(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024157461
(43)【公開日】2024-11-07
(54)【発明の名称】試験片及び転がり疲れ試験方法
(51)【国際特許分類】
G01M 13/04 20190101AFI20241030BHJP
【FI】
G01M13/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023071849
(22)【出願日】2023-04-25
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087398
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 勝文
(74)【代理人】
【識別番号】100128783
【弁理士】
【氏名又は名称】井出 真
(74)【代理人】
【識別番号】100128473
【弁理士】
【氏名又は名称】須澤 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100160886
【弁理士】
【氏名又は名称】久松 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】和田 恭学
(72)【発明者】
【氏名】藤松 威史
【テーマコード(参考)】
2G024
【Fターム(参考)】
2G024AC01
2G024BA12
2G024FA17
(57)【要約】
【課題】 少量しか得られない鋼材や、熱処理済の鋼材部品から一部分を取り出した鋼材などについて、スラスト型転がり疲れ試験を行おうとすると、スラスト型転がり疲れ試験で要求される所定のサイズを確保することが難しく、スラスト型転がり疲れ試験を行うことができない。
【解決手段】 スラスト型転がり疲れ試験で用いられる試験片は、母材及び小型試験片を有する。母材は切抜部を有する。小型試験片は、切抜部に組み込まれ、スラスト型転がり疲れ試験において転動体の軌道上に位置する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スラスト型転がり疲れ試験で用いられる試験片であって、
切抜部を有する母材と、
前記切抜部に組み込まれ、スラスト型転がり疲れ試験において転動体の軌道上に位置する小型試験片と、を有することを特徴とする試験片。
【請求項2】
前記母材がリング状に形成されており、
前記切抜部は、前記母材の内径側に位置する短辺部と、前記母材の外径側に位置する長辺部と、前記短辺部及び前記長辺部を繋ぐ一対の斜辺部とを備えた台形領域を有し、
前記小型試験片は、前記台形領域の一対の前記斜辺部とそれぞれ接触する一対の斜辺部を有することを特徴とする請求項1に記載の試験片。
【請求項3】
前記切抜部は、前記台形領域の前記短辺部と一体的に形成される矩形領域を有し、
前記小型試験片の一部が前記矩形領域内に位置することを特徴とする請求項2に記載の試験片。
【請求項4】
前記母材の硬さが55[HRC]以上であり、前記小型試験片の硬さが55[HRC]以上であることを特徴とする請求項1に記載の試験片。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1つに記載の試験片を用いてスラスト型転がり疲れ試験を行うことを特徴とする転がり疲れ試験方法。
【請求項6】
前記小型試験片は介在物を含み、
前記介在物の真上に前記転動体の軌道を位置させることを特徴とする請求項5に記載の転がり疲れ試験方法。
【請求項7】
前記小型試験片は、介在物を模擬した粒子を含み、
前記粒子の真上に前記転動体の軌道を位置させることを特徴とする請求項5に記載の転がり疲れ試験方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スラスト型転がり疲れ試験で用いられる試験片と、この試験片を用いてスラスト型転がり疲れ試験を行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
軸受などの鋼材製の部品が、潤滑条件下で繰り返しの疲労を受けながら使用されている際に、鋼に含まれる非金属介在物(以下、「介在物」という)を起点としたはく離が発生するおそれがある。介在物は鋼の精錬・鋳造・凝固の過程で不可避的に生成され、その過程で除去しきれない介在物が、以降の圧延や鍛造などを経た鋼材部品中に含まれる。通常、介在物を起点としたはく離は、鋼材部品の表面ではなく、表面よりもやや内部の位置から発生する。この理由は、軸受の軌道輪と転動体(球、ころ等)が転がり接触するとき、軌道輪よりも鋼材部品の内部に高いせん断応力が生じることによるものである。
【0003】
上述したように、鋼材部品の内部で疲労が進行するため、転がり疲れの直接的な観察は困難である。また、はく離が発生した後に、起点となった介在物がはく離面上で見つかることも稀である。介在物が鋼材部品の寿命を左右することになるが、介在物と寿命との直接的な関係は未だ明らかになっていない。
【0004】
特許文献1には、試験片本体部の表面から所定の深さに単体粒子(Al2О3)が埋め込まれた試験片を用いてスラスト型転がり疲れ試験を行う方法が開示されている。この方法によれば、寿命に関与する介在物の大きさ、形状、組成、母相と介在物との界面の隙間の状況、鋼中の存在位置といった諸情報について予め判明した状態から試験を行うことにより、介在物が鋼材部品の寿命や転がり疲れに与える影響を検証することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の方法では、スラスト型転がり疲れ試験を行うために、所定のサイズを有する試験片を用意しなければならない。ここで、少量しか得られない鋼材や、熱処理済の鋼材部品から一部分を取り出した鋼材などを対象にして、スラスト型転がり疲れ試験を行おうとすると、スラスト型転がり疲れ試験で要求される所定のサイズを確保することが難しく、スラスト型転がり疲れ試験を行うことができない場合があった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願第1の発明は、スラスト型転がり疲れ試験で用いられる試験片であって、母材及び小型試験片を有する。母材は切抜部を有する。小型試験片は、切抜部に組み込まれ、スラスト型転がり疲れ試験において転動体の軌道上に位置する。
【0008】
母材は、リング状に形成することができる。ここで、切抜部には台形領域を設けることができ、台形領域は、母材の内径側に位置する短辺部と、母材の外径側に位置する長辺部と、短辺部及び長辺部を繋ぐ一対の斜辺部とで構成することができる。小型試験片には、台形領域の一対の斜辺部とそれぞれ接触する一対の斜辺部を形成することができる。
【0009】
切抜部には、台形領域に加えて、台形領域の短辺部と一体的に形成される矩形領域を設けることができる。ここで、小型試験片の一部を矩形領域内に位置させることができる。母材の硬さは55[HRC]以上とすることができ、小型試験片の硬さは55[HRC]以上とすることができる。
【0010】
本願第2の発明である転がり疲れ試験方法は、本願第1の発明である試験片を用いてスラスト型転がり疲れ試験を行う。小型試験片が介在物を含む場合には、介在物の真上に転動体の軌道を位置させることができる。また、介在物を模擬した粒子を小型試験片に含ませる場合には、粒子の真上に転動体の軌道を位置させることができる。ここで、介在物や介在物を模擬した粒子の真上に転動体の軌道を位置させる場合としては、介在物や粒子の真上に転動体の軌道の中央を位置させたり、介在物や粒子の真上に対して転動体の軌道の中央をずらして配置したりすることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、スラスト型転がり疲れ試験の試験対象となる鋼材について、転がり疲れ試験で要求される所定のサイズを確保できなくても、母材の切抜部に組み込まれる小型試験片を用意することで、転がり疲れ試験を行うことができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本実施形態である試験片の構成を示す図である。
【
図2】母材に形成された切抜部の形状と位置を説明する図である。
【
図3】母材の切抜部に組み込まれる小型試験片の形状を説明する図である。
【
図4】本実施形態である試験片の作製方法を示すフローチャートである。
【
図5】本実施例である試験片について、スラスト型転がり疲れ試験後におけるはく離部を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(試験片1の構成)
本実施形態である試験片1について、
図1~
図3を用いて説明する。
図1は、試験片1の構成を示す図であり、
図2は、母材10に形成された切抜部12の形状と位置を説明する図であり、
図3は、切抜部12に組み込まれる小型試験片20の形状を説明する図である。
【0014】
試験片1は、スラスト型転がり疲れ試験(以下、単に「転がり疲れ試験」という)で用いられるリング状の試験片であり、母材10及び小型試験片20で構成されている。試験片1は、
図1の紙面と直交する方向において、厚さTを有する。なお、試験片1の形状は、
図1に示す形状に限るものではない。
【0015】
(母材10の構成)
母材10は、径方向の中央部に穴部11を有しており、リング状に形成されている。母材10の外径Rо、内径Ri及び厚さT(
図1の紙面と直交する方向のサイズ)については、転がり疲れ試験の条件に応じて適宜決めることができる。また、母材10は、母材10の一部を切り抜いた切抜部12を有しており、切抜部12には小型試験片20が組み込まれる。母材10の鋼種は適宜選択することができ、例えば、SUJ2鋼を用いることができる。母材10の鋼種は、小型試験片20の鋼種と同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0016】
母材10の硬さ(ロックウェル硬さ)は、転がり疲れ試験で作用する荷重を考慮すると、55[HRC]以上とすることができる。ここで、母材10の硬さが55[HRC]未満であるときには、小型試験片20だけでなく、母材10にも転がり疲れが進行しやすくなり、小型試験片20に着目した評価が行いにくくなる。母材10の硬さは58[HRC]以上であることが好ましく、さらに望ましくは60[HRC]以上である。
【0017】
母材10の硬さを調整する手段としては、例えば、焼入焼戻し処理、あるいは浸炭、窒化、浸炭窒化、高周波焼入れといった各種の表面硬化処理が挙げられる。また、これらの熱処理に先立ち、焼ならし、球状化焼なましといった処理を行うこともできる。硬さの調整手段として時効処理を用いることもできる。その場合に事前に焼ならしや時効析出元素をいったん固溶させておくための溶体化処理を行うこともできる。ここでは、母材10の鋼種に応じて、硬さを調整する手段を適宜選択することができるし、母材10の鋼種によっては、硬さを調整する手段を省略することもできる。
【0018】
切抜部12は、例えば、母材10に対して放電加工を行うことにより形成することができる。より具体的には、母材10の穴部11からワイヤー放電加工を行い、切抜部12を形成することができる。切抜部12には小型試験片20が組み込まれるが、試験片1を用いて転がり疲れ試験を行うときに、転動体の軌道上に小型試験片20が位置している必要がある。このため、転がり疲れ試験における転動体の軌道を考慮して、切抜部12を形成する位置を決める必要がある。切抜部12を形成する位置は、母材10の穴部11を基準として定義することができる。具体的には、
図2に示すように、穴部11から切抜部12までの最短距離Dを規定することにより、切抜部12を形成する位置を決定することができる。
【0019】
切抜部12は、母材10において、小型試験片20を組み込むためのスペースを形成するものである。切抜部12に小型試験片20を組み込むことができればよく、切抜部12は、母材10を貫通した形状(貫通孔)とすることができる。
【0020】
図2に示すように、切抜部12は、台形に沿って形成された台形領域121と、矩形に沿って形成された矩形領域122とを有しており、台形領域121及び矩形領域122は互いに繋がっている。台形領域121は、矩形領域122に対して母材10の外径側に位置しており、言い換えれば、矩形領域122は、台形領域121に対して母材10の内径側に位置している。
【0021】
台形領域121は、幅Wa1を有する短辺部121aと、幅Wa2を有する長辺部121bと、短辺部121a及び長辺部121bを繋ぐ一対の斜辺部121cとで囲まれた領域である。ここで、短辺部121aは、台形領域121及び矩形領域122の境界線(仮想線)上に位置する。また、短辺部121a及び長辺部121bの間隔は長さLaを有しており、各斜辺部121cは長辺部121bに対して角度(鋭角)Aだけ傾斜している。矩形領域122は、幅Wb及び長さLbを有しており、幅Wbは幅Wa1と同じである。
【0022】
なお、切抜部12の外形は、
図1及び
図2に示す外形に限るものではない。すなわち、切抜部12に小型試験片20を組み込むことができればよく、この点を考慮して切抜部12の外形を適宜決めることができる。また、切抜部12のサイズについても適宜決めることができ、小型試験片20のサイズを考慮して、切抜部12のサイズを決めることができる。
【0023】
(小型試験片20の構成)
小型試験片20は、転がり疲れ試験の試験対象となる鋼材で構成される。小型試験片20の鋼種は適宜選択することができ、例えば、SUJ2鋼を用いることができる。小型試験片20の鋼種は、母材10の鋼種と同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0024】
通常、試験対象となる鋼材は、
図1に示す試験片1の形状となるように作製されるが、試験対象となる鋼材によっては、
図1に示す試験片1の形状を確保できないことがある。そこで、本実施形態では、
図1に示す試験片1の形状よりも小さい形状を有する小型試験片20を用いている。なお、試験対象となる鋼材について、
図1に示す試験片1の形状を確保できる場合であっても、小型試験片20を作製することができる。
【0025】
小型試験片20の硬さ(ロックウェル硬さ)は、転がり疲れ試験で作用する荷重を考慮すると、55[HRC]以上とすることができる。小型試験片20の硬さは58[HRC]以上であることが好ましく、さらに望ましくは60[HRC]以上である。小型試験片20の硬さを調整する手段としては、例えば、焼入焼戻し処理、あるいは浸炭、窒化、浸炭窒化、高周波焼入れといった各種の表面硬化処理が挙げられる。また、これらの熱処理に先立ち、焼ならし、球状化焼なましといった処理を行うこともできる。硬さの調整手段として時効処理を用いることもできる。その場合に事前に焼ならしや時効析出元素をいったん固溶させておくための溶体化処理を行うこともできる。ここでは、小型試験片20の鋼種に応じて、硬さを調整する手段を適宜選択することができるし、小型試験片20の鋼種によっては、硬さを調整する手段を省略することもできる。
【0026】
小型試験片20は、母材10の切抜部12に対して位置決めがなされた状態で切抜部12に組み込まれて固定される。試験片1を用いて転がり疲れ試験を行うとき、試験片1の片面(上面)では、所定の軌道に沿って転動体が移動するが、転動体の移動に伴う負荷によって、切抜部12に対して小型試験片20がずれてしまわないように、小型試験片20を固定する必要がある。
【0027】
転がり疲れ試験では、試験片1の片面上で転動体が移動するため、切抜部12に小型試験片20を組み込んだときには、小型試験片20の露出面と、母材10の片面とが同一平面内に位置している必要がある。このため、小型試験片20の厚みを、切抜部12の厚みと略等しくすることができる。
【0028】
図3に示すように、小型試験片20は、台形形状に形成されており、幅Wc1を有する短辺部21と、幅Wc2を有する長辺部22と、短辺部21及び長辺部22を繋ぐ一対の斜辺部23とで構成されている。ここで、短辺部21及び長辺部22の間隔は長さLcを有しており、各斜辺部23は長辺部22に対して角度(鋭角)Bだけ傾斜している。
【0029】
短辺部21の幅Wc1は、切抜部12の幅Wa1,Wb(
図2参照)よりも小さくすることができ、長辺部22の幅Wc2は、切抜部12の幅Wa2(
図2参照)よりも小さくすることができる。また、長さLcは、切抜部12の長さLa(
図2参照)と略等しくすることができ、角度Bは、切抜部12の角度A(
図2参照)と略等しくすることができる。
【0030】
小型試験片20を切抜部12に組み込んだとき、小型試験片20の各斜辺部23は、切抜部12の台形領域121の各斜辺部121cに接触する。また、
図1に示すように、小型試験片20の短辺部21及び長辺部22は、母材10の径方向において、切抜部12から離れている。
【0031】
小型試験片20の各斜辺部23を切抜部12の台形領域121の各斜辺部121cに接触させることにより、母材10の径方向(
図1の上下方向)及び周方向において、小型試験片20の位置が決定される。小型試験片20を切抜部12に接触させて位置を決定させてから固定することにより、転がり疲れ試験中に、小型試験片20が切抜部12に対してずれてしまうことを防止できる。
【0032】
また、切抜部12の台形領域121に斜辺部121cを設けるとともに、小型試験片20に斜辺部23を設けることにより、転がり疲れ試験を行うときの転動体の軌道と、斜辺部23とを略直交させることができる。すなわち、斜辺部23と直交する方向から転動体を小型試験片20に進入させることができ、転動体の移動に伴って、小型試験片20が切抜部12に対してずれてしまうことを抑制できる。
【0033】
本実施形態では、切抜部12において、台形領域121に加えて、矩形領域122を設けている。これにより、小型試験片20を切抜部12に組み込むとき、矩形領域122の隙間を利用して、小型試験片20を台形領域121に密接させることができる。すなわち、切抜部12の台形領域121及び小型試験片20の間に寸法誤差などが発生したとき、小型試験片20の一部を矩形領域122内に変位させながら、小型試験片20の斜辺部23を切抜部12の台形領域121の斜辺部121cに密接させることができる。
【0034】
小型試験片20に介在物が含まれている場合において、この介在物に対して転がり疲れを付与するときには、介在物の位置を考慮して、母材10に対して小型試験片20を組み込む位置を決めることができる。この場合には、転がり疲れ試験における転動体の軌道が介在物の真上に位置するようにする必要がある。転動体の軌道を介在物の真上に位置させる場合としては、介在物の真上に転動体の軌道幅の中央を位置させたり、介在物の真上が軌道幅の中央からずれるように位置させたりすることができる。
【0035】
介在物が含まれている小型試験片20を組み込む位置を決める方法(一例)としては、まず、超音波探傷試験(例えば、周波数が50[MHz]の音波を使用)によって、小型試験片20の内部における介在物の位置を特定する。介在物の位置には、
図3に示す小型試験片20の二次元面内における位置と、小型試験片20の表面からの距離(深さ)とが含まれる。小型試験片20の二次元面内における位置に基づいて、転動体の軌道の位置を決めることができる。また、小型試験片20の表面からの距離(深さ)に基づいて、転がり疲れ試験における高せん断応力深さ域に介在物が配置されるように、試験片1の厚さTを調整することができる。
【0036】
超音波探傷試験によって、小型試験片20の内部における介在物の位置を予め特定しておけば、転がり疲れ試験を行った後に、介在物や介在物の周囲における転がり疲れ挙動(き裂等)を観察することができる。また、介在物からはく離を生じさせるようにすれば、介在物の大きさと小型試験片20の寿命との関係について検証することができる。なお、小型試験片20の寿命の指標としては、例えば、L10寿命を用いることができる。L10寿命とは、複数個の同一サンプル(小型試験片20)について、同一条件ではく離試験を行ったとき、90%のサンプルについて、はく離が発生しないときの寿命[サイクル数]である。一方、転がり疲れ試験の評価において、介在物の大きさ毎の寿命を求めることもできる。
【0037】
一方、特許文献1に記載されているように、介在物を模擬した化合物の単体粒子を小型試験片20の内部に埋め込むこともできる。この場合には、転がり疲れ試験における高せん断応力深さ域に単体粒子が配置されるように単体粒子を埋め込めばよい。単体粒子としては、Al2O3などで形成された球体を用いることができる。また、単体粒子に限られず、複数の粒子を小型試験片20の内部に埋めてもよい。ここで、複数の粒子の各々は、同一組成を有する粒子であってよいし、互いに異なる組成を有する粒子であってもよい。
【0038】
小型試験片20のうち、転がり疲れの試験面側となる4つの角部については、曲率を持たせることができ、例えば、曲率半径Rを0.1~0.5[mm]とすることができる。角部とは、短辺部21及び各斜辺部23の接続部分や、長辺部22及び各斜辺部23の接続部分である。小型試験片20の角部に曲率を持たせることにより、転がり疲れ試験において、角部の張り出し変形を抑制したり、角部の張り出し変形が繰り返されることによる角部の破損を抑制したりすることができる。
【0039】
なお、切抜部12に対して小型試験片20を位置決めすることができればよいため、切抜部12及び小型試験片20の外形は、
図1に示す外形に限るものではない。例えば、小型試験片20の外形を切抜部12の外形と略一致させることができる。
【0040】
(試験片1の作製方法)
試験片1の作製方法について、
図4に示すフローチャートを用いて説明する。
図4は、試験片1の作製方法を示すフローチャートである。
【0041】
ステップS101~S103の工程は、母材10を作製する工程である。ステップS101では、母材10で用いられる鋼種を選択する。ステップS102では、ステップS101で選択した鋼種を有する鋼材の硬さを調整する。具体的には、少なくとも鋼材の硬さが55[HRC]以上となるように鋼材の硬さを調整することができる。ステップS103では、ステップS102で硬さを調整した鋼材を加工することにより、所望の形状を有する母材10を得る。ここで、母材10には切抜部12が形成される。
【0042】
ステップS104~S106の工程は、小型試験片20を作製する工程である。ステップS104では、小型試験片20で用いられる鋼種を選択する。ステップS105では、ステップS104で選択した鋼種を有する鋼材の硬さを調整する。具体的には、鋼材の硬さが55[HRC]以上となるように鋼材の硬さを調整することができる。ステップS106では、ステップS105で硬さを調整した鋼材を加工することにより、所望の形状を有する小型試験片20を得る。
【0043】
ステップS107では、ステップS103で得られた母材10に対して、ステップS106で得られた小型試験片20を組み込む。すなわち、母材10に形成された切抜部12に対して小型試験片20を組み込む。ステップS108では、小型試験片20が組み込まれた母材10において、転がり疲れ試験の試験面を研削する。この研削によって、熱処理(ステップS102,S105の処理)で生成された酸化スケールを除去することができる。研削により、試験片1が得られ、この試験片1を用いて転がり疲れ試験を行うことができる。
【0044】
なお、ステップS104~S106の工程では、硬さが調整された鋼材を加工して小型試験片20を作製しているが、これに限るものではない。例えば、熱処理を行った鋼材から一部分を切り出して小型試験片20を作製したり、実際に用いられる鋼製部品において、任意の位置から一部分を切り出して小型試験片20を作製したりすることができる。ここで、超音波探傷などの方法により、鋼材中に存在する介在物の位置を特定し、この位置を含む領域を切り出して小型試験片20を作製することができる。これにより、介在物が存在する部分について、転がり疲れ試験による評価を行うことができる。
【0045】
本実施形態によれば、転がり疲れ試験の評価対象となる鋼材について、試験片1を用意できなくても、小型試験片20を用意することにより、転がり疲れ試験を行うことができる。
【実施例0046】
(母材10及び小型試験片20の素材)
試験片1の母材10を作製するために、直径φが65[mm]である鋼材(圧延材;SUJ2鋼)を用意した。また、小型試験片20を作製するために、直径φが25[mm]である鋼材(圧延材;SUJ2鋼)を用意した。これらの鋼材に対して、865[℃]で1[h]保持した後に空冷する焼ならしと、800[℃]の最高点加熱温度で保持した後に徐冷を行う球状化焼なましを施した。
【0047】
(母材10の作製)
直径φが65[mm]である鋼材を加工することにより、外径Rоが60[mm]、内径Riが20[mm]、厚さTが6.5[mm]であるリング状の鋼材を作製した。ここで、リング状の鋼材の片面(転がり疲れ試験において転動体が接触する面)に対してはバフ研磨仕上げを行った。
【0048】
次に、リング状の鋼材に対して焼入焼戻しを行うことにより、鋼材の硬さを62[HRC]程度に調整した。ここで、焼入焼戻しでは、835[℃]で0.5[h]保持した後に油冷を行い、次に、170[℃]で1.5[h]保持した後に空冷を行った。焼入焼戻しを行った後、ワイヤー放電加工によって切抜部12を形成し、母材10を作製した。
【0049】
切抜部12は、母材10の穴部11からの最短距離Dが2.0[mm]となる位置に形成した。ここで、転がり疲れ試験における転動体の軌道半径は19.25[mm]であるため、転動体の軌道が小型試験片20を通過するように切抜部12を形成する位置を決めた。なお、最短距離Dは、1.0[mm]以上であればよく、2.0[mm]以上であることが好ましい。
【0050】
切抜部12の台形領域121については、短辺部121aの幅Wa1を17.7[mm]とし、長辺部121bの幅Wa2を21.7[mm]とし、長さLaを11.0[mm]とした。長辺部121bに対する斜辺部121cの角度Aを約80[°]とした。切抜部12の矩形領域122については、幅Wbを17.7[mm]とし、長さLbを2.0[mm]とした。
【0051】
(小型試験片20の作製)
直径φが25[mm]である鋼材を加工することにより、厚さが6.5[mm]であり、台形形状を有する鋼材を作製した。ここで、鋼材の片面(転がり疲れ試験において転動体が接触する面)に対してはバフ研磨仕上げを行った。台形形状を有する鋼材について、短辺部21の幅Wc1を17.0[mm]とし、長辺部22の幅Wc2を21.0[mm]とし、短辺部21及び長辺部22の間隔の長さLcを11.0[mm]とした。
【0052】
次に、台形形状の鋼材に対して焼入焼戻しを行うことにより、鋼材の硬さを62[HRC]程度に調整した。ここで、焼入焼戻しでは、835[℃]で0.5[h]保持した後に油冷を行い、次に、170[℃]で1.5[h]保持した後に空冷を行った。これにより、小型試験片20を得た。
【0053】
(試験片1の作製)
母材10の切抜部12に小型試験片20を組み込んだ後、熱処理時に生成された酸化スケールを平面研削によって除去した。その後、小型試験片20に対してバフ研磨仕上げを行った。なお、後述する転がり疲れ試験において低サイクルで試験を実施する場合には、バフ研磨仕上げを省略することもできる。母材10についても、バフ研磨仕上げを行うことができるが、バフ研磨仕上げを省略できる場合もある。ここで、母材10の表面及び小型試験片20の表面が同一面内に位置するように調整した。これにより、試験片1を得た。
【0054】
(転がり疲れ試験)
試験片1について、転がり疲れ試験を行った。転がり疲れ試験では、上板として、SUJ2製単式スラスト軸受のレース(型番51305)を用い、下板として、試験片1を用いた。上板及び下板の間には6個の転動体を円軌道上に等間隔(60°ピッチ)で配置した。ここで、転動体としては、直径が9.525mmであるSUJ2製の鋼球を用いた。
【0055】
転動体から試験片1に対して5.26[GPa]の最大ヘルツ接触応力が加わるように荷重を付与した。ここで、負荷サイクル速度を1800[サイクル/min]とし、潤滑のためにISO VG10油浴に浸漬させ、常温で転がり疲れ試験を行った。ここでは、潤滑油が汚染された環境を想定して、潤滑中に硬質の異物を混入させた環境において、300サイクル転送した後、小型試験片20の軌道上に異物によって生じさせた圧痕からのはく離を生じさせることを目的に、母材10を裏返して小型試験片20にのみ圧痕を残した後に、潤滑油を入れ替えて異物のない状態にしてから、クリーン環境ではく離まで転送した。異物環境では、異物として、硬さが830[HV]であり、粒径が100~170[μm]である高硬度粉末ハイス粉を用い、異物の混入割合として、潤滑油150[mL]当たり高硬度粉末ハイス粉を0.05[g]だけ混入した。
【0056】
なお、本実施例では、異物環境において転がり疲れ試験を行ったが、転がり疲れ試験の目的によっては、以下に説明するクリーン環境や水素環境のいずれかにおいて、転がり疲れ試験を行うことができる。
【0057】
クリーン環境では、3~8個の転動体(直径が9.525mmであるSUJ2製の鋼球)を使用し、転動体から試験片1に対して4.5~5.3[GPa]の最大ヘルツ接触応力が加わるように荷重を付与する。負荷サイクル速度を1800[サイクル/min]とし、潤滑のためにISO VG68油浴又はISO VG10油浴に浸漬する。転がり疲れ試験は常温で行う。
【0058】
水素環境では、陰極チャージ法において水素を試験片1にチャージする。試験片1に水素をチャージした後に、転がり疲れ試験を行うことができる。
【0059】
陰極チャージ法では、容器に収容された電解液に対して、カソード、アノード及び参照電極が浸漬されている。カソードとしては試験片1が用いられる。カソードに所定の電位を印加すると、電解液の電気分解によって水素が発生し、カソードを水素に暴露することができ、カソードである試験片1の内部に水素をチャージすることができる。陰極チャージ法の条件としては、例えば、下記表1のように設定することができる。
【0060】
【0061】
上述方法による異物環境の転がり疲れ試験を行ったところ、
図5に示すように、小型試験片20の軌道輪上ではく離を確認した。転がり疲れの評価対象となる鋼材が試験片1のサイズを満たしていないとき、評価対象となる小型試験片20を母材10の切抜部12に組み込むことにより、小型試験片20の転がり疲れを評価することができた。