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特開2024-145796繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測方法、繊維配向分布予測装置、繊維配向分布予測プログラム、及び記録媒体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024145796
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測方法、繊維配向分布予測装置、繊維配向分布予測プログラム、及び記録媒体
(51)【国際特許分類】
   B29C 45/76 20060101AFI20241004BHJP
   G06F 30/23 20200101ALI20241004BHJP
   G06F 30/28 20200101ALI20241004BHJP
   B29C 70/14 20060101ALI20241004BHJP
   G06F 113/08 20200101ALN20241004BHJP
【FI】
B29C45/76
G06F30/23
G06F30/28
B29C70/14
G06F113:08
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023058299
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小川 淳一
(72)【発明者】
【氏名】井上 実
(72)【発明者】
【氏名】谷澤 浩樹
(72)【発明者】
【氏名】志水 克教
(72)【発明者】
【氏名】木原 伸一
【テーマコード(参考)】
4F205
4F206
5B146
【Fターム(参考)】
4F205AA11
4F205AB25
4F205AC05
4F205AD16
4F205AM23
4F205AR20
4F205HA12
4F205HA27
4F205HA34
4F205HA36
4F205HB01
4F205HK19
4F205HL15
4F206AA11
4F206AB17
4F206AB25
4F206AM23
4F206JA07
4F206JL09
4F206JP30
5B146AA10
5B146DJ03
5B146DJ07
(57)【要約】
【課題】繊維配向分布の予測精度をさらに向上させることができる繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測方法、装置、プログラム、及び記録媒体をもたらす。
【解決手段】コンピュータシミュレーションにより、繊維強化樹脂の射出成形品に含まれる繊維の配向分布を予測する方法であって、溶融樹脂の流速と修正されたFolgar-Tuckerモデルからなる繊維配向予測式とに基づいて前記繊維の配向を算出する繊維配向算出工程を備え、前記繊維配向予測式は、前記繊維同士の干渉を考慮した項として、前記溶融樹脂の流動方向において流速が変化する流れである伸長流による影響を考慮した項を含む。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータシミュレーションにより、繊維強化樹脂の射出成形品に含まれる繊維の配向分布を予測する方法であって、
溶融樹脂の流速と修正されたFolgar-Tuckerモデルからなる繊維配向予測式とに基づいて前記繊維の配向を算出する繊維配向算出工程を備え、
前記繊維配向予測式は、前記繊維同士の干渉を考慮した項として、前記溶融樹脂の流動方向において流速が変化する流れである伸長流による影響を考慮した項を含むことを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記繊維配向予測式は、前記繊維同士の干渉を考慮した項として、前記溶融樹脂のせん断流による影響を考慮した第1干渉項と、前記伸長流による影響を考慮した第2干渉項と、を含むことを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測方法。
【請求項3】
請求項2において、
前記第1干渉項は、前記せん断流により前記繊維の配向がランダム配向以外の所定の第1配向に収束するように表現されていることを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測方法。
【請求項4】
請求項3において、
前記伸長流は、前記溶融樹脂の流動が進むにつれて前記流速が減少する流れである拡大流と、該流速が増加する縮小流と、を有し、
前記第2干渉項は、前記拡大流により前記繊維の配向がランダム配向以外の所定の第2配向に収束するように表現されているとともに、前記縮小流により前記繊維の配向がランダム配向以外の所定の第3配向に収束するように表現されていることを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測方法。
【請求項5】
請求項4において、
前記第2配向と前記第3配向とは互いに異なる配向であることを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測方法。
【請求項6】
請求項4において、
前記第1配向、前記第2配向及び前記第3配向は、予め実験的に求めておいた実験値に基づいて決定されることを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測方法。
【請求項7】
請求項2において、
前記第1干渉項及び前記第2干渉項の各々は、前記繊維の配向のしやすさを表す第1係数及び第2係数を含むことを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測方法。
【請求項8】
請求項2において、
前記繊維配向予測式は、下記式(1)により表されることを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測方法。
【数1】
【請求項9】
コンピュータシミュレーションにより、繊維強化樹脂の射出成形品に含まれる繊維の配向分布を予測する装置であって、
溶融樹脂の流速と修正されたFolgar-Tuckerモデルからなる繊維配向予測式とに基づいて前記繊維の配向を算出する繊維配向算出部を備え、
前記繊維配向予測式は、前記繊維同士の干渉を考慮した項として、前記溶融樹脂の流動方向において流速が変化する流れである伸長流による影響を考慮した項を含むことを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測装置。
【請求項10】
コンピュータシミュレーションにより、繊維強化樹脂の射出成形品に含まれる繊維の配向分布を予測するためのプログラムであって、
コンピュータに、少なくとも、溶融樹脂の流速と修正されたFolgar-Tuckerモデルからなる繊維配向予測式とに基づいて前記繊維の配向を算出する手順を実行させるものであり、
前記繊維配向予測式は、前記繊維同士の干渉を考慮した項として、前記溶融樹脂の流動方向において流速が変化する流れである伸長流による影響を考慮した項を含むことを特徴とする繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測プログラム。
【請求項11】
請求項10に記載された繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測方法、繊維配向分布予測装置、該繊維配向分布予測方法をコンピュータに実行させるためのプログラム、並びに該プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、繊維強化樹脂の射出成形品における製品設計等の容易化を目的として、金型内の繊維強化樹脂の流動固化挙動をCAE(Computer-Aided-Engineering)を用いて解析することが行われている。
【0003】
繊維強化樹脂では、繊維の配向状態に異方性が生じると、成形品の収縮量、弾性率等にも異方性が生じ、延いては成形品の寸法精度、強度等に影響する。従って、溶融樹脂中の繊維配向分布を精度よく予測することは、射出成形品の寸法精度、強度等を予測する上で重要である(例えば、特許文献1~4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2010-531752号公報
【特許文献2】特開2022-118541号公報
【特許文献3】特開2014-226871号公報
【特許文献4】米国特許第8571828号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1~3に記載された方法や、従来の樹脂射出成形解析ソフトウエアに実装されている繊維配向予測プログラムは、繊維配向予測式として、Folgar-Tuckerモデル(「Advani-Tuckerモデル」とも称される。本明細書において、「FTモデル」ともいう。)を採用している。FTモデルは、繊維1本の配向は該繊維の周りの溶融樹脂の流速に依存することを記述したJeffery方程式(本明細書において、「Jモデル」ともいう。)をベースに、繊維同士の干渉を考慮した干渉項を加えた式である。この干渉項は、せん断流の影響を考慮し、繊維同士が干渉すると繊維配向はランダム化するという考え方に基づいて設定されている。
【0006】
FTモデルは、Jモデルにおける繊維配向の傾向が極端化するという現象をある程度緩和し、特にせん断流が支配的なスキン層のMD配向を制御することができる。
【0007】
しかしながら、FTモデルでは、特にコア層における繊維配向分布の予実差を低減することが難しく、予測精度向上の観点から改善の余地がある。
【0008】
なお、特許文献4では、FTモデルをベースとする発展的なiARDモデルが提案されているが、複雑なモデルで取扱いが困難であるとともに、スキン層、シェル層(スキン層の内側にあり、大きなせん断ひずみが生じる部位)及びコア層の全体において繊維配向予測の精度を向上させることは依然として難しいという問題があった。
【0009】
そこで、本開示は、簡潔なモデルで繊維配向分布の予測精度をさらに向上させることができる繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測方法、繊維配向分布予測装置、該繊維配向分布予測方法をコンピュータに実行させるためのプログラム、並びに該プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体をもたらすことを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、本開示に係る繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測方法の一態様は、コンピュータシミュレーションにより、繊維強化樹脂の射出成形品に含まれる繊維の配向分布を予測する方法であって、溶融樹脂の流速と修正されたFolgar-Tuckerモデルからなる繊維配向予測式とに基づいて前記繊維の配向を算出する繊維配向算出工程を備え、前記繊維配向予測式は、前記繊維同士の干渉を考慮した項として、前記溶融樹脂の流動方向において流速が変化する流れである伸長流による影響を考慮した項を含むことを特徴とする。
【0011】
従来のFTモデルは、繊維同士の干渉を考慮した項として、せん断流による影響を考慮した項のみを含み、この干渉項は、繊維同士が干渉すると繊維配向はランダム化するという考え方に基づき設定されている。そして、当該FTモデルでは、溶融樹脂の流動方向において流速が変化する、好ましくは増減する流れである伸長流の影響は、せん断流による影響と同一とみなして扱っている。言い換えると、従来のFTモデルでは、流れの種類にかかわらず、繊維同士が干渉すると繊維配向はランダム化するという考え方を採用する。
【0012】
しかしながら、本願発明者らは、鋭意研究の結果、繊維同士の干渉に対するせん断流による影響と、伸長流による影響とは異なることを見出した。本構成では、繊維配向予測式として、伸長流による影響を考慮した干渉項を含む修正されたFTモデルを使用する。これにより、簡潔なモデルで、繊維配向分布の予測精度が向上する。
【0013】
好ましくは、前記繊維配向予測式は、前記繊維同士の干渉を考慮した項として、前記溶融樹脂のせん断流による影響を考慮した第1干渉項と、前記伸長流による影響を考慮した第2干渉項と、を含む。
【0014】
修正されたFTモデルが、せん断流による影響を考慮した第1干渉項と、伸長流による影響を考慮した第2干渉項とを含むことにより、繊維同士の干渉に対するそれぞれの流れによる影響を独立して考慮できることから、繊維配向分布の予測精度が向上する。
【0015】
好ましくは、前記第1干渉項は、前記せん断流により前記繊維の配向がランダム配向以外の所定の第1配向に収束するように表現されている。
【0016】
従来のFTモデルでは、繊維同士の干渉が強いほど繊維の配向はランダム配向に近づくという仮定に基づいて干渉項が設定されている。しかしながら、実際の射出成形品についてX線CT画像観察により繊維配向を検討したところ、繊維の含有率が増加、すなわち繊維同士の干渉が強くなってもランダム配向には近づかず、むしろ溶融樹脂中の支配的な流れの影響により所定の配向に収束する傾向が高まることが判明した。本構成では、第1干渉項はせん断流の影響により繊維が第1配向に収束するように表現されていることから、実現象を反映した繊維配向の予測が可能となり、繊維配向分布の予測精度が向上する。
【0017】
好ましくは、前記伸長流は、前記溶融樹脂の流動が進むにつれて前記流速が減少する流れである拡大流と、該流速が増加する縮小流と、を有し、
前記第2干渉項は、前記拡大流により前記繊維の配向がランダム配向以外の所定の第2配向に収束するように表現されているとともに、前記縮小流により前記繊維の配向がランダム配向以外の所定の第3配向に収束するように表現されている。
【0018】
本構成では、第2干渉項は、伸長流のうちの拡大流及び縮小流の影響により繊維がそれぞれ第2配向及び第3配向に収束するように表現されていることから、より実現象に即した繊維配向の予測が可能となり、繊維配向分布の予測精度がさらに向上する。
【0019】
好ましくは、前記第2配向と前記第3配向とは互いに異なる配向である。
【0020】
本構成によれば、繊維同士の干渉に対する拡大流による影響と縮小流による影響との違いを考慮できることから、繊維配向分布の予測精度が向上する。
【0021】
好ましくは、前記第1配向、前記第2配向及び前記第3配向は、予め実験的に求めておいた実験値に基づいて決定される。
【0022】
より効果的に実現象を反映した繊維配向の予測が可能となり、繊維配向分布の予測精度がさらに向上する。
【0023】
好ましくは、前記第1干渉項及び前記第2干渉項の各々は、前記繊維の配向のしやすさを表す第1係数及び第2係数を含む。
【0024】
第1係数及び第2係数を調整することにより、より効果的に実現象を反映した繊維配向の予測が可能となり、繊維配向分布の予測精度が向上する。
【0025】
好ましくは、前記繊維配向予測式は、下記式(1)により表される。
【0026】
【数1】
【0027】
ここに開示する繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測装置の一態様は、コンピュータシミュレーションにより、繊維強化樹脂の射出成形品に含まれる繊維の配向分布を予測する装置であって、溶融樹脂の流速と修正されたFolgar-Tuckerモデルからなる繊維配向予測式とに基づいて前記繊維の配向を算出する繊維配向算出部を備え、前記繊維配向予測式は、前記繊維同士の干渉を考慮した項として、前記溶融樹脂の流動方向において流速が変化する流れである伸長流による影響を考慮した項を含むことを特徴とする。
【0028】
また、ここに開示する繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測プログラムの一態様は、コンピュータシミュレーションにより、繊維強化樹脂の射出成形品に含まれる繊維の配向分布を予測するためのプログラムであって、コンピュータに、少なくとも、溶融樹脂の流速と修正されたFolgar-Tuckerモデルからなる繊維配向予測式とに基づいて前記繊維の配向を算出する手順を実行させるものであり、前記繊維配向予測式は、前記繊維同士の干渉を考慮した項として、前記溶融樹脂の流動方向において流速が変化する流れである伸長流による影響を考慮した項を含むことを特徴とする。
【0029】
本構成の装置及びプログラムでは、繊維配向予測式として、伸長流による影響を考慮した干渉項を含む修正されたFTモデルを使用する。これにより、簡潔なモデルで、繊維配向分布の予測精度が向上する。
【0030】
ここに開示する記録媒体の一態様は、上述の繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体である。
【発明の効果】
【0031】
以上述べたように、本開示では、繊維配向予測式として、伸長流による影響を考慮した干渉項を含む修正されたFTモデルを使用する。これにより、簡潔なモデルで、繊維配向分布の予測精度が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】本開示に係る繊維配向分布予測装置の構成例を示す図。
図2】本開示に係る繊維配向分布予測方法を説明するためのフローチャート。
図3】樹脂の流れの種類と繊維の配向を説明するための図。
図4】せん断流及び伸長流の速度成分と、板厚方向の速度成分分布を示す図。
図5】参考例の実験により得られた繊維配向テンソルの実測値と、比較例の解析により得られた繊維配向テンソルの予測値との比較を示すグラフ。
図6】参考例の実験により得られた繊維配向テンソルの実測値と、比較例の解析により得られた繊維配向テンソルの予測値との比較を示すグラフ。
図7】参考例の実験で得られた符号B1で示す位置におけるX線CT画像。
図8図7の符号B1で示す位置における繊維配向テンソルの経時変化を示すグラフ。
図9】時刻T1及び時刻T2における繊維配向メカニズムを説明するための図。
図10図7の符号B1の位置における時刻T2の繊維配向テンソルに対する繊維含有率及び繊維長の影響を表す図。
図11】参考例の実験で得られたゲートからのMD方向の距離に対する各層の繊維配向テンソルの変化を示すグラフ。
図12】参考例の実験において、含有率、繊維長、板厚、及び樹脂のMFR(粘度)の繊維配向テンソルに対する影響を示すグラフ。
図13】参考例の実験に用いた試験片TP1及びその形状モデル、並びに、実施例及び比較例のCAE解析に用いた試験片TP2及びその解析モデルを示す図。
図14】試験片TP2の形状データを厚さ方向に分割した様子を説明するための図。
図15】参考例の実験により得られた繊維配向テンソルの実測値と、実施例及び比較例の解析により得られた繊維配向テンソルの予測値との比較を示すグラフ。
図16】参考例の実験により得られた繊維配向テンソルの実測値と、実施例及び比較例の解析により得られた繊維配向テンソルの予測値との比較を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本開示の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本開示、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものでは全くない。
【0034】
<繊維配向分布予測装置>
図1に、本開示の繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測装置100(以下、「予測装置100」ともいう。)の構成例を示す。予測装置100は、コンピュータシミュレーションにより、繊維強化樹脂の射出成形品に含まれる繊維の配向分布を予測する装置であり、コンピュータ110を基本構成とするCAE(Computer Aided Engineering)システムである。
【0035】
予測装置100は、記憶部120と、プロセッサ130と、を備える。また、予測装置100は、例えばディスプレイ等からなる表示部140、キーボード等からなる入力部150、及び各種記録媒体170に保存された情報を取得するための読取部160等を備える。記憶部120及び/又は記録媒体170には、演算処理用のプログラム及び各種解析用データ等の情報が格納される。プロセッサ130は、記憶部120に格納された上記情報、入力部150を介して入力された情報、及び読取部160を介して記録媒体170から取得した情報等に基づいて、各種演算処理を行う。
【0036】
予測装置100は、解析モデル作成部131により、繊維強化樹脂の流路となる金型のキャビティを定義した3D CADデータ等の形状データを複数の微小要素に分割して解析モデルを作成する。微小要素を作成する解析モデル作成部131としては、例えば東レエンジニアリングDソリューションズ株式会社製の3D TIMON(登録商標)-Pre/Post、株式会社エヌ・エス・ティ製のFEMAP(登録商標)、エムエスシーソフトウェア株式会社製のPatran(登録商標)、Altair社製のHyeper mesh(登録商標)等のCAEプリプロセッサを使用できる。
【0037】
なお、上述の解析モデルの微小要素としては、特に限定されるものではなく、ソリッド要素、シェル要素、3次元ボクセル要素等の周知の要素を採用できる。
【0038】
樹脂及び繊維の種類、配合、PVT、粘度、比熱及び熱伝導率等の材料特性、板厚及びゲート位置等の形状特性、射出速度、バルブ開閉条件及び樹脂温度等の成形条件等の境界条件データを入力し、解析条件設定部132で解析条件を設定する。そして、流動解析部133で、キャビティに材料を射出したときの樹脂の挙動を解析する流動解析を実行する。流動解析により、微小要素ごとの樹脂の流速の情報を含む各種データが得られる。なお、本明細書において、「流速」の語は、「流れの速度」と同義であり、流れの速さ及び方向の両者を含む概念として使用している。解析条件設定部132及び流動解析部133としては、例えばAnsys社のPolyflow、東レエンジニアリングDソリューションズ株式会社製の3D TIMON(登録商標)等の射出成形CAEソフトウエアを使用できる。
【0039】
繊維配向テンソル算出部134(繊維配向算出部)は、流動解析部133により算出された溶融樹脂の流速と後述する繊維配向予測式とに基づき、繊維の配向を示す繊維配向テンソルを算出する。なお、本明細書において、繊維配向テンソルとは、繊維配向度をスカラー量で扱うためのパラメータであり、各繊維の配向方向ΔX,ΔY,ΔZからテンソル積で3行3列の行列を求め、正規化した上平均化することで複合材としての各方向の繊維配向度を示す(A11はX方向(MD)、A22はY方向(TD)、A33はZ方向(ND)である。A11,A22、A33の合計は1である。)なお、繊維強化樹脂の射出成形品では繊維はほとんどA33:ND方向に配向しないという特性に基づきA11のみを指標とすることが一般的であり、本明細書(特に図5図6図11図15及び図16)において、「(繊維)配向テンソル」とは、A11のテンソルで配向度の変化を意味している。なお、本明細書において、「(繊維)配向テンソル」を「A11(MD)テンソル」と表記することがある。繊維配向テンソル算出部134としては、例えば東レエンジニアリングDソリューションズ株式会社製の3D TIMON(登録商標)-FIBER、3D TIMON(登録商標)-3DCS等の繊維配向解析ソルバー等をベースに用いることができる。
【0040】
<射出成形品>
解析対象の射出成形品としては、特に限定する意図ではないが、例えば自動車用部品、ロケット、航空機等の部品、スポーツ用品等が挙げられる。好ましくは、車両の内外装部材等の板状の射出成形品が挙げられる。
【0041】
樹脂としては、特に限定されるものではなく、周知の樹脂を対象とすることができるが、具体的には例えばポリプロピレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド(PA)樹脂等が挙げられる。これらの樹脂は1種又は2種以上が混合されて用いられ得る。繊維としては、特に限定されるものではなく、周知の繊維を用いることができるが、具体的には例えばガラス繊維、炭素繊維、セルロースナノ繊維等が挙げられる。これらの繊維は1種又は2種以上が混合されて用いられ得る。繊維径、繊維長等は、特に限定されるものではなく、一般的に用いられる条件とすることができる。成形品中における繊維の含有量は、特に限定されるものではなく、一般的な含有量とすることができるが、例えば1質量%以上50質量%以下、好ましくは5質量%以上40質量%以下である。なお、本予測方法は、限定する意図ではないが、例えばCは繊維体積濃度、Lは繊維長、Dは繊維直径、繊維長分布が均一としたときに、C>D/Lで定義される高濃度懸濁液に好適に適用され得る。例えば、後述する解析における繊維長0.5mm、繊維径18μmの条件では、質量含有率で繊維含有率が7.1質量%以上の条件で適用され得る。また、成形品は、成形性、強度、意匠性、機能性等の向上の観点から、5質量%程度のフィラー、顔料、染料、耐衝撃性改良剤、UV吸収剤等の添加材等を含有してもよい。これらの添加材は単独で又は複数種添加され得る。
【0042】
<繊維配向状態予測方法>
図2は、本開示に係る繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測方法(以下、「予測方法」ともいう。)の実施の手順を示すフローチャートである。予測方法は、コンピュータシミュレーションにより、繊維配向分布を予測する方法であって、解析モデル作成工程S1と、解析条件設定工程S2と、流動解析工程S3と、繊維配向テンソル算出工程S4(繊維配向算出工程)と、繰り返し工程S5と、を備える。
【0043】
まず、解析モデル作成工程S1において、上述のごとく、解析モデル作成部131により、3次元CAD等を用いて作成した金型のキャビティの形状データ等を数値解析用の微小要素に分割し、解析モデルを作成する。
【0044】
続いて、解析条件設定工程S2において、材料特性、形状特性、成形条件等の境界条件データを入力し、解析条件を設定する。そして、流動解析工程S3において、流動解析を行い、微小要素毎、微小タイムステップ毎に樹脂の流速を算出する。
【0045】
次に、繊維配向テンソル算出工程S4において、流動解析の結果得られた樹脂の流速データと後述する繊維配向予測式とに基づき、微小要素毎、微小タイムステップ毎の繊維配向テンソルを算出する。
【0046】
流動解析工程S3及び繊維配向テンソル算出工程S4は、材料のキャビティへの充填が完了するまで繰り返される(繰り返し工程S5)。そして、最終的に得られた繊維配向テンソルにより、成形品の繊維配向分布が得られる。
【0047】
[繊維配向テンソル算出工程]
本実施形態に係る予測方法は、繊維配向テンソル算出工程S4において繊維配向テンソルを算出するための繊維配向予測式が、下記式(1)で示す、修正されたFolgar-Tuckerモデルからなることを特徴とする。
【0048】
【数2】
【0049】
以下、図3図16を参照して、詳細を説明する。なお、以下の説明では、射出成形品として板状の成形品を採用する場合を例に挙げて説明するが、本開示に係る予測方法は、板状以外の成形品にも適用できる。
【0050】
本明細書において、方向は、溶融樹脂の流動方向をMD方向、板厚方向をND方向、流動方向及び板厚方向に垂直な方向をTD方向と称することがある。解析においては、MD方向、TD方向及びND方向をそれぞれx軸、y軸及びz軸としている(図13参照)。
【0051】
-従来のFTモデルとその課題について-
従来のFTモデルは、下記式(2)で表される。
【0052】
【数3】
【0053】
式(2)の右辺の1番目の項及び2番目の項は、Jモデルに該当し、溶融樹脂の流速が繊維1本に与える影響を示している。式(2)の干渉係数CIをゼロに設定することにより、式(2)はJモデルとなる。Jモデルは、繊維は流速が速い方向に回転するという考え方に基づいて定式化されている。
【0054】
図3は、キャビティ内の樹脂Pの2種類の主要な流れであるせん断流及び伸長流と、それらにより生じる1本の繊維Gの配向を示している。
【0055】
せん断流は、例えば金型Mのキャビティ表面近傍において主に生じる流れである。溶融樹脂Pは、キャビティ表面に接触すると温度が低下し、流速が低下する。そうすると、繊維Gの両端に作用する樹脂流速に速度差・速度勾配が生じ、繊維Gが回転して樹脂Pの流れ方向(MD方向)に平行な状態となって流れる。すなわち、せん断流の影響が強くなると、繊維Gの配向は樹脂の流れに平行なMD配向となる。
【0056】
一方、伸長流は、溶融樹脂の流動が進むにつれて流速が減少する流れである拡大流と、該流速が増加する縮小流とに分けることができる。
【0057】
拡大流は、例えばゲートM1近傍等の狭い空間から広い空間に溶融樹脂Pが流れる部位で生じる流れである。このような部位では、溶融樹脂Pの進展に伴い、溶融樹脂Pの流速が全体的に低下する。流速が低下すると、繊維G1の両端に作用する樹脂流速V1、V2に速度差・速度勾配が生じ(V2<V1)、繊維Gが回転して、やがて繊維Gは樹脂Pの流れ方向と垂直な方向(TD方向)に平行な状態となって流れる。すなわち、拡大流の影響が強くなると、繊維Gの配向は樹脂の流れに垂直なTD配向となる。
【0058】
縮小流は、例えば製品形状のくびれ部分等の広い空間から狭い空間に溶融樹脂Pが流れる部位で生じる流れである。このような部位では、溶融樹脂Pの進展に伴い、溶融樹脂Pの流速が全体的に増加する。流速が増加すると、繊維G1の両端に作用する樹脂流速V1、V2に速度差・速度勾配が生じ(V2>V1)、繊維Gが回転して、やがて樹脂Pの流動方向(MD方向)に平行な状態となって繊維Gは流れる。すなわち、縮小流の影響が強くなると、繊維Gの配向は樹脂の流れに平行なMD配向となる。
【0059】
せん断流及び伸長流により1本の繊維の配向は上述のようになると考えられるが、繊維同士が互いに接触、すなわち干渉すると上述の配向に影響が生じる。式(2)に示す従来のFTモデルは、Jモデルに、このような繊維同士の干渉を考慮した干渉項を加えた式となっている。この干渉項は、せん断流の影響により繊維同士が互いに接触すると、繊維配向はランダム化するという考え方に基づいて設定されている(なお、本明細書において、「ランダム化」とは繊維配向の等方性(異方性と対比)を意味している。FTモデルでは、δijの設定により当該ランダム化を表現している)。
【0060】
また、FTモデルのもう1つの特徴として、繊維同士の干渉に対する伸長流の影響は、せん断流による影響と同一とみなして扱っていることにある。
【0061】
具体的に、図4は、せん断流及び伸長流の速度成分と、板厚方向の速度成分分布を示している。上述のごとく、MD方向、TD方向及びND方向をそれぞれx軸、y軸及びz軸としたときに(図13参照)、せん断速度成分及び伸長速度成分は、図4(a)のそれぞれ破線矢印及び実線矢印で示す成分で表される。後述する実施例及び比較例の流動解析で得られた流速のせん断速度成分及び伸長速度成分の板厚方向の分布をグラフ化すると、図4(b)のようになる。図4(b)から、スキン層(及び該スキン層に隣接するシェル層)ではせん断流が支配的となり、コア層では伸長流が支配的となることが判る。
【0062】
式(2)の干渉項は、ドット付きγで表されるひずみ速度テンソルのスカラー量を含む一方、2ドット付きγで表される伸長速度テンソルのスカラー量は含まない。すなわち、FTモデルでは、繊維同士の干渉について、伸長流の影響はせん断流の影響と同一とみなして、せん断流の影響のみを考慮している。
【0063】
このように、FTモデルでは、流れの種類にかかわらず、繊維同士が干渉すると繊維配向はランダム化するという考え方を採用している。
【0064】
図5及び図6は、後述する参考例の実験により得られた繊維配向テンソルの実測値(破線)と、Jモデル(比較例1)又はFTモデル(比較例2)を用いて算出した繊維配向テンソルの予測値(一点鎖線)を示す。
【0065】
符号A1~A7で示すいずれの位置(図13参照)においても、Jモデルでは、実測値と比較して繊維配向が極端なTD配向又はMD配向と予測される傾向が見受けられる。これは、繊維同士の干渉を一切考慮していないことに原因があると考えられる。
【0066】
これに対し、繊維同士の干渉を考慮したFTモデルでは、CI最適値(CI=0.01)の場合、図5及び図6中白抜き矢印で示すように、特にスキン層(層L1、L2、L17、L18程度、図14参照)及びシェル層(層L3、L4、L15、L16程度、図14参照)における繊維配向の予実差が低減することが判る。これは、式(2)の干渉項により繊維同士の干渉を考慮した効果であると考えられる。
【0067】
しかしながら、コア層(層L5~L14程度、図14参照)については、FTモデルではほとんど予測精度の改善が見られない。具体的に、特に符号A1~A5の位置では、コア層の中央部(層L8~L12程度)において、繊維配向テンソルの実測値は約0.2以下にまで低下し、TD配向となっているのに対し、FTモデルではJモデルと予測値は変わらず、予実差は改善されていない。また、コア層のうち、例えば繊維配向テンソルの値が0.4以下となるTD配向の層(「TD配向層」ともいう)の厚みは、実測値では、層L6~L13程度であるのに対し、Jモデル及びFTモデルでは層L9~L11程度であり、TD配向層の板厚方向の厚みもこれら従来モデルでは十分に予測できないことが判る。
【0068】
なお、FTモデルでは、干渉係数CIを調整することにより、繊維同士の干渉が繊維配向に及ぼす影響を調整できる。しかしながら、図5及び図6の比較例2に示すように、CIを0.10及び1.00に変更しても、実測値との予実差がかえって大きくなり、予測精度の向上は見られないことが判る。
【0069】
-繊維配向テンソルの実測値について-
ここで、繊維配向テンソルの実測値について検討してみると、以下のことが判る。
【0070】
図7は、後述する参考例の実験で得られた、符号B1で示す位置におけるX線CT画像である。具体的には、参考例の条件のうち、樹脂としてA-1を使用し、板厚3.5mm、繊維の繊維長10mm、繊維含有率40質量%、平均流速100mm/sで射出成形を行った。そして、時刻T1及び時刻T2で流動停止させることにより得られた試験片における符号B1の位置のX線CT画像を撮影した。時刻T1において、符号B1で示す位置は材料のフローフロント位置FF1の直後に存在している。時刻T2において、材料のフローフロント位置FF2は試験片TP1の末端に存在している。
【0071】
図8は、図7に示すX線CT画像等を元に算出した、符号B1で示す位置における繊維配向テンソルの経時変化を示している。図8に示すように、フローフロント位置の直後に相当し、せん断流の影響を受けていない時刻T1では、スキン層を除いて概ねTD配向となっており、板厚方向に対してU字型の配向分布となっている。一方、時刻T1から時間が経過し、樹脂の流動によってせん断流の影響を受けた時刻T2では、スキン層に隣接するシェル層において繊維配向がMD配向側に変化しており、板厚方向に対してW字型の配向分布となっている。
【0072】
このことから、フローフロント位置の直後における繊維配向メカニズムと、その後の樹脂の流動により生じる繊維配向メカニズムとは異なると考えられる。また、コア層のTD配向は、時刻T1と時刻T2とで変化していないことから、フローフロント位置直後の繊維配向メカニズムによりTD配向が決定していると考えられる。
【0073】
具体的に、図9に示すように、時刻T1のフローフロント位置の直後では、板厚方向中央部の樹脂Pの流れは拡大流が支配的となり、この拡大流によりコア層のTD配向が決まると考えられる。そして、ファウンテンフローにより樹脂がコア層からスキン層へ移行するに伴い繊維も移動する。この際に繊維はコア層とスキン層の流速差により、TD配向からND配向を経てMD配向に回転する過程を経て、全体的にTD配向が強いU字型配向となると考えられる。一方、時刻T2では、スキン層の繊維は樹脂が金型に接し固化したことで配向が固定され得るとともに、その内側のシェル層はせん断流の影響が顕著となり、シェル層の繊維Gが回転してMD配向に変化すると考えられる。
【0074】
図10は、図7の符号B1の位置における時刻T2の繊維配向テンソルへの繊維含有率及び繊維長の影響を調べた結果を示している。具体的に、後述する参考例において、樹脂としてA-1を使用し、板厚を3.5mm、繊維の繊維長を0.5mm(短繊維)及び10mm(長繊維)、材料中における繊維含有率を1.5質量%(低含有率)及び40質量%(高含有率)、平均流速を100mm/sとして射出成形を行った。
【0075】
図10に示すように、低含有率では、各層のX線CT画像及び繊維配向テンソルから、板厚方向の層位置によらず全体的にランダム配向の傾向となり、繊維長にかかわらず同様の傾向が見られることが判った。また、高含有率では、各層のX線CT画像及び繊維配向テンソルから、板厚方向に対してコア層がTD配向、スキン層及びシェル層がMD配向となるW字型の配向傾向となり、繊維長にかかわらず同様の傾向が見られることが判った。
【0076】
図10の低含有率の場合のグラフの右側に模式図で示すように、繊維が低含有率の場合には、材料中における繊維の占める割合が小さいために、繊維同士の干渉が少なく、ランダム配向となると考えられる。一方で、図10の高含有率の場合のグラフの右側に模式図で示すように、繊維が高含有率の場合には、材料中における繊維の占める割合が大きくなる。言い換えると、高含有率の場合には、低含有率の場合と同一の数の繊維に対して繊維が存在する領域が小さくなる。繊維が存在する領域が小さくなると、繊維がある程度揃わないと(すなわち、繊維がある程度配向しないと)狭い領域に存在できないと考えられる。このために、全体的にランダム配向とならず、コア層ではTD配向、スキン層及びシェル層ではMD配向となると考えられる。なお、この繊維配向に異方性が生じる繊維含有率の閾値としては、Cを繊維体積濃度、Lを繊維長、Dを繊維直径として、上述のC>D/Lで定義される高濃度懸濁液が否かにより決定されると考えられる。例えば、後述する実験及び解析における繊維長0.5mm、繊維径18μm条件では、上述のごとく、繊維含有率が7.1質量%以上の条件で適用されると考えらえる。
【0077】
図11は、後述する参考例において、板厚3.5mm、繊維の繊維長10mmとし、材料中における繊維含有率を1.5質量%~40質量%、平均流速を900mm/s、100mm/sに変化させた場合の繊維配向テンソルの実測値を示すグラフである。図11では、ゲートM1(図13参照)からのMD方向の距離に対する各層の繊維配向テンソルの変化を示している。
【0078】
図11から、繊維含有率が1.5質量%で少ない場合には、破線矢印で示すように、試験片TP1の末端(ゲートからの距離190mm)ではTD配向を示すものの、末端を除いては概ねランダム配向の傾向にあり、溶融樹脂の流動に伴う配向の異方性の発現が遅い傾向にあることが判る。これは、繊維含有率が少ないために、繊維同士の干渉が少ないためと考えられる(Jモデルが想定される)。
【0079】
一方、繊維含有率が10質量%以上では、ゲートからの距離が20mm以内の領域で、スキン層及びシェル層はMD配向(二点鎖線矢印)、コア層はTD配向(一点鎖線矢印)となることが判る。すなわち、溶融樹脂の充填開始からある程度早い段階で繊維配向の異方性が発現し、繊維配向テンソルの値がある程度配向した値へ収束することが判る。そして、その傾向は、平均流速が変化しても、同様であることが判る。
【0080】
また、図12は、後述する参考例において、含有率、繊維長、板厚、及び樹脂の粘度に関係するMFRの繊維配向テンソルに対する影響を調べた結果である。なお、繊維長、板厚及び樹脂のMFRの影響を調べる実験では、繊維の含有率は40質量%とした。図12に示すように、繊維の含有率が低い場合には、スキン層及びコア層のいずれも繊維配向はランダム化する一方で、繊維の含有率が高い場合、繊維長、板厚及び樹脂のMFRによらず、スキン層はMD配向、コア層はTD配向となることが判った。
【0081】
このように、繊維配向テンソルの実測値に関する検討の結果、繊維同士の干渉が大きくなる高含有率の状態では、繊維配向はランダム化せず、ある程度特定の方向に配向すると考えられる。また、繊維同士の干渉に対するせん断流による影響と、伸長流による影響とは異なると考えられる。
【0082】
このことは、FTモデルの干渉項の前提である、樹脂の流れの種類にかかわらず、繊維同士が干渉すると繊維配向はランダム化するという考え方が、実現象に整合していないことを意味している。
【0083】
-本予測方法における繊維配向予測式-
上述の式(1)で表される本予測方法の繊維配向予測式は、修正されたFTモデルからなる。
【0084】
具体的に、式(1)の繊維配向予測式は、式(2)のFTモデルの干渉項におけるδijの設定を変更するとともに、繊維同士の干渉に対する伸長流の影響を考慮した第2干渉項を加えてなる改良モデルである。
【0085】
すなわち、式(1)の繊維配向予測式は、繊維同士の干渉を考慮した干渉項として、せん断流による影響を考慮した第1干渉項と、伸長流による影響を考慮した第2干渉項とを含む。具体的に、第1干渉項は、ドット付きγで表されるひずみ速度テンソルのスカラー量を含む。また、第2干渉項は、2ドット付きγで表される伸長速度テンソルのスカラー量を含む。
【0086】
これにより、改良モデルでは、第1干渉項でせん断流の影響を考慮することができるとともに、第1干渉項とは別に、第2干渉項で伸長流の影響を考慮することができる。言い換えると、改良モデルでは、繊維同士の干渉に対するせん断流の影響と伸長流の影響とを分けて考慮することができる。そうして、実現象に即した繊維配向分布の予測が可能となる。
【0087】
式(1)の改良モデルでは、繊維同士の干渉に対するせん断流の影響の度合いを干渉係数CI(第1係数)で調整できるとともに、繊維同士の干渉に対する伸長流の影響の度合いを干渉係数CE(第2係数)で調整できる。干渉係数CI及び干渉係数CEは、それぞれせん断流及び伸長流の影響による繊維の配向のしやすさを表している。すなわち、改良モデルでは、第1干渉項の干渉係数CIと第2干渉項の干渉係数CEとを独立して調整することにより、繊維同士の干渉に対するせん断流の影響の度合いと伸長流の影響の度合いとを独立に調整できる。また、CI、CEは樹脂の種類などによる材料特性の違いの影響を想定したパラメータであり、同一の材料条件であれば異なる流れであっても汎用的に使用できると考えられる。
【0088】
また、式(2)のFTモデルでは、δijの設定によりランダム化を表現していたのに対し、改良モデルでは、式(1)の第1干渉項は、δijの設定によって、せん断流により繊維の配向がランダム配向以外の所定の第1配向、すなわちせん断流の配向A11収束値C1に収束するように表現されている。上述のごとく、実現象では、せん断流が支配的となるスキン層及びシェル層では、MD配向傾向となることから、せん断流の配向A11収束値C1は、0.5超であることが好ましく、0.6超であることがより好ましい。なお、せん断流の配向A11収束値C1は、1以下である。
【0089】
さらに、第2干渉項は、伸長流により繊維の配向が所定の配向に収束するように表現されている。より具体的には、第2干渉項は、βijの設定によって、拡大流により繊維の配向がランダム配向以外の所定の第2配向である伸長流(拡大流)の配向A11収束値C2に収束するように表現されているとともに、縮小流により繊維の配向がランダム配向以外の所定の第3配向である伸長流(縮小流)の配向A11収束値C3に収束するように表現されている。
【0090】
拡大流と縮小流とは、MD方向の伸長速度成分dVx/dx(図4参照)の符号により表現できる。すなわち、MD方向の伸長速度成分dVx/dxの符号が負の場合には、樹脂の流動により流速が低下していくことから、第2干渉項は拡大流を考慮した項になる。逆に、MD方向の伸長速度成分dVx/dxの符号が正の場合には、樹脂の流動により流速が増加していくことから、第2干渉項は縮小流を考慮した項になる。
【0091】
図3に示すように、拡大流の影響により繊維配向はTD配向傾向となる一方、縮小流の影響により繊維配向はMD配向傾向となると考えられる。従って、第2配向C2と第3配向C3とは互いに異なる配向であり、伸長流(拡大流)の配向A11収束値C2と伸長流(縮小流)の配向A11収束値C3とは互いに異なる値に設定されることが好ましい。そして、伸長流(拡大流)の配向A11収束値C2は0.5未満であることが好ましく、0.4未満であることがより好ましい。一方、伸長流(縮小流)の配向A11収束値C3は、0.5超であることが好ましく、0.6超であることがより好ましい。
【0092】
なお、拡大流の影響を受けても、全ての繊維がTD配向となることは困難であることから、伸長流(拡大流)の配向A11収束値C2は、0超が好ましく、0.1超がより好ましい。また、縮小流の影響を受けても、全ての繊維がMD配向となることは困難であることから、伸長流(縮小流)の配向A11収束値C3は、1未満が好ましく、0.9未満がより好ましい。
【0093】
また、せん断流の配向A11収束値C1、伸長流(拡大流)の配向A11収束値C2及び伸長流(縮小流)の配向A11収束値C3は、例えば後述する参考例の実験等により予め実験的に求めておいた実験値に基づいて決定されることが好ましい。
【0094】
具体的には例えば、図8に示す参考例の実験の結果から、せん断流が支配的なスキン層及びシェル層では、MD配向傾向であり、繊維配向テンソルの値は0.6~0.7程度となっている。また、拡大流が支配的なコア層では、TD配向傾向であり、特にコア層の中央部では繊維配向テンソルの値は0.1~0.2程度となっている。従って、例えば、図8の実測値に基づけば、せん断流の配向A11収束値C1の値を0.65、伸長流(拡大流)の配向A11収束値C2の値を0.15等と設定することができる。
【0095】
せん断流の配向A11収束値C1、伸長流(拡大流)の配向A11収束値C2及び伸長流(縮小流)の配向A11収束値C3の値を、実験値に基づいて決定する場合、限定する意図ではないが、例えば板厚方向の所定の層数の範囲における繊維配向テンソルの平均値、最大値、最小値等を採用することができる。
【0096】
このように、本予測方法によれば、繊維配向予測式が、第1干渉項とは別に、第2干渉項を含むことから、繊維同士の干渉に対するせん断流及び伸長流による影響を独立して考慮することができる。これにより、実現象に即した繊維配向の予測が可能となり、繊維配向分布の予測精度が向上する。
【0097】
また、繊維同士が干渉すると繊維配向はランダム化するという考え方に基づく従来のFTモデルと異なり、実現象では、せん断流及び伸長流のいずれの影響を受けても、繊維同士が干渉した場合には特定の方向へ配向する傾向になることを明らかにした。そして、この実現象を反映した繊維配向予測式を用いて繊維配向分布の予測を行うことにより、予測精度を十分に向上させることができる。
【0098】
<プログラム及びその記録媒体>
以上の繊維配向分布予測方法の各工程は、プログラム化されている。すなわち、本実施形態に係るプログラムは、コンピュータに、少なくとも、上述の繊維配向テンソル算出工程S4の手順を実行させるためのプログラムであり、繊維配向予測式として、上述の式(2)を使用することを特徴とする。このプログラムは、記憶部120に格納された状態で、プロセッサ130により実行され得る。また、当該プログラムは、記憶部120に格納された状態に限らず、例えば光ディスク媒体や磁気テープ媒体等、コンピュータ読み取り可能な種々の周知の記録媒体170に記録させておくことができる。そして、このような記録媒体を読取部160に装着して上記プログラムを読み出すことにより、当該プログラムを実行可能である。
【実施例0099】
次に、具体的に実施した実施例について説明する。
【0100】
<参考例>
図13(a)は、参考例の実験に用いた試験片TP1及びその形状モデルを示す。
【0101】
試験片TP1は、幅100mm×長さ190mmの板状であり、長さ80mm近傍で直角(R15mm)に折れ曲がったL字形状となっている(図13(a)の下側の形状モデルでは折れ曲がり部分をドットのハッチングで示している)。板厚は1.5mm、2.5mm、及び3.5mmの3種類とした。コールドランナの直径は4mm~9mmとした。また、その他の条件は以下のとおりとした。
(A)樹脂:ポリプロピレン樹脂
(A-1)日本ポリプロ株式会社製ノバテック(登録商標)PP、SA08A(MFR:75g/10分)
(A-2)プライムポリマー社製ポリプロピレン樹脂J107G(MFR:30g/10分)
(A-3)マレイン酸変性ポリプロピレン(ガラス繊維含有ペレットのベース樹脂として、材料(樹脂と繊維との総計)中における含有率が4質量%)
(B)繊維:ガラス繊維含有ペレット
日東紡績株式会社製Eガラス(平均繊維径18μm)
繊維長:0.5mm、10mm
材料(樹脂と繊維との総計)中における繊維の含有率:1.5質量%、10質量%、20質量%、30質量%、40質量%
(C)成形条件
樹脂温度200℃
金型温度40℃
射出時間0.2秒(平均流速900mm/s)、1.8秒(平均流速100mm/s)
参考例として、試験片TP1を、上記条件で、実際に射出成形法により製造した。そして、試験片TP1の形状モデルに示すように、符号A1~A7で示す位置において、約3.5mm角のサンプルを切り出した。このサンプルについて、X線CT装置(株式会社リガク製3D CT X線顕微鏡)を用い、後述する実施例及び比較例の解析モデルと同様に、板厚方向に18層に分割してなる各層L1~L18(図14参照)におけるX線CT画像を撮影した。得られたX線CT画像から、画像解析ソフト(ThermoFisher SCIENTIFIC社製Avizo)を用いて、各層L1~L18の繊維配向のヒストグラムを作成し、各層L1~L18の繊維配向テンソルを算出して参考例の実測値データとした。
【0102】
<実施例及び比較例>
図13(b)は、実施例及び比較例のCAE解析に用いた試験片TP2及びその解析モデルを模式的に示している。
【0103】
試験片TP2は、計算処理を簡易化する観点から、試験片TP1をストレート形状としたものである。板厚は3.5mmとした。試験片TP2の形状データを、図14に示すように、厚さ方向に18層に分割するとともに、各層を立法体(長さ1mm×幅1mm×厚み0.194mm)の3次元ボクセル要素に分割して解析モデルを作成した。なお、図13及び図14に示す各要素は模式的に示したものであり、実際の要素サイズを正確に反映したものではない。
【0104】
上記参考例に示した条件のうち、樹脂としてA-1を使用し、材料中における樹脂の含有率を40質量%として、材料をキャビティに射出したときの流動解析を行った。流動解析は、3D TIMON(東レエンジニアリングDソリューションズ株式会社製、登録商標)を用いて行った。
【0105】
次に、流動解析の結果得られた樹脂の流速の情報を用いて、符号A1~A7に示す位置における各層L1~L18の繊維配向テンソルを算出し、実施例及び比較例の予測値データとした。
【0106】
なお、比較例1(Jモデル)及び比較例2(FTモデル)では、3D TIMON(登録商標)-3DCS(東レエンジニアリングDソリューションズ株式会社製)を用いて繊維配向テンソルを算出した。比較例1では、式(2)の干渉係数CIをゼロとして、Jモデルを繊維配向予測式とした。比較例2では、式(2)の干渉係数CIを0.01、0.10及び1.00として、3種類のFTモデルを繊維配向予測式とした。
【0107】
実施例では、上記3D TIMON(登録商標)-3DCSをベースに、繊維配向予測式として上述の式(1)で表される改良モデルを組み込んだ改良版の解析ソルバーを用いて、繊維配向テンソルを算出した。なお、実施例では、CI=0.10、CE=0.1、C1=0.7、C2=0.15とした。
【0108】
図15及び図16は、参考例の実測値と、比較例及び実施例の予測値との比較を示している。なお、図15及び図16の比較例1、2の結果は、図5及び図6の比較例1及び比較例2のCI=0.01(CI最適値)の場合とそれぞれ同一の結果である。
【0109】
上述のごとく、比較例1(Jモデル)から比較例2(FTモデル)への変更により、せん断流が支配的なスキン層におけるMD配向(繊維配向テンソル0.6~0.8程度)の予実差は低減されている。しかしながら、比較例2では、拡大流が支配的なコア層におけるTD配向(繊維配向テンソル0.2以下)を精度よく予測することが難しいという問題があった。また、せん断流が支配的な領域と拡大流が支配的な領域との境界により決まるTD配向層の厚み(実測値では層L5~L14程度の範囲)を精度よく予測できないという問題があった。
【0110】
この点、実施例では、特に符号A3、A4の位置の結果から、拡大流が支配的なコア層におけるTD配向(繊維配向テンソル0.2以下)の予測精度が大きく向上することが判った。また、TD配向層の厚み(実測値では層L6~L13程度の範囲)についても予測精度が大きく向上することが判った。
【0111】
このように、本開示によれば、コア層のTD配向及びそのTD配向の傾向となる層の厚みを精度よく予測できることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0112】
本開示は、簡潔なモデルで繊維配向分布の予測精度をさらに向上させることができる繊維強化樹脂成形品の繊維配向分布予測方法、繊維配向分布予測装置、該繊維配向分布予測方法をコンピュータに実行させるためのプログラム、並びに該プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体をもたらすことができるので、極めて有用である。
【符号の説明】
【0113】
100 繊維配向分布予測装置
134 繊維配向テンソル算出部(繊維配向算出部)
TP1、TP2 試験片
P 溶融樹脂
M 金型
G 繊維
M1 ゲート
S1 解析モデル作成工程
S2 解析条件設定工程
S3 流動解析工程
S4 繊維配向テンソル算出工程(繊維配向算出工程)
図1
図2
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図16