IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日立金属株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-トロリ線 図1
  • 特開-トロリ線 図2
  • 特開-トロリ線 図3
  • 特開-トロリ線 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024154182
(43)【公開日】2024-10-30
(54)【発明の名称】トロリ線
(51)【国際特許分類】
   B60M 1/13 20060101AFI20241023BHJP
【FI】
B60M1/13 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023067877
(22)【出願日】2023-04-18
(71)【出願人】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】蛭田 浩義
(72)【発明者】
【氏名】田村 和彦
(72)【発明者】
【氏名】加藤 起基
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 正彦
(57)【要約】
【課題】左右両側に摩耗検知線としての光ファイバを内蔵したトロリ線であって、トロリ線本体の長寿命化とともに光ファイバの長寿命化を図ることができる構造を備えたトロリ線を提供する。
【解決手段】トロリ線本体10が、錫が0.4質量%超かつ0.6質量%以下、インジウムが0質量%超かつ0.1質量%以下で含有され、残部が銅及び不可避不純物からなる銅合金からなり、摩耗検知線用孔14の断面積が3mm未満であり、光ファイバ20の径方向の断面積が、摩耗検知線用孔14の断面積の28%超かつ35%以下であり、トロリ線本体10の中心線30と前記摩耗検知線用孔14との距離が3.7mm以上かつ3.8mm以下であり、胴径が970mmのドラムに横巻きに巻き付けた後に架線する場合に、架線後に2本の光ファイバ20に残留する伸び歪みが0.35%以下である、トロリ線1を提供する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
中心線の両側に設けられた2つの摩耗検知線用孔を内部に有するトロリ線本体と、
前記2つの摩耗検知線用孔に収容された、摩耗検知線としての2本の光ファイバと、
を備え、
前記トロリ線本体が、錫が0.4質量%超かつ0.6質量%以下、インジウムが0質量%超かつ0.1質量%以下で含有され、残部が銅及び不可避不純物からなる銅合金からなり、
前記摩耗検知線用孔の断面積が、3mm未満であり、
前記光ファイバの径方向の断面積が、前記摩耗検知線用孔の断面積の28%超かつ35%以下であり、
前記トロリ線本体の中心線と前記摩耗検知線用孔との距離が3.7mm以上かつ3.8mm以下であり、
胴径が970mmのドラムに前記トロリ線本体の中心線が前記ドラムの軸に対して平行になるように巻き付けた後に架線する場合に、架線後に前記2本の光ファイバに残留する伸び歪みが0.35%以下である、
トロリ線。
【請求項2】
前記トロリ線本体の摩耗しろが、4.0mm以上、4.25mm以下である、
請求項1に記載のトロリ線。
【請求項3】
前記光ファイバの直径が、0.9mm以上かつ1.0mm以下である、
請求項1又は2に記載のトロリ線。
【請求項4】
前記トロリ線本体が1600m以上の長さを有する、
請求項1又は2に記載のトロリ線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摩耗検知線としての光ファイバを内蔵するトロリ線に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、錫とインジウムの含有量を所定の範囲内に収めることにより、引張強度などの特性を向上させたトロリ線が知られている(特許文献1を参照)。特許文献1に記載のトロリ線は、錫が0.4質量%超かつ0.6質量%以下、インジウムが0質量%超かつ0.1質量%以下で含有され、残部が銅及び不可避不純物からなる銅合金線で構成される。
【0003】
また、従来、摩耗検知線として内蔵する光ファイバの寿命の低下を抑えた光ファイバ入りトロリ線が知られている(特許文献2を参照)。一般的に、トロリ線をドラムに巻き付ける際には、横巻きにすることにより、架線後にトロリ線が波打つことに起因する波状摩耗の発生を抑えることができる。このとき、トロリ線が左右両側に収容された2本の光ファイバを備える場合、ドラムに近い方の光ファイバに圧縮歪みが生じる。
【0004】
特許文献2によれば、この光ファイバの圧縮歪みは、トロリ線の架線後に伸び歪みに変わり、光ファイバの寿命の低下の原因となるとされている。そこで、特許文献2に記載のトロリ線においては、光ファイバの径方向の断面積を摩耗検知線用孔の有効断面積の40%以下とすることにより、トロリ線の架線後の光ファイバの伸び歪みの量の最大値を0.35%以下に抑えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第6217874号公報
【特許文献2】特開2017-226243号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載のトロリ線のような、高い引張強度を有するトロリ線においては、摩耗しろを大きく確保することにより、長寿命化を図ることができる。そして、摩耗検知線としての光ファイバを内蔵したトロリ線において、トロリ線本体の長寿命化を図る場合には、それに伴って光ファイバの長寿命化も求められる。そのためには、トロリ線の架線後の光ファイバの伸び歪みの量を従来よりもさらに効果的に低減する必要がある。
【0007】
本発明の目的は、左右両側に摩耗検知線としての光ファイバを内蔵したトロリ線であって、トロリ線本体の長寿命化とともに光ファイバの長寿命化を図ることができる構造を備えたトロリ線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決することを目的として、中心線の両側に設けられた2つの摩耗検知線用孔を内部に有するトロリ線本体と、前記2つの摩耗検知線用孔に収容された、摩耗検知線としての2本の光ファイバと、を備え、前記トロリ線本体が、錫が0.4質量%超かつ0.6質量%以下、インジウムが0質量%超かつ0.1質量%以下で含有され、残部が銅及び不可避不純物からなる銅合金からなり、前記摩耗検知線用孔の断面積が、3mm未満であり、前記光ファイバの径方向の断面積が、前記摩耗検知線用孔の断面積の28%超かつ35%以下であり、前記トロリ線本体の中心線と前記摩耗検知線用孔との距離が3.7mm以上かつ3.8mm以下であり、胴径が970mmのドラムに前記トロリ線本体の中心線が前記ドラムの軸に対して平行になるように巻き付けた後に架線する場合に、架線後に前記2本の光ファイバに残留する伸び歪みが0.35%以下である、トロリ線を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、左右両側に摩耗検知線としての光ファイバを内蔵したトロリ線であって、トロリ線本体の長寿命化とともに光ファイバの長寿命化を図ることができる構造を備えたトロリ線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本発明の実施の形態に係るトロリ線の径方向の断面図である。
図2図2(a)、(b)は、ドラムに巻き付けられた状態のトロリ線の断面を示す模式図である。
図3図3(a)、(b)は、従来の一般的な方法により形成されるトロリ線本体の、摩耗検知線用孔を閉じる前と閉じる後の状態の断面図である。
図4図4(a)、(b)は、本発明の実施の形態に係る方法により形成されるトロリ線本体の、摩耗検知線用孔を閉じる前と閉じる後の状態の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
〔実施の形態〕
(トロリ線の構造)
図1は、本発明の実施の形態に係るトロリ線1の径方向の断面図である。トロリ線1は、2つの摩耗検知線用孔14を内部に有するトロリ線本体10と、2つの摩耗検知線用孔14内に収容された摩耗検知線としての2本の光ファイバ20とを有する。トロリ線1は、新幹線路などの架線区間の距離に応じた長さを有し、トロリ線本体10が1600m以上の長さ、例えば、1600m以上かつ1830m以下の長さを有する場合もある。
【0012】
トロリ線1のトロリ線本体10は、異形丸形のトロリ線であり、上部の小弧面11、下部の大弧面12、両側部の小弧面11と大弧面12の間のV字状のイヤー溝13と、大弧面12の底部から所定の距離の位置にトロリ線本体10の長手方向に沿って設けられた線状の摩耗検知線用孔14とを有する。トロリ線本体10は、JISE2101、IEC62917に規定されたみぞ付硬銅トロリ線に該当する。
【0013】
トロリ線本体10の公称断面積は150mm(150SQ)以上かつ175mm(175SQ)以下である。ここで、公称断面積とは、摩耗検知線用孔14が設けられていないと仮定した場合の計算断面積を示すものとする。
【0014】
トロリ線本体10は、Cu-Sn-In系合金を主成分とする銅合金からなることが好ましい。具体的には、トロリ線本体10は、錫(Sn)が0.4質量%超かつ0.6質量%以下、インジウム(In)が0質量%超かつ0.1質量%以下で含有され、残部が銅及び不可避不純物からなる銅合金からなることが好ましい。これにより、従来の銅合金、例えば錫が0.25質量%超かつ0.35質量%以下、インジウムが0.05質量%超かつ0.25質量%以下で含有され、残部が銅及び不可避不純物からなる銅合金(以下、比較例Aと呼ぶ)、を材料に用いる場合と比較して、引張強度などの特性を向上させることができる。
【0015】
また、トロリ線本体10の錫の含有量は、0.45質量%以上かつ0.55質量%以下であることがより好ましく、インジウムの含有量は、0.05質量%以上かつ0.1質量%以下であることがより好ましい。これにより、トロリ線本体10の引張強度などの特性をより効果的に向上させることができる。
【0016】
また、トロリ線本体10の材料に用いられる銅合金には、酸素(O)が0.02質量%以上かつ0.05質量%以下で含有されることが好ましい。これにより、トロリ線本体10の表面に傷や割れが発生しにくくなると同時に錫インジウム酸化物が微細化するため、トロリ線本体10の耐振動疲労特性の向上などに有効である。
【0017】
トロリ線1を介して、例えば高速で走行する新幹線などの鉄道車両からなる電気車に給電が行われる際には、トロリ線本体10の大弧面12の底部が、パンタグラフ等の電気車の集電装置に接触する。このため、集電装置の摺動により、トロリ線本体10は大弧面12の底部から摩耗する。摩耗が進むと、設定された摩耗限度位置15に達する前に光ファイバ20が断線し、断線検知システムが作動して、トロリ線本体10が限界に近いところまで摩耗していることが検知される。
【0018】
摩耗検知線用孔14は、その上端の位置がトロリ線本体10の摩耗限度位置15に一致するような位置に設けられる。トロリ線本体10においては、トロリ線本体10の中心線30の両側に1つずつ、計2つの摩耗検知線用孔14が設けられ、それら2つの摩耗検知線用孔14の各々に1本ずつ光ファイバ20が収容されている。2本の光ファイバ20を用いることにより、偏摩耗が生じた場合にも摩耗を検知することができる。
【0019】
図1中のLは、摩耗前のトロリ線本体10の底部と摩耗限度位置15との距離であり、摩耗しろと呼ばれる。また、図1中のLは、トロリ線本体10の上端と摩耗限度位置15との距離である。Lは、トロリ線本体10が摩耗して底面が摩耗限度位置15に達したときの残存するトロリ線本体10の高さに相当し、残存高さと呼ばれる。図1中のLは、トロリ線本体10の上端から下端までの距離であり、摩耗しろLと残存高さLの合計に等しい。例えば、トロリ線本体10の公称断面積が170mmである場合の距離Lは、約15.5mmである。
【0020】
トロリ線1を架線したときにトロリ線本体10に加わる架線張力が大きいほど、トロリ線本体10の残存高さLを大きく確保する必要がある。例えば、24.5kNまでの架線張力に対応させるためには、トロリ線本体10の残存高さLを約11.25mm以上に設定する。そのため、トロリ線本体10の公称断面積が170mmである場合には、摩耗しろLは約4.25mm以下に設定される。一方で、トロリ線1を24.5kNの架線張力で架線したときに15年以上の寿命を確保するためには、トロリ線本体10の摩耗しろLを約4.0mm以上に設定する。
【0021】
トロリ線本体10は、上記の比較例Aなどの従来の銅合金よりも高い引張強度を有し、より高い架線張力で架線することができるため、新幹線のさらなる高速化に対応することができる。また、高い引張強度を有しているため、耐摩耗性にも優れており、比較例Aに比べて約1.3倍の摩耗性能を有している。
【0022】
また、トロリ線本体10は、上記の比較例Aなどの従来の銅合金よりも高い引張強度を有するため、架線張力に対して求められる残存高さLを小さくすることができる。そのため、摩耗しろLを大きく確保し、長寿命化を図ることができる。例えば、上記の比較例Aを材料に用いたトロリ線本体10と同じ大きさ及び形状を有するトロリ線本体は、19.6kNの架線張力で架線する場合、約4.5mmの摩耗しろを設定して約10年の寿命を確保することができ、24.5kNの架線張力で架線する場合、約3.5mmの摩耗しろを設定して約8年の寿命を確保することができる。一方、トロリ線本体10は、その高い引張強度などにより、例えば、24.5kNの架線張力で架線する場合、約4.0mmの摩耗しろLを設定して約15年の寿命を確保することができる。
【0023】
本実施の形態に係るトロリ線1においては、トロリ線本体10の中心線30と摩耗検知線用孔14との距離Lと、光ファイバ20の径方向の断面積(以下、単に光ファイバ20の断面積と呼ぶ)と摩耗検知線用孔14の径方向の断面積(以下、単に摩耗検知線用孔14の断面積と呼ぶ)の比を調整することにより、トロリ線1をドラムに巻き付けたときに光ファイバ20に生じる圧縮歪みを低減している。それによって、トロリ線1の架線後に光ファイバ20に残留する伸び歪みを低減し、光ファイバ20の長寿命化を図っている。
【0024】
具体的には、摩耗検知線用孔14の断面積を3mm未満、光ファイバ20の径方向の断面積を摩耗検知線用孔14の断面積の28%超かつ35%以下、トロリ線本体10の中心線30と摩耗検知線用孔14との距離Lを3.7mm以上かつ3.8mm以下とすることにより、トロリ線本体10の中心線30がドラム50の軸(胴51の軸)に対してほぼ平行になるようにトロリ線1を胴径が970mmのドラム50に巻き付けたときの、トロリ線1の架線後に2本の光ファイバ20に残留する伸び歪み(以下、単に残留伸び歪みと呼ぶ場合がある)を0.35%以下に抑えている。
【0025】
ここで、スクリーニングレベル(スクリーニングにより加えられた伸び歪みの値)が1.3%である光ファイバを光ファイバ20として用いる場合に、約15年の光ファイバ20の寿命を確保することのできる残留伸び歪みの最大値を、安全率を考慮して算出すると、約0.35%となる。上述の光ファイバ20aの残留伸び歪みの範囲である“0.35%以下”は、この算出結果に基づいて、光ファイバ20を長寿命化することができる範囲として設定されたものである。
【0026】
なお、スクリーニングレベルが1.3%の光ファイバを光ファイバ20として用いる場合に、約10年の光ファイバ20の寿命を確保することのできる残留伸び歪みの最大値を、安全率を考慮して算出すると、0.44%となる。
【0027】
図2(a)、(b)は、ドラム50に巻き付けられた状態のトロリ線1の断面を示す模式図である。図2(a)、(b)に示されるように、トロリ線1は、通常、架線後の波状摩耗の発生を抑えるため、ドラム50に横巻きで巻き付けられる。すなわち、トロリ線本体10の中心線30がドラム50の軸(胴51の軸)に対して平行に近くなるように巻かれる。
【0028】
トロリ線1がドラム50に横巻きに巻き付けられると、2本の光ファイバ20のうちの、ドラム50に近い、すなわち胴51に近い光ファイバ20(光ファイバ20aとする)には圧縮歪みが生じ、ドラム50から遠い、すなわち胴51から遠い光ファイバ20(光ファイバ20bとする)には伸び歪みが生じる。
【0029】
通常、トロリ線本体10の長さが1600mに満たない場合には、図2(a)に示されるように、トロリ線1は胴径(円筒形の胴51の直径)が比較的大きいドラム50、例えば胴径が1030mmであるドラム50に巻き付けられ、トロリ線本体10の長さが1600m以上である場合には、図2(b)に示されるように、トロリ線1は胴径が比較的小さいドラム50、例えば胴径が970mmであるドラム50に巻き付けられる。トロリ線本体10が長い場合にドラム50の胴径が小さくなるのは、延線車両に搭載されるドラム50の鍔52の直径に制約があるためである。
【0030】
トロリ線本体10の長さが1600m以上である場合には、トロリ線1は胴径が小さいドラム50に巻き付けられるため、ドラム50に巻き付けられた状態のトロリ線1内の光ファイバ20aにはより大きな圧縮歪みが生じる。そして、この大きな圧縮歪みがトロリ線1の架線後に大きな伸び歪みに変わり、光ファイバ20aの寿命を低下させる。すなわち、トロリ線本体10の長さが1600m以上である場合には、トロリ線本体10の長さが1600mに満たない場合よりも、光ファイバ20aの寿命が低下しやすい。
【0031】
なお、トロリ線1をドラム50に巻き付けることにより光ファイバ20bに生じる伸び歪みは、トロリ線1の架線後に圧縮歪みに変わり、この架線後の圧縮歪みは光ファイバ20bの寿命にほとんど影響を及ぼさない。すなわち、基本的に光ファイバ20bの寿命は光ファイバ20aの寿命よりも長く、光ファイバ20aを長寿命化することにより、2本の光ファイバ20を長寿命化することができる。また、トロリ線1の架線後に光ファイバ20bに残留する歪みは圧縮歪みであるため、トロリ線1の架線後に光ファイバ20aに残留する伸び歪みを0.35%以下にすることは、2本の光ファイバ20に残留する伸び歪みを0.35%以下にすることになる。
【0032】
トロリ線本体10の中心線30と摩耗検知線用孔14との距離Lを小さくすることにより、トロリ線1をドラム50に巻き付けた状態におけるトロリ線本体10の中心部の長さと摩耗検知線用孔14の長さの差を低減することができる。それにより、トロリ線1をドラム50に巻き付けたときの光ファイバ20aに生じる圧縮歪みを低減し、光ファイバ20aを長寿命化することができる。
【0033】
上述のように、トロリ線1においては、胴径が970mmのドラム50にトロリ線1を巻き付ける場合、すなわちトロリ線本体10の長さが1600m以上である場合の光ファイバ20aの寿命を約15年確保するために、距離Lを3.8mm以下に設定している。
【0034】
一方で、距離Lが短すぎると、トロリ線本体10の寿命に影響を及ぼすほどトロリ線本体10の機械的強度が低くなるおそれがあるため、距離Lは3.7mm以上に設定されることが好ましい。
【0035】
また、上述のように、新幹線路などにおいて24.5kNの架線張力でトロリ線1を架線する場合に、約15年のトロリ線本体10の寿命を確保するためには、摩耗しろLを4.0mm以上に設定する。しかしながら、従来の一般的な方法により摩耗検知線用孔14を形成する場合には、摩耗しろLを4.0mm以上に設定すると、距離Lが3.8mm以下になるようなトロリ線本体10の表面から離れた位置に摩耗検知線用孔14を形成することができない。
【0036】
図3(a)、(b)は、従来の一般的な方法により形成されるトロリ線本体10の、摩耗検知線用孔14を閉じる前と閉じる後の状態の断面図である。図3(a)に示される状態のトロリ線本体10に伸線加工を施すことにより、トロリ線本体10を伸線しつつ溝140の開口部140bを閉じて摩耗検知線用孔14を形成する。従来の一般的な方法によれば、図3(a)、(b)に示されるように、溝140の底部を含む部分140aの幅が溝140の開口部140bの幅とほぼ等しい。そして、溝140の開口部140bの両側の縁141がほぼ線で接触するように閉じられ、溝140の内面のほぼ全体が摩耗検知線用孔14の内面を構成する。その結果、摩耗検知線用孔14の断面は、図3(b)に示されるような雫形になる。
【0037】
この図3(a)、(b)に示される従来の方法によれば、例えば、トロリ線本体10の公称断面積が170mmであるとき、摩耗しろLを3.5mmとするときの距離Lは3.7mmとなるが、摩耗しろLを4.0mmとするときの距離Lは3.9mmとなり、3.8mmを超えてしまう。
【0038】
図4(a)、(b)は、本発明の実施の形態に係る方法により形成されるトロリ線本体10の、摩耗検知線用孔14を閉じる前と閉じる後の状態の断面図である。図3(a)と図4(a)に示されるように、従来の方法と本発明の実施の形態に係る方法とでは、摩耗検知線用孔14を閉じる前のトロリ線本体10の形状が異なり、また、伸線加工に用いられるダイスの形状が異なる。
【0039】
具体的には、本発明の実施の形態に係る方法によれば、図4(a)、(b)に示されるように、溝140が従来の方法よりも深く形成され、また、溝140の底部を含む摩耗検知線用孔14となる部分140aの断面が円形に膨らんでおり、その部分140aの幅が溝140の開口部140bの幅よりも大きい。そして、溝140の開口部140bの両側の縁141が、面で接触するように閉じられ、ほぼ部分140aであった部分の内面のみが摩耗検知線用孔14の内面を構成する。その結果、摩耗検知線用孔14の断面は、雫形ではなく、図4(b)に示されるような真円に近い円形になる。
【0040】
この図4(a)、(b)に示される本発明の実施の形態に係る方法によれば、例えば、トロリ線本体10の公称断面積が170mmであるとき、摩耗しろLを4.0mmとするときの距離Lを3.8mmとすることができる。このため、摩耗しろLが4.0mm以下であれば、距離Lを3.8mm以下とすることができる。
【0041】
上述のように、トロリ線1においては、胴径が970mmのドラム50にトロリ線1を巻き付ける場合、すなわちトロリ線本体10の長さが1600m以上である場合の光ファイバ20aの寿命を約15年確保するために、光ファイバ20の径方向の断面積を摩耗検知線用孔14の断面積の28%超かつ35%以下、摩耗検知線用孔14の断面積を3mm未満に設定している。
【0042】
光ファイバ20の径方向の断面積が、摩耗検知線用孔14の断面積の35%以下であることにより、トロリ線1が曲げられた際に摩耗検知線用孔14の長手方向に対して光ファイバ20が動き易くなり、光ファイバ20に発生する歪みが低減する。そのため、トロリ線1を胴径が小さいドラム50に横巻きで巻き付けた場合であっても、光ファイバ20aにおける圧縮歪みの発生が抑えられる。
【0043】
一方で、摩耗検知線用孔14の断面積に対する光ファイバ20の径方向の断面積が小さすぎると、摩耗検知線用孔14の内面と光ファイバ20との摩擦が極端に小さくなるため、トロリ線1が架線されて電気車が通過する際に、摩耗検知線用孔14の長手方向に対して光ファイバ20が動いてしまう波乗り現象と呼ばれる現象が生じる。そこで、光ファイバ20の径方向の断面積を摩耗検知線用孔14の断面積の28%超にすることにより、波乗り現象を抑えることができる。
【0044】
また、摩耗検知線用孔14の断面積を3mm未満とすることにより、摩耗検知線用孔14を設けることによるトロリ線本体10の断面積の減少量を抑え、トロリ線1を架線したときの架線張力に対する信頼性の低下を抑えることができる。なお、光ファイバ20を細くすることには限度があるため、光ファイバ20の径方向の断面積を摩耗検知線用孔14の断面積の28%超かつ35%以下とするためには、摩耗検知線用孔14の断面積を小さくすることはできず、例えば、2mm以上に設定する。
【0045】
次の表1に、光ファイバ20の直径を1.0mm又は1.1mmとする場合の、トロリ線本体10の断面積、摩耗検知線用孔14の断面積、及び摩耗検知線用孔14の断面積に対する光ファイバ20の断面積の比率(%)を示す。
【0046】
【表1】
【0047】
表1によれば、光ファイバ20の直径を約1.0mm以下とすることにより、光ファイバ20の径方向の断面積が摩耗検知線用孔14の断面積の28%超かつ35%以下、及び摩耗検知線用孔14の断面積が3mm未満、の条件を満たすための、トロリ線本体10の断面積と摩耗検知線用孔14の断面積の設定の自由度が高くなることがわかる。なお、光ファイバ20の直径の下限値は、例えば0.9mmである。
【0048】
このため、光ファイバ20の直径は、例えば、0.9mm以上かつ1.0mm以下であることが好ましい。直径が1.0mm以下の光ファイバ20は、例えば、従来一般的に用いられている直径が1.1mmの光ファイバの外部被覆を薄くすることにより得ることができる。
【0049】
以下に、トロリ線1の構造とトロリ線1の架線後に光ファイバ20aに残留する伸び歪みとの関係について調べるために実施したシミュレーションの一例を示す。次の表2に、このシミュレーションに用いた2本のトロリ線1(トロリ線I、IIとする)の構造を示す。
【0050】
【表2】
【0051】
ドラム50に巻き付けられたトロリ線1における、トロリ線本体10の中心部の長さに対する光ファイバ20の中心部の長さの比率(%)をP、トロリ線1をドラム50に巻き付けることにより光ファイバ20aに生じる圧縮歪み(%)をP、トロリ線本体10の長さに対するトロリ線1を架線するときのトロリ線本体10への光ファイバ20aの引き込み長さの比率(%)をP、トロリ線1を架線することによりトロリ線1に生じる伸び歪み(%)をPとすると、トロリ線1の架線後に光ファイバ20aに残留する伸び歪みP(%)は、次の式1により求められる。
【0052】
【数1】
【0053】
上記の比率Pは、ドラム50に巻きつけられたトロリ線本体10の中心径(Dとする)に対する、そのドラム50に巻きつけられたトロリ線本体10に収容された光ファイバ20aの中心径(Dとする)の比の値D/Dに等しいものとして、近似的に算出することができる。この計算においては、ドラム50に巻き付けられたトロリ線本体10の中心線30がドラム50の軸に平行であり、光ファイバ20が孔内のトロリ線本体10の中心線30側に位置し、また、トロリ線1を多重に巻き付けることによるトロリ線本体10の中心径D及び光ファイバ20の中心径Dの変化はないものとした。
【0054】
中心径D、Dは、トロリ線本体10の直径をd、光ファイバ20の直径をd、ドラム50の胴径をdとして、次の式2、式3によりそれぞれ求められる。
【0055】
【数2】
【0056】
【数3】
【0057】
上記の伸び歪みPは、トロリ線1の架線張力(N)をT、トロリ線本体10の断面積(m)をS、トロリ線本体10のヤング率(N/m)をEとすると、次の式4により求められる。
【数4】
【0058】
胴径dが1030mmのドラム50に巻き付けられる長さが1600m未満であるトロリ線Iの比率P(=D/D)は、式2と式3から0.81%と求められる。また、胴径dが1030mmのドラム50に巻き付けられる長さが1600m未満であるトロリ線Iの圧縮歪みP、比率Pは、それぞれ約0.25%、約0.31%となることが確認されている。なお、比率Pは、トロリ線本体10の長さが1600mのときの光ファイバ20aの引き込み長さが約5mであることから算出した。また、トロリ線Iの架線張力Tを24.5kN、トロリ線本体10のヤング率Eを1.1×1011N/mとすると、胴径dが1030mmのドラム50に巻き付けられる長さが1600m未満であるトロリ線Iの伸び歪みPは、式4から0.14%と求められる。
【0059】
胴径dが970mmのドラム50に巻き付けられる長さが1600m以上であるトロリ線Iの比率P(=D/D)は、式2と式3から0.86%と求められる。また、胴径dが970mmのドラム50に巻き付けられる長さが1600m以上であるトロリ線Iの圧縮歪みP、比率Pは、それぞれ約0.25%、約0.33%であることが確認されている。なお、比率Pは、トロリ線本体10の長さが1815mのときの光ファイバ20aの引き込み長さが約6mであることから算出した。また、トロリ線Iの架線張力Tを24.5kN、トロリ線本体10のヤング率Eを1.1×1011N/mとすると、胴径dが970mmのドラム50に巻き付けられる長さが1600m以上であるトロリ線Iの伸び歪みPは、式4から0.14%と求められる。
【0060】
胴径dが1030mmのドラム50に巻き付けられる長さが1600m未満であるトロリ線IIの比率P(=D/D)は、式2と式3から0.83%と求められる。また、胴径dが1030mmのドラム50に巻き付けられる長さが1600m未満であるトロリ線Iの圧縮歪みP、比率Pは、それぞれ約0.30%、約0.375%となることが確認されている。なお、比率Pは、トロリ線本体10の長さが1600mのときの光ファイバ20aの引き込み長さが約6mであることから算出した。また、トロリ線IIの架線張力Tを24.5kN、トロリ線本体10のヤング率Eを1.1×1011N/mとすると、胴径dが1030mmのドラム50に巻き付けられる長さが1600m未満であるトロリ線Iの伸び歪みPは、式4から0.14%と求められる。
【0061】
胴径dが970mmのドラム50に巻き付けられる長さが1600m以上であるトロリ線IIの比率P(=D/D)は、式2と式3から0.88%と求められる。また、胴径dが970mmのドラム50に巻き付けられる長さが1600m以上であるトロリ線IIの圧縮歪みP、比率Pは、それぞれ約0.30%、約0.38%であることが確認されている。なお、比率Pは、トロリ線本体10の長さが1815mのときの光ファイバ20aの引き込み長さが約7mであることから算出した。また、トロリ線IIの架線張力Tを24.5kN、トロリ線本体10のヤング率Eを1.1×1011N/mとすると、胴径dが970mmのドラム50に巻き付けられる長さが1600m以上であるトロリ線IIの伸び歪みPは、式4から0.14%と求められる。
【0062】
次の表3に、式1から算出された、24.5kNの架線張力で架線されたトロリ線I、IIの光ファイバ20aに残留する伸び歪みPの値を示す。
【0063】
【表3】
【0064】
表3に示されるように、トロリ線Iは、トロリ線本体10の長さが1600m未満、1600m以上のいずれの場合であっても、光ファイバ20aの残留伸び歪みPが0.35%を超えており、トロリ線1を24.5kNの架線張力で架線したときの光ファイバ20aの寿命が15年に満たないものと推測される。一方で、トロリ線IIは、トロリ線本体10の長さが1600m未満、1600m以上のいずれの場合であっても、光ファイバ20aの残留伸び歪みPが0.35%以下であり、トロリ線1を24.5kNの架線張力で架線したときの光ファイバ20aの寿命が15年以上になると推測される。
【0065】
(実施の形態の効果)
本実施の形態によれば、左右両側に摩耗検知線としての光ファイバを備えたトロリ線であって、トロリ線の架線後に光ファイバに残留する伸び歪みを低減し、トロリ線本体の長寿命化とともに光ファイバの長寿命化を図ることができる構造を備えたトロリ線を提供することができる。
【0066】
(実施の形態のまとめ)
次に、以上説明した実施の形態から把握される技術思想について、実施の形態における符号等を援用して記載する。ただし、以下の記載における各符号等は、特許請求の範囲における構成要素を実施の形態に具体的に示した部材等に限定するものではない。
【0067】
[1]中心線(30)の両側に設けられた2つの摩耗検知線用孔(14)を内部に有するトロリ線本体(10)と、前記2つの摩耗検知線用孔(14)に収容された、摩耗検知線としての2本の光ファイバ(20)と、を備え、前記トロリ線本体(10)が、錫が0.4質量%超かつ0.6質量%以下、インジウムが0質量%超かつ0.1質量%以下で含有され、残部が銅及び不可避不純物からなる銅合金からなり、前記摩耗検知線用孔(14)の断面積が、3mm未満であり、前記光ファイバ(20)の径方向の断面積が、前記摩耗検知線用孔(14)の断面積の28%超かつ35%以下であり、前記トロリ線本体(10)の中心線(30)と前記摩耗検知線用孔(14)との距離が3.7mm以上かつ3.8mm以下であり、胴径が970mmのドラム(50)に、前記トロリ線本体(10)の中心線(30)が前記ドラム(50)の軸に対して平行になるように巻き付けた後に架線する場合に、架線後に前記2本の光ファイバ(20)に残留する伸び歪みが0.35%以下である、トロリ線(1)。
【0068】
[2]前記トロリ線本体(10)の摩耗しろが、4.0mm以上、4.25mm以下である、上記[1]に記載のトロリ線(1)。
【0069】
[3]前記光ファイバ(20)の直径が、0.9mm以上かつ1.0mm以下である、上記[1]又は[2]に記載のトロリ線(1)。
【0070】
[4]前記トロリ線本体が1600m以上の長さを有する、上記[1]又は[2]に記載のトロリ線(1)。
【0071】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明は、上記実施の形態に限定されず、発明の主旨を逸脱しない範囲内において種々変形実施が可能である。
【0072】
また、上記に記載した実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【符号の説明】
【0073】
1 トロリ線
10 トロリ線本体
14 摩耗検知線用孔
20、20a、20b 光ファイバ
50 ドラム
図1
図2
図3
図4