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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024151994
(43)【公開日】2024-10-25
(54)【発明の名称】判別装置及び判別プログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/65 20060101AFI20241018BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20241018BHJP
   G01N 33/483 20060101ALI20241018BHJP
【FI】
G01N21/65
G01N33/48 M
G01N33/483 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023065868
(22)【出願日】2023-04-13
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、「ムーンショット型研究開発事業」、「複雑臓器制御系の数理的包括理解と超早期精密医療への挑戦」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】305060567
【氏名又は名称】国立大学法人富山大学
(71)【出願人】
【識別番号】000155023
【氏名又は名称】株式会社堀場製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100121441
【弁理士】
【氏名又は名称】西村 竜平
(74)【代理人】
【識別番号】100154704
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 真大
(74)【代理人】
【識別番号】100206151
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 惇志
(74)【代理人】
【識別番号】100218187
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 治子
(74)【代理人】
【識別番号】100227673
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 光起
(72)【発明者】
【氏名】小泉 桂一
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 勉
(72)【発明者】
【氏名】和田 暁法
(72)【発明者】
【氏名】竹谷 皓規
(72)【発明者】
【氏名】春木 孝之
(72)【発明者】
【氏名】米澤 翔汰
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 佑介
(72)【発明者】
【氏名】藤澤 典隆
(72)【発明者】
【氏名】内ヶ島 美岐子
【テーマコード(参考)】
2G043
2G045
【Fターム(参考)】
2G043AA03
2G043BA16
2G043CA04
2G043CA05
2G043CA09
2G043DA05
2G043EA03
2G043EA17
2G043LA01
2G043MA01
2G043NA12
2G045AA26
2G045CB02
2G045FA28
(57)【要約】
【課題】生体試料を、染色したり固定したりすることなく、生きた状態のままで経時的に観察することによって、その生体試料が前癌状態であるか否かを判別することができる判別装置を提供する。
【解決手段】生体試料のラマン分光スペクトル基づいて、前記生体試料が造血器腫瘍の前癌状態にあるか否かを分類する分類部を備えていることを特徴とする、前癌状態判別装置。
【選択図】図1


【特許請求の範囲】
【請求項1】
検査対象者から採取した生体試料のラマン分光スペクトルに基づいて、前記検査対象者が造血器腫瘍の前癌状態にあるか否かを分類する分類部を備えていることを特徴とする、前癌状態判別装置。
【請求項2】
前記分類部が、前記検査対象者が正常状態であるか否かを分類する第1分類器と、前記検査対象者が造血器腫瘍であるか否かを分類する第2分類器と、前記検査対象者が前癌状態であるか否かを分類する第3分類器を備えるものである、請求項1に記載の前癌状態判別装置。
【請求項3】
前記分類器が、PLS分析、Ridge classifier、Linear discriminant analysis及びLight GBMのうちのいずれか1種以上の解析方法を用いるものである、請求項1又は2に記載の前癌状態判別装置。
【請求項4】
前記分類部が、前記生体試料中の脂質又は核酸に由来するピークを含む波数領域における前記ラマン分光スペクトルに基づいて前記生体試料又は前記検査対象者が造血器腫瘍の前癌状態にあるか否かを判別する、請求項1に記載の前癌状態判別装置。
【請求項5】
動的ネットワークバイオマーカー理論に基づいて、前記生体試料又は前記検査対象者について揺らぎの大きさであるDNBスコアを算出する揺らぎ算出部をさらに備える、請求項1に記載の前癌状態判別装置。
【請求項6】
前記造血器腫瘍が多発性骨髄腫である、請求項1に記載の前癌状態判別装置。
【請求項7】
前記造血器腫瘍の前癌状態が意義不明の単クローン性ガンマグロブリン血症(MGUS)である、請求項1に記載の前癌状態判別装置。
【請求項8】
ラマン分光スペクトルを取得する対象とするべき細胞の特徴に関する細胞データを記憶した記憶部と、
前記細胞データを参照して、前記生体試料の画像から前記細胞の位置を識別する画像処理部と、
前記画像処理部によって識別された前記細胞についてラマン分光分析を行い、ラマン分光スペクトルを取得するラマン分光分析装置とをさらに備える、請求項1に記載の前癌状態判別装置。
【請求項9】
検査対象者から採取した生体試料のラマン分光スペクトル基づいて、前記検査対象者が造血器腫瘍の前癌状態にあるか否かを分類する分類部としての機能をコンピュータに発揮させる前癌状態判別プログラム。
【請求項10】
造血器から採取した生体試料のラマン分光スペクトルに基づいて、前記生体試料又は前記生体試料に関連する検査対象物が造血器腫瘍の前癌状態にあるか否かを判別する判別方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、判別装置及び判別プログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、一部の造血器腫瘍には、腫瘍になる前の状態である前癌状態(未病)の期間が存在することが知られている。前癌状態の患者に適切な治療を施すことによって造血器腫瘍の発症を未然に防ぐことも可能であると考えられるため、前癌状態であることを高精度で診断する方法が求められている。
しかしながら、診断のための適切なマーカーが無いために、検査対象者から採取した生体試料に複雑な固定処理や染色処理を加えて骨髄塗抹標本を作製し、これを医師や検査技師が目視で観察して生体試料及びこれを提供した検査対象者の状態を判別するしかないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第5963198号
【特許文献2】特許第6839599号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、本願発明は、検査対象者から採取した生体試料を、染色したり固定したりすることなく、生きた状態のままで経時的に観察することによって、その生体試料が前癌状態であるか否かを判別することができる判別装置を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
すなわち、本発明に係る判別装置は、生体試料のラマン分光スペクトルに基づいて、前記検査対象者が造血器腫瘍の前癌状態にあるか否かを分類する分類部を備えていることを特徴とする。
【0006】
このように構成した本発明によれば、分類器がラマン分光スペクトルに基づいて判別をするようにしているので、生体試料を染色したり固定したりすることなく、生きた状態のままで経時的に観察することができる。
【0007】
前記分類部が、前記検査対象者が正常状態であるか否かを分類する第1分類器と、前記検査対象者が造血器腫瘍であるか否かを分類する第2分類器と、前記検査対象者が前癌状態であるか否かを分類する第3分類器を備えるものとしているので、検査対象者の状態を3種類の分類器からの解析結果にもとづいて判別することができ、判別結果の精度をより向上させることができる。
【0008】
本発明の具体的な実施態様としては、前記分類器が、PLS分析、Ridge classifier、Linear discriminant analysis及びLight GBMのうちのいずれか1種以上の解析方法を用いるものであるものを挙げることができる。
【0009】
動的ネットワークバイオマーカー理論(以下、DNB理論ともいう。)を用いて、前記生体試料について揺らぎの大きさを算出する揺らぎ算出部をさらに備えるものとしても良い。
【0010】
前記造血器腫瘍の具体例としては多発性骨髄腫、急性骨髄性白血病等を挙げることができる。
【0011】
前記造血器腫瘍の前癌状態の具体例としては意義不明の単クローン性ガンマグロブリン血症(MGUS)、骨髄異形成症候群等を挙げることができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、検査対象者から採取した生体試料を、染色したり固定したりすることなく、生きた状態のままで経時的に観察することによって、その生体試料又はこの生体試料を提供した検査対象者が前癌状態であるか否かを判別することができる判別装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態に係る判別装置の全体模式図。
図2】本実施形態に係る判別装置の分光部の構造を示す模式図。
図3】本実施形態に係る判別装置の分類部の構造を示す模式図。
図4】分類器に与える教師データとして用いたラマン分光スペクトルの例。
図5図4のラマン分光スペクトルを用いた場合の判別結果を示す図。
図6】本実施形態に係る判別装置による判別結果を示す図。
図7図6の判別に用いられたラマン分光スペクトルの具体例。
図8】本発明の他の実施形態に係る判別装置の全体模式図。
図9】正常状態、MGUS、疾病状態のエネルギー状態を示す模式図。
図10】MGUSの揺らぎについてDNB理論との関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本実施形態に係る判別装置100は、検査対象者から採取した生体試料のラマン分光スペクトル基づいて、前記検査対象者が造血器腫瘍の前癌状態にあるか否かを判別するものである。以下に本発明の一実施形態に係る判別装置について図を参照しながら詳説する。なお、前癌状態とは、腫瘍が発生している腫瘍状態になる前の未病状態のことであり、正常状態でも、腫瘍状態でもない状態のことを指す。
【0015】
<本実施形態に係る判別装置の構成>
判別装置100は、例えば図1に示すように、分光部1と、分光部1からのデータを受け付けるデータ受付部2と、データ受付部2が受け付けたデータに基づいて分類を行う分類部3と、分類部3による分類結果に基づいて前記検査対象者の状態を判別する判別部4とを備えるものである。
【0016】
分光部1は、前記生体試料のラマン分光スペクトルを取得するラマン分光分析装置を備えたものである。
ラマン分光部1が備えるラマン分光分析装置は、ラマン分光分析を行えるものであれば良く特に限定されない。
【0017】
ラマン分光分析装置は、例えば、図2に示すように、生体試料を内部に保持するセルと、セル内の生体試料に対して1次光を照射する光源と、セル内の生体試料によって散乱されたラマン散乱光(2次光)を検出する検出器と、セル内に水や緩衝液等の溶媒を供給することによってセル内に溶媒の流れを発生させる潅流機構を備えるものである。
灌流機構は、溶媒を内部に収容している溶媒収容部と、溶媒収容部からセル内部に溶媒を供給するための流路と、流路上に配置されたポンプとを備えるものである。
灌流機構による溶媒の供給によって、図2の拡大図に示すように、セル内に溶媒の流れを発生させることができれば、生体試料をセルの底面を形成している石英窓の部分に集め、光源からの1次光が照射される石英窓の近傍(測定可能領域)における生体試料の濃度(細胞密度など)を高めることが可能であるため好ましい。前述したような灌流機構の具体的な構成としては、例えば、特許文献2に記載されているようなものを使用することもできる。
【0018】
データ受付部2、分類部3及び判別部4は、具体的には、CPU、メモリ、A/Dコンバータ、D/Aコンバータ、各種入出力機器等を備えるコンピュータCOMが、メモリに格納されているプログラムの実行により、各部としての機能を発揮するように構成されている。
【0019】
<本実施形態に係る判別装置を用いて検査対象者の状態を判別する方法>
以下、前記各部の説明を兼ねて、本実施形態に係る判別装置100を用いて検査対象者が前癌状態であるか否かを判別する方法を説明する。
ここでは、モデルとして造血器腫瘍の一種である多発性骨髄腫の前癌状態(意義不明の単クローン性免疫グロブリン血症、以下、MGUSともいう。)を対象とする場合について説明する。
【0020】
まず、検査対象者の造血器から、例えば、骨髄液を採取する。
採取した骨髄液をそのまま、又は一度冷凍保存した骨髄液から採取した細胞を培養したものが生体試料として分光部1のセルにセットされ、この生体試料についてラマン分光分析が行われる。
【0021】
生体試料を提供した検査対象者の状態を判別するためには、生体試料に含まれている目的の細胞(以下、目的細胞ともいう。)についてラマン分光スペクトルを取得する必要がある。この実施形態における目的細胞は、例えば、形質細胞である。
生体試料中に含まれる目的細胞の数は限られているため、ラマン分光分析の際に生体試料を含むセルのどの位置に細胞が存在しているかをユーザが手動で見つけて、その細胞についてラマン分光スペクトルを取得しようとすると非常に手間がかかる。そこで、本実施形態においては、分光部1が生体試料を分画し、自動でセル内の目的細胞の位置を認識してラマン分光分析を行うものとしている。
【0022】
具体的に説明すると、本実施形態に係る分光部1は、ラマン分光分析装置に加えて、例えば、フローサイトメータと、画像処理部と、記憶部と、セル位置調整部とを備えている。
【0023】
分光部1に供給された生体試料は、まず表面抗原等を利用してフローサイトメータによって分画され、目的細胞を含む画分がセルに分注される。セルに分注された画分に含まれる目的細胞をそのまま次の工程に使用しても良いし、セルに分注された画分に含まれる目的細胞を培養して増やした後に次の工程にうつるものとしても良い。
次の工程として、画像取得部が各セル内の生体試料の画像(例えば、底面に対して垂直な方向から視た画像)を取得する。画像処理部は、さらに、予め記憶部に与えられて記憶部が記憶している目的細胞の特徴(例えば、形状や大きさ)に関する細胞データを参照して、目的細胞がセル内のどの位置に存在しているかを認識し、その位置情報を出力する。
セル内部の目的細胞の位置が認識されたセルについて、目的細胞の位置情報を画像処理部から取得したセル位置調整部が、目的細胞の位置情報に基づいてセルの位置を調整し、目的細胞のラマン分光スペクトルを取得するために適切な分析位置にセルをセットする。その後、前記分析位置にセットされたセルについてラマン分光分析装置がラマン分光分析を行う。
【0024】
ラマン分光分析装置としては、前述した通り、どのような種類のものでも使用することができるが、共焦点ラマン分光分析装置を用いることが好ましい。共焦点ラマン分光分析装置を用いる場合には、画像処理部によって得られた位置情報に基づいて目的細胞の内部に焦点を合わせてラマン分光分析を行うことが好ましい。
目的細胞が前述した灌流機構によってセルの底面付近に存在している場合には、例えば、前記焦点のセル底面からの高さを所定の高さに固定することによって、より確実にセル内の目的細胞に前記焦点を合わせることが可能である。前述した灌流機構を備えていない場合等、目的細胞がセルの底部に集まらずに浮遊している場合には、セル底面からの高さを変えた複数点についてラマン分光スペクトルを取得し、予め調べておいた目的細胞の細胞壁のラマン分光スペクトルを用いて、細胞壁のラマン分光スペクトルが検出される位置を割り出し、細胞壁の高さ方向における位置情報に基づいて細胞壁と細胞壁との間の高さに存在している細胞内部に前記焦点を合わせるようにしても良い。
【0025】
次に、分光部1によって取得されたサンプルのラマン分光スペクトル(未知ラマンスペクトルともいう。)をデータ受付部2が受け付ける。
本実施形態においては、データ受付部2によって受け付けられたラマン分光スペクトルは、分類部3に対して出力される前にデータ受付部2によって前処理される。
【0026】
本実施形態においては、前処理として、ラマン分光分析を行う際に用いるセルの石英窓や溶媒等に起因するバックグラウンドスペクトルの除去、Asymmetric least squares (ALS)等を用いたベースライン推定に基づいたベースライン補正等による自家蛍光の除去、Savitzky-Golay filter等によるデータの平滑化、及び信号強度の総和を統一する等の規格化を行っている。
【0027】
分類部3は、例えば図3に示すように、検査対象者が正常状態(NHL)であるか否かを分類する第1分類器と、検査対象者が疾病状態(多発性骨髄腫、MM)であるか否かを分類する第2分類器と、検査対象者が前癌状態(MGUS)であるか否かを分類する第3分類器を備えたものである。これら分類器は、例えば、NHL分類器はNHLである場合を1、NHLでない場合を0等として分類結果を出力するように構成されている。
各分類器は、データ受付部が受け付けたラマン分光スペクトルについて回帰や分類を行うものである。
【0028】
本実施形態においては、一例として各分類器が、教師データを用いた次元削減アルゴリズム解析を行うPLS分析を用いて分類を行うものを用いている。
本実施形態において各分類器は、PLS分析の前にPrincipal Conponent Analysis(PCA)を行うことによって次元削減を行い、予め外れ値を除去するものとしている。
前述したような3種類の2クラス分類器に、例えば、それぞれ同じ前処理済みデータを与えて解析を行い、それぞれにおける解析結果を得る。
【0029】
次に、判別部4が、第1分類器、第2分類器及び第3分類器の3種類から得られた解析結果に基づいて検査対象者の状態を判別する。本実施形態においては、判別部4は、図3に示すように、前述した3種類の分類器から出力される解析結果のうち、最も予測値が高いもの(すなわち最も確からしいもの)を選択することによって検査対象者の状態を判別するものとしている。
【0030】
前述したような分類を行う分類器は、例えば、教師データとして正常状態、腫瘍状態、又は前癌状態であることが既に診断されている検査対象者から、それぞれ採取された生体試料について測定された既知のラマン分光スペクトル(以下、既知ラマンスペクトル)を用いて以下のようにセットアップされるものである。
【0031】
前述した未知ラマンスペクトルと同様の前処理を施した既知ラマンスペクトルから、例えば、正常状態、腫瘍状態又は前癌状態を見分けることが可能であると思われる特徴的なピークを持つラマンスペクトル(例えば、図4に示すようなもの)を2つ以上選び出し、これを教師データ(Factorともいう。)として各分類器に与える。一例として、図4中では分類器に与えられる3種類のラマンスペクトルをFactor1~3としている。
【0032】
次に、前述したような教師データを与えられた分類器が正確にラマンスペクトルを分類できるどうかについて既知スペクトルを用いて試す。
このような試行錯誤を繰り返し、図5のように、既知ラマンスペクトルについて、生体試料(細胞、造血器等)が多発性骨髄腫であるのか、MGUSであるのか、多発性骨髄腫に関して正常(NHL)であるのかを見分けることができる基準となる教師データを特定し、この教師データを与えられた分類器を用いて本実施形態に係る分類部及び判別装置を構成するものとしている。
【0033】
このように構成した判別装置に、分類器のセットアップに使用したものとは異なる既知スペクトルを未知ラマンスペクトルとして与えて、分類及び判別を行ったところ、図6に示すように非常に精度よくこれらを判別できることが確認された。
また、図7からは、図4で見出された正常状態、腫瘍状態又はこれらの間の状態である前癌状態を見分けることが可能であると思われる特徴的なピークが、実際の分類においても重要な分類要素となっていたことが分かった。
【0034】
<本実施形態の効果>
この結果から分かるように、本実施形態に係る判別装置100によれば、従来は形質細胞の割合を目視で見ていたために医師や検査技師の主観でしか判別できなかった前癌状態について、客観的な判別手段を提供することができることが示された。
【0035】
本実施形態に係る判別装置100によれば、検査対象者から採取された少なくとも1つの細胞があれば前癌状態か否かの判別を行うことができ、また一度採取された細胞を培養したものを使用することも可能であるため、検査対象者に対する検査の負担を増やすことなく一度の試料の採取で従来の判別方法と並行して判別を行うことも可能である。
【0036】
前処理としてバックグラウンドスペクトルの除去、自家蛍光の除去、データの平滑化及び規格化を行っているので、すでに分類部に与えられた過去のデータを、新しく追加されたデータの状態によって補正等する必要が無い。その結果、分類部3において行う演算をできるだけ減らして汎用のPCでも十分迅速に結果を得ることができる。
【0037】
前述した図6及び7の解析に用いられた各サンプルのラマン分光スペクトルにおいては、脂質や核酸に由来するピークに特徴が表れており、これらに由来するピークを含む波長領域のデータが状態を判別する際の重要なファクターになっていることが分かった。これら以外にも蛋白質に由来するピークについても重要なファクターとなる可能性があると考えられる。そこで、核酸と脂質と蛋白質とに由来する複数のピークのうちの1つ以上に特徴がある教師データを分類器に与えることが好ましいと考えられる。本発明者らのこれまでの知見から、これらピークの中でも特に核酸に由来するピークの特徴が分類器における分類ひいては判別に寄与する可能性が高いと考えられる。そのため、分類器に与える教師データとして核酸由来の少なくとも1つ以上のピークと、脂質及び蛋白質に由来するピークのうちの1つ以上とにそれぞれ特徴があるものを選択することがより好ましい。
これらピークの具体的な波長領域としては、例えば、以下のものを挙げることができる。ピークが波長で特定されているものについては、当該波長を含む±10 cm-1程度の波長領域を含むものとしても良い。
核酸:PO2(1093 cm-1),塩基(U, T, C) (785 cm-1)
脂質:C=C(1650 cm-1),CH(1450 cm-1
蛋白質:アミドI(1630-1690 cm-1),アミドIII(1230-1280 cm-1
なお、前述した脂質のピーク波長のうち、C=C(1650 cm-1)の波長は蛋白質のアミドIの波長と重複してしまう可能性があるために、脂質のピーク波長としてはCH(1450 cm-1)の方が特徴的なピークとしての重要度が高い可能性があると考えられる。
このように、本実施形態に係る判別装置100によれば、分類器3が教師データを用いたPLS分析を行うものであるので、ラマン分光スペクトルのうちのどのピークが状態の分類に重要な役割を果たしているのかが分かる。
どのピークが分類の際に重視されているのかが明確に分かることによって、アルゴリズムがブラックボックスになってしまい信頼性が低下することを避け、かつ判別装置100による判別結果を今後の生物学的な研究の材料として利用することも可能である。
【0038】
本実施形態においては、分光部1が自動で生体試料を分画し位置情報を認識してラマン分光分析を行うように構成しているので、ユーザが手動で生体試料中の細胞を探してラマン分光分析を行う手間及び時間を大幅に省くことができる。
【0039】
<本発明に係るその他の実施形態>
なお、本発明は前記実施形態に限られるものではない。
分類器は、前述したPCAやPLS分析だけでなく、例えば、Ridge classifier、Linear discriminant analysis(LDA)及びLight Gradient Boosting Machine (Light GBM)のうちのいずれか1種以上を用いて解析を行うものとしても良い。
【0040】
Ridge回帰を利用した分類方法であるRidge Classifierを用いる場合には、線形モデルを用いた分類に比べて過学習を抑制することができるというメリットがある。教師データありの次元削減アルゴリズムであるLDAによれば、前述した教師データなしの次元削減アルゴリズムであるPCAよりも明瞭にデータを分離できる可能性がある。Light GBMによれば勾配ブースティングを用いた決定木アルゴリズムにより高速で精度の高い分類が可能である。このように各解析方法にはそれぞれ特徴があるため解析の目的や分光部によって得られるラマン分光スペクトルの性質によって、最適な解析方法を適宜選択して用いるようにしても良い。
【0041】
他の解析方法を用いた例として、Light GBMを用いた場合について図6として解析結果を示す。なお、この図6の実験においては、前処理として前記実施形態と同様にバックグラウンドスペクトルの除去、自家蛍光の除去、データの平滑化及び規格化を行っている。
この結果から、分類器がLight GBMを用いて解析を行った場合においても、ほぼ100%の高い精度で前癌状態を判別することができたことが確認できた。また、この図6の場合にも、図7に示すように、ラマン分光スペクトルのうちのどのピークが分類又は判別における寄与が大きかったのかという情報が得られている。
【0042】
なお、各分類器は互いに同じ解析方法を用いるものに限られず、異なる解析方法を用いるものとしても良いし、前述したような解析方法を複数種類組み合わせて用いるものであっても良い。
【0043】
また前述した実施形態においては、第1分類器、第2分類器及び第3分類器の3種類の分類器を使用していたが、分類器は必ずしも3種類必要ではなく、例えば、3クラス分類を行うことができる1種類の分類器を1つのみ備えるものとしても良いし、例えば、正常状態と前癌状態とを見分ける分類器と前癌状態と疾病状態とを見分ける分類器というように2クラス分類器を2つ備えるものとしても良い。
【0044】
得られるラマン分光スペクトルによってはデータ受付部による前処理は必ずしも必要ではない。データ前処理部が前記実施形態において説明した前処理のうちの1種のみを行うものとしても良いし、2種以上を組み合わせて採用するものとしても良い。
【0045】
前記判別部は、分類部から出力された解析結果(分類結果)に応じて検査対象者の状態を判別するものであればよく、前記実施形態において説明した方法以外にも、例えば、各分類器から出力される解析結果と分類器毎に予め設定された閾値とを比較して状態を判別する者であっても良いし、各分類器から出力される解析結果と図示しない記憶部に記憶された相関関数等に基づいて検査対象者の状態を判別するものとしても良い。また、前記判別部が、検査対象者(すなわちヒト)の状態を判別するものではなく、ヒト以外の動物についてその状態を判別するものとしても良いし、検査対象者から採取された生体試料の状態を判別するものとしても良い。
例えば、生体試料として、臓器や骨髄などの造血器、造血器から採取した体液及び/又は細胞等を用い、これらのラマン分光スペクトルを取得した上で、取得したラマン分光スペクトルに基づいて、ラマン分光スペクトルを取得した生体試料そのものの状態を判別するものとしても良いし、この生体試料に関連する検査対象物(前記生体試料を含む若しくはこの生体試料に含まれる造血器、造血器を含む体の一部分、造血器から採取された体液及び/又は細胞などの検査対象物)の状態を判別するものとしても良い。
【0046】
判別装置が、図8に示すように、さらに揺らぎ算出部を備えるものとしても良い。
本発明者らが、本発明に係る判別装置を用いたMGUSに関する判別を重ねた結果、例えば、図9に示すように、同じMGUSと判別されるものであっても、その状態に幅(揺らぎ)が存在していることが分かった。この揺らぎについて検討を重ねた結果、本発明者らはこの揺らぎは図10に示すように、動的ネットワークバイオマーカー理論(以下、DNB理論ともいう。)によってその相関が説明できるものであることを見出した。その結果、本発明者らは、DNB理論に基づいて、例えば、MGUSであると判断された生体試料を提供した検査対象者について、MGUSから多発性骨髄腫へと進行するか否かを判別することも可能であるのではないかと考えた。
【0047】
DNB理論とは、例えば、特許文献1に示すように、DNAアレイによって得られる遺伝子情報と、生体に関する複数項目の観測情報に基づいて、数学的にこれらの間の相関関係の揺らぎを時系列で求めて、生体に関する症状の指標となるバイオマーカーの候補を検出する手法である。
そこで、揺らぎ算出部が、MGUSであると判別された生体試料について経時的に観測されたラマン分光スペクトルの経時変化に基づいて、特許文献1に記載の方法を用いてDNB理論に基づく揺らぎの指標であるDNBスコアを算出するものとした。DNBスコアは、DNBとなるラマン分光スペクトルの平均標準偏差と平均相関強度の積によって算出することができる。さらに、判別部が、揺らぎ算出部によって算出されたDNBスコアの値に基づいてMGUSの状態から多発性骨髄腫へと進行するか否かを判別するものとすれば、検査対象者又は生体試料がMGUSであるか否かだけでなく、検査対象者又は生体試料について多発性骨髄腫への進行の可能性についても判別することができる。
【0048】
判別部は、例えば、記憶部に記憶されたDNBスコアの閾値に基づいて検査対象者が前癌状態から疾病状態(腫瘍)へと進行するかどうかを判別するものとしても良いし、記憶部に記憶されたDNBスコアに関する関数等に基づいて検査対象者又は生体試料について前癌状態から疾病状態(腫瘍)へと進行する確率を算出するものとしても良い。
【0049】
前癌状態を有する他の腫瘍についても同様ではあるが、特に多発性骨髄腫については、前癌状態であるMGUSの期間が長く、また多発性骨髄腫に進行する確率が数%と比較的低いために、従来は治療の方針を決定することが比較的難しいと言われている。本発明によれば、多発性骨髄腫に進行するかどうかを判別したり、その確率を客観的に評価したりすることができれば、医師が患者毎に、より適切な治療方針を決定するための判断材料を提供する診断補助装置や診断補助プログラムとしての機能を果たすことができるため、医療分野において非常に大きな貢献となるであろう。
【0050】
前述したようにDNB理論はDNAアレイによって得られる遺伝子情報を扱うため、生体試料中に含まれる細胞を破砕してRNAを抽出し、これを蛍光標識して、マイクロアレイに添加して反応(ハイブリダイゼーション)させる必要がある。
一方で、本発明に係る判別装置によれば細胞そのものを生きたままラマン分光分析することも可能なので、生体試料に対して複雑な処理を行うことなく細胞を生かした状態のままで、経時的な状態変化を直接観察することができる。
【0051】
さらに、一度のDNAアレイにより得られる情報は数万であるのに対して、1回の分析で得られるラマン分光スペクトルに含まれるピークは1000程度であるために、データの量が多すぎずかといって少なすぎずDNBスコアを得るための計算量を適度に抑えつつ、DNBスコアを精度よく算出することができるという効果をも奏することができる。
【0052】
前述した実施形態においては、分光部がフローサイトメータと、画像処理部と、記憶部と、セル位置調整部とを備え、生体試料中の目的細胞の位置を自動的に認識してラマン分光スペクトルを取得するものについて説明したが、前述した各部は必須の構成ではなく、これらの一部又は全部の役割を人が手動で行うことによって担うものとしても良い。
【0053】
前述した実施形態においては、モデルとして造血器腫瘍の一種である多発性骨髄腫及びその前癌状態(意義不明の単クローン性免疫グロブリン血症、以下、MGUSともいう。)を判別する場合について説明したが、これに限られず、本発明に係る判別装置及び判別方法は、同じく造血器腫瘍の一種である急性骨髄性白血病とその前癌状態である骨髄異形成症候群の判別や、造血器腫瘍以外の種類の腫瘍の前癌状態を判別する場合にも広く適用することが可能である。
【0054】
腫瘍状態や前癌状態を精度よく見分けるためのバイオマーカーが既に判明している腫瘍についても、本発明に係る判別装置によれば特別な試薬や生体試料の複雑な処理が不要であるため、迅速で精度の高い判別が可能であるという点でメリットがある。腫瘍状態や前癌状態を精度よく見分けるためのバイオマーカーが判明していない腫瘍(特に、急性骨髄性白血病や免疫不全関連リンパ増殖症等の血液のがん)については、なおさら、本発明の効果が特に顕著に発揮されるであろう。
【0055】
その他、前述した実施形態や変形実施形態の一部又は全部を適宜組み合わせてもよく、その趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能であるのは言うまでもない。
【符号の説明】
【0056】
100・・・判別装置
1 ・・・分光部
2 ・・・データ受付部
3 ・・・分類部
4 ・・・判別部

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10