(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024152347
(43)【公開日】2024-10-25
(54)【発明の名称】イリジウム-マンガン酸化物複合電極、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C25B 11/081 20210101AFI20241018BHJP
C25B 11/052 20210101ALI20241018BHJP
C25B 11/069 20210101ALI20241018BHJP
C25B 11/093 20210101ALI20241018BHJP
C25B 1/04 20210101ALI20241018BHJP
C25B 9/23 20210101ALI20241018BHJP
C25B 9/00 20210101ALI20241018BHJP
【FI】
C25B11/081
C25B11/052
C25B11/069
C25B11/093
C25B1/04
C25B9/23
C25B9/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023066489
(22)【出願日】2023-04-14
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「水素利用等先導研究開発事業/水電解水素製造技術高度化のための基盤技術研究開発/非貴金属触媒を利用した固体高分子型水電解の変動電源に対する劣化解析と安定性向上の研究開発」に係る委託業務、産業技術強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000095
【氏名又は名称】弁理士法人T.S.パートナーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100082887
【弁理士】
【氏名又は名称】小川 利春
(74)【代理人】
【識別番号】100181331
【弁理士】
【氏名又は名称】金 鎭文
(74)【代理人】
【識別番号】100183597
【弁理士】
【氏名又は名称】比企野 健
(74)【代理人】
【識別番号】100161997
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 大一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100090918
【弁理士】
【氏名又は名称】泉名 謙治
(72)【発明者】
【氏名】中村 龍平
(72)【発明者】
【氏名】コウ ソウ
(72)【発明者】
【氏名】リ アイロン
(72)【発明者】
【氏名】伏見 和奈
(72)【発明者】
【氏名】末次 和正
(72)【発明者】
【氏名】岡田 拓弥
(72)【発明者】
【氏名】藤村 樹
【テーマコード(参考)】
4K011
4K021
【Fターム(参考)】
4K011AA04
4K011AA06
4K011AA21
4K011AA28
4K011AA31
4K011AA38
4K011BA07
4K011DA01
4K021AA01
4K021BA02
4K021DB18
4K021DB43
4K021DB53
(57)【要約】
【課題】 水電解における酸素発生用電極として使用される、安価で、高触媒活性を有するイリジウム-マンガン酸化物複合電極、及びこの製造方法を提供する。
【解決手段】 イリジウム-マンガン酸化物複合材料が、粉末焼結体で構成される導電性基材の少なくとも一部を被覆しているイリジウム-マンガン酸化物複合電極。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イリジウム-マンガン酸化物複合材料が、粉末焼結体で構成される導電性基材の少なくとも一部を被覆している、イリジウム-マンガン酸化物複合電極。
【請求項2】
前記イリジウム-マンガン酸化物複合材料が、前記導電性基材の幾何面積あたり、0.1mg/cm2以上25mg/cm2以下被覆している、請求項1に記載のイリジウム-マンガン酸化物複合電極。
【請求項3】
前記導電性基材が、白金被覆されたチタン粉末焼結体である、請求項1又は2に記載のイリジウム-マンガン酸化物複合電極。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のイリジウム-マンガン酸化物複合電極と、高分子電解質膜とを有する、膜/電極接合体。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のイリジウム-マンガン酸化物複合電極を有する、水電解装置。
【請求項6】
請求項4に記載の膜/電極接合体を有する、水電解装置。
【請求項7】
請求項1又は2に記載のイリジウム-マンガン酸化物複合電極を使用して水電解する、水素の製造方法。
【請求項8】
請求項4に記載の膜/電極接合体を使用して水電解する、水素の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イリジウム-マンガン酸化物複合電極、及びその製造方法に関する。より詳しくは、アルカリ性条件下、中性条件下、又は酸性条件下で行われる工業的な水電解や、固体高分子膜(PEM)型電解槽を用いる水電解において、酸素発生用陽極触媒として使用されるイリジウム-マンガン酸化物複合電極、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化石燃料の枯渇問題や環境汚染問題から、クリーンなエネルギーとしての水素の利用とその製造手法に注目が集まっている。水電解法は、水を電気分解して陰極から高純度の水素ガスを製造する有効な手段のひとつであるが、この際、対極の陽極からは酸素発生が同時に起こることが特徴である。水電解法において水分解反応を効率よく進行させるには、陰極では水素過電圧の低い電極触媒を、陽極では酸素過電圧の低い電極触媒を用いて、電気分解にかかる電解電圧を低く保ちながら電解する必要がある。このうち、陽極の低酸素過電圧に優れた電極触媒材料として、白金(Pt)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)などの希少な白金族金属や、それらの元素を含んだ酸化物をはじめとする化合物が提案されている(特許文献1、2、非特許文献1~3)。
【0003】
中でもイリジウム(Ir)は、非常に高活性な酸素発生電極触媒として広く知られているが、他の貴金属と比べても埋蔵量が極めて少なく、特定地域に偏在している実態から世界生産量も非常に少ないため、将来的に水電解技術が普及しても十分な触媒量を賄いきれないとする危惧が予測されている(非特許文献4)。
このような白金族金属で構成される電極触媒は非常に高価であることから、安価な遷移金属を用いた代替電極触媒の開発が進められてきている。例えば、近年では、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)などで構成される遷移金属材料が提案されている(特許文献3~5、非特許文献5~8)。
【0004】
最近まで、安価な遷移金属で構成され、且つ、PtやIrなどの白金族金属系に匹敵する高い触媒活性を有する酸素発生電極触媒材料は実現されていなかったが、このような課題に対して、マンガン酸化物に少量のIrを導入することで低コストと白金族金属系に匹敵する触媒活性を両立した電極触媒が見出された(特許文献6)。
しかしながら、その実用化に向けて、更なる高電流密度での運転を可能とする電極の開発が求められている。したがって、遷移金属を主成分とする触媒材料であっても、低い電解電圧で高電流密度を示す電極の開発が待ち望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8-269761号公報
【特許文献2】特表2007-514520号公報
【特許文献3】特開2015―192993号公報
【特許文献4】国際公開(WO)2009/154753
【特許文献5】国際公開(WO)2019/117199
【特許文献6】国際公開(WO)2022/264960
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】S.Trasatti,G.Buzzanca,J.Electroanal.Chem.,1971,29,A1.
【非特許文献2】A.Harriman,I.J.Pickering,J.M.Thomas,P.A.Christensen,J.Chem.Soc.,Faraday Trans.1,1988,84,2795.
【非特許文献3】Y.Zhao,N.M.Vargas-Barbosa,E.A.Hernandez-Pagan,T.E.Mallouk,Small,2011,7,2087.
【非特許文献4】F.Birol,World Energy Outlook 2016,International Energy Agency (IEA),Paris,2016.
【非特許文献5】M.M.Najafpour,G.Renger,M.Holynska,A.N.Moghaddam,E.-M.Aro, R.Carpentier,H.Nishihara,J.J.Eaton-Rye,J.-R.Shen,S.I.Allakhverdiev,Chem.Rev.,2016,116,2886.
【非特許文献6】T.Takashima,K.Ishikawa,H.Irie,J.Phys.Chem.C,2016,120,24827.
【非特許文献7】J.B.Gerken,J.G.McAlpin,J.Y.C.Chen,M.L.Rigsby,W.H.Casey,R.D.Britt,S.S.Stahl,J.Am.Chem.Soc.,2011,133,14431.
【非特許文献8】M.Dinca,Y.Surendranath,D.G.Nocera,Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.,2010,107,10337.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、イリジウム-マンガン酸化物複合材料及び導電性基材から成る電極、並びにその製造方法の提供に関するものである。
より詳しくは、アルカリ性条件下、中性条件下、又は酸性条件下で行われる工業的な水電解や、固体高分子膜(PEM)型電解槽を用いる水電解における酸素発生用電極であって、現行のイリジウム触媒系よりも安価で、かつ高い酸素発生電極触媒活性を有する水分解触媒用のイリジウム-マンガン酸化物複合材料(以下、イリジウム-マンガン酸化物という場合がある。)を用いて得られるイリジウム-マンガン酸化物複合電極、及びそれらの製造方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、イリジウム-マンガン酸化物複合電極について、粉末焼結体で構成される導電性基材の少なくとも一部が被覆されたイリジウム-マンガン酸化物複合電極が、特に高い酸素発生電極触媒活性と耐久性を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は特許請求の範囲の通りであり、その要旨は以下の通りである。
【0009】
[1]イリジウム-マンガン酸化物複合材料が、粉末焼結体で構成される導電性基材の少なくとも一部を被覆している、イリジウム-マンガン酸化物複合電極。
[2]前記イリジウム-マンガン酸化物複合材料が、前記導電性基材の幾何面積あたり、0.1mg/cm2以上25mg/cm2以下被覆している、上記[1]のイリジウム-マンガン酸化物複合電極。
[3]前記導電性基材が、白金被覆されたチタン粉末焼結体である、上記[1]又は[2]のイリジウム-マンガン酸化物複合電極。
[4]上記[1]~[3]のいずれかひとつのイリジウム-マンガン酸化物複合電極と、高分子電解質膜とを有する、膜/電極接合体。
[5]上記[1]~[3]のいずれかひとつのイリジウム-マンガン酸化物複合電極を有する、水電解装置。
[6]上記[4]の膜/電極接合体を有する、水電解装置。
[7]上記[1]~[3]のいずれかひとつのイリジウム-マンガン酸化物複合電極を使用して水電解する、水素の製造方法。
[8]上記[4]の膜/電極接合体を使用して水電解する、水素の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極は、アルカリ性条件下、中性条件下、又は酸性条件下で行われる工業的な水電解や、PEM型電解槽を用いる水電解において、高い活性と耐久性を示し、安価で優れた酸素発生用電極として作用する。
また、本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極を用いる前記電解系に二酸化炭素を添加等することにより、該二酸化炭素等を陰極において還元して、炭化水素化合物(ギ酸、ホルムアルデヒド、メタノール、メタン、エタン、プロパン等)を製造することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例1のイリジウム-マンガン酸化物及び白金被覆チタン粉末焼結体から成る複合電極の断面SEM写真である。
【
図2】実施例1及び比較例1の、酸素発生時(水電解)における、PEM型水電解槽を用いて測定した電流と電位(電圧)との関係を示すリニアスイープボルタモグラムである。
【
図3】実施例1及び比較例1、酸素発生時(水電解時)における、PEM型水電解槽を用いて、温度80℃、電流密度2Acm
-2で測定した電解電圧の時間推移を示したデータである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
まず、電解による水の分解について、PEM型の水電解のように反応場が酸性環境下になるような反応を例にとって、説明する。陰極触媒上では、式1に示されるように、2つのプロトンと2つの電子の反応により、水素が生成する。
2H+ + 2e- → H2 … 式1
一方、陽極触媒上では、式2に示されるように、2つの水分子から4つの電子と4つのプロトンと共に酸素が生成する。
2H2O → O2 + 4H+ + 4e- … 式2
そして、全体として、式3に示されるように、2つの水分子から、2つの水素分子とひとつの酸素分子が生成する反応となる。
2H2O → 2H2 + O2 … 式3
上記式2における酸素発生反応は、一般的には、全反応の律速過程とされ、同反応を最小限のエネルギーで進めることのできる触媒の開発が、該技術分野において、重要な位置づけにあり、本発明は、この水の酸化触媒能が高い酸素発生電極触媒を提供するものである。
【0013】
本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極は、イリジウム-マンガン酸化物複合材料が、粉末焼結体から構成される導電性基材の少なくとも一部を被覆しているものである。イリジウム-マンガン酸化物複合材料の被覆量は、導電性基材の幾何面積あたり、0.1mg/cm2以上25mg/cm2以下が好ましい。ここに、幾何面積とは、導電性基材の投影面積に相当するものであり、基材の厚みは考慮しないものである。
イリジウム-マンガン酸化物複合材料の被覆量が上記範囲の場合、導電性基材を構成する粉末焼結体の空隙率にも依存するが、粉末焼結体上にはイリジウム-マンガン酸化物複合材料が島状に若しくは外面を全面被覆するような形態で被覆され、その平均被覆厚みは25μm以下にできる。なお、粉末焼結体上に被覆するイリジウム-マンガン酸化物複合材料は二次粒子により構成されるので、通常、平均被覆厚みと、それを構成するイリジウ
ム-マンガン酸化物複合材料の平均二次粒径とは一致する。
【0014】
本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極においては、被覆しているイリジウム-マンガン酸化物複合材料の量に依存して、導電性基材の表面を被覆するイリジウム-マンガン酸化物複合材料の平均厚みが厚くなる関係にある。
本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極は、導電性基材が粉末焼結体で構成されている。導電性基材が粉末焼結体で構成されていることにより、比表面積が増大し、高い酸素発生電極触媒活性と耐久性を示すイリジウム-マンガン酸化物複合電極が得られる。粉末焼結体としては、例えば、青銅、鉄、アルミニウム、銅、ニッケル、インコネル、チタン金属、ステンレス、酸化チタン、モリブデン、タングステン、タンタル、ホウ素化ジルコニウム、白金被覆されたチタンからなる群から選択される少なくとも1種の導電性粉末が挙げられ、好ましくはチタン金属、酸化チタン、銅、ステンレス、白金被覆されたチタン粉末焼結体等があげられる。これらのうちで、酸化耐性の観点から、導電性基材は白金被覆されたチタン粉末焼結体で構成されることが好ましい。
導電性基材の厚みは、好ましくは1mm以下、更には0.5mm以下であり、形状は平面が好ましい。厚みをこの範囲に制御することによって、耐久性の向上及び比表面積の増大が期待される。導電性基材の空隙率は、20%以上が好ましく、30%以上60%以下がより好ましい。
【0015】
本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極は、触媒材料としてイリジウム-マンガン酸化物複合材料を導電性基材に担持することにより、酸素発生電極に水分解反応における触媒能を付与させることができる。この酸素発生電極活物質を含む酸素発生電極、高分子電解質膜、及び水素発生触媒を付与された電極を積層することにより膜-電極接合体となる。ここで、高分子電解質膜とは、例えば、フッ素樹脂系の陽イオン交換膜等をいい、水素発生触媒とは、例えば、白金微粒子等をいう。本発明では、この酸素発生電極を有することにより、水電解装置となり、この酸素発生電極を使用して水電解することにより水素を製造することができる。
【0016】
本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極におけるイリジウム-マンガン酸化物複合材料のマンガン酸化物は、イリジウムを安定に分散配置させるためにマンガン金属原子価が3.5以上4.0以下であることが好ましい。金属価数がこの範囲内となるマンガン酸化物の場合、触媒材料の化学的安定性が高く、特にPEMなどの酸性条件下で使用する場合には2価のマンガンイオンとしての溶出を抑制できる。マンガン酸化物は、マンガン金属原子価が3.6以上4.0以下がより好ましく、3.7以上4.0以下が更に好ましい。
【0017】
イリジウム-マンガン酸化物複合材料のマンガン酸化物は、例えば、電解法で得られる電解二酸化マンガン、化学法で得られる二酸化マンガン等があげられるが、電解二酸化マンガンが好ましい。
また、イリジウム-マンガン酸化物複合材料のマンガン酸化物は、γ型、β型、ε型、あるいはα型のいずれかの基本結晶構造を有する結晶相、または、これらの結晶構造が混合された混晶の二酸化マンガンであっても良い。
【0018】
以下には、イリジウム-マンガン酸化物複合材料の製造方法を説明する。
イリジウム-マンガン酸化物複合材料は、例えば、電解液として、硫酸-硫酸マンガンを含む混合溶液を用いて、純チタン板などの電極基材にマンガン酸化物を電解析出させ、イリジウム塩溶液に浸漬または接触させた後、アニール処理することで得ることができる。
マンガン酸化物は、硫酸-硫酸マンガンを含む混合溶液を用いて電解析出させた後に、電極基材から剥離し、粉砕するなどして、粉体状としても良い。
硫酸-硫酸マンガンを含む混合溶液中の各成分の濃度について、硫酸濃度としては5g/L以上65g/L以下の範囲に制御されることが好ましく、20g/L以上60g/L以下がより好ましい。
上記混合溶液のマンガン(硫酸マンガンのマンガンイオン)の濃度としては、溶解度以下であれば特に制限はないが、5g/L以上50g/L以下が好ましく、10g/L以上40g/L以下がより好ましい。
【0019】
上記混合溶液の成分濃度を維持するために、電解酸化で消費されたマンガンに相当する硫酸マンガンを適宜加えるか、あるいは硫酸マンガン溶液を連続的に供給することが有効である。
なお、上記の硫酸-硫酸マンガンの混合溶液における硫酸濃度とは、硫酸マンガンの二価の陰イオン(硫酸イオン)を除いた値である。
イリジウム-マンガン酸化物複合材料のマンガン酸化物の電解析出方法では、電解電流密度は、特に限定するものではないが、0.3mA/cm2以上20mA/cm2以下であることが好ましい。これにより、効率的、かつ安定的にマンガン酸化物を電解析出させることができる。より安定的にイリジウム-マンガン酸化物複合材料を得るために、電解電流密度は1mA/cm2以上10mA/cm2以下がより好ましく、3mA/cm2以上8mA/cm2以下がさらに好ましい。
電解温度は93℃以上98℃以下が例示できる。電解温度が高いほど、析出するマンガン酸化物の電解製造効率が上がるため、電解温度は少なくとも94℃を超えることが好ましい。
【0020】
純チタン板などの電極基材上に電解析出したマンガン酸化物は、該電極基材から剥離した後に、ジョークラッシャーなどの粗粉砕を経て、ローラーミル、竪型ミル、ロッシェミルやジェットミルなどで、マンガン酸化物単体として、所定の平均二次粒径になるように粉砕調整される。次に、製造したマンガン酸化物は、洗浄工程、中和工程を経て、残電解液などを除去した後に、フラッシュ乾燥装置などを用いて乾燥される。このフラッシュ乾燥時には、粉砕工程で過粉砕により副生したサブミクロンオーダーのマンガン酸化物の微粉を集塵機バグフィルターなどで回収し、分離することができる。また、さらに200℃以上500℃以下の焼成工程を施し、マンガン酸化物を得る場合もある。
【0021】
次に、このマンガン酸化物を、イリジウム塩溶液を入れた容器に浸漬させる、またはマンガン酸化物とイリジウム塩溶液と接触させる。
イリジウム塩溶液のイリジウム塩の種類としては、ヘキサクロロイリジウム酸カリウム(K2IrCl6)や又はヘキサクロロイリジウム酸(H2IrCl6)が例示される。
イリジウム塩溶液のイリジウム濃度としても溶解度以下であれば特に制限はないが、0.001g/L以上10g/L以下が好ましく、0.003g/L以上5g/L以下がより好ましい。
マンガン酸化物をイリジウム塩溶液に浸漬する、またはマンガン酸化物とイリジウム塩溶液と接触させる条件について、特に限定されないが、20℃以上100℃以下の温度下で、30分以上24時間以下浸漬又は接触させることが例示される。浸漬時間または接触時間が上記範囲内であることにより、マンガン酸化物上へのイリジウムの吸着量を制御することができる。
【0022】
続いてアニール処理を行う。アニール処理温度条件について、特に限定されないが、空気下または窒素気流下で100℃を超え600℃以下が例示され、アニール処理時間は10分以上24時間以下が例示される。アニール処理温度は、300℃以上550℃以下が好ましく、350℃以上500℃以下がより好ましい。また、アニール処理時間は、1時間以上16時間以下が好ましく、2時間以上8時間以下がより好ましい。このアニール処理の効果は明確ではないが、アニール処理条件を選択することにより、イリジウムとマン
ガン酸化物との相互作用が高められ、より望ましい範囲のイリジウムの金属原子価に制御できるものと推定している。
【0023】
本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極は、粉末焼結体で構成される導電性基材を用いて、硫酸-硫酸マンガンを含む混合溶液を電解して、マンガン酸化物を粉末焼結体で構成される導電性基材の少なくとも一部に電析させ、続いて、イリジウム塩溶液に浸漬または接触させてイリジウムを少なくともマンガン酸化物表面に均一分散して吸着させた後に、アニール処理を行うことで得られる。この場合、イリジウム-マンガン酸化物複合電極は、導電性基材の幾何面積あたりのイリジウム-マンガン酸化物複合材料の被覆量が上記した好ましい範囲になるように行われるのが好適である。なお、本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極の製造の際には、硫酸-硫酸マンガンを含む混合溶液の電解で得られたマンガン酸化物をイリジウム塩溶液に浸漬または接触させた後、アニール処理を行っているものであり、導電性基材にイリジウム-マンガン酸化物複合材料が析出しており、イリジウム-マンガン酸化物複合材料が得られる。
【0024】
本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極の製造に用いる硫酸-硫酸マンガンを含む混合溶液中の各成分の濃度について、硫酸濃度としては5g/L以上65g/L以下が好ましく、20g/L以上60g/L以下がより好ましい。
上記混合溶液のマンガン(硫酸マンガンのマンガンイオン)の濃度としては、溶解度以下であれば特に制限はないが、5g/L以上50g/L以下が好ましく、10g/L以上40g/L以下がより好ましい。
【0025】
上記混合溶液の成分濃度を維持するために、電解酸化で消費されたマンガンに相当する硫酸マンガンを適宜加えるか、あるいは硫酸マンガン溶液を連続的に供給することが有効である。
なお、上記の硫酸-硫酸マンガンの混合溶液における硫酸濃度とは、硫酸マンガンの二価の陰イオン(硫酸イオン)を除いた値である。
【0026】
本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極のマンガン酸化物の電解析出方法では、電解電流密度は、特に限定するものではないが、0.3mA/cm2以上20mA/cm2以下であることが好ましい。これにより、効率的、かつ安定的にマンガン酸化物を電解析出させることができる。より安定的に本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極を得るために、電解電流密度は1mA/cm2以上10mA/cm2以下がより好ましく、3mA/cm2以上8mA/cm2以下がさらに好ましい。
【0027】
電解温度は93℃以上98℃以下が例示できる。電解温度が高いほど、析出するマンガン酸化物の電解製造効率が上がるため、電解温度は94℃を超えることが好ましい。
イリジウム塩溶液のイリジウム塩の種類としては、ヘキサクロロイリジウム酸カリウム(K2IrCl6)又はヘキサクロロイリジウム酸(H2IrCl6)が例示される。
イリジウム塩溶液のイリジウム濃度としても溶解度以下であれば特に制限はないが、000.1g/L以上10g/L以下が好ましく、0.003g/L以上5g/L以下がより好ましい。
【0028】
導電性基材は、マンガン酸化物を電解析出させる前に、塩酸、硫酸、硝酸、シュウ酸などで酸処理を施し、基材表面の不働態被膜除去や親水化を行うことも有効である。一方で、導電性基材内のマンガン酸化物の電析位置を制御する、又は実際に水電解の電極として用いる際に重要なガス拡散特性を付与することを目的に、フッ素系樹脂のディスパージョン液などに導電性基材を浸漬させ、撥水化を行うことも有効である。
【0029】
導電性基材にイリジウム-マンガン酸化物複合材料のマンガン酸化物を電解析出させる
条件として、例えば、前記したような、硫酸-硫酸マンガンの混合溶液の硫酸濃度、マンガン濃度、電解電流密度、電解温度などの各々の範囲を選択し、電解時間を5分~120分の範囲で行う。マンガン酸化物を導電性基材に電解析出させた後に、水洗、乾燥し、次いで、マンガン酸化物が電解析出した導電性基材ごとイリジウム塩溶液を入れた容器などに浸漬させる、またはマンガン酸化物が電解析出した導電性基材とイリジウム塩溶液を接触させるなどして、少なくともマンガン酸化物表面にイリジウムを吸着させ、最後に、空気又は窒素雰囲気下、100℃を超え600℃以下、10分を超え24時間以内で、アニール処理を行うことにより、本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極とすることができる。
【0030】
粉末焼結体で構成される導電性基材の少なくとも一部に電析させたマンガン酸化物をイリジウム塩溶液に浸漬する条件について、特に限定されないが、20℃以上100℃以下の温度下で、30分以上24時間以下浸漬する条件が例示される。接触時間により、マンガン酸化物上へのイリジウムの吸着量を制御することができる。
アニール処理温度は、300℃以上550℃以下が好ましく、350℃以上500℃以下がより好ましい。また、アニール処理時間は、1時間以上16時間以下が好ましく、2時間以上8時間以下がより好ましい。
【0031】
本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極は、マンガン酸化物の電解析出時に、導電性基材の片面を樹脂性の膜などで遮蔽すると、一面にのみイリジウム-マンガン酸化物複合材料を優先的に被覆できる一方で、もう片面は殆どイリジウム-マンガン酸化物複合材料を被覆させることなく、イリジウム-マンガン酸化物複合材料を意識的に偏って被覆させることもできる。
また、本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極は、アニール処理時に、イリジウムとマンガン酸化物との相互作用が高められ、望ましい範囲のイリジウムの金属原子価に制御できるだけでなく、イリジウム-マンガン酸化物複合材料と導電性粉末焼結体との密着性がより高まる、又は、イリジウム-マンガン酸化物複合材料の結晶性がより高まるなど好適な効果があるものと推定している。
【0032】
本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極、高分子電解質膜、及び水素発生触媒を付与された電極を積層することで、膜/電極接合体(MEA)となる。本発明では、本発明のイリジウム-マンガン酸化物複合電極を有することにより、水電解装置となり、このイリジウム-マンガン酸化物複合電極を使用して水電解することにより水素を製造することができる。
【実施例0033】
以下、本発明を実施例及び比較例により詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0034】
<イリジウム-マンガン酸化物複合電極のSEM表面観察>
SEM-装置(Hoskin Scientific社製 JSF-7800F)を使用して、複合電極断面の元素分析を行った。断面の元素分析を行う際には、導電性カーボンテープを用いてテーリングを防止した。
<イリジウム-マンガン酸化物の電析量の算出>
イリジウム-マンガン酸化物の電析量は以下の方法に従って算出された。
設定した電析時間および電流密度より、基材への通電電気量(C)を次の式により算出する。
(電析時間(秒))× 電流密度(A/cm2) ・・・式4
この通電量が全量マンガン酸化物の析出に利用されたと仮定して、マンガン酸化物と反応に関与する電子の物質量の関係から、式4より算出した通電電気量を用いて、式5から
マンガン酸化物の電析量を求めた。
通電電気量(C)÷ 96485 ÷ 2 × 86.94 ・・・式5
【0035】
<酸素発生電極触媒特性の評価のためのPEM型電解槽の構築>
イリジウム-マンガン酸化物複合材料を被覆させた導電性基材の電極を使用したPEM型電解槽の構築は、以下のように行った。電極(平面粉末焼結体状:2.25cm×2.25cm)を作用極とし、対極用の触媒として、20wt%白金担持カーボン触媒(20% Platinum on Vulcan XC-72,Sigma-Aldrich社製)を用い、導電性触媒インクの作製、カーボンペーパーへの塗布を行い、風乾により対極の作製を行った。電解質膜としては、ナフィオン膜(ナフィオン115,Sigma-Aldrich社製)を用いた。電解質膜は、3%過酸化水素水、純水、1M硫酸水溶液、次いで純水中で各1時間煮沸することで洗浄・プロトン化(前処理)を行った。次に、作用極・対極の触媒塗布面で電解質膜を挟み、ホットプレス機(SA-302,テスター産業社製)を用いて135℃、型締力400kg/cm2で3分間ホットプレスすることでMEAを製作した。このMEAは、陰極側にカーボンペーパー(TGP-H-060)、陽極側に白金被覆チタン粉末焼結体(田中貴金属工業社製)を介して、電解運転時でも密着性を向上させ、PEM型電解槽(WE-4S-RICW、エフシー開発社製)の筐体に取り付けた。
【0036】
<電気化学測定1 電流-電圧曲線の測定>
実デバイス中での水の酸化触媒能を評価するために、イリジウム-マンガン酸化物複合材料を被覆させた導電性基材の電極を用いて構築したPEM型電解槽を用いて、動作温度80℃で、電流-電圧曲線の測定を行った。本測定では、作用極・対極のみの二電極系を用い、印加する電圧を徐々に増加させることで電流-電圧曲線を測定した。PEM型電解槽には、純水を供給した。電圧の増加速度は、電流が立ち上がる電圧が判別し易いように留意して10mV/sとした。
【0037】
<電気化学測定2 電解電圧安定性の測定>
実デバイス中での水の酸化触媒能の安定性を評価するために、イリジウム-マンガン酸化物複合材料を被覆させた導電性基材の電極を用いて構築したPEM型電解槽を用いて、動作温度80℃で、電解電圧の測定を行った。本測定では、作用極・対極のみの二電極系を用い、両極間に印加する電流密度を2A/cm2に保ちながら、電解電圧の時間変化を測定した。PEM型電解槽には、純水を供給した。
【0038】
実施例1
硫酸35g/L及び硫酸マンガン濃度45g/Lの硫酸-硫酸マンガン混合溶液が入った電解槽内で電解を行い、白金被覆したチタン粉末焼結体(厚さ0.25 mm、白金被覆厚0.3μm、空隙率50%、田中貴金属工業社製)の導電性基材上にマンガン酸化物を電解析出させた。析出させたマンガン酸化物層は、
図1の断面SEM像より、5μmであった。析出させたマンガン酸化物層の重量は0.95 mgであった。次に、ヘキサクロロイリジウム酸カリウム(K
2IrCl
6)1.0g/L、硫酸1.0g/Lの入ったイリジウム塩溶液槽に、前記マンガン酸化物が電析した導電性基材を94℃で12時間浸漬し、マンガン酸化物表面にイリジウムを吸着させた。尚、イリジウムを吸着させた前後のイリジウム塩溶液槽の液を、UV-Visスペクトロメータ(島津製作所製 UV-2550)を用いて測定し、イリジウムが全てマンガン酸化物に吸着され、イリジウム塩溶液槽には残存していないことを確認している。続いて、空気下で450℃-5時間のアニール処理を行い、導電性基材にイリジウム-マンガン酸化物複合材料を析出させたイリジウム-マンガン酸化物複合電極を作製した。この合成条件について表1に示した。
【0039】
【0040】
この電極の断面のSEM写真を
図1に示した。
図1から、イリジウム-マンガン酸化物複合電極は、白金被覆したチタン粉末焼結体上にイリジウム-マンガン酸化物複合材料の触媒が析出した状態であることが確認された。
このイリジウム-マンガン酸化物複合電極を2.25cm×2.25cmのサイズに切出して、<酸素発生電極触媒特性の評価のためのPEM型電解槽の構築>の方法に従って、PEM型電解槽を構築し、<電気化学測定1 電流-電圧曲線の測定>に従って、酸素発生電極触媒特性評価を行った。
図2に示した。電流-電圧曲線の測定結果においては、同一の電圧における電流が高いほど、酸素発生電極触媒活性が高いことを示す。
また、<電気化学測定2 電流-電圧曲線の測定>に従って、電解電圧の時間変化測定を行った。その結果を
図3に示した。電解電圧の時間経過による増加が小さいほど(すなわち、単位時間当たりの電圧上昇率が低いほど)、耐久性が高いことを示す。
これらの評価結果を表2に示した。
【0041】
【0042】
比較例1
導電性基材として白金被覆チタン網(田中貴金属工業社製)を使用した以外は実施例1の調製条件に従って、イリジウム-マンガン酸化物複合電極を作製した。これらの合成条件を表1に示した。また、酸素発生電極触媒特性評価の結果を
図2に、電解電圧の時間変化測定の結果を
図3に示した。これらの評価結果を表2に示した。
【0043】
図2、
図3に示されるように、本発明イリジウム-マンガン酸化物複合電極は、触媒の非貴金属化が望まれているPEM型電解槽中において、従来のイリジウム-マンガン酸化物複合電極に比べて、極めて良好な酸素発生電極触媒活性と耐久性を示すことが明らかになった。