(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024146362
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】母材の補強方法及びそれにより得られる複合体
(51)【国際特許分類】
B32B 7/12 20060101AFI20241004BHJP
B32B 15/08 20060101ALI20241004BHJP
E04G 23/02 20060101ALI20241004BHJP
【FI】
B32B7/12
B32B15/08 105Z
E04G23/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023059209
(22)【出願日】2023-03-31
(71)【出願人】
【識別番号】000006644
【氏名又は名称】日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100132230
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々木 一也
(74)【代理人】
【識別番号】100088203
【弁理士】
【氏名又は名称】佐野 英一
(74)【代理人】
【識別番号】100100192
【弁理士】
【氏名又は名称】原 克己
(74)【代理人】
【識別番号】100198269
【弁理士】
【氏名又は名称】久本 秀治
(74)【代理人】
【識別番号】100226894
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々木 夏詩子
(72)【発明者】
【氏名】西野 晶拡
(72)【発明者】
【氏名】杉山 哲也
【テーマコード(参考)】
2E176
4F100
【Fターム(参考)】
2E176AA07
2E176BB04
4F100AA37
4F100AB01A
4F100AB03
4F100AB03A
4F100AK36
4F100AR00B
4F100AR00C
4F100BA04
4F100BA07
4F100CB00B
4F100DG01
4F100DH00C
4F100DH02
4F100GB31
4F100JK06
4F100JK07
4F100JK07A
4F100JK07B
4F100JK07C
4F100JL11B
4F100YY00C
(57)【要約】 (修正有)
【課題】耐剥離性と剛性とが両立されて、補強材による剛性の付与を効率良く発現させることができる、金属部材を母材とし補強材を接着剤にて接着する母材の補強方法、及びそれにより得られた複合体を提供する。
【解決手段】下記式(1)及び(2)を満足するようにする、母材の補強方法である。
E
1とt
1は、補強材の弾性係数と厚みを表す。
E
2と2t
2は、母材の弾性係数と厚みを表す。
Gとhは、接着剤からなる接着層のせん断弾性係数と厚みを表す。
lは、母材と補強材との接着半長を表す。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属部材を母材とし、その少なくとも一方の面に補強材を接着剤にて接着して複合体にする母材の補強方法であって、
下記式(1)及び(2)を満足するようにすることを特徴とする、母材の補強方法。
【数1】
E
1とt
1は、補強材の弾性係数と厚みを表す。
E
2と2t
2は、母材の弾性係数と厚みを表す。
Gとhは、接着剤からなる接着層のせん断弾性係数と厚みを表す。
lは、母材と補強材との接着半長を表す。
【請求項2】
前記補強材の弾性係数が20GPa以上である、請求項1に記載の母材の補強方法。
【請求項3】
前記補強材が、連続繊維を用いた繊維強化複合材料からなる、請求項1に記載の母材の補強方法。
【請求項4】
前記母材が、表裏面を有する平板形状の板状母材からなり、該板状母材の表面又は裏面の片側に前記補強材を接着剤にて接着する、請求項1に記載の母材の補強方法。
【請求項5】
前記母材が、中空部を有する断面箱型形状の中空柱状母材からなり、該中空柱状母材の長手方向に沿った中空部断面の中心線を挟んだ片側の中空部内壁面又は中空部外壁面に前記補強材を接着剤にて接着する、請求項1に記載の母材の補強方法。
【請求項6】
前記母材が鋼材からなる、請求項1に記載の母材の補強方法。
【請求項7】
金属部材を母材とし、その少なくとも一方の面に補強材が接着剤にて接着された複合体であって、
下記式(1)及び(2)を満足することを特徴とする、母材に補強材が接着されてなる複合体。
【数2】
E
1とt
1は、補強材の弾性係数と厚みを表す。
E
2と2t
2は、母材の弾性係数と厚みを表す。
Gとhは、接着剤からなる接着層のせん断弾性係数と厚みを表す。
lは、母材と補強材との接着半長を表す。
【請求項8】
前記補強材の弾性係数が20GPa以上である、請求項7に記載の複合体。
【請求項9】
前記補強材が、連続繊維を用いた繊維強化複合材料からなる、請求項7に記載の複合体。
【請求項10】
前記母材が、表裏面を有する平板形状の板状母材からなり、該板状母材の表面又は裏面の片側に前記補強材が接着剤にて接着される、請求項7に記載の複合体。
【請求項11】
前記母材が、中空部を有する断面箱型形状の中空柱状母材からなり、該中空柱状母材の長手方向に沿った中空部断面の中心線を挟んだ片側の中空部内壁面又は中空部外壁面に前記補強材が接着剤にて接着される、請求項7に記載の複合体。
【請求項12】
前記母材が鋼材からなる、請求項7に記載の複合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、母材の補強方法及びそれにより得られる複合体に関し、詳しくは、特に制限されるものではないが、橋梁、建築物等の建設構造物や自動車、船舶等の輸送機といった構造物を補修補強(本明細書では単に「補強」という。)するような場合であったり、また、例えば、鋼材等の母材に補強材を接着して軽量化を図りながら剛性を担保して車両製造等に利用可能な複合体を得ることができる母材の補強方法、及び、それにより得られた、母材に補強材が接着されてなる複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
木製の建設材で造られた構造物はもとより、鉄鋼やコンクリート等を利用した構造物であっても、それらは腐食や塩害、荷重等の様々な原因で年数の経過と共に強度が低下し、亀裂や歪みを生じてしまう。場合によっては破壊や崩壊を招いてしまうことがある。
【0003】
これらを防ぐために、高力ボルトや添接板等を用いて建設材を拘束する方法や溶接により補修する方法等を採用することができるが、近年、繊維強化複合材料(Fiber Reinforced Plastics:FRP)等からなる補強材を接着剤で接着して補強する方法が注目されている(例えば特許文献1~3参照)。
【0004】
従来、既存の金属部材の軽量化のために金属の高強度化・薄肉化が行われてきたが、薄肉化により曲げに対する剛性が足りなくなってしまうことがある。その場合、剛性を担保するために、金属部材にFRP等のような補強材を接着する(マルチマテリアル化)設計が検討され、上記のような補強方法が採用される理由にもなる。
【0005】
このような補強材を接着する補強方法では、一般に、熱に強く耐水性にも優れるエポキシ樹脂が接着剤として使用される。エポキシ樹脂接着剤は、高強度、高剛性であるため、補強材による補剛効果を十分に発現せしめることができる。
【0006】
ところが、エポキシ樹脂のように弾性係数の高い(硬い)接着剤で補強材を接着すると、母材を補強材で接着して得られた複合体に力が加わった際に接着端部に応力が集中して剥離が生じ易くなってしまう。このような応力集中を防ぐために、マルチマテリアルの接着にエラストマー系の低弾性接着剤を用いることも考えられるが、低弾性の接着剤は接着端部の応力集中を防ぐ効果は期待できるものの、柔らかい材料であるため応力の伝達には不利である。そのため、弾性係数の高い接着剤を使用する場合と比較して、炭素繊維強化複合材料(CFRP)のような補強材の剛性発現に悪影響を与えかねない。なかでも、比剛性の高いCFRPは材料コストが高いことから、効率良く剛性を発現させることができるようにするのが理想である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開2006/088184号公報
【特許文献2】特開2009-119607号公報
【特許文献3】国際公開99/10168号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このような状況のもと、本発明者らは、母材と補強材との耐剥離性能や剛性発現に寄与する要因について詳細な検討を行った。その結果、母材に補強材を接着して複合体を得るにあたり、使用する各材料の物性値と得られる複合体の寸法によって定められるパラメータに基づくことで、耐剥離性と剛性発現とが両立された補強構造が実現されることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
したがって、本発明の目的は、金属部材を母材とし、補強材を接着剤にて接着する母材の補強方法において、耐剥離性と剛性とが両立されて、補強材による剛性の付与を効率良く発現させることができる母材の補強方法を提供することにある。
【0010】
また、本発明の別の目的は、耐剥離性と剛性とが両立されて、しかも、補強材による剛性発現が効率良くなされた複合体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
〔1〕金属部材を母材とし、その少なくとも一方の面に補強材を接着剤にて接着して複合体にする母材の補強方法であって、
下記式(1)及び(2)を満足するようにすることを特徴とする、母材の補強方法。
【数1】
E
1とt
1は、補強材の弾性係数と厚みを表す。
E
2と2t
2は、母材の弾性係数と厚みを表す。
Gとhは、接着剤からなる接着層のせん断弾性係数と厚みを表す。
lは、母材と補強材との接着半長を表す。
〔2〕前記補強材の弾性係数が20GPa以上である、〔1〕に記載の母材の補強方法。
〔3〕前記補強材が、連続繊維を用いた繊維強化複合材料からなる、〔1〕に記載の母材の補強方法。
〔4〕前記母材が、表裏面を有する平板形状の板状母材からなり、該板状母材の表面又は裏面の片側に前記補強材を接着剤にて接着する、〔1〕に記載の母材の補強方法。
〔5〕前記母材が、中空部を有する断面箱型形状の中空柱状母材からなり、該中空柱状母材の長手方向に沿った中空部断面の中心線を挟んだ片側の中空部内壁面又は中空部外壁面に前記補強材を接着剤にて接着する〔1〕に記載の母材の補強方法。
〔6〕前記母材が鋼材からなる、〔1〕に記載の母材の補強方法。
〔7〕金属部材を母材とし、その少なくとも一方の面に補強材が接着剤にて接着された複合体であって、
下記式(1)及び(2)を満足することを特徴とする、母材に補強材が接着されてなる複合体。
【数2】
E
1とt
1は、補強材の弾性係数と厚みを表す。
E
2と2t
2は、母材の弾性係数と厚みを表す。
Gとhは、接着剤からなる接着層のせん断弾性係数と厚みを表す。
lは、母材と補強材との接着半長を表す。
〔8〕前記補強材の弾性係数が20GPa以上である、〔7〕に記載の複合体。
〔9〕前記補強材が、連続繊維を用いた繊維強化複合材料からなる、〔7〕に記載の複合体。
〔10〕前記母材が、表裏面を有する平板形状の板状母材からなり、該板状母材の表面又は裏面の片側に前記補強材が接着剤にて接着される、〔7〕に記載の複合体。
〔11〕前記母材が、中空部を有する断面箱型形状の中空柱状母材からなり、該中空柱状母材の長手方向に沿った中空部断面の中心線を挟んだ片側の中空部内壁面又は中空部外壁面に前記補強材が接着剤にて接着される、〔7〕に記載の複合体。
〔12〕前記母材が鋼材からなる、〔7〕に記載の複合体。
【発明の効果】
【0012】
本発明の補強方法を用いて母材を補強することで、耐剥離性と剛性とが両立された補強構造を実現することができる。そのため、補強材による剛性の付与を効率良く発現させて、母材の補剛効率を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、本発明の補強方法により、板状母材に補強材を接着した複合体の一例を示すものであり、(a)はその長手方向を断面で示した断面(縦断面)説明図であり、(b)は切断線A-Aに沿った断面(横断面)説明図である。
【
図2】
図2は、
図1の複合体がその長手方向(x軸方向)に引張荷重Pを受けた場合のせん断応力τ及び垂直応力σyについて、母材と補強材との接着半長lにおける位置xとの関係で示したものである。
【
図3】
図3は、剛性発現率ξを求めるにあたっての考え方を示した模式説明図である。
【
図4】
図4は、材料パラメータclと複合体の主応力σ
1との関係、及び、材料パラメータclと複合体の剛性発現率ξとの関係をグラフにしたものである。
【
図5】
図5は、本発明の補強方法により、角パイプ形状をした中空柱状母材に補強材を接着した複合体の一例を示すものであって、(a)は中空柱状母材の斜視説明図であり、(b)及び(c)は得られた複合体の横断面(中空柱状母材の切断線B-Bに沿った場合の断面)説明図である。
【
図6】
図6は、本発明の補強方法により、ハット型形状をした母材に板状母材を接着してなる中空ハット形母材に補強材を接着した複合体の一例を示すものであり、(a)は中空ハット形母材の斜視説明図であり、(b)及び(c)は得られた複合体の横断面(中空ハット形母材の切断線C-Cに沿った場合の断面)説明図である。
【
図7】
図7は、本発明の実施例で作製した試験複合体を説明するための模式図であって、(a)は斜視説明図であり、(b)は縦断面説明図である。
【
図8】
図8は、本発明により理想的な補強方法を実現するための関係式〔式(1)及び(2)〕からなる領域と、実施例での試験複合体の結果プロットしたグラフである。
【
図9】
図9は、Shear lag理論を説明するための従来例であって、2つの被着体を接着剤で接着して接着層を有した継手部を示す断面(縦断面)説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について詳しく説明する。
本発明は、金属部材を母材とし、その少なくとも一方の面に補強材を接着剤にて接着して複合体にする母材の補強方法であって、
下記式(1)及び(2)を満足するようにすることを特徴とする。
【数3】
E
1とt
1は、補強材の弾性係数と厚みを表す。
E
2と2t
2は、母材の弾性係数と厚みを表す。
Gとhは、接着剤からなる接着層のせん断弾性係数と厚みを表す。
lは、母材と補強材との接着半長を表す。
【0015】
本発明における母材の補強方法では、上記の式(1)及び(2)に基づくことで、耐剥離性と剛性とが両立した補強構造が実現可能になる。このうち、式(2)におけるcはShear lag理論に登場する微分方程式で用いられるものであり、例えば、下記の式で言えばωで表されるものである。
【数4】
(式中のE’
1とt’
1は、母材を補強する被着体(本発明で言う補強材)の弾性係数と厚みを表し、E’
2とt’
2は母材の弾性係数と厚みを表す。また、G’とh’は、接着剤からなる接着層のせん断弾性係数と厚みを表す。)
【0016】
すなわち、Shear lag理論は、例えば、
図9に示した重ね合わせ継手のように、伸び変形のみ生じることを仮定した2つの被着体31を接着剤で接着して接着層12を有する継手部を形成した場合に、上下の被着体31と接着層12とをいずれも弾性体として見なして、これらの被着体31のx軸方向に引張荷重Pを掛けて互いに引っ張ると、接着層12中に均一なせん断応力の生じない、いわゆる“せん断遅れ”が発生するというものである。そして、この“せん断遅れ”が起こると、接着層12の端部にせん断応力が集中して剥離が生じると考えられる。
【0017】
Shear lag理論は、接着剤で異種材料を接着した際のせん断応力分布を扱った理論である。そのため、本発明では、上述した式(2)中のcのように、母材や補強材、接着剤からなる接着層の厚みや弾性係数等を材料パラメータとして利用するが、
図9に示したような被着体の継手とは違い、本発明の補強方法は、母材に補強材を接着して複合体にする、母材と補強材の連続構造に係るものである。
【0018】
図1(a)には、本発明における母材の補強方法によって得られた複合体の一例が示されている。この複合体は、平板形状の板状母材1の表面又は裏面の片側に接着剤からなる接着層2により補強材3が接着されたものである。また、
図1(b)は、接着層2による板状母材1と補強材3との接着層端部の様子を拡大して示したものである。そして、
図2では、
図1の複合体がその長手方向(x軸方向)に引張荷重Pを受けた場合のせん断応力τ及び垂直応力σyについて、母材と補強材との接着半長lにおける位置xとの関係が示されている。このうち、せん断応力τは、先に述べたShear lag理論のせん断応力分布をもとにすれば、複合体の長手方向での接着中央部O(x=0)でせん断応力τが最小値となり、この接着中央部を中心にせん断応力分布は左右対称となって、接着両端(x=l)で最も高くなる。一方、垂直応力σyについては、接着中央部を中心として左右対称に分布し、母材の剛性に対する補強材の剛性の割合が大きいほど発生する垂直応力は大きくなる。
【0019】
そこで、本発明では、母材と補強材との剛性比rを上記式(3)で表すとして、材料のパラメータであるcに対して母材と補強材との接着半長lを乗じたclが十分に大きいと仮定して、これらの関係をもとに、複合体を構成する材料の物性値とその構造の寸法から、耐剥離性と剛性について検討した。詳しくは、
図2に示したような接着層端部での応力と複合体の剛性について、それぞれ
図1に示した複合体をもとに理論計算を行った。理論計算の詳細は以下で説明するとおりであるが、この理論計算(パラメトリックスタディ)では、下記の表1に記載したパラメータを用いた。具体的には、厚さ0.8mmの鋼材を母材とし、母材と同じ幅をもつ厚さ0.8mmのCFRPを補強材として、ポリウレアからなる接着剤で接着した場合を想定し、それぞれの材料の物性値を適用した。なお、表中では、補強材を被着体1とし、母材を被着体2としている。また、表1中の曲げスパンの半長さLとは、
図1に示したように、複合体の長手方向に引張荷重Pが作用する際の複合体の接着中央部Oから母材の咥え(チャック)位置(図中の▼)までの距離を表す。
【0020】
【0021】
先ず、複合体の耐剥離性について、接着層端部での応力としては、接着層応力の理論計算には下記6成分が必要になるところ、本発明における複合体の場合、長手方向(X方向)に対する引張を考えた際に接着層にはたらく主な力の成分としてせん断応力σyx(すなわちτ)と垂直応力σyy(すなわちσy)の2成分に着目すればよく、他の成分は剥離に寄与せず、値も十分に小さいため無視できる。
【数5】
【0022】
このうち、前者のせん断応力σyxは、下記式(5)のτ(x)で表すことができ、また、後者の垂直応力σyyは、下記式(6)のσ
y(x)で表すことができる。これらの式は、
図1で示したような複合体におけるせん断応力の作用位置は接着剤の中央であり、また、母材と補強材の当て板の曲率が一定であるとして、力のつり合いとモーメントのつり合いの式を整理して導き出されたものである(参考文献1:水谷壮志ほか,一軸引張を受ける片面当て板接着鋼板の力学特性:構造工学論文集Vol.65A(2019)p.755-768)。
【数6】
【0023】
ここで、xは、
図1の場合と同様、複合体の接着中央部からの距離を表す。また、λ、ω、Z
1、及びWについては、それぞれ次のとおりである。なお、上記式(5)、(6)において、複合体の接着幅(当て板幅、先の参考文献1ではbとして表記)を単位幅である1として整理している。これは本発明の複合構造において母材の幅に対して接着幅が極端に小さいことはないため、接着範囲において長さ方向のどの断面でも応力分布が同等であると仮定できるためである。
【数7】
(t
1、t
2、G、hは前述のとおりである。)
また、B
1~B
2、C
1~C
4についてはそれぞれ次式となる。
【数8】
Mは、母材にはたらく曲げモーメントである。
【0024】
そして、複合体の耐剥離性に関する接着層端部での応力は、これらのせん断応力σyx(すなわちτ)、及び垂直応力σyy(すなわちσy)をまとめると、主応力σ
1として、下記の式(7)に基づき計算することができる。
【数9】
【0025】
一方、複合体の剛性については、剛性発現率ξで評価することができる。剛性発現率ξとは、
図3に模式図を示したように、母材に補強材を接着した複合体に対して引張荷重を掛けたときの接着層端部の変位について、接着層が無い状態で母材と補強材の完全合成断面を仮定した場合での変位を比較したものである。つまり、複数材料からなる部材のすべての断面が引張や曲げの力に対して有効であるとして、母材と補強材との間でのずれ変形が無く、完全に一体化している状態(概念上の理想状態)が完全合成断面である。そして、剛性発現率ξは、『複合体の剛性(i)/完全合成断面を仮定した場合の複合体の剛性(ii)』から求められる。
【0026】
このうち、上記「複合体の剛性(i)」に関して、先ず、母材の接着長に生じる引張応力は下記式(8)で表すことができる。
【数10】
ここで、a、Z
2、K、λ、B
1、B
2は前述の式(5)、(6)で説明したものと同じである。また、xは複合材の接着中央部からの距離、Mは母材にはたらく曲げモーメント、Pは引張荷重である。
【0027】
これを母材の弾性率(弾性係数)で除することで、母材のxの位置でのひずみが計算できる。更に、そのひずみを長さ方向の全接着範囲について積分すると、母材の接着長での平均ひずみや伸び量が計算できる。複合体の平均ひずみは母材の接着長での平均ひずみと同じ意味となり、複合体の見かけの弾性率(弾性係数)は、「引張力P/複合体の断面積(t1+t2)/複合体の平均ひずみ」として計算できる。これに複合体の断面積を乗じれば「複合体の剛性(i)」となる。
【0028】
また、上記「完全合成断面を仮定した場合の複合体の剛性(ii)」については、「補強材の剛性+母材の剛性」から求めることができる。
【0029】
そして、複合体の材料パラメータのひとつであるclと複合体の主応力σ
1との関係、及び、同じく複合体の材料パラメータclと複合体の剛性発現率ξとの関係をグラフにしたものが
図4である。
図4中、塗りつぶしのあるマーカーで表されるものがclと剛性発現率ξとの関係を示すものである。また、塗りつぶしのないマーカーで表されるものがclと主応力σ
1との関係を示すものである。いずれも横軸にclをとり、左縦軸は剛性発現率ξの値を示しており、右縦軸は鋼材に引張応力200MPaを掛けたときの主応力σ
1を示す。また、これらのグラフでは、それぞれ母材と補強材との剛性比を表すrをr=0.33の場合、r=0.66の場合、r=1の場合、及びr=1.31の場合で示している。
【0030】
本発明では、接着層端部での剥離を防ぎつつ、複合体としての剛性をできるだけ高くしたいことから、耐剥離性能の指標になる主応力σ1と剛性の指標になる剛性発現率ξについて、それぞれ以下のとおりに条件設定した。すなわち、剛性発現率ξについては、一般に、接着構造において、接着剤の剛性が母材に対して低いため、補強材の剛性が完全に発現することはなく、剛性発現率ξが50%以上であれば十分な剛性が担保されると言うことができる。また、主応力σ1については10以下であれば耐剥離性能を満たすと言える。ちなみに、エポキシ樹脂のように弾性係数の高い(硬い)接着剤で補強材を接着する場合、一般には、主応力σ1が10以下を達成するのは困難である。
【0031】
先の
図4によれば、剛性発現率ξは、材料パラメータclによって変動するものではなく、母材である鋼材と補強材であるCFRPとの剛性比rによって決まると言うことができる。つまり、剛性発現率ξが50%以上になるのは、先の式(1)のとおりr≦0.66の場合であることが分かる。
【0032】
また、主応力σ
1については、材料パラメータclの増加に伴って値が大きくなる。
図4に補足したように、clを構成するパラメータの中でも接着剤を変えて接着層せん断弾性係数Gを変化させると、clに比例してσ
1が大きくなることが分かる。ちなみに、その他のパラメータを変えてclの値を変化させてもσ
1はさほど変化しない。
【0033】
一方、母材と補強材の剛性比rと、接着層端部の主応力σ
1との関係について、主応力σ
1は剛性比rが高いほど大きな値を示す。また、主応力σ
1は先の接着層せん断弾性係数Gによっても変化し、σ
1が10MPa以下になるのはr=0.66であればG≦131MPaであり、この条件をclで表すとcl≦4.9となる。同様にr=0.33ならσ
1が10MPa以下となる条件はG≦1800MPa、clで表すとcl≦26.0となる。このように、σ
1≦10MPaとなる条件はrとclの関係によってあらわすことができる。そして、σ
1≦10MPaとなる条件を剛性比rと材料パラメータclとからなる近似式で表すと、下記の式(2)のとおりになる。
【数11】
【0034】
つまり、本発明における母材の補強方法での理想的な状態を剛性発現率ξが50%以上であり、かつ、主応力σ
1が10以下であるとして、
図4に示した各グラフの式を解くと(rとclは共に0以上である)、上記のような理想的な状態を得るためには先の式(1)及び(2)の条件を満たす必要がある。
【0035】
ここで、本発明における母材の補強方法において使用される母材と補強材の種類やそれらの厚み等を考慮すれば、剛性比rは0.05以上であるのが現実的である。そのため、接着層端部での剥離を防ぎつつ、複合体としての剛性をできるだけ高くできるような理想的な補強方法をより確実に実現するに、式(1)について、好ましくはr≦0.5であるのがよく、より好ましくは0.1≦r≦0.4であるのがよい。同様に、式(2)について、好ましくはcl/(2.5r-1.9)≦0.95であるのがよく、より好ましくは0.1≦cl/(2.5r-1.9)≦0.3であるのがよい。なお、式中の各記号の意味は前述したとおりである。
【0036】
本発明において、補強対象となる母材については特に制限されず、補強を必要とするあらゆる構造物に使用されるものであって、例えば、鋼材、アルミ材(アルミ合金材を含む、以下同様)、チタン材(チタン合金)、マグネシウム(マグネシウム合金)等が挙げられるが、なかでも好適には鋼材である。
【0037】
鋼材の材質としては、鉄と、ステンレス鋼を含む鉄系合金等が挙げられるが、鉄鋼材料、及び、鉄系合金であることが好ましく、他の金属種に比べて弾性率が高い鉄鋼材料であることがより好ましい。そのような鉄鋼材料としては、例えば、自動車に用いられる薄板状の鋼板として日本産業規格(JIS)等で規格された一般用、絞り用あるいは超深絞り用の冷間圧延鋼板、自動車用加工性冷間圧延高張力鋼板、一般用や加工用の熱間圧延鋼板、自動車構造用熱間圧延鋼板、自動車用加工性熱間圧延高張力鋼板をはじめとする鉄鋼材料があり、一般構造用や機械構造用として使用される炭素鋼、合金鋼、高張力鋼等も挙げることができる。このような鉄鋼材料の成分は特に限定されないが、Fe、Cに加え、Si、Mn、S、P、Al、N、Cr、Mo、Ni、Cu、Ca、Mg、Ce、Hf、La、Zr、Sbのうち1種又は2種以上を含有してもよい。これら添加元素は、求める材料強度及び成形性を得るために適宜1種又は2種以上を選定し、含有量も適宜調整することができる。
【0038】
なお、上記のような各種の鉄鋼材料は、590MPa以上の引張強度を有することが好ましく、980MPa以上の引張強度を有することがより好ましい。
【0039】
また、鉄鋼材料には、任意の表面処理が施されていてもよい。ここで、表面処理とは、例えば、亜鉛めっき及びアルミニウムめっきなどの各種めっき処理、クロメート処理及びノンクロメート処理などの化成処理、並びに、サンドブラストのような物理的もしくはケミカルエッチングのような化学的な表面粗化処理が挙げられるが、これらに限られるものではない。また、めっきの合金化や複数種の表面処理が施されていてもよい。表面処理としては、少なくとも防錆性の付与を目的とした処理が行われていることが好ましい。
【0040】
鉄鋼材料に施すめっきの種類は特に限定されず、例えば亜鉛系めっき等のような公知の各種のめっきを用いることができる。例えば、めっき鋼板(鋼材)として、溶融亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板、Zn-Al-Mg系合金めっき鋼板、アルミニウムめっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板、電気Zn-Ni系合金めっき鋼板等が用いられ得る。
【0041】
また、補強を必要とする構造物としても特に制限はなく、自動車や電車、船舶、飛行機等の運輸・輸送機器のほか、ドローン等の無人航空機、液晶ディスプレイ等の製造工場における産業用ロボット部材等を始めとする一般産業分野の構造物、河川、道路、鉄道等の橋梁をはじめ、ビル、家屋、畜舎等の建築物や、標識等の建設物といった建設構造物、その他の各種構造物及び構造体を例示することができる。なお、母材の厚みについては特に制限されるものではないが、例えば、これらの構造物を構成する鋼材の例で言えば、一般には0.8~9mmの範囲内である。
【0042】
また、補強材についても特に制限されないが、ガラス繊維や炭素繊維などの強化繊維を使用した織物、編物又は不織布、繊維を一方向に引き揃えた一方向材料(UD材)に樹脂を含浸硬化させたもの、強化繊維の短繊維を樹脂中に分散させて得たもの、連続繊維を用いた繊維強化複合材料など、各種公知のものを用いることができる。なかでも好ましくは、エポキシ樹脂やフェノール樹脂等の樹脂とガラス繊維や炭素繊維等の繊維とを複合して強度を向上させた繊維強化複合材料(FRP)であるのがよい。
【0043】
このうち、FRPに用いられる繊維材料(強化繊維材料)は、ガラス繊維や炭素繊維、アラミド繊維、バサルト繊維、セラミック繊維などが挙げられるが、本発明においてはガラス繊維や炭素繊維が好ましく、炭素繊維が特に好ましく使用される。
【0044】
また、FRP等の補強材は板状であるのが好適である。その製造に際しては、積層したFRP成形用プリプレグを加熱加圧成形する方法(オートクレーブ法、熱プレス法)や、金型内に配置した強化繊維基材に液状樹脂を注入し、含浸・効果する方法(RTM法)、連続繊維に樹脂を含浸させて金型に引き込んで加熱硬化する方法(引抜成形法)、強化繊維の短繊維を含む樹脂材料を溶融して金型に射出して成型する方法(射出成型法)などの一般公知の方法を特に制限なく利用することができる。
【0045】
また、補強材の弾性係数については、金属部材の補強を目的としていることなどを考慮すると、20GPa以上であるのがよく、好ましくは50GPa以上であるのがよい。なお、補強材の幅については、補強材の種類や得られる複合体の用途、補強の目的等に応じて変わるため一概に特定するのは難しいが、一般的には、複合体の長手方向に垂直の断面で見た場合の幅が10~300mm程度である。また、補強材の厚みについても同様に、その種類や補強の目的等によって変わるが、例えば、上記のような繊維強化複合材料からなる場合、一般的には1~20mmの範囲内である。
【0046】
また、補強材を形成する樹脂(マトリックス樹脂)についても特に制限はなく、エポキシ樹脂やビニルエステル樹脂等の熱硬化性樹脂であってもよく、ナイロンやポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂、フェノキシ樹脂等の熱可塑性樹脂であってもよい。
【0047】
更に、本発明で用いる接着剤についても特に制限はなく、一般に採用されるような熱硬化性樹脂又は熱可塑性樹脂を用いることができる。例えば、熱硬化性樹脂としては、常温硬化型或は熱硬化型のエポキシ樹脂、ビニルエステル樹脂、MMA樹脂、アクリル樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、又はフェノール樹脂等が好適に使用され、一方、熱可塑性樹脂としては、熱可塑性ポリエステル、ポリオレフィン、ポリアミド、エチレン酢酸ビニル、フェノキシ樹脂、ポリウレア、ポリウレタン、熱可塑性エラストマー等が好適に使用可能である。なお、接着剤として用いる樹脂は、前出の樹脂を2種以上ブレンドしたり、積層するなどして組合わせて使用してもよく、補強材として使用する繊維強化複合材料に用いられる樹脂と同じにしてもよく、互いに異なる樹脂を用いるようにしてもよい。
【0048】
接着剤のせん断弾性係数Gについては、母材にはたらく応力を補強材に伝えることができる最低限の剛性が必要であること、また適度にせん断をして応力集中を防ぐ程度の柔軟性が必要であることなどを考慮すると、10~1200MPaであるのがよく、好ましくは10~400MPaであるのがよい。また、これらの接着剤により形成される接着層の厚みについては、一般に0.1~5mmの範囲内である。
【0049】
本発明における母材の補強方法では、金属部材を母材として、少なくともその一方の面に補強材を接着剤にて接着して複合体にする。このような補強の形態として、母材が、表裏面を有する平板形状の板状母材からなる場合、先の
図1で示したように、板状母材の表面又は裏面の片側に補強材を接着剤にて接着する方法が挙げられる。なお、接着剤の形態については、接着後に層状となるものであれば、ワニスやフィルム、パウダーなど任意のものを使用できる。
【0050】
また、母材が、
図5(a)に示したように角パイプの形状をして中空部4を有した断面箱型形状の中空柱状母材11からなる場合、
図5(b)で示したように、中空柱状母材11の長手方向に沿った中空部断面の中心線Mを挟んだ片側の中空部内壁面11aに接着層2を介して補強材3を接着する方法が挙げられる。また、
図5(c)のように、中空部外壁面11bに補強材3を接着するようにしてもよい。
【0051】
更には、
図6(a)に示したように、平板材22とハット形材21との組み合わせにより中空部4を有した断面箱型形状の中空ハット形母材23からなる場合、
図6(b)で示したように、中空ハット形母材23の長手方向に沿った中空部断面の中心線Mを挟んだ片側の中空部内壁面21aに接着層2を介して補強材3を接着する方法が挙げられる。また、
図6(c)のように、中空部外壁面21bに補強材3を接着するようにしてもよい。
【0052】
なお、本発明では、
図5や
図6の例のように、補強材の幅が母材の幅と一致しない場合も含まれるが、すなわち、
図5(b)で示される補強材3の幅と母材11の幅とが一致せず、また、
図6(b)で示される補強材3の幅と母材23の幅とが一致しない補強の仕方もその対象として含まれるが、このような場合には、母材に補強材が接着された接着領域において本発明が作用する。
【0053】
本発明における母材の補強方法は、上述したように、自動車や電車、航空機などの運輸・輸送機器の補強や、産業用ロボットやドローン等のような一般産業分野構造物における構造部材の補強をはじめ、橋梁、建築物、建設物等のような建設構造物の補強のように、各種構造物に使用される鉄鋼やアルミなどの軽金属等の母材を補強する場合に適用することができるほか、母材に補強材を接着して、軽量化を図りながら剛性を担保して複合体を得るような場合にも適用することができる。すなわち、例えば、鋼材に補強材を接着して、電車や自動車等の車両製造等に利用可能な複合体を得ることや、産業用ロボットのアームやドローンの構造部材に利用可能な複合体を得るような場合にも好適に利用することができる。
【0054】
その際、上述した式(1)及び(2)を満たすようにすればよく、母材や補強材、接着層を形成する接着剤といった材料選択の場面であったり、これらを用いて複合体を形成する設計等において、本発明を効果的に利用することができる。また、新規に複合体を形成する場合は勿論、既存の金属部材を補修補強するような場合にも適用することができる。
【実施例0055】
本発明に係る母材の補強方法の作用効果を実証するために、以下の実験例を行った。なお、本発明は、これらの内容に制限されるものではない。
【0056】
(実施例1)
母材、補強材、及び接着剤を用いて、試験複合体を作製した。この試験複合体は、
図1に示したように、厚さt
2=1.6mm、幅w=25mm、長さ2L=600mmの板状母材1の表面(上面)に対して、厚さt
1=2.4mm、幅w=25mm、長さ2l=300mmの補強材3が厚みh=0.2mmの接着層2を介して接着されたものである。ここで、
図7(a)には、実施例1に係る試験複合体の斜視図が示されており、
図7(b)には、その縦断面図が示されている。なお、板状母材1の長さ2Lは、咥え部分(チャック)を除いたチャック間距離を表す。
【0057】
この試験複合体を形成する部材は表2に示すように、板状母材1としては、弾性係数E2=206000MPa、降伏応力=299MPaの高張力鋼板を使用した。また、補強材3としては、エポキシ樹脂をマトリックスとする弾性係数E1=51000MPaのPAN系疑似等方強化CFRP([(0/45/90/-45)s]3)を使用した(表中ではPAN系CFRP-1と表記する)。このCFRPの炭素繊維はPAN系炭素繊維(三菱ケミカル製TR50S)である。更に、接着剤としては、せん断弾性係数G=20MPaのポリウレア系接着剤(日鉄ケミカル&マテリアル社製ポリウレア系接着剤FU-Z)を使用した(表2では単にポリウレア系と表記する)。
【0058】
試験複合体を得るにあたっては、板状母材1及び補強材3の各接着面を#120のサンドペーパーで研磨し、脱脂してから、板状母材1の表面にそれぞれ接着剤にて補強材3を接着して、室温20℃の恒温状態で硬化を確実に進めるために7日養生した。先に記した試験複合体の各寸法と弾性係数、せん断弾性係数は、いずれも養生後のものである。これらの値について下記の表2にまとめて示している。
【0059】
上記試験複合体について、先に記した式(3)に基づき母材と補強材との剛性比rを求めると共に、式(4)により材料パラメータclを求めた。また、以下に記した方法により試験複合体の評価を行った。これらについて表2にまとめて示す。また、
図8には、前述した理想的な補強方法を実現するための関係式〔式(1)及び(2)〕からなる領域が破線で囲まれるようにして図示されており、本実施例に係る試験複合体が該当する箇所をプロットで示している。なお、下記の実施例、比較例を含めて、
図8のグラフでは、剛性発現率が50%以上であり、かつ剥離評価が「◎」の場合には“●”でプロットしており、剛性発現率が50%以上であり、かつ剥離評価が「○」の場合には“○”でプロットしている。また、剛性発現率ξが50%未満であり、かつ剥離評価が「◎」又は「○」の場合には“▲”でプロットしており、剥離試験が降伏前剥離の場合には“×”でプロットしている。
【0060】
[鋼材弾性域での剥離評価]
上記で得られた試験複合体に対する引張試験を万能試験機(インストロン社製5985型万能材料試験機)を用いて変位制御により試験速度2mm/minの条件にて行い、同様の方法にて行った板状母材1として用いた鋼材単体の引張試験での鋼材の降伏強度(299MPa)と比較することで評価を行った。すなわち、鋼材単独での降伏強度を基準として、試験複合体から接着層2の剥離が無い場合を「◎」と評価し、鋼材単独での降伏強度よりも接着層2の剥離強度が高ければ「○」と評価し、鋼材単独での降伏強度よりも接着層2の剥離強度が低ければ「×」と評価した。
【0061】
[剛性発現率ξ]
前述したように、剛性発現率ξ(%)は「複合体の剛性(i)/完全合成断面を仮定した場合の複合体の剛性(ii)」から求められるところ、本実施例ではFEM解析(シミュレーション)により評価した。すなわち、解析ソフトウェアとしてエムエスシーソフトウェア社Marcを使用し、本実施例に係る母材、補強材、及び接着剤と同じ材料で、同じ形状からなる試験複合体をモデル化し、x軸方向(長手方向)に引張荷重を与えて、(ii)接着層無しで母材と補強材とを一体化した場合(完全合成)の複合体剛性と、(i)本実施例の試験複合体での複合体剛性とを求めて、(i)の数値を(ii)の数値で除することで剛性発現率ξ(%)を算出した。なお、剛性発現率ξについては50%以上となることを良とした。
【0062】
(比較例1~4)
使用する部材のうち補強材と接着剤を表2に示したものに変更し、また、接着層の厚みhを表2に示したように変更した以外は実施例1と同様にして、比較例1~4に係る試験複合体を得た。ここで、比較例1~4で使用した補強材は、エポキシ樹脂をマトリックスとする弾性係数E1=137000MPaのピッチ系疑似等方強化CFRP([(0/45/90/-45)s]3)であって(表中ではピッチ系CFRPと表記する)、このCFRPの炭素繊維はピッチ系炭素繊維(日本グラファイトファイバー社製XN-80)である。一方、接着剤について、比較例1~2では実施例1で使用したものと同じポリウレア系接着剤を使用し、比較例3~4では、せん断弾性係数G=1154MPaのビスフェノールA系エポキシ樹脂接着剤(ナガセケムテックス社製AW136N/HY994)を使用した(表2では単にエポキシ系と表記する)。
【0063】
【0064】
【0065】
(実施例2)
表4に示すように、板状母材1の長さを2L=160mm、接着長を2l=120mmとし、補強材3を下記のCFRPに変更したこと以外は実施例1と同様にして試験複合体を作製した。すなわち、CFRPは、エポキシ樹脂をマトリックスとする弾性係数E1=135000MPaのPAN系一方向強化CFRPであって、このCFRPの炭素繊維はPAN系炭素繊維(三菱ケミカル社製TR50S)である(表中ではPAN系CFRP-2と表記する)。また、補強材は、厚さt1=0.8mm、幅w=25mm、長さ2l=120mmとした。
【0066】
(実施例3~5)
使用する部材のうち接着剤と接着厚みを表4に示したものに変更した以外は実施例2と同様にして、実施例3~5に係る試験複合体を得た。
【0067】
【0068】
得られた試験複合体について、実施例1と同様にして評価した。結果を表3及び
図8に示す。なお、
図8のプロットでは、各実施例、比較例ごとに該当する試験複合体の位置をプロットしているが、その際のプロットの仕方は前述したとおりである。
【0069】
上記結果から分かるように、比較例1~4に係る試験複合体は、少なくとも先の剥離評価で剥離が認められるか、又は剛性発現率ξが50%に達しないものであり、これらの試験複合体は
図8に示されるとおり、本発明の式(1)及び(2)からなる領域から外れるものであった。それに対して、実施例1~5に係る試験複合体は、剥離評価で鋼材が降伏するまでの変形域において剥離は認められず、剛性発現率ξも50%以上を示す(具体的には60%以上を示す)ものであり、これらはいずれも本発明の式(1)及び(2)からなる領域に含まれていた。
【0070】
したがって、本発明によれば、耐剥離性と剛性とが両立された補強構造を実現することができる。しかも、補剛効率を高めながら、補強のために使用する材料を必要最小限に抑えることができ、コストや作業性の点でも有利であり、それによって得られる複合体の軽量化も図られることになる。