(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024152045
(43)【公開日】2024-10-25
(54)【発明の名称】抽出剤選択支援装置、抽出剤選択支援方法、およびプログラム
(51)【国際特許分類】
G16C 20/00 20190101AFI20241018BHJP
B01D 11/04 20060101ALI20241018BHJP
G16C 10/00 20190101ALI20241018BHJP
【FI】
G16C20/00
B01D11/04 B
G16C10/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023065955
(22)【出願日】2023-04-13
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】西原 泰孝
【テーマコード(参考)】
4D056
【Fターム(参考)】
4D056AB03
4D056AC01
4D056CA36
(57)【要約】 (修正有)
【課題】溶媒抽出法における抽出剤の選択を支援可能な抽出剤選択支援装置の提供。
【解決手段】抽出剤選択支援装置は、希釈剤分子および候補となる複数の抽出剤分子の分子情報を取得する分子情報取得部と、複数の抽出剤分子と、抽出対象の金属イオンとからなる錯体構造の結合エネルギー値を算出して、結合エネルギー値に基づいて候補となる抽出剤分子を絞り込む抽出剤候補選択部と、絞り込まれた抽出剤分子を使用した立体モデルにおいて分子動力学計算を行い、界面における圧力テンソル、抽出対象の金属イオンと金属イオンの周囲に存在する抽出剤分子の座標を算出する分子動力学計算部と、絞り込まれた抽出剤分子について算出された圧力テンソルに基づき、界面における界面張力を算出する界面張力算出部と、絞り込まれた抽出剤分子について算出された抽出剤分子の座標に基づいて、金属イオンを中心とする動径分布関数を算出する動径分布関数算出部と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒抽出法における抽出剤の選択を支援するための抽出剤選択支援装置であって、
希釈剤分子および候補となる複数の抽出剤分子の分子情報を取得する分子情報取得部と、
前記複数の抽出剤分子と、抽出対象の金属イオンとからなる錯体構造の結合エネルギー値を算出して、算出された前記結合エネルギー値に基づいて候補となる抽出剤分子を絞り込む抽出剤候補選択部と、
絞り込まれた前記抽出剤分子のそれぞれを使用した場合における有機相と水相とを含む立体モデルにおいて分子動力学計算を行って、前記有機相と前記水相の界面における圧力テンソル、および抽出対象の金属イオンと前記金属イオンの周囲に存在する前記抽出剤分子の座標を算出する分子動力学計算部と、
絞り込まれた前記抽出剤分子のそれぞれについて算出された前記圧力テンソルに基づいて、前記界面における界面張力を算出する界面張力算出部と、
絞り込まれた前記抽出剤分子のそれぞれについて算出された前記抽出剤分子の前記座標に基づいて、前記金属イオンを中心とする動径分布関数を算出する動径分布関数算出部と、を備える、抽出剤選択支援装置。
【請求項2】
前記抽出剤候補選択部は、算出された前記結合エネルギー値が閾値以下となる前記錯体構造を構成する抽出剤分子に絞り込む、請求項1に記載の抽出剤選択支援装置。
【請求項3】
算出された前記界面張力、および前記動径分布関数に基づいて抽出剤を選択する抽出剤選択部をさらに備える、請求項1または請求項2に記載の抽出剤選択支援装置。
【請求項4】
前記分子動力学計算部は、構造最適化計算によって前記抽出剤分子がランダムに配置された前記立体モデルを生成する、請求項1または請求項2に記載の抽出剤選択支援装置。
【請求項5】
前記分子動力学計算部は、昇温計算、NVT計算およびNPT計算の少なくともいずれかを行って、前記圧力テンソルを算出する、請求項1または請求項2に記載の抽出剤選択支援装置。
【請求項6】
絞り込まれた前記抽出剤分子のそれぞれについての抽出剤を示す名称と、算出された前記界面張力を示す情報と、前記動径分布関数を示す情報とを関連付けて表示する表示部をさらに備える、請求項1または請求項2に記載の抽出剤選択支援装置。
【請求項7】
溶媒抽出法における抽出剤の選択を支援するためのコンピュータが実行する方法であって、
希釈剤分子および候補となる複数の抽出剤分子の分子情報を取得するステップと、
前記複数の抽出剤分子と、抽出対象の金属イオンとからなる錯体構造の結合エネルギー値を算出して、算出された前記結合エネルギー値に基づいて候補となる抽出剤分子を絞り込むステップと、
絞り込まれた前記抽出剤分子のそれぞれを使用した場合における有機相と水相とを含む立体モデルにおいて分子動力学計算を行って、前記有機相と前記水相の界面における圧力テンソル、および抽出対象の金属イオンと前記金属イオンの周囲に存在する前記抽出剤分子の座標を算出するステップと、
絞り込まれた前記抽出剤分子のそれぞれについて算出された前記圧力テンソルに基づいて、前記界面における界面張力を算出するステップと、
絞り込まれた前記抽出剤分子のそれぞれについて算出された前記座標に基づいて、前記金属イオンを中心とする動径分布関数を算出するステップと、を備える、抽出剤選択支援方法。
【請求項8】
溶媒抽出法における抽出剤の選択を支援するためのコンピュータに、
希釈剤分子および候補となる複数の抽出剤分子の分子情報を取得するステップと、
前記複数の抽出剤分子と、抽出対象の金属イオンとからなる錯体構造の結合エネルギー値を算出して、算出された前記結合エネルギー値に基づいて候補となる抽出剤分子を絞り込むステップと、
絞り込まれた前記抽出剤分子のそれぞれを使用した場合における有機相と水相とを含む立体モデルにおいて分子動力学計算を行って、前記有機相と前記水相の界面における圧力テンソル、および抽出対象の金属イオンと前記金属イオンの周囲に存在する前記抽出剤分子の座標を算出するステップと、
絞り込まれた前記抽出剤分子のそれぞれについて算出された前記圧力テンソルに基づいて、前記界面における界面張力を算出するステップと、
絞り込まれた前記抽出剤分子のそれぞれについて算出された前記座標に基づいて、前記金属イオンを中心とする動径分布関数を算出するステップと、を実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抽出剤選択支援装置、抽出剤選択支援方法、およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
水溶液に含まれる金属イオンを選択的に抽出する方法の一つに溶媒抽出法(SX:Solvent Extraction)がある。溶媒抽出法では互いに混じり合わない2相が用いられるが、有機相(有機溶媒)と水相(水溶液)の組み合わせが広く用いられている。水相中の金属イオンは、有機相に添加された抽出剤と2相界面付近で結合し、有機相中へ移動する。そのため、界面の安定性(相分離性)は金属イオンの抽出平衡や抽出速度に大きな影響を与える。
【0003】
相分離性は有機溶媒(希釈剤とも呼ばれる)や抽出剤の組み合わせで変化し、希釈剤の比重や界面張力、粘度が大きく影響する。また、系の温度とも関連する。特に、界面張力が大きいときは相分離性がよい。
【0004】
抽出剤分子は特定の金属イオンに対し選択的に結合することが知られている。このことは、結合した状態が安定であることを意味するので、結合エネルギー値は使用目的にあう抽出剤を選択する際の指標になる。結合エネルギー値は量子化学計算や分子力学計算から算出可能である。
【0005】
そこで、界面張力に基づいて、溶媒抽出に用いる抽出剤を選択する方法が研究されている。例えば、特許文献1には、相分離した状態の超薄膜を測定することからなる遠心液膜法によって界面張力を測定する装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上述した従来の技術を用いて、実験的に界面張力を測定して抽出剤を選択することは、候補となる抽出剤が多くなると時間とコストがかかってしまうという問題がある。また、相分離性以外の要素も加味して、より最適な抽出剤の選択が求められるようになっている。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、溶媒抽出法における抽出剤の選択を支援可能な抽出剤選択支援装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明の一態様に係る抽出剤選択支援装置は、
溶媒抽出法における抽出剤の選択を支援するための抽出剤選択支援装置であって、
希釈剤分子および候補となる複数の抽出剤分子の分子情報を取得する分子情報取得部と、
前記複数の抽出剤分子と、抽出対象の金属イオンとからなる錯体構造の結合エネルギー値を算出して、算出された前記結合エネルギー値に基づいて候補となる抽出剤分子を絞り込む抽出剤候補選択部と、
絞り込まれた前記抽出剤分子のそれぞれを使用した場合における有機相と水相とを含む立体モデルにおいて分子動力学計算を行って、前記有機相と前記水相の界面における圧力テンソル、および抽出対象の金属イオンと前記金属イオンの周囲に存在する前記抽出剤分子の座標を算出する分子動力学計算部と、
絞り込まれた前記抽出剤分子のそれぞれについて算出された前記圧力テンソルに基づいて、前記界面における界面張力を算出する界面張力算出部と、
絞り込まれた前記抽出剤分子のそれぞれについて算出された前記抽出剤分子の前記座標に基づいて、前記金属イオンを中心とする動径分布関数を算出する動径分布関数算出部と、を備える。
【発明の効果】
【0010】
溶媒抽出法における抽出剤の選択を支援可能な抽出剤選択支援装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】抽出剤選択支援装置の機能構成の一例を示す図である。
【
図2】抽出剤選択支援処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図3】抽出剤選択支援装置のハードウェア構成の一例を示す図である。
【
図6】界面張力および動径分布関数の算出結果画面の一例を示す図である。
【
図7】界面張力および動径分布関数の算出結果画面の一例を示す図である。
【
図8】界面張力および動径分布関数の算出結果画面の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、図面を参照して、本発明の実施の形態(本実施の形態)について説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
[抽出剤選択支援装置]
(抽出剤選択支援装置の機能構成)
図1は、抽出剤選択支援装置の機能構成の一例を示す図である。
【0013】
本実施の形態に係る抽出剤選択支援装置10は、溶媒抽出法における抽出剤の選択を支援するための装置である。具体的には、抽出剤選択支援装置10は、分子情報取得部11と、抽出剤候補選択部12と、分子動力学計算部13と、界面張力算出部14と、動径分布関数算出部15と、を備える。抽出剤選択支援装置10は、必要に応じて、表示部16や、抽出剤選択部17を備えることもできる。
【0014】
分子情報取得部11は、希釈剤分子および候補となる複数の抽出剤分子の分子情報を取得する。分子情報は、分子の化学構造を示す情報であって、分子を構成する原子の数と種類、原子同士の関係を示すデータ等を含む。原子同士の関係を示すデータは、原子の大きさ、結合する原子と結合の角度等を含むデータである。
【0015】
抽出剤候補選択部12は、候補となる複数の抽出剤分子のそれぞれおよび抽出対象の金属イオンからなる錯体構造の結合エネルギー値を算出して、算出された結合エネルギー値に基づいて、候補となる抽出剤分子を絞り込む。なお、抽出対象の金属イオンを示す情報は、あらかじめ設定されていてもよいし、分子情報取得部11が取得してもよい。
【0016】
具体的には、抽出剤候補選択部12は、抽出剤分子の分子情報に基づいて、抽出剤分子および金属イオンの錯体構造をモデリングする。そして、抽出剤候補選択部12は、錯体構造の結合エネルギー値を算出する。ここで、抽出剤候補選択部12は、抽出剤分子ごとに複数の錯体構造を作成してもよく、その場合、錯体構造の分子数、形状等の属性と結合エネルギー値とに基づいて、1つの錯体構造に決定してもよい。例えば、抽出剤候補選択部12は、結合エネルギー値が最も低い、すなわち最安定の錯体構造に決定してもよい。
【0017】
そして、抽出剤候補選択部12は、抽出剤分子ごとに算出された、錯体構造の結合エネルギー値に基づいて、候補となる抽出剤分子を絞り込む。例えば、抽出剤候補選択部12は、算出された結合エネルギー値が閾値以下の錯体構造を構成する抽出剤分子に絞り込んでもよい。
【0018】
分子動力学計算部13は、絞り込まれた抽出剤分子のそれぞれを使用した場合における有機相と水相を持つ系の立体モデルを生成し、生成された立体モデルにおいて分子動力学計算を行う。分子動力学計算部13では、有機相と水相との界面における圧力テンソル、および抽出対象の金属イオンと、該金属イオンの周囲に存在する抽出剤分子の座標を算出する。
【0019】
分子動力学計算部13で生成する立体モデルとは、各分子の配置を示すデータである。有機相には希釈剤分子と抽出剤分子が含まれ、水相には水分子(必要に応じてカウンターイオン)が含まれる。
【0020】
具体的には、分子動力学計算部13は、絞り込まれた複数の抽出剤分子から選択した、各抽出剤分子について、分子情報取得部11が取得した分子情報に基づいて、有機相と水相を持つ系における各分子の配置を示すデータを、立体モデルとして生成する。ここで、分子動力学計算部13は、各分子が空間内に分散してランダムに配置される立体モデルを生成する。そして、分子動力学計算部13は、分子動力学計算を行って、絞り込まれた抽出剤分子ごとに生成された立体モデルにおける上記圧力テンソル、および上記抽出剤分子の座標を算出する。
【0021】
界面張力算出部14は、絞り込まれた抽出剤分子のそれぞれについて算出された圧力テンソルに基づいて、2相の界面における界面張力を算出する。
【0022】
動径分布関数算出部15は、絞り込まれた抽出剤分子のそれぞれについて算出された、抽出対象の金属イオンの周囲に存在する抽出剤分子の座標に基づいて、金属イオンを中心とする動径分布関数を算出する。
【0023】
表示部16は、絞り込まれたすべての抽出剤分子について、それぞれの抽出剤分子を用いた場合の界面張力算出部14や、動径分布関数算出部15での算出結果を表示できる。表示部16は、例えば絞り込まれた抽出剤分子のそれぞれについての抽出剤を示す名称と、それぞれの抽出剤分子を使用した立体モデルを用いて算出された界面張力を示す情報と、動径分布関数を示す情報と、を関連付けて表示できる。これによって、選択を支援する情報をユーザに提示することができる。
【0024】
表示部16は、例えばディスプレイ等の画面に上記情報を表示できる。なお、表示部16は、他の装置、例えばユーザの操作する端末等とし、該端末等に上記情報を表示しても良い。
【0025】
抽出剤選択部17は、算出された界面張力、および動径分布関数に基づいて、抽出剤を選択できる。抽出剤選択支援装置10が抽出剤選択部17を有することで、界面張力算出部14や、動径分布関数算出部15での算出結果に基づいて、抽出剤を自動的に選択できる。特に抽出剤選択支援装置10が抽出剤選択部17を有することで、例えば抽出剤の選択におけるユーザ間のばらつきを抑え、均一な基準による選択も可能となる。
【0026】
界面張力が大きいと、相分離性に優れる。
【0027】
また、金属イオンと負電荷をもつ原子の動径分布関数では、金属イオンに結合している原子の位置を示す第一ピーク位置が金属イオンに近い方が、すなわち数値が小さい方が、有機相中での金属錯体の安定性が高くなる。第二ピーク位置等で表される金属イオンに結合している原子以外の原子の位置が、金属イオンから離れている方が、すなわち数値が大きい方が、有機相中での金属錯体の安定性が高くなる。
【0028】
このため、抽出剤選択部17は、絞り込まれた抽出剤分子から、例えば界面張力が大きく、かつ動径分布関数の第一ピーク位置の値が小さくなる抽出剤分子を選択することができる。また、必要に応じて、動径分布関数の第二ピーク位置の値についても加味し、第二ピーク位置の値が大きくなる抽出剤分子を選択することもできる。
【0029】
なお、界面張力や、動径分布関数に関して、予め基準値を設定しておき、抽出剤選択部17は例えば該基準値に近い値を取る抽出剤や、該基準値から一定の範囲内にある値を取る抽出剤を選択しても良い。
【0030】
なお、抽出剤選択部17は、候補となる複数の抽出剤分子から最適な抽出剤分子を1つ選択しても良く、複数の好適な抽出剤分子を選択しても良い。さらに、表示部16は、選択された抽出剤分子や、該抽出剤分子に対応する抽出剤を示す情報を表示してもよい。
【0031】
(抽出剤選択支援装置の動作)
次に、抽出剤選択支援装置10の動作について、図面を参照して説明する。
図2には、抽出剤選択支援処理の流れの一例を示すフローチャート20を示している。
【0032】
ユーザの操作を受けて、分子情報取得部11は、希釈剤分子および候補となる複数の抽出剤分子の分子情報を取得する(ステップS11)。
【0033】
次に、抽出剤候補選択部12は、候補となる抽出剤分子から1つ選択して(ステップS12)、金属イオンおよび選択された抽出剤からなる錯体構造の結合エネルギー値を算出する(ステップS13)。前述の通り、ここで、抽出剤候補選択部12は、抽出剤分子ごとに複数の錯体構造を作成してもよく、その場合、錯体構造の分子数、形状等の属性と結合エネルギー値とに基づいて、1つの錯体構造に決定してもよい。例えば、抽出剤候補選択部12は、結合エネルギー値が最も低い、すなわち最安定の錯体構造に決定してもよい。
【0034】
なお、複数の錯体構造については、モデリングされた結果を表示部16に表示して、ユーザの選択を受け付けるようにしてもよい。これによって、ユーザは、錯体構造を示す情報を参照して、適切な錯体構造を選択することができる。
【0035】
そして、抽出剤候補選択部12は、結合エネルギー値が閾値以下であるか否かを判定する(ステップS14)。ここで、基準値は、抽出剤として許容できる結合エネルギー値として、あらかじめ設定された値である。
【0036】
抽出剤候補選択部12は、結合エネルギー値が閾値以下でないと判定すると(ステップS14:NO)、ステップS12の処理に戻って、選択されていない抽出剤分子を選択する。また、抽出剤候補選択部12が、結合エネルギー値が閾値以下であると判定すると(ステップS14:YES)、分子動力学計算部13は、希釈剤分子と選択された抽出剤分子の分子情報に基づいて、有機相と水相を持つ系の立体モデルを生成する(ステップS15)。ここで、分子動力学計算部13は、分子力学(MM:Molecular Mechanics)計算や分子動力学(MD:Molecular Dynamics)計算、量子化学(QM:Quantum Mechanics)計算等による構造最適化計算を行ってもよい。分子動力学計算部13は、上記構造最適化計算によって、抽出剤分子がランダムに配置された立体モデルを生成することもできる。これによって、立体モデルの作成において、すべての分子の配置の指定をする必要がないため、簡易な操作によって立体モデルの生成を実現することができる。
【0037】
次に、分子動力学計算部13は、分子動力学計算によって、界面における圧力テンソル、抽出剤分子の座標を算出する(ステップS16)。
【0038】
圧力テンソルは、希釈剤分子が存在する空間にあらかじめ規定されたXYZ軸によってテンソル(Pxx,Pyy,Pzz)と表される。
【0039】
分子動力学計算部13は、例えば昇温計算、NVT計算およびNPT計算の少なくともいずれかを行って、圧力テンソルを算出できる。これによって、大量の候補に対する計算を試みることが可能となり、コストと手間を軽減できる。
【0040】
具体的には例えば、分子動力学計算部13は、生成された立体モデルにおいて、室温まで徐々に温度を上昇させた状態をシミュレートする昇温計算を実行できる。次に、分子動力学計算部13は、原子数、体積、温度がそれぞれ規定の値に保持されるようにシミュレートするNVT計算を行うことができる。続いて、分子動力学計算部13は、原子数、圧力、温度がそれぞれ規定の値に保持されるようにシミュレートするNPT計算を行い、NPT計算における最後の0.1nsのデータに基づいて界面における圧力テンソルを算出できる。
【0041】
分子動力学計算部13は、抽出剤分子の座標、具体的には、抽出対象の金属イオンと、該金属イオンの周囲に存在する抽出剤分子の座標を算出できる。分子動力学計算を行うことで、分子動力学計算に供した立体モデルに含まれる各原子、分子の座標の経時変化が得られる。このため、分子動力学計算の結果から、抽出剤分子の座標を求められる。
【0042】
次に、界面張力算出部14は、圧力テンソルに基づいて、界面張力を算出する(ステップS17)。具体的には、界面張力算出部14は、下記の式(1)によって界面張力σを算出する。
【0043】
σ=(L/2)×{Pzz-(1/2)×(Pxx+Pyy)}・・・(1)
ここで、(Pxx,Pyy,Pzz)は圧力テンソル、Lは界面の法線方向のセルサイズである。
【0044】
また、動径分布関数算出部15は、抽出剤分子の座標に基づいて、動径分布関数(RDF)を算出する(ステップS18)。
【0045】
動径分布関数g(r)はある粒子からの距離に他の粒子が存在する確率を表す。
【0046】
ある粒子からの距離rと距離r+drとの間の球殻内に存在する粒子の数をn(r)としたとき、球殻内の粒子密度はn(r)/(4πr2dr)と書ける。このため、該粒子密度を平均密度ρで割ったものが動径分布関数g(r)となり、下記の式(2)により表される。
【0047】
g(r)=<n(r)>/(4πr2drρ)・・・(2)
式(2)中の<A>は、Aの時間平均、粒子平均を表わす。
【0048】
次に、抽出剤選択支援装置10は、絞り込んだすべての抽出剤分子について計算したか否かを判定する(ステップS19)。抽出剤選択支援装置10は、絞り込んだ抽出剤分子のうち、計算していない抽出剤分子(抽出剤)があると判定すると(ステップS19:NO)、ステップS12に戻り、絞り込んだ抽出剤分子から、まだ計算していない抽出剤分子を1つ選択して、処理を実行する。
【0049】
抽出剤選択支援装置10が、絞り込んだすべての抽出剤分子について計算したと判定すると(ステップS19:YES)、該抽出剤選択支援装置10はフローを終えることもできるが、以下のステップS20以降を実施することもできる。
【0050】
具体的には例えば表示部16が、界面張力、動径分布関数の算出結果を表示することができる(ステップS20)。
【0051】
また、抽出剤選択部17が抽出剤分子を選択して、表示部16が選択された抽出剤分子に対応した抽出剤を示す情報を表示することもできる(ステップS21)。
【0052】
抽出剤選択部17は、1つの抽出剤を選択してもよいし、複数の抽出剤を選択してもよく、推奨する抽出剤の順位を基準に基づいて決定してもよい。
【0053】
なお、抽出剤選択支援装置10は、抽出剤選択部17を備えていなくてもよく、ステップS20およびステップS21の処理を実行しなくてもよい。その場合、ユーザは、表示された界面張力や動径分布関数の算出結果に基づいて、抽出剤を選択すればよい。
【0054】
次に、抽出剤選択支援装置10のハードウェア構成について説明する。
図3は、抽出剤選択支援装置のハードウェア構成の一例を示す図である。
【0055】
抽出剤選択支援装置10は、コンピュータによって構成され、例えば、CPU(Central Processing Unit)101、主記憶装置102、補助記憶装置103、入力装置104、表示装置105、通信インターフェース装置106、ドライブ装置107を備える。これらの各装置は、バスで接続されている。
【0056】
CPU101は、抽出剤選択支援装置10の動作を制御する主制御部であり、主記憶装置102に格納されたプログラムを読みだして実行することで、後述する各種の機能を実現する。
【0057】
主記憶装置102は、抽出剤選択支援装置10の起動時に補助記憶装置103からプログラムを読み出して格納する。補助記憶装置103は、インストールされたプログラムを格納すると共に、後述する各種機能に必要なファイル、データ等を格納する。
【0058】
入力装置104は、各種の情報の入力を行うための装置であり、例えばキーボードやポインティングデバイス等により実現される。表示装置105は、各種の情報の表示を行うためものであり、例えばディスプレイ等により実現される。通信インターフェース装置106は、LANカード等を含み、他の装置等との接続の為に用いられる。
[抽出剤選択支援方法]
本実施形態の抽出剤選択支援方法について説明する。本実施形態の抽出剤選択支援方法は、例えば既述の抽出剤選択支援装置を用いて実施できる。このため、既に説明した事項は説明を省略する。
【0059】
本実施形態の抽出剤選択支援方法は、溶媒抽出法における抽出剤の選択を支援するためのコンピュータが実行する方法であり、
図2を用いて説明したように、以下の各ステップを有することができる。
【0060】
希釈剤分子および候補となる複数の抽出剤分子の分子情報を取得するステップ。
【0061】
複数の抽出剤分子と、抽出対象の金属イオンとからなる錯体構造の結合エネルギー値を算出して、算出された結合エネルギー値に基づいて候補となる抽出剤分子を絞り込むステップ。
【0062】
絞り込まれた抽出剤分子のそれぞれを使用した場合における有機相と水相とを含む立体モデルにおいて分子動力学計算を行って、有機相と水相の界面における圧力テンソル、および抽出対象の金属イオンと金属イオンの周囲に存在する抽出剤分子の座標を算出するステップ。
【0063】
絞り込まれた抽出剤分子のそれぞれについて算出された圧力テンソルに基づいて、界面における界面張力を算出するステップ。
【0064】
絞り込まれた抽出剤分子のそれぞれについて算出された座標に基づいて、金属イオンを中心とする動径分布関数を算出するステップ。
【0065】
本実施形態の抽出剤選択支援方法は、必要に応じて、
図2に示したステップS20や、ステップS21を有することもできる。
【0066】
各ステップについては、抽出剤選択支援装置において説明したため、説明を省略する。
[プログラム]
本実施形態のプログラムについて説明する。
【0067】
本実施形態のプログラムは、溶媒抽出法における希釈剤の選択を支援するためのコンピュータに、以下の各ステップを実行させるためのプログラムである。本実施形態のプログラムは、コンピュータを抽出剤選択支援装置で、
図1を用いて説明した各部として機能させることができる。
【0068】
希釈剤分子および候補となる複数の抽出剤分子の分子情報を取得するステップ。
【0069】
複数の抽出剤分子と、抽出対象の金属イオンとからなる錯体構造の結合エネルギー値を算出して、算出された結合エネルギー値に基づいて候補となる抽出剤分子を絞り込むステップ。
【0070】
絞り込まれた抽出剤分子のそれぞれを使用した場合における有機相と水相とを含む立体モデルにおいて分子動力学計算を行って、有機相と水相の界面における圧力テンソル、および抽出対象の金属イオンと金属イオンの周囲に存在する抽出剤分子の座標を算出するステップ。
【0071】
絞り込まれた抽出剤分子のそれぞれについて算出された圧力テンソルに基づいて、界面における界面張力を算出するステップ。
【0072】
絞り込まれた抽出剤分子のそれぞれについて算出された座標に基づいて、金属イオンを中心とする動径分布関数を算出するステップ。
【0073】
本実施形態のプログラムは、必要に応じて、
図2に示したステップS20や、ステップS21をコンピュータに実行させることもできる。
【0074】
各ステップについては、抽出剤選択支援装置において説明したため、説明を省略する。
【0075】
本実施形態に係るプログラムは、抽出剤選択支援装置10を制御する各種プログラムの少なくとも一部とすることができる。プログラムは、例えば記憶媒体108(
図3を参照)の配布やネットワークからのダウンロード等によって提供できる。プログラムを記録した記憶媒体108は、CD-ROM、フレキシブルディスク、光磁気ディスク等の様に情報を光学的、電気的或いは磁気的に記録する記憶媒体、ROM、フラッシュメモリ等の様に情報を電気的に記録する半導体メモリ等、様々なタイプの記憶媒体を用いることができる。
【0076】
また、プログラムは、プログラムを記録した記憶媒体108がドライブ装置107にセットされると、記憶媒体108からドライブ装置107を介して補助記憶装置103にインストールされる。ネットワークからダウンロードされたプログラムは、通信インターフェース装置106を介して補助記憶装置103にインストールできる。
【実施例0077】
以下に、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0078】
本実施の形態に係る抽出剤選択支援装置10の実施例について、説明する。
【0079】
希釈剤分子をシクロヘキサン(C6H12)、候補となる抽出剤分子を(a)LIX63、(b)Versatic Acid 10(VA10)、(c)TNOA((CH3(CH2)7)3N)、(d)TBP(トリブチルホスフェート)、(e)PC-88Aとして、実施した結果を以下に示す。
【0080】
図2に示した抽出剤選択支援処理のフローチャート20に沿って実施した。
【0081】
まず、ステップS11において、分子情報取得部11が、候補となる複数の抽出剤分子、および希釈剤分子の分子情報を取得した。
【0082】
次いで、ステップS12、ステップS13において、抽出剤候補選択部12が候補となる上記複数の抽出剤分子と、抽出対象の金属イオンとからなる錯体構造の結合エネルギー値をそれぞれ算出し、予め定めた基準値との差分を求めた。ただし、該差分はいずれも予め定めた閾値以下であったため、上記複数の抽出剤分子を全て、絞り込まれた抽出剤分子として、以下のステップS15以降に供した。
【0083】
分子動力学計算部13が、有機相と水相を持つ系の立体モデルを生成した。
【0084】
図4は、立体モデルの一例を示す図である。分子動力学計算部13によって生成される立体モデルは、例えば、有機相41と水相42を含むボックス40がXY方向に複数個並ぶように配置されたものとしてもよい。また、ボックス40のX方向の長さLx、およびY方向の長さLyは、例えばそれぞれ50オングストロームであり、ボックス40のZ方向の長さLzは、例えば100オングストロームである。
【0085】
分子動力学計算部13は、例えば、希釈剤分子であるシクロヘキサンを約600分子含むボックス中に約25分子の抽出剤分子が配置された有機相41と、水約4300分子を含む水相42と、の2相を、ボックス40内に生成する。
【0086】
図5は、抽出剤の分子モデルの一例を示す図である。(a)は、抽出剤分子LIX63の分子モデル、(b)は、抽出剤分子VA10の分子モデル、(c)は、抽出剤分子TNOAの分子モデル、(d)は、抽出剤分子TBPの分子モデル、(e)は、抽出剤分子PC-88Aの分子モデルとして、分子情報取得部11が取得する分子情報(各原子の配置や結合の関係を示す情報)を図示したものである。
【0087】
ステップS16において、分子動力学計算部13は、生成した立体モデルにおいて分子動力学計算を行い、圧力テンソル、抽出剤分子の座標を算出した。
【0088】
そして、ステップS17において、界面張力算出部14は、得られた圧力テンソルに基づいて、各立体モデルでの界面張力を算出した。また、ステップS18において、動径分布関数算出部15は、得られた抽出剤分子の座標に基づいて動径分布関数を算出した。
【0089】
候補となる全ての抽出剤分子について、上記各ステップを実施した後、ステップS20において、表示部16が界面張力、動径分布関数の算出結果を表示した。
【0090】
図6は抽出対象の金属イオンがCo
2+の場合の、
図7は抽出対象の金属イオンがMn
2+の場合の、
図8は抽出対象の金属イオンがNi
2+の場合の、界面張力、動径分布関数についての算出結果画面の一例を示す図である。
図6に示した算出結果画面60、
図7に示した算出結果画面70、
図8に示した算出結果画面80は、抽出剤選択支援処理のステップS17において表示部16が表示する画面の一例である。算出結果画面60、算出結果画面70、算出結果画面80には、各希釈剤の名称と、各希釈剤について算出された界面張力を示す情報と、動径分布関数を示す情報とが関連付けられて表示されている。
【0091】
また、表示部16は、抽出剤選択支援処理のステップS21において、抽出剤選択部17によって選択された抽出剤を示す情報を表示することもできる。
【0092】
例えば、算出結果画面60によれば、動径分布関数について、第一ピーク位置は抽出剤によらず大きな違いは見られないが、第二ピーク位置はPC-88AがCo2+から最もより離れている。一方、界面張力はTNOAとPC-88Aの値が特に大きいため、TNOAを第一候補、PC-88Aを第二候補の抽出剤として選択できる。表示部16は、算出結果画面60において選択されたTNOAを、他と異なる文字色で表示してもよい。
【0093】
例えば、算出結果画面70によれば、抽出剤がTNOAの場合、TNOAはMn2+に配位しなかったため、動径分布関数の欄は空欄となっている。
【0094】
そして、動径分布関数について、第一ピーク位置がMn2+に最も近く、第二ピーク位置がMn2+より最も遠く、かつ、界面張力が最も大きい、PC-88Aを抽出剤として選択できる。表示部16は、算出結果画面60において選択されたPC-88Aを、他と異なる文字色で表示してもよい。
【0095】
また、算出結果画面80によれば、動径分布関数について、第一ピーク位置がNi2+に最も近く、第二ピーク位置がNi2+より最も遠いのはPC-88Aであり、界面張力も2番目に大きいため、PC-88Aが第一候補の抽出剤として選択できる。また、第一ピーク位置、第二ピーク位置共にPC-88Aの値に近く、かつ、界面張力が一番大きなTNOAも第二候補の抽出剤として選択できる。表示部16は、算出結果画面80において選択されたPC-88AやTNOAを、他と異なる文字色で表示してもよい。
【0096】
以上に説明した本実施の形態に係る抽出剤選択支援装置10によれば、分子動力学計算によって界面張力や、動径分布関数を算出し、相分離性、有機相中での金属錯体の安定性の指標とすることで、抽出剤の効率的な選択を支援することができる。
【0097】
以上、本実施の形態に基づき本発明の説明を行ってきたが、上記実施の形態に示した要件に本発明が限定されるものではない。これらの点に関しては、本発明の主旨をそこなわない範囲で変更することができ、その応用形態に応じて適切に定めることができる。