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特開2024-157902応力補正用ガラス、強化ガラスの応力測定方法、強化ガラスの応力測定装置、強化ガラスの応力測定システム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024157902
(43)【公開日】2024-11-08
(54)【発明の名称】応力補正用ガラス、強化ガラスの応力測定方法、強化ガラスの応力測定装置、強化ガラスの応力測定システム
(51)【国際特許分類】
   G01L 25/00 20060101AFI20241031BHJP
   G01L 1/24 20060101ALI20241031BHJP
【FI】
G01L25/00 Z
G01L1/24 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023072560
(22)【出願日】2023-04-26
(71)【出願人】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】尾関 正雄
(72)【発明者】
【氏名】藤原 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】大神 聡司
(57)【要約】
【課題】比較的厚い強化ガラスの応力を測定する応力測定装置の校正に使用可能な応力補正用ガラスを提供すること。
【解決手段】本応力補正用ガラスは、強化ガラスの応力を測定する応力測定装置の校正に使用する応力補正用ガラスであって、応力値がゼロとなる深さDOCは、150μm以上であり、板厚中心の引張応力CTは、深さ800μmの応力値の0.8倍以上1.2倍以下である。
【選択図】図19
【特許請求の範囲】
【請求項1】
強化ガラスの応力を測定する応力測定装置の校正に使用する応力補正用ガラスであって、
応力値がゼロとなる深さDOCは、150μm以上であり、
板厚中心の引張応力CTは、深さ800μmの応力値の0.8倍以上1.2倍以下である、応力補正用ガラス。
【請求項2】
引張領域での応力値の変化が深さ800μmの応力値に対して0.8倍以上1.2倍以下である領域が深さ方向に1mm以上ある、請求項1に記載の応力補正用ガラス。
【請求項3】
少なくともイオン交換されている、請求項1又は2に記載の応力補正用ガラス。
【請求項4】
板厚が2mm以上である、請求項1又は2に記載の応力補正用ガラス。
【請求項5】
前記DOCが600μm以下である、請求項1又は2に記載の応力補正用ガラス。
【請求項6】
前記CTは、応力補正用ガラスの板厚をt[μm]としたときに、
CT≦CTlimit=(-32.0)×ln(t/1000)+97.7[MPa]
を満たす、請求項1又は2に記載の応力補正用ガラス。
【請求項7】
最表層の応力値が100MPa以上である、請求項1又は2に記載の応力補正用ガラス。
【請求項8】
応力測定可能な最大深さが600μm以上1500μm以下である第1の応力測定装置で、請求項1又は2に記載の応力補正用ガラスの値付けをした後、
応力評価可能な最大深さが2000μm以上4000μm以下である第2の応力測定装置を、値付けをした前記応力補正用ガラスを用いて校正し、
校正後の前記第2の応力測定装置で強化ガラスの応力を測定する、強化ガラスの応力測定方法。
【請求項9】
請求項1又は2に記載の応力補正用ガラスを用いて校正した応力の補正値が格納された、強化ガラスの応力測定装置。
【請求項10】
レーザ光の偏光位相差と散乱光を利用した光弾性応力測定の原理を用いて応力を測定する、請求項9に記載の強化ガラスの応力測定装置。
【請求項11】
前記偏光位相差を、前記レーザ光の波長に対して1波長以上可変する偏光位相差可変部材と、
前記偏光位相差を可変されたレーザ光が強化ガラスに入射されたことにより発する散乱光を、所定の時間間隔で複数回撮像し、複数の画像を取得する撮像素子と、
前記複数の画像を用いて前記散乱光の周期的な輝度変化を測定し、前記輝度変化の位相変化を算出し、前記位相変化に基づき前記強化ガラスの表面からの深さ方向の応力分布を算出する演算部と、を有する、請求項10に記載の強化ガラスの応力測定装置。
【請求項12】
強化ガラスの応力を測定する応力測定装置と、
前記応力測定装置の校正に使用する請求項1又は2に記載の応力補正用ガラスと、を含む、強化ガラスの応力測定システム。
【請求項13】
前記応力測定装置は、レーザ光の偏光位相差と散乱光を利用した光弾性応力測定の原理を用いて応力を測定する、請求項12に記載の強化ガラスの応力測定システム。
【請求項14】
前記応力測定装置は、
前記偏光位相差を、前記レーザ光の波長に対して1波長以上可変する偏光位相差可変部材と、
前記偏光位相差を可変されたレーザ光が強化ガラスに入射されたことにより発する散乱光を、所定の時間間隔で複数回撮像し、複数の画像を取得する撮像素子と、
前記複数の画像を用いて前記散乱光の周期的な輝度変化を測定し、前記輝度変化の位相変化を算出し、前記位相変化に基づき前記強化ガラスの表面からの深さ方向の応力分布を算出する演算部と、を有する、請求項13に記載の強化ガラスの応力測定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、応力補正用ガラス、強化ガラスの応力測定方法、強化ガラスの応力測定装置、強化ガラスの応力測定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
測定対象物の応力を非破壊で測定する様々な応力測定装置が知られている。一例として表裏関係にある第1の主面と第2の主面とを有する板状の透明物品の応力を測定する透明物品の応力測定装置であって、前記透明物品を、前記第2の主面の少なくとも一部に光透過性を有する固体状または液体状の媒質を接触させた状態で支持可能とする支持部と、前記第1の主面側から前記透明物品の測定対象部位に測定光を入射させる光源部と、前記透明物品内を伝播した後に射出された前記測定光を受光する受光部と、前記受光部において受光した前記測定光に基づいて前記透明物品の応力を測定する演算部とを備える、透明物品の応力測定装置が挙げられる(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
他の例として、レーザ光の偏光位相差を、前記レーザ光の波長に対して1波長以上可変する偏光位相差可変部材と、前記偏光位相差を可変されたレーザ光が強化ガラスに入射されたことにより発する散乱光を、所定の時間間隔で複数回撮像し、複数の画像を取得する撮像素子と、前記複数の画像を用いて前記散乱光の周期的な輝度変化を測定し、前記輝度変化の位相変化を算出し、前記位相変化に基づき前記強化ガラスの表面からの深さ方向の応力分布を算出する演算部と、を有する、透明物品の応力測定装置が挙げられる(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2016-24002号公報
【特許文献2】国際公開第2018/056121号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来、特許文献1及び2に記載のように、厚さが1mm以下程度の比較的薄い物を測定対象物とする応力測定装置が多かった。しかし、近年、比較的厚さの厚い測定対象物の応力測定に対するニーズがある。例えば、厚さが3mm以上程度の比較的厚い強化ガラスの応力の測定に対するニーズがある。
【0006】
ところで、応力測定装置で強化ガラスの応力を測定する際には、測定精度を向上するために校正を行うことが一般的である。しかし、比較的薄い強化ガラスを測定する応力測定装置の校正に使用する応力補正用ガラスが、比較的厚い強化ガラスを測定する応力測定装置の校正にそのまま使用できるとは限らない。
【0007】
本発明は、上記の点に鑑みてなされたものであり、比較的厚い強化ガラスの応力を測定する応力測定装置の校正に使用可能な応力補正用ガラスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本応力補正用ガラスは、強化ガラスの応力を測定する応力測定装置の校正に使用する応力補正用ガラスであって、応力値がゼロとなる深さDOCは、150μm以上であり、板厚中心の引張応力CTは、深さ800μmの応力値の0.8倍以上1.2倍以下である。
【発明の効果】
【0009】
開示の技術によれば、比較的厚い強化ガラスの応力を測定する応力測定装置の校正に使用可能な応力補正用ガラスを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】第1実施形態に係る応力測定装置を例示する図である。
図2】第1実施形態に係る応力測定装置を図1のH方向から見た図である。
図3】液晶素子の印加電圧と偏光位相差との関係を例示する図である。
図4】液晶素子に偏光位相差が時間的に直線的に変化するような駆動電圧を発生させる回路を例示する図である。
図5】撮像素子に結像されたレーザ光Lのある瞬間の散乱光像を例示する図である。
図6図5の点Bと点Cでの散乱光輝度の時間的な変化を例示する図である。
図7】ガラス深さに応じた散乱光変化の位相を例示する図である。
図8図7の散乱光変化の位相データを基に、式1より求めた応力分布を例示する図である。
図9】異なる時刻t1、t2の実際の散乱光像を例示する図である。
図10】強化ガラス中のレーザ光Lの入射面の好ましくない設計例を示す図である。
図11】強化ガラス中のレーザ光Lの入射面の好ましい設計例を示す図である。
図12】応力測定装置1の演算部70の機能ブロックを例示する図である。
図13】応力測定装置1を用いた評価方法を例示するフローチャート(その1)である。
図14】応力測定装置1を用いた評価方法を例示するフローチャート(その2)である。
図15】撮像素子60で得られた、ある時刻の散乱光の画像である。
図16図15(a)の領域Eにおける平均散乱光輝度の時間的変化のグラフである。
図17】散乱光輝度振幅値Asとガラスの深さの関係を例示する図である。
図18】薄板ガラスと厚板ガラスの応力プロファイルの一例を示す図である。
図19】応力補正用ガラス5Aの応力プロファイルを示す図(その1)である。
図20】応力補正用ガラス5Aの応力プロファイルを示す図(その2)である。
図21】応力補正用ガラス5Aの応力プロファイルの実測結果を示す図である。
図22】応力補正用ガラス5Bの応力プロファイルを示す図(その1)である。
図23】応力補正用ガラス5Bの応力プロファイルを示す図(その2)である。
図24】第1実施形態に係る応力測定システムを例示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して発明を実施するための形態について説明する。各図面において、同一構成部分には同一符号を付し、重複した説明を省略する場合がある。
【0012】
〈第1実施形態〉
第1実施形態では、レーザ光の偏光位相差と散乱光を利用した光弾性応力測定の原理を用いた応力測定装置と、この応力測定装置の校正に用いる応力補正用ガラスについて説明する。最初に応力測定装置について説明し、続いて応力補正用ガラスについて説明する。
【0013】
(応力測定装置)
図1は、第1実施形態に係る応力測定装置を例示する図である。図1に示すように、応力測定装置1は、レーザ光源10と、偏光部材20と、偏光位相差可変部材30と、光供給部材40と、光変換部材50と、撮像素子60と、演算部70と、光波長選択部材80とを有する。
【0014】
応力測定装置1は、レーザ光の偏光位相差を、レーザ光の波長に対して1波長以上可変し、偏光位相差を可変されたレーザ光が強化ガラスに入射されたことにより発する散乱光を、所定の時間間隔で複数回撮像し、複数の画像を取得する。そして、取得した複数の画像を用いて散乱光の周期的な輝度変化を測定し、輝度変化の位相変化を算出し、位相変化に基づき応力分布を算出する。以下、詳細に説明する。
【0015】
図1において、200は、被測定体となる強化ガラスである。強化ガラス200は、例えば、化学強化法や風冷強化法等により強化処理が施されたガラスである。本願で言う強化ガラスには、強化処理が施された結晶化ガラスも含まれる。ここで、結晶化ガラスとは、結晶化工程を経て作製されたガラスであり、言い換えれば、意図的に析出させた結晶を有するガラスである。本願では、強化処理が施された結晶化ガラスを、必要に応じて、強化結晶化ガラスと称する場合がある。
【0016】
レーザ光源10は、光供給部材40から強化ガラス200の表面層にレーザ光Lを入射するように配置されており、レーザ光源10と光供給部材40との間に、偏光位相差可変部材30が挿入されている。
【0017】
レーザ光源10としては、例えば、半導体レーザ、ヘリウムネオンレーザ、アルゴンレーザを用いることができる。半導体レーザは通常偏光があり、405nm、520nm、630nm、850nm等の波長の半導体レーザが実用化されている。レーザ光の波長が短いほどビーム径を絞れ、空間分解能を高くできる。又、レーザ光の波長が短いほどノイズが小さくなる傾向があるため好ましい。なお、レーザ光は測定対象を透過する必要がある。
【0018】
強化ガラス200の深さ方向の分解能を上げるためには、レーザ光の最小ビーム径の位置が強化ガラス200のイオン交換層内にあり、最小ビーム径が20μm以下であることが好ましい。レーザ光の最小ビーム径の位置を、強化ガラス200の表面210とすると、更に好ましい。なお、レーザ光のビーム径が深さ方向の分解能となるため、必要な深さ方向の分解能以下のビーム径にする必要がある。ここで、ビーム径とはビーム中央の輝度が最大になる時の1/e(約13.5%)の幅を意味し、ビーム形状が楕円形状やシート状の場合、ビーム径は最小幅を意味する。但し、この場合は、ビーム径の最小幅がガラス深さ方向を向いている必要がある。
【0019】
半導体レーザから出射されるビームの断面形状は通常楕円形であるため、ビーム整形部材により、円形に整形することで、空間分解能を高め、測定精度を向上できる。又、半導体レーザから出射されるビームのビーム形状内出力分布はガウス分布であるが、出力分布整形部材により、トップハット分布のようなビーム形状内一定の分布に整形することでも、測定精度を向上できる。
【0020】
ビーム整形部材、出力分布整形部材は、例えば、レーザ光源10と偏光位相差可変部材30との間に挿入される。ビーム整形部材としては、例えば、シリンドリカルレンズ、アナモルフィックプリズム、絞り等が挙げられる。又、出力分布整形部材としては、例えば、非球面レンズ、DOE(Diffractive Optical Element:回折光学素子)等が挙げられる。
【0021】
偏光部材20は、必要に応じて、レーザ光源10と偏光位相差可変部材30との間に挿入される。具体的には、レーザ光源10の出射するレーザ光Lが偏光でない場合、レーザ光源10と偏光位相差可変部材30との間に偏光部材20が挿入される。レーザ光源10の出射するレーザ光Lが偏光である場合、偏光部材20は挿入されても、挿入されなくてもよい。又、レーザ光Lの偏光面が強化ガラス200の表面210に対して45°になるよう、レーザ光源10、及び、偏光部材20が設置される。偏光部材20としては、例えば、回転可能な状態で配置された偏光板等を用いることができるが、同様の機能を備えた他の部材を用いてもよい。
【0022】
光供給部材40は、被測定体である強化ガラス200の表面210に光学的に接触した状態で載置されている。光供給部材40は、レーザ光源10からの光を強化ガラス200に入射させる機能を備えている。光供給部材40としては、例えば、光学ガラス製のプリズムを用いることができる。この場合、強化ガラス200の表面210において、光線がプリズムを介して光学的に入射するために、プリズムの屈折率は強化ガラス200の屈折率とほぼ同じ(±0.2以内)にする必要がある。
【0023】
光供給部材40と強化ガラス200との間に、強化ガラス200の屈折率とほぼ同じ屈折率を持つ液体を挟んでもよい。これにより、強化ガラス200内に、効率よくレーザ光Lを入射できる。
【0024】
強化ガラス200を通過するレーザ光Lは、微量の散乱光Lを発生する。散乱光Lの輝度は、レーザ光Lの散乱する部分の偏光位相差で変化する。又、レーザ光Lの偏光方向が、強化ガラス200の表面210に対して図2のθs2が45°(±5°以内)になるように、レーザ光源10が設置されている。そのため、強化ガラス200の面内方向にかかる応力の光弾性効果により複屈折を起こし、レーザ光Lが強化ガラス中を進むにつれ、偏光位相差も変化し、その変化に伴い散乱光Lの輝度も変化する。なお、偏光位相差とは、複屈折により生じる位相差(retardation)である。
【0025】
又、レーザ光Lは、強化ガラスの表面210に対して、θs1は10°以上30°以下に設定される。これは10°を下回ると、光導波効果によりレーザ光がガラス表面を伝播し、ガラス内部の情報を取ることができなくなるからである。逆に30°を超えると、レーザ光路長に対するガラス内部の深さ分解能が下がり、測定方法として好ましくない。よって、好ましくはθs1=15°±5°に設定する。
【0026】
次に、撮像素子60について、図2を用いて説明する。図2は、第1実施形態に係る応力測定装置を図1のH方向から見た図であり、撮像素子60の位置関係を示す図である。レーザ光Lの偏光が強化ガラス200の表面210に対して45°の角度で入射するため、散乱光Lも強化ガラス200の表面210に対して45°角度で放射される。そのため、この強化ガラスの面に対して45°で放射される散乱光Lを捉えるために、撮像素子60が、図2において、強化ガラス200の表面210に対して45°の方向に設置されている。すなわち、図2において、θs2=45°である。
【0027】
又、撮像素子60と、レーザ光Lの間に、レーザ光Lによる散乱光Lの画像を撮像素子60に結像するよう光変換部材50が挿入されている。光変換部材50としては、例えば、ガラス製の凸レンズや、複数の凸レンズや凹レンズを組み合わせたレンズを用いることができる。このとき、レンズの開口数(N.A.)が大きいと、ノイズが小さくなり好ましい。
【0028】
又、複数のレンズを組み合わせたレンズについて、主光線が光軸に平行であるテレセントリックレンズにすることで、レーザ光Lより四方に散乱する散乱光中、主に強化ガラス200のガラス表面に対して45°方向(撮像素子方向)に散乱する光のみで結像できる。その結果、ガラス表面の乱反射等の不必要な光を低減できる。
【0029】
又、レーザ光Lと撮像素子60との間に、応力測定に不必要な光を除去するための光波長選択部材80が挿入されている。光波長選択部材80は、レーザ光Lの波長以外の波長を有する光を50%以上透過させず、好ましくは90%以上透過させない。又、光波長選択部材80を透過する波長の幅は、10nm程度又はそれ以下とすることが好ましい。光波長選択部材80を挿入することにより、レーザ光Lより発生した応力測定に不必要なラマン散乱光、蛍光光や外来光を除去し、応力測定に必要な散乱光Lだけを撮像素子60に集めることができる。光波長選択部材80としては、例えば、誘電体膜を多層にしたバンドパスフィルタや、ショートパスフィルタを用いることができる。
【0030】
撮像素子60としては、例えば、CCD(Charge Coupled Device)素子やCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)センサ素子を用いることができる。図1及び図2には図示していないが、CCD素子やCMOSセンサ素子は、その素子を制御し、素子から画像の電気信号を取出す制御回路、電気信号をデジタル画像データにするデジタル画像データ生成回路、デジタル画像データを複数枚記録するデジタル記録装置に接続されている。更に、デジタル画像データ生成回路、デジタル記録装置は、演算部70に接続されている。
【0031】
演算部70は、撮像素子60、或いは、上記撮像素子60に接続された、デジタル画像データ生成回路、デジタル記録装置から画像データを取り込み、画像処理や数値計算をする機能を備えている。演算部70は、これ以外の機能(例えば、レーザ光源10の光量や露光時間を制御する機能等)を有する構成としてもよい。演算部70は、例えば、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、メインメモリ等を含む。
【0032】
この場合、演算部70の各種機能は、ROM等に記録されたプログラムがメインメモリに読み出されてCPUにより実行されることによって実現できる。演算部70のCPUは、必要に応じてRAMからデータを読み出したり、格納したりできる。但し、演算部70の一部又は全部は、ハードウェアのみにより実現されてもよい。又、演算部70は、物理的に複数の装置等を有してもよい。演算部70としては、例えば、パーソナルコンピュータを用いることができる。又、演算部70にデジタル画像データ生成回路、デジタル記録装置の機能を持たせても良い。
【0033】
偏光位相差可変部材30は、強化ガラス200へ入射するときの偏光位相差を時間的に変化させる。変化させる偏光位相差は、レーザ光の波長λの1倍以上である。偏光位相差は、レーザ光Lの波面に対して均一でなければいけない。例えば、水晶楔は、楔の傾斜面のついた方向には偏光位相差が均一でないためレーザ光の波面は均一でない。そのため、偏光位相差可変部材30として水晶楔を用いることは好ましくない。
【0034】
レーザ光の波面に均一で偏光位相差を電気的に1λ以上可変できる偏光位相差可変部材30としては、例えば、液晶素子を挙げることができる。液晶素子は、素子に印加する電圧により偏光位相差を可変でき、例えば、レーザ光の波長が630nmである場合、3~6波長の可変が可能である。液晶素子において、印加する電圧で可変できる偏光位相差の最大値は、セルギャップの寸法で決まる。
【0035】
通常の液晶素子は、セルギャップが数μmであるため、最大の偏光位相差は1/2λ(数100nm)程度である。又、液晶を使ったディスプレイ等では、それ以上の変化は要求されない。これに対して、本実施形態で使用する液晶素子は、レーザ光の波長が例えば630nmである場合、630nmの約3倍の約2000nmの偏光位相差を可変する必要があり、20~50μmのセルギャップが必要となる。
【0036】
液晶素子に印加する電圧と偏光位相差は比例しない。一例として、セルギャップが30μmの液晶素子の印加電圧と偏光位相差との関係を図3に示す。図3において、縦軸は偏光位相差(波長630nmに対しての波長数)、横軸は液晶素子に印加する電圧(対数で描かれている)である。
【0037】
液晶素子に印加する電圧が0Vから10Vで、約8λ(5000nm)の偏光位相差を可変できる。しかし、液晶素子は、一般的に0Vから1Vまでの低電圧では液晶の配向が安定せず、温度変化等で偏光位相差が変動する。又、液晶素子に印加する電圧が5V以上では、電圧の変化に対して偏光位相差の変化が少ない。この液晶素子の場合、1.5Vから5Vの印加電圧で使用することで、4λ~1λ、すなわち約3λの偏光位相差を安定に可変できる。
【0038】
偏光位相差可変部材30として液晶素子を用いる場合、偏光位相差可変部材30は液晶を制御する液晶制御回路に接続され、撮像素子60と同期して制御される。この際、偏光位相差を時間的に直線的に可変させ、撮像素子60の撮像のタイミングに同期することが必要である。
【0039】
図3は、液晶素子の印加電圧と偏光位相差との関係を例示する図である。図3で示すように、液晶素子の印加電圧と偏光位相差は直線的な変化をしない。そのため、偏光位相差がある時間内で直線的に変化するような信号を発生させ、液晶素子への駆動電圧として印加する必要がある。
【0040】
図4は、液晶素子に偏光位相差が時間的に直線的に変化するような駆動電圧を発生させる回路を例示する図である。
【0041】
図4において、デジタルデータ記憶回路301には、使用する液晶素子の印加電圧と偏光位相差とを予め測定したデータに基づいて、偏光位相差を一定間隔で変化させるための、偏光位相差に対応する電圧値が、必要な偏光位相差変化の範囲でデジタルデータとしてアドレス順に記録されている。表1に、デジタルデータ記憶回路301に記録されるデジタルデータの一部を例示する。表1の電圧の列が、記録されるデジタルデータであり、偏光位相差10nmの変化毎の電圧値である。
【0042】
【表1】

クロック信号発生回路302は、水晶振動子等を使い、周波数が一定であるクロック信号を発生させる。クロック信号発生回路302の発生したクロック信号は、デジタルデータ記憶回路301とDAコンバータ303に入力される。
【0043】
DAコンバータ303は、デジタルデータ記憶回路301からのデジタルデータをアナログ信号に変換する回路である。クロック信号発生回路302の発生したクロック信号に従って、デジタルデータ記憶回路301から順次記憶された電圧値のデジタルデータが読み出され、DAコンバータ303へ送られる。
【0044】
DAコンバータ303では、一定時間間隔で読み出された電圧値のデジタルデータをアナログ電圧に変換する。DAコンバータ303から出力されるアナログ電圧は、電圧増幅回路304を通して、偏光位相差可変部材30として用いる液晶素子へ印加される。
【0045】
なお、図4では図示していないが、この液晶素子の駆動回路は、図2の撮像素子60を制御する回路と同期がとられ、液晶素子への駆動電圧の印加の開始とともに、撮像素子60で時間的に連続な撮像を開始する。
【0046】
図5は、撮像素子に結像されたレーザ光Lのある瞬間の散乱光像を例示する図である。図5では、上に行くほど強化ガラス200の表面210からの深さが深くなる。図5において、点Aは強化ガラス200の表面210であり、強化ガラス200の表面210の散乱光が強いため、散乱光像は楕円状に広がっている。
【0047】
強化ガラス200の表面部には強い圧縮応力がかかっているため、光弾性効果による複屈折により、レーザ光Lの偏光位相差が深さとともに変化する。そのため、レーザ光Lの散乱光輝度も深さとともに変化する。なお、レーザ光の散乱光輝度が、強化ガラスの内部応力により変化する原理については、例えば、Yogyo-Kyokai-Shi(窯業協会誌)80{4}1972、等に説明されている。
【0048】
偏光位相差可変部材30により、強化ガラス200に入射する前のレーザ光Lの偏光位相差を時間的に連続して変化させることができる。これにより、図5の散乱光像の各点において、偏光位相差可変部材30で変化させた偏光位相差に応じて散乱光輝度が変化する。
【0049】
図6は、図5の点Bと点Cでの散乱光の輝度(散乱光輝度)の時間的な変化を例示する図である。散乱光輝度の時間的な変化は、偏光位相差可変部材30の変化させた偏光位相差に応じ、レーザ光の波長λの周期で、周期的に変化する。例えば、図6において、点Bと点Cでは、散乱光輝度の変化の周期は同じであるが、位相が異なっている。これは、レーザ光Lが点Bから点Cへ進むときに、強化ガラス200中の応力による複屈折で更に偏光位相差が変化したためである。点Bと点Cとの位相差δは、点Bから点Cへレーザ光Lが進んだときに変化した偏光位相差を行路差で表現したものをq、レーザ光の波長をλとすると、δ=q/λとなる。
【0050】
局所的に考えると、レーザ光L上の任意の点Sでの、偏光位相差可変部材30の時間的な偏光位相差の変化に伴う、周期的な散乱光輝度の変化の位相Fを、レーザ光Lに沿った位置sで表した関数F(s)に対して、sに対する微分値dF/dsが強化ガラス200の面内応力により発生した複屈折量である。強化ガラス200の光弾性定数Cと、dF/dsから、下記の式1(数1)により、点Sでの強化ガラス200の面内方向の応力σを計算できる。
【0051】
【数1】
なお、応力測定装置1では、レーザ光Lがガラスに対して斜めに入射しているため、ガラス表面から垂直方向の深さに対する応力分布を求める場合は、点sから深さ方向への変換が必要である。
【0052】
一方、偏光位相差可変部材30は、ある時間内に時間的に連続に偏光位相差を1波長以上変化させる。その時間内に、撮像素子60により、複数枚の時間的に連続したレーザ光Lによる散乱光像を記録する。そして、この連続撮影をした散乱光像の各点における時間的な輝度の変化を測定する。
【0053】
この散乱光像の各点の散乱光の変化は周期的であり、その周期は場所によらず一定である。そこで、その周期Tをある点の散乱光輝度の変化から測定する。或いは、複数の点での周期の平均を周期Tとしてもよい。
【0054】
偏光位相差可変部材30では偏光位相差を1波長以上(1周期以上)変化させるため、散乱光輝度も1周期以上変化する。そのため、複数のピークやバレーの差、或いは、振幅の中点を通る時刻の差等から周期Tの測定が可能である。なお、1周期以下でのデータでは、1周期を知ることは原理的に不可能である。
【0055】
ある点での散乱光の周期的な変化のデータにおいて、上記で決めた周期Tを基に、三角関数の最小二乗法やフーリエ積分により、その点での位相Fを正確に求めることができる。
【0056】
予め既知である周期Tでの三角関数の最小二乗法やフーリエ積分では、既知である周期Tでの位相成分だけが抽出され、他の周期のノイズを除去可能である。又、その除去能力は、データの時間的変化が長ければ長いほど高くなる。通常、散乱光輝度は弱く、又、実際に変化する位相量も小さいため、数λの偏光位相差の可変によるデータでの測定が必要となる。
【0057】
撮像素子60により撮影した画像上のレーザ光Lに沿った散乱光像の各点での散乱光の時間的変化のデータを測定し、それぞれについて、上記と同様の方法で位相Fを求めると、レーザ光Lに沿った、散乱光輝度の位相Fを求めることができる。図7は、ガラス深さに応じた散乱光変化の位相の例である。
【0058】
このレーザ光Lに沿った散乱光輝度の位相Fにおいて、レーザ光L上の座標での微分値を計算し、式1により、レーザ光L上の座標sでの応力値を求めることができる。更に、座標sをガラス表面からの距離に換算すれば、強化ガラスの表面からの深さに対する応力値を算出できる。図8は、図7の散乱光変化の位相データを基に、式1より応力分布を求めた例である。
【0059】
図9は、異なる時刻t1、t2の実際の散乱光像の例であり、図9の点Aは強化ガラスの表面であり、強化ガラスの表面の荒れにより、表面散乱光が映っている。この表面散乱光像の中心が強化ガラスの表面に相当する。
【0060】
図9において、レーザ光の散乱光像が各点で輝度が異なっていることがわかり、又、同じ点であっても、時刻t2での輝度分布は、時刻t1での輝度分布と同じでないことが分かる。これは、周期的な散乱光輝度変化の位相がずれているためである。
【0061】
応力測定装置1において、レーザ光Lの入射面は、強化ガラス200の表面210に対して45°傾いた状態とすることが好ましい。これについて、図10及び図11を参照しながら説明する。
【0062】
図10は、強化ガラス中のレーザ光Lの入射面の好ましくない設計例を示す図である。図10では、強化ガラス200中のレーザ光Lの入射面250が強化ガラスの表面210に対して垂直である。
【0063】
図10(b)は図10(a)の方向Hから見た図である。図10(b)に示すように、撮像素子60は、強化ガラス200の表面210に対して45°傾けて設置されており、レーザ光Lを斜め45°から観察する。図10の場合、レーザ光L上の異なる2点、点A、点Bから撮像素子60までの距離を距離A、距離Bとすると、その距離が異なる。すなわち、点Aと点Bとで同時にピントを合わせることができず、必要な領域のレーザ光Lの散乱光像を良好な画像として取得できない。
【0064】
図11は、強化ガラス中のレーザ光Lの入射面の好ましい設計例を示す図である。図11では、強化ガラス200中のレーザ光Lの入射面250が強化ガラス200の表面210に対して45°傾いている。
【0065】
図11(b)は図11(a)の方向Hから見た図である。図11(b)に示すように、撮像素子60は、強化ガラス200の表面210に対して45°傾けて設置されているが、レーザ光Lの通る面である入射面250も同様に45°傾いている。そのため、レーザ光L上のどの点においても撮像素子60までの距離(距離Aと距離B)が同じとなり、必要な領域のレーザ光Lの散乱光像を、良好な画像として取得できる。
【0066】
特に、最小ビーム径が20μm以下であるレーザ光を用いる場合、焦点深度が浅く、せいぜい数10μm程度である。そのため、強化ガラス200中のレーザ光Lの入射面250を強化ガラス200の表面210に対して45°傾け、レーザ光L上のどの点においても撮像素子60までの距離を同じにすることは、良好な画像を取得する上で極めて重要である。
【0067】
図12は、応力測定装置1の演算部70の機能ブロックを例示する図である。図12に示すように、演算部70は、輝度変化測定手段701と、位相変化算出手段702と、応力分布算出手段703と、物理量測定手段704とを有している。
【0068】
応力測定装置1は、演算部70の輝度変化測定手段701、位相変化算出手段702、及び応力分布算出手段703により強化ガラスの応力分布を測定できる。なお、物理量測定手段704は、強化ガラスの強度にかかわる物理量を測定する機能を有する部分であり、強化ガラスの応力分布の測定のみを行う場合には物理量測定手段704は用いなくてよい。
【0069】
(測定のフロー1:強化ガラスの応力分布の測定)
図13は、応力測定装置1を用いた評価方法を例示するフローチャート(その1)であり、応力測定装置1における強化ガラスの応力分布の測定方法を例示するフローチャートである。図12及び図13を参照しながら、応力測定装置1における強化ガラスの応力分布の測定のフローについて説明する。
【0070】
なお、図13に示す測定は、例えば、素板に強化処理を施して強化ガラスを作製する工程の後に行うことができる。又、図13に示す測定は、素板に結晶化処理を施して結晶化ガラスを作製し、更に作製した結晶化ガラスに強化処理を施して強化結晶化ガラスを作製する工程の後に行ってもよい。
【0071】
まず、ステップS401では、偏光のあるレーザ光源10、或いは偏光をかけたレーザ光源10からのレーザ光の偏光位相差を、偏光位相差可変部材30により、時間的に連続してレーザ光の波長に対して1波長以上可変する(偏光位相差可変工程)。
【0072】
次に、ステップS402では、偏光位相差が可変されたレーザ光を、光供給部材40を介して、被測定体である強化ガラス200内に表面210に対して斜めに入射させる(光供給工程)。
【0073】
次に、ステップS403では、撮像素子60は、強化ガラス200中を進む偏光位相差が可変されたレーザ光による散乱光を、所定の時間間隔で複数回撮像し、複数の画像を取得する(撮像工程)。
【0074】
次に、ステップS404では、演算部70の輝度変化測定手段701は、撮像工程で得られた散乱光の時間的に間隔を置いた複数の画像を用いて、偏光位相差可変工程により可変された偏光位相差の時間的変化に伴う散乱光の周期的な輝度変化を測定する(輝度変化測定工程)。
【0075】
次に、ステップS405では、演算部70の位相変化算出手段702は、強化ガラス200中に入射されたレーザ光に沿った、散乱光の周期的な輝度変化の位相変化を算出する(位相変化算出工程)。
【0076】
次に、ステップS406では、演算部70の応力分布算出手段703は、強化ガラス200中に入射されたレーザ光に沿った、散乱光の周期的な輝度変化の位相変化に基づいて、強化ガラス200の表面210からの深さ方向の応力分布を算出する(応力分布算出工程)。なお、算出した応力分布を、表示装置(液晶ディスプレイ等)に表示させてもよい。
【0077】
(測定のフロー2:強化ガラスの応力分布の測定、及び強度にかかわる物理量の測定)
応力測定装置1は、演算部70の輝度変化測定手段701、位相変化算出手段702、応力分布算出手段703、及び物理量測定手段704により強化ガラスの応力分布を測定すると共に、強化ガラスの強度にかかわる物理量を測定できる。
【0078】
図14は、応力測定装置1を用いた評価方法を例示するフローチャート(その2)であり、応力測定装置1における強化ガラスの応力分布の測定方法、及び強化ガラスの強度にかかわる物理量の測定方法を例示するフローチャートである。図12及び図14を参照しながら、応力測定装置1における強化ガラスの応力分布の測定、及び強化ガラスの強度にかかわる物理量を測定するフローについて説明する。
【0079】
なお、図14に示す測定は、例えば、素板に結晶化処理を施して結晶化ガラスを作製し、更に作製した結晶化ガラスに強化処理を施して強化結晶化ガラスを作製する工程の後に行うことができる。
【0080】
まず、図13の場合と同様にステップS401~S403を実行する。そして、ステップS404~S406と並行してステップS414を実行する。ステップS414では、演算部70の物理量測定手段704は、ステップS403の撮像工程で得られた散乱光の時間的に間隔を置いた複数の画像を用いて、強化ガラスの強度にかかわる物理量を測定する(物理量測定工程)。ステップS414は、ステップS404~S406と略同時に実行できる。なお、測定した物理量を、表示装置(液晶ディスプレイ等)に表示させてもよい。
【0081】
ここで、『強化ガラスの強度にかかわる物理量』とは、例えば、屈折率、結晶化率、結晶粒径、結晶粒密度、ヘイズ、ガラス中の欠陥や不純物の量等の物理量、及びこれらの物理量を求めるために必要なパラメータ(散乱光輝度振幅値、平均散乱光輝度、散乱光輝度分散値等)を含むものとする。すなわち、物理量測定手段704は、結晶化率等の物理量を直接測定せずに、散乱光輝度振幅値や平均散乱光輝度のみを測定してもよい。この場合でも、物理量測定手段704の測定結果から、強化ガラスの強度を推定できる。
【0082】
以下に、強化ガラスの強度にかかわる物理量の測定について、更に詳しく説明する。
【0083】
(強化ガラスの強度にかかわる物理量の測定例1)
図15(a)は、撮像素子60で得られた、ある時刻の散乱光の画像であり、図15(b)は、図15(a)の領域Eの拡大図である。又、図16は、図15(a)の領域Eにおける平均散乱光輝度の時間的変化のグラフである。偏光位相差可変部材30により入射するレーザ光Lの位相差が変化すると、それに伴い、散乱光輝度も変化する。そのため、図16に示す散乱光輝度の時間的変化のグラフでは、散乱光輝度がレーザ光の位相差の変化に伴う周期的な変化をする。その散乱光輝度の変化分の振幅値を散乱光輝度振幅値As、散乱光輝度の変化分の平均値を平均散乱光輝度Isとする。
【0084】
通常、散乱光には、幾つかの散乱機構による散乱光が含まれている。波長が入射光の波長と同じである散乱光は、散乱する粒子の大きさと波長との関係で、散乱の性質が異なる。散乱粒子の直径をD、入射光の波長をλとし、入射光の波長λが一定とすると、散乱粒子の十分小さな場合はレイリー散乱での散乱機構で散乱され、D=λ×1/10位から、ミー散乱での散乱機構に変わり始め、D≧λでは、完全にミー散乱となる。
【0085】
結晶化ガラスのヘイズの大きさは、結晶粒径、結晶粒密度、結晶とガラス相の屈折率差によって決まる。結晶とガラス相の屈折率差が小さいほどヘイズは小さくなるが、結晶とガラス相の屈折率を完全に一致させることは難しく、0.05~0.50程度の屈折率差が存在するのが一般的である。例えば、結晶とガラス相の間の屈折率差が0.1程度である場合、強化結晶化ガラスの結晶粒径(結晶粒の直径)が可視光で透明であるためには、強化結晶化ガラスの結晶粒径は可視光の波長約600nmより十分小さく、10nm~100nmに制御されている。そのため、多くの場合、レイリー散乱機構が支配的であるが、結晶粒径が最大の100nmでは、ミー散乱機構の影響も出てくる。又、散乱光輝度は、レイリー散乱、ミー散乱とも、散乱粒子の径に高次に比例し、散乱粒子密度に比例している。レイリー散乱では、散乱粒子径の6乗、ミー散乱では2乗に比例し、レイリー散乱からミー散乱機構に変化していく領域ではその間と考えられる。すなわち、波長が入射光と変わらないレイリー散乱、ミー散乱では、散乱粒子径が大きいほど、密度が高いほど、散乱光輝度は高くなる。
【0086】
又、散乱光の波長が、入射光の波長と異なる散乱として、蛍光散乱、ラマン散乱がある。通常、蛍光散乱はガラス中の不純物や欠陥等により発生し、ラマン散乱は組成や結合状態により発生する。
【0087】
これらの幾つかの散乱機構の中で、レイリー散乱では、入射光の偏光状態により散乱光輝度が異なる。応力の測定では、内部応力の光弾性効果により複屈折を起こしレーザ光Lがガラス中を進むとともに、偏光状態は変化していき、それに伴い散乱光輝度が変化する。これは、応力測定装置1の原理に使用されている。一方、他の散乱機構であるミー散乱、蛍光散乱、ラマン散乱では、一般的に散乱光輝度が入射光の偏光状態に依存しない。そのため、ミー散乱、蛍光散乱、ラマン散乱は、応力測定装置1の原理には使用されていない。
【0088】
応力測定装置1では、光供給部材40と撮像素子60の間に、レーザ光の波長近傍のみを透過する光波長選択部材80を設けている。光波長選択部材80を透過する波長の幅は10nm程度又はそれ以下と非常に狭いため、撮像素子60には、レーザ光の波長と略同じ波長の散乱光のみが撮像される。例えば、散乱光中、波長の異なる、蛍光散乱、ラマン散乱成分は含まれていない。そのため、散乱光輝度振幅値Asは、レイリー散乱によるものであり、平均散乱光輝度Isはミー散乱によるものである。
【0089】
散乱光輝度振幅値Asは、散乱粒子すなわち強化結晶化ガラスの結晶粒の大きさ、結晶粒密度により決まり、平均散乱光輝度Isと散乱光輝度振幅値Asの比は、レイリー散乱成分とミー散乱成分の比率で決まるので、散乱粒子すなわち結晶粒の大きさによって決まる。
【0090】
散乱光輝度振幅値Asと平均散乱光輝度Isの二つの測定値から、直接散乱粒子径や散乱粒子密度の絶対値を算出することはできない。しかし、散乱粒子径、散乱粒子密度すなわち、結晶粒径、結晶粒密度が異なる強化結晶化ガラスでは、散乱光輝度振幅値As及び平均散乱光輝度Isの値は異なり、又、それぞれ、独立して差を見ることが可能である。すなわち、直接散乱粒子径や散乱粒子密度の絶対値を算出しなくても、散乱光輝度振幅値Asや平均散乱光輝度Isを測定することで、散乱粒子径や散乱粒子密度のばらつき等を知ることができる。
【0091】
又、別な方法で、散乱粒子径、散乱粒子密度を測定し、散乱光輝度振幅値As及び平均散乱光輝度Isと結晶粒径や結晶粒密度との関係を実験的に求めることで、結晶粒径や結晶粒密度を推測できる。
【0092】
例えば、散乱光輝度振幅値As及び平均散乱光輝度Isと結晶粒径や結晶粒密度との関係を実験的に求めてテーブルや関数として演算部70内のメモリに記憶しておく。そして、演算部70の物理量測定手段704がステップS403の撮像工程で得られた画像を用いて散乱光輝度振幅値As及び平均散乱光輝度Isを測定し、テーブルや関数を用いて散乱光輝度振幅値As及び平均散乱光輝度Isの測定値から結晶粒径や結晶粒密度を推測できる。
【0093】
上記の散乱粒子径、散乱粒子密度が反映された散乱光輝度振幅値As及び平均散乱光輝度Isの測定値は、図15(a)の領域Eでの値である。しかし、測定する領域をレーザ画像のガラス表面から深さ方向の各深さに移動させて測定すれば、強化結晶化ガラスの深さ方向の散乱粒子径、散乱粒子密度を知ることができる。これにより、結晶化状態が表面から深さ方向に均一であることを確認できる。
【0094】
(強化ガラスの強度にかかわる物理量の測定例2)
図15(b)に示すように、散乱光画像は、均一ではなく、粒子状になっている。これは、入射光がレーザ光であるため、スペックルにより発生したムラであり、スペックルパターンと呼ばれている。このスペックルパターンは、散乱する粒子のサイズや密度、光学系で決まる。
【0095】
スペックルパターンの輝度のムラの度合い、例えば、領域Eの輝度の分散値を計算しSsとする。分散値Ssは、散乱粒子密度を反映する。結晶粒の大きさが小さく、ミー散乱の成分が小さく、ミー散乱成分の強度の測定ができない場合、このスペックルパターンの輝度の分散値Ssと散乱光輝度振幅値Asにより、結晶粒径、結晶粒密度を推測できる。
【0096】
すなわち、直接散乱粒子径や散乱粒子密度の絶対値を算出しなくても、分散値Ssや散乱光輝度振幅値Asを測定することで、散乱粒子径や散乱粒子密度のばらつき等を知ることができる。なお、散乱光輝度振幅値As及び平均散乱光輝度Isの場合と同様に、散乱粒子径、散乱粒子密度を測定し、分散値Ss及び散乱光輝度振幅値Asと結晶粒径や結晶粒密度との関係を実験的に求めてテーブルや関数として演算部70内のメモリに記憶しておくことで、結晶粒径や結晶粒密度を推測できる。
【0097】
(強化ガラスの強度にかかわる物理量の測定例3)
図15(a)において、θは散乱光画像のレーザ光のビームに沿った角度である。後述もするが、この角度θは、測定されるガラスの屈折率で決まる。
【0098】
光供給部材40の屈折率は、理想的には強化ガラス200の屈折率と全く同じであることが望ましい。しかし、強化ガラスの種類ごとに、光供給部材40を交換することが現実的でないことなどから、一般的には強化ガラス200の屈折率に近い屈折率を有する材料が光供給部材40として使われる。すなわち、強化ガラス200の屈折率と光供給部材40の屈折率とは若干のずれがある。又、強化ガラスの屈折率にもバラつきがある。光供給部材40と強化ガラス200の屈折率が異なると、レーザ光Lの強化ガラス200内への入射角度θs1は、強化ガラス内に入射した屈折角θs1'と異なる。その角度は、レーザ光源10の位置、角度、光供給部材40の各面の角度、屈折率、撮像素子の位置、角度、及び、強化ガラスの屈折率で決まるため、強化ガラスの屈折率以外が既知であれば、散乱光画像のレーザ光Lのビームに沿った角度θを測定し、強化ガラスの屈折率を算出できる。
【0099】
一方、強化結晶化ガラスでは、多くの場合、もとのガラスの屈折率と析出させる結晶の屈折率が異なる。例えば、リチウムアルミノシリケート系を母材とする強化結晶化ガラスでは、母材のガラスの屈折率は1.52で、析出させる、ベータスポジュメンは屈折率が1.66である。又、析出される結晶の母材に対する体積比率は、10~50%程度であり、結晶化の体積比率により、全体の屈折率が変わる。すなわち、強化結晶化ガラスの屈折率を測定することにより、結晶化の体積比率を算出できる。
【0100】
(強化ガラスの強度にかかわる物理量の測定例4)
図17に、散乱光輝度振幅値Asとガラスの深さの関係を例示する。このガラス表面の振幅値からガラス表層の外部ヘイズ値を推測できる。又、ガラス内部の振幅値の減衰カーブから内部ヘイズ値を推測できる。更に、この外部ヘイズ値と内部ヘイズ値を利用して透過率を推測できる。なお、片方のヘイズ値が小さい場合は、もう一方のヘイズ値だけを使って推定しても良い。又、レーザ光を複数使うことで波長別の透過率を推定し強化ガラスの色味を推定しても良い。更にガラス両面を測定することで、その散乱光輝度振幅値差や透過率差からガラス表層の差を調べ、ガラスの面判定をしても良い。具体的には、アンチグレア面、アンチフィンガープリント面、ARコーティング面、アンチバクテリア面、ITO面、フロート搬送面(スズ面)等が考えられる。
【0101】
なお、上記の測定例1~4に示した散乱光輝度振幅値As、平均散乱光輝度Is、分散値Ss及びガラスの屈折率の測定値は強化結晶化ガラスに限らず、結晶化されていない強化ガラスにおいても、不純物や異常結晶等のガラス欠点や、組成や、不均一性や透明度等の品質を示す数値として有用である。すなわち、図14に示す測定は、素板に強化処理を施して強化ガラス(強化結晶化ガラスではない)を作製する工程の後に行ってもよい。又、上記の測定例1~4に示した物理量以外の物理量を測定しても良い。
【0102】
このように、応力測定装置1では、表面の導波光を利用した応力測定装置とは異なり、強化ガラスの屈折率分布に依存した応力測定を行わず、散乱光に基づいた測定を行う。そのため、強化ガラスの屈折率分布にかかわらず(強化ガラスの屈折率分布とは無関係に)、強化ガラスの応力分布を、強化ガラスの最表面から従来よりも深い部分まで測定可能となる。例えば、ある深さから、深さとともに屈折率が高くなる特徴を持つリチウムアルミノシリケート系の強化ガラス等についても、応力測定が可能である。
【0103】
又、レーザ光の偏光位相差を、偏光位相差可変部材30により、時間的に連続してレーザ光の波長に対して1波長以上可変する。そのため、散乱光の周期的な輝度変化の位相を、三角関数の最小二乗法や、フーリエ積分により求めることが可能となる。三角関数の最小二乗法やフーリエ積分では、従来のように波のピークやバレーの位置の変化により位相を検知する方法とは異なり、波の全データが扱われ、又、予め分かっている周期に基づいているため、他の周期のノイズを除去可能である。その結果、散乱光の周期的な輝度変化の位相を容易かつ正確に求めることが可能となる。
【0104】
又、応力測定装置1では、応力分布の測定用として撮像された画像と同一の画像を用いて強化ガラスの強度にかかわる物理量を測定できる。これにより、強度にかかわる物理量を効率よく測定可能となり、又、強化ガラスに対する幅広い評価が可能となる。
【0105】
以上が応力測定装置1の基本的な原理となるが、応力測定装置1には、応力測定装置1Xと応力測定装置1Yの2つのタイプがある。
【0106】
応力測定装置1Xは、応力測定可能な最大深さが600μm以上1500μm以下である。測定する最大深さは、おおよそガラスの板厚の中心であるから、応力測定装置1Xは、板厚が3mm未満のガラスの測定に適している。ここでは、一例として、応力測定装置1Xで応力測定可能な最大深さは800μmであるとする。
【0107】
これに対して、応力測定装置1Yは、応力評価可能な最大深さが2000μm以上4000μm以下である。したがって、応力測定装置1Yは、板厚が8mm未満のガラスの測定に適している。ここでは、一例として、応力測定装置1Yで応力測定可能な最大深さは2500μmであるとする。
【0108】
応力測定装置1Xと応力測定装置1Yとの相違点は、撮像素子60の前段に配置された光変換部材50の倍率である。具体的には、応力測定装置1Yでは応力測定装置1Xよりも光変換部材50の倍率を下げることで、深さ方向の測定範囲を応力測定装置1Xの約3倍に広げている。
【0109】
なお、本願では、板厚が3mm未満のガラスを薄板ガラス、板厚が3mm以上のガラスを厚板ガラスと称する場合がある。
【0110】
応力測定装置1X及び1Yは、応力補正用ガラスを用いて校正され、応力補正用ガラスを用いて校正した応力の補正値は、例えば、演算部70のRAMに格納され、測定対象となる強化ガラスを測定する際にRAMから読み出されて使用される。
【0111】
以下では、強化ガラスの応力を測定する応力測定装置の校正に用いる応力補正用ガラスについて説明する。
【0112】
(応力補正用ガラス)
図18は、薄板ガラスと厚板ガラスの応力プロファイルの一例を示す図である。図18において、P1は薄板ガラスの応力プロファイルの一例であり、P2は厚板ガラスの応力プロファイルの一例である。図18よりわかるように、応力測定装置1Xで応力測定可能な最大深さが800μmである場合、応力測定装置1Xでは厚板ガラスの応力プロファイルP2を正しく測定できない。
【0113】
ここで、応力プロファイルの異なる2つの応力補正用ガラス5A及び5Bを準備し、これらが応力測定装置1X及び1Yの校正に適しているか否かを検討する。
【0114】
図19は、応力補正用ガラス5Aの応力プロファイルを示す図(その1)である。図19において、ドットパターンで示したガラス深さ0μm以上50μm未満の範囲は、応力測定装置1Xで応力値CSの測定精度が低下する範囲となる。図19において、PAは、応力補正用ガラス5Aの応力プロファイルを示している。
【0115】
また、表2は、応力プロファイルPAにおけるCS50、DOC、及びCTの値を示している。ここで、CS50はガラス深さ50μmにおける応力値CS、DOCは応力値CSがゼロとなるガラス深さ、CTはガラスの板厚中心の引張応力である。
【0116】
【表2】
図19及び表2に示すように、応力プロファイルPAは、DOCが50μm以上150μm未満に入るように設定されている。また、応力プロファイルPAは、CTが深さ800μmの応力値CSの0.8倍以上1.2倍以下に入るように設定されている。すなわち、応力プロファイルPAは、深さ800μm以深において、応力値CSが略フラットである。
【0117】
応力プロファイルPAは、DOCがドットパターンで示した範囲の外側の測定精度の高い範囲に位置し、かつ応力測定装置1Xの応力評価可能な最大深さ800μmにおいて、応力値CSが略フラットである。このことから、応力プロファイルPAを有する応力補正用ガラス5Aは、応力測定装置1XでDOC及びCTの測定が可能である。したがって、応力補正用ガラス5Aは、応力測定装置1Xの校正に適しているといえる。
【0118】
図20は、応力補正用ガラス5Aの応力プロファイルを示す図(その2)である。図20において、ドットパターンで示したガラス深さ0μm以上150μm未満の範囲は、応力測定装置1Yで応力値CSの測定精度が低下する範囲となる。応力測定装置1Yでは、光変換部材50の倍率を下げたことにより、応力測定装置1Xよりも測定精度が低下する範囲が3倍程度広くなる。
【0119】
図20において、PAは、図19に示したものと同じ応力補正用ガラス5Aの応力プロファイルである。図20に示すように、応力プロファイルPAは、DOCがドットパターンで示した範囲の内側に位置している。このことから、応力プロファイルPAを有する応力補正用ガラス5Aは、応力測定装置1YでDOCを精度よく測定できない。したがって、深さ方向の校正ができないため、応力補正用ガラス5Aは、応力測定装置1Yの校正に適していないといえる。
【0120】
図21は、応力補正用ガラス5Aの応力プロファイルの実測結果を示す図である。図21において、1Xは応力測定装置1Xで応力補正用ガラス5Aの応力プロファイルを実測した結果、1Yは応力測定装置1Yで応力補正用ガラス5Aの応力プロファイルを実測した結果を示している。ただし、応力測定装置1Xはガラス深さ800μmまでしか測定できないため、1Xの応力プロファイルのガラス深さ800μm以降は外挿したものである。
【0121】
また、REFは、フォトニックラティス社製WPA-microを用いて応力補正用ガラス5Aの応力プロファイルを実測した結果を示している。WPA-microは破壊検査を行う装置であり、応力プロファイルを精度良く測定できることから、ここではWPA-microの測定値を真値と位置付けてリファレンスとしている。
【0122】
【表3】
表3は、図21に示す各測定装置の実測結果からCS50、DOC、及びCTの値を読み取ってまとめたものである。
【0123】
図21及び表3より、REFと1Xの値は、よく一致していることがわかる。一方、REFと1Yの値は、ずれが大きいことがわかる。すなわち、図19及び図20を参照して説明したように、応力プロファイルPAを有する応力補正用ガラス5Aは、応力測定装置1XではDOC及びCTの測定が可能であるが、応力測定装置1Yでは精度よく測定できないことが確認された。
【0124】
図22は、応力補正用ガラス5Bの応力プロファイルを示す図(その1)である。図22において、PBは、応力補正用ガラス5Bの応力プロファイルを示している。図22に示すように、応力プロファイルPBは、DOCが150μm以上800μm未満、CTが深さ800μmの応力値CSの0.8倍以上1.2倍以下に入るように設定されている。すなわち、応力プロファイルPBは、深さ800μm以深において、応力値CSが略フラットである。
【0125】
応力プロファイルPBは、DOCがドットパターンで示した範囲の外側の測定精度の高い範囲に位置し、かつ応力測定装置1Xの応力評価可能な最大深さ800μmにおいて、応力値CSが略フラットである。このことから、応力プロファイルPBを有する応力補正用ガラス5Bは、応力測定装置1XでDOC及びCTの測定が可能である。したがって、応力補正用ガラス5Bは、応力測定装置1Xの校正に適しているといえる。
【0126】
図23は、応力補正用ガラス5Bの応力プロファイルを示す図(その2)である。図23において、PBは、図22に示したものと同じ応力補正用ガラス5Bの応力プロファイルである。図23に示すように、応力プロファイルPBは、DOCがドットパターンで示した範囲の外側の測定精度の高い範囲に位置し、かつ応力測定装置1Yのガラス深さ800μm以深において、応力値CSが略フラットである。このことから、応力プロファイルPBを有する応力補正用ガラス5Bは、応力測定装置1YでDOC及びCTの測定が可能である。したがって、応力補正用ガラス5Bは、応力測定装置1Yの校正に適しているといえる。
【0127】
【表4】
表4は、応力測定装置1Yを応力補正用ガラス5Aで校正し、DOCが800μmよりも大きいガラスを測定したデータである。表4より、応力測定装置1Yの測定値はREFからのずれが大きく、応力補正用ガラス5Aでは校正できないことがわかる。
【0128】
【表5】
一方、表5は、応力測定装置1Yを応力補正用ガラス5Bで校正し、DOCが800μmよりも大きいガラスを測定したデータである。測定したガラスは、表4の場合と同じである。表5より、応力測定装置1Yの測定値はREFからのずれが小さく、応力測定装置1Yは応力補正用ガラス5Bで校正できることがわかる。特に、CS50とCTは、大変精度よく校正できている。DOCも、3%以下の十分な精度で校正できている。
【0129】
このように、応力値CSがゼロとなる深さDOCが150μm以上であり、かつ板厚中心の引張応力CTが深さ800μmの応力値CSの0.8倍以上1.2倍以下である応力補正用ガラス5Bを用いることにより、応力測定装置1Xと応力測定装置1Yの両方を校正できる。また、応力測定装置1Xと応力測定装置1Yを同じ応力補正用ガラス5Bで校正することにより、両者の互換性を確保できる。
【0130】
応力補正用ガラス5Bは、引張領域での応力値の変化が深さ800μmの応力値に対して0.8倍以上1.2倍以下である領域が深さ方向に1mm以上あることが好ましい。このような応力プロファイルであると、精度の良い校正が可能である。応力補正用ガラス5Bは、例えば、少なくともイオン交換されている化学強化ガラスである。
【0131】
応力補正用ガラス5Bは、例えば、板厚が2mm以上である。このような板厚であると、DOCを150μm以上としやすい。また、応力補正用ガラス5Bは、例えば、DOCが600μm以下である。DOCがこのような範囲であると、CTを深さ800μmの応力値CSの0.8倍以上1.2倍以下とすることが容易である。
【0132】
また、最表層の応力値CSは、100MPa以上であることが好ましい。最表層の応力値CSがこのような範囲であると、最表層の応力値CSが小さく全体的にフラットに近い応力プロファイルよりも、精度の良い校正が可能となる。
【0133】
CTの値が大きくなればなるほど衝撃に弱くなったり、ガラスが割れたときに細かく飛散したりする場合がある。そこで、許容できない脆弱性の始まりの臨界値にはCTlimitという値が用いられ、実験的に求められる。耐脆弱性の観点から、応力補正用ガラス5Bにおいて、CTは、応力補正用ガラス5Bの板厚をt[μm]としたときに、CT≦CTlimit=(-32.0)×ln(t/1000)+97.7[MPa]を満たすことが好ましい。
【0134】
図24は、第1実施形態に係る応力測定システムを例示する図である。図24に示すように、応力測定システム7は、応力測定装置1と、応力測定装置の校正に用いる応力補正用ガラス5Bと、を含む。図24に示す応力測定装置1は、例えば、応力測定装置1Yである。しかし、応力補正用ガラス5Bは、応力測定装置1Xでも使用可能であるため、図24に示す応力測定装置1は、応力測定装置1Xであってもよい。
【0135】
例えば、まず、既に校正された応力測定装置1Xで応力補正用ガラス5Bを測定し、応力補正用ガラス5Bの値付けをする。そして、その後、応力測定装置1Yを、値付けをした応力補正用ガラス5Bを用いて校正し、校正後の応力測定装置1Yで強化ガラスの応力を測定できる。
【0136】
なお、応力補正用ガラス5Bは、応力測定装置1X及び1Y以外の校正にも使用可能である。具体的には、応力補正用ガラス5Bは、レーザ光の偏光位相差と散乱光を利用した光弾性応力測定の原理を用いて応力を測定する応力測定装置であれば使用可能である。
【0137】
以上、好ましい実施形態について詳説したが、上述した実施形態に制限されることはなく、特許請求の範囲に記載された範囲を逸脱することなく、上述した実施形態に種々の変形及び置換を加えることができる。
【0138】
以上の実施形態に加えて、さらに以下の付記を開示する。
(付記1)
強化ガラスの応力を測定する応力測定装置の校正に使用する応力補正用ガラスであって、
応力値がゼロとなる深さDOCは、150μm以上であり、
板厚中心の引張応力CTは、深さ800μmの応力値の0.8倍以上1.2倍以下である、応力補正用ガラス。
(付記2)
引張領域での応力値の変化が深さ800μmの応力値に対して0.8倍以上1.2倍以下である領域が深さ方向に1mm以上ある、付記1に記載の応力補正用ガラス。
(付記3)
少なくともイオン交換されている、付記1又は2に記載の応力補正用ガラス。
(付記4)
板厚が2mm以上である、付記1乃至3のいずれか一に記載の応力補正用ガラス。
(付記5)
前記DOCが600μm以下である、付記1乃至4のいずれか一に記載の応力補正用ガラス。
(付記6)
前記CTは、応力補正用ガラスの板厚をt[μm]としたときに、
CT≦CTlimit=(-32.0)×ln(t/1000)+97.7[MPa]
を満たす、付記1乃至5のいずれか一に記載の応力補正用ガラス。
(付記7)
最表層の応力値が100MPa以上である、付記1乃至5のいずれか一に記載の応力補正用ガラス。
(付記8)
応力測定可能な最大深さが600μm以上1500μm以下である第1の応力測定装置で、付記1乃至7のいずれか一に記載の応力補正用ガラスの値付けをした後、
応力評価可能な最大深さが2000μm以上4000μm以下である第2の応力測定装置を、値付けをした前記応力補正用ガラスを用いて校正し、
校正後の前記第2の応力測定装置で強化ガラスの応力を測定する、強化ガラスの応力測定方法。
(付記9)
付記1乃至7のいずれか一に記載の応力補正用ガラスを用いて校正した応力の補正値が格納された、強化ガラスの応力測定装置。
(付記10)
レーザ光の偏光位相差と散乱光を利用した光弾性応力測定の原理を用いて応力を測定する、付記9に記載の強化ガラスの応力測定装置。
(付記11)
前記偏光位相差を、前記レーザ光の波長に対して1波長以上可変する偏光位相差可変部材と、
前記偏光位相差を可変されたレーザ光が強化ガラスに入射されたことにより発する散乱光を、所定の時間間隔で複数回撮像し、複数の画像を取得する撮像素子と、
前記複数の画像を用いて前記散乱光の周期的な輝度変化を測定し、前記輝度変化の位相変化を算出し、前記位相変化に基づき前記強化ガラスの表面からの深さ方向の応力分布を算出する演算部と、を有する、付記10に記載の強化ガラスの応力測定装置。
(付記12)
強化ガラスの応力を測定する応力測定装置と、
前記応力測定装置の校正に使用する付記1乃至7のいずれか一に記載の応力補正用ガラスと、を含む、強化ガラスの応力測定システム。
(付記13)
前記応力測定装置は、レーザ光の偏光位相差と散乱光を利用した光弾性応力測定の原理を用いて応力を測定する、付記12に記載の強化ガラスの応力測定システム。
(付記14)
前記応力測定装置は、
前記偏光位相差を、前記レーザ光の波長に対して1波長以上可変する偏光位相差可変部材と、
前記偏光位相差を可変されたレーザ光が強化ガラスに入射されたことにより発する散乱光を、所定の時間間隔で複数回撮像し、複数の画像を取得する撮像素子と、
前記複数の画像を用いて前記散乱光の周期的な輝度変化を測定し、前記輝度変化の位相変化を算出し、前記位相変化に基づき前記強化ガラスの表面からの深さ方向の応力分布を算出する演算部と、を有する、付記13に記載の強化ガラスの応力測定システム。
【符号の説明】
【0139】
1 応力測定装置
5B 応力補正用ガラス
7 応力測定システム
10 レーザ光源
15 光源
20 偏光部材
30 偏光位相差可変部材
40 光供給部材
50 光変換部材
60 撮像素子
70 演算部
80 光波長選択部材
200 強化ガラス
210 強化ガラスの表面
250 レーザ光の入射面
301 デジタルデータ記憶回路
302 クロック信号発生回路
303 DAコンバータ
304 電圧増幅回路
701 輝度変化測定手段
702 位相変化算出手段
703 応力分布算出手段
704 物理量測定手段
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24