(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024158713
(43)【公開日】2024-11-08
(54)【発明の名称】形質転換ストレプトマイセス属細菌およびC-P結合を有する生理活性物質の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/21 20060101AFI20241031BHJP
C12N 15/31 20060101ALI20241031BHJP
C12P 13/00 20060101ALI20241031BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
C12N15/31
C12P13/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023074126
(22)【出願日】2023-04-28
(71)【出願人】
【識別番号】000183646
【氏名又は名称】出光興産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松井 健史
(72)【発明者】
【氏名】町田 裕樹
(72)【発明者】
【氏名】川端 孝博
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 伸
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AE01
4B064CA02
4B064CA19
4B064DA01
4B065AA50X
4B065AA50Y
4B065AB01
4B065BA02
4B065CA04
4B065CA14
4B065CA16
4B065CA44
(57)【要約】 (修正有)
【課題】放線菌を用いてビアラホス等のC-P結合を有する生理活性物質を効率よく製造する技術を提供すること。
【解決手段】改変phpR遺伝子を含み、C-P結合を有する生理活性物質の生産が増強されたストレプトマイセス(
Streptomyces)属細菌であって、前記改変phpR遺伝子が、特定のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子であり、前記改変phpR遺伝子のコドンが、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン、バリン、セリン、プロリン、スレオニン、アラニン、チロシン、ヒスチジン、グルタミン、アスパラギン、リジン、アスパラギン酸、グルタミン酸、システイン、アルギニン、グリシンにおいて特定のコドンであり、終止コドンはUGAである、細菌。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
改変phpR遺伝子を含み、C-P結合を有する生理活性物質の生産が増強されたストレプト
マイセス(Streptomyces)属細菌であって、
前記改変phpR遺伝子が、配列番号1のアミノ酸配列または配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子であり、
前記改変phpR遺伝子のコドンが、フェニルアラニンはUUC、ロイシンはCUGまたはCUC、
イソロイシンはAUC、バリンはGUCまたはGUG、セリンはUCGまたはUCCまたはAGC、プロリンはCCGまたはCCC、スレオニンはACCまたはACG、アラニンはGCCまたはGCG、チロシンはUAC
、ヒスチジンはCAC、グルタミンはCAG、アスパラギンはAAC、リジンはAAG、アスパラギン酸はGAC、グルタミン酸はGAG、システインはUGC、アルギニンはCGCまたはCGG、グリシン
はGGC、および終止コドンはUGAである、細菌。
【請求項2】
前記改変phpR遺伝子のコドンが、フェニルアラニンはUUC、ロイシンはCUG、イソロイシンはAUC、バリンはGUC、セリンはUCG、プロリンはCCG、スレオニンはACC、アラニンはGCC、チロシンはUAC、ヒスチジンはCAC、グルタミンはCAG、アスパラギンはAAC、リジンはAAG、アスパラギン酸はGAC、グルタミン酸はGAG、システインはUGC、アルギニンはCGC、グ
リシンはGGC、および終止コドンはUGAである、請求項1に記載の細菌。
【請求項3】
前記改変phpR遺伝子が、配列番号2の塩基配列を含むポリヌクレオチドである、請求項1に記載の細菌。
【請求項4】
ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネス(Streptomyces
viridochromogenes)に属する細菌またはストレプトマイセス・ヒグロスコピクス(Streptomyces
hygroscopicus)に属する細菌である、請求項1に記載の細菌。
【請求項5】
前記C-P結合を有する生理活性物質がビアラホス、L-グルホシネート、デヒドロホス(Dehydrophos)、ホスホマイシン(Fosfomycin)およびFR900098からなる群より選択される1種類以上である、請求項1に記載の細菌。
【請求項6】
前記C-P結合を有する生理活性物質がビアラホスである、請求項1に記載の細菌。
【請求項7】
C-P結合を有する生理活性物質の製造方法であって、
請求項1~6のいずれか一項に記載の細菌を培養培地で培養して培養培地および/または菌体中にビアラホスを生産および蓄積させることを含む、製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、広くは微生物工業に関し、特に、改変phpR遺伝子を含み、ビアラホスなどのC-P結合を有する生理活性物質の生産が増強されたストレプトマイセス属細菌に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、化学合成農薬は安定して効果が高く、コスト的にも優れているため、除草剤として広く使用されている。しかしながら、近年、環境負荷の観点から、化学合成農薬に代わる微生物代謝産物由来の除草剤の需要が高まっている。微生物代謝産物由来の除草剤は、天然物であるために、一般的に生分解性に優れ、環境負荷が少ないという利点を有する。
【0003】
微生物代謝産物由来の除草剤としては、アミノ酸系除草剤であるビアラホスなどが知られている。ビアラホスは、ストレプトマイセス(Streptomyces)属に属する放線菌により生産される二次代謝産物であり、例えば、ストレプトマイセス・ヒグロスコピクス(Streptomyces
hygroscopicus)により生産されることが報告されている(非特許文献1)。また、変異育種によりビアラホスの生産性が向上したことが報告されている(非特許文献2)。
【0004】
ビアラホスの合成にはビアラホス合成遺伝子クラスターが関与しており、ビアラホス合成遺伝子クラスターの遺伝子を制御する転写因子が存在することが知られている。例えば、ストレプトマイセス・ヒグロスコピクスの有するbrpA遺伝子(phpR遺伝子のホモログ)は、ビアラホス合成遺伝子クラスターを構成する遺伝子の一つであり、前記クラスター中の遺伝子を制御する転写因子であることが知られている(非特許文献3)。また、ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスの有するprpA遺伝子(phpR遺伝子の別名)は、ビアラホス合成遺伝子クラスターを構成する遺伝子の一つであり、前記クラスター中の遺伝子を制御する転写因子であるが、prpA遺伝子を過剰発現してもビアラホスの生産量は増加しないことが知られている(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Tachibana K. et al., 1986, 日本農薬学会誌, 11, 297-304
【非特許文献2】武部ら、1995、生物工学会誌、73、413-24
【非特許文献3】Anzai H. et al., Journal of Bacteriology, 1987, 169(8), 3482-3488
【非特許文献4】Schwartz D. et al., 2004, Applied and Environmental Microbiology, 70, 7093-7102
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ビアラホスなどのC-P結合を有する生理活性物質の生産能が向上した形質転
換ストレプトマイセス属細菌、および該形質転換ストレプトマイセス属細菌を用いた該生理活性物質の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、ストレプトマイセス属細菌に特定のコドン構成を有する改変phpR遺伝子を導入することで、ビアラホスなどのC-
P結合を有する生理活性物質の生産性が向上し得ることを見出し、本発明を完成するに至
った。
【0008】
本発明は以下を提供する。
[1]改変phpR遺伝子を含み、C-P結合を有する生理活性物質の生産が増強されたストレ
プトマイセス(Streptomyces)属細菌であって、
前記改変phpR遺伝子が、配列番号1のアミノ酸配列または配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子であり、
前記改変phpR遺伝子のコドンが、フェニルアラニンはUUC、ロイシンはCUGまたはCUC、
イソロイシンはAUC、バリンはGUCまたはGUG、セリンはUCGまたはUCCまたはAGC、プロリンはCCGまたはCCC、スレオニンはACCまたはACG、アラニンはGCCまたはGCG、チロシンはUAC
、ヒスチジンはCAC、グルタミンはCAG、アスパラギンはAAC、リジンはAAG、アスパラギン酸はGAC、グルタミン酸はGAG、システインはUGC、アルギニンはCGCまたはCGG、グリシン
はGGC、および終止コドンはUGAである、細菌。
[2]前記改変phpR遺伝子のコドンが、フェニルアラニンはUUC、ロイシンはCUG、イソロイシンはAUC、バリンはGUC、セリンはUCG、プロリンはCCG、スレオニンはACC、アラニン
はGCC、チロシンはUAC、ヒスチジンはCAC、グルタミンはCAG、アスパラギンはAAC、リジ
ンはAAG、アスパラギン酸はGAC、グルタミン酸はGAG、システインはUGC、アルギニンはCGC、グリシンはGGC、および終止コドンはUGAである、[1]に記載の細菌。
[3]前記改変phpR遺伝子が、配列番号2の塩基配列を含むポリヌクレオチドである、[1]または[2]に記載の細菌。
[4]ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネス(Streptomyces
viridochromogenes)に属する細菌またはストレプトマイセス・ヒグロスコピクス(Streptomyces
hygroscopicus)に属する細菌である、[1]~[3]のいずれかに記載の細菌。
[5]前記C-P結合を有する生理活性物質がビアラホス、L-グルホシネート、デヒドロホ
ス(Dehydrophos)、ホスホマイシン(Fosfomycin)およびFR900098からなる群より選択
される1種類以上である、[1]~[4]のいずれかに記載の細菌。
[6]前記C-P結合を有する生理活性物質がビアラホスである、[1]~[5]のいずれ
かに記載の細菌。
[7]C-P結合を有する生理活性物質の製造方法であって、
[1]~[6]のいずれか一項に記載の細菌を培養培地で培養して培養培地および/または菌体中にビアラホスを生産および蓄積させることを含む、製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ストレプトマイセス属細菌に特定のコドン構成を有する改変phpR遺伝子を導入することで、ビアラホスなどのC-P結合を有する生理活性物質を効率よく発酵生
産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスのビアラホス合成遺伝子クラスターの概略図。
【
図2】ストレプトマイセス属菌における、C-P結合を有する生理活性物質の生産に関与する代謝分岐を示す図。
【
図3】改変phpR遺伝子を挿入した自律複製プラスミド導入株、天然phpR遺伝子を挿入した自律複製プラスミド導入株、およびネガティブコントロール(空ベクター導入株)における、ビアラホス生産量の測定結果を示す図。ネガティブコントロールにおけるビアラホス濃度を「1」としたときの、ビアラホス濃度の相対値を示す。
【
図4】改変phpR遺伝子ゲノム導入株およびネガティブコントロール(空ベクター導入株)における、ビアラホス生産量の測定結果を示す図。ネガティブコントロールにおけるビアラホス濃度を「1」としたときの、ビアラホス濃度の相対値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書において、JCMとの文言から始まる受託番号の菌株は、Japan Collection of Microorganisms(国立研究開発法人理化学研究所バイオリソースセンター微生物材料開発
室、郵便番号:305-0074、住所:茨城県つくば市高野台3-1-1)に保存されている微生物
に付与された番号であり、同機関から入手することができる。
【0012】
本明細書において、ATCCとの文言から始まる受託番号の菌株は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American Type Culture Collection)(Address: 10801 University Boulevard Manassas, VA 20110, United States of America)から入手することができる。
【0013】
本明細書において、NBRCとの文言から始まる受託番号の菌株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)(郵便番号:292-0818、住所:千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)
に保存されている微生物に付与された番号であり、同機関から入手することができる。
【0014】
本明細書において、DSMとの文言から始まる受託番号の菌株は、Deutsche Sammlung von
Mikroorganismen und Zellkulturen GmbH(Inhoffenstr. 7B 38124 Braunschweig Germany)に保存されている微生物に付与された番号であり、同機関から入手することができる。
【0015】
<1>本発明のストレプトマイセス(Streptomyces)属細菌
本発明のストレプトマイセス属細菌は、改変phpR遺伝子を含み、C-P結合を有する生理
活性物質の生産能を有する限り、任意のストレプトマイセス属に属する細菌であってよい。
C-P結合を有する生理活性物質としては、ストレプトマイセス属細菌によって発酵生産
されるC-P結合を有する化合物であれば特に制限されないが、ビアラホス、ビアラホス生
合成経路と共通の中間体であってC-P結合を有するホスホノピルビン酸(phosphonopyruvate)から派生して生合成されるL-グルホシネート、デヒドロホス(Dehydrophos)、ホス
ホマイシン(Fosfomycin)、FR900098などのC-P結合を有する生理活性物質が挙げられる
。
【0016】
ストレプトマイセス属細菌は、本来的にC-P結合を有する生理活性物質生産能を有して
いてもよく、突然変異法またはDNA組み換え技術を使用してC-P結合を有する生理活性物質生産能を有するように改変されたものでもよい(例えば、非特許文献1,2)。本発明の細菌は、本来的にC-P結合を有する生理活性物質生産能を有するストレプトマイセス属細
菌において、またはC-P結合を有する生理活性物質生産能を付与されたストレプトマイセ
ス属細菌において、改変phpR遺伝子を導入することにより、C-P結合を有する生理活性物
質の生産を増強させることで、得ることができる。
【0017】
「C-P結合を有する生理活性物質生産能」の用語は、当該細菌を培養培地で培養したと
きに、培地および/または菌体から回収できる程度に、培地および/または菌体中にC-P
結合を有する生理活性物質を生産し、蓄積する、ストレプトマイセス属細菌の能力を意味し得る。
【0018】
「ビアラホス」は、別名ホスフィノトリシントリペプチド(PTT)ともいい、2分子のL-アラニンと1分子のアミノ酸からなるホスフィノトリシン(PT)である。ビアラホスは、下記の化学式で示される。
【0019】
【0020】
「ビアラホス」の用語は、遊離形態のビアラホスに限られず、それらの塩もしくは水和物、またはビアラホスと別の有機もしくは無機の化合物とによって形成された付加物も包含してよい。すなわち、「ビアラホス」の用語は、例えば、遊離形態のビアラホスまたはビアラホスの水和物もしくは付加物を意味し得る。「ビアラホス」の用語は、例えば、ビアラホス酸の、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、一水和物、二水和物、三水和物、一塩酸塩、二塩酸塩等の塩や両性イオン等の分子内塩を包含し得る。
【0021】
phpR遺伝子はビアラホス合成遺伝子クラスターの転写因子をコードすることが知られており、
図1に記載されるビアラホス合成遺伝子クラスター中のpmiプロモーターを活性化
し、pmiからphsAまでの遺伝子の活性化に寄与すると考えられる。
【0022】
よって、改変phpR遺伝子を導入することにより、
図2にあるように、ビアラホス(
図2ではPTTと記載)だけではなく、ビアラホスの前駆体であるL-グルホシネートや、ビアラ
ホス生合成経路から分岐するデヒドロホス(Dehydrophos)、ホスホマイシン(Fosfomycin)、FR900098などのC-P結合を有する生理活性物質の生合成も向上させると考えられる。なお、
図2は、Blodgett et al. 2016, J Antibiot (Tokyo). 69, 15-25において報告さ
れた図である。
【0023】
L-グルホシネートは下記の化合物であり、農薬として広く使用される化合物である。
L-グルホシネートにアラニンが2分子結合することでビアラホスとなる。なお、L-グルホ
シネートは、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、一水和物、二水和物、三水和物、一塩酸塩、二塩酸塩等の塩や両性イオン等の分子内塩を包含し得る。
【0024】
【0025】
デヒドロホス(Dehydrophos)は下記の化合物であり、殺菌剤として報告されている(Circello B.T. et al., 2010, Chemistry & Biology, 17, 402-411)。デヒドロホスは、
例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、一水和物、二水和物、三水和物、一塩酸塩、二塩酸塩等の塩や両性イオン等の分子内塩を包含し得る。
【0026】
【0027】
ホスホマイシン(Fosfomycin)は下記の化合物であり、抗生物質として報告されている(Kim SY et al., 2012, Antimicrobial Agents and Chemotherapy, 56, 4175-4183)。
ホスホマイシンは、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、一水和物、二水和物、三水和物、一塩酸塩、二塩酸塩等の塩や両性イオン等の分子内塩を包含し得る。
【0028】
【0029】
FR900098は下記の化合物であり、抗マラリア薬候補物質として期待されている化合物である(Eliot AC et al., 2008, Chem. Biol. 15, 765-770)。FR900098は、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、一水和物、二水和物、三水和物、一塩酸塩、二塩酸塩等の塩や両性イオン等の分子内塩を包含し得る。
【0030】
【0031】
本発明のストレプトマイセス属細菌としては、特に制限されないが、例えば、ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネス(Streptomyces
viridochromogenes)に属する細菌、ストレプトマイセス・ヒグロスコピクス(Streptomyces
hygroscopicus)に属する細菌、ストレプトマイセス・ルリダス(Streptomyces
luridus)に属する細菌、ストレプトマイセス・ルベロムリナス(Streptomyces
rubellomurinus)に属する細菌などが挙げられる。
中でも、ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスに属する細菌またはストレプトマイセス・ヒグロスコピクスに属する細菌が好ましく、ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスに属する細菌がより好ましい。
これらは本来的にビアラホス生産能を有しており、C-P結合を有する生理活性物質生産
能を有するストレプトマイセス属細菌として好適である。
【0032】
ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスに属する細菌としては、ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスJCM4977株、Tue57株(Weitnauer, G. et. al.,(2002). Microbiology, 148(2), 373-379.)、subsp. Komabensis(ATCC29814株)株、subsp. sulfomycini(NBRC13830)株などが挙げられる。
ストレプトマイセス・ヒグロスコピクスに属する細菌としては、ストレプトマイセス・
ヒグロスコピクス subsp. hygroscopicus(ATCC21589)株、subsp. ascomyceticus(ATCC14891)株、subsp. yingchengensis株(Qin, Z.et al.(1994). J. bacterial., 176(7), 2090-2095.)、subsp. limoneus(ATCC21431)株、subsp. duamyceticus(JCM4427)株、subsp. enhygrus(DSM41913)株、subsp. crystallogenes(NBRC16551)株、subsp. azalomyceticus(ATCC13810)株、subsp. jinggangensis株(Yu, Y. et. al., (2005). Appl. Environ. Microbiol., 71(9), 5066-5076.)、subsp. aabomyceticus(ATCC21449)株、subsp. hialomyceticus(NBRC13946)株などが挙げられる。
【0033】
<2>改変phpR遺伝子
本発明の細菌は、改変phpR遺伝子を含む。改変phpR遺伝子は、配列番号1のアミノ酸配列または配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子である。
【0034】
「配列番号1のアミノ酸配列からなるポリペプチド」は、ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスの有するphpR遺伝子によりコードされるタンパク質(Genbankアクセッショ
ン番号:WP_158681011.1)であり、ビアラホス合成遺伝子クラスターの遺伝子発現を制御する転写因子として知られている。
【0035】
「配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド」は、配列番号1のアミノ酸配列の一部に置換、欠失、挿入、および/または付加の変異が生じた類縁体タンパク質であり、ビアラホス合成遺伝子クラスターの転写因子としての活性(非特許文献3,4)を有することが好ましい。「配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチド」は、配列番号1のアミノ酸配列と91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、あるいは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドであってよい。類縁体タンパク質中の変異の数は、タンパク質の三次元構造中のアミノ酸残基の位置またはアミノ酸残基の種類による。類縁体タンパク質中の変異の数は、厳密に限定されるものではないが、配列番号1のアミノ酸配列において1~30
、別の例では1~20、別の例では1~15、別の例では1~10、あるいは別の例では1~5であ
ってよい。
【0036】
改変phpR遺伝子は、天然のphpR遺伝子のコドンを、フェニルアラニンはUUC、ロイシン
はCUGまたはCUC、イソロイシンはAUC、バリンはGUCまたはGUG、セリンはUCGまたはUCCま
たはAGC、プロリンはCCGまたはCCC、スレオニンはACCまたはACG、アラニンはGCCまたはGCG、チロシンはUAC、ヒスチジンはCAC、グルタミンはCAG、アスパラギンはAAC、リジンはAAG、アスパラギン酸はGAC、グルタミン酸はGAG、システインはUGC、アルギニンはCGCまたはCGG、グリシンはGGC、および終止コドンはUGAとなるように改変(以下、「コドン改変
」とも称する。)した遺伝子であり、好ましくは、フェニルアラニンはUUC、ロイシンはCUG、イソロイシンはAUC、バリンはGUC、セリンはUCG、プロリンはCCG、スレオニンはACC
、アラニンはGCC、チロシンはUAC、ヒスチジンはCAC、グルタミンはCAG、アスパラギンはAAC、リジンはAAG、アスパラギン酸はGAC、グルタミン酸はGAG、システインはUGC、アル
ギニンはCGC、およびグリシンはGGC、終止コドンはUGAと、各アミノ酸をコードするコド
ンがそれぞれ特定のコドンとなるように改変した遺伝子である。これらのコドンは、ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスにおいて使用頻度の高い傾向にあるコドンであり、ストレプトマイセス属細菌において、phpR遺伝子の発現量が好適化され、その結果、C-P
結合を有する生理活性物質の生産量を向上させるコドンの組み合わせである。すなわち、改変phpR遺伝子は、天然のphpR遺伝子のコドンを、ストレプトマイセス属細菌においてphpR遺伝子の発現を好適化し、その結果C-P結合を有する生理活性物質生産能が向上するよ
うなコドンに改変させた遺伝子である。
【0037】
改変phpR遺伝子は、配列番号2の塩基配列を含むポリヌクレオチドであることが好ましい。配列番号2の塩基配列は、ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスの野生型のphpR遺伝子に対して、上記の好ましいコドン改変を行った塩基配列である。
【0038】
なお、「コドン」とは、mRNA中の3個のヌクレオチドの並び方を意味する。ヌクレオチドからアミノ酸への情報変換過程では、3塩基が1単位となって1つのアミノ酸に翻訳される。64種類のコドンは20種類のアミノ酸に対応するため、遺伝暗号の縮重が存在し、1つのアミノ酸は1~6種類の同義コドンを持つ。
具体的には、フェニルアラニンのコドンは、UUU、UUCの2種類が存在し、ロイシンのコドンは、UUA、UUG、CUU、CUC、CUA、CUGの6種類が存在し、イソロイシンのコドンは、AUU、AUC、AUAの3種類が存在し、メチオニンのコドンは、AUGの1種類が存在し、バリンのコドンは、GUU、GUC、GUA、GUGの4種類が存在し、セリンのコドンは、UCU、UCC、UCA、UCG、AGU、AGCの6種類が存在し、プロリンのコドンは、CCU、CCC、CCA、CCGの4種類が存在し、スレオニンのコドンは、ACU、ACC、ACA、ACGの4種類が存在し、アラニンのコドンは、GCU、GCC、GCA、GCGの4種類が存在し、チロシンのコドンは、UAU、UACの2種類が存在し、ヒスチジンのコドンは、CAU、CACの2種類が存在し、グルタミンのコドンは、CAA
、CAGの2種類が存在し、アスパラギンのコドンは、AAU、AACの2種類が存在し、リジン
のコドンは、AAA、AAGの2種類が存在し、アスパラギン酸のコドンは、GAU、GACの2種類が存在し、グルタミン酸のコドンは、GAA、GAGの2種類が存在し、システインのコドンは、UGU、UGCの2種類が存在し、トリプトファンのコドンは、UGGの1種類が存在し、アル
ギニンのコドンは、CGU、CGC、CGA、CGG、AGA、AGGの6種類が存在し、グリシンのコドンは、GGU、GGC、GGA、GGGの4種類が存在する。また、終止コドンは、UAA、UAG、UGAの3
種類が存在する。
改変phpR遺伝子においては、同義コドンが複数種類ある場合、上記のうちから1種類が使用され、具体的には、改変phpR遺伝子のコドンとして、フェニルアラニンはUUC、ロイ
シンはCUGまたはCUC、イソロイシンはAUC、バリンはGUCまたはGUG、セリンはUCGまたはUCCまたはAGC、プロリンはCCGまたはCCC、スレオニンはACCまたはACG、アラニンはGCCまた
はGCG、チロシンはUAC、ヒスチジンはCAC、グルタミンはCAG、アスパラギンはAAC、リジ
ンはAAG、アスパラギン酸はGAC、グルタミン酸はGAG、システインはUGC、アルギニンはCGCまたはCGG、グリシンはGGC、および終止コドンはUGAが使用され、好ましくは、フェニルアラニンはUUC、ロイシンはCUG、イソロイシンはAUC、バリンはGUC、セリンはUCG、プロ
リンはCCG、スレオニンはACC、アラニンはGCC、チロシンはUAC、ヒスチジンはCAC、グル
タミンはCAG、アスパラギンはAAC、リジンはAAG、アスパラギン酸はGAC、グルタミン酸はGAG、システインはUGC、アルギニンはCGC、およびグリシンはGGC、終止コドンはUGAが使
用される。
【0039】
「天然のphpR遺伝子」とは、上記のコドン改変を行う前のphpR遺伝子を意味する。天然のphpR遺伝子は、改変phpR遺伝子がコードするアミノ酸配列と同一のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする。したがって、天然のphpR遺伝子は、配列番号1のアミノ酸配列または配列番号1のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、ビアラホス合成遺伝子クラスターの転写因子として機能しうるポリペプチドをコードする遺伝子である。
【0040】
天然のphpR遺伝子としては、例えば、ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスの有するphpR遺伝子が挙げられ、該遺伝子はprpA遺伝子とも呼ばれる。ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスの有するphpR遺伝子は、配列番号3の塩基配列を有し、配列番号1のアミノ酸配列を含むポリペプチドをコードする。
【0041】
<3>C-P結合を有する生理活性物質生産の増強
本発明の細菌は、改変phpR遺伝子を含むことで、C-P結合を有する生理活性物質の生産
が増強された細菌である。
改変phpR遺伝子は、当業者に周知の方法により作製することができ、例えば、合成オリゴDNAを組み合わせたPCR法(assembly PCR)で伸長させて合成遺伝子として得ることができる。
【0042】
改変phpR遺伝子をストレプトマイセス属細菌に導入する方法としては、限定するものではないが、例えば、改変phpR遺伝子を細菌の染色体に導入すること、および/または改変phpR遺伝子を含む自律複製型プラスミドを細菌に導入することにより、増加させることができる。ストレプトマイセス属細菌へのそのような導入は、当業者に周知の遺伝子工学的手法により実施できる。
【0043】
ベクターとしては、限定するものではないが、pGM1190、pSET152、pKC1139、SCP2、SLP1.2、pIJ101等のプラスミドが挙げられる。改変phpR遺伝子は、例えば、相同組み換え等
によって細菌の染色体DNAに導入することもできる。改変phpR遺伝子は、1コピーのみ導
入されてもよく、2コピーまたはそれ以上導入されてもよい。例えば、相同組み換えを染色体DNA中に複数のコピーを有する配列を使用して行うことにより、染色体DNAに多コピーの改変phpR遺伝子を導入することができる。染色体DNA中に複数のコピーを有する配列と
しては、限定するものではないが、レペティティブDNAや転移因子の末端に存在するイン
バーテッドリピートが挙げられる。さらに、改変phpR遺伝子をトランスポゾンに組み込んで転移させることにより、染色体DNAに多コピーの該遺伝子を導入することができる。
【0044】
さらに、改変phpR遺伝子の上流および/または下流に、野生型のおよび/または改変された外来の発現制御領域を導入してもよい。発現制御領域としては、プロモーター、エンハンサー、アテニュエーターと終結シグナル、抗終結シグナル、リボソーム結合部位(RBS)、およびその他の発現制御エレメント(例えば、リプレッサーまたはインデューサー
が結合する領域、および/または、例えば転写されたmRNA中の転写および翻訳の制御タンパク質の結合部位)が挙げられる。発現制御領域の改変は、改変phpR遺伝子のコピー数の増加と組み合わせてもよい。
【0045】
改変phpR遺伝子の発現を増強するのに適したプロモーターの例としては、例えば、配列番号4の塩基配列を有するプロモーター(Genbankアクセッション番号:WP_003988467.1
のタンパク質をコードする遺伝子の上流領域)、lacプロモーター、trpプロモーター、trcプロモーター、tacプロモーター、tetプロモーター、araBADプロモーター、rpoHプロモ
ーター、msrAプロモーター、Pm1プロモーター(Bifidobacterium属由来)、ならびにラムダファージのPRおよびPLプロモーターが挙げられる。
【0046】
プラスミドDNAの調製、DNAの切断、DNAの結合、DNAの形質転換、プライマーとしてのオリゴヌクレオチドの選択、変異の導入等の、DNAの組み換え分子の操作および分子クロー
ニングのための方法は、当業者に周知の通常の方法であってよい。そのような方法は、例えば、Sambrook J., Fritsch E.F. and Maniatis T., “Molecular Cloning: A
Laboratory Manual”, 2nd ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)、あるいはGreen M.R. and Sambrook J.R., “Molecular Cloning: A Laboratory Manual”, 4thed., Cold Spring Harbor Laboratory Press (2012)、Bernard R. Glick, Jack J.Pasternak and Cheryl L. Patten, “Molecular Biotechnology: principles andapplications of recombinant DNA”, 4th ed., Washington, DC, ASM Press (2009)に記載されている。
【0047】
組み換えDNAを用いた操作法としては、例えば、形質転換、トランスフェクション、感
染、接合、可動等の従来の方法を含め、任意の方法を用いることができる。タンパク質をコードするDNAを用いた細菌の形質転換、トランスフェクション、感染、接合、または可
動により、当該細菌に該DNAによりコードされるタンパク質を合成する能力を付与するこ
とができる。形質転換、トランスフェクション、感染、接合、および可動の方法としては、任意の方法が挙げられる。
【0048】
細菌は、本発明の範囲から逸脱することなく、上記のような性質に加えて、様々な栄養要求性、薬物耐性、薬物感受性、薬物依存性等の特定の性質を有することができる。
【0049】
改変phpR遺伝子のコピー数、遺伝子の存在あるいは不在は、例えば、染色体DNAを制限
処理した後、遺伝子配列に基づいたプローブを使用するサザンブロッテイング、または蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)等を行うことにより、測定することができる
。遺伝子発現のレベルは、ノーザンブロッティングや定量的RT-PCR等の様々な周知の方法を使用して遺伝子から転写されたmRNAの量を測定することにより決定することができる。
【0050】
「C-P結合を有する生理活性物質の生産が増強される」とは、改変phpR遺伝子を含む細
菌において、改変phpR遺伝子を含まない細菌と比較して、C-P結合を有する生理活性物質
の生産量が増加されることを意味し得る。具体的には、例えば、改変phpR遺伝子を含む細菌が、改変phpR遺伝子を含まない細菌と比較して、1.1倍以上、1.3倍以上、または1.5倍以上の量のC-P結合を有する生理活性物質を培地中および/または菌体中に生産
し、蓄積することを意味し得る。「改変phpR遺伝子を含まない細菌」の用語は、上記比較のための対照となり得る細菌株を意味し得る。前記細菌株としては、ストレプトマイセス属に属する細菌(例えばストレプトマイセス・ビリドクロモゲネス)の野生株や親株が挙げられる。非改変細菌株として、具体的には、ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスJCM4977株が挙げられる。
生産が増強されるC-P結合を有する生理活性物質は、1種または2種以上のC-P結合を有する生理活性物質であってよい。
【0051】
ビアラホスなどのC-P結合を有する生理活性物質の生産量は、公知の方法により測定す
ることができ、例えば、培地または菌体中に蓄積したC-P結合を有する生理活性物質をLC-MS/MSにより測定することができる。
【0052】
<4>本発明のC-P結合を有する生理活性物質の製造方法
本発明のC-P結合を有する生理活性物質の製造方法は、本発明のストレプトマイセス属
細菌を培養培地で培養して培養培地および/または菌体中にC-P結合を有する生理活性物
質を生産および蓄積させることを含む。C-P結合を有する生理活性物質は、上記のような
形態で製造され得る。C-P結合を有する生理活性物質は、特に、遊離形態、もしくはその
塩、またはそれらの混合物として製造され得る。例えば、C-P結合を有する生理活性物質
のナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等の塩が、前記方法により製造され得る。
【0053】
また、本発明のC-P結合を有する生理活性物質の製造方法は、本発明のストレプトマイ
セス属細菌を培養培地で培養して培養培地および/または菌体中にC-P結合を有する生理
活性物質を生産および蓄積させた後に、前記培養培地および/または菌体からC-P結合を
有する生理活性物質を回収する工程を含む。同方法は、任意で、培養培地および/または菌体からC-P結合を有する生理活性物質を精製する工程を含み得る。
【0054】
細菌の培養、ならびに任意での培地などからのC-P結合を有する生理活性物質の回収お
よび精製は、微生物を使用してC-P結合を有する生理活性物質を製造する従来の発酵法と
同様に実施することができる。培養培地は、炭素源、窒素源、硫黄源、リン源、無機イオン、並びにその他の有機および無機成分を必要に応じて含む典型的な培地等の、合成培地あるいは天然培地でよい。炭素源としては、グルコース、シュクロース、ラクトース、ガラクトース、フルクトース、アラビノース、マルトース、キシロース、トレハロース、リ
ボース、澱粉加水分解物等の糖類、エタノール、グリセロール、マンニトール、ソルビトール等のアルコール、グルコン酸、フマル酸、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸等の有機酸、および脂肪酸等を使用することができる。窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機アンモニウム塩、大豆加水分解物等の有機窒素、アンモニアガス、およびアンモニア水等を使用することができる。さらに、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、麦芽エキス、およびコーンスティープリカー、綿実カス等も使用することができる。培地は、これらの窒素源の1種またはそれ以上を含むことができる。
硫黄源としては、硫酸アンモニウム、硫酸マグネシウム、硫酸鉄、硫酸マンガン等が挙げられる。培地は、炭素源、窒素源、および硫黄源に加えて、リン源を含んでもよい。リン源としては、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、ピロ燐酸等のリン酸ポリマー等を使用することができる。ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ニコチン酸、ニコチンアミド、ビタミンB12等のビタミンや、その他の必要物質、例えばアデニン、RNA等の核酸、アミノ酸、ペプトン、カザミノ酸、酵母エキス等の有機栄養素等を、適当量(痕跡量であってもよい)存在させることができる。これら以外に、必要であれば、少量のリン酸カルシウム、鉄イオン、マンガンイオン等を加えてもよい。
【0055】
培養は、C-P結合を有する生理活性物質の製造法で使用される細菌の培養に適した条件
で実施することができる。例えば、培養は、好気的条件下で16~72時間、または16~24時間実施することができる。培養中の培養温度は、28~45℃、または28~37℃の範囲内に制御することができる。pHは、5~8の間、または6~7.5の間に調節することができる。pHは、無機もしくは有機の酸性またはアルカリ性物質、例えば、尿素、炭酸カルシウム、またはアンモニアガス、を使用することにより調節することができる。
【0056】
培養後、培養培地からC-P結合を有する生理活性物質を回収することができる。また、
培養後、菌体からC-P結合を有する生理活性物質を回収することができ、具体的には、菌
体を破砕し、菌体や菌体破砕懸濁物(細胞デブリともいう)等の固形分を除去して上清を取得し、上清からC-P結合を有する生理活性物質を回収することができる。菌体の破砕は
、例えば、高周波音波を用いた超音波破砕等の周知の方法により実施することができる。固形分の除去は、例えば、遠心分離または膜ろ過により実施することができる。培養培地や上清等からのC-P結合を有する生理活性物質の回収は、例えば、濃縮、晶析、イオン交
換クロマトグラフィー、中圧または高圧の液体クロマトグラフィー、またはそれらの組み合わせ等の慣用の技術により実施することができる。
【0057】
回収されるC-P結合を有する生理活性物質は、C-P結合を有する生理活性物質以外に、例えば、菌体、培地成分、水分、および微生物の代謝副産物等を含んでいてもよい。C-P結
合を有する生理活性物質は、所望の程度に精製されていてもよい。回収されるC-P結合を
有する生理活性物質の純度は、例えば50%以上、好ましくは85%以上、特に好ましくは95%以上であってよい。
【実施例0058】
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明はかかる実施例に限定されるものではない。
【0059】
[実施例1]
改変phpR遺伝子を挿入した自律複製プラスミドをストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスに導入した株(改変phpR遺伝子を挿入した自律複製プラスミド導入株)と、天然のphpR遺伝子を挿入した自律複製プラスミドをストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスに導入した株(天然phpR遺伝子を挿入した自律複製プラスミド導入株)とを作製し、これらの菌株におけるビアラホス生産性を評価した。
【0060】
(1)遺伝子導入用プラスミドの構築
改変phpR遺伝子(配列番号5の塩基配列からなるポリヌクレオチド)を、ファスマック社の人工遺伝子合成サービスを利用して化学合成した。
また、ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネス(S.
viridochromogenes)JCM4977株
のゲノムDNAを鋳型として、I-257プライマー(配列番号6)およびI-252プライマー(配
列番号7)を用いて、PCR法にて、天然のphpR遺伝子を増幅した。
【0061】
ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスJCM4977株のゲノムDNAを鋳型として、I-67プライマー(配列番号8)およびI-68プライマー(配列番号9)を用いて、PCR法にて、プ
ロモーター領域(Genbankアクセッション番号:WP_003988467.1のタンパク質をコードす
る遺伝子の上流領域)(配列番号4)を増幅した。
【0062】
また、I-54プライマー(配列番号10)およびI-55プライマー(配列番号11)を用いて、PCR法にて、表2に示す塩基配列の、pSET152(Creative Biogene, Cat. No. OVT2796)由来の転写ターミネーター領域(配列番号14)を増幅した。
【0063】
自律複製型プラスミドpGM1190 (addgene, #69994)のアプラマイシン耐性遺伝子をカナ
マイシン耐性遺伝子に置き換えたプラスミド(pGK)を作製した。具体的には、pGM1190を鋳型としてI-44プライマー(配列番号12)とI-45プライマー(配列番号13)を用いてインバースPCRを行い、薬剤耐性マーカーを入れかえるためにアプラマイシン耐性遺伝子
を削除しつつNsiIサイトおよびSpeIサイトを導入した。得られたDNA断片をNsiIとSpeIで
処理し、カナマイシン耐性遺伝子のNsiI-SpeI断片を挿入した。なお、カナマイシン耐性
遺伝子は、ファスマック社にて人工遺伝子合成サービスを利用して化学合成した表2に示すカナマイシン耐性遺伝子断片(配列番号15)を鋳型として、I-137プライマー(配列
番号20)とI-138プライマー(配列番号21)を用いてPCR法にて増幅することにより、作製した。
【0064】
増幅したプロモーター領域のXbaI-NsiI断片、改変phpR遺伝子のNsiI-SpeI断片または天然のphpR遺伝子のNsiI-SpeI断片、および増幅したpSET由来転写ターミネーター領域のXbaI-HindIII断片を、pGKのEcoRI-HindIIIギャップに挿入することで、改変phpR遺伝子を挿
入した自律複製プラスミドおよび天然phpR遺伝子を挿入した自律複製プラスミドをそれぞれ構築した。
【0065】
用いたプライマーを表1に示す。
【0066】
【表1】
表中、塩基配列は、左から右へ5’末端から3’末端の向きである。
【0067】
【表2】
表中、塩基配列は、左から右へ5’末端から3’末端の向きである。
【0068】
(2)接合用大腸菌の形質転換
構築したプラスミドを用いて、以下の手順により、大腸菌をエレクトロポレーション法にて形質転換させた。
まず、以下の手順により、大腸菌S17-1株のコンピテントセルを作製した。
グリセロールストックの大腸菌S17-1株をLBプレートに画線後、37℃で16~20時間培養
し、シングルコロニーを取得した。シングルコロニーを2.5 mLのLB培地に植菌し、37 ℃
、200 rpmで16時間、前培養した。前培養液200 μlを20 mLのLB培地に植菌し、37 ℃、200 rpmでOD600=0.5~0.8になるまで培養した。遠心(4℃、3000 x g、10分)による集菌
後、上清を捨て、氷冷しておいた滅菌水20 mLを加え、ペレットをピペットで優しく懸濁
(洗浄)した。集菌および洗浄の工程をもう一度繰り返した後、再び遠心(4℃、3000 x g、10分)による集菌を行い、上清を捨て、ペレットを200 μlの氷冷しておいた10% グリセロールにピペットで優しく懸濁した。この懸濁液を50μlずつチューブ(エッペンドル
フ社製)に分注することでS17-1株のコンピテントセルを作製した。
【0069】
作製したコンピテントセルへ、構築したプラスミド(~2 μL)を添加し、エレクトロ
ポレーション用セル(バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社製)に移した後、氷上で10分間静置した。1.8 kV、25 μF、200 Ωの電気パルスを与えた後、1 mLのLB培地を添加
し、37 ℃で2時間の回復培養を行った。その後、20000 x g、1分の条件で集菌を行い、上清を除いてから適当量の培地に再懸濁し、100 μg/mLのカナマイシンを含む2×YT寒天培
地に塗布し、37 ℃で一晩培養した。
また、構築したプラスミドの代わりに空ベクター(pGK)を用いたこと以外は同様の手
順により大腸菌を形質転換させて培養し、これをネガティブコントロールとした。
【0070】
(3)ストレプトマイセス属細菌の形質転換
形質転換させた大腸菌を用いて、以下の手順により、ストレプトマイセス属細菌を接合伝達法にて形質転換させた。
上記培養により得られた、形質転換用プラスミドを持つ大腸菌を、100 μg/mLのカナマイシンを含む2 mLのLB培地に植菌し、37 ℃、200 rpmで一晩前培養した。前培養液100 μLを新たな10 mLのLB培地 (100 μg/mLのカナマイシンを含む)に植菌し、OD600=0.4~0.8になるまで37 ℃、200 rpmで培養した。8000 x g、10分の条件で集菌し上清を捨て、集菌した菌体を10 mLのLB培地にピペッティングで懸濁(洗浄)し、集菌および洗浄の工程を
2回繰り返して培養液中に含まれる抗生物質を除去した。その後、再び集菌した菌体ペレットを1 mLのLB培地に再懸濁した。この大腸菌懸濁液のうち500 μLを同じく500 μlの2
×YT培地に懸濁し、50℃で10 分間ヒートショックを与えた後、氷上で静置しておいた、
ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネス(S.
viridochromogenes)JCM4977株にビアラ
ホス合成酵素遺伝子クラスターを1コピー追加した株(後述する参考例)の胞子に混ぜ合
わせ、軽く遠心した。なお、胞子は20 mlのISP4平板培地(2 重量% 寒天、1 重量% デン
プン、0.2 重量% 炭酸カルシウム、0.2 重量% 硫酸アンモニウム、0.1 重量% リン酸水素二カリウム、0.1 重量% 硫酸マグネシウム7水和物、0.1 重量% 塩化ナトリウム、0.1 重
量% 酵母エキス、0.0001 重量% 硫酸鉄(II)7水和物、0.0001 重量% 塩化マンガン7水和物、0.0001 重量% 硫酸亜鉛7水和物)に放線菌をプレーティングし、28℃で二週間程度培養することで取得した。
上記遠心後、50 μL程残して上清を捨て、残した上清に菌体ペレットを再懸濁した後、滅菌水で希釈系列を作製し、20 mlのISP4平板培地に100 μL塗布して、28℃で一晩培養した。1 ml 滅菌水に0.5 mg ナリジクス酸および10μLの100 μg/mLカナマイシンを加え、
培地に重層し、28℃でさらに3~5日培養して、ストレプトマイセス属細菌の形質転換体(改変phpR遺伝子を挿入した自律複製プラスミド導入株、天然phpR遺伝子を挿入した自律複製プラスミド導入株、および空ベクター導入株)をそれぞれ取得した。
【0071】
(4)フラスコ培養
取得した形質転換体を、それぞれ、12.5 ppmのカナマイシンを含むYS培地(1 重量% 可
溶性デンプン、0.2 重量% 酵母エキス) 150 mlの入った500 ml容のバッフル付フラスコに植菌し、140 rpm、28℃で3日間、前培養した。前培養液1 mlを、12.5 μg/mLのカナマイ
シンを含むMYG培地(1 重量% 麦芽エキス、0.4 重量% 酵母エキス、0.4 重量% グルコー
ス) 150 mlの入った500 ml容のバッフル付フラスコに植菌し、28℃で6日間培養した。なお、培養3日目までは140 rpm、それ以降は85 rpmで培養した。
【0072】
(5)ビアラホスの濃度の測定
フラスコ培養後の培養液を分取し、適宜希釈した後、LC-MS/MSによりビアラホスの濃度を測定した。なお、濃度既知のビアラホスを元に作成した検量線を用いた。
【0073】
(6)結果
形質転換体のビアラホス生産性を
図3に示す。
図3に示されるように、改変phpR遺伝子を挿入した自律複製プラスミド導入株では、ビアラホスの生産性が、ネガティブコントロールと比較して約1.5倍増加し、天然phpR遺伝子を挿入した自律複製プラスミド導入株と比較して約2倍増加したことが確認された。
【0074】
[実施例2]
改変phpR遺伝子をストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスのゲノム中に導入した株(改変phpR遺伝子ゲノム導入株)を作製し、当該菌株におけるビアラホス生産性を評価した。
【0075】
(1)遺伝子導入用プラスミドの構築
ゲノムへの遺伝子導入用プラスミドは、pKC1139 (Nova Lifetech、Catalog No. PVT6009)をベースとして構築した。ラベンジオール合成酵素遺伝子クラスター中の、タイプIポ
リケチド合成酵素(type I polyketide synthase)とアノテーションされるタンパク質(Genbankアクセッション番号:WP_039933327.1)をコードする遺伝子中への遺伝子導入を
行うため、当該遺伝子の上流ゲノム領域および下流ゲノム領域をそれぞれ、I-122(配列
番号16)およびI-123(配列番号17)、I-124(配列番号18)およびI-125(配列番
号19)プライマーを用いて、ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスJCM4977株のゲ
ノムを鋳型として、PCR法にて増幅した。
【0076】
前記下流ゲノム領域のEcoRI-SpeI断片をpKC1139のEcoRI-XbaIギャップに挿入した。得
られたプラスミドをEcoRI-XbaIで切断し、カナマイシン耐性遺伝子カセットのEcoRI-SpeI断片を挿入した。なお、カナマイシン耐性遺伝子カセットは、上記実施例1で作製したpGKを鋳型として、I-137プライマー(配列番号20)とI-138プライマー(配列番号21)
を用いて、PCR法により増幅した。
得られたプラスミドをEcoRI-XbaIで切断し、上記実施例1における「(1)遺伝子導入用プラスミドの構築」で作製した「改変phpR遺伝子を挿入した自律複製プラスミド」のEcoRI-SpeI断片を挿入した。最後に、得られたプラスミドをEcoRI-XbaIで切断し、前記上流ゲノム領域のEcoRI-SpeI断片を挿入し、改変phpR遺伝子導入用プラスミドを構築した。
【0077】
(2)接合用大腸菌の形質転換
実施例1と同様の手順で、構築した遺伝子導入用プラスミドおよび空ベクター(pKC1139)で接合用大腸菌をそれぞれ形質転換させた。
【0078】
(3)ストレプトマイセス属細菌の形質転換
得られた接合用大腸菌を用いて、実施例1と同様の手順で、ストレプトマイセス属細菌を形質転換させた。
【0079】
(4)形質転換体の選抜
得られた形質転換体をコロニーPCRで確認した。コロニーPCRにおいて、I-214プライマ
ー(配列番号22)と、I-138プライマー(配列番号21)をセットで用いた。
【0080】
用いたプライマーの塩基配列を表3に示す。
【0081】
【表3】
表中、塩基配列は、左から右へ5’末端から3’末端の向きである。
【0082】
(5)フラスコ培養
選抜した形質転換体を、実施例1と同様の手順でフラスコ培養した。
【0083】
(6)ビアラホス濃度の測定
フラスコ培養した形質転換体を用いて、実施例1と同様の手順で、ビアラホスの濃度を測定した。
【0084】
(7)結果
形質転換体のビアラホス生産性を
図4に示す。
図4に示されるように、改変phpR遺伝子をゲノム中に導入した株では、ネガティブコントロールと比較して、ビアラホスの生産性が約2.5倍増加したことが確認された。
【0085】
[参考例:ビアラホス生合成酵素遺伝子クラスターを1コピー追加した株の作製]
ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスJCM4977株にビアラホス合成酵素遺伝子クラ
スターを1コピー追加した株を、以下の手順により作製した。なお、ストレプトマイセス
・ビリドクロモゲネスは、
図1に示すビアラホス合成遺伝子クラスターを有することが知られており、該遺伝子クラスターには、タンパク質をコードする遺伝子として、5’末端
側から順に、phpA遺伝子、phsB遺伝子、phpB遺伝子、phsC遺伝子、pmi遺伝子、phpC遺伝
子、phpD遺伝子、phpE遺伝子、ppm遺伝子、ppd遺伝子、phpF遺伝子、phpG遺伝子、phpH遺伝子、phpI遺伝子、phpJ遺伝子、phpK遺伝子、pms遺伝子、phsA遺伝子、pat遺伝子、dea
遺伝子、phpL遺伝子、phpM遺伝子、phpN遺伝子、およびphpR遺伝子が存在することが知られている(Blodgett et al. 2016, J Antibiot (Tokyo). 69, 15-25)。
【0086】
(1)遺伝子導入用プラスミドの構築
遺伝子導入用プラスミドは、pSET152(Creative Biogene, Cat. No. OVT2796)をベース
として構築した。ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスJCM4977株のゲノムDNAを鋳型として、ビアラホス合成酵素遺伝子クラスターのSq1~Sq6およびF3領域の各DNA断片を、
表4に示すプライマーセットを用いてPCR法にて増幅した。まず、得られたF3のXbaI-EcoRV断片をpSET152のXbaI-EcoRVギャップに挿入し、F3(
図1のF3)を導入したプラスミドを構築した。次に、Sq6のNheI-SbfI断片とF3のSbfI-EcoRV断片をpSET152のXbaI-EcoRVギャ
ップに挿入し、Sq6F3(
図1のSq6F3)を導入したプラスミドを構築した。次に、Sq5のMunI-SpeI断片を、Sq6F3を導入したプラスミドのEcoRI-XbaIギャップに挿入し、Sq5-6F3(
図1のSq5-6F3)を導入したプラスミドを構築した。以下同様に、Sq4のMunI-SpeI断片、Sq3のMunI-SpeI断片、Sq2のMunI-SpeI断片、Sq1のMunI-SpeI断片をそれぞれ挿入し、
図1に
示すビアラホス合成酵素遺伝子クラスター全長(full)をpSET152に導入したプラスミド
を構築した。
【0087】
【0088】
表4に示すプライマーセットの塩基配列を表5に示す。
【0089】
【表5】
表中、塩基配列は、左から右へ5’末端から3’末端の向きである。
【0090】
(2)接合用大腸菌の形質転換
抗生物質として100 μg/mLのアプラマイシンを使用したこと以外は、実施例1における「(2)接合用大腸菌の形質転換」と同様の手順で、構築した上記のプラスミドを用いて、大腸菌を形質転換させた。
【0091】
(3)ストレプトマイセス属細菌の形質転換
形質転換させるストレプトマイセス属細菌としてストレプトマイセス・ビリドクロモゲネス(S.
viridochromogenes)JCM4977株を用いたこと、および抗生物質として、大腸菌S17-1株の培養には100 μg/mLのアプラマイシンを使用し、ストレプトマイセス・ビリドクロモゲネスの選抜には1 ml 滅菌水に0.5 mg ナリジクス酸および10 μlの100 mg/mLアプ
ラマイシンを加えたこと以外は、実施例1における「(3)ストレプトマイセス属細菌の形質転換」と同様の手順でストレプトマイセス属細菌を形質転換させることで、ビアラホス生合成酵素遺伝子クラスターを1コピー追加した株を取得した。