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特開2024-147487草本繊維質素材及びその湿式粉砕物、それらの製造方法並びに用途
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024147487
(43)【公開日】2024-10-16
(54)【発明の名称】草本繊維質素材及びその湿式粉砕物、それらの製造方法並びに用途
(51)【国際特許分類】
   B27K 9/00 20060101AFI20241008BHJP
   C08B 37/00 20060101ALI20241008BHJP
   D21C 3/04 20060101ALI20241008BHJP
   D21H 11/12 20060101ALI20241008BHJP
   B27N 3/04 20060101ALI20241008BHJP
   A23K 10/37 20160101ALI20241008BHJP
   C08J 3/12 20060101ALI20241008BHJP
【FI】
B27K9/00 S
C08B37/00 Z
D21C3/04
D21H11/12
B27N3/04 A
A23K10/37
C08J3/12 A CEP
C08J3/12 CEZ
【審査請求】未請求
【請求項の数】21
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023219802
(22)【出願日】2023-12-26
(31)【優先権主張番号】P 2023060376
(32)【優先日】2023-04-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り Bioresource Technology Reports, Volume 25, February 2024,101717(https://doi.org/10.1016/j.biteb.2023.101717)
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】240000327
【弁護士】
【氏名又は名称】弁護士法人クレオ国際法律特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】徳安 健
(72)【発明者】
【氏名】山岸 賢治
(72)【発明者】
【氏名】池 正和
【テーマコード(参考)】
2B150
2B230
2B260
4C090
4F070
4L055
【Fターム(参考)】
2B150BA01
2B150BA02
2B150BA04
2B150BB05
2B150BC02
2B150BC03
2B150BD01
2B150BD06
2B150BE01
2B150BE02
2B150CA11
2B230AA30
2B230BA13
2B230BA17
2B230BA20
2B230CA14
2B230CA17
2B230CB30
2B230CC10
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2B230DA02
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2B260DA14
2B260DB03
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2B260DB22
2B260DB24
2B260DC09
2B260DC20
2B260DD01
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2B260EB05
2B260EB07
2B260EB10
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2B260EB23
2B260EB33
2B260EB37
2B260EC20
4C090AA03
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4C090BA06
4C090BC09
4C090CA31
4C090DA28
4C090DA32
4F070AA01
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4F070AE28
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4L055AA05
4L055AB07
4L055AG07
4L055AG44
4L055BA10
4L055EA20
4L055EA29
4L055FA09
4L055GA39
4L055GA50
(57)【要約】
【課題】草本繊維質の解繊性を向上させるための新しい前処理技術の提供、当該前処理技術により得られる新規の草本繊維質素材の提供、並びに、当該新規素材を用いた応用製品の提供。
【解決手段】原料の組成と比較して、グルカン含有率(対乾燥物、重量%)の減少率が30%以下であり、キシラン含有率(対乾燥物、重量%)の減少率が5%以上50%以下である、草本繊維質素材を提供する。草本繊維質原料に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液と接触させる酸処理を、実質的に10℃以上50℃以下で行う酸処理工程を含む、前記草本繊維質素材の製造方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料である草本繊維質原料の組成と比較して、グルカン含有率(対乾燥物、重量%)の減少率が30%以下であり、キシラン含有率(対乾燥物、重量%)の減少率が5%以上50%以下であることを特徴とする、草本繊維質素材。
【請求項2】
草本繊維質原料に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液と接触させる酸処理を、実質的に10℃以上50℃以下で行う酸処理工程と、
前記酸処理工程を経た処理物について、洗浄及び/又はpH調整する工程と、
を含む方法により製造されることを特徴とする、請求項1に記載の草本繊維質素材。
【請求項3】
前記混合水溶液が、前記塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質として、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、塩化アンモニウムから選ばれる1種以上の電解質を溶解しているか、又は前記電解質が溶解している水溶液と実質的に同等の溶質を含むものであることを特徴とする、請求項2に記載の草本繊維質素材。
【請求項4】
前記草本繊維質原料が、稲わら、麦わら、コーンストーバー、サトウキビバガス、サトウキビトラッシュ、ススキ、オギススキ、エリアンサス、ソルガム、ネピアグラス、ジュード、ダンチク、麻からなる群より選ばれた1種以上であることを特徴とする、請求項1に記載の草本繊維質素材。
【請求項5】
草本繊維質原料に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液と接触させる酸処理を、実質的に10℃以上50℃以下で行う酸処理工程と、
前記酸処理工程を経た処理物について、湿式粉砕処理を行う湿式粉砕工程と、
を含む方法により製造される草本繊維質素材の湿式粉砕物であって、
原料である草本繊維質原料に対して前記酸処理工程を実施しないことを除いて同様の方法により得られた湿式粉砕物と比較して、
当該湿式粉砕物を水に懸濁させて室温で1時間以上静置した際に得られる沈殿物の見かけ上の体積が2倍以上となること、及び/又は、当該湿式粉砕物を繊維質分解酵素で処理した際のグルカンの糖化率が1.5倍以上となることを特徴とする、草本繊維質素材の湿式粉砕物。
【請求項6】
原料である草本繊維質原料の組成と比較して、グルカン含有率(対乾燥物、重量%)の減少率が30%以下であり、キシラン含有率(対乾燥物、重量%)の減少率が5%以上50%以下であることを特徴とする、請求項5に記載の草本繊維質素材の湿式粉砕物。
【請求項7】
前記混合水溶液が、前記塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質として、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、塩化アンモニウムから選ばれる1種以上の電解質を溶解しているか、又は前記電解質が溶解している水溶液と実質的に同等の溶質を含むものであることを特徴とする、請求項5に記載の草本繊維質素材の湿式粉砕物。
【請求項8】
前記草本繊維質原料が、稲わら、麦わら、コーンストーバー、サトウキビバガス、サトウキビトラッシュ、ススキ、オギススキ、エリアンサス、ソルガム、ネピアグラス、ジュード、ダンチク、麻からなる群より選ばれた1種以上であることを特徴とする、請求項5に記載の草本繊維質素材の湿式粉砕物。
【請求項9】
前記湿式粉砕工程において、前記酸処理工程を経た処理物に対し、キトサン、キシログルカン、カルボシキメチルセルロース・ナトリウム塩、アルギン酸塩、ガラクトマンナン、ジェランガム、カラギーナン、(1-3),(1-4)-β-グルカンからなる群より選ばれた1種以上の多糖を添加することを特徴とする、請求項5に記載の草本繊維質素材の湿式粉砕物。
【請求項10】
湿式粉砕物の表面の少なくとも一部が修飾及び/又は改変されてなることを特徴とする、請求項5に記載の草本繊維質素材の湿式粉砕物。
【請求項11】
1μm未満の粒子径を有する湿式粉砕物が含まれることを特徴とする、請求項5に記載の草本繊維質素材の湿式粉砕物。
【請求項12】
草本繊維質原料に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液と接触させる酸処理を、実質的に10℃以上50℃以下で行う酸処理工程と、
前記酸処理工程を経た処理物について、洗浄及び/又はpH調整する工程と、
を含むことを特徴とする、草本繊維質素材の製造方法。
【請求項13】
草本繊維質原料に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液と接触させる酸処理を、実質的に10℃以上50℃以下で行う酸処理工程と、
前記酸処理工程を経た処理物について、湿式粉砕処理を行う湿式粉砕工程と、
を含むことを特徴とする、草本繊維質素材の湿式粉砕物の製造方法。
【請求項14】
前記混合水溶液が、前記塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質として、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、塩化アンモニウムから選ばれる1種以上の電解質を溶解しているか、又は前記電解質が溶解している水溶液と実質的に同等の溶質を含むものであることを特徴とする、請求項12又は13に記載の製造方法。
【請求項15】
前記草本繊維質原料が、稲わら、麦わら、コーンストーバー、サトウキビバガス、サトウキビトラッシュ、ススキ、オギススキ、エリアンサス、ソルガム、ネピアグラス、ジュード、ダンチク、麻からなる群より選ばれた1種以上であることを特徴とする、請求項12又は13に記載の製造方法。
【請求項16】
前記湿式粉砕工程において、前記酸処理工程を経た処理物に対し、キトサン、キシログルカン、カルボシキメチルセルロース・ナトリウム塩、アルギン酸塩、ガラクトマンナン、ジェランガム、カラギーナン、(1-3),(1-4)-β-グルカンからなる群より選ばれた1種以上の多糖を添加することを特徴とする、請求項13に記載の製造方法。
【請求項17】
湿式粉砕物の表面の少なくとも一部を修飾及び/又は改変する工程を含むことを特徴とする、請求項13に記載の製造方法。
【請求項18】
さらに、前記湿式粉砕工程により得られた湿式粉砕物から、1μm未満の粒子径を有する湿式粉砕物を主成分とする画分を分画して回収する工程を含むことを特徴とする、請求項13に記載の製造方法。
【請求項19】
請求項1~4のいずれか1項に記載の草本繊維質素材あるいは請求項5~11のいずれか1項に記載の草本繊維質素材の湿式粉砕物あるいはそれらの分画物あるいはそれらの修飾及び/又は改変物を含有することを特徴とする、樹脂、プラスチック、ゴム、インク又は塗料。
【請求項20】
請求項1~4のいずれか1項に記載の草本繊維質素材あるいは請求項5~11のいずれか1項に記載の草本繊維質素材の湿式粉砕物あるいはそれらの分画物あるいはそれらの修飾及び/又は改変物を含有することを特徴とする、紙、不織布、繊維、育苗ポット、ボード又は三次元成形物。
【請求項21】
請求項1~4のいずれか1項に記載の草本繊維質素材あるいは請求項5~11のいずれか1項に記載の草本繊維質素材の湿式粉砕物あるいはそれらの分画物あるいはそれらの修飾及び/又は改変物を含有することを特徴とする、糖化原料又は飼料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、草本繊維質素材及びその湿式粉砕物に関する。詳しくは、草本繊維質を原料とする解繊した繊維質素材を提供するための、環境負荷や製造コストを抑えた解繊前処理工程と、それにより得られる新規の構造特性を有する草本繊維質素材及びその湿式粉砕物に関する。
【背景技術】
【0002】
植物茎葉等のセルロースを主成分とするバイオマスは、パルプ、麻などの繊維質素材の回収を通じて、主に製紙・繊維産業において利用されてきた。植物由来の繊維質素材は、豊富な資源量、化石資源由来の繊維と比較した際の環境負荷、生体への親和性、生分解性などの面において優れた価値を有するものと期待される。
【0003】
また近年、このような天然の繊維質素材を高度に解繊・微細化することによって、新たな物性・機能性を発現させて、新用途へ適用するための検討が活発化している。その代表的な取組の1つが、セルロースナノファイバー(CNF)の製造・利用に関するものである。高度に解繊・微細化された繊維質素材は、機能性添加剤(増粘剤、ボールペン用インク、水性塗料、接着剤などへの適用)、高機能性日用品(シューズのゴム、エアーフィルターなどへの適用)、強化樹脂(ポリプロピレン、ナイロン6などへの適用)等への活用が検討されている。
【0004】
また、パルプや脱脂綿などを原料として、硫酸、塩酸等の強酸加水分解に供することでセルロース鎖を分断し、数百程度の重合度をもつ結晶セルロース部分のみを回収し、CNFの一種であるセルロースナノクリスタル(CNC)として機能性添加剤用途に供するための取組が進められている。このような解繊・微細化された繊維質素材は、脱炭素や環境負荷低減のためのバイオプラスチックの開発ニーズに後押しされて、産業利用への期待が高まりつつある。
【0005】
しかしながら、解繊・微細化繊維質素材の開発と利用は、主に木質原料を用いて進められており、脱脂によりセルロース精製が可能な綿などを除き、多くの草本繊維質が高度利用への先端的な検討から取り残されている。
【0006】
このような中で、草本繊維質を粉末化した後に、これを湿式粉砕して解繊・微細化する方法(グラインダー法)が提案・検討されている。しかしながら、この方法では、繰り返し粉砕処理を行うことで、エネルギー消費や製造コストが向上することが指摘されている。このように、製造コスト面で競争力を持ち、環境負荷を抑制した繊維質素材を提供するためには、原料の解繊性を向上するような解繊前処理工程が必要となるものと考えられる。
【0007】
繊維質原料の酸処理技術として、塩酸や硫酸水溶液中で加熱することで加水分解する方法が知られている。これまでに、グルカンとキシランを一段階(例えば濃硫酸糖化法)又は二段階(例えば希硫酸糖化法)で加水分解して可能な限り単糖として回収するような工程が提案されているが、グルカンやキシランの大部分を残しつつ加水分解する方法は検討されていない。
【0008】
繊維質原料に対して塩化水素ガスを作用させる酸加水分解工程は、古くから木材糖化のための中核工程として検討されている。塩化水素ガス処理では、固液界面から進む液体中での加水分解機構と異なり、基質中の自由水に溶解し、溶解時の熱により局所的かつ効率的に加水分解を行うと考えられる。しかしながら、従来の塩化水素ガス処理は、多糖の完全分解を目的としたものであった。
【0009】
近年、効率的なCNC回収工程として、濾紙粉末などのセルロース性原料に対して塩化水素ガス処理を行うことでセルロースが断片化され、CNCが回収できることが報告された(特許文献1、非特許文献1参照)。しかしながら、塩化水素ガス処理によって繊維質の解繊が促進されるとの知見は得られていない。
【0010】
また、本発明者らによる特許文献2には、多糖を含む素材を酸で処理することで、多糖の膨潤や低分子化が起こり、可溶性・分散性が賦与された新規素材が製造できる技術について示されている。しかしながら、「可溶化」及び「分散」とは、粒子が水中で見かけ上均質に分布する様態を示すことから、本開示が提供する嵩高い沈殿を与える素材とは明らかに異なる。また、特許文献2では「多糖」を膨潤するのに対し、本開示では草本茎葉組織全体を毛羽立たせて嵩高くさせる点で異なる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特表2014-511907号公報
【特許文献2】特許第5190858号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】E. Kontturi, et al., Angew. Chem. Int. Ed., 55, 14455-14458 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明者らは、上記状況を鑑み、草本繊維質の解繊性を向上させるための前処理工程について鋭意検討を重ねた。その結果、草本繊維質に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩化水素ガスを発散する溶液と接触させる酸処理を施すことによって、繊維質の解繊性が向上するだけでなく、そのグルカン及びキシラン含有率の減少が大きく抑えられることを見出した。また、本発明者らは、この酸処理後に湿式粉砕処理を行うことによって、酵素糖化性に優れ、組織全体が毛羽立った「ネットワーク構造」を有する新たな素材が得られることを見出した。このような知見に基づいて、本発明者らは本開示を完成した。
【0014】
本発明の課題は、草本繊維質の解繊性を向上させるための新しい前処理技術の提供、当該前処理技術により得られる新規の草本繊維質素材の提供、並びに、当該新規素材を用いた応用製品の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するため、本開示は、原料である草本繊維質原料の組成と比較して、グルカン含有率(対乾燥物、重量%)の減少率が30%以下であり、キシラン含有率(対乾燥物、重量%)の減少率が5%以上50%以下であることを特徴とする、草本繊維質素材を提供する。
【0016】
前記草本繊維質素材は、以下の工程を含む方法により製造されたものであってもよい。
草本繊維質原料に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液と接触させる酸処理を、実質的に10℃以上50℃以下で行う酸処理工程
前記酸処理工程を経た処理物について、洗浄及び/又はpH調整する工程
【0017】
また、本開示は、
草本繊維質原料に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液と接触させる酸処理を、実質的に10℃以上50℃以下で行う酸処理工程と、
前記酸処理工程を経た処理物について、湿式粉砕処理を行う湿式粉砕工程と 、
を含む方法により製造される草本繊維質素材の湿式粉砕物であって、
原料である草本繊維質原料に対して前記酸処理工程を実施しないことを除いて同様の方法により得られた湿式粉砕物と比較して、
当該湿式粉砕物を水に懸濁させて室温で1時間以上静置した際に得られる沈殿物の見かけ上の体積が2倍以上となること、及び/又は、当該湿式粉砕物を繊維質分解酵素で処理した際のグルカンの糖化率が1.5倍以上となることを特徴とする、草本繊維質素材の湿式粉砕物を提供する。
【0018】
さらに、本開示は、以下の工程を含むことを特徴とする、草本繊維質素材の製造方法も提供する。
草本繊維質原料に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液と接触させる酸処理を、実質的に10℃以上50℃以下で行う酸処理工程
前記酸処理工程を経た処理物について、洗浄及び/又はpH調整する工程
【0019】
また、本開示は、以下の工程を含むことを特徴とする、草本繊維質素材の湿式粉砕物の製造方法も提供する。
草本繊維質原料に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液と接触させる酸処理を、実質的に10℃以上50℃以下で行う酸処理工程
前記酸処理工程を経た処理物について、湿式粉砕処理を行う湿式粉砕工程
【0020】
さらに、本開示は、前記草本繊維質素材あるいは前記草本繊維質素材の湿式粉砕物あるいはそれらの分画物あるいはそれらの修飾及び/又は改変物を含有することを特徴とする、樹脂、プラスチック、ゴム、インク又は塗料;紙、不織布、繊維、育苗ポット又はボード;糖化原料又は飼料;等の製品も提供する。
【発明の効果】
【0021】
本開示によれば、グルカン及びキシランの可溶化を大幅に抑制しつつ、草本繊維質の解繊性を向上させることができる、草本繊維質の解繊前処理技術を提供することができる。また、この前処理技術により得られる草本繊維質素材は、さらに湿式粉砕処理を行うことで、酵素糖化性に優れ、かつ、組織全体が毛羽立って水中で嵩高い沈殿を与えるユニークな特性を有する素材である。
【0022】
すなわち、本開示によれば、草本繊維質の解繊性を向上させるための新しい前処理技術、当該前処理技術により得られる新規の草本繊維質素材、並びに、当該新規素材を用いた応用製品が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1A】本開示の嵩高い沈殿の形成に関するイメージ図である。
図1B】本開示の湿式粉砕物(右)と対照試料(左)との沈殿物の体積を比較した写真像図である。
図1C】本開示の湿式粉砕物の顕微鏡写真像図である(白棒:50μm)。(実施例3)
図2A】各種原料由来の湿式粉砕物の嵩高さを示すグラフである(実施例2)。図2Aにおいて、縦軸は試料の沈殿物の体積(単位:mL)を、横軸は左から稲わら、サトウキビバガス、オギススキ、エリアンサスを示し、それぞれ左の棒は塩酸-塩化カルシウム水溶液処理区のデータを、右の棒は対照区(塩化カルシウム水溶液処理区)のデータを示す。
図2B】各種原料由来の湿式粉砕物の酵素糖化率を示すグラフである(実施例2)。図2Bにおいて、縦軸はグルカンの酵素糖化率(単位:%)を、横軸は左から稲わら、サトウキビバガス、オギススキ、エリアンサスを示し、それぞれ左の棒は塩酸-塩化カルシウム水溶液処理区のデータを、右の棒は対照区(塩化カルシウム水溶液処理区)のデータを示す。
図3】実施例3における気相処理試験の方法を示す概略図である。
図4】本開示の湿式粉砕物を用いて成型した板を示す写真像図である(実施例8)。
図5】本開示の湿式粉砕物を用いて成形したシート(不織布)の写真像図である(実施例9)。
図6】実施例11における気相処理試験の方法を示す写真像図である。
図7】本開示の湿式粉砕物を用いて成型した棒状物を示す写真像図である(実施例12)。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本実施の形態について詳細に説明する。
【0025】
(1)草本繊維質素材
本実施の形態に係る草本繊維質素材は、原料である草本繊維質原料の組成と比較して、グルカン含有率(対乾燥物、重量%)の減少率が30%以下であり、キシラン含有率(対乾燥物、重量%)の減少率が5%以上50%以下であることを特徴とする。
【0026】
「草本繊維質原料」は、草本類の植物体の少なくとも一部を指し、例えば、農産物生産時に副生する草本類の茎葉部(稲わら、麦わら、コーンストーバー、サトウキビトラッシュ等)及び/又は地下部、農産物一次加工時及び/又は食品製造時に副生する残渣(サトウキビバガス、籾殻、コーンコブ等)、目的栽培された草本系資源作物(エリアンサス、ミスカンサス、オギススキ、ソルガム、スイッチグラス、ネピアグラス等)の茎葉部、河川及び/又は湖沼水際、道路横斜面等で伐採される草本類や雑草(ススキ等)、水草などであってもよい。好適には、「草本繊維質原料」は、稲わら、麦わら、コーンストーバー、サトウキビバガス、サトウキビトラッシュ、ススキ、オギススキ、エリアンサス、ソルガム、ネピアグラス、ジュード、ダンチク、麻からなる群より選ばれた1種以上であることができる。
【0027】
なお、草本繊維質原料は、草本繊維質原料の細断物、細砕物、粉砕物、乾燥物、脱脂物、漂白物、軽度の酸処理物、軽度のアルカリ処理物などであってもよい。また、草本繊維質原料は、リグニン等の細胞壁成分が除去されていないものであることが望ましいが、細胞壁成分が部分的に除去されたものであってもよい。酸処理前にセルロース以外の細胞壁成分が完全に除去されてしまうと、解繊性の向上が難しいと考えられるためである。そのため、高精製度パルプのようにグルカン(主にセルロースを含む)含有率が非常に高い原料(具体的には、グルカン含有率が80%超である原料)は、本実施の形態に係る草本繊維質原料として好ましくない。同様に、セルロース以外の細胞壁成分が完全に除去された原料は、本実施の形態に係る草本繊維質原料として好ましくない。
【0028】
草本繊維質素材は、草本繊維質原料に対して、前述の酸処理工程を実施した後、洗浄及び/又はpH調整することにより調製される。草本繊維質原料は多糖としてグルカン及びキシランを含有するが、これらは従来の酸水溶液中での処理では大部分が分解して可溶化してしまう。しかし、本実施の形態の草本繊維質素材においては、原料である草本繊維質原料の組成と比較して、グルカン及びキシランの含有率(対乾燥物、重量%)の減少率が、それぞれ30%以下及び50%以下に抑えられていることが大きな特徴である。好ましくは、グルカン含有率の減少率は、30%以下、25%以下、20%以下、15%以下、14%以下、13%以下、12%以下、11%以下、10%以下であってもよい。好ましくは、キシラン含有率の減少率は、50%以下、45%以下、40%以下、39%以下、38%以下、37%以下、36%以下、35%以下であってもよい。キシラン含有率の減少率の下限値は、5%以上であってもよい。
【0029】
ここで、グルカン又はキシランの含有率は、試料中の固形物乾燥重量に対するグルカン又はキシランの重量比(%)である。また、グルカン又はキシランの含有率の減少率は、酸処理前の含有率から酸処理後の含有率を差し引いた値、を酸処理前の含有率で割った比(%)である。ここで、グルカン又はキシランの含有率の減少率の評価は、酸処理物を洗浄した後に残った試料に基づいて実施する必要がある。酸処理後の試料中には、酸処理による加水分解生成物である単糖、オリゴ糖などが残存しているため、酸処理後に洗浄せずにグルカン又はキシラン含有率を測定すると、理論上、酸処理前の草本繊維質原料における糖組成とほぼ同一となるからである。なお、グルカン量、キシラン量は、それぞれグルコース、キシロースのホモポリマーの量として評価する。これらの値の詳細な算出方法は、実施例1に記載した通りである。
【0030】
また、草本繊維質素材は、原料由来のリグニンを含有していてもよい。草本繊維質素材中のリグニン含有率(対乾燥物、重量%)は特に限定されないが、通常30%以下、好ましくは10%~25%である。
【0031】
本実施の形態の草本繊維質素材は、また、酸処理工程によって解繊性が向上している。そのため、草本繊維質素材は、その後に解繊工程に供されることが望ましいが、当該用途に限定されない。ここで、解繊性の向上を確認する方法としては、解繊後に得られた草本繊維質素材を水中に分散させて、室温で一定時間(例えば1時間以上)静置した後に観察される沈殿物の見かけ上の体積を測定する方法が挙げられる。沈殿した草本繊維質素材が構成する塊の見かけ上の体積は、(例えば、メスシリンダーなどの)目盛りが付いた容器を用いて、目視で計測することができる。解繊性が増すことで、繊維が毛羽立ちやすくなり沈殿物が嵩高くなる。解繊工程を長時間続ける場合、前述の酸処理工程を実施していない比較対照試料と処理試料とで、最終的な解繊性に差が出ない場合でも、その最終的な解繊状態に至るまでの時間又は解繊処理の苛酷度を低下できることが重要となる。
【0032】
なお、本実施の形態に係る草本繊維質素材は、物の発明であるがその定義に製造方法を含んでいる。本実施の形態において、草本繊維質素材が解繊性の向上と多糖の保持という、一見して相反する構造特性を兼ね備えているのは、塩化水素ガスによる草本繊維質原料に対する限定的な改質が行われたためであると本発明者らは考えている。しかしながら、草本繊維質素材のそのような状態は過渡的なものであり、実際の素材の構造や特性を明確に文言で表すことは不可能である。仮に走査電子顕微鏡などを用いて草本繊維質素材の形態を観測したとしても、原料の種類によって組織の解繊性は異なるため、多数の試料について測定を繰り返し、統計的処理を行い、塩化水素ガスによる限定的な改質の特徴を特定する指標を見出すには、著しく多くの試行錯誤を重ねることが必要であり、およそ実際的ではない。また、上記した不可能又は非実際的事情は、草本繊維質素材の湿式粉砕物についても同様である。
【0033】
(2)草本繊維質素材の製造方法
次に、草本繊維質素材の製造方法について説明する。本製造方法は、必須工程として酸処理工程と酸処理後に洗浄及び/又はpH調整する工程を含み、必要に応じて、酸処理前の草本繊維質原料に対して物理的処理及び/又は化学的処理(細断、細砕、粉砕、乾燥、脱脂、漂白、軽度の酸処理、軽度のアルカリ処理等)を行う前工程を含んでもよい。
【0034】
すなわち、本実施の形態によれば、
草本繊維質原料に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液と接触させる酸処理を、実質的に10℃以上50℃以下で行う酸処理工程と、
前記酸処理工程を経た処理物について、洗浄及び/又はpH調整する工程と、
を含む草本繊維質素材の製造方法が提供される。
【0035】
また、一の実施形態によれば、
草本繊維質原料に対して、細断、細砕、粉砕、乾燥、脱脂、漂白、軽度の酸処理、軽度のアルカリ処理から選ばれる1以上の処理を実施する前工程と、
前記前工程を経た処理物に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液と接触させる酸処理を、実質的に10℃以上50℃以下で行う酸処理工程と、
前記酸処理工程を経た処理物について、洗浄及び/又はpH調整する工程と、
を含む草本繊維質素材の製造方法が提供される。
【0036】
本製造方法における前工程は、例えば草本繊維質原料を乾燥処理する工程であってもよい。草本繊維質原料は、乾燥状態又は湿潤状態で酸処理することができるが、酸処理効率を向上させるためには、含水率を低下させることが望ましい。草本繊維質原料の含水率は、通常40%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは10%以下とすることができる。低含水率条件下で酸処理を行う場合、自由水の近傍に位置する成分やその一部が優先的に加水分解される結果、多糖の過度な加水分解や流亡を最小限に抑えつつ組織の物理的強度が低下し、解繊性が向上するものと考えられる。
【0037】
また、本製造方法における前工程は、例えば草本繊維質原料を細断、細砕、粉砕等する工程であってもよい。気相又は固液界面から固体表面に向かって酸が発散することから、草本繊維質原料が十分な表面積をもち、短時間でガスが原料内部に行き渡るよう、酸処理前に細断、細砕、粉砕等することが望ましい。これらの処理は、鋭利な刃を用いた切断、ハンマーミル、ボールミルなど衝撃力による切断、グラインダー、エクストルーダーなど剪断力による切断など、公知の方法を用いて行うことができる。
【0038】
なお、本製造方法における前工程は、例えば草本繊維質原料を脱脂したり、漂白したり、軽度の酸処理、軽度のアルカリ処理を行ったりする工程であってもよいが、セルロース以外の細胞壁成分を完全に除去等する工程を含まないことが望ましい。前述した通り、酸処理前にセルロース以外の細胞壁成分が完全に除去等されてしまうと、解繊性の向上が難しいと考えられるが、軽度に細胞壁を改質した原料でも本開示の効果が得られる可能性があるためである。よって、本製造方法における前工程は、セルロース以外の細胞壁成分を除去等することで、高精製度パルプのようにグルカン(主にセルロースを含む)含有率を非常に高くする(具体的には、グルカン含有率を80%超とする)ような処理は含まない。「軽度の酸処理」とは、例えば、従来の酸溶液中での加水分解を短時間行うことにより、わずかに細胞壁成分が溶離する(例えば、グルカン含有率が80%以下となるような)程度の酸処理を指す。「軽度のアルカリ処理」とは、例えば、脱塩、脱キシラン、脱リグニン等を目的とした従来のアルカリ処理を短時間行うものであってよい。脱脂及び漂白処理は、従来公知の技術により行うことができる。
【0039】
本製造方法における酸処理工程は、草本繊維質原料に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩化水素ガスを発散する混合水溶液と接触させる処理である。塩化水素ガスを作用させることで、草本繊維質原料を部分分解し、解繊の効率化を図るが、その一方で、草本繊維質素材中の多糖のロスを最低限に抑えることが重要となる。ここで、草本繊維質素材中の多糖のロスを抑えることは、繊維としての価値を維持することや、糖化原料としての価値を持たせることにも繋がると考えられる。
【0040】
本製造方法における酸処理工程は、草本繊維質原料(又はその細断物、細砕物、粉砕物、乾燥物、脱脂物、漂白物、軽度の酸又はアルカリ処理物など)を、塩化水素ガスと共存させることにより実施することができる。塩化水素ガスは、市販塩化水素ガス、高濃度塩酸水溶液から発生するガス、塩化水素ガスを発散する混合水溶液から発生するガスなどとして供給できる。
【0041】
「塩化水素ガスを発散する混合水溶液」は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液であってもよい。「塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質」は、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、塩化アンモニウムなどであってもよい。あるいは、前記「混合水溶液」は、前記塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質として、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、塩化アンモニウムから選ばれる1種以上の電解質を溶解しているか、又は前記電解質が溶解している水溶液と実質的に同等の溶質を含むものであってもよい。ここで、「前記電解質が溶解している水溶液と実質的に同等の溶質」は、例えば、塩化リチウム、塩化バリウム、塩化鉄などであってもよいが、特に限定されない。前記「混合水溶液」における、塩酸の濃度と塩酸以外の電解質の濃度は、例えば、モル比で10:1~1:20、好ましくは5:1~1:5、より好ましくは2:1~1:5、特に好ましくは1:1~1:5とすることができるが、これに限定されない。具体的には、前記「混合水溶液」は、塩酸を0.2~11M、塩酸以外の電解質を、塩化カルシウムの場合は2~5M、好ましくは3~5M含有するものであってもよいが、これに限定されない。
【0042】
草本繊維質原料(基質)を塩化水素ガスと共存させる方法は、基質を充填した室に塩化水素ガスを通気させる方法に加えて、基質と塩化水素ガス発生源(高濃度塩酸水溶液、塩化水素ガスを発散する混合水溶液など)とを密閉容器中に非接触状態で置く方法、塩化水素ガス発生源となる溶液(高濃度塩酸水溶液、塩化水素ガスを発散する混合水溶液など)を基質と接触させる方法、前記した塩酸以外の電解質を固形物の状態で塩酸と接触させることで、前記電解質の溶解に伴い塩化水素ガスを発生させる方法、などが考えられるが、これらの方法に限定されない。なお、「塩化水素ガス発生源となる溶液を基質と接触させる方法」(以下、「液相処理」と呼ぶこともある。)では、溶液中にすべての基質が浸漬されていてもよく、基質の少なくとも一部が液面上に出ていてもよい。具体的には、基質1gあたりの溶液の量は、0.5mL以上、0.75mL以上、1mL以上、1.25mL以上、1.5mL以上、1.75mL以上、2mL以上、2.25mL以上、2.5mL以上、2.75mL以上、3mL以上とすることができる。なお、「基質を充填した室に塩化水素ガスを通気させる方法」及び「基質と塩化水素ガス発生源とを密閉容器中に非接触状態で置く方法」は、本開示において「気相処理」と呼ぶこともある。非接触条件での反応(気相処理)に用いた後の、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液は、加熱により塩化水素ガスおよび水を蒸発させ、分離することで、水溶液中の当該電解質の濃度を上げて、電解質を再利用又はリサイクルすることができる。
【0043】
酸処理工程は、実質的に10℃以上50℃以下の温度範囲内で行われる。ここで、「実質的に」とは、上記温度帯以外の温度で酸処理する時間の合計が、全体の酸処理時間の5%以下、好ましくは3%以下であることを示す。酸処理工程における好ましい温度条件は、10℃以上40℃以下、20℃以上35℃以下、特には室温(25±5℃)である。圧力条件については、塩化水素ガス分圧を増すことにより加水分解反応が早く進むが、常圧や減圧条件下でも実施可能である。処理時間は、原料の構造、含水率、処理温度、塩化水素ガス分圧や処理方法、反応室のサイズなどに影響を受けることから、特に限定されない。逆に、草本繊維質素材におけるグルカン及びキシラン含有率の減少率が所定の範囲内となるような処理条件を設定すればよい。例えば、基質(粉砕物)1gあたり塩化水素ガスを発散する混合水溶液1mL~3mLを室温(25±5℃)で接触処理させる場合の酸処理時間は、通常数分間以上4日間以内とすることができ、好ましくは1時間以上3日間以内、3時間以上2日間以内、6時間以上36時間以内、8時間以上30時間以内、10時間以上24時間以内、12時間以上20時間以内の範囲とすることができる。
【0044】
草本繊維質素材の製造方法では、酸処理工程を行った後の酸処理物に対して、洗浄及び/又はpH調整を行う。洗浄は、酸処理工程後の酸処理物に残存する塩化水素ガス、塩酸;加水分解生成物として存在する単糖、オリゴ糖、その他の加水分解物;草本繊維質原料に由来する付着物や水抽出性成分、酸抽出性成分;などを分離除去するために行われ、これにより草本繊維質素材の処理特性や利用特性を向上したり、板や紙などに加工した際の品質劣化を抑制したりすることができる。
【0045】
またpH調整は、塩酸のもつ容器及び粉砕装置等への腐食性や危険性及び毒性を低減又は消去したり、酵素反応、生物培養等の処理を行ったりする際に行うものであり、水による希釈や水洗浄、単なる加水などの工程も含まれうる。また、pH調整は、加熱による塩化水素ガスの除去や、アンモニアによる気相でのpH調整も可能である。pHの調整範囲は次に行う操作によって異なり、特に限定されない。洗浄により除去されるような物質を除かずに、酸処理物に対して水や緩衝液などを加え、その後に湿式粉砕工程を行い、遊離糖のロスを抑えてそのまま酵素糖化するような場合には、pH調整工程の導入が有効となる。特に、酸によるキシランの部分加水分解物であるキシロオリゴ糖などの機能性成分の流亡を最低限に抑えることで、糖回収率や機能性飼料としての付加価値の向上を図る意味で、洗浄工程に代わるpH調整工程は産業上有利である。
【0046】
ただし、前述の通り、pH調整のみで洗浄を行わない場合でも、グルカン又はキシランの含有率の減少率を評価する際には、洗浄後の試料について測定及び評価を行う必要がある。
【0047】
このようにして、本実施の形態の草本繊維質素材を製造することができる。草本繊維質素材は、洗浄及び/又はpH調整後に、水不溶物として回収することができる。回収された草本繊維質素材について、グルカン含有率及びキシラン含有率(グルカン又はキシロースのホモポリマーとして評価)を計算することで、草本繊維質素材の成分特性を評価する。なお、酸処理工程後に、追加的に酸共存下で加熱処理をしたり、追加的に酵素処理をしたりすることで、草本繊維質素材中のグルカン含有率及びキシラン含有率を改変することができる。しかし、このような素材の成分特性の変化を伴う追加処理を実施した場合でも、酸処理工程前後のグルカン及びキシラン含有率の減少率が、それぞれ前記した所定の範囲内である限り、本実施の形態の草本繊維質素材の範囲に含まれる。
【0048】
(3)草本繊維質素材の湿式粉砕物
本実施の形態に係る草本繊維質素材の湿式粉砕物は、
草本繊維質原料に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液と接触させる酸処理を、実質的に10℃以上50℃以下で行う酸処理工程と、
前記酸処理工程を経た処理物について、湿式粉砕処理を行う湿式粉砕工程と 、
を含む方法により製造される草本繊維質素材の湿式粉砕物であって、
原料である草本繊維質原料に対して前記酸処理工程を実施しないことを除いて同様の方法により得られた湿式粉砕物と比較して、
当該湿式粉砕物を水に懸濁させて室温で1時間以上静置した際に得られる沈殿物の見かけ上の体積が2倍以上となること、及び/又は、当該湿式粉砕物を繊維質分解酵素で処理した際のグルカンの糖化率が1.5倍以上となることを特徴とする。
【0049】
本実施の形態に係る草本繊維質素材の湿式粉砕物(以下、単に「湿式粉砕物」と呼ぶこともある。)は、前記酸処理工程と、湿式粉砕工程と、を必須工程として含む方法により製造される。「酸処理工程」及び「草本繊維質素材」は、上記で説明した通りである。
【0050】
酸処理工程によって草本繊維質素材の解繊性が向上しているため、その後の湿式粉砕工程による解繊が効率化する。この効果は、例えば、得られた湿式粉砕物を水に懸濁させて、室温で1時間以上静置した際に得られる沈殿の見かけ上の体積によって評価することができる。草本繊維質素材を湿式粉砕すると、前記酸処理工程を行わなかった試料(例えば、塩酸非添加の溶液と接触処理させた試料、塩酸のみの水溶液と接触処理させた試料、酸処理工程を行う前の試料など)の湿式粉砕物と比較した際に、2倍以上、好ましくは3倍以上の嵩高い沈殿物を与える可能性がある(図1B参照)。嵩高い沈殿の詳細な評価方法は、例えば実施例において後述する方法が挙げられる。
【0051】
湿式粉砕物の水中での嵩高さの仕組みを、図1A及び図1Cを参照して説明する。草本繊維質素材の組織が、湿式粉砕処理により毛羽立つように解繊され(図1C)、解繊された機械パルプ様の構造となり、広い空間を占めることで、嵩高い沈殿を与えると考えられる(図1A)。
【0052】
また、本実施の形態に係る湿式粉砕物は、前記酸処理工程を実施しないで得られた湿式粉砕物と比較して、繊維質分解酵素で処理した際のグルカンの糖化率が1.5倍以上、好ましくは2倍以上となるような、高い糖化性を有していてもよい。高い糖化性を有していることにより、湿式粉砕物をさらに湿式粉砕することで、リグノセルロースナノファイバー(LCNF)やCNFといったナノサイズの素材を容易に製造できる。LCNFは、セルロースに部分的に他の細胞壁成分が結合したものであり、分散性や生分解性、誘導体化特性などの独自の特性を発揮するものと期待できる。そして、草本繊維質資源の細胞壁は、木質繊維質資源の細胞壁と比較して、セルロースの精製をより穏和な条件で行うことができる。この性質により、本開示により得られるナノサイズの湿式粉砕物から、簡素なアルカリ処理や酸化処理などの条件により化学的改質を行うことができ、草本繊維質資源の需要を拡大するものと期待される。
【0053】
なお、「繊維質分解酵素」としては、例えばセロビオハイドロラーゼ、エンドグルカナーゼ、リティックポリサッカライドモノオキシゲナーゼ、セロビオースデヒドロゲナーゼ、セロオリゴ糖ホスホリラーゼ、セロビオースホスホリラーゼ、β-グルコシダーゼ等のセルロース分解酵素;キシラナーゼ、キシロシダーゼ、アラビノフラノシダーゼ、ガラクトシダーゼ、グルクロニダーゼ、アセチルキシランエステラーゼ等のキシラン分解酵素;ペクチナーゼ、ペクトリアーゼ、アラビナナーゼ、ガラクタナーゼ、ペクチンメチルエステラーゼ等のペクチン分解酵素;キシログルカナーゼ等のキシログルカン分解酵素;リケナーゼ等の(1-3),(1-4)-β-グルカン分解酵素;リグニンペルオキシダーゼ、ラッカーゼ等のリグニン分解酵素;などが挙げられる。これらの繊維質分解酵素は、2種以上を組み合わせて用いることができる。好適には、繊維質分解酵素としてセルロース分解酵素を用いることができる。前記糖化性の詳細な評価方法は、例えば実施例において後述する方法が挙げられる。
【0054】
本実施の形態に係る湿式粉砕物は、湿式粉砕工程後に1μm未満の粒子径を有する湿式粉砕物を主成分とする画分を分画した分画物であってもよく、表面の少なくとも一部を修飾及び/又は改変された修飾及び/又は改変物であってもよい。ここで、「1μm未満の粒子径を有する湿式粉砕物を主成分とする」とは、1μm未満の粒子径を有する粒子が有する特性が顕著に発現されるに足る濃度、例えば50%以上を含むことを意味する。なお、本開示により得られるべき湿式粉砕物には、大きいアスペクト比を有する粒子も含まれることから、「1μm未満の粒子径を有する湿式粉砕物」の中には、長径が1μmを越えるものも含まれる可能性がある。また、「修飾及び/又は改変物」とは、例えば、キトサン、キシログルカン、カルボシキメチルセルロース・ナトリウム塩、アルギン酸塩、ガラクトマンナン、ジェランガム、カラギーナン、(1-3),(1-4)-β-グルカンなどの多糖を湿式粉砕物の表面に物理的に吸着させた物でありうる。湿式粉砕時に他物質を添加することで、表面の修飾及び/又は改変が可能となる。この修飾及び/又は改変は、得られる湿式粉砕物の利用時における機能改変に繋がるとともに、湿式粉砕時における粒子同士の再会合を抑制し、粉砕を効率化することが期待される。
【0055】
本実施の形態に係る湿式粉砕物の利用の一様態として、樹脂、プラスチック、ゴム、インク、塗料などのフィラーを挙げることができる。ポリプロピレン、ナイロン6をはじめとする多様な樹脂やその他の改質剤と湿式粉砕物を混合することで、材料強度等の物理特性を改変しつつ、燃焼や生分解に供されるプラスチック等の環境負荷を低減できる。また、分散効果を示すリグノセルロースナノパーティクルへの変換を通じて、高機能性のフィラーとして活用できる。すなわち、本実施の形態によれば、前記草本繊維質素材やその湿式粉砕物、あるいはそれらの分画物あるいはそれらの修飾及び/又は改変物を含有する、樹脂、プラスチック、ゴム、インク又は塗料が提供される。
【0056】
本実施の形態に係る湿式粉砕物の利用の別の様態として、紙、不織布、繊維、フィルター、ハードボード、板、三次元成形物などの大量消費資材を挙げることができる。本素材は高い生分解性を示すことから、環境中での劣化を想定するような農業用マルチや育苗ポットなどの素材として活用できる。上記した大量消費資材は、本開示に係る草本繊維質素材やその湿式粉砕物あるいはその分画物、改質物等を、単独であるいは任意の副原料と混合して、従来公知の方法により成形することにより、製造することができる。すなわち、本実施の形態によれば、前記草本繊維質素材やその湿式粉砕物、あるいはそれらの分画物あるいはそれらの修飾及び/又は改変物を含有する、紙、不織布、繊維、フィルター、育苗ポット、ボード又は三次元成形物が提供される。なお、酸処理を行わずに湿式粉砕処理した場合と比べて、酸処理後の湿式粉砕物を用いた圧縮成型物は、結着性がより強く、及び/又は、より高密度であり、及び/又は、吸水後の膨張率や吸水率が低い製品となることから、産業上の有用性が高い。
【0057】
本実施の形態に係る湿式粉砕物の利用の他の様態として、糖化原料を挙げることができる。酵素糖化、微生物による糖化発酵と有価物生産をリンクさせることで、食料、バイオ燃料やバイオ素材の製造に繋げることができる。また、反芻動物に対して消化性の高い飼料として利用することが可能となる。なお、本開示に係る草本繊維質素材やその湿式粉砕物あるいはその分画物、改質物等を、段階的に利用することも可能である。例えば、本実施の形態に係る湿式粉砕物をボードとして利用した後に、糖化原料として再利用することもできる。その際、廃棄後の成形物を再度湿式粉砕処理することにより、もとの湿式粉砕物と同等又はそれ以上の酵素糖化率を得ることが可能である。また、湿式粉砕物の利用又は再利用までの期間の貯蔵の目的で、湿式粉砕物を含む棒状物、延べ棒、塊状物等の三次元成形物を製造することができる。すなわち、本実施の形態によれば、前記草本繊維質素材やその湿式粉砕物、あるいはそれらの分画物あるいはそれらの修飾及び/又は改変物を含有する、糖化原料又は飼料が提供される。
【0058】
(4)草本繊維質素材の湿式粉砕物の製造方法
次に、草本繊維質素材の湿式粉砕物の製造方法について説明する。本製造方法は、必須工程として酸処理工程と湿式粉砕工程を含み、必要に応じて、酸処理前の草本繊維質原料に対して物理的処理及び/又は化学的処理(細断、細砕、粉砕、乾燥、脱脂、漂白、軽度の酸処理、軽度のアルカリ処理等)を行う前工程;酸処理後に洗浄及び/又はpH調整する工程;湿式粉砕物の表面の少なくとも一部を修飾及び/又は改変する工程;湿式粉砕工程により得られた湿式粉砕物から、1μm未満の粒子径を有する湿式粉砕物を主成分とする画分を分画して回収する工程;を含んでもよい。なお、「草本繊維質原料」「酸処理工程」は、前述の通りである。
【0059】
本実施の形態によれば、
草本繊維質原料に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液と接触させる酸処理を、実質的に10℃以上50℃以下で行う酸処理工程と、
前記酸処理工程を経た処理物について、湿式粉砕処理を行う湿式粉砕工程と、
を含むことを特徴とする草本繊維質素材の湿式粉砕物の製造方法が提供される。
【0060】
また、一の実施形態によれば、
草本繊維質原料に対して、細断、細砕、粉砕、乾燥、脱脂、漂白、軽度の酸処理、軽度のアルカリ処理から選ばれる1以上の処理を実施する前工程と、
前記前工程を経た処理物に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液と接触させる酸処理を、実質的に10℃以上50℃以下で行う酸処理工程と、
前記酸処理工程を経た処理物について、湿式粉砕処理を行う湿式粉砕工程と、
を含むことを特徴とする草本繊維質素材の湿式粉砕物の製造方法が提供される。
【0061】
また、別の実施形態によれば、
草本繊維質原料に対して、細断、細砕、粉砕、乾燥、脱脂、漂白、軽度の酸処理、軽度のアルカリ処理から選ばれる1以上の処理を実施する前工程と、
前記前工程を経た処理物に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液と接触させる酸処理を、実質的に10℃以上50℃以下で行う酸処理工程と、
前記酸処理工程を経た処理物について、洗浄及び/又はpH調整する工程と、
前記工程を経た処理物について、湿式粉砕処理を行う湿式粉砕工程と、
前記湿式粉砕工程を経た湿式粉砕物から、1μm未満の粒子径を有する湿式粉砕物を主成分とする画分を分画して回収する工程と、
を含むことを特徴とする草本繊維質素材の湿式粉砕物の製造方法が提供される。
【0062】
「湿式粉砕工程」は、電動石臼型解繊装置、ビーズミル、ボールミルなどの衝撃型粉砕装置に加えて、エクストルーダー、高圧ホモジナイザー、超音波破砕装置、乳鉢及び乳棒、ブレンダー、ポリトロンホモジナイザーなど、公知の粉砕装置により実施可能である。これらの粉砕装置を使用する際には、各粉砕装置の原料受入サイズに合うよう、必要に応じて前処理としての粉砕処理を導入することができる。また、本実施の形態に係る湿式粉砕物を直接又はアセチル化などの疎水化処理を施した後に、粉砕処理を行いながら疎水性素材と混練して成形することが可能である。
【0063】
また、湿式粉砕時は、解繊・微細化の促進と新機能付与を目的として、種々の添加剤を加えることができる。例えば、粉砕時に露出度が増すセルロースとの相互作用性を示すキトサン、キサンタンガム(タマリンドシードガム)、グアーガム、カルボキシメチルセルロース、キシログルカン、アルギン酸塩、ガラクトマンナン、ジェランガム、カラギーナン、(1-3),(1-4)-β-グルカンの塩などの多糖を添加することで、湿式粉砕物の表面修飾及び/又は改変を行い、湿式粉砕物に新たな素材特性を付与することができる。表面修飾及び/又は改変により湿式粉砕物に付与しうる素材特性としては、例えば、湿式粉砕物間の会合・凝集特性の改変、親水性又は疎水性の付与、表面への正電荷又は負電荷の付与、抗菌性の付与、多糖の特徴的構造を認識する他分子の結合による構造・機能改変などを挙げることができる。
【0064】
酸処理工程によって草本繊維質素材の解繊性が向上しているため、その後の湿式粉砕工程では解繊を効率よく行うことができる。これにより、草本繊維質素材は解繊された機械パルプ様の構造を呈し、広い空間を占めることで、ネットワーク構造を形成することができ、水中で懸濁後に静置すると嵩高い沈殿を与える。
【0065】
また、酸処理工程によって草本繊維質素材の多糖の酵素糖化性が大幅に向上しているため、湿式粉砕工程を続けることで、1μm未満の粒径を有するナノサイズの湿式粉砕物を容易に調製することが可能となる。
【0066】
「湿式粉砕工程により得られた湿式粉砕物から、1μm未満の粒子径を有する湿式粉砕物を主成分とする画分を分画して回収する工程」は、前述のプラスチックやボードのような機能性素材の原料として利用できるように、湿式粉砕工程においてナノサイズに粉砕された湿式粉砕物を回収する工程である。分画手段は特に制限されないが、例えば、メッシュやフィルターなどを用いた粒子径による分画、水中又は分散媒中での分散特性に基づく沈殿物との分画などの方法を適用できる。また、「1μm未満の粒子径を有する湿式粉砕物を主成分とする」とは、1μm未満の粒子径を有する粒子が有する特性が顕著に発現されるに足る濃度、例えば50%以上を含むことを意味する。
【0067】
「湿式粉砕物の表面の少なくとも一部を修飾及び/又は改変する工程」は、前述した多糖を添加して行う湿式粉砕処理のように、湿式粉砕物の表面の少なくとも一部を修飾及び/又は改変させる工程を、湿式粉砕工程とは別に設ける場合に追加しうる工程である。本工程は、本製造方法における任意の段階で行うことができる。例えば、湿式粉砕時、湿式粉砕工程の後、あるいは酸処理工程と湿式粉砕工程の間に行うことができる。本工程は、例えば、前述の多糖を湿式粉砕物の表面に物理的に吸着させる工程でありうる。
【0068】
前述の通り、本実施形態における「酸処理工程」は、その後に解繊されるべき草本繊維質原料の解繊性を向上させるための解繊前処理工程として位置づけられる。したがって、本実施の形態によれば、草本繊維質原料に対して、塩化水素ガス雰囲気下で処理するか、又は、塩酸と、塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質と、を含む混合水溶液と接触させることを特徴とする、解繊前処理方法も提供される。
【実施例0069】
以下、実施例により本実施の形態を詳しく説明する。
【0070】
(実施例1)粗粉砕稲わら、バガス、オギススキ、エリアンサスの1gでの液相処理
草本繊維質原料として、稲わら粉末(粉砕度4mm以下、含水率9.7%)、サトウキビバガス粉末(粉砕度2mm以下、含水率1.1%)、オギススキ粉末(粉砕度2mm以下、含水率3.3%)及びエリアンサス粉末(粉砕度2mm以下、含水率7.3%)を用いて酸処理(液相処理)を行い、グルカン及びキシラン含有率の減少率を調べた。
【0071】
(1)酸処理(液相処理)試験
上記原料各1.00 gを測り取り、プラスチックチューブに入れた。これに10 mLの塩酸-塩化カルシウム水溶液(塩酸濃度1モル/L、塩化カルシウム濃度4モル/L)を添加して室温(25±5℃、以下同様)で浸漬し、チューブを閉栓して18時間静置することにより、酸処理を実施した。この時、各原料は水溶液中にすべて漬かっていた。
【0072】
(2)グルカン及びキシラン含有率の測定
濾紙を敷いたブフナー漏斗上に酸処理後の試料を置き、200 mLのイオン交換水で洗浄し、濾紙上の固形物を回収した。この固形物を105℃のオーブン内で恒量になるまで乾燥させ、常温に戻した後に乾燥物重量を測定した。その後、ボールミル破砕装置(MM301、ヴァーダー・サイエンティフィック株式会社)を用いて試料(前記固形物)を微粉砕した後に、National Renewable Energy Laboratoryの方法(Sluiter, A., Hames, B., Ruiz, R., Scarlata, C., Sluiter, J., Templeton, D., Crocker, D., Determination of structural carbohydrates and lignin in biomass, laboratory analytical procedure. National Renewable Energy Laboratory, Golden, CO,USA. (2008))に準じて、試料中のグルカン量及びキシラン量を測定した。酸処理前の原料についても、同様にグルカン量及びキシラン量を測定した。
【0073】
すなわち、National Renewable Energy Laboratoryの方法に準じて、20 mgの試料と72%(w/w)硫酸1 mLとを十分に混合し、30℃で1時間静置した。その後、この混合物のうち0.15 mLを1.05 mLのイオン交換水と混合し、100℃で2時間処理して酸加水分解した。この酸加水分解物を10,000×gで10分間遠心分離して、上澄部を1 mL取り出し、これに炭酸カルシウム懸濁液(1 gの炭酸カルシウムを3mLのイオン交換水に懸濁した液)を1 mL加えて中和した。この中和物の一部を用いて、グルコースCII-テストワコー(富士フイルム和光純薬株式会社)によりグルコース量を、D-キシロースアッセイキット(Megazyme社)によりキシロース量を測定し、それぞれ、直鎖グルカン量、直鎖キシラン量として計算した。含水率は、試料風乾重量から絶乾重量(恒量になるまで105℃下で乾燥して常温に戻した試料の重量)を差し引いた値を、試料風乾重量で割った値(%)として計算した。
【0074】
(3)結果
その結果、表1に示すとおり、酸処理後に得られる草本繊維質素材では、草本繊維質原料(酸処理前)の組成と比較して、グルカン含有率の減少率は4%以内、キシラン含有率の減少率は30%以内となった。また、酸処理後の試料回収率も77%以上となった。
【0075】
なお、酸処理前よりも酸処理後のグルカン含有率が高い処理区もある理由は、グルカンは酸処理に対して比較的安定であるのに対して、グルカン以外の成分が酸処理により溶出してしまい、結果として試料全体に対するグルカン量の比率が上がったためである。一方、キシランは結晶性が低く酸処理により可溶化しやすいため、従来の加熱を伴う酸処理では単糖まで容易に加水分解されてしまう。このように、草本繊維質原料に対して本開示の酸処理を実施することにより、キシランの可溶化を抑制した草本繊維質素材を得ることができた。
【0076】
【表1】
*それぞれ酸処理前又は酸処理後の試料の乾燥物重量
**{(酸処理前の含有率-酸処理後の含有率)/処理前の含有率}×100(%)として計算。
***(酸処理後の試料の乾燥物重量/酸処理前の試料の乾燥物重量)×100(%)として計算。
****(試料中の直鎖グルカン量又は直鎖キシラン量/試料の乾燥物重量)×100(%)として計算。
【0077】
(実施例2)粗粉砕稲わら、バガス、オギススキ、エリアンサスの0.05gでの液相処理及び湿式粉砕処理
草本繊維質原料として稲わら粉末(粉砕度4mm以下、含水率9.7%)、サトウキビバガス粉末(粉砕度2mm以下、含水率1.1%)、オギススキ粉末(粉砕度2mm以下、含水率3.3%)及びエリアンサス粉末(粉砕度2mm以下、含水率7.3%)を用いて酸処理(液相処理)及び湿式粉砕処理を行った。
【0078】
(1)酸処理(液相処理)試験
上記原料を各50 mg測り取り、2mL容のプラスチックチューブに入れた。これに2種類のジルコニアビーズ(ニッカトー社、直径0.6mmを500mg相当、及び直径5mmを1個)を加えて、さらに400μLの塩酸-塩化カルシウム水溶液(塩酸濃度1モル/L、塩化カルシウム濃度4モル/L)を加えて混合し、閉栓して室温で18時間静置することにより、酸処理を実施した。この時、各原料は水溶液中にすべて漬かっていた。対照区として、同量の上記原料に対して、塩酸-塩化カルシウム水溶液の代わりに塩化カルシウム水溶液(4モル/L)を加えて同様の処理を行った。
【0079】
(2)湿式粉砕処理試験
上記処理後のチューブを室温で遠心分離(12,000×gで5分)して上澄部を除いた後、イオン交換水2mLを加えて上下反転することで固形物(草本繊維質素材)を洗浄し、再度遠心分離(12,000×gで5分)を行い、上澄部を除いた。この洗浄操作をさらに3回繰り返した。その後、このチューブにイオン交換水を加えて、試料との合計重量(チューブ内容物の合計重量)が1gとなるように調整した後、チューブをビーズ粉砕装置(Micro Smash MS-100R、TOMY社)にセットして、室温、4000 rpmで20秒×6回粉砕することにより、湿式粉砕処理を行った。
【0080】
(3)沈殿物体積の測定
上記処理後に得られた試料(湿式粉砕物)に対して、沈殿物体積の測定を行った。すなわち、湿式粉砕処理後のチューブの中身を、ジルコニアビーズごと少量のイオン交換水に懸濁して、15 mL容のプラスチックチューブに移し、これにさらにイオン交換水を加えて、見かけの液量を5mLにメスアップした。このチューブをボルテックスミキサーにより30秒間撹拌して、試料を懸濁させた後、室温で1時間静置すると、沈殿物が生じた。この沈殿物が占める見かけ上の体積をプラスチックチューブの目盛りを用いて測定した。この測定値から、(0.25mL)を差し引くことで、上記沈殿物のうち試料(湿式粉砕物)が占める見かけ上の体積を計算した。
【0081】
(4)酵素糖化率の測定
また、上記処理後に得られた試料(湿式粉砕物)に対して、繊維質分解酵素によるグルカンの酵素糖化率の測定を行った。すなわち、繊維質分解酵素として、セルラーゼ製剤(Cellic CTec2、Novozymes社)及びβ-グルコシダーゼ製剤(Novozyme 188、Novozymes社)を用いた。湿式粉砕処理後の2 mL容プラスチックチューブに入った試料に対して、100mM(最終濃度)の酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)、0.6FPU(最終量)のセルラーゼ製剤、0.6CbU(最終量)のβ-グルコシダーゼ製剤を加えた。また、糖化中の微生物増加を防止するため、アジ化ナトリウム(ナカライテスク社)0.05%(w/v) (最終濃度)、クロラムフェニコール(ナカライテスク社) 50μg/ml (最終濃度) 、テトラサイクリン(ナカライテスク社) 50μg/ml (最終濃度)を加えた。このチューブに、さらにイオン交換水を加えて総量を1 mLに調整して閉栓し、上下反転しつつ50℃で48時間、糖化反応を行った。反応後、試料温度を室温に戻した後、その一部を用いて、段落0071に記載された方法に準じて糖化液の酸加水分解を行い、グルコースCII-テストワコー(富士フイルム和光純薬株式会社)により、遊離グルコース量を測定した。また、それぞれの草本繊維質原料の全グルカン量を、実施例1の(2)に記載した方法で測定した。グルコース遊離率(酵素糖化率)は、上記で測定した遊離グルコース量をグルカン量に換算した値を、原料の全グルカン量で割ることにより計算した。
【0082】
(5)結果
結果を表2、表3及び図2に示す。表2及び図2Aに示すとおり、稲わら、サトウキビバガス、オギススキ、エリアンサスの湿式粉砕物の沈殿物の体積は、対照区と比較して各々5倍、3倍、5.7倍、3.6倍に上昇した。また、表3及び図2Bに示すとおり、湿式粉砕物の酵素糖化率は、対照区と比較して各々1.9倍、2.7倍、2.1倍、3.4倍に上昇した。このように、草本繊維質原料に対して本開示の酸処理を実施した後に湿式粉砕することにより得られる粉砕物は、水懸濁後に静置することにより嵩高い沈殿を与え、かつ繊維質分解酵素によるグルカンの酵素糖化率が向上していることが示された。
【0083】
【表2】
【0084】
【表3】
*[遊離グルコース量から換算したグルカン量/原料の全グルカン量]×100(%)として計算した。
【0085】
(実施例3)粗粉砕稲わら、サトウキビバガス、オギススキ、エリアンサスの0.05gでの気相処理
草本繊維質原料として稲わら粉末(粉砕度4mm以下、含水率9.7%)、サトウキビバガス粉末(粉砕度2mm以下、含水率1.1%)、オギススキ粉末(粉砕度2mm以下、含水率3.3%)及びエリアンサス粉末(粉砕度2mm以下、含水率7.3%)を用いて酸処理(気相処理)及び湿式粉砕処理を行った。
【0086】
(1)酸処理(気相処理)試験
上記原料を各50 mg測り取り、2mL容のプラスチックチューブに入れた。これに、図3に示すとおり、100 μLの塩酸-塩化カルシウム水溶液(塩酸濃度1モル/L、塩化カルシウム濃度4モル/L)を原料と非接触状態となるよう同じチューブ内に液滴として配置した。次いで、チューブを閉栓し、室温で96時間静置することにより、酸処理を実施した。対照区として、同量の原料に対して、塩酸-塩化カルシウム水溶液を加えずに96時間静置したものを用いた。
【0087】
(2)湿式粉砕処理試験
上記処理後のチューブから液滴を吸い取り除いた後、イオン交換水を950μL加えた。これにジルコニアビーズ(ニッカトー社、直径0.6mmを500mg相当、及び直径5mmを1個)を加えた後、このチューブをビーズ粉砕装置(Micro Smash MS-100R、TOMY社)にセットして、室温、4000 rpmで20秒×6回粉砕することにより、湿式粉砕処理を行った。得られた湿式粉砕物を一部回収し、顕微鏡(BX51、オリンパス社)を用いて200倍の倍率で観察した(図1C、白棒:0.05mm)。図1Cから、粉砕処理により組織が毛羽立っている様子が確認できた。
【0088】
(3)沈殿物体積の測定とその結果
上記処理後に得られた試料(湿式粉砕物)に対して、実施例2の(3)記載の方法で沈殿物体積の測定を行った。その結果、表4に示すとおり、稲わら、サトウキビバガス、オギススキ、エリアンサスの湿式粉砕物の沈殿物の見かけ上の体積は、対照区と比較して各々3.7倍、2.8倍、6.3倍、2.2倍に上昇した。
【0089】
【表4】
【0090】
(実施例4)粗粉砕稲わらの10gでの液相処理及び湿式粉砕処理
草本繊維質原料として稲わら粉末(粉砕度4mm以下、含水率9.7%)を用いて酸処理(液相処理)及び湿式粉砕処理を行った。
【0091】
(1)酸処理(液相処理)試験
上記原料10 gをプラスチックチューブに測り取り、これに40 mLの塩酸-塩化カルシウム水溶液(塩酸濃度1モル/L、塩化カルシウム濃度4モル/L)を添加して、原料を水溶液に浸漬した。このチューブを密閉して室温で18時間静置することにより、酸処理(液相処理)を実施した。この時、原料は水溶液中にすべて漬かっていた。対照区としては、塩酸-塩化カルシウム水溶液の代わりに水40mLを用いて同じ処理を行った。
【0092】
(2)湿式粉砕処理試験
酸処理後の試料を、濾紙を置いたブフナー漏斗により濾過し、非通過物として回収された固形物を200mlのイオン交換水で洗浄した後、回収した。回収した試料のうち乾燥物300 mg相当を50 mLのイオン交換水に懸濁し、ポリトロン(PT1200E、KINEMATICA社)により室温で60秒粉砕することにより、湿式粉砕処理を行った。
【0093】
(3)沈殿物体積の測定とその結果
湿式粉砕処理後の試料のうち、水不溶画分を回収して30 mLのイオン交換水に分散させた。この分散液を激しく撹拌しつつ、先端穴の大きいガラスピペットを用いて5mlを回収して、15 mL容のプラスチックチューブに移した。その後、実施例2の(3)記載の方法で沈殿物体積の測定を行った。その結果、表5に示すとおり、湿式粉砕物の沈殿物の見かけ上の体積は、対照区に対し3.5倍に上昇した。
【0094】
【表5】
【0095】
(実施例5)液相処理に用いる混合水溶液の組成による影響
草本繊維質原料として稲わら粉末(粉砕度4mm以下、含水率9.7%)を用いて、異なる組成の混合水溶液を用いた酸処理(液相処理)を行い、湿式粉砕物の酵素糖化率に与える影響を調べた。
【0096】
(1)酸処理(液相処理)試験及び湿式粉砕処理試験
上記原料に対して、実施例2の(1)と同様の方法で、塩酸-塩化カルシウム水溶液の代わりに、塩酸-塩化マグネシウム水溶液(塩酸濃度1モル/L、塩化マグネシウム濃度4モル/L)又は塩酸-塩化アンモニウム水溶液(塩酸濃度1モル/L、塩化アンモニウム濃度5.56モル/L)を用いて酸処理を実施した。ただし、塩酸-塩化アンモニウム水溶液においては、浸漬時間を18時間(実施例2)から66時間に延長した。続いて、酸処理後の試料(草本繊維質素材)に対して、実施例2の(2)の方法にならって洗浄処理及び湿式粉砕処理を行った。
【0097】
(2)酵素糖化率の測定
上記のように調製された試料(湿式粉砕物)に対して、実施例2の(4)と同様の方法で酵素糖化反応を行い、グルカンの酵素糖化率を測定した。対照区として、塩酸-塩化マグネシウム水溶液及び塩酸-塩化アンモニウム水溶液の代わりに、1モル/Lの塩酸を用いて、同様の処理を行った。
【0098】
(3)結果
その結果、表6に示すとおり、塩酸-塩化マグネシウム水溶液、塩酸-塩化アンモニウム水溶液の処理区において、全グルカンの糖化率は、対照に対し各々1.9倍、1.6倍に上昇した。このように、酸処理に用いる混合水溶液に含まれる「塩化物イオンを水中で遊離する塩酸以外の電解質」の種類を変えた場合にも、グルカンの酵素糖化率を向上させる効果を有することが示唆された。
【0099】
【表6】
*[遊離グルコース量から換算したグルカン量/原料の全グルカン量]×100(%)として計算した。
【0100】
(実施例6)多糖を添加した湿式粉砕処理試験
草本繊維質原料として稲わら粉末(粉砕度4mm以下、含水率9.7%)を用いて、液相処理及び異なる多糖を添加した湿式粉砕処理を行い、湿式粉砕物の沈殿物の見かけ上の体積を調べた。また、多糖として、キトサン(キトサン100、富士フィルム和光純薬社)、タマリンドシードガム(タマリンドガム (タマリンド種子由来)、東京化成工業社)、ジェランガム(ゲランガム、富士フィルム和光純薬社)を用いた。
【0101】
(1)酸処理(液相処理)試験及び湿式粉砕処理試験
上記原料に対して、実施例2の(1)、(2)と同様の方法で酸処理し、水洗浄を行った。次いで、イオン交換水(多糖無添加区)、もしくはキトサン、タマリンドシードガム又はジェランガムを、最終濃度0.2%(w/v)となるように試料(草本繊維質素材)に添加してから、実施例2の(2)の方法で湿式粉砕処理を行った。対照区は、塩酸-塩化カルシウム水溶液の代わりに塩化カルシウム水溶液(4モル/L)を用いて酸処理したことを除いて、同様の処理を行った。
【0102】
(2)沈殿物体積の測定とその結果
上記のように調製された試料(湿式粉砕物)に対して、実施例2の(3)の方法で沈殿物の体積を測定し、比較した。その結果、表7に示すとおり、多糖無添加区、キトサン、タマリンドシードガム及びジェランガム添加区の沈殿物が占める見かけ上の体積は、対照区に対し、各々4.3倍、2.7倍、4.3倍、4.1倍に上昇した。このように、多糖を添加して湿式粉砕処理を行った場合にも、多糖無添加の場合と同様に、嵩高い沈殿を与えることが示された。
【0103】
試料に多糖を添加して湿式粉砕処理を行うことにより、湿式粉砕物の表面の少なくとも一部に、多糖が化学的又は物理的に結合し、表面の修飾及び/又は改変が可能となる。キトサンで表面修飾又は改変を行う場合、湿式粉砕物に対し抗菌性やアニオン凝集性等の特性を付与することができる。タマリンドシードガム、ジェランガムの場合は、湿式粉砕物の分散特性改変、セルロース分解特性の改変等の特性付与が可能である。その他の多糖の場合は、物性改変、生体認識性改変、チャージの付与、凍結・乾燥時の素材特性の安定化などに寄与することが期待される。
【0104】
【表7】
【0105】
(実施例7)ボールミルを用いた湿式粉砕処理
草本繊維質原料として稲わら粉末(粉砕度4mm以下、含水率9.7%)を用いて、液相処理及びボールミルによる湿式粉砕処理を行い、湿式粉砕物の沈殿物の見かけ上の体積を調べた。
【0106】
(1)酸処理(液相処理)試験
上記原料1gをプラスチックチューブに測り取り、これに塩酸-塩化カルシウム水溶液(塩酸濃度1モル/L、塩化カルシウム濃度4モル/L)8mLを添加して、原料を水溶液に接触させた。この時、原料は水溶液中にすべて漬かっていた。このチューブを密閉し、室温で18時間静置することにより、酸処理(液相処理)を実施した。対照区として、塩酸-塩化カルシウム水溶液の代わりに塩酸水溶液(1モル/L)を用いて同様の処理を行った。
【0107】
(2)湿式粉砕処理試験
上記処理後の試料(草本繊維質素材)を、濾紙をセットしたブフナー漏斗上に置き、十分量のイオン交換水で洗浄した。洗浄後の固形物を二等分し、それぞれ10mLのイオン交換水に懸濁して、直径2cmのステンレスボール1個と共に、50ml容のステンレスジャーに封入した。これをボールミル(ミキサーミル MM400、ヴァーダー・サイエンティフィック社、15往復/秒、4分間)で粉砕することにより、湿式粉砕処理を行った。
【0108】
(3)沈殿物体積の測定とその結果
上記処理後の試料(湿式粉砕物)を50mL容メスシリンダーに加え、イオン交換水を用いて全50mLとした後、十分に懸濁させた。その後1時間静置し、湿式粉砕物の沈殿物の見かけ上の体積を測定した。その結果、表8に示すとおり、塩酸-塩化カルシウム水溶液処理区における沈殿物の見かけ上の体積(2試料の平均値)は、対照区に対して3.4倍となった。
【0109】
【表8】
【0110】
(実施例8)湿式粉砕物を用いた板
実施例7で調製したボールミル粉砕後の稲わら処理区試料(2試料分)について、沈殿物体積を測定した後、上澄みを10 mL除去して40 mLとしたものを、6,320×gで1分間遠心分離した後、上澄部を捨てて沈殿部を回収した。回収した湿式粉砕物を60℃で乾燥して、含水率約80%に下げたものを用いて、板状に成型した。すなわち、乾燥させた湿式粉砕物の一部を、内径14mmの円盤形状の熱プレス用金型φ14(1-6002-18、アズワン株式会社)に加えて、20 MPa(直径5.5cm換算値)で、室温から160℃まで昇温後に160℃で20分間維持して乾燥・圧着処理を行い、空冷して室温に戻した。その結果、図4に示す板状成型物を得ることができた。本成型物は直径14mm×厚さ3mmで、密度は1.24g/cmとなった。
【0111】
(実施例9)湿式粉砕物を用いたシート(不織布)
実施例4で調製したポリトロン粉砕後の稲わら処理区試料を、原料換算で1%(w/v)濃度に調整した後、このうち40 mLをとり、6,320×gで1分間遠心分離した後、上澄部を捨てて沈殿部を回収した。回収した湿式粉砕物をイオン交換水でメスアップして20 mLとした後、撹拌して懸濁物とし、そのうち10mLを直径10cmのプラスチックシャーレに流し込み、50℃で12時間以上静置して乾燥させることにより、シート状成形物(不織布)を得た(図5)。図5に示されるように、解繊された草本繊維質素材同士が結着してシート状に成形されることが分かった。
【0112】
(実施例10)湿式粉砕物を用いた板の成型及び特性評価
草本繊維原料として稲わら粉末(粉砕度4mm以下、含水率9.7%)を用いて、液相処理及び一軸湿式粉砕機による湿式粉砕処理を行い、得られた湿式粉砕物を板状に圧縮成型・乾燥して得た試料の特性を評価した。
【0113】
上記稲わら粉末1kgを、プラスチックバッグ中で、塩酸-塩化カルシウム水溶液(塩酸濃度1モル/L、塩化カルシウム濃度4モル/L)2Lと混合し、室温で16時間静置することにより、草本繊維質素材を得た。対照区として、塩酸-塩化カルシウム水溶液の代わりに同量の塩化カルシウム水溶液(塩化カルシウム濃度4モル/L)を用いて同条件で処理した。
【0114】
上記処理後の試料(草本繊維質素材)に、25%(w/w)アンモニア水溶液を加えて中和した後に、水道水で洗浄した。その後、余分な水分を絞って湿潤状態の固形物とし、一軸湿式粉砕機(植繊機:神鋼エンジニアリング社)により湿式粉砕処理し、17.3g(含水率71.1%)の「酸処理区粉砕試料」を得た。対照区については、アンモニア水溶液を添加せずに上記と同様の処理を行い、19.7g(含水率69.1%)の「対照区粉砕試料」を得た。
【0115】
上記で得られた酸処理区粉砕試料及び対照区粉砕試料を、それぞれ69mm×69mmのクッキングシート(ZHI JIN HOME社製)を下部に敷いた70mm×70mmの平板作製用の金型内に敷き詰めた。次に、金型を10MPaで5分加圧し、染み出た液体を拭き取った後に、105℃で12時間乾燥させた。その後、金型を20MPaで10分加圧した後に、得られた板状試料を金型から取り出した。
【0116】
得られた板状試料について、質量と体積を計測することで密度を測定した後、20mm×20mmの小片を調製して重量と厚さを測定した。その後、室温条件下で蒸留水20 mLに小片を浸漬し、12時間後にこれを取り出してペーパータオル上で5秒間水を切り、重量と厚さを再度測定した。以下の式(I)及び式(II)により、吸水厚さ膨張率(TS)及び吸水率(WA)を算出した。
【0117】
【数1】
【0118】
【数2】
【0119】
結果を表9に示す。酸処理区板状試料の密度は0.70g/cm3となり、対照区板状試料の値(0.58g/cm3)と比較して圧密されていることが確認された。また、TS値及びWA値は、酸処理区板状試料でそれぞれ10.1%及び85.2%、対照区板状試料でそれぞれ23.3%及び121%となった。これらの結果から、塩酸処理によって、水中で膨潤されにくく安定な成型物を与えることを確認した。
【表9】
【0120】
金型で作製した上記板状試料を手で引き裂いた後、ブレンダー(Force Mill、大阪ケミカル工業(株)製)で10秒×4回乾式粉砕した。この乾式粉砕物(50mg)を直接、又はさらに実施例2の方法にならってジルコニアビーズ共存下で湿式粉砕処理した後に、実施例2の方法で酵素糖化を行い、グルコース及びキシロースの遊離率を評価した。遊離率測定の際の分母としては、本実施例における酸処理区粉砕試料及び対照区粉砕試料中に含まれるグルコース残基量及びキシロース残基量を用いた。
【0121】
その結果を表10に示す。酸処理区粉砕試料、同試料を板状に加工後に乾式粉砕した試料(酸処理区乾式粉砕試料)、そしてそれをジルコニアビーズで湿式粉砕した試料(酸処理区湿式粉砕試料)では、グルコース遊離率がそれぞれ、79.0%、45.4%及び76.6%となり、キシロース遊離率はそれぞれ66.4%、42.2%及び76.8%となった。また、対照区粉砕試料、同試料を板状に加工後に乾式粉砕した試料(対照区乾式粉砕試料)、そしてそれをジルコニアビーズで湿式粉砕した試料(対照区湿式粉砕試料)では、グルコース遊離率がそれぞれ、29.7%、25.0%及び30.9%となり、キシロース遊離率はそれぞれ11.5%、16.7%及び24.5%となった。このように、板状に加工する前の酸処理区粉砕試料は、酵素糖化時における高いグルコース・キシロース遊離率を示す一方で、板状に加工後に乾式粉砕したものではその値が低下した。さらに湿式粉砕することで、グルコース・キシロース遊離率が大きく回復した。このような糖遊離率上昇効果は、対照区粉砕試料では限定的であった。板状に加工した後に、適切な粉砕工程を適用することで、再度糖化原料として活用できることが明らかとなった。
【0122】
【表10】
【0123】
(実施例11)草本繊維質素材の製造と糖化
稲わら粉末(粉砕度4mm以下、含水率9.7%)を2.22gとり、マグネット攪拌子(長さ30mm、φ5mm)とともに容量200mlのガラス瓶(口内径×胴径×高さ:φ47×φ62×109mm、図6)の底部に入れた。ガラス瓶の内部に厚さ10mm、長さ30mmのスポンジ片(4片)を両面テープによって貼り付け、その上にφ42mm、深さ15mmのポリプロピレン製皿を載せ、底面から高さ70mmの箇所に保持した。その皿の上に、塩酸-塩化カルシウム水溶液(塩酸濃度1モル/L、塩化カルシウム濃度4モル/L)10mLを添加後、ガラス瓶の蓋を用いて密栓した。瓶をマグネチックスターラー上に置き、室温下、毎分20回転で3日間攪拌した。その後、ガラス瓶の蓋を開けて、中の皿を取り除いて、気相処理後の稲わら粉末試料を回収した。試料約1gを秤量したアルミ皿に量り取り、18時間105℃で乾燥させて含水率を測定した結果、含水率は10.4%であった。
【0124】
4本の2mL容プラスチックチューブ内に、気相処理後の稲わら粉末55mgをそれぞれ量り取り、2本のチューブにはイオン交換水1.5mLを加え、実施例2の方法にならい3回洗浄して洗浄試料とした。残り2本のチューブはこの洗浄処理を行なわず、非洗浄試料とした。洗浄試料に対しては、実施例2のジルコニアビーズ(直径0.6mmのものを500mg相当、直径5mmのものを1個)を各チューブに加えた後、実施例2と同様にして、イオン交換水を添加して試料との合計重量が1gになるよう調整した後、ビーズ粉砕装置で湿式粉砕処理した(酸処理・洗浄試料)。また、非洗浄試料に関しては、実施例3にならい、各チューブにイオン交換水950μLを加えて(pH調整)ジルコニアビーズを添加し、ビーズ破砕装置で湿式粉砕処理した(酸処理・非洗浄試料)。対照区としては、酸処理を行う前の稲わら粉末を用いて、酸処理・非洗浄試料と同様の湿式粉砕操作を行ったもの(無処理・非洗浄試料)を用いた。
【0125】
これらの湿式粉砕処理試料に対して、実施例2の方法に従い、15mL容プラスチックチューブに移し、加水した後に沈殿物体積の測定を行った。結果を表11に示す。表中の値は、各条件での2試料による結果の平均値である。酸処理・洗浄試料では2.85mL、酸処理・非洗浄試料では2.5mL、そして、無処理・非洗浄試料では0.75mLとなった。このように、ガラス瓶を用いた気相酸処理試料でも湿式粉砕後に嵩高い懸濁物となることを確認した。非接触条件での反応に用いた塩酸-塩化カルシウム水溶液は、加熱により塩化水素ガスおよび水を蒸発させ、分離することで、水溶液中の塩化カルシウム濃度を上げて、塩化カルシウムを再利用又はリサイクルすることができる。
【0126】
【表11】
*値は2試料の平均値
【0127】
上記で得られたビーズ破砕処理後の試料(酸処理・洗浄試料、酸処理・非洗浄試料及び無処理・非洗浄試料)に対して、実施例2の方法で酵素糖化を行い、遊離グルコース量及び遊離キシロース量を測定した。これらの値を用いて、酸処理前の稲わら粉末中の全グルカン量及び全キシラン量に対するグルコース遊離率及びキシロース遊離率を、各条件での2試料による結果の平均値として求めた。
【0128】
結果を表12に示す。酸処理・洗浄試料、酸処理・非洗浄試料、そして無処理・非洗浄試料では、グルコース遊離率がそれぞれ、69.5%、76.0%及び35.0%となり、キシロース遊離率はそれぞれ46.9%、110%及び11.6%となった。このように、気相酸処理によって得た試料は高い糖化率を示すことを確認した。また、非洗浄試料を用いることで、洗浄試料よりも糖回収率が向上した。非洗浄試料は、洗浄を行わず加水によるpH調整を行ったため、酸によるキシランの部分加水分解物であるキシロオリゴ糖などの機能性成分を含んでいる。そのため、洗浄による流亡を最低限に抑え、加熱による塩化水素の除去、アンモニアなどによる気相からのpH調整、洗浄水を残すようなpH調整などによって酸の影響を制御することで、高い糖回収率や機能性飼料としての価値等を有する産業上有用な資材を製造可能であると考えられる。
【0129】
【表12】
*値は2試料の平均値
【0130】
上記で得られた気相処理後の稲わら粉末1gに対し、実施例1に記載された方法で4分間、15往復/秒の条件でボールミル破砕を行った。得られた微粉末を105℃で乾燥した後、500mgを15mL容プラスチックチューブに移し、イオン交換水12mLを添加後、5分間ボルテックスにより攪拌した。引き続き10,000×g、5分間遠心分離を行い、上清を吸引除去することにより、洗浄処理を行った。残渣全量を直径5cmの重量秤量済アルミ皿に移し、105℃で乾燥させた後に重量を量ることで、洗浄残渣415mgを得た。洗浄前試料(気相処理後の稲わら粉末)及び洗浄後試料(洗浄残渣)各20mgを秤量し、実施例1に記載された方法で試料中のグルカン量及びキシラン量を測定した。
【0131】
結果を表13に示す。洗浄前試料のグルカン量、キシラン量は各々164mg、53mgであり、洗浄後試料のグルカン量、キシラン量は各々151mg、37mgであった。このように、気相処理により、酸処理前の稲わら粉末中の全グルカン量及び全キシラン量に対するグルカン含有率は、32.8%から36.3%に増加し、キシラン含有率は、10.6%から8.92%に減少(減少率15.8%)した。これらの結果から、気相処理での酸処理により、キシランの可溶化が大幅に抑えられた草本繊維質素材が得られることが示された。本開示による草本繊維質素材は、解繊性の向上と多糖の保持という、一見して相反する構造特性を兼ね備えた、従来にない機能性を有する素材であり、湿式粉砕前であっても産業上の有用性は高い。
【0132】
【表13】
【0133】
(実施例12)湿式粉砕物を用いた棒状物の成型
実施例10に記載の方法で調製された酸処理区粉砕試料(含水率74.3%)を1.00kg量り取り、延べ棒用の金型に詰めた。金型は、底部、中断部及び上部の3つに分かれている。はじめに、底部金型のテーパー部の底面及び側面にクッキングシート(ZHI JIN HOME社製)を敷いて、その上に試料を配置し、手で押しながら充填した。底部金型に充填したところで、中段部金型を設置し、中段部にも同様に試料を詰め上げた。中段部の最上位置まで充填したところで、上部にシリコンシートを置いて、その上から上部金型をセットした。次に、この金型全体を10MPaで10分間加圧し、その後、金型ごと105℃で72時間乾燥させた。最後に、金型を室温に戻し、さらに20MPaで5分加圧した後、金型から試料を取り出して、棒状成型物を得た。
【0134】
成型物の写真像図を図7に示す。成型物のサイズは、高さが底部5mm+テーパー部29mm、底面が縦×横:66mm×180mm、上面が縦×横:52mm×165mmとなり、重量は289g、密度0.64g/cm3となった。棒状に成型することによって、湿式粉砕物の貯蔵に適した構造とすることができた。このように、酸処理区粉砕試料を用いて、棒状の成型物を製造できることを確認した。
【0135】
以上、本開示の実施の形態及び実施例について詳述してきたが、具体的な構成は、これらに限らず、本開示の要旨を逸脱しない程度の設計的変更は、本開示に含まれる。
図1A
図1B
図1C
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7