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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024157057
(43)【公開日】2024-11-07
(54)【発明の名称】バレット食道の治療用組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 45/00 20060101AFI20241030BHJP
   A61P 1/04 20060101ALI20241030BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20241030BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20241030BHJP
   A61K 31/519 20060101ALI20241030BHJP
   A61K 31/4184 20060101ALI20241030BHJP
   A61K 31/4523 20060101ALI20241030BHJP
   A61K 31/44 20060101ALI20241030BHJP
   A61K 31/18 20060101ALI20241030BHJP
   A61K 31/4439 20060101ALI20241030BHJP
   A61K 31/506 20060101ALI20241030BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P1/04
A61P35/00
A61P43/00 105
A61K31/519
A61K31/4184
A61K31/4523
A61K31/44
A61K31/18
A61K31/4439
A61K31/506
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021107429
(22)【出願日】2021-06-29
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【弁理士】
【氏名又は名称】奥原 康司
(72)【発明者】
【氏名】野村 幸世
【テーマコード(参考)】
4C084
4C086
4C206
【Fターム(参考)】
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZA661
4C084ZB261
4C084ZC201
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC17
4C086BC21
4C086BC39
4C086BC50
4C086CB09
4C086GA07
4C086GA08
4C086GA12
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA66
4C086ZB26
4C086ZC20
4C206AA01
4C206AA02
4C206JA11
4C206KA01
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZA66
4C206ZB26
4C206ZC20
(57)【要約】
【課題】本発明は、バレット食道の治療用組成物、より具体的には、バレット食道を正常な食道に復帰させる治療用組成物の提供、および当該治療用組成物を用いたバレット食道の治療方法の提供を解決課題とする。
【解決手段】本発明は、バレット食道の治療用組成物であって、MEK阻害剤を含む組成物である。さらに、本発明は、食道腺癌の予防用組成物であって、MEK阻害剤を含む組成物である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
バレット食道の治療用組成物であって、MEK阻害剤を含む前記組成物。
【請求項2】
前記MEK阻害剤が、トラメチニブ、ビニメチニブ、セルメチニブ、コビメチニブ、ピマセルチブ、レファメチニブ、ウリキセルチニブ、アベマシクリブ、U0126、PD184352(CI-1040)、PD98059およびBIX 02189からなるグループから選択される1または複数であることを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
食道腺癌の予防用組成物であって、MEK阻害剤を含む前記組成物。
【請求項4】
前記MEK阻害剤が、トラメチニブ、ビニメチニブ、セルメチニブ、コビメチニブ、ピマセルチブ、レファメチニブ、ウリキセルチニブ、アベマシクリブ、U0126、PD184352(CI-1040)、PD98059およびBIX 02189からなるグループから選択される1または複数であることを特徴とする請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
バレット食道を発症している患者に投与することを特徴とする、請求項3または請求項4に記載の組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バレット食道の治療用組成物に関する。より具体的には、本発明は、扁平上皮の再生を促すことにより、バレット食道に特徴的な組織形態である円柱上皮を食道本来の組織形態である扁平上皮に復帰させるための治療用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
バレット食道(Barrett’s esophagus)は、下部食道から上部食道の粘膜組織が扁平上皮から円柱上皮に変化したもので、 胃食道逆流症(gastroesophagealreflux disease:GERD)に伴って引き起こされる。バレット食道を発症すると、食道腺癌を発症するリスクが高まることが知られている。バレット食道から発症する食道腺癌が進行してしまった場合、その予後は不良である。バレット食道の治療法として、円柱上皮に変化した粘膜組織の切除療法および焼却療法などが行われている。しかし、粘膜切除を全周性に行うと食道狭窄を来す。また、焼却療法においては、表層のみが焼却され深部に残存したバレット食道粘膜組織から発がんすることがあり、このような場合には、腫瘍部が再生した表層に覆われて、発見が遅れるおそれがある。予後不良の食道腺癌の発症を予防するためにも、バレット食道を本来の食道に復帰させることは、非常に重要であると考えられる。しかしながら、現在のところ、上記の外科的な治療法以外のより非侵襲的で、効果的な治療法は開発されていない。
【0003】
ところで、バレット食道から食道腺癌へ移行する過程において機能する分子メカニズムの解明も行われている。Dulakらは、変異スペクトラム解析により、食道腺癌に関連すると考えられる26の変異した遺伝子を同定した(非特許文献1)。その中には、例えば、TP53CDKN2ASMAD4PIK3CASPG20TLR4ELMO1およびDOCK2などが含まれていた。Chaoらは、TP53の両アレル不活性化(biallelic inactivation)がバレット食道から食道腺癌への進行に関与していると報告している(非特許文献2)。また、Sommererらは、バレット食道から発症した食道腺癌の約32%において、BRAFおよびKRAS2の変異が存在することを見出し、Raf/MEK/ERK(MAPK)キナーゼパスウェイの異常がバレット食道から発症する食道腺癌の初期段階において関与していると結論付けている(非特許文献3)。
【0004】
以上のように、バレット食道から食道腺癌への進行に関与する可能性のある遺伝子変異について、徐々に解明されつつあるが、正常な食道からバレット食道へ変化する原因となる分子メカニズムについては、現在のところ明らかになっていない。そのため、バレット食道の治療において、外科的方法以外で有効な非侵襲的な治療法の開発はあまり進んでいない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Dulakら, Nat Genet., 45:478-486 2013.
【非特許文献2】Chaoら, Clin Cancer Res., 14:6988-6995 2008.
【非特許文献3】Sommererら, Oncogene 23:554-558 2004.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記事情に鑑み、本発明は、バレット食道の治療用組成物、より具体的には、バレット食道を正常な食道に復帰させる治療用組成物の提供、および当該治療用組成物を用いたバレット食道の治療方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者は、ラットの胃食道逆流症モデルに対し、MEK阻害剤を投与したところ、バレット食道の長さが短縮すること、およびバレット食道のびらん内に扁平上皮が再生することを見出した。
MEK(MAPK/ERK kinase)は、MAPKシグナル伝達経路において、ERK(extracellular signal-regulated Kinase)をリン酸化し活性化するキナーゼである。これまでに多くのがんにおいて、MAPKシグナル伝達経路を構成するRas、Raf、MEKなどの活性型変異・遺伝子増幅が数多く報告されている。今回、発明者は、正常な食道がバレット食道へ変化する過程においても、MAPKシグナル伝達経路を構成する因子が関与することを初めて見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は以下の(1)~(5)である。
(1)バレット食道の治療用組成物であって、MEK阻害剤を含む前記組成物。
(2)前記MEK阻害剤が、トラメチニブ、ビニメチニブ、セルメチニブ、コビメチニブ、ピマセルチブ、レファメチニブ、ウリキセルチニブ、アベマシクリブ、U0126、PD184352(CI-1040)、PD98059およびBIX 02189からなるグループから選択される1または複数であることを特徴とする上記(1)に記載の組成物。
(3)食道腺癌の予防用組成物であって、MEK阻害剤を含む前記組成物。
(4)前記MEK阻害剤が、トラメチニブ、ビニメチニブ、セルメチニブ、コビメチニブ、ピマセルチブ、レファメチニブ、ウリキセルチニブ、アベマシクリブ、U0126、PD184352(CI-1040)、PD98059およびBIX 02189からなるグループから選択される1または複数であることを特徴とする上記(3)に記載の組成物。
(5)バレット食道を発症している患者に投与することを特徴とする上記(3)または(4)に記載の組成物。
なお、本明細書において「~」の符号は、その左右の値を含む数値範囲を示す。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、バレット食道の治療用組成物、および当該治療用組成物を用いた非侵襲的なパレット食道の治療方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】バレット食道の長さに対するMEK阻害剤の影響。「プラセボ処置ラット」(逆流手術後プラセボ投与群)と「MEK阻害剤処置ラット」(逆流手術後MEK阻害剤投与群)のバレット食道の長さを測定した結果を示す。
図2】MEK阻害剤によるバレット食道の治療効果(1)。「MEK阻害剤処置ラット」の食道の粘膜組織をヘマトキシリン+エオジン染色し、顕微鏡で観察した組織像を示す。破線で囲んだ領域に扁平上皮の再生が認められる。
図3】MEK阻害剤によるバレット食道の治療効果(2)。「プラセボ処置ラット」由来の食道組織(A)および「MEK阻害剤処置ラット」由来の食道組織(B)をヘマトキシリン+エオジン染色し、顕微鏡で観察した組織像を示す。AおよびBにおいて、破線で囲んだ領域には円柱上皮が、実線で囲んだ領域には扁平上皮が観察された。
図4】MEK阻害剤の効果の確認。「プラセボ処置ラット」由来の食道組織(A)および「MEK阻害剤処置ラット」由来の食道組織(B)を、抗pERK抗体で免疫染色した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
バレット食道は、下部食道から上部食道の粘膜組織の少なくとも一部が扁平上皮から円柱上皮に変化した食道のことであり、胃食道逆流症などに伴い発症することが多い。本発明者は、胃食道逆流症ラットモデルにMEK阻害剤を投与したところ、バレット食道の長さが短縮すること、およびバレット食道のびらん内に扁平上皮が再生してバレット食道が正常な食道に復帰することを明らかにした。すなわち、本発明者は、MEK阻害剤がバレット食道の治療剤としての効果を有することを初めて明らかにした。
【0012】
MEK(MAPK/ERK kinase)は、RAS/RAF/MEK/ERKシグナル伝達経路において、ERK(extracellular signal-regulated Kinase)1およびERK2のセリン残基およびスレオニン残基をリン酸化し、ERK1/2を活性化する二重特異性セリン/スレオニンキナーゼである。正常な細胞において、細胞外からの増殖因子刺激により活性化されたRasは、Rafと結合してその活性化を促し、RafはMEKをリン酸化して活性化し、次いで、MEKがERKをリン酸化して活性化する。活性化されたERKは、細胞質から核へと移行して、ELK、CREB、c-Myc、c-Fos、Sp-1などの転写因子を活性化して遺伝子の発現を誘導する。このようにRASからERKに至るリン酸化カスケードによって、遺伝子発現のための情報が伝達される経路をRAS/RAF/MEK/ERKシグナル伝達経路という。MEKには、MEK1およびMEK2の2つのサブタイプが存在する。本明細書に記載される「MEK」には、MEK1およびMEK2の両方が含まれる。
【0013】
第1の実施形態は、バレット食道の治療用組成物であって、MEK阻害剤を含む、組成物(以下「本実施形態にかかる治療用組成物」とも記載する)である。バレット食道の「治療」とは、バレット食道を本来の食道に復帰させることで、具体的には、主として円柱上皮から構成されるバレット食道の粘膜組織を、扁平上皮からなる本来の食道の粘膜組織へ戻すこと、または、食道に扁平上皮からなる粘膜組織を再生させることである。
【0014】
本実施形態のMEK阻害剤としては、特に限定はしないが、例えば、トラメチニブ(CAS:871700-17-3)、ビニメチニブ(CAS:606143-89-9)、セルメチニブ(CAS:606143-52-6)、コビメチニブ(CAS:934660-93-2)、ピマセルチブ(CAS:1236699-92-5)、レファメチニブ(CAS:923032-37-5)、ウリキセルチニブ(CAS:869886-67-9)、アベマシクリブ(CAS:1231929-97-7)、U0126(CAS:1173097-76-1)、PD184352(CI-1040)(CAS:212631-79-3)、PD98059(CAS:167869-21-8)およびBIX 02189(CAS:1094614-85-3)などを挙げることができる。さらに、これらの化合物以外にも、MEKの活性を抑制または阻害する抗体、ペプチドアプタマーの他、MEK遺伝子の発現を抑制もしくは阻害する物質、例えば、siRNA、miRNAなどが挙げられる。
【0015】
上述の通り、MEK阻害剤は、バレット食道を正常な食道に復帰させる効果を有しており、バレット食道から食道腺癌への進行を阻止することができる。
第2の実施形態は、食道腺癌の予防用組成物であって、MEK阻害剤を含む、組成物(以下「本実施形態にかかる予防用組成物」とも記載する)である。本実施形態にかかる予防用組成物は、バレット食道を発症している者の食道腺癌の発症の予防に特に効果を発揮する。
本実施形態にかかる治療用組成物および予防用組成物(以下「本実施形態にかかる組成物等」とも記載する)は、有効成分であるMEK阻害剤の他、1もしくは2以上の製剤用添加物、薬学的に許容可能な担体などを含んでもよく、また、バレット食道の病態を改善するために有効な他の薬剤等を含んでもよい。
【0016】
本実施形態にかかる組成物等の剤形としては、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤、懸濁剤、座剤、軟膏、クリーム剤、ゲル剤、貼付剤、吸入剤、注射剤等が挙げられる。これらの製剤は常法に従って調製される。なお、液体製剤にあっては、用時、水または他の適当な溶媒に溶解または懸濁するものであってもよい。また、錠剤、顆粒剤は周知の方法でコーティングしてもよい。注射剤の場合には、有効成分を水に溶解させて調製されるが、必要に応じて生理食塩水あるいはブドウ糖溶液に溶解させてもよく、また、緩衝剤や保存剤を添加してもよい。
【0017】
経口投与用または非経口投与用の製剤は、任意の製剤形態で提供される。製剤形態としては、例えば、顆粒剤、細粒剤、散剤、硬カプセル剤、軟カプセル剤、シロップ剤、乳剤、懸濁剤もしくは液剤等の形態の経口投与用治療薬または治療用組成物、静脈内投与用、筋肉内投与用もしくは皮下投与用などの注射剤、点滴剤、経皮吸収剤、経粘膜吸収剤、点鼻剤、吸入剤、坐剤などの形態の非経口投与用治療薬または治療用組成物として調製することができる。注射剤や点滴剤などは、凍結乾燥形態などの粉末状の剤形として調製し、用時に生理食塩水などの適宜の水性媒体に溶解して用いることもできる。
【0018】
本実施形態にかかる組成物等の製造に用いられる製剤用添加物の種類、有効成分に対する製剤用添加物の割合、あるいは、治療用組成物および予防用組成物の製造方法は、その形態に応じて当業者が適宜選択することが可能である。製剤用添加物としては無機または有機物質、あるいは、固体または液体の物質を用いることができ、一般的には、有効成分重量に対して1重量%から90重量%の間で配合することができる。具体的には、製剤用添加物の例として乳糖、ブドウ糖、マンニット、デキストリン、シクロデキストリン、デンプン、蔗糖、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、合成ケイ酸アルミニウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルデンプン、カルボキシメチルセルロースカルシウム、イオン交換樹脂、メチルセルロース、ゼラチン、アラビアゴム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸マグネシウム、タルク、トラガント、ベントナイト、ビーガム、酸化チタン、ソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、グリセリン、脂肪酸グリセリンエステル、精製ラノリン、グリセロゼラチン、ポリソルベート、マクロゴール、植物油、ロウ、流動パラフィン、白色ワセリン、フルオロカーボン、非イオン性界面活性剤、プロピレングルコール、水等が挙げられる。
【0019】
経口投与用の固形製剤を製造するには、有効成分と賦形剤成分、例えば、乳糖、デンプン、結晶セルロース、乳酸カルシウム、無水ケイ酸などと混合して散剤とするか、さらに必要に応じて白糖、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドンなどの結合剤、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウムなどの崩壊剤などを加えて湿式または乾式造粒して顆粒剤とする。錠剤を製造するには、これらの散剤および顆粒剤をそのまま、あるいは、ステアリン酸マグネシウム、タルクなどの滑沢剤を加えて打錠すればよい。これらの顆粒または錠剤はヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、メタクリル酸-メタクリル酸メチルポリマーなどの腸溶剤基剤で被覆して腸溶剤製剤、あるいは、エチルセルロース、カルナウバロウ、硬化油などで被覆して持続性製剤とすることもできる。また、カプセル剤を製造するには、散剤または顆粒剤を硬カプセルに充填するか、有効成分をそのまま、あるいは、グリセリン、ポリエチレングリコール、ゴマ油、オリーブ油などに溶解した後ゼラチン膜で被覆し軟カプセルとすることができる。
【0020】
注射剤を製造するには、有効成分を必要に応じて塩酸、水酸化ナトリウム、乳糖、乳酸、ナトリウム、リン酸一水素ナトリウム、リン酸二水素ナトリウムなどのpH調整剤、塩化ナトリウム、ブドウ糖などの等張化剤と共に注射用蒸留水に溶解し、無菌濾過してアンプルに充填するか、さらにマンニトール、デキストリン、シクロデキストリン、ゼラチンなどを加えて真空凍結乾燥し、用時溶解型の注射剤としてもよい。また、有効成分にレチシン、ポリソルベート80、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などを加えて水中で乳化せしめ注射剤用乳剤とすることもできる。
【0021】
直腸投与剤を製造するには、有効成分をカカオ脂、脂肪酸のトリ、ジおよびモノグリセリド、ポリエチレングリコールなどの座剤用基材と共に加湿して溶解し型に流し込んで冷却するか、有効成分をポリエチレングリコール、大豆油などに溶解した後、ゼラチン膜で被覆すればよい。
【0022】
本実施形態にかかる組成物等の投与量および投与回数は特に限定されず、治療および予防の目的、疾患の種類、患者の体重や年齢などの条件に応じて、医師の判断により適宜選択することが可能である。
一般的には、経口投与における成人一日あたりの投与量は0.01~1000mg(有効成分重量)程度であり、一日1回または数回に分けて、あるいは、数日ごとに投与することができる。注射剤として用いる場合には、成人に対して一日量0.001~100mg(有効成分重量)を連続投与または間欠投与することが望ましい。
【0023】
本実施形態にかかる組成物等は、植込錠およびマイクロカプセルに封入された送達システムなどの徐放性製剤として、体内から即時に除去されることを防ぎ得る薬学的に許容可能な担体を用いて調製してもよい。そのような担体として、エチレンビニル酢酸塩、ポリ酸無水物、ポリグリコール酸、コラーゲン、ポリオルトエステルおよびポリ乳酸などの生物分解性、生物適合性ポリマーを用いることができる。このような材料は、当業者によって容易に調製することができる。また、リポソームの懸濁液も薬学的に許容可能な担体として使用することができる。リポソームは、限定はしないが、ホスファチジルコリン、コレステロールおよびPEG誘導ホスファチジルエタノール(PEG-PE)を含む脂質組成物として、使用に適するサイズになるように、適当なポアサイズのフィルターを通して調製され、逆相蒸発法によって精製することができる。
【0024】
本実施形態にかかる組成物等は、投与方法等の説明書と共にキットの形態で提供してもよい。キット中に含まれる薬剤は、当該薬剤の活性を長期間有効に持続し、容器内側に吸着することなく、また、構成成分を変質することのない材質で製造された容器により供給される。例えば、封着されたガラスアンプルは、窒素ガスのような中性で不反応性を示すガスの存在下で封入されたバッファーなどを含んでもよい。
また、キットには使用説明書が添付されてもよい。当該キットの使用説明は、紙などに印刷されたものであっても、CD-ROM、DVD-ROMなどの電磁的に読み取り可能な媒体に保存されて使用者に供給されてもよい。
【0025】
第3の実施形態は、本実施形態にかかる治療用組成物(第1の実施形態)を患者に投与することを含むバレット食道の治療方法である。
ここで「治療」とは、バレット食道を本来の食道に復帰させることで、具体的には、主として円柱上皮から構成されるバレット食道の粘膜組織を、扁平上皮からなる本来の食道の粘膜組織へ戻すこと、または、扁平上皮からなる粘膜組織を再生させることである。
【0026】
第4の実施形態は、本実施形態にかかる予防用組成物(第2の実施形態)を患者に投与することを含む、食道腺癌の予防方法である。
ここで「予防」とは、食道腺癌を発症するおそれがあるほ乳動物において、その発症を予め阻止することを意味し、特に、食道の粘膜組織の少なくとも一部にバレット食道に特徴的な円柱上皮からなる組織を含むほ乳動物が食道腺癌を発症するのを予め阻止することを意味する。
【0027】
本実施形態にかかるバレット食道の治療方法および食道腺癌の予防方法の対象となる「ほ乳動物」は、ほ乳類に分類される任意の動物を意味し、特に限定はしないが、例えば、ヒトの他、イヌ、ネコ、ウサギ、フェレットなどのペット動物、ウシ、ブタ、ヒツジ、ウマなどの家畜動物などのことである。特に好ましい「ほ乳動物」は、ヒトである。
【0028】
本明細書が英語に翻訳されて、単数形の「a」、「an」および「the」の単語が含まれる場合、文脈から明らかにそうでないことが示されていない限り、単数のみならず複数のものも含むものとする。
以下に実施例を示してさらに本発明の説明を行うが、本実施例は、あくまでも本発明の実施形態の例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例0029】
1.ラット胃食道逆流症モデル
既報(Miyashitaら, Dig Dis Sci 56:1309-1314:Miyashitaら, Surgery 164:49-55 2018)に従い、外科的手術によりラット胃食道逆流症モデルを作成した。
本実施例では、6週齢のオスのSprague-Dawleyラット(日本クレア)を使用した。ラットは2週間、馴化させたのち、温度20-22℃、湿度30-50%、12時間毎の明暗周期で飼育した。一晩絶食させたラットは、ジエチルエーテルで麻酔した後、開腹し、食道胃接合部を結紮した後、食道側で食道を切断した。トライツ(treitz)靱帯より5 cm肛門側空腸をloopで食道断端部へ挙上した。食道断端と挙上した空腸を端側吻合し、胃液、腸液が食道へ逆流するように処置を行った。上記外科手術を施したラットのほぼ100%にバレット食道が認められることが報告されている(Miyashitaら, Dig Dis Sci 56:1309-1314)、手術後17週で、トラメチニブ(trametinib)を含有する徐放ペレットまたはプラセボペレット(トラメチニブ不含有)を皮下に挿入した。手術後20週で、ラットを安楽死させ、食道の組織学的観察を行った。トラメチニブの徐放ペレットは、3.4 mgのトラメチニブを含有し、28日間かけてトラメチニブを徐放する。トラメチニブは、Selleck社から購入し、徐放ペレットの作製は、Innovative Research of America社に委託した。
以下、外科的手術等を行わなかった無処置のラットを「コントロールラット」(n=3)、プラセボペレットを皮下に挿入したラットを「プラセボ処置ラット」(n=12)、トラメチニブ含有ペレットを皮下に挿入したラットを「MEK阻害剤処置ラット」(n=12)とする。
【0030】
2.食道の組織学的観察
円柱上皮の組織学的特徴を呈するバレット食道部分の長さを測定した結果、MEK阻害剤処置ラットのバレット食道の長さは、プラセボ処置ラットのバレット食道と比較して、有意に短縮していることが明らかとなった(図1)。
また、MEK阻害剤処置ラットの食道組織においては、びらんの中に扁平上皮が再生している組織像が観察された(図2中、破線で囲んだ領域)。他方、プラセボ処置ラットの食道組織においては、このような扁平上皮の再生は認められなかった。プラセボ処置ラットの食道組織像とMEK阻害剤処置ラットの食道組織像を比較すると、プラセボ処置ラットの食道組織には円柱上皮が観察された(図3Aの破線で囲んだ領域)のに対し、MEK阻害剤処置ラットの食道組織には、円柱上皮の他、再生した扁平上皮が観察された(図3Bの破線で囲んだ領域が円柱上皮、実線で囲んだ領域が扁平上皮)。
以上の結果から、MEK阻害剤は、バレット食道の長さを短縮させ、食道粘膜組織における扁平上皮の再生を促すことが確認された。
【0031】
3.MEK阻害剤の効果の確認
次に、MEK阻害剤であるトラメチニブが、投与された食道組織において、MEKキナーゼ活性を阻害したかどうかの確認を行った。MEKは、MAPKシグナル伝達経路において、ERKをリン酸化し、活性化するキナーゼである。トラメチニブなどのMEK阻害剤は、MEKキナーゼ活性を阻害する。そのため、食道組織内においてMEK阻害剤が機能したかどうかは、ERKのリン酸化の有無を指標にして確認することができる。
MEK阻害剤処置ラットおよびプラセボ処置ラットの各々から切除した食道組織を4%パラフォルムアルデヒド固定後、パラフィンブロックを作成し、パラフィン切片を作製した。作製した切片をスライドに貼り付けた後、風乾した。ヒストクリア(登録商標)(コスモ・バイオ株式会社)にて脱パラフィン後、100%エタノールにて水和させ、3%過酸化水素水にてブロッキング後、マイクロウェーブにて抗原賦活を行なった。PBSで切片を洗浄した後、3%ヤギ血清中、室温で1時間静置してブロッキングを行った。スライドをPBSで洗浄後、抗pERK抗体(アブカム社)溶液を添加し、4℃で一晩インキュベーションした。その後、PBSで洗浄後、ABC法にてビオチン標識二次抗体(Vector社)をスライドに添加し、室温で60分間インキュベーションした。PBSでスライドを洗浄後、HRP標識アビジン-ビオチン複合体をスライドに添加し、室温で30分間インキュベーションした。その後、PBSでスライドを洗浄後、HRPの基質としてDAB(3,3’‐ジアミノベンジジン四塩酸塩)を用いて発色を行った。免疫染色後のスライドは、共焦点顕微鏡で観察を行った。
【0032】
抗pERK抗体で染色されるリン酸化ERKは、プラセボ処置ラット由来の食道組織内においてその分布が認められたのに対し(図4A)、MEK阻害剤処置ラット由来の食道組織内においては、染色強度の減弱が認められた(図4B)。この結果から、MEK阻害剤処置ラットの食道組織において、MEK阻害剤によりMEKキナーゼ活性が阻害されたことが確認できた。
【0033】
以上の結果から、MEK阻害剤は、円柱上皮からなるバレット食道の長さを短縮し、扁平上皮の再生を促す効果を有することが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明にかかる治療組成物は、バレット食道の粘膜組織を正常な食道の粘膜組織に復帰させ、さらには、食道腺癌への進行を予防する効果を発揮すると考えられる。従って、本発明は、医学分野(特に、がん治療分野)における利用が期待される。

図1
図2
図3
図4