(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024159092
(43)【公開日】2024-11-08
(54)【発明の名称】自己修復性高分子を製造するための組成物、自己修復性高分子及び自己修復性材料
(51)【国際特許分類】
C08L 5/04 20060101AFI20241031BHJP
C08L 63/00 20060101ALI20241031BHJP
C08G 59/42 20060101ALI20241031BHJP
C08B 37/04 20060101ALI20241031BHJP
【FI】
C08L5/04
C08L63/00 A
C08G59/42
C08B37/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023074857
(22)【出願日】2023-04-28
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
(71)【出願人】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】古海 誓一
(72)【発明者】
【氏名】武田 千都世
(72)【発明者】
【氏名】金田 隆希
(72)【発明者】
【氏名】岩田 直人
【テーマコード(参考)】
4C090
4J002
4J036
【Fターム(参考)】
4C090AA10
4C090BA72
4C090BB21
4C090BB23
4C090BB52
4C090BB65
4C090BB92
4C090BD01
4C090CA36
4C090DA10
4C090DA32
4J002AB05W
4J002CD01X
4J002EU156
4J002FD206
4J002GP00
4J036AB01
4J036AB09
4J036AB10
4J036AE07
4J036DB17
4J036FB18
4J036JA08
(57)【要約】
【課題】熱などの外部刺激により自己修復性を有する自己修復性高分子を製造可能な組成物の提供。
【解決手段】アルギン酸又はその誘導体と、エポキシ基を2つ以上含むエポキシ化合物と、を含む、自己修復性高分子を製造するための組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルギン酸又はその誘導体と、エポキシ基を2つ以上含むエポキシ化合物と、を含む、自己修復性高分子を製造するための組成物。
【請求項2】
前記アルギン酸又はその誘導体は、マンヌロン酸に由来する構成単位Mと、グルロン酸に由来する構成単位Gとを含み、前記構成単位Gの数に対する前記構成単位Mの数の比率(構成単位M/構成単位G)は、1.6未満である請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
エステル交換触媒をさらに含む請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
前記エポキシ化合物は、水溶性エポキシ化合物である請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
前記エポキシ化合物は、エチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、プロピレングリコールジグリシジルエーテル、ポリプロピレングリコールジグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル及びソルビトールポリグリシジルエーテルからなる群より選択される少なくとも1つを含む請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の組成物を硬化させて得られる自己修復性高分子。
【請求項7】
アルギン酸又はその誘導体に由来する骨格と、前記アルギン酸又はその誘導体に含まれるカルボキシ基に由来し、かつ結合交換反応が可能なエステル結合とを有する自己修復性高分子。
【請求項8】
前記結合交換反応が可能なエステル結合として、エポキシ基を2つ以上含むエポキシ化合物に含まれるエポキシ基と、前記アルギン酸又はその誘導体に含まれるカルボキシ基とが反応することによって形成された結合を含む請求項7に記載の自己修復性高分子。
【請求項9】
請求項6に記載の自己修復性高分子を含む自己修復性材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、自己修復性高分子を製造するための組成物、自己修復性高分子及び自己修復性材料に関する。
【背景技術】
【0002】
多糖類は天然に豊富に存在する材料であり、安価な材料であるため、多岐にわたる産業分野で広く利用されている。例えば、セルロースは、天然に最も豊富に存在する原料であり、セルロース誘導体を原料として用いた液晶材料、液晶フィルム、フォトニックデバイス等の開発も行われている。セルロース誘導体を用いた液晶材料等は、安全性の観点及び環境負荷を低減する観点からも有用であり、セルロース誘導体が持つ液晶性、光学特性等の利用がさらに期待されている。
【0003】
セルロース誘導体を用いた自己修復性材料についても検討されている。
例えば、ダングリング鎖を有し、且つ架橋構造を有する非晶性ポリマーXと、動的粘弾性測定によるガラス転移温度が室温以上である非晶性ポリマーYと、を含み、非晶性ポリマーYがセルロースエステルである自己修復性樹脂体が提案されている(例えば、特許文献1)。
さらに、セルロース材料と、シクロデキストリン又はシクロデキストリン誘導体から1個の水素原子又はヒドロキシ基が除かれた1価の基であるホスト基及びホスト基を串刺し状に貫通することができる1価の基であるゲスト基を有する重合体とを含む高分子複合材料を含む自己修復材料が提案されている(例えば、特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010-260979号公報
【特許文献2】特開2021-70768号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
セルロース誘導体以外の多糖類も、人体、地球環境に対して低負荷な材料であり、かつ安価な材料である。本発明者らは、セルロース誘導体以外の多糖類においても特許文献1、2に記載されているような自己修復材料の作製を試みた。
【0006】
本開示は、熱などの外部刺激により自己修復性を有する自己修復性高分子を製造可能な組成物、自己修復性を有する自己修復性高分子及びこの高分子を含む自己修復性材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
課題を解決するための具体的手段には、以下の態様が含まれる。
<1> アルギン酸又はその誘導体と、エポキシ基を2つ以上含むエポキシ化合物と、を含む、自己修復性高分子を製造するための組成物。
<2> 前記アルギン酸又はその誘導体は、マンヌロン酸に由来する構成単位Mと、グルロン酸に由来する構成単位Gとを含み、前記構成単位Gの数に対する前記構成単位Mの数の比率(構成単位M/構成単位G)は、1.6未満である<1>に記載の組成物。
<3> エステル交換触媒をさらに含む<1>又は<2>に記載の組成物。
<4> 前記エポキシ化合物は、水溶性エポキシ化合物である<1>~<3>のいずれか1つに記載の組成物。
<5> 前記エポキシ化合物は、エチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、プロピレングリコールジグリシジルエーテル、ポリプロピレングリコールジグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル及びソルビトールポリグリシジルエーテルからなる群より選択される少なくとも1つを含む<1>~<4>のいずれか1つに記載の組成物。
<6> <1>~<5>のいずれか1つに記載の組成物を硬化させて得られる自己修復性高分子。
<7> アルギン酸又はその誘導体に由来する骨格と、前記アルギン酸又はその誘導体に含まれるカルボキシ基に由来し、かつ結合交換反応が可能なエステル結合とを有する自己修復性高分子。
<8> 前記結合交換反応が可能なエステル結合として、エポキシ基を2つ以上含むエポキシ化合物に含まれるエポキシ基と、前記アルギン酸又はその誘導体に含まれるカルボキシ基とが反応することによって形成された結合を含む<7>に記載の自己修復性高分子。
<9> <6>~<8>のいずれか1つに記載の自己修復性高分子を含む自己修復性材料。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一実施形態によれば、熱などの外部刺激により自己修復性を有する自己修復性高分子を製造可能な組成物、自己修復性を有する自己修復性高分子及びこの高分子を含む自己修復性材料を提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施例1の架橋膜について、80℃~130℃におけるG(t)/G
0を示すグラフである。
【
図2】実施例1の架橋膜について、80℃~130℃の各温度に対して緩和時間をプロットしたグラフである。
【
図3】実施例2の架橋膜について、70℃~120℃におけるG(t)/G
0を示すグラフである。
【
図4】実施例2の架橋膜について、70℃~120℃の各温度に対して緩和時間をプロットしたグラフである。
【
図5】実施例3の架橋膜について、80℃~120℃におけるG(t)/G
0を示すグラフである。
【
図6】実施例3の架橋膜について、80℃~120℃の各温度に対して緩和時間をプロットしたグラフである。
【
図7】実施例4の架橋膜について、100℃~130℃におけるG(t)/G
0を示すグラフである。
【
図8】実施例4の架橋膜について、100℃~130℃の各温度に対して緩和時間をプロットしたグラフである。
【
図9】実施例5の架橋膜について、70℃~120℃におけるG(t)/G
0を示すグラフである。
【
図10】実施例5の架橋膜について、70℃~120℃の各温度に対して緩和時間をプロットしたグラフである。
【
図11】実施例6の架橋膜について、70℃~120℃におけるG(t)/G
0を示すグラフである。
【
図12】実施例6の架橋膜について、70℃~120℃の各温度に対して緩和時間をプロットしたグラフである。
【
図13】実施例7の架橋膜について、70℃~120℃におけるG(t)/G
0を示すグラフである。
【
図14】実施例7の架橋膜について、70℃~120℃の各温度に対して緩和時間をプロットしたグラフである。
【
図15】実施例8の架橋膜について、70℃~120℃におけるG(t)/G
0を示すグラフである。
【
図16】実施例8の架橋膜について、70℃~120℃の各温度に対して緩和時間をプロットしたグラフである。
【
図17】実施例9の架橋膜について、80℃~120℃におけるG(t)/G
0を示すグラフである。
【
図18】実施例9の架橋膜について、80℃~120℃の各温度に対して緩和時間をプロットしたグラフである。
【
図19】実施例10の架橋膜について、80℃~120℃におけるG(t)/G
0を示すグラフである。
【
図20】実施例10の架橋膜について、80℃~120℃の各温度に対して緩和時間をプロットしたグラフである。
【
図21】実施例11の架橋膜について、80℃~110℃におけるG(t)/G
0を示すグラフである。
【
図22】実施例11の架橋膜について、80℃~110℃の各温度に対して緩和時間をプロットしたグラフである。
【
図23】実施例12の架橋膜について、80℃~120℃におけるG(t)/G
0を示すグラフである。
【
図24】実施例12の架橋膜について、80℃~120℃の各温度に対して緩和時間をプロットしたグラフである。
【
図25】実施例5の架橋膜における動的粘弾性測定の結果を示すグラフである。
【
図26】実施例6の架橋膜における動的粘弾性測定の結果を示すグラフである。
【
図27】実施例7の架橋膜における動的粘弾性測定の結果を示すグラフである。
【
図28】実施例8の架橋膜における動的粘弾性測定の結果を示すグラフである。
【
図29】実施例9の架橋膜における動的粘弾性測定の結果を示すグラフである。
【
図30】実施例10の架橋膜における動的粘弾性測定の結果を示すグラフである。
【
図31】実施例11の架橋膜における動的粘弾性測定の結果を示すグラフである。
【
図32】実施例12の架橋膜における動的粘弾性測定の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本開示において、数値範囲を示す「~」とはその前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
本開示において段階的に記載されている数値範囲において、一つの数値範囲で記載された上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよい。また、本開示に記載されている数値範囲において、その数値範囲の上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
本開示において、組成物中の各成分の量について言及する場合、組成物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合には、特に断らない限り、組成物中に存在する複数の成分の合計量を意味する。
本開示において、置換又は無置換を明記していない化合物については、本開示における効果を損なわない範囲で、任意の置換基を有していてもよい。
なお、本開示において、好ましい態様の組み合わせは、より好ましい態様である。本開示において、任意の組み合わせにおいて、2つ以上の好ましい態様を組み合わせてもよい。
本開示において、カルボキシ基は、カルボキシ基の塩(例えば、-COONa)も包含する。
【0011】
<自己修復性高分子を製造するための組成物>
本開示の自己修復性高分子を製造するための組成物は、アルギン酸又はその誘導体と、エポキシ基を2つ以上含むエポキシ化合物と、を含む。加熱等によりカルボキシ基とエポキシ基とが反応することでエステル結合及びヒドロキシ基が形成された架橋物(自己修復性高分子)が得られる。架橋物に含まれるエステル結合及びヒドロキシ基は、エステル交換反応により結合交換反応が可能である。そのため、本開示の組成物を用いて得られる自己修復性高分子は、熱などの外部刺激により自己修復性を有する。例えば、自己修復性高分子に対して切断等により物理的損傷を与えた場合であっても、物理的損傷が与えられた自己修復性高分子同士を接触させた状態で熱などの外部刺激を与えることで物理的損傷が与えられた自己修復性高分子同士を接合させ、自己修復性高分子を修復することが可能となる。また、自己修復性高分子等を重ねた状態で熱などの外部刺激を与えることで自己修復性高分子同士を接合させることができ、自己修復性高分子を用いた成形が可能となる。
【0012】
さらに、本開示の組成物を用いて得られる自己修復性高分子は、カルボキシメチルセルロースを使用した自己修復性高分子と比較して、修復温度又は再成形可能温度を低減することができ、修復又は再成形にかかる時間も短縮することができる。一例として、本開示の組成物を用いて得られる自己修復性高分子は、約100℃、10分~1時間程度で修復又は再成形が可能である。
【0013】
(アルギン酸又はその誘導体)
本開示の組成物は、アルギン酸又はその誘導体を含む。
アルギン酸は、マンヌロン酸に由来する構成単位Mと、グルロン酸に由来する構成単位Gとを含むポリマーである。
アルギン酸の誘導体としては、アルギン酸のナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩等のアルギン酸の金属塩、アルギン酸のアンモニウム塩、アルギン酸ジエタノールアミン、アルギン酸トリエタノールアミン、アルギン酸トリエチルアミン、アルギン酸プロピレングリコールなどが挙げられる。
【0014】
アルギン酸又はその誘導体は、マンヌロン酸に由来する構成単位Mと、グルロン酸に由来する構成単位Gとを含むポリマーである。構成単位Gの数に対する構成単位Mの数の比率(構成単位M/構成単位G)は、特に限定されない。架橋膜の透明性及び強度の観点から、構成単位Gの数に対する構成単位Mの数の比率(構成単位M/構成単位G、M/G比ともいう。)は、1.6未満であってもよく、0.8以上1.6未満又は0.8未満であってもよい。
アルギン酸又はその誘導体では、構成単位M/構成単位Gは1.6以上であってもよい。
なお、アルギン酸又はその誘導体の原料とした海藻の種類、生産地などによって構成単位M/構成単位Gが異なる。
【0015】
アルギン酸又はその誘導体の20℃での粘度は、10mPa・s~1000mPa・sであってもよく、15mPa・s~500mPa・sであってもよく、20mPa・s~100mPa・sであってもよい。
アルギン酸又はその誘導体の20℃での粘度は、アルギン酸又はその誘導体を水に溶解させて1質量%水溶液とし、回転式粘度計を用いて20℃及び30rpmの条件で当該水溶液の粘度を測定したときの値である。
【0016】
アルギン酸又はその誘導体の重量平均分子量は、1.0×105~5.0×106であってもよく、3.0×105~3.0×106であってもよく、5.0×105~2.0×106であってもよい。重量平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー法(GPC)により求めることができる。
【0017】
(多官能エポキシ化合物)
本開示の組成物は、エポキシ基を2つ以上含むエポキシ化合物(以下、「多官能エポキシ化合物」ともいう。)を含む。多官能エポキシ化合物は、エポキシ基を2つ以上含むエポキシ化合物であれば特に限定されず、2つのエポキシ基を含むエポキシ化合物であってもよく、3つ以上のエポキシ基を含むエポキシ化合物であってもよい。
多官能エポキシ化合物は、1種単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0018】
本開示の組成物に含まれる多官能エポキシ化合物は、水中でのアルギン酸又はその誘導体との相溶性の観点から、水溶性エポキシ化合物であることが好ましい。
【0019】
多官能エポキシ化合物としては、例えば、エチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、プロピレングリコールジグリシジルエーテル、ポリプロピレングリコールジグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテル等が挙げられる。中でも、低粘度の観点から、エチレングリコールジグリシジルエーテル及びポリエチレングリコールジグリシジルエーテルが好ましい。
【0020】
多官能エポキシ化合物が、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリプロピレングリコールジグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル等の場合、繰り返し単位の数は、特に限定されず、例えば、2~20であってもよく、3~15であってもよく、4~10であってもよい。繰り返し単位の数が4~10であることにより、室温で安定な架橋膜を形成しやすい傾向にある。
【0021】
(単官能エポキシ化合物)
本開示の組成物は、エポキシ基を1つ含むエポキシ化合物(以下、「単官能エポキシ化合物」ともいう。)を含んでいてもよい。単官能エポキシ化合物は、水溶性エポキシ化合物であることが好ましい。
単官能エポキシ化合物は、1種単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0022】
単官能エポキシ化合物としては、例えば、1,2-エポキシプロパン、1,2-エポキシブタン等のエポキシ基含有アルカン、ラウリルアルコールEO(エチレンオキシド)付加物グリシジルエーテル、フェノールEO付加物グリシジルエーテル等のEO付加物グリシジルエーテル等が挙げられる。
【0023】
組成物を架橋させた際の架橋密度の観点から、単官能エポキシ化合物の含有量は、多官能エポキシ化合物及び単官能エポキシ化合物の合計に対して、50質量%以下であってもよく、30質量%以下であってもよく、10質量%以下であってもよい。
【0024】
本開示の組成物は、生体適合性の観点から、ビスフェノール骨格を有するエポキシ化合物を含まないか、その含有量は少ないことが好ましい。本開示の組成物では、ビスフェノール骨格を有するエポキシ化合物の含有量は、エポキシ化合物全量に対して10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることがより好ましく、0質量%であることがさらに好ましい。
【0025】
アルギン酸又はその誘導体に含まれるカルボキシ基に対するエポキシ化合物に含まれるエポキシ基のモル比(カルボキシ基:エポキシ基)は、組成物を架橋させた際の架橋密度の観点から、1:0.2~5.0であってもよく、1:0.4~2.5であってもよい。
前述の「カルボキシ基:エポキシ基」については、エポキシ化合物として多官能エポキシ化合物のみを用いる場合には、「カルボキシ基:多官能エポキシ化合物に由来のエポキシ基」と読み替えてもよい。エポキシ化合物として多官能エポキシ化合物及び単官能エポキシ化合物を用いる場合には、「カルボキシ基:多官能エポキシ化合物に由来のエポキシ基及び単官能エポキシ化合物に由来するエポキシ基の合計」と読み替えてもよい。
【0026】
(エステル交換触媒)
本開示の組成物は、エステル交換触媒をさらに含むことが好ましい。エステル交換触媒としては、エステル交換反応を促進する触媒であれば特に限定されず、例えば、酢酸亜鉛(II)、亜鉛(II)アセチルアセトナート、ナフテン酸亜鉛(II)、アセチルアセトン鉄(III)、アセチルアセトンコバルト(II)、アルミニウムイソプロポキシド、チタニウムイソプロポキシド、メトキシド(トリフェニルホスフィン)銅(I)錯体、エトキシド(トリフェニルホスフィン)銅(I)錯体、プロポキシド(トリフェニルホスフィン)銅(I)錯体、イソプロポキシド(トリフェニルホスフィン)銅(I)錯体、メトキシドビス(トリフェニルホスフィン)銅(II)錯体、エトキシドビス(トリフェニルホスフィン)銅(II)錯体、プロポキシドビス(トリフェニルホスフィン)銅(II)錯体、イソプロポキシドビス(トリフェニルホスフィン)銅(II)錯体、トリス(2,4-ペンタンジオナト)コバルト(III)、二酢酸すず(II)、ジ(2-エチルヘキサン酸)すず(II)、N,N-ジメチル-4-アミノピリジン、ジアザビシクロウンデセン、ジアザビシクロノネン、トリアザビシクロデセン、トリフェニルホスフィン等が挙げられる。強塩基性の観点から、エステル交換触媒は、トリアザビシクロデセンが好ましい。
【0027】
本開示の組成物がエステル交換触媒を含む場合、エステル交換触媒の含有量は、アルギン酸又はその誘導体のカルボキシ基に対し、1mol%~10mol%であってもよく、2mol%~8mol%であってもよく、4mol%~6mol%であってもよい。
エステル交換反応に寄与する成分としては、アルギン酸又はその誘導体、多官能エポキシ化合物、必要に応じて用いられる単官能エポキシ化合物等が挙げられる。
【0028】
本開示の組成物は、水を含んでいてもよく、前述の各成分が水分中に溶解又は分散していてもよい。
【0029】
(他の成分)
本開示の組成物は、本開示の効果を著しく損なわない範囲で他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては、例えば、重合性モノマー、架橋剤、難燃剤、相溶化剤、酸化防止剤、離型剤(剥離剤)、耐光剤、耐候剤、改質剤、帯電防止剤、加水分解防止剤、カルボキシ基と反応することで結合交換反応が可能なエステル結合を形成し得る化合物等が挙げられる。
【0030】
本開示の組成物は、他の成分としてカルボキシ基と反応することで結合交換反応が可能なエステル結合を形成し得る化合物(以下、その他の化合物とも称する。)を含んでいてもよい。その他の化合物としては、例えば、ヒドロキシ基を2つ以上含むポリオール化合物が挙げられる。
【0031】
ポリオール化合物の具体例としては、
エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3-ブチレングリコール、1,4-ブチレングリコール等のアルキレングリコール;
ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、エチレンオキシドとプロピレンオキシドとの共重合体等のポリアルキレングリコール;
グルコース、マルトース、フルクトース、ショ糖、キシリトール、ソルビトール等の糖アルコール;
グリセリン、ポリグリセリン、エリスリトール;などが挙げられる。
【0032】
<自己修復性高分子>
(第1実施形態)
本開示の自己修復性高分子の第1実施形態は、前述の本開示の組成物を硬化させて得られる。例えば、本開示の組成物を加熱することで必要に応じて含まれる水を揮発させ、かつカルボキシ基とエポキシ基とを反応させることにより、架橋物である自己修復性高分子が得られる。自己修復性高分子は、カルボキシ基とエポキシ基とが反応することにより形成されたエステル結合及びヒドロキシ基を含み、エステル結合及びヒドロキシ基は、エステル交換反応により結合交換反応が可能である。
【0033】
(第2実施形態)
本開示の自己修復性高分子の第2実施形態は、アルギン酸又はその誘導体に由来する骨格と、アルギン酸又はその誘導体に含まれるカルボキシ基に由来し、かつ結合交換反応が可能なエステル結合とを有していてもよい。本実施形態の自己修復性高分子において、アルギン酸又はその誘導体の好ましい構成は、前述の本開示の組成物に含まれるアルギン酸又はその誘導体の好ましい構成と同様である。
【0034】
第2実施形態の自己修復性高分子は、アルギン酸又はその誘導体に含まれるカルボキシ基に由来し、かつ結合交換反応が可能なエステル結合を有することで、加熱等により当該エステル結合が結合交換される。より具体的には、エステル結合及び自己修復性高分子に含まれるヒドロキシ基等は、エステル交換反応により結合交換反応が可能である。
【0035】
第2実施形態の自己修復性高分子は、結合交換反応が可能なエステル結合として、エポキシ基を2つ以上含むエポキシ化合物に含まれるエポキシ基と、アルギン酸又はその誘導体に含まれるカルボキシ基とが反応することによって形成されたエステル結合を含むことが好ましい。ここで、エポキシ基を2つ以上含むエポキシ化合物の好ましい構成は、前述の多官能エポキシ化合物と同様である。
エポキシ基とカルボキシ基とが反応することで、エステル結合及びヒドロキシ基が形成され、形成されたエステル結合及びヒドロキシ基は、エステル交換反応により結合交換反応が可能となる。
【0036】
<自己修復性材料>
本開示の自己修復性材料は、前述の本開示の自己修復性高分子を含む。本開示の自己修復性材料は、自己修復性高分子を含んでいてもよく、エステル交換触媒、他の成分等をさらに含んでいてもよい。本開示の自己修復性材料は、前述の本開示の組成物を硬化させたものであってもよく、自己修復性高分子の成形物であってもよく、フィルム状、板状、棒状等の任意の形状の成形物であってもよい。
【実施例0037】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はその主旨を越えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0038】
[アルギン酸ナトリウムの準備]
以下に示すようにアルギン酸ナトリウムであるアルギン酸A~Cを準備した。
・アルギン酸A(アルギン酸ナトリウム、キミカ株式会社製、商品名IL-6M、M/G比1.6以上、分子量9.9×105、粘度50mPa・s~80mPa・s)
・アルギン酸B(アルギン酸ナトリウム、キミカ株式会社製、商品名SKAT-ONE、M/G比0.8以上1.6未満、分子量7.6×105、粘度20mPa・s~80mPa・s)
・アルギン酸C(アルギン酸ナトリウム、キミカ株式会社製、商品名IL-6G、M/G比0.8未満、分子量9.9×105、粘度50mPa・s~80mPa・s)
【0039】
アルギン酸ナトリウムにおけるマンヌロン酸に由来する構成単位Mの一例は、式(1)で表され、アルギン酸ナトリウムにおけるグルロン酸に由来する構成単位Gの一例は、式(2)で表される。
【0040】
【0041】
[多官能エポキシ化合物及びエステル交換触媒の準備]
以下に示す多官能エポキシ化合物及びエステル交換触媒を準備した。
・以下の式(3)で表されるポリエチレングリコールジグリシジルエーテル(PEGDE、m=2、4、8、9、13)
・1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン(TBD)
【0042】
【0043】
[実施例1~12]
(架橋膜の作製)
100mLビーカーを用いて、アルギン酸A 1.5gを超純水50mLに溶解させた。その後、アルギン酸ナトリウム水溶液を50mLスクリュー管に移し、イオン交換樹脂(三菱ケミカル株式会社製、DIAIONTM SMNUPB)5.0gを加え、ミックスローターで24時間撹拌することで脱塩を行った。
【0044】
脱塩後、イオン交換樹脂を除いた水溶液を100mLナスフラスコに移し、PEGDE(m=4)3.1518g(アルギン酸のカルボキシ基に対して2eq.)、TBD 0.0585g(アルギン酸のカルボキシ基に対して5mol%)を加え、均一になるまで室温で撹拌して溶液(自己修復性高分子を製造するための組成物)を得た。
【0045】
溶液を80℃で約20時間加熱撹拌することで水を除去した。フラスコ内の溶液をテフロン製小皿に移し、60℃に設定した乾燥機で一晩静置した。その後、100℃に設定したアルミビーズバス上で4~5時間加熱することでカルボキシ基とエポキシ基を反応させ、架橋構造内にエステル結合とヒドロキシ基を有する架橋膜(表1中の実施例6の架橋膜)を得た。
【0046】
架橋膜の作製に用いる各原料の種類及び使用量を表1に示す通りに変更した以外は実施例6の架橋膜の作製と同様にして表1に示す実施例1~5、7~12の架橋膜を作製した。
【0047】
【0048】
(FT-IR測定)
前述のようにして作製した架橋膜について、フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)測定を行うことで架橋反応が進行しているか否かを確認した。1750cm-1付近にてエステル結合由来のピークを確認し、架橋反応が進行していることを確認した。
【0049】
(架橋膜の外観及び強度評価)
PEGDE(m=4)を使用して作製した実施例2、6及び10の架橋膜について、外観および強度を確認した。実施例2では、架橋膜は不透明かつ脆かった。一方、実施例6及び10では、架橋膜は透明かつ強靭であった。実施例6及び10にて使用したアルギン酸ナトリウムは、M/G比が比較的低いことでカルボキシ基の反応性が高く、架橋反応が均一に進行した結果、透明かつ強靭な架橋膜が得られた、と推測される。
【0050】
(応力緩和測定)
前述のようにして作製した架橋膜に対して初期ひずみγ0を与え、そのひずみを一定に維持したまま応力σ(t)の減少速度を測定する応力緩和測定を行った。具体的には、アントンパール社のMCR102装置を用い、直径8mmのパラレルプレートに架橋膜を設置し、応力緩和測定を行った。応力をひずみで割った値である緩和弾性率Gについて、初期応力における緩和弾性率(G0)に対する時間tでの応力における緩和弾性率(G(t))の比率であるG(t)/G0をプロットした。また、応力σが、σ0/eとなるまでの時間である緩和時間τを求めた。
70℃~130℃の温度範囲内で明確な応力の緩和を確認できたため、70℃、80℃90℃、又は100℃から10℃刻みにて上記と同様の条件で応力緩和測定を行った。なお、実施例1~12の架橋膜では、応力緩和が確認できた温度範囲はそれぞれ相違していた。実施例1~12の架橋膜におけるG(t)/G0のプロットを図に示す。各図に示すように、応力の緩和が確認された。
【0051】
さらに、緩和時間τの結果を表2~表4に示す。なお、表2~表4中の「-」は、応力の緩和が確認できなかったことを意味する。
【0052】
【0053】
【0054】
【0055】
表2~表4の結果により、アルギン酸の種類、多官能エポキシ化合物の種類等によって架橋膜の緩和時間を調整可能であることが分かった。例えば、PEGDE(m=4)を使用して作製した実施例2、6及び10の架橋膜では、他の実施例の架橋膜と比較して緩和時間が短くなる傾向にあった。この理由は、PEGDEの分子鎖の長さによって結合交換反応の生じやすさが変動し、m=4では他の例と比較して結合交換反応が生じやすくなっているため、と推測される。
【0056】
図に示すように、表2~表4に示す各温度(具体的には、1000/T(K))に対して緩和時間(具体的には、In τ)をプロットすることで、アレニウスの式(In τ=A+RT/Ea、R:気体定数、T:絶対温度、Ea:活性化エネルギー)に従う直線が得られた。この結果は、先行研究(L. Leibler et al., Science, 2011, 334, 965-968.)と同様の挙動であるため、前述のようにして作製した架橋膜は自己修復性があると推測された。
【0057】
(架橋膜の自己修復性の確認)
前述のようにして作製した架橋膜が自己修復性を有することを、以下のようにして確認した。
実施例6の架橋膜同士を重ねた後に100℃、10分の条件でヒートプレスを行うことで、重ねた架橋膜が接合することを確認した。以上のように、接合によって架橋膜が自己修復性を有することを確認できた。
実施例10の架橋膜同士を重ねた後に110℃、10分の条件でヒートプレスを行うことで、重ねた架橋膜が接合することを確認した。以上のように、接合によって架橋膜が自己修復性を有することを確認できた。
【0058】
(動的粘弾性測定)
前述のようにして作製した実施例5~12の架橋膜に対して室温で100Hz~0.01Hzの周波数のひずみを与えたときの弾性率を測定する動的粘弾性測定を行った。具体的には、アントンパール社の動的粘弾性測定装置を用い、直径8mmのパラレルプレートに架橋膜を設置し、周波数100Hz~0.01Hz、室温の条件で貯蔵弾性率(G’)及び損失弾性率(G’’)を測定した。
各実施例の架橋膜における動的粘弾性測定の結果を図に示す。
図25~
図28に示すように、実施例5にてG’とG’’に周波数依存性が確認でき、実施例6~8にてG’とG’’に周波数依存性がほどんど確認できなかった。この結果から、実施例5では、室温にて架橋膜が緩やかに流動しており、実施例6~8では、室温にて架橋膜が安定して存在していることが推測される。
図29~
図32に示すように、実施例9、12にてG’とG’’に周波数依存性が確認でき、実施例10、11にてG’とG’’に周波数依存性がほどんど確認できなかった。この結果から、実施例9、12では、室温にて架橋膜が緩やかに流動しており、実施例10、11では、室温にて架橋膜が安定して存在していることが推測される。