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  • 特開-トマト半数体の作出方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024147203
(43)【公開日】2024-10-16
(54)【発明の名称】トマト半数体の作出方法
(51)【国際特許分類】
   A01H 1/00 20060101AFI20241008BHJP
【FI】
A01H1/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023060067
(22)【出願日】2023-04-03
(71)【出願人】
【識別番号】000231637
【氏名又は名称】株式会社ニップン
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100123766
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 七重
(74)【代理人】
【識別番号】100136249
【弁理士】
【氏名又は名称】星野 貴光
(72)【発明者】
【氏名】岡 駿佑
(72)【発明者】
【氏名】江面 浩
【テーマコード(参考)】
2B030
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB02
2B030AD20
2B030CA10
2B030CB02
(57)【要約】
【課題】偽受精胚珠培養法を利用したトマト半数体の作出において、半数性胚を含む胚珠を効率的に取得する手段を提供する。
【解決手段】下記の工程1~3を含む、トマト半数体の作出方法。
1.トマト花粉親の花粉に、25~125GyのX線を照射して、不活化花粉を得る工程、
2.不活化花粉を、トマト種子親に受粉させる工程、及び
3.受粉後のトマト種子親から摘出した偽受精胚珠のなかから、下記の条件A、B又はCを満たすものを、トマト半数体の胚珠として選択する工程

【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程1~3を含む、トマト半数体の作出方法。
1.トマト花粉親の花粉に、25~125GyのX線を照射して、不活化花粉を得る工程、
2.不活化花粉を、トマト種子親に受粉させる工程、及び
3.受粉後のトマト種子親から摘出した偽受精胚珠のなかから、下記の条件A、B又はCを満たすものを、トマト半数体の胚珠として選択する工程

α:非不活化花粉を受粉させたトマト種子親から摘出した受精胚珠の長径
β:偽受精胚珠の長径
【請求項2】
工程3において、条件Bを満たす偽受精胚珠を選択する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程3を、受粉から2~4週間後のトマト種子親から摘出した偽受精胚珠を用いて行なう、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
下記の工程4を更に含む、請求項1に記載の方法。
4.工程3で選択した胚珠を生育する工程
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、偽受精胚珠培養法を利用したトマト半数体の作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
染色体数が二倍性個体の半分になっている半数体は、薬剤等を用いた倍化処理に供することで、純系の二倍体を直ちに取得できる。この利点を活かし、雑種第一代(F1)植物の半数体を作成し、その染色体数を倍加させることで、遺伝的に固定された品種の迅速な作出が可能になってきている。
半数体の作出手段として、偽受精胚珠培養法が知られている。この方法は、一般的に、(1)X線や変異原物質等により受精能力を喪失させた精細胞を含む花粉(不活化花粉)を種子親に受粉させ、受精なしに、種子親の卵細胞から偽受精胚珠を発生させる工程と、(2)偽受精胚珠のなかから半数性胚を含む胚珠を選択し、培養して、半数体を取得する工程を含んでいる。
偽受精胚珠培養法を適用した作物として、トマト(特許文献1及び2)や、メロン(非特許文献1及び2)が知られている。
トマトについては、発芽能力を有する胚珠のサイズが特定範囲内にあることが知られている(非特許文献4)。
また、メロンにおいて、偽受精胚珠のなかには半数性ではない胚(二倍性胚等)が混在していることが知られている(非特許文献2)。
その他、柑橘類ヒュウガナツについて、花粉へのX線の照射線量が高くなると受粉後の着果率が低下することが報告されている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8-322410号公報
【特許文献2】特開2013-74892号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】愛知農総試研報34:61-66(2002)
【非特許文献2】静岡県農業試験場研究報告44:1-12(1999)
【非特許文献3】園学研.15(3):275-282.2016.
【非特許文献4】Japan. J. Breed. 38:1-9 (1988)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
二倍性胚等の混入という制約がある偽受精胚珠培養法では、目的の半数体を作出するために、通常、不活化花粉の作成、受粉及び胚珠の培養等の作業を複数回実施する必要がある。
そこで、偽受精胚珠培養法を利用したトマト半数体の作出において、半数性胚を含む胚珠を効率的に取得する手段の提供を課題として設定した。
【0006】
前記の課題を鋭意検討したところ、本発明者は、花粉の不活化に用いるX線の線量及び偽受精胚珠のサイズと、半数性胚を含む偽受精胚珠の割合との間に特定の相関関係があることを見いだした。本発明は、この知見に基づいてなされたものである。本発明は、以下の態様を提供する。
〔1〕下記の工程1~3を含む、トマト半数体の作出方法。
1.トマト花粉親の花粉に、25~125GyのX線を照射して、不活化花粉を得る工程、
2.不活化花粉を、トマト種子親に受粉させる工程、及び
3.受粉後のトマト種子親から摘出した偽受精胚珠のなかから、下記の条件A、B又はCを満たすものを、トマト半数体の胚珠として選択する工程

α:非不活化花粉を受粉させたトマト種子親から摘出した受精胚珠の長径
β:偽受精胚珠の長径
〔2〕工程3において、条件Bを満たす偽受精胚珠を選択する、前記〔1〕に記載の方法。
〔3〕工程3を、受粉から2~4週間後のトマト種子親から摘出した偽受精胚珠を用いて行なう、前記〔1〕に記載の方法。
〔4〕下記の工程4を更に含む、前記〔1〕に記載の方法。
4.工程3で選択した胚珠を生育する工程
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、半数性胚を含む胚珠を効率的に取得できる。したがって、本発明は、トマト育種の効率化や育種期間の短縮化をもたらす。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、実施例で評価した種子親の葉(図1A)及び群3(X線の照射線量:25Gy)のカルス(図1B)の倍数性の判別結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
〔工程1〕
工程1では、トマト花粉親の花粉にX線を照射して、不活化花粉を作成する。
花粉親としては、任意の種類のトマトを使用できる。トマトの例としては、ソラナム・リコペルシカム(Solanum lycopersicum)、ソラナム・セラシフォルメ(Solanum cerasiforme; Lycopersicon cerasiformeとも称される)、ソラナム・ピムピネリフォリウム(Solanum pimpinellifolium; Lycopersicon pimpinellifoliumとも称される)、ソラナム・チーズマニイ(Solanum cheesmanii; Lycopersicon cheesmaniiとも称される)、ソラナム・パルビフロルム(Solanum parviflorum; Lycopersicon parviflorumとも称される)、ソラナム・クミエレウスキィ(Solanum chmielewskii; Lycopersicon chmielewskiiとも称される)、ソラナム・ヒルストゥム(Solanum hirsutum; Lycopersicon hirsutumとも称される)、ソラナム・ペンネリィ(Solanum Lycopersicon pennelliiとも称される)、ソラナム・ペルビアヌム(Solanum pennellii; Lycopersicon peruvianumとも称される)、ソラナム・チレンセ(Solanum chilense; Lycopersicon chilenseとも称される)、ソラナム・リコペルシコイデス(Solanum lycopersicoides)及びソラナム・ハブロカイネス(Solanum habrochaites)等に属するトマト系統・品種又はそれらの派生株が挙げられる。
【0010】
X線は、花粉における吸収線量が25~125Gy、好ましくは50~100Gyとなるように照射する。
X線の波長は特に制限されないが、好ましくは約0.1~50nmの範囲である。
照射方法は特に制限されず、公知の方法を使用できる。例えば、花粉を内包する成熟した葯を含む花を丸ごと花粉親から採取し、これにX線を照射できる。
花粉の採取方法も特に制限されず、公知の方法を使用できる。例えば、X線照射後に葯を切開して不活化花粉を採取できる。
【0011】
〔工程2〕
工程2では、工程1で得た不活化花粉を、トマト種子親に受粉させる。
種子親としては、任意の種類のトマトを使用できる。トマトの例としては、前掲「工程1」欄で述べたトマト系統・品種又はそれらの派生株が挙げられる。
種子親は、F1品種でもよく、遺伝子組替え体であってもよい。
種子親と種子親の系統・品種は同じであってもよく、異なっていてもよい。
花粉親と種子親は同一個体であってもよい。
種子親が稔性である場合、花粉親由来の不活化花粉を受粉させる前に、不活化されていない花粉を内包する成熟した葯を取り除き(除雄)、自家受粉を避けることが好ましい。
種子親は雄性不稔系統であってもよい。この場合、除雄は不要である。
受粉方法は、不活化花粉を種子親の花の柱頭に付着させることができる限り特に制限されず、公知の方法を使用できる。例えば、不活化花粉を含ませた筆や綿棒を、種子親の花の柱頭にこすりつけることで実施できる。
不活化花粉に含まれる精細胞は受精機能を有しないので、受粉後の種子親において受精は起こらないが、花粉管が伸長し、卵細胞のみを由来とする胚を含む胚珠(偽受精胚珠)が発生する。
【0012】
〔工程3〕
工程3では、受粉後の種子親から摘出した偽受精胚珠のなかから、半数性胚を含む胚珠を選択する。
胚珠の摘出方法は特に制限されず、公知の方法を使用できる。例えば、子房を切開して胚珠を摘出できる。
摘出時期は、サイズを測定可能な胚珠が形成されている限り特に制限されないが、好ましくは受粉から1~5週間後、更に好ましくは2~4週間後である。
選択基準として、工程1で使用したX線の照射線量と、胚珠のサイズ比とを用いる。
サイズ比は、以下の式により定義される。
サイズ比=β/α
α:非不活化花粉を受粉させたトマト種子親から摘出した受精胚珠の長径
β:偽受精胚珠の長径
ここで、非不活化花粉とは、工程1のX線照射に供していない花粉親から得た花粉をいう。受精胚珠は、受粉に非不活化花粉を用いることを除いて、偽受精胚珠と同じ工程を用いて作成し、摘出する。また、受精胚珠と偽受精胚珠の作成に用いる花粉親及び種子親は、同品種又は同系統のトマトである。
【0013】
胚珠の長径とは「胚珠の輪郭(投影像)をこれに接する二本の平行線ではさんだときの最も大きい間隔」をいう。
胚珠の長径は、ノギス等を使用して測定できる。
【0014】
工程3では、下記の条件A、B又はCのいずれか、好ましくは条件Bを満たす偽受精胚珠を、半数性胚を含む胚珠(すなわち、トマト半数体の胚珠)として選択する。

【0015】
〔半数体トマトの作出〕
工程3で選択した胚珠を生育することで、半数体トマトの植物体を作出できる。
生育方法は特に制限されず、公知の方法を使用できる。例えば、偽受精胚珠を、組織培養用培地(例えば、MS培地)中で培養してカルスを形成し、このカルスへ植物ホルモンを添加して分化させることで、トマト半数体を作出できる。
任意に、形成したカルスの倍数性を公知の方法(例えば、プロイディーアナライザーや酵素解離法)を用いて確認してもよい。
【実施例0016】
次に、実施例により本発明の効果を具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0017】
〔実施例:X線の照射線量及び偽受精胚珠のサイズと半数性胚の獲得率との関係〕
〔1.トマト花粉親の花粉の不活化〕
花粉親のトマトとして、シュガーランプ(固定品種:サカタのタネ)を使用した。
開花当日に採取した花(成熟した葯を含む)へ、25Gy、50Gy、75Gy、100Gy、125Gy又は150GyのX線(X線管電圧値:70Kv、X線管電流値:3.0mAに設定)を照射した。X線照射装置は、OM-303M(エヌアイシー社)を使用した。
照射後、葯を切開して、不活化花粉を採取した。
X線未照射の花から採取した花粉を、非不活化花粉とした。
【0018】
〔2.トマト種子親の受粉〕
種子親のトマトとして、桃太郎8(F1品種:タキイ種苗)を使用した。
受粉工程は温室内で実施した。
種子親の開花前日に、ピンセットを用いて、蕾から葯を除去(除雄)した。
不活化花粉を、除雄済の花の柱頭に付着させて受粉(偽受精)させた。受粉後の種子親を、温室内で栽培(25℃、明期:16時間、暗期:8時間)した。受粉から3週間後、肥大した子房から偽受精胚珠を摘出した。
非不活化花粉を、除雄済の花の柱頭に付着させて受粉(受精)させた。受粉後の種子親を、温室内で栽培(25℃、明期:16時間、暗期:8時間)した。受粉から3週間後、肥大した子房から受精胚珠を摘出した。
【0019】
〔3.胚珠のサイズ測定〕
胚珠の長径を、ノギスを用いて測定した。測定値から、以下の式に従いサイズ比を決定した。
サイズ比=β/α
α:受精胚珠の長径
β:偽受精胚珠の長径
【0020】
サイズ比に基づき、偽受精胚珠を下記の1~5群に分類した。参考として、各群の一般的な胚珠の長径を併記する。
【0021】
〔4.胚珠の倍数性の判別〕
胚珠をMS培地上に置床し、1~2ヶ月培養して、カルスを形成させた。
MS培地の組成は以下のとおりであった。
【0022】
得られたカルスの倍数性を、プロイディーアナライザー(QuantumP(Quantum社))で判別した。プロイディーアナライザーからは、FL1値(蛍光強度)を指標とする細胞数の分布が得られる。
図1Aに、種子親(二倍体)の葉組織から得た結果を示す。種子親では、FL1値400の位置に最も高いピークが現れた。
図1Bに、群3(X線の照射線量:25Gy)のカルスから得た結果を示す。このカルスでは、FL1値400と200の位置にピークが現れた。
半数性胚の染色体数は、二倍体細胞の半分である。そこで、FL1値200の位置にピークを示すカルスは半数性胚(半数体)を含有しているものとし、下記の式に従い、半数性胚含有率を算出した。

半数性胚含有率(%)=半数性胚を含有するカルスの数/供試カルス数×100
【0023】
表1に、花粉に照射したX線の線量と半数性胚含有率との関係を示す。

表1
【0024】
表1の結果は、25~125GyのX線を照射した花粉から、半数性胚を含む胚珠が得られたことを示している。
【0025】
表2に、花粉に照射したX線の線量と胚珠のサイズ比と半数性胚含有率との関係を示す。

表2

各群のサイズ比
群1:0.34未満
群2:0.34以上0.51未満
群3:0.51以上0.68未満
群4:0.68以上0.85未満
群5:0.85以上
【0026】
表2の結果は、以下に示す「花粉に照射したX線の線量」と「胚珠のサイズ比」との組み合わせA~Cにおいて、半数性胚を含む胚珠が得られたことを示している。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明は、トマトの育種分野で利用できる。
図1