(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024145868
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】溶射用粉末
(51)【国際特許分類】
H01M 4/86 20060101AFI20241004BHJP
H01M 8/12 20160101ALI20241004BHJP
H01M 4/88 20060101ALI20241004BHJP
C23C 4/11 20160101ALI20241004BHJP
C04B 41/87 20060101ALN20241004BHJP
【FI】
H01M4/86 T
H01M8/12 101
H01M4/88 T
H01M4/86 U
C23C4/11
C04B41/87 K
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023058416
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000236702
【氏名又は名称】株式会社フジミインコーポレーテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【弁理士】
【氏名又は名称】安部 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100136423
【弁理士】
【氏名又は名称】大井 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100154449
【弁理士】
【氏名又は名称】谷 征史
(72)【発明者】
【氏名】岡本 直樹
(72)【発明者】
【氏名】益田 敬也
(72)【発明者】
【氏名】伊部 博之
【テーマコード(参考)】
4K031
5H018
5H126
【Fターム(参考)】
4K031AA06
4K031AB02
4K031CB09
4K031CB42
4K031CB49
4K031DA01
4K031DA04
5H018AA06
5H018BB01
5H018BB06
5H018BB11
5H018BB17
5H018EE12
5H018HH01
5H018HH05
5H018HH08
5H018HH09
5H018HH10
5H126BB06
(57)【要約】
【課題】溶射皮膜における成分の均一性を高める技術の提供
【解決手段】ここで開示される溶射用粉末は、固体酸化物形燃料電池または固体酸化物形電解セルの電極を形成するための溶射用粉末である。この溶射用粉末は、顆粒強度が25MPa以上である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体酸化物形燃料電池または固体酸化物形電解セルの電極を形成するための溶射用粉末であって、
顆粒強度が25MPa以上である、溶射用粉末。
【請求項2】
イオン伝導性のセラミック粒子と、
遷移金属化合物粒子と、
を含む複合粒子を含む、請求項1に記載の溶射用粉末。
【請求項3】
前記複合粒子は、一次粒子同士が接触し接触部に粒子界面のない領域を有する、請求項2に記載の溶射用粉末。
【請求項4】
前記セラミック粒子と前記遷移金属化合物粒子との質量比(セラミック粒子:遷移金属化合物粒子)は、60:40~20:80である、請求項2に記載の溶射用粉末。
【請求項5】
レーザ回折散乱法に基づくメディアン径(D50)が10μm以上100μm以下である、請求項1又は2に記載の溶射用粉末。
【請求項6】
前記セラミック粒子は、希土類金属酸化物を含むジルコニア粒子である、請求項2に記載の溶射用粉末。
【請求項7】
前記遷移金属化合物粒子は、酸化ニッケル粒子である、請求項2に記載の溶射用粉末。
【請求項8】
水素ガス雰囲気にて、800℃の処理温度で2時間の還元処理が施された前記溶射用粉末を、大気雰囲気にて、10K/minの昇温速度で室温から1200℃まで加熱して熱重量分析を行った際の、3%重量増加時の温度が470℃以上570℃以下である、請求項1又は2に記載の溶射用粉末。
【請求項9】
前記還元処理が施された前記溶射用粉末の顆粒強度は、15MPa以上70MPa以下である、請求項8に記載の溶射用粉末。
【請求項10】
前記顆粒強度が100MPa以下である、請求項1又は2に記載の溶射用粉末。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、溶射用粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
固体酸化物形燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cell)と固体酸化物形電解セル(SOEC:SOEC:Solid Oxide Electrolysis Cell)は、空気極と燃料極と固体電解質層とを備えている。これに関して、特許文献1で開示される固体酸化物形燃料電池用の燃料極は、平均粒径D50が0.1~0.6μmの電解質物質粒子と、平均粒径D50が0.5~1.5μmの酸化ニッケル粒子との粒子混合物であり、且つ、該電解質物質粒子と該酸化ニッケル粒子との質量割合が35:65~50:50である粒子混合物を、焼成して得られることを特徴としている。同文献には、上記の構成によって、燃料極と電解質との間の界面抵抗を低下させることができると記載されている。
【0003】
また、特許文献2には、燃料極に用いられるニッケル-イオン伝導性セラミックス混合粉体が開示されている。この混合粉体は、メディアン径が10nm以上200nm以下である金属ニッケル粒子(A)と、メディアン径が10nm以上200nm以下であるイオン伝導性セラミックス粒子(B)と、を含む。また、この混合粉体は、該混合粉体に含まれるニッケル元素の含有量と、イオン伝導性セラミックス粒子の含有量が体積比[ニッケル元素]/[イオン伝導性セラミックス粒子]=20/80~80/20であることを特徴としている。同文献には、高い触媒活性と高い導電性とを両立させて、内部抵抗値を低減することができ、機能材料としての作動効率を改善することができると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009-266713号公報
【特許文献2】特開2021-28417号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、燃料極は、多孔質な膜であり、イオン伝導性のセラミック粒子と金属粒子とを含み、粒子間に空隙が形成されている(特許文献1および特許文献2参照)。このような燃料極では、セラミック粒子と金属粒子と空隙とを均一に分散させることが求められている。
【0006】
このような状況に鑑み、本発明は、溶射皮膜における成分の均一性を高める技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
ここで開示される溶射用粉末は、SOFCまたはSOECの電極を形成するための溶射用粉末である。溶射用粉末は、顆粒強度が25MPa以上である。かかる構成の溶射用粉末を用いることによって、溶射皮膜における成分の均一性を高めることができる。
【0008】
また、ここで開示される溶射用粉末の好ましい一態様では、溶射用粉末は、イオン伝導性のセラミック粒子と、遷移金属化合物粒子と、を含む複合粒子を含む。かかる構成の溶射用粉末を用いることによって、溶射皮膜における成分の均一性を高めるとともに、溶射皮膜に導電性を付与することができる。
【0009】
好ましい一態様では、ここで開示される溶射用粉末は、複合粒子は、一次粒子同士が接触し接触部に粒子界面のない領域を有する。かかる構成によると、溶射用粉末に上述の顆粒強度を実現しやすくなる。このため、溶射皮膜における成分の均一性をより向上させることができる。
【0010】
また、ここで開示される溶射用粉末の好ましい他の一態様では、セラミック粒子と遷移金属化合物粒子との質量比(セラミック粒子:遷移金属化合物粒子)は、60:40~20:80である。かかる構成によると、上述の効果に加えて、形成された溶射皮膜における電極の導電率を向上させつつイオン伝導性の低下を抑制することができる。これにより、SOFCとSOECとについて、運転効率を高める効果を実現することができる。
【0011】
また、好ましい他の一態様では、ここで開示される溶射用粉末は、レーザ回折散乱法に基づくメディアン径(D50)が10μm以上100μm以下である。かかる構成によると、上述の効果に加えて、溶射用粉末の流動性を向上させることができる。
【0012】
また、ここで開示される溶射用粉末の好ましい他の一態様では、セラミック粒子は、希土類金属酸化物を含むジルコニア粒子である。かかるセラミック粒子は、ここで開示される技術の効果を実現するのに好適である。また、遷移金属化合物粒子は、酸化ニッケル粒子であるとよい。かかる遷移金属化合物粒子は、ここで開示される技術の効果を実現するのに好適である。
【0013】
また、好ましい他の一態様では、水素ガス雰囲気にて、800℃の処理温度で2時間の還元処理が施された溶射用粉末を、大気雰囲気にて、10K/minの昇温速度で室温から1200℃まで加熱して熱重量分析を行った際の、3%重量増加時の温度が470℃以上570℃以下である。かかる溶射皮膜を電極の形成に用いた場合に、その電極の導電性を高めることができる。
【0014】
好ましくは、還元処理が施された溶射用粉末の顆粒強度は、15MPa以上70MPa以下である。かかる構成によると、溶射皮膜における成分の均一性をより高めることができる。
【0015】
また、ここで開示される溶射用粉末の好ましい他の一態様では、顆粒強度が100MPa以下である。かかる構成によると、溶射皮膜における成分の均一性をより高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図2】
図2は、実施例3の溶射用粉末の平面視像である。
【
図4】
図4は、実施例3の溶射用粉末の断面視像である。
【
図5】
図5は、実施例4の溶射用粉末の平面視像である。
【
図7】
図7は、実施例4の溶射用粉末の断面視像である。
【
図8】
図8は、比較例の溶射用粉末の平面視像である。
【
図11】
図11は、各例のlog微分細孔容積分布を示すグラフである。
【
図12】
図12は、各例のlog微分細孔容積分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、ここで開示される技術の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握されうる。ここで開示される技術は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施されうる。なお、明細書において数値範囲を示す「X~Y」との表記は、特筆しない限り「X以上Y以下」を意味するとともに、「Xを上回り、Yを下回る」範囲、「Xを上回り、Y以下である」範囲、および、「X以上であり、Yを下回る」範囲をも意味するものとする。
【0018】
<定義>
本明細書において、「溶射用粉末」とは、溶射に用いられる粉末状の材料をいう。また、本明細書において、「複合粒子」とは、相互に異なる複数の材料によって構成された粒子であって、該複数の材料が相互に結合されて一体となって一つの粒子として振る舞う粒子状物(粒子の形態をなしたもの)をいう。複合粒子としては、例えば、少なくとも2種類以上の材料で構成された造粒粒子、造粒焼結粒子等が挙げられる。また、本明細書において、「一次粒子」とは、溶射用粉末を構成している形態的な構成要素のうち、外観から粒状物として識別できる最小単位を意味する。したがって、ここで開示される溶射用粉末を構成する複合粒子が二次粒子を含む場合は、例えば、該二次粒子を構成する粒子が一次粒子と呼称される。ここで、「二次粒子」とは、一次粒子が三次元的に結合され、一体となって一つの粒のように振る舞う粒子状物をいう。ここでいう「二次粒子」としては、例えば、造粒粒子、造粒後に焼結された粒子(造粒焼結粒子)が挙げられる。
【0019】
なお、ここでいう「結合」は、直接的または間接的に、2つ以上の一次粒子が結びつくことをいう。「結合」には、例えば、化学反応による一次粒子同士の結合、単純吸着によって一次粒子同士が引き合う結合、一次粒子表面の凹凸に接着材等を入り込ませるアンカー効果を利用した結合、静電気により引き合う効果を利用した一次粒子同士の結合、一次粒子の表面が溶融して一体化した結合等が含まれる。また、2つ以上の材料から構成された二次粒子に関して、「結合」には、一方の材料が一次粒子を構成し、他方の材料が溶融して一次粒子同士を一体化した結合が含まれる。また、本明細書において、「原料粒子」という場合は、ここで開示される溶射用粉末を作製するために用いられる原料段階の粉末を構成する粒子をいう。
【0020】
<メディアン径の測定方法>
本明細書において、溶射用粉末と、二次粒子(溶射用粉末)を構成する一次粒子と、に関する「メディアン径」とは、レーザ散乱・回折法に基づく粒度分布測定装置により測定された体積基準の粒度分布における積算値50%での粒子径(D50)をいう。メディアン径の測定には、例えば、市販の測定装置が用いられる。
【0021】
<顆粒強度(圧縮強度)の測定方法>
本明細書において、「顆粒強度」とは、粒子(顆粒)の破壊強度を示す指標の一つである。溶射用粉末に関する「顆粒強度」は、電磁力負荷方式の圧縮試験機を用いて測定される。例えば、測定試料は、加圧圧子と加圧板との間に固定され、電磁力により一定の増加割合で負荷が与えられていく。圧縮は、定負荷速度圧縮方式で行われ、その際の測定試料の変形量が測定されていく。測定試料の変形特性結果は、専用のプログラムで処理され、強度値が計算される。顆粒強度の測定には、例えば、市販の測定装置が用いられる。
【0022】
上述の特許文献1と特許文献2とには、粉末材料を含む、電極形成用のペースト(スラリー)を基材に付与する手段として、スクリーン印刷法、ドクターブレード法等が挙げられている。一方で、本発明者は、粉末材料を溶射することによって、電極を形成したいと考えた。溶射は、粉末材料を溶融もしくは半溶融の状態にして、基材表面に吹き付けて成膜するプロセスであり、スクリーン印刷法、ドクターブレード法等のプロセスと全く異なっている。このため、本発明者は、溶射によって電極を形成するのに適するとともに、溶射皮膜における成分の均一性を高めることができる粉末材料(溶射用粉末)の構成を検討した。
【0023】
<溶射用粉末の構成>
ここで開示される溶射用粉末は、例えば、セラミック粒子と、遷移金属化合物粒子とを含む複合粒子を含みうる。溶射用粉末は、セラミック粒子と遷移金属化合物粒子とを含む複合粒子からなることが好ましいが、セラミック粒子、遷移金属化合物粒子、あるいは複合粒子の製造過程等に由来する不可避的不純物を含みうる。溶射用粉末全体に対する不可避的不純物の含有割合は、概ね5質量%以下であり、3質量%以下が好ましく、1質量%以下がより好ましく、0.5質量%以下がさらに好ましく、0.1質量%以下が特に好ましく、0質量%に近いほどよい。
【0024】
セラミック粒子は、例えば、イオン伝導性を有している。ここでは、セラミック粒子は、酸化物イオン伝導性を有しているとよい。セラミック粒子を構成するセラミックとしては、この種の用途に用いられるセラミックが適宜選択される。かかるセラミックとしては、例えば、金属酸化物が挙げられる。金属酸化物としては、例えば、ジルコニウム酸化物(ジルコニア)とセリウム酸化物(セリア)とが好ましく用いられる。
【0025】
ジルコニウム酸化物は、ここでは、1種または2種以上の安定化剤が固溶化された安定化ジルコニアであるとよい。なお、安定化剤が固溶化されたジルコニアとは、安定化剤を含むジルコニアを意味する。安定化剤としては、酸化スカンジウム(スカンジア;Sc2O3)、酸化イットリウム(イットリア;Y2O3)、酸化セリウム(セリア;CeO2)、酸化ガドリニウム(ガドリニア;Gd2O3)、酸化イッテルビウム(Yb2O3)等の希土類金属酸化物;酸化カルシウム(カルシア;CaO)、酸化マグネシウム(マグネシア;MgO)等のアルカリ土類金属酸化物;等が挙げられる。好ましくは、セラミック粒子は、希土類金属酸化物を含むジルコニア粒子である。ここで開示される技術の効果は、セラミック粒子として、希土類金属酸化物を含むジルコニア粒子を含む電極(ここでは、燃料極)を作製する際に、よりよく実現される。なかでも、スカンジア安定化ジルコニア粒子とイットリア安定化ジルコニアとが好ましく用いられうる。
【0026】
セリウム酸化物は、ここでは、ドープセリアでありうる。ドープセリアとしては、酸化イットリウム(イットリア;Y2O3)、酸化サマリウム(サマリア;Sm2O3)、酸化ガドリニウム(ガドリニア;Gd2O3)等の希土類金属酸化物がドープされたセリアである。
【0027】
セラミック粒子のメディアン径は、ここで開示される技術の効果が実現される限り、限定されない。メディアン径は、例えば、0.01μm~5μmであり、好ましくは0.05μm~2.5μmであり、より好ましくは0.1μm~1μmであり、さらに好ましくは0.1μm~0.5μmである。セラミック粒子のメディアン径を上記範囲に設定することによって、複合粒子におけるセラミック粒子の分散性を高めることができ、延いては、溶射皮膜における成分の均一性を向上させることができる。これによって、SOFCまたはSOECの運転効率を向上させることができる。
【0028】
遷移金属化合物とは、当該遷移金属元素と他の金属元素および半金属元素の少なくともいずれかとからなる合金、固溶体、金属間化合物等の金属的性質を示す物質や、当該遷移金属元素と非金属元素との化合物(例えば、酸化物等)を含む。遷移金属化合物としては、例えば、チタン(Ti),バナジウム(V),クロム(Cr),マンガン(Mn),鉄(Fe),コバルト(Co),ニッケル(Ni),銅(Cu)等の3d遷移元素;ルテニウム(Ru),ロジウム(Rh),パラジウム(Pd),オスミウム(Os),イリジウム(Ir),白金(Pt),金(Au),銀(Ag)の貴金属元素等の金属;白金-パラジウム合金,白金-ロジウム合金等の合金;等の酸化物(遷移金属酸化物)等が挙げられる。この他にも、例えば、酸化コバルト(CoO,Co2O3,Co3O4),酸化銅(CuO,Cu2O),酸化銀(AgO,Ag2O),酸化タングステン(WO,W2O3,WO3,WO6)等の酸化物(遷移金属酸化物)が挙げられる。これらの中でも酸化ニッケルが好ましい。遷移金属化合物粒子(遷移金属化合物粒子)は、例えば、還元されることによって遷移金属粒子となる。このため、遷移金属化合物粒子は、SOFCまたはSOECの運転時には、遷移金属粒子となり、触媒活性と電子伝導性とを示す。このため、遷移金属化合物粒子は、セラミック粒子よりも大きいことが好ましい。例えば、遷移金属化合物粒子のメディアン径は、セラミック粒子のメディアン径よりも大きいとよい。遷移金属化合物粒子のメディアン径は、ここで開示される技術の効果が実現される限り、限定されない。メディアン径は、例えば、概ね0.01μm~10μmであり、好ましくは0.05μm~5μmであり、より好ましくは0.1μm~2μmであり、さらに好ましくは0.1μm~1μmである。遷移金属化合物粒子のメディアン径を上記範囲に設定することによって、複合粒子における遷移金属化合物粒子の分散性を高めることができ、延いては、溶射皮膜における成分の均一性を向上させることができる。これによって、SOFCまたはSOECの電極の導電性を向上させることができる。
【0029】
溶射用粉末におけるセラミック粒子と遷移金属化合物粒子との混合比(ここでは、質量比)は、SOFCまたはSOECの能力、溶射皮膜における成分の均一性等に影響を与える要因になりうる。かかる観点から、セラミック粒子と遷移金属化合物粒子との質量比(セラミック粒子:遷移金属化合物粒子)は、例えば80:20~20:80、あるいは、70:30~30:70であるとよい。好ましい一態様では、質量比(セラミック粒子:遷移金属化合物粒子)は、60:40~20:80である。セラミック粒子と遷移金属化合物粒子との質量比(セラミック粒子:遷移金属化合物粒子)が、80:20~20:80、あるいは、70:30~30:70であると、形成された溶射皮膜における電極の導電率を向上させつつイオン伝導性の低下を抑制することができる。
【0030】
複合粒子は、例えば、セラミック粒子と遷移金属化合物粒子とを混合することによって作製された粒子でありうる。複合粒子は、セラミック粒子と遷移金属化合物粒子という相互に異なる材料を含む粒子であるが、セラミック粒子と遷移金属化合物粒子とは相互に一体化されており、1つの粒子として振る舞う。このため、例えば、複合粒子において、セラミック粒子と遷移金属化合物粒子とがよく分散していれば、延いては、溶射皮膜における成分の均一性が高まりうる。
【0031】
複合粒子の形態は、セラミック粒子と遷移金属化合物粒子とが一体化されており、ここで開示される技術の効果を実現することができる限りは、限定されない。複合粒子は、例えば、造粒粒子であってもよい。この場合において、造粒粒子(二次粒子)は、例えば、セラミック粒子(一次粒子)と遷移金属化合物粒子(一次粒子)と、他の任意の成分(例えばバインダ、溶媒等)とを合わせて混合して造粒することによって、作製されうる。
【0032】
複合粒子は、一次粒子同士が接触し接触部に粒子界面のない領域を有する粒子であることが好ましい。複合粒子は、焼結粒子であることが好ましい。焼結粒子は、上述のようにセラミック粒子と遷移金属化合物粒子とから造粒粒子を作製した後、造粒粒子を焼結することによって、作製されうる(このような粒子を造粒焼結粒子と称することがある)。焼結粒子では、セラミック粒子と遷移金属化合物粒子とについて、焼結によって一次粒子同士の接触部においてネックが形成され、ネックにおいて固相拡散が進むことでネックが成長し、点接触から面接触に変化した状態で結合している。かかる結合は、例えばセラミック粒子または遷移金属化合物粒子の少なくとも一部が拡散することによって実現されている。好ましくは、一次粒子であるセラミック粒子と遷移金属化合物粒子とが接触部に粒子界面のない領域を有する状態で結合している。これによって、例えば、電極の導電性が高められる。焼結粒子では、焼成前の造粒粒子においてよりも、セラミック粒子と遷移金属化合物粒子とが、より強固に結合されている。このため、溶射の過程において、二次粒子がより壊れにくくなり、スピッティングの発生を抑制している。また、かかる焼結粒子を用いることによって、成分の均一性が高められた溶射皮膜を作製することができる。
【0033】
ここで開示される溶射用材料の顆粒強度(圧縮強度)は、例えば、25MPa以上であるとよい。溶射用材料の顆粒強度がかかる範囲にあることは、ここでは、複合粒子におけるセラミック粒子と遷移金属化合物粒子との結合状態(ネッキング状態)が好ましい状態にあるとともに、複合粒子内に適度な空隙が形成されていることを意味しうる。このため、上記範囲の顆粒強度を有する溶射用材料を溶射することによって、成分の均一性が向上された溶射皮膜を形成することができる。かかる観点から、顆粒強度は、27MPa以上であることがより好ましい。また、溶射用粉末の顆粒強度は、例えば1000MPa以下であり、500MPa以下が適当であり、400MPa以下が好ましく、300MPa以下がより好ましく、200MPa以下がさらに好ましく、100MPa以下が特に好ましい。顆粒強度が上記範囲内であると、二次粒子同士がネッキングした粗大粒子を少なくすることができる。これにより皮膜中に溶融不十分な粗大粒子が含まれることを抑制することができ、形成する溶射皮膜の成分の均一性低下を抑制することができる。特に、顆粒強度が100MPa以下であると、一次粒子間で適度にネッキングを形成でき、過度な焼結による一次粒子間の凝集の発生を抑制することができる。実質的に一次粒子の粗大化を抑制しつつ、一次粒子間でのネットワーク形成の増加が期待される。このため、溶射皮膜の成分の均一性や電極の導電性を向上させることができる。なお、ここでいう顆粒強度は、後述する還元処理が施されていない溶射用粉末についての顆粒強度である。
【0034】
ここで開示される溶射用粉末のレーザ回折散乱法に基づく体積基準の粒度分布における積算値50%でのメディアン径(D50)は、特に限定されず、使用される装置の規格に適した大きさとすることができる。メディアン径は、例えば1μm以上である。メディアン径が大きくなるほど、例えば、溶射用材料のハンドリング性、流動性等を向上させることができる。かかる観点から、メディアン径は、3μm以上が適切であり、好ましくは5μm以上であり、より好ましくは10μm以上であり、さらに好ましくは15μm以上である。一方で、メディアン径が大きくなりすぎると、溶射時に溶射用粉末の溶融が不十分となる懸念がある。かかる観点から、メディアン径は、例えば300μm以下であり、好ましくは200μm以下であり、より好ましくは100μm以下であり、さらに好ましくは50μm以下である。
【0035】
また、溶射用粉末(複合粒子)におけるセラミック粒子と遷移金属化合物粒子との結合状態(ネッキング状態)を示す指標として、上述した顆粒強度の他、溶射用粉末の細孔径分布が用いられうる。ここで開示される溶射用粉末は、水銀圧入法によって得られる、細孔径が1μm以下のlog微分細孔容積分布において、0.15μm~1μm(例えば、0.15μm~0.5μm、好ましくは0.15μm~0.3μm、より好ましくは0.15μm~0.23μm)の範囲にピークを有することが好ましい。これによって、複合粒子におけるセラミック粒子と遷移金属化合物粒子との結合状態(ネッキング状態)が好ましい状態にあるとともに、複合粒子内に適度な空隙が形成されていることが示される。このため、上述のような溶射用材料を溶射することによって、成分の均一性が向上された溶射皮膜を形成することができる。なお、ここでいう「ピーク」は、log微分細孔容積分布(曲線)において突出し、高さが高い部位(頻度が高い部位)をいう(
図11参照)。換言すると、「ピーク」は、log微分細孔容積分布(曲線)において、その接線の傾きの符合が「+」から「-」に変化する点と表現することもできる。
【0036】
なお、水銀圧入法は、粉末の細孔に水銀を浸入させるために加えた圧力と、粉末の細孔に圧入された水銀量との関係から、粉末の細孔径分布を求める方法である。水銀圧入法に基づく細孔分布測定は、例えば、JIS R1655:2003(ファインセラミックスの水銀圧入法による成形体気孔径分布試験方法)に基づいて実施される。また、本明細書における「log微分細孔容積分布」とは、対数微分気孔径頻度分布,dV/d(logD)(ここで、Dは細孔の直径を、Vはその細孔容積を示している。)等とも呼ばれ、比較的広い細孔径範囲の細孔分布を表現するのに一般的に利用される細孔分布の表現形式である。
【0037】
log微分細孔容積分布は、水銀圧入法に基づく細孔径分布の測定によって得られる単位細孔径の変化(単位圧力の変化でありうる。)に対応した水銀圧入量(すなわち、細孔容積)の関係から作成されうる。具体的には、log微分細孔容積分布は、細孔容積の増加分である差分細孔容積(dV)を、細孔径の対数扱いの差分値d(logD)で除した値を求め、これを各細孔径領域における平均細孔径に対してプロットすることによって、作成されうる(
図11参照)。本明細書においては、測定範囲を0.0036μm~1μmとした水銀圧入法による細孔径分布の測定によって得られた細孔径分布特性に基づき、ピークの頂点等が把握されている。例えば、ここで開示される溶射用粉末(ここでは、複合粒子)についてのlog微分細孔容積分布では、2つのピークが得られうる(
図11参照)。2つのピークのうちの大径側のピークは、溶射用粉末に含まれる複合粒子と複合粒子との間の細孔に由来するピークでありうる。一方、2つのピークのうちの小径側のピークは、複合粒子における細孔に由来するピークでありうる。そして、本明細書における「ピーク」は、複合粒子と複合粒子との間の間隙に由来するピークではなく、複合粒子における細孔に由来するピークであり、細孔直径1μm以下におけるlog微分細孔容積分布(曲線)において、最も高さが高いピークでありうる。
【0038】
溶射用粉末が溶射されて溶射皮膜が形成された後、かかる溶射皮膜は、還元処理を受けて、SOFCまたはSOECの電極として用いられうる。この還元処理によって、溶射皮膜では、遷移金属化合物粒子に由来する遷移金属化合物成分が還元されて遷移金属成分となっている。遷移金属成分は、電極が導電性を示すための主体となるため、酸化されにくいことが好ましい。かかる観点から、ここで開示される溶射用粉末は、水素ガス雰囲気にて、800℃の処理温度で2時間の還元処理が施された溶射用粉末を、大気雰囲気にて、10K/minの昇温速度で室温(30℃)から1200℃まで加熱して熱重量分析を行った際の、3%重量増加時の温度が470℃以上570℃以下であるものであることが好ましい。あるいは、ここで開示される技術の効果を実現する観点から、3%重量増加時の温度は、470℃以上520℃以下であることがより好ましい。なお、「3%重量増加時の温度」は、後述の試験例において、「3%重量変化点」と定義されている。
【0039】
ここでは、溶射用粉末に所定の還元処理が施されたときに、溶射用粉末中の遷移金属化合物粒子が還元されて、遷移金属粒子となる。上記熱重量分析では、大気雰囲気において還元処理後の溶射用粉末が加熱されることによって、遷移金属粒子が酸化される。これによって、溶射用粉末の重量が増加する。還元処理された溶射用粉末について、熱重量分析において3%重量が増加したときの温度が上記範囲を満たすことは、溶射用粉末を溶射することによって得られた溶射皮膜が還元されて電極となった際に、溶射皮膜における遷移金属成分が酸化されにくいことを示している。この特徴を有する溶射用粉末を用いることによって、電極の導電性をより向上させることができる。
【0040】
また、上記還元処理が施された溶射用粉末は、顆粒強度が15MPa~120MPaであることが好ましく、15MPa~70MPaであることがより好ましい。還元処理が施された溶射用粉末が、所定の顆粒強度を有することによって、成分の均一性が好ましい状態にある電極(すなわち、還元処理された溶射皮膜)を作製することができる。すなわち、所定の顆粒強度を有することによって、遷移金属間の良好な接触状態を生成すると考えられる。遷移金属同士による電子パス(電子の通り道)が効率的に形成されることで電極の導電性を高めることが可能である。さらに、顆粒強度が70MPa以下であると一次粒子間で適度にネッキングを形成でき、過度な焼結による一次粒子間の凝集の発生を抑制することができる。実質的に一次粒子の粗大化を抑制しつつ、一次粒子間でのネットワーク形成の増加が期待される。このため、溶射皮膜の成分の均一性や電極の導電性を向上させることができる。
【0041】
<溶射用粉末の製造方法>
ここで開示される溶射用粉末は、例えば、原料粒子としてのセラミック粒子と遷移金属化合物粒子とが、他の任意成分と合わせて混合され、かつ、複合化されることによって調製されうる。なかでも、溶射用粉末は、セラミック粒子と遷移金属化合物粒子とが混在する造粒焼結粒子によって構成されることが好ましい。溶射用粉末は、例えば、各原料粒子(一次粒子)が混合され、かつ、造粒され、さらに焼結されることによって形成された、各一次粒子が間隙をもって三次元的に結合されてなる二次粒子としての造粒焼結粒子によって構成された溶射用粉末であるとよい。
【0042】
造粒焼結法は、原料粒子を二次粒子の形態に造粒した後、焼結して、原料粒子同士を結合(焼結)させる手法である。造粒焼結法において、造粒は、例えば、乾式造粒あるいは湿式造粒等の造粒方法によって実施されうる。造粒方法としては、例えば、転動造粒法、流動層造粒法、撹枠造粒法、破砕造粒法、溶融造粒法、噴霧造粒法、マイクロエマルション造粒法等が挙げられる。なかでも、好適な造粒方法として、噴霧造粒法が挙げられる。
【0043】
噴霧造粒法によると、例えば、以下の手順で粉末材料を製造することができる。すなわち、まず、セラミック粒子と遷移金属化合物粒子とを含む原料粒子を用意し、必要に応じてその表面を保護剤等により安定化させる。そして、例えば、必要に応じて安定化された原料粒子、任意成分としてのバインダ、スペーサー粒子等の有機材料とともに適切な溶媒に分散され、噴霧液が用意される。ここでは、原料粒子は、例えば、ホモジナイザー、翼式撹拌機等の混合機、分散機等が用いられることによって、溶媒中に分散される。そして、超音波噴霧機等によって、噴霧液から液滴が形成される。液滴が気流に載せられて噴霧乾燥装置(スプレードライヤー)を通過されることによって、造粒粒子が形成される。このように得られた造粒粒子は、所定の焼成炉に導入され、焼成される。これによって、一次粒子が間隙をもって結合(焼結)された二次粒子の形態の造粒焼結粒子からなる溶射用材料が作製されうる。なお、ここで一次粒子は、原料粒子とほぼ同等の寸法および形状を有していてもよいし、原料粒子が焼成により成長した状態で結合されていてもよい。
【0044】
なお、上記の製造工程において、液滴が乾燥された状態では、原料粒子とバインダとが均一な混合状態にある。原料粒子は、バインダによって結着されて、混合粒子を構成している。スペーサー粒子を使用する場合は、原料粒子とスペーサー粒子とが、均一な混合状態でバインダにより結着されて混合粒子を構成している。そして、この混合粒子が焼成されることによって、バインダ(およびスペーサー粒子)が消失する(燃えぬける)とともに、原料粒子が焼結される。これによって、一次粒子が間隙をもって結合(焼結)された形態の二次粒子が形成される。焼結に際し、原料粒子は、その組成、大きさ等によっては、一部が液相となって他の粒子との結合に寄与しうる。そのため、出発材料の原料粒子よりも一次粒子のメディアン径は大きくなる場合がある。二次粒子のメディアン径と、一次粒子のメディアン径と、一次粒子間に形成される間隙の大きさおよび割合とは、所望の二次粒子の形態に応じて設計されうる。
【0045】
また、噴霧液における原料粒子の濃度は、例えば、10質量%~80質量%であることが好ましい。また、添加されるバインダとしては、例えばポリビニルアルコール(PVA)、カルボキシメチルセルロース(CMC)等が挙げられる。溶媒としては、例えば、水が用いられうる。バインダの添加量は、原料粒子の質量に対して0.05質量%~10質量%(例えば1質量%~5質量%)の割合で調整されることが好ましい。
【0046】
また、造粒粒子の焼結では、造粒粒子は、大気雰囲気;窒素雰囲気、希ガス雰囲気等の不活性雰囲気;真空中;において、所定の温度(概ね600℃~1600℃(好ましくは700℃~1500℃、より好ましくは800℃~1400℃、さらに好ましくは1000℃~1300℃))にて、1時間~10時間熱処理(焼成)される。上記所定の温度は、例えば、焼成炉の設定温度であるとよい。造粒粒子を熱処理する際の温度と時間は、溶射用粉末に所望する顆粒強度、細孔径分布、メディアン径、還元処理後の造粒焼結粒子の大気雰囲気における熱重量分析において3%重量が増加する好適な温度範囲を実現できるように適宜設定されうる。また、熱処理後、必要に応じて、得られた造粒焼結粒子を解砕し、分級してもよい。
【0047】
<溶射用粉末の用途>
ここで開示される溶射用粉末を各種の溶射法により溶射することによって、各種の基材に溶射皮膜を作製することができる。溶射用粉末は、大気プラズマ溶射(APS:atmospheric plasma spraying)、減圧プラズマ溶射(LPS:low pressure plasma spraying)、加圧プラズマ溶射(high pressure plasma spraying)等のプラズマ溶射法によって溶射皮膜を作製するのに、特に好ましく用いられうる。また、溶射用粉末は、その他、酸素支燃型高速フレーム(High Velocity Oxygen Flame:HVOF)溶射法、ウォームスプレー溶射法、空気支燃型(High Velocity Air flame:HVAF)高速フレーム溶射法等の高速フレーム溶射にも好適に用いられうる。溶射用粉末は、粉末状態で溶射装置に供給されてもよく、適切な分散媒に分散したスラリーの状態で溶射装置に供給されてもよい。
【0048】
ここで開示される溶射用粉末は、例えば、固体酸化物形燃料電池(SOFC)または固体酸化物形電解セル(SOEC)の電極を形成するために用いられる。溶射用粉末は、SOFCまたはSOECの燃料極を形成するための材料として、好ましく用いられる。SOFCは、例えば、水素と酸素との燃焼反応から生じた化学エネルギーから電力(電気エネルギー)を取り出すことができる。SOECは、例えば、水(例えば、水蒸気)に電気エネルギーを適用することによって、水から水素と酸素とを生成する化学反応を起こすことができる。
【0049】
図1は、SOFC10の断面図である。
図1には、SOFC10における電極と固体電解質層との積層構造が示されている。
図1に示されているように、SOFC10は、燃料極1と、空気極2と、固体電解質層3と、を備えている。SOFC10では、燃料極1がアノードであり、空気極2がカソードである。なお、本明細書において、「アノード」とは、外部回路に電子が流れ出す電極いう。また、「カソード」とは、外部回路から電子が流れ込む電極をいう。
【0050】
燃料極1は、ここでは、水素が酸化物イオンと反応する電極である。この実施形態では、水素と酸化物イオンとの反応によって、水が生成し、電子が放出される。この電子によって、発電する。
図1に示されているように、燃料極1は、固体電解質層3の一方の面に設けられている。この実施形態では、燃料極1は、ここで開示される溶射用粉末を用いることによって形成されている。
【0051】
空気極2は、ここでは、空気中の酸素が電子を受け取る電極である。この実施形態では、空気極では、供給された空気中の酸素が、燃料極1から放出された電子を受け取り、酸化物イオンが生成される。
図1に示されているように、空気極2は、固体電解質層3の他方の面(
図1では、燃料極1の形成面の反対側の面)に設けられている。空気極2としては、これまで提案されている種々の空気極が、特に制限なく採用されてもよい。このため、空気極2の構成に関して、ここでの説明を省略する。
【0052】
固体電解質層3は、ここでは、酸化物イオンを伝導する機能を有する層である。この実施形態では、空気極2で生成された酸化物イオンは、固体電解質層3を通過して、燃料極1に供給される。
図1に示されているように、固体電解質層3は、燃料極1と空気極2とに挟み込まれている。固体電解質層3としては、これまで提案されている種々の固体電解質層が、特に制限なく採用されてもよい。このため、固体電解質層3の構成に関して、ここでの説明を省略する。
【0053】
SOFC10を製造する方法は、例えば、用意工程と、積層工程と、溶射工程と、焼成工程と、を含みうる。用意工程は、例えば、固体電解質層3のグリーンシートを用意する工程である。この工程では、例えば、固定電解質層3を形成するためのスラリーをキャリアシート上に塗工し、所定の形状および寸法に成形して乾燥させることによって、固体電解質層3のグリーンシートが用意されるとよい。固定電解質層3を形成するためのスラリーをキャリアシートに塗工する方法は、特に限定されず、例えば、スクリーン印刷法、ドクターブレード法等の従来の塗工方法が採用されうる。
【0054】
積層工程は、例えば、固体電解質層3のグリーンシートの一方の表面に、空気極2のグリーンシートを積層する工程である。この工程では、例えば、空気極2を形成するためのスラリーを固体電解質層3のグリーンシートの一方の面(ここでは、キャリアシートと反対側の面)に塗工し、所定の形状および寸法に成形して乾燥させることによって、空気極2のグリーンシートが固体電解質層3のグリーンシートに積層される。次いで、固体電解質層3のグリーンシートからキャリアシートが取り除かれるとよい。空気極2を形成するためのスラリーを固体電解質層3のグリーンシートに塗工する方法は、特に限定されず、例えば、スクリーン印刷法、ドクターブレード法等の従来の塗工方法が採用されうる。
【0055】
溶射工程は、例えば、固体電解質層3のグリーンシートの他方の表面に、ここで開示される溶射用粉末を溶射する工程である。この工程では、例えば、溶射用粉末を、固体電解質層3のグリーンシートにおける、空気極2のグリーンシートの積層面と反対側の面に溶射する。これによって、燃料極1の前駆体となる、ここで開示される溶射用粉末の溶射皮膜が形成される。
【0056】
焼成工程は、例えば、溶射皮膜が設けられた、固体電解質層3のグリーンシートと空気極2のグリーンシートとの積層体を焼成する工程である。これによって、燃料極1と空気極2と固体電解質層3とが相互に焼結され、SOFC10における燃料極1と空気極2と固体電解質層3との積層構造が構成される。
【0057】
以上で説明してきたように、ここで開示される溶射用粉末は、SOFCまたはSOECの電極を形成するための溶射用粉末である。溶射用粉末の顆粒強度は、25MPa以上である。また、溶射用粉末は、イオン伝導性のセラミック粒子と、遷移金属化合物粒子とを含む複合粒子を含んでいることが好ましい。
【0058】
例えば、ここで開示される溶射用粉末について、セラミック粒子と遷移金属化合物粒子とが複合粒子の状態で含まれている場合、溶射用粉末を溶射した際、溶射皮膜において、セラミック粒子由来のセラミック成分と、遷移金属化合物粒子由来の遷移金属化合物成分とが偏在しにくくなる。また、溶射用粉末では、顆粒強度が25MPa以上であることによって、複合粒子において、セラミック粒子と遷移金属化合物粒子とが好ましい結合状態(ネッキング状態)が実現されている。このため、ここで開示される溶射用粉末を用いることで、溶射皮膜の成分の均一性を高めることができる。また、好ましい結合状態を顆粒内で実現することで遷移金属化合物粒子同士の結合が生まれて、還元処理後の遷移金属間の良好な接触状態を生成すると考えられる。そのため、遷移金属同士による電子パス(電子の通り道)が効率的に形成されることで、電極の導電性を高めることが可能である。
【0059】
以下、本発明に関する試験例を説明するが、本発明を以下の試験例に示すものに限定することを意図したものではない。なお、以下の説明において、「%」の表記は、特に断りがない限り、質量基準である。
【0060】
<製造例>
(実施例1)
セラミック粒子としてのイットリア安定化ジルコニア(YSZ)粒子と、遷移金属化合物粒子としての酸化ニッケル(NiO)粒子と、バインダとしてのポリビニルアルコール(PVA)と、溶媒としての水(イオン交換水)と、を含む出発原料を用意した。YSZ粒子のメディアン径は、0.2μmであった。NiO粒子のメディアン径は、0.7μmであった。YSZ粒子のメディアン径とNiO粒子のメディアン径とは、レーザ回折式粒度分布測定装置(Malvern Panalytical社製,Mastersizer 3000)を用いて測定された体積基準の粒度分布に基づくD50径である。なお、YSZ粒子とNiO粒子とのメディアン径の測定では、各粉末の粒度分布測定中の分散状態を考慮して、水を用いた湿式分散下で行った。また、YSZ粒子とNiO粒子との合計を100%としたときに、YSZ粒子の割合は40%であり、NiO粒子の割合は60%であった。また、出発原料全体を100%としたときに、PVAは2%であり、水は50%であった。
【0061】
次いで、出発原料を混合し、分散させることによって、スラリーを調製した。このスラリーを、噴霧造粒機を用いて気流中に噴霧し、乾燥させることによって、造粒粒子を作製した。次いで、造粒粒子をアルミナ製の匣鉢に入れて、大気雰囲気にて焼成し、造粒焼結粒子を作製した。この焼成では、造粒粒子が入った匣鉢を950℃の温度で、4時間保持した。次いで、造粒焼結粒子を解砕および分級することによって、所定の粒度分布を有する溶射用粉末を得た。かかる溶射用粉末を、本例に係る溶射用粉末とする。
【0062】
(実施例2)
造粒粒子の焼成における焼成温度を1040℃とした。このこと以外は、実施例1と同様の材料と手順とを用いて、本例に係る溶射用粉末を作製した。
【0063】
(実施例3)
造粒粒子の焼成における焼成温度を1200℃とした。このこと以外は、実施例1と同様の材料と手順とを用いて、本例に係る溶射用粉末を作製した。
【0064】
(実施例4)
造粒粒子の焼成における焼成温度を1300℃とした。このこと以外は、実施例1と同様の材料と手順とを用いて、本例に係る溶射用粉末を作製した。
【0065】
(比較例)
造粒粒子の焼成における焼成温度を200℃とした。このこと以外は、実施例1と同様の材料と手順とを用いて、本例に係る溶射用粉末を作製した。
【0066】
[SEM観察]
実施例1~実施例4の溶射用粉末と比較例の溶射用粉末とについて、卓上SEM(Phenom-World社製、Phenom ProX)を用いて、断面視像と平面視像とを取得した。参考のため、
図2~10に、以下のとおり、溶射用粉末の断面視像と平面視像とを示す。
図2は、実施例3の溶射用粉末の平面視像である。
図3は、
図2の拡大画像である。
図4は、実施例3の溶射用粉末の断面視像である。
図5は、実施例4の溶射用粉末の平面視像である。
図6は、
図5の拡大画像である。
図7は、実施例4の溶射用粉末の断面視像である。
図8は、比較例の溶射用粉末の平面視像である。
図9は、
図8の拡大図である。
図10は、比較例の溶射用粉末の断面視像である。
【0067】
[メディアン径の測定]
実施例1~実施例4の溶射用粉末と比較例の溶射用粉末とについて、レーザ回折式粒度分布測定装置(Malvern Panalytical社製,Mastersizer 3000)を用いて体積基準の粒度分布を測定し、メディアン径を得た。表1の「メディアン径(μm)」欄に結果を示す。なお、溶射用粉末のメディアン径の測定は、各粉末の粒度分布測定中の分散状態を考慮して、圧縮空気を用いた乾式分散下で行った。
【0068】
[顆粒強度(1)]
実施例1~実施例4の溶射用粉末と比較例の溶射用粉末とについて、微小圧縮試験装置(島津製作所社製、MCTE-500)を用いて顆粒強度を測定した。具体的には、式:σ=2.8×L/(πd2)に従って算出される、10個の各溶射用粉末の顆粒強度σ[MPa]の平均値を、各溶射用粉末の「顆粒強度」と定義した。上式中、Lは臨界荷重[N]であり、dは顕微鏡で観察された測定粒子の直径[mm]である。なお、臨界荷重は、一定速度で増加する圧縮荷重を圧子で各溶射用粉末に加えたときに、圧子の変位量が急激に増加する時点において各溶射用粉末に加えられた圧縮荷重の大きさである。測定結果を表1の「顆粒強度(1)(MPa)」欄に示す。
【0069】
[細孔容積]
実施例1~実施例4の溶射用粉末と比較例の溶射用粉末とについて、水銀圧入式ポロシメーター(Quantachrome社製、POREMASTER-60)を用いて細孔容積を測定した。具体的には、水銀接触角140°、表面張力480erg/cm2(0.480N/m)の条件で測定を実施した。ここでは、細孔径が1μm以下(具体的には、細孔径が0.0036μm~0.98μmの範囲)の積算細孔容積(cc/g)を測定した。測定結果を表1の「細孔容積(cc/g)」欄に示す。
【0070】
上述のようにして測定された、細孔径が1μm以下の積算細孔容積を各溶射用粉末の「細孔容積」と定義した。また、log微分細孔容積分布の最頻径(ピークトップ位置)について、上述のように定義された「細孔容積」の範囲内におけるものを測定した。測定結果を表1の「ピークトップ位置(μm)」欄に示す。また、
図11および
図12は、各例のlog微分細孔容積分布を示すグラフである。
図12には、
図11のグラフにおける、細孔径が1μm以下の範囲が拡大されたものが示されている。
図11および
図12では、X軸は「細孔径(μm)」を示し、Y軸は「Log微分細孔容積(cc/g)」を示している。なお、細孔径が1μm以下の積算細孔容積を各溶射用粉末の「細孔容積」と定義したのは、細孔径が1μmよりも大きい範囲で測定された細孔容積には、溶射用粉末の粒子間の空隙(ここでは、二次粒子間の空隙)が多く含まれるためである。
【0071】
[熱重量分析]
実施例1~実施例4の溶射用粉末と比較例の溶射用粉末とについて、還元処理を施した。還元処理後の各溶射用粉末について、熱重量示差熱分析装置(Netzsch社製、STA2500 Regulus)を用いて、熱重量分析を実施した。具体的には、アルミナパンに還元処理を施した、37.5mg±2.5mgの各溶射用粉末を入れ、大気雰囲気下にて、10K/minの昇温速度で、室温(30℃)から1200℃まで昇温したときの各溶射用粉末の重量変化を測定した。3%の重量が増加した時点での温度を「3%重量変化点」と定義した。結果を表1の「3%重量変化点(℃)」に示す。なお、上記還元処理では、還元雰囲気(水素ガス雰囲気)下にて、各溶射用粉末を温度800℃で2時間保持した。
【0072】
[顆粒強度(2)]
実施例1~実施例4の溶射用粉末と比較例の溶射用粉末とについて、上記[熱重量分析]項目における還元処理を施した。還元処理後の各溶射用粉末の顆粒強度を、上記[顆粒強度(1)]と同じ装置および手順を用いて測定した。結果を表1の「顆粒強度(2)(MPa)」欄に示す。
【0073】
<溶射皮膜の作製>
実施例1~実施例4の溶射用粉末と比較例の溶射用粉末とを用いて、大気圧プラズマ溶射により、溶射皮膜を作製した。基材としては、アルミニウム製の基材を用いた。また、溶射条件は、以下のとおりであった。
溶射機:SG-100(Praxair社製)
粉末供給器:Model1264(Praxair社製)
プラズマ作動ガス:
アルゴン(Ar)ガス(50psi(0.34MPa));および、
ヘリウム(He)ガス(50psi(0.34MPa))
プラズマ出力:34kW
プラズマ発生電圧:37V
プラズマ発生電流:900A
溶射用粉末の供給速度:17.5±5g/min
溶射距離(溶射ガンから基材までの距離):120mm
溶射ガントラバース速度:400mm/s
【0074】
[溶射皮膜における成分の均一性の評価]
上述のように作製された各例の溶射皮膜について、SEMとエネルギー分散型X線分光分析(EDS)(Phenom-World社製、Phenom ProX)とによって、組成分析を行った。具体的には、以下の(1)~(7)の操作を行った。
(1)アルミニウム製基材と溶射皮膜との複合体を、所定の寸法の溶射皮膜が得られるように切断し、試験片を得た。
(2)試験片を水酸化ナトリウム水溶液中に浸漬し、アルミニウム基材を溶解させるとともに、溶射皮膜を単離した。
(3)単離した溶射皮膜に、還元処理をした。なお、ここでの還元処理の条件は、上記[熱重量分析]項目に記載の条件と同じである。
(4)還元処理後の溶射皮膜をエポキシ樹脂中に包埋し、機械研磨およびクロスセクションポリッシュを実施した。
(5)(4)で研磨された面について、溶射皮膜の断面組織を、1万倍の観察倍率における観察視野(約27μm×27μm)を、SEMとEDSとで観察および分析した。また、1視野を16分割して、1分割視野における溶射皮膜中の組成について、Phenom-World社製、Phenom ProXを用いて定量を行った。なお、ここでは、溶射皮膜の断面組織における任意の位置にて視野を選択したが、溶射皮膜の表層側および基材側からの20μmの領域からは、視野を選択しなかった。
(6)(5)の操作を計5回繰り返して、80分割視野における溶射皮膜中の組成について、定量を行った。
(7)80分割視野におけるNi原子の定量値について、変動係数(標準偏差/平均値)を算出した。結果を表1の「変動係数」欄に示す。なお、変動係数は、溶射皮膜における成分の均一性を評価する指標となる。ここでは、変動係数が小さくなるほど、成分の均一性に優れる。
【0075】
[溶射皮膜の導電率の測定]
実施例1~4の溶射皮膜と比較例の溶射皮膜とについて、低抵抗率計(三菱アナリテック社製、ロレスタGP MCP-T610)を用いて導電率を測定した。具体的には、以下の(1)~(3)の操作を行った。
(1)各例の溶射用粉末を、アルミナ基材(30mm×30mm×5mm)に溶射し、各例の溶射皮膜を作製した。なお、ここでの溶射条件は、上記<溶射皮膜の作製>項目に記載の条件と同じである。
(2)溶射皮膜に還元処理して、測定用試料を得た。なお、ここでの還元処理の条件は、上記[熱重量分析]項目に記載の条件と同じである。
(3)気温:21℃、相対湿度:37%の環境下にて、測定プローブを試料に接触させて当該試料の導電率を測定した。1つの試料に対して3箇所で導電率を測定し、その平均値を算出した。結果を表1の「導電率(×102S/cm)」欄に示す。
【0076】
[アプリ特性]
実施例1~4の溶射皮膜と比較例の溶射皮膜とについて、アプリ特性を評価した。具体的には、変動係数の数値が0.09未満かつ導電率の数値が3×102S/cm以上であるものを「◎」とし、変動係数の数値が0.09以上かつ導電率の数値が3×102S/cm以上であるものを「〇」とし、変動係数の数値が0.09以上かつ3×102S未満であるものを「×」として総合的なアプリ特性を評価した。
【0077】
【0078】
実施例1~4に係る溶射用粉末は、表1に示されているように、顆粒強度が25MPa以上である。実施例1~4の溶射用粉末を用いると、表1に示されているように、比較例の溶射皮膜よりも変動係数が小さい溶射皮膜(すなわち成分の均一性が高められた溶射皮膜)を作製できることがわかった。また、実施例1~4の溶射用粉末を用いて作製された溶射皮膜は、比較例の溶射皮膜よりも導電率が高く、アプリ特性に優れていた。これらのことから、実施例1~4に係る溶射用粉末は、SOFCまたはSOECの電極(例えば、燃料極)を形成するために用いられる溶射用粉末として好ましいことがわかった。
【0079】
以上、ここに開示される技術の具体例を説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【0080】
ここで開示される技術は、以下の項目1~項目10に係る発明を包含する。
[項目1]
固体酸化物形燃料電池または固体酸化物形電解セルの電極を形成するための溶射用粉末であって、
顆粒強度が25MPa以上である、溶射用粉末。
[項目2]
イオン伝導性のセラミック粒子と、
遷移金属化合物粒子と、
を含む複合粒子を含む、項目1に記載の溶射用粉末。
[項目3]
前記複合粒子は、一次粒子同士が接触し接触部に粒子界面のない領域を有する、項目2に記載の溶射用粉末。
[項目4]
前記セラミック粒子と前記遷移金属化合物粒子との質量比(セラミック粒子:遷移金属化合物粒子)は、60:40~20:80である、項目2または3に記載の溶射用粉末。
[項目5]
レーザ回折散乱法に基づくメディアン径(D50)が10μm以上100μm以下である、項目1~4のいずれか一つに記載の溶射用粉末。
[項目6]
前記セラミック粒子は、希土類金属酸化物を含むジルコニア粒子である、項目2~4のいずれか一つに記載の溶射用粉末。
[項目7]
前記遷移金属化合物粒子は、酸化ニッケル粒子である、項目2~4のいずれか一つに記載の溶射用粉末。
[項目8]
水素ガス雰囲気にて、800℃の処理温度で2時間の還元処理が施された前記溶射用粉末を、大気雰囲気にて、10K/minの昇温速度で室温から1200℃まで加熱して熱重量分析を行った際の、3%重量増加時の温度が470℃以上570℃以下である、項目1~7のいずれか一つに記載の溶射用粉末。
[項目9]
前記還元処理が施された前記溶射用粉末の顆粒強度は、15MPa以上70MPa以下である、項目8に記載の溶射用粉末。
[項目10]
前記顆粒強度が100MPa以下である、請求項項目1~9のいずれか一つに記載の溶射用粉末。
【符号の説明】
【0081】
1 燃料極
2 空気極
3 固体電解質層
10 SOFC