IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 三菱レイヨン株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024146923
(43)【公開日】2024-10-15
(54)【発明の名称】樹脂組成物
(51)【国際特許分類】
   C08L 71/08 20060101AFI20241004BHJP
   C08L 81/06 20060101ALI20241004BHJP
   C08L 79/08 20060101ALI20241004BHJP
【FI】
C08L71/08
C08L81/06
C08L79/08
C08L79/08 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024057678
(22)【出願日】2024-03-29
(31)【優先権主張番号】P 2023058751
(32)【優先日】2023-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 典輝
(74)【代理人】
【識別番号】100101203
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 達人
(72)【発明者】
【氏名】田中 俊資
(72)【発明者】
【氏名】楠野 篤志
(72)【発明者】
【氏名】新納 洋
【テーマコード(参考)】
4J002
【Fターム(参考)】
4J002CH09W
4J002CM04X
4J002CN03X
(57)【要約】
【課題】PAEK樹脂はその種類によっては耐熱性が不十分な場合があり、材料として使用するに際して耐熱性において問題が生じない材料を提供する。
【解決手段】所定の芳香族ポリエーテルケトン樹脂と、少なくとも一種の極性エンジニアリングプラスチックを含んでなる、樹脂組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される繰り返し単位を含む芳香族ポリエーテルケトン樹脂と、少なくとも一種の極性エンジニアリングプラスチックを含んでなる、樹脂組成物。
【化1】
(式(1)において、構造Aは、下記一般式(2)、式(3)及び式(4)からなる群より選ばれるいずれか1つであり、構造Bは、置換していてもよい二価の芳香族炭化水素環である)
【化2】
【請求項2】
構造Aが、前記一般式(2)である、請求項1記載の樹脂組成物。
【請求項3】
前記極性エンジニアリングプラスチックが、その骨格中に複素原子を含む官能基を有する、請求項1または2に記載の樹脂組成物。
【請求項4】
前記極性エンジニアリングプラスチックが、主鎖中にスルホニル基、スルフィニル基、エーテル基、チオエーテル基、イミド基、アミド基、エステル基、カーボネート基、イミダゾール環からなる群から選択される官能基を1つまたは複数有する、請求項1または2に記載の樹脂組成物。
【請求項5】
前記極性エンジニアリングプラスチックが、実質的に非晶性である、請求項1または2に記載の樹脂組成物。
【請求項6】
前記極性エンジニアリングプラスチックがポリフェニルスルホン、ポリイミド、ポリエーテルイミドからなる群から選択される、請求項1または2に記載の樹脂組成物。
【請求項7】
前記一般式(1)で表される繰り返し単位を含む芳香族ポリエーテルケトン樹脂のガラス転移温度をTg1、樹脂組成物のガラス転移温度をTg2としたとき、Tg2-Tg1≧5(℃)である、請求項1または2に記載の樹脂組成物。
【請求項8】
前記一般式(1)で表される繰り返し単位を含む芳香族ポリエーテルケトン樹脂のガラス転移温度の計算値をTg3、樹脂組成物のガラス転移温度をTg2としたとき、Tg2-Tg3≧1(℃)である、請求項1または2に記載の樹脂組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
芳香族ポリエーテルケトン樹脂(以下「PAEK樹脂」)は、耐熱性、耐薬品性、強靭性や寸法安定性等の機械的物性等に優れる、いわゆるスーパーエンジニアリングプラスチックス(以下「スーパーエンプラ」)として、電気電子関連部品、自動車部品、医療用部品、繊維、フィルム用途等に幅広く利用されている。
【0003】
たとえばPAEK樹脂の一つである、芳香族ポリエーテルエーテルケトン樹脂(以下「PEEK樹脂」)は、樹脂の繰り返し構造にエーテル部位を二つとケトン部位を一つ有し、それらの高次的規則性に起因する部分結晶性樹脂として高い機械的物性等を示すことが知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭54-90296号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
PEEK樹脂はTgが155℃程度であり、耐熱性が要求される用途に用いる場合、Tgをより高く調整することが要望される。材料の耐熱性を向上させる方法として、よりTgが高い材料とのブレンドが有りうる。
樹脂組成物の実用耐熱性は、該組成物が複数のTgを有する場合は、最も低いTgに支配されることが多い。しかし、PEEK樹脂にTgが高い他の樹脂をブレンドした場合、均一混合物が得られず、得られた樹脂組成物がPEEKに由来するTgを依然として有し耐熱性向上効果が不十分であった。
【0006】
すなわち、本発明の目的は、上記従来の課題を解決し、芳香族ポリエーテルケトン樹脂の耐熱性を向上させ、耐熱性が向上した樹脂組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明は、耐熱性が十分ではない所定のPAEK樹脂と所定の他の樹脂とのブレンド組成物とすることで、耐熱性が向上した樹脂組成物が得られることを見出し、以下の発明を完成させた。
【0008】
即ち、本発明の要旨は下記[1]~[8]に存する。
[1] 下記一般式(1)で表される繰り返し単位を含む芳香族ポリエーテルケトン樹脂と、少なくとも一種の極性エンジニアリングプラスチックを含んでなる、樹脂組成物。
【0009】
【化1】
(式(1)において、構造Aは、下記一般式(2)、式(3)及び式(4)からなる群より選ばれるいずれか1つであり、構造Bは、置換していてもよい二価の芳香族炭化水素環である)
【0010】
【化2】
【0011】
[2] 構造Aが、前記一般式(2)である、[1]記載の樹脂組成物。
[3] 前記極性エンジニアリングプラスチックが、その骨格中に複素原子を含む官能基を有する、[1]または[2]に記載の樹脂組成物。
【0012】
[4] 前記極性エンジニアリングプラスチックが、主鎖中にスルホニル基、スルフィニル基、エーテル基、チオエーテル基、イミド基、アミド基、エステル基、カーボネート基、イミダゾール環からなる群から選択される官能基を1つまたは複数有する、[1]~[3]のいずれかに記載の樹脂組成物。
[5] 前記極性エンジニアリングプラスチックが、実質的に非晶性である、[1]~[4]のいずれかに記載の樹脂組成物。
【0013】
[6] 前記極性エンジニアリングプラスチックがポリフェニルスルホン、ポリイミド、ポリエーテルイミドからなる群から選択される、[1]~[5]のいずれかに記載の樹脂組成物。
[7] 前記一般式(1)で表される繰り返し単位を含む芳香族ポリエーテルケトン樹脂のガラス転移温度をTg1、樹脂組成物のガラス転移温度をTg2としたとき、Tg2-Tg1≧5(℃)である、[1]~[6]のいずれかに記載の樹脂組成物。
【0014】
[8] 前記一般式(1)で表される繰り返し単位を含む芳香族ポリエーテルケトン樹脂のガラス転移温度の計算値をTg3、樹脂組成物のガラス転移温度をTg2としたとき、Tg2-Tg3≧1(℃)である、[1]~[7]のいずれかに記載の樹脂組成物。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、耐熱性が十分ではない所定の芳香族ポリエーテルケトン樹脂と少なくとも一種の極性エンジニアリングプラスチックとのブレンド組成物とすることで、耐熱性が向上した樹脂組成物とすることができる。
耐熱性が向上した樹脂組成物とすることで、耐熱性が要求される用途において、好適に使用することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の説明に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変形して実施することができる。
本明細書において、「A~B」を用いてその前後に数値又は物性値を挟んで表現する場合(A、Bは数値または物性値を意味する)、これは、「A以上B以下」を意味し、好ましくは「A超B未満」を意味する。
【0017】
また、「芳香族」は、「複素芳香族」を包含し、環構造に炭素以外の元素であるヘテロ元素を含む形態をも包含する。
【0018】
以下に本発明の実施の形態を詳細に説明するが、以下に記載する構成要件の説明は、本発明の実施態様の一例(代表例)であり、本発明はその要旨を超えない限り、以下の内容に限定されない。
【0019】
<樹脂組成物>
本発明の樹脂組成物は、所定の芳香族ポリエーテルケトン樹脂と、少なくとも一種の極性エンジニアリングプラスチックとを含んでなる樹脂組成物である。
【0020】
(芳香族ポリエーテルケトン樹脂)
本発明における所定の芳香族ポリエーテルケトン樹脂とは、下記一般式(1)で表される繰り返し単位を含む芳香族ポリエーテルケトン樹脂である。
なお、ここでの「ポリエーテルケトン」とは、一つの繰り返し単位にエーテル結合とケトン結合を1つずつ含む狭義のポリエーテルケトンに限定されず、広義のポリエーテルケトンを意味する。なお、広義のポリエーテルケトンとは、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)、ポリエーテルエーテルケトンケトン(PEEKK)、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(PEKEKK)など、一つの繰り返し単位にエーテル結合とケトン結合をそれぞれ複数有していてもよい樹脂骨格を含み得る意味である。
【0021】
【化3】
【0022】
なお、一般式(1)において、構造Aは、下記一般式(2)、式(3)及び式(4)からなる群より選ばれるいずれか1つであり、構造Bは、置換していてもよい二価の芳香族炭化水素環である。なお、図中の*は、結合部位を示す。
【0023】
【化4】
【0024】
構造Aの具体例としては、例えば、以下が挙げられる。
【0025】
【化5】
【0026】
構造Aは、上記一般式(2)であることが好ましい。このように、フランジカルボン酸(FDCA)を構造単位とするPAEK(FDCA-PAEK)を、樹脂組成物の構成要素とすることにより、FDCAがバイオ由来原料から得られるので環境負荷を低減できる。
【0027】
構造Bである、置換していてもよい二価の芳香族炭化水素環は、置換若しくは無置換の炭素数6~30の芳香族炭化水素環が好ましい。また、複数の芳香族炭化水素環が連結した構造であってもよいが、芳香族炭化水素環の連結は芳香環の直接連結か、置換基で連結される場合は、置換基にはエーテル基を含まない方が好ましい。また、無置換であることがより好ましい。
【0028】
具体的には、構造Bは、下記一般式(5)~(14)からなる群より選ばれるいずれか1つであることが好ましい。
【0029】
【化6】
【0030】
式(7)において、n1は、0または1であることが好ましい。
式(12)において、R1、R2は、互いに同一であっても異なっていてもよい脂肪族または芳香族炭化水素基であって、それぞれ脂環式骨格または芳香族骨格を有していてもよく、また置換基を有していてもよい。
【0031】
構造Bとしては、より具体的には、以下の式B-1~B-17が挙げられる。
【0032】
【化7】
【0033】
構造Bとしては、B-1、B-5、B-6、B-7、B-8、B-9、B-13、B-14、B-15、B-16、B-17が好ましく、中でも、B-1、B-5、B-6がより好ましい。
なお、一般式(1)で表される繰り返し単位を含む芳香族ポリエーテルケトン樹脂Xは、二種類以上の構造Bを備えていてもよく、中でも、好ましくはB-1、B-5、B-6、B-7、B-8、B-9、B-13、B-14、B-15、B-16、B-17から選ばれる二種以上を含でいてもよく、より好ましくはB-1、B-5、B-6から選ばれる二種以上を含んでいてもよい。
【0034】
また、以下に、一般式(1)で表される繰り返し単位の具体例を示す。
【0035】
【化8】
【0036】
【化9】
【0037】
【化10】
【0038】
【化11】
【0039】
【化12】
【0040】
【化13】
【0041】
【化14】
【0042】
【化15】
【0043】
【化16】
【0044】
【化17】
【0045】
【化18】
【0046】
【化19】
【0047】
【化20】
【0048】
上記具体例のうち、本発明の樹脂組成物とすることで、所望の耐熱性を有する均質な樹脂が得られやすい観点からは、本発明における芳香族ポリエーテルケトン樹脂は、(1)-1、(1)-2、(1)-3、(1)-4、(1)-5で表される繰り返し単位を有することが好ましく、(1)-1、(1)-2で表される繰り返し単位、または、(1)-1および(1)-2の両方の繰り返し単位を有することが特に好ましい。
【0049】
本発明における芳香族ポリエーテルケトン樹脂の還元粘度は、通常0.6dL/g以上である。また、好ましくは0.8dL/g以上であり、特に好ましくは0.9dL/g以上である。このような範囲とすることで、十分な機械的強度を有する樹脂または樹脂組成物が得られる。また、一方で、本発明における芳香族ポリエーテルケトン樹脂の還元粘度は、通常3.5dL/g以下であり、好ましくは3.0dL/g以下であり、より好ましくは2.5dL/g以下であり、さらに好ましくは2.0dL/g以下であり、特に好ましくは、1.9dL/g以下であり、殊更に好ましくは1.8dL/g以下であり、とりわけ好ましくは1.7dL/g以下であり、最も好ましくは1.6dL/g以下である。このような範囲とすることで、他樹脂と混合する際に混ざりやすくなったり、平易な条件で樹脂並びに樹脂組成物の溶融成形ができるようになる。また、樹脂ないし樹脂組成物を溶液状態で取り扱う際も、より高濃度でハンドリングすることが容易になるため、取り扱う有機溶媒の量を減らすことができ、環境負荷低減の観点から好ましい。
【0050】
なお、本発明における芳香族ポリエーテルケトン樹脂の還元粘度(ηsp/c)とは、樹脂を濃硫酸に濃度c=0.1g/dLで溶解させ、ウベローデ粘度管(森友理化工業社製)を用いて、25℃における比粘度(ηsp)を測定し、濃度cで除して算出したものである。還元粘度は樹脂の分子量と相関していることが知られており、芳香族ポリエーテルケトン樹脂の分子量を還元粘度値で相対的に比較することは一般的である。すなわち本発明において還元粘度0.6dL/g以上の芳香族ポリエーテルケトン樹脂は、成形加工によって特性が大きく変化することがない程度まで充分に分子量が高いものであることを示している。
【0051】
(極性エンジニアリングプラスチック)
本発明の樹脂組成物は、上記した所定の芳香族ポリエーテルケトン樹脂に、少なくとも一種の極性エンジニアリングプラスチックをブレンドしてなる樹脂組成物である。
本発明の樹脂組成物は、1種類の極性エンジニアリングプラスチックを含有していてもよいし、また、2種以上の極性エンジニアリングプラスチックを含有していてもよい。2種以上の極性エンジニアリングプラスチックとは、例えば、後に例示するポリエーテルイミドとポリイミドとを混合するように異種の樹脂を混合して使用してもよいし、あるいは、異なるグレード(分子量が異なるなど)のポリエーテルイミドを複数種類混合するように異なる性状の同種樹脂を混合して使用する形態であってもよい。
【0052】
極性エンジニアリングプラスチックは以下の特性を備えていることが好ましい。
・所定のガラス転移温度
・実質的に非晶性であること
・芳香族ポリエーテルケトン樹脂との親和性を有すること
・所定の分子量を有すること
【0053】
極性エンジニアリングプラスチックのガラス転移温度は、芳香族ポリエーテルケトン樹脂のガラス転移温度より高いことが好ましいが、中でも150℃以上300℃以下であることが好ましく、160℃以上280℃以下であることがより好ましく、170℃以上270℃以下であることがさらに好ましい。
【0054】
極性エンジニアリングプラスチックは実質的に非晶性であることが好ましい。実質的に非晶性であるとは、完全に結晶性を有さないか、結晶性を有していたとしても、通常の成形条件下や使用環境下において結晶化が進行しないことを意味する。結晶性は示差走査熱量測定(DSC)により検出される融解熱の大きさによって評価してもよく、X線回折などの方法で結晶化度を確認することで評価してもよい。DSC評価の昇温過程において樹脂の融解に由来する吸熱が観測されない、もしくは吸熱量がごく小さい場合(例えば≦3J/g)や、X線回折において結晶相に由来する回折ピークが観測されない、もしくはきわめて微弱である場合、該樹脂が実質的に非晶性であるものとみなすことができる。
【0055】
極性エンジニアリングプラスチックは、一定程度以上の分子量を有していることが好ましく、またその結果として芳香族ポリエーテルケトン樹脂と同程度の溶融粘度を有していることが好ましい。上記好ましい範囲を逸脱すると、溶融成形時に流動性が不良となったり、混錬時に混ざりにくく不均一となるなどといったトラブルの原因となりうる。例としてPPSU樹脂の場合は、同様に測定した、365℃での溶融粘度が、好ましくは100~1200Pa・s、より好ましくは200~1000Pa・s、さらに好ましくは400~800Pa・sである。PI樹脂の場合は、同様に測定した345℃での溶融粘度が、好ましくは200~2000Pa・s、より好ましくは300~1800Pa・s、さらに好ましくは600~1500Pa・sである。PEI樹脂の場合は、同様に測定した400℃での溶融粘度が、好ましくは100~1000Pa・s、より好ましくは200~800Pa・s、さらに好ましくは300~700Pa・sである。
【0056】
・極性エンジニアリングブラスチックの構造
極性エンジニアリングプラスチックは、分子骨格中に極性骨格を有するエンジニアリングプラスチックの総称であり、その骨格に複素原子を含む官能基を有することが好ましい。これらの官能基としては、例えば、スルホニル基、スルフィニル基、エーテル基、チオエーテル基、イミド基、アミド基、エステル基、カーボネート基、イミダゾール環が挙げられ、極性エンジニアリングプラスチックは、これらの官能基を1つまたは複数有することが好ましい。またこのとき、前記した複素原子を含む官能基の中でも、スルホニル基、スルフィニル基、イミド基、アミド基、エステル基、カーボネート基、イミダゾール環を有することが好ましい。
【0057】
前記極性エンジニアリングプラスチックとしては、例えば、好ましくは、ポリフェニルスルホン、ポリイミド、ポリエーテルイミドが挙げられ、より好ましくは、ポリイミド、ポリエーテルイミドが挙げられ、特に好ましくはポリエーテルイミドが挙げられる。
【0058】
(樹脂組成物の組成)
本発明の樹脂組成物の組成は、該樹脂組成物のガラス転移温度をどの程度にしたいかで調整することができる。つまり、樹脂組成物の組成を調整することで、得られる樹脂組成物のガラス転移温度を所望の値に設定することが可能となる。
本発明の樹脂組成物の組成において、一般式(1)で表される繰り返し単位を含む芳香族ポリエーテルケトン樹脂の割合は、樹脂組成物全体を基準として、10質量%以上90質量%以下、20質量%以上80質量%以下、30質量%以上70質量%以下、40質量%以上60質量%以下と適宜、所望のガラス転移温度に応じて調整可能である。
また、前記芳香族ポリエーテルケトン樹脂の特性を生かした樹脂組成物を得るためには、前記芳香族ポリエーテルケトンを主成分とした組成物であることが好ましい。具体的には、前記芳香族ポリエーテルケトン樹脂の含有量は、樹脂組成物全体を基準として、50質量%以上であることが好ましく、60%以上であることがより好ましく、70%以上であることが特に好ましい。
均一系樹脂組成物の物性は概ね加成性が成立するとされており、特にガラス転移点を推算する方法としてはFoxの式などが知られている。傾向としては、極性エンジニアリングプラスチックの方がTgが高い場合、極性エンジニアリングプラスチックの量を多くするほど、得られる樹脂組成物のガラス転移温度を高くすることができる。
【0059】
(樹脂組成物の熱特性)
本発明の樹脂組成物は、示差走査熱量計「DSC7020」(日立ハイテクサイエンス社製)を用いて、樹脂組成物約2mgを30℃から360℃へ10℃/分の速度で昇温(1st heating)した後、360℃から30℃まで10℃/分の速度で冷却(1st cooling)し、更に30℃から360℃まで10℃/分で昇温(2nd heating)することにより、ガラス転移温度(Tg)の測定を行った。
1st heatingにおいてTgが測定できた場合は、該Tgを樹脂組成物のTgとした。また、1st heatingにおいてTgが測定できない場合は、2nd heatingにおいてTgをさらに測定し、該Tgを樹脂組成物のTgとした。
【0060】
複数の樹脂をブレンドして構成される樹脂組成物において、該樹脂組成物が複数のガラス転移温度を有する場合、該樹脂組成物の実用耐熱性は最も低いガラス転移温度に支配される。よって、ガラス転移温度の低い樹脂成分Aとガラス転移温度の高い樹脂成分Bとを混合して樹脂組成物を構成したとしても、該樹脂組成物が均一混合物とならない場合は、該樹脂組成物の実用耐熱性は、樹脂成分A、もしくは樹脂成分Aを主として含有する相の低いガラス転移温度に依拠することになる。
【0061】
本発明の樹脂組成物では、所定の芳香族ポリエーテルケトン樹脂と少なくとも1種の極性エンジニアリングプラスチックとを混合することで、相溶性の樹脂組成物(混合物)とすることができる。このため、得られる樹脂組成物の実用耐熱性を向上させることが可能となる。ここで、「相溶」とは「均一相溶」と「部分相溶」とを包含する。「均一相溶性の樹脂組成物」とは、混合により単一の相を形成し、上記方法によるDSC測定において単一のTgを示すことをいう。「部分相溶性の樹脂組成物」とは、不均一領域が一部残存した多相状態であり、DSC測定においては、各相における現状樹脂の含有比により単一もしくは複数のTgが観測されることをいう。いずれの場合においても、組成物のTgは、一般に原料芳香族ポリエーテルケトン樹脂のTgと前記極性エンジニアリングプラスチックのTgの間に現れるとされる。
本発明の樹脂組成物は、好ましくは均一相溶性の樹脂組成物である。
【0062】
前記一般式(1)で表される繰り返し単位を含む芳香族ポリエーテルケトン樹脂を単独で測定した際に検出されるガラス転移温度をTg1、樹脂組成物のガラス転移温度(ガラス転移温度が複数観察される場合は最も低い温度)をTg2としたとき、Tg2-Tg1≧5(℃)であることが好ましく、Tg2-Tg1≧6(℃)であることが好ましく、Tg2-Tg1≧10(℃)であることがさらに好ましく、Tg2-Tg1≧11(℃)であることがさらに好ましく、Tg2-Tg1≧15(℃)であることがさらに好ましく、Tg2-Tg1≧20(℃)であることが特に好ましく、Tg2-Tg1≧25(℃)であることが最も好ましい。このような範囲とすることで、組成物化前の前記芳香族ポリエーテルケトン樹脂に比べ、実用耐熱性が十分に向上した樹脂組成物が得られる。
【0063】
芳香族ポリエーテルケトン樹脂の一種であるポリエーテルエーテルケトン樹脂(PEEK)と、極性エンジニアリングプラスチックとを混合した場合、均一混合物が得られにくく、得られる樹脂組成物がPEEKに由来する低いガラス転移温度を依然として示す傾向がある。このため、樹脂組成物の実用耐熱性が低いままとなる。これに対して、本願発明の樹脂組成物では、上記したように原料芳香族ポリエーテルケトン樹脂より高いTgを示す樹脂混合物とすることができるが、その理由について、本発明者らは、本発明の樹脂組成物を構成する所定の芳香族ポリエーテルケトン樹脂の極性がPEEKより大きく、極性エンジニアリングプラスチックと混ざりやすく、このため、均一混合物が形成されているものと推定している。
【0064】
本発明の樹脂組成物のガラス転移温度としては、好ましくは150℃以上、より好ましくは160℃以上、さらに好ましくは170℃以上であり、樹脂組成物が使用される用途により、所望の範囲に調整される。このような下限以上に設計することにより、十分に高い実用耐熱性を有する樹脂組成物が得られる。また、ガラス転移温度の上限についても適宜設定可能であり、好ましくは300℃以下、より好ましくは280度以下、さらに好ましくは250℃以下、特に好ましくは230℃以下、殊更好ましくは210℃以下である。このような上限以下とすることにより、比較的温和な条件下で溶融成形することが可能となり、成形中における樹脂組成物の熱劣化抑制ならびにプロセスコストの低減が可能となる。
【0065】
均一系樹脂組成物のガラス転移温度を推算する方法として、様々な経験式が知られており、例えば実施例記載の方法によりFoxの式によって推算することができる。本発明の樹脂組成物のガラス転移温度は、Foxの式に基づき算出されるTg計算値(Tg3)より高いことが好ましい。具体的には、前記Tg2を用いて、Tg2-Tg3≧1(℃)であることが好ましく、Tg2-Tg3≧3(℃)であることがより好ましく、Tg2-Tg3≧5(℃)であることがさらに好ましく、Tg2-Tg3≧7(℃)であることが殊更に好ましく、Tg2-Tg3≧8(℃)であることが最も好ましい。このような範囲にあることで、前記樹脂組成物の配合設計によって、経験上の予想を超えた耐熱性向上効果が得られていると言える。
【0066】
(添加剤等)
本発明の樹脂組成物には、用途や要求性能等に応じて、上記した一般式(1)の繰り返し単位を含む芳香族ポリエーテルエーテルケトン樹脂や極性エンジニアリングプラスチック以外の添加剤等を、本発明の効果を損なわない限りにおいて混合することができる。使用される添加剤等の成分としては、1種類を単独で用いても、2種類以上を併用してもよい。
【0067】
添加剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択できるが、例えば無機フィラー、有機フィラーが挙げられる。フィラーの形状としては特に限定はなく、例えば、粒子状、板状、繊維状等のフィラーが挙げられる。繊維状フィラーの中でも、炭素繊維とガラス繊維は産業上の利用範囲が広いため、好ましい。
【0068】
また、フィラー以外の添加剤についても特に制限はなく、熱安定剤、酸化防止剤、滑剤、ブロッキング防止剤、核剤、着色剤、顔料、紫外線吸収剤、光安定剤等の添加剤、改質剤、架橋剤等を含有させてもよい。
【0069】
<成形体、用途>
本発明の樹脂組成物は、用途や要求性能等に応じて、射出成形や押出成形等の溶融成形法、もしくは適切な良溶媒を用い溶液として取り扱う方法により成形し、成形体として用いることができる。成形体の形状ならびに用途としては、具体的にはフィルム、繊維、パイプ、ロッド、リング、ギア、ベアリング、コーティング材、生体内インプラント材料が挙げられる。またその形態としては、本発明の組成物のみで成型体を構成してもよいが、その特性を発揮し得る限り、他の材料と任意の形状で組み合わせ、例として積層体等として用いることもできる。
【実施例0070】
以下に本発明の樹脂組成物の実施例を示すが、本発明は、その要旨を超えない限り、以下の実施例により限定されるものではない。なお、各特性の測定方法は以下の通りである。
<樹脂組成物または樹脂の熱特性(ガラス転移温度:Tg)>
樹脂組成物または樹脂の熱特性は、示差走査熱量計「DSC7020」(日立ハイテクサイエンス社製)を用いて、樹脂組成物または樹脂約2mgを30℃から360℃へ10℃/分の速度で昇温(1st heating)した後、360℃から30℃まで10℃/分の速度で冷却(1st cooling)し、更に30℃から360℃まで10℃/分で昇温(2nd heating)することにより行った。
1st heatingにおいてTgを測定し、これを該樹脂組成物または樹脂のTgとした。また、1st heatingにおいてTgが測定できない場合は、2nd heatingにおいてTgを測定し、該Tgを樹脂組成物または樹脂のTgとした。
【0071】
<合成例1>
攪拌翼、窒素導入口兼減圧口、加熱装置を備えた反応容器に、ビスフルオロベンゾイルフラン(BFBF)7.09質量部、ヒドロキノン(HQ)2.50質量部、炭酸カリウム3.17質量部、ジフェニルスルホン27.2質量部、トリグライム1.5質量部を仕込んだ。反応容器の内容物を攪拌しながら、容器内に窒素ガスを導入し、減圧置換によって系内を窒素雰囲気下にした。次に、系内を攪拌しながら200℃に昇温し、この温度で1時間反応させた。その後、5分かけて280℃まで昇温し、この温度で2時間重縮合を継続した。反応容器から重合生成物を取り出して金槌で粉砕し粉末状とした後、常温のアセトン157質量部で15分間固液抽出による洗浄を行い、固体成分を回収した。同様の条件でもう一度アセトンによる洗浄を行った。続いて60℃の水200質量部で15分間固液抽出による洗浄を行い、固体成分を回収した。同様の条件でもう一度水による洗浄を行った。その後、120℃のN-メチル-2-ピロリドン103質量部で30分間固液抽出による洗浄を行い、固体成分を回収した。ろ取した固体成分を真空乾燥器で120℃、6時間真空乾燥することで、目的のPAEK1を得た。
【0072】
<合成例2>
攪拌翼、窒素導入口兼減圧口、加熱装置を備えた反応容器に、ビスフルオロベンゾイルフラン(BFBF)22.7質量部、ヒドロキノン(HQ)0.80質量部、4,4’-ジヒドロキシベンゾフェノン(DHBP)14.0質量部、炭酸カリウム10.1質量部、ジフェニルスルホン87.0質量部、トリグライム4.8質量部を仕込んだ。ここで、BFBF/HQ/DHBPのモル比は、100/10/90である。反応容器の内容物を攪拌しながら、容器内に窒素ガスを導入し、減圧置換によって系内を窒素雰囲気下にした。次に、系内を攪拌しながら200℃に昇温し、この温度で1時間反応させた。その後、5分かけて280℃まで昇温し、この温度で1時間重縮合を継続した。反応容器から重合生成物を取り出して金槌で粉砕し粉末状とした後、常温のアセトン784質量部で15分間固液抽出による洗浄を行い、固体成分を回収した。同様の条件でもう一度アセトンによる洗浄を行った。続いて60℃の水1000質量部で15分間固液抽出による洗浄を行い、固体成分を回収した。同様の条件でもう一度水による洗浄を行った。その後、120℃のN-メチル-2-ピロリドン309質量部で30分間固液抽出による洗浄を行い、固体成分を回収した。ろ取した固体成分を真空乾燥器で120℃で6時間真空乾燥することで、目的のPAEK2を得た。1H-NMRスペクトルから決定したBFBF/HQ/DHBPのそれぞれに由来する構成単位のモル比は100/11/89であった。
【0073】
<実施例1>
成分Aとして、式(1)の繰り返し単位を含む芳香族ポリエーテルケトン樹脂として、上記合成例1で合成した、2,5-ビス(4-フルオロベンゾイル)フラン(BFBF)およびヒドロキノン(HQ)を構成単位とするPAEK1を用い、成分Bとして、ポリエーテルイミド(PEI)である、Ultem 1000(SABIC社製)を用いた。
PAEK1(成分A)70質量部、Ultem 1000(成分B)30質量部を計り取り、ペンタフルオロフェノール(富士フイルム和光純薬社製)2710質量部に溶解させたのち、クロロホルム(富士フイルム和光純薬社製)5500質量部を加えて均一な樹脂溶液を得た。この樹脂溶液を大過剰のメタノールに滴下し析出した固体の樹脂組成物を回収し、これを真空乾燥したのち上記熱特性の測定に供した。表1にTg測定の結果を示す。
【0074】
<実施例2>
PAEK1(成分A)に混合する樹脂(成分B)を、Ultem 1000から表1に示すExtem VH 1003-1000(PI,SABIC社製)に変更し、表1に示す組成で混合した以外は、実施例1と同様にして固体の樹脂組成物を得て、Tgを測定した。表1に熱特性測定の結果を示す。
【0075】
<実施例3>
表1に示すように、成分Aとして、合成例2にて合成したPAEK2を用いた以外は、実施例1と同様にして固体の樹脂組成物を得て、上記熱特性を測定した。表1にTg測定の結果を示す。
なお、PAEK2は、合成例2に従って合成され、式(1)の繰り返し単位を含む芳香族ポリエーテルケトン樹脂であり、2,5-ビス(4-フルオロベンゾイル)フラン(BFBF)、4,4’-ジヒドロキシベンゾフェノン(DHBP)およびヒドロキノン(HQ)を構成単位とし、DHBPとHQのモル比が、89:11の芳香族ポリエーテルケトン樹脂である。
【0076】
<比較例1>
芳香族ポリエーテルケトン樹脂であるPAEK1のみを用いて、Tgを測定した。表2にTg測定の結果を示す。
<比較例2>
芳香族ポリエーテルケトン樹脂であるPAEK2のみを用いて、Tgを測定した。表2にTg測定の結果を示す。
【0077】
<比較例3>
ポリエーテルエーテルケトン樹脂(PEEK)であるVictrex PEEK 650G(Victrex社製)のみを用いて、Tgを測定した。表2にTg測定の結果を示す。
【0078】
<比較例4>
表1に示すように、成分Aとして、ポリエーテルエーテルケトン樹脂(PEEK)であるVictrex PEEK 650Gを用い、成分Bとして、Ultem 1000(PEI,SABIC社製)を用い、表2の組成にてこれらを混合した以外は、実施例1と同様にして固体の樹脂組成物を得て、Tgを測定した。表2にTg測定の結果を示す。
【0079】
<比較例5>
成分Bを、Ultem 1000から、表1に示すExtem VH1003-1000(PI,SABIC社製)に変更した以外は、比較例4と同様にして固体の樹脂組成物を得て、Tgを測定した。表2にTg測定の結果を示す。
【0080】
【表1】
【0081】
【表2】
【0082】
表2において、Tgが上下二段で表示されている場合があるが、上段の値は樹脂組成物中のPEEK相またはPEEKを主成分とする相に由来し、下段の値は樹脂組成物中の極性エンジニアリングプラスチック相もしくは極性エンジニアリングプラスチックを主成分とする相に由来する。
また、表中における、「nd」は、not detectedを意味し、定量できる程度のシグナルが観測されなかったことを意味する。
また、表1、2において示したTg計算値は、一般式(15)で示されるFox式に基づいて算出した値である。Fox式は通常ランダム共重合ポリマーのTg推算に用いられるが、均一相溶系の樹脂ブレンド組成物に対しても用いられることがある。
【0083】
【数1】
【0084】
なお、使用した各樹脂のTgは以下の通りである。
・PAEK1:148℃
・PAEK2:155℃
・PEEK:151℃
・Extem VH1003-1000:242℃
・Ultem 1000:215℃
【0085】
<評価結果>
表1に示したように、実施例1~3では、得られた樹脂組成物が、相溶混合物となっており、単一のTgを示し、いずれの樹脂組成物のTgについても、成分AのPAEK1自体のTgである148℃,もしくはPAEK2自体のTgである155℃より向上していることが示された。また、Tg計算値よりも樹脂組成物のTg実測値の方が高い値を示しており、経験式により予想されるよりも高い耐熱性向上効果を発揮することが示された。
【0086】
これに対して、比較例5の樹脂組成物では、相溶混合物とはならずに、樹脂組成物は成分AのTgを依然と示していた。このため、これらの樹脂組成物は該低いTgの影響により、実用耐熱性が劣るものと判明した。また、比較例4では、相溶混合物が得られたが、Tg計算値に比べて樹脂組成物の実測のTgが低く、耐熱性向上効果に劣るものであった。
【0087】
上記のように、本願実施例1~3において、得られた樹脂組成物が相溶混合物となったのは、成分AのPAEK1ならびにPAEK2がPEEKに比べて極性が大きく、このため成分Bの極性エンジニアリングプラスチックと容易に相溶したものと考えられる。