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特開2024-154361ウイルスを検出及び/又は同定する方法及びシステム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024154361
(43)【公開日】2024-10-30
(54)【発明の名称】ウイルスを検出及び/又は同定する方法及びシステム
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20241023BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALI20241023BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20241023BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20241023BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20241023BHJP
【FI】
G01N27/62 V ZNA
C12Q1/04
C12M1/00 A
G01N33/48 A
G01N33/68
G01N27/62 F
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023211986
(22)【出願日】2023-12-15
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2024-09-10
(31)【優先権主張番号】P 2023067519
(32)【優先日】2023-04-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村上 理都子
(72)【発明者】
【氏名】梶原 英之
(72)【発明者】
【氏名】久保田 健嗣
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 聡子
【テーマコード(参考)】
2G041
2G045
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA04
2G041DA05
2G041EA04
2G041FA12
2G041GA06
2G041JA02
2G041JA08
2G041JA14
2G041LA07
2G045AA28
2G045BB03
2G045BB19
2G045BB60
2G045CB21
2G045DA36
2G045FA40
2G045FB05
2G045FB06
4B029AA07
4B029BB13
4B029FA03
4B029FA04
4B029FA12
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ10
4B063QR50
4B063QS28
4B063QS36
4B063QS39
4B063QX01
4B063QX04
(57)【要約】
【課題】質量分析を用いて、短時間で簡易に試料中のウイルスを検出、同定及び/または識別することが可能な方法及びシステムを提供する。
【解決手段】試料中のウイルスを検出、同定及び/または識別する方法であって:a)試料を酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤に接触させる工程;b)工程a)の試料を加熱する工程;c)工程b)の試料に含まれるタンパク質及び/又はペプチド成分の分析を行う工程;及びd)工程c)の結果に基づいて、試料に含まれるウイルスの検出、同定及び/または識別を行う工程;を含む、方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中のウイルスを検出、同定及び/又は識別する方法であって:
a)試料を酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤に接触させる工程;
b)工程a)の試料を加熱する工程;
c)工程b)の試料に含まれるタンパク質及び/又はペプチド成分の分析を行う工程;及び
d)工程c)の結果に基づいて、試料に含まれるウイルスの検出、同定及び/又は識別を行う工程;を含む、方法。
【請求項2】
工程a)の前に、試料中のウイルスを、ポリエチレングリコール水溶液を用いて濃縮する工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記前処理剤が、トリフルオロ酢酸、蟻酸、酢酸、硝酸、塩酸、ジフルオロ酢酸、モノフルオロ酢酸、プロピオン酸、酪酸、次亜塩素酸塩、過酸化水素、フッ化水素、ブロモ酢酸、オゾン、ハロゲン、二酸化塩素、又は二酸化マンガンからなる群より選択される少なくとも1つを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
工程c)において、前記分析が、APCI法、CI法、EI法、ESI法、FAB法、FD法、FI法、LILBID法、LSIMS法、MALDI法、PB法、PD法、SIMS法、TSP法又はこれらの組み合わせからなる群から選択されるイオン化手段を用いた質量分析である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記イオン化手段が、ESI法又はMALDI法である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
工程c)において、前記分析が、MALDI-TOF-MSを含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
MALDI-TOF-MSにおいて、マトリクスとしてシナピン酸マトリクスを使用する、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
工程c)において、前記分析が、LC、MPLC、HPLC、又はキャピラリー電気泳動法による分離を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
工程d)が、既知の複数のウイルスからなる対照群について得られた分析結果を利用する、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
工程d)が、既知の複数のウイルスについて得られた分析結果を登録したデータベースを利用する、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
工程a)の前に、試料をオートクレーブ処理する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
以下を備える、試料中のウイルスの検出、同定及び/又は識別のためのシステムであって:
-前処理済みの試料に含まれるタンパク質成分の分析を行う、分析部;及び
-前記分析部より出力された分析結果に基づいて、ウイルスの検出、同定及び/又は識別を行う、解析部;
前記前処理済みの試料は、試料を酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤と接触させた後、加熱処理した試料である、システム。
【請求項13】
-加熱手段を有し、試料と、酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤とを接触させた後、加熱処理を行う処理部;
をさらに含む請求項12に記載のシステム。
【請求項14】
前記分析部は、質量分析計を備える、請求項12に記載のシステム。
【請求項15】
前記質量分析計は、MALDI-TOF-MS質量分析計である、請求項14に記載のシステム。
【請求項16】
前記解析部はデータベースを備え、前記データベースは、複数のウイルスについて得られた分析結果を登録したデータベースである、請求項12に記載のシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中のウイルスを検出、同定及び/又は識別するための方法及びシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析機(MS)の生物種の識別への応用については2000年頃から検討され始め、細菌はスペクトルが得やすいため、MSを用いた細菌種の識別に関する研究が先行していた。特に医療分野で開発が進み、臨床現場、特に感染症の診断・治療において、感染細菌の検出・同定への応用がなされてきた。近年、糸状菌の識別についても解析が進み始めており、細菌の識別と同様に臨床現場における応用を目的に研究が進められている。特許文献1には、臨床検体から分離された株を、MALDI-TOF-MSを用いて、菌種及び/又は亜種のレベルで同定する方法が開示されている。特許文献2には、細菌等の微生物からリン脂質を抽出し、MALDIベースのMSで解析する方法が開示されている。特許文献3には、細菌の抗生物質に対する耐性を、抗生物質を含む培地中の細菌の成長をマススペクトルで測定することで判定する方法が開示されている。近年では、細胞壁を有する糸状菌に対してもMSの利用が検討され始めている(非特許文献1)。
【0003】
細菌と同様に、感染症の病原となり得るウイルスについても、MSでの識別に対するニーズがあるが、現在のところ、ウイルスのMSによる識別は実用化されていない。非特許文献2及び3には、精製したウイルスをMSにかけて数本のピークを得る手法が報告されている。また、非特許文献4には、精製したウイルス粒子をトリプシンで処理した後、精製・濃縮してMSにかける手法が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2010-515915号公報
【特許文献2】特開2020-038208号公報
【特許文献3】特開2018-029619号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】東山ら、質量分析法(MALDI-TOF MS)を用いた臨床微生物同定と感染症迅速診断への応用Mycotoxins, 63 (2), 209-216 (2013)
【非特許文献2】Bruckman et al., Tobacco mosaic virus based thin film sensor for detection of volatile organic compounds. Journal of Materials Chemistry. 20, 5715-5719 (2010)
【非特許文献3】Sitasuwan et al., RGD-conjugated rod-like viral nanoparticles on 2D scaffold improve bone differentiation of mesenchymal stem cells. Frontiers in Chemistry 2:31 DOI: 10.3389/fchem.2014.00031 (2014)
【非特許文献4】Yoshinari et al., Matrix-Assisted Laser Desorption and Ionization Time-of-Flight Mass Spectrometry Analysis for the Direct Detectionof SARS-CoV-2 in Nasopharyngeal Swabs. Anal. Chem. 94, 4218-4226 (2022)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ウイルスの構成するタンパク質は、一般に強固で分子量が大きいことが知られる。そのため、細菌と同様の手法でMSによる解析を試みたとしても、分子のイオン化が困難であり、その識別に有用なピークパターンを得ることが困難である。そのため、非特許文献2及び3に記載の手法では、MSによる実用的なウイルスの識別は困難であった。一方、非特許文献4に示す手法は、ウイルスの精製・濃縮、断片化、及び断片化タンパク質の精製を要し、時間と労力、及び熟練した手技を要する手法であった。また、トリプシン処理によりタンパク質が過剰に断片化され、有用なピークが得られないことがあり、処理条件の調整に注意を要する手法であった。
【0007】
本発明の目的は、MSを用いて、短時間で簡易に試料中のウイルスを検出、同定及び/または識別することが可能な方法及びシステムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明は、以下を提供する。
[1]試料中のウイルスを検出、同定及び/または識別する方法であって:
a)試料を酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤に接触させる工程;
b)工程a)の試料を加熱する工程;
c)工程b)の試料に含まれるタンパク質及び/又はペプチド成分の分析を行う工程;及び
d)工程c)の結果に基づいて、試料に含まれるウイルスの検出、同定及び/または識別を行う工程;を含む、方法。
[2]工程a)の前に、試料中のウイルスを、ポリエチレングリコール水溶液を用いて濃縮する工程をさらに含む、[1]に記載の方法。
[3]前記前処理剤が、トリフルオロ酢酸、蟻酸、酢酸、硝酸、塩酸、ジフルオロ酢酸、モノフルオロ酢酸、プロピオン酸、酪酸、次亜塩素酸塩、過酸化水素、フッ化水素、ブロモ酢酸、オゾン、ハロゲン、二酸化塩素、又は二酸化マンガンからなる群より選択される少なくとも1つを含む、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]工程c)において、前記分析が、APCI法、CI法、EI法、ESI法、FAB法、FD法、FI法、LILBID法、LSIMS法、MALDI法、PB法、PD法、SIMS法、TSP法又はこれらの組み合わせからなる群から選択されるイオン化手段を用いた質量分析である、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]前記イオン化手段が、ESI法又はMALDI法である、[4]に記載の方法。
[6]工程c)において、前記分析が、MALDI-TOF-MSを含む、[5]に記載の方法。
[7]MALDI-TOF-MSにおいて、マトリクスとしてシナピン酸マトリクスを使用する、[6]に記載の方法。
[8]工程c)において、前記分析が、LC、MPLC、HPLC、又はキャピラリー電気泳動法による分離を含む、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]工程d)が、既知の複数のウイルスからなる対照群について得られた分析結果を利用する、[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[10]工程d)が、既知の複数のウイルスについて得られた分析結果を登録したデータベースを利用する、[9]に記載の方法。
[11]工程a)の前に、試料をオートクレーブ処理する工程を含む、[1]~[10]のいずれかに記載の方法。
[12]以下を備える、試料中のウイルスの検出、同定及び/または識別のためのシステムであって:
-前処理済みの試料に含まれるタンパク質成分の分析を行う、分析部;及び
-前記分析部より出力された分析結果に基づいて、ウイルスの検出、同定及び/または識別を行う、解析部;
前記前処理済みの試料は、試料を酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤と接触させた後、加熱処理した試料である、システム。
[13]-加熱手段を有し、試料と、酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤とを接触させた後、加熱処理を行う処理部;をさらに含む[12]に記載のシステム。
[14]前記分析部は、質量分析計を備える、[12]又は[13]に記載のシステム。
[15]前記質量分析計は、MALDI-TOF-MS質量分析計である、[14]に記載のシステム。
[16]前記解析部はデータベースを備え、前記データベースは、複数のウイルスについて得られた分析結果を登録したデータベースである、[12]~[15]のいずれかに記載のシステム。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法及びシステムによると、MSを用いて、短時間で簡易に試料中のウイルスを検出、同定及び/または識別することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の第1の実施形態の方法の概略を示すフロー図である。本発明の第1の実施形態の方法は、少なくとも、試料の準備、試料の前処理工程(工程a))、加熱工程(工程b))、分析工程(工程c))及び得られた結果の解析工程(工程d))を含む。
図2】本発明の第1の実施形態の方法にAIを用いる態様の一例を示すフロー図である。図示例では、既知試料の分析結果を蓄積したデータベースを教師データとして構築されたAIが使用される。当該AIに、目的とする未知試料の分析結果、並びに当該分析の前処理、加熱及び分析条件が入力され、AIによって割り出されたウイルスの種類及び存在量等の情報が出力される。
図3】本発明の第2の実施形態のシステムの例の概略図である。図3Aは、本発明の第2の実施形態の概略を示す。第1態様においては、試験システム1は、分析部3と解析部4を備える。また、試料情報や分析条件等を入力するための入力部5、解析結果を出力するための出力部6及び試験システム1内の各装置を制御するための制御部7を備える。外部より前処理済試料S1が試験システム1内の所定位置にセットされた後、試験システム1は、当該試料中のタンパク質成分の分析と、分析結果の解析を行う。図3Bは、本発明の第2の実施形態の第2態様を示す。第2態様において、試験システム1は、処理部2、分析部3及び解析部4を備える。また、試料情報や分析条件等を入力するための入力部5、解析結果を出力するための出力部6及び試験システム1内の各装置を制御するための制御部7を備える。外部より、未処理の試料S2が試験システム1内の所定位置にセットされた後、試料S2は、処理部2内に取り込まれ、前処理が実施される。処理部は、ロボットアーム、試薬分注機構等を備え、自動的に試料の前処理を行い、処理済みの検体を分析部3に渡すことが可能である。
図4】実施例1で得られたトマトモザイクウイルスを含む試料のマススペクトルである。図4Aは加熱処理なしの試料、図4B、C、D、Eは、80℃の加熱処理をそれぞれ30、60、120、240分間行った試料のマススペクトルを示す。
図5】実施例2で得られたパプリカマイルドモットルウイルスを含む試料のマススペクトルである。図5Aは加熱処理なしの試料、図5Bは加熱処理を行った試料、図5Cはマイクロ波処理を行った試料のマススペクトルを示す。
図6】実施例3で得られた各種ウイルスを含む試料のマススペクトルである。図6Aはスイカ緑斑モザイクウイルスを超遠心法で濃縮した試料、図6Bはキュウリ緑斑モザイクウイルスを超遠心法で濃縮した試料、図6Cはジオウモザイクウイルスを超遠心法で濃縮した試料、図6DはジオウモザイクウイルスをPEG沈殿法で濃縮した試料、図6EはパプリカマイルドモットルウイルスをPEG沈殿法で濃縮した試料のマススペクトルを示す。
図7】実施例4で得られたニューカッスル病ウイルスを含む試料のマススペクトルである。図7Aは加熱処理なしの対照、図7Bは加熱処理した試料、図7Cはマイクロ波処理した試料のマススペクトルを示す。
図8】実施例5で得られたパピローマウイルスのウイルス様粒子を含むマススペクトルである。図8Aは加熱処理なしの対照、図8Bはマイクロ波処理した試料のマススペクトルを示す。
図9】実施例6で得られた核多角体病ウイルスの加熱あり、なしの条件下でのマススペクトルを示す。図9Aは、98℃で30分間加熱した試料、図9Bは加熱処理なしの試料のマススペクトルを示す。
図10】実施例6で得られた細胞質多角体病ウイルスの加熱あり、なしの条件下でのマススペクトルを示す。図10Aは、98℃で30分間加熱した試料、図10Bは加熱処理なしの試料のマススペクトルを示す。
図11】実施例7で得られたトウガラシ微斑ウイルスの2つの株、PMMoV-J、PMMoV-L4BVのマススペクトルを示す。図11AがPMMoV-J、図11BがPMMoV-L4BVのマススペクトルを示す。
図12図11のマススペクトルのm/z 4100~4500の部分の拡大図である。図12AがPMMoV-J、図12BがPMMoV-L4BVのマススペクトルを示す。
図13図11のマススペクトルのm/z 6350~6750の部分の拡大図である。図13AがPMMoV-J、図13BがPMMoV-L4BVのマススペクトルを示す。
図14】実施例8で得られたオートクレーブ処理なし、オートクレーブ処理ありの、トウガラシ微斑ウイルスのマススペクトルを示す。図14Aがオートクレーブ処理なし、図14Bがオートクレーブ処理ありのマススペクトルを示す。
図15】実施例8で得られたオートクレーブ処理なし、オートクレーブ処理ありの、ジオウモザイクウイルスのマススペクトルを示す。図15Aがオートクレーブ処理なし、図15Bがオートクレーブ処理ありのマススペクトルを示す。
図16】実施例9で得られたシナモン酸誘導体マトリクス、シナピン酸マトリクスを使用したPMMoV-L4BVのマススペクトルを示す。図16Aがシナモン酸誘導体マトリクスを使用したマススペクトル、図16Bがシナピン酸マトリクスを使用したマススペクトルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<試料中のウイルスを検出、同定及び/または識別する方法>
1.概要
本発明の第1の実施形態は、試料中のウイルスを検出、同定及び/又は識別する方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする。
a)試料を酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤に接触させる工程:
b)工程a)の試料を加熱する工程;
c)工程b)の試料に含まれるタンパク質及び/又はペプチド成分の分析を行う工程;及び
d)工程c)の結果に基づいて、試料に含まれるウイルスの検出、同定及び/又は識別を行う工程。
【0012】
本明細書において「ウイルス」は、核酸(DNA又はRNA)とその周囲を包むカプシドタンパク質からなる数nm~数μm程度のごく微小な粒子を指し、動植物、細菌等に感染可能なウイルスに限られず、弱毒化ウイルス、不活化ウイルス及びウイルス様粒子を包含するものとする。
【0013】
試料中のウイルスの検出としては、イムノアッセイや核酸増幅法による検出が広く使用されている。しかし、イムノアッセイ及び核酸増幅法は、いずれも特定のウイルスを検出するための手法であり、試料中のウイルスの種類を予め特定することを要する。試料に含まれるウイルスの種類を事前に予測・特定できない場合、あるいは、候補ウイルスが多数存在する場合、イムノアッセイ及び核酸増幅法は必ずしも有効な検出方法ではない。このような予め存在し得るウイルスを事前に予測・特定し難い試料については、ウイルスの存在の有無を検出するのみでなく、さらに存在するウイルスの種類の同定又はウイルス株の識別が可能な方法が必要とされる。質量分析(MS)は、検出すべき対象物によって使用する試薬、機器を変更することを要しないため、存在し得る対象物を詳細に特定できない試料中のウイルスの検出、同定及び/又は識別に有効である。
【0014】
ウイルスは、通常は、その構成するタンパク質が強固で分子量が大きいため、MSによるタンパク質の解析は困難であった。本発明者らは、ウイルスのタンパク質について、酸化剤又は酸性化剤を含む前処理剤と接触させ、さらに加熱することにより、簡便に断片化させることができることを見出した。また、前記のタンパク質の断片化のパターンは、ウイルスの種類によって異なることを見出した。これにより、所定の条件下で、試料を酸性化及び/又は酸化し、かつ加熱することで得られたタンパク質断片(タンパク質及び/又はペプチド)を分析することで、試料中のウイルスの存在の有無を判定し、かつ、存在するウイルス種を同定又はウイルス株を識別することが可能であることを見出した。以下、分析対象であるタンパク質及び/又はペプチドを、まとめて単に「タンパク質」と称する。
【0015】
本明細書において、「検出」とは、試料中のウイルスの存在の有無を判定することを指す。より具体的には、対象のウイルスについて、試料中の該ウイルス由来のシグナルが予め設定したカットオフ値以上であるか、カットオフ値未満であるかを判定することを指す。本実施形態の方法の一態様において、「検出」は、特定のウイルスを定量することを含む。本明細書において、「同定」とは、試料中に含まれるウイルスについて、その種を特定することを指す。本明細書において、「識別」とは、さらにウイルス株を特定することを指す。本明細書において「分析」とは、試料より直接得られる出力データ、いわゆる生データを取得することを示し、「解析」とは、前記出力データに基づいて割り出される出力情報を取得することを示すものとする。
【0016】
本実施形態の方法における各工程のフロー図を図1に示す。本実施形態の方法は、少なくとも、試料の準備、試料の酸性化/酸化工程(工程a))、加熱工程(工程b))、分析工程(工程c))及び得られた結果の解析工程(工程d))を含む。これらの各工程について、下記に詳説する。なお、本実施形態の方法は、これらの各工程に加え、他の工程を含んでいてもよい。
【0017】
2.各工程の説明
2-1 試料の準備
本実施形態の方法の試験対象となる「試料」は、ウイルスが存在し得る試料であれば、特に限定されず、生物全般(動物、植物、微生物等)、食品、下水等に由来するもの、及びこれらが付着した物体をいずれも包含する。この中には、生体である対象から取り出された試料、すなわち生体試料も包含される。ここでいう「対象」は、好適には動物及び植物が挙げられる。
【0018】
ここでいう動物としては、特に後生生物に含まれる生物、例えば鳥類又は哺乳類、爬虫類、両生類などや節足動物門に含まれる昆虫、甲殻類、線形動物類等が挙げられる。鳥類は、脊索動物門脊椎動物亜門鳥綱に属する動物を指し、例えば、ニワトリ、アヒル、ウズラ、ガチョウ、カモ、シチメンチョウ、セキセイインコ、オウム、オシドリ、ハクチョウ等が挙げられる。哺乳類は、ヒト及びヒト以外を包含する、脊索動物門脊椎動物亜門哺乳網に属する動物を指し、例えば、ヒト、チンパンジーを含む霊長類、イヌ、ネコなどのペット動物、ウシ、ブタ、ウマ、ヒツジ、ヤギなどの家畜動物、マウス、ラットなどの齧歯類、動物園で飼育される哺乳類動物などが含まれる。好ましくは、ヒトである。動物由来の生体試料は、特に限定されないが、例えば、鼻腔ぬぐい液、咽頭ぬぐい液、鼻汁、唾液、喀痰、うがい液、血液(例、全血、血清、血漿)、尿、糞便、乳汁、水疱、組織又は細胞抽出液等、あるいはこれらのいずれかの混合物とすることができる。
【0019】
動物由来の試料としては、直接的な生体試料のみでなく、動物が接触した物体や、動物の排泄物、飛沫物等が付着した物体も挙げられる。
【0020】
動物を対象とする場合、検出、同定及び/又は識別の対象となり得るウイルスは、動物に感染し得るウイルスであれば特に限定されないが、例えば、A型肝炎ウイルス、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、インフルエンザウイルス(ヒトインフルエンザ、鳥インフルエンザ、豚インフルエンザ等)、SARS-Cov-2、MERS、RSウイルス、ジカウイルス、デングウイルス、チクングニアウイルス、ノロウイルス、パピローマウイルス、ヘルペスウイルス(ヒトヘルペスウイルス、ウシヘルペスウイルス等)、ムンプスウイルス、麻疹ウイルス、水疱性口内炎ウイルス(VSV)、ヒトメタニューモウイルス、ニューカッスル病ウイルス、狂犬病ウイルス、口蹄疫ウイルス、豚熱ウイルス、アフリカ豚熱ウイルス、豚水疱症ウイルス、牛ウイルス性下痢ウイルス、イバラキ病ウイルス、チュウザンウイルス、アカバネウイルス、悪性カタル熱ウイルス、オーエスキー病ウイルス、豚流行性下痢ウイルス、豚繁殖・呼吸障害症候群ウイルス、豚水疱疹ウイルス、鶏痘ウイルス、鶏伝染性気管支炎ウイルス、鶏伝染性喉頭気管炎ウイルス、伝染性ファブリキウス嚢病ウイルス、ウサギ出血病ウイルス、核多角体病ウイルス、細胞質多角体病ウイルス等が挙げられる。
【0021】
検出、同定及び/又は識別の対象となるウイルスは、植物ウイルス媒介生物としての動物にも存在し得る。このようなウイルスとしては、特に限定されないが、例えば、アブラムシ類により媒介されるククモウイルス(キュウリモザイクウイルス、ソラマメウイルトウイルス)及びポティウイルス(ジャガイモYウイルス、ズッキーニ黄斑モザイクウイルス、ウメ輪紋ウイルス)、アザミウマ類により媒介されるオルソトスポウイルス(トマト黄化えそウイルス、アイリス黄斑ウイルス、メロン黄化えそウイルス)、コナジラミ類に媒介されるジェミニウイルス(トマト黄化葉巻ウイルス)、クリニウイルス(ウリ類退緑黄化ウイルス、トマト黄化ウイルス)、ウンカ・ヨコバイ類に媒介されるテヌイウイルス(イネ縞葉枯ウイルス等)、カイガラムシ類に媒介されるブドウ葉巻随伴ウイルス等、フシダニ類に媒介されるエマラウイルス(イチジクモザイクウイルス、シソモザイクウイルス、シキミ輪点随伴ウイルス)、センチュウ類に媒介されるトブラウイルス(タバコ茎えそウイルス)等が挙げられる。
【0022】
ここでいう植物としては、ウイルスが感染し得る植物であれば、特に限定されず、被子植物(単子葉植物、双子葉植物)、裸子植物、シダ植物、コケ植物、藻類等のいずれであってもよいが、特に産業上有用な植物(野菜、果物、花き等)とすることができる。植物は、特に限定されないが、例えば、イネ、コムギ、ダイズ、ジャガイモ、トマト、キュウリ、ダイコン、イチゴ、ミカン、リンゴ、キク、バラ等とすることができる。植物由来の試料は、特に限定されないが、例えば、葉、茎、根、果実、種子、花、塊茎等、あるいはこれらのいずれかの混合物とすることができる。
【0023】
検出、同定及び/又は識別の対象となり得るウイルスは、植物組織そのものに存在するウイルスに限定されず、植物へのウイルスの感染源となり得る、土壌、水(水耕栽培の水、用水路の水等)、農業資材、器具等に存在するものも包含される。
【0024】
植物を対象とする場合、検出、同定及び/又は識別の対象となり得るウイルスは、植物に感染し得るウイルスであれば特に限定されないが、例えば、ククモウイルス(キュウリモザイクウイルス、ソラマメウイルトウイルス)、ポティウイルス(ジャガイモYウイルス、ズッキーニ黄斑モザイクウイルス、ウメ輪紋ウイルス)、オルソトスポウイルス(トマト黄化えそウイルス、アイリス黄斑ウイルス、メロン黄化えそウイルス)、トマト黄化葉巻ウイルス、クリニウイルス(ウリ類退緑黄化ウイルス、トマト黄化ウイルス)、テヌイウイルス(イネ縞葉枯ウイルス等)、ブドウ葉巻随伴ウイルス等、エマラウイルス(イチジクモザイクウイルス、シソモザイクウイルス、シキミ輪点随伴ウイルス)、トブラウイルス(タバコ茎えそウイルス)、トバモウイルス(トマトモザイクウイルス、タバコモザイクウイルス、トウガラシ微斑ウイルス)、カルモウイルス(メロンえそ斑点ウイルス)、バイモウイルス(オオムギ縞萎縮ウイルス)、サドワウイルス(温州萎縮ウイルス)、クロステロウイルス(リンゴクロテッククリーフスポットウイルス)等が挙げられる。
【0025】
同種のウイルス種であっても、ウイルス株によってその特性が大きく異なり得る。例えば、病原ウイルスの場合、ウイルス株により、その病原性の高さが大きく異なることが知られる。例えば、市販の弱毒化生ワクチン株と野外発生株において、その病原性には大きな違いが見られる。ウイルス株によってその病原性が大きく異なることが知られるウイルス種としては、特に限定するものではないが、例えば、トマトモザイクウイルス、キュウリモザイクウイルス、ズッキーニ黄斑モザイクウイルス、インフルエンザウイルス、ニューカッスル病ウイルス、トリアデノウイルス、核多角体病ウイルス、細胞質多角体病ウイルス等が挙げられる。また、同種のウイルス種であっても、ウイルス株によって、宿主範囲や虫媒介伝染性等が異なることも知られる。このような、ウイルス株によって病原性、宿主範囲、虫媒介伝染性等の特性が大きく異なるウイルス種の場合、ウイルス種の同定のみならず、ウイルス株の識別ができることは大きな利点である。本実施形態の方法は、このような、同種のウイルスの中から特定する意義のあるウイルス株の識別にも使用可能である。
【0026】
本実施形態の方法は、試料中のウイルスの濃縮や前処理等を行う前に、作業者の感染や機器の汚染を防止するために、ウイルスを不活化する工程を含んでいてもよい。不活化の具体的な手法は、試料の種類や、存在し得るウイルスの種類や状態にあわせて適宜選択することができる。
【0027】
試料は、その性質等に応じた精製が行われていてもよい。特に、細胞中に含まれるウイルスの検出を行う場合、より確実に検出するために、例えば、界面活性剤等によるタンパク変性・分解、溶媒抽出、溶媒沈殿、カラム精製、膜分離等による精製を行うことができる。精製・分析の前に、試料(組織)をホモジナイザー、乳鉢、凍結融解、液体窒素による凍結、ストマッカー等で破砕する工程を含んでもよい。特に、試料が植物の場合、細胞壁を破壊するため、この破砕工程を含むことが好ましい。
【0028】
本実施形態の方法は、好ましくはウイルスを濃縮する工程を含む。ウイルスの濃縮手法は、特に限定されず、超遠心法、ポリエチレングリコール(PEG)沈殿法等の公知の手法をいずれも使用できる。特に、超遠心機等の特別な装置を要しないPEG沈殿法を好適に使用できる。ウイルスのPEG沈殿法で濃縮する方法は、例えば、Torii et al., Science of the Total Environment 807, 150722(2022)に記載の方法を用いることができる。PEG沈殿法は、残留するPEGがマススペクトルに干渉することが分かっており、タンパク質の質量分析には、さらにタンパク質とPEGとを分離することを要する。しかし、本実施形態の方法は、前処理工程及び加熱工程を備えることで、タンパク質とPEGとの分離を要することなく、PEGのマススペクトルへの干渉を回避することが可能であり、ウイルスの濃縮に、比較的簡便なPEG沈殿法を適用できるという利点を有する。
【0029】
2-2 a)前処理工程
本明細書において、「前処理」とは、試料であるウイルスの検出、同定及び/又は識別において、試料を分析可能な状態とするために「前処理剤」と接触させることを指す。また、本明細書において「前処理剤」とは、酸性化剤及び/又は酸化剤を含む溶液である。前処理剤を構成する溶媒としては、断片化したペプチド等を溶解でき、かつ、沸点が70℃以上、特に85℃以上のものを使用できる。より具体的には、水を使用できる。前処理剤は、1液で使用してもよく、また、2液以上を同時又は連続的に使用してもよい。
【0030】
本明細書において、「酸性化剤」とは、試料をpH7.0未満、特にpH5.0以下、さらにpH1.0~3.0、すなわち酸性条件下におくための薬剤であり、試料を酸性化できれば、その種類は特に限定されない。好適には、トリフルオロ酢酸、ジフルオロ酢酸、モノフルオロ酢酸、蟻酸、酢酸、硝酸、塩酸、プロピオン酸、酪酸、フッ化水素、ブロモ酢酸等、又はこれらの組み合わせを使用できる。また、これらの酸のうち複数を連続的に使用することもできる。前処理剤として使用する場合、酸性化剤は、0.01~10.0N(規定)、特に0.1~2.0N、さらに0.2~1.0Nの濃度で使用することが好ましい。
【0031】
本明細書において、「酸化剤」とは、試料、特にタンパク質を酸化させることが可能な薬剤であれば、その種類は特に限定されない。好適には、過酸化水素、オゾン、次亜塩素酸塩、ハロゲン単体、二酸化塩素、二酸化マンガン等、又はこれらの組み合わせを使用できる。酸化剤として過酸化水素水を用いる場合、0.01~10.0M、特に0.1~2.0M、さらに0.2~1.0Mの濃度で使用することが好ましい。
【0032】
前処理剤を試料に接触させる手段は、試料に万遍なく前処理剤が接触していれば特に限定されるものではないが、例えば、浸漬、塗布、噴霧、気化物との固相-気相接触等の手段を用いることができる。
【0033】
試料の酸性化剤及び/又は酸化剤による処理の前又は後に、必要に応じて還元剤による処理を行ってもよい。還元剤としては、ジチオスレイトール、2-メルカプトエタノール、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩(TCEP)、トリブチルホスフィン、システイン塩酸塩、ハイドロキシサルファイト等、通常タンパク質の分析において使用される還元剤をいずれも使用可能である。
【0034】
本実施形態の方法における前処理工程には、酵素反応を用いないことが好ましい。高分子タンパク質のMSによる分析においては、トリプシン等のプロテアーゼを用いてタンパク質の断片化が行う手法が知られる。しかし、酵素の使用は、タンパク質の断片化の効果を奏するものの、酸化剤/還元剤と比較して使用する試薬が高価であり、酵素自体のスペクトルが分析を阻害する可能性がある。また、測定対象のウイルス種が特定できていない場合、条件によっては断片化が不十分であったり、逆に分解が進みすぎたりすることで、有用な断片を検出できないリスクがあった。本実施形態の方法によれば、酵素処理を行うことなく、前処理剤及び後述の加熱処理により、試料中のウイルスのタンパク質を、短時間かつ低コストで断片化することが可能である。
【0035】
本実施形態の方法は、前記前処理工程の前に、ウイルスの不活化工程を備えていてもよい。感染症、特にヒト感染症の病原となり得るウイルスは、環境中に放出される前に感染性を失わせるために不活化することを要する。本発明者らは、ウイルスの不活化の手段として知られる複数の手段のうち、オートクレーブ処理が、後段の解析工程の結果に影響を与え難いことを見出した。よって、本実施形態の方法は、ウイルスの不活化工程として、試料をオートクレーブ処理することを含むことが好ましい。
【0036】
本明細書において、オートクレーブとは、高圧蒸気滅菌器とも称する、内部を高圧力にすることが可能な耐圧性の機器を指す。オートクレーブ内に滅菌したい物品を入れた後、内部を加圧し飽和水蒸気を発生させて、温度を120℃程度とすることで、物品を20分間程度で滅菌することができる。すなわち、物品の細菌、ウイルスを不活化することが可能である。オートクレーブ処理は、試料の入った耐熱性の容器(例えば、ガラスチューブ、ポリプロピレンチューブ、金属、陶器等)を内部に入れ、加圧・加熱処理を行うことでなされる。加圧・加熱処理の条件は、通常のオートクレーブ処理に適用される条件をいずれも適用できる。加熱条件は、例えば115~129℃程度、加熱時間は10~30分間程度とすることができる。日本薬局方によれば、「高圧滅菌法」の条件は、115~118℃で30分間、121~124℃で15分間、121~129℃で10分間と定義されている(「微生物殺滅法」(日本薬局方一般試験法))。特に、植物防疫法等の法規制上、加熱条件は121℃以上、加熱時間は20分間以上とすることが好ましい。
【0037】
2-3 b)加熱工程
本実施形態の方法は、前処理剤と接触させた後の試料を加熱することを要する。試料と前処理剤が混合された状態で加熱してもよく、また、試料中のタンパク質を前処理剤と分離した後に加熱してもよい。好ましくは、試料と前処理剤が混合された状態で加熱する。加熱温度は特に限定されないが、試料を液相として分析する場合は、液相の温度を50~100℃、特に70~98℃、さらに75~95℃まで上昇させることが好ましい。このような加熱を行う手法としては、例えば試料を含む液相を容器内に密閉してペルチェ素子、湯浴、油浴等により加熱する手法や、試料にマイクロ波を照射する手法をとることができる。あるいは、試料を気相として分析する場合は、試料の温度は、例えば、100~120℃とすることができる。
【0038】
本実施形態の方法は、加熱工程を備えることで、PEG沈殿法によりウイルス濃縮された試料の測定が可能である。PEG沈殿法によるウイルス濃縮では、ウイルスタンパク質に微量のPEGが残存するため、PEGがタンパク質のマススペクトルに干渉するという問題がある。これに対し、本発明者らは、試料を所定温度で一定時間以上加熱することでPEGを分解できることを見出した。一方で、本発明者らは、試料を所定温度で一定時間以上加熱することで、ウイルスタンパク質が有用なサイズに断片化されることを見出した。本実施形態の方法は、加熱工程を備えることにより、PEGの分解とウイルスタンパク質の有用な断片化の両方を達成する可能である。
【0039】
加熱工程において、加熱時間は、ペルチェ素子、湯浴等で加熱する場合は、3分間~24時間、特に、10分間~10時間、さらに30分間~3時間とすることができる。また、マイクロ波照射による場合は、1分間~15分間、特に3分間~7分間とすることができる。
【0040】
前処理剤の成分、反応時間、並びに加熱温度及び加熱時間等の条件は、試料の種類と、同定又は識別の目的によって適宜選択可能である。前処理工程と加熱工程を同時に実施してもよい。前処理及び加熱の条件によって、後述する分析工程で得られるシグナルが異なることから、既知の結果等を参照して、より目的とする試験を容易とする条件を選択することができる。例えば、試験の目的がウイルスの同定及び/又は識別である場合、得られるシグナルの種差が大きくなる前処理及び加熱条件を選択できる。また、同じ試料について、条件の異なる複数の条件でそれぞれ前処理及び加熱を行い、分析・比較することもできる。
【0041】
2-4 c)分析工程
前処理、加熱処理された試料は、分析工程に付される。分析工程では、前処理工程、加熱工程により断片化されたタンパク質の分析を行う。タンパク質の分析手段は、電気泳動、アミノ酸シークエンス、液体クロマトグラフィー(LC)、質量分析、アミノ酸組成分析、X線回折、核磁気共鳴スペクトル(NMR)、フーリエ変換赤外線吸収スペクトル(FTIR)等公知の手段をいずれも使用できるが、特に、高分子物質の特性を容易に分析可能な質量分析を好適に使用できる。質量分析は、微量の化合物を高真空チャンバーでイオン化し、生成したイオンを質量によって分離し、検出する方法である。
【0042】
化合物をイオン化する手段としては、例えば、大気圧化学イオン化法(atmospheric pressure chemical ionization、APCI)、化学イオン化(chemical ionization、CI)、電子イオン化法(electron ionization、EI)、電子スプレーイオン化法(electrospray ionization、ESI)、高速原子衝撃法(fast atom bombardment、FAB)、電界脱離イオン化法(field desorption、FD)、電界イオン化法(field ionization、FI)レーザー誘起液ビームイオン脱離法(liquid secondary ion mass spectrometry、LILBID)、液体二次イオン質量分析(liquid secondary ion mass spectrometry、LSIMS)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(matrix assisted laser desorption ionization、MALDI)、粒子線法(particle beam、PB)、プラズマ脱離法(plasma desorption、PD)、二次イオン質量分析(secondary ion mass spectrometry、SIMS)又はサーモスプレー法(thermospray、TSP)又はこれらのイオン化法の組み合わせが挙げられる。特に、高分子、特にタンパク質の分析に広く使用される、MALDI法又はESI法を好適に使用できる。前処理、加熱処理後のウイルスのタンパク質の質量分析スペクトル(以下、「マススペクトル」と記載)は、イオン化手段によって異なるパターンを生じ得ることから、既知ウイルスの分析結果等を参照して、より試験目的を達成しやすい条件を選択することもできる。
【0043】
イオン化した分子の質量による分離手段としては、公知の方法をいずれも使用できるが、特に高分子の分離に適した飛行時間型質量分析法(time of flight mass spectrometry、TOF-MS)を好適に使用できる。本実施形態の方法におけるタンパク質成分の分析には、MALDI-TOF-MSが好適に含まれる。
【0044】
分析手段として、MALDI-TOF-MSを使用する場合、前処理後の試料は、前処理剤ごと、又は上清をキュベット等に入れて分析に供してもよい。一方、電導性カーボン両面テープ上に前処理剤中に残存する繊維を貼り付け、乾燥させた状態で分析に方法をとることもできる。電導性カーボン両面テープは、通常、走査型電子顕微鏡(SEM)用として入手可能なものを使用できる(例えば、日新EM株式会社製)。
【0045】
質量分析の前に、又は質量分析に代えて、液体クロマトグラフィー(liquid chromatography、LC)、中圧液体クロマトグラフィー(middle pressure liquid chromatography、MPLC)、高速液体クロマトグラフィー(high performance liquid chromatography、HPLC)、キャピラリー電気泳動等による分離を行ってもよい。
【0046】
質量分析に際しては、マトリクスが使用されることがある。マトリクスとは、分子の紫外線や赤外線によるイオン化の際に、それを補助する物質であり、具体的には、マトリクスが紫外線や赤外線を吸収し、そのエネルギーを分子に伝えることにより、より効率的にイオン化することが可能となる。サンプルプレート(あるいは、それに電導性カーボン両面テープを貼り付けたもの)に添加するマトリクスとしては、既知のマトリクスのいずれも使用できる。特に、シナピン酸マトリクスを好適に使用できる。上記した通り、ウイルスの濃縮にPEG沈殿法を用いた場合、後段の解析工程におけるマススペクトルにPEG由来のピークが残存することがあった。通常、タンパク質の質量分析のマトリクスとしては、シナモン酸誘導体マトリクスが多く使用されるが、本発明者らは、シナピン酸マトリクスを使用することで、PEG由来のピークを低減できることを見出した。したがって、特にPEG沈殿法で濃縮したウイルス試料については、シナピン酸マトリクスを好適に使用できる。
【0047】
2-5 d)解析工程
c)分析工程で得られた結果(生データ)に基づいて、試料中のウイルスを定性的及び/又は定量的に解析する工程である。好適には、解析工程は、既知のウイルス種を含む複数の試料からなる対照群について、同条件の分析工程を経て得られた結果を利用して実施される。
【0048】
本発明者らは、ウイルス種若しくはウイルス株によって、また、ウイルスの前処理、加熱、分析条件によって、得られるマススペクトルのパターンが異なることを見出した。多数のウイルス種及び/若しくはウイルス株からなる対照群について、多様な前処理、加熱、分析条件下で多数のマススペクトルを取得し、得られたスペクトルのパターンを各ウイルスのフィンガープリントとして蓄積することで、未知の試料中のウイルスの同定及び/又は識別に有用なデータベースを構築することが可能である。また、多様なウイルス量の対照群についても同様にデータベースを構築し、未知の試料に含まれるウイルス量の定量に使用することも可能である。あるいは、前記データベースは、多数の対照群について、所定の前処理、加熱及び分析条件下でマススペクトルを取得することで構築されてもよい。ただし、このデータベースを使用する場合、未知の試料の前処理工程、加熱工程及び分析工程は、前記所定の前処理、加熱及び分析条件に限定され得る。データベースに蓄積されるマススペクトルのデータは、マススペクトルの画像データであっても、検出された各ピークのm/zと信号強度の数値データの集合であってもよい。
【0049】
本実施形態の方法において、解析工程は、目的とする未知の試料より得られる分析結果、特にマススペクトルを、構築されたデータベースと照合させることにより行われ得る。必要に応じて、その分析結果を取得するために用いた前処理、加熱及び分析条件について照合してもよい。また、照合対象となる試料の分析結果は、1つの未知の試料から1つである必要はなく、例えば、前処理、加熱及び分析条件を変えて複数の分析結果、例えば複数のマススペクトルを取得し、これらを複合的に前記データベースと照合させてもよい。
【0050】
あるいは、本実施形態の方法において、解析工程は、目的とする試料と同条件でほぼ同時(例えば、同日)に分析された標品のマススペクトルと照合させることにより行われ得る。使用される標品は、検出、同定及び/又は識別の目的に合わせて適宜選択可能である。例えば、ある症状を有する動物の病原ウイルスを特定したい場合は、同様の症状を呈する単数又は複数の病原ウイルス(弱毒化ウイルス、不活化ウイルス、ウイルス様粒子を含む)を標品として使用し、試料のマススペクトルと各標品のマススペクトルとを照合することができる。
【0051】
照合は、手作業で行われてもよいが、好適にはコンピューターを用いて行われる。照合は、例えば、目的とする試料の分析結果等のデータを入力し、データベース中で入力したデータと最も近いデータを抽出し、抽出された当該データ及びそのバックグラウンド情報(試料の種類、処理工程の条件等)を出力することでなされる。また、照合は、人工知能(AI)を用いて行われてもよい。AIを用いる場合、前記のデータベースを教師データとして、既知のニューラルネットワークを用いた機械学習を経て学習済みモデルを構築することができ、これを用いて、未知の試料から入力されたデータから、ウイルスの種類及び存在量等の所望の情報を出力することができる。図2に、本実施形態の方法にAIを用いる態様の一例のフロー図を示す。図2に示す例では、既知試料の分析結果の蓄積したデータベースを教師データとして構築されたAIが使用される。当該AIに、目的とする未知試料の分析結果、並びに当該分析の前処理、加熱及び分析条件が入力され、AIによって割り出された当該試料のウイルスの存在量、ウイルス等の情報が出力される。なお、AIを用いる態様は、図2に示す例に限定されない。
【0052】
2-6 その他の工程
試料の種類や量によっては、上記の工程に加えて他の工程を追加してもよい。例えば、本実施形態の方法における分析工程及び解析工程は、必ずしも試料のタンパク質及び/又はペプチド成分のみで行う必要はなく、例えば、試料調製時の精製等で分離された不純物の成分を別途サンプリングし、これを分析した結果を併せて解析してもよい。また、前記前処理剤を用いた試料の分析結果に限らず、例えば、別途、還元剤、塩基性化剤を用いて同試料の処理を行った場合の分析結果を併せて解析してもよい。
【0053】
<試料中のウイルスの検出、同定及び/又は識別のためのシステム>
本発明の第2の実施形態は、試料中のウイルスの検出、同定及び/又は識別のためのシステムであり、以下を備える、ことを特徴とする。
-前処理済みの試料に含まれるタンパク質成分の分析を行う、分析部;及び
-前記分析部より出力された分析結果に基づいて、ウイルスの検出、同定及び/又は識別を行う、解析部。
ここで、前記前処理済みの試料は、試料を酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤と接触させた後、加熱処理した試料である。
【0054】
本実施形態のシステムは、特に記載のない限り、前述の<試料中のウイルスを検出、同定及び/又は識別する方法>の項に記載の方法を実施するためのシステムであり、前述の<試料中のウイルスを検出、同定及び/又は識別する方法>の項に記載した特徴と共通の特徴を有する。
【0055】
本実施形態のシステムは、前記分析部及び前記解析部に加えて、
-加熱手段を有し、試料と、酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤とを接触させた後、加熱処理を行う処理部;をさらに含んでもよい。
【0056】
本実施形態のシステムの概略を図3に例示する。図3Aは、本実施形態のシステムの第1態様を示す。本実施形態のシステムの第1態様においては、試験システム1は、分析部3と解析部4を備える。また、試料情報や分析条件等を入力するための入力部5、解析結果を出力するための出力部6及び試験システム1内の各装置を制御するための制御部7を備える。好適には、制御部7はコンピューターであり、入力部5及び出力部6は、ユーザーインターフェースである。外部より「前処理剤」と接触させた後に加熱処理された前処理済試料S1が試験システム1内の所定位置にセットされた後、試験システム1は、当該試料中のタンパク質成分の分析と、分析結果の解析を行う。
【0057】
図3Bは、本実施形態のシステムの第2態様を示す。本実施形態のシステムの第2態様において、試験システム1は、処理部2、分析部3及び解析部4を備える。また、試料情報や分析条件等を入力するための入力部5、解析結果を出力するための出力部6及び試験システム1内の各装置を制御するための制御部7を備える。好適には、制御部7はコンピューターであり、入力部5及び出力部6は、ユーザーインターフェースである。外部より、未処理の試料S2が試験システム1内の所定位置にセットされた後、試料S2は、処理部2内に取り込まれ、前処理及び加熱処理が実施される。処理部は、試料の加熱処理を行うための加熱手段を備える。処理部は、他にロボットアーム、試薬分注機構等を備えていてもよく、この場合、自動的に試料の前処理及び加熱処理を行い、処理済みの検体を分析部3に渡すことが可能である。
【0058】
以下の構成は、第1態様(図3A)及び第2態様(図3B)に共通する構成である。分析部3は、前処理済試料S1のタンパク質成分を分析する装置を備える。前処理済試料のタンパク質成分の分析が可能であれば、いずれの装置を用いてもよく、電気泳動槽、アミノ酸シークエンサー、液体クロマトグラフィー(LC)装置、質量分析計等公知の手段をいずれも使用できるが、高分子物質の特性を容易に分析可能な質量分析計を好適に使用できる。特に、高分子、特にタンパク質の分析に広く使用される、MALDI-TOF-MS質量分析計法を好適に使用できる。分析部は、複数種の分析装置を備えていてもよい。
【0059】
解析部4は、分析部3で取得された分析結果に基づいて、試料中のウイルスを定性的及び/又は定量的に解析する。解析部4は、入力部5からの入力情報及び分析部3からの分析結果を集約するデータ収集部41、照合部42及びデータベース43を備える。データベース43は、既知のウイルス種からなる対照群について、得られた分析結果を予め登録したデータベースであり、照合部42は、データ収集部41に集約されたデータとデータベース43内のデータの照合を行うソフトウェアを備える。ソフトウェアとしては、既存のものでは、例えばMALDI biotyper(Bruker Daltonics社製)を使用することができる。照合部は、例えば、分析部から収集したデータとデータベースを照合し、データベース中の最も近いデータを抽出し、抽出された当該データ及びそのバックグラウンド情報(試料の種類等)を出力する。照合部42は、AIを備えていてもよい。ここでいうAIは、前記データベースを教師データとして機械学習させた学習済みモデルを好適に使用でき、収集されたデータを当該AIに入力することで、ウイルスについての定性的及び/又は定量的な情報を結果として出力する。
【0060】
あるいは、解析部4は、データベース43を使用せず、目的とする試料と同条件でほぼ同時(例えば、同日)に分析された標品のマススペクトルデータを直接使用して、照合部42において、データ収集部41に集約されたデータの照合を行ってもよい。
【0061】
本実施形態のシステムは、分析部と解析部を備え、前述の本発明の第1の実施形態の方法の実施に適用可能なシステムであればよく、上記第1態様及び第2態様に限定して解釈されるべきではない。
【実施例0062】
<実施例1>感染葉からのトマトモザイクウイルスの検出
(1)植物組織の摩砕
トマトモザイクウイルスが感染したタバコの葉20gを液体窒素を用いて凍結し、液体窒素中で乳鉢と乳棒を用いて摩砕した。摩砕した葉を別の乳鉢に移し、3倍容(60mL)の0.25Mリン酸バッファー(pH7.2)を入れてさらに摩砕した。摩砕後の試料液をミラクロス(登録商標)を用いてろ過し、ろ液を遠心チューブに回収した。ろ液10mLにつき0.8mLの1-ブタノールを添加して混合した後、室温で15分間静置した。10000×g、12℃で30分間遠心分離し、中層(水層)を回収した。
【0063】
(2)ウイルスのPEG沈殿法による濃縮
回収した水層に1/4容の20% PEG6000水溶液を加えて、氷上で15分間静置した。10000×g、4℃で15分間遠心分離し、上清を除去した。ペレットを8mLの10mMリン酸バッファーに溶解した後、10000×g、4℃で15分間遠心分離した。上清を新しい遠心チューブに回収し、5M塩化ナトリウムを1.7mL、20% PEG6000水溶液を2.42mL加えて混合した後、氷上で15分間静置した。10000×g、4℃で15分間遠心分離した後、上清を除去して、ペレットを2mLの10mMリン酸バッファーに溶解し、ウイルス溶液Aを得た。
【0064】
(3)ウイルスの超遠心法による濃縮
40、30、20、及び10%のショ糖溶液(50mMリン酸ナトリウムバッファー)を、超遠心分離用チューブ(日立、40PETボトルクミ)に下から8mLずつ重層し、最上部に、上記のウイルス溶液Aを重ねた。チューブを、超遠心用スイングローター(日立スイングロータP28S)にセットし、超遠心分離機(日立、Himac(登録商標)CP70MX)にセットした。24000rpm、4℃で2時間超遠心を行い、ウイルス粒子を含む白濁した層を新しい超遠心分離用チューブに回収した。アングルローター(50AT2)にセットし、再度超遠心分離機にセットして、24000rpm、4℃で2時間超遠心を行った。上清を除去した後、沈殿を20mMリン酸ナトリウムバッファーに懸濁して、ウイルス溶液Bを得た。ウイルス溶液A及びBはそれぞれ-20℃で保存した。
【0065】
(4)ウイルス溶液の前処理
密閉可能なポリプロピレンチューブに2.5%ギ酸水溶液を100μL入れ、ウイルス溶液B 1μLを加えた。チューブを密閉して、98℃ヒートブロックで30、60、120及び240分間加熱処理を行った。加熱処理なしの試料を対照として調製した。また、ギ酸を加えず加熱のみを行った試料も調製した。
【0066】
(5)MALDI-TOF-MSによる分析
各処理後の溶液を急冷して、1μLを電導性カーボン両面テープ(日新EM株式会社製)に滴下して乾燥させた。各溶液を乾燥させた箇所に、さらに上からマトリクス液2μLを滴下して乾燥させた。マトリクス液としては、α-シアノ-4-ヒドロキシシナモン酸(α-CHCA)を、2.5%トリフルオロ酢酸を含む50%アセトニトリル水溶液に溶解させ、飽和させた溶液(シナモン酸誘導体マトリクス液)を使用した。MALDI-TOF-MS質量分析計(Autoflex III又はMicroflex、Bruker Daltonics)のサンプル台にセットし、乾燥させた。リニアポジティブモードでm/z 1000~20000のマススペクトルを取得した。
【0067】
得られた各試料のマススペクトルを図4に示す。図4Aは加熱処理なしの試料、図4B、C、D、Eは、80℃の加熱処理をそれぞれ30、60、120、240分間行った試料のマススペクトルを示す。加熱処理なしでは、マススペクトルに有意なピークが見られなかった。一方、酸性化剤の存在下で80℃で30~240分間の加熱を行った試料では、マススペクトルに有意なピークが見られ、詳細な判別が可能となることが分かった。なお、ギ酸を添加せず加熱のみを行った試料では、いずれの条件においても有意なピークは見られなかった(データ示さず)。これにより、ウイルスタンパク質の質量分析には、前処理及び加熱が必要であることが示された。
【0068】
<実施例2>パプリカマイルドモットルウイルス(Paprika mild mottle virus)のPEG濃縮物の検出
(1)ウイルスのPEG沈殿法による濃縮
パプリカマイルドモットルウイルスのPBS懸濁液に1/4容の20% PEG6000水溶液を加えて、氷上で15分間静置した。10000×g、4℃で15分間遠心分離し、上清を除去した。ペレットを8mLの10mMリン酸バッファーに溶解した後、10000×g、4℃で15分間遠心分離した。上清を新しい遠心チューブに回収し、5M塩化ナトリウムを1.7mL、20% PEG6000水溶液を2.42mL加えて混合した後、氷上で15分間静置した。10000×g、4℃で15分間遠心分離した後、上清を除去して、ペレットを2mLの10mMリン酸バッファーに溶解し、ウイルス溶液Aを得た。
【0069】
(2)ウイルス溶液の前処理
密閉可能なポリプロピレンチューブに2.5%ギ酸水溶液を100μL入れ、ウイルス溶液A 1μLを加えた。チューブを密閉して、98℃ヒートブロックで30分間加熱処理を行った。また、別のチューブは、プラスチック容器に満たした170mLの水にフロートで浮かべた後、500W設定の電子レンジにセットして5分間マイクロ波を照射した(マイクロ波処理)。加熱処理なしの試料を対照として調製した。
【0070】
(3)MALDI-TOF-MSによる分析
各処理後の溶液を急冷して、1μLを電導性カーボン両面テープ(日新EM株式会社製)に滴下し乾燥させた。各溶液を乾燥させた箇所に、さらに上からマトリクス液2μLを滴下して乾燥させた。マトリクス液としては、α-シアノ-4-ヒドロキシシナモン酸(α-CHCA)を、2.5%トリフルオロ酢酸を含む50%アセトニトリル水溶液に溶解させ、飽和させた溶液(シナモン酸誘導体マトリクス液)を使用した。MALDI-TOF-MS質量分析計(Autoflex III又はMicroflex、Bruker Daltonics)のサンプル台にセットし、乾燥させた。リニアポジティブモードでm/z 1000~20000のマススペクトルを取得した。
【0071】
得られた各試料のマススペクトルを図5に示す。図5Aは加熱処理なしの試料、図5Bは加熱処理を行った試料、図5Cはマイクロ波処理を行った試料のマススペクトルを示す。加熱処理なしでは、PEG由来と見られる無数のピークが検出されたが、加熱処理、マイクロ波処理を行った試料では、いずれもPEG由来のピークは見られず、m/z 2147付近に特徴的なピークが見られた。これにより、加熱処理又はマイクロ波処理によりPEG分子が分解される一方で、ウイルスのタンパク質はマススペクトルパターンが判別できる程度に断片化されることが示された。
【0072】
<実施例3>各種ウイルスのマススペクトルパターンの解析
(1)ウイルスのPEG沈殿法による濃縮
スイカ緑斑モザイクウイルス(Cucumber green mottle mosaic virus)、キュウリ緑斑モザイクウイルス(Kyuri green mottle mosaic virus)、ジオウモザイクウイルス(Rehmannia mosaic virus)、パプリカマイルドモットルウイルスの各PBS懸濁液に1/4容の20% PEG6000水溶液を加えて、氷上で15分間静置した。10000×g、4℃で15分間遠心分離し、上清を除去した。ペレットを8mLの10mMリン酸バッファーに溶解した後、10000×g、4℃で15分間遠心分離した。上清を新しい遠心チューブに回収し、5M塩化ナトリウムを1.7mL、20% PEG6000水溶液を2.42mL加えて混合した後、氷上で15分間静置した。10000×g、4℃で15分間遠心分離した後、上清を除去して、ペレットを2mLの10mMリン酸バッファーに溶解し、ウイルス溶液Aを得た。
【0073】
(2)ウイルスの超遠心法による濃縮
40、30、20、及び10%のショ糖溶液(50mMリン酸ナトリウムバッファー)を、超遠心分離用チューブ(日立、40PETボトルクミ)に下から8mLずつ重層し、最上部に、上記の各種のウイルス溶液Aを重ねた。チューブを、超遠心用スイングローター(日立スイングロータP28S)にセットし、超遠心分離機(日立、Himac(登録商標)CP70MX)にセットした。24000rpm、4℃で2時間超遠心を行い、ウイルス粒子を含む白濁した層を新しい超遠心分離用チューブに回収した。アングルローター (50AT2)にセットし、再度超遠心分離機にセットして、24000rpm、4℃で2時間超遠心を行った。上清を除去した後、沈殿を20mMリン酸ナトリウムバッファーに懸濁して、ウイルス溶液Bを得た。ウイルス溶液A及びBはそれぞれ-20℃で保存した。
【0074】
(3)ウイルス溶液の前処理
密閉可能な1.5mLのポリプロピレンチューブに2.5%ギ酸水溶液を100μL入れ、各種のウイルス溶液A、Bをそれぞれ1μL加えた。チューブを密閉して、98℃ヒートブロックで30分間加熱処理を行った。
【0075】
(4)MALDI-TOF-MSによる分析
各処理後の溶液を急冷して、1μLを電導性カーボン両面テープ(日新EM株式会社製)に滴下し乾燥させた。各溶液を乾燥させた箇所に、さらに上からマトリクス液2μLを滴下して乾燥させた。マトリクス液としては、α-シアノ-4-ヒドロキシシナモン酸(α-CHCA)を、2.5%トリフルオロ酢酸を含む50%アセトニトリル水溶液に溶解させ、飽和させた溶液(シナモン酸誘導体マトリクス液)を使用した。MALDI-TOF-MS質量分析計(Autoflex III又はMicroflex、Bruker Daltonics)のサンプル台にセットし、乾燥させた。リニアポジティブモードでm/z 1000~20000のマススペクトルを取得した。
【0076】
得られた各試料のマススペクトルを図6に示す。図6Aはスイカ緑斑モザイクウイルスを超遠心法で濃縮した試料、図6Bはキュウリ緑斑モザイクウイルスキュウリを超遠心法で濃縮した試料、図6Cはジオウモザイクウイルスを超遠心法で濃縮した試料、図6DはジオウモザイクウイルスをPEG沈殿法で濃縮した試料、図6EはパプリカマイルドモットルウイルスをPEG沈殿法で濃縮した試料のマススペクトルを示す。図6より、ウイルス種によってタンパク質の断片化のパターンが異なり、マススペクトルによりウイルス種を判別できることが示された。また、濃縮方法が異なっても同種のウイルスでは同様のマススペクトルパターンが得られることが確認された。
【0077】
<実施例4>ニューカッスル病ウイルスの精製と分析
(1)ウイルスの超遠心法による濃縮
ニューカッスル病ウイルスを鶏卵に接種し、接種後1週間後の鶏卵からシリンジと針を用いて漿尿液を回収した。1Lあたり1mLのβプロピオラクトンを加え、室温で4時間以上スターラーで混和して、ウイルスを不活化した。不活化した漿尿液を4000rpm、4℃で20分間遠心分離して夾雑物を除去した。上清を回収し、27000rpm、4℃で2時間遠心分離した。ペレットをPBSで懸濁した。超遠心用チューブに70%ショ糖溶液、25%ショ糖溶液を重層し、その上にウイルス懸濁液を重層した。スイング式ローターで27000rpm、4℃で2時間遠心分離した。70%ショ糖溶液層の上にあるウイルスを含むバンドを回収し、PBSで希釈した後、27000rpm、4℃で2時間で遠心分離した。沈渣を回収して、10mMリン酸バッファーに溶解し、ウイルス溶液を得た。
【0078】
(2)ウイルス溶液の前処理
密閉可能なポリプロピレンチューブに2.5%ギ酸水溶液を100μL入れ、ウイルス溶液を1μL加えた。チューブを密閉して、98℃ヒートブロックで10分間加熱処理を行った。また、別のチューブは、プラスチック容器に満たした170mLの水にフロートで浮かべた後、500W設定の電子レンジにセットして5分間マイクロ波を照射した(マイクロ波処理)。加熱処理なしの試料を対照として調製した。
【0079】
(3)MALDI-TOF-MSによる分析
各処理後の溶液を急冷して、1μLを電導性カーボン両面テープ(日新EM株式会社製)に滴下し乾燥させた。各溶液を乾燥させた箇所に、さらに上からマトリクス液2μLを滴下して乾燥させた。マトリクス液としては、α-シアノ-4-ヒドロキシシナモン酸(α-CHCA)を、2.5%トリフルオロ酢酸を含む50%アセトニトリル水溶液に溶解させ、飽和させた溶液(シナモン酸誘導体マトリクス液)を使用した。MALDI-TOF-MS質量分析計(Autoflex III又はMicroflex、Bruker Daltonics)のサンプル台にセットし、乾燥させた。リニアポジティブモードでm/z 1000~20000のマススペクトルを取得した。
【0080】
得られた各試料のマススペクトルを図7に示す。図7Aは加熱処理なしの対照、図7Bは加熱処理した試料、図7Cはマイクロ波処理した試料のマススペクトルを示す。加熱処理、マイクロ波処理により、加熱処理なしの条件では見られなかった特徴的なピークが、タンパク質が断片化していることが確認された。
【0081】
<実施例5>パピローマウイルスのウイルス様粒子の精製と分析
パピローマウイルスの外殻タンパク質にEGFPを組み込んだウイルス様粒子を調製し、その精製と分析を行った。
(1)ウイルス様粒子の作製
ウシパピローマウイルス6型のL1タンパク質遺伝子の136番目と137番目のアミノ酸の間にEGFPタンパク質遺伝子を挿入したキメラ遺伝子を、バキュロウイルストランスファーベクターpAcYM1にクローニングした。遺伝子組換えトランスファーベクターと核多角体病ウイルス(AcNPV)のゲノムDNAを昆虫細胞株であるSf21AE細胞にコトランスフェクションし、キメラ遺伝子を有する組換えバキュロウイルスを作製した。
【0082】
(2)ウイルス様粒子の発現と精製
作製した組換えバキュロウイルスをSf21AE細胞に感染させ、3~4日培養することによりキメラタンパク質を発現させた。キメラタンパク質を発現した細胞を超音波により破砕した後、10000rpm、4℃で20分間遠心分離して不溶性画分を除去した。上清を回収し、27000rpm、4℃で2時間遠心分離して上清を回収した。超遠心用チューブに29%塩化セシウム溶液を入れ、その上に前記上清を積層した。スイング式ローターで27000rpm、10℃で24時間遠心分離し、EGFPの蛍光が見えるバンドを回収した。回収した液をPBSで希釈して、27000rpm、4℃で2時間遠心分離した。ペレットを回収して沈渣を回収し、10mMリン酸バッファーに溶解し、ウイルス溶液を得た。
【0083】
(3)ウイルス溶液の前処理
密閉可能なポリプロピレンチューブに2.5%ギ酸水溶液を100μL入れ、ウイルス溶液を1μL加えて、プラスチック容器に満たした170mLの水にフロートで浮かべた後、500W設定の電子レンジにセットして5分間マイクロ波を照射した(マイクロ波処理)。加熱処理なしの試料を対照として調製した。
【0084】
(4)MALDI-TOF-MSによる分析
各処理後の溶液を急冷して、1μLを電導性カーボン両面テープ(日新EM株式会社製)に滴下し乾燥させた。各溶液を乾燥させた箇所に、さらに上からマトリクス液2μLを滴下して乾燥させた。マトリクス液としては、α-シアノ-4-ヒドロキシシナモン酸(α-CHCA)を、2.5%トリフルオロ酢酸を含む50%アセトニトリル水溶液に溶解させ、飽和させた溶液(シナモン酸誘導体マトリクス液)を使用した。MALDI-TOF-MS質量分析計(Autoflex III又はMicroflex、Bruker Daltonics)のサンプル台にセットし、乾燥させた。リニアポジティブモードでm/z 1000~20000のマススペクトルを取得した。
【0085】
得られた各試料のマススペクトルを図8に示す。図8Aは加熱処理なしの対照、図8Bはマイクロ波処理した試料のマススペクトルを示す。マイクロ波処理により、加熱処理なしの条件よりも低分子量の複数のピークパターンが見られることが確認された。これにより、植物の病原ウイルスのみでなく、動物の病原ウイルスについても、MSによる検出、同定及び/又は判別が可能であることが示された。
【0086】
<実施例6>昆虫の病原ウイルスの精製と検出
(1)核多角体病ウイルスの精製
核多角体病ウイルスに感染した5令のカイコから体液を4℃の1%チオ硫酸ナトリウム/20mMリン酸緩衝液(pH6.8)中にとった。4℃で冷却しながら、スウィングローターを用いて1600×gで5分間遠心分離した。沈殿物を0.1%Tween20/リン酸緩衝液で懸濁して、4℃で冷却しながら、1600×gで5分間遠心分離した。この操作を5回繰り返して沈殿物を洗浄した後、沈殿物を回収した。65%ショ糖溶液に40%ショ糖溶液を重層した遠沈菅に洗浄した沈殿物を重層し、さらに滅菌水で懸濁した沈殿物を重層した。4℃で冷却しながら1600×gで30分間遠心分離して、白いバンドになっている層を回収した。回収液に滅菌水を入れて懸濁し、再度4℃で冷却しながら1600×gで5分間遠心分離した。これを5回繰り返して多角体(ウイルスを含む粒子)を回収した。沈殿を滅菌水で懸濁して、核多角体病ウイルス溶液を得た。
【0087】
(2)細胞質多角体病ウイルスの精製
細胞質多角体病ウイルスに感染したカイコを解剖して中腸を取り出し、4℃の20mMリン酸緩衝液(pH6.8)中にとった。これらを4℃で冷却しながらブレンダーにかけた後、二重のガーゼで濾した。濾液を4℃で冷却しながら1600×gで20分間遠心し、得られた沈殿物にリン酸緩衝液を加えて、再度遠心分離を行った。これを3回繰り返すことにより沈殿物を洗浄した。得られた沈殿物にリン酸緩衝液を加え、冷却しながら1分間超音波処理を行った。熱を帯びないように4分静置して、再度1分間超音波処理を行った。これを5回繰り返した。得られた沈殿物に0.04% TritonX-100、0.5M-NaCl水溶液に懸濁して、100×gで5分間遠心して上清を回収した。次いで、1500×gで30分間遠心して沈殿物を回収した。得られた沈殿物を0.04% TritonX-100、0.5M-NaCl水溶液に懸濁して、1500×gで30分間遠心した。これを2回繰り返して沈殿物を洗浄した。得られた沈殿物を滅菌水に懸濁して85-45%のショ糖の勾配液に重層して18000×gで90分間遠心し、白いバンドになった層を回収した。回収した液に滅菌水を注入して、15000×gで30分間遠心した。これを3回繰り返して沈殿物を洗浄し、多角体(ウイルスを含む粒子)を回収した。沈殿を滅菌水で懸濁して、細胞質多角体病ウイルス溶液を得た。
【0088】
(3)ウイルス溶液の前処理
密閉可能なポリプロピレンチューブに2.5%ギ酸水溶液を100μL入れ、ウイルス溶液を1μL加えた。チューブを密閉して、98℃ヒートブロックで30分間加熱処理を行った。加熱処理なしの試料を対照として調製した。
【0089】
(4)MALDI-TOF-MSによる分析
各処理後の溶液を急冷して、1μLを電導性カーボン両面テープ(日新EM株式会社製)に滴下し乾燥させた。各溶液を乾燥させた箇所に、さらに上からマトリクス液2μLを滴下して乾燥させた。マトリクス液としては、α-シアノ-4-ヒドロキシシナモン酸(α-CHCA)を、2.5%トリフルオロ酢酸を含む50%アセトニトリル水溶液に溶解させ、飽和させた溶液(シナモン酸誘導体マトリクス液)を使用した。MALDI-TOF-MS質量分析計(Autoflex III又はMicroflex、Bruker Daltonics)のサンプル台にセットし、乾燥させた。リニアポジティブモードでm/z 1000~20000のマススペクトルを取得した。
【0090】
核多角体病ウイルスの加熱あり、なしのマススペクトルを図9に示す。図9Aは、98℃で30分間加熱した試料、図9Bは加熱処理なしの試料のマススペクトルを示す。細胞質多角体病ウイルスの加熱あり、なしのマススペクトルを図10に示す。図10Aは、98℃で30分間加熱した試料、図10Bは加熱処理なしの試料のマススペクトルを示す。加熱処理により、いずれのウイルスにおいても加熱処理なしの条件よりも多くのピークパターンが見られることが確認された。これにより、昆虫の病原ウイルスにおいても、MSによる検出、同定及び/又は判別が可能であることが示された。
【0091】
<実施例7>MSによるウイルス株の識別
トウガラシ微斑ウイルス(PMMoV)の2つの株、PMMoV-J、PMMoV-L4BVについて、MSの比較を行った。
【0092】
(1)PMMoV-Jの超遠心法による濃縮
40、30、20、及び10%のショ糖溶液(50mMリン酸ナトリウムバッファー)を、超遠心分離用チューブ(日立、40PETボトルクミ)に下から8mLずつ重層し、最上部に、PMMoV-JのPBS懸濁液を重ねた。チューブを、超遠心用スイングローター(日立スイングロータP28S)にセットし、超遠心分離機(日立、Himac(登録商標)CP70MX)にセットした。24000rpm、4℃で2時間超遠心を行い、ウイルス粒子を含む白濁した層を新しい超遠心分離用チューブに回収した。アングルローター(50AT2)にセットし、再度超遠心分離機にセットして、24000rpm、4℃で2時間超遠心を行った。上清を除去した後、沈殿を20mMリン酸ナトリウムバッファーに懸濁して、ウイルス溶液を得た。
【0093】
(2)PMMoV-L4BVのPEG沈殿法による濃縮
PMMoV-L4BVのPBS懸濁液に1/4容の20% PEG6000水溶液を加えて、氷上で15分間静置した。10000×g、4℃で15分間遠心分離し、上清を除去した。ペレットを8mLの10mMリン酸バッファーに溶解した後、10000×g、4℃で15分間遠心分離した。上清を新しい遠心チューブに回収し、5M塩化ナトリウムを1.7mL、20% PEG6000水溶液を2.42mL加えて混合した後、氷上で15分間静置した。10000×g、4℃で15分間遠心分離した後、上清を除去して、ペレットを2mLの10mMリン酸バッファーに溶解し、ウイルス溶液を得た。
【0094】
(3)ウイルス溶液の前処理
密閉可能なポリプロピレンチューブに2.5%ギ酸水溶液を100μL入れ、各ウイルス溶液 1μLを加えた。チューブを密閉して、98℃ヒートブロックで30分間加熱処理を行った。
【0095】
(4)MALDI-TOF-MSによる分析
前処理後のウイルス溶液を急冷して、1μLを電導性カーボン両面テープ(日新EM株式会社製)に滴下して乾燥させた。各ウイルス溶液を乾燥させた箇所に、さらに上からマトリクス液2μLを滴下して乾燥させた。マトリクス液としては、α-シアノ-4-ヒドロキシシナモン酸(α-CHCA)を、2.5%トリフルオロ酢酸を含む50%アセトニトリル水溶液に溶解させ、飽和させた溶液(シナモン酸誘導体マトリクス液)を使用した。MALDI-TOF-MS質量分析計(Autoflex III又はMicroflex、Bruker Daltonics)のサンプル台にセットし、乾燥させた。リニアポジティブモードでm/z 1000~20000のマススペクトルを取得した。
【0096】
得られた各ウイルス溶液のマススペクトルを図11~13に示す。図11は、PMMoV-J及びPMMoV-L4BVの全体的なマススペクトルを示す。図12は、図11のマススペクトルのm/z 4100~4500の部分の拡大図である。図13は、図11のマススペクトルのm/z 6350~6750の部分の拡大図である。それぞれの図のAがPMMoV-J、BがPMMoV-L4BVのマススペクトルを示す。図11に示す通り、両ウイルスの全体的なマススペクトルは類似していたが、図12に示す通り、PMMoV-Jがm/z 約4185、約4300のピークを有するのに対し、PMMoV-L4BVは、m/z 約4258、約4373のピークを有していた。それぞれのピークを比較すると、PMMoV-L4BVの方に、m/zが約73高いピークが存在することが判明した。これは、PMMoV-JとPMMoV-L4BVのコートプロテインのアミノ酸配列のうち、86番目のアミノ酸配列の差異(前者がG、後者がKであり、分子量の差異の理論値は71.07)に由来するものと推測された。また、図13に示す通り、PMMoV-Jがm/z 約6577のピークを有するのに対し、PMMoV-L4BVは、m/z 約6605のピークを有していた。PMMoV-L4BVの方に、m/zが約28高いピークが存在することが判明した。これは、PMMoV-JとPMMoV-L4BVのコートプロテインのアミノ酸配列のうち、47番目のアミノ酸配列の差異(前者がQ、後者がRであり、分子量の差異の理論値は28.04)に由来するものと推測された。表1に、PMMoV-J、PMMoV-L4BVのコートプロテインのアミノ酸配列を示す。
【0097】
【表1】
【0098】
上記の通り、MALDI-TOG|F-MSにより、ウイルス種の同定のみならず、ウイルス株の識別も可能であることが示された。
【0099】
<実施例8>試料のオートクレーブ処理がMSに与える影響
(1)試料のオートクレーブ処理
超純水1mLを入れた5mLガラスバイアルに、2~4mg/mLの精製後のトウガラシ微斑ウイルス又はジオウモザイクウイルスを含むウイルス原液を4μL添加し、緩くフタをして、121℃、20分間のオートクレーブ処理を行った。オートクレーブ処理後の溶液を、密閉可能なポリプロピレンチューブに入れて、遠心乾燥機で乾燥させた。
【0100】
(2)ウイルス溶液の前処理
遠心乾燥後のチューブに2.5%ギ酸水溶液100μLを入れて溶解させた。対照として、オートクレーブ処理を行わない以外は同様の手順で調製したウイルス溶液を調製した。それぞれ半量を新しいチューブに移し、98℃ヒートブロックで30分間加熱した。それぞれ遠心乾燥した後、2.5%ギ酸水溶液2μLを入れて、室温で5分間振とう処理を行い、溶解させた。遠心分離を行い、各試料の上清を得た。
【0101】
(3)MALDI-TOF-MSによる分析
各試料2μLを電導性カーボン両面テープ(日新EM株式会社製)に滴下して乾燥させた。各ウイルス溶液を乾燥させた箇所に、さらに上からマトリクス液2μLを滴下して乾燥させた。マトリクス液としては、α-シアノ-4-ヒドロキシシナモン酸(α-CHCA)を、2.5%トリフルオロ酢酸を含む50%アセトニトリル水溶液に溶解させ、飽和させた溶液(シナモン酸誘導体マトリクス液)を使用した。MALDI-TOF-MS質量分析計(Autoflex III又はMicroflex、Bruker Daltonics)のサンプル台にセットし、乾燥させた。リニアポジティブモードでm/z 1000~20000のマススペクトルを取得した。
【0102】
図14にトウガラシ微斑ウイルスの結果、図15にジオウモザイクウイルスの結果を示す。図14A及び図15Aは、オートクレーブ処理なしのウイルスのマススペクトル、図14B及び図14Bは、オートクレーブ処理を行ったウイルスのマススペクトルを示す。図14及び図15に示す通り、オートクレーブ後のウイルスのマススペクトルは、オートクレーブ処理なしのウイルスのマススペクトルと比較して、全体的にシグナル強度が少し低下したり、一部のピークは検出できなくなったり、逆に一部のピーク強度が高くなったり、新たなピークが現れたりしたものの、いずれもパターン解析可能なマススペクトルパターンを示すことが判明した。なお、ニューカッスル病ウイルスにおいても、同様の結果が得られることも確認された。
【0103】
<実施例9>マトリクス種によるMSの変化
(1)PMMoV-L4BVのPEG沈殿法による濃縮
PMMoV-L4BVのPBS懸濁液に1/4容の20% PEG6000水溶液を加えて、氷上で15分間静置した。10000×g、4℃で15分間遠心分離し、上清を除去した。ペレットを8mLの10mMリン酸バッファーに溶解した後、10000×g、4℃で15分間遠心分離した。上清を新しい遠心チューブに回収し、5M塩化ナトリウムを1.7mL、20% PEG6000水溶液を2.42mL加えて混合した後、氷上で15分間静置した。10000×g、4℃で15分間遠心分離した後、上清を除去して、ペレットを2mLの10mMリン酸バッファーに溶解し、ウイルス溶液を得た。
【0104】
(2)ウイルス溶液の前処理
密閉可能なポリプロピレンチューブに2.5%ギ酸水溶液を100μL入れ、各ウイルス溶液 1μLを加えた。チューブを密閉して、98℃ヒートブロックで30分間加熱処理を行った。
【0105】
(3)シナモン酸誘導体マトリクス及びシナピン酸マトリクスの調製
α-シアノ-4-ヒドロキシシナモン酸(α-CHCA)を、2.5%トリフルオロ酢酸を含む50%アセトニトリル水溶液に飽和濃度で溶解させ、シナモン酸誘導体マトリクス液を調製した。0.1%トリフルオロ酢酸とアセトニトリルを容量で2:1となるよう混合し、これにシナピン酸を飽和濃度で溶解させ、シナピン酸マトリクスを調製した。
【0106】
(4)MALDI-TOF-MSによる分析
前処理後のウイルス溶液を急冷して、2μLを電導性カーボン両面テープ(日新EM株式会社製)に滴下して乾燥させた。ウイルス溶液を乾燥させた箇所に、さらに上からマトリクス液を滴下して乾燥させた。マトリクス液がシナモン酸誘導体マトリクス液の場合は、2μL、シナピン酸誘導体の場合は5μL滴下した。5μLの滴下は、2、2、1μLの3回に分けて滴下乾燥させた。MALDI-TOF-MS質量分析計(Autoflex III又はMicroflex、Bruker Daltonics)のサンプル台にセットし、乾燥させた。リニアポジティブモードでm/z 1000~20000のマススペクトルを取得した。
【0107】
結果を図16に示す。図16Aはシナモン酸誘導体マトリクスを使用したマススペクトル、図16Bはシナピン酸マトリクスを使用したマススペクトルを示す。両スペクトルを比較すると、低分子側のピークに大きな差異は見られなかったが、シナモン酸誘導体マトリクスを使用した場合には、高分子側(m/z 7500~11000)にPEG由来とみられるピークが残存した。一方、シナモン酸誘導体マトリクスを使用した場合には、PEG由来とみられるピークは見られず、タンパク質由来とみられるピークが高分子側にも検出できた。これらの結果より、シナモン酸マトリクスを使用することで、高分子のピークを用いた解析も可能となることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明の方法及びシステムは、医薬品、体外診断用医薬品、農薬の開発、品質試験等に適用可能であり、医療、農業、畜産業等の多様な産業分野で利用可能である。
【符号の説明】
【0109】
1…試験システム
2…処理部
3…分析部
4…解析部
41…データ収集部
42…照合部
43…データベース
5…入力部
6…出力部
7…制御部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
【配列表】
2024154361000001.xml
【手続補正書】
【提出日】2024-04-24
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中のウイルスを検出、同定及び/又は識別する方法であって:
試料中のウイルスを、ポリエチレングリコール(PEG)水溶液を用いて濃縮する工程;
a)濃縮後の試料を酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤に接触させる工程;
b)工程a)の試料を加熱する工程;
c)工程b)の試料に含まれるタンパク質及び/又はペプチド成分の質量分析を行う工程;及び
d)工程c)の結果に基づいて、試料に含まれるウイルスの検出、同定及び/又は識別を行う工程;を含み、
超遠心によりウイルスを濃縮する工程を含まない、
方法。
【請求項2】
前記前処理剤が、トリフルオロ酢酸、蟻酸、酢酸、硝酸、塩酸、ジフルオロ酢酸、モノフルオロ酢酸、プロピオン酸、酪酸、次亜塩素酸塩、過酸化水素、フッ化水素、ブロモ酢酸、オゾン、ハロゲン、二酸化塩素、又は二酸化マンガンからなる群より選択される少なくとも1つを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程c)において、前記質量分析が、APCI法、CI法、EI法、ESI法、FAB法、FD法、FI法、LILBID法、LSIMS法、MALDI法、PB法、PD法、SIMS法、TSP法又はこれらの組み合わせからなる群から選択されるイオン化手段を用いた質量分析である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記イオン化手段が、ESI法又はMALDI法である、請求項に記載の方法。
【請求項5】
工程c)において、前記質量分析が、MALDI-TOF-MSを含む、請求項に記載の方法。
【請求項6】
工程c)において、前記質量分析が、LC、MPLC、HPLC、又はキャピラリー電気泳動法による分離を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
工程d)が、既知の複数のウイルスからなる対照群について得られた分析結果を利用する、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
工程d)が、既知の複数のウイルスについて得られた分析結果を登録したデータベースを利用する、請求項に記載の方法。
【請求項9】
以下を備える、試料中のウイルスの検出、同定及び/又は識別のためのシステムであって:
質量分析計を備え、前処理済みの試料に含まれるタンパク質成分の質量分析を行う、分析部;及び
-前記分析部より出力された質量分析結果に基づいて、ウイルスの検出、同定及び/又は識別を行う、解析部;
前記前処理済みの試料は、試料中のウイルスを、超遠心を用いず、ポリエチレングリコール(PEG)水溶液を用いて濃縮した後、試料を酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤と接触させた後、加熱処理した試料である、システム。
【請求項10】
-加熱手段を有し、試料と、酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤とを接触させた後、加熱処理を行う処理部;
をさらに含む請求項に記載のシステム。
【請求項11】
前記質量分析計は、MALDI-TOF-MS質量分析計である、請求項に記載のシステム。
【請求項12】
前記解析部はデータベースを備え、前記データベースは、複数のウイルスについて得られた分析結果を登録したデータベースである、請求項に記載のシステム。
【手続補正書】
【提出日】2024-07-25
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中のウイルスを検出及び/又は同定する方法であって:
試料中のウイルスを、ポリエチレングリコール(PEG)水溶液を用いて濃縮する工程;
a)濃縮後の試料を酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤に接触させる工程;
b)工程a)の試料を加熱する工程;
c)工程b)の試料に含まれるタンパク質及び/又はペプチド成分の質量分析を行う工程;及び
d)工程c)の結果に基づいて、試料に含まれるウイルスの検出及び/又は同定を行う工程;を含み、
超遠心によりウイルスを濃縮する工程を含まない、
方法。
【請求項2】
前記前処理剤が、トリフルオロ酢酸、蟻酸、酢酸、硝酸、塩酸、ジフルオロ酢酸、モノフルオロ酢酸、プロピオン酸、酪酸、次亜塩素酸塩、過酸化水素、フッ化水素、ブロモ酢酸、オゾン、ハロゲン、二酸化塩素、又は二酸化マンガンからなる群より選択される少なくとも1つを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程c)において、前記質量分析が、APCI法、CI法、EI法、ESI法、FAB法、FD法、FI法、LILBID法、LSIMS法、MALDI法、PB法、PD法、SIMS法、TSP法又はこれらの組み合わせからなる群から選択されるイオン化手段を用いた質量分析である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記イオン化手段が、ESI法又はMALDI法である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
工程c)において、前記質量分析が、MALDI-TOF-MSを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
工程c)において、前記質量分析が、LC、MPLC、HPLC、又はキャピラリー電気泳動法による分離を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
工程d)が、既知の複数のウイルスからなる対照群について得られた分析結果を利用する、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
工程d)が、既知の複数のウイルスについて得られた分析結果を登録したデータベースを利用する、請求項7に記載の方法。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中のウイルスを検出及び/又は同定するための方法及びシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析機(MS)の生物種の識別への応用については2000年頃から検討され始め、細菌はスペクトルが得やすいため、MSを用いた細菌種の識別に関する研究が先行していた。特に医療分野で開発が進み、臨床現場、特に感染症の診断・治療において、感染細菌の検出・同定への応用がなされてきた。近年、糸状菌の識別についても解析が進み始めており、細菌の識別と同様に臨床現場における応用を目的に研究が進められている。特許文献1には、臨床検体から分離された株を、MALDI-TOF-MSを用いて、菌種及び/又は亜種のレベルで同定する方法が開示されている。特許文献2には、細菌等の微生物からリン脂質を抽出し、MALDIベースのMSで解析する方法が開示されている。特許文献3には、細菌の抗生物質に対する耐性を、抗生物質を含む培地中の細菌の成長をマススペクトルで測定することで判定する方法が開示されている。近年では、細胞壁を有する糸状菌に対してもMSの利用が検討され始めている(非特許文献1)。
【0003】
細菌と同様に、感染症の病原となり得るウイルスについても、MSでの識別に対するニーズがあるが、現在のところ、ウイルスのMSによる識別は実用化されていない。非特許文献2及び3には、精製したウイルスをMSにかけて数本のピークを得る手法が報告されている。また、非特許文献4には、精製したウイルス粒子をトリプシンで処理した後、精製・濃縮してMSにかける手法が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2010-515915号公報
【特許文献2】特開2020-038208号公報
【特許文献3】特開2018-029619号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】東山ら、質量分析法(MALDI-TOF MS)を用いた臨床微生物同定と感染症迅速診断への応用Mycotoxins, 63 (2), 209-216 (2013)
【非特許文献2】Bruckman et al., Tobacco mosaic virus based thin film sensor for detection of volatile organic compounds. Journal of Materials Chemistry. 20, 5715-5719 (2010)
【非特許文献3】Sitasuwan et al., RGD-conjugated rod-like viral nanoparticles on 2D scaffold improve bone differentiation of mesenchymal stem cells. Frontiers in Chemistry 2:31 DOI: 10.3389/fchem.2014.00031 (2014)
【非特許文献4】Yoshinari et al., Matrix-Assisted Laser Desorption and Ionization Time-of-Flight Mass Spectrometry Analysis for the Direct Detection of SARS-CoV-2 in Nasopharyngeal Swabs. Anal. Chem. 94, 4218-4226 (2022)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ウイルスの構成するタンパク質は、一般に強固で分子量が大きいことが知られる。そのため、細菌と同様の手法でMSによる解析を試みたとしても、分子のイオン化が困難であり、その識別に有用なピークパターンを得ることが困難である。そのため、非特許文献2及び3に記載の手法では、MSによる実用的なウイルスの識別は困難であった。一方、非特許文献4に示す手法は、ウイルスの精製・濃縮、断片化、及び断片化タンパク質の精製を要し、時間と労力、及び熟練した手技を要する手法であった。また、トリプシン処理によりタンパク質が過剰に断片化され、有用なピークが得られないことがあり、処理条件の調整に注意を要する手法であった。
【0007】
本発明の目的は、MSを用いて、短時間で簡易に試料中のウイルスを検出及び/又は同定することが可能な方法及びシステムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明は、以下を提供する。
[1]試料中のウイルスを検出及び/または同定する方法であって:
a)試料を酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤に接触させる工程;
b)工程a)の試料を加熱する工程;
c)工程b)の試料に含まれるタンパク質及び/又はペプチド成分の分析を行う工程;及び
d)工程c)の結果に基づいて、試料に含まれるウイルスの検出及び/又は同定を行う工程;を含む、方法。
[2]工程a)の前に、試料中のウイルスを、ポリエチレングリコール水溶液を用いて濃縮する工程をさらに含む、[1]に記載の方法。
[3]前記前処理剤が、トリフルオロ酢酸、蟻酸、酢酸、硝酸、塩酸、ジフルオロ酢酸、モノフルオロ酢酸、プロピオン酸、酪酸、次亜塩素酸塩、過酸化水素、フッ化水素、ブロモ酢酸、オゾン、ハロゲン、二酸化塩素、又は二酸化マンガンからなる群より選択される少なくとも1つを含む、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]工程c)において、前記分析が、APCI法、CI法、EI法、ESI法、FAB法、FD法、FI法、LILBID法、LSIMS法、MALDI法、PB法、PD法、SIMS法、TSP法又はこれらの組み合わせからなる群から選択されるイオン化手段を用いた質量分析である、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]前記イオン化手段が、ESI法又はMALDI法である、[4]に記載の方法。
[6]工程c)において、前記分析が、MALDI-TOF-MSを含む、[5]に記載の方法。
]工程c)において、前記分析が、LC、MPLC、HPLC、又はキャピラリー電気泳動法による分離を含む、[1]~[]のいずれかに記載の方法。
]工程d)が、既知の複数のウイルスからなる対照群について得られた分析結果を利用する、[1]~[]のいずれかに記載の方法。
]工程d)が、既知の複数のウイルスについて得られた分析結果を登録したデータベースを利用する、[]に記載の方法。
10]以下を備える、試料中のウイルスの検出及び/又は同定のためのシステムであって:
-前処理済みの試料に含まれるタンパク質成分の分析を行う、分析部;及び
-前記分析部より出力された分析結果に基づいて、ウイルスの検出及び/又は同定を行う、解析部;
前記前処理済みの試料は、試料を酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤と接触させた後、加熱処理した試料である、システム。
11]-加熱手段を有し、試料と、酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤とを接触させた後、加熱処理を行う処理部;をさらに含む[10]に記載のシステム。
12]前記分析部は、質量分析計を備える、[10]又は[11]に記載のシステム。
13]前記質量分析計は、MALDI-TOF-MS質量分析計である、[12]に記載のシステム。
14]前記解析部はデータベースを備え、前記データベースは、複数のウイルスについて得られた分析結果を登録したデータベースである、[10]~[13]のいずれかに記載のシステム。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法及びシステムによると、MSを用いて、短時間で簡易に試料中のウイルスを検出及び/又は同定することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の第1の実施形態の方法の概略を示すフロー図である。本発明の第1の実施形態の方法は、少なくとも、試料の準備、試料の前処理工程(工程a))、加熱工程(工程b))、分析工程(工程c))及び得られた結果の解析工程(工程d))を含む。
図2】本発明の第1の実施形態の方法にAIを用いる態様の一例を示すフロー図である。図示例では、既知試料の分析結果を蓄積したデータベースを教師データとして構築されたAIが使用される。当該AIに、目的とする未知試料の分析結果、並びに当該分析の前処理、加熱及び分析条件が入力され、AIによって割り出されたウイルスの種類及び存在量等の情報が出力される。
図3】本発明の第2の実施形態のシステムの例の概略図である。図3Aは、本発明の第2の実施形態の概略を示す。第1態様においては、試験システム1は、分析部3と解析部4を備える。また、試料情報や分析条件等を入力するための入力部5、解析結果を出力するための出力部6及び試験システム1内の各装置を制御するための制御部7を備える。外部より前処理済試料S1が試験システム1内の所定位置にセットされた後、試験システム1は、当該試料中のタンパク質成分の分析と、分析結果の解析を行う。図3Bは、本発明の第2の実施形態の第2態様を示す。第2態様において、試験システム1は、処理部2、分析部3及び解析部4を備える。また、試料情報や分析条件等を入力するための入力部5、解析結果を出力するための出力部6及び試験システム1内の各装置を制御するための制御部7を備える。外部より、未処理の試料S2が試験システム1内の所定位置にセットされた後、試料S2は、処理部2内に取り込まれ、前処理が実施される。処理部は、ロボットアーム、試薬分注機構等を備え、自動的に試料の前処理を行い、処理済みの検体を分析部3に渡すことが可能である。
図4】実施例1で得られたトマトモザイクウイルスを含む試料のマススペクトルである。図4Aは加熱処理なしの試料、図4B、C、D、Eは、80℃の加熱処理をそれぞれ30、60、120、240分間行った試料のマススペクトルを示す。
図5】実施例2で得られたパプリカマイルドモットルウイルスを含む試料のマススペクトルである。図5Aは加熱処理なしの試料、図5Bは加熱処理を行った試料、図5Cはマイクロ波処理を行った試料のマススペクトルを示す。
図6】実施例3で得られた各種ウイルスを含む試料のマススペクトルである。図6Aはスイカ緑斑モザイクウイルスを超遠心法で濃縮した試料、図6Bはキュウリ緑斑モザイクウイルスを超遠心法で濃縮した試料、図6Cはジオウモザイクウイルスを超遠心法で濃縮した試料、図6DはジオウモザイクウイルスをPEG沈殿法で濃縮した試料、図6EはパプリカマイルドモットルウイルスをPEG沈殿法で濃縮した試料のマススペクトルを示す。
図7】実施例4で得られたニューカッスル病ウイルスを含む試料のマススペクトルである。図7Aは加熱処理なしの対照、図7Bは加熱処理した試料、図7Cはマイクロ波処理した試料のマススペクトルを示す。
図8】実施例5で得られたパピローマウイルスのウイルス様粒子を含むマススペクトルである。図8Aは加熱処理なしの対照、図8Bはマイクロ波処理した試料のマススペクトルを示す。
図9】実施例6で得られた核多角体病ウイルスの加熱あり、なしの条件下でのマススペクトルを示す。図9Aは、98℃で30分間加熱した試料、図9Bは加熱処理なしの試料のマススペクトルを示す。
図10】実施例6で得られた細胞質多角体病ウイルスの加熱あり、なしの条件下でのマススペクトルを示す。図10Aは、98℃で30分間加熱した試料、図10Bは加熱処理なしの試料のマススペクトルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<試料中のウイルスを検出及び/又は同定する方法>
1.概要
本発明の第1の実施形態は、試料中のウイルスを検出及び/又は同定する方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする。
a)試料を酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤に接触させる工程:
b)工程a)の試料を加熱する工程;
c)工程b)の試料に含まれるタンパク質及び/又はペプチド成分の分析を行う工程;及び
d)工程c)の結果に基づいて、試料に含まれるウイルスの検出及び/又は同定を行う工程。
【0012】
本明細書において「ウイルス」は、核酸(DNA又はRNA)とその周囲を包むカプシドタンパク質からなる数nm~数μm程度のごく微小な粒子を指し、動植物、細菌等に感染可能なウイルスに限られず、弱毒化ウイルス、不活化ウイルス及びウイルス様粒子を包含するものとする。
【0013】
試料中のウイルスの検出としては、イムノアッセイや核酸増幅法による検出が広く使用されている。しかし、イムノアッセイ及び核酸増幅法は、いずれも特定のウイルスを検出するための手法であり、試料中のウイルスの種類を予め特定することを要する。試料に含まれるウイルスの種類を事前に予測・特定できない場合、あるいは、候補ウイルスが多数存在する場合、イムノアッセイ及び核酸増幅法は必ずしも有効な検出方法ではない。このような予め存在し得るウイルスを事前に予測・特定し難い試料については、ウイルスの存在の有無を検出するのみでなく、さらに存在するウイルスの種類を同定可能な方法が必要とされる。質量分析(MS)は、検出すべき対象物によって使用する試薬、機器を変更することを要しないため、存在し得る対象物を詳細に特定できない試料中のウイルスの検出・同定に有効である。
【0014】
ウイルスは、通常は、その構成するタンパク質が強固で分子量が大きいため、MSによるタンパク質の解析は困難であった。本発明者らは、ウイルスのタンパク質について、酸化剤又は酸性化剤を含む前処理剤と接触させ、さらに加熱することにより、簡便に断片化させることができることを見出した。また、前記のタンパク質の断片化のパターンは、ウイルスの種類によって異なることを見出した。これにより、所定の条件下で、試料を酸性化及び/又は酸化し、かつ加熱することで得られたタンパク質断片(タンパク質及び/又はペプチド)を分析することで、試料中のウイルスの存在の有無を判定し、かつ、存在するウイルスを同定することが可能であることを見出した。以下、分析対象であるタンパク質及び/又はペプチドを、まとめて単に「タンパク質」と称する。
【0015】
本明細書において、「検出」とは、試料中のウイルスの存在の有無を判定することを指す。より具体的には、対象のウイルスについて、試料中の該ウイルス由来のシグナルが予め設定したカットオフ値以上であるか、カットオフ値未満であるかを判定することを指す。本実施形態の方法の一態様において、「検出」は、特定のウイルスを定量することを含む。本明細書において、「同定」とは、試料中に含まれるウイルスについて、その種を特定することを指す。本明細書において「分析」とは、試料より直接得られる出力データ、いわゆる生データを取得することを示し、「解析」とは、前記出力データに基づいて割り出される出力情報を取得することを示すものとする。
【0016】
本実施形態の方法における各工程のフロー図を図1に示す。本実施形態の方法は、少なくとも、試料の準備、試料の酸性化/酸化工程(工程a))、加熱工程(工程b))、分析工程(工程c))及び得られた結果の解析工程(工程d))を含む。これらの各工程について、下記に詳説する。なお、本実施形態の方法は、これらの各工程に加え、他の工程を含んでいてもよい。
【0017】
2.各工程の説明
2-1 試料の準備
本実施形態の方法の試験対象となる「試料」は、ウイルスが存在し得る試料であれば、特に限定されず、生物全般(動物、植物、微生物等)、食品、下水等に由来するもの、及びこれらが付着した物体をいずれも包含する。この中には、生体である対象から取り出された試料、すなわち生体試料も包含される。ここでいう「対象」は、好適には動物及び植物が挙げられる。
【0018】
ここでいう動物としては、特に後生生物に含まれる生物、例えば鳥類又は哺乳類、爬虫類、両生類などや節足動物門に含まれる昆虫、甲殻類、線形動物類等が挙げられる。鳥類は、脊索動物門脊椎動物亜門鳥綱に属する動物を指し、例えば、ニワトリ、アヒル、ウズラ、ガチョウ、カモ、シチメンチョウ、セキセイインコ、オウム、オシドリ、ハクチョウ等が挙げられる。哺乳類は、ヒト及びヒト以外を包含する、脊索動物門脊椎動物亜門哺乳網に属する動物を指し、例えば、ヒト、チンパンジーを含む霊長類、イヌ、ネコなどのペット動物、ウシ、ブタ、ウマ、ヒツジ、ヤギなどの家畜動物、マウス、ラットなどの齧歯類、動物園で飼育される哺乳類動物などが含まれる。好ましくは、ヒトである。動物由来の生体試料は、特に限定されないが、例えば、鼻腔ぬぐい液、咽頭ぬぐい液、鼻汁、唾液、喀痰、うがい液、血液(例、全血、血清、血漿)、尿、糞便、乳汁、水疱、組織又は細胞抽出液等、あるいはこれらのいずれかの混合物とすることができる。
【0019】
動物由来の試料としては、直接的な生体試料のみでなく、動物が接触した物体や、動物の排泄物、飛沫物等が付着した物体も挙げられる。
【0020】
動物を対象とする場合、検出及び/又は同定の対象となり得るウイルスは、動物に感染し得るウイルスであれば特に限定されないが、例えば、A型肝炎ウイルス、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、インフルエンザウイルス(ヒトインフルエンザ、鳥インフルエンザ、豚インフルエンザ等)、SARS-Cov-2、MERS、RSウイルス、ジカウイルス、デングウイルス、チクングニアウイルス、ノロウイルス、パピローマウイルス、ヘルペスウイルス(ヒトヘルペスウイルス、ウシヘルペスウイルス等)、ムンプスウイルス、麻疹ウイルス、水疱性口内炎ウイルス(VSV)、ヒトメタニューモウイルス、ニューカッスル病ウイルス、狂犬病ウイルス、口蹄疫ウイルス、豚熱ウイルス、アフリカ豚熱ウイルス、豚水疱症ウイルス、牛ウイルス性下痢ウイルス、イバラキ病ウイルス、チュウザンウイルス、アカバネウイルス、悪性カタル熱ウイルス、オーエスキー病ウイルス、豚流行性下痢ウイルス、豚繁殖・呼吸障害症候群ウイルス、豚水疱疹ウイルス、鶏痘ウイルス、鶏伝染性気管支炎ウイルス、鶏伝染性喉頭気管炎ウイルス、伝染性ファブリキウス嚢病ウイルス、ウサギ出血病ウイルス、核多角体病ウイルス、細胞質多角体病ウイルス等が挙げられる。
【0021】
検出及び/又は同定の対象となるウイルスは、植物ウイルス媒介生物としての動物にも存在し得る。このようなウイルスとしては、特に限定されないが、例えば、アブラムシ類により媒介されるククモウイルス(キュウリモザイクウイルス、ソラマメウイルトウイルス)及びポティウイルス(ジャガイモYウイルス、ズッキーニ黄斑モザイクウイルス、ウメ輪紋ウイルス)、アザミウマ類により媒介されるオルソトスポウイルス(トマト黄化えそウイルス、アイリス黄斑ウイルス、メロン黄化えそウイルス)、コナジラミ類に媒介されるジェミニウイルス(トマト黄化葉巻ウイルス)、クリニウイルス(ウリ類退緑黄化ウイルス、トマト黄化ウイルス)、ウンカ・ヨコバイ類に媒介されるテヌイウイルス(イネ縞葉枯ウイルス等)、カイガラムシ類に媒介されるブドウ葉巻随伴ウイルス等、フシダニ類に媒介されるエマラウイルス(イチジクモザイクウイルス、シソモザイクウイルス、シキミ輪点随伴ウイルス)、センチュウ類に媒介されるトブラウイルス(タバコ茎えそウイルス)等が挙げられる。
【0022】
ここでいう植物としては、ウイルスが感染し得る植物であれば、特に限定されず、被子植物(単子葉植物、双子葉植物)、裸子植物、シダ植物、コケ植物、藻類等のいずれであってもよいが、特に産業上有用な植物(野菜、果物、花き等)とすることができる。植物は、特に限定されないが、例えば、イネ、コムギ、ダイズ、ジャガイモ、トマト、キュウリ、ダイコン、イチゴ、ミカン、リンゴ、キク、バラ等とすることができる。植物由来の試料は、特に限定されないが、例えば、葉、茎、根、果実、種子、花、塊茎等、あるいはこれらのいずれかの混合物とすることができる。
【0023】
検出及び/又は同定の対象となり得るウイルスは、植物組織そのものに存在するウイルスに限定されず、植物へのウイルスの感染源となり得る、土壌、水(水耕栽培の水、用水路の水等)、農業資材、器具等に存在するものも包含される。
【0024】
植物を対象とする場合、検出及び/又は同定の対象となり得るウイルスは、植物に感染し得るウイルスであれば特に限定されないが、例えば、ククモウイルス(キュウリモザイクウイルス、ソラマメウイルトウイルス)、ポティウイルス(ジャガイモYウイルス、ズッキーニ黄斑モザイクウイルス、ウメ輪紋ウイルス)、オルソトスポウイルス(トマト黄化えそウイルス、アイリス黄斑ウイルス、メロン黄化えそウイルス)、トマト黄化葉巻ウイルス、クリニウイルス(ウリ類退緑黄化ウイルス、トマト黄化ウイルス)、テヌイウイルス(イネ縞葉枯ウイルス等)、ブドウ葉巻随伴ウイルス等、エマラウイルス(イチジクモザイクウイルス、シソモザイクウイルス、シキミ輪点随伴ウイルス)、トブラウイルス(タバコ茎えそウイルス)、トバモウイルス(トマトモザイクウイルス、タバコモザイクウイルス、トウガラシ微斑ウイルス)、カルモウイルス(メロンえそ斑点ウイルス)、バイモウイルス(オオムギ縞萎縮ウイルス)、サドワウイルス(温州萎縮ウイルス)、クロステロウイルス(リンゴクロテッククリーフスポットウイルス)等が挙げられる。
【0025】
本実施形態の方法は、試料中のウイルスの濃縮や前処理等を行う前に、作業者の感染や機器の汚染を防止するために、ウイルスを不活化する工程を含んでいてもよい。不活化の具体的な手法は、試料の種類や、存在し得るウイルスの種類や状態にあわせて適宜選択することができる。
【0026】
試料は、その性質等に応じた精製が行われていてもよい。特に、細胞中に含まれるウイルスの検出を行う場合、より確実に検出するために、例えば、界面活性剤等によるタンパク変性・分解、溶媒抽出、溶媒沈殿、カラム精製、膜分離等による精製を行うことができる。精製・分析の前に、試料(組織)をホモジナイザー、乳鉢、凍結融解、液体窒素による凍結、ストマッカー等で破砕する工程を含んでもよい。特に、試料が植物の場合、細胞壁を破壊するため、この破砕工程を含むことが好ましい。
【0027】
本実施形態の方法は、好ましくはウイルスを濃縮する工程を含む。ウイルスの濃縮手法は、特に限定されず、超遠心法、ポリエチレングリコール(PEG)沈殿法等の公知の手法をいずれも使用できる。特に、超遠心機等の特別な装置を要しないPEG沈殿法を好適に使用できる。ウイルスのPEG沈殿法で濃縮する方法は、例えば、Torii et al., Science of the Total Environment 807, 150722(2022)に記載の方法を用いることができる。PEG沈殿法は、残留するPEGがマススペクトルに干渉することが分かっており、タンパク質の質量分析には、さらにタンパク質とPEGとを分離することを要する。しかし、本実施形態の方法は、前処理工程及び加熱工程を備えることで、タンパク質とPEGとの分離を要することなく、PEGのマススペクトルへの干渉を回避することが可能であり、ウイルスの濃縮に、比較的簡便なPEG沈殿法を適用できるという利点を有する。
【0028】
2-2 a)前処理工程
本明細書において、「前処理」とは、試料であるウイルスの検出/同定において、試料を分析可能な状態とするために「前処理剤」と接触させることを指す。また、本明細書において「前処理剤」とは、酸性化剤及び/又は酸化剤を含む溶液である。前処理剤を構成する溶媒としては、断片化したペプチド等を溶解でき、かつ、沸点が70℃以上、特に85℃以上のものを使用できる。より具体的には、水を使用できる。前処理剤は、1液で使用してもよく、また、2液以上を同時又は連続的に使用してもよい。
【0029】
本明細書において、「酸性化剤」とは、試料をpH7.0未満、特にpH5.0以下、さらにpH1.0~3.0、すなわち酸性条件下におくための薬剤であり、試料を酸性化できれば、その種類は特に限定されない。好適には、トリフルオロ酢酸、ジフルオロ酢酸、モノフルオロ酢酸、蟻酸、酢酸、硝酸、塩酸、プロピオン酸、酪酸、フッ化水素、ブロモ酢酸等、又はこれらの組み合わせを使用できる。また、これらの酸のうち複数を連続的に使用することもできる。前処理剤として使用する場合、酸性化剤は、0.01~10.0N(規定)、特に0.1~2.0N、さらに0.2~1.0Nの濃度で使用することが好ましい。
【0030】
本明細書において、「酸化剤」とは、試料、特にタンパク質を酸化させることが可能な薬剤であれば、その種類は特に限定されない。好適には、過酸化水素、オゾン、次亜塩素酸塩、ハロゲン単体、二酸化塩素、二酸化マンガン等、又はこれらの組み合わせを使用できる。酸化剤として過酸化水素水を用いる場合、0.01~10.0M、特に0.1~2.0M、さらに0.2~1.0Mの濃度で使用することが好ましい。
【0031】
前処理剤を試料に接触させる手段は、試料に万遍なく前処理剤が接触していれば特に限定されるものではないが、例えば、浸漬、塗布、噴霧、気化物との固相-気相接触等の手段を用いることができる。
【0032】
試料の酸性化剤及び/又は酸化剤による処理の前又は後に、必要に応じて還元剤による処理を行ってもよい。還元剤としては、ジチオスレイトール、2-メルカプトエタノール、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩(TCEP)、トリブチルホスフィン、システイン塩酸塩、ハイドロキシサルファイト等、通常タンパク質の分析において使用される還元剤をいずれも使用可能である。
【0033】
本実施形態の方法における前処理工程には、酵素反応を用いないことが好ましい。高分子タンパク質のMSによる分析においては、トリプシン等のプロテアーゼを用いてタンパク質の断片化が行う手法が知られる。しかし、酵素の使用は、タンパク質の断片化の効果を奏するものの、酸化剤/還元剤と比較して使用する試薬が高価であり、酵素自体のスペクトルが分析を阻害する可能性がある。また、測定対象のウイルス種が特定できていない場合、条件によっては断片化が不十分であったり、逆に分解が進みすぎたりすることで、有用な断片を検出できないリスクがあった。本実施形態の方法によれば、酵素処理を行うことなく、前処理剤及び後述の加熱処理により、試料中のウイルスのタンパク質を、短時間かつ低コストで断片化することが可能である。
【0034】
2-3 b)加熱工程
本実施形態の方法は、前処理剤と接触させた後の試料を加熱することを要する。試料と前処理剤が混合された状態で加熱してもよく、また、試料中のタンパク質を前処理剤と分離した後に加熱してもよい。好ましくは、試料と前処理剤が混合された状態で加熱する。加熱温度は特に限定されないが、試料を液相として分析する場合は、液相の温度を50~100℃、特に70~98℃、さらに75~95℃まで上昇させることが好ましい。このような加熱を行う手法としては、例えば試料を含む液相を容器内に密閉してペルチェ素子、湯浴、油浴等により加熱する手法や、試料にマイクロ波を照射する手法をとることができる。あるいは、試料を気相として分析する場合は、試料の温度は、例えば、100~120℃とすることができる。
【0035】
本実施形態の方法は、加熱工程を備えることで、PEG沈殿法によりウイルス濃縮された試料の測定が可能である。PEG沈殿法によるウイルス濃縮では、ウイルスタンパク質に微量のPEGが残存するため、PEGがタンパク質のマススペクトルに干渉するという問題がある。これに対し、本発明者らは、試料を所定温度で一定時間以上加熱することでPEGを分解できることを見出した。一方で、本発明者らは、試料を所定温度で一定時間以上加熱することで、ウイルスタンパク質が有用なサイズに断片化されることを見出した。本実施形態の方法は、加熱工程を備えることにより、PEGの分解とウイルスタンパク質の有用な断片化の両方を達成する可能である。
【0036】
加熱工程において、加熱時間は、ペルチェ素子、湯浴等で加熱する場合は、3分間~24時間、特に、10分間~10時間、さらに30分間~3時間とすることができる。また、マイクロ波照射による場合は、1分間~15分間、特に3分間~7分間とすることができる。
【0037】
前処理剤の成分、反応時間、並びに加熱温度及び加熱時間等の条件は、試料の種類と、同定の目的によって適宜選択可能である。前処理工程と加熱工程を同時に実施してもよい。前処理及び加熱の条件によって、後述する分析工程で得られるシグナルが異なることから、既知の結果等を参照して、より目的とする試験を容易とする条件を選択することができる。例えば、試験の目的がウイルスの同定である場合、得られるシグナルの種差が大きくなる前処理及び加熱条件を選択できる。また、同じ試料について、条件の異なる複数の条件でそれぞれ前処理及び加熱を行い、分析・比較することもできる。
【0038】
2-4 c)分析工程
前処理、加熱処理された試料は、分析工程に付される。分析工程では、前処理工程、加熱工程により断片化されたタンパク質の分析を行う。タンパク質の分析手段は、電気泳動、アミノ酸シークエンス、液体クロマトグラフィー(LC)、質量分析、アミノ酸組成分析、X線回折、核磁気共鳴スペクトル(NMR)、フーリエ変換赤外線吸収スペクトル(FTIR)等公知の手段をいずれも使用できるが、特に、高分子物質の特性を容易に分析可能な質量分析を好適に使用できる。質量分析は、微量の化合物を高真空チャンバーでイオン化し、生成したイオンを質量によって分離し、検出する方法である。
【0039】
化合物をイオン化する手段としては、例えば、大気圧化学イオン化法(atmospheric pressure chemical ionization、APCI)、化学イオン化(chemical ionization、CI)、電子イオン化法(electron ionization、EI)、電子スプレーイオン化法(electrospray ionization、ESI)、高速原子衝撃法(fast atom bombardment、FAB)、電界脱離イオン化法(field desorption、FD)、電界イオン化法(field ionization、FI)レーザー誘起液ビームイオン脱離法(liquid secondary ion mass spectrometry、LILBID)、液体二次イオン質量分析(liquid secondary ion mass spectrometry、LSIMS)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(matrix assisted laser desorption ionization、MALDI)、粒子線法(particle beam、PB)、プラズマ脱離法(plasma desorption、PD)、二次イオン質量分析(secondary ion mass spectrometry、SIMS)又はサーモスプレー法(thermospray、TSP)又はこれらのイオン化法の組み合わせが挙げられる。特に、高分子、特にタンパク質の分析に広く使用される、MALDI法又はESI法を好適に使用できる。前処理、加熱処理後のウイルスのタンパク質の質量分析スペクトル(以下、「マススペクトル」と記載)は、イオン化手段によって異なるパターンを生じ得ることから、既知ウイルスの分析結果等を参照して、より試験目的を達成しやすい条件を選択することもできる。
【0040】
イオン化した分子の質量による分離手段としては、公知の方法をいずれも使用できるが、特に高分子の分離に適した飛行時間型質量分析法(time of flight mass spectrometry、TOF-MS)を好適に使用できる。本実施形態の方法におけるタンパク質成分の分析には、MALDI-TOF-MSが好適に含まれる。
【0041】
分析手段として、MALDI-TOF-MSを使用する場合、前処理後の試料は、前処理剤ごと、又は上清をキュベット等に入れて分析に供してもよい。一方、電導性カーボン両面テープ上に前処理剤中に残存する繊維を貼り付け、乾燥させた状態で分析に方法をとることもできる。電導性カーボン両面テープは、通常、走査型電子顕微鏡(SEM)用として入手可能なものを使用できる(例えば、日新EM株式会社製)。
【0042】
質量分析の前に、又は質量分析に代えて、液体クロマトグラフィー(liquid chromatography、LC)、中圧液体クロマトグラフィー(middle pressure liquid chromatography、MPLC)、高速液体クロマトグラフィー(high performance liquid chromatography、HPLC)、キャピラリー電気泳動等による分離を行ってもよい。
【0043】
2-5 d)解析工程
c)分析工程で得られた結果(生データ)に基づいて、試料中のウイルスを定性的及び/又は定量的に解析する工程である。好適には、解析工程は、既知のウイルス種を含む複数の試料からなる対照群について、同条件の分析工程を経て得られた結果を利用して実施される。
【0044】
本発明者らは、ウイルス種若しくはウイルス株によって、また、ウイルスの前処理、加熱、分析条件によって、得られるマススペクトルのパターンが異なることを見出した。多数のウイルス種及び/若しくはウイルス株からなる対照群について、多様な前処理、加熱、分析条件下で多数のマススペクトルを取得し、得られたスペクトルのパターンを各ウイルスのフィンガープリントとして蓄積することで、未知の試料中のウイルスの同定に有用なデータベースを構築することが可能である。また、多様なウイルス量の対照群についても同様にデータベースを構築し、未知の試料に含まれるウイルス量の定量に使用することも可能である。あるいは、前記データベースは、多数の対照群について、所定の前処理、加熱及び分析条件下でマススペクトルを取得することで構築されてもよい。ただし、このデータベースを使用する場合、未知の試料の前処理工程、加熱工程及び分析工程は、前記所定の前処理、加熱及び分析条件に限定され得る。データベースに蓄積されるマススペクトルのデータは、マススペクトルの画像データであっても、検出された各ピークのm/zと信号強度の数値データの集合であってもよい。
【0045】
本実施形態の方法において、解析工程は、目的とする未知の試料より得られる分析結果、特にマススペクトルを、構築されたデータベースと照合させることにより行われ得る。必要に応じて、その分析結果を取得するために用いた前処理、加熱及び分析条件について照合してもよい。また、照合対象となる試料の分析結果は、1つの未知の試料から1つである必要はなく、例えば、前処理、加熱及び分析条件を変えて複数の分析結果、例えば複数のマススペクトルを取得し、これらを複合的に前記データベースと照合させてもよい。
【0046】
あるいは、本実施形態の方法において、解析工程は、目的とする試料と同条件でほぼ同時(例えば、同日)に分析された標品のマススペクトルと照合させることにより行われ得る。使用される標品は、検出/同定の目的に合わせて適宜選択可能である。例えば、ある症状を有する動物の病原ウイルスを特定したい場合は、同様の症状を呈する単数又は複数の病原ウイルス(弱毒化ウイルス、不活化ウイルス、ウイルス様粒子を含む)を標品として使用し、試料のマススペクトルと各標品のマススペクトルとを照合することができる。
【0047】
照合は、手作業で行われてもよいが、好適にはコンピューターを用いて行われる。照合は、例えば、目的とする試料の分析結果等のデータを入力し、データベース中で入力したデータと最も近いデータを抽出し、抽出された当該データ及びそのバックグラウンド情報(試料の種類、処理工程の条件等)を出力することでなされる。また、照合は、人工知能(AI)を用いて行われてもよい。AIを用いる場合、前記のデータベースを教師データとして、既知のニューラルネットワークを用いた機械学習を経て学習済みモデルを構築することができ、これを用いて、未知の試料から入力されたデータから、ウイルスの種類及び存在量等の所望の情報を出力することができる。図2に、本実施形態の方法にAIを用いる態様の一例のフロー図を示す。図2に示す例では、既知試料の分析結果の蓄積したデータベースを教師データとして構築されたAIが使用される。当該AIに、目的とする未知試料の分析結果、並びに当該分析の前処理、加熱及び分析条件が入力され、AIによって割り出された当該試料のウイルスの存在量、ウイルス等の情報が出力される。なお、AIを用いる態様は、図2に示す例に限定されない。
【0048】
2-6 その他の工程
試料の種類や量によっては、上記の工程に加えて他の工程を追加してもよい。例えば、本実施形態の方法における分析工程及び解析工程は、必ずしも試料のタンパク質及び/又はペプチド成分のみで行う必要はなく、例えば、試料調製時の精製等で分離された不純物の成分を別途サンプリングし、これを分析した結果を併せて解析してもよい。また、前記前処理剤を用いた試料の分析結果に限らず、例えば、別途、還元剤、塩基性化剤を用いて同試料の処理を行った場合の分析結果を併せて解析してもよい。
【0049】
<試料中のウイルスの検出及び/又は同定のためのシステム>
本発明の第2の実施形態は、試料中のウイルスの検出及び/又は同定のためのシステムであり、以下を備える、ことを特徴とする。
-前処理済みの試料に含まれるタンパク質成分の分析を行う、分析部;及び
-前記分析部より出力された分析結果に基づいて、ウイルスの検出及び/又は同定を行う、解析部。
ここで、前記前処理済みの試料は、試料を酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤と接触させた後、加熱処理した試料である。
【0050】
本実施形態のシステムは、特に記載のない限り、前述の<試料中のウイルスを検出及び/又は同定する方法>の項に記載の方法を実施するためのシステムであり、前述の<試料中のウイルスを検出及び/又は同定する方法>の項に記載した特徴と共通の特徴を有する。
【0051】
本実施形態のシステムは、前記分析部及び前記解析部に加えて、
-加熱手段を有し、試料と、酸性化剤及び酸化剤からなる群より選択された少なくとも1つを含む前処理剤とを接触させた後、加熱処理を行う処理部;をさらに含んでもよい。
【0052】
本実施形態のシステムの概略を図3に例示する。図3Aは、本実施形態のシステムの第1態様を示す。本実施形態のシステムの第1態様においては、試験システム1は、分析部3と解析部4を備える。また、試料情報や分析条件等を入力するための入力部5、解析結果を出力するための出力部6及び試験システム1内の各装置を制御するための制御部7を備える。好適には、制御部7はコンピューターであり、入力部5及び出力部6は、ユーザーインターフェースである。外部より「前処理剤」と接触させた後に加熱処理された前処理済試料S1が試験システム1内の所定位置にセットされた後、試験システム1は、当該試料中のタンパク質成分の分析と、分析結果の解析を行う。
【0053】
図3Bは、本実施形態のシステムの第2態様を示す。本実施形態のシステムの第2態様において、試験システム1は、処理部2、分析部3及び解析部4を備える。また、試料情報や分析条件等を入力するための入力部5、解析結果を出力するための出力部6及び試験システム1内の各装置を制御するための制御部7を備える。好適には、制御部7はコンピューターであり、入力部5及び出力部6は、ユーザーインターフェースである。外部より、未処理の試料S2が試験システム1内の所定位置にセットされた後、試料S2は、処理部2内に取り込まれ、前処理及び加熱処理が実施される。処理部は、試料の加熱処理を行うための加熱手段を備える。処理部は、他にロボットアーム、試薬分注機構等を備えていてもよく、この場合、自動的に試料の前処理及び加熱処理を行い、処理済みの検体を分析部3に渡すことが可能である。
【0054】
以下の構成は、第1態様(図3A)及び第2態様(図3B)に共通する構成である。分析部3は、前処理済試料S1のタンパク質成分を分析する装置を備える。前処理済試料のタンパク質成分の分析が可能であれば、いずれの装置を用いてもよく、電気泳動槽、アミノ酸シークエンサー、液体クロマトグラフィー(LC)装置、質量分析計等公知の手段をいずれも使用できるが、高分子物質の特性を容易に分析可能な質量分析計を好適に使用できる。特に、高分子、特にタンパク質の分析に広く使用される、MALDI-TOF-MS質量分析計法を好適に使用できる。分析部は、複数種の分析装置を備えていてもよい。
【0055】
解析部4は、分析部3で取得された分析結果に基づいて、試料中のウイルスを定性的及び/又は定量的に解析する。解析部4は、入力部5からの入力情報及び分析部3からの分析結果を集約するデータ収集部41、照合部42及びデータベース43を備える。データベース43は、既知のウイルス種からなる対照群について、得られた分析結果を予め登録したデータベースであり、照合部42は、データ収集部41に集約されたデータとデータベース43内のデータの照合を行うソフトウェアを備える。ソフトウェアとしては、既存のものでは、例えばMALDI biotyper(Bruker Daltonics社製)を使用することができる。照合部は、例えば、分析部から収集したデータとデータベースを照合し、データベース中の最も近いデータを抽出し、抽出された当該データ及びそのバックグラウンド情報(試料の種類等)を出力する。照合部42は、AIを備えていてもよい。ここでいうAIは、前記データベースを教師データとして機械学習させた学習済みモデルを好適に使用でき、収集されたデータを当該AIに入力することで、ウイルスについての定性的及び/又は定量的な情報を結果として出力する。
【0056】
あるいは、解析部4は、データベース43を使用せず、目的とする試料と同条件でほぼ同時(例えば、同日)に分析された標品のマススペクトルデータを直接使用して、照合部42において、データ収集部41に集約されたデータの照合を行ってもよい。
【0057】
本実施形態のシステムは、分析部と解析部を備え、前述の本発明の第1の実施形態の方法の実施に適用可能なシステムであればよく、上記第1態様及び第2態様に限定して解釈されるべきではない。
【実施例0058】
<実施例1>感染葉からのトマトモザイクウイルスの検出
(1)植物組織の摩砕
トマトモザイクウイルスが感染したタバコの葉20gを液体窒素を用いて凍結し、液体窒素中で乳鉢と乳棒を用いて摩砕した。摩砕した葉を別の乳鉢に移し、3倍容(60mL)の0.25Mリン酸バッファー(pH7.2)を入れてさらに摩砕した。摩砕後の試料液をミラクロス(登録商標)を用いてろ過し、ろ液を遠心チューブに回収した。ろ液10mLにつき0.8mLの1-ブタノールを添加して混合した後、室温で15分間静置した。10000×g、12℃で30分間遠心分離し、中層(水層)を回収した。
【0059】
(2)ウイルスのPEG沈殿法による濃縮
回収した水層に1/4容の20% PEG6000水溶液を加えて、氷上で15分間静置した。10000×g、4℃で15分間遠心分離し、上清を除去した。ペレットを8mLの10mMリン酸バッファーに溶解した後、10000×g、4℃で15分間遠心分離した。上清を新しい遠心チューブに回収し、5M塩化ナトリウムを1.7mL、20% PEG6000水溶液を2.42mL加えて混合した後、氷上で15分間静置した。10000×g、4℃で15分間遠心分離した後、上清を除去して、ペレットを2mLの10mMリン酸バッファーに溶解し、ウイルス溶液Aを得た。
【0060】
(3)ウイルスの超遠心法による濃縮
40、30、20、及び10%のショ糖溶液(50mMリン酸ナトリウムバッファー)を、超遠心分離用チューブ(日立、40PETボトルクミ)に下から8mLずつ重層し、最上部に、上記のウイルス溶液Aを重ねた。チューブを、超遠心用スイングローター(日立スイングロータP28S)にセットし、超遠心分離機(日立、Himac(登録商標)CP70MX)にセットした。24000rpm、4℃で2時間超遠心を行い、ウイルス粒子を含む白濁した層を新しい超遠心分離用チューブに回収した。アングルローター(50AT2)にセットし、再度超遠心分離機にセットして、24000rpm、4℃で2時間超遠心を行った。上清を除去した後、沈殿を20mMリン酸ナトリウムバッファーに懸濁して、ウイルス溶液Bを得た。ウイルス溶液A及びBはそれぞれ-20℃で保存した。
【0061】
(4)ウイルス溶液の前処理
密閉可能なポリプロピレンチューブに2.5%ギ酸水溶液を100μL入れ、ウイルス溶液B 1μLを加えた。チューブを密閉して、98℃ヒートブロックで30、60、120及び240分間加熱処理を行った。加熱処理なしの試料を対照として調製した。また、ギ酸を加えず加熱のみを行った試料も調製した。
【0062】
(5)MALDI-TOF-MSによる分析
各処理後の溶液を急冷して、1μLを電導性カーボン両面テープ(日新EM株式会社製)に滴下して、MALDI-TOF-MS質量分析計(Autoflex III又はMicroflex、Bruker Daltonics)のサンプル台にセットし、乾燥させた。リニアポジティブモードでm/z 1000~20000のマススペクトルを取得した。
【0063】
得られた各試料のマススペクトルを図4に示す。図4Aは加熱処理なしの試料、図4B、C、D、Eは、80℃の加熱処理をそれぞれ30、60、120、240分間行った試料のマススペクトルを示す。加熱処理なしでは、マススペクトルに有意なピークが見られなかった。一方、酸性化剤の存在下で80℃で30~240分間の加熱を行った試料では、マススペクトルに有意なピークが見られ、詳細な判別が可能となることが分かった。なお、ギ酸を添加せず加熱のみを行った試料では、いずれの条件においても有意なピークは見られなかった(データ示さず)。これにより、ウイルスタンパク質の質量分析には、前処理及び加熱が必要であることが示された。
【0064】
<実施例2>パプリカマイルドモットルウイルス(Paprika mild mottle virus)のPEG濃縮物の検出
(1)ウイルスのPEG沈殿法による濃縮
パプリカマイルドモットルウイルスのPBS懸濁液に1/4容の20% PEG6000水溶液を加えて、氷上で15分間静置した。10000×g、4℃で15分間遠心分離し、上清を除去した。ペレットを8mLの10mMリン酸バッファーに溶解した後、10000×g、4℃で15分間遠心分離した。上清を新しい遠心チューブに回収し、5M塩化ナトリウムを1.7mL、20% PEG6000水溶液を2.42mL加えて混合した後、氷上で15分間静置した。10000×g、4℃で15分間遠心分離した後、上清を除去して、ペレットを2mLの10mMリン酸バッファーに溶解し、ウイルス溶液Aを得た。
【0065】
(2)ウイルス溶液の前処理
密閉可能なポリプロピレンチューブに2.5%ギ酸水溶液を100μL入れ、ウイルス溶液A 1μLを加えた。チューブを密閉して、98℃ヒートブロックで30分間加熱処理を行った。また、別のチューブは、プラスチック容器に満たした170mLの水にフロートで浮かべた後、500W設定の電子レンジにセットして5分間マイクロ波を照射した(マイクロ波処理)。加熱処理なしの試料を対照として調製した。
【0066】
(3)MALDI-TOF-MSによる分析
各処理後の溶液を急冷して、1μLを電導性カーボン両面テープ(日新EM株式会社製)に滴下して、MALDI-TOF-MS質量分析計(Autoflex III又はMicroflex、Bruker Daltonics)のサンプル台にセットし、乾燥させた。リニアポジティブモードでm/z 1000~20000のマススペクトルを取得した。
【0067】
得られた各試料のマススペクトルを図5に示す。図5Aは加熱処理なしの試料、図5Bは加熱処理を行った試料、図5Cはマイクロ波処理を行った試料のマススペクトルを示す。加熱処理なしでは、PEG由来と見られる無数のピークが検出されたが、加熱処理、マイクロ波処理を行った試料では、いずれもPEG由来のピークは見られず、m/z 2147付近に特徴的なピークが見られた。これにより、加熱処理又はマイクロ波処理によりPEG分子が分解される一方で、ウイルスのタンパク質はマススペクトルパターンが判別できる程度に断片化されることが示された。
【0068】
<実施例3>各種ウイルスのマススペクトルパターンの解析
(1)ウイルスのPEG沈殿法による濃縮
スイカ緑斑モザイクウイルス(Cucumber green mottle mosaic virus)、キュウリ緑斑モザイクウイルス(Kyuri green mottle mosaic virus)、ジオウモザイクウイルス(Rehmannia mosaic virus)、パプリカマイルドモットルウイルスの各PBS懸濁液に1/4容の20% PEG6000水溶液を加えて、氷上で15分間静置した。10000×g、4℃で15分間遠心分離し、上清を除去した。ペレットを8mLの10mMリン酸バッファーに溶解した後、10000×g、4℃で15分間遠心分離した。上清を新しい遠心チューブに回収し、5M塩化ナトリウムを1.7mL、20% PEG6000水溶液を2.42mL加えて混合した後、氷上で15分間静置した。10000×g、4℃で15分間遠心分離した後、上清を除去して、ペレットを2mLの10mMリン酸バッファーに溶解し、ウイルス溶液Aを得た。
【0069】
(2)ウイルスの超遠心法による濃縮
40、30、20、及び10%のショ糖溶液(50mMリン酸ナトリウムバッファー)を、超遠心分離用チューブ(日立、40PETボトルクミ)に下から8mLずつ重層し、最上部に、上記の各種のウイルス溶液Aを重ねた。チューブを、超遠心用スイングローター(日立スイングロータP28S)にセットし、超遠心分離機(日立、Himac(登録商標)CP70MX)にセットした。24000rpm、4℃で2時間超遠心を行い、ウイルス粒子を含む白濁した層を新しい超遠心分離用チューブに回収した。アングルローター (50AT2)にセットし、再度超遠心分離機にセットして、24000rpm、4℃で2時間超遠心を行った。上清を除去した後、沈殿を20mMリン酸ナトリウムバッファーに懸濁して、ウイルス溶液Bを得た。ウイルス溶液A及びBはそれぞれ-20℃で保存した。
【0070】
(3)ウイルス溶液の前処理
密閉可能な1.5mLのポリプロピレンチューブに2.5%ギ酸水溶液を100μL入れ、各種のウイルス溶液A、Bをそれぞれ1μL加えた。チューブを密閉して、98℃ヒートブロックで30分間加熱処理を行った。
【0071】
(4)MALDI-TOF-MSによる分析
各処理後の溶液を急冷して、1μLを電導性カーボン両面テープ(日新EM株式会社製)に滴下して、MALDI-TOF-MS質量分析計(Autoflex III又はMicroflex、Bruker Daltonics)のサンプル台にセットし、乾燥させた。リニアポジティブモードでm/z 1000~20000のマススペクトルを取得した。
【0072】
得られた各試料のマススペクトルを図6に示す。図6Aはスイカ緑斑モザイクウイルスを超遠心法で濃縮した試料、図6Bはキュウリ緑斑モザイクウイルスキュウリを超遠心法で濃縮した試料、図6Cはジオウモザイクウイルスを超遠心法で濃縮した試料、図6DはジオウモザイクウイルスをPEG沈殿法で濃縮した試料、図6EはパプリカマイルドモットルウイルスをPEG沈殿法で濃縮した試料のマススペクトルを示す。図6より、ウイルス種によってタンパク質の断片化のパターンが異なり、マススペクトルによりウイルス種を判別できることが示された。また、濃縮方法が異なっても同種のウイルスでは同様のマススペクトルパターンが得られることが確認された。
【0073】
<実施例4>ニューカッスル病ウイルスの精製と分析
(1)ウイルスの超遠心法による濃縮
ニューカッスル病ウイルスを鶏卵に接種し、接種後1週間後の鶏卵からシリンジと針を用いて漿尿液を回収した。1Lあたり1mLのβプロピオラクトンを加え、室温で4時間以上スターラーで混和して、ウイルスを不活化した。不活化した漿尿液を4000rpm、4℃で20分間遠心分離して夾雑物を除去した。上清を回収し、27000rpm、4℃で2時間遠心分離した。ペレットをPBSで懸濁した。超遠心用チューブに70%ショ糖溶液、25%ショ糖溶液を重層し、その上にウイルス懸濁液を重層した。スイング式ローターで27000rpm、4℃で2時間遠心分離した。70%ショ糖溶液層の上にあるウイルスを含むバンドを回収し、PBSで希釈した後、27000rpm、4℃で2時間で遠心分離した。沈渣を回収して、10mMリン酸バッファーに溶解し、ウイルス溶液を得た。
【0074】
(2)ウイルス溶液の前処理
密閉可能なポリプロピレンチューブに2.5%ギ酸水溶液を100μL入れ、ウイルス溶液を1μL加えた。チューブを密閉して、98℃ヒートブロックで10分間加熱処理を行った。また、別のチューブは、プラスチック容器に満たした170mLの水にフロートで浮かべた後、500W設定の電子レンジにセットして5分間マイクロ波を照射した(マイクロ波処理)。加熱処理なしの試料を対照として調製した。
【0075】
(3)MALDI-TOF-MSによる分析
各処理後の溶液を急冷して、1μLを電導性カーボン両面テープ(日新EM株式会社製)に滴下して、MALDI-TOF-MS質量分析計(Autoflex III又はMicroflex、Bruker Daltonics)のサンプル台にセットし、乾燥させた。リニアポジティブモードでm/z 1000~20000のマススペクトルを取得した。
【0076】
得られた各試料のマススペクトルを図7に示す。図7Aは加熱処理なしの対照、図7Bは加熱処理した試料、図7Cはマイクロ波処理した試料のマススペクトルを示す。加熱処理、マイクロ波処理により、加熱処理なしの条件では見られなかった特徴的なピークが、タンパク質が断片化していることが確認された。
【0077】
<実施例5>パピローマウイルスのウイルス様粒子の精製と分析
パピローマウイルスの外殻タンパク質にEGFPを組み込んだウイルス様粒子を調製し、その精製と分析を行った。
【0078】
(1)ウイルス様粒子の作製
ウシパピローマウイルス6型のL1タンパク質遺伝子の136番目と137番目のアミノ酸の間にEGFPタンパク質遺伝子を挿入したキメラ遺伝子を、バキュロウイルストランスファーベクターpAcYM1にクローニングした。遺伝子組換えトランスファーベクターと核多角体病ウイルス(AcNPV)のゲノムDNAを昆虫細胞株であるSf21AE細胞にコトランスフェクションし、キメラ遺伝子を有する組換えバキュロウイルスを作製した。
【0079】
(2)ウイルス様粒子の発現と精製
作製した組換えバキュロウイルスをSf21AE細胞に感染させ、3~4日培養することによりキメラタンパク質を発現させた。キメラタンパク質を発現した細胞を超音波により破砕した後、10000rpm、4℃で20分間遠心分離して不溶性画分を除去した。上清を回収し、27000rpm、4℃で2時間遠心分離して上清を回収した。超遠心用チューブに29%塩化セシウム溶液を入れ、その上に前記上清を積層した。スイング式ローターで27000rpm、10℃で24時間遠心分離し、EGFPの蛍光が見えるバンドを回収した。回収した液をPBSで希釈して、27000rpm、4℃で2時間遠心分離した。ペレットを回収して沈渣を回収し、10mMリン酸バッファーに溶解し、ウイルス溶液を得た。
【0080】
(3)ウイルス溶液の前処理
密閉可能なポリプロピレンチューブに2.5%ギ酸水溶液を100μL入れ、ウイルス溶液を1μL加えて、プラスチック容器に満たした170mLの水にフロートで浮かべた後、500W設定の電子レンジにセットして5分間マイクロ波を照射した(マイクロ波処理)。加熱処理なしの試料を対照として調製した。
【0081】
(4)MALDI-TOF-MSによる分析
各処理後の溶液を急冷して、1μLを電導性カーボン両面テープ(日新EM株式会社製)に滴下して、MALDI-TOF-MS質量分析計(Autoflex III又はMicroflex、Bruker Daltonics)のサンプル台にセットし、乾燥させた。リニアポジティブモードでm/z 1000~20000のマススペクトルを取得した。
【0082】
得られた各試料のマススペクトルを図8に示す。図8Aは加熱処理なしの対照、図8Bはマイクロ波処理した試料のマススペクトルを示す。マイクロ波処理により、加熱処理なしの条件よりも低分子量の複数のピークパターンが見られることが確認された。これにより、植物の病原ウイルスのみでなく、動物の病原ウイルスについても、MSによる検出/同定が可能であることが示された。
【0083】
<実施例6>昆虫の病原ウイルスの精製と検出
(1)核多角体病ウイルスの精製
核多角体病ウイルスに感染した5令のカイコから体液を4℃の1%チオ硫酸ナトリウム/20mMリン酸緩衝液(pH6.8)中にとった。4℃で冷却しながら、スウィングローターを用いて1600×gで5分間遠心分離した。沈殿物を0.1%Tween20/リン酸緩衝液で懸濁して、4℃で冷却しながら、1600×gで5分間遠心分離した。この操作を5回繰り返して沈殿物を洗浄した後、沈殿物を回収した。65%ショ糖溶液に40%ショ糖溶液を重層した遠沈菅に洗浄した沈殿物を重層し、さらに滅菌水で懸濁した沈殿物を重層した。4℃で冷却しながら1600×gで30分間遠心分離して、白いバンドになっている層を回収した。回収液に滅菌水を入れて懸濁し、再度4℃で冷却しながら1600×gで5分間遠心分離した。これを5回繰り返して多角体(ウイルスを含む粒子)を回収した。沈殿を滅菌水で懸濁して、核多角体病ウイルス溶液を得た。
【0084】
(2)細胞質多角体病ウイルスの精製
細胞質多角体病ウイルスに感染したカイコを解剖して中腸を取り出し、4℃の20mMリン酸緩衝液(pH6.8)中にとった。これらを4℃で冷却しながらブレンダーにかけた後、二重のガーゼで濾した。濾液を4℃で冷却しながら1600×gで20分間遠心し、得られた沈殿物にリン酸緩衝液を加えて、再度遠心分離を行った。これを3回繰り返すことにより沈殿物を洗浄した。得られた沈殿物にリン酸緩衝液を加え、冷却しながら1分間超音波処理を行った。熱を帯びないように4分静置して、再度1分間超音波処理を行った。これを5回繰り返した。得られた沈殿物に0.04% TritonX-100、0.5M-NaCl水溶液に懸濁して、100×gで5分間遠心して上清を回収した。次いで、1500×gで30分間遠心して沈殿物を回収した。得られた沈殿物を0.04% TritonX-100、0.5M-NaCl水溶液に懸濁して、1500×gで30分間遠心した。これを2回繰り返して沈殿物を洗浄した。得られた沈殿物を滅菌水に懸濁して85-45%のショ糖の勾配液に重層して18000×gで90分間遠心し、白いバンドになった層を回収した。回収した液に滅菌水を注入して、15000×gで30分間遠心した。これを3回繰り返して沈殿物を洗浄し、多角体(ウイルスを含む粒子)を回収した。沈殿を滅菌水で懸濁して、細胞質多角体病ウイルス溶液を得た。
【0085】
(3)ウイルス溶液の前処理
密閉可能なポリプロピレンチューブに2.5%ギ酸水溶液を100μL入れ、ウイルス溶液を1μL加えた。チューブを密閉して、98℃ヒートブロックで30分間加熱処理を行った。加熱処理なしの試料を対照として調製した。
【0086】
(4)MALDI-TOF-MSによる分析
各処理後の溶液を急冷して、1μLを電導性カーボン両面テープ(日新EM株式会社製)に滴下して、MALDI-TOF-MS質量分析計(Autoflex III又はMicroflex、Bruker Daltonics)のサンプル台にセットし、乾燥させた。リニアポジティブモードでm/z 1000~20000のマススペクトルを取得した。
【0087】
核多角体病ウイルスの加熱あり、なしのマススペクトルを図9に示す。図9Aは、98℃で30分間加熱した試料、図9Bは加熱処理なしの試料のマススペクトルを示す。細胞質多角体病ウイルスの加熱あり、なしのマススペクトルを図10に示す。図10Aは、98℃で30分間加熱した試料、図10Bは加熱処理なしの試料のマススペクトルを示す。加熱処理により、いずれのウイルスにおいても加熱処理なしの条件よりも多くのピークパターンが見られることが確認された。これにより、昆虫の病原ウイルスにおいても、MSによる検出/同定が可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明の方法及びシステムは、医薬品、体外診断用医薬品、農薬の開発、品質試験等に適用可能であり、医療、農業、畜産業等の多様な産業分野で利用可能である。
【符号の説明】
【0089】
1…試験システム
2…処理部
3…分析部
4…解析部
41…データ収集部
42…照合部
43…データベース
5…入力部
6…出力部
7…制御部
【手続補正3】
【補正対象書類名】図面
【補正対象項目名】図11
【補正方法】削除
【補正の内容】
【手続補正4】
【補正対象書類名】図面
【補正対象項目名】図12
【補正方法】削除
【補正の内容】
【手続補正5】
【補正対象書類名】図面
【補正対象項目名】図13
【補正方法】削除
【補正の内容】
【手続補正6】
【補正対象書類名】図面
【補正対象項目名】図14
【補正方法】削除
【補正の内容】
【手続補正7】
【補正対象書類名】図面
【補正対象項目名】図15
【補正方法】削除
【補正の内容】
【手続補正8】
【補正対象書類名】図面
【補正対象項目名】図16
【補正方法】削除
【補正の内容】