃度を1.2g/Lに減らし、NaS・9HOを除いた。培地の作製において、還元剤(システイン及びTi(III)クエン酸)及び基質(フルクトース等)は別に調製した。嫌気的に培地を調製する方法として、Hungateの方法(Hungate, R. E., 1969, Methods Microbiol., 3B: 117-132)を改変したMillerらの方法(Miller, T. L.
et al., 1974, Appl. Microbiol., 27: 985-987)を用いた。各成分の組成は以下の通りである。1.0gのNHCl、0.1gのKCl、0.2gのMgSO・7HO、0.8gの NaCl、0.1gのKHPO、0.02gのCaCl・2HO、
1.0gの酵母エキス(酵母エキス無添加の場合は0.01gのウラシル)、2.0gのNaHCO、10mlの微量元素溶液、10mlのビタミン溶液、1000mlのイオ
ン交換水、(必要に応じて20gのアガー)、(必要に応じて2.0gのフルクトース)。調製手順は以下の通りである。まず、上記各成分を混合し、5N HClでpH6.9
に調整後、イオン交換水で900mLにメスアップし、培地を湯浴でボイル(20分間)した。その後、N/CO(80:20)を注入しながら氷中で冷却(20分間)し、予めN/CO(80:20)を注入しておいた125mLバイアル瓶に45mLずつ分注し、さらに、N/CO(80:20)を3分間注入した後、ブチルゴム栓及びアルミシールで密閉した。その後、当該バイアル瓶をオートクレーブ(121℃、15分)した。
【0052】
(微量元素溶液の調製)
イオン交換水に以下の成分を溶解後、1Lにフィルアップした。2.0gのニトリロトリ酢酸(ニトリロトリ酢酸を溶解させた後、KOHでpH6.0に調整)、1.0gのMnSO・HO、0.8gのFe(SO(NH・6HO、0.2gのCoCl・6HO、0.2mgのZnSO・7HO、20.0mgのCuCl・2HO、20.0mgのNiCl・6HO、20.0mgのNaMoO・2HO、20.0mgのNaSeO、20.0mgのNaWO。溶液は遮光し4℃で保存した。
【0053】
(ビタミン溶液の調製)
イオン交換水に以下の成分を溶解後、1Lにフィルアップした。2.0mgのビオチン、2.0mgの葉酸、10.0mgのピリドキシン塩酸塩、5.0mgのチアミン・HCl、5.0mgのリボフラビン、5.0mgのニコチン酸、5.0mgのカルシウム D-(+)-パントテン酸、0.1mgのビタミンB12、5.0mgのp-アミノ安息香酸、5.0mgのチオクト酸。溶液は遮光し4℃で保存した。
【0054】
(フルクトース溶液(200g/L)の調製)
フルクトースをイオン交換水と混合して200g/Lの濃度で調製し、バイアル瓶に分注した後、20分間ボイルした。その後、Nガスを注入しながら氷冷し20分間冷却後、ブチルゴム栓及びアルミキャップで密閉した。その後、オートクレーブ(121℃、15分)を行った後、室温保存した。
【0055】
(還元剤システイン(60g/L)の調製)
L-システイン・HCl・HOをイオン交換水と混合して60g/Lの濃度で調製し、バイアル瓶に分注した後、20分間ボイルした。その後、Nガスを注入しながら氷冷し20分間冷却後、ブチルゴム栓及びアルミキャップで密閉した。その後、オートクレーブ(121℃、15分)を行った後、遮光し室温保存した。培地使用前に1/50量を添加した。
【0056】
(還元剤Ti(III)クエン酸溶液の調製)
イオン交換水にクエン酸ナトリウム二水和物(11.76g)を加えて、200mLにメスアップした。20分間ボイルして脱気後、Nを注入しつつ氷中で20分間冷却した。その後、20%塩化チタン(III)水溶液(ナカライテスク)(10.6mL)を混合し、湯煎で沈殿を溶解させた飽和炭酸ナトリウム水溶液でpH6.0に調整後、予めNを注入しておいた125mLバイアル瓶に80mLずつ分注した。さらにNを3分間注入した後、ブチルゴム栓及びアルミキャップで密閉した。オートクレーブ(121℃、15分)後に遮光し室温保存した。これを培地に対して1、2滴添加した。
【0057】
(ウラシル溶液(10mg/mL)の調製)
ウラシル(300mg)をジメチルスルホオキシド(DMSO)(30mL)に溶解した。バイアル瓶に移し、ブチルゴム栓及びアルミキャップで密閉、遮光し室温保存した。
ウラシル溶液は、ウラシル要求性変異株(ΔpyrF株)培養時のみ培地に対して1/1000量を添加した。
【0058】
(モーレラ属細菌用エレクトロポレーション・バッファー(272mMスクロース溶液)の調製)
スクロースをミリQ水に溶解し、272mM溶液を調製した。20分間ボイルして脱気後、Nを注入しつつ氷中で20分間冷却した。ブチルゴム栓及びアルミキャップで密閉し、オートクレーブ(121℃、15分)後に室温保存した。
【0059】
(LB培地の作製)
10gのトリプトン(ナカライテスク)、5gの酵母エキス(ナカライテスク)、10gのNaClを1000mLのイオン交換水に溶かしてオートクレーブした。プレート作製時には寒天末を1.5%添加した。
【0060】
(2×YT培地の作製)
16gのトリプトン(ナカライテスク)、10gの酵母エキス(ナカライテスク)、5gのNaClを1000mLのイオン交換水に溶かしてオートクレーブした。プレート作成時には寒天末を1%添加した。
【0061】
(SOB培地の作製)
950mLのイオン交換水に対して、20gのトリプトン(ナカライテスク)、5gの酵母エキス(ナカライテスク)、0.5gのNaCl、及び10mLの250mMKClを溶解後、pHを7.0に調整し、イオン交換水で1000mLにメスアップした。オートクレーブ後、使用直前にオートクレーブ滅菌した2MMgCl(5mL)を添加した。
【0062】
(Inoueトランスフォーメーションバッファーの調製)
まず以下の手順で、0.5M PIPES(piperazine-1,2-bis[
2-ethanesulfonic acid])を準備した。PIPES(15.1g
)をミリQ水(80mL)に溶解し、5NKOHを用いてpHを6.7に調整後、ミリQ水で100mLにメスアップした。その後、0.45μmフィルターで濾過滅菌し、-20℃で保存した。次に、以下の試薬をミリQ水(800mL)に溶解して、Inoueトランスフォーメーションバッファーを調製した。10.88gのMnCl・4HO、2.20gのCaCl・2HO、18.65gのKClを溶解後、0.5MPIPES(20mL)を添加し、ミリQ水で1000mLにメスアップした。その後、0.45μmフィルターで濾過滅菌し、-20℃で保存した。
【0063】
[使用機器]
本実施形態において使用した機器は以下の通りである。
インキュベーター
BR-43FH(タイテック):振とう培養(55℃、180rpm)
TVA660DA(アドバンテック):静置培養(55℃)
IS-61(ヤマト科学):静置培養(37℃)
遠心分離機
MX300(トミー精工)
Centrifuge 5410(エッペンドルフ)
吸光光度計
Ultrospec 3300 pro(アマシャムバイオサイエンス):菌体濃度測定
DNA、RNA濃度測定 UV-1600(島津製作所):酵素活性測定
pHメーター F-21(堀場製作所):電極はCM057-BNC(CEMCO)を
使用
PCR装置 PC808(アステック) GeneAmp PCR System 240
0(パーキンエルマー)
ブロックインキュベーター BI-525A(アステック)
超音波破砕機 Digital Sonifier(ブランソン)
qRT-PCR Light Cycler 1.5(ロシュ・ダイアグノスティックス

高速液体クロマトグラフィー(HPLC)装置(詳細は後に説明する。)
【0064】
HPLCのシステムは、以下の通りである。
PU-2080 Plus(HPLCポンプ)、RI-2031 Plus(RIディテクター)、CO-2065 Plus(カラムオーブン)、AS-2057 Plus(オートサンプラー)を用いた(いずれもJASCO)。移動相は0.1%(v/v)HPOを用い、0.7mL/分の流速で流した。分離カラムには、RSpakKC-811(Shodex)を用いた。また、ガードカラムとして、RSpakKC-G(Shodex)を分離カラムの前に設置した。カラムオーブンの温度は、60℃に設定した。測定時にはサンプルの上清に、内部標準として20mMのプロピオン酸を含む0.2%(v/v)HPOを1:1で混合し、酢酸セルロース親水性フィルター0.20μm(Dismic(登録商標)-13CP)で濾過してから測定を行った。オートサンプラーのインジェクションボリュームは10μLとした。
【0065】
[組換え細菌(モーレラ・サーモアセチカ)の作製]
(大腸菌の培養)
大腸菌をLB培地、2×YT培地及びSOB培地を使用し、37℃で培養した。カナマイシン耐性株のスクリーニングはカナマイシン(50μg/mL)を含むプレートを、クロラムフェニコール耐性株のスクリーニングにはクロラムフェニコール(10μg/mL)を含むプレートを使用した。
【0066】
(大腸菌コンピテントセルの作製)
ヒートショックによる形質転換に用いるコンピテントセルの作製は、井上法(Inoue et
al., 1990, Gene 96: 23-28)を参考に、以下の手順で行った。まず、大腸菌を寒天入りLB培地に塗布し、37℃で1晩培養した。得られたシングルコロニーを2×YT培地(5mL)に植菌し、6~8時間振とう培養(37℃、280rpm)した。さらに、得られた培養液(2mL)をSOB培地(100mL)に植菌し、OD600=0.55程度になるまで振とう培養(18℃、120rpm)した。得られた培養液を50mlずつ分注し、10分間氷上静置した。10分後、遠心分離(2500×g、4℃)し、上清を取り除いた後、氷冷したInoueトランスフォーメーションバッファー(16mL)で菌体ペレットをタッピングにより静かに懸濁した。懸濁後、氷上で10分間静置し、遠心分離(2500×g、4℃)した。遠心分離後、上清を取り除き、氷冷したInoueトランスフォーメーションバッファー(4mL)で菌体ペレットをタッピングにより静かに懸濁した。DMSO(ジメチルスルホオキシド)(300μL)を添加し、混合した後、適当量分注し、液体窒素により急速冷凍した。作製したコンピテントセルは-80℃で保存した。エレクトロポレーションによる形質転換に用いるコンピテントセルの作製は、上記と同様に培養した菌体を滅菌水にて2回洗浄後、菌体量と同量の10%グリセロールに懸濁し行った。作製したコンピテントセルは-80℃で保存した。
【0067】
(プラスミドの構築)
モーレラ・サーモアセチカ細菌の内在性ホスホアセチルトランスフェラーゼ発現遺伝子(PduL2)の破壊、及び外来のイソプロパノール合成遺伝子(チオラーゼ、CoAト
ランスフェラーゼ、アセト酢酸デカルボキシラーゼ、及び2級アルコールデヒドロゲナーゼの発現遺伝子)導入用のプラスミドpHM71は、以下の手順で構築した。プラスミドpHM71は、イソプロパノールの前駆体であるアセトンを合成する遺伝子群をpduL2遺伝子領域に導入するプラスミドpk18-ΔpduL2::acetone(特許文献2)をベースとし、このアセトン合成遺伝子群の下流にSadhを発現させるcao(copper amino oxidase、遺伝子番号:Moth_2343)遺伝子のプロモーター(以下「Pcao」ともいう)と、それに続くSadh遺伝子を導入した構造である。
【0068】
最初に、Pcaoを含む配列をクローニングしたpHM35を以下のように作製した。まず、モーレラ・サーモアセチカの染色体DNAを鋳型とし、プライマーセットCao-F及びCao-Rを用いてcao遺伝子の開始コドンより上流の600bpをPCR増幅した。続いて、ベクターは、pK18-kan2(Iwasaki et al., 2013, FEMS Microbiol. Lett. 343(1), pp8-12.)を鋳型とし、プライマーセットpHM35-F及びpHM
35-Rを用いてPCR増幅したものを使用した。これら2つの増幅させたDNAをIn-Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ)を用いてつなげ、大腸菌HST08株を形質転換することでクローニングした。得られたDNAコンストラクトは、サンガーシーケンスによりPCRエラーなどがないことを確認した。
【0069】
次に、pHM35上のPcaoの下流へのSadh遺伝子接続を以下のように行った。まず、鋳型となるDNAは人工遺伝子合成(GENEWIZ)により用意し、モーレラ・サーモ
アセチカ細菌での発現に最適となるようにコドン最適化したものを用いた。用意したDNAを鋳型とし、プライマーセットTK10、TK11を用いてPCR増幅し、インサートとした。ベクターは、上記のように作製したpHM35を鋳型とし、プライマーセットTK06、TK09を用いてPCR増幅したものを使用した。これら2つのDNAをIn-Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ)を用いてつなげ、大腸菌HST08株を形質転換することでクローニングし、PcaoとSadhを接続した配列を作製した。得られたDNAコンストラクトは、サンガーシーケンスによりPCRエラーなどがないことを確認し、pHM36とした。
【0070】
最後に、上記のように作製したpHM36を鋳型とし、プライマーセットJK237、JK238を用いてPCR増幅し、インサートとした。プロトコルは添付のマニュアルに従った。ベクターは、pK18-ΔpduL2::acetone(特許文献2を参照)を鋳型とし、プライマーセットJK235、JK236を用いてPCR増幅したものを用いた。2つの増幅させたDNAをIn-Fusion HD Cloning Kit(タカラバイオ)を用いてつなげ、大腸菌HST08株を形質転換することでクローニングした。得られたDNAコンストラクトは、サンガーシーケンスによりPCRエラーなどがないことを確認した。ここで、4つのアセトン合成遺伝子群としては、Caldanaerobacter subterraneus subsp. tengcongensis由来のチオラーゼ(thl、遺伝子番号TTE0549:配列番号15)、Thermosipho melanesiensis由来のCoAトランスフェラーゼ(ctfA及びctfBにコ
ードされる2つのタンパク質による複合体ctfAB、遺伝子番号Tmel_1135:配列番号16及びTmel_1136:配列番号17)、Clostridium acetobutylicum由来のアセト酢酸デカルボキシラーゼ(adc、遺伝子番号CA_P0165:配列番号18)を用いた。また、アセトンをイソプロパノールに還元する遺伝子としては、Thermoanaerobacter pseudethanolicus由来の2級アルコールデヒドロゲナーゼ(Sadh、遺伝
子番号Teth39_0218:配列番号19)を用いた。参考として、得られたプラスミドにおけるpduL2上流からpduL2下流までの配列は、配列表に配列番号20として示す。
【0071】
(モーレラ・サーモアセチカへのイソプロパノール合成遺伝子群導入)
Kita et al.,2013, J. Biosci. Bioeng. 115(4):347-352にて確立された方法に従いモ
ーレラ・サーモアセチカ(ATCC39073株)の形質転換を行った。構築したプラスミドpHM71は、モーレラ・サーモアセチカ(ATCC39073株)のDNAメチラーゼ遺伝子を導入したプラスミドpBAD1281とともに大腸菌Top10株にエレクトロポレーション法により導入した。この大腸菌よりDNAを調製することでモーレラ・サーモアセチカ(ATCC39073株)型にメチル化されたDNAを取得した。モーレラ・サーモアセチカ(ATCC39073株)の形質転換法は、以下の点を改変した。ウラシル要求性をマーカーとして用いるため、菌株はΔpyrF株を用いた。菌体は、上述の基本培地に糖源として終濃度11mMフルクトースを添加し、55℃で培養、吸光度OD600の値が0.3~0.6程度となった培養から用意した。添加したDNA量は5~10μgとした。形質転換により得られたクローンはPCR法によってpduL2領域のDNAをプライマーセットJK48及びJK49(イソプロパノール生産遺伝子群の導入確認)を用いて増幅し、遺伝子導入により相当の大きさにサイズが変化したことにより確認した(図1(a)及び(b)を参照)。図1(b)に示すように、野生株(レーン1)では増幅サイズが925bpだが、イソプロパノール合成遺伝子群の導入により6481bpにサイズが増大することが示された(レーン2~8)。但し、レーン3においては野生株が少し混入していることが確認されたため、レーン2、4~8を回収した。
【0072】
以上のようにして、モーレラ・サーモアセチカを親株とし、内在性PduL2が欠損し、Thl、CtfAB、Adc及びSadhを発現する組換え株(pduL2::IPA)を得た。なお、この株は受領番号NITE AP-03838として寄託されている。
【0073】
[組換え株のイソプロパノール生成能の評価]
上記のようにして得られた組換え株(pduL2::IPA)のイソプロパノール生成能を以下の通りに評価した。
【0074】
(実施例1)
pduL2::IPA株について、炭素源として六炭糖であるフルクトースを加えて培養したときの菌体増殖並びに基質及び生成物の生成量の測定を経時的に行った。培地は上述の基本培地を使用し、フルクトース濃度を2g/Lとし、培養温度を55℃とした。菌体増殖は吸光光度計による菌体濁度OD600をもとに乾燥菌体重量を算出して評価した。具体的に、OD600と乾燥菌体重量は正比例の関係にあり、OD600=1.0のとき0.383g/Lであるため(Iwasaki et al.,2017, Appl. Environ. Microbiol. 83(8) e00247-17)、この関係式に基づき、測定したODより乾燥菌体重量(g/L)を算出した。一方、基質及び生成物の測定は、HPLCにより基質であるフルクトース濃度並びに生成物である酢酸、アセトン、ギ酸及びイソプロパノール濃度(mM)を経時的に測定した。その結果、図2に示すように、pduL2::IPA株の菌体重量は36時間まで増加を続け、その後、緩やかに低減した。これは、基質であるフルクトースを全て消費したためと考えられる。また、図2に示すように、培養開始から約36時間後にpduL2::IPA株は10mMのフルクトースを完全に消費し、イソプロパノール8.1mMを生成した。副生成物の酢酸は2.6mM、アセトンは1.2mM、及びギ酸は0.5mM生成された。以上の結果から、pduL2::IPA株は、フルクトースからイソプロパノール(IPA)を生成することが示された。また、副生成物としての酢酸や、前駆体のアセトン及び中間体のギ酸も検出された。
【0075】
(実施例2)
炭素源として五炭糖であるキシロースを用いた点以外は、実施例1と同様の試験を行った。その結果、図3に示すように、培養開始から約48時間後にpduL2::IPA株は10mMのキシロースを完全に消費し、イソプロパノール8.5mMを生成した。副生成物の酢酸は2.3mM、アセトンは2.1mM生成された。なお、実施例2では、ギ酸
の生成は確認されなかった。以上の結果から、pduL2::IPA株は、キシロースからイソプロパノール(IPA)を生成し、また、副生成物として酢酸及びアセトンを生成することが示された。
【0076】
(実施例3)
pduL2::IPA株について、CO、COから構成される合成ガスの存在下において培養したときの菌体増殖並びに生成物の生成量を経時的に測定した。測定方法は、実施例1及び実施例2の試験と同様に、菌体増殖は菌体濁度OD600をもとに乾燥菌体重量(g/L)を算出して評価し、生成物の測定はHPLCにより生成物である酢酸、アセトン、ギ酸及びイソプロパノール濃度(mM)を経時的に測定した。まず、125ml容量のガラスバイアルに50mlの培地を入れ、気相部分はN、CO混合ガス(8:2)にて置換し、ブチル栓にて密封した。その後、COガスを分圧0.04MPaにて封入した培地にpduL2::IPA株を植菌し55℃で振とう培養した。このような系で培養すると、pduL2::IPA株は、図4に示すように、菌体重量が120時間まで増加を続け、その後、緩やかに低減した。また、この系においてpduL2::IPA株は、図4に示すように、0.5mMのイソプロパノールを生産し、3.5mMの酢酸を生産した。なお、中間体であるギ酸、イソプロパノールの前駆体であるアセトンは全く検出されず、ガス原料はすべてイソプロパノール又は酢酸に変換された。以上の結果から、pduL2::IPA株は、CO及びCOから構成される合成ガスからであってもイソプロパノール(IPA)を生成することが示された。
【0077】
(実施例4)
pduL2::IPA株について、CO、COに加えて、さらにHを添加した混合ガスを炭素源とする発酵生産試験を行った。培地は、まず上記実施例3と同様のものを準備し、ガラスバイアル中の気相部分にCOガスを添加した後、さらにHガスを分圧0.04MPaで添加したものを用いた。そして、実施例3の場合と同様に準備した培地にpduL2::IPA株を植菌し55℃にて振とう培養を行った。このような系で培養すると、pduL2::IPA株は、図5に示すように、菌体重量が168時間まで増加を続け、その後、緩やかに低減した。また、この系においてpduL2::IPA株は、図5に示すように、2.0mMのイソプロパノールを生産し、5.2mMの酢酸を生産した。また、CO、CO及びHの混合ガスを基質とする実施例4では、CO及びCOの混合ガスを基質とする実施例3の結果と比較して、イソプロパノール及び酢酸の生成量がともに増加することが確認された。また、特にイソプロパノール生成量の増加が顕著であった。なお、本実施例においても中間体であるギ酸及びアセトンは全く検出されなかった。以上の結果から、pduL2::IPA株は、CO、CO及びHから構成される合成ガスからであってもイソプロパノール(IPA)を生成することが示された。
【0078】
(実施例5)
pduL2::IPA株について、CO、Hの混合ガスを炭素源とする発酵生産試験を行った。培地は、まず上記実施例3と同様のものを準備し、ガラスバイアル中の気相部分に圧力0.2MPaとなるまでCOとHの混合ガス(2:8)を添加した。そして、実施例3の場合と同様に準備した培地にpduL2::IPA株を植菌し55℃で振とう培養を行った。このような系で培養すると、pduL2::IPA株は、図6(a)に示すように、菌体重量の増加は見られなかったが、0.7mMのイソプロパノールを生産し、2.4mMの酢酸を生産した。また、イソプロパノールの前駆体であるアセトンは検出されなかったが、中間体である1.1mMのギ酸が検出された。ギ酸を代謝するためには微生物内のエネルギーであるATPが必要であり、ギ酸が多く検出されたことはpduL2::IPA株がHとCOを代謝する過程で十分にATPが得られていないことを示している。そこで、HよりATPをより多く作らせるために電子受容体であるジメチルスルホキシド(DMSO)を32.6mM添加した点以外は、上記と同様にして発酵
生産試験を行った。その結果、図6(b)に示すように、菌体重量は94.5時間まで増加し、また、1.6mMのイソプロパノールを生産し、9.2mMの酢酸を生産した。また、本試験では、DMSO未添加の場合には検出されていたギ酸が検出されなかった。以上の結果から、pduL2::IPA株は、CO及びHから構成される合成ガスからであってもイソプロパノール(IPA)を生成することが示された。また、DMSO等の電子受容体を添加することによってATPを増産する代謝とし、pduL2::IPA株のイソプロパノール生成量を増加できることが示された。
【0079】
以上から、本発明に係る組換え細菌によると、糖、CO及びCO等の炭素源からイソプロパノールを生成できることが示された。また、H等の電子供与体及びDMSO等の電子受容体の存在下ではATP生成が担保されて、より高い効率でイソプロパノールを生成できて好ましいといえる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
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