(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024152418
(43)【公開日】2024-10-25
(54)【発明の名称】被覆磁性材料およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
B22F 1/16 20220101AFI20241018BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20241018BHJP
B22F 3/00 20210101ALI20241018BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20241018BHJP
H01F 1/24 20060101ALI20241018BHJP
H01F 1/33 20060101ALI20241018BHJP
【FI】
B22F1/16 100
C22C38/00 303S
B22F3/00 B
B22F1/00 Y
H01F1/24
H01F1/33
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023066601
(22)【出願日】2023-04-14
(71)【出願人】
【識別番号】000226057
【氏名又は名称】日亜化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】阿部 哲
(72)【発明者】
【氏名】岡▲崎▼ 遼哉
(72)【発明者】
【氏名】赤松 純
(72)【発明者】
【氏名】今岡 伸嘉
(72)【発明者】
【氏名】阿部 将裕
【テーマコード(参考)】
4K018
5E041
【Fターム(参考)】
4K018BA13
4K018BB04
4K018BC28
4K018BD01
4K018CA02
4K018CA11
4K018KA43
5E041AA01
5E041AA07
5E041AA11
5E041BC01
5E041BC08
5E041CA01
5E041HB14
(57)【要約】
【課題】耐熱性に優れた被膜を有する磁性材料およびその製造方法を提供する。
【解決手段】リン酸化合物および希土類化合物を含む水溶液と、軟磁性材料である磁性材料とを混合し、前記磁性材料の表面に、希土類金属元素を含むリン化合物を含有する被膜を形成する被覆工程を含む、被覆磁性材料の製造方法に関する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸化合物および希土類化合物を含む水溶液と、軟磁性材料である磁性材料とを混合し、前記磁性材料の表面に、希土類金属元素を含むリン化合物を含有する被膜を形成する被覆工程を含む、被覆磁性材料の製造方法。
【請求項2】
前記希土類化合物が、Ce、Nd、Sm、La、およびDyからなる群から選択される1以上の塩化物を含む、
請求項1に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【請求項3】
前記被覆工程において、前記希土類化合物を含む水溶液と、前記磁性材料とを混合し、その後、前記リン酸化合物を混合する、
請求項1または2に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【請求項4】
前記被覆工程を2回以上行う、請求項1または2に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【請求項5】
n回目(ただし、nは2以上の整数である)の被覆工程における前記水溶液が、
n-1回目の被覆工程における前記水溶液に前記希土類化合物を添加して得られたものである、
請求項4に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【請求項6】
m回目(ただし、mは2以上の整数である)の被覆工程における前記水溶液と前記磁性材料が混合された混合液のpHは、m-1回目の被覆工程における前記水溶液と前記磁性材料が混合された混合液のpHよりも低い、
請求項4に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【請求項7】
前記m回目の被覆工程において、前記水溶液に無機酸を添加してpHを1以上4.5以下に調整する、請求項6に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【請求項8】
前記調整を10分間以上行う、請求項7に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【請求項9】
前記被覆工程は第1被覆工程であり、前記第1被覆工程の後に、
リン酸化合物および非希土類金属元素の化合物を含む水溶液と、前記磁性材料とを混合し、前記磁性材料の表面に、リン酸および前記非希土類金属元素を含む被膜を形成する第2被覆工程を含む、
請求項1または2に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【請求項10】
前記非希土類金属元素の化合物は、金属オキソ酸化合物である、請求項9に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【請求項11】
前記第2被覆工程において、前記水溶液に無機酸を添加してpHを1以上4.5以下に調整する、請求項9に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【請求項12】
請求項1または2に記載の方法により被覆磁性材料を得る工程と、
前記被覆磁性材料を加熱する加熱工程とを含む、成形体の製造方法。
【請求項13】
前記加熱工程の前に、前記被覆磁性材料を加圧して、加圧成形物を得る工程を含み、
前記加熱工程は、前記加圧成形物を加熱する工程である、
請求項12に記載の成形体の製造方法。
【請求項14】
軟磁性材料である磁性材料と、前記磁性材料の表面に設けられた希土類金属元素、リン、および酸素を含む被膜とを有する被覆磁性材料。
【請求項15】
前記被膜において、酸素がリンより多い、請求項14に記載の被覆磁性材料。
【請求項16】
前記被膜が、さらに鉄を含む、請求項14または15に記載の被覆磁性材料。
【請求項17】
前記被膜は、リンおよび酸素とは異なる非希土類金属元素を含み、
前記被膜における前記非希土類金属元素および前記希土類金属元素の含有量は、前記被膜の表面から前記磁性材料に向かう方向において、前記非希土類金属元素の最大値を示した後に前記希土類金属元素の最大値を示す、
請求項14または15に記載の被覆磁性材料。
【請求項18】
前記非希土類金属元素の含有量は、前記被膜の表面から前記磁性材料に向かう方向において、前記最大値を示した後に減少し、その後、増加に転じる、請求項17に記載の被覆磁性材料。
【請求項19】
請求項14または15に記載の被覆磁性材料を含む成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、被覆磁性材料およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モーター、トランスなどの電気機器の磁心材料として、軟磁性粉末を成形した圧粉磁心が用いられている。軟磁性粉末をそのまま成形すると粒子間の導電により部品全体に渦電流が生じ、鉄損が大きくなる。圧粉磁心の鉄損を低減するために、特許文献1には、軟磁性粉末の表面にハイドロキシアパタイトを含む被膜を形成する方法が開示されている。特許文献2には、軟磁性粉末の表面にCrまたはPを必須元素とするガラス状絶縁層を形成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2011-127201号公報
【特許文献2】特開平6-132109号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示は、耐熱性に優れた被膜を有する磁性材料の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の一態様にかかる被覆磁性材料の製造方法は、リン酸化合物および希土類化合物を含む水溶液と、軟磁性材料である磁性材料とを混合し、前記磁性材料の表面に、希土類金属元素を含むリン化合物を含有する被膜を形成する被覆工程を含む。
【0006】
本開示の一態様にかかる被覆磁性材料は、軟磁性材料である磁性材料と、前記磁性材料の表面に設けられた希土類金属元素、リン、および酸素を含む被膜とを有する。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、耐熱性に優れた被膜を有する磁性材料の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施例10で作製した被覆磁性材料のSTEM(走査透過型電子顕微鏡)像を示す。
【
図2】実施例10で作製した被覆磁性材料のライン分析の結果を示す。
【
図3】実施例10で作製した被覆磁性材料のライン分析の結果を示す。
【
図4A】実施例16で作製した被覆磁性材料のSTEM-EDX分析によるMnの分布図である。
【
図4B】実施例16で作製した被覆磁性材料のMn含有量の分布を示すヒストグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本開示の実施形態について詳述する。ただし、以下に示す実施形態は、本開示の技術思想を具体化するための一例であり、本開示を以下のものに限定するものではない。なお、本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。また「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値および最大値として含む範囲を示す。
【0010】
<<被覆磁性材料の製造方法>>
本実施形態の被覆磁性材料の製造方法は、リン酸化合物および希土類化合物を含む水溶液と、軟磁性材料である磁性材料とを混合し、前記磁性材料の表面に、希土類金属元素を含むリン化合物を含有する被膜を形成する被覆工程を含むことを特徴とする。
【0011】
<磁性材料>
本実施形態では、磁性材料として軟磁性材料を用いる。軟磁性材料は、保磁力が小さく飽和磁束密度の高い材料である。軟磁性材料としては、酸化物系軟磁性材料や金属系軟磁性材料が挙げられる。
【0012】
酸化物系軟磁性材料としては、酸化鉄と、Ni、Zn、Cu、Mn、Coなどの遷移金属とを含む材料が挙げられる。具体例としては、Mn-Zn系ソフトフェライト、Ni-Zn系ソフトフェライト、Cu-Zn系ソフトフェライトなどが挙げられる。金属系軟磁性材料としては、純鉄、Fe-X合金(X:Ti、Mn、Ni、Co、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Cu、Zn、Si)、ケイ素鋼(Fe-Si)、センダスト(Fe-Si-Al)、パーメンジュール(Fe-Co)、パーマロイ(Fe-Ni)、電磁ステンレス(Fe-Cr)、超急冷薄帯粉(Fe-Si-B、Fe-Si-B-P-Cu)などが挙げられる。純鉄としては、アトマイズ鉄、還元鉄、電解鉄、カルボニル鉄などが挙げられる。
【0013】
Fe-X合金は、FeとXを含む第1相と、Xを含む相であって、その相に含まれるFeとXの総和を100原子%とした場合のXの含有量が、第1相に含まれるFeとXの総和を100原子%とした場合のXの含有量よりも多い第2相とを含む。軟磁性材料としてFe-X合金を用いることで、耐熱性をより向上させることができる。Xは、Ti、Mn、Ni、Co、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Cu、Zn、Siの1種以上であり、これらの中から2種以上を選択してもよい。Fe-X合金の第1相はFeとXを含むbcc構造の結晶を有することができる。XがCoを含む場合を除いて、Fe-X合金の第1相と第2相の両方がFeとXを含むbcc構造の結晶を有していることが好ましい。これにより、磁化を向上させることができる。Fe-X合金の第1相および/または第2相におけるbcc相の結晶子サイズは1nm以上100nm未満が好ましい。Xは、Niおよび/またはCoと、さらにそれ以外の追加成分を含むことができる。この場合、第2相における追加成分の含有量は、第1相における追加成分の含有量よりも多いことが好ましい。第1相および第2相における追加成分の含有量は、それぞれ、第1相および第2相における追加成分を含むX成分とFeの総和を100原子%とした場合の追加成分の含有量(原子%)である。これにより、低い保磁力と磁化の向上を両立させることができる。
【0014】
第1相および第2相がFeとX成分を含むbcc構造の結晶を有する場合、第1相におけるX成分の含有量に対する第2相におけるX成分の含有量の比である第2相/第1相X成分比は、1以上とすることができ、1.1以上105以下であってよい。第1相および第2相におけるX成分の含有量は、それぞれ、第1相および第2相におけるFeとXの総和を100原子%とした場合のX成分の含有量(原子%)である。第2相/第1相X成分比がこのような値であることで、低い保磁力と高い磁化の両立が可能であり、高周波特性の優れた軟磁性材料として適している。
【0015】
X成分としてTiまたはMnを含む場合は、TiまたはMnの、第1相における含有量に対する第2相における含有量の比である第2相/第1相成分比は、2倍以上105倍以下であることが好ましい。X成分として、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Cu、ZnおよびSiのうち1種を含む場合は、その第2相/第1相成分比は、1.5倍以上105倍以下であることが好ましい。X成分としてNiまたはCoを含む場合は、その第2相/第1相成分比は、1より大きいことが好ましく、1.1倍以上105倍以下であることがより好ましい。これらの第2相/第1相X成分比であることで、低い保磁力と高い磁化の両立が可能であり、例えば10Oe以下の保磁力および0.3T以上の磁化を有する軟磁性材料を得ることができる。このような軟磁性材料を使用することで、高周波用途でより低い損失を実現することができる。Fe-X合金は、還元時の不均化反応により、ナノオーダーのXの組成ゆらぎが存在してナノスケールの第1相と第2相が強磁性結合で結ばれている構造をとることができる。このような構造が低い保磁力と高い磁化をもたらしていると考えられる。Fe-X合金は、例えば、WO2017/164376、WO2018/155608に記載の方法により得ることができる。
【0016】
以上で挙げた軟磁性材料は1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。軟磁性材料としては、金属系軟磁性材料が好ましい。金属系軟磁性材料であれば、後述する被覆によって、磁性材料成形体の電気抵抗をより低下させやすく、損失をより低減させやすいため、磁化を向上させやすいからである。金属系軟磁性材料の中でも、純鉄またはFe-X合金が好ましい。なかでも、XがMnであるFe-X合金(この合金のことを「Fe-X(X=Mn)」という)、XがNiであるFe-X合金(この合金のことを「Fe-X(X=Ni)」という)、または、XがMnおよびNiであるFe-X合金(この合金のことを「Fe-X(X=Mn,Ni)」という)がさらに好ましい。Xとして挙げたこれらの成分は、X主成分であってもよい。X=Mn,Niの場合は、これらの他にこれらよりも含有量の小さい成分を含んでいてもよい。Xが実質的にそれらのみからなることがより好ましい。Fe-X(X=Mn)は、Fe粉(純鉄)より電気抵抗および耐熱性が高くなる傾向がある。これはX成分富化相を含むことによる影響と考えられる。Fe-X(X=Ni)は、スレータポーリング曲線で予想される通り、Niの含有量が0より高く12原子%以下のとき、磁化が高くなる。Fe-X(X=Mn,Ni)は、Fe-X(X=Mn)とFe-X(X=Ni)の利点を兼ね備えることができる。すなわち、電気抵抗を低減できるため渦電流損を低減することができ、耐熱性を向上させることができ、磁化を向上させることができる。
【0017】
磁性材料は、任意の形状の圧粉磁心を成形しやすい点から、粉末であることが好ましい。磁性粉末の粒子径D50は、例えば1μm以上5mm以下とすることができ、5μm以上1mm以下が好ましく、10μm以上500μm以下がより好ましい。この範囲では、保磁力を抑制でき、また、焼鈍時の歪みを抑制することができる。ここで、粒子径D50とは、磁性粉末の体積基準による粒度分布の積算値が50%に相当する粒径である。
【0018】
被覆工程に先立って、磁性材料表面の不純物や酸化被膜の除去のために、磁性材料を酸性水溶液により洗浄する洗浄工程を行うことが好ましい。洗浄に使用する酸化合物としては、無機酸または有機酸が挙げられる。無機酸としては硫酸、塩酸、硝酸、リン酸、ホウ酸、フッ化水素酸などが挙げられ、有機酸としては酢酸、ギ酸、シュウ酸、酒石酸などが挙げられる。洗浄時のpHは、好ましくはpH7未満、より好ましくはpH3未満である。洗浄時間は1分間以上10時間以下が好ましい。洗浄中は、水溶液を撹拌することが好ましい。
【0019】
<被覆工程>
被覆工程では、リン酸化合物および希土類化合物を含む水溶液と、軟磁性材料である磁性材料とを混合する。その結果、磁性材料に含まれる金属成分と、リン酸化合物に含まれるリン酸成分とが反応し、被膜が形成される。被膜は、希土類金属元素を含むリン化合物を含有する被膜であってもよく、希土類リン酸塩を含む被膜であってもよい。被膜に含まれる元素の組合せや被膜形成後の加熱の際の雰囲気によっては、希土類リン酸塩を含む被膜が形成された後に加熱を経ることで、リン酸塩以外の、リン化合物を含む被膜が得られることがある。
【0020】
水溶液に含まれるリン酸化合物としては、例えば、オルトリン酸、リン酸二水素ナトリウム、リン酸一水素ナトリウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸一水素アンモニウム、リン酸亜鉛、リン酸カルシウムなどのリン酸塩系、次亜リン酸系、次亜リン酸塩系、ピロリン酸系、ポリリン酸系などの無機リン酸等、有機リン酸が挙げられる。これらは1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0021】
水溶液中のリン酸化合物の含有量は、PO4換算で0.0001質量%以上50質量%以下が好ましく、0.001質量%以上10質量%以下がより好ましい。これらの範囲では、リン酸化合物の水への溶解度が高く、保存安定性が高い傾向がある。
【0022】
被覆工程で水溶液に含まれる希土類化合物由来の希土類金属元素は、磁性材料に付着する。水溶液に含まれる希土類化合物の量は、被覆磁性材料に対する希土類金属元素の含有量が0.0001質量%以上となる量が好ましく、0.01質量%以上となる量がより好ましく、0.1質量%以上となる量がさらに好ましい。被覆磁性材料に含まれる希土類金属元素の含有量を、0.0001質量%以上とすると被膜の被覆量が安定する傾向があり、0.01質量%以上とすると損失がより低減する傾向があり、0.1質量%以上とすると耐熱性がより向上する傾向がある。被覆磁性材料中の希土類金属元素の含有量の上限は、50質量%以下とすることができ、10質量%以下が好ましい。被覆磁性材料に含まれる希土類金属元素の含有量を50質量%以下とすることで、被覆磁性材料の透磁率の低下を抑制することができ、特性の低下を抑制することができる。希土類金属元素は、希土類金属元素を含むリン化合物、または希土類を含むリン酸塩として磁性材料の表面に析出する。
【0023】
希土類金属元素は、被覆磁性材料を加熱するときの温度範囲(約400℃以上約700℃以下)において、酸化反応のギブスエネルギー変化(ΔG)が小さい傾向にあるため、被覆工程で希土類化合物を使用することにより、耐熱性に優れた被覆磁性材料が得られる。希土類酸化物の600℃における酸化反応のギブスエネルギー変化を表1に示す。
【表1】
【0024】
希土類化合物は、希土類金属元素を含有する。希土類金属元素としてはCe、Nd、Sm、La、Dy、Y、Prが好ましく、Ce、Nd、Sm、La、Dyがより好ましく、Ce、Sm、La、Dyがさらに好ましく、Sm、Dyが特に好ましい。希土類化合物は、希土類酸化物、希土類水酸化物、希土類塩化物、希土類硫酸塩、希土類硝酸塩、希土類酢酸塩などの、水溶液中で希土類イオンを生成する化合物が好ましく、希土類塩化物がより好ましい。好ましい希土類化合物の具体例として、Ce、Nd、Sm、La、およびDyからなる群から選択される1以上の希土類の塩化物が挙げられる。これらは1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。希土類塩化物は溶解しやすい傾向にあるため、希土類塩化物を用いることで、被覆工程で用いる水溶液を容易に得ることができる。
【0025】
リン酸化合物および希土類化合物を含む水溶液において、希土類化合物の含有量は、0.001質量%以上10質量%以下が好ましく、0.01質量%以上5質量%以下がより好ましい。これらの範囲では、希土類化合物の水への溶解度が高く、保存安定性が高い傾向がある。
【0026】
磁性材料の表面に被膜を形成する反応の時間は、1分間以上10時間以下が好ましく、5分間以上2時間以下がより好ましい。
【0027】
被覆工程の反応溶媒としては、水や、水と親水性有機溶媒との混合溶媒が挙げられる。これらの溶媒を用いるときには、疎水性有機溶媒を用いるときと比べて粒径が小さいリン酸塩が析出し、緻密な被膜が形成される。これらの中でも、水が好ましい。水と親水性有機溶媒との混合溶媒を用いる場合、親水性有機溶媒としては、エタノール、メタノール、2-プロパノール、アセトン、2-ブタノンなどが挙げられる。混合溶媒中の親水性有機溶媒は0.1質量%以上80質量%以下が好ましく、1質量%以上50質量%以下がより好ましい。
【0028】
被覆工程においては、リン酸化合物に由来するリン酸が磁性材料に付着するにつれ、水溶液のpHが上昇することがある。この場合、無機酸または有機酸を添加することにより水溶液のpHを調整してもよい。pHを調整する場合、そのpH範囲は0超7未満とすることができ、1以上4.5以下が好ましく、1.6以上3.9以下がより好ましく、2以上3以下がさらに好ましい。pHを1以上とすることで、それ以下の場合と比較して希土類金属元素を含むリン化合物の析出速度を低下させることができ、形成する被膜の厚さを制御しやすくなる。pHが7以上になるとリン酸塩の析出量が減少することにより被覆が不十分となり損失が増大する傾向があるため、pHは7未満が好ましい。pHを4.5以下とすることで、リン酸塩の析出速度を遅すぎない程度とすることができる。無機酸としては、硫酸、塩酸、硝酸、リン酸、ホウ酸、フッ化水素酸などが挙げられ、有機酸としては酢酸、ギ酸、シュウ酸、酒石酸などが挙げられる。廃液処理の観点から無機酸を使用することが好ましいが、目的に応じて有機酸を併用することができる。無機酸と有機酸を混合して使用してもよい。pHを調整する場合、被覆工程中は、上記pHの範囲となるように、無機酸または有機酸を随時添加すればよい。被覆工程の初期はpHの上昇が速いためにpH制御用の無機酸または有機酸の投入間隔を短くすることが好ましい。
【0029】
被覆工程において、リン酸化合物および希土類化合物を含む水溶液と、磁性材料との混合物中、磁性材料の含有量は、0.0001質量%以上70質量%以下とすることができ、0.01質量%以上10質量%以下が好ましい。これらの範囲では、被膜の厚さが安定する傾向がある。
【0030】
被覆による耐水性、耐食性や磁性粉末の磁気特性を向上する目的で、モリブデン酸塩、タングステン酸塩、バナジン酸塩、クロム酸塩などのオキソ酸塩、硝酸ナトリウム、亜硝酸ナトリウムなどの酸化剤、EDTAなどのキレート剤などを更に添加してもよい。水溶液にオキソ酸塩が含まれる場合、その濃度は0.0001質量%以上10質量%以下が好ましく、0.01質量%以上1質量%以下がより好ましい。水溶液に酸化剤が含まれる場合、その濃度は0.0001質量%以上10質量%以下が好ましく、0.01質量%以上1質量%以下がより好ましい。水溶液にキレート剤が含まれる場合、その濃度は0.0001質量%以上10質量%以下が好ましく、0.01質量%以上1質量%以下がより好ましい。
【0031】
被覆工程において、最終的にリン酸化合物および希土類化合物を含む水溶液と、軟磁性材料である磁性材料とを混合できれば、各成分の混合順序は問わない。被覆工程において、まず、希土類化合物を含む水溶液と磁性材料とを混合し、その後、リン酸化合物を混合することが好ましい。あらかじめ希土類化合物を含む水溶液と磁性材料とを混合することにより、磁性材料の表面に希土類化合物が付着または結合しやすくなり、リン化合物を含む被膜の量を増大させることができる。あらかじめ希土類化合物を含む水溶液と磁性材料とを混合する場合には、これらを混合後、好ましくはpH2以上12以下、より好ましくはpH4以上10以下、さらに好ましくはpH5以上8以下の条件で、好ましくは1分間以上、より好ましくは5分間以上撹拌した後で、リン酸化合物を含む水溶液を添加することができる。
【0032】
本実施形態の被覆磁性材料の製造方法において、被覆工程は1回のみ行ってもよいが、2回以上行ってもよい。被覆工程を2回以上行うことにより、磁性材料の表面に、希土類金属元素を含むリン化合物を含有する、厚膜の被膜を形成できる。被覆工程の回数の上限は、例えば10回以下とすることができ、5回以下であってもよい。被覆工程の回数は2回であってもよい。
【0033】
被覆工程を2回以上行う場合、被覆工程と次の被覆工程との間に、磁性材料の精製を行ってもよい。被膜が形成された磁性材料の精製は、例えば100℃以上800℃以下での加熱や、フィルターろ過等により行うことができる。
【0034】
被覆工程を2回以上行う場合、n回目の被覆工程における水溶液が、n-1回目の被覆工程における水溶液に希土類化合物を添加して得られたものであることが好ましい。このとき、n-1回目の被覆工程の後に磁性材料を精製することなく、n回目の被覆工程を実施できる。nは2以上の整数であるが、被覆工程をk回行う場合、nは2以上k以下の全ての整数であることが好ましい。nが2以上k以下の全ての整数であるとき、2回目以降の全ての被覆工程において、被覆工程における水溶液に希土類化合物を添加して得られた水溶液を使用する。
【0035】
n-1回目の被覆工程における水溶液に添加する、希土類化合物の種類は、n回目の被覆工程における水溶液に含まれる希土類化合物と同じでもよく、異なっていてもよい。
【0036】
n-1回目の被覆工程における水溶液に添加する、希土類化合物の濃度は、n回目の被覆工程の反応時間や、希土類化合物の種類に応じて適宜決定すればよい。n-1回目の被覆工程における水溶液に添加する希土類化合物の濃度は、n回目の被覆工程における水溶液に含まれる希土類化合物の含有量の0.01倍以上50倍以下が好ましく、0.1倍以上10倍以下がより好ましい。これらの範囲では、被膜の厚さの偏りを低減することができる。
【0037】
被覆工程を2回以上行う場合、m回目の被覆工程における前記水溶液と前記磁性材料が混合された混合液のpHは、m-1回目の被覆工程における前記水溶液と前記磁性材料が混合された混合液のpHよりも低いことが好ましく、その差は0.1以上が好ましく、1以上がより好ましい。なお、リン酸化合物と磁性材料との反応にともない、水溶液中の遊離のリン酸が減少し、水溶液と磁性材料との混合液のpHが上昇することがある。反応中にpHが変動する場合、m-1回目の被覆工程における前記水溶液と前記磁性材料が混合された混合液のpHは、m-1回目の被覆工程の終了時点でのpHのことを指す。m回目の被覆工程における水溶液と磁性材料が混合された混合液のpHが、m-1回目よりも低いとき、磁性材料への、リン化合物を含む被膜の形成効率を向上できる。
【0038】
mは2以上の整数であるが、被覆工程をk回行う場合、mは2以上k以下の全ての整数であってもよい。mが2以上k以下の全ての整数であるとき、2回目以降の全ての被覆工程において、前回の被覆工程における水溶液と磁性材料が混合された混合液のpHよりも低い水溶液を用いる。あるいは、kが3以上である場合、1回目の被覆工程におけるpHと2回目の被覆工程におけるpHを異なるものとし、3回目以降の被覆工程では2回目の被覆工程と同じpH範囲となるようにpHを調整してもよい。
【0039】
m回目の被覆工程において、無機酸または有機酸を添加することにより水溶液のpHを調整してもよい。pHを調整する場合、そのpH範囲は0超7未満とすることができ、1以上4.5以下が好ましく、1.6以上3.9以下がより好ましく、2以上3以下がさらに好ましい。pHを1以上とすることで、それ以下の場合と比較して希土類金属元素を含むリン化合物の析出速度を低下させることができ、形成する被膜の厚さを制御しやすくできる。pHが7以上になるとリン酸塩の析出量が減少することにより被覆が不十分となり損失が増大する傾向があるため、pH7未満が好ましい。pHを4.5以下とすることで、リン酸塩の析出速度を遅すぎない程度とすることができる。添加する酸は、無機酸または有機酸が挙げられる。無機酸としては硫酸、塩酸、硝酸、リン酸、ホウ酸、フッ化水素酸などが挙げられる。有機酸としては酢酸、ギ酸、シュウ酸、酒石酸などが挙げられる。廃液処理の観点から無機酸を使用することが好ましいが、目的に応じて有機酸を併用することができる。無機酸と有機酸を混合して使用してもよい。pHを調整する場合、被覆工程中は、上記pHの範囲となるように、無機酸または有機酸を随時添加すればよい。被覆工程の初期はpHの上昇が速いためにpH制御用の無機酸または有機酸の投入間隔を短くすることが好ましい。
【0040】
水溶液に無機酸または有機酸を添加してpHを1以上4.5以下の範囲にする調整は、1分間以上行うことができ、被覆部の厚さが薄い部分を減らす点から30分間以上行うことが好ましい。pH維持の初期はpHの上昇が早いためにpH制御用の無機酸または有機酸の投入間隔が短いことが好ましい。被覆が進むとともに次第にpHの変動が緩やかになり、無機酸または有機酸の投入間隔が長くなることから反応終点が判断できる。
【0041】
n回目の被覆工程がm回目の被覆工程を兼ねていてもよい。すなわち、n回目の被覆工程において、m回目の被覆工程としてpHの調整を行ってもよい。
【0042】
被覆工程の後に、リン酸化合物および非希土類金属元素の化合物を含む水溶液を用いた被覆を行ってもよい。この場合、被覆磁性材料の製造方法は、前記被覆工程が第1被覆工程であり、前記第1被覆工程の後に、リン酸化合物および非希土類金属元素の化合物を含む水溶液と、前記磁性材料とを混合し、前記磁性材料の表面に、リン酸および前記非希土類金属元素を含む被膜を形成する第2被覆工程を含むことが好ましい。第2被覆工程を行うことにより、磁性材料の表面に形成される、リンを含む被膜の量を増大できる。また、第2被覆工程を行うことにより、希土類金属元素を、被膜のうち磁性材料に近い側に偏って含有させることができる。
【0043】
第2被覆工程で使用する水溶液中の、リン酸化合物の種類と濃度は、前記被覆工程について述べた通りである。非希土類金属元素は、希土類金属元素以外であればよく、希土類金属元素以外の金属元素、半金属元素が挙げられる。希土類金属元素以外の金属元素としては、Li、Na、K、Rb、Csなどのアルカリ金属元素、Ca、Sr、Ba、Mgなどのアルカリ土類金属元素、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Mn、Fe、Ru、Co、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Auなどの遷移金属元素、Zn、Cd、Alが挙げられる。半金属元素としては、B、Al、Si、Geなどが挙げられる。これらの中でも、金属元素が好ましく、耐熱性に優れた被覆磁性材料を得るために、被覆磁性材料を加熱するときの温度範囲(約400℃以上約700℃以下)において、酸化反応のギブスエネルギー変化(ΔG)が-300kJ/mol O
2以下である金属元素がより好ましく、遷移金属がさらに好ましく、Cr、W、Mn、Mo、Nb、Vが特に好ましい。希土類以外の金属酸化物の、600℃における酸化反応のギブスエネルギー変化を表2に示す。
【表2】
【0044】
非希土類金属元素の化合物は、非希土類金属元素のオキソ酸、ヘテロ酸、塩化物、水酸化物、窒化物、酸化物、ホウ化物などが挙げられ、オキソ酸が好ましい。オキソ酸はポリ酸であってもよい。これらの中でも、金属オキソ酸化合物が好ましく、遷移金属オキソ酸化合物がより好ましく、Cr、W、Mn、Mo、Nb、Vのオキソ酸化合物がさらに好ましい。以上に挙げた非希土類金属元素の化合物は、1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0045】
第2被覆工程で使用する水溶液中の、非希土類金属元素の化合物は、0.001質量%以上10質量%以下が好ましく、0.01質量%以上5質量%以下がより好ましい。
【0046】
第2被覆工程において、磁性材料の表面に被膜を形成する反応の時間は、1分間以上10時間以下が好ましく、5分間以上2時間以下がより好ましい。
【0047】
第2被覆工程において、水溶液に無機酸または有機酸を添加してpHを調整することが好ましい。pHを調整する場合のpH範囲は、0超7未満とすることができ、1以上4.5以下が好ましく、1.6以上3.9以下がより好ましく、2以上3以下がさらに好ましい。pHを1以上とすることで、それ以下の場合と比較してリン酸塩の析出速度を低下させることができ、形成する被膜の厚さを制御しやすくできる。pHが7以上になるとリン酸塩の析出量が減少することにより被覆が不十分となり損失が増大する傾向があるためそれ未満が好ましい。pHを4.5以下とすることで、リン酸塩の析出速度を遅すぎない程度とすることができる。添加する酸は、無機酸または有機酸が挙げられる。無機酸としては硫酸、塩酸、硝酸、リン酸、ホウ酸、フッ化水素酸などが挙げられる。有機酸としては酢酸、ギ酸、シュウ酸、酒石酸などが挙げられる。廃液処理の観点から無機酸を使用することが好ましいが、目的に応じて有機酸を併用することができる。無機酸と有機酸を混合して使用してもよい。pHを調整する場合、被覆工程中は、上記pHの範囲となるように、無機酸または有機酸を随時添加すればよい。被覆工程の初期はpHの上昇が速いためにpH制御用の無機酸または有機酸の投入間隔を短くすることが好ましい。
【0048】
水溶液に無機酸または有機酸を添加してpHを1以上4.5以下の範囲にする調整は、1分間以上行うことができ、被覆部の厚さが薄い部分を減らす点から30分間以上行うことが好ましい。pH維持の初期はpHの上昇が早いためにpH制御用の無機酸または有機酸の投入間隔が短いことが好ましい。被覆が進むとともに次第にpHの変動が緩やかになり、無機酸または有機酸の投入間隔が長くなることから反応終点が判断できる。
【0049】
被覆工程、および必要に応じて前述した第2被覆工程を行った後に、被覆磁性材料の精製工程を行ってもよい。被覆磁性材料の精製工程では、例えば100℃以上500℃以下での加熱や、フィルターろ過等により、液体成分を除去することができる。
【0050】
また、被覆工程、および必要に応じて前述した第2被覆工程を行った後に、被膜固定化工程を行ってもよい。被膜固定化工程では、精製した被覆磁性材料を高温処理し、リンの磁性材料への焼き付けを行う。高温処理の温度条件は50℃以上500℃以下が好ましく、100℃以上300℃以下がより好ましい。高温処理の時間は1分間以上100時間以下が好ましく、10分間以上10時間以下がより好ましい。
【0051】
<<成形体の製造方法>>
本実施形態の成形体の製造方法は、被覆磁性材料を得る工程と、前記被覆磁性材料を加熱する加熱工程とを含むことを特徴とする。被覆磁性材料を得る工程では、被覆磁性材料の製造方法について前述した方法を実施することができる。
【0052】
加熱工程では、被覆磁性材料を加熱する。加熱温度は、例えば100℃以上1200℃以下が挙げられる。加熱工程は、例えば、加圧による歪みを除去するため、および/または、被覆磁性材料の被膜を部分的に反応させて一体化した成形体を得るために行うことができる。加圧による歪みを除去するためには、加熱温度は300℃以上1000℃以下が好ましく、400℃以上700℃以下がより好ましい。本実施形態で使用する被覆磁性材料は、耐熱性に優れた被膜を有するため、加熱工程を経た後も被膜の損失が抑制される。加熱温度は、500℃以上であってもよい。この場合は、成形体が樹脂およびガラスを含有しないことが好ましい。500℃以上の高温では樹脂およびガラスの劣化が顕著となりやすいためである。加熱工程の時間は1分間以上100時間以下が好ましく、10分間以上10時間以下がより好ましい。加熱工程は、窒素雰囲気下や大気中などで行ってもよい。加熱工程は、アルゴン雰囲気、真空などの不活性雰囲気下で行うことが好ましい。磁性材料がFeを含む場合は、窒素雰囲気下で加熱を行うと磁性材料が窒化されて特性が低下することがあるため、加熱工程は窒素雰囲気以外の不活性雰囲気下で行うことが好ましい。
【0053】
加熱工程の前に、被覆磁性材料を加圧して加圧成形物を得る工程を含むことが好ましい。このとき、加熱工程は、加圧成形物を得る工程で得られた加圧成形物を、加熱する工程となる。
【0054】
加圧条件は、0.01GPa以上10GPa以下が好ましく、0.5GPa以上5GPa以下がより好ましい。被覆磁性材料を金型に充填してから加圧することにより、所望の形状の加圧成形物を得ることができる。金型を使用する場合、被覆磁性材料を充填する前に、後述する滑剤を金型キャビティの内壁に塗布してもよい。滑剤を金型キャビティの内壁に塗布することにより、加圧成形物の金型からの離形性を向上できる。
【0055】
加圧時には、被覆磁性材料を単独で加圧してもよい。加圧時には、被覆磁性材料に、バインダ、滑剤等を混合してから加圧してもよい。バインダとしては、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、フェノール樹脂、メタクリル樹脂、アクリル樹脂、シリコーン樹脂等の熱硬化性樹脂や、ポリアミド樹脂などの熱可塑性樹脂が挙げられる。バインダの使用量は、被覆磁性材料100重量部に対し0.01重量部以上1000重量部以下が好ましく、1重量部以上50重量部以下がより好ましい。バインダの使用量が上記範囲であるとき、機械的強度に優れ、鉄損などの損失が小さい成形体が得られる。
【0056】
滑剤としては、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸リチウムなどの金属石鹸、1,2-ビス(ステアロイルアミノ)エタンなどのアミン類またはアミド類、ワックスなどの長鎖炭化水素、シリコーンオイルなどを使用できる。滑剤の使用量は、被覆磁性材料100重量部に対し0.00001重量部以上10重量部以下が好ましく、0.01重量部以上5重量部以下がより好ましい。滑剤の使用量が上記範囲であるとき、金型キャビティからの加圧成形物の離形性を向上できる。
【0057】
本実施形態で得られる成形体の充填率は、10%以上100%以下とすることができ、80%以上100%以下が好ましい。ここでいう充填率とは、真密度に対する成形体密度の割合(百分率)である。本実施形態で得られる成形体の体積に対する被覆磁性材料の体積の割合(百分率)は、40%以上100%以下であってよく、80%以上100%以下が好ましい。成形体の一部の断面における、成形体の面積に対する被覆磁性材料の面積の割合を、成形体の体積に対する被覆磁性材料の体積の割合と見做してもよい。
【0058】
本実施形態で得られる成形体は、耐熱性に優れた被膜を有する被覆磁性材料の集合体であるため、加熱工程後も被膜が維持され、鉄損などの損失が抑制される。加熱工程後には、個々の被覆磁性材料の被膜が部分的に反応して、隣接する被覆磁性材料の被膜と融合し、磁性材料同士の絶縁状態を保ちながら一体化していることがある。本実施形態の成形体は、樹脂やガラスのような結合材(バインダ)を用いることなく被覆磁性材料から得ることが可能である。樹脂は、加熱処理で炭化すると渦電流を惹起する可能性がある。ガラスもまた、加熱処理で劣化する場合がある。このため、樹脂やガラスなどのバインダを用いる場合は加熱処理を行うとしても比較的低い温度で加熱することが好ましい。樹脂およびガラスを含有しない成形体とすることで、例えば500℃以上などの比較的高い温度で加熱しても損失の増大を抑制することが可能である。また、比較的高い温度で加熱することにより、加圧によって生じた歪みをより効果的に除くことができる。また、上記滑剤を併用することで、成形体密度を高め、隣接する被膜磁性材料を化学反応で結合させ、機械的強度を向上させることができる。
【0059】
<<被覆磁性材料>>
本実施形態の被覆磁性材料は、軟磁性材料である磁性材料と、前記磁性材料の表面に設けられた希土類金属元素、リン、および酸素を含む被膜とを有することを特徴とする。被膜は、希土類金属元素を含むリン化合物を含有することができ、リン化合物はリン酸塩であってもよい。被膜は、希土類金属元素を含まない酸化物を有していてもよく、その場合は、希土類金属元素を含むリン化合物はリン酸塩でなくてもよい。希土類金属元素としてはCe、Nd、Sm、La、Dy、Y、Prが挙げられ、Ce、Nd、Sm、La、Dyが好ましい。本実施形態の被覆磁性材料は、例えば、前述した被覆磁性材料の製造方法により得ることができるが、これ以外の製造方法により得てもよい。
【0060】
被覆磁性粉末の粒子径D50は、例えば1μm以上5mm以下とすることができ、5μm以上1mm以下が好ましく、10μm以上500μm以下がより好ましい。この範囲では、保磁力を抑制でき、また、焼鈍時の歪みを抑制することができる。ここで、粒子径D50とは、被覆磁性粉末の体積基準による粒度分布の積算値が50%に相当する粒径である。
【0061】
希土類金属元素、リン、および酸素を含む被膜の厚さは、被覆磁性材料の絶縁性および耐熱性の観点から2nm以上10μm以下が好ましく、5nm以上500nm以下がより好ましい。被膜の厚さは、被覆磁性材料の断面において、エネルギー分散型X線分析(EDX)によるライン分析によって組成分析を行うことにより測定できる。
【0062】
被膜中に、酸素がリンより多いことが好ましい。この場合、被膜の厚さ方向において、酸素がリンより多い領域が少なくとも一部に存在する。酸素がリンより多い領域は、被膜の厚さ方向の10%以上であることが好ましく、50%以上であることがより好ましく、全域であることがさらに好ましい。酸素の含有量はリンの1倍超が好ましく、2倍以上とすることができ、3倍以上であってもよい。酸素の含有量の上限は、例えばリンの10倍以下とすることができる。
【0063】
被膜は、希土類金属元素、リン、および酸素に加えて、リンおよび酸素以外の非希土類金属元素を含んでいてもよい。リンおよび酸素以外の非希土類金属元素としては、希土類金属元素以外の金属元素、半金属元素、H、C、N、O、F、P、S、Cl、Br、Iなどが挙げられる。希土類金属元素以外の金属元素としては、Li、Na、K、Rb、Csなどのアルカリ金属元素、Ca、Sr、Baなどのアルカリ土類金属元素、Fe、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Mn、Ru、Co、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Auなどの遷移金属元素、Zn、Cd、Alが挙げられる。半金属元素としては、B、Al、Si、Geなどが挙げられる。これらの中でも、金属元素が好ましく、耐熱性に優れた被覆磁性材料を得るために、被覆磁性材料を加熱するときの温度範囲(約400℃以上約700℃以下)において、酸化反応のギブスエネルギー変化(ΔG)が‐300kJ/mol O2以下である金属元素がより好ましく、遷移金属がさらに好ましく、Cr、W、Mn、Mo、Nb、Vが特に好ましい。被膜に含まれるこれらの元素は、被覆対象である磁性材料に由来するものであってもよく、被覆形成反応時に存在した元素であってもよい。
【0064】
被膜が、リンおよび酸素以外の非希土類金属元素を含む場合、被膜における非希土類金属元素および希土類金属元素の含有量は、被膜の表面から磁性材料に向かう方向において、非希土類金属元素の最大値を示した後に希土類金属元素の最大値を示すことが好ましい。このときに、絶縁性が向上する傾向がある。被膜の厚さをTとしたときに、被膜の表面から磁性材料に向かう方向において、非希土類金属元素の最大値を示す位置と、希土類金属元素の最大値を示す位置との距離は、0.001×T以上、0.99×T以下であることが好ましく、0.1×T以上、0.9×T以下であることがより好ましい。0.1×T以上0.9×T以下の範囲では、さらに絶縁性が向上する傾向がある。
【0065】
非希土類金属元素の含有量は、被膜の表面から前記磁性材料に向かう方向において、最大値を示した後に減少し、その後、増加に転じることが好ましい。このような分布であることで、被膜の耐熱性が向上する傾向がある。被膜の形成時に、被覆工程を2回以上行い、2回目以降の被覆工程で水溶液に無機酸を添加してpHを1以上4.5以下に調整することで、非希土類金属元素の含有量がこの分布を示すように被膜を形成することができる。非希土類金属元素の含有量が最大値を示した後に減少し、増加に転じる前の最小値は、最大値の0.9倍以下であることが好ましく、0.5倍以下であることがより好ましい。最小値の下限は、最大値の0.001倍以上とすることができる。
【0066】
被膜において、上記各元素は、結晶質、非晶質のいずれの形態で存在してもよい。また、被膜中の、各元素の濃度(原子%)は、被覆磁性材料についてEDXによるライン分析によって組成分析を行うことにより測定できる。被膜中に微結晶状態のリン酸化合物や複合酸化物が含まれると機械的強度が増し、耐熱性が向上する。
【0067】
本実施形態の被覆磁性材料に含まれる軟磁性材料としては、前述した被覆磁性材料の製造方法について述べたものを使用でき、酸化物系軟磁性材料や金属系軟磁性材料が挙げられる。酸化物系軟磁性材料としては、酸化鉄と、Ni、Zn、Cu、Mn、Coなどの遷移金属とを含む材料が挙げられる。具体例としては、Mn-Zn系ソフトフェライト、Ni-Zn系ソフトフェライト、Cu-Zn系ソフトフェライトなどが挙げられる。金属系軟磁性材料としては、純鉄、Fe-X合金(X:Ti、Mn、Ni、Co、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Cu、Zn、Si)、ケイ素鋼(Fe-Si)、センダスト(Fe-Si-Al)、パーメンジュール(Fe-Co)、パーマロイ(Fe-Ni)、電磁ステンレス(Fe-Cr)、超急冷薄帯粉(Fe-Si-B、Fe-Si-B-P-Cu)などが挙げられる。純鉄としては、アトマイズ鉄、還元鉄、電解鉄、カルボニル鉄などが挙げられる。Fe-X合金は、主に水素で還元しにくいX成分を含むフェライト粉体を、水素ガスを含む還元性ガス中で還元し、不均化反応により第1相と第2相を生成させることによって作製される。従って表面積が大きく、表面に細かな組成揺らぎが存在する。この特別な微構造によって、希土類金属元素を含むリン化合物や、Cr、W、Mn、Mo、Nb、Vなどの非希土類金属元素と、緻密なリン酸塩被膜や不働態膜を形成しやすくなっていると推測される。Fe-X合金は、例えば純鉄に比較すると、ヒステリシス損のみならず、渦電流損も低下し、鉄損が大幅に向上する傾向がある。
【0068】
被覆磁性材料中の、希土類金属元素の含有量は、0.0001質量%以上が好ましく、0.01質量%以上がより好ましく、0.1質量%以上がさら好ましい。0.0001質量%以上とすると高温での熱処理に耐えられる傾向があり、0.01質量%以上とするとより高温での熱処理に耐えられる傾向があり、0.1質量%以上とすると絶縁性がより向上したものが得られる傾向がある。希土類金属元素の含有量の上限は、50質量%以下とすることができ、10質量%以下が好ましい。被覆磁性材料に含まれる希土類金属元素の含有量を50質量%以下とすることで、被覆磁性材料の透磁率の低下を抑制することができ、特性の低下を抑制することができる。被覆磁性材料中の希土類金属元素の含有量は、ICP発光分光分析法(ICP-AES)を用いて測定される。
【0069】
被覆磁性材料中の、リンの含有量は、0.0001質量%以上15質量%以下が好ましく、0.001質量%以上5質量%以下がより好ましい。上記範囲内では耐熱性が向上する傾向がある。被覆磁性材料中のリンの含有量は、ICP発光分光分析法(ICP-AES)を用いて測定される。
【0070】
被覆磁性材料を含む成形体の鉄損Wは、150W/kg以下とすることができ、100W/kg以下が好ましく、80W/kg以下がより好ましい。鉄損Wの下限は、4W/kg以上であってよい。被覆磁性材料のヒステリシス損Whは、70W/kg以下とすることができ、60W/kg以下が好ましく、45W/kg以下がより好ましい。ヒステリシス損Whの下限は、3.9W/kg以上であってよい。被覆磁性材料の渦電流損Weは、90W/kg以下とすることができ、40W/kg以下が好ましく、35W/kg以下がより好ましい。渦電流損Weの下限は、0.1W/kg以上であってよい。なお、これらの損失は、実施例に記載の方法により最大磁束密度(Bmax)=1T、周波数400Hzのときに測定される値である。本実施形態では、加熱工程を経た成形体について、このような数値範囲とすることができる。加熱工程における加熱温度は例えば600℃とすることができる。鉄損Wなどの損失がこれらの数値範囲内である成形体は、樹脂およびガラスを含まないものであってよい。成形体でなく被覆磁性材料が加熱工程を経た場合には、被覆磁性材料について測定される鉄損W、ヒステリシス損Wh、渦電流損Weが、前述した範囲であってよい。
【0071】
<<成形体>>
本実施形態の成形体は、前記被覆磁性材料を含むことを特徴とする。成形体は、前述した成形体の製造方法により得ることができる。成形体は、鉄損が抑制された圧粉磁心として、種々の用途に用いることができる。成形体は、例えば、トランス、コイル、ヘッド、インダクタ、リアクトル、コア(磁芯)、ヨーク、各種のアクチュエータなどに適用することができる。成形体は、回転機用モータやリニアモータ等の各種モータに組み込まれる軟磁性部品として用いることもできる。回転機用モータとしては、例えば、ボイスコイルモータ、インダクションモータ、リアクタンスモータが挙げられる。
【0072】
本開示は以下の形態を含む。
(項1)
リン酸化合物および希土類化合物を含む水溶液と、軟磁性材料である磁性材料とを混合し、前記磁性材料の表面に、希土類金属元素を含むリン化合物を含有する被膜を形成する被覆工程を含む、被覆磁性材料の製造方法。
【0073】
(項2)
前記希土類化合物が、Ce、Nd、Sm、La、およびまたはDyからなる群から選択される1以上の塩化物を含む、
項1に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【0074】
(項3)
前記被覆工程において、前記希土類化合物を含む水溶液と、前記磁性材料とを混合し、その後、前記リン酸化合物を混合する、
項1または2に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【0075】
(項4)
前記被覆工程を2回以上行う、項1から3のいずれかに記載の被覆磁性材料の製造方法。
【0076】
(項5)
n回目(ただし、nは2以上の整数である)の被覆工程における前記水溶液が、
n-1回目の被覆工程における前記水溶液に前記希土類化合物を添加して得られたものである、
項4に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【0077】
(項6)
m回目(ただし、mは2以上の整数である)の被覆工程における前記水溶液と前記磁性材料が混合された混合液のpHは、m-1回目の被覆工程における前記水溶液と前記磁性材料が混合された混合液のpHよりも低い、
項4または5に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【0078】
(項7)
前記m回目の被覆工程において、前記水溶液に無機酸を添加してpHを1以上4.5以下に調整する、項6に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【0079】
(項8)
前記調整を10分間以上行う、項7に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【0080】
(項9)
前記被覆工程は第1被覆工程であり、前記第1被覆工程の後に、
リン酸化合物および非希土類金属元素の化合物を含む水溶液と、前記磁性材料とを混合し、前記磁性材料の表面に、リンおよび前記非希土類金属元素を含む被膜を形成する第2被覆工程を含む、
項1から3のいずれかに記載の被覆磁性材料の製造方法。
【0081】
(項10)
前記非希土類金属元素の化合物は、金属オキソ酸化合物である、項9に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【0082】
(項11)
前記第2被覆工程において、前記水溶液に無機酸を添加してpHを1以上4.5以下に調整する、項9または10に記載の被覆磁性材料の製造方法。
【0083】
(項12)
項1から11のいずれかに記載の方法により被覆磁性材料を得る工程と、
前記被覆磁性材料を加熱する加熱工程とを含む、成形体の製造方法。
【0084】
(項13)
前記加熱工程の前に、前記被覆磁性材料を加圧して、加圧成形物を得る工程を含み、
前記加熱工程は、前記加圧成形物を加熱する工程である、
項12に記載の成形体の製造方法。
【0085】
(項14)
軟磁性材料である磁性材料と、前記磁性材料の表面に設けられた希土類金属元素、リン、および酸素を含む被膜とを有する被覆磁性材料。
【0086】
(項15)
前記被膜において、酸素がリンより多い、項14に記載の被覆磁性材料。
【0087】
(項16)
前記被膜が、さらに鉄を含む、項14または15に記載の被覆磁性材料。
【0088】
(項17)
前記被膜は、リンおよび酸素とは異なる非希土類金属元素を含み、
前記被膜における前記非希土類金属元素および前記希土類金属元素の含有量は、前記被膜の表面から前記磁性材料に向かう方向において、前記非希土類金属元素の最大値を示した後に前記希土類金属元素の最大値を示す、
項14から16のいずれかに記載の被覆磁性材料。
【0089】
(項18)
前記非希土類金属元素の含有量は、前記被膜の表面から前記磁性材料に向かう方向において、前記最大値を示した後に減少し、その後、増加に転じる、項17に記載の被覆磁性材料。
【0090】
(項19)
項14から18のいずれかに記載の被覆磁性材料を含む成形体。
【実施例0091】
以下、実施例について説明する。なお、特に断りのない限り、「%」は質量基準である。
【0092】
(1)評価方法
(1-1)鉄損
被覆磁性材料を内径10mm、外径14mmの金型に仕込んで、実施例16以外は加圧力1GPaで成形したのち、Ar雰囲気中で600℃、1時間加熱してトロイダル成形体を作製した。実施例16は磁性粉体に滑剤(1,2-ビス(ステアロイルアミノ)エタン、ステアリン酸亜鉛)を0.2質量%添加し、同金型に仕込んで200℃、加圧力1.5GPaで成形したのち、大気雰囲気520℃で熱処理し、続いてAr雰囲気中で600℃、1時間熱処理してトロイダル成形体を作製した。これらの成形体に一次側50ターン、二次側50ターンの銅線を巻いて評価用試料とした。これらの評価用試料を用い、B-Hアナライザ(SY-8218、岩崎通信機社製)により、W10/400(400Hz、1Tでの鉄損)の値を評価した。同時に1Tの磁束密度で、10Hz~1kHzの鉄損値を測定し、二次多項式でフィッティングを行うことで、400Hz、1Tでのヒステリシス損Wh10/400と渦電流損We10/400を求めた。
【0093】
(1-2)被膜の厚さ、原子濃度
被覆磁性材料の被膜の厚さと原子濃度は、以下のようにして測定した。まず、得られた被覆磁性材料をφ10mmの円盤状に成形し、Ar雰囲気中で600℃、1時間加熱することで成形体を得た。得られた成形体をエポキュア樹脂で埋め込んだ後、イオンミリングで加工し、マイクロサンプリング法により試料を取り出し、FIB(集束イオンビーム)にて薄片化を行った。得られたサンプルについて、走査透過型電子顕微鏡(STEM;JEOL社製;加速電圧200kV)とエネルギー分散型X線分析装置(EDX;JEOL社製)によって、それぞれの値を見積もった。被膜中の原子濃度は、被覆磁性材料の外部から内部に向かって0.791nmのステップでライン分析し、連続的な各構成元素の原子濃度変化を観測して、リン(P)原子濃度が1原子%以上となる範囲を測定することで求めた。この際、測定箇所によっては、断面サンプルの作製に利用した樹脂中の炭素(C)が、多く検出される箇所が発生するおそれがあるため、Cを除いた元素の合計で原子濃度を算出した。
【0094】
(2)実施例1~15、比較例1~13
(2-1)被覆磁性材料の製造
(i-i)軟磁性材料の準備:実施例1、比較例1、3
実施例1、比較例1および3の軟磁性材料(磁性材料)として、市販の水アトマイズ鉄粉を準備した。
【0095】
(i-ii)軟磁性材料の準備:比較例2
比較例2の軟磁性材料(磁性材料)として、市販の水アトマイズ鉄粉(リン酸鉄被覆)を準備した。
【0096】
(i-iii)軟磁性材料の準備:実施例2~15、比較例4~13
実施例2~15および比較例4~13の軟磁性材料(磁性材料)として、Fe-X合金を準備した。Fe-X合金は以下の方法で作製した。まず、MnCl2・4H2O(塩化マンガン(II)四水和物)、NiCl2・6H2O(塩化ニッケル(II)六水和物)、およびFeCl2・4H2O(塩 化鉄(II)四水和物)を原料として水溶液を作製し、水酸化カリウムをpH調整剤として用いて、Mn-Ni-フェライトを作製した。得られたフェライトを950℃までは12℃/minで昇温し、1050℃までは2℃/minで昇温し、水素雰囲気中、1050℃で1時間還元処理を行った。この後、室温まで急速に降温した後に、酸素分圧3体積%のアルゴン雰囲気中で30分間除酸化を行い、軟磁性材料を得た。Fe-Ni-Mn粉体のD50は250μmであった。実施例2~8および比較例4~13のFe-X合金の組成はFe96Ni3.9Mn0.1であり、実施例9~15のFe-X合金の組成はFe95.5Ni4.4Mn0.1であった。
【0097】
(i-iv)軟磁性材料の準備:実施例16
実施例16の軟磁性材料として、原料を、MnSO4・5H2O(硫酸マンガン(II)五水和物)、NiSO4・6H2O(硫酸ニッケル(II)六水和物、FeSO4・7H2O(硫酸鉄(II)七水和物)とし、pH調整剤をNaOHとした以外は、実施例2~8および比較例4~13と同様の方法でFe-X合金を作製し、実施例16の軟磁性材料を作製した。
【0098】
(ii)軟磁性材料の洗浄
表3に記載の軟磁性材料10gを、希塩酸でpH1.1以下に調整した水溶液中に添加し、10分間撹拌することにより、表面酸化膜や汚れ成分を除去した。
【0099】
(iii)第1被覆工程
洗浄後の軟磁性材料に、表3に記載の希土類化合物または非希土類化合物を軟磁性材料に対して10質量%で含む水溶液として添加し、15分間撹拌した。次に、表3に記載のリン酸化合物を軟磁性材料に対して40質量%で含むpH2のリン酸水溶液として添加し、7分間撹拌した。各成分の最終濃度は、軟磁性材料が1.6質量%、希土類化合物または非希土類化合物が0.16質量%、リン酸化合物(PO4換算)が0.4質量%であった。処理槽のpHは3から5に上昇した。
【0100】
なお、実施例3、比較例3、比較例5では、希土類化合物または非希土類化合物を含む水溶液の添加を行わず、リン酸水溶液の添加のみを行った。
【0101】
(iv)第2被覆工程
表3に記載の希土類化合物を軟磁性材料に対して10質量%の量で含む水溶液として追加し、6質量%の塩酸を随時投入することで反応混合物のpHを2.5±0.1の範囲に制御しながら30分間撹拌した。
【0102】
(v)乾燥、および焼き付け
第2被覆工程後の軟磁性材料を、真空状態で100℃で4時間加熱することにより乾燥させた。その後、200℃で4時間加熱し、被膜の焼き付けを行った。
【0103】
(2-2)成形体の製造
得られた被覆磁性材料を用いて、上述の鉄損の評価方法に記載の方法で鉄損評価用の成形体を製造した。また、得られた実施例10および16の被覆磁性材料を用いて、上述の被膜の厚さ、原子濃度の評価方法に記載の方法で被膜評価用の成形体を製造した。
【0104】
得られた鉄損評価用の成形体について、鉄損(ヒステリシス損、および渦電流損)を測定した。その結果を表3に示す。
【0105】
【0106】
表3の第1被覆工程、第2被覆工程の欄では、これらの工程を行った試験例に〇、行わなかった試験例に-と記載した。比較例1(リン酸処理なし)、比較例2(市販のリン被覆磁性材料)、比較例3(希土類化合物なし)では、鉄損が大きかった。同じ軟磁性材料を用いた実施例1では、鉄損が低下した。
【0107】
比較例4(リン酸処理なし)、比較例5(希土類化合物なし)、比較例6~13に対し、同じ軟磁性材料を用いた実施例2~15では鉄損が低下した。特に、非希土類化合物による被覆工程を行った実施例9~15では、鉄損が顕著に低下した。
【0108】
実施例10の被覆磁性材料を用いた被膜評価用の成形体の表面付近を、STEM-EDXで観察した。得られたSTEM像を、
図1に示す。
図1は、O、P、Fe、Ni、Mo、Smの元素マッピング(EDS)像を含む。
図1の「Grey」とラベル付けした画像中の白色線における、金属元素、PおよびOに関するライン分析結果を、
図2~3に示す。
図3は、
図2の0~40原子%の領域の拡大図である。
【0109】
図1~3において、磁性材料表面の被膜の厚さは約200nmであった。
図3において、被膜の全範囲において、OがPより多かった。被膜の表面から磁性材料に向かう方向において、MoおよびFeの最大値が観察された後に、Smの最大値が観察された。Moは、被覆工程において添加したモリブデン酸ナトリウム塩に由来し、Feは、磁性材料に由来すると考えられる。
【0110】
実施例16の被覆磁性材料を用いた被膜評価用の成形体の断面の一部を、STEM-EDXで観察した。得られた結果を、
図4Aおよび
図4Bに示す。
図4Aは、STEM-EDX分析による特性X線を用いたMnの分布図である。色が黒い部分はMn含有量が少なく、白色の部分はMn含有量が多いことを示す。このEDX解析は、一片3nmのピクセルで画面を512×512に区分し、それぞれのピクセルの中央部に対し、電子ビーム径を1nmに絞り特性X線量を測定したものである。
【0111】
図4Bは、Mn含有量の分布を表したヒストグラムである。
図4Bでは、全測定点のMn含有量を、0原子%以上0.05原子%未満(
図4B中、横軸で0-0.05と表示)、0.05原子%以上0.1原子%未満(
図4B中、横軸で0.05-0.1と表示)、0.1原子%以上0.15原子%未満(
図4B中、横軸で0.1-0.15と表示)、0.15原子%以上0.2原子%未満(
図4B中、横軸で0.15-0.2と表示)、0.2原子%以上(
図4B中、横軸で0.2+と表示)の5つに区分して、それぞれの組成を有するピクセル数を百分率で示す(存在率という)ことにより、Mn含有量の分布を表している。
図4Bから、0原子%以上0.05原子%未満のMn組成を有する、第1相に相当するピクセルの存在率は全体の約10%であることがわかる。0.1原子%以上のMn含有量を有するピクセルの存在率は全体の約50%であり、これが第1相のMn含有量よりも多いMn含有量を有する第2相の存在率であるといえる。
図4Aおよび
図4Bから、実施例16の被覆磁性材料に用いられた軟磁性材料であるFe-X合金は、第1相と第2相に相分離していることがわかった。