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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024155263
(43)【公開日】2024-10-31
(54)【発明の名称】試料の作製方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/28 20060101AFI20241024BHJP
   G01N 1/32 20060101ALI20241024BHJP
   G01N 21/67 20060101ALI20241024BHJP
   H01J 37/305 20060101ALI20241024BHJP
【FI】
G01N1/28 G
G01N1/32 B
G01N21/67 C
H01J37/305
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023069853
(22)【出願日】2023-04-21
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087398
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 勝文
(74)【代理人】
【識別番号】100128783
【弁理士】
【氏名又は名称】井出 真
(74)【代理人】
【識別番号】100128473
【弁理士】
【氏名又は名称】須澤 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100160886
【弁理士】
【氏名又は名称】久松 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】眞鍋 亮太
(72)【発明者】
【氏名】藤松 威史
【テーマコード(参考)】
2G043
2G052
5C101
【Fターム(参考)】
2G043AA01
2G043AA04
2G043BA07
2G043BA11
2G043CA05
2G043DA08
2G043EA09
2G043LA01
2G052AA12
2G052AB01
2G052AB11
2G052AB26
2G052AB27
2G052EC14
2G052EC18
2G052GA18
2G052HA12
2G052HA19
2G052HC04
2G052HC32
2G052HC42
2G052JA06
2G052JA07
2G052JA08
2G052JA11
2G052JA23
5C101AA34
5C101AA39
5C101BB03
5C101DD03
5C101FF22
(57)【要約】
【課題】鋼材又は鋼材部品の介在物の状態を精密に把握できる試料の作製方法を提供する。
【解決手段】介在物の観察に供される鋼材又は鋼製部品の試料の作製方法であって、介在物現出工程及び第1平滑化工程を実施する。介在物現出工程では、Arガスをグロー放電でプラズマ化して、試料の加工面をスパッタすることで、試料内部の介在物を加工面上に現出させる。第1平滑化工程は、前記介在物現出工程の後に実施され、Ar及びOの混合ガスをグロー放電でプラズマ化して、前記加工面を更にスパッタすることで、前記加工面を平滑にする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
介在物の観察に供される鋼材又は鋼製部品の試料の作製方法であって、
Arガスをグロー放電でプラズマ化して、試料の加工面をスパッタすることで、試料内部の介在物を加工面上に現出させる介在物現出工程と、
前記介在物現出工程の実施後に、Ar及びOの混合ガスをグロー放電でプラズマ化して、前記加工面を更にスパッタすることで、前記加工面を平滑にする第1平滑化工程と、
を有することを特徴とする試料の作製方法。
【請求項2】
前記第1平滑化工程の実施後に、前記加工面に対して、Arイオンミリング加工による第2平滑化工程を実施することを特徴とする請求項1に記載の試料の作製方法。
【請求項3】
前記第1平滑化工程の実施後に、前記加工面に対する腐食処理を行うことで、介在物周囲のミクロ組織を現出させることを特徴とする請求項1に記載の試料の作製方法。
【請求項4】
前記第2平滑化工程の実施後に、前記加工面に対する腐食処理を行うことで、介在物周囲のミクロ組織を現出させることを特徴とする請求項2に記載の試料の作製方法。
【請求項5】
前記介在物現出工程に供される試料に含まれる介在物は、予め繰り返し荷重による疲労が付与された介在物であることを特徴とする請求項1乃至4のうちいずれか一つに記載の試料の作製方法。
【請求項6】
前記介在物現出工程を実施する前に、試料表面から介在物が存在する位置までの深さを0.1mm以内に調整する深さ調整処理を行うことを特徴とする請求項1乃至4のうちいずれか一つに記載の試料の作製方法。
【請求項7】
スパッタ粒子の元素を分析しながら前記介在物現出工程を実施することにより、介在物の現出の有無を判別することを特徴とする請求項1乃至4のうちいずれか一つに記載の試料の作製方法。
【請求項8】
スパッタ粒子の元素を分析しながら前記介在物現出工程を実施することにより、介在物の現出の有無を判別することを特徴とする請求項5に記載の試料の作製方法。
【請求項9】
スパッタ粒子の元素を分析しながら前記介在物現出工程を実施することにより、介在物の現出の有無を判別することを特徴とする請求項6に記載の試料の作製方法。
【請求項10】
スパッタ粒子の元素を分析しながら前記介在物現出工程を実施することにより、介在物の現出の有無を判別することを特徴とする請求項7に記載の試料の作製方法。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
鋼材、鋼製製品中に存在する非金属介在物およびその周辺部の観察に供される試料の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
適切な環境下で使用されている軸受であっても、短寿命で破損する場合があり、軸受鋼中に存在する非金属介在物(以下、「介在物」ともいう)が、破損の要因の一つと考えられている。介在物は鋼の精錬過程で不可避的に生成して混入し、精錬後の鋳造・凝固過程で除去しきれない介在物は、鋳造・凝固過程後の圧延や鍛造等で得られる軸受素材または軸受製品中に含まれることになる。
【0003】
介在物は鋼とは性質が異なる異物であり、かかる介在物が、軸受の軌道面直下のせん断応力が高く作用する領域内に存在する場合、使用中に介在物周囲に応力が集中して、亀裂が生成され、この亀裂が伝播することで、はく離に至ることがある。すなわち、介在物は、寿命に対して有害な作用を及ぼす影響因子と考えられている。
【0004】
上記した介在物には酸化物、硫化物、窒化物などが含まれ、それぞれの介在物の状態(組成、サイズ、形状など)は互いに異なり、この状態の違いが寿命に対する有害性の違いとして現れることが考えられる。
【0005】
非特許文献1には、介在物のサイズが大きくなると、軸受の転がり疲れ寿命が短くなることが記載されている。
非特許文献2及び3には、介在物とこの周囲に存在する母相との間に隙間が形成されている場合、寿命に対する有害性が高まることが記載されている。この隙間は、鋳造された鋼がその後の熱間加工を経て半製品として製造される過程や、その後に製品とするための様々な塑性加工工程を経る際に、鋼とそれに含まれる介在物との変形能が異なるため、生じると考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】長尾実佐樹、平岡和彦、雲丹亀泰和:山陽特殊製鋼技報、12(2005)1、38―45
【非特許文献2】藤松威史、平岡和彦、山本厚之、「高炭素クロム軸受鋼の転がり疲れにおける内部欠陥からのき裂発生挙動」、鉄と鋼、一般社団法人日本鉄鋼協会、Vol.94、No.1(2008年)、p.13―20
【非特許文献3】橋本(K.Hashimoto)、藤松(T.Fujimatsu)、常陰(N.Tsunekage)、平岡(K.Hiraoka)、木田(K.Kida)、サントス(E.C.Santos)、「内部破壊タイプ転がり疲労寿命における介在物/母相境界空洞の影響(Effect of inclusion/matrix interface cavities on internal―fracture―type rolling contact fatigue life)」、マテリアルズ アンド デザイン(Materials&Design)、エルゼビア・ベーフェー(Elsevier B.V.)、(オランダ)、Vol.32,Issue 10,2011年12月、p.4980-4985
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述した通り、鋼中介在物の状態の変化、介在物周囲の隙間の状況は、製品である軸受の転がり疲れ疲労の挙動に変化をもたらし、その結果、寿命に影響を及ぼす場合がある。
そこで、鋼の精錬段階から製品製造段階までの工程において、鋼材中の介在物の状態を適切に制御することによって、軸受の寿命向上を実現できる可能性がある。また、鋼に含まれる介在物の中には、転がり疲れに及ぼす有害性が判明していない介在物もあり、かかる介在物の有害性を調査しておくことは、軸受用鋼などの製品の信頼性を高める上で必要と考えられる。
【0008】
介在物の有害性を調査するためには、鋼材や軸受製品中の介在物を観察すること、その周辺のミクロ組織の疲労挙動等との関係を把握することなどといった検証が不可欠である。鋼材中の介在物の状態を詳細に把握することで、その有害性について、より詳細に検証することができ、より良い改善策が見出せると期待される。
また、ある性状・性質の介在物の有害性が未知な場合、そのような介在物の有害性を確かめるためには、転がり疲れ試験等を行ってから、その介在物と周囲の関係を観察することが必要になる。
【0009】
ここで、介在物を直接観察することで、介在物の情報をより多く取得することができる。直接観察には、介在物の存在する断面を二次元的に観察する方法が含まれる。具体的には、断面を研磨して観察する方法や、集束イオンビーム(FIB)により微小領域を研磨して、観察を行う方法が直接観察の方法に含まれる。
【0010】
断面研磨を利用する方法には、研削量が比較的多い粗研磨を用いた加工工程が含まれる。この加工工程は、ミクロ的な視点で見れば、研削用のペーパーに付着させた砥粒により材料を物理的に削り取る加工であり、観察目的の介在物が、砥粒に引っ掛かることで脱落してしまう場合があった。
また、介在物周囲に隙間が存在していた場合、その隙間周囲に存在する母材が薄いバリ状になって、当該隙間にかぶさる場合があり、介在物周囲の隙間の実態を精密に観察できない場合もあった。
【0011】
これらの課題を解決する加工方法、つまり、物理的な引っ掛かりやバリの形成を伴わない加工方法として、集束イオンビーム(FIB)を利用する方法が考えられる。
しかしながら、集束イオンビーム(FIB)で削り出せる範囲は、一般的には数十μm程度の範囲に留まるため、そのサイズよりも大きな介在物や、さらにその介在物から生じた亀裂挙動を全体的に観察する場合の手段としては適していないと考えられる。
【0012】
本発明の目的は、従来方法に対して、介在物に対する物理的な研磨のダメージが少なく、かつ広範囲の断面における精細な状態観察を行うための観察試料の作成方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明に係る試料の作製方法は、介在物の観察に供される鋼材又は鋼製部品の試料の作製方法であって、(1)Arガスをグロー放電でプラズマ化して、試料の加工面をスパッタすることで、試料内部の介在物を加工面上に現出させる介在物現出工程と、前記介在物現出工程の実施後に、Ar及びOの混合ガスをグロー放電でプラズマ化して、前記加工面を更にスパッタすることで、前記加工面を平滑にする第1平滑化工程と、を有することを特徴とする。
【0014】
(2)前記第1平滑化工程の実施後に、前記加工面に対して、Arイオンミリング加工による第2平滑化工程を実施することを特徴とする上記(1)に記載の試料の作製方法。
【0015】
(3)前記第1平滑化工程の実施後に、前記加工面に対する腐食処理を行うことで、介在物周囲のミクロ組織を現出させることを特徴とする上記(1)に記載の試料の作製方法。
【0016】
(4)前記第2平滑化工程の実施後に、前記加工面に対する腐食処理を行うことで、介在物周囲のミクロ組織を現出させることを特徴とする上記(2)に記載の試料の作製方法。
【0017】
(5)前記介在物現出工程に供される試料に含まれる介在物は、予め繰り返し荷重による疲労が付与された介在物であることを特徴とする上記(1)乃至(4)のうちいずれか一つに記載の試料の作製方法。
【0018】
(6)前記介在物現出工程を実施する前に、試料表面から介在物が存在する位置までの深さを0.1mm以内に調整する深さ調整処理を行うことを特徴とする上記(1)乃至(4)のうちいずれか一つに記載の試料の作製方法。
【0019】
(7)スパッタ粒子の元素を分析しながら前記介在物現出工程を実施することにより、介在物の現出の有無を判別することを特徴とする上記(1)乃至(4)のうちいずれか一つに記載の試料の作製方法。
【0020】
(8)スパッタ粒子の元素を分析しながら前記介在物現出工程を実施することにより、介在物の現出の有無を判別することを特徴とする上記(5)に記載の試料の作製方法。
【0021】
(9)スパッタ粒子の元素を分析しながら前記介在物現出工程を実施することにより、介在物の現出の有無を判別することを特徴とする上記(6)に記載の試料の作製方法。
【0022】
(10)スパッタ粒子の元素を分析しながら前記介在物現出工程を実施することにより、介在物の現出の有無を判別することを特徴とする上記(7)に記載の試料の作製方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明により作製した試料を観察に用いれば、鋼材又は鋼材部品の介在物の状態を従来よりも精密に把握すること可能となる。これにより、例えば、軸受鋼中の介在物の有害性をより詳細に調査できることとなり、それに基づいたより有効性の高い改善策の提案や、有害性が不明な介在物の疲労挙動の調査にも利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】実施例の試料に対して介在物現出工程を実施した直後の介在物とその周囲のSEM画像である。
図2図1の試料に対して、第1平滑化工程を実施した直後の介在物とその周囲のSEM画像である。
図3図2の試料に対して、腐食処理を実施した直後のSEM画像である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本実施形態の試料の作製方法は、介在物の観察に供される鋼材又は鋼製部品の試料の作製方法であって、準備工程、介在物現出工程、第1平滑化工程を含む。
また、必要に応じて、第2平滑化工程及び/又は腐食処理を実施してもよい。
【0026】
(準備工程について)
介在物の観察に供される試料を観察目的に応じて選択する。ここで、介在物の観察には、試料に含まれる介在物の状態(形態、分布、介在物周囲の隙間の状態)を観察すること、介在物周囲のミクロ組織を観察することが含まれる。
当該試料は、鋼材、鋼製部品(「鋼製部品から切り出した切り出し部分」を含む。以下、同様である)であってもよい。鋼材には、軸受用鋼材などが含まれる。鋼製部品には、軸受製品などが含まれる。また、当該試料は、転がり疲れ等の疲労を受けた後の鋼材又は鋼材部品であってもよい。
介在物は、鋼の精錬過程で不可避的に生成された介在物(以下、不可避的介在物ともいう)であってもよいし、人工的に埋設した介在物(以下、人工介在物ともいう)であってもよい。
【0027】
(介在物現出工程について)
試料の加工面に対して、スパッタリングを行い、加工面(スパッタ面)上に試料内部の介在物を現出させる処理を行う。試料の加工面は、介在物現出工程が実施される面のことであり、試料のいずれかの面(つまり、任意である)を加工面とすることができる。なお、加工面は、試料を切断した切断面であってもよい。この場合、切断面を研削しておくことが望ましい。なお、この時点では、介在物は現出していないため、研削方法は特に規定されない。ただし、試料調整後に腐食してミクロ組織を観察する場合等があることから、熱による試料へのダメージが生じない方法が良い。例えば、エメリー紙による湿式研磨等を研削方法としてもよい。
続いて、Arガスをグロー放電によってプラズマ化させ、Arイオンを試料の加工面に衝突させることによって、試料の加工面を少しずつ取り除いていく。
Arガスを用いたスパッタリングによれば、比較的早い速度でスパッタを行うことができる。これにより、従来の研削・仕上げからなる一連の作業を代替することが可能となり、かつその代替作業が迅速になる。
【0028】
スパッタリングを実行する装置には、例えば、高周波グロー放電発光表面分析装置を用いることができる。高周波グロー放電発光表面分析装置は、スパッタリング機能と同時元素分析機能が備わったものである。すなわち、試料を介したプラズマ発生用電極への高周波電圧印加によって試料と電極間にArプラズマを発生させることで試料表面をスパッタすることができるとともに、そのスパッタされた原子(スパッタ粒子とする)をプラズマ内で「原子発光」させ、その発光スペクトルを解析することによって元素分析を同時進行で行うことができる。
【0029】
高周波グロー放電発光表面分析装置によれば、プラズマを用いた試料へのダメージが少なくかつ速いスパッタリング速度(すなわち速い加工速度)で局所的な加工を行いながら、加工面における元素の変化の挙動を敏感に検出することができる。
【0030】
高周波グロー放電発光表面分析装置では、最小でppmオーダーの検出感度で、元素の変化を検出することができる。これにより、加工面、すなわち観察に供される面の介在物の出現状態の変化(介在物の出現面積が徐々に増大しているなど)を、元素の検出強度の変化から把握することができる。言い換えると、スパッタ粒子の元素を分析しながら、介在物現出工程を実施することにより、介在物の現出の有無を把握することができる。
なお、加工面の大きさ(代表的には、数mm範囲)に対して介在物の大きさ(代表的には、数十μm程度前後)は、小さい場合も多いことから、あらかじめ注目する元素の種類を絞っておき、注目する特定元素の変化をより敏感に検出できるようにしておくことが望ましい。
【0031】
スパッタ条件として、電極径、Arガス圧、高周波印加電圧を適切に設定することが望ましい。電極径が小さくなると、発生したプラズマのエネルギー密度が高くなり、スパッタ速度が速くなる一方で、元素の検出感度が低下する。かかる観点から、電極径は、直径2mm以上4mm以下が望ましい。
また、Arガス圧及び高周波印加電圧は、いずれもスパッタ速度やスパッタ痕の形状の平滑性に影響を及ぼすパラメータである。したがって、スパッタ底をより平滑にする観点から、Arガス圧は200Pa以上800Pa以下が望ましく、高周波印加電圧は20W以上45W以下が望ましい。
【0032】
試料におけるスパッタを行う位置は、任意であるが、例えば、観察対象とする介在物が予め決まっている場合には、当該介在物の観察を目的としたスパッタリングを行ってもよい。この場合、介在物は、上述した通り、不可避的介在物であってもよいし、人工介在物であってもよい。例えば、実鋼材や製品中における存在頻度は稀であるものの、危険部位(上述したような軸受の軌道直下など)に大型介在物が存在する場合には、短寿命で部品破損に至るおそれがある。この場合、かかる大型介在物を想定した観察を行うために、人工介在物を含む試料を選択し、当該人工介在物を観察対象とした介在物現出工程を実施しても良い。
このような人工介在物を利用する試験片は、軸受における疲労(転がり疲れ)の影響を受ける軌道表面直下の領域に介在物を予め配置し、それが疲労試験後に本方法により観察する予定の領域に含まれるようにすることに対しても都合が良く、また、高精細な観察のために微小な試料に加工して転がり疲れに伴う疲労亀裂をCTで透過観察をするような場合にも都合が良い。この場合の介在物を人工的に配置する位置は、転がり疲れ試験を行う条件によって変化するため特に定めないが、介在物を対象とするスパッタリングに適した深さ以内(後述の通り0.1mm以内)になるように予め配置しておく場合もあり得る。
【0033】
予め決定した介在物を対象としたスパッタリングを行う場合には、まずその介在物の存在位置を元にしてスパッタする位置の調整を行う必要がある。これは、概ね0.1mm程度の深さを超えてスパッタによる加工を進めると、電極から加工面までの距離が遠くなり過ぎて、プラズマの安定的な発生の継続が困難となるため、それ以上スパッタを継続することができなくなるからである。したがって、介在物の存在位置を試料表面から0.1mmより浅い位置に調整しておくのが良い。
【0034】
介在物の存在位置(座標)を事前に把握する方法としては、例えば、超音波探傷法が利用できる。超音波探傷法によれば、超音波ビームを試料に照射し、試料内部を伝播する超音波が介在物に当たって反射されるため、この反射波を検出することによって、介在物の存在位置等の情報を非破壊で収集することができる。例えば、反射波が戻ってくる時間などの情報に基づき、試料表面から介在物の存在位置までの深さ(位置情報)を特定することができる。
また、超音波の周波数を変化させることで、深さ方向の探傷可能領域や欠陥の検出分解能などが異なり、それらを適宜選択することによって目的に応じた大きさの介在物の情報を収集することも可能になる。
【0035】
介在物の位置情報を収集した後、介在物の位置をスパッタ可能な深さ領域内に調整する深さ調整処理が実施される。この調整処理では、超音波探傷で特定された介在物の位置情報に基づき、試料表面から介在物が存在する位置までの深さが0.1mm以内になるように調整される。調整方法は、研削などであってもよい。この段階では介在物は表面に現れない、つまり、研削による物理的ダメージが入らないことから、研削を利用することができる。すなわち、この深さ調整処理では、介在物自体が研削されることはないから、観察目的の介在物が試料から脱落することなどを防止できる。
なお、収集した位置情報に基づき、介在物の埋まっている深さが試料表面から0.1mm以内と判別された場合には、深さ調整処理を省略することができる。
【0036】
深さ調整処理の実施後に、上述した連続的なスパッタリングと同時元素分析による介在物の断面現出の状態判定が行われる。この際、加工面内からその都度収集される元素の量的な変動は、スパッタ時間の経過に伴う元素の検出強度の推移をもって把握することができる。
【0037】
予め介在物の種類が判明している場合は、それに含まれている元素をモニタリングすれば良く、また、未知の場合であっても対象として想定される介在物の主たる含有元素(硫化物なら硫黄、酸化物ならカルシウムやアルミニウムなどの鋼の製鋼操業過程の脱酸生成物に含まれる元素)に注目してモニタリングを行えばよい。ある程度の介在物の大きさが存在する場合、例えば2mm電極を用いる場合であれば、15μm程度以上の断面積を持つ介在物があれば「介在物現出」のタイミングを把握することができる。
【0038】
このように、スパッタリングによる加工と、それと同時進行するスパッタされた元素の情報を収集することによって、観察したい介在物が加工面の表面に現出するタイミングを把握することができる。これにより、手動で研削する場合に起こりうる課題を解決することができる。具体的には、削りすぎによる目的介在物の見逃しリスクを低減することができる。また、研削、仕上げ研磨、観察といった手間の掛かる作業プロセスを介在物が見つかるまで繰り返す必要がなくなり、作業負荷を大幅に軽減することができる。
また、元素の検出強度の推移を見ながらそれが最大となる付近でスパッタを停止すれば、介在物の大きさが最大となる断面付近の観察が可能になる。元素の検出強度が最大付近であるかを判断するため方法としては、検出強度の増大がゆるやかになり、一定の強度になるタイミングを見る方法などが利用できる。
なお、上述した装置を利用する場合、スパッタ速度は一定に設定できるため、例えば人工介在物のようにその介在物の大きさや形状が予め判明している場合、あるいは透過観察に基づくCTなどによる非破壊検査によって介在物の形態が概ね把握できている場合は、その情報と、それらに含まれる元素に注目した検出強度の推移を元にして、介在物の表出状態をコントロールして観察することも可能である。
【0039】
(第1平滑化工程について)
第1平滑化工程は、介在物現出工程によって介在物が現出した加工面に対して実施され、Arガス及びOガスの混合ガスを用いたグロー放電により、スパッタ(グロー放電プラズマスパッタ)を行う。
これは、Oを混入させることでArプラズマによる迅速なスパッタ速度を大幅に低下させる作用を利用し、スパッタ速度の低下と引き換えに表面を平滑にならす効果を得るものである。すなわち、不純物となるOのプラズマ化のためにエネルギーが余分に消費されるため、スパッタ速度が低下し、これと引き換えに表面を平滑にならす効果が得られる。この工程では、スパッタ速度が大幅に低下するため、事前の介在物現出工程で調整した介在物の状態が大きく変わることはない。
これを利用してArのみでスパッタした面の微小な凹凸がならされ、介在物やその周囲の観察をより詳細に行うことができるようになる。
【0040】
混合ガスを100質量%としたとき、Arの濃度は、好ましくは94質量%以上98質量%以下であり、Oの濃度は、好ましくは2質量%以上6質量%以下である。
混合ガスを用いたスパッタの時間は、スパッタ面の仕上げ状態を監視しながら、適宜決定すればよい。
なお、その他の条件は、上述の介在物現出工程と同等であってもよい。
【0041】
(第2平滑化工程について)
第1平滑化工程の実施後に、加工面に対して、Arイオンミリングを用いた仕上げ処理を行ってもよい。Arイオンミリングは、加工面に低加速Arイオンビームを照射して、加工面をさらに平滑にする工程である。
Ar及びOの混合ガスによるスパッタ時に、介在物周囲の隙間に堆積物が堆積した場合などに、Arイオンミリング加工による仕上げ処理を行うことにより、これを改善することができる。
【0042】
(腐食工程について)
第1平滑化工程の実施後に、スパッタ面に対して腐食処理を行ってもよい。腐食処理には、エッチングを用いることができる。エッチングには、ナイタール(硝酸アルコール溶液)等を用いることができる。当該腐食処理を行うことにより、介在物とその周囲のミクロ組織との関係性がより観察し易くなる。
腐食工程は、第2平滑化工程の後に実施してもよい。
【0043】
以上説明したように、本実施形態により、鋼材中の介在物の状態(形態、分布、隙間の状態)や、その周辺のミクロ組織との関係(例えば疲労挙動との関係)について精緻に観察することが可能となる。
以上、本発明の実施形態について説明したが、この実施形態は、例として説明したものであり、発明の範囲を限定することを意図しない。この新規な実施形態は、その他の様々な変形や改良が加えられて実施されることも可能であり、発明の趣旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。この実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【0044】
(実施例)
以下、実施例を示して、本発明について具体的に説明する。焼入焼戻しを行ったSUJ2を観察用の試料に用いた。当該試料の任意の面に対してスパッタリング(介在物現出工程)を行った。スパッタリングの実施には、スパッタリング機能と同時元素分析機能を併有する高周波グロー放電発光表面分析装置を使用した。
実用性の観点から比較的広い範囲をカバーすることができ、さらに、スパッタ速度の速さと元素検出感度の高さを両立する観点から、直径が2mmの電極を利用した。
また、スパッタ加工痕の形状が平滑とならずに凸型や凹型になると、表出した介在物を二次元的に観察することが困難となり、三次元的な観察が必須となる場合がある。三次元的な観察が必須になると、観察に要する時間が増大するため、かかる観点に基づき、スパッタ底が極力平滑になるスパッタ条件を選定した。ここでは、具体的には、Arガス圧を600Pa、高周波印加電圧を35Wに設定した。Arガスの純度は、99.9999%であった。かかる条件で、介在物現出工程を実施した結果、迅速(深さ方向の加工速度5μm/min)かつ平滑(高低差5μm以内)な局所研磨を実現することができた。
【0045】
図1は、介在物現出工程を実施した直後の加工面のSEM(Scanning Electron Microscope)画像である。同図を参照して、加工面から硫化物(介在物)が観察された。なお、この段階ではArスパッタの影響により、母相には微小な凹凸が形成されているため、詳細な観察を行うために、さらに第1平滑化工程を実施する必要がある。
【0046】
第1平滑化工程では、介在物現出工程で使用した高周波グロー放電発光表面分析装置を用いた平滑処理を実施した。Arが95質量%,Oが5質量%からなる混合ガス(各々のガスの純度は99.9999%)を用いたグロー放電により、スパッタ(グロー放電プラズマスパッタ)を実施した。スパッタ時間は20分間に設定した。図2は、第1平滑化工程を実施した直後の加工面における介在物及びその周辺のSEM画像である。同図から、母相の微小な凹凸が、ほとんど目立たない状態に改善されたことを確認できた。
【0047】
第1平滑化工程の後に、加工面に対して腐食処理を実施した。腐食処理には、5%ナイタールを使用した。図3は、腐食処理後の硫化物(介在物)及びその周辺のミクロ組織を同一視野内に収めたSEM画像である。観察対象の試料は、焼入焼戻しされたSUJ2であるから、母相のマルテンサイト組織内に数μm程度の球状炭化物が分散しており、その様子を明瞭に観察することができた。このように、介在物周囲のミクロ組織を観察することによって、例えば、転がり疲れを付与した後の介在物周囲の疲労挙動を確認でき、介在物の有害性を検証することができる。
図1
図2
図3