(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024161790
(43)【公開日】2024-11-20
(54)【発明の名称】坑廃水の処理方法
(51)【国際特許分類】
C02F 1/64 20230101AFI20241113BHJP
C02F 1/76 20230101ALI20241113BHJP
【FI】
C02F1/64 A
C02F1/76 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023076818
(22)【出願日】2023-05-08
(71)【出願人】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】洪 承官
(72)【発明者】
【氏名】所 千晴
(72)【発明者】
【氏名】小山 恵史
(72)【発明者】
【氏名】古郡 友輔
【テーマコード(参考)】
4D038
4D050
【Fターム(参考)】
4D038AA08
4D038AB89
4D038BA02
4D038BA04
4D038BB13
4D038BB16
4D038BB17
4D038BB20
4D050AA20
4D050AB55
4D050BB02
4D050BB04
4D050BB11
4D050BD02
4D050BD06
4D050CA06
4D050CA13
4D050CA15
4D050CA16
(57)【要約】
【課題】比較的低い処理コストで、坑廃水からマンガンイオンを有効に除去することができる坑廃水の処理方法を提供する。
【解決手段】マンガンイオンを含む坑廃水を処理する方法であって、前記坑廃水中のマンガンイオンを除去し、前記坑廃水からマンガンを含む沈殿物を分離させるマンガン除去工程と、前記マンガン除去工程で分離させた前記沈殿物を酸化剤と接触させ、前記沈殿物に含まれるマンガンを酸化させる酸化工程とを含み、前記酸化工程を経た前記沈殿物を、前記マンガン除去工程で前記坑廃水に投入し、前記マンガン除去工程で前記坑廃水中のマンガンイオンを当該沈殿物に含ませることで、前記坑廃水からマンガンイオンを除去する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マンガンイオンを含む坑廃水を処理する方法であって、
前記坑廃水中のマンガンイオンを除去し、前記坑廃水からマンガンを含む沈殿物を分離させるマンガン除去工程と、
前記マンガン除去工程で分離させた前記沈殿物を酸化剤と接触させ、前記沈殿物に含まれるマンガンを酸化させる酸化工程と
を含み、
前記酸化工程を経た前記沈殿物を、前記マンガン除去工程で前記坑廃水に投入し、前記マンガン除去工程で前記坑廃水中のマンガンイオンを当該沈殿物に含ませることで、前記坑廃水からマンガンイオンを除去する、坑廃水の処理方法。
【請求項2】
前記酸化工程で、前記沈殿物を酸化剤と接触させるに当たり、前記沈殿物を含むスラリーに前記酸化剤を添加し、前記スラリーのpHを9.0以下にする、請求項1に記載の坑廃水の処理方法。
【請求項3】
前記マンガン除去工程及び前記酸化工程を含む一連の工程を繰り返し行う、請求項2に記載の坑廃水の処理方法。
【請求項4】
前記一連の工程の繰返しにより、前記酸化工程を経た前記沈殿物中のMn価数が増加する、請求項3に記載の坑廃水の処理方法。
【請求項5】
前記一連の工程の繰返しにより、前記Mn価数が3.2以上になった後、一連の工程における前記酸化工程で前記スラリーのpHを、それ以前の一連の工程における前記酸化工程でのスラリーのpHよりも相対的に低下させる、請求項4に記載の坑廃水の処理方法。
【請求項6】
前記酸化工程でのスラリーのpHを低下させる前の当該スラリーのpHを、8.5~9.0とし、
前記酸化工程でのスラリーのpHを低下させた後の当該スラリーのpHを7.0~8.5とする、請求項5に記載の坑廃水の処理方法。
【請求項7】
前記マンガン除去工程で前記坑廃水から前記沈殿物を分離させて得られる処理水のpHを、8.6以下とする、請求項1又は2に記載の坑廃水の処理方法。
【請求項8】
前記酸化工程で用いる前記酸化剤が、次亜塩素酸ナトリウムを含む、請求項1又は2に記載の坑廃水の処理方法。
【請求項9】
前記酸化工程を経た前記沈殿物が、前記マンガンの少なくとも一部としてδ-MnO2を含み、
前記マンガン除去工程で、前記沈殿物中の前記δ-MnO2に、前記坑廃水中のマンガンイオンを吸着させることで、前記坑廃水からマンガンイオンを除去する、請求項1又は2に記載の坑廃水の処理方法。
【請求項10】
処理の対象とする前記坑廃水がさらに亜鉛イオンを含み、
前記マンガン除去工程で、前記坑廃水中の亜鉛イオンをマンガンイオンとともに除去する、請求項1又は2に記載の坑廃水の処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この明細書は、坑廃水の処理方法について記載したものである。
【背景技術】
【0002】
鉱石に含まれる鉱物などの地下資源の採掘が行われている稼行中の鉱山や、休止中ないし廃止後の鉱山では、降雨により地下水が地表に流出し、坑廃水が発生することがある。
【0003】
鉱山の開発に際しては、坑道の開削等によって地下水面の低下が起こり、地下水面下に存在していた鉱石が空気中に露出する。空気に晒された鉱石中の金属は酸化され、水に溶けやすいものになり、地中に染み込んだ雨水に溶出する。このため、鉱山から発生する坑廃水には、鉱石に由来する金属イオンが含まれる。
【0004】
坑廃水をそのまま河川等に放流すると、坑廃水に含まれる金属イオンが、河川等の水質を汚染し、環境に悪影響を及ぼすおそれがある。それ故に、坑廃水は、金属イオン濃度を十分に低下させる処理を行った後に放流することが求められる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
坑廃水には、マンガンイオンが比較的高い濃度で含まれることがある。これまでは、坑廃水からマンガンイオンを除去するため、アルカリの添加により坑廃水のpHを、たとえば10以上と大きく上昇させ、マンガンイオンを水酸化物等として析出させて沈殿させた後、その沈殿物を分離させていた。
【0006】
しかるに、この場合、沈殿物を分離した後の処理水はpHが高く、そのままでは基準値を満たさずに放流できないので、酸の添加によりpHを中性近傍まで低下させることが必要になる。このようにしてpHの一旦上昇させた後に低下させることでマンガンイオンを除去する処理は、アルカリのみならず酸をも多量に使用することから、薬剤コストが大きく嵩んで処理コストの増大を招く。
【0007】
この明細書では、比較的低い処理コストで、坑廃水からマンガンイオンを有効に除去することができる坑廃水の処理方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この明細書で開示する坑廃水の処理方法は、マンガンイオンを含む坑廃水を処理する方法であって、前記坑廃水中のマンガンイオンを除去し、前記坑廃水からマンガンを含む沈殿物を分離させるマンガン除去工程と、前記マンガン除去工程で分離させた前記沈殿物を酸化剤と接触させ、前記沈殿物に含まれるマンガンを酸化させる酸化工程とを含み、前記酸化工程を経た前記沈殿物を、前記マンガン除去工程で前記坑廃水に投入し、前記マンガン除去工程で前記坑廃水中のマンガンイオンを当該沈殿物に含ませることで、前記坑廃水からマンガンイオンを除去するというものである。
【発明の効果】
【0009】
上述した坑廃水の処理方法によれば、比較的低い処理コストで、坑廃水からマンガンイオンを有効に除去することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】一の実施形態に係る坑廃水の処理方法を示すフロー図である。
【
図2】実施例の試験を模式的に示すフロー図である。
【
図3】試験例1の各回の試験における処理水のマンガンイオン濃度を示すグラフである。
【
図4】試験例1の各回の試験における処理水の亜鉛イオン濃度を示すグラフである。
【
図5】試験例1の各回の試験における処理水のpHを示すグラフである。
【
図6】試験例2の各回の試験における処理水のマンガンイオン濃度を示すグラフである。
【
図7】試験例2の各回の試験における処理水の亜鉛イオン濃度を示すグラフである
【
図8】試験例2の各回の試験における処理水のpHを示すグラフである。
【
図9】試験例3の酸化処理前の沈殿物中のMn価数と複数回の処理を繰り返し行った後の沈殿物中のMn価数を示すグラフである。
【
図10】試験例4で得られたXAFSスペクトル(X線吸収微細構造)の一領域であるXANESスペクトル(X線吸収端近傍構造)を示すグラフである。図中の各スペクトル上の数値は、各物質のMn K吸収端エネルギー(ホワイトラインポジション)を示す。
【
図11】試験例4の酸化処理前および複数回の処理を繰り返し行った後の沈殿物中のXAFS分析で測定されたMn価数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、上述した坑廃水の処理方法の実施の形態について詳細に説明する。
一の実施形態に係る坑廃水の処理方法は、
図1に示すように、マンガン除去工程が含まれる。マンガン除去工程では、坑廃水中のマンガンイオンを除去し、坑廃水から、マンガンを含む沈殿物を分離させる。坑廃水は、マンガン除去工程でマンガンイオンが除去されて、処理水となる。
【0012】
坑廃水中のマンガンイオンを除去するため、この実施形態の処理方法では、酸化工程を行う。酸化工程では、上記のマンガン除去工程で分離させた沈殿物を酸化剤と接触させる。酸化剤との接触により、沈殿物に含まれるマンガンは酸化され、マンガンイオンを吸着等によって取り込みやすいものになる。
【0013】
そしてここでは、酸化工程を経た沈殿物を、マンガン除去工程に供する坑廃水に投入する。そうすると、マンガン除去工程では、坑廃水中のマンガンイオンは、その坑廃水に投入された沈殿物に取り込まれて、当該沈殿物に含まれる。これにより、pHをそれほど上昇させずに、坑廃水からマンガンイオンを除去することができる。その結果として、先述したようなpHを大きく上昇させるとともに低下させる処理に比して、薬剤コストが低減されて、低い処理コストを実現できることが期待される。
坑廃水は鉱山の閉山後も排出されるため、生産活動を伴わない坑廃水処理が半永久的に必要となる。永続する坑廃水の処理対策においては、持続可能性が重要である。本発明の一実施形態にかかる処理方法によれば、比較的低い処理コストで坑廃水からマンガンイオンを有効に除去することができるため、持続可能な坑廃水処理モデルの構築に寄与し、地球環境の保全に貢献することができる。
【0014】
坑廃水に対するマンガン除去工程及び酸化工程を含む一連の工程は、いわゆる殿物繰返し法として、繰り返し行うことが好ましい。特に連続処理では、一連の工程を連続して繰り返し行うことができる。現場で連続処理を行う場合、一連の工程の繰返しが可能であり、ここで述べる処理方法を適用することが有効である。そのような坑廃水、各工程及び繰返し処理の詳細は、たとえば、以下に述べるとおりである。
【0015】
(坑廃水)
坑廃水は、鉱石に含まれる鉱物などの地下資源の採掘が行われている稼行中の鉱山(稼行鉱山)や、休止中ないし廃止後の鉱山(休廃止鉱山)で、地下水が流出すること等により発生するものである。
【0016】
鉱山では、資源の採掘に際して地下水面が低下し、鉱石が空気と接触する。空気との接触によって酸化した鉱石中の金属は、雨水に容易に溶出し、地下水に金属イオンとして含まれる。それにより、坑廃水には、そのような鉱石に由来する金属イオンが含まれる。
【0017】
処理の対象の坑廃水は、少なくともマンガンイオンを含むものとする。坑廃水のマンガンイオン濃度は、たとえば10mg/L~1000mg/L、典型的には10mg/L~100mg/Lである。マンガンイオンがある程度多く含まれる坑廃水は、河川等に放流するに先立ち、マンガンイオンを除去する処理を施して、マンガンイオン濃度を低下させることが必要になる。
【0018】
また、坑廃水には、マンガンイオンのみならず、亜鉛イオンをさらに含む場合がある。坑廃水の亜鉛イオン濃度は、たとえば2mg/L~500mg/L、典型的には2mg/L~50mg/Lである。坑廃水からマンガンイオンを除去する際に、亜鉛イオンをも除去することができれば、亜鉛イオンを除去するための別途の処理の省略もしくは簡略化が可能になることから望ましい。
【0019】
その他、坑廃水には、Fe、Pb及びCdからなる群から選択される少なくとも一種の金属イオンを含むことがある。坑廃水のpHは、たとえば1.0~8.0、典型的には2.0~6.5である。
【0020】
(マンガン除去工程)
マンガン除去工程では、詳細については後述する酸化工程を経た後の沈殿物の少なくとも一部を、上記の坑廃水に投入する。この沈殿物にはマンガンが含まれる。坑廃水に沈殿物を投入すると、坑廃水に含まれるMn2+等のマンガンイオンは沈殿物に取り込まれ、沈殿物に含まれる。このようにして、坑廃水からマンガンイオンが除去される。
【0021】
このとき、マンガンを含む沈殿物が、坑廃水からのマンガンイオンの除去に有効に働くことから、坑廃水のpHをそれほど上げることを要しない。マンガンイオンを除去する際の坑廃水のpHは、好ましくは6.0~8.6、より好ましくは6.0~8.0である。pHを上昇させすぎると、マンガン除去工程後に処理水のpHを低下させるため、ある程度の量の酸が必要になる場合がある。この一方で、pHが低すぎると、後述するようにマンガン除去工程で得られる沈殿物が、δ-MnO2まで酸化されにくくなるおそれがある。
【0022】
坑廃水からマンガンイオンを除去する際には、坑廃水に含まれることがある亜鉛イオンも、マンガンイオンとともに、沈殿物に吸着等によって取り込まれて含まれる場合がある。この場合、マンガン除去工程では、坑廃水からマンガンイオンだけでなく亜鉛イオンも除去することができる。
【0023】
その後、固液分離により、坑廃水から、マンガンを含む沈殿物を分離させる。固液分離としては、坑廃水から沈殿物を分離できるものであれば、種々の公知の手法を用いることが可能である。具体的には、たとえば、沈降分離によるシックナーや沈殿池又は、ろ過等を採用することができる。
【0024】
マンガン除去工程で得られる沈殿物は、坑廃水に含まれていたマンガンイオンを取り込んだことにより、マンガンを含むものになる。この沈殿物には、マンガンが、Mn3O4、MnOOH、MnO2及びMn2+からなる群から選択される少なくとも一種の形態で含まれることがある。沈殿物中のマンガンの形態は、XANES(X-ray Absorption Near Edge Structure)の分析により確認することができる。一連の工程を繰り返し行う場合、一連の工程の繰返しにより、酸化工程を経た沈殿物中のMn価数が増加し、そのMn価数が3.2以上になると、その次の一連の工程におけるマンガン除去工程で得られる沈殿物には、マンガンとして、後述のδ-MnO2が含まれ得る。
【0025】
坑廃水から沈殿物を分離して得られる分離後液は、マンガンイオン除去の処理が施された処理水となる。処理水は、マンガンイオン濃度が十分に低く、そのまま又は、必要に応じて更なる処理が施されて、河川等に放流される。処理水のpHが高い場合は、放流前にpHを低下させる処理を施してもよいが、この実施形態では、マンガン除去工程で酸化工程を経た沈殿物を用いることにより、先に述べたようなpHの上昇でマンガンイオンを除去する方法よりも、処理水のpHが高くならない傾向がある。マンガン除去工程で得られる処理水は、たとえば、pHが8.6以下、典型的には7.5~8.6、マンガンイオン濃度が0.5mg/L~7mg/L、亜鉛イオン濃度が0.2mg/L~1mg/Lである場合がある。
【0026】
一方、坑廃水から分離させた沈殿物の少なくとも一部は、坑廃水からのマンガンイオンの除去処理に繰り返し用いるため、次に述べる酸化工程に供される。この沈殿物の一部を酸化工程に用いた場合、沈殿物の残部は系外に排出し又は廃棄してもよい。
【0027】
(酸化工程)
酸化工程では、マンガン除去工程で分離させた沈殿物の少なくとも一部を酸化剤と接触させ、その沈殿物に含まれるマンガンを酸化させる。酸化工程を経た後の沈殿物は、上記のマンガン除去工程で坑廃水中に投入して用いられる。
【0028】
たとえばポンプを用いてシックナーの下部から抜き出すこと等により得られる沈殿物を含むスラリーに、酸化剤を添加することにより、沈殿物を酸化剤と接触させることができる。酸化工程後の沈殿物を含むスラリーは、マンガン除去工程で坑廃水に添加することがあり、この場合、坑廃水に当該沈殿物がスラリー中の液体とともに投入される。
【0029】
多くの場合、酸化工程で沈殿物中のマンガンが酸化剤と反応すると、δ-MnO2が生成すると考えられる。この場合、酸化工程を経た沈殿物は、δ-MnO2を含むものになる。δ-MnO2は比表面積が大きく、吸着能力に優れている。そのため、酸化工程で酸化剤との接触によって沈殿物の表面のマンガンがδ-MnO2になるほど、当該沈殿物をマンガン除去工程で坑廃水中に投入したときに、坑廃水中の多くのマンガンイオンが、その沈殿物の表面に吸着して除去される。そのようなδ-MnO2によるマンガンイオンの吸着は、坑廃水のpHが、たとえば8.0以下というようにある程度低い場合であっても起こり得る。
【0030】
なお、坑廃水に酸化剤を直接的に添加することや、酸化剤を沈殿物とともに坑廃水に添加することも考えられるが、少量の酸化剤を添加する場合、坑廃水中のマンガンイオンをそれほど除去することができない。これは、酸化剤で坑廃水のマンガンイオンを直接酸化するよりも、沈殿物の表面を酸化して吸着によりマンガンイオンを除去する方が効率的であるためと考えられる。そこで、この実施形態では、マンガン除去工程で坑廃水から沈殿物のスラリーを分離させて一旦取り出し、酸化工程で沈殿物を酸化剤と接触させてマンガンを酸化させた後、酸化工程後の沈殿物をマンガン除去工程で坑廃水に投入する。
【0031】
沈殿物を含むスラリーは、消石灰(Ca(OH)2)その他のアルカリ等のpH調整剤を添加することにより、pHを調整してもよい。スラリーのpHは、たとえば9.0以下とすることができる。スラリーのpHを高くしすぎた場合は、マンガン除去工程で、そのスラリーを坑廃水に添加すると、坑廃水のpH、ひいては処理水のpHが高くなり、処理水のpHを低下させるために多くの酸が必要になることがある。この実施形態では、酸化したマンガンで坑廃水中のマンガンイオンを吸着等により除去するので、スラリーのpHをそれほど上昇させなくても坑廃水の処理が可能になる。スラリーのpHが低すぎる場合は、沈殿物がδ-MnO2まで酸化されにくくなる懸念がある。
【0032】
酸化工程では、酸化剤として、たとえば、次亜塩素酸ナトリウム、オゾン及び過マンガン酸イオンからなる群から選択される少なくとも一種を含むものを用いることができる。なかでも、次亜塩素酸ナトリウムは低価で調達が容易であることから、酸化工程では、次亜塩素酸ナトリウムを含む酸化剤を用いることが好ましい。
【0033】
酸化剤として次亜塩素酸ナトリウム溶液(有効塩素として濃度5wt%)を使用した場合、酸化剤の使用量は、その酸化剤との接触後の沈殿物を投入する坑廃水(溶存Mn濃度=63mg/L)1.0L当たり、0.27mL~0.80mLとすることが好ましい。酸化剤の添加量が少なすぎると、沈殿物中のマンガンの酸化が不十分になることが懸念され、また多すぎると、酸化剤に要するコストが嵩むことが懸念される。コストの上昇を抑制するとの観点からは、上記の酸化剤の使用量は、0.40mL以下とすることがより一層好ましい。
【0034】
酸化剤の添加後、スラリーを、たとえば100rpm~600rpmで10分間~60分間にわたって攪拌することができる。これにより、沈殿物中のマンガンをより一層有効に酸化することができる。酸化工程で得られてマンガン除去工程で使用する沈殿物のスラリーは、固体濃度が高いほうが、マンガン除去工程でのマンガン除去効果が高くなる傾向がある。この観点から、沈殿物のスラリーの固体濃度は、30質量%~40質量%であることが好ましい。
【0035】
(繰返し処理)
先にも述べたように、マンガン除去工程及び酸化工程を含む一連の工程は、繰り返し行うことが好適である。それにより、坑廃水からのマンガンイオンの除去を加速化することができる。連続処理では、一連の工程を連続して繰り返し行うことがあり、あるいは、バッチ処理では、一連の工程を複数回にわたって繰り返し行うことができる。
【0036】
この場合、一連の工程の繰り返しを行うに従い、酸化工程で沈殿物中のMn価数が徐々に増加し、沈殿物へのδ-MnO2の生成が促進されること等に起因して、マンガン除去工程での坑廃水からのマンガンイオンの除去能力が次第に向上することがある。このようにしてマンガンイオンの除去能力が高くなった後の一連の工程における酸化工程では、マンガンイオンの除去能力が高くなっていることから、スラリーのpHをさらに中性に近づけることが可能になる。その結果、pH調整剤の使用による薬剤コストの上昇をより一層抑制することができる。
【0037】
具体的には、一連の工程の繰返しにより、上記のMn価数が3.2以上になった後、一連の工程における酸化工程でスラリーのpHを、それ以前の一連の工程における前記酸化工程でのスラリーのpHよりも相対的に低下させることが好ましい。Mn価数が初めて3.2以上になった時点で、スラリーのpHを低下させることができる他、Mn価数が3.2以上になってから一定の時間にわたって一連の工程を繰り返した後に、スラリーのpHを低下させてもよい。酸化工程でのスラリーのpHを低下させる前の当該スラリーのpHは、8.5~9.0とすることがある。その後、Mn価数が3.2以上になり、酸化工程でのスラリーのpHを低下させた後の当該スラリーのpHは、7.0~8.5とすることができる。
【0038】
沈殿物中のMn価数は、ヨウ素滴定により測定することができる。具体的には、次のようにして測定する。はじめに、沈殿物を過剰のヨウ化カリウム(KI)と塩酸(HCl)で溶解させる。このとき、Mn2+p+(2+p)I-→MnI2+(p/2)I2で表される反応が起こる。次いで、指示薬としてデンプンを添加すれば、I2と反応し、溶液は紫色になる。その後、チオ硫酸ナトリウム(Na2S2O3)溶液を滴下すると、I2+2Na2S2O3→2NaI+Na2S4O6の反応が起きる。I2が全て還元されて、紫色が消えるところが終点である。この際、滴下したNa2S2O3のモル数Xと沈澱物中のMnのモル数Aより、沈殿物中のMn価数は(X+2A)/Aとして求められる。
【実施例0039】
次に、上述した坑廃水の処理方法を試験的に実施し、その効果を確認したので、以下に説明する。但し、ここでの説明は単なる例示を目的としたものであり、これに限定されることを意図するものではない。
【0040】
(試験例1)
坑廃水中のマンガンイオンを沈殿させて得られた沈殿物を含むスラリー(殿物スラリー)に、酸化剤0.4mL/L(処理対象の坑廃水1.0L当たり0.4mL)を添加し、30分間攪拌した(ステップ1)。酸化剤としては、次亜塩素酸ナトリウム(有効塩素として濃度5wt%)を使用した。次いで、沈殿物を含むスラリーを、消石灰の添加によってpHを調整した後、坑廃水(原水)に添加し、10分間反応させた(ステップ2)。反応後、ろ過により沈殿物から分離させた処理水(ろ液)のマンガンイオン濃度及び亜鉛イオン濃度を分析した(ステップ3)。
【0041】
上記のステップ3のろ過により分離した沈殿物(殿物)を、次回のステップ1に供し、ステップ1~3の試験を繰り返し行った。模式的なフロー図を
図2に示す。また、試験結果として、各回の試験で得られた処理水のマンガンイオン濃度、亜鉛イオン濃度及びpHを、
図3~5にそれぞれグラフで示す。ステップ2にて調整するスラリーのpHは、9.0とした。
【0042】
図3に示すように、処理水のマンガンイオン濃度は、殿物スラリーのpHを9.0に調整すれば排水基準値(10mg/L)以下であった。また処理水のpHは、
図5に示すように、8.0以下と十分に低く、そのまま放水可能である場合があると考えられる。
【0043】
その上、
図4からわかるように、処理水の亜鉛イオン濃度も十分に低くすることが可能であった。
【0044】
(試験例2)
坑廃水中のマンガンイオンを沈殿させて得られた沈殿物を含むスラリー(殿物スラリー)に、酸化剤0.8mL/L(処理対象の坑廃水1.0L当たり0.8mL)を添加し、30分間攪拌した(ステップ1)。酸化剤としては、次亜塩素酸ナトリウム(有効塩素として濃度5wt%)を使用した。次いで、沈殿物を含むスラリーを、消石灰の添加によってpHを調整した後、坑廃水(原水)に添加し、10分間反応させた(ステップ2)。反応後、ろ過により沈殿物から分離させた処理水(ろ液)のマンガンイオン濃度及び亜鉛イオン濃度を分析した(ステップ3)。
【0045】
上記のステップ3のろ過により分離した沈殿物(殿物)を、次回のステップ1に供し、ステップ1~3の試験を繰り返し行った。模式的なフロー図を
図2に示す。また、試験結果として、各回の試験で得られた処理水のマンガンイオン濃度、亜鉛イオン濃度及びpHを、
図6~8にそれぞれグラフで示す。ステップ2にて調整するスラリーのpHは、1~4回目処理は9.0とし、5回目~8回目は8.5とし、9回目~12回目はpH調整をしなかった。
【0046】
図6に示すように、処理水のマンガンイオン濃度は、殿物スラリーのpHを9.0に調整すれば排水基準値(10mg/L)以下であり、5回目から殿物スラリーのpH調整を9.0より低下させても排水基準値以下であった。また処理水のpHは、
図8に示すように、8.0以下と十分に低く、そのまま放水可能である場合があると考えられる。
【0047】
その上、
図7からわかるように、処理水の亜鉛イオン濃度も十分に低くすることが可能であった。
【0048】
(試験例3)
試験例1、2とほぼ同様にして、坑廃水からのマンガンイオンの除去の処理を複数回繰り返し行い、酸化剤を添加してから坑廃水に投入して処理が終了した後の沈澱物中のMn価数を、先述したヨウ素滴定に従って測定した。この試験は、0.4mL/L(処理対象の坑廃水1.0L当たり0.4mL)の酸化剤を用いて処理を20回繰り返した場合と、0.8mL/L(処理対象の坑廃水1.0L当たり0.8mL)の酸化剤を用いて処理を12回繰り返した場合のそれぞれについて行った。
【0049】
その結果として、
図9に、酸化処理前の沈殿物(酸化処理前殿物)中のMn価数と、それに所定量の酸化剤で処理した後の沈殿物中のMn価数を示す。
図9中、「殿物+0.4mL/L」及び「殿物+0.8mL/L」はそれぞれ、酸化処理前殿物に、0.4mL/L又は0.8mL/Lの酸化剤を用いて処理を行ったときの沈殿物のMn価数を表している。
【0050】
図9に示すように、1回の処理を行った場合(「殿物+0.4mL/L」及び「殿物+0.8mL/L」)の沈殿物のMn価数は、「酸化処理前殿物」とほぼ同じであった。これに対し、複数回の処理を行った場合(「殿物+0.4mL/L(20回)」及び「殿物+0.8mL/L(12回)」)は、Mn価数は処理前より増加していることがわかる。また、酸化剤添加量が多いほど、Mn価数が高くなる傾向があることもわかる。
【0051】
(試験例4)
試験例3で得られた沈澱物に対し、透過法及び転換電子収量法(CEY:Conversion electron yield)でX線吸収微細構造解析(XAFS)を行った。Mn化合物のK吸収端エネルギー(Mn K-edge energy;ホワイトラインポジション)はMn化合物の価数と線形関係にあることから、標準となるMn化合物(MnO、Mn2O3、MnO2)および沈殿物から得られたMn K吸収端エネルギー(ホワイトラインポジション)から沈殿物中のMn価数を同定した。また、本分析において、透過法ではバルクを対象としたXAFSスペクトルが取得され、CEYでは沈殿物のサンプル表面から選択的にXAFSスペクトルが取得される。この試験は、0.4mL/L(処理対象の坑廃水1.0L当たり0.4mL)の酸化剤を用いて処理を20回繰り返した場合と、0.8mL/L(処理対象の坑廃水1.0L当たり0.8mL)の酸化剤を用いて処理を12回繰り返した場合のそれぞれについて行った。
【0052】
その結果を
図10及び11に示す。
図11中、「元殿物」は、酸化処理前の沈殿物を意味し、「殿物+0.4mL/L」及び「殿物+0.8mL/L」はそれぞれ、酸化処理前殿物に、0.4mL/L又は0.8mL/Lの酸化剤を用いて1回の処理を行ったときの沈殿物のMn価数を表している。
【0053】
図11に示すように、各沈殿物のMn価数は、試験例3のヨウ素滴定と同様に、1回の酸化処理では酸化処理前殿物のMn価数は大きく増加しなかったのに対し、複数回の処理を行った場合には酸化処理前に比べMn価数は顕著に増加した。その他、バルクよりも表面でMn価数が大きくなっていることから、酸化剤によって、主に沈殿物の表面でδ-MnO
2への酸化が促進されたと考えられる。
【0054】
以上より、先述した坑廃水の処理方法によれば、比較的低い処理コストで、坑廃水からマンガンイオンを有効に除去できる可能性が示唆された。