(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024164532
(43)【公開日】2024-11-27
(54)【発明の名称】分子配向の解析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2055 20180101AFI20241120BHJP
G01N 23/205 20180101ALI20241120BHJP
【FI】
G01N23/2055 310
G01N23/205
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023080080
(22)【出願日】2023-05-15
(71)【出願人】
【識別番号】000001085
【氏名又は名称】株式会社クラレ
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【弁理士】
【氏名又は名称】堤 健郎
(74)【代理人】
【識別番号】100142608
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 由佳
(74)【代理人】
【識別番号】100213470
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 真二
(72)【発明者】
【氏名】井手 彩矢佳
(72)【発明者】
【氏名】鎌田 洋平
(72)【発明者】
【氏名】小野寺 稔
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA22
2G001CA01
2G001DA09
2G001FA12
2G001FA18
2G001GA14
2G001HA03
2G001KA08
2G001LA05
2G001MA05
2G001NA19
(57)【要約】
【課題】分子配向の解析方法を提供する。
【解決手段】
少なくとも一部に結晶性を有するポリマー分子を含む物体を試料として準備する工程と、互いに異なる3方向を第1方向、第2方向、第3方向とした場合に、この物体に対して前記第1方向、前記第2方向、前記第3方向のそれぞれからX線を照射して前記第1、第2、第3方向のそれぞれに対応する第1、第2、第3のX線回折プロファイルを得る工程と、前記第1、第2、第3方向のX線回折プロファイルのそれぞれに対し所定のピークを選択してピークの積分強度を算出する工程と、前記所定のピークの積分強度に基づいて前記物体の3次元の分子配向を解析する工程と、を備える、分子配向の解析方法。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一部に結晶性を有するポリマー分子を含む物体を試料として準備する工程と、
互いに異なる3方向を第1方向、第2方向、第3方向とした場合に、
この物体に対して前記第1方向、前記第2方向、前記第3方向のそれぞれからX線を照射して前記第1、第2、第3方向のそれぞれに対応する第1、第2、第3のX線回折プロファイルを得る工程と、
前記第1、第2、第3方向のX線回折プロファイルのそれぞれに対し所定のピークを選択してピークの積分強度を算出する工程と、
前記所定のピークの積分強度に基づいて前記物体の3次元の分子配向を算出する工程と、を備える、
分子配向の解析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の分子配向の解析方法において、前記第1方向、前記第2方向および前記第3方向の方向を表すそれぞれの方向ベクトルのすべてが同一平面上にはない、分子配向の解析方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の分子配向の解析方法において、前記第1方向、前記第2方向および前記第3方向は、互いに略直交する、分子配向の解析方法。
【請求項4】
請求項2または3に記載の分子配向の解析方法において、
前記第1、第2、第3のX線回折プロファイルに対し所定のピークを選択してピークの積分強度を算出する工程が、
X線の照射方向に垂直な面内における周方向の角度を方位角とした場合に、
前記第1、第2、第3のX線回折プロファイルのそれぞれにおいて、複数の方位角のそれぞれに対応する1次元プロファイルを得る副工程と、
前記1次元プロファイルから前記所定のピークを分離し、当該分離した所定のピークの積分強度を算出する副工程と、
前記第1、第2、第3のX線回折プロファイルのそれぞれに対して算出される規格化定数を用いて、前記所定のピークの積分強度を規格化する副工程を備える、分子配向の解析方法。
【請求項5】
請求項4に記載の分子配向の解析方法において、
前記第1、第2、第3のX線回折プロファイルのうちの少なくとも2つのX線回折プロファイルに対する前記規格化定数のそれぞれは、
前記少なくとも2つのX線回折プロファイルにおけるピークの積分強度の間の差が小さくなるように算出される、分子配向の解析方法。
【請求項6】
請求項4に記載の分子配向の解析方法において、
前記第1、第2、第3のX線回折プロファイルのうちの任意の2つのX線回折プロファイルに対する前記規格化定数のそれぞれは、
分子配向に由来するピークであって、前記2つのX線回折プロファイルに対応する2つの方向の両方に垂直な軸方向と平行な方向に配向する分子に由来する前記2つのX線回折プロファイルにおけるピークの積分強度の間の差が小さくなるように算出される、分子配向の解析方法。
【請求項7】
請求項4ないし6のいずれか一項に記載の分子配向の解析方法において、
前記所定のピークの積分強度に基づいて前記物体の3次元の分子配向を算出する工程が、
前記第nのX線回折プロファイル(ここでn=1,2,3)のそれぞれにおいて、K
n個の方位角φ
n,kのそれぞれに対応するK
n個の1次元プロファイルを得る場合、
(1) 前記第nのX線回折プロファイルに対応する方向と、前記方位角φ
n,kとから定まる基準ベクトルを算出する副工程であって、当該基準ベクトルはその成分がnおよびφ
n,kの関数として(X
0(n,φ
n,k),Y
0(n,φ
n,k),Z
0(n,φ
n,k))で表される3次元ベクトルである副工程と、
(2) 前記所定のピークの規格化された積分強度と、前記基準ベクトルとに基づいて、総和ベクトルを算出する副工程であって、当該総和ベクトルはその成分が(X
1,Y
1,Z
1)で表される3次元ベクトルであり、式(1)
【数1】
(ここで、
I
n,kは第nのX線回折プロファイルから得られたK
n個の1次元プロファイルのうちの第k番目の1次元プロファイルにおける所定のピークの規格化された積分強度であり、
φ
n,kは第nのX線回折プロファイルから得られたK
n個の1次元プロファイルのうちの第k番目の1次元プロファイルに対応する方位角である)
によって算出される副工程と、
を含み、前記総和ベクトルに基づいて前記物体の3次元の分子配向が決定される、分子配向の解析方法。
【請求項8】
請求項7に記載の分子配向の解析方法において、
前記物体の3次元の分子配向は、その各成分(x,y,z)の和が1となるように前記総和ベクトルに基づいて定められる、分子配向の解析方法。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれか一項に記載の分子配向の解析方法において、
前記所定のピークは分子鎖方向に平行な回折面に相当するピークである、分子配向の解析方法。
【請求項10】
請求項1ないし8のいずれか一項に記載の分子配向の解析方法において、前記第1、第2、第3のX線プロファイルは、2次元回折像である、分子配向の解析方法。
【請求項11】
請求項1ないし10のいずれか一項に記載の分子配向の解析方法において、前記物体がフィルムである、分子配向の解析方法。
【請求項12】
請求項1ないし11のいずれか一項に記載の分子配向の解析方法において、前記物体が液晶ポリマー(LCP)フィルムである、分子配向の解析方法。
【請求項13】
請求項12に記載の分子配向の解析方法において、前記第1、第2、第3の方向は、LCPフィルムである前記物質の、機械軸方向、幅方向、および膜厚方向にそれぞれ対応する、分子配向の解析方法。
【請求項14】
請求項12または13に記載の分子配向の解析方法において、前記3次元の分子配向の各成分は、前記LCPフィルムの、機械軸方向、幅方向、および膜厚方向にそれぞれ対応する分子配向を表す、分子配向の解析方法。
【請求項15】
少なくとも一部に結晶性を有するポリマー分子を含む物体に対し、少なくとも2方向からX線回折測定をして前記物体の分子配向を解析する方法であって、
第1方向から照射した第1のX線回折プロファイルを取得し、前記第1方向とは異なる第2方向から照射した第2のX線回折プロファイルを取得する工程と、
前記第1および第2のX線回折プロファイルを規格化する工程であって、当該規格化のための規格化定数は、分子配向に由来するピークであって、前記第1方向と前記第2方向との両方に垂直な軸方向と平行に配向する分子に由来する前記第1および第2のX線回折プロファイルにおけるピークのそれぞれの積分強度の間の差が小さくなるように定められる、工程と、
を備える配向成分の解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分子配向の解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリマー分子などで構成される、フィルム、基板、筐体、容器、繊維集合体などの各種成形体では、ポリマーの分子配向によって、力学的、電気的、光学的性質などが変わることはよく知られており、これら成形体の製造においては、分子配向は製品の品質を左右する重要な項目の一つである。
【0003】
従来、分子配向の測定には、偏光の透過強度を測定し、複屈折率を算出する方法が用いられてきた。また、成形体などの、光に不透明な被測定物体に対しては、マイクロ波を用いて透過強度を測定し、分子配向を算出する方法が行われてきた。
【0004】
例えば、特許文献1(特許第3691658号公報)には、マイクロ波分子配向度測定装置において、マイクロ波共振導波管中のサンプルを、マイクロ波の進行方向に垂直な面内で回転させてマイクロ波透過強度を検出し、最大マイクロ波強度を与えるマイクロ波振動数に基づいて算出される物体の厚さを考慮した屈折率を用いて、物体の厚さを考慮した分子配向度を得る方法が知られている。
【0005】
また、特許文献2(特許第6619487号公報)では、液晶ポリエステルフィルムの分子配向を測定する方法として、マイクロ波分子配向計を用いる方法と、広角X線散乱法とを組み合わせて、それぞれ異なる方向に対応する第1~第3の配向度を測定する方法が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3691658号公報
【特許文献2】特許第6619487号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1では、厚さの影響をなくした分子配向の指標を得ることを目的としているため、積極的に3次元的な分子配向を算出する分子配向の解析方法として利用することはできない。
また、特許文献2において提案される、マイクロ波分子配向測定と広角X線回折の測定を組み合わせてXYZ方向(平面方向および厚さ方向)の分子配向を評価する方法は、それぞれの測定における検出範囲と検出方法が異なるので、同一の方法と基準で物体の3次元的な分子配向を一元的に把握することができない。
【0008】
したがって、本発明は、結晶性を有するポリマーを含む物体の平面方向だけでなく、厚さ方向も含めた物体の3次元的な分子配向を、同一の方法と基準で求める方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、結晶性を有するポリマーを含む物体に対し、X線回折測定装置を用いて任意の方向からX線を照射し、得られた結果から、物体を構成する分子の3次元的な分子配向を求める方法を見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の態様で構成されうる。
〔態様1〕
少なくとも一部に結晶性を有するポリマー分子を含む物体を試料として準備する工程と、
互いに異なる3方向を第1方向、第2方向、第3方向とした場合に、
この物体に対して前記第1方向、前記第2方向、前記第3方向のそれぞれからX線を照射して前記第1、第2、第3方向のそれぞれに対応する第1、第2、第3のX線回折プロファイルを得る工程と、
前記第1、第2、第3方向のX線回折プロファイルのそれぞれに対し所定のピークを選択してピークの積分強度を算出する工程と、
前記所定のピークの積分強度に基づいて前記物体の3次元の分子配向を算出する工程と、を備える、
分子配向の解析方法。
〔態様2〕
態様1に記載の分子配向の解析方法において、前記第1方向、前記第2方向および前記第3方向の方向を表すそれぞれの方向ベクトルのすべてが同一平面上にはない、分子配向の解析方法。
〔態様3〕
態様1ないし2に記載の分子配向の解析方法において、前記第1方向、前記第2方向および前記第3方向は、互いに略直交する、分子配向の解析方法。
〔態様4〕
態様2ないし3に記載の分子配向の解析方法において、
前記第1、第2、第3のX線回折プロファイルに対し所定のピークを選択してピークの積分強度を算出する工程が、
X線の照射方向に垂直な面内における周方向の角度を方位角とした場合に、
前記第1、第2、第3のX線回折プロファイルのそれぞれにおいて、複数の方位角のそれぞれに対応する1次元プロファイルを得る副工程と、
前記1次元プロファイルから前記所定のピークを分離し、当該分離した所定のピークの積分強度を算出する副工程と、
前記第1、第2、第3のX線回折プロファイルのそれぞれに対して算出される規格化定数を用いて、前記所定のピークの積分強度を規格化する副工程を備える、分子配向の解析方法。
〔態様5〕
態様4に記載の分子配向の解析方法において、
前記第1、第2、第3のX線回折プロファイルのうちの少なくとも2つのX線回折プロファイルに対する前記規格化定数のそれぞれは、
前記少なくとも2つのX線回折プロファイルにおけるピークの積分強度の間の差が小さくなるように算出される、分子配向の解析方法。
〔態様6〕
態様4に記載の分子配向の解析方法において、
前記第1、第2、第3のX線回折プロファイルのうちの任意の2つのX線回折プロファイルに対する前記規格化定数のそれぞれは、
分子配向に由来するピークであって、前記2つのX線回折プロファイルに対応する2つの方向の両方に垂直な軸方向と平行な方向に配向する分子に由来する前記2つのX線回折プロファイルにおけるピークの積分強度の間の差が小さくなるように算出される、分子配向の解析方法。
〔態様7〕
請求項4ないし6のいずれか一項に記載の分子配向の解析方法において、
前記所定のピークの積分強度に基づいて前記物体の3次元の分子配向を算出する工程が、
前記第nのX線回折プロファイル(ここでn=1,2,3)のそれぞれにおいて、K
n個の方位角のそれぞれに対応するK
n個の1次元プロファイルを得る場合、
(1) 前記第nのX線回折プロファイルに対応する方向と、前記方位角φ
n,kとから定まる基準ベクトルを算出する副工程であって、当該基準ベクトルはその成分がnおよびφ
n,kの関数として(X
0(n,φ
n,k),Y
0(n,φ
n,k),Z
0(n,φ
n,k))で表される3次元ベクトルである副工程と、
(2) 前記所定のピークの規格化された積分強度と、前記基準ベクトルとに基づいて、総和ベクトルを算出する副工程であって、当該総和ベクトルはその成分が(X
1,Y
1,Z
1)で表される3次元ベクトルであり、式(1)
【数1】
(ここで、
I
n,kは第nのX線回折プロファイルから得られたK
n個の1次元プロファイルのうちの第k番目の1次元プロファイルにおける所定のピークの規格化された積分強度であり、
φ
n,kは第nのX線回折プロファイルから得られたK
n個の1次元プロファイルのうちの第k番目の1次元プロファイルに対応する方位角である)
によって算出される副工程と、
を含み、前記総和ベクトルに基づいて前記物体の3次元の分子配向が決定される、分子配向の解析方法。
〔態様8〕
態様7に記載の分子配向の解析方法において、
前記物体の3次元の分子配向は、その各成分(x,y,z)の和が1となるように前記総和ベクトルに基づいて定められる、分子配向の解析方法。
〔態様9〕
態様1ないし8のいずれか一態様に記載の分子配向の解析方法において、
前記所定のピークは分子鎖方向に平行な回折面に相当するピークである、分子配向の解析方法。
〔態様10〕
態様1ないし8のいずれか一態様に記載の分子配向の解析方法において、前記第1、第2、第3のX線プロファイルは、2次元回折像である、分子配向の解析方法。
〔態様11〕
態様1ないし10のいずれか一態様に記載の分子配向の解析方法において、前記物体がフィルムである、分子配向の解析方法。
〔態様12〕
態様1ないし11のいずれか一態様に記載の分子配向の解析方法において、前記物体が液晶ポリマー(LCP)フィルムである、分子配向の解析方法。
〔態様13〕
態様12に記載の分子配向の解析方法において、前記第1、第2、第3の方向は、LCPフィルムである前記物質の、機械軸方向、幅方向、および膜厚方向にそれぞれ対応する、分子配向の解析方法。
〔態様14〕
態様12ないし13に記載の分子配向の解析方法において、前記3次元の分子配向成分の各成分は、前記LCPフィルムの、機械軸方向、幅方向、および膜厚方向にそれぞれ対応する分子配向を表す、分子配向の解析方法。
〔態様15〕
少なくとも一部に結晶性を有するポリマー分子を含む物体に対し、少なくとも2方向からX線回折測定をして前記物体の分子配向を解析する方法であって、
第1方向から照射した第1のX線回折プロファイルを取得し、前記第1方向とは異なる第2方向から照射した第2のX線回折プロファイルを取得する工程と、
前記第1および第2のX線回折プロファイルを規格化する工程であって、当該規格化のための規格化定数は、分子配向に由来するピークであって、前記第1方向と前記第2方向との両方に垂直な軸方向と平行に配向する分子に由来する前記第1および第2のX線回折プロファイルにおけるピークのそれぞれの積分強度の間の差が小さくなるように定められる、工程と、
を備える配向成分の解析方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、物体の平面方向および厚み方向の分子配向を同一の基準で定量的に測定することにより、物体の3次元的な分子配向を求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
この発明は、添付の図面を参考にした以下の好適な実施例の説明から、より明瞭に理解されるであろう。しかしながら、実施例および図面は単なる図示および説明のためのものであり、この発明の範囲を定めるために利用されるべきものではない。この発明の範囲は添付の請求の範囲によって定まる。図面は必ずしも一定の縮尺で示されておらず、本発明の原理を示す上で誇張したものになっている。
【
図1】本発明の一実施形態に係るX線の照射方向と物体の測定対象面との関係を示す模式斜視図である。
【
図2】X線回折測定におけるX線照射方向と、方位角φおよび回折角2θの方向との関係を説明するための模式斜視図である。
【
図3】2次元回折像におけるX線照射方向と、方位角φおよび回折角2θの方向との関係を説明するための写真である。
【
図4A】横軸に回折角2θ、縦軸に回折X線強度をとった1次元プロファイルのスペクトルの一例を示すグラフである。
【
図4B】横軸に回折角2θ、縦軸に回折X線強度をとった1次元プロファイルのスペクトルの一例を示すグラフである。
【
図4C】横軸に回折角2θ、縦軸に回折X線強度をとった1次元プロファイルのスペクトルの一例を示すグラフである。
【
図5A】横軸に回折角2θ、縦軸に回折X線強度をとった1次元プロファイルのスペクトルを波形分離した一例を示すグラフである。
【
図5B】横軸に回折角2θ、縦軸に回折X線強度をとった1次元プロファイルのスペクトルを波形分離した一例を示すグラフである。
【
図5C】横軸に回折角2θ、縦軸に回折X線強度をとった1次元プロファイルのスペクトルを波形分離した一例を示すグラフである。
【
図6】3方向からのX線回折測定における各方位角の所定のピークの積分強度を表すグラフである。
【
図7】3方向からのX線回折測定における各方位角の所定のピークの規格化された積分強度を表すグラフである。
【
図8】基準ベクトルの各成分の算出方法を説明するための図である。
【
図9】本発明の一実施形態に係る物体の3次元的な分子配向を求める手順を示すフローチャートである。
【
図10A】LCPフィルムにおけるMDおよびTDと、X線照射方向および方位角方向との関係を表す模式斜視図である。
【
図10B】LCPフィルムにおけるMDおよびTDと、X線照射方向および方位角方向との関係を表す模式斜視図である。
【
図10C】LCPフィルムにおけるMDおよびTDと、X線照射方向および方位角方向との関係を表す模式斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施態様を説明する。実施態様は、解析対象である物体の3次元の分子配向を3次元ベクトルの形で算出することを目的とする。なお、特に該3次元ベクトルの各成分の合計値が一定の値(例えば1)になるようベクトルを正規化して得られた値を「配向成分量」と称する。
【0014】
(準備工程)
本発明の分子配向の解析方法では、少なくとも一部に結晶性を有するポリマー分子を含む物体が試料として準備される。結晶性を有するポリマー分子を含む物体としては、特に限定されず、公知の物体を利用することができるが、結晶性を有するポリマーとしては、例えば、ポリエステル系ポリマー(例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリ乳酸、全芳香族ポリエステルなど)、ポリオレフィン系ポリマー(例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブチレンなど)、ポリアリーレンスルフィド系ポリマー(例えば、ポリオキシメチレン、ポリフェニレンスルフィドなど)、ポリアミド系ポリマー(例えば、ポリアミド6、ポリアミド6,6などの脂肪族ポリアミド、半芳香族ポリアミド、芳香族ポリアミド、全芳香族ポリアミドなど)、ポリケトン系ポリマー(例えば、ポリケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトンケトンなど)、ポリエーテルニトリル、フッ素含有ポリマー(ポリテトラフルオロエチレンなど)が挙げられる。なお、全芳香族ポリエステルや全芳香族ポリアミドを、以下、単に液晶ポリマーと称する場合がある。
【0015】
物体の形状は、フィルム、シート、繊維、粒体、筐体などの各種成形体を用いることができるが、測定を行う観点からは、X線回折測定装置のサンプルステージおよびサンプルホルダーに固定できる大きさおよび形状であることが好ましく、X線回折測定が透過型か反射型かに応じてサンプルの厚みを決定することが好ましい。
また、照射を行う際に、対象とする物体がサンプルホルダーに固定するのに必要な厚みより薄い場合、物体から同一平面において一方向を共通とする切片を得て、当該一方向が共通するように重ね合わせて接着などにより一体化したサンプルを対象としてもよい。
また、対象とする物体がサンプルホルダーに固定するのに必要な厚みより厚い場合、必要に応じて、所定の大きさに切り出した試料を用いてもよい。
【0016】
(X線照射工程)
X線照射工程では、前記準備された物体に対し、X線を照射してX線回折法により回折X線強度を表すX線回折プロファイルを取得する。X線は、互いに異なる3方向である第1方向、第2方向および第3方向から照射され、それぞれの方向に対応するX線回折プロファイル、好ましくは2次元回折像であるX線回折プロファイルを取得する。
【0017】
物体全体の3次元的な分子配向を、同一の方法および基準を用いて測定することができる限り、X線の照射量は互いに異なっていてもよいが、第1~第3方向から照射されるX線は、互いに異なる3方向において、物体に対して同一の照射量で照射されるのが好ましい。
【0018】
前記第1方向、前記第2方向および前記第3方向の方向を表すそれぞれの方向ベクトルのすべてが同一平面上にはない、すなわち、それぞれの方向ベクトルが一次独立であって、それぞれの方向ベクトルの一次結合により3次元空間を張るものであってもよい。
【0019】
また、前記第1方向、前記第2方向および前記第3方向は、互いに略直交してもよい。これによれば、物体の3次元の分子配向を、より簡便な計算方法により算出することができる。
図1に、互いに直交する第1~第3方向と、物体との関係を表す模式斜視図を示す。
図1に示すように、物体に対して照射されるX線は、例えばそれぞれ第1方向(Through)、第2方向(Edge)、および第3方向(End)から照射される。ここで、互いに略直交するとは、3方向のうち、対象とする1方向が、残りの2方向で形成された面に対して、85°~95°の範囲の角度で交わることをいう。
【0020】
X線の照射工程の一例として、
図2を用いて説明する。
図2は、物体に対するX線の照射方向と、得られるX線回折プロファイルとの関係を示す模式斜視図である。
図2では、物体に対してZ方向からX線が照射されている。そして、物体に対して照射されたX線により、X線の照射方向に垂直な面(XY平面)において2次元のX線回折像が得られる。
図2においては、サンプルを透過したX線を検出する、透過型X線回折測定の模式図を示したが、測定するサンプルに応じて、サンプルのX線照射面から反射したX線を検出する反射型X線回折測定であってもよい。
また、本発明の目的を損なわない範囲であれば、解析に必要となる回折角範囲を確保する等の観点から、X線照射方向に対する回折X線の検出器の角度を適宜設定してもよい。
【0021】
図3は、実際に得られたX線回折プロファイルの例を示す。このX線回折プロファイルは、デバイ環とも呼ばれる2次元のX線回折像を表し、照射方向を軸として回転する方位角φおよび回折角2θにおける回折X線の強度を表している。X線回折測定の結果を2次元回折像の形式で取得することにより、同時に多角度の回折X線強度を検出して、より簡便に物体の3次元的な分子配向を測定できる。
【0022】
(積分強度の算出工程)
積分強度の算出工程では、第1、第2、第3方向のX線回折プロファイルのそれぞれに対し所定のピークを選択してピークの積分強度を算出する。
積分強度の算出工程は、前記第1、第2、第3のX線回折プロファイルのそれぞれにおいて、複数の方位角のそれぞれに対応する1次元プロファイルを得る副工程と、前記1次元プロファイルから前記所定のピークを分離し、当該分離した所定のピークの積分強度を算出する副工程と、前記第1、第2、第3のX線回折プロファイルのそれぞれに対して算出される規格化定数を用いて、前記所定のピークの積分強度を規格化する副工程とを備えてもよい。
【0023】
(1次元プロファイルを得る副工程)
X線照射工程で得たX線回折プロファイルに基づき、X線の照射方向に垂直な面内における周方向の角度である方位角φにおける、回折X線強度を表す1次元のX線回折プロファイルが得られる。好ましくは、方位角φの近傍Δφにおけるデータをも用いて、方位角φ±Δφの範囲の回折X線強度データを平滑化することにより、方位角φにおける1次元プロファイルを得る。ここで近傍角度Δφは、好ましくは5°である。
【0024】
(ピークを分離し積分強度を算出する副工程)
図4Aに、実施例1で測定した熱可塑性液晶ポリマーフィルムに関する横軸に回折角2θ、縦軸に回折X線強度をとった1次元プロファイルのスペクトルの一例を示す。
図5Aは、
図4Aに示した1次元スペクトルに対し、上段に1次元スペクトルおよびこのスペクトルに対する波形分離して得られたピークを足し合わせたピークフィッティング結果を示し、下段には1次元スペクトルおよび波形分離したピークごとの曲線を示す。
図5Aの下段の図に示すとおり、通常、スペクトルは回折面に対応する1つまたは複数のピークを有する。スペクトルの形状に基づき、ピークおよびベースラインを表す関数を仮定してデータとフィッティングすることにより、それぞれのピークに対し、ピーク形状を表す関数のパラメータを求めることができる。ピーク形状を表す関数は、好ましくは、ガウス関数とローレンツ関数を組み合わせた疑似フォークト関数であり、パラメータはピーク高さ、ピーク位置、半値半幅およびローレンツ関数成分とガウス関数成分との混合比である。
【0025】
ピーク形状を表す関数のパラメータに基づき、スペクトルにおけるピークを同定し、第1、第2、第3方向のX線回折プロファイルのそれぞれに対して所定のピークを選択する。ピーク形状を表す関数のパラメータによって定まるピーク面積に基づき、選択したピークの積分強度を求めることができる。これにより、第1、第2、第3方向のX線回折プロファイルのそれぞれに対し、複数の方位角におけるピークの積分強度のデータセットが得られる。各方向において選択する所定のピークは、最も高いピーク強度を有するピークであるのが好ましく、分子鎖方向に平行な回折面に相当するピークであってもよい。この場合、スペクトルにおいて明確なピークとして表れ得るので、より精度よく物体の3次元的な分子配向を算出することができる。
【0026】
図4Bおよび
図4Cに、
図4Aとは異なる熱可塑性液晶ポリマーフィルムに対する測定における1次元スペクトルの例を示す。
図5Bおよび
図5Cは、
図4Bおよび
図4Cに示した1次元スペクトルにそれぞれ対応し、上段に1次元スペクトルおよびこのスペクトルに対する波形分離して得られたピークを足し合わせたピークフィッティング結果を示し、下段には1次元スペクトルおよび波形分離したピークごとの曲線を示す。なお、熱可塑性液晶ポリマーフィルムに無機粒子などの添加材が添加されている場合、波形分離によって得られたデータには添加材由来の回折ピークも含まれ得る。
図5A、
図5Bおよび
図5Cの各図の下段に示すピークPV1およびPV4は、熱可塑性液晶ポリマーに由来するピークであって、分子鎖方向に対応する六方晶由来の(100)面および斜方晶由来の(110)面に対応するピークである。
【0027】
選択されるピークは、結晶ピークに属するものであってもよく、非晶ピークに属するものであってもよい。例えば、
図5A~5Cに示す波形分離の結果において、ピークトップが2θ=19~22度付近にピーク半値幅が3.8以上の非晶ピークが存在している。分子配向の算出に用いるためにいずれのピークの積分強度を用いるかは、積分強度の値に応じて選択されてもよい。
【0028】
また、好ましいピークの選択方法として、以下の方法によりピークを選択することができる。方位角が-5~95度のいずれの方位角範囲においても結晶量が多く、結晶ピークの積分強度が非晶ピークの5%以上であった場合は、1または複数の結晶ピークを選択してもよい。一方、方位角が-5~95度のいずれの方位角範囲においても、結晶量が少なく、結晶ピークの積分強度が非晶ピークの結晶強度の5%未満であった場合には、結晶ピークを用いると分子配向の算出が正しく行えないので、1または複数の非晶ピークを選択してもよい。
【0029】
(ピークの積分強度を規格化する副工程)
図6に、
図5Aで選択されたピークについて、第1方向(Through)、第2方向(Edge)、および第3方向(End)におけるX線回折プロファイルに対応する第1~第3のデータセットについて、横軸に方位角φ、縦軸にピーク強度Iをとったグラフを示す。これら第1~第3のデータセットの積分強度を、それぞれのデータセットを規格化する規格化定数N1,N2,N3によって規格化する。これら規格化定数の算出にあたって、第1~3のX線回折プロファイルのうちの少なくとも2つのX線回折プロファイルに対する前記規格化定数のそれぞれが、前記少なくとも2つのX線回折プロファイルにおけるピークの積分強度の間の差が小さくなるように算出されてもよい。ピークの積分強度の間の差が小さくように規格化定数を算出することは、当該ピーク間の積分強度を適合(フィッティング)するように規格化定数を算出することで実現されてもよい。
【0030】
第1、第2、第3のX線回折プロファイルのうちの任意の2つのX線回折プロファイルに対する前記規格化定数のそれぞれは、分子配向に由来するピークであって、前記2つのX線回折プロファイルに対応する2つの方向の両方に垂直な軸方向と平行な方向に配向する分子に由来する前記2つのX線回折プロファイルにおけるピークの積分強度の間の差が小さくなるように算出されてもよい。
【0031】
後述のように、最終的に得られる分子配向ベクトルは大きさが正規化されてもよい。この場合、これら規格化定数は、その規格化定数同士の間の比が意味を有する。よって、例えば、第1のデータセットに対する規格化定数N1を1として、第2および第3のデータセットの規格化定数N2、N3を定めてもよい。フィッティングは、最小二乗法を用いて、ピークの積分強度の差に基づく関数を最小化するように実施されるが、最小二乗法以外の方法であってもよい。また、データセットにおいてフィッティングの対象とするピークの組は、当該組のピーク同士の回折面に対するX線放射方向と方位角との関係が、実質的に同一の幾何学的配置にある関係であるピークを選択してもよい。
図7には、
図6に示した第1~第3のデータセットを、これらデータセットについて算出した規格化定数によって規格化した積分強度の例が示されている。
【0032】
(3次元の分子配向の算出工程)
物体の3次元の分子配向を算出する工程では、前記所定のピークの積分強度に基づいて算出が行われる。物体の3次元の分子配向を算出する工程は、(1)基準ベクトルを算出する副工程と、(2)前記所定のピークの規格化された積分強度と、前記基準ベクトルとに基づいて、総和ベクトルを算出する副工程と、を備えてもよく、物体の3次元の分子配向は、前記総和ベクトルに基づいて決定されてもよい。
【0033】
(基準ベクトルを算出する副工程)
前記基準ベクトルは3次元ベクトルであり、その各成分はnおよびφn,kの関数として、(X0(n,φn,k),Y0(n,φn,k),Z0(n,φn,k))で表される。ここで、n(n=1,2,3)は第nの方向を表すための変数であり、φn,kは第nのX線回折プロファイルから得られたKn個の1次元プロファイルのうちの第k番目の1次元プロファイルに対応する方位角である。
基準ベクトルは、X線照射方向および方位角φの組合せのそれぞれについて定められる。それぞれの方向および方位角における規格化された積分強度Iは、X線照射方向を法線として定められる平面における分子配向の情報を含有し、基準ベクトルを用いることで、この積分強度Iの情報から分子配向に関する前記平面内の2次元座標系の各成分を得ることができる。
【0034】
基準ベクトルの成分を決定する方法の一例を、
図8を用いて説明する。この例においては、直交座標系の3次元空間において、X線照射方向をZ軸方向とし、物体のXY平面にX線を照射した場合を考える。方位角φは、X軸方向を基準すなわち0°として、図のように正の向きをとった場合の角度とする。
図8は、X-Y平面図であり、求めた積分強度Iに対応する方位角φ方向のベクトルを太い矢印で示す。基準ベクトルは大きさ1に正規化されてもよく、この場合、図に示されたベクトルの大きさは1である。ある方位角方向に分子が配向する場合において、該分子が配向する方位角と、分子鎖方向に平行な回折面に由来する最大ピークが現れる角度とは、90度異なる関係にある。よって、
図8の方位角φにおける積分強度Iは、方位角φから90度異なる、
図8において点線矢印で示されるベクトルの方向に配向した分子の結晶面に由来している。よって、実際の分子配向のX方向およびY方向への傾きの度合いは、方位角φ方向と90度異なる方向の点線矢印のベクトルのX成分およびY成分の大きさから求められる。このベクトルのX成分およびY成分の大きさはそれぞれ、sinφおよびcosφである。またこのベクトルのZ成分はゼロであることから、Z方向のX線回折測定における方位角φに対応する基準ベクトルは(sinφ,cosφ,0)と表すことができる。
なお、分子鎖方向に平行でない回折面に由来するピークを用いた場合でも同様に、分子鎖方向と2次元回折像における最大ピークが現れる方位角方向との関係に基づいて、基準ベクトルの各成分を決定し得る。
【0035】
(総和ベクトルを算出する副工程)
前記総和ベクトルは、3次元ベクトルであって、その各成分(X
1,Y
1,Z
1)は、所定のピークの規格化された積分強度および基準ベクトルを用いて、以下の式(1)
【数2】
によって算出される。
ここで、I
n,kは第nのX線回折プロファイルから得られたK
n個の1次元プロファイルのうちの第k番目の1次元プロファイルにおける所定のピークの規格化された積分強度である。φ
n,kは、上述の通り、第nのX線回折プロファイルから得られたK
n個の1次元プロファイルのうちの第k番目の1次元プロファイルに対応する方位角である。
【0036】
(配向成分量の算出)
上記式(1)で表される総和ベクトルの各成分は、規格化された積分強度のそれぞれについて、対応する基準ベクトルの各成分との積をとって足し合わせたものである。このように、総和ベクトルは、規格化された積分強度で表される物体の3次元の各方向における分子配向の寄与を、基準ベクトルによってXYZ軸の各成分に分解し、それぞれの成分を足し合わせて得られるベクトルであるため、該総和ベクトルは物体の分子配向の3次元的傾向を反映するものである。ここで、総和ベクトルのXYZ各成分の合計値が一定の値(例えば1)になるように調整することで、XYZ各成分の寄与の割合を配向成分量として表すことが可能である。好ましくは、総和ベクトルの3成分の和を1となるように分子配向ベクトルを定める。これによれば、全体に対する各方向への分子配向の度合いを簡明に表すことができる。
また各成分の和を1となるように配向成分量を定める代わりに、総和ベクトルの大きさすなわち各成分の二乗和の平方根が1となるように正規化したベクトルを用いてもよいし、3次元空間における極座標表示を用いて(φ,θ)の2成分で方向を表してもよい。
【0037】
以下、本解析の手順の一例を、
図9のフローチャートに基づいて説明する。
【0038】
まず、測定対象に対し第1の方向からX線を照射するX線回折測定を実施し、2次元回折像を求める(ステップS1)。
【0039】
次に、得られた2次元回折像に基づき、方位角φにおける1次元プロファイルを求める(ステップS2)。この1次元プロファイルのスペクトルに対し、バックグラウンドに起因するカウントを減算したのち(ステップS3)、ピーク形状のフィッティングを実施してピークを同定し、所定のピークを選択して、得られたパラメータからピークの積分強度を求める(ステップS4)。ステップS2~S4を、1次元プロファイルを求める対象とする方位角ごとに繰り返し(ループL2)、第1の方向からの測定結果として、第1の積分強度データセットを得る(ステップS5)。
【0040】
第2の方向および第3の方向におけるX線回折測定において、前記ステップS1~S5を繰り返し、第2および第3の積分強度データセットを得る(ループL1)。このようにして得られた第1、第2および第3の積分強度データセットを、それぞれの積分強度データセットにおいて、異なる2つのデータセットにおけるピークであってそれぞれのデータセットに対応する2つの方向の両方に垂直な軸方向と平行な方向に配向する分子に由来するピーク同士の積分強度の差が小さくなるように定めた規格化定数によって規格化する(ステップS6)。基準ベクトルを算出し(ステップS7)、規格化した積分強度に基づき、算出した基準ベクトルを用いて、総和ベクトルを算出する(ステップS8)。求めた総和ベクトルを適宜正規化することにより、分子配向ベクトルが得られる(ステップS9)。
【0041】
このように、求められた分子配向ベクトルは、X線の照射方向に対応する方向における分子配向の度合いを成分に持つ3次元ベクトルである。したがって、3方向からのX線回折測定を実施して分子配向ベクトルを求めることにより、物体の3次元的な分子配向を測定できる。
【0042】
なお、この実施形態では、ピークの積分強度に基準ベクトルを掛け合わせたものの和をとったのちに、ベクトルの各成分の和が1となるような手順により、分子配向ベクトルの正規化をしたが、あらかじめ正規化を考慮して算出した基準ベクトルを用いることにより、ピークの積分強度に基準ベクトルを掛け合わせたものの和をとった結果が既に正規化されているようにしてもよい。
【0043】
分子配向の解析において、前記所定のピークは分子鎖方向に平行な回折面に相当するピークであってもよい。これによれば、分子鎖方向に平行な回折面に相当するピークに対する積分強度を用いることで、精度よく分子配向を算出することができる。
【0044】
分子配向の解析において、測定対象となる物体がフィルムであってもよい。これによれば、フィルムのような薄い面上の物体に対しても、面を定義するXY方向と同様の方法および基準を用いてフィルムの膜厚方向(Z方向)の分子配向を測定できるので、物体すなわちこの場合フィルム全体の3次元の分子配向を測定できる。
【0045】
分子配向の解析において、測定対象となる物体が液晶ポリマー(LCP)フィルムであってもよい。これによれば、剛直で棒状の分子構造を持ち、特定の方向への分子配向が支配的であり得る液晶ポリマーに対しても、当該特定の方向以外の方向についての情報を含む3次元の分子配向を測定することができる。
【0046】
分子配向の解析において、前記第1~3の方向は、LCPフィルムである前記物質の、機械軸方向、幅方向、および膜厚方向にそれぞれ対応してもよく、測定する前記3次元の分子配向成分の各成分は、前記LCPフィルムの、機械軸方向、幅方向、および膜厚方向にそれぞれ対応してもよい。これによれば、LCPフィルムを特徴づける機械軸方向、幅方向、および膜厚方向の分子配向を測定することができる。
【0047】
上述のピークの積分強度を規格化する副工程に記載したとおり、互いに異なる2つの方向を第1方向、第2方向としたとき、それぞれの方向に対応する第1および第2のX線回折プロファイルに対する規格化定数のそれぞれが、2つのX線回折プロファイルにおけるピークの積分強度の間の差が小さくなるように算出されてもよく、前記ピークが分子配向に由来するピークであって、前記第1方向と前記第2方向との両方に垂直な軸方向と平行に配向する分子に由来する前記第1および第2のX線回折プロファイルにおけるピークであってもよい。
【0048】
したがって、本発明には、少なくとも一部に結晶性を有するポリマー分子を含む物体に対し、少なくとも2方向からX線回折測定をして前記物体の分子配向を解析する方法であって、第1方向から照射した第1のX線回折プロファイルを取得し、前記第1方向とは異なる第2方向から照射した第2のX線回折プロファイルを取得する工程と、前記第1および第2のX線回折プロファイルを規格化する工程であって、当該規格化のための規格化定数は、分子配向に由来するピークであって、前記第1方向と前記第2方向との両方に垂直な軸方向と平行に配向する分子に由来する前記第1および第2のX線回折プロファイルにおけるピークのそれぞれの積分強度の間の差が小さくなるように定められる、工程と、を備える分子配向の解析方法が包含されてもよい。
【実施例0049】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は本実施例により何ら限定されるものではない。
【0050】
[面および方向の定義]
本発明における熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、
図1に示すようにフィルム切断面を側面とし、切断面で囲まれた上下の面を主面とする。熱可塑性液晶ポリマーフィルムの主面に対して垂直にX線照射した場合に、分子配向が最も強い主面と平行な方向をフィルムのMD(Machine Direction、機械軸方向)とし、主面と平行な方向でMDと垂直な方向をTD(Transverse Direction、幅方向)、主面と垂直な方向を膜厚方向と定義する。
X線を照射する方向について、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの主面を透過する方向を第1方向としてThroughと称する。TDと平行な方向からフィルム側面にX線を照射する方向を第2方向としてEdge、MDと平行な方向からフィルム側面にX線を照射する方向を第3方向としてEndとそれぞれ称する。
【0051】
本実施例では、熱可塑性液晶ポリマーフィルムを測定対象とし、以下の手順により測定を実施した。
【0052】
広角X線回折測定には、Bruker社製、D8 DISCOVER IμS装置を使用した。熱可塑性液晶ポリマーフィルムを、主面測定用はMDが長辺となるよう10mmx30mmの矩形状に切り取り、側面測定用はMDが長辺となるよう1mmx5mmの矩形状に切り取り、それぞれ試料ホルダに貼り付けた。データのS/N比を高めるため、熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、MD、もしくはTDが一致するように複数枚重ね、厚みが0.5mm程度になるように調整したものを試料として用いた。X線線源にはCuKαを用いた。フィラメント電圧は50kvとし、電流は1mAとした。コリメーターは開口径φ0.3mmのものを使用した。
【0053】
なお、測定する熱可塑性液晶ポリマーフィルムのMDは、予備測定によって事前に決定した。一般にMDが不明な熱可塑性液晶ポリマーフィルムに対し、主面に対するX線回折測定を実施することにより、分子配向が最も強い方向を確認することで、MDを定めることができる。本実施例においては、フィルムにおいて最も分子配向している方向であるMDは、分子鎖と平行な回折面に由来する回折X線のピークに基づき決定した。この場合、フィルムの主面に対するX線回折測定により得られた2次元回折像において、最も回折強度の強い方位角に対し90度ずれた方向がMDとなる。予備測定における熱可塑性液晶ポリマーフィルムのサイズ、X線回折測定装置の設定、2次元回折像から最も回折強度の強い方位角を得る方法等は、本実施例に記載する熱可塑性液晶ポリマーフィルムの3次元的な分子配向の測定における方法と基本的に同じである。
【0054】
以下、2次元回折像の分析を実施した。回折強度は、分子鎖方向に対応する回折角2θが19~21度の位置に現れるピークの回折強度を用いた。
【0055】
試料ホルダを装置に取り付け、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの主面もしくは側面方向からX線が照射されるように試料の位置を調整した。すなわち、熱可塑性液晶ポリマーフィルムに対し、
図10A~Cにそれぞれ示すように、Through、Edge、およびEnd方向からX線を照射して、それぞれの方向に対応する2次元回折像を取得した。熱可塑性液晶ポリマーフィルムと検出器の距離(カメラ距離)は100mmとした。検出器にはVANTEC-500を使用し、露光時間は180~600秒とした。
【0056】
円環平均処理により、得られた2次元回折像を、方位角-5(355)~95度の範囲における所定の方位角範囲のデータに対応する1次元プロファイルへ変換した。所定の方位角φとして、
図10A~Cにおける0、10、20、30、40、50、60、70、80、90度の方位角φを選択し、それぞれのφの近傍におけるデータとして、方位角φ±5度の範囲のデータを平滑化することにより、それぞれの方位角φにおける1次元プロファイルを得た。円環平均処理において、回折角(2θ)範囲は5~42度とし、2θのステップは0.05度とした。得られた1次元プロファイルをデータ1とする。データ1は、1次元データThro-1~10、Edge-1~10およびEnd-1~10を含む。Thro-1は、Through方向からの測定における2次元回折像の、(-5~5度の方位角範囲のデータを平滑化して得られる)0度の方位角に対応する1次元プロファイルである。同様に、Thro-2は10度(5~15度の方位角範囲のデータを平滑化)、Thro-3は20度(15~25度の方位角範囲のデータを平滑化)、Thro-4は30度(25~35度の方位角範囲のデータを平滑化)、Thro-5は40度(35~45度の方位角範囲のデータを平滑化)、Thro-6は50度(45~55度の方位角範囲のデータを平滑化)、Thro-7は60度(55~65度の方位角範囲のデータを平滑化)、Thro-8は70度(65~75度の方位角範囲のデータを平滑化)、Thro-9は80度(75~85度の方位角範囲のデータを平滑化)、Thro-10は90度(85~95度の方位角範囲のデータを平滑化)にそれぞれ対応する1次元プロファイルである。Edge-1~10、およびEnd-1~10も同様に、Edge方向およびEnd方向からの測定における、低角度側から10度ごとの方位角範囲に対応する1次元プロファイルである。
【0057】
変換した1次元プロファイル(データ1)に対し、同じ条件で測定を行うことによりバックグラウンドテータ(試料を取り付けないときの測定データ)を取得し、このバックグラウンドデータに基づいて寄生散乱等の影響を取り除く処理をした。すなわち、取得したバックグラウンドデータを1次元プロファイル化したのち、熱可塑性液晶ポリマーフィルムを試料として取り付けたときのデータからバックグラウンド分を差し引いた。この演算により得られたデータをデータ2とする。
【0058】
さらに、データ2のスペクトルからピークを分離して積分強度を算出するにあたり、ピークのネット面積を用いることができるように、スペクトルのベースラインを仮定して、ベースライン分をスペクトルから差し引いた。この演算により得られたデータをデータ3とする。ここで、ベースラインは、バックグラウンド処理後のデータ2において、2θが5.5度と40度における強度値を結ぶ一次関数とした。
【0059】
データ3のスペクトルに含まれるピーク形状の波形分離をするために、データ3に対して波形分離解析を実施した。この波形分離解析では、スペクトルに対し一意にピークセットが定まるように、六方晶や斜方晶由来の結晶および非晶のピークを含めて解析対象とした。それぞれのピークに対し、ピーク強度、ピーク位置、半値幅、疑似フォークト関数のガウス関数とローレンツ関数(Lor/Gau)の比率をパラメータとしてピークの関数型を決定し、各ピークの積分強度を算出した。この演算により得られたデータをデータ4とする。
【0060】
データ4において同定されたピーク群のうち、回折角2θ=19~20度にピークトップを有するピークを所定のピークとして、当該ピークの積分強度から熱可塑性液晶ポリマーの配向成分量を算出した。当該ピークについて、Through方向の測定におけるThro-1~10の積分強度、Edge方向の測定におけるEdge-1~10の積分強度、およびEnd方向の測定におけるEnd-1~10の積分強度のそれぞれのデータセットに対し、ピークの積分強度を規格化する規格化定数を定めた。積分強度のデータセットThro-1~10、Edge-1~10、End-1~10に対する規格化定数を、それぞれ、1、a1、a2ととり、Thro-10とEdge-1、Thro-1とEnd-1、End-10とEdge-10のそれぞれの組合せにおける、規格化後のピーク積分強度の差に基づいて定められる関数を最小化するようにa1およびa2の値を定めた。当該関数は、好ましくは、Thro-10とEdge-1、Thro-1とEnd-1、End-10とEdge-10のそれぞれの組合せにおける規格化後のピーク積分強度の差の二乗和で表される関数であり、規格化定数a1およびa2は、当該関数をa1およびa2で偏微分したそれぞれの関数の値が共にゼロになるように決定される。なおこの演算は、Thro-10とEdge-1、Thro-1とEnd-1、End-10とEdge-10のそれぞれのピークの由来となる分子鎖と平行な結晶面が一致するという仮定に基づく。例えば、
図10Aで示す方位角90度に現れるピーク(Thro-10に対応)は、試料である熱可塑性液晶ポリマーフィルムのMDに配向する分子の結晶面に由来するピークであり、一方
図10Bで示す方位角0度に現れるピーク(Edge-1に対応)も、同じく熱可塑性液晶ポリマーフィルムのMDに配向する分子の結晶面に由来するピークである。つまり、Thro-10とEdge-1は同じ分子の結晶面に由来するピークに対応するため、Thro-10とEdge-1の積分強度の差が小さくなるように規格化することで、Through、Edge異なる2方向から測定されて得られるデータを、合わせて解析することができる。同様に、
図10Aで示す方位角0度に現れるピーク(Thro-1に対応)と、
図10Cで示す方位角0度に現れるピーク(End-1に対応)は、試料である熱可塑性液晶ポリマーフィルムのTDに配向する分子の結晶面に由来するピークであり、また
図10Bで示す方位角90度に現れるピーク(Edge-10に対応)と、
図10Cで示す方位角90度に現れるピーク(End-10に対応)は、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの膜厚方向に配向する分子の結晶面に由来するピークである。従って、Thro-10とEdge-1、Thro-1とEnd-1、End-10とEdge-10の積分強度の差が最小となるように規格化することで、3方向からの測定結果を合わせて評価することができ、分子配向の3次元解析が可能となる。
【0061】
算出した規格化定数により、Thro-1~10、Edge-1~10、End-1~10の積分強度を規格化した。規格化された積分強度と、基準ベクトルとを用いて、総和ベクトル(X
1,Y
1,Z
1)=(1044,990,455)を算出した。基準ベクトルおよび総和ベクトルは、いずれも3つの成分を有する3次元ベクトルである。計算に用いられた基準ベクトル(X
0,Y
0,Z
0)を表1に示す。ここで、表1の基準ベクトルの各成分の値は、測定した1次元プロファイルの方位角から、
図8に示される関係に基づき算出された値である。
【0062】
【0063】
規格化されたピーク積分強度の総和を算出するにあたり、一致するようにフィッティングしたThro-10とEdge-1、Thro-1とEnd-1、End-10とEdge-10の積分強度がそれぞれ重複して和がとられる。表1ではこれを相殺するために、基準ベクトルの1.0000となるべき成分を、その1/2の0.5000に変更している。
【0064】
得られた総和ベクトル(X
1,Y
1,Z
1)は、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの分子配向を表す3次元ベクトルであり、X
1、Y
1、Z
1はそれぞれ熱可塑性液晶ポリマーフィルムのMD、TD、膜厚方向の分子配向に対応する。
総和ベクトル(X
1,Y
1,Z
1)のベクトルの長さや、X
1、Y
1、Z
1の合計値が一定となるように正規化することで、3次元ベクトルによる分子配向の評価がより容易となる。総和ベクトル(X
1,Y
1,Z
1)から、下記の式(2)により指標ベクトル(X
2,Y
2,Z
2)=(0.692,0.656,0.301)を算出した。指標ベクトルは総和ベクトル(X
1,Y
1,Z
1)の長さが1になるように正規化したベクトルである。
【数3】
【0065】
また、総和ベクトル(X1,Y1,Z1)の各成分X1、Y1、Z1の和が1となるように正規化することにより、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの配向成分量として、(x,y,z)=(0.419,0.398,0.183)を算出した。配向成分量を算出することで、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの分子配向におけるX、Y、Z方向への寄与がより明確となり、物体の分子配向の評価が容易となる。
【0066】
以上のとおり、図面を参照しながら本発明の好適な実施形態を説明したが、当業者であれば、本件明細書を見て本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、種々の追加、変更または削除が可能であり、そのようなものも本発明の範囲内に含まれる。