(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024156916
(43)【公開日】2024-11-06
(54)【発明の名称】抑うつ症状改善剤及びそれを含む組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 35/747 20150101AFI20241029BHJP
A61K 35/741 20150101ALI20241029BHJP
A61P 1/00 20060101ALI20241029BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20241029BHJP
A61P 3/08 20060101ALI20241029BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20241029BHJP
A23L 33/135 20160101ALI20241029BHJP
【FI】
A61K35/747
A61K35/741 ZNA
A61P1/00
A61P29/00
A61P3/08
C12N1/20 A
C12N1/20 E
A23L33/135
A61K35/741
A61K35/747 ZNA
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024130227
(22)【出願日】2024-08-06
(62)【分割の表示】P 2020091171の分割
【原出願日】2020-05-26
(31)【優先権主張番号】P 2019103141
(32)【優先日】2019-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り [掲載日]2019年5月29日 [ウェブサイトのアドレス]http://pharmacology.pupu.jp/135kinki/index.html、http://pharmacology.pupu.jp/135kinki/pdf/pdf/135kinki_abstract_b.pdf [公開された発明の内容]左記アドレスのウェブサイトにて公開された「第135回日本薬理学会近畿部会抄録集PDF版」にて「マウスうつ様行動に対するLactobacillus gasseri OLL2809の効果」について公開。
(71)【出願人】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】橋川 成美
(72)【発明者】
【氏名】橋川 直也
(72)【発明者】
【氏名】指原 紀宏
(72)【発明者】
【氏名】渡邊(安岡) 祐美子
(57)【要約】 (修正有)
【課題】Akkermancia属細菌増加用組成物を提供する。
【解決手段】ラクトバチルス・ガセリ、特に受託番号NITE BP-72として寄託されている、ラクトバチルス・ガセリOLL2809菌株(Lactobacillus gasseri OLL2809)の菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物を有効成分とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトバチルス・ガセリの菌体若しくはその処理物、又はこれらを含有する発酵物を有効成分とする、 Akkermancia属細菌増加用組成物。
【請求項2】
前記Akkermancia属細菌が、Akkermancia muciniphilaである、請求項1に記載する Akkermancia属細菌増加用組成物。
【請求項3】
前記ラクトバチルス・ガセリが、受託番号NITE BP-72として寄託されている、ラクトバチルス・ガセリOLL2809菌株(Lactobacillus gasseri OLL2809)である、請求項1又は2に記載する、Akkermansia属菌増加用組成物。
【請求項4】
ヒト又は非ヒト哺乳動物に対して、腸管粘膜バリア改善作用、抗炎症作用、及び血糖値改善作用から選択される少なくとも1つの作用を付与するための経口組成物である、請求項1又は2のいずれかに記載する、Akkermansia属菌増加用組成物。
【請求項5】
医薬品組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物である、請求項1~4のいずれかに記載する、Akkermansia属菌増加用組成物。
【請求項6】
請求項1~4のいずれかに記載するAkkermansia属菌増加用組成物を含有する医薬品組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抑うつ症状を改善するために用いられる抑うつ症状改善剤、及びこれを含む医薬品組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物に関する。また、本発明は、腸内に存在するAkkermancia属細菌を増加するための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
うつ病は、感情が何らかの理由で抑制され、社会生活を送るだけの気力が起こらず、社会的に適応し難くなる気分障害(うつ病性障害)である。うつ病の症状(抑うつ症状)は多彩であり、抑うつ気分、悲壮感、意欲・興味・喜びの低下や喪失、自責感・罪悪感、自尊心の低下や喪失、思考制止や焦燥感、集中力低下、及び希死念慮(死や自殺を繰り返し考える)などの精神症状や、食欲低下(体重減少)、不眠(入眠困難、熟眠障害、早朝覚醒)、倦怠感・易疲労感、性欲低下、頭痛・頭重感、めまい、及び下痢・便秘などの身体症状がみられる。うつ病患者またはその予備軍とされている人は増加の一途をたどっており、近年15人に1人が生涯に一度はうつ病に罹患する可能性があると報告されている(非特許文献1)。
【0003】
うつ病の治療方法の1つとして、抗うつ剤を用いる薬物療法がある。抗うつ剤としては、三環系抗うつ薬あるいは四環系抗うつ薬が多く使用されているが、低血圧、眠気、口の渇き、便秘、物忘れ、胃腸障害、頭痛などの副作用が強く出ることが知られている。このため、最近では、副作用が少ない選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤(SNRI)が使用されることが多い。しかし、これらの薬は、飲み始めに強い吐き気が生じたり、急な中止や、飲み忘れにより、頭痛、めまい感、全身倦怠感が出現することが知られている。このため、副作用がないか若しくは少なくて身体に優しい治療方法が求められている。
【0004】
ところで、ラクトバチルス属乳酸菌の一種であるラクトバチルス・ガセリには、従来より不安や緊張といった心理的ストレスを軽減する作用(ストレス軽減作用)があることが知られている(特許文献1)。またラクトバチルス属乳酸菌の他の種であるラクトバチルス・ペントーサスの発酵物にも抗ストレス作用があることが知られている(特許文献2)。ストレスの原因は、精神的な緊張、更年期における精神的不安定、将来に対する不安や緊張等、さまざまであり、過剰に付加されたストレスは、イライラ、社会不安障害、精神疲労、及び睡眠障害などの好ましくない身体及び精神症状をもたらす。
【0005】
身体にこのようなストレスがかかると脳内モノアミンの一種であるセロトニンが放出され、脳内のセロトニン量が低下する。またその状態はストレスから解放されても一定期間持続し、脳内はセロトニン欠乏の状態になり、無気力、怠惰感、抑うつ気分、睡眠障害、慢性疲労、食欲低下、偏頭痛、知覚過敏などの諸々の症状を引き起こす(特許文献3)。ストレス負荷後に認められるこうした抑うつ症状は、うつ病には、脳内のセロトニン機能の低下が関係するという説(非特許文献2)を裏付けるものでもある。上記の特許文献3には、ラクトバチルス属乳酸菌であるラクトバチルス・カゼイには、ストレス解放後のセロトニン欠乏を改善する作用があることが記載されている。しかしながら、ストレス軽減作用が知られているラクトバチルス・ガセリに、ストレス負荷後に生じる抑うつ症状に影響を及ぼす作用があるかどうかは明らかではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2014/132982号
【特許文献2】特開2010-155790号公報
【特許文献3】国際公開第2017/047777号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】坂本 祐介, 小川 琢未, 小川 真実, 松尾 由美, 橋川 直也, 橋川 成美. 15日間のストレス負荷がICRマウスに及ぼす行動と脳海馬神経細胞への影響. 薬学雑誌. 2015 年 135 巻 1 号 p. 151-158
【非特許文献2】野村総一;別冊 日本臨床 精神医学症候群I 38:236-239, 2003
【非特許文献3】Collad M.C.et al, Intestinal integrity and Akkermansia muciniphila, a mucin-degrading member of the intestinal microbiota present in infants, adults, and the elderly. Appl. Environ. Microbiol. 73, 7767-7770 (2007).
【非特許文献4】Everard A, et al. Cross-talk between Akkermansia muciniphila and intestinal epithelium controls diet-induced obesity. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 110: 9066-9071 (2013).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、前述するように、副作用がないか若しくは少なくて身体に優しい抑うつ症状改善剤を提供することである。より好ましくは、継続的に摂取可能な抑うつ症状改善用飲食品を調製するために好適に使用できる抑うつ症状改善剤、並びに当該抑うつ症状改善剤を含有する抑うつ症状改善用の医薬品組成物、医薬部外品組成物、及び飲食品組成物を提供することを課題とする。
また、本発明は、腸内に存在するAkkermancia属細菌を増加するための組成物を提供す
ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねていたところ、ラクトバチルス・ガセリを経口摂取することで、前述するストレス軽減効果とは別に、抑うつ症状を改善する効果が得られること、また、腸内菌叢に作用して、腸内に存在する有用細菌の一種であるAkkermanciaに属する細菌を増加する効果があることを見出し、さらに検討を重ねて本
発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、下記の実施態様を有するものである。
(I)抑うつ症状改善剤
(I-1)ラクトバチルス・ガセリの菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物を有効成分とする抑うつ症状改善剤。当該抑うつ症状にはストレス負荷から解放された後に生じる抑うつ症状が含まれる(以下、同じ。)。
(I-2)ラクトバチルス・ガセリが、受託番号NITE BP-72として寄託されている、ラクトバチルス・ガセリOLL2809菌株(Lactobacillus gasseri OLL2809)である、(I-1)に記載する抑うつ症状改善剤。
【0011】
(II)抑うつ症状改善用組成物
(II-1)(I-1)または(I-2)に記載する抑うつ症状改善剤を有効量含有する、抑うつ症状を改善するための組成物。
(II-2)医薬品組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物である(II-1)に記載する組成物。
【0012】
(III)ラクトバチルス・ガセリの菌体等の使用方法
(III-1)ラクトバチルス・ガセリの菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物を配合して医薬品組成物、医薬部外品組成物、または飲食品組成物を調製する工程
を有する、医薬品組成物、医薬部外品組成物、または飲食品組成物に抑うつ症状改善作用を付与するためのラクトバチルス・ガセリの菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物の使用方法。
(III-2)ラクトバチルス・ガセリが、受託番号NITE BP-72として寄託されている、ラクトバチルス・ガセリOLL2809菌株(Lactobacillus gasseri OLL2809)である、(III-1)に記載する使用方法。
【0013】
(IV)ラクトバチルス・ガセリの菌体等の使用
(IV-1)抑うつ症状改善剤またはそれを含む医薬品組成物、医薬部外品組成物若しくは飲食品組成物を製造するための、ラクトバチルス・ガセリの菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物の使用。
(IV-2)ラクトバチルス・ガセリが、受託番号NITE BP-72として寄託されている、ラクトバチルス・ガセリOLL2809菌株(Lactobacillus gasseri OLL2809)である、(IV-1)に記載する使用。
【0014】
(V)抑うつ症状の改善方法
(V-1)ラクトバチルス・ガセリの菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物を有効成分含有する組成物を、抑うつ症状を有するヒトまたは非ヒト哺乳動物に投与する工程を有する、当該ヒトまたは非ヒト哺乳動物の抑うつ症状を改善する方法。
(V-2)ラクトバチルス・ガセリが、受託番号NITE BP-72として寄託されている、ラクトバチルス・ガセリOLL2809菌株(Lactobacillus gasseri OLL2809)である、(V-1)に記載する方法。
【0015】
(VI)腸内Akkermancia属細菌増加用組成物
(VI-1)ラクトバチルス・ガセリの菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物を有効成分とする、腸内Akkermancia属細菌増加用組成物。
(VI-2)前記Akkermancia属が、Akkermancia muciniphilaである、(VI-1)に記載する腸内Akkermancia属細菌増加用組成物。
(VI-3)ラクトバチルス・ガセリが、受託番号NITE BP-72として寄託されている、ラクトバチルス・ガセリOLL2809菌株(Lactobacillus gasseri OLL2809)である、(VI-1)または(VI-2)に記載する腸内Akkermancia属細菌増加用組成物。
(VI-4)腸内Akkermancia属細菌増加用組成物を製造するための、ラクトバチルス・
ガセリの菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物の使用。
(VI-5)ラクトバチルス・ガセリの菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物を有効成分含有する組成物を、ヒトまたは非ヒト哺乳動物に投与する工程を有する、ヒトまたは非ヒト哺乳動物の腸内におけるAkkermancia属細菌の増加方法。なお、当該方
法は、ヒトまたは非ヒト哺乳動物の腸内菌叢を、Akkermancia属細菌が増加するように変
化させる方法ということもできる。
【発明の効果】
【0016】
本発明の抑うつ症状改善剤によれば、これを医薬品組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物の製造に際して添加配合することで、医薬品組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物に対して抑うつ症状改善作用を付与することができる。つまり、本発明の抑うつ症状改善剤によれば、抑うつ症状改善作用を発揮する医薬品組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物を製造し、提供することができる。斯くして製造される本発明の抑うつ症状改善用組成物(医薬品組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物)を用いることで、ヒトまたは非ヒト哺乳動物の抑うつ症状を改善しまた治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】実験例1で行った(1)強制水泳試験の結果を示す。図中、「*」は非ストレス負荷群(control群)に対してp<0.05の有意差があること、「#」はストレス負荷群(vehicle群)に対してp<0.05の有意差があることを示す(t検定)。
【
図2】実験例1で行った(2)スクロース嗜好性試験の結果を示す。図中、「*」は非ストレス負荷群(control群)に対してp<0.05の有意差があることを示す(t検定)。
【
図3】実験例2で行った強制水泳試験の結果を示す。図中、「*」は非ストレス負荷群(control群)に対してp<0.05の有意差があることを示す。
【
図4】実験例2で行った糞便中の細菌(Akkermancia muciniphila)数の解析結果を示す。図中、「*」は非ストレス負荷群(control群)に対してp<0.05の有意差があること、「#」はストレス負荷群(vehicle群)に対してp<0.05の有意差があることを示す(t検定)。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(I)抑うつ症状改善剤
本発明が対象とする抑うつ症状改善剤は、乳酸菌としてラクトバチルス・ガセリの菌体を有効成分とすることを特徴とする。
【0019】
本発明の効果(抑うつ症状改善効果)を奏する限り、いずれのラクトバチルス・ガセリであってもよい。好ましくは、ヒト成人糞便から分離されたラクトバチルス・ガセリ OLL2809(Lactobacillus gasseri OLL2809。以下、単に「OLL2809菌株」とも称する。)で
ある。当該菌株は、識別のための表示「Lactobacillus gasseri OLL2809」として、20
05年2月1日付け(原寄託日)で、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に受託番号「NITE P-72」として、また2006年1月18日付けで、原寄託よりブタペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号「NITE BP-72」として寄託されている。
【0020】
ラクトバチルス・ガセリ、特にOLL2809菌株は、グラム陽性桿菌であり、Lactobacilli
MRS Agar(Difco)上でのコロニー形態は円形、淡黄色、扁平状である。生理学的特徴
としては、ホモ乳酸発酵形式、45℃で発育性、グルコース、マンノース、フルクトース、ガラクトース、シュクロ-ス、セロビオース、ラクトース及びトレハロースに対して発酵性を有する。
【0021】
ラクトバチルス・ガセリ、特にOLL2809菌株を培養するための培地としては、乳酸菌の
培養に通常使用される培地であればよく、特に制限されない。すなわち、主炭素源のほか、窒素源、無機物その他の栄養素を程よく含有する培地であれば、いずれの培地も使用可能である。炭素源としては、ラクトース、グルコース、スクロース、フラクトース、澱粉加水分解物、廃糖蜜などが、菌の資化性に応じて使用することができる。窒素源としては、カゼインの加水分解物、ホエータンパク質加水分解物、大豆タンパク質加水分解物等の有機窒素含有物を使用することができる。他に、必要に応じて、例えば増殖促進剤として、肉エキス、魚肉エキス、酵母エキス等を用いることができる。
【0022】
培養は嫌気条件下で行うことが好ましいが、通常用いられる液体静置培養などによる微好気条件下でもよい。嫌気培養には炭素ガス気層下で培養する方法等の公知の手法を適用することができるが、他の方法でも構わない。培養温度は一般に30~40℃程度が好ましいが、菌が生育する温度であれば、他の温度条件でもよい。培養中の培地はpH6~7の範囲に維持することが好ましいが、菌が生育するpHであれば、他のpH条件でもよい。また、バッチ培養条件下で培養することもできる。培養時間は通常10~24時間が好ましいが、菌が生育することができる時間であれば、他の培養時間であってもよい。
【0023】
ラクトバチルス・ガセリの菌体は、本発明の効果を奏する限り、生菌体及び死菌体の別
を問わない。好ましくは生菌体である。また本発明の効果を奏する限り、湿潤菌及び乾燥菌の別を問わない。また、本発明の抑うつ症状改善剤は、ラクトバチルス・ガセリの菌体を含有し、本発明の効果を奏する限り、当該菌体を単離精製した状態で含むものに限られず、その処理物を有するものであってもよいし、また菌体若しくはその処理物を用いて発酵させた物(発酵物)を有するものであってもよい。ここで「処理物」としては、制限されないものの、例えばラクトバチルス・ガセリの培養物及びその各種処理物(例えば、培養上清や培養ペレット等の分画処理物;加熱処理物;殺菌処理物;破砕処理物;濃縮・希釈処理物;噴霧乾燥、凍結乾燥及び真空乾燥などの乾燥処理物;及び各種処理を併用して得られる物等)を挙げることができる。また「発酵物」としては、制限されないものの、ラクトバチルス・ガセリの菌体を用いて、動物性可食性原料(例えば乳、魚介類、畜肉類またはそれらの加工物)や植物性可食性原料(大豆、野菜またはそれらの加工物)を発酵させたものを例示することができる。
【0024】
なお、発酵物の調製には、嗜好性を高めるために、有効成分であるラクトバチルス・ガセリ、好ましくはOLL2809菌株の他に、嗜好性を高める等の本発明の効果とは別の目的で
、他の微生物を併用することも可能である。かかる微生物としては、制限されないものの、ラクトバチルス・ガセリ以外のラクトバチルス属細菌、ビフィドバクテリウム属細菌;ストレプトコッカス属細菌;ラクトコッカス属細菌;エンテロコッカス属細菌;バチルス属細菌;サッカロマイセス属やキャンジダ属に属する酵母等を例示することができる。しかしながら、本発明の抑うつ症状改善剤は、ラクトバチルス・ガセリ以外の乳酸菌や酵母を含まず、ラクトバチルス・ガセリだけ、好ましくはOLL2809菌株だけを、菌体、その処
理物及びそれらの発酵物として含むものであることが好ましい。
【0025】
本発明の抑うつ症状改善剤は、ヒトまたは非ヒト哺乳動物用の医薬品組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物(飼料組成物が含まれる。以下、同じ。)に抑うつ症状改善作用を付与するために用いられる。特に、ヒトまたは非ヒト哺乳動物の抑うつ症状を改善するために用いられる医薬品、医薬部外品または飲食品を製造するために使用される。なお、ここで非ヒト哺乳動物には、非ヒト霊長類、齧歯類(例えば、マウス、ラット、ウサギ、モルモット等)、犬及び猫などを挙げることができる。これらの非ヒト哺乳動物には、後述する社会的敗北ストレスマウスのように、人為的に抑うつ症状に模した症状を発症させた実験動物が含まれる。このように、本発明の抑うつ症状改善剤は、医薬品組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物、特に後述する抑うつ症状改善用組成物の製造原料として用いることができる。本発明の抑うつ症状改善剤の医薬品組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物への配合量は、これら組成物の形態(剤型)や対象とする被験者(ヒトまたは非ヒト哺乳動物の別、性別など)やその症状等によって種々異なるため、特に限定されないものの、0.001~100質量%の範囲から適宜選択設定することができる。このため、本発明の抑うつ症状改善剤に含まれるラクトバチルス・ガセリの菌体量は、最終的に調製される医薬品組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物が、本発明の効果を奏するように設定することができ、制限されないものの、1×106個/g以上とすることが好ましい。
【0026】
本発明の抑うつ症状改善剤の形態は、特に制限されず、医薬品組成物、医薬部外品組成物または飲食品組成物の製造に際して、それに添加配合することができる形態であればよい。ラクトバチルス・ガセリの菌体の培養物または処理物そのものであってもよいし、それらに任意の担体や添加剤を配合して各種の製剤形態(例えば、錠剤、丸剤、粉末剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、懸濁剤等)に調製したものであってもよい。
【0027】
本発明が対象とする「抑うつ症状」は、うつ病のモデル動物である社会的敗北ストレスモデルマウス(Social defeat stress)(Kudryavtseva N.N., et al., Pharmacol. Biochem. Behav., 38, 315-320 (1991))において模倣されるヒトまたは非ヒト哺乳動物にお
ける抑うつ症状であり、社会的回避(引きこもり)、無気力(活力の減少)、快感喪失、興味喪失、集中力の低下、食欲低下または亢進、睡眠リズムの異常、倦怠感や疲労感の増加等のいずれかの症状を含む気分障害または気分変調である。好ましくは無気力や快感喪失である。なお、うつ病のさまざまなサブタイプや各タイプの症状、及びその診断方法は、Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition (DSM IV)に記載されており、それを参照することができる。抑うつ症状には、ストレス負荷から解放された後に生じる抑うつ症状が含まれる。
【0028】
なお、社会的敗北ストレスモデルは、被験動物(侵入動物)を攻撃的な動物(居住動物)と同じケージにいれ、被験動物に精神的緊張、不安、恐怖といった社会的ストレスを与えて作製される。特にマウスやラットなどのストレスに対して感受性の動物では、そのストレス負荷から解放された後にも社会的回避、無気力(活力の減少)、及び/又は快感喪失反応等がみられ、行動試験においてヒトの抑うつ症状に類似した行動変化を示す。行動試験としては、後述する実験例で示すように、強制水泳試験(Forced swim test)(例えば、Porsolt et al., Nature 266,730 (1977);及びPetit-Demouliere et al., Psychopharmacology, 177, 245 (2005))、及びスクロース嗜好試験(例えば、Kurre Nielson, et al., Behavioural Brain Research 107, 21-33, (2000))等を挙げることができる。これらの試験は抗うつ剤のスクリーニングに広く使用されている。
【0029】
[強制水泳試験]
尾が底に届かない程度の深さまで水を入れた円筒形の容器に社会的敗北ストレスモデル動物を入れ、試験期間中の遊泳時間と不動時間を計測する。抑うつ状態にある動物では、不動時間が長くなり、抗うつ剤を投与すると不動時間が減少する。この試験により、前述する抑うつ症状のうち、特に無気力(活力の減少)を測定することができる。
[スクロース嗜好試験]
スクロース水溶液の入ったボトルと飲用水の入ったボトルを同時に社会的敗北ストレスモデル動物に与え、スクロース水溶液を飲んだ割合を、スクロース嗜好性として算出する。抑うつ状態にない正常な動物はスクロース水溶液を好んで飲用するが、抑うつ状態にある動物では、スクロース水溶液を飲む割合が減少し、抗うつ剤を投与するとスクロース嗜好性が回復する。この試験により、前述する抑うつ症状のうち、特に快感喪失を測定することができる。
【0030】
本発明でいう「改善」という用語には、ヒトまたは非ヒト哺乳動物において生じた抑うつ症状が、一時的、間欠的若しくは持続的に軽減、緩和、低下または消失することを含む。好ましくは抑うつ症状のない正常な状態またはそれに近い状態にまで回復することを含む。このため、本発明の抑うつ症状改善剤を用いて調製される医薬品組成物または医薬部外品組成物は、うつ病患者の抑うつ症状の治療に用いることができる。また本発明の抑うつ症状改善剤を用いて調製される飲食品組成物(飼料組成物を含む)は、抑うつ症状を有するヒトまたは非ヒト哺乳動物における当該症状を軽減、緩和、低下または消失するために用いることができる。
【0031】
(II)抑うつ症状改善用組成物
本発明が対象とする抑うつ症状改善用組成物(以下、「本抑うつ症状改善用組成物」とも称する)は、前述する本発明の抑うつ症状改善剤(以下、「本抑うつ症状改善剤」とも称する)を含有するものであり、本抑うつ症状改善剤を用いて調製することができる。すなわち、本抑うつ症状改善用組成物は、ラクトバチルス・ガセリの菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物を有効成分とするものである。本抑うつ症状改善用組成物には、医薬品組成物、医薬部外品組成物、及び飲食品組成物が含まれる。また飲食品組成物には、特に言及しない限り、非ヒト哺乳動物を対象とした場合の飲食品として飼料組成物が含まれる。
【0032】
本発明の抑うつ症状改善用組成物中に含まれる抑うつ症状改善剤の割合は、本抑うつ症状改善用組成物が、本発明の効果を奏する有効量のラクトバチルス・ガセリの菌体を含有するように抑うつ症状改善剤を含んでいればよく、その限りにおいて特に制限されるものではない。具体的には、本抑うつ症状改善用組成物の用途、形態、対象被験者の症状等によって相違するものの、本抑うつ症状改善用組成物が医薬品組成物または医薬部外品組成物である場合は、1日摂取あたり1×106個以上、好ましくは1×107個以上、さらに好ましくは1×108個以上、特に好ましくは1×109個以上のラクトバチルス・ガセリの菌体を含むように設定調整することができる。また飲食品組成物である場合は、ヒト用であれば1日摂取あたり1×106個以上、好ましくは1×107個以上、さらに好ましくは1×108個以上、特に好ましくは1×109個以上、非ヒト哺乳動物用であれば1日摂取あたり1×106個以上のラクトバチルス・ガセリの菌体を含むように、おのおの設定調整することができる。
【0033】
本抑うつ症状改善用組成物は、その用途や投与方法に応じて、医薬品、医薬部外品または飲食品として、各製品の慣用形態に調製することができる。好ましくは、飲食品である。
【0034】
本抑うつ症状改善用組成物を、医薬品または医薬部外品として調製する場合、その形態としては、錠剤、丸剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、粉末剤、液剤、シロップ剤、懸濁剤、乳剤、坐剤、注射剤等を挙げることができる。好ましくは経口投与形態である。これらの各種製剤は、常法に従って、主剤である本抑うつ症状改善剤に対して、必要に応じて賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、溶解補助剤、懸濁剤、コーティング剤、充填剤、増量剤、保湿剤、界面活性剤、pH調整剤などの医薬品や医薬部外品の分野において通常使用し得る既知の補助剤を用いて製剤化することができる。また、さらに保存剤、抗酸化剤、着色剤、香料、矯味剤、甘味剤、及び矯臭剤等の各種の添加剤を配合することもできる。その製造方法は、当業界における周知の方法で行うことができる。このように本抑うつ症状改善剤を用いて調製される本発明の医薬品組成物または医薬部外品組成物は、うつ病患者に投与することで、当うつ病患者の抑うつ症状の改善など、その治療に用いることができる。うつ病患者には、前述する有効量のラクトバチルス・ガセリの菌体を含む医薬品組成物または医薬部外品組成物を、1日に1回または2~3回程度に分けて投与することができる。
【0035】
本抑うつ症状改善用組成物を、飲食品として調製する場合、その形態としては、前述する各種の製剤形態のほか、一般的な加工飲食品の形態を挙げることができる。加工飲食品としては、発酵乳、乳酸菌飲料、乳性飲料、ヨーグルト、チーズ、粉乳(脱脂粉乳、調製粉乳、授乳婦用粉乳、脂肪粉乳等)等の乳加工食品;飲料(非アルコール飲料、アルコール飲料);野菜加工食品;果実加工食品;油脂加工食品;水産加工食品;肉加工食品;嗜好食品;調味料;菓子類(洋菓子、和菓子、チョコレート、冷菓、氷菓、生菓子、焼き菓子、キャンディ、グミ、ゼリー、錠菓等);冷凍食品;レトルト食品;缶詰食品;瓶詰食品;インスタント食品;流動食等を制限なく例示することができる。これらの飲食品には、例えば抑うつ症状の軽減・緩和・低下を謳った特定保健用食品及び機能性表示食品や、その他、栄養成分表示食品及び病者用食品、特別用途食品等の機能性食品が含まれる。
【0036】
これらの飲食品の製造方法は、当業界における周知の方法で行うことができる。例えば、ヨーグルトを一例とすると、ラクトバチルス・ガセリ(好ましくはOLL2809菌株)を用
いてスターターを調製する工程、該スターターを前処理した牛乳に加えて培養する工程、冷却工程、フレーバーリング工程、充填工程等を経てヨーグルトを製造できる。チーズであれば、例えば、殺菌等の前処理をした牛乳にラクトバチルス・ガセリ(好ましくはOLL2809菌株)をスターターとして添加して乳酸発酵させる工程、レンネットを添加してチー
ズカードを生成する工程、カード切断工程、ホエー排出工程、加塩工程、熟成工程などを経て製造することができる。あるいは、前記各種乳製品の製造において、他の乳酸菌をスターターとして用い、製造工程中にラクトバチルス・ガセリ(好ましくはOLL2809菌株)
またはその処理物を添加してもよい。斯くして調製される本発明の飲食品組成物は、抑うつ症状を有するヒトまたは非ヒト哺乳動物に摂取させることで、その抑うつ症状を緩和、軽減、低下または消失することが可能である。ヒトまたは非ヒト哺乳動物には、前述する有効量のラクトバチルス・ガセリの菌体を含む飲食品組成物を、1日に1回または2~3回程度に分けて摂取させることができる。
【0037】
本抑うつ症状改善用組成物に関して、抑うつ症状、改善、ラクトバチルス・ガセリ、OLL2809菌株、菌体、処理物、及び発酵物等の定義やその調製方法は、前記(I)欄で説明
した通りであり、その記載は、この欄にも同様に適用される。
【0038】
(III)腸内Akkermancia属細菌増加用組成物
前述するラクトバチルス・ガセリの菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物は、実験例2に示すように、それを経口的に摂取することで、腸内菌叢に作用して、腸内に存在するAkkermancia属細菌の増殖を促進し、腸内におけるAkkermancia属細菌を増加する効果を発揮する(実験例2参照)。このため、ラクトバチルス・ガセリの菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物は、腸内Akkermancia属細菌増加用組成物とし
て好適に使用することができる。
【0039】
ここで使用するラクトバチルス・ガセリの菌体若しくはその処理物又はこれらを含有する発酵物は、前記(I)に記載の通りであり、当該記載はここにも援用することができる。また、本発明が対象とする腸内Akkermancia属細菌増加用組成物は、経口的に摂取され
る組成物であり、好ましくは飲食品組成物(飼料組成物が含まれる)である。その形態(剤型を含む)、当該組成物中に配合するラクトバチルス・ガセリの菌体量、及び投与(摂取)回数なども前記(I)及び(II)の記載を援用することができる。
【0040】
Akkermanciaに属する細菌としては、ヒトまたは非ヒト哺乳動物の腸内に存在する腸内
細菌であればよく、特に制限されない。好ましくはAkkermancia muciniphilaである。当
該A. muciniphilaは、ムチン資化能を有するグラム陽性細菌である。同菌は腸管粘膜バリア改善効果を介した抗炎症作用、延いては血糖値改善作用が報告されており(非特許文献4)、医薬品としての開発も進められるなど注目をされている腸内細菌である。このため、本発明の腸内Akkermancia属細菌増加用組成物は、これを経口的に摂取することで腸内
菌叢を改善し、腸管粘膜バリア改善効果、またはそれを介した様々な健康機能効果を期待することができる。
【0041】
以上、本明細書において、「含む」及び「含有する」の用語には、「からなる」及び「から実質的になる」という意味が含まれる。
【実施例0042】
以下、本発明の構成及び効果について、その理解を助けるために、実験例を用いて本発明を説明する。但し、本発明はこれらの実験例によって何ら制限を受けるものではない。以下の実験は、特に言及しない限り、室温(23±5℃)、及び大気圧条件下で実施した。また、以下の実験で用いた動物、並びに当該動物を対象とした実験及びそのケアは、岡山理科大学動物実験管理委員会の承認を得ており、国内及び国際的な法律及び政策を遵守した同大学規定のガイドラインに則した条件にて行った。
【0043】
実験例1 抑うつ症状の改善
1 Lactobacillus gasseri OLL2809の調製
L. gasseri OLL2809は、Lactobacilli MRS Broth (Difco)で2回、賦活培養(37℃、18時間)した。同培地に賦活化した培養液を1%接種し、37℃で18時間培養した。集菌後、滅菌蒸留水で1回洗浄した。
【0044】
2.社会的敗北ストレスモデル動物の作製
8週齢の雄性C57BL/6Jマウス(平均体重23.3±0.47g)を、非ストレス負荷群(control群)(non-STRESS:n=13匹)とストレス負荷群(STRESS:n=18匹)との2群に分けた。ストレス負荷群(ストレス負荷マウス)については、4週間に亘って(Day 1~Day 29
)、毎日、当該マウスよりも体が大きく攻撃性の高い30週齢前後の雄性ICRマウス(居住
マウス)を同じケージに1日あたり10分間滞在させて、恐怖と敗北ストレスを負荷した。
具体的には、1つのケージに居住マウスを1匹入れておき、そこにストレス負荷マウスを1
匹いれて10分間対面させた。その後、穴の空いた透明な仕切板でケージ内を区切り24時間滞在させ、翌日、そのストレス負荷マウスを、別の居住マウス1匹が居住するケージに入れ、同様のストレスを与えた。なお、飼育は、非ストレス負荷群(control群)及びスト
レス負荷群のいずれも制御環境条件下(23±2℃、60%相対湿度、12時間毎[朝7時点灯、夜7時消灯]の明暗サイクル、餌と水は自由摂取)で行った。
【0045】
3.行動試験
ストレス負荷の最終日の翌日(Day 30)に、強制水泳試験を行った。その後、ストレス負荷群をそれぞれ通常食群(vehicle群)とLactobacillus gasseri OLL2809摂取群(OLL2809群)の2群に分け、上記と同じ制御環境条件下で2週間(Day 30~Day 44)飼育した
。なお、L.gasseri OLL2809摂取群(OLL2809群)には、3.5gの粉状AIN-93M(日本クレア株式会社製)に水1.75mLとL.gasseri OLL2809(2 x 109 cfu)を加えて団子状にしたも
のを1日に1個与えた。一方、vehicle群には、3.5gの粉状AIN-93Mに水1.75mLを加えて団子状にしたものを1日に1個与えた。2週間飼育した後のDay 45に、行動試験として、強制水泳試験を行った。また、Day 45~Day 48の4日間、スクロース嗜好性試験を行った。
【0046】
(1)強制水泳試験
恒温槽で28℃に調節した水を800mL、1L容量のガラス製の円筒形のビーカー(高さ15cm、直径11.5cm)に入れ、その中に、マウス(非ストレス負荷群[control群](n=9)、
ストレス負荷群[vehicle群(n=9)、OLL2809群(n=9)])を6分間浸け、強制的に泳がせた。水に浸けて1分後からの行動を5分間観察し、暴れることなく水面に浮かんでいる時間(マウスが水から頭を出すのに必要なわずかに動きをしている時間も含む)を不動時間(秒)として記録した。
【0047】
(2)スクロース嗜好性試験
水を入れた給水瓶と、2質量%濃度のスクロース水溶液を入れた給水瓶との2つを用意し、マウス(control群(n=4)、vehicle群(n=9)、OLL2809群(n=9))に、Day 45~Day 46の2日間自由摂取させた(慣れ学習)。その後の2日目に2つの給水瓶の場所を入れ替えて、2日間(Day 47~Day 48)、自由摂取させ、水及びスクロース水溶液それぞれの飲水量を4時間ごと測定した。4時間における総飲水量とスクロース水溶液の摂取量の2日間の平均値から、「(スクロース水溶液摂取量/総飲水量)×100」の値(%)を求め、これをスクロース嗜好性評価とした。
【0048】
4.試験結果
強制水泳試験の結果を
図1、スクロース嗜好性試験の結果を
図2に示す。
図1に示すように、強制水泳試験では、ストレスを負荷しなかった群(非ストレス負荷群[control群])と比較して、ストレスを負荷した群(ストレス負荷群[vehicle群])において、不動時間(秒)が有意に増加することが認められた。これに対して、L. gasseri OLL2809を摂取させることで(OLL2809群)、不動時間が有意に低下することが認めら
れた。その理由(原因)に拘束されないものの、ストレス負荷群は、抑うつ症状(無気力・活力の低下・易疲労)が生じて不動時間が有意に増加したものの、L. gasseri OLL2809を摂取することで、その抑うつ症状が改善(軽減・緩和・低下)されたものと考えられる。
【0049】
図2に示すように、スクロース嗜好性試験では、ストレスの負荷によりスクロースの摂取量が有意に低下したのに対して(vehicle群)、L. gasseri OLL2809を摂取させること
で(OLL2809群)、非ストレス負荷群[control群]と同程度までスクロースの摂取量が有意に増加することが認められた。その理由(原因)に拘束されないものの、ストレス負荷群は、抑うつ症状(興味や快感の低下・喪失)が生じてスクロースの摂取を好まなくなったものの、L. gasseri OLL2809を摂取することで、その抑うつ症状が改善(軽減・緩和・低下)されたものと考えられる。
以上の結果から、L.gasseri OLL2809には抑うつ症状を改善する効果があると認められる。
【0050】
実験例2 腸内菌叢に与える影響
ストレスの負荷は、神経系、内分泌系または免疫系を介して腸内菌叢を変える一方、腸内菌叢もこれらのシグナル伝達経路を経由して宿主のストレス応答に影響を及ぼすことが明らかになりつつある。そこで、ストレスが腸内菌叢に及ぼす影響、特にラクトバチルス・ガセリ投与が腸内菌叢に及ぼす影響を、実験例1と同様の方法で社会的敗北モデルマウスを作製し、強制水泳試験を実施して、評価した。
【0051】
1.試験方法
実験例1に記載する方法と同様の方法で、社会的敗北モデルマウス(ストレス負荷群)を作製した。具体的には、8週齢の雄性C57BL/6Jマウスを、非ストレス負荷群(control
群、n=7)とストレス負荷群(OLL2809群[n=5]、vehicle群[n=5])に分け、このうち
、ストレス負荷群(ストレス負荷マウス)に対して、4週間連日、社会的敗北ストレスを負荷し、その後、2週間連日、OLL2809群にはL. gasseri OLL2809(2 x 109cfu)を団子
に加えた餌を、またvehicle群には水のみを団子に加えた餌を給餌した。
各餌料を2週間連日摂取させた後、強制水泳試験を実施する前に各群のマウスから糞便を採取した。糞便20mgをイージービーズ(AMR社)に量り取った。FastPrep(MP-Biomedicals社)を用いて糞便を破砕し、RSC PureFood GMO and Authentication Kit(Promega社
)および核酸自動抽出機(Maxwell、Promega社)を用いてDNAを抽出した。抽出したDNAを用いて、リアルタイムPCR法によりAkkermancia muciniphilaの菌数を定量した。
【0052】
リアルタイムPCRは、Colladoらの方法を参考に行った(非特許文献3)。PCR反応液組
成はPowerUP SYBR Green Master Mix (Applied Biosystems社)10μL、抽出したDNAの希釈液 4μL、100 pmol/μLに調製したフォワードとリバースのプライマーをそれぞれ0.18
μLずつ、超純水を5.64μLを混合して計20μLとした。PCR反応条件は、反応液を50℃で2
分間、95℃で2分間加熱した後、変性を95℃で15秒間、アニーリング/伸長反応を60℃で1分間のサイクルを40サイクル繰り返した。
PCR反応はQuantStudio 3 リアルタイムPCRシステム(Applied biosystems社)を用いて行った。
フォワードとリバースのプライマーはそれぞれ以下の配列のものを用いた。
AM1: 5’CAG CAC GTG AAG GTG GGG AC(配列番号1);
AM2: 5’CCT TGC GGT TGG CTT CTT CAG AT(配列番号2)。
【0053】
標準曲線の作成にはATCC(American Type Culture Collection)から入手したAkkermancia muciniphila ATCC BAA-835を用いた。同株を所定の方法に従って培養して、調製した菌体1011 cfuから上記と同様の方法でDNAを抽出し、105~109 cfuの範囲で標準曲線を作
成した。解析はΔΔCt法を用いた。
【0054】
2.試験結果
(1) 強制水泳試験
強制水泳試験の結果を
図3に示す。実験例1と同様に、不動時間(秒)はControl群と
比較してvehicle群で有意に増加した。一方、n数が少ないためにOLL2809群ではvehicle群と比較して有意な低下は認められなかったが、Control群と比較して有意な増加は認めら
れず、実験例1と同様に、ラクトバチルス・ガセリを経口摂取することで抑うつ症状の改善(軽減・緩和・低下)効果が得られることが観察された。
【0055】
(2)糞便中Akkermancia muciniphila菌数
糞便のA.muciniphila菌数解析結果を
図4に示す。
図4に示すように、糞便中のA. muciniphilaの菌数は、Control群と比較してvehicle群で変動は認められなかった。一方、OLL2809群ではvehicle群およびControl群と比較して有意な増加が認められた。A. muciniphilaは、腸管粘膜バリア改善効果を介した抗炎症作用、延いては血糖値改善作用が報告さ
れている腸内細菌であることから、OLL2809を経口摂取することで、腸管粘膜バリア改善
効果、またはそれを介した様々な健康機能効果を期待することができる。
配列番号1及び2は、Akkermancia muciniphilaの菌数を定量するために使用したPCR用のフォワードプライマー及びリバースプライマーの塩基配列を示す。