(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024147283
(43)【公開日】2024-10-16
(54)【発明の名称】粒子線治療支援システム、粒子線治療システム及び評価方法
(51)【国際特許分類】
A61N 5/10 20060101AFI20241008BHJP
【FI】
A61N5/10 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023060203
(22)【出願日】2023-04-03
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000279
【氏名又は名称】弁理士法人ウィルフォート国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 康一
(72)【発明者】
【氏名】山田 貴啓
(72)【発明者】
【氏名】平山 嵩祐
(72)【発明者】
【氏名】松浦 妙子
【テーマコード(参考)】
4C082
【Fターム(参考)】
4C082AC04
4C082AE01
4C082AN02
4C082AP02
4C082AP03
(57)【要約】
【課題】粒子線による生物学的影響を精度良く評価することが可能な粒子線治療支援システムを提供する。
【解決手段】線量時空間構造演算装置8は、治療計画と治療計画に従って患者11に粒子線を照射する粒子線照射装置4の特性を示す装置パラメータとに基づいて、治療計画に従って照射される粒子線による患者11内に付与される線量の時間的及び空間的な分布である時空間構造を算出する。生物効果演算装置9は、線量の時空間構造に基づいて、粒子線によって患者11に付与される線量による影響である生物学的影響を評価する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
治療計画に従って照射対象に粒子線を照射する粒子線治療において、前記粒子線によって前記照射対象内に付与される線量による前記照射対象への影響である生物学的影響を評価する粒子線治療支援システムであって、
前記治療計画と前記治療計画に従って前記照射対象に粒子線を照射する粒子線治療装置の特性を示す装置パラメータとに基づいて、前記治療計画に従って照射される粒子線による前記照射対象内に付与される線量の時間的及び空間的な分布である時空間構造を算出する第1の演算装置と、
前記線量の時空間構造に基づいて、前記生物学的影響を評価する第2の演算装置と、を有する粒子線治療支援システム。
【請求項2】
前記装置パラメータは、粒子線の照射速度、及び、粒子線のエネルギーの変更に掛かる変更時間を含む、請求項1に記載の粒子線治療支援システム。
【請求項3】
前記粒子線治療装置は、粒子線を走査して照射し、
前記装置パラメータは、前記粒子線を走査する走査速度を含む、請求項2に記載の粒子線治療支援システム。
【請求項4】
前記生物学的影響は、DNAの一重鎖切断の回復効果を含む、請求項1に記載の粒子線治療支援システム。
【請求項5】
前記第1の演算装置は、複数の前記治療計画のそれぞれについて、前記線量の時空間構造を算出し、
前記第2の演算装置は、複数の前記治療計画のそれぞれについて、前記生物学的影響を評価し、当該評価結果に基づいて、複数の前記治療計画のいずれかを前記粒子線治療に用いる実施治療計画として選択する、請求項1に記載の粒子線治療支援システム。
【請求項6】
前記第1の演算装置は、前記照射対象内の複数の位置の粒子線で照射する複数の照射順序のそれぞれについて、前記線量の時空間構造を算出し、
前記第2の演算装置は、複数の前記照射順序のそれぞれについて、前記生物学的影響を評価し、当該評価結果に基づいて、複数の前記照射順序のいずれかを前記粒子線治療に用いる照射順序として選択する、請求項1に記載の粒子線治療支援システム。
【請求項7】
前記第2の演算装置は、前記生物学的影響に関する値と所定値との差分を評価し、
前記差分に基づいて、前記治療計画を新たに作成する治療計画装置をさらに有する、請求項1に記載の粒子線治療支援システム。
【請求項8】
前記第2の演算装置による前記生物学的影響の評価結果に基づく前記照射対象内の生物学的線量分布と、前記生物学的線量分布と前記照射対象内の物理線量分布との差分を示す差分分布との少なくとも一方を表示する表示装置をさらに有する、請求項1に記載の粒子線治療支援システム。
【請求項9】
前記線量の時空間構造を表示する表示装置をさらに有する、請求項1に記載の粒子線治療支援システム。
【請求項10】
前記第1の演算装置は、複数の前記治療計画のそれぞれについて、前記線量の時空間構造を算出し、
前記第2の演算装置は、複数の前記治療計画のそれぞれについて、前記生物学的影響を評価し、
複数の前記治療計画のそれぞれについて、前記第2の演算装置による前記生物学的影響の評価結果に基づく前記照射対象内の生物学的線量分布と、前記生物学的線量分布と前記照射対象内の物理線量分布との差分を示す差分分布との少なくとも一方を表示し、複数の前記治療計画のいずれかを前記粒子線治療に用いる実施治療計画として選択する指示を受け付ける表示装置をさらに有する、請求項1に記載の粒子線治療支援システム。
【請求項11】
請求項1に記載の粒子線治療支援システムと、
前記粒子線治療装置と、を含む粒子線治療システム。
【請求項12】
治療計画に従って照射対象に粒子線を照射する粒子線治療において、前記粒子線によって前記照射対象内に付与される線量による前記照射対象への影響である生物学的影響を評価する粒子線治療支援システムによる評価方法であって、
前記治療計画と前記治療計画に従って前記照射対象に粒子線を照射する粒子線治療装置の特性を示す装置パラメータとに基づいて、前記治療計画に従って照射される粒子線による前記照射対象内に付与される線量の時間的及び空間的な分布である時空間構造を算出し、
前記線量の時空間構造に基づいて、前記生物学的影響を評価する、評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、粒子線治療支援システム、粒子線治療システム及び評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
陽子線などの粒子線(荷電粒子線)を患者の患部に照射する粒子線治療が広く実施されている。粒子線治療では、照射した粒子線が患部に与える生物学的影響を評価した評価指標を用いて、照射する粒子線の線量が治療計画として決定される。評価指標としては、通常、照射する粒子線が基準放射線と同等の生物学的効果を与えるときの粒子線の線量と基準放射線の線量との比であるRBE(Relative Biological Effectiveness:生物学的効果比)が用いられる。従来、RBEは腫瘍に対して単一の値が用いられてきたが、近年の研究では、RBEは、腫瘍内で大きく変動することが指摘されている。
【0003】
特許文献1には、α値及びβ値に基づいた古典的な現象論的モデル(古典的LQ(Linear-quadratic)モデル)に基づいてRBEを複数の点で計算することでRBEの変動性を評価する治療計画方法が開示されている。この治療計画方法では、RBEの変動性に対する評価結果に基づいて、粒子線であるハドロンビームの強度及びエネルギーが調整される。なお、古典的LQモデルは、粒子線の1つの飛跡によりDNA(deoxyribonucleic acid:デオキシリボ核酸)の二重鎖切断が生じる効果と、粒子線の2つの飛跡によりDNAの二重鎖切断が生じる効果とが考慮されたモデルである。
【0004】
また、非特許文献1には、古典的LQモデルを発展させて、粒子線治療において複数のスポットを順番に照射するスキャニング法が用いられた場合のように、線量が時空間構造(時間的及び空間的な分布)を有する粒子線を照射する場合における、RBEの変動性を評価する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Kasamatsu, K, Tanaka, S, Miyazaki, K, et al. Impact of a spatially dependent dose delivery time structure on the biological effectiveness of scanning proton therapy. Med Phys. 2022; 49: 702-713.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
古典的LQモデルでは、DNAの一重鎖切断の回復効果である亜致死損傷回復(Sub-Lethal Damage Recovery:SLDR)が考慮されていない。亜致死損傷回復の程度は、線量の時空間構造に依存し、治療時間が増加するほど大きくなる。そのため、一日で照射する粒子線の線量を増加させた寡分割治療を実施した場合など、一日の放射線治療の治療時間が増加した場合、古典的LQモデルに基づく特許文献1に記載の技術では、RBEが実際の値から乖離してしまうという問題がある。
【0008】
また、非特許文献1に記載の技術では、RBEの変動性を評価するために線量の時空間構造が必要となる。線量の時空間構造は、粒子線治療を行う治療時間に応じて変化するため、線量の時空間構造を特定するためには、治療時間を予め把握する必要がある。しかしながら、非特許文献1では、治療時間を把握することについては記載がなく、治療時間として仮定の値が用いられている。このため、治療時間が実際の値からずれてしまい、その結果、RBEの変動性が実際の値からずれてしまうという問題がある。
【0009】
本発明の目的は、粒子線による生物学的影響を精度良く評価することが可能な粒子線治療支援システム、粒子線治療システム及び評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示の一態様に従う粒子線治療支援システムは、治療計画に従って照射対象に粒子線を照射する粒子線治療において、前記粒子線によって前記照射対象内に付与される線量による前記照射対象への影響である生物学的影響を評価する粒子線治療支援システムであって、前記治療計画と前記治療計画に従って前記照射対象に粒子線を照射する粒子線治療装置の特性を示す装置パラメータとに基づいて、前記治療計画に従って照射される粒子線による前記照射対象内に付与される線量の時間的及び空間的な分布である時空間構造を算出する第1の演算装置と、前記線量の時空間構造に基づいて、前記生物学的影響を評価する第2の演算装置と、を有する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、粒子線による生物学的影響を精度良く評価することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本開示の一実施形態における粒子線治療システムの全体構成を示す図である。
【
図2】実施形態の影響評価処理を説明するためのフローチャートである。
【
図4】線量の時空間構造の演算方法を説明するための図である。
【
図5】線量の時空間構造の演算方法を説明するための図である。
【
図6】実施形態における表示画面の一例を示す図である。
【
図7】第1の変形例の影響評価処理を説明するためのフローチャートである。
【
図8】変形例1における生物学的線量の評価例を示す図である。
【
図9】変形例1における生物学的線量の評価例を示す図である。
【
図10】変形例1における表示画面の一例を示す図である。
【
図11】第2の変形例の影響評価処理を説明するためのフローチャートである。
【
図12】変形例2における生物学的線量の評価例を示す図である。
【
図13】変形例2における生物学的線量の評価例を示す図である。
【
図14】第3の変形例の影響評価処理を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本開示の実施形態について図面を参照して説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に係る発明を限定するものではなく、また実施形態の中で説明されている諸要素及びその組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0014】
図1は、本実施形態における粒子線治療システムの全体構成を示す図である。
【0015】
図1において、粒子線治療システム100は、照射対象である患者11内の患部12に対して粒子線を照射するための装置である。粒子線の種類は、特に限定されないが、例えば、炭素線などの重粒子線又は陽子線などである。
【0016】
粒子線治療システム100は、治療台1、加速器2、ビーム輸送装置3、粒子線照射装置4、記憶装置5、表示装置6、治療計画装置7、線量時空間構造演算装置8及び生物効果演算装置9を備える。治療台1、加速器2、ビーム輸送装置3及び粒子線照射装置4は、患者11内の患部12に対して粒子線を照射する粒子線治療装置を構成し、記憶装置5、表示装置6、治療計画装置7、線量時空間構造演算装置8及び生物効果演算装置9は、粒子線治療装置による放射線治療を支援する粒子線治療支援システムを構成する。また、粒子線照射装置4、記憶装置5、表示装置6、治療計画装置7、線量時空間構造演算装置8及び生物効果演算装置9は、ネットワーク10を介して相互の通信可能に接続される。
【0017】
治療台1は、患者11を載置する台であり、患者11の患部12を所定の位置まで移動させる位置決めを行うことができる。加速器2は、荷電粒子を加速して粒子線(荷電粒子線)として出射する。加速器2の種類は、特に限定されないが、例えば、シンクロトロン型加速器又はサイクロトロン型加速器などである。ビーム輸送装置3は、加速器2から出射された粒子線を粒子線照射装置4まで輸送する。
【0018】
粒子線照射装置4は、ビーム輸送装置3にて輸送された粒子線を、治療台1に載置された患者11の患部12に照射する照射装置である。粒子線照射装置4は、例えば、2対の走査電磁石と、線量モニタと、位置モニタとを備えている(いずれも図示省略)。2対の走査電磁石は、互いに直行する方向に設置され、患部12の位置において粒子線のビーム軸に垂直な面内の所望の位置に粒子線が到達するように粒子線を偏向する。線量モニタは、照射された粒子線の量を計測する。位置モニタは、粒子線が通過した位置を検出する。
【0019】
粒子線照射装置4による粒子線の照射方法は、特に限定されず、例えば、細い粒子線が形成する線量分布を並べて患部12の形状に合わせた線量分布を照射するラスタースキャニング法又はラインスキャニング法などを用いることができる。また、照射方法は、ワブラー法でもよいし、二重散乱体法などの粒子線の分布を広げた後にコリメータ及びボーラスを用いて患部12の形状に合わせた線量分布を形成する照射方法などでもよい。
【0020】
記憶装置5は、各種情報を記憶する。例えば、記憶装置5は、粒子線照射装置4の特性を示す装置パラメータを記憶する。装置パラメータは、例えば、単位時間当たりの粒子線の照射量である照射速度、粒子線の走査速度、及び、粒子線のエネルギーの変更に掛かる変更時間などを含む。表示装置6は、各種情報を表示する。また、表示装置6は、粒子線治療システム100の操作者(例えば、技師又は医師)から種々の情報及び指示を受け付ける入力装置としての機能も有する。
【0021】
治療計画装置7は、患者11を撮像した治療計画用画像に基づいて、患者11に照射する粒子線に関する照射パラメータの値を示す治療計画を作成する。照射パラメータは、例えば、装置パラメータ、照射位置、照射角度、照射量、照射角度、照射エネルギー、及び、照射順序などである。治療計画用画像は、本実施形態では、CT(Computed Tomography)画像である。CT画像は、患者11を複数の方向から撮像した透視画像から再構成された3次元の画像である。なお、CT画像は、連続的なデータではなく、ボクセルと呼ばれる単位に分割された離散的なデータである。ただし、治療計画用画像は、CT画像に限らず、MRI(Magnetic Resonance Imaging)撮影装置で撮影されたMRI画像、又は、超音波撮影装置で撮影された超音波画像などの他の撮影装置で撮影された他の3次元画像でもよい。
【0022】
線量時空間構造演算装置8は、記憶装置5に記憶された装置パラメータと治療計画装置7にて作成された治療計画とに基づいて、粒子線照射装置4がその治療計画に従って照射する粒子線によって患者11内に付与される線量の時空間構造を算出する第1の演算装置である。線量の時空間構造は、線量の時間的及び空間的な分布を示す。
【0023】
生物効果演算装置9は、線量時空間構造演算装置8にて算出された線量の時空間構造と、治療計画装置7にて作成された治療計画に基づいて、粒子線照射装置4がその治療計画に従って照射する粒子線によって患者11内に付与される線量の患者11への影響である生物学的影響を評価する第2の演算装置である。生物学的影響の評価は、例えば、粒子線による生物学的線量分布、生物学的線量と物理線量との差分(RDD:Relative Dose Difference)の分布である差分分布、又は、それらの組み合わせなどを算出することで行われる。
【0024】
以上説明した粒子線照射装置4、記憶装置5、表示装置6、治療計画装置7、線量時空間構造演算装置8及び生物効果演算装置9のそれぞれは、例えば、CPU(Central Processing Unit)のようなプロセッサ(コンピュータ)及びメモリ(共に図示せず)を備えたコンピュータシステムにより構成されてもよい。この場合、これらの装置の各機能は、例えば、プロセッサがコンピュータプログラムを読み取り、その読み取ったプログラムを実行することで実現される。コンピュータプログラムは、コンピュータにて読み取り可能な非一時的な記録媒体に記録可能である。記録媒体は、例えば、半導体メモリ、磁気ディスク、光ディスク、磁気テープ及び光磁気ディスクなどである。また、これらの各装置の少なくとも一部が同一のコンピュータシステムにて実現されてもよい。また、各装置では、複数のプロセッサ又はコンピュータシステムにて処理が分担されてもよいし、一部の物理構成(データベースなど)がネットワークを介して接続されている構成などでもよい。
【0025】
図2は、生物学的影響を評価する影響評価処理を説明するためのフローチャートである。
【0026】
なお、影響評価処理が実行される前に、不図示のCT装置にて治療計画用画像が取得されて記憶装置5に記憶される。また、治療計画装置7は、粒子線治療システム100の操作者からの指示に従って、患部12の種類及び形状などに応じた治療計画を作成する。治療計画は、治療計画装置7に保持されてもよいし、記憶装置5に記憶されてもよい。
【0027】
影響評価処理では、先ず、線量時空間構造演算装置8は、記憶装置5又は治療計画装置7から治療計画を読み出す(ステップS201)。その後、線量時空間構造演算装置8は、記憶装置5に記憶された装置パラメータを用いて、治療計画に従って粒子線照射装置4で粒子線を実際に照射した際の線量の時空間構造を算出する(ステップS202)。そして、生物効果演算装置9は、線量時空間構造演算装置8にて算出された線量の時空間構造と、治療計画装置7にて作成された治療計画とに基づいて、治療計画に従って照射される粒子線によって患者11内に付与される線量の生物学的影響を評価する(ステップS203)。その後、生物効果演算装置9は、生物学的影響の評価結果を示す表示画面を表示装置6に表示して(ステップS204)、処理を終了する。
【0028】
以下、
図2のステップS202における線量の時空間構造を算出する処理についてより詳細に説明する。なお、ここでは、粒子線を患者11に照射する照射方法としてスキャニング法が用いられるものとする。
【0029】
図3は、スキャニング法を説明するための図である。以下では、深さ方向をZ方向、互いに直交し、かつ、Z方向に直交する2方向をそれぞれX方向及びY方向とする。
【0030】
一般的に粒子線302が照射される深さ方向の位置は照射エネルギーによって決定される。また、スキャニング法では、
図3に示すように、ある照射エネルギーにおいて、スポット301と呼ばれる照射位置を停止させた状態で所定線量の粒子線302が照射される。あるスポット301に対する粒子線の照射が完了すると、次のスポット301に照射位置が変更され、所定線量の粒子線が再度照射される。以降、当該照射エネルギーに応じた深さ方向の位置(レイヤとも呼ばれる)に含まれる全てのスポットに対して、この処理が繰り返される。その後、照射エネルギーが変更されることでレイヤが変更され、当該レイヤに含まれるスポットに対する粒子線の照射が行われる。上述した治療計画には、照射順序として、照射エネルギーの順番及びスポットの照射順番の情報が含まれる。
【0031】
図4及び
図5は、線量の時空間構造の演算方法を説明するための図である。
【0032】
図4では、患者11内に線量が付与される様子が示されている。以下では、患者11内の領域420に付与される線量の時空間構造の算出を例にとって説明する。
【0033】
領域420には、
図4に示すように、スポット411、412及び413に対して照射される粒子線401、402及び403により線量が付与される。なお、スポット411、412、413の順番で粒子線が照射されるものとし、スポット411、412及び413のそれぞれに粒子線を照射したときに領域420に付与される線量をD411、D412及びD413とする。
【0034】
図5は、上記の状況における領域420に照射される線量の時空間構造を示す図である。
図5では、横軸は時間、縦軸は線量を示す。
図5に示すように領域420には、スポット411、412及び413のそれぞれに粒子線が照射される被照射時間T411、T412及びT413のそれぞれにおいて、線量D411、D412及びD413が付与される。
【0035】
被照射時間T411、T412及びT413は、以下のように算出される。
【0036】
スキャニング法において、粒子線の照射を開始してからスポットiを照射するまでにかかる時間は、(1)スポット1からスポットi-1までの照射時間の和、(2)スポット1からスポットiまでの走査時間の和、(3)スポット1からスポットiまでの照射エネルギーの変更時間の和から算出される。
【0037】
照射時間の和は、例えば、以下のように算出される。治療計画で示されたスポットkに対する照射量をM
kとすると、スポットkの照射時間t
kは、装置パラメータである照射速度Iを用いて、M
k/Iと算出される。したがって、スポット1からスポットi-1までの照射時間の和T
i
1は、
【数1】
と算出される。ここで、N
S,iは、スポット1からスポットi-1までのスポットの総和である。
【0038】
また、走査時間の和は、例えば、以下のように算出される。k番目のスポットとk+1番目のスポット間のX方向の距離をL
x
k,k+1、Y方向の距離をL
y
k,k+1とすると、k番目のスポットとk+1番目のスポット間の走査時間は、L
x
k,k+1/S
x+L
y
k,k+1/S
yと算出される。S
x及びS
yは、スポット間のX方向及びY方向の走査速度を示す装置パラメータであり、ここでは、各スポットに共通の値である。したがって、スポット1からスポットiまでの走査時間の和T
i
2は、
【数2】
と算出される。
【0039】
また、照射エネルギーの変更時間の和は、例えば、以下のように算出される。1回あたりの照射エネルギーの変更時間T
E
kは、加速器2の性能によって定まる装置パラメータである。したがって、スポット1からスポットiまでの照射エネルギーの変更時間の和T
i
3は、
【数3】
と算出される。ここで、ここでN
E,iは、スポット1からスポットi-1までの照射エネルギーの変更回数である。
【0040】
以上により、スポットiを照射するまでにかかる時間T
i(=T
i
1+T
i
2+T
i
3)は
【数4】
と算出される。
【0041】
したがって、被照射時間T411、T412及びT413は、それぞれ数4を用いて算出することができる。また、領域420に付与される線量D411、D412及びD413は、例えば、治療計画装置7などにおける線量分布の計算で一般的に用いられているペンシルビーム法などを用いて計算することができる。
【0042】
このため、以上説明したように線量D411、D412及びD413と、被照射時間T411、T412及びT413とを、領域420に付与される線量の時空間構造として算出することができる。線量時空間構造演算装置8は、上記の方法による線量の時空間構造の算出を、患者11内の各領域(例えば、CT画像に含まれる各ボクセル)に対して実施することで、患者11内の線量の時空間構造を算出する。
【0043】
なお、上述した被照射時間の算出方法は、一例であり、他の方法でもよい。例えば、粒子線の照射方法が、スポット間の走査時間を変調しつつ、ビームを連続的に照射するラスタースキャニング法の場合、スポット1からスポットiまでの走査時間の和は、例えば、Lx
k,k+1/Sx
k,k+1+Ly
k,k+1/Sy
k,k+1のkが1からi-1までの和で算出される。ここで、Sx
k,k+1、Sy
k,k+1は、スポットkからスポットk+1までのX方向及びY方向の走査速度を示す装置パラメータである。
【0044】
また、粒子線をスポットごとに照射するのではなく、拡大した粒子線を照射するワブラー法又は二重散乱体法では、スポット間の走査時間は存在しないため、照射時間は、照射エネルギーの変更時間と各照射エネルギーの照射時間の和とから算出されてもよい。
【0045】
また、上記の照射方法のいずれかと、患者11の呼吸に合わせて粒子線を照射するゲーティング照射法とを併用する場合、ゲーティング照射法を使用しない場合と比べ、治療時間は増加する。この時、線量時空間構造演算装置8は、患者11の体形を4次元的に撮像した4D-CT画像から取得した患者11の呼吸情報を用いて、治療時間の算出において、ゲーティング照射時によるスポット照射の待機時間を考慮してもよい。
【0046】
次に、
図3のステップS203における生物学的影響を評価する処理についてより詳細に説明する。ここでは、生物学的影響を評価するための評価指標が生物学的線量分布であるとする。
【0047】
放射線生物学で知られているように、細胞に対して粒子線を照射した際の細胞生存率Sは、線形二次モデルを拡張した数5で与えられる。
【数5】
ここでα
p,m及びβ
p,mは、m番目のスポットに対して照射された粒子線が当該細胞に与える影響を表す生物パラメータであり、例えば、参考文献(McNamara AL, Schuemann J, Paganetti H. A phenomenological relative biological effectiveness (RBE) model for proton therapy based on all published in vitro cell survival data. Phys Med Biol. 2015;60(21):8399-8416)などに記載されてる。D
mは、m番目のスポットが当該細胞に与える線量である。Mは、当該細胞に線量を与えるスポットの総数であり、
図5の例では、M=3である。上線付きのGは、DNAの一重鎖切断の回復効果の程度を表す値であり、数6で表される。
【数6】
ここで、T
mは、m番目のスポットが照射される時間である。
図5の例では、T
m=1=T411、T
m=2=T412である。また、数6における関数Hは、数7で与えられ、関数gは数8で与えられる。
【数7】
【数8】
【0048】
そして、対象となる細胞に対するRBEの変動性RBE
Tは、上記の細胞生存率Sと物理的線量D
physを用いて、数9で与えられる。
【数9】
ここでα
x及びβ
xは、基準放射線の線形二次モデルにおける直線成分及び曲線成分を規定するパラメータである。以上より、生物学的線量D
bio
Tは数10で与えられる。
【数10】
実務上は、細胞ごとに生物学的線量D
bio
Tを算出するのは困難であるため、代わりにCT画像のボクセルごとに算出することが一般的である。
【0049】
生物効果演算装置9は、上記の生物学的線量Dbio
TをCT画像のボクセルごとに算出することで、生物学的線量分布を算出することができる。なお、生物学的線量Dbio
Tは、線量の時空間構造(Dm及びTm)を考慮した値であり、RBEの変動性RBETを考慮した値でもある。
【0050】
図6は、表示装置6に表示される表示画面の一例を示す図である。
図6に示す表示画面600は、サブ表示画面610~640を含む。
【0051】
サブ表示画面610は、生物学的線量分布を示す画面である。具体的には、サブ表示画面610は、患者11のCT画像の断面611と、患者11のCT画像上に作成された患部12の断面612と、CT画像の断面611上における患者11の各細胞に対する生物学的線量を示す生物学的線量分布613と、カーソル614とを示す。カーソル614は、表示装置6に含まれるマウスなどの入力機器(図示せず)を介して操作者により操作され、断面611内の位置(ボクセル)などを指定する。これにより、操作者は生物学的線量分布613を視覚的に確認することができる。
【0052】
サブ表示画面620は、線量の時空間構造を示す。具体的には、サブ表示画面620は、サブ表示画面610のカーソル614にて指定された位置における線量の時空間構造を表すグラフを示す。これにより、操作者は任意のボクセルにおける線量の時空間構造を確認できる。
【0053】
サブ表示画面630は、患者11の各ボクセルに対する生物学的線量と物理線量との差分(RDD)を表す差分分布を示す。具体的には、サブ表示画面630は、上述した断面611及び612と、差分分布633と、プロファイル表示ライン634とを示す。プロファイル表示ライン634は、表示するRDDのプロファイルの位置を指定する線であり、カーソル614を介して操作者により任意の位置に指定される。これにより、操作者は生物学的線量と物理線量の差を視覚的に確認できる。
【0054】
サブ表示画面640は、生物学的線量分布と物理線量分布の線量体積ヒストグラムを示す。具体的には、サブ表示画面640は、患部12に対する生物学的線量分布の線量体積ヒストグラム641と、患部12に対する物理線量分布の線量体積ヒストグラム642とを示す。これにより、操作者は生物学的線量と物理線量の差を線量体積ヒストグラムの形式で確認できる。
【0055】
サブ表示画面650は、サブ表示画面630のプロファイル表示ライン634にて指定された位置におけるRDDのプロファイルを示す。これにより、操作者は任意の2点間のRDDを視覚的に確認できる。
【0056】
なお、
図6の例は、表示画面の一例であり、表示画面は、これに限定されない。例えば、表示画面は、生物学的線量分布613に加えて、線量の時空間構造を考慮しない従来の古典的LQモデルに基づいた生物学的線量分布を表示してもよい。またRDDとして、生物学的線量と線量の時空間構造を考慮しない従来の古典的LQモデルに基づいた生物学的線量分布との差分分布を用いてもよい。
【0057】
以上説明したように本実施形態によれば、線量時空間構造演算装置8は、治療計画と治療計画に従って患者11に粒子線を照射する粒子線照射装置4の特性を示す装置パラメータとに基づいて、治療計画に従って照射される粒子線による患者11内に付与される線量の時間的及び空間的な分布である時空間構造を算出する。生物効果演算装置9は、線量の時空間構造に基づいて、粒子線によって患者11に付与される線量による影響である生物学的影響を評価する。したがって、線量の時空間構造を反映した生物学的影響を評価することができる。また、線量の時空間構造は、粒子線照射装置4の特性を反映しているため、実際の治療時間を反映したものとなるため、評価された生物学的影響は実際の治療時の値からの乖離が小さい。したがって、生物学的影響を精度良く評価することが可能となる。例えば、従来のRBEが一定の場合と比べて、治療時間が増加した際に生じる回復効果による生物学的線量の減少量を定量的に評価することができ、それにより、予期せぬ患部12への線量低下などを防ぐことができる。
【0058】
また、本実施形態では、装置パラメータは、粒子線の照射速度、及び、粒子線のエネルギーの変更に掛かる変更時間を含み、さらに粒子線の照射方法としてスキャニング法が用いられる場合、さらに粒子線の走査速度を含む。この場合、線量の時空間構造に粒子線照射装置4の特性をより適切に反映させることが可能となるため、生物学的影響をより精度良く評価することが可能となる。
【0059】
また、本実施形態では、生物学的影響は、DNAの一重鎖切断の回復効果を含む。このため、生物学的影響をより精度良く評価することが可能となる。
【0060】
また、本実施形態では、表示装置6は、生物学的線量分布、生物学的線量分布と物理線量分布との差分を示す差分分布、及び、線量の時空間構造などを表示する。このため、操作者は生物学的影響を視覚的に把握することが可能となる。
【0061】
なお、本開示は、上記の実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。以下、変形例について説明する。ただし、以下の変形例の説明では、上記の実施形態からの変更点がない構成及び機能などについては、説明を適宜省略することがある。
【0062】
先ず、第1の変形例について説明する。
【0063】
図7は、第1の変形例の影響評価処理を説明するためのフローチャートである。
【0064】
第1の変形例の影響評価処理では、先ず、線量時空間構造演算装置8は、記憶装置5又は治療計画装置7から、同一の患者11に対する複数の治療計画を読み出す(ステップS701)。複数の治療計画は、例えば、互いに異なる方法などで予め作成される。
【0065】
その後、線量時空間構造演算装置8は、記憶装置5に記憶された装置パラメータを用いて、読み出した複数の治療計画である候補治療計画のそれぞれについて、その候補治療計画に従って粒子線照射装置4で粒子線を実際に照射した際の線量の時空間構造を算出する(ステップS702)。生物効果演算装置9は、候補治療計画のそれぞれについて、生物学的影響を評価する(ステップS703)。その後、生物効果演算装置9は、候補治療計画のそれぞれの生物学的影響に基づいて、複数の候補治療計画のいずれかを粒子線治療に用いる実施治療計画として選択し(ステップS704)、処理を終了する。この場合、粒子線治療装置は、実施治療計画に従って粒子線を患者11に照射する。
【0066】
図8及び
図9は、変形例1における生物学的影響の評価例を示す図である。
【0067】
図8は、前立腺がんを患部12とし、患部12を挟んで左右に配置された2門の照射門から患部12に粒子線を照射する3つの治療計画による生物学的線量を示す図である。なお、前立腺がんはCTV(Clinical Target Volume:臨床標的体積)に含まれ、CTVが放射線を照射する対象となる。
【0068】
3つの治療計画のうちの第1の治療計画は、患部12付近で線量勾配が緩やかとなるように調整した治療計画(Downslope-dose)、第2の治療計画は、患部中心付近で線量勾配が急峻となるように調整した治療計画(Split-target)、第3の治療計画は、左右2門からのCTVでの線量が共に一定になるように調整した治療計画(SFUD:Sinle Field Uniform Dose)である。これら3つの治療計画は、同一の物理線量分布を有する。なお、
図8の上部には、第1の治療計画及び第2の治療計画の線量分布が示されている
【0069】
図8の下部には、CTVの中心付近を通る直線上における各治療計画の左右の各照射門からの粒子線による線量分布(物理線量分布)のプロファイルが示されている。本図において、実線は右方向から照射される粒子線による線量分布を示し、点線は左方向から照射される粒子線による線量分布を示す。
【0070】
図9は、上記の3つの治療計画に対する生物学的線量と物理線量の差分(RDD)の分布である差分分布を示す。
図9において、縦軸は実際の治療時間(ここでは、30分)における線量の時空間構造を考慮した生物学的線量と物理線量のRDDを示し、横軸はCTV中心付近を通る直線上の位置を示す。上述したように各治療計画の物理線量分布は同一であるが、各治療計画の差分分布は互いに異なり、第1の治療計画においてRDDの最大値が最も小さく、第1の治療計画の生物学的線量分布が最も物理線量分布との差分が小さいことが示されている。
【0071】
図7のステップS704の処理では、生物効果演算装置9は、具体的には、各候補治療計画の生物学的線量分布に関する指標を比較し、その比較結果に基づいて、実施治療計画を選択する。生物学的線量分布に関する指標は、例えば、上述したRDDの最大値であり、この場合、生物効果演算装置9は、RDDの最大値が最も小さい候補治療計画を実施治療計画として選択する。ただし、生物学的線量分布に関する指標は、生物学的線量分布又は差分分布の他の統計値のような他の指標でもよい。例えば、生物学的線量分布に関する指標は、RDDの平均値でもよい。この場合、生物効果演算装置9は、RDDの平均値が最も小さい候補治療計画を実施治療計画として選択する。
【0072】
また、ステップS704では、生物効果演算装置9は、操作者の指示に従って複数の候補治療計画から実施治療計画を選択してもよい。この場合、生物効果演算装置9は、複数の候補治療計画のそれぞれに対する生物学的影響の評価結果を示す表示画面である選択用表示画面を表示装置6に表示し、操作者は、その表示画面を用いて、実施治療計画を選択するための指示を表示装置6に入力する。
【0073】
図10は、選択用表示画面の一例を示す図である。
図10に示す選択用表示画面1000は、2つの治療計画のそれぞれに対する生物学的影響の評価結果1001及び1002を示す。この場合、操作者は、評価結果1001及び1002を確認して総合的に判断することで、実施治療計画を選択するための指示を入力する。
【0074】
なお、
図10の例では、2つの治療計画による2つの評価結果が示されているが、この例に限らず、3つ以上の評価結果が示されてもよい。また、選択用表示画面は、各評価結果を同時に表示する必要はなく、タブなどを用いて表示する評価結果が切り替えられるものでもよい。
【0075】
以上説明したように本変形例によれば、生物効果演算装置9は、複数の候補治療計画のそれぞれについて生物学的影響を評価し、その評価結果に基づいて、候補治療計画のいずれかを粒子線治療に用いる実施治療計画として選択する。この場合、生物学的影響を考慮した適切な治療計画に基づいて粒子線治療を実施することが可能となる。
【0076】
次に、第2の変形例を説明する。
【0077】
図11は、第2の変形例の影響評価処理を説明するためのフローチャートである。
【0078】
第2の変形例の影響評価処理では、先ず、線量時空間構造演算装置8は、記憶装置5又は治療計画装置7から治療計画を読み出す(ステップS1101)。その後、線量時空間構造演算装置8は、読み出した治療計画に含まれる照射順序である元の照射順序とは異なる照射順序を新たな照射順序として決定する(ステップS1102)。
【0079】
その後、線量時空間構造演算装置8は、記憶装置5に保存されている装置パラメータを用いて、読み出した治療計画と、その治療計画の照射順序を新たな照射順序に変更した治療計画とを候補治療計画とする。線量時空間構造演算装置8は、候補治療計画のそれぞれについて、その候補治療計画に従って粒子線照射装置4で粒子線を実際に照射した際の線量の時空間構造を算出する(ステップS1103)。生物効果演算装置9は、候補治療計画のそれぞれについて、生物学的線量を評価する(ステップS1104)。その後、生物効果演算装置9は、候補治療計画のそれぞれの生物学的影響に基づいて、複数の候補治療計画のいずれかを粒子線治療に用いる実施治療計画として選択し(ステップS1105)、処理を終了する。なお、ステップS1105では、生物効果演算装置9は、例えば、変形例2と同様に、生物学的影響の評価結果として算出した生物学的線量分布に関する指標を比較し、その比較結果に基づいて、実施治療計画を選択する。
【0080】
ステップS1102で決定される、新たな照射順序は、例えば、元の照射順序から照射エネルギーの順序を変更したものである。元の照射順序が通常の治療計画のように照射エネルギーの順序が降順(エネルギーが高い方から低い方へ)に設定されている場合、新たな照射順序は、例えば、照射エネルギーの順序が昇順(エネルギーが低い方から高い方へ)となる。この場合、新たな照射順序に応じた線量の時空間構造は、元の照射順序のものから変化し、その結果、生物学的線量分布も変化する。
【0081】
また、新たな照射順序は、例えば、元の照射順序からスポットの照射順を変更したものでもよい。通常の治療計画では、
図3に示すように、先ず、Y方向にスポットを走査し、Y方向の端にあるスポットに対する照射が終了すると、X方向に1スポット分走査し、その後、Y方向にスポットが走査される。元の照射順序がこの順序の場合、新たな照射順序は、例えば、元の照射順序のスポットの照射順を逆順にした順序となる。なお、これらの新たな照射順序は、単なる一例であり、照射順序の決定方法はこれに限らない。
【0082】
ステップS1104では、必要に応じてステップS1102の処理に戻ってもよい。例えば、生物効果演算装置9は、生物学的線量分布の統計値(例えば、最大値又は平均値)が閾値を超えた候補治療計画が存在しない場合、ステップS1102の処理に戻ってもよい。
【0083】
図12は、変形例2における生物学的影響の評価例を示す図である。
【0084】
図12は、前立腺がん(腫瘍)を患部12とし、患部12を挟んで左右に配置された2門の照射門から患部12に粒子線を照射する治療計画による生物学的線量を示す図である。
図4では、照射エネルギーの順序が異なる4つの治療計画による生物学的線量が示されている。具体的には、2門の照射門の一方から粒子線を照射する場合、照射順序として、粒子線の照射側から見て深いレイヤ(高いエネルギー)から浅いレイヤ(低いエネルギー)に向かって照射する照射順序(N)と、粒子線の照射側から見て浅いレイヤから深いレイヤに向かって照射する照射順序(R)の2パターンが考えられる。また、照射門は左右に1つずつ計2門あるため、合計4パターンの照射順序が考えられる。これらの4パターンの照射順序では、物理線量分布は同一である。
【0085】
図13は、上記の4パターンの照射順序に対する生物学的線量と物理線量の差分(RDD)の分布である差分分布を示す。
図13において、縦軸は実際の治療時間(ここでは、30分)における線量の時空間構造を考慮した生物学的線量と物理線量のRDDを示し、横軸はCTV中心付近を通る直線上の位置を示す。上述したように各照射順序の物理線量分布は同一であるが、各照射順序の差分分布は互いに異なる。例えば、生物学的線量は、1門目の照射門の照射順序を照射順序(R)、2門目の照射門の照射順序を照射順序(N)とした場合に、RDDが最も小さいことが示されてる。このため、
図7のステップS1105の処理では、生物効果演算装置9は、上記の照射順序による候補治療計画を実施治療計画として選択することができる。
【0086】
本変形例によれば、治療計画のスポット位置及び照射量を固定したまま、つまり物理線量分布を固定したまま、複数の照射順序での生物学的影響を評価することができる。また物理線量分布を固定したまま生物学的影響がより高い照射順序を得ることができる。この場合、治療時間が増加した際に生じる回復効果による生物効果の減少量を抑制することができる。これにより、予期せぬ患部12への線量低下などを防ぐことができる。
【0087】
次に、第3の変形例について説明する。
【0088】
図14は、第3の変形例の影響評価処理を説明するためのフローチャートである。
【0089】
第3の変形例の影響評価処理では、先ず、治療計画装置7は、治療計画を作成する(ステップS1401)。その後、線量時空間構造演算装置8は、記憶装置5に保存されている装置パラメータを用いて、治療計画装置7にて作成された治療計画に従って粒子線照射装置4で粒子線を実際に照射した際の線量の時空間構造を算出する(ステップS1402)。その後、生物効果演算装置9は、算出した線量の時空間構造に基づいて、治療計画に対する生物学的線量を評価する(S1403)。
【0090】
続いて、生物効果演算装置9は、S1403で評価した生物学的影響に関する値と予め定められた所定値との差分を算出する(ステップS1404)。生物学的影響に関する値は、例えば、生物学的線量分布の統計値(最大値又は平均値など)である。
【0091】
生物効果演算装置9は、算出した差分が予め定められた許容値と比較して、差分が許容値よりも大きいか否かを判断する(ステップS1405)。差分が許容値よりも大きい場合、ステップS1401の処理に戻り、差分が許容値以下の場合、処理が終了される。
【0092】
ステップS1401の処理に戻る場合、治療計画装置7は、上記の差分に基づいて、治療計画を新たに作成する。例えば、治療計画装置7は、所定値と差分の和を生物学的線量の目標値とした治療計画を新たに作成する。
【0093】
第3の変形例によれば、生物学的線量の所定値との差分が少ない治療計画を作成することが可能となる。このため、予期せぬ患部12への線量低下などを防ぐことができる。
【0094】
上述した本開示の実施形態及び変形例は、本開示の説明のための例示であり、本開示の範囲をそれらにのみ限定する趣旨ではない。当業者は、本開示の範囲を逸脱することなしに、他の様々な態様で本開示を実施することができる。例えば、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、実施形態又は変形例の構成の一部を他の実施形態又は変形例の構成に置き換えたり、実施形態又は変形例の構成に他の実施形態又は変形例の構成を加えたりすることも可能である。
【符号の説明】
【0095】
1:治療台 2:加速器 3:ビーム輸送装置 4:粒子線照射装置 5:記憶装置 6:表示装置 7:治療計画装置 8:線量時空間構造演算装置 9:生物効果演算装置 10:ネットワーク 11:患者 100:粒子線治療システム