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特開2024-157687セラミックス摺動部材、およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024157687
(43)【公開日】2024-11-08
(54)【発明の名称】セラミックス摺動部材、およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/117 20060101AFI20241031BHJP
   F16C 33/24 20060101ALI20241031BHJP
【FI】
C04B35/117
F16C33/24 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023072185
(22)【出願日】2023-04-26
(71)【出願人】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100096091
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 誠一
(72)【発明者】
【氏名】鴛海 太郎
(72)【発明者】
【氏名】竹内 明史
(72)【発明者】
【氏名】能川 玄也
(72)【発明者】
【氏名】長田 俊郎
(72)【発明者】
【氏名】後藤 真宏
(72)【発明者】
【氏名】原 徹
【テーマコード(参考)】
3J011
【Fターム(参考)】
3J011AA08
3J011AA20
3J011DA01
3J011DA02
3J011JA01
3J011MA01
3J011QA11
3J011SB20
3J011SD04
3J011SE04
(57)【要約】
【課題】高い機械強度を確保することができるとともに、高温での摩擦係数を低減することが可能なセラミックス摺動部材等を提供する。
【解決手段】セラミックス摺動部材は、Alを含むセラミックス母材と、前記母材中に分散している酸化活性な非酸化物を含む。酸化活性な非酸化物は、酸素と接触することにより、その酸素と酸化反応を生じて酸化物を形成する能力を有する。酸化物は潤滑剤として機能するため、PB比が1.0以上であることが望ましいが、PB比が2.0を超えるものがより望ましい。特に、金属イオンがNbやTaであるNbC、NbN、TaC、TaNのようにPB比が2.5以上のものがより好ましく、さらには金属イオンがVであるVCやVNなどのようなPB比が3.0以上の値を示すものが特に好ましい。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Alを含むセラミックス母材と、前記母材中に分散している酸化活性な非酸化物と、を含み、
前記非酸化物の下記(1)で表されるPB比が1.0以上であることを特徴とするセラミックス摺動部材。
PB比=金属イオン1個あたりの酸化物の体積/金属原子1個あたりの体積・・・(1)
【請求項2】
前記非酸化物は、V系非酸化物であることを特徴とする請求項1に記載のセラミックス摺動部材。
【請求項3】
請求項1に記載のセラミックス摺動部材の製造方法であって、
Alを含む粉末を有するセラミックス母材粉末と、酸化活性な非酸化物の粉末と、を混合したものを非酸化性雰囲気中で焼結して焼結体を得る工程と、
前記焼結体を所定の形状に加工して加工体を得る工程と、
を有することを特徴とするセラミックス摺動部材の製造方法。
【請求項4】
前記非酸化物は、V系非酸化物であることを特徴とする請求項3に記載のセラミックス摺動部材の製造方法。
【請求項5】
前記加工体を大気雰囲気中500℃~800℃で熱処理する工程を、さらに有することを特徴とする請求項3または請求項4に記載のセラミックス摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セラミックス摺動部材、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セラミックス材は、耐熱性、耐高温強度、耐食性、高温硬度が優れていることから、ガスタービンなどの高温環境下での軸受などの摺動部材として使用されている。また金属製の軸受部材に比べて軽量であり、駆動させるのに必要なエネルギーが少ないことから、環境負荷を小さくすることも大いに期待されている。
【0003】
例えば特許文献1では、アルミナを主成分とするマトリックス中に、0.5体積%~20.0体積%の立方晶ZrOを、凝集粒子サイズを10μm以下で分散させて機械強度を向上した、セラミックス転がり軸受材料について開示している。
【0004】
一方、セラミックスを母材とする部材の強度は、マトリックス表層の欠陥に非常に敏感であり、製品のロバスト性向上のためには、製造工程中に発生する部品の表層欠陥をできる限り低減することが求められる。これに対し、いわゆる酸化誘起型の自己治癒セラミックスが提案されている。酸化誘起型自己治癒セラミックスは、セラミックス母相に分散していて、高温大気中での酸化に対して高活性な非酸化物が、母材上に生じたき裂発生を引き金として、その外部に存在する大気中の酸素により高温酸化し、それにより生成した酸化物がき裂を自律的に充填及び接合して強度を完全に回復する機能、いわゆる「自己治癒機能」を有している。そのため、酸化誘起型自己治癒セラミックスは、高い性能と高度な安全性が要求される次世代の高温構造部材への適用が大いに期待されている。特許文献2では、酸化アルミニウムを母材に含むセラミックスに、酸化活性な非酸化物と、治癒促進剤、例えば、酸化マグネシウムもしくは酸化マンガンとを含ませることで、その自己治癒過程での強度回復に必要な速度を高速化させ、また、き裂治癒に必要な温度を低下させ、高機能化が実現する、酸化誘起型自己治癒セラミックについて開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000-319064号公報
【特許文献2】特許6436513号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、このような自己治癒型セラミックスは、高温で使用されるさまざまな用途に適用可能であるとはいわれているが、実際には、これまでほとんど摺動部材としては適用されてこなかった。通常、摺動部材は潤滑が必要となるが、一般的に500℃以上の大気雰囲気下で使用する場合には、高分子系の潤滑油は揮発してしまい、グラファイトなどの固体潤滑剤では酸化によって潤滑機能自体が損なわれてしまうことから、オイレス環境下での摺動を強いられることが多い。これにより、相対的に摩擦係数は大きくなりやすく、発生する摩擦熱の増大による部材の高温化は、更なる摺動部材表層の摩耗(かじりや脱粒)を進行させ、結果、短命化しやすい課題がある。
【0007】
本発明は、前述の課題を解決するため、高い機械強度を確保することができるとともに、高温での摩擦係数を低減することが可能なセラミックス摺動部材等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のセラミックス摺動部材は、Alを含むセラミックス母材と、前記母材中に分散している酸化活性な非酸化物とを含み、前記非酸化物の下記(1)で表されるPB比が1.0以上である。
PB比=金属イオン1個あたりの酸化物の体積/金属原子1個あたりの体積・・・(1)
また、前記非酸化物は、V系非酸化物であることが好ましい。
【0009】
さらに、本発明のセラミックス摺動部材の製造方法は、Alを含むセラミックス母材粉末と、酸化活性な非酸化物の粉末とを混合したものを非酸化性雰囲気中で焼結して焼結体を得る工程と、前記焼結体を所定の形状に加工して加工体を得る工程と、を有する。
また、前記非酸化物は、V系非酸化物であることが好ましい。
また、前記加工体を大気雰囲気中500℃~800℃で熱処理する工程を、さらに有することが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、高い機械強度を確保することができるとともに、高温での摩擦係数を低減することが可能なセラミックス摺動部材等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】Al/10.0vol%VC材の三点曲げ強度
図2】Al/10.0vol%VC材の治癒部SEM-EDX像およびTEM像
図3】Al材(比較例)とAl/10.0vol%VC材(実施例1)のピンオンディスク試験における温度と摩擦係数の関係
図4】Al/10.0vol%VC材(実施例1)の高温その場粉末XRD
図5】Al/10.0vol%VC材(実施例1)の高温その場観察
図6】700℃×10分の熱処理後の部材表面の光学顕微鏡像
図7】500℃環境下におけるAl/10.0vol%VC材の摺動速度と摩擦係数の関係(ストライベック曲線)
図8】700℃環境下におけるAl/10.0vol%VC材の摺動速度と摩擦係数の関係(ストライベック曲線)
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態についての説明を行う。
【0013】
本発明のセラミックス摺動部材は、Alを含むセラミックス母材と、前記母材中に分散している酸化活性な非酸化物とを含み、前記非酸化物のPB比が1.0以上である。
また、前記非酸化物は、V系非酸化物であることが好ましい。
【0014】
さらに、本発明のセラミックス摺動部材の製造方法は、Alを含むセラミックス母材粉末と、酸化活性な非酸化物の粉末と、を混合したものを非酸化性雰囲気中で焼結して焼結体を得る工程と、前記焼結体を所定の形状に加工して加工体を得る工程と、を有する。
また、前記非酸化物は、V系非酸化物であることが好ましい。
また、前記加工体を大気雰囲気中500℃~800℃で熱処理する工程を、さらに有することが好ましい。
【0015】
次に、本発明に係る構成について、詳細に説明する。
本発明のセラミックス摺動部材は、自己治癒(自己修復)材料である。自己治癒のメカニズムとして、セラミックス母材に発生したき裂に対し、母材内部に分散された酸化活性な非酸化物が、高温環境下で大気中の酸素と反応して酸化物が生成されき裂に充填されることで強度回復するものである。例えば、非酸化物がバナジウム(V)系の化合物である場合には、高温環境下でバナジウム系の非酸化物が酸化して酸化バナジウム主成分系のガラスとなり、き裂部に充填され、強度回復するものである。また、高温環境下において部材同士が摺動する部材に適用される。つまり、500℃以上の高温環境下で使用可能なセラミックス摺動部材である。例えば、摺動部材としては、500℃以上で使用される軸受け(ベアリング)や、鋳造用中子、ブレーキ材などに適用可能である。
【0016】
[セラミックス母材]
セラミックス母材は、高温に耐えられるものが良く、アルミナ(Al)、サイアロン(SiAlON)、ジルコニア(ZrO)等が挙げられる。母材内部に分散する非酸化物の不要な酸化を防ぐためには、酸素透過能の低いAlを含むことが好ましく、特にアルミナが好ましい。
【0017】
[非酸化物]
酸化活性な非酸化物は、酸素と接触することにより、その酸素と酸化反応を生じて酸化物を形成する能力を有する。この時、前述したセラミックス母材と複合化して、ガラスなどの化合物を形成しても良い。前記非酸化物としては、窒化物、炭化物、炭窒化物が挙げられる。また、形成された酸化物は潤滑剤として機能するため、前記非酸化物は、下記の式(1)に示すPilling-Bedworth ratio(PB比)が1.0以上であることが望ましいが、PB比が2.0を超えるものがより望ましい。特に、金属イオンがNb(PB比:2.68)やTa(PB比:2.50)であるNbC(炭化ニオブ)、NbN(窒化ニオブ)、TaC(炭化タンタル)、TaN(窒化タンタル)のようにPB比が2.5以上のものがより好ましく、さらには金属イオンがV(PB比:3.19)であるVC(炭化バナジウム)やVN(窒化バナジウム)など(V系非酸化物と称する)のようなPB比が3.0以上の値を示すものが特に好ましい。PB比が大きいと、酸化に伴う体積増加が大きくなるため、高温時に摩擦低減効果を発揮する酸化物による摺動層をより確実に形成することができる。また、使用温度域より低温側にガラス転移温度を迎える材料であることが好ましく、また結晶化したとしても、固体潤滑剤として潤滑状態の妨げとならない層状構造物質をとるような酸化物であることが好ましい。
PB比=金属イオン1個あたりの酸化物の体積/金属原子1個あたりの体積・・・(1)
(=金属酸化物のモル体積/金属のモル体積)
【0018】
[組成比]
VCやVN、NbC、NbN、TaC、TaNなどのPB比が1.0よりも高い非酸化物は、添加量が増加するにしたがって潤滑性能を有する酸化物の析出が増える。そのためセラミックス母材中には酸化活性な非酸化物が、1.0vol%以上含まれていることが好ましく、特に3.0vol%以上であることが好ましい。一方で、添加量が多くなりすぎると、母材表層の面粗度の悪化ならびに寸法変化による部材の機能不全を引き起こす恐れがある。このため、非酸化物の添加量は20.0vol%以下であることが好ましく、さらに10.0vol%以下であることが好ましい。
【0019】
次に、セラミックス摺動部材の製造方法について説明する。
セラミックス摺動部材の製造方法は、Alを含む化合物粉末と、酸化活性な非酸化物の粉末、例えばVを含む化合物粉末と、を混合したものを非酸化性雰囲気中で焼結して焼結体を得る工程と、前記焼結体を所定の形状に加工して目的の加工体を得る工程と、を有する。
【0020】
まず、Alを含む化合物粉末と、酸化活性な非酸化物の粉末と、を混合したものを非酸化性雰囲気中で焼結して焼結体を得る工程について説明する。なお、以下の説明では、非酸化物の粉末として、Vを含む化合物粉末を用いる例を示すが、他の金属も同様である。
Alを含む粉末は、焼結体においてセラミックス母材となる素原料であり、例えばアルミナを用いることができ、非酸化物との分散性や成型時の緻密化などを考慮した粉末物性であればよい。同様に、Vを含む化合物粉末は非酸化物である素原料である。なお、摺動面の摩擦係数低減効果と強度との両立のためには、例えば非酸化物の粉末は、JISZ8825:2013「粒子径解析―レーザー回折・散乱法」に準じた測定にて得られた母材粒子の平均粒径の10.0倍未満であることが望ましい。非酸化性雰囲気中での焼結では、例えばアルゴンや窒素の雰囲気で焼結することができ、特にアルゴン雰囲気であることが好ましい。酸素接触時の反応性を高めるため、混合時は均一な分散状態とすることが好ましい。これにはボールミルなどのメディアを用いた粉砕混合を用いることが好ましい。湿式での混合であるならば、その後の乾燥工程では、焼結時には高い密度を得るために、乾燥後の粉砕粒度や形状を考慮した手法が好ましい。また焼結においては、高い密度を得るためにホットプレスなどの圧力等を加えた焼結としても良い。
【0021】
次に、焼結体を所定の形状に加工して、摺動部材などの加工体を得る。所定の形状に加工する加工方法は特に制限はないが、研削機などによる高速加工であることが好ましい。
【0022】
続いて、加工した加工体を酸化性雰囲気中で熱処理する工程を有してもよい。この熱処理により、セラミックス摺動部材として使用した際の摺動特性をより向上させることができる。熱処理雰囲気として、V系非酸化物が層状のVへ酸化する条件下で行われることが好ましく、酸素分圧としては1.0×10-4Pa以上が好ましく、更には大気雰囲気である1.0×10Pa以上が好ましい。摺動部材の摺動面に対して酸素が接触するように配置することで、摺動面への不純物の混入を避けるとともに、表面欠陥に酸素が供給されやすくなるため好ましい。熱処理温度は500℃以上1300℃以下の範囲で行うことができ、V系非酸化物の添加系であれば、大気雰囲気500℃以上800℃以下とすることが好ましく、特に700℃~750℃が好ましい。高温保持時間は熱処理温度の程度によって決めることが好ましく、例えば大気雰囲気700℃で熱処理する場合、高温保持時間は1分から1時間の範囲で行うことができる。
【0023】
本発明のセラミックス摺動部材における摩擦係数低減(潤滑特性向上)のメカニズムを説明する。例えばV系非酸化物を加熱していくと、約500℃の温度においてVOの酸化物が生じ始め、500℃を超えると、層状構造を有するVの結晶となる。このような層状構造は、層状構造間での滑り等による固体潤滑の効果によって、摩擦係数低減効果が生じる。さらに加熱すると、約700℃以上では、Vが溶融化する。すなわち、摺動面を溶融Vで均一に覆うことができるため、流体潤滑として機能させることができる。そして、Vの気化温度(1750℃)以下である1300℃以下の通常の使用温度であれば問題なく使用できる。
【0024】
このように、V系非酸化物を用いた場合には、理論上、層状構造物質のVを潤滑剤として用いており、融点を迎えている場合(大気雰囲気下おおよそ700℃以上)では流体潤滑として振る舞い、融点を迎えていない場合(大気雰囲気下おおよそ700℃未満)では層状構造物質としての固体潤滑剤の振る舞いを見せることが期待される。これにより温度サイクルの激しい環境下においても潤滑特性を向上させる方向に寄与することが期待される。また、事前にVの層状結晶化以上の温度、さらにはVの溶融温度以上の温度に熱処理することで、あらかじめ摺動面に潤滑層を形成することができるため、高い潤滑特性を発揮することができる。すなわち、摺動部材の表層に非酸化物が酸化した酸化物(層状構造体である結晶であることがより望ましい)が形成されていることが望ましい。
【0025】
この際、非酸化物のPB比が1.0未満であると、非酸化物の分散状態から酸化物が生成した際に、体積減少が生じるため、摺動面に均一に潤滑層が形成することが困難である。しかし、PB比が1.0以上であれば、少なくとも非酸化物の分散状態と同程度の酸化物による潤滑層を形成することができ、さらにPB比が高くなると、より確実に摺動面の全体を潤滑層で覆うことが可能となる。例えば、PB比が2.5以上さらには3.0以上となると、摺動面の多くを潤滑層で覆うことができるとともに、潤滑層の厚みを厚くすることができるため、より効果的である。
【0026】
なお、V系以外の非酸化物においても、層状酸化物の生成温度範囲及び酸化物の溶融温度範囲において同様の効果を発揮することができる。このため、使用温度範囲に適した非酸化物であってPB比の高いものを選択することが望ましい。
【実施例0027】
Al材を比較例、Al/10.0vol%VC材(VのPB比:3.19)を実施例1として、三点曲げ強度試験による自己治癒特性の確認、高温摩擦磨耗試験による自己潤滑特性の確認を行った。但し、自己治癒特性の確認にはAl/10.0vol%VC材のみを供した。
【0028】
[三点曲げ強度試験による自己治癒特性の確認]
まず、素原料をAlが90.0vol%、VCが10.0vol%となるように秤量した。素原料として、アルミナ(Al)粉末は住友化学工業製のAKP-20、炭化バナジウム(VC)粉末は日本新金属製を使用した。秤量後にこれらの粉末を、アルミナ製ボールとミルポッドを用いて、混合溶媒として2-プロパノールを用い、24時間湿式混合した。混合泥漿は、送風環境下にて200℃最低2時間以上の乾燥を行い、得られた乾燥粉末は所定の条件下(雰囲気:Arガス、保持温度:1600℃、負荷圧力:40MPa、保持時間:1時間、昇温速度:10℃/min、降温速度:5℃/min)でホットプレス焼結し、40mm×40mm×t5mm程度で、アルミナ母材中にVCが10.0vol%含まれた焼結体を作製した。得られた焼結体を、JIS規格R1601「ファインセラミックスの室温曲げ強度試験」に準拠して、研削・研磨仕上げを施した3mm×4mm×40mmの曲げ試験片を得た。
【0029】
試験片は3種に分類して準備した[As材(基材)、Damage材(予き裂材)、Heal材(自己治癒熱処理材)]。Damage材およびHeal材には、フューチャーテック製微小硬さ試験機によるビッカース痕(試験荷重:2kgf、保持時間:10sec)を導入し、Heal材には、マッフル炉を用い、昇温速度10℃/minにて大気雰囲気下700℃10分の自己治癒熱処理を行った。
尚、治癒後のビッカース痕のSEM-EDX観察にはJEOL FE-SEM 7001-F、治癒部のTEM観察にはJEOL
ARM-200Fを用いた。
【0030】
図1にAl/10.0vol%VC材(実施例1)の三点曲げ強度を示す。図中「As」は、基材の強度であり、「Damage」は、予き裂材の強度であり、「Heal」は自己治癒熱処理材の強度であり、いずれもn=4の平均値である。As材強度は700MPa程度、Damage材強度は200MPa程度、Heal材強度は240MPa程度であった。V系非酸化物により形成された酸化物は潤滑剤の役割も担っており、大気雰囲気下700℃10分の自己治癒熱処理による強度回復は、摺動面を強固に固着させてしまうことなく、表層欠陥をほどよく(40MPa程度)回復してくれると期待できる。これより強度回復と自己潤滑の併用が可能であることが推察された。
【0031】
図2にAl/10.0vol%VC材(実施例1)の治癒部のSEM-EDX像(加速電圧:15kV)およびTEM像(加速電圧:200kV)を示す。SEM-EDX観察より、ビッカース痕1によって導入されたき裂部2にはV系化合物が充填されていることが確認できた。また、TEM像において、治癒部3と基材の回折スポットからも、基材からAlの[0 1 2]、治癒部3からは強いVの[1 1 2]の回折スポット(周囲相の回折斑も含む)が確認され、治癒部3は結晶化していることがわかった。以上よりAl/10.0vol%VC材の治癒成分はV結晶であることが明らかとなった。
【0032】
[高温摩擦磨耗試験による潤滑効果の確認]
三点曲げ試験用の供試材(実施例1)と同様にして、焼結体を得た。焼結体よりφ20×11mmtのピン形状およびφ50mm×5mmtのディスク形状を研削および研磨加工によって得た。小坂研究所製SurfCorder SE800によりディスクの3箇所の表面粗さを計測した結果、算術平均粗さRa=0.20±0.01μmであり、準鏡面状態であることを確認した。得られたピンおよびディスクはブルカー社製
多機能試験機 UMT TriboLabにてピンオンディスク試験(荷重:5N、摺動速度:5.24mm/sec、温度:100℃~800℃)を実施した。尚、摩擦係数は試験時間60秒間のうち15~45秒の30秒間の摩擦係数の平均値を採用した。比較例のAl材においても同様の試験を実施した。
Al/10.0vol%VC材の高温その場粉末XRDにはリガク社製 SmartLabを用い、加熱温度:750℃、保持時間:10min、昇温速度:10℃/min、降温速度:20℃/min、2θ:10°~80°の条件のもと連続XRD測定を実施した。Al/10.0vol%VC材の高温その場観察には、Linkam社製 高温加熱ステージとOLYMPUS社製 光学顕微鏡
SZX12を用い加熱温度:1000℃、保持時間:10min、昇温速度:10℃/min、降温速度:30℃/minのもと連続で光学顕微鏡観察を実施した。
【0033】
図3にAl材(比較例)とAl/10.0vol%VC材(実施例1)のピンオンディスク試験における温度と摩擦係数の関係を示す。Al材(比較例)ではいずれの温度においても摩擦係数0.6前後を示したが、Al/10.0vol%VC材(実施例1)では500℃付近より摩擦係数の低下が確認され、700℃~750℃付近では最も低い摩擦係数0.2を示した。
【0034】
図4にAl/10.0vol%VC材(実施例1)の高温その場粉末XRDを示す。図4は、下方から上方に向かって、室温→750℃昇温→400℃降温のXRD結果である。昇温開始時はAlおよびVCの回折ピークが確認されていたが、昇温480℃~600℃付近ではVOの回折ピーク、昇温530℃~730℃付近ではVの回折ピークが現れた。尚、750℃にて保持している最中にはVのピークは消失していた。以上より、480℃付近からVCのVOへの酸化、530℃付近からVOのVへの酸化反応が起きており、そして750℃ではVは融点を迎え、溶融していることが推定される。尚、図3の結果と照らし合わせることで、500℃付近における固相のVOのおよびVの析出が摩擦係数を0.6から0.4以下に低減、700℃過ぎにおけるVの溶融が摩擦係数を0.2以下に低減していることが明確となった。すなわち、高温にて優れた自己潤滑特性を発揮することが可能である。
【0035】
図5にAl/10.0vol%VC材(実施例1)の高温その場観察を示す。図5は下方から上方に向かって、室温→750℃昇温→610℃降温のその場観察結果である。昇温開始時はAl基材中に添加VC由来の輝度の高い斑点模様が確認できたが、昇温500℃付近からは輝度の高い斑点模様は消え、昇温600℃付近からは輝度の低い斑模様が現れた。昇温700℃を過ぎてからは表層に液状の物質が析出する挙動が確認され、それら液状物質は降温610℃付近にてたちまち固化する挙動が確認された。上記の表面酸化挙動は図3と照らし合わせることで、500℃付近でのVCからVOへの初期酸化、600℃付近での固相Vの析出律速、700℃過ぎからはVが溶融していることが推定される。本結果も高温その場粉末XRDの結果と同様に、図4の結果と照らし合わせることで、500℃付近における固相のVOのおよびVの析出が摩擦係数を0.6から0.4以下に低減、700℃過ぎにおけるVの溶融が摩擦係数を0.2以下に低減していることが明確となった。すなわち、高温にて優れた自己潤滑特性を発揮することが可能である。
【0036】
[熱処理が自己潤滑特性に及ぼす影響の確認]
Al/10.0vol%VC材にて、大気雰囲気700℃の熱処理を実施した場合(実施例2)と実施していない場合(実施例1)について評価した。図6は、700℃×10分の熱処理後の部材表面の光学顕微鏡像である。熱処理後では、表層に茶褐色系の層状の析出物(右拡大図の矢印部)によって班目模様の組織が形成されていた。茶褐色系析出物はSEM-EDX観察よりV系非酸化物により形成された酸化物であることが推定され、図4および図5に示す結果と合わせると、Vであると考えられる。なお、冷却後においてもVOではなく確実にVを安定して形成させるためには、熱処理後の冷却速度は20℃以上とすることが望ましい。
【0037】
また、Al/10.0vol%VC材にて、大気雰囲気700℃の熱処理を実施した場合(実施例2)と実施していない場合(実施例1)のピンオンディスク試験(荷重:5N、摺動速度:0.0~52.4mm/sec、温度:500℃、700℃)の結果を比較した。500℃および700℃環境下におけるAl/10.0vol%VC材の摺動速度と摩擦係数の関係をそれぞれ図7および図8に示す。図7図8のAは、700℃×10分の熱処理を行った結果(実施例2)であり、Bは、熱処理を行わなかった結果(実施例1)である。図7に示す試験温度500℃時の平均摩擦係数は、熱処理を施した場合(実施例2)は0.34、熱処理を施さなかった場合(実施例1)は0.54となった。図8に示す試験温度700℃時の平均摩擦係数は、熱処理を施した場合は0.16、熱処理を施さなかった場合は0.22となった。
【0038】
このように、部材への大気雰囲気700℃の熱処理を施すことで、使用時の摩擦係数が低減し、摺動特性が大幅に改善されることが明らかとなった。特に、500℃~700℃での使用に対しては、事前に熱処理によって表面に層状のVを形成しておくことで(VOよりも多くのVを形成しておくことで)、より高い効果を得ることができる。これは熱処理時に、部材周囲に十分な潤滑膜を形成するだけのV系非酸化物により形成された酸化物が析出したことが要因と推定されるなお、700℃以上での使用に対しては、熱処理を行わなくても、使用中における層状のVの形成によって、同様の効果を得ることができるが、事前に熱処理を行っておくことで、使用初期から安定した摩擦係数を得ることができる。
【0039】
以上より、Al/10.0vol%VC材は、大気雰囲気下700℃、10分の熱処理にて約40MPaの強度回復を示し、また、500℃以上にて析出するバナジウム系酸化物(VO、V)による摩擦係数の低減(最低0.2)を確認した。つまり、VCの高温酸化によって、強度回復による機械強度の向上(強度劣化の抑制)、および摩擦係数の低減(高摺動性)が確認され、軸受などの摺動部材適用時に自己治癒特性および自己潤滑特性の両方を実現することが確認された。
【符号の説明】
【0040】
1・・・ビッカース痕
2・・・導入したき裂部
3・・・治癒部
4・・・Alの回折スポット取得場所
5・・・治癒部の回折スポット取得場所
6・・・VC
7・・・液状析出物
8・・・固化した液状析出物
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8