(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024160031
(43)【公開日】2024-11-11
(54)【発明の名称】水素量検出装置及び水素量検出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/416 20060101AFI20241031BHJP
G01N 27/28 20060101ALI20241031BHJP
G01N 27/30 20060101ALI20241031BHJP
【FI】
G01N27/416 311H
G01N27/28 321F
G01N27/30 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023075000
(22)【出願日】2023-04-28
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 発行日 令和4年4月30日 刊行物 材料と環境2022講演集(B-108)(CD-ROM)(公益社団法人腐食防食学会) 開催日 令和4年5月25日 集会名、開催場所 公益社団法人腐食防食学会、材料と環境2022(B-108)(オンライン開催) 大会プログラムURL:https://www.jcorr.or.jp/shuppan/taikai.html プログラム詳細URL:https://www.jcorr.or.jp/pdf/taikai/s22prg.pdf 開催日 令和4年6月11日 集会名、開催場所 公益社団法人 電気化学会 北海道支部 50周年記念 若手研究者発表会(ポスターセッション)北海道大学 学術交流会館(北海道札幌市北区北8条西5丁目) 発行日 令和4年9月21日 刊行物 鋼材腐食水素侵入に関する評価技術の新展開フォーラム「鋼材腐食水素侵入に関する評価技術の研究動向」概要集9頁(一般社団法人 日本鉄鋼協会) 開催日 令和4年9月21日 集会名、開催場所 一般社団法人 日本鉄鋼協会、鋼材腐食水素侵入に関する評価技術の新展開フォーラム、「鋼材腐食水素侵入に関する評価技術の研究動向」) (開催場所:福岡工業大学(福岡県福岡市東区和白東3-30-1))
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 発行日 令和4年9月20日 刊行物 第69回、材料と環境討論会講演集(A-207)(CD-ROM)(公益社団法人腐食防食学会) 開催日 令和4年10月5日 集会名、開催場所 公益社団法人 腐食防食学会、第69回 材料と環境討論会(A-207) (開催場所:久留米シティプラザ(福岡県久留米市六ツ門町8-1)) ウェブサイトの掲載日 令和5年1月17日 ウェブサイトのアドレス(URL)https://touche-np.org/meeting/cgi-bin/application/db_application_e.cgi 化学系学協会 北海道支部(共催:日本化学会・石油学会・日本分析化学会・触媒学会・電気化学会・腐食防食学会・表面技術協会 各北海道支部)、2023年冬季研究発表会の予稿集のウェブサイト公開 開催日 令和5年1月25日 集会名、開催場所 化学系学協会 北海道支部(共催:日本化学会・石油学会・日本分析化学会・触媒学会・電気化学会・腐食防食学会・表面技術協会 各北海道支部)2023年冬季研究発表会 (開催場所:北海道大学 学術交流会館(北海道札幌市北区北8条西5丁目)) URL:https://touche-np.org/toukiken/cgi-bin/application/db_application_e.cgi 発行日 令和5年2月20日 刊行物 第185回春季講演大会予稿集195頁(136)(CD-ROM)(一般社団法人日本鉄鋼協会) 開催日 令和5年3月9日 集会名、開催場所 一般社団法人 日本鉄鋼協会 第185回春季講演大会 (開催場所:東京大学駒場キャンパス(東京都目黒区駒場3-8-1))
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100124800
【弁理士】
【氏名又は名称】諏澤 勇司
(72)【発明者】
【氏名】伏見 公志
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 靖哉
(72)【発明者】
【氏名】北川 裕一
(72)【発明者】
【氏名】庄司 淳
(72)【発明者】
【氏名】水尻 雄也
(57)【要約】
【課題】 水素量をその場測定をすることが可能な水素量検出装置及び水素量検出方法を提供する。
【解決手段】
水素量検出装置100は、試料Sの水素侵入面において吸着する水素量に相関する第1信号を出力する第1検出素子1と、試料S内に侵入しない水素量に相関する第2信号を出力する第2検出素子2と、試料Sを透過して水素引出面に到達した水素量に応じた第3信号を出力する第3検出素子3とを備えている。制御装置5は、第1検出素子1、第2検出素子2、及び、第3検出素子3から、それぞれ出力された第1信号、第2信号及び第3信号に基づいて、試料S内の水素量に対応する値を求める。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の水素侵入面において吸着する水素量に相関する第1信号を出力する第1検出素子と、
前記試料内に侵入しない水素量に相関する第2信号を出力する第2検出素子と、
前記試料を透過して前記試料の水素引出面に到達した水素量に応じた第3信号を出力する第3検出素子と、
前記第1検出素子、前記第2検出素子及び前記第3検出素子から、それぞれ出力された第1信号、第2信号及び第3信号に基づいて、前記試料内の水素量に対応する値を求める制御装置と、
を備える水素量検出装置。
【請求項2】
前記第1検出素子及び前記第2検出素子を含み、水素を含む流体の導入口及び排出口を有する第1セルと、
前記第3検出素子を含み、前記試料を介して前記第1セルに隣接する第2セルと、
を備える、
請求項1に記載の水素量検出装置。
【請求項3】
前記第1検出素子は、
前記水素侵入面を第1作用電極とした場合、前記第1作用電極との間に、前記第1信号として第1電流(Ie)が流れる第1対電極と、
前記第1作用電極との間に第1電圧(V1)が与えられる第1参照電極と、
を備え、
前記第2検出素子は、
前記第1対電極との間に、前記第2信号として第2電流(Id)が流れる検出電極を備え、前記検出電極と前記参照電極との間には第2電圧(V2)が与えられ、
前記第3検出素子は、
前記水素引出面を第2作用電極とした場合、前記第2作用電極との間に、前記第3信号として第3電流(Iw)が流れる第2対電極と、
前記第2作用電極との間に第3電圧(V3)が与えられる第2参照電極と、
を備える、
請求項2に記載の水素量検出装置。
【請求項4】
前記試料の厚み方向をZ軸とし、Z軸に垂直な方向をX軸、Z軸及びX軸の双方に垂直な方向をY軸とする三次元直交座標系を設定した場合、
前記第1セルは、XY平面内において、同心円状に形成された第1流路及び第2流路を備え、前記第1流路は、前記第2流路の外側に位置し、
前記第1セル内の流体流路は、前記導入口から供給された流体が、前記第1流路内を前記試料の方向に進行して、前記試料の前記水素侵入面に到達した後、前記第2流路内を通って、前記排出口に至るように設定されている、
請求項3に記載の水素量検出装置。
【請求項5】
前記制御装置は、
前記第1電流(Ie)、前記第2電流(Id)、前記第3電流(Iw)に基づいて、前記第1電流に相関する値から、前記第2電流に相関する値、及び、前記第3電流に相関する値を減じ、減じた値の時間積分値を求めることにより、前記試料内の水素量に対応する値を求める、
請求項3に記載の水素量検出装置。
【請求項6】
前記第2電流(Id)に相関する値は、前記第2電流(Id)を、前記検出電極における水素検出効率(ηd)で除した値である、
請求項5に記載の水素量検出装置。
【請求項7】
前記水素量検出装置を第1の水素量検出装置とし、
前記第1の水素量検出装置と同一の構造を備えた第2の水素量検出装置を更に備え、
前記第2の水素量検出装置は、
その試料として、前記検出電極と同一の材料からなる基準試料を用い、
その制御装置は、前記第2の水素量検出装置における第1電流(Ie)に対する第2電流(Id)の比率(Id/Ie)を前記水素検出効率(ηd)として求め、
前記第1の水素量検出装置の前記制御装置は、
前記第2の水素量検出装置において求められた水素検出効率(ηd)を用いて、前記試料内の水素量に対応する値を求める、
請求項6に記載の水素量検出装置。
【請求項8】
第1検出素子により試料の水素侵入面において吸着する水素量に相関する第1信号を出力する工程と、
第2検出素子により前記試料内に侵入しない水素量に相関する第2信号を出力する工程と、
第3検出素子により前記試料を透過して前記試料の水素引出面に到達した水素量に応じた第3信号を出力する工程と、第1検出素子、第2検出素子及び第3検出素子から、それぞれ出力された第1信号、第2信号及び第3信号に基づいて、前記試料内の水素量に対応する値を求める工程と、
を備える水素量検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、水素量検出装置及び水素量検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材(金属)を大気腐食環境内に配置した場合、鋼材を化学処理した場合、或いは、鋼材を水素ガス環境内に配置した場合、鋼材表面に水素が吸着する。鋼材表面に吸着した水素の一部は、鋼材内に侵入して拡散し、転位や欠陥などのトラップサイトに捕捉され、鋼材内に蓄積される。捕捉された水素により、鋼材の水素脆化が生じる場合がある。例えば、橋梁におけるボルトの腐食、自動車における各種部品の腐食により、鋼材中に水素が導入される。また、軽くて強度の高い高強度鋼においては、水素脆化が生じやすいことが知られている。鋼材内の水素量検出技術は、新しい鋼材の開発、品質改良、既存の鋼材の状態測定などに役立てることができる。
【0003】
金属中の水素挙動を観察する技術として、「Devanathan-Stachurski」セルを用いた電気化学的水素透過試験が知られている(非特許文献1)。この技術では、試料を2つの電気化学セルで挟み、水素侵入面のカソード電流に対する水素引出面のアノード反応の時間応答から、金属の拡散に影響するパラメータを解析(類推)している。また、金属内の転位や欠陥などのトラップサイトに水素が捕捉されると、金属内の水素拡散に影響を与えることが知られている(非特許文献2)。その他の水素検出技術として、昇温脱離法が知られている。昇温脱離法では、材料中の水素の結合エネルギーが温度依存性を示すことを利用して温度上昇により脱離する水素量を求めている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】M. A. V.Devanathan, Z. Stachurski, “Theadsorption and diffusion of electrolytic hydrogen in palladium”, Proc. R. Soc. (London), A, 270 (1962) 90-102.
【非特許文献2】A. McNabb, P. K. Foster, "A newanalysis of the diffusion of hydrogen in iron and ferritic steels", Trans. Metall. Soc.AIME, 227 (1963) 618-627.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の方法では、鋼材等の試料内の水素量をその場測定することができない。水素量をその場測定することが可能な水素量検出装置及び水素量検出方法を提供することが期待されている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の水素量検出装置は、試料の水素侵入面において吸着する水素量に相関する第1信号を出力する第1検出素子と、試料内に侵入しない水素量に相関する第2信号を出力する第2検出素子と、試料を透過して試料の水素引出面に到達した水素量に応じた第3信号を出力する第3検出素子と、第1検出素子、第2検出素子及び第3検出素子から、それぞれ出力された第1信号、第2信号及び第3信号に基づいて、試料内の水素量に対応する値を求める制御装置とを備えている。
【0007】
第1検出素子により検出される、水素侵入面において吸着した水素量のうち、試料内に侵入しなかった水素量の一部は、第2検出素子により検出され、試料を透過した水素量は、第3検出素子により検出することができる。試料内に残留する水素量に相関する水素量は、第1検出素子の出力から、水素検出効率を考慮した第2検出素子の出力と、第3検出素子の出力を減じた値に相関することになる。水素量を求める場合に、各種の補正演算を行うこともできる。すなわち、制御装置は、第1信号、第2信号及び第3信号に基づいて、試料内の水素量(に対応する値)を求めることができる。したがって、試料内の水素量をその場測定することができる。
【0008】
本開示の水素量検出方法は、第1検出素子により試料の水素侵入面において吸着する水素量に相関する第1信号を出力する工程と、第2検出素子により試料内に侵入しない水素量に相関する第2信号を出力する工程と、第3検出素子により試料を透過して試料の水素引出面に到達した水素量に応じた第3信号を出力する工程と、第1検出素子、第2検出素子及び第3検出素子から、それぞれ出力された第1信号、第2信号及び第3信号に基づいて、試料内の水素量に対応する値を求める工程とを備えている。
【発明の効果】
【0009】
水素量検出装置及び水素量検出方法によれば、水素量をその場測定をすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、水素量検出装置のブロック図である。
【
図2】
図2は、水素量検出装置の検出素子を説明するための図である。
【
図3】
図3は、水素量検出装置における電気化学反応について説明するための図である。
【
図4】
図4は、水素量検出装置における検出構造の縦断面構成を示す図である。
【
図6】
図6は、試料板に基準試料(白金)を使って水素検出効率を確認する場合の、時間t(s)と、第1電流Ie(μA)、第2電流Id(μA)、水素検出効率ηdとの関係を示すグラフである。
【
図7】
図7は、試料板に鋼材を使って水素量測定を行う場合の、時間t(ks)と、第1電流Ie(μA)、第2電流Id(μA)、第3電流Iw(μA)との関係を示すグラフである。
【
図8】
図8は、時間t(ks)と試料内水素量n
H(nmol)との関係を示すグラフである。
【
図9】
図9は、板厚の違いによる時間t(ks)と試料内水素量n
H(nmol)との関係を示すグラフである。
【
図10】
図10は、試料の板厚d(μm)と試料内水素量n
H(nmol)との関係を示すグラフである。
【
図11】
図11は、時間t(s)と試料内水素勾配G
H(mol m
-1)との関係を示すグラフである。
【
図12】
図12は、時間t(s)と侵入最表面水素量n
H(mol)との関係を示すグラフである。
【
図13】
図13は、試料の硬さの違いによる時間t(ks)と試料内水素量n
H(nmol)との関係を示すグラフである。
【
図14】
図14は、時間t(s)と侵入最表面水素量n
H(mol)との関係を示すグラフである。
【
図15】
図15は、水素侵入面の電位の違いによる時間t(ks)と、試料内水素量(μmol)、試料内水素量の時間微分(nmol s
-1)との関係を示すグラフである。
【
図16】
図16は、複数の検出構造を備えた水素量検出装置のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して種々の例示的実施形態について詳細に説明する。なお、各図面において同一又は相当の部分に対しては同一の符号を附することとし、重複する説明は省略する。
【0012】
【0013】
水素量検出装置100は、第1検出素子1と、第2検出素子2と、第3検出素子3とを備えている。第1検出素子1は、試料Sの水素侵入面SEに吸着する水素量に相関する第1信号(第1電流Ie)を出力する。第2検出素子2は、試料S内に侵入しない水素量に相関する第2信号(第2電流Id)を出力する。第3検出素子3は、試料Sを透過して水素引出面SWに到達した水素量に応じた第3信号(第3電流Iw)を出力する。各検出素子は、検出回路4に接続されており、検出回路4は、第1電流Ie、第2電流Id、第3電流Iwを出力する。検出回路4の出力は、制御装置5に入力される。なお、試料Sの例示的材料は、純鉄又は炭素鋼などの鋼材である。
【0014】
制御装置5は、第1検出素子1、第2検出素子2及び第3検出素子3から、それぞれ出力された第1信号(第1電流Ie)、第2信号(第2電流Id)及び第3信号(第3電流Iw)に基づいて、試料S内の水素量(に対応する値)を求める。制御装置5は、試料内水素量(に対応する値)の情報を、表示装置6に送信し、表示装置6は、この情報を表示する。
【0015】
第1検出素子1により検出される、水素侵入面SEにおいて吸着した水素量(第1電流Ieに対応)のうち、試料内に侵入しなかった水素量の一部(第2電流Idに対応)は、第2検出素子2により検出され、試料Sを透過して水素引出面SWに到達した水素量(第3電流Iwに対応)は、第3検出素子3により検出することができる。試料S内に残留する水素量は、第1検出素子1の出力から、水素検出効率(ηd)を考慮した第2検出素子2の出力と、第3検出素子3の出力を減じた値に相関することになる。試料内水素量を求める場合、各種の補正演算を行うこともできる。すなわち、制御装置5は、第1信号、第2信号及び第3信号に基づいて、試料S内の水素量(に対応する値)を求めることができる。したがって、試料内の水素量をその場測定することができる。
【0016】
水素量検出装置100は、第1セル10Aと、第2セル10Bを備えている。第1セル10Aは、第1検出素子1及び第2検出素子2を含み、水素を含む流体の導入口10A1及び排出口10A2を有している。第2セル10Bは、第3検出素子3を含み、試料Sを介して第1セル10Aに隣接している。2つのセルの間に試料を介在させた構造は、「Devanathan-Stachurski」セルとして知られており、試料Sの一方面側に第1検出素子1を配置し、他方面側に第3検出素子3を配置している。これらの検出素子の出力差は、試料を透過した水素量、或いは、試料内に蓄積された水素量に相関する。
【0017】
導入口10A1からは、水素を含む流体が導入され、試料Sの表面(第1検出素子1)に到達し、その後、第2検出素子2を介して、排出口10A2に到達する。第1検出素子1及び第2検出素子2は、フロー型二重電極法における2つの電極配置とすることができる。第2検出素子2において検出される水素量は、試料S内に侵入しなかった水素量に相関する。第2検出素子2は、特定の水素検出効率ηdを有しており、試料S内に侵入しなかった水素の一部を検出する。第2検出素子2により検出される水素量を、水素検出効率ηdで除算すれば、試料S内に侵入しなかった水素量に相関する値となる。
【0018】
試料Sの水素侵入面SEにおける水素量(NE)、試料Sを透過して水素引出面SWから抜けた水素量(NW)、試料Sに侵入しなかった水素量(ND)が判明すれば、試料S内に蓄積された水素量(NR)は、概ね(NR=NE―ND-NW)で与えられる。各水素量は、第1~第3検出素子の出力信号から得ることができる。したがって、試料S内の水素量をその場検出することが可能となる。
【0019】
上述の水素量検出方法は、第1検出素子1により試料Sの水素侵入面において吸着する水素量に相関する第1信号を出力する工程と、第2検出素子2により試料S内に侵入しない水素量に相関する第2信号を出力する工程と、第3検出素子3により試料Sを透過して水素引出面に到達した水素量に応じた第3信号を出力する工程と、第1検出素子1、第2検出素子2及び第3検出素子3から、それぞれ出力された第1信号(第1電流Ie)、第2信号(第2電流Id)及び第3信号(第3電流Iw)に基づいて、試料内の水素量に対応する値を求める工程とを備えている。
【0020】
図2は、水素量検出装置における検出素子を説明するための図である。
【0021】
第1セル10A内に導入する流体として、H+を多く含む酸性溶液(例:Na2SO4水溶液)を用いることができる。第2セル10B内に保持される流体として、OH-を多く含むアルカリ性溶液(例:NaOH水溶液)を用いることができる。水素検出が可能な流体として、上述のような液体を用いる場合、第1検出素子1、第2検出素子2、第3検出素子3の構造として、以下の形態が例示される。
【0022】
第1検出素子1は、水素侵入面SEを第1作用電極WE-Aとした場合、第1作用電極WE-Aとの間に第1電流(Ie)が流れる第1対電極CE-Aと、第1作用電極WE-Aとの間に第1電圧(V1)が与えられる第1参照電極RE-Aを備えている。
【0023】
第2検出素子2は、第1対電極CE-Aとの間に第2電流(Id)が流れる検出電極DE-Aを備え、検出電極DE-Aと第1参照電極RE-Aとの間には第2電圧(V2)が与えられる。
【0024】
第3検出素子3は、水素引出面SWを第2作用電極WE-Bとした場合、第2作用電極WE-Bとの間に第3電流(Iw)が流れる第2対電極CE-Bと、第2作用電極WE-Bとの間に第3電圧(V3)が与えられる第2参照電極RE-Bを備えている。
【0025】
検出回路4は、第1電流計A1、第2電流計A2、第3電流計A3、第1電源V1、第2電源V2、第3電源V3を備えている。
【0026】
第1電流計A1は、第1作用電極WE-Aと第1対電極CE-Aとの間に接続されており、第1電流Ieを検出して、制御装置5に入力する。第2電流計A2は、検出電極DE-Aと第1対電極CE-Aとの間に接続されており、第2電流Idを検出して、制御装置5に入力する。第3電流計A3は、第2作用電極WE-Bと第2対電極CE-Bとの間に接続されており、第3電流Iwを検出して、制御装置5に入力する。
【0027】
第1電源V1は、第1作用電極WE-Aと第1参照電極RE-Aとの間に接続されており、制御装置5からの指令により、第1電圧(V1)をこれらの電極間に印加する。第2電源V2は、検出電極DE-Aと第1参照電極RE-Aとの間に接続されており、制御装置5からの指令により、第2電圧(V2)をこれらの電極間に印加する。第3電源V3は、第2作用電極WE-Bと第2参照電極RE-Bとの間に接続されており、制御装置5からの指令により、第3電圧(V3)をこれらの電極間に印加する。
【0028】
図3は、水素量検出装置における電気化学反応について説明するための図である。
【0029】
第1セル10A内には、例示的には酸性溶液(例:Na2SO4水溶液)が充填されている。酸性溶液中に存在する水素イオン(H+)は、試料Sに供給された電子を受け取ることができる。水溶液中、水素侵入面SEをカソード分極した場合、水素に電子を与えるカソード反応が生じる。換言すれば、水素侵入面SEと水溶液との界面において、水素イオン(プロトン、ヒドロニウムイオン)又は水が還元され、第1電流(Ie)が流れる。水溶液が酸性の場合、水素イオン(H+)は電子(e-)を受け取って水素侵入面SEに吸着して吸着水素(Had)となる(H++e-→Had)。この場合、第1電流計A1には、試料Sに電子が流れ込む方向とは逆向きに、第1電流Ie(負の電流)が流れる。水素(Had)の吸収速度は、第1電流(Ie)の大きさに対応する。
【0030】
第1セル10A内には、中性溶液(例:H2O)又はアルカリ性溶液(例:NaOH水溶液)を充填することもできる。水溶液が中性又はアルカリ性の場合、水(H2O)が電子を受け取って、水酸化物イオン(OH-)を溶液中に放出すると共に、水素侵入面SEに水素(Had)が吸着する(H2O+e-→Had+OH―)。
【0031】
水素侵入面SEに吸着した水素(Had)は、試料S内に侵入し(吸収され)、吸収水素(Hab)となる(Had→Hab)。吸収水素(Hab)は、試料S内を拡散し、吸収水素(Hab)の一部は、試料S内の転位や欠陥などのトラップサイトに捕捉される。
【0032】
吸収された水素(Hab)の多くは、試料S内に拡散し、捕捉されなかった水素は、水素引出面SWまで到達(透過)する。第2セル10Bにはアルカリ性溶液(例:NaOH水溶液)が充填されている。水素引出面SWにおいても、透過してきた水素(Hab’)と、吸着した水素(Had’)との間には、交換反応がある(Hab’→Had’)。アルカリ性水溶液中、水素引出面SWをアノード分極した場合、吸着水素から電子を奪うアノード反応が生じる(Had’+OH-→H2O+e-)。水素引出面SWにおいて電子を奪われた水素(Had’)は、水酸化物イオン(OH-)と結合すると、水(H2O)になる。換言すれば、水素引出面SWに到達した水素原子(Had’)を酸化することにより流れる第3電流(Iw)(正の電流)は、試料S内に捕捉されずに透過した水素の透過速度に対応する。第3電流計A3には、電子とは逆向きに第3電流Iw(正の電流)が流れる。
【0033】
水素侵入面SEにおける吸着水素(Had)が結合して、水素分子(H2)となることがある。水素分子(H2)は、水素侵入面SEから排出口に向けて流れていく。水素侵入面SEの下流に、水素検出器として適切な条件に制御した検出センサーを配置する。水素検出センサーの動作原理としてアンペロメトリーを用いる場合、適切に水素を検出できる動作電位でアノード分極した検出電極DE-Aを用いることができる。検出電極DE-Aには、試料S内に侵入しなかった水素(水素分子H2)を酸化する際、水素分子(H2)から電子を受け取り、第2電流計A2には、第2電流Id(正の電流)が流れる。電子を放出した水素分子(H2)は、水素イオン(H+)となる(H2+2e-→2H+)。
【0034】
検出電極DE-Aにおける反応において、水素侵入面SEで発生した全ての水素分子が酸化されるわけではなく、水素侵入面SE及び検出電極DE-Aにおける水素検出面の電極面積、流路の幾何学的条件と流量で決定される比率(水素検出効率ηd)の水素分子が酸化される。換言すれば、第2電流(Id)を水素検出効率(ηd)で除算すれば、試料S内に侵入しなかった水素の発生速度を推定(測定)することができる。いずれの反応速度も時間積分することにより、反応量に変換できる。換言すれば、電流の時間積分の差し引きから、試料S内に侵入した水素量と捕捉された水素量を測定することができる。
【0035】
検出電極DE-Aの代わりに、ポテンショメトリー(プロトン選択膜を介した電位差測定=pH電極)を用いても非侵入水素量を測定することができる。
【0036】
電圧設定の一例について説明する。
【0037】
第1電源V1の第1電圧(V1)は、水素侵入面SEの電位が-0.70V(SHE)となるように設定することができる。第2電源V2の第2電圧(V2)は、検出電極DE-A(水素検出面)の電位が1.20V(SHE)となるように設定することができる。第3電源V3の第3電圧(V3)は、水素引出面の電位が0.20V(SHE)となるように設定することができる。
【0038】
参照電極について、補足説明を行う。第1参照電極RE-A及び第2参照電極RE-Bは、理論的には標準水素電極(SHE)から構成することができるが、その他の電極を用いることも可能である。水溶液における水素が関連する上述のカソード反応およびアノード反応の過電圧(反応を安定に起こす分極電位)は、水溶液のpHおよび温度T(K)に強く依存する。また、電位は参照電極(基準電極)からの相対値として定義される。理論的には標準水素電極(SHE)が基準電極として用いられるが、実用上は、より安全な銀/塩化銀/飽和KCl電極などが用いられる。銀/塩化銀/飽和KCl電極においては、25℃における標準水素電極(SHE)に対する電位差は、0.196Vであり、電位Eの関係は、E(SHE)=E(Ag/AgCl/飽和KCl)+0.196Vを満たす。また、水溶液のpH依存性を考慮するとき、可逆水素電極(RHE)を、基準電極として用いることもできる。可逆水素電極(RHE)の電位=標準水素電極(SHE)の電位+1.984×10―4×T×pH)である。
【0039】
例えば、水素侵入側に使用した0.15MのNa2SO4水溶液のpHはおよそ5、水素引出側に使用した0.1MのNaOH水溶液のpHは13とする。この場合、温度T=298K(25℃)において、水素侵入面電位(Ee)=-0.70V(SHE)、水素検出面電位Ed=1.20V(SHE)、水素引出面電位(Ew)=0.20V(SHE)である。
【0040】
実験においては、銀/塩化銀/飽和KCl電極(SSEと表記)を用いて、水素侵入面電位(Ee)=-0.90V(SSE)、水素検出面電位(Ed)=1.00V(SSE)、水素引出面電位(Ew)=0.00V(SSE)に設定した。これらの電位をRHEに換算すると、Ee=-0.40V(RHE)、Ed=1.50V(RHE)、Ew=1.00V(RHE)となる。
【0041】
水素侵入面の分極電位は、測定環境に応じて変わるので、Ee=-1.20~-0.60V(SHE)=-1.40~-0.80V(SSE)=-0.10~-0.50V(RHE)の範囲内に設定することが好適である。
【0042】
検出電極DE-Aが検出している電荷量(水素量)は、試料Sの内部に侵入しなかった水素の一部である。したがって、検出された水素量を、検出電極DE-Aの水素検出効率ηd(%)で除算すると、試料Sの内部に侵入しなかった水素量が推定できる。各電流の時間積分値は、それぞれの電荷量(水素量)に対応する。すなわち、第1電流Ieから、第2電流Idを水素検出効率ηd(%)で除算した値を減じて、更に、第3電流Iwを減じると、単位時間当たりに試料S内に蓄積される水素量となる。単位時間当たりに試料S内に蓄積される水素量を時間積分すれば、試料S内に最終的に残留している水素量となる。電流の単位は(A)であるため、水素量をモルに変換するため、ファラデー定数F(96485C・mol-1)を用いると、試料内水素量nH(t)=(1/F)×∫(Ie(t)-(Id(t)/ηd)-Iw(t))dtで与えられる(式1)。なお、(t)は時間の関数を意味する。
【0043】
なお、各パラメータ(電流)は、これを間接的に示す値、又は、例えば、温度補正をする等の補正を行った値でもよい。電流の加減算を行って積分する場合は、各電流の積分値の加減算に置換することもできる。例えば、コンデンサに電荷を蓄積した場合は、電流の積分値は、コンデンサ両端間の電圧となる。また、制御装置5における演算においては、検出されたパラメータ(電流)をデジタル値に変換しており、規格化処理などの値の変換を行う場合も、検出値に相関した値となる。
【0044】
以上、説明したように、
図1及び
図2に示した制御装置5は、第1電流Ie、第2電流Id、第3電流Iwに基づいて、演算を行っている。制御装置5は、第1電流Ieに相関する値(上記例では第1電流Ie)から、第2電流Idに相関する値(上記例では、第2電流Idを、検出電極DE-Aにおける水素検出効率(ηd)で除した値)、及び、第3電流Iwに相関する値(上記例では第3電流Iw)を減じている。制御装置5は、この減じた値の時間積分値を求めることにより、試料S内の水素量に対応する値を求めている。なお、試料S内の水素量に対応する値として、水素量(mol)を用いる必要はなく、この場合には、上記の試料内水素量を求める演算式において、ファラデー定数Fを用いる必要はない。
【0045】
図4は、水素量検出装置における検出構造10の縦断面構成を示す図である。
図5は、
図4に示した検出構造10の水平断面図(A-A矢印線断面図)である。
【0046】
試料Sの厚み方向をZ軸とし、Z軸に垂直な方向をX軸、Z軸及びX軸の双方に垂直な方向をY軸とする三次元直交座標系を設定する。
【0047】
検出構造10は、第1セル10Aと第2セル10Bとの間に試料Sを備えている。第1セル10Aと試料Sとの間には、第1オーリングOAが介在している。第2セル10Bと試料Sとの間には、第2オーリングOBが介在している。第1セル10Aは、XY平面内において、同心円状に形成された第1流路FC1及び第2流路FC2を備えている(
図5参照)。第1流路FC1は、第2流路FC2の外側に位置している。第1セル10A内の流体流路は、矢印で示されるように、導入口10A
1から供給された流体が、第1流路FC1内を試料Sの方向に進行して、試料Sの水素侵入面SEに到達した後、第2流路FC2内を通って、排出口10A
2に至るように設定されている。
【0048】
第1流路FC1の水平面(XY面)内の形状は、円環状であり、縦断面(XZ面)においては、水平面内の直径が試料Sに向かうほど小さくなる形状を有している。第2流路FC2の水平面(XY面)内の形状は、円環状であり、導入口10A1よりも試料S寄りの領域においては、縦断面(XZ面)の形状は、水平面内の直径が試料Sに向かうほど小さくなっている。導入口10A1を通る水平面において、第2流路FC2の形状を構成する円環の幅は、第1流路FC1の形状を構成する円環の幅よりも広い。円環形状の優位性は、これを通過する流体に対してZ軸周りの形状が対称になる点であり、各流路を通過する流体の流速は、円環形状の幅により制御することができる。内側の第2流路FC2の円環の幅を、外側の第1流路FC1の円環の幅よりも広くすると、これらの水平断面積を近づけることができ、これらを通過する流体の流速を近づけることができる。なお、第1流路FC1及び第2流路FC2の水平断面形状は、円環でなくてもよく、任意の形状を採用することもできる。また、第1流路FC1の水平断面積と、第2流路FC2の水平断面積は、等しくする必要はない。第1流路FC1の水平断面積が、第2流路FC2の水平断面積よりも大きい場合、或いは、小さい場合のいずれであっても、水素量の検出は可能である。すなわち、本形態は望ましい形状の一例を示すが、各種の変形が可能である。
【0049】
第2流路FC2内には、スパイラル形状の検出電極DE-Aが配置されており、その上方にはスパイラル形状の第1対電極CE-Aが第2流路FC2を規定する外側の内面に沿って配置されている。第1参照電極RE-Aは、第1セル10Aの中心軸(Z軸)に沿って配置されており、管状空間FC3内に配置されている。管状空間FC3は、第1参照電極RE-Aの一部を構成しており、余計な電位差を発生させず、汚損されない条件であれば、各種の変形が可能である。例えば、管状空間FC3内には、第1及び第2流路内の流体と同一材料の流体を充填することができるが、KClなどの異なる流体を充填することもできる。また、管状空間FC3を設けず、第1参照電極RE-Aを、図示された管状空間FC3の下端位置に配置することもできる。管状空間FC3の周囲の部材の形状は、円筒であるが、試料Sに向かうほど、外径が狭くなる部分を有している。この形状により、試料Sから排出口10A2に向かう流体は、滑らかに流れやすくなる。
【0050】
第2セル10Bは、円錐台形状の内部空間を有しており、内面に沿ってスパイラル形状の第2対電極CE-Bが配置されている。第2セル10Bにおける内部空間に連通する管状空間内には、第2参照電極RE-Bが配置されている。なお、検出電極DE-A、第1対電極CE-A及び第2対電極CE-Bは、本例では線材を用いて構成している。線材を用いた場合の形状として、スパイラル形状以外の様々な形状を採用することもできる。これらの電極として、線材ではなく、板材を用いて構成してもよい。これらの電極に板材を用いた場合の形状として、円筒形、円錐台形側面形状、角筒形、角錐台形側面形状など、様々な形状のものを採用することもできる。
【0051】
検出構造10においては、第1流路FC1及び第2流路FC2が同心円状に配置されており、軸対称構造であるため、流体が層流を作って流れやすくなり、精密な計測がしやすいという優位性がある。また、軸対称構造の場合、その対称性を利用して、3次元の流体データを2次元の流体データとして取り扱うことができ、検査装置に利用した場合の応用範囲が広くなる。
【0052】
なお、検出構造10における電極以外の部分の材料としては、樹脂などの絶縁体を用いることができる。
【0053】
上述の水素量検出装置を用いた実験を行った。
【0054】
まず、水素検出効率ηdの測定を行った。
【0055】
白金(Pt)を用いた検出電極DE-Aにおける水素検出効率(ηd)を求めるため、試料Sにおける水素吸収を阻止する実験を行った。すなわち、試料Sとして、水素吸収率が0%である白金板を用い、試料Sにおいて発生した水素(吸着水素Had、水素分子H2)は、試料S内に侵入しない構成とし、発生した水素(水素分子H2)は検出電極DE-Aの方へ流れる構成とした。検出電極DE-Aは、試料Sの表面において発生して流れてきた水素(水素分子H2)の一部を、水素検出効率(ηd)で検出する。
【0056】
水素検出効率(ηd)=(Id/|Ie|)で与えられる(式2)。すなわち、水素検出効率(ηd)は、試料表面で発生した水素量に相関する第1電流(Ie)に対する、検出した水素量に相関する第2電流(Id)の比率を示している。なお、実験において、第1セル及び第2セル内の溶液、及び、各電極への印加電圧は、以下の(実験条件1)を用いることができる。
(実験条件1)
第1セルに関して、第1セル内の溶液は、Na2SO4水溶液(濃度0.15M、pH5)、流速0.2cm3s-1、第1作用電極(水素侵入面:電極面積=約1.8cm2)の電位(Ee)は-0.90V(SSE)、第1参照電極は、銀/塩化銀/飽和KCl電極、第1対電極の材料は白金(Pt)、検出電極の材料は白金(Pt)、(面積5.5cm2)、検出電極の電位(Ed)は1.00V(SSE)である。
【0057】
第2セルに関して、第2セル内の溶液は、NaOH水溶液(濃度0.1M、pH13)、第2作用電極(水素引出面:電極面積=約1.8cm2)の電位(Ew)は0.00V(SSE)、第2参照電極は、銀/塩化銀/飽和KCl電極、第2対電極の材料は白金(Pt)である。
【0058】
なお、第1作用電極(水素侵入面)、第2作用電極(水素引出面)、検出電極(水素検出面)の電位及び電流測定には、トリポテンショスタット(シュリンクス製SDDP-223-INS)を用いた。水素引出面を定電位分極し、残存水素を除去した後、水素侵入面と、水素検出面の電極電位を定電位分極し、各電極に流れる電流を記録した。
【0059】
図6は、試料板に基準試料(白金)を使って水素検出効率を確認する場合の、時間t(s)と、第1電流Ie(μA)、第2電流Id(μA)、水素検出効率ηdの関係を示すグラフである。なお、カソード反応における第1電流Ie(μA)の向きは、アノード反応における第2電流Idに対して、負の値として表現されるため、同図では、第1電流Ie(μA)は絶対値を示している。
【0060】
グラフから分かるように、第1電流Ieは200(μA)近傍の値であり、第2電流Idは24(μA)近傍の値である。したがって、水素検出効率(ηd)は、上述の(式2)により、約12%(ηd=12%±0.5%)と算出することができる。
【0061】
次に、水素検出効率ηdを用いて、試料内の水素量の検出を行った。
【0062】
試料Sの材料を、白金から測定対象の鋼材に取り換えて、同様の測定を行った。試料Sの材料が鋼材である点を除いて、実験条件は、上述の(実験条件1)と同一である。なお、試料Sを構成する鋼材は、純度4N(99.99%)、板厚500μmの鉄(Fe)であり、ビッカーズ硬さは58HV1である。また、鋼材は、900℃で1時間の熱処理をした後に、圧延をしたものであり、水素引出面には、0.3μmの厚みのNiめっきを施した。
【0063】
図7は、試料板に鋼材を使って水素量測定を行う場合の、時間t(s)と、第1電流Ie(μA)、第2電流Id(μA)、水素検出効率ηdとの関係を示すグラフである。なお、
図6の場合と同様に、第1電流Ie(μA)は絶対値を示している。
【0064】
測定が開始されると、水素侵入表面においてカソード反応が進行し、鋼材内に水素が侵入する。第1電流Ie(侵入電流)が流れ始めると、第2電流Id(検出電流)も流れ始める。これらの電流の立ち上がり時刻から少し遅れて(約70秒)、第3電流Iw(引出電流)が流れ始め、緩やかに増加する。第3電流Iwは緩やかに増加した後、飽和する。測定を終了すると、第1電流Ie及び第2電流Idは急速に低下し、第3電流Iwも低下する。第3電流Iwの挙動は、通常の「Devanathan-Stachurski」セルを用いた実験における電流の挙動と同じである。
【0065】
第2電流Idはアノード反応(水素分子の酸化)を示しており、第3電流Iwもアノード反応(透過水素の酸化)を示している。第2電流Idは、試料内には侵入しなかった非侵入水素量を示している。試料内に残留する水素量nH(t)は、上述の(式1)で与えられる。
【0066】
図8は、時間t(ks)と試料内水素量n
H(nmol)との関係を示すグラフである。
【0067】
上述の水素量検出理論と同様に、実験においても、時間の経過に伴って、試料内水素量nH(nmol)が増加する旨を確認することができた。条件を変更して、本開示の水素量検出法の優位性について、更に検証を行った。
【0068】
図9は、板厚の違いによる時間t(ks)と試料内水素量n
H(nmol)との関係を示すグラフである。
【0069】
本例では、上述の鋼材の板厚のみを変更して、実験を行った。板厚が300μm、500μm、800μm、1000μmの鋼材を用いて、試料内水素量nHの検出を行った。検出された試料内水素量nHは、時間の経過と共に増加し、時間が経過するほど、増加率が低下して一定値に近づいた。鋼材の板厚dが大きいほど、試料内水素量nHも増加した。
【0070】
図10は、試料の板厚d(μm)と試料内水素量n
H(nmol)との関係を示すグラフである。このグラフでは、
図9のグラフにおける時間tが、0.1(ks)、0.5(ks)、3.0(ks)の場合における試料内水素量n
Hを、板厚d毎に示している。
【0071】
試料内水素量nHは、いずれの時間tにおいても、鋼材の板厚dに対して、ほぼ線形に増加している。時間tが大きくなるほど、傾きが大きくなる。このグラフの傾きは、試料内水素勾配を示している。グラフの切片は、板厚dが0の場合の水素量、すなわち、水素侵入最表面における水素量と考えられる。
【0072】
図11は、時間t(s)と試料内水素勾配G
H(mol m
-1)との関係を示すグラフである。このグラフは両対数グラフである。このグラフでは、
図9における複数時刻のデータに対して、
図10に示した関係のグラフを作成した場合に求められるそれぞれの傾きを時間t(s)毎に示している。
【0073】
試料内水素勾配GHは、時間tの経過と共に増加するが、時刻350秒において、増加率が低下し、グラフ上は2つの直線の屈曲点として表示される。時刻350秒よりも前の直線の傾き(=dlog(nH)/dlog(t))は1であり、この時刻以降の傾きは1/2である。試料内水素勾配GHを、水素侵入面(水素引出面)の電極面積(=本例では一定)で除すると、試料内水素濃度となる。屈曲点よりも前半のグラフは、試料内水素濃度が時間tに比例することを意味するので、吸収された水素の一部がトラップサイト内に充填されている状態と考えられる。後半のグラフは、試料内水素濃度が時間の平方根√tに比例するので、吸収された水素の多くが、拡散により試料を透過している状態であると考えられる。すなわち、試料の分極開始から350秒を境として、前半の状態から、後半の状態に移行していると考えられる。
【0074】
図12は、時間t(s)と侵入最表面水素量n
H(mol)との関係を示すグラフである。このグラフは両対数グラフである。このグラフでは、
図9における複数時刻のデータに対して、
図10に示した関係のグラフを作成した場合に求められるそれぞれの切片を時間t(s)毎に示している。
【0075】
侵入最表面水素量nHは、時間の経過と共に直線的に増加し、350秒が経過すると、一定値(=6.0×10-8mol)に飽和する。侵入最表面水素量nHを、水素侵入面の面積(電極面積=約1.8cm2)で割ると、最表面水素密度(3.4×10-8molcm-2)が得られた。350秒の前後で、トラップサイト内への水素充填状態から、拡散支配の状態へと切り替わる。
【0076】
図13は、時間t(ks)と試料内水素量n
H(nmol)との関係を示すグラフである。
【0077】
試料として板厚500μmの鋼材を用い、鋼材の純度と硬さを変更して実験を行った。純度4N(99.99%)でビッカーズ硬さ58HV1の鉄(Fe)、純度4N(99.99%)でビッカーズ硬さ130HV1の鉄(Fe)、純度3N(99.9%)でビッカーズ硬さ163HV1の鉄(Fe)を用意した。
【0078】
時間の経過に伴い、試料内水素量nHは増加した。いずれの硬さの鋼材であっても、鋼材の硬さが増加するに伴って、試料内水素量nHは増加した。いずれの時刻においても、鋼材が硬いほど、試料内水素量nHは大きな値を示した。試料の硬さの値が大きいほど、試料内の残留応力や歪などによる試料内にトラップサイトが多く存在し、したがって、多くの水素が内部に蓄積されると考えられる。換言すれば、試料ごとの試料内水素量nHの差は、試料内に捕捉された水素量の差を示していると考えられる。
【0079】
図14は、時間t(s)と侵入最表面水素量n
H(mol)との関係を示すグラフである。このグラフは両対数グラフである。このグラフは、
図12の場合と同様に、
図13の複数時刻におけるデータの板厚を変化させたデータを用いて、求めることができる。
【0080】
いずれの硬さの鋼材においても、時間の経過に伴い、侵入最表面水素量nHは一定の傾きで増加した後、硬さに依存した一定値に飽和している。試料の硬さの値が大きいほど、侵入最表面水素量nHが一定値になるまでに、長い時間を要することが分かる。
【0081】
図15は、水素侵入面の電位の違いによる時間t(ks)と、試料内水素量n
H(μmol)及び試料内水素量の時間微分Dn
H(nmols
-1)との関係を示すグラフである。
【0082】
水素侵入面の電位を―0.70V(SHE)、―0.80V(SHE)、―0.90V(SHE)、―0.95V(SHE)に設定して、実験を行った。
【0083】
いずれの電位の場合も、時間の経過と共に、試料内水素量nHは増加した。また、水素侵入面の電位の絶対値が増加するほど、試料内水素量nHは増加した。これはカソード反応の活性が増加したためと考えられる。電位の絶対値が大きくなるほど、試料内水素量nHは、指数関数的に急激に増加している。
【0084】
試料内水素量の時間微分DnHは、水素の拡散流束を示しているが、分極開始の直後において、急激に減少する。その後の挙動は、水素侵入面の電位に応じて異なる。電位の絶対値が高い場合(例:―0.95V(SHE))は、時間微分の急激な減少後に、それ以上の減少が抑制され、その後、緩やかに減少を始める。その他の電位の場合、時間微分の急激な減少後に、緩やかに減少を始める。
【0085】
これらのグラフは、試料に基準値を超える過電圧を印加した場合、試料内に過剰な水素が侵入する可能性を示している。
【0086】
以上、説明したように、試料内部への水素侵入は、トラップサイトでの水素充填を完了した後に、拡散支配となると考えられる。また、試料硬さの増加に伴い、トラップサイトに起因する試料内水素量が増加すると考えられる。また、水素侵入面の電位を過電圧に設定すると、侵入最表面の水素濃度が増加し、水素侵入量が増加する。
【0087】
次に、上述の水素量検出装置の変形例について説明する。
【0088】
図16は、複数の検出構造を備えた水素量検出装置のブロック図である。
【0089】
上述の実験においては、水素検出効率ηd(基準値)を求めるための基準試料として、白金(Pt)を用いた測定を行い、その後、試料を測定対象の鋼材に入れ替えて測定を行った。本例の水素量検出装置は、予め基準試料として白金を設置した検出構造10Xと、実際の測定用の検出構造10を備えている。検出構造10Xと検出構造10の構造は同一であるが、前者が基準試料を設置している点が異なる。検出構造10Xからの出力電流は、検出回路4Aによって検出される。検出回路4Aと検出回路4の構成は同一である。検出回路4Aの出力は制御装置5Aに入力され、検出回路4の出力は制御装置5に入力される。
【0090】
制御装置5Aと制御装置5は、別々の装置であってもよいが、同一の装置であってもよい。すなわち、検出回路4A及び検出回路4の双方の出力は、制御装置としての単一のコンピュータに入力することができる。制御装置5Aは、検出回路4Aによる測定開始の指示を行い、検出回路4Aからの出力信号(第1電流Ie、第2電流Id)をモニタし、上述の計算式(式2)にしたがって、水素検出効率ηdを求める。求められた水素検出効率ηdの値は、制御装置5に送信される。
【0091】
制御装置5は、測定対象の試料に関して、検出回路4による測定開始の指示を行い、検出回路4からの出力電流(第1電流Ie、第2電流Id、第3電流Iw)をモニタし、上述の計算式(式1)にしたがって、試料内水素量nH(t)を求める。求められた試料内水素量nH(t)の情報は、表示装置6に送信され、表示装置6上に表示される。
【0092】
一連の制御動作は、コンピュータ(制御装置)内の記憶装置に格納されたプログラムにより実行することができる。コンピュータは、記憶装置及び中央処理装置を備えており、中央処理装置は、記憶装置に格納されたプログラムにしたがって、上述の処理を実行することができる。
【0093】
本例の水素量検出装置は、
図1~
図15に記載された水素量検出装置を第1の水素量検出装置とし、第1の水素量検出装置と同一の構造を備えた第2の水素量検出装置(
図16の検出構造10Xを備える装置)を更に備え、第2の水素量検出装置は、その試料として、検出電極と同一の材料(白金(Pt))からなる基準試料を用い、その制御装置5Aは、第2の水素量検出装置における第1電流(Ie)に対する第2電流(Id)の比率(Id/Ie)を水素検出効率(ηd)として求めている。第1の水素量検出装置の制御装置5は、第2の水素量検出装置の制御装置5Aにおいて求められた水素検出効率(ηd)を用いて、試料内の水素量に対応する値を求める。
【0094】
本例の水素量検出装置は、基準試料を用いた検出構造を別途備えているため、基準試料と計測対象の試料とを、同一の装置内で入れ替える必要がないので、計測結果を得るまでの測定時間が短くなる。また、測定中の温度変化に伴う水素検出効率の変化に対応できるので、高精度の水素量測定が期待できる。
【0095】
上述の水素量検出装置は、鋼材を開発する際の鋼材内水素量の測定や、各種部品の水素脆化を研究するための試験、その他の装置における水素検出に適用することが可能である。
【0096】
図17は、水素量検出装置を組み込んだ各種装置を示す図である。
【0097】
図17(A)は、上述の検出構造10を流体が流れるパイプPに取り付けた例である。流体の例は、液体である。パイプPを流れる流体は、検出構造10内に流入し、検出構造10の内部を通って、パイプP内に戻る。検出構造10には、例えば、パイプPを構成する材料と同一材料の鋼材を試料Sとして設置しておく。試料Sの材料は、パイプPの材料と異なる材料であってもよい。検出構造10は、上述の水素量検出装置の一部であり、試料S内に蓄積された水素量を検出することができる。この装置は、パイプPの水素脆化状態を検出したり、特定の鋼材が、水素含有流体と接触する環境に設置された場合における、鋼材内水素量検出に利用することができる。
【0098】
図17(B)は、タンクの流体流入口に、上述の検出構造10を設けた例である。タンクの流体流入口は、上記のパイプPと同様の構造を有しているので、検出構造10に設置する試料Sの種類を変更することにより、流体流入口を構成する材料や、タンク自身の外壁を構成する材料内の水素量を間接的に検出することができる。
【0099】
図17(C)は、自動車、飛行機、船舶などの移動体に、上述の検出構造10を取り付けた例である。この移動体は、実際に販売が行われる移動体に限られず、開発試験用の移動体でもよい。移動体において、水素含有流体と接触することにより、水素脆化が生じる部品が使われることがある。本例の水素量検出装置は、このような場合にも、利用することができる。
【0100】
図17(D)は、化学プラント、橋、発電所、ビルなどの建造物に、上述の検出構造を設けた例である。建造物においても、水素脆化が問題となる場合がある。本例の水素量検出装置は、このような場合にも、利用することができる。
【0101】
図17(E)は、遠隔計測の例である。例えば、船舶上の搭載されたタンクの外壁に鋼材が用いられていたとする。このタンクの外壁を試料Sとして、検出構造10に組み込むのではなく、遠隔地観測所において、船舶上のタンクと同一構造のダミーのタンクを用意しておく。ダミーのタンクの外壁を試料Sとして、検出構造10に組み込む。ダミーのタンクのID番号の情報は、現場のタンクのID番号の情報と共に、管理サーバ内に格納されている。遠隔地観測所におけるダミーのタンクからのデータ(水素量)をモニタすることにより、現場のタンクのデータ(水素量)を間接的に推定(測定)することができる。
【0102】
以上、説明したように、上述の水素量検出装置においては、従来のDevanathan-Stachurskiセル単独では用いられなかった水素分子を定量することで、水素の物質収支を演算し、試料内の水素量を検出することができる。水素分子の定量法には、定常的な物質検出に優れた電気化学的分析法であるチャンネルフロー二重電極法を応用した。このセルを用いることで、水素透過試験と同時に発生する水素分子を下流に設置した検出電極で定量することができる。
【0103】
以上、種々の例示的実施形態について説明してきたが、上述した例示的実施形態に限定されることなく、様々な省略、置換、及び変更がなされてもよい。また、異なる実施形態における要素を組み合わせて他の実施形態を形成することが可能である。また、以上の説明から、本開示の種々の実施形態は、説明の目的本明細書において説明されており、本開示の範囲及び主旨から逸脱することなく種々の変更をなし得ることが、理解されるであろう。したがって、本明細書に開示した種々の実施形態は限定することを意図しておらず、真の範囲と主旨は、添付の特許請求の範囲によって示される。
【符号の説明】
【0104】
1…第1検出素子、2…第2検出素子、3…第3検出素子、5,5A…制御装置、10A…第1セル、10A1…導入口、10A2…排出口、10B…第2セル、100…水素量検出装置、CE-A…第1対電極、CE-B…第2対電極、DE-A…検出電極、DE-A…検出電極(水素検出面)、FC1…第1流路、FC2…第2流路、RE-A…第1参照電極、RE-B…第2参照電極、S…試料、SE…水素侵入面、SW…水素引出面、WE-A…第1作用電極、WE-B…第2作用電極。