(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024161633
(43)【公開日】2024-11-20
(54)【発明の名称】酵素を用いたペプチドライゲーション
(51)【国際特許分類】
C07K 1/02 20060101AFI20241113BHJP
C12N 9/16 20060101ALN20241113BHJP
C12N 15/11 20060101ALN20241113BHJP
【FI】
C07K1/02 ZNA
C12N9/16
C12N15/11 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021157054
(22)【出願日】2021-09-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.北海道大学の学内メール 配布日:令和3年2月15日 2.北海道大学薬学部講義室における修士論文発表会 開催日:令和3年3月1日 3.日本薬学会 第141年会(広島)の講演要旨 ウェブサイトのアドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/pharm141/subject/27V02-am-13/class?cryptoId= 掲載日:令和3年3月5日 4.「新規ペプチド環化酵素PBP型チオエステラーゼの機能解析とその応用」と題する修士論文 北海道大学 薬学研究院・薬学部図書館に寄贈 公表日:令和3年3月15日 5.日本薬学会 第141年会(広島) オンライン開催 開催日:令和3年3月27日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構 研究成果展開事業 環状ペプチドの効率的合成方法の開発、令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「短鎖環状ペプチドの酵素・生物合成」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(72)【発明者】
【氏名】脇本 敏幸
(72)【発明者】
【氏名】松田 研一
(72)【発明者】
【氏名】小林 雅和
【テーマコード(参考)】
4B050
4H045
【Fターム(参考)】
4B050DD02
4B050LL10
4H045AA20
4H045BA41
4H045FA20
4H045FA70
(57)【要約】
【課題】ペプチド合成のための新たな酵素ツール、および新たなペプチド修飾技術を提供する。
【解決手段】ペニシリン結合タンパク質型チオエステラーゼ(PBP-type TE)を触媒として用いて、ドナーペプチド基質(ドナー基質)のC末端とアクセプターペプチド基質(アクセプター基質)のN末端の間にアミド結合を生じさせることを特徴とする、ライゲーションされたペプチドの製造方法、ならびにPBP-type TEを触媒として用いて、修飾基を含むドナー基質のC末端とアクセプター基質のN末端の間にアミド結合を生じさせることを特徴とする、修飾されたペプチドの製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペニシリン結合タンパク質型チオエステラーゼ(PBP-type TE)を触媒として用いて、ドナーペプチド基質(ドナー基質)のC末端とアクセプターペプチド基質(アクセプター基質)のN末端との間にアミド結合を生じさせることを特徴とする、ライゲーションされたペプチドの製造方法。
【請求項2】
PBP-type TEが、配列番号:2に示すアミノ酸配列を有する酵素であるか、あるいはその変異体酵素であり、変異体酵素が、下記アミノ酸配列のいずれか:
(a)配列番号:2に示すアミノ酸配列に対して38%以上の同一性を有するアミノ酸配列、
(b)配列番号:2に示すアミノ酸配列において、数個または数十個のアミノ酸が置換、欠失、挿入または付加されているアミノ酸配列、または
(c)配列番号:1に示す塩基配列に相補的な塩基配列に、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列によってコードされるアミノ酸配列
を有し、かつ配列番号:2に示すアミノ酸配列を有する酵素と同等またはそれ以上のペプチドライゲーション活性を有するものである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
ドナー基質のC末端側から2番目の残基およびC末端残基が、それぞれ、カチオン性アミノ酸および疎水性D-アミノ酸であり、C末端疎水性D-アミノ酸のカルボキシル基が活性化されているものである、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
C末端疎水性D-アミノ酸のカルボキシル基の活性化が、チオエステル型の脱離基を付与することにより行われる、請求項3記載の方法。
【請求項5】
PBP-type TEを触媒として用いて、修飾基を含むドナー基質のC末端とアクセプター基質のN末端との間にアミド結合を生じさせることを特徴とする、修飾されたペプチドの製造方法。
【請求項6】
PBP-type TEが、配列番号:2に示すアミノ酸配列を有する酵素であるか、あるいはその変異体酵素であり、変異体酵素が、下記アミノ酸配列のいずれか:
(a)配列番号:2に示すアミノ酸配列に対して38%以上の同一性を有するアミノ酸配列、
(b)配列番号:2に示すアミノ酸配列において、数個または数十個のアミノ酸が置換、欠失、挿入または付加されているアミノ酸配列、または
(c)配列番号:1に示す塩基配列に相補的な塩基配列に、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列によってコードされるアミノ酸配列
を有し、かつ配列番号:2に示すアミノ酸配列を有する酵素と同等またはそれ以上のペプチドライゲーション活性を有するものである、請求項5記載の方法。
【請求項7】
ドナー基質のC末端側から2番目の残基およびC末端残基が、それぞれ、カチオン性アミノ酸および疎水性D-アミノ酸であり、C末端疎水性D-アミノ酸のカルボキシル基が活性化されているものである、請求項5または6記載の方法。
【請求項8】
C末端疎水性D-アミノ酸のカルボキシル基の活性化が、チオエステル型の脱離基を付与することにより行われる、請求項7記載の方法。
【請求項9】
PBP-type TEを含む、ペプチドライゲーション用キット。
【請求項10】
PBP-type TEを含む、修飾されたペプチドを作成するためのキット。
【請求項11】
修飾基を含むドナー基質をさらに含む、請求項10記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素によるペプチドの製造およびペプチドの修飾に関する。
【背景技術】
【0002】
ペプチド(本明細書においてはオリゴペプチド、ポリペプチド、タンパク質も含む)は生命活動を支える根幹的な生体分子であり、人為的な修飾による可視化あるいは機能制御の技術は生命現象の解明に大きく貢献する。また抗体やインスリンに代表されるように、ペプチド自体も重要な創薬モダリティである。そのため、ペプチドの位置特異的な修飾手法はこれまで精力的に研究されており(非特許文献1)、新たなペプチドの創出も試みられている。一般にペプチドは高温条件・有機溶媒に対する耐性が低く、また化学的特徴の類似した露出した反応点を多数有するため、いかに温和かつ高選択的に修飾を導入できるかが課題となる。反応条件が温和であり、高い分子認識能を示す酵素触媒は、タンパク質修飾ツールとしての応用が期待されており、これまでSortase、Butelase I、Subtilisin変異酵素等の酵素がペプチドのN末端の修飾ツールとして提案されてきた(非特許文献2)。しかしこれらは各々長所・短所(高すぎる基質特異性や基質自体の安定性)があり、標的にできる対象は限定的であるため、酵素ツールのレパートリー拡充が望まれている。
【0003】
一方、発明者らはこれまで、土壌細菌(放線菌)から新規な酵素ファミリーであるペニシリン結合タンパク質型チオエステラーゼ(PBP-type TE)を発見し、本酵素がペプチドの分子内アミド化(環化)反応を効率よく触媒することを見出した(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際特許出願公開公報WO2019/216248
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Hoyt, E.A. et al., Nat. Rev. Chem. 3, 147-171 (2019).
【非特許文献2】Rosen, C. B. & Francis, M. B. Nat. Chem. Biol. 13, 697-705 (2017).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ペプチド合成のための新たな酵素ツール、および新たなペプチド修飾技術が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明者らは鋭意研究を重ね、PBP-type TEが分子内のアミド化だけでなく、分子間のアミド化を触媒できることを見出した。具体的には、PBP-type TEが、アクセプターペプチド基質(アクセプター基質という)のN末端に位置選択的にドナーペプチド基質(ドナー基質という)をアミド結合を介して結合しうることを見出した。本発明者らは、かかる知見に基づいて本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は以下のものを提供する。
(1)PBP-type TEを触媒として用いて、ドナー基質のC末端とアクセプター基質のN末端との間にアミド結合を生じさせることを特徴とする、ライゲーションされたペプチドの製造方法。
(2)PBP-type TEが、配列番号:2に示すアミノ酸配列を有する酵素であるか、あるいはその変異体酵素であり、変異体酵素が、下記アミノ酸配列のいずれか:
(a)配列番号:2に示すアミノ酸配列に対して38%以上の同一性を有するアミノ酸配列、
(b)配列番号:2に示すアミノ酸配列において、数個または数十個のアミノ酸が置換、欠失、挿入または付加されているアミノ酸配列、または
(c)配列番号:1に示す塩基配列に相補的な塩基配列に、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列によってコードされるアミノ酸配列
を有し、かつ配列番号:2に示すアミノ酸配列を有する酵素と同等またはそれ以上のペプチドライゲーション活性を有するものである、(1)記載の方法。
(3)ドナー基質のC末端側から2番目の残基およびC末端残基が、それぞれ、カチオン性アミノ酸および疎水性D-アミノ酸であり、C末端疎水性D-アミノ酸のカルボキシル基が活性化されているものである、(1)または(2)記載の方法。
(4)C末端疎水性D-アミノ酸のカルボキシル基の活性化が、チオエステル型の脱離基を付与することにより行われる、(3)記載の方法。
(5)PBP-type TEを触媒として用いて、修飾基を含むドナー基質のC末端とアクセプター基質のN末端との間にアミド結合を生じさせることを特徴とする、修飾されたペプチドの製造方法。
(6)PBP-type TEが、配列番号:2に示すアミノ酸配列を有する酵素であるか、あるいはその変異体酵素であり、変異体酵素が、下記アミノ酸配列のいずれか:
(a)配列番号:2に示すアミノ酸配列に対して38%以上の同一性を有するアミノ酸配列、
(b)配列番号:2に示すアミノ酸配列において、数個または数十個のアミノ酸が置換、欠失、挿入または付加されているアミノ酸配列、または
(c)配列番号:1に示す塩基配列に相補的な塩基配列に、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列によってコードされるアミノ酸配列
を有し、かつ配列番号:2に示すアミノ酸配列を有する酵素と同等またはそれ以上のペプチドライゲーション活性を有するものである、(5)記載の方法。
(7)ドナー基質のC末端側から2番目の残基およびC末端残基が、それぞれ、カチオン性アミノ酸および疎水性D-アミノ酸であり、C末端疎水性D-アミノ酸のカルボキシル基が活性化されているものである、(5)または(6)記載の方法。
(8)C末端疎水性D-アミノ酸のカルボキシル基の活性化が、チオエステル型の脱離基を付与することにより行われる、(7)記載の方法。
(9)PBP-type TEを含む、ペプチドライゲーション用キット。
(10)PBP-type TEを含む、修飾されたペプチドを作成するためのキット。
(11)修飾基を含むドナー基質をさらに含む、(10)記載のキット。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、ペプチド合成のための新たな酵素ツール、および新たなペプチド修飾技術を提供する。本発明により得られるライゲーションペプチドは、D-アミノ酸を含むアミド結合を有するので、L-アミノ酸のみからなるペプチドよりも分解酵素に対する耐性が向上する。本発明のペプチドライゲーションは酵素によるものなので、化学合成法のような保護基の付与および脱保護の煩雑な操作が不要である。さらに本発明は、ペプチドやタンパク質のN末端選択的な修飾手法を提供する。この修飾手法を用いて、非ペプチド性構造をペプチドやタンパク質のN末端に導入することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1の上段は、PBP-type TEによるペプチドライゲーション反応のスキームを示す。
図1の下段は、
図1の上段に示すドナー基質とアクセプター基質を用いたライゲーション反応生成物を分析したLC-MSのチャートを示す。+Nsm16は、酵素を含む反応系から得られた生成物のチャートを示し、substrate onlyは、酵素を含まない反応系から得られた生成物のチャートを示す。
【
図2】
図2は、サイズの小さな修飾ペプチドをドナー基質とした場合のライゲーション反応生成物を分析したLC-MSのチャートを示す。All inは、酵素を含む反応系から得られた生成物のチャートを示し、substrate onlyは、酵素を含まない反応系から得られた生成物のチャートを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、第1の態様において、PBP-type TEを触媒として用いて、ドナー基質のC末端とアクセプター基質のN末端との間にアミド結合を生じさせることを特徴とする、ライゲーションされたペプチドの製造方法を提供する。
【0012】
PBP-type TEは、本発明者らが土壌細菌(放線菌)から見出した新規な酵素ファミリーであり、非リボソームペプチド生合成に関わる環化酵素ファミリーである(Kuranaga, T. et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 9447-9451、およびMatsuda, K. et al. Nat. Catl. 2020, 3, 507-515)。
【0013】
PBP-type TEがペプチド環化反応だけでなく、ペプチドライゲーション反応を触媒しうることが、本発明者らにより初めて見出された。本明細書において、ペプチドライゲーションは、ドナー基質のC末端アミノ酸残基とアクセプター基質のN末端アミノ酸残基の間にアミド結合(ペプチド結合)を生じさせることをいう。本発明において使用しうるPBP-type TEはペプチドライゲーション反応を触媒しうるものである。なお、本明細書において、「ライゲーション」という用語はペプチドの環化反応を含まない。
【0014】
本発明のペプチドライゲーションに用いるPBP-type TEは、公知のものから選択することができる。その例として、Streptomyces noursei NBRC 15452由来の酵素Nsm16が挙げられるがこれに限定されない。酵素Nsm16をはじめとするPBP-type TEは公知のクローニング方法を用いて取得することができる。
【0015】
本発明において、酵素Nsm16が好ましく用いられる。酵素Nsm16をコードするDNAの塩基配列を配列番号:1に示す。酵素Nsm16のアミノ酸配列を配列番号:2に示す。すなわち、本発明において、配列番号:2に示すアミノ酸配列を有する酵素、あるいは配列番号:1に示す塩基配列によりコードされるアミノ酸配列を有する酵素が好ましく用いられる。
【0016】
酵素Nsm16の変異体であって、酵素Nsm16と同等またはそれ以上のペプチドライゲーション活性を有する酵素も本発明において好ましく用いられる。酵素Nsm16と同等またはそれ以上のペプチドライゲーション活性は、酵素Nsm16の約50%以上の活性、好ましくは約70%以上の活性、より好ましくは約80%以上の活性、さらにより好ましくは約90%以上の活性をいう。酵素のペプチドライゲーション活性は、ドナー基質およびアクセプター基質を反応させ、生成物を分析することによって測定することができる。例えば、本明細書の実施例に記載した手順に準じて試供酵素ならびにドナー基質およびアクセプター基質を反応させ、得られた反応液をLC-MS分析に供してライゲーション生成物量を測定することにより、ペプチドライゲーション活性を測定してもよい。
【0017】
酵素Nsm16の変異体の具体例としては、配列番号:2に示すアミノ酸配列に対して約35%以上、例えば約38%以上、好ましくは約50%以上、より好ましくは約70%以上、さらにより好ましくは約90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有する酵素であって、酵素Nsm16と同等またはそれ以上のペプチドライゲーション活性を有する酵素が挙げられるが、これらに限定されない。アミノ酸配列の同一性は、BLASTPなどの公知の検索手段を用いて決定することができる。
【0018】
酵素Nsm16の変異体のさらなる具体例としては、配列番号:2に示すアミノ酸配列において、数個または数十個のアミノ酸が置換、欠失、挿入または付加されているアミノ酸配列を有する酵素であって、酵素Nsm16と同等またはそれ以上のペプチドライゲーション活性を有する酵素が挙げられるが、これらに限定されない。ここで、数個とは、2個、3個、5個、4個、6個、7個、8個または9個をいう。数十個とは、約10個~約90個程度をいい、例えば約20個、約30個、約40個、約50個、約60個、約70個、約80個または約90個、あるいはこれらの数値の間の数であってもよい。アミノ酸配列中のアミノ酸の置換は、任意のアミノ酸での置換であってよいが、好ましくは同様の性質および/または構造を有するアミノ酸にて置換される。例えば、以下のカッコ内のアミノ酸を互いに置換してもよい:(G、A)、(K、R、H)、(D、E)、(N、Q)、(S、T、Y)、(C、M)、(F、W、Y、H)、(V、L、I)。
【0019】
酵素Nsm16の変異体のさらなる具体例としては、ストリンジェントな条件下で配列番号:1に示す塩基配列に相補的な塩基配列にハイブリダイズする塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を有する酵素であって、酵素Nsm16と同等またはそれ以上のペプチドライゲーション活性を有する酵素が挙げられるが、これらに限定されない。
【0020】
ストリンジェントな条件は当業者に公知であり、例えば下記条件が挙げられる:
0.25M Na2HPO4、pH7.2、7% SDS、1mM EDTA、1×デンハルト溶液を含む緩衝液中で温度が60~68℃、好ましくは65℃、さらに好ましくは68℃の条件下で16~24時間ハイブリダイズさせ、さらに20mM Na2HPO4、pH7.2、1% SDS、1mMEDTAを含む緩衝液中で温度が60~68℃、好ましくは65℃、さらに好ましくは68℃の条件下で15分間の洗浄を2回行う条件;あるいは
25%ホルムアミド、より厳しい条件では50%ホルムアミド、4×SSC(塩化ナトリウム/クエン酸ナトリウム)、50mM HEPES pH7.0、10×デンハルト溶液、20μg/ml変性サケ精子DNAを含むハイブリダイゼーション溶液中、42℃で一晩プレハイブリダイゼーションを行った後、1×SSC、0.1% SDSを含む緩衝液中で37℃において、より厳しい条件としては0.5×SSC、0.1% SDSを含む緩衝液中で42℃において、さらに厳しい条件としては0.2×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液中で65℃において洗浄を行う条件。
ストリンジェントな条件は上例に限定されない。
【0021】
酵素Nsm16の変異体は、天然由来のものであってもよく、例えば遺伝子工学的手法を用いて人工的に作出されたものであってもよい。例えば、酵素Nsm16の変異体は、Streptomyces noursei NBRC 15452以外の放線菌が有するPBP-type TEであってもよい。
【0022】
酵素Nsm16およびその変異体を、Nsm16遺伝子またはそのホモログもしくはオーソログをクローニングしてこれらの酵素をコードする遺伝子を得ることによって製造してもよい。例えば本明細書の実施例に記載した方法にて酵素Nsm16得てもよい。
【0023】
本明細書において、ペプチドは、アミノ酸残基がペプチド結合によって連結された分子をいう。アミノ酸残基数は2以上である。本明細書において、オリゴペプチド、ポリペプチド、タンパク質もペプチドに包含される。本明細書において、ペプチド中のアミノ酸残基間の結合のすべてがペプチド結合である必要はない。ペプチドを構成するアミノ酸は、天然のタンパク質中に含まれるものであってもよく、天然のタンパク質中に含まれないものであってもよい(例えば、β-アラニン、γ-アミノ酪酸、オルニチン、ホモシステインなど)。ペプチドを構成するアミノ酸は、L-体であってもよく、D-体であってもよい。ペプチドを構成するアミノ酸は、生体内に存在するものであってもよく、人工的に合成されたものであってもよい。ペプチドは、非ペプチド性の構造や修飾基(これらについては後述)を含んでいてもよい。本明細書において、ペプチドの左端がN末端であり、右端がカルボキシル末端である。
【0024】
アクセプター基質は任意のペプチドであってよい。アクセプター基質を構成するアミノ酸残基の種類は特に限定されない。アクセプター基質を構成するアミノ酸残基の数も特に限定されないが、少ないほうが好ましい。
【0025】
ドナー基質は任意の種類および数のアミノ酸残基を含むペプチドであってよい。ドナー基質のC末端側から2番目のアミノ酸残基がカチオン性アミノ酸であることが好ましい。ドナー基質のC末端アミノ酸残基が疎水性アミノ酸であることが好ましい。ドナー基質のC末端アミノ酸残基がD-体であることが好ましい。ドナー基質のC末端側から2番目の残基およびC末端残基が、それぞれ、カチオン性アミノ酸および疎水性D-アミノ酸であることが、より好ましい。
【0026】
カチオン性アミノ酸は公知であり、リジン、アルギニン、ヒスチジン、オルニチンが例示されるが、これらに限定されない。カチオン性アミノ酸は、7よりも高い等電点を有するアミノ酸と言ってもよい。
【0027】
疎水性アミノ酸も公知であり、ロイシン、イソロイシン、バリン、アラニン、トリプトファン、フェニルアラニン、メチオニンが例示されるが、これらに限定されない。疎水性アミノ酸は、グリシンよりも高い疎水性インデックスを有するアミノ酸と言ってもよい。
【0028】
ドナー基質のC末端アミノ酸は、そのカルボキシル基を活性化することが必須である。活性化の例としてエステル化が挙げられるが、これに限定されない。エステル化の例としては、チオエステル化、アルキルエステル化(例えばメチルエステル化、エチルエステル化など)などが挙げられるが、これらに限定されない。ドナー基質のC末端D-アミノ酸のカルボキシル基をチオエステル化して活性化すること、すなわちチオエステル型の脱離基を付与して活性化することが好ましい。N-アセチルシステアミンを用いてチオエステル化すること(SNAC体の形成)が好ましい。
【0029】
ドナー基質は非ペプチド性の構造を含んでいてもよい。非ペプチド性の構造は、天然のペプチドには含まれていない構造をいい、その種類や構造は特に限定されない。非ペプチド性の構造の例としては、ビオチン、フルオレセイン、ローダミンなどの標識類、ルシフェリン、PEG、糖類、脂質、核酸などが挙げられるが、これらに限定されない。非ペプチド性の構造は天然由来のものであってもよく、人工的に作出されたものであってもよい。非ペプチド性の構造は、以下に述べる修飾基であってもよい。PBP-type TEおよび非ペプチド性の構造を含むドナー基質を用いて、アクセプター基質に非ペプチド性の構造を付与することができる。同様に、非ペプチド性の構造に限らず、修飾基を含むドナーペプチドを用いて、アクセプター基質を修飾することができる。
【0030】
したがって、本発明は、もう1つの態様において、PBP-type TEを触媒として用いて、修飾基を含むドナー基質のC末端とアクセプター基質のN末端との間にアミド結合を生じさせることを特徴とする、修飾されたペプチドの製造方法を提供する。
【0031】
上記方法は、目的ペプチド(アクセプター基質)のN末端選択的な修飾手法として用いることができる。修飾基は、目的ペプチドを修飾する基をいい、その種類や構造は特に限定されない。修飾基は、ペプチド性の構造を有していてもよく、非ペプチド性の構造を有していてもよい。修飾基の例としては、蛍光標識、発光標識、放射性標識、ビオチン、アビジン、他のペプチドまたはタンパク質、例えばヒスチジンタグ、マルトース結合タンパク質、グルタチオン-S-トランスフェラーゼなどのタグ、ルシフェラーゼ、抗体またはその一部分、抗原またはその一部分、糖類、脂質、核酸などが挙げられるが、これらに限定されない。修飾基は天然由来のものであってもよく、人工的に作出されたものであってもよい。修飾基は上で述べた非ペプチド性の構造であってもよい。
【0032】
本発明は、さらなる態様において、PBP-type TEを含む、ペプチドライゲーション用キットを提供する。通常、該キットには取扱説明書が添付される。該キットは、ドナー基質および/またはアクセプター基質を含んでいてもよい。該キットには、保存性や安定性の点から、例えば凍結乾燥されたPBP-type TEを含んでいてもよい。
【0033】
本発明は、さらなる態様において、PBP-type TEを含む、修飾されたペプチドを作成するためのキットを提供する。通常、該キットには取扱説明書が添付される。該キットは、修飾基を含むドナー基質を含んでいてもよい。該キットは、アクセプター基質を含んでいてもよい。該キットには、保存性や安定性の点から、例えば凍結乾燥されたPBP-type TEを含んでいてもよい。
【0034】
本発明は、さらなる態様において、PBP-type TEによるペプチドライゲーションに用いられるドナー基質を提供する。好ましくは、ドナー基質のC末端側から2番目の残基およびC末端残基が、それぞれ、カチオン性アミノ酸および疎水性D-アミノ酸である。好ましくは、該ドナー基質のC末端アミノ酸が活性化されている。より好ましくは、該ドナー基質のC末端アミノ酸が、そのカルボキシル基においてSNAC体となっている。
【0035】
本明細書中の用語は、特に断らないかぎり、化学、生物学、生化学、医学、薬学等の分野において通常に理解される意味に解される。本明細書において、数値の前に「約」を付した場合、その数値±20%、好ましくはその数値±10%、より好ましくはその数値±5%を表す。
【0036】
以下に実施例を示して本発明をより詳細かつ具体的に説明するが、実施例は説明のためのものであって、本発明の範囲を限定するものと解してはならない。
【実施例0037】
1.組換え酵素Nsm16の調製
ポリメラーゼKOD One(東洋紡)を用いてStreptomyces noursei NBRC 15452のゲノムDNAから酵素Nsm16をコードするDNAフラグメントを増幅した。増幅に用いたプライマーのセットは以下のものであった(大文字部分)。フォワードプライマーにはEcoRI認識部位を、リバースプライマーにはHindIII認識部位を付加した(配列番号:3、4の下線部)。
Nsm16_Fw: 5’-ccggaattcGTGCACGGGGACTCAGCGGATCC-3’ (配列番号:3)
Nsm16_Rv: 5’-cccaagcttTTAGTGCGGCCGTGCGCCGTGG-3’ (配列番号:4)
増幅したフラグメントを、pET-28a(+)(Novagen)のマルチクローニングサイト中のEcoRI/HindIII部位に挿入して、組換え酵素Nsm16発現ベクター(Nsm16-pET28a)を得た。
【0038】
上で得た発現ベクターをE.coli BL231(DE3)に導入し、シングルコロニーを50μg/mLのカナマイシンを含む10mLの2xYT培地(1.6% Bacto peptone、1.0% Bacto Yeast Extract、0.5% NaCl)に接種し、37℃で一晩培養して種培養を得た。2.0mLの培養物を50μg/mLのカナマイシンを含む200mLの2xYT培地に移し、37℃で3時間培養した。培養物を氷冷し、0.1mLのIPTGを添加して組換え酵素Nsm16の発現を誘導した。大腸菌を16℃で一晩培養した。遠心分離(3500xg、10分)により集菌し、超音波ホモジナイザーを用いて破砕した。遠心分離(17000xg、10分)により残渣を除去した後、可溶性タンパク質を含むフラクションを、洗浄バッファー(20mM Tris-HCl pH8.0、150mM NaCl、20mM イミダゾール)にて平衡化したNi-NTAアフィニティーカラム(Merck Millipore)に供した。カラムを洗浄バッファーにて洗浄し、500mM イミダゾール洗浄バッファーにて溶出させた。カラムからの溶出物をAmicon Ultra 0.5mLフィルター(Merck Millipore)にて濃縮した。タンパク質溶液の濃度をBio-Rad protein assay kitにて測定した。なお、本実験では、ヒスチジンタグがN末端側に付いたタンパク質として組換え酵素Nsm16を得た。そのアミノ酸配列を配列番号:5に示す。
【0039】
このようにして得られた組換え酵素Nsm16を以下のペプチドライゲーション実験に使用した。
【0040】
2.基質の合成
本実験に使用したドナー基質およびアクセプター基質を、固相ペプチド合成法にて合成した。固相ペプチド合成プロトコールを以下に示す。
固相ペプチド合成プロトコール
工程1:20%ピペリジン/DMF溶液を用いることにより(10分間、室温)、固相に支持されたペプチドのFmoc基を除去した。
工程2:反応容器中の樹脂をDMF(x3)およびCH2Cl2(x3)で洗浄した。
工程3:F-mocにて保護されたビルディングブロック(4eq)の溶液に、NMP中のDIC(4eq)およびOxyma(DMF中4eq)を添加した。プレアクティベーションの2~3分後に、混合物を反応容器に注入した。得られた混合物を30分撹拌した。
工程4:反応容器中の樹脂をDMF(x3)およびCH2Cl2(x3)で洗浄した。
工程1-4を繰り返すことによりアミノ酸を固相支持体上に濃縮した。
ドナー基質のN末端アミノ酸のチオエステル化はN-アセチルシステアミンを用いて常法にて行った。
本実験で用いたドナー基質は:
ビオチン付加されたグリシン-D-トリプトファン-D-アルギニン-D-フェニルアラニンSNAC体
であった。
本実験で用いたアクセプター基質は:
D-フェニルアラニン-グリシン-グリシン-D-トリプトファン-D-アルギニン-D-フェニルアラニン
であった。
【0041】
3.ペプチドライゲーション(1)
図1の上段に示すドナー基質およびアクセプター基質を、酵素Nsm16にてライゲーションさせた。20mMのTris-HCl(pH8.0)中に200μMのドナー基質および800μMのアクセプター基質を含む反応混合物に、1.0μMの酵素Nsm16を添加することにより、反応を開始させた。酵素添加後30℃で2時間インキュベーションし、同体積の0.1% TFAを添加して反応を停止させた。同体積のメタノールで試料を希釈した後、20000xgで10分間遠心分離した。得られた上清をポジティブモードで作動するLC-MS(amaZon SL-NPC)にて分析した。LC-MSは島津のHPLCシステムとカップリングさせた。Cosmosil 5C18-MS-II 2.0x150mmカラム(Nacalai Tesque)を用いて分離を行った。移動相AおよびBとして、それぞれ、水+0.05% TFA、およびアセトニトリル+0.05% TFAを用いた。20分かけて移動相Bを10%から90%にするグラジエントモード、流速0.2ml・min
-1にて試料を溶出させた。
【0042】
LC-MSでの分析結果を
図1の下段に示す。酵素添加系では、ドナー基質およびアクセプター基質の減少に伴って加水分解物およびライゲーションしたペプチド(図中Peptide conjugateと表記、保持時間約9.7分のピーク)の生成が確認された。
【0043】
4.ペプチドライゲーション(2)
次に、上のペプチドライゲーション(1)で用いたドナー基質のほかに、それよりも小さいドナー基質(
図2参照)を用いて、ペプチドライゲーション反応について検討した。本実験で使用した小さいドナー基質は:
ビオチン付加されたD-トリプトファン-D-アルギニン-D-フェニルアラニンSNAC体
ビオチン付加されたD-アルギニン-D-フェニルアラニンSNAC体
ビオチン付加されたD-フェニルアラニンSNAC体
であった。
本実験で使用したアクセプター基質は、上のペプチドライゲーション(1)と同じであった。反応条件は上のペプチドライゲーション(1)と同じであった。
【0044】
図2に示すLC-MSでの分析結果から、いずれのドナー基質を用いた場合でもライゲーション生成物が認められ(図中Conjugateと表記、上から保持時間約9.5分、約9.8分、約8.9分、約10.2分のピーク)、ドナー基質が小さいほどライゲーション生成物の収率が増加する傾向が示された。ドナー基質がビオチン付加アルギニン-SNAC体D-フェニルアラニンの場合にライゲーション生成物の収率が最大となった。カチオン性アミノ酸残基(アルギニン)を欠くドナー基質を用いた場合は、ライゲーション生成物は得られたが僅かであった(保持時間約10.2分のピーク)。これらの結果から、PBP-type TEは、ドナー基質中のカチオン性アミノ酸-疎水性アミノ酸モチーフを認識することが示唆された。
本発明は、ペプチド合成のための新たな酵素ツール、および新たなペプチド修飾技術を提供するので、化学、生物学、生化学、医学、薬学等の分野において利用可能である。本発明は、例えば、新薬および新たな研究試薬の開発や製造等に利用可能である。