(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024150014
(43)【公開日】2024-10-23
(54)【発明の名称】蓄放熱材料
(51)【国際特許分類】
C09K 5/14 20060101AFI20241016BHJP
C01G 23/04 20060101ALI20241016BHJP
【FI】
C09K5/14 E
C01G23/04 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023063219
(22)【出願日】2023-04-10
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「NEDO先導研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導研究プログラム」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原田 梨沙
(72)【発明者】
【氏名】大越 慎一
【テーマコード(参考)】
4G047
【Fターム(参考)】
4G047CA02
4G047CB04
4G047CC03
4G047CD03
4G047CD07
(57)【要約】
【課題】蓄放熱酸化チタンをλ相からβ相へ相転移させるためのエネルギを低減可能であり、蓄放熱酸化チタンに蓄えられた熱を効率よく取り出すことのできる蓄放熱材料を提供する。
【解決手段】蓄放熱材料は、蓄放熱酸化チタンの結晶粒2の集合体1からなる。放熱酸化チタンは、λ相とβ相との間で相転移するのに伴い蓄熱又は放熱する五酸化三チタン系材料であり、結晶粒2は、微粒結晶が配向性を有して集合している配向粒構造を有する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
蓄放熱酸化チタンの結晶粒(2)の集合体(1)からなる蓄放熱材料であって、
上記蓄放熱酸化チタンは、λ相とβ相との間で相転移するのに伴い蓄熱又は放熱する五酸化三チタン系材料であり、
上記結晶粒は、上記蓄放熱酸化チタンの微粒結晶(20)が、配向性を有して集合している配向粒構造を有する、蓄放熱材料。
【請求項2】
上記結晶粒は、特定の一方向又は二方向に配向性を有する、請求項1に記載の蓄放熱材料。
【請求項3】
上記集合体は、双晶構造の上記結晶粒を含む、請求項2に記載の蓄放熱材料。
【請求項4】
双晶構造の上記結晶粒は、対をなす複数の結晶子(3)が層状に配列して構成される、請求項3に記載の蓄放熱材料。
【請求項5】
上記結晶粒は、上記微粒結晶が配向性を有して連なる連結粒形状を有する、請求項1又は2に記載の蓄放熱材料。
【請求項6】
上記微粒結晶は、滑らかな表面を有する、請求項5に記載の蓄放熱材料。
【請求項7】
上記結晶粒は、後方散乱電子回折像法による結晶方位解析に基づく面積基準の平均粒径が、50μm以上である、請求項1又は2に記載の蓄放熱材料。
【請求項8】
上記集合体における上記蓄放熱酸化チタンの含有量が、90質量%以上である、請求項1又は2に記載の蓄放熱材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄放熱酸化チタンを含む蓄放熱材料に関する。
【背景技術】
【0002】
蓄熱と放熱とを繰り返す蓄放熱材料として、セラミックス系の蓄熱材料である蓄放熱酸化チタンが知られている。蓄放熱酸化チタンは、λ相とβ相との間で相転移する五酸化三チタン(すなわち、Ti3O5)系の材料であり(例えば、非特許文献1~4参照)、β相からλ相への相転移に伴って潜在的に熱を蓄え、λ相からβ相への相転移に伴って蓄えている熱を放出する性質を有する。蓄放熱酸化チタンを含む蓄放熱材料は、固相から固相への相転移を利用することから取り扱いが容易であり、システム排熱等の熱エネルギを効率よく保存可能であることから、各種システムの熱交換部への応用が期待されている。
【0003】
蓄放熱酸化チタンは、β相にあるときに加熱されると、λ相へ直接相転移し又はα相を経由してλ相へ相転移し、λ相に相転移した後は、圧力や光といった外部刺激を受けない限り、その状態を維持する。このようなλ相の蓄放熱酸化チタンは、例えば、二酸化チタン(すなわち、TiO2)のナノサイズ粒子を原料とし、水素雰囲気下で還元焼成することによって、製造できることが知られている。また、特許文献1には、β相を含む五酸化三チタン粒子の粒径を、3μm以上の適宜のメジアン径D50に調整することにより、吸熱特性を改善することが提案されている。具体的には、化学反応等によって合成された塊状の五酸化三チタンを粉砕して、所望の粒度分布の五酸化三チタン粒子とすることにより、粒径に応じた相転移温度や吸熱量吸熱特性が得られ、例えば、メジアン径D50が15μm以上であると、吸熱特性がより安定することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】“Synthesis ofa metal oxide with a room-temperature photoreversible phase transition” Nature Chemistry, vol.2, p.539-545 (2010)
【非特許文献2】“Externalstimulation-controllable heat-storage ceramics” Nature Communications vol.6,7037 (2015)
【非特許文献3】“Ultrafastdynamics of photoinduced semiconductor-to-metal transition in the opticalswitching nano-oxide Ti3O5” Physical Review B 90, 014303(2014)
【非特許文献4】“Electronicstructure and correlation in β-Ti3O5 and λ-Ti3O5studied by hard x-ray photoelectron spectroscopy” Physical Review B 95, 085133(2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
蓄放熱材料を蓄放熱デバイスへ応用する場合には、蓄放熱酸化チタンの特性を活かして、周囲の熱を吸収して蓄える機能と共に、任意のタイミングで圧力等の外部刺激を加えることにより、蓄えた熱を効率よく放出する機能が求められる。ところが、従来は、特許文献1のように、吸熱特性に着目した提案はなされているものの、蓄放熱酸化チタンの放熱特性については、必ずしも十分な検討がなされていない。また、ナノサイズ粒子よりも大きいミクロンサイズの原料粒子を用いると、製造コストの低減に有利になるが、得られる蓄放熱酸化チタンの相転移に必要な圧力が比較的高くなり、実用化に際して、より低い圧力での相転移を可能にすることが望まれている。
【0007】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、蓄放熱酸化チタンをλ相からβ相へ相転移させるための相転移エネルギを低減可能であり、蓄放熱酸化チタンに蓄えられた熱を効率よく取り出すことのできる蓄放熱材料を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、
蓄放熱酸化チタンの結晶粒(2)の集合体(1)からなる蓄放熱材料であって、
上記蓄放熱酸化チタンは、λ相とβ相との間で相転移するのに伴い蓄熱又は放熱する五酸化三チタン系材料であり、
上記結晶粒は、上記蓄放熱酸化チタンの微粒結晶(20)が、配向性を有して集合している配向粒構造を有する、蓄放熱材料にある。
【発明の効果】
【0009】
上記蓄放熱材料は、五酸化三チタン系材料である蓄放熱酸化チタンの結晶粒の集合体からなり、蓄熱状態で圧力等の外部刺激が加わると、λ相からβ相へ相転移して放熱する。このとき、集合体を構成する結晶粒が配向粒構造を有し、結晶粒内において微粒結晶の向きが揃うように集合しているので、圧力伝播が効率よく行われて相転移が進行しやすくなる。これにより、相転移に必要なエネルギの低減が可能になると推測される。
【0010】
以上のごとく、上記態様によれば、蓄放熱酸化チタンをλ相からβ相へ相転移させるための相転移エネルギを低減可能であり、蓄放熱酸化チタンに蓄えられた熱を効率よく取り出すことのできる蓄放熱材料を提供することができる。
なお、特許請求の範囲及び課題を解決する手段に記載した括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものであり、本発明の技術的範囲を限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施形態1における、蓄放熱材料を構成する結晶粒の集合状態及びその一部断面における結晶粒の配向状態の一例を示す模式図。
【
図2】実施形態1における、結晶粒の集合体の外観及びその一部断面における結晶粒の集合状態の一例を示す模式図。
【
図3】実施形態1における、蓄放熱酸化チタンの結晶粒の構造例を示す模式図。
【
図4】実施形態1における、蓄放熱酸化チタンの相転移のメカニズムを説明するための模式図。
【
図5】実施形態1における、蓄放熱酸化チタンの製造工程と結晶粒の成長過程を説明するための模式図。
【
図6】比較形態1における、蓄放熱酸化チタンの結晶粒の構造例を示す模式図。
【
図7】比較形態1における、蓄放熱酸化チタンの相転移のメカニズムを説明するための模式図。
【
図8】実施形態1における、蓄放熱材料の製造装置の構成例を示す概略図。
【
図9】実施例1における、蓄放熱酸化チタンの結晶粒を含む凝集粒子及び結晶粒における結晶集合状態を示す走査型電子顕微鏡による観察画像。
【
図10】実施例1における、蓄放熱材料の電子線後方散乱回折法による結晶方位マップ図。
【
図11】実施例1、2及び比較例1、2における、蓄放熱材料の結晶粒構造と相転移特性を比較して示す図。
【
図12】実施例1、2及び比較例1、2における、結晶方位マップ図と、比較例3における、蓄放熱酸化チタンの結晶集合状態を示す走査型電子顕微鏡による観察画像。
【
図13】実施例における、蓄放熱材料の結晶粒の平均粒径と相転移圧力との関係を示すグラフ図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(実施形態1)
蓄放熱材料に係る実施形態1について、図面を参照して説明する。本形態において、蓄放熱材料は、蓄放熱酸化チタンの結晶を含む粉末材料であり、熱エネルギを蓄え又は放出することができる。蓄放熱酸化チタンは、還元型酸化チタンの一種として知られている五酸化三チタン系材料であり、λ相とβ相との間で相転移するのに伴い蓄熱又は放熱する特性を有する。五酸化三チタン系材料は、Ti3O5の組成を有する五酸化三チタンを主成分として含むものであり、五酸化三チタンのTiの一部が他の元素で置換された置換型の五酸化三チタンを含む材料であってもよい。このような五酸化三チタン系材料は、熱交換用の蓄放熱体その他の用途に利用することができる。
【0013】
図1、
図2に模式的に示すように、蓄放熱材料は、蓄放熱酸化チタンの結晶粒2の集合体1からなる。各結晶粒2は、その一部を図中に拡大して示すように、蓄放熱酸化チタンの微粒結晶20が、配向性を有して集合している配向粒構造を有する。ここで、「配向粒構造」とは、結晶粒2を構成する微粒結晶20の向きが、特定の方向に揃うように配列している構造を言う。
【0014】
好適には、各結晶粒2は、特定の一方向又は二方向に配向性を有する構造であることが望ましい。集合体1が、このような「配向粒構造」の結晶粒2からなるとき、配向性を有しない結晶集合体と比較して、蓄放熱酸化チタンのβ相からλ相への相転移エネルギを低減させることが可能になる。
【0015】
好適には、集合体1は、双晶構造の結晶粒2を含むことが望ましい。具体的には、集合体1を構成する結晶粒2は、単結晶又は多結晶にて構成されており、最小単位として、単一の結晶からなる結晶子3を含む。各結晶粒2は、単数又は複数の結晶子3を含むことができ、複数の結晶子3を含む場合には、双晶構造であること、すなわち、特定の二方向に配向性を有することが望ましい。双晶構造の結晶粒2(以下、適宜、双晶粒2Aと称する)は、対をなす複数の結晶子3を含み、結晶界面31を挟んで、これら結晶子3が層状に配列して構成される。
【0016】
ここで、「双晶」とは、複数の同一構造の結晶が結合したものであり、双晶構造の結晶粒2は、特定の結晶面や結晶軸を共通とする2個又はそれ以上の同一結晶を含む。
図1中に示す例では、結晶粒2の断面に現れる一対の結晶面3A、3Bが、対をなす複数の結晶子3に対応しており、結晶界面31を共通の結晶面として、結晶面3A、3Bが交互に配置されて、概略平行な複数の層を形成している。
【0017】
このとき、集合体1は、単一の結晶子3からなる結晶粒2又は対をなす結晶子3からなる双晶粒2Aを含むことにより、特定の一方向又は二方向に配向性を有する配向粒が集合した構造となる。結晶粒2が、配向性を有すること及び双晶構造を有することは、例えば、電子顕微鏡を用いた結晶方位の観察等によって確認することができる。
【0018】
ここで、「結晶方位」は、結晶粒2の断面に現れる結晶面の方向であり、一般に、後方散乱電子回折像法(Electron backscatter diffraction pattern;以下、EBSD法と略称する)による結晶方位解析によって定めることができる。その場合に、「配向性を有する」とは、結晶粒2に含まれる微粒結晶20の「結晶方位」が、ほぼ揃っていることを言う。
【0019】
好適には、集合体1を構成する結晶粒2は、微粒結晶20が配向性を有して連なる連結粒形状を有することが望ましい。微粒結晶20が、特定の方向に配向しつつ、互いに連結して粒成長することにより、個々の結晶子3さらには結晶粒2がより大きくなり、相転移エネルギをより低減させることが可能になる。結晶粒2の構造と相転移のメカニズムについては、以下のように考えられる。
【0020】
図3に、双晶粒2Aの構成の一部を模式的に示すように、結晶粒2は、粒状の塊をなす部分である微粒結晶20を複数含んでおり、隣り合う微粒結晶20の間には、やや幅狭の部分である連結部21を含むことができる。隣り合う微粒結晶20は、結晶の配向性を維持するように、互いに連結されており、ここでは、特定の結晶面3A、3Bを有する複数の結晶子3が交互に配置されて、双晶を形成している。双晶を含まない結晶粒2である場合には、全体が1つの結晶子3にて構成される。
【0021】
双晶粒2Aを含む結晶粒2において、微粒結晶20の個々の形状や連結数は任意であり、結晶粒2は、複数の微粒結晶20が不規則に連結する不定形の連結形状を有する。好適には、より多くの微粒結晶20が配向性を有して連なることが望ましく、より大きい結晶子3を含む配向粒となりやすい。その場合には、結晶粒2が大きくなることにより、結晶粒2の表面エネルギが低減すると共に、内部のエネルギ伝達が効率よく行われることにより、相転移のためのエネルギの低減が可能になる。
【0022】
双晶構造を有する場合には、
図4に模式的に示すように、対をなす複数の結晶子3が結晶界面31を挟んで層状に配置され、相転移のために印加される圧力が、共通の結晶面となる結晶界面31を介して、積層方向に均一に効率よく伝播される。そのため、結晶粒2の内部において圧力が分散することなく、相転移が速やかに進行し、より低い圧力での相転移が可能になると推測される。
【0023】
図5に模式的に示すように、蓄放熱酸化チタンの結晶粒2は、例えば、蓄放熱酸化チタンの原料粒子4の還元反応により、蓄放熱酸化チタンの種結晶40が生成し、粒成長しながら、さらに連結して生成される。その際に、原料粒子4の還元により生成する蓄放熱酸化チタンの結晶が、配向性を有して集合する微粒結晶20を生成し、それぞれ粒成長しながら、配向状態を維持するように連結することにより、結晶粒2が生成する。
【0024】
このとき、還元反応の条件を調整することにより、微粒結晶20の生成や配向性を制御可能であり、例えば、特定の結晶面の成長が促進されることにより、粒成長する過程で、双晶が生成しやすくなるものと推測される。このような制御された条件で生成された双晶が、さらに粒成長し、双晶構造を維持して互いに連結することにより、例えば、特定の結晶面3A、3Bを有する、より大きな双晶粒2Aとなると考えられる。このような結晶粒2を含む蓄放熱材料の製造方法については、詳細を後述する。
【0025】
これに対し、比較形態1として、
図6に模式的に示すように、還元反応の条件が調整されない場合には、結晶粒2は、配向性を有しない連結粒形状となる。粒状結晶2は、例えば、結晶の向きが異なる複数の微粒結晶20が不定形に連結した構成を有する。そのため、連結部21において配向性は維持されず、複数の微粒結晶20のそれぞれに対応して、結晶方位の異なる複数の結晶子3を含む結晶粒2となる。その場合には、
図7に模式的に示すように、相転移のために印加される圧力が、粒状結晶2の連結部21において分散しやすくなるために、配向粒構造の結晶粒2よりも、相転移に必要なエネルギが大きくなると推測される。
【0026】
なお、五酸化三チタンの結晶構造は、β相、λ相及びα相等を含む多形を有し、460K(すなわち、約187℃)以下の温度領域において、常磁性金属の状態を保つ単斜晶系の結晶相(すなわち、λ相)となり、外部刺激を受けない限り、その状態を維持することができる。λ相である五酸化三チタンに、圧力等の外部刺激を与えると、潜在的に蓄えていた熱を放出し、非磁性半導体の特性を有する単斜晶系の結晶相(すなわち、β相)へ相転移する。五酸化三チタンは、β相にあるときに温度を上げていくと、460Kを超える温度領域で、常磁性金属の状態を保つ斜方晶系の結晶相(すなわち、α相)へ相転移し、その後に460Kを下回ると、α相からλ相へ相転移する。
【0027】
λ相の五酸化三チタンは、結合エネルギとしてエネルギを保存し、外部刺激によりTi-O結合の切断と再結合によりβ相への相転移が発生する際に、熱エネルギとして放出することができる。また、β相にあるときに外部エネルギを与えると、λ相へ直接相転移し、又は、α相を経由してλ相へ相転移する。λ相、α相は金属特性を有し、半導体特性を有するβ相よりも低い電気抵抗率を示す。外部エネルギは、例えば、電気エネルギ、熱エネルギ及び光エネルギのうちの少なくとも1つであり、外部刺激は、圧力、光及び電流のうちの少なくとも1つである。
【0028】
以下、蓄放熱材料とその製造方法について、詳細に説明する。
図2において、蓄放熱材料となる粉末材料は、多数の蓄放熱酸化チタンの結晶を含む結晶粒2の集合体1からなり、各結晶粒2は、配向粒構造を有する。一般には、一次粒子である結晶粒2が凝集して、二次粒子である凝集粒子100を構成し、凝集粒子100がさらに集合して、粉末材料を構成する。結晶粒2は、単結晶又は多結晶からなる不定形粒子であり、蓄放熱酸化チタンの単一結晶からなる結晶子3を、最小単位として含む。
【0029】
図2中に拡大して示す集合体1の断面は、凝集粒子100の内部における結晶粒2の集合状態を示している。集合体1に含まれる複数の結晶粒2は、それぞれが、特定の一方向又は二方向に配向性を有する配向粒であればよく、各結晶粒2の配向方向は同じであっても異なっていてもよい。結晶粒2を構成する結晶子3は、単数でも複数でもよく、複数である場合には、双晶を含む双晶粒2Aであることが望ましい。その場合には、双晶をなす2つの結晶方位に対応する結晶子3が、交互に配置される層状構造が観察される。
【0030】
なお、集合体1における結晶粒2の形状や集合状態は、蓄放熱酸化チタンの凝集粒子100を含む粉末試料について、走査型電子顕微鏡(以下、適宜、SEMと称する)による断面観察を行った結果に基づいている。ここでは、観察面となる集合体1の断面において、結晶が観察されない空間部11と結晶部とを破線で区画し、さらに、結晶部内の結晶方位に基づいて、単一の結晶粒2となる領域ごとに破線で区画している。また、双晶と含む領域と含まない領域とを異なるパターンで示している。
【0031】
具体的には、上述したEBSD法によって測定される多数の測定点の結晶方位差が、所定の角度以内(例えば、5度以内)である領域を、同じ結晶方位とみなして、結晶粒2の粒界や結晶界面31を特定することができる。また、同じ結晶方位で同一の結晶とみなせる領域を、単一の結晶子3として、結晶粒2の配向状態や双晶の形成の有無を特定することができる。双晶を含む領域は、同じ結晶方位が交互に現れる層状の領域であり、双晶境界となる結晶界面31を点線で示している。
【0032】
図2に示す結晶粒2及び双晶粒2Aの形状は一例であり、配向粒の成長過程における結晶の集合状態に応じた任意の形状を採ることができる。集合体1を構成する結晶粒2において、双晶粒2Aが占める割合は、特に制限されないが、双晶が形成されやすい条件において、結晶粒2のサイズが大きくなる傾向があり、好適には、集合体1を含む凝集粒子100のほぼ全域に、双晶構造の結晶粒2が含まれていることが望ましい。
【0033】
結晶粒2が、双晶粒2Aである場合には、対をなす複数の結晶子3が交互に配列している層状構造を有する。双晶粒2Aは、その少なくとも一部に双晶を含んでいればよく、全体に双晶を含む多層の構造であってもよい。集合体1に含まれる複数の双晶粒2Aにおいて、対をなす複数の結晶子3の結晶方位が同じであっても、異なっていてもよい。ここでは、対をなす複数の結晶子3の例として、観察面に現れる一対の結晶面3A、3Bと一対の結晶面3C、3Dとを、区別して示している。それ以外の双晶粒2Aも、それぞれ対をなす結晶面を有し、結晶界面31となる共通の結晶面を介して、一体的に結合された構成を有する。
【0034】
双晶粒2Aにおいて、一対の結晶面3A、3Bは、例えば、一対の結晶界面31に挟まれた領域であり、それぞれ帯状又は短冊状の異方性形状を有して、概略平行に交互に形成される。結晶面3A、3Bの幅は任意であり、それぞれ製造条件等に応じた適宜の幅であってよい。結晶面3A、3Bが配列される方向すなわち幅方向も任意であり、隣接又は近接する他の双晶粒2Aと異なっていてよい。
【0035】
図1中に双晶粒2Aの断面を拡大して示すように、具体的には、多数の微粒結晶20が、結晶方位が整合するように互いに連結されることにより、結晶粒2が形成される。すなわち、同じ結晶方位の微粒結晶20が、結晶方位を維持して一体的に結合されることにより、単一の結晶子3が形成される。あるいは、隣接する複数の微粒結晶20の結晶方位が、双晶関係となるように互いに連結されることにより、結晶界面31を挟んで対をなす複数の結晶子3が形成される。好適には、対をなす結晶子3の結晶方位は、方位差が、90度以上180度以下の範囲にあることが望ましい。この範囲にあるとき、複数の結晶子3の接触面において応力伝播しやすい構造となり、相転移エネルギの低減に有利となる。
【0036】
このとき、結晶子3の形状や大きさは、特に制限されるものではなく、結晶子3を構成する微粒結晶20の連結形状や連結数に応じたものとなる。好適には、結晶子3を含む結晶粒2のサイズがより大きいことが望ましく、相転移エネルギの低減に有利になる。例えば、微粒結晶20の連結が多くなるほど、個々の結晶子3のサイズが大きくなり、結晶粒2のサイズが大きくなる。双晶粒2Aの場合は、層状に配置される結晶子3の数が多くなるほど、双晶を含む結晶粒2のサイズが大きくなる。
【0037】
好適には、結晶粒2を構成する結晶子3は、多数の微粒結晶20が、空隙10を有して不規則に連結してなる、多孔性の連結形状を有することが望ましい。上述したように、蓄放熱酸化チタンの種結晶40が粒成長しつつ、配向性を維持するように結合することにより、連結部21を介して複数の微粒結晶20が三次元的に結合され、多数の空隙10を含む多孔体形状の配向粒となると推測される。ここで、個々の微粒結晶20の形状や大きさは、特に制限されるものではなく、隣り合う微粒結晶20の境界や連結部21の形状が必ずしも明確でなくてよい。
【0038】
また、多孔体形状の配向粒からなる結晶粒2の全体が、平滑な表面を有することが望ましい。具体的には、多数の微粒結晶20や連結部21が、滑らかな曲面状又は平面状の表面によって連続しており、多孔性の連結形状を有する結晶子3が形成される。一般に、原料粒子4の還元反応による蓄放熱酸化チタンの生成が進行するのに伴い、結晶粒2の表面が平滑になると考えられ、また、平滑性を有することにより、圧力が均一に伝達され応力による破壊等も生じにくいことから、蓄放熱酸化チタンの相転移を効率よく実施可能となる。
【0039】
図1に示す双晶粒2Aにおいて、対をなす結晶面3A、3Bの配置や、対応する結晶子3の形状は、一例であり、各結晶子3は、任意の数の微粒結晶20が任意の方向に連なって形成される、連結形状を有していればよい。ここでは、多数の微粒結晶20が、結晶界面31に沿う方向へ連結部21を介して連結されることにより、隣り合う結晶界面31の間に、帯状に延びる結晶面3A、3Bが形成される。また、結晶界面31に沿って、双晶を含む微粒結晶20が配置されることにより、これら結晶面3A、3Bが、幅方向においても連結され、全体として、特定の二方向に配向性を有する多孔体形状となる。
【0040】
双晶を含まない結晶粒2も同様であり、同じ結晶方位の微粒結晶20が単一の結晶子3を形成し、層状の結晶子3が形成されない以外は、同様の連結形状を有する。個々の微粒結晶20は、例えば、薄片状、鱗片状、薄板状等であり、それらが概略一方向に連なると、例えば、葉片状、紐状、柱状等の連結形状となる。また、連結方向と異なる方向へ、例えば、複数個所から枝分かれするように、さらに微粒結晶20が連結されると、同じ結晶方位となる領域が広がる。これにより、樹枝状、網目状等の連結粒状の結晶子3が形成され、結晶子3のサイズがより大きくなる。
【0041】
上述したように、複数の微粒結晶20は、それぞれ、蓄放熱酸化チタンの種結晶40が粒成長して形成される適宜の形状やサイズを有する。このような微粒結晶20が配向性を有して連結されるのみならず、双晶を形成することにより、より大きな配向粒構造となる。このような双晶粒2Aを含む結晶粒2の集合体1を構成することにより、蓄放熱酸化チタンの相転移に必要なエネルギを効率よく伝達することが可能になると推察される。
【0042】
例えば、
図3、
図5に示す形状例について、配向性の有無と相転移のメカニズムについては、以下のように考えられる。
図3に示す双晶粒2Aは、具体的には、複数の微粒結晶20を含む連結形状が、主に結晶面3Aにて構成され、複数(例えば、6個)の微粒結晶20が集合する中央部の複数個所(例えば、3箇所)を貫通するように、複数の結晶面3Bが配置される。複数の結晶面3Bは、例えば、複数の微粒結晶20の主な連結方向を長手方向として延びる、概略平行な帯状となる。長手方向に隣り合う複数の微粒結晶20を含む場合には、複数の結晶面3Bが、複数の微粒結晶20を跨いで、長手方向に連続するように形成されていてもよい。複数の微粒結晶20を含む連結粒の周辺部では、結晶界面31と粒状結晶2の粒界とで囲まれる結晶面3Aは、概略円弧状の微粒結晶20に沿う不規則な形状となる。
【0043】
図4中に矢印で示すように、
図3に示した構造の結晶粒2に、相転移のための圧力が印加されると、結晶粒2の内部を圧力が伝播して相転移が進行する。このとき、結晶粒2が双晶粒2Aであり、対をなす結晶子3を含むことにより、圧力の伝播が容易になる。すなわち、双晶粒2Aにおいては、圧力を受けた一部の結晶子3が相転移すると、さらに隣り合う結晶子3へ次々と圧力伝播する。このとき、相転移が体積変化を伴うことにより、複数の平行な結晶界面31を介して、均一に応力が伝播される。
【0044】
これにより、結晶粒2の内部で圧力が分散することなく、速やかに圧力伝播する。また、双晶の接触面となる結晶界面31の界面エネルギが比較的小さいことにより、効率よく応力が伝播され、相転移が進行する。その結果、より低い圧力で、結晶粒2の全体を相転移させることが可能となるものと推測される。そして、このような双晶粒2Aを含む結晶粒2が集合して配向領域10を形成していることにより、集合体1の相転移に必要なエネルギである相転移圧力を低減可能となる。
【0045】
一方、
図6に比較形態1として示すように、蓄放熱酸化チタンの結晶粒2が、結晶配向性を有しない連結粒である場合には、例えば、複数の微粒結晶20がそれぞれ結晶子3となり、ランダムに結合した多結晶体となる。すなわち、結晶粒2は、結晶方位が異なる複数の結晶子3を含むランダム配向の連結粒であり、隣接する微粒結晶20との連結部21において、配向性が維持されない。その場合には、結晶方位が揃った大きな結晶子3や双晶は形成されず、隣接する複数の結晶子3との間に、複数の結晶界面31が形成される。そのため、結晶粒2の大きさに比して、結晶子3の数が多くなり、個々の結晶子3は小さくなりやすい。
【0046】
このとき、
図7中に矢印で示すように、結晶粒2に相転移のための圧力が印加されると、圧力を受けた一部が相転移した後、隣接する複数の結晶子3との結晶界面31において、圧力が分散しやすくなる。そのため、粒状結晶2の内部を速やかに圧力が伝播せず、相転移が進行しにくくなると推測される。このような結晶構造の違いにより、ランダム配向の結晶粒2を含む場合には、配向粒構造の結晶粒2を含む集合体1に比べて、相転移に必要なエネルギがより大きくなる。
【0047】
ここで、「相転移圧力」とは、蓄放熱酸化チタンをλ相からβ相へ相転移させるための圧力であり、例えば、蓄放熱酸化チタンを含む蓄放熱材料を、加圧可能な容器に収容し、一軸加圧機等を用いて圧力を加えたときに、λ相からβ相へ相転移するのに必要な圧力として表される。相転移のためのエネルギとして圧力を用いた場合には、蓄放熱材料を用いた蓄放熱体の構成や、蓄放熱体の相転移のための装置構成等を、比較的簡易にすることができる。
【0048】
このようにして得られる蓄放熱酸化チタンを含む蓄放熱材料は、システム排熱等の熱エネルギを吸収して保存し、所望のタイミングで放熱する蓄放熱体として利用されて、効率よい熱交換を行うことができる。また、蓄放熱酸化チタンは、固体間の相転移を利用することから、蓄放熱体の取り扱いが容易で、蓄放熱時の制御性も良好であり、低温・長期保存が可能で、安価な原料から製造可能である、といった利点を有する。
【0049】
好適には、蓄放熱材料に含まれる蓄放熱酸化チタンは、質量割合で90%以上であることが望ましい。結晶粒2において、蓄放熱酸化チタンである五酸化三チタン系材料以外の結晶相の割合が増えると、結晶粒2内における圧力の伝播に影響するおそれがある。より好適には、質量割合で95%ないしそれ以上の蓄放熱酸化チタンを含むことが望ましく、圧力の伝播が容易になり、相転移圧力の低減に有利になる。
【0050】
また、結晶粒2のサイズは、好適には、EBSD法による結晶方位解析に基づく面積基準の平均粒径が、50μm以上であることが望ましい。面積基準の平均粒径とは、結晶粒2を円とみなしたときの面積に基づく粒度分布の50%値であり、後述するように、結晶方位解析の結果から配向粒構造を有する結晶粒2の粒界を特定し、その面積の測定結果を円に換算した値として算出することができる。配向粒構造の結晶粒2の平均粒径が、50μm以上であると、圧力伝播が容易に進行することにより、従来よりも低い圧力でβ相への相転移が可能になる。相転移圧力を低減する観点から、双晶粒2Aを含む結晶粒2の平均粒径がより大きくなり、例えば、100μm以上であるとより望ましい。また、製造に要するコストや時間を低減する観点からは、例えば、平均粒径が140μm程度ないしそれ以下であることが望ましい。
【0051】
次に、蓄放熱酸化チタンを含む蓄放熱材料の製造方法について説明する。
図5において、蓄放熱酸化チタンの結晶粒2を含む蓄放熱材料は、二酸化チタンを含む原料粒子4を還元雰囲気下で焼成して、五酸化三チタン系材料の微結晶粒40を生成させ、さらに粒成長させることによって製造することができる。製造工程は、(1)原料準備工程と、(2)還元焼成工程と、とを含み、さらに、(3)冷却工程を経て、含む製造工程を経て、蓄放熱材料が得られる。好適には、(2)還元焼成工程において、原料粒子4を揺動させることにより、個々の原料粒子4の周囲に、図中に矢印で示すように、水素を含む還元ガスが十分に供給されるようにすることが望ましい。これにより、原料粒子4の凝集を抑制しつつ、十分な量の還元ガスと接触させることができ、双晶粒2を含む結晶粒2の成長を促進可能となる。
【0052】
具体的には、(1)原料準備工程において、蓄放熱酸化チタンの原料となる二酸化チタンを含む粉末材料を準備する。一般に、二酸化チタンは、ルチル型又はアナターゼ型の結晶構造を有することが知られており、これらのいずれか又はそれらの混合物を含む二酸化チタン粉末を、原料粉末として用いることができる。好ましくは、ルチル型の結晶構造を有する二酸化チタン粉末が用いられる。製造しようとする蓄放熱酸化チタンが、置換型の五酸化三チタンを含む場合には、置換元素を含む材料が添加された二酸化チタン粉末を原料粉末とすることができる。
【0053】
原料粒子4となる二酸化チタン粉末のサイズは、必ずしも制限されないが、好適には、累積粒度分布における、体積基準の50%粒径(D50)を示す平均粒径が、0.5μm以上であることが好ましい。その場合には、原料コストを抑制しながら、原料となる二酸化チタンの還元反応を促進可能となる。好適には、平均粒径は、1.0μm以上であることが、より好ましい。また、原料粒子4を含む粉末材料の全体で、均一に二酸化チタンの還元反応を進める等の観点から、平均粒径は、5μm以下であることが好ましい。好適には、平均粒径は、4μm以下であることが、より好ましい。
【0054】
(2)還元焼成工程では、二酸化チタンの原料粒子4を含む原料粉末を、図示しない容器に収容した状態で、加熱しながら、水素を含む還元ガスと接触させることにより、還元反応させる。好適には、可動容器を用いて、収容された原料粉末を揺り動かしながら、可動容器内に導入される還元ガスと接触させるのがよい。例えば、揺動装置を備える焼成装置を用いて、可動容器を揺動させることにより、原料粒子4に揺動又は振動を付与することができる。
【0055】
図8に示すように、具体的には、可動容器201を筒状として、その両端にガス導入口301及びガス導出口302を設けると共に、可動容器201を軸回りに回動可能に設けた製造装置200を用いることができる。このとき、周囲に加熱部203を配置することにより、内部の原料粉末が均等に加熱されると共に、常に揺り動かされることにより、可動容器201の内部を通過する還元ガスを、個々の原料粒子4の周囲に万遍なく供給することが可能になる。
【0056】
還元ガスは、水素ガス、又は、水素ガスに窒素ガス等の不活性ガスを混合した混合ガスを用いることができる。還元ガス中の水素濃度は、好適には、75体積%以上100体積%以下の範囲で適宜選択することができ、原料粉末に対して、水素による還元反応を好適に進行させることができる。水素濃度は、好適には、80体積%以上であることが望ましい。還元ガスの供給は、可動容器201の内部空間における還元ガス流量が、通常は、1L/min以上となるように調整されることが望ましい。これにより、原料粉末の周囲に、還元反応の進行に必要な水素の供給が可能であり、好適には、ガス流量が、2L/min以上であると、十分な水素を供給するという観点から、より好ましい。また、過剰な水素の供給を抑制するという観点から、ガス流量は、4L/min以下であることが望ましい。
【0057】
焼成温度は、焼成温度が1250℃以上であると、原料粉末の水素還元反応を良好に進行させるために、望ましい。好適には、焼成温度が1300℃以上であると、生成する結晶の配向性を高める観点から、より好ましい。また、製造装置200の耐熱性等の観点から、焼成温度は、1600℃以下、好適には、1500℃以下の範囲であることが望ましい。焼成温度における保持時間は、例えば、0.5時間以上とすることができ、焼成温度に応じて、適宜選択される。保持時間が0.5時間に満たないと、還元不足となるおそれがあり、好適には、2時間以上とすることができる。具体的には、焼成温度が高くなるほど、あるいは、保持時間が長くなるほど、微粒結晶20の連結が進行し、結晶粒2のサイズが大きくなりやすい。ただし、焼成温度が高くなり、又は、保持時間が長くなると、過剰還元となるおそれがあり、例えば、10時間以下、好適には、5時間以下の範囲で、焼成温度に応じて、適宜、調整されることが望ましい。
【0058】
ここで、可動容器201の運動は、原料粒子4が任意の方向に揺れ動く「揺動」を付与可能な運動であればよい。また、「揺動」には、特定の方向又は周期的に振れ動く「振動」等が含まれる。具体的には、可動容器の運動として、回転運動、回動運動、特定方向の往復運動、任意の方向の揺動運動、その他の運動が挙げられる。これにより、原料粒子4は、可動容器201の内部空間202において一定の部位に留まらず、任意に揺れ動くので、原料粒子4の凝集が抑制され、還元ガスとの接触機会が増加して、還元反応が促進される。
【0059】
なお、原料粉末が収容される可動容器201は、例えば、付設の駆動部によって変位可能に設けられ、回転、回動又は振動等を付与される構成となっていればよい。これにより、内部に収容される原料粉末に、任意の方向に揺れながら動く「揺動」、又は、特定の方向に周期的に振れるように動く「振動」を与えながら、その周囲に還元ガスを流通させることができる。好適には、可動容器201は、還元ガスの導入、導出が可能な耐熱性の容器であり、加熱部203となるヒータ等が付設されることにより、内部の原料粉末を所定温度に加熱することができるように構成される。
【0060】
具体的には、(2)還元焼成工程は、可動容器201に還元ガスを供給するガス供給工程、可動容器201を昇温する昇温工程、可動容器201を回転駆動する回転駆動工程、可動容器201に原料粉末を投入する原料投入工程、及び、可動容器201を所定温度にて所定時間保持する温度保持工程を含む。これら工程が、この順に実施されることにより、個々の原料粒子4を揺動させて水素との接触機会を高めながら、速やかに昇温させて、二酸化チタンの還元反応を促進することができる。
【0061】
これにより、(2-1)の工程に示すように、二酸化チタンの還元反応により、五酸化三チタンの微結晶粒40が生成する。このとき、原料粉末の凝集が抑制されながら、個々の原料粒子4の表面全体に、十分な量の還元ガスが供給されることにより、単結晶又は双晶を含む多結晶からなる微結晶粒40が生成されやすくなる。次いで、(2-2)の工程に示すように、このような微結晶粒40が結晶の向きを維持するように集合し、粒成長することにより、双晶粒2Aを含む結晶粒2が生成すると推測される。
【0062】
その際に、原料粒子4の表面に露出する結晶面に応じて、水素との反応性に差が生じて、双晶が形成されやすくなり、また、反応性の高い部分が粒成長して、不定形の薄片状の結晶になりやすくなるものと推測される。このような双晶を含む薄片状の微結晶粒40に、水素が供給され続けることにより、反応性の高い部分がさらに粒成長し、また、複数の結晶40が双晶を維持するように連結して、より大きな双晶粒2Aに成長すると考えられる。
【0063】
また、可動容器201を傾斜配置して、供給される原料粉末を揺動させると共に、傾斜方向(すなわち、軸方向X)に移動可能に設けることもできる。好適には、原料粉末の移動方向と、ガス導入方向を逆方向とするのがよい。これにより、原料粒子4は傾斜方向又は回転方向の力を受けて、適度に揺り動かされながら徐々に移動するので、粒子同士の凝集が抑制され、各粒子の周囲に十分な量の還元ガスが安定して供給される。その場合には、原料粉末が高温状態で還元ガスと十分に接触して、二酸化チタンの還元反応が進行し、また、生成する五酸化三チタンの結晶子3の成長が促進されて、配向性を有する比較的粒径の大きい結晶粒2が得られる。
【0064】
可動容器201は、ガス導出口302側の端部に原料粉末の供給口204を設けて、原料粉末を連続投入し、内部空間202を通過させる連続式としてもよいし、所定量の原料粉末を投入し、所定の保持時間の経過後に取り出すバッチ式としてもよい。前者の場合は、所定の保持時間後に、ガス導入口301側の端部に設けられる取出口205に到達するように、可動容器201の傾斜角度等が調整される。可動容器201は、両端部を除く本体部が、筐体300の内側に加熱部203と共に収容され、筐体300の外側に固定される軸受部に回転可能に支持される。可動容器201の回転速度は、内部空間202の原料粉末が適度な揺動状態となるように、軸受部に取り付けられる回転駆動部303により制御される。
【0065】
これら(1)原料準備工程、(2)還元焼成工程の各工程を経ることにより、蓄放熱酸化チタンの結晶粒2を含む蓄放熱材料を生成することができる。その後、(3)冷却工程において、(2)還元焼成工程により得られた蓄放熱材料を取り出し、冷却部において室温まで放冷する。取り出しや冷却のための構成は、特に制限されるものではなく、例えば、取出口205に連続し鉛直方向に延びる空間部を冷却部として、自重によって落下する間に空冷又は自然放冷させることができる。
【実施例0066】
(実施例1)
上述した製造工程に基づいて、以下の方法で、蓄放熱材料を製造した。まず、原料準備工程において、蓄放熱酸化チタンの原料として二酸化チタン粉末を準備し、次いで、
図8の製造装置200を用いた還元焼成工程において、所定の焼成温度において還元処理を行って、五酸化三チタンの結晶粒2の集合体1となる粉末材料を得た。原料となる二酸化チタン粉末は、体積基準の累積50%粒径(D
50)である平均粒径が、2.5μmであるものを用いた。
【0067】
製造装置200は、可動容器201となる筒状炉内に、一端側の導入口301から他端側の導出口302へ向けて水素ガスを導入して、内部空間202を水素ガス雰囲気に置換した。また、加熱部203により可動容器201を加熱昇温させると共に、駆動部303により可動容器201を回転駆動させた。この状態で、可動容器201の他端側において、供給口204から原料粉末を投入し、内部空間202において所定の焼成温度、保持時間となるように還元焼成を行った。還元焼成工程における各条件は、以下の通りとした。
還元ガス:水素ガス(100体積%)
ガス流量:2L/分
焼成温度:1300℃
保持時間:3時間
【0068】
その後、可動容器201の取出口205から、生成された蓄放熱酸化チタンの粉末を取り出し、冷却工程として常温まで放冷させた。得られた蓄放熱酸化チタンの粉末試料について、電子顕微鏡を用いた形状観察を行った。
図9は、得られた粉末試料の外観とその一部における結晶の凝集状態を示すSEM観察画像(倍率×600、×5000)である。
【0069】
図9の左図に示されるように、得られた粉末は、蓄放熱酸化チタンの結晶が凝集した凝集粒子100を含み、個々の凝集粒子100は、概略球状又は俵型の丸みを有する柱状形状を有する。また、
図9の右図に示されるように、凝集粒子100は、多数の微粒結晶20が、三次元的に不規則に連結するように集合して構成され、幅狭の連結部21を介して隣接し又は近接する微粒結晶20の間に、多数の空隙10が形成された多孔体形状を有する。多数の微粒結晶20は、それぞれ滑らかな曲面状又は平面状の表面を有し、隣り合う微粒結晶20の間に形成される連結部21を含む全体が、平滑な曲面にて形成されていることが確認された。
【0070】
また、得られた粉末について、SEMを用いたEBSD法による結晶方位の測定と解析を行った。まず、測定のための試料準備として、得られた粉末を樹脂に埋め込んだものを用意した。その表面を、自動研磨機を用いて機械研磨した後、振動研磨による仕上げ研磨を行い、さらに、測定面となる研磨面にカーボンスパッタリングを行って、測定用試料を作成した。
【0071】
この測定用試料について、以下の条件で、電子線を照射したときに得られるEBSDパターンに基づく解析を行った。電子線は、測定面を所定のステップ幅で移動させ、生成される回折パターンを検出して各測定点における結晶方位の情報を取得し、
図10に示すIPF(Inverce Pole Figure;逆極点図方位)マップを作成した。
加速電圧:15kV
照射電流:5nA
試料傾斜:70deg.
収集速度:31.19Hz
【0072】
図10において、IPFマップは、予め定めた逆極点図色彩スケールに基づいて色分けされたものであり、ここでは、便宜的に黒白の濃淡で表している。また、隣り合う測定点での方位差が所定角度(ここでは、5度)を超える箇所を結晶粒界とみなすことにより、結晶粒2の粒界を特定し、図中に白点線で示した。図中の黒い部分は、結晶のない部分であり、各結晶粒2は、それぞれ微小な粒状の結晶が多数連結又は集合して形成され、全体に不定形の形状を有していることがわかる。
【0073】
また、複数の結晶粒2は、層状構造を有しており、内部に2種類の結晶方位の層が交互に配列される構造が確認された。これら2種類の結晶方位は、いずれの結晶粒2においても、110度~130度の双晶をなす結晶子3を含む双晶粒2Aを形成していることが確認された。双晶粒2Aにおける複数の結晶子3は、微小な粒状の結晶が連なると共に、全体として、帯状又は短冊状の概略形状をなし、結晶子3の幅方向に、略平行に積層された構造となっている。
【0074】
このように、測定面に集合する各結晶粒2は、結晶方位が揃った配向粒構造を有している。そこで、任意の測定面について、EBSD法による結晶方位解析を行い、特定された各結晶粒2を円とみなすことにより、その面積の測定結果を円に換算した値として結晶粒径を算出した。算出された結晶粒径と面積率の分布から、積算値50%となる値を平均粒径とした。この方法で算出された面積基準の平均粒径は、121μmであった。
【0075】
また、得られた粉末について、X線回折法(すなわち、X-ray Diffraction;以下、適宜、XRDと称する)による結晶相の同定を行った。結晶相の同定には、株式会社リガク製の粉末X線回折装置(装置名:smartLAB)を用い、得られたXRDパターンから、λ相のピーク(すなわち、2θ=32.17°)と、β相のピーク(すなわち、2θ=28.35°)を含む蓄放熱酸化チタンが生成していることが確認された。なお、蓄放熱酸化チタンである五酸化三チタン以外の生成物は、確認されなかった。
【0076】
次に、得られた蓄放熱材料を用いて、以下の蓄熱・放熱試験を行い、相転移圧力の算出を行った。まず、蓄放熱酸化チタンの粉末を、るつぼに収容した状態で、電気炉にて350℃で2時間加熱し、λ相へ相転移させた。その後、蓄放熱酸化チタンの粉末を、所定の成形型に充填し、オートグラフを用いて加圧することにより、λ相からβ相へ相転移させる放熱試験を行い、相転移圧力を算出した。具体的には、加圧面における型面積とオートグラフによる加圧力とから、印加圧力を算出すると共に、加圧前後の蓄放熱酸化チタンにおけるλ相比率を、上述したXRD装置により測定した。
【0077】
λ相比率は、得られたXRDパターンから、λ相のピークにおける強度と、β相のピークにおける強度を測定し、公知の下記式1により算出される。
に基づいて、λ相への相転移が確認された印加圧力を、相転移圧力(単位:MPa)とした。
式1:λ相比率={(λ相のピーク強度)×28.2)/[(λ相のピーク強度)×28.2)+(β相のピーク強度)×31.0)]}×100
このとき、λ相比率の変化から、β相への相転移が確認される印加圧力を、相転移圧力(単位:MPa)とすることができる。この方法により測定された相転移圧力は、40MPaであった。
【0078】
(実施例2)
実施例1と同様の方法で蓄放熱材料を製造し、評価した。原料として二酸化チタン粉末を用い、還元焼成工程における焼成温度と焼成時間を、以下のように変更した以外は、同様の方法で蓄放熱酸化チタンを含む粉末を生成した。
還元ガス:水素ガス(100体積%)
ガス流量:2L/分
焼成温度:1300℃
保持時間:0.5時間
【0079】
得られた蓄放熱材料について、実施例1と同様にして、EBSDパターンに基づく結晶方位解析を行い、結晶粒2の構造と配向性を調べた。また、XRDパターンに基づいて、蓄放熱酸化チタンである五酸化三チタンの生成率(すなわち、Ti
3O
5率)を算出すると共に、蓄熱・放熱試験を行って、相転移圧力を算出した。
図11中の表に、それらの算出結果と、結晶粒2の結晶方位解析に基づくIPFのマッピング像を、実施例1の結果と共に示した。
【0080】
(比較例1、2)
比較のため、実施例1と製造条件を以下のように変更して、蓄放熱材料を製造し、評価した。比較例1では、実施例1と同様の原料を用い、還元焼成工程に用いる製造装置200において、二酸化チタン粉末が供給される筒状炉を可動させずに、還元ガスと接触させて還元処理を行い、蓄放熱酸化チタンを含む粉末を生成した。
還元ガス:水素ガス(100体積%)
ガス流量:2L/分
焼成温度:1300℃
保持時間:2時間
【0081】
また、比較例2では、実施例1と同様の原料を用い、還元焼成工程における焼成温度と焼成時間を、以下のように変更した以外は、同様の方法で蓄放熱酸化チタンを含む粉末を生成した。
還元ガス:水素ガス(100体積%)
ガス流量:2L/分
焼成温度:1400℃
保持時間:5時間
【0082】
比較例1、2で得られた蓄放熱材料についても、実施例1と同様にして、EBSDパターンに基づく結晶方位解析を行い、結晶粒2の構造と配向性を調べた。また、XRDパターンに基づいてTi
3O
5率を算出すると共に、蓄熱・放熱試験を行って、相転移圧力を算出した。
図11の表中に、それらの算出結果と、結晶粒2の結晶方位解析に基づくIPFのマッピング像を示した。IPFのマッピング像は、
図12に別途示した。また、実施例2の面積基準の平均粒径は、67μmであり、比較例1、2の面積基準の平均粒径は、それぞれ、2.4μm、157μmであった。
【0083】
図12のIPFのマッピング像において、実施例1の結晶粒2は、粒状の結晶が集合した領域全体に、対をなす結晶方位の双晶が観察される配向粒構造を有している。これに対し、比較例1の結晶粒2は、多数の結晶方位が観察され、粒状の結晶の向きがばらばらで、全体的に配向性を有しない粒構造となっている。そのために、比較例1の相転移圧力は70MPaと高くなっているのに対して、実施例1の相転移圧力は40MPaと、大きく低減している。
【0084】
また、実施例2の結晶粒2は、全体に、隣接又は近接する粒状の結晶の向きが揃っている領域を含み、配向粒構造を有していることが確認された。これにより、相転移圧力は60MPaと、実施例1よりも高いものの、比較例1に比べて低くなっており、相転移圧力の低減に効果を有する。なお、実施例2の結晶粒2は、双晶を含む粒状の結晶も一部に観察されるものの、対をなす結晶子3が明確に形成される双晶構造の双晶粒2Aは、観察されなかった。
【0085】
一方、比較例2の結晶粒2は、全体に結晶方位が揃った粒状の結晶が連結され、対をなす結晶子3が層状に形成された構造が観察されるものの、Ti3O5率は85%であった。このとき、比較例2の相転移圧力は90MPaと、比較例1よりも高くなっており、焼成時間が長くなることにより、平均粒径は大きくなるものの、過還元となりやすく、Ti3O5以外の組成が増えて相転移しにくくなったものと推定される。
【0086】
なお、
図12に比較例3としてSEM観察画像(倍率×10000)を示すように、還元ガスの供給が不十分であるか、焼成温度又は焼成時間が不十分である場合には、還元不足となり、表面結晶粒2が粗い表面となりやすい。言い換えれば、表面が滑らかな状態とならない。その場合には、表面が滑らかな状態に比べて、圧力が均一に印加されにくく、応力による破壊の起点となるおそれがある。これに対して、滑らかな表面を有する結晶粒2は、圧力が均一に印加されやすく、印加される圧力の偏りを抑制して、粒子の相転移圧力のばらつきを抑制する効果が得られると考えられる。
【0087】
さらに、
図13に示すように、実施例1と同様の方法で、還元焼成工程における焼成温度と焼成時間を変更することにより、種々の平均粒径を有する蓄放熱酸化チタンの粉末を製造した。得られた蓄放熱酸化チタンの粉末について、実施例1と同様の蓄熱・放熱試験を行って、平均粒径との相転移圧力との関係を調べた。
図13中に、実施例1、2及び比較例1、2と共に示す。
【0088】
具体的には、焼成温度を1300℃~1400℃、焼成時間を0.5時間~5時間の範囲で調整することにより、面積基準の平均粒径が、約50μm~約140μmの結晶粒2を含む蓄放熱材料が得られた。これら結晶粒2は、いずれもTi
3O
5率が100質量%であり、配向粒構造を有していることが確認された。
図13の結果から、好適には、結晶粒2の平均粒径が50μm以上140μm以下の範囲となるようにすると、過還元を抑制しながら、相転移圧力を向上可能であることがわかる。
【0089】
以上の結果から、蓄放熱材料である集合体1を構成する結晶粒2が、蓄放熱酸化チタンの微粒結晶20を含む配向粒構造を有することにより、λ相からβ相への相転移を効率よく行い、相転移エネルギの低減が可能になる。このような蓄放熱材料は、原料粒子4の周囲に水素を含む還元ガスを十分に供給し、微粒結晶20が配向して連なるように粒成長させることで得られ、例えば、揺動装置を備える焼成装置を用いて製造することができる。
【0090】
本発明は上記各実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の実施形態に適用することが可能である。また、蓄放熱材料の製造方法や製造装置は、一例であり、実施形態に記載した方法や装置に限定されるものではない。また、蓄放熱材料は、蓄放熱体の材料として各種システムの熱交換部に適用される例を示したが、特に制限されず、任意の用途に利用することができる。