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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024167587
(43)【公開日】2024-12-04
(54)【発明の名称】物理量評価装置、物理量評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/65 20060101AFI20241127BHJP
   G01L 1/00 20060101ALI20241127BHJP
   C03C 21/00 20060101ALI20241127BHJP
   G01J 3/44 20060101ALI20241127BHJP
【FI】
G01N21/65
G01L1/00 B
G01L1/00 G
C03C21/00 101
G01J3/44
【審査請求】未請求
【請求項の数】33
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023083766
(22)【出願日】2023-05-22
(71)【出願人】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】393008902
【氏名又は名称】有限会社折原製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】折原 秀治
(72)【発明者】
【氏名】折原 芳男
(72)【発明者】
【氏名】稲葉 誠二
(72)【発明者】
【氏名】大神 聡司
【テーマコード(参考)】
2G020
2G043
4G059
【Fターム(参考)】
2G020CA04
2G020CB23
2G020CC02
2G020CC29
2G020CC31
2G020CC42
2G020CC47
2G020CC63
2G020CD04
2G020CD12
2G020CD13
2G020CD15
2G020CD24
2G043AA03
2G043CA07
2G043EA03
2G043FA02
2G043GA07
2G043GA25
2G043GB19
2G043GB21
2G043HA01
2G043HA09
2G043HA15
2G043JA03
2G043JA04
2G043KA09
2G043LA03
2G043MA01
4G059AA01
4G059AC16
4G059HB14
4G059HB23
(57)【要約】
【課題】透明な測定媒体の物理量を短時間で精度よく測定可能な物理量評価装置を提供する。
【解決手段】本物理量評価装置は、透明な測定媒体の物理量を評価する物理量評価装置であって、レーザ光源と、前記レーザ光源からの光の光路を前記測定媒体の方向に変換する半透明鏡と、前記半透明鏡からの光を前記測定媒体の表面あるいは内部に集光する対物レンズと、前記対物レンズの焦点の像を結像する結像レンズと、前記対物レンズの焦点の像の少なくとも一部の光を通過させるピンホールと、前記ピンホールを通過した光を分光する分光器と、前記分光器が分光したスペクトルの強度を検出して電気信号に変換する撮像素子と、前記電気信号を処理する演算部と、を有し、前記対物レンズ、前記結像レンズ、及び前記ピンホールは、前記測定媒体中の一部分からのラマン散乱光のスペクトルであるラマンスペクトルを測定する共焦点ラマン分光顕微鏡を構成し、前記撮像素子は、前記光の表面反射スペクトルの強度と、前記ラマンスペクトルの強度と、を同時に測定する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明な測定媒体の物理量を評価する物理量評価装置であって、
レーザ光源と、
前記レーザ光源からの光の光路を前記測定媒体の方向に変換する半透明鏡と、
前記半透明鏡からの光を前記測定媒体の表面あるいは内部に集光する対物レンズと、
前記対物レンズの焦点の像を結像する結像レンズと、
前記対物レンズの焦点の像の少なくとも一部の光を通過させるピンホールと、
前記ピンホールを通過した光を分光する分光器と、
前記分光器が分光したスペクトルの強度を検出して電気信号に変換する撮像素子と、
前記電気信号を処理する演算部と、
を有し、
前記対物レンズ、前記結像レンズ、及び前記ピンホールは、前記測定媒体中の一部分からのラマン散乱光のスペクトルであるラマンスペクトルを測定する共焦点ラマン分光顕微鏡を構成し、
前記撮像素子は、前記光の表面反射スペクトルの強度と、前記ラマンスペクトルの強度と、を同時に測定する、物理量評価装置。
【請求項2】
前記半透明鏡と前記撮像素子との間に、前記撮像素子に入射するレーザ光の波長の光を減衰させ前記ラマンスペクトルの波長の光を透過する波長選択部材を有する、請求項1に記載の物理量評価装置。
【請求項3】
前記波長選択部材は、前記レーザ光の波長での減衰率が1/1000以上1/100000以下である、請求項2に記載の物理量評価装置。
【請求項4】
前記ラマンスペクトルのピーク強度は、前記表面反射スペクトルのピーク強度の1/10倍以上10倍以下である、請求項1に記載の物理量評価装置。
【請求項5】
前記撮像素子は、CMOSイメージセンサである、請求項1に記載の物理量評価装置。
【請求項6】
前記演算部は、前記表面反射スペクトルの強度と前記ラマンスペクトルの強度に基づいて、前記測定媒体の表面点を検出する機能を備える、請求項1に記載の物理量評価装置。
【請求項7】
前記演算部は、前記撮像素子が複数回に分けて露光して得たデータを加算する、請求項1に記載の物理量評価装置。
【請求項8】
前記演算部は、前記撮像素子が異なる露光時間で複数回露光した場合は、それぞれの露光において、前記表面反射スペクトルの作成と前記ラマンスペクトルの作成において、異なる重みをつけて加算する、請求項7に記載の物理量評価装置。
【請求項9】
前記ラマンスペクトルの波数は、同時に測定される前記表面反射スペクトルの波長との差から算出される、請求項1に記載の物理量評価装置。
【請求項10】
前記測定媒体はガラスである、請求項1乃至9のいずれか一項に記載の物理量評価装置。
【請求項11】
前記測定媒体を固定する固定部材を有し、
前記固定部材は、前記対物レンズとの距離を可変可能に構成されている、請求項10に記載の物理量評価装置。
【請求項12】
前記演算部は、前記対物レンズの焦点が前記測定媒体の任意の1つの深さにあるときに撮像されたデータ、あるいは、前記対物レンズの焦点が前記測定媒体の深さ方向の異なる位置にあるときに撮像された複数のデータに基づいて、前記表面反射スペクトルの強度、及び/又は前記ラマンスペクトルの強度を測定する、請求項11に記載の物理量評価装置。
【請求項13】
前記演算部は、前記測定媒体の深さ方向の前記ラマンスペクトルの強度を用いて、前記測定媒体のある深さ、あるいは深さ方向の応力を算出する、請求項12に記載の物理量評価装置。
【請求項14】
前記演算部は、下記の式(1)に基づいて、前記測定媒体の深さ方向の応力を算出する、請求項13に記載の物理量評価装置。
【数1】
ここで、Pk,nはイオンが交換されて発生する全体の応力値を算出する係数、Ps,mは緩和量を示す係数である。n,mはそれぞれ整数である。また、Pは全体の応力バランスをとるために発生するガラス中心の引張応力、zはガラス表面からの深さである。
【請求項15】
前記式(1)のパラメータは、既知の応力を有する測定媒体を事前に測定して決定される、請求項14に記載の物理量評価装置。
【請求項16】
前記既知の応力を有する測定媒体は、強化ガラスである、請求項15に記載の物理量評価装置。
【請求項17】
前記既知の応力を有する測定媒体は複数である、請求項16に記載の物理量評価装置。
【請求項18】
前記既知の応力を有する測定媒体は、全板厚において応力値の絶対値が10MPa以下である未強化ガラスを含む、請求項17に記載の物理量評価装置。
【請求項19】
前記既知の応力を有する複数の測定媒体は、表層において応力値の絶対値が100MPa以上である強化ガラスをさらに含む、請求項18に記載の物理量評価装置。
【請求項20】
前記既知の応力を有する複数の測定媒体は、表層において応力値の絶対値が100MPa以上である強化ガラスを複数含み、それぞれの最大圧縮応力の差が100MPa以上である、請求項19に記載の物理量評価装置。
【請求項21】
前記既知の応力を有する測定媒体は、結晶化度が既知の結晶化ガラスを含む、請求項15に記載の物理量評価装置。
【請求項22】
前記演算部は、前記測定媒体の深さ方向の前記ラマンスペクトルの強度を用いて、前記測定媒体のある深さ、あるいは深さ方向の結晶化度を算出する、請求項21に記載の物理量評価装置。
【請求項23】
前記演算部は、異なる結晶化度を有する結晶化ガラスを複数用い、ラマンスペクトルのピークの形状と結晶化度を相関づけて、前記結晶化度を算出する、請求項22に記載の物理量評価装置。
【請求項24】
前記演算部は、応力値の絶対値が10Mpa以下の未強化ガラスのラマンスペクトルにより、各深さでのラマンスペクトル形状の補正をする、請求項11に記載の物理量評価装置。
【請求項25】
前記レーザ光源と前記半透明鏡との間の光軸上に、さらにレーザ光の偏光状態を時間的に変動させる偏光状態変動部材を有する、請求項1に記載の物理量評価装置。
【請求項26】
前記偏光状態変動部材は、回転偏光素子である、請求項25に記載の物理量評価装置。
【請求項27】
前記偏光状態変動部材は、可変リターダーである、請求項25に記載の物理量評価装置。
【請求項28】
前記可変リターダーは液晶リターダーである、請求項27に記載の物理量評価装置。
【請求項29】
透明な測定媒体の物理量を評価する物理量評価装置であって、
前記測定媒体の表面に接触する第1面、及び前記第1面と対向する第2面を有する固定部材と、
レーザ光源と、
前記レーザ光源からの光の光路を前記測定媒体の方向に変換する半透明鏡と、
前記第2面側に位置し、前記半透明鏡からの光を集光し、前記第2面よりも前記第1面側に焦点を結ぶ対物レンズと、
前記対物レンズに対して前記固定部材とは反対側に位置し、前記焦点の像を結像する結像レンズと、
前記結像レンズに対して前記固定部材とは反対側に位置し、前記焦点の像の少なくとも一部の光を通過させるピンホールと、
前記ピンホールに対して前記固定部材とは反対側に位置し、前記ピンホールを通過した光を分光する分光器と、
前記分光器が分光したスペクトルの強度を検出して電気信号に変換する撮像素子と、
を有し、
前記対物レンズ、前記結像レンズ、及び前記ピンホールは、前記測定媒体中の一部分からのラマン散乱光のスペクトルであるラマンスペクトルを測定する共焦点ラマン分光顕微鏡を構成する、物理量評価装置。
【請求項30】
前記撮像素子は、前記光の表面反射スペクトルの強度と、前記ラマンスペクトルの強度と、を同時に測定する、請求項29に記載の物理量評価装置。
【請求項31】
前記測定媒体はガラスである、請求項29又は30に記載の物理量評価装置。
【請求項32】
透明な測定媒体の物理量を評価する物理量評価方法であって、
レーザ光源からの光を半透明鏡及び対物レンズを介して透明な測定媒体の表面あるいは内部に集光する集光工程と、
前記対物レンズの焦点の像を結像レンズで結像し、前記対物レンズの焦点の像の少なくとも一部の光をピンホールに通過させ、前記ピンホールを通過した光を分光する分光工程と、
前記分光工程で分光したスペクトルの強度を検出して電気信号に変換する撮像工程と、
前記電気信号を処理する演算工程と、
を有し、
前記対物レンズ、前記結像レンズ、及び前記ピンホールは、前記測定媒体中の一部分からのラマン散乱光のスペクトルであるラマンスペクトルを測定する共焦点ラマン分光顕微鏡を構成し、
前記撮像工程では、前記光の表面反射スペクトルの強度と、前記ラマンスペクトルの強度と、を同時に測定する、物理量評価方法。
【請求項33】
前記測定媒体はガラスである、請求項32に記載の物理量評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物理量評価装置、物理量評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話やスマートフォン等の電子機器において、表示部や筐体本体にガラスが用いられることが多い。このようなガラスには、ガラス強度を上げるために、ガラス表面にイオン交換による表面層(イオン交換層)を形成することにより強度を上げた、所謂化学強化ガラスが使用されている。
【0003】
化学強化ガラスの表面層は、少なくともガラス表面側に存在しイオン交換による圧縮応力が発生している圧縮応力層を含み、ガラス内部側に該圧縮応力層に隣接して存在し引張応力が発生している引張応力層を含んでもよい。化学強化ガラスにはイオン交換がしやすく、化学強化工程で、短時間で、表面応力値が高く、応力層の深さが深くできるガラスとして、ナトリウム含有のアルミノシリケート系のガラスが多く使われる。
【0004】
このアルミノシリケート系ガラスを高温の硝酸カリウム溶融塩に浸漬して、化学強化処理を施す。カリウムイオンの溶融塩中の濃度が高いために、ガラス中のナトリウムイオンと溶融塩中のカリウムイオンが交換される。カリウムイオンはナトリウムイオンより大きさが大きいため、ガラス表面に大きな圧縮応力が発生し、ガラスの強度を上げる。そして、化学強化処理を施されたガラスは、硝酸カリウム溶液塩に接しているガラス表面において一番カリウムイオン濃度が高く、ガラス表面から深さ方向に濃度は下がっていく。
【0005】
ここで、ガラスの屈折率は、ナトリウムイオンがカリウムイオンにイオン交換されると、より高くなる。つまり、ガラス表面は最も屈折率が高く、ガラス表面から深さとともに屈折率が下がる特徴を持っている。
【0006】
このような化学強化ガラスの表面層の応力を測定する技術としては、例えば、化学強化ガラスの表面層の屈折率が内部の屈折率より高い場合に、光導波効果と光弾性効果とを利用して、表面層の圧縮応力を非破壊で測定する技術(以下、非破壊測定技術とする)が挙げられる。この非破壊測定技術では、単色光を化学強化ガラスの表面層に入射して光導波効果により複数のモードを発生させ、各モードで光線軌跡が決まった光を取出し、凸レンズで各モードに対応する輝線に結像させる。なお、結像させた輝線は、モードの数だけ存在する。
【0007】
又、この非破壊測定技術では、表面層から取出した光は、出射面に対して、光の振動方向が水平と垂直の二種の光成分についての輝線を観察できるように構成されている。そして、次数の一番低いモード1の光が表面層の一番表面に近い側を通る性質を利用し、二種の光成分のモード1に対応する輝線の位置から、それぞれの光成分についての屈折率を算出し、その二種の屈折率の差とガラスの光弾性定数から化学強化ガラスの表面付近の応力を求めている(例えば、特許文献1参照)。
【0008】
又、化学強化ガラスの表面層の応力分布の測定に関し、上記の非破壊測定技術の原理を元に、全てのモードに対応する輝線の位置に基づいてガラスの表面からの屈折率分布を求め、更に、光弾性効果に基づいて応力分布を求める方法が提案されている(例えば、特許文献2、非特許文献1参照)。
【0009】
しかし、化学強化ガラスも強度向上と性能向上のため、多様になっており、従来の応力測定方法では十分な評価ができなくなっている。
【0010】
例えば、リチウム含有のガラスを表面付近の領域はカリウム、表面より深い領域はナトリウムの2種のイオンと交換し、応力分布を制御した強化ガラスがある。
【0011】
このリチウム含有の化学強化ガラスにおいて、光導波光を利用した従来の応力測定装置では、リチウムがカリウムに交換されると屈折率が上がるために、リチウムがカリウムに交換された表面付近の応力層を評価することはできるが、リチウムがナトリウムに交換されると屈折率が下がるために、リチウムがナトリウムに交換されるガラス内部の応力層を評価できない。そのため、化学強化層全体の応力分布は測定できない。
【0012】
このような化学強化ガラスの応力分布を測定するためにレーザの散乱光が光弾性効果により強度が変化することを利用した応力測定装置が提案されている(例えば、特許文献3参照)。この応力測定装置では、屈折率分布に関係なく化学強化ガラス内部の応力を測定できる。
【0013】
しかし、この応力測定装置は、レーザのスポット径が空間分解能を決め、その値は10μm程度である。そのため、ガラスの最表面から深さ10μm程度までの領域では応力値の精度が低く、特に表面付近においてリチウムイオンをカリウムイオンに置換した化学強化ガラスでは、表面近傍の深さが10μm程度の領域で応力値が大きく変化する。そのため、ガラスの強度を予測する重要な値である最表面の応力値CSの誤差が大きくなってしまう。
【0014】
又、この欠点を補うために、表面付近は導波光を利用した応力測定装置で測定し、それより深い領域はこのレーザ散乱光を利用した応力測定装置で測定し、2つの応力分布データを合成し、全体の応力分布を得ることも提案されている。
【0015】
また、近年新たなガラス中の応力測定方法として、ラマンスペクトルを利用した応力測定方法も検討されている(例えば、特許文献4、非特許文献2参照)。この応力測定方法では、ガラスのある深さでのラマンスペクトルのD1、D2、及びA1ピークから応力を算出できるとしている。化学強化による圧縮応力の発生は、イオン交換率(プラスの効果)と構造緩和(マイナスの効果)によって決まる。従来の光弾性効果を利用した方法では、それらを分離して評価できなかった。例えば、ある二地点の応力値が等しいとしても、それが高いイオン交換率によるものか、構造緩和が効果的に抑制された結果なのかは判別できない。ラマン評価法では、D1、D2(構造緩和)、A1(構造緩和+イオン交換)に注目することで、それらの寄与を区別できるとしている。
【0016】
さらに、特許文献4、および非特許文献2に記載のラマンスペクトルを利用する方法では応力の深さ方向の分布を測定する方法として、共焦点顕微鏡の使用が提案されている。特許文献5は共焦点ラマン顕微鏡の例である。共焦点ラマン顕微鏡では、ある特定の深さのラマンスペクトルを測定できるため、この共焦点ラマン顕微鏡のスペクトルデータを特許文献4に記載の方法で解析することで、強化ガラスの深さ方向の応力分布を測定できる。
【0017】
また、共焦点ラマン顕微鏡は、深さ方向の分解能は1μm程度まで上げることがで、表面付近の急激に変化する応力も正確に測定し、かつ、深い部分まで同時に測定が可能としている。
【0018】
一方、携帯電話やスマートフォン等の電子機器の、表示部や、筐体本体にガラスの代わりに、強度がさらに強い結晶化ガラスが使わるようになりつつある。
【0019】
結晶化ガラスにおいては、特に表示部に使用するには透明でなければならないため、ここで使用する結晶化ガラスは、結晶粒が可視光の波長より十分小さな結晶化ガラスであり、可視域においては、透明である。そのため、従来の光学的な表面応力測定装置で、化学強化工程で形成される表面の応力を測定できる。(例えば、特許文献6参照)
一方、通常、このような結晶化ガラスは、結晶化工程を行う。透明度や強度などの結晶化ガラスの特性には、この結晶化工程での結晶化度が大きく左右する。そのため、結晶化工程後に、結晶化度の測定が必要である。
【0020】
前述した、ラマン分光による応力測定では、同時にこの結晶化ガラスの結晶化度を測定することも可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0021】
【特許文献1】特開昭53-136886号公報
【特許文献2】特開2016-142600号公報
【特許文献3】WO2018/056121号
【特許文献4】特開2020-139940号公報
【特許文献5】特許第6203355号
【特許文献6】特開2022-103233号公報
【特許文献7】特開平6-347343号公報
【非特許文献】
【0022】
【非特許文献1】Yogyo-Kyokai-Shi(窯業協会誌)87{3}1979
【非特許文献2】「ラマンスペクトルに基づく化学強化ガラスの局所応力評価式の構築」寺門信明,高橋儀宏,藤原巧,折原秀治,折原芳男、月刊機能材料4027-352020年12月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
化学強化ガラスの応力は、表面の数10μmの層に分布している。そのため、応力分布の測定には、深さ方向の高い空間分解能が必要であると共に、ガラス表面の位置の検出にも高い精度が必要であり、1μmあるいは、1μm以下の精度が要求される。共焦点ラマン顕微鏡によるラマンスペクトルからの応力測定では、高倍率の対物レンズを使用すれば、深さ方向の空間分解能は1μm程度を得られる。従来の光弾性効果を利用した応力測定装置では、表面付近の領域の応力分布を正確に測定できないため、この利点は大いに期待されている。しかし、表面からの深さの絶対値精度を確保するには、測定媒体の表面の位置を正確に検出する必要があるが、従来の共焦点ラマン顕微鏡では測定媒体の表面の位置を正確に検出できない。
【0024】
従来は、例えば、ガラス表面で反射するレーザスポットの画像をカメラで撮影し、レーザスポット像が一番小さくなる点を見つけることで、ガラスの表面を検出する方法が使用されている。しかし、この方法では、1μm以下の精度で表面を検出できるが、共焦点のピンホールとカメラは、別な光路であり、予め、ピンホールとカメラの焦点位置を合わせておく必要がある。カメラの焦点位置とピンホールの位置とのずれが、そのまま表面点検出の誤差となってしまう。そして、この位置関係は、機械的な設定での位置関係のため、常に、1μm以下の精度で合わせておくことは困難である。すなわち、化学強化ガラスの表面からの深さ方向の応力分布測定において、絶対値としての深さ方向の位置精度が得られない。
【0025】
また、近年の化学強化ガラスは、非常に浅い表面付近に、非常の強い圧縮応力層を形成する場合がある、たとえば、5μm程度の深さに1000MPaの圧縮応力層が形成される。このような化学強化ガラスでは、表面点の検出精度が1μmずれただけで、測定される応力分布に大きな誤差が生じてしまう。
【0026】
一方、結晶化ガラスにおいても、化学強化による応力測定に加え、結晶化工程の管理においても、表面より決まった深さでの結晶化度を測定する必要がある。
【0027】
表面を研磨除去して、化学強化工程を施し、最終のガラス形状にするが、結晶化工程では、表面付近は結晶化工程の温度条件が異なり、目的とした結晶状態になっていない。そのため表面層を研磨除去する。
【0028】
この結晶化工程直後に、ラマン分光で結晶化度や結晶化状態を測定するには、最終の厚みとなる深さでのラマン分光の測定が必要である。
【0029】
また、このような強化ガラスや結晶化ガラスの厚みは数10μmから数10mmと幅広い、従来のラマン顕微鏡は、強化ガラスを測定する面を上にして、上下に稼働できるステージに乗せ、強化ガラスの上の面を測定する。しかし、強化ガラスの厚みが異なると、測定するガラスの上面と対物レンズの距離が変わり、ステージと顕微鏡部分の距離を変え、ガラスの上面に対物レンズの焦点が結ぶよう、ステージを上下させなければならない。また、高倍率の対物レンズでは、W.D.(Working Distance:対物レンズの先端から焦点までの距離)が数mmあるは、1mm以下となるため、上下位置の調節時に対物レンズをぶつけるなどの危険性があった。さらに、ステージは、1μmあるいは1μm以下の位置精度で、かつ稼働範囲が数10mmで、上下位置を変化させる必要があるため、ステージの上下移動機構が大掛かりになり実用的ではない。
【0030】
このように、従来は、ガラス等の透明な測定媒体において、応力等の物理量の短時間での精度よい測定が困難であった。
【0031】
本発明は、上記の点に鑑みてなされたものであり、透明な測定媒体の物理量を短時間で精度よく測定可能な物理量評価装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0032】
本物理量評価装置は、透明な測定媒体の物理量を評価する物理量評価装置であって、レーザ光源と、前記レーザ光源からの光の光路を前記測定媒体の方向に変換する半透明鏡と、前記半透明鏡からの光を前記測定媒体の表面あるいは内部に集光する対物レンズと、前記対物レンズの焦点の像を結像する結像レンズと、前記対物レンズの焦点の像の少なくとも一部の光を通過させるピンホールと、前記ピンホールを通過した光を分光する分光器と、前記分光器が分光したスペクトルの強度を検出して電気信号に変換する撮像素子と、前記電気信号を処理する演算部と、を有し、前記対物レンズ、前記結像レンズ、及び前記ピンホールは、前記測定媒体中の一部分からのラマン散乱光のスペクトルであるラマンスペクトルを測定する共焦点ラマン分光顕微鏡を構成し、前記撮像素子は、前記光の表面反射スペクトルの強度と、前記ラマンスペクトルの強度と、を同時に測定する。
【発明の効果】
【0033】
開示の技術によれば、透明な測定媒体の物理量を短時間で精度よく測定可能な物理量評価装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】第1実施形態に係る物理量評価装置を例示する図である。
図2】物理量評価装置1の分光器について説明する図である
図3】物理量評価装置1で測定されたスペクトルを例示する図である。
図4】表面反射スペクトルの強度と深さとの関係を例示する図である。
図5】表面反射スペクトルの強度とラマンスペクトルの強度を例示する図である。
図6】化学強化ガラスのラマンスペクトルを例示する図である。
図7図6のスペクトル中のCのピークの位置を深さ方向に測定した図である。
図8】表面が飽和している化学強化ガラスの応力分布を例示する図である。
図9】結晶化ガラスのラマンスペクトルを例示する図である。
図10】未強化ガラスにおいて異なる深さのラマンスペクトルを比較した図である。
図11】スペクトル形状の補正について説明する図である。
図12】物理量評価装置1における測定フローを例示する図(その1)である。
図13】物理量評価装置1の演算部110の機能ブロックを例示する図である。
図14】物理量評価装置1における測定フローを例示する図(その2)である。
図15】物理量評価装置1における測定フローを例示する図(その3)である。
図16】第2実施形態に係る物理量評価装置を例示する図である。
図17】第2実施形態の変形例に係る物理量評価装置を例示する図である。
図18】液晶素子の印加電圧と偏光位相差との関係を例示する図である。
図19】液晶素子の駆動方法を例示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、図面を参照して発明を実施するための形態について説明する。各図面において、同一構成部分には同一符号を付し、重複した説明を省略する場合がある。
【0036】
〈第1実施形態〉
図1は、第1実施形態に係る物理量評価装置を例示する図である。図1に示すように、物理量評価装置1は、レーザ光源10と、光学部材20と、半透明鏡30と、対物レンズ40と、結像レンズ50と、波長選択部材60と、通過領域制限部材70と、光変換部材80と、分光器90と、撮像素子100と、演算部110と、固定部材180とを有する。物理量評価装置1は、これらの構成要素のすべてを有していなくてもよい。
【0037】
物理量評価装置1は、ガラス、樹脂、プラスチック等の透明な測定媒体の物理量を評価可能である。ここで、透明な測定媒体とは、レーザ光源10の出射するレーザ光の波長に対し、測定する深さにおいて30%以上の透過率の測定媒体を指す。
【0038】
ここでは、透明な測定媒体が強化ガラスの場合を例として以下の説明をする。図1に示す強化ガラス200は、透明な測定媒体である。強化ガラス200は、例えば、化学強化法や風冷強化法等により強化処理が施されたガラスである。
【0039】
(物理量評価装置1の全体構成)
固定部材180は、測定媒体を固定する部分である。固定部材180は、第1面181、及び第1面181と対向する第2面182を有する。第1面181と第2面182とは、例えば、平行である。固定部材180には、光が通過できるように開口部183が設けられている。
【0040】
強化ガラス200は、測定する表面201を固定部材180の第1面181に押し付けられた状態で、固定部材180に固定されている。強化ガラス200の表面201は、固定部材180の第1面181に接触している。なお、強化ガラス200は、物理量評価装置1の構成要素ではない。
【0041】
レーザ光源10、光学部材20、半透明鏡30、及び対物レンズ40は、固定部材180の第2面182側に位置する。レーザ光源10が出射するレーザ光は、光学部材20を経由して半透明鏡30に入射する。半透明鏡30は、レーザ光源10からの光の光路を測定媒体の方向に変換し、光路を変換された光は対物レンズ40に入射する。
【0042】
対物レンズ40は、半透明鏡30からの光を集光し、第2面182よりも第1面181側に焦点を結ぶ。対物レンズ40の焦点は、強化ガラス200の表面201あるいは表面201付近に位置する。すなわち、対物レンズ40は、半透明鏡30からの光を強化ガラス200の表面あるいは内部に集光する。なお、対物レンズ40で集光される光は、開口部183を通って強化ガラス200に達する。
【0043】
固定部材180は、対物レンズ40との距離を可変可能に構成されている。具体的には、固定部材180は、対物レンズ40と固定部材180の第1面181との距離Lが、対物レンズ40の焦点位置に対して、表面201を中心に表面201と垂直な方向に、機械的に移動できるように構成されている。固定部材180の移動は、手動でもよいが、後述する演算部110の固定部材移動手段114により数μm、あるいは1μm以下の精度で制御されるステッピングモーターやピエゾモータによる駆動が望ましい。
【0044】
強化ガラス200からの反射光や散乱光は、開口部183、対物レンズ40、及び半透明鏡30を通って結像レンズ50に入射する。結像レンズ50は、対物レンズ40に対して固定部材180とは反対側に位置し、対物レンズ40の焦点の像を結像する。対物レンズ40と結像レンズ50により、対物レンズ40の焦点の被写体となる測定媒体を結像レンズ50の焦点に拡大し結像する拡大顕微鏡を構成できる。対物レンズ40と結像レンズ50の間の光は、平行である。すなわち、対物レンズ40と結像レンズ50を含む拡大顕微鏡は、いわゆる無限遠補正光学系で構成されている。
【0045】
拡大顕微鏡により結像された位置に、通過領域制限部材70が配置されている。通過領域制限部材70は、結像レンズ50に対して固定部材180とは反対側に位置し、対物レンズ40の焦点の像の少なくとも一部の光を通過させるピンホール70xを有している。レーザ光源10から出射される所定のビーム径を有する平行光であるレーザ光は、半透明鏡30を介して対物レンズ40と結像レンズ50の光軸上で対物レンズ40方向に入射され、対物レンズ40により強化ガラス200の表面201あるいは内部に焦点を結ぶ。対物レンズ40のピンホール70x上に結像するための焦点と、レーザ光が一番収束する焦点とは、一致している。
【0046】
分光器90は、ピンホール70xに対して固定部材180とは反対側に位置し、ピンホール70xを通過した光を分光する。すなわち、通過領域制限部材70上に結像された画像は、ピンホール70xの部分のみの光が通過し、分光器90へ導かれ、ピンホール70xを抜け出た光のみが分光される。
【0047】
また、ピンホール70xからの光を分光器90に効率よく導くために、光を収束するための光変換部材80が、ピンホール70xと分光器90との間に挿入されてもよい。後で述べるが分光器90の入射部分は、スリット状であるため、光変換部材80に、ピンホール70xを通過した円形の光をスリット状に変換する機能も持たせることもできる。具体的には、光学ガラスによるレンズやシリンドリカルレンズなどが使用できる。
【0048】
さらに、ピンホール70xの径や、分光器90のスリット幅も数10μmと小さいために、少しでも光軸がずれると、ピンホール70xからの光が分光器90に入射できない。そのため、光変換部材80で、光軸が調整できるようにしても良い。具体的には、光変換部材80としてレンズあるいはシリンドリカルレンズを分光器90のスリットの狭い方向に移動できるようにすることで、若干の光軸のずれを補正できる。
【0049】
分光器90により分光された光は、撮像素子100に入射する。撮像素子100は、分光器90が分光したスペクトルの強度を検出して電気信号に変換する。撮像素子100が変換した電気信号は画像データとして演算部110へと送られ、演算部110に処理される。演算部110は、例えば、撮像素子100から得た画像データからスペクトルデータを算出する。
【0050】
半透明鏡30と撮像素子100との間に、撮像素子100に入射するレーザ光の波長の強度を選択的に減衰させる波長選択部材60が挿入されてもよい。波長選択部材60は、レーザ光の波長近傍の強度のみを選択的に減衰させられる。波長選択部材60は、半透明鏡30と撮像素子100との間の任意の位置に挿入できる。
【0051】
(レーザ光源)
レーザ光源10としは、波長が405nm、532nm、785nmなどのDPSSレーザを使用できる。レーザ光源10として、その他のレーザを使用してもよい。その他のレーザとしては、例えば、固体レーザ、ガスレーザ、半導体レーザなどが挙げられる。
【0052】
(共焦点光学系の構成)
レーザ光源10からのレーザ光は、半透明鏡30、対物レンズ40を通り、強化ガラス200の表面201あるいは、表面201近傍の強化ガラス200中に焦点を結び、非常に小さなスポットになる。このスポット径は、レーザ光の波長λ0、レンズの焦点距離fob、対物レンズ40へ入射するレーザ光のビーム径d0で決まる。
【0053】
光学部材20は、レーザ光のビーム径や平行度を調整するための、ビームエクスパンダなどのレーザビーム加工用の光学部材であり、レーザ光源10と半透明鏡30とに間に必要に応じて配置される。
【0054】
強化ガラス200中に入射されたレーザ光の軌跡部分からは散乱光が発生する。この散乱光には、レイリー散乱光及びラマン散乱光が含まれる。レイリー散乱光はレーザ光の波長λ0と同じ波長であり、ラマン散乱光はレーザ光の波長λ0から少しずれた波長であり、物理量評価装置1では、ラマン散乱光を分光し、測定媒体である強化ガラス200の物理量を評価する。
【0055】
レーザ光による強化ガラス200中の散乱光画像は、対物レンズ40及び結像レンズ50によりピンホール70x上に結像する。ピンホール70xの径は、強化ガラス200の表面201近傍に焦点を結んだレーザ光のスポット径が、顕微鏡の倍率分だけ拡大された画像の径とほぼ同じとなっている。
【0056】
例えば、レーザ光源10の波長λ0が532nmで、対物レンズ40の焦点距離fobが2mm、NA=0.9、結像レンズ50の焦点距離fimが200mmの場合、拡大顕微鏡としての倍率は100倍である。このとき、対物レンズ40の焦点位置でのレーザスポット径は0.9μmとなり、ピンホール70x上の散乱光画像は0.9μm×100倍=90μmとなる。このような場合、ピンホール70xの径は、60μm以上120μm以下が望ましい。このような顕微鏡は、通常、共焦点顕微鏡と呼ばれている。
【0057】
このように、対物レンズ40、結像レンズ50、及びピンホール70xは、強化ガラス200中の一部分からのラマン散乱光のスペクトルであるラマンスペクトルを測定する共焦点ラマン分光顕微鏡を構成している。
【0058】
(共焦点光学系の原理)
前述したように、物理量評価装置1は、共焦点顕微鏡の構成となっており、深さ方向に分解能を有する。共焦点顕微鏡では、対物レンズ40の焦点位置のレーザ光による散乱光画像は、ほぼピンホール70xの径と同じ径の画像となり、ほぼ全ての光がピンホール70xを通過できる。しかし、深さ方向において焦点よりずれた位置での散乱光画像は、まず、レーザスポット径が広がり、さらに、ピンホール70xの位置での画像はピントがずれ、ピンホール70xの径より大きな画像となり、ほとんどの光がピンホール70xを通過できない。
【0059】
このように、共焦点顕微鏡では、深さ方向についても、対物レンズ40の焦点位置のレーザ光のスポット部分からの散乱光のみがピンホール70xを通過でき、深さ方向に分解能を持たせられる。例えば、先の例のレーザ光源10の波長λ0が532nmで、対物レンズ40の焦点距離fob=2mm、NA=0.9、結像レンズ50の焦点距離fim=200mm、ピンホール70xの径が90μmの場合、深さ方向の分解能は1.5μm程度となり、面内の空間分解能は、焦点でのレーザビームの径のφ0.9μmである。
【0060】
そして、ピンホール70xを通過した強化ガラス200中の散乱光は、分光器90へ導入される。これにより、対物レンズ40の焦点位置付近のみの散乱光のスペクトルを測定可能となり、強化ガラス200中のごく小さい領域のラマンスペクトルを測定できる。
【0061】
(分光器)
図2は、物理量評価装置1の分光器について説明する図である。分光器90は、例えば、スリット91xを有する通過領域制限部材91と、スリット91xからの光を平行にする光学部材92と、その平行光を分光する回折格子93と、回折格子93で分光された光Ldを撮像素子100上に結像する光学部材94で構成できる。光学部材92及び94は、例えば、光学ガラスによるレンズや凹面鏡や放物面鏡である。回折格子93は、例えば、反射型又は透過型で、300~2000本/mmの回折格子である。分解能は、例えば、3nm以下に設定できる。
【0062】
撮像素子100上には分光されたスリット91xの画像が結像される。撮像素子100は、結像された光を電気信号に変換する機能を備えており、1次元又は2次元に配列された画素を有する。詳しくは、撮像素子100は、例えば、受光した光を電気信号に変換し、1次元又は2次元の画像を構成する複数の画素毎の輝度値を画像データとして、演算部110に出力できる。撮像素子100としては、例えば、フォトダイオードの過飽和で発生するスミアがなく、ブルーミングも非常に少ないCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)イメージセンサ等の素子を用いると好ましい。また、同様の機能を備えた他の素子を用いてもよい。
【0063】
(演算部)
演算部110は、撮像素子100から画像データを取り込み、画像処理や数値計算をする機能を備えている。演算部110は、これ以外の機能を有してもよい。これ以外の機能としては、例えば、固定部材180と対物レンズ40との距離Lを制御する機能等が挙げられる。
【0064】
演算部110は、撮像素子100から取得した電気信号をスペクトルデータに変換し、変換したスペクトルデータに基づいて強化ガラス200の表面201から所定深さの物理量や深さ方向の物理量の分布を求められる。
【0065】
演算部110は、例えば、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、メインメモリ等を含むように構成できる。この場合、演算部110の各種機能は、ROM等に記録されたプログラムがメインメモリに読み出されてCPUにより実行されることによって実現できる。演算部110のCPUは、必要に応じてRAMからデータを読み出したり、格納したりできる。ただし、演算部110の一部又は全部は、ハードウェアのみにより実現されてもよい。又、演算部110は、物理的に複数の装置等により構成されてもよい。演算部110としては、例えば、パーソナルコンピュータを使用できる。
【0066】
(測定されるスペクトル)
前述した分光器90、撮像素子100、及び演算部110では、レーザ光源10の波長λ0から100nm程度長い波長の範囲、すなわちλ0~λ0+100nmのスペクトルを、分解能3nm以下で測定できる。
【0067】
λ0~λ0+100nmの波長範囲にはレーザ光とラマン散乱光のスペクトル(単にラマンスペクトルと称する場合がある)が含まれている。演算部110でラマン散乱光のスペクトルデータを解析することで、物理量として、強化ガラス200の組成、分子構造(ガラス構造)、及び/又は応力などを知り得る。物理量評価装置1では、さらに、固定部材180の対物レンズ40との距離Lを変化させスペクトルデータを取得することで、強化ガラス200の表面201から深さ方向におけるラマンスペクトルの違い、すなわちラマンスペクトルの分布を測定できる。
【0068】
さらに、物理量評価装置1では、ラマンスペクトルと同時にレーザ光の波長λ0と同じである強化ガラス200のレーザ光の表面反射スペクトルの強度を測定できる。ここで、表面反射スペクトルとは、強化ガラス200の表面201で反射したレーザ光と、強化ガラス200中の表面201の近傍で反射したレーザ光とを含む。強化ガラス200の表面201で反射したレーザ光の表面反射スペクトルの強度が最も強くなる。すなわち、対物レンズ40の焦点が強化ガラス200の表面201に位置したときに、表面反射スペクトルの強度が最も強くなる。
【0069】
よって、対物レンズ40と固定部材180の第1面181との距離Lを変えながら表面反射スペクトルの強度を測定し、強度が最も強くなる位置を探すことで、対物レンズ40の焦点が強化ガラス200の表面201に位置していることを、非常に精度よく検出できる。これにより、強化ガラス200の応力や分子構造(ガラス構造)などの物理量や、物理量の強化ガラス200の深さ方向における分布を高精度で知り得る。
【0070】
(表面点検出方法)
従来の共焦点ラマン顕微鏡では、レーザ光の焦点部分のラマン散乱光のみを測定する。これに対して、物理量評価装置1では、対物レンズ40の焦点が表面201付近に位置する場合、撮像素子100は、表面反射スペクトルの強度と、ラマンスペクトルの強度と、を同時に測定できる。
【0071】
通常、レーザ光のガラス表面での表面反射光はレーザ光と同じ波長λ0であり、ラマン散乱光の波長とは異なる。また、表面反射光は、ラマン散乱光に比べ強度が非常に大きく、10,000倍(10の4乗倍)から、10,000,000倍(10の7乗倍)である。そのため、ラマンスペクトルを測定する感度で、対物レンズの焦点がガラス表面付近に位置するときの表面反射光を測定すると、撮像素子が飽和して強度測定ができない。さらに、ラマンスペクトルに表面反射スペクトルの成分がかぶってしまい、ラマンスペクトルも測定できなくなる。
【0072】
そこで、物理量評価装置1は、半透明鏡30と撮像素子100との間に、撮像素子100に入射するレーザ光の波長の光を減衰させラマンスペクトルの波長の光を透過する波長選択部材60を有すると好ましい。このとき、撮像素子100で測定されるラマンスペクトルのピーク強度は、対物レンズ40の焦点が強化ガラス200の表面201に位置するときに撮像素子100で測定される表面反射スペクトルのピーク強度の1/10倍以上10倍以下が望ましい。すなわち、波長選択部材60において、レーザ光の波長λ0での減衰率は、1/1000(10の3乗分の1)以上1/1000000(10の6条分の1)以下が好ましい。
【0073】
一方、波長選択部材60を設けずに、あるいは波長選択部材60と共に、半透明鏡30において、レーザ光の波長を減衰させることもできる。例えば、半透明鏡30を特定の波長領域の光を透過し、残りの波長領域を反射させるダイクロイックミラーとすることにより、強化ガラス200からの光に含まれるレーザ光の波長の光を減衰させることもできる。ダイクロイックミラーは強化ガラス200にレーザ光を入射する場合は効率よくレーザ光を反射させ、かつ、対物レンズ40からのガラス中の散乱光は減衰せずに透過させられ、光学的に効率のよい、半透明鏡30を得られる。
【0074】
ダイクロイックミラーを使う場合、対物レンズ40から結像レンズ50へ向かう光の内、ダイクロイックミラーでレーザ光の波長の光が減衰される。波長選択部材60と共にダイクロイックミラーを使う場合、波長選択部材60と合わせた減衰率で、焦点がガラス表面に位置するときの表面反射スペクトルの強度がラマンスペクトルの強度に比べ1/10~10倍となる減衰率が望ましい。
【0075】
波長選択部材60としては、例えば、誘電体膜を多層にした、ショートカットフィルター、バンドパスフィルタ、又はノッチフィルタが使用できる。また、それらの組み合わせでも良い。複数のフィルターの組み合わせの場合、それらのフィルターは、半透明鏡30と撮像素子100との間の別々な位置で組み合わせても良い。
【0076】
図3は、物理量評価装置1で測定されたスペクトルを例示する図である。図3(a)は、強化ガラス200の表面201からの深さが30μmでのスペクトルであり、Aの部分がラマンスペクトルである。強化ガラス200は非晶質であるため、ブロードで強度も弱いラマンスペクトルとなっており、応力や結晶化度などの情報が含まれている。物理量評価装置1では、応力や結晶化度などの物理量を測定できる。
【0077】
一方、図3(b)は、対物レンズ40の焦点が強化ガラス200の表面201に位置する場合のスペクトルである。図3(b)では、図3(a)と同様にAの部分がラマンスペクトルである。また、図3(b)では、Bの部分は強化ガラス200の表面201からのレーザ光の表面反射スペクトルである。
【0078】
対物レンズ40の焦点が強化ガラス200の表面201にある場合、共焦点顕微鏡としての深さ方向の分解能の中で、半分は強化ガラス200中であるが、半分は強化ガラス200の外である。そのため、図3(b)における強化ガラス200の表面201のAの部分のラマンスペクトルの強度は、図3(a)における深い点(深さ30μm)でのAの部分のラマンスペクトルの強度に比べ約50%となっている。
【0079】
図3(b)のBの部分の表面反射スペクトルは、図3(a)では観測されていない。これは、対物レンズ40の焦点が強化ガラス200の表面201から十分深い点では、共焦点顕微鏡の共焦点からはずれるためである。すなわち、表面反射スペクトルの成分は、共焦点顕微鏡としての深さ方向の分解能の範囲近くに焦点が位置する場合のみ観測され、強化ガラス200の表面201に位置するときが最も強度が強くなる。
【0080】
図4は、表面反射スペクトルの強度と深さとの関係を例示する図である。図4において、強度が最大の点は、強化ガラス200の表面201となる。また、ピークの幅は、共焦点顕微鏡としての深さ方向の空間分解能に相当する。図4の表面反射スペクトルは、レーザ光の波長532nm、対物レンズ40の焦点距離f0=3.3mm、NA=0.7、結像レンズ50の焦点距離fim=200mm、ピンホール70xの径60μmで測定したものである。この場合、深さ方向の分解能は計算上約3μmとなるが、図4より、ほぼ計算通りになっていることが分かる。また、ピークが鋭いため、ピークの位置を1μm以下の精度で特定可能である。
【0081】
ただし、表面反射スペクトルは、共焦点顕微鏡の深さ方向の分解能程度の範囲でしか測定できず、その深さの範囲は強化ガラス200の表面201の前後±数μm程度である。そのため、比較的広い深さの範囲を数μm単位で確認していかないと、表面反射スペクトルをとらえることができず、強化ガラス200の表面201も特定できない。一方、ラマンスペクトルが測定できる深さ範囲は、強化ガラス200の表面201から1mm程度であり、比較的広い範囲である。
【0082】
図5は、表面反射スペクトルの強度とラマンスペクトルの強度を例示する図である。すなわち、図5では、強化ガラスの表面からの深さに対する表面反射スペクトルの強度と、ラマンスペクトルの強度の例を示している。図5に示すように、ラマンスペクトルは、強化ガラス200の表面201に近づくと強度が弱くなり、強化ガラス200の表面201では1/2程度となり、強化ガラス200の表面201から離れると0となる。
【0083】
すなわち、ラマンスペクトルが測定できる深さは容易に見つかり、その点を基準に強化ガラス200の表面201の方向に深さを変えていき、ラマンスペクトルが測定できなくなる点を見つける。そして、その点は、強化ガラス200の表面201に近い所に位置する。その点から距離Lを順次短くしながら表面反射スペクトルの強度を測定し、表面反射スペクトルの強度が最大となる点を探すことで、短時間に、強化ガラス200の表面201の位置を正確に特定可能となる。
【0084】
このように、物理量評価装置1では、表面反射スペクトルとラマンスペクトルとを同時に測定することで、短時間で、表面反射スペクトルの強度とラマンスペクトルの強度に基づいて、強化ガラスの表面点、すなわち強化ガラス200の表面201の位置を高精度で検出可能となる。
【0085】
(CMOSイメージセンサ)
ラマンスペクトルの強度及び表面反射スペクトルの強度は、ガラス種により異なるため、ラマンスペクトルの強度と表面反射スペクトルの強度との比も、ガラス種で大きく異なる。あるガラス種において、表面反射スペクトルの強度を減衰させる波長選択部材60が、表面反射スペクトルが飽和せず、ラマンスペクトルが十分に測定できる減衰率あるいは感度にした場合でも、別な強化ガラスによる表面反射スペクトルでは飽和してしまうことがある。そして、表面反射スペクトルが、他のスペクトル信号にかぶってしまい、ラマンスペクトルを測定できなくなることがある。
【0086】
従来の分光器により分光された光を電気信号に変換する部材として、CCD(Charge Coupled Device:電荷転送素子イメージセンサ)が使われる場合がある。CCDイメージセンサは、フォトダイオードで受光した光により発生した電荷を蓄積し、CCDでその電荷を転送して電荷量を電圧に変換する構造である。そのため、ある画素のフォトダイオードが飽和すると、直ぐに、その電荷が周囲のCCDや他の画素にあふれ出し、ブルーミング(画像のにじみ)やスミア(縦線)が発生し、結果、飽和したスペクトル信号が周囲のスペクトル信号にかぶってしまう。
【0087】
さらに、分光器により分光されたスペクトル画像は、スリットの画像であるために、幅数十μmで長さが数mmと長細い。そのため、撮像素子の画素は、その形状に合わせて、細長い画素にするか、あるいは、複数の画素を長さ方向に電気的に加算して、全体のスペクトル信号を得る。しかし、分光されたスペクトル画像は、必ずしも、スリットの長さ方向に明るさは均一ではなく、通常は中心部分が明るい。スリット全体の画像としてのフォトダイオードの信号が一見飽和していなくても、フォトダイオードの中心部分は飽和し、周囲の画素へ電荷が漏れ出してしまうこともある。
【0088】
一方、CMOSイメージセンサでは、フォトダイオードに蓄積された電荷を金属配線によって転送するか、あるいは、画素内で電荷量を電圧に変えて、信号を転送する。そのため、原理的に、スミアはなく、ブルーミングも、非常に小さい。さらに、CCDのように最大の電荷転送量に制限されず、フォトダイオードの飽和電荷量を大きくできるため、ある画素が飽和して周辺へ電荷が漏れ出し、他のスペクトル信号にかぶることがほとんどない。
【0089】
さらに、CMOSイメージセンサでは、高速転送が可能であるため、撮像素子が複数回に分け露光して得たデータを演算部で加算をすることで、ダイナミックレンジを拡大できる。
【0090】
このように、撮像素子100は、CMOSイメージセンサであると好ましい。撮像素子100としてCMOSイメージセンサを使うことで、ラマンスペクトルより極端に強度が大きな表面反射スペクトルでも、ラマンスペクトルに信号がかぶることがなく、測定できる。
【0091】
(表面反射スペクトルの強度)
波長選択部材60のレーザ波長λ0での強度の減衰が不十分で、ラマンスペクトルより表面反射スペクトルの方が極端に強く、表面反射スペクトルが飽和してしまう場合がある。この場合、CMOSイメージセンサでは、CCDのように表面反射スペクトルの成分がラマンスペクトルにかぶってしまうことはないが、表面反射スペクトルの強度のピークを正確に測定できず、表面点の検出精度が落ちてしまう。そのような場合は、スペクトルデータを取得する際に、通常の測定での露光後に、短時間の露光で撮像することで、強力な表面反射スペクトルのデータを飽和させずに測定できる。短時間での露光は、通常の露光に比べ、1/10以下の時間で済むため、全体の測定時間はほとんど変わらない。
【0092】
(ガラス厚み対応)
物理量評価装置1の測定対象である化学強化ガラスは、厚みが数10μmから数10mmと、非常に幅広い。通常の共焦点ラマン顕微鏡では、ステージ位置は、対物レンズのW.D.に加え、ガラス厚み分より離した位置にしておく必要がある。特に厚いガラスでの測定では、ステージ位置を対物レンズよりかなり遠くに位置させなければならない。そのため、ガラス厚みごとに、ステージ位置を調整する必要があり、また、ステージの稼働領域外の厚みのガラスの測定は不可能である。物理量評価装置1では、固定部材180により、強化ガラス200の表面201の位置が、常に、第1面181の付近に固定される。その精度は、強化ガラス200の表面201のうねりや曲がりなどを考慮しても、±数10μmから±100μm程度であり、かつ、強化ガラス200の厚みには依存しない。
【0093】
(リアルタイム深さ測定)
通常、深さ方向のスペクトルデータの取得は、強化ガラスの表面位置を特定し、その位置から順次ガラスの深い位置に移動していく。しかし、物理量評価装置1では、表面から強化ガラスの外に少し外れた位置から順次スペクトルを測定すれば、各深さのスペクトルデータには、ラマンスペクトルと表面反射スペクトルが含まれる。そのため、各深さのスペクトルデータから、どの深さのデータが表面点のスペクトルデータであるかが分かり、各深さのスペクトルデータから同時に表面点でのスペクトルデータを決めることができ、非常に信頼できる表面点からの深さ方向のスペクトルデータが得られる。
【0094】
(応力の算出方法1)
一般的に、結晶をなす材料において、ラマンスペクトルは、応力によりピークが若干シフトし、そのピークのシフト量から応力を測定可能である(例えば、特許文献7参照)。ラマンスペクトルは、原子や分子間の結合エネルギーを反映したもので、応力によりその結合エネルギーが変化し、スペクトルの波長がわずかに変化するためである。強化ガラスにおいても、スペクトルは結晶よりブロードではあるが、原子、分子間の結合を反映しているので、スペクトルのピークのシフト量から、内部応力を測定可能である。
【0095】
図6は、化学強化ガラスのラマンスペクトルを例示する図であり、ナトリウム含有のアルミノシリケート系ガラスをナトリウムイオンからカリウムイオンへ置換して化学強化をほどこしたガラスのラマンスペクトルを示している。また、図7は、図6のスペクトル中のCのピークの位置をガラス表面から深さ方向に測定した図である。図7より、Cのピーク位置は深さと共にシフトとしていき、化学強化による応力に沿って変化していることが分かる。あらかじめ、応力値の分かっているガラスを用いて、ピーク位置のシフト量と応力値の変換係数を求めれておけば、ピーク位置のシフト量に基づいて化学強化ガラスの深さ方向の応力分布を測定できる。また、結晶化ガラスでも同様の方法で、応力分布を測定できる。
【0096】
この変換係数を求める強化ガラスは、応力値の絶対値が100MPa以上であると好ましい。また、異なる強化条件の複数の強化ガラスで補正することで、より精度の高い応力測定が可能である。例えば、2枚以上のガラスを使って補正する場合、1枚は応力値の絶対値が小さいガラスを用い、もう1枚は応力値の絶対値が大きいガラスを用い、それぞれの深さに対する[ピーク位置の差と応力値の差]および[ピーク位置比の差と応力値の差の関係を得る。これにより、深さにおけるピーク位置およびピーク位置比の関係式を得るられる。
【0097】
また、2枚以上のガラスを用いる場合は、一方の強化ガラスの応力値の絶対値は100MPa以上が好ましいが、もう1枚の強化ガラスの応力値の絶対値は100MPa未満が好ましい。
【0098】
(応力の算出方法2)
応力の算出方法1では、ガラス内部の応力の緩和の影響は考慮されていない。しかし、表面圧縮応力を最大限にするために長時間の強化工程を施す化学強化ガラスでは、応力の緩和も無視できず、そのような化学強化ガラスでは、応力値の測定精度が落ちる。そのような場合は、強化ガラスのラマンスペクトルから緩和量を算出することで、より精度が高い応力測定が可能である。
【0099】
ラマンスペクトルから緩和量を考慮した応力を決定する方法を説明する。例えば、非特許文献2中の図2は、一般的なアルミノシリケート系化学強化ガラスにおけるラマンスペクトルであり、イオン未交換領域と、イオン交換によって圧縮応力が発生した領域のスペクトルである。
【0100】
特許文献4及び非特許文献2によると非特許文献2中の図2のアルミノシリケート系化学強化ガラスのラマンスペクトル中、特徴的なピークとして、Boson、D1、D2、及びA1がそれぞれ60、480、580、及び1100cm-1付近に観察される。Bosonピーク位置、D1とD2のピーク強度比、及びA1ピーク位置は、化学強化による圧縮応力に影響があり、ラマン散乱光を分光してこれらのピークを測定することで、応力を算出できるとしている。
【0101】
具体的な方法としては、測定する強化ガラスについて、あらかじめヤング率及びポアソン比を測定する。そして、深部におけるイオン未交換部と最表面近傍のイオン交換部のラマンスペクトルを取得し、Bosonピーク位置、D1とD2のピーク強度比、及びA1ピーク位置を決定する。続けて、最表面近傍のイオン交換部の組成を電子線プローブマイクロアナライザーやX線光電子分光などを用いて決定する。そして、その組成に一致する溶融急冷ガラスを作製し、ラマンスペクトルを取得し、Bosonピーク位置、D1とD2のピーク強度比、及びA1ピーク位置を決定する。これらのデータから非特許文献2の式(8)における右辺圧縮応力に係る定数項が決定できる。その結果、各深さにおけるD1とD2のピーク強度比、及びA1ピーク位置と非特許文献2の式(3)の応力のつり合い条件から、各深さにおける応力を算出できる。
【0102】
(応力の算出方法3)
上記の応力算出方法2では、ラマンスペクトルのA1のピークシフトと、D2、D1のピーク強度比で、より精度の高い応力を算出できる。しかし、その計算式のガラスにより決まる係数を決めるには、組成分析、BOSONピークや、ヤング率、ポアソン比を測定する必要がある。
【0103】
一方、工業的には、あらかじめ作製した強化ガラスを従来の応力測定方法で測定し、その応力値に基づいて、ラマンスペクトルから応力値を算出する式を得る方が実用的である。従来の応力測定装置として説明した散乱光光弾性を利用した応力測定装置においては、レーザビーム径が有限であるため、深さ方向の空間分解能は、通常レーザビーム径の約10μm程度である。そのため、表面から約10μmの間の応力分布については、誤差が多い可能性があるが、それより深い領域については、精度よく応力分布を測定できる。
【0104】
このような散乱光光弾性効果を利用した測定器は、既に商品化されており、例えば、有限会社折原製作所でSLP-2000として商品化され、市場でも実績がある。一方、文献2の応力を算出する式(8)を見ると、ガラス種でも求める係数は4つと多く、その4つの係数を精度良く決定するには、強化条件が大きく異なる複数のガラスが必要となる。
【0105】
そこで、ΔKA1は、局所的な応力にかかわり、Δ(SD2/SD1)は、ガラスの中距離構造での緩和にかかわり、その合計が最終的な応力となることを考え、次の一般式(1)を用いることを考えた。
【0106】
【数1】
ここで、Pk,nはイオンが交換されて発生する全体の応力値を算出する係数、すなわち局所的な応力にかかわるフィッティングパラメータである。また、Ps,mは緩和量を示す係数、すなわちガラスの中距離構造での緩和にかかわるフィッティングパラメータである。n,mはそれぞれ整数の値をとる添字である。Pk,n及びPs,mは、それぞれの一つ又は複数(ただし有限個)が0以外の値をとる。また、Pは全体の応力バランスをとるために発生するガラス中心の引張応力、zはガラス表面からの深さである。
【0107】
例えば、n=10以外のPk,nはゼロに固定し、m=10以外のPs,mはゼロに固定し、Pk,10及びPs,10をフィッティングパラメータとすることで、次の式(2)を得る。演算部110は、例えば、式(2)に基づいて、測定媒体の深さ方向の応力を算出できる。
【0108】
【数2】
この式は、P、P、及びPの3つの係数を持った簡単な式である。ここで、Pはイオンが交換されて発生する全体の応力値を算出する係数、Pは緩和量を示す係数である。また、Pは全体の応力バランスをとるために発生するガラス中心の引張応力であり、ガラスの厚みにより異なり、通常CT値と呼ばれている。zはガラス表面からの深さである。
【0109】
式(2)のPは、応力バランスより式(3)を用いて算出できる。式(3)において、zはガラス表面からの深さで、z0は表面、zhはガラス厚みの1/2の深さの点である。
【0110】
【数3】
すなわち、P及びPが決定され、ΔKA1及びΔ(SD2/SD1)が測定されれば、Pは算出できるので、ΔKA1及びΔ(SD2/SD1)から応力を算出するためには、P及びPを決定できればよい。ただし、Pは、緩和量にかかわる係数のため、P及びPを決定するためには、緩和量が大きな条件と小さな条件での強化ガラスのサンプルが必要である。
【0111】
一方、強化工程により交換したイオンが表面で飽和をしていないような強化ガラスサンプルでは、イオン交換量と緩和量がほぼ比例している。そのような強化条件内では、P及びPを決定できないが、強化処理を長時間施すと、表面近傍のイオン交換量は飽和し、それ以上圧縮応力が増加せず、緩和だけが進み、逆に圧縮応力が下がり、表面の応力が内部より小さくなる現象がある。
【0112】
図8は、表面が飽和している化学強化ガラスの応力分布を例示する図であり、散乱光光弾性を利用した応力測定装置で強化ガラスを測定した応力分布である。図8の測定に用いた強化ガラスは、強化工程により交換したイオンが表面で飽和していないような強化ガラスである。この強化ガラスでは、50μmより浅い部分は、既に、イオン交換が飽和し、交換したカリウムイオン濃度が一定である。しかし、表面付近は、さらに応力緩和を起こしており、結果、表面の圧縮応力は小さくなり、約50μmの深さで応力のピークを持つ。
【0113】
このような強化ガラスでは、ピークのある深さより深い領域では、イオン交換量と緩和量は、ほぼ比例しているが、ピークのある深さより浅い領域では、イオン交換量と緩和量は異なっている。すなわち、このようなサンプルを作製し、緩和が大きな表面付近の点と緩和が小さな深い点での応力値と、その深さでのΔKA1及びΔ(SD2/SD1)を測定することで、P及びPを決定できる。
【0114】
例えば、図8の強化ガラスの場合、従来の散乱光光弾性効果を利用した応力測定装置でも測定精度の高い深さ10μmと、深さ100μmでの応力値と、ラマンスペクトルから、P及びPを決定できる。
【0115】
このように、式(2)のパラメータは、既知の応力を有する測定媒体を事前に測定して決定できる。後述の式(4)のパラメータについても同様である。既知の応力を有する測定媒体は、例えば、強化ガラスである。既知の応力を有する測定媒体は複数でもよい。また、既知の応力を有する測定媒体は、全板厚において応力値の絶対値が10MPa以下である未強化ガラスを含んでもよい。既知の応力を有する複数の測定媒体は、表層において応力値の絶対値が100MPa以上である強化ガラスをさらに含んでもよい。既知の応力を有する複数の測定媒体は、表層において応力値の絶対値が100MPa以上である強化ガラスを複数含み、それぞれの最大圧縮応力の差が100MPa以上でもよい。既知の応力を有する測定媒体は、結晶化度が既知の結晶化ガラスを含んでもよい。
【0116】
また、飽和の度合いが異なる複数の強化ガラスを用いることもできる。例えば、表面が飽和している強化ガラス、及び飽和していない強化ガラスの2枚で、それぞれ同じ深さ10μmの点での応力とラマンスペクトルから、P及びPを算出してもよい。このように、同じガラス種で、表面が飽和しているようなサンプルを作製することで、そのガラス種で式(2)のP及びPを決定でき、Pは応力バランスより算出できるので、D2/D1及びA1シフト量からの応力の算出が可能となる。さらに、表面が飽和していないという条件範囲内であれば、式(2)を以下の式(4)のような、さらに簡単な式にすることも可能である。
【0117】
【数4】
は、前述したように、PとΔKA1から求まるので、式(4)では、応力測定のために、あらかじめ求めておく係数はPの1つである。そのため、応力を算出する式を決定するための強化ガラスは飽和していない強化ガラス1枚で良く、かつ、ラマンスペクトルのA1シフト量のみを測定するだけで、応力値を測定できる。すなわち、表面が飽和していない強化ガラスサンプルを作製し、Pを求めることで、A1シフト量から応力測定が可能となる。また、式(4)は、式(1)において、n=10以外のPk,nはゼロに固定し、すべてのPs,mはゼロに固定し、Pk,10だけをフィッティングパラメータとした場合の式に相当する。
【0118】
そして、これは応力算出方法1と同じ方法であるが、強化条件が表面が飽和していないという条件範囲内では、式(4)を使い、正確な応力を算出できる。工業的には、多くの場合、強化条件は表面が飽和しない範囲で施されるので、生産管理などでは、この方法による応力の測定が好ましい。このように、強化条件により式を使い分けることにより、効率的な応力測定が可能となる。
【0119】
(ピーク強度とピーク位置の測定方法)
D1とD2ピークの強度及びA1ピークの位置を決定するために、D1、D2、及びA1ピークを中心とする少なくとも3つのガウス波形を用いてスペクトルを最小二乗フィッティングすると好ましい。物理量評価装置1では、強化ガラスのある深さでのラマンスペクトルを得られるので、D1、D2、及びA1ピークから、深さ方向の応力分布を測定できる。
【0120】
このように、物理量評価装置1では、ラマンスペクトルの分布より、ある深さの応力を計算できる。さらに、物理量評価装置1では、深さごとの強化ガラスのラマンスペクトルを機械的な移動をすることなしに一度に、ある深さの範囲で連続的に測定し、深さ方向の応力分布を測定できる。
【0121】
(結晶化度の測定)
図9は、結晶化ガラスのラマンスペクトルを例示する図であり、(a)は結晶化工程前、(b)及び(c)は結晶化工程後である。図9(b)は目標の結晶状態であり、結晶相のピークE1の部分が鋭くなり、一部で結晶が生成されていることが分かる。一方、図9(c)は、結晶化工程後ではあるが、十分な結晶が生成されいない状態であり、結晶相のピークE2が図9(b)のピークE1より小さいことが分かる。このように、ラマンスペクトルに基づいて、結晶化ガラスの結晶化度を検出できる。
【0122】
結晶化度(Rc)は、結晶相のピークを形成する面積(Ap)と全面積(Ao)の比率と補正係数Cを用いて(Rc=C×Ap/Ao)で求められる。補正係数は、結晶化度が既知のガラスを事前に使って得られる。また、異なる結晶化度の複数の強化ガラスで補正することで、より精度の高い応力が可能である。
【0123】
例えば2枚以上の強化ガラスを使って補正する場合、1枚は結晶化度の小さい強化ガラスを用い、もう1枚は結晶化度の大きい強化ガラスを用いることで、それぞれの比率(Ap/Ao)に対する補正係数Cを得る。この比率(Ap/Ao)と補正係数Cの関係を近似関数で近似することで、さらに正確に補正できる。なお、近似関数はn次関数(nは補正に使ったガラスの枚数未満の整数)が好ましいが、それ以外でも良い。
【0124】
(高精度の波長測定)
ラマンスペクトルは、励起波長からの差の波長が重要であるが、分光器は、構造上、波長のスパン(撮像素子100上の分光された光の単位距離あたりの波長差)は、ほとんどずれないが、波長の絶対値は、若干の光軸のずれなどに影響しやすい。物理量評価装置1では、測定されるラマンスペクトルの波数は、同時に測定される表面反射スペクトルの波長との差から算出される。ここで、表面反射スペクトルの波長は励起光の波長であり、ラマンスペクトルと表面反射スペクトルが同時に測定できるため、ラマンスペクトル波長は、表面反射スペクトルの波長からの差を取ることで、常に安定して測定できる。
【0125】
(未強化ガラスでの補正)
共焦点顕微鏡では、強化ガラスの表面近傍と深い点で光学条件が異なる。それは、顕微鏡の対物レンズは、レンズから焦点の位置までが空気か、あるいは、決まった厚みのガラスを前提に設計されているためである。例えば、レンズから焦点距離まで空気であることを前提に設計された対物レンズでは、焦点がガラス表面にある場合は、設計通りで収差が最も少ないレーザスポット径になる。しかし、強化ガラスの内部を測定するような場合、レンズから焦点の間で、強化ガラスの深さ分だけ屈折率が異なる空間を通ることになり、収差が発生する。そのため、強化ガラスの表面近傍では、設計通りの理想的なスポット径になるが、深い点では収差が大きくなり、スポット径が広がってしまう。
【0126】
その結果、強化ガラスの深い点では、本来測定するべき微小部分外からの散乱光や蛍光光などが混じってしまう。すなわち、強化ガラスの表面付近と深い点では、異なる部分からのスペクトルを測定することになる。そうすると、化学強化されていないような、深さ方向に均一なガラスでは、本来深さが変わっても、スペクトル形状は全く同じであるが、対物レンズのガラス深さによる収差の違いから、測定されるスペクトル形状も変化してしまう。
【0127】
一方、深さ方向のラマンスペクトルの違いから、応力を測定するには、スペクトル形状のわずかな差を測定する必要がある。そのため、深い点での対物レンズの収差によるスペクトル形状の変化が応力測定に影響し、誤差が発生する。そこで、物理量評価装置1では、あらかじめ未強化のガラスにおいて、深さ方向で、ラマンスペクトルを測定し、各深さでのスペクトル形状の差を記録しておくと好ましい。そして、強化ガラスのラマンスペクトルを測定するときに、未強化ガラスでのラマスンペクトル形状の深さでの差を使い補正をすることにより、応力による微小なラマンスペクトル形状の差も正確に測定可能となる。
【0128】
図10は、未強化ガラスにおいて異なる深さのラマンスペクトルを比較した図であり、未強化ガラスの深さ10μmと深さ100μmでのラマンスペクトルを比較している。図10では、実線が深さ10μm、点線が100μmのスペクトルである。図10では、ラマンスペクトルの強度が一番大きなピークFで実線と点線とがレベルが同じになるように調整している。若干ではあるが、2つのスペクトル形状に差がある。
【0129】
演算部110は、強化ガラスの各深さでのラマンスペクトルを測定する際、あらかじめ未強化ガラスの各深さでのラマンスペクトルを測定し、各深さでのスペクトル形状の差から、強化ガラスで測定された各深さでのスペクトル形状を補正できる。これにより、深さの違いによる応力に関与しないスペクトル形状の違いを補正でき、精度良く応力分布測定ができる。演算部110は、応力値の絶対値が10Mpa以下の未強化ガラスのラマンスペクトルにより、各深さでのラマンスペクトル形状の補正をすると好ましい。
【0130】
図11は、スペクトル形状の補正について説明する図である。図11では、強化ガラスで測定したA1シフト量を未強化ガラスの各深さでのスペクトルで補正した場合と補正しない場合を比較している。図11において、実線は補正した場合、点線は補正しない場合を示している。本来、強化が及ばない深い点では、一定の特性となるが、補正しない場合は、例えば、50μm以上で、深いほど、若干大きくなっている。一方、補正した場合、一定の特性になっているのが分かる。
【0131】
(測定のフロー1)
図12は、物理量評価装置1における測定フローを例示する図(その1)である。また、図13は、物理量評価装置1の演算部110の機能ブロックを例示する図である。測定フロー1では、図12及び図13を参照し、ある深さでの表面反射スペクトル及びラマンスペクトルを測定するフローについて説明する。
【0132】
[レーザ光照射工程]
ステップS401では、レーザ光源10からの光を半透明鏡30及び対物レンズ40を介して強化ガラス200の表面201あるいは内部に小さなビームスポットで集光する。
【0133】
[散乱光画像結像工程]
ステップS402では、対物レンズ40の焦点の像を結像レンズ50で結像し、対物レンズ40の焦点の像の少なくとも一部の光をピンホール70xに通過させる。すなわち、強化ガラス200中にスポット状に照射されたレーザ光の部分からの散乱光を、再び対物レンズ40を通して結像レンズ50によりピンホール70x上に拡大し、散乱光画像として結像する。このとき、波長選択部材60で、レーザ光を同じ波長のみ、強度を抑制すると好ましい。
【0134】
[分光工程]
ステップS403では、ピンホール70xを通過した強化ガラス中の散乱光を分光器90で分光し、分光された分光器90のスリット画像を撮像素子100の表面上に結像する。
【0135】
[撮像工程]
ステップS404では、撮像素子100において、分光工程で分光したスペクトルの強度を検出して電気信号(デジタルデータ)に変換し、演算部110へ送る。撮像工程では、表面反射スペクトルの強度と、ラマンスペクトルの強度と、を同時に測定できる。撮像素子100は、複数回に分け露光してもよい。撮像素子100は、対物レンズ40の焦点が測定媒体の任意の1つの深さにあるときに撮像できる。また、撮像素子100は、対物レンズ40の焦点が測定媒体の深さ方向の異なる位置にあるときに複数回に分けて撮像してもよい。測定媒体の深さ方向における対物レンズ40の焦点位置は、固定部材180の移動により可変できる。
【0136】
[スペクトルデータ作成工程]
ステップS405では、演算部110のスペクトルデータ作成手段111を使い撮像素子100からの画像データからスペクトルデータを作成する。スペクトルデータには、表面反射スペクトルのデータと、ラマンスペクトルのデータが含まれている。
【0137】
演算部110のスペクトルデータ作成手段111は、撮像素子100が複数回に分けて露光し場合は、複数回の露光で得たデータを加算してもよい。また、演算部110のスペクトルデータ作成手段111は、撮像素子100が異なる露光時間で複数回露光した場合は、それぞれの露光において、表面反射スペクトルの作成とラマンスペクトルの作成において、異なる重みをつけて加算してもよい。
【0138】
[スペクトル強度測定工程]
ステップS406では、演算部110のスペクトル強度測定手段112は、レーザ光の波長である表面反射スペクトルの強度、ラマンスペクトルのD1とD2の強度及びA1のピーク位置を測定する。
【0139】
演算部110のスペクトル強度測定手段112は、撮像素子100が対物レンズ40の焦点が測定媒体の任意の1つの深さにあるときに撮像されたデータ、あるいは、対物レンズ40の焦点が測定媒体の深さ方向の異なる位置にあるときに撮像された複数のデータに基づいて、表面反射スペクトルの強度、及び/又は前記ラマンスペクトルの強度を測定できる。
【0140】
(測定のフロー2)
図14は、物理量評価装置1における測定フローを例示する図(その2)である。図15は、物理量評価装置1における測定フローを例示する図(その3)である。測定のフロー2では、図13図15を参照し、強化ガラスの表面点の検出、及び所定の深さまでのスペクトルを測定するフローについて説明する。なお、スペクトルの測定、及びスペクトル強度の測定は、図12のフローを利用する。また、この例では、深さ方向の精度1μm、強化ガラス200の表面201と固定部材180の第1面181との差が±100μm以内を前提条件としている。
【0141】
ステップS501では、固定部材移動手段114は、固定部材180の第1面181を対物レンズ40の焦点位置から130μm遠い位置に移動させる。なお、130μmは、一例であり、これには限定されない。
【0142】
ステップS502では、固定部材移動手段114は、固定部材180の第1面181を対物レンズ40の焦点位置に30μm近づける。なお、30μmは、一例であり、これには限定されない。ただし、ステップS501よりは小さな数値となる。
【0143】
ステップS503では、スペクトル強度測定手段112は、図12のフローに従って、ラマンスペクトルの強度及び表面反射スペクトルの強度を測定する。なお、ここでの測定対象はラマンスペクトルであるが、測定したスペクトルデータに表面反射スペクトルが含まれてもよい。
【0144】
ステップS504では、スペクトル強度測定手段112は、ステップS503で測定したスペクトル中のラマンスペクトルの強度が一定以上か確認する。
【0145】
ステップS504でラマンスペクトルの強度が一定未満の場合(NOの場合)は、ステップS502に戻り、上記と同様の処理を繰り返す。ステップS504でラマンスペクトルの強度が一定以上の場合(YESの場合)は、ステップS505に進む。
【0146】
ステップS505では、固定部材移動手段114は、固定部材180の第1面181を対物レンズ40の方向から5μm遠ざける。なお、5μmは、一例であり、これには限定されない。ただし、ステップS502よりは小さな数値となる。
【0147】
ステップS506では、スペクトル強度測定手段112は、図12のフローに従って、ラマンスペクトルの強度及び表面反射スペクトルの強度を測定する。なお、ここでの測定対象はラマンスペクトルであるが、測定したスペクトルデータに表面反射スペクトルが含まれてもよい。
【0148】
ステップS507では、スペクトル強度測定手段112は、ステップS506で測定したスペクトル中のラマンスペクトルの強度が一定以下か確認する。
【0149】
ステップS507でラマンスペクトルの強度が一定より大きい場合(NOの場合)は、ステップS505に戻り、上記と同様の処理を繰り返す。ステップS507でラマンスペクトルの強度が一定以下の場合(YESの場合)は、ステップS508に進む。
【0150】
ステップS508では、固定部材移動手段114は、固定部材180の第1面181を対物レンズ40の方向から2μm遠ざける。なお、2μmは、一例であり、これには限定されない。ただし、ステップS505よりは小さな数値となる。
【0151】
ステップS509では、スペクトル強度測定手段112は、図12のフローに従って、ラマンスペクトルの強度及び表面反射スペクトルの強度を測定する。なお、ここでの測定対象は表面反射スペクトルであるが、測定したスペクトルデータにラマンスペクトルが含まれてもよい。
【0152】
ステップS510では、固定部材移動手段114は、固定部材180の第1面181を対物レンズ40の方向に1μm近づける。なお、1μmは、一例であり、これには限定されない。ただし、ステップS508よりは小さな数値となる。
【0153】
ステップS511では、スペクトル強度測定手段112は、図12のフローに従って、ラマンスペクトルの強度及び表面反射スペクトルの強度を測定し、記録する。なお、ここでの測定対象は表面反射スペクトルであるが、測定したスペクトルデータにラマンスペクトルが含まれてもよい。
【0154】
ステップS512では、スペクトル強度測定手段112は、表面反射スペクトルの強度が適切か否か検討する。具体的には、スペクトル強度測定手段112は、ステップS509で測定した表面反射スペクトルの強度が一定以上であり、かつステップS511で測定した表面反射スペクトルの強度が、それより下がっているかを調べる。下がっていれば、適切である。
【0155】
ステップS512で表面反射スペクトルの強度が適切でない場合(NOの場合)は、ステップS510に戻り、上記と同様の処理を繰り返す。ステップS512で表面反射スペクトルの強度が適切な場合(YESの場合)は、図15のステップS513に進む。なお、YESの場合、ステップS509で測定した表面反射スペクトルが、所望の表面反射スペクトルである。所望の表面反射スペクトルとは、対物レンズ40の焦点が強化ガラス200の表面201に位置する場合の一番強度が強い表面反射スペクトルである。
【0156】
ステップS513では、固定部材移動手段114は、固定部材180の第1面181を対物レンズ40の方向に所定距離近づける。所望の表面反射スペクトルが見つかっているため、すなわち強化ガラス200の表面201の位置が特定されているため、ここからは、強化ガラス200の表面201からの深さにより、進める距離を可変する。一例を挙げると、深さが0μm以上10μ未満であれば1μmステップ、深さが10μm以上20μ未満であれば5μmステップ、深さが20μm以上100μ未満であれば20μmステップ、深さが100μm以上1000μ未満であれば50μmステップ、である。
【0157】
ステップS514では、スペクトル強度測定手段112は、図12のフローに従って、ラマンスペクトルの強度及び表面反射スペクトルの強度を測定し、記録する。なお、すでに強化ガラス200の表面201の位置が特定されているため、ここでの測定対象はラマンスペクトルである。しかし、記録したスペクトルデータには、表面反射スペクトルも含まれているため、表面反射スペクトルのデータを適宜使用することも可能である。
【0158】
ステップS515では、スペクトル強度測定手段112は、所定の深さまで測定が終了したか否かを確認する。
【0159】
ステップS515で所定の深さまで測定が終了していない場合(NOの場合)は、ステップS513に戻り、上記と同様の処理を繰り返す。ステップS515で所定の深さまで測定が終了している場合(YESの場合)は、ステップS516に進む。
【0160】
ステップS516では、スペクトル強度測定手段112は、記録された各深さのスペクトルデータに基づいて、ラマンスペクトルのD2とD1のレベル比、及びA1ピーク位置を算出する。また、記録したスペクトルデータには、表面反射スペクトルも含まれるために、強化ガラス200の表面201の位置を再確認することもてきる。
【0161】
ステップS517では、物理量算出手段113は、強化ガラス200の深さ方向のラマンスペクトルの強度を用いて、強化ガラス200のある深さ、あるいは深さ方向の応力を算出する。具体的には、物理量算出手段113は、ステップS516で算出したラマンスペクトルのD2とD1のレベル比、及びA1ピーク位置のデータに基づいて、応力を計算する。物理量算出手段113は、前述の式(2)に基づいて、測定媒体の深さ方向の応力を算出してもよい。
【0162】
なお、物理量算出手段113は、強化ガラス200中の各深さのラマンスペクトルの各ピークに基づいて、強化ガラス200の応力以外の物理量を算出してもよい。もちろん、物理量算出手段113は、応力と応力以外の物理量の両方を算出してもよい。なお、算出した応力分布や物理量を、表示装置(液晶ディスプレイ等)に表示させてもよい。
【0163】
物理量算出手段113は、例えば、強化ガラス200の深さ方向のラマンスペクトルの強度を用いて、強化ガラスのある深さ、あるいは深さ方向の結晶化度を算出してもよい。また、物理量算出手段113は、異なる結晶化度を有する結晶化ガラスを複数用い、ラマンスペクトルのピークの形状と結晶化度を相関づけて、結晶化度を算出してもよい。
【0164】
このように、物理量評価装置1では、透明な測定媒体の物理量を短時間で精度よく測定可能である。例えば、物理量評価装置1では、透明な測定媒体の正確な表面位置からの深さ方向において、応力等の物理量を短時間で精度よく測定できる。
【0165】
〈第2実施形態〉
第2実施形態では、レーザ光の偏光を時間的に連続に可変し、高いS/Nのラマンスペクトルが得られる物理量評価装置の例を示す。なお、第2実施形態において、既に説明した実施形態と同一構成部についての説明は省略する場合がある。
【0166】
図16は、第2実施形態に係る物理量評価装置を例示する図である。図16に示すように、物理量評価装置2は、レーザ光源10と半透明鏡30との間の光軸上に偏光状態変動部材120が挿入された点と、半透明鏡30と分光器90との間に偏光部材130が挿入された点が、物理量評価装置1(図1参照)と相違する。
【0167】
偏光状態変動部材120は、レーザ光の偏光状態を時間的に変動させる部材である。偏光状態変動部材120は、例えば、レーザ光の偏光状態を時間的に変動させる回転偏光素子である。回転偏光素子は、直線の偏光素子であり、時間的に一定の速度で、偏向角を回転させることができ、ある深さのラマンスペクトルの測定時間内で、1回転以上偏光角を回転させる。偏光部材130は、直線の偏光素子であり、固定されている。
【0168】
また、レーザ光源10からのレーザ光が、半導体レーザのように直線偏光の場合、偏光状態変動部材120は、レーザ光の波長λ0において偏光位相差を1/4波長ずらす偏光位相差素子(所謂1/4波長板)を回転させる回転偏光位相差素子としてもよい。回転偏光位相差素子とレーザ光源10との間に、固定された1/4波長板を挿入してレーザ光を円偏向に変換することで、偏光状態変動部材120を回転偏光素子とした場合と同様の効果が得られる。
【0169】
ラマン散乱光は、入射光の偏光を維持する性質がある。そのため、強化ガラスへ入射されるレーザ光が直線偏光の場合、ラマン散乱光も同じ偏光方向での直線偏光を持つ。この直線偏光を持った散乱光が、偏光部材130を通過するとき、散乱光と偏光部材130の偏光角の違いで、通過する光の量が変わり、分光器90で得られるラマンスペクトルの強度も変わる。そして、レーザ光は、偏光状態変動部材120で、偏光方向が時間的に変化するため、ラマンスペクトルも同様に変化し、偏光状態変動部材120が1回転、すなわち、偏光方向が360度回るごとに、周期をもつ強度変化となる。
【0170】
一方、強化ガラスからの蛍光は、入射するレーザ光の偏光にかかわらず、偏光を持たない。すなわち、分光器90で測定されるスペクトル中、ラマンスペクトルは偏光状態変動部材120の回転に伴い、周期的に強度が変化するが、蛍光光は変化しない。また、外来光や、撮像素子、増幅回路等のノイズもレーザ光の偏光とは関わらない。
【0171】
このラマンスペクトルの周期的な変化の周期及び位相は、偏光状態変動部材120の回転周期及び位相で決まる。そこで、偏光状態変動部材120を一定の速度で回転させ、同じ深さにおいて、1周期以上の期間で、ラマンスペクトルを一定間隔で複数回測定する。その回数は、1回以上であり、2~10回が望ましい。
【0172】
偏光状態変動部材120が複数回転する間、一定時間間隔で取得したスペクトル中、ラマンスペクトルの強度は、周期的な変化をする。そして、ある波長のスペクトル強度の時間ごとのデータを、フーリエ変換、sin関数のフィッティングなどにより、偏光状態変動部材120の回転周期成分の振幅値を算出し、必要な波長帯域全てで、同様の処理を行い、回転周期成分の振幅値のスペクトルデータを算出する。
【0173】
このスペクトルは、偏光状態変動部材120の回転に伴い変化するラマンスペクトルのみを含み、蛍光光、外来光、撮像素子、増幅回路等のノイズを含まないため、高S/Nのラマンスペクトルが得られる。
【0174】
〈第2実施形態の変形例〉
第2実施形態の変形例では、偏光状態変動部材として、偏光位相差可変部材を用いる例を示す。偏光位相差可変部材は、電気的に偏光位相差(リタデーション)を可変できる素子である。
【0175】
図17は、第2実施形態の変形例に係る物理量評価装置を例示する図である。図17に示すように、物理量評価装置2Aは、偏光状態変動部材120が偏光状態変動部材150に置換され、レーザ光源10と偏光状態変動部材150との間に偏光部材140が挿入された点が、物理量評価装置2(図16参照)と相違する。
【0176】
レーザ光源10からのレーザ光は、偏光部材140により、直線偏光になる。ただし、レーザ光源10が半導体レーザなどの直線偏光のレーザ光を出射する場合は、偏光部材140は必要ない。
【0177】
偏光部材140の直後には、偏光状態変動部材150として偏光位相差可変部材が設置されている。偏光位相差可変部材は、レーザ光の偏光状態を時間的に変動させる。より具体的には、偏光位相差可変部材は、レーザ光の偏光位相差を時間的に変動させる可変リターダーである。変動させる偏光位相差は、レーザ光の波長λ0の1倍以上であり、2倍から10倍が好ましい。
【0178】
レーザ光の波面に均一で偏光位相差を電気的に1λ以上可変できる可変リターダーとしては、例えば、液晶素子を利用した液晶リターダーが挙げられる。液晶素子は、素子に印加する電圧により偏光位相差を可変でき、例えば、レーザ光の波長が532nmの場合、最大3~6波長の可変が可能である。液晶素子において、印加する電圧で可変できる偏光位相差の最大値は、セルギャップの寸法で決まる。
【0179】
通常の液晶素子は、セルギャップが数μmであるため、最大の偏光位相差は1/2λ(数100nm)程度である。又、液晶を使ったディスプレイ等では、それ以上の変化は要求されない。これに対して、本実施形態で使用可能な液晶素子は、レーザ光の波長が例えば532nmの場合、532nmの約3倍の約1600nmの偏光位相差を可変する必要があり、20~50μmのセルギャップが必要となる。
【0180】
液晶素子に印加する電圧と偏光位相差は比例しない。一例として、セルギャップが30μmの液晶素子の印加電圧と偏光位相差との関係を図18に示す。図18において、縦軸は偏光位相差(波長630nmに対しての波長数)、横軸は液晶素子に印加する電圧(対数で描かれている)である。
【0181】
液晶素子に印加する電圧が0Vから10Vで、630nmおいて、8λ(5000nm)の偏光位相差を可変できる。しかし、液晶素子は、一般的に0Vから1Vまでの低電圧では液晶の配向が安定せず、温度変化等で偏光位相差が変動する。又、液晶素子に印加する電圧が5V以上では、電圧の変化に対して偏光位相差の変化が少ない。この液晶素子の場合、1.5Vから5Vの印加電圧で使用することで、4λ~1λ、すなわち約3λの偏光位相差を安定に可変できる。
【0182】
図19は、液晶素子の駆動方法を例示する図であり、液晶素子に偏光位相差が時間的に直線的に変化するような駆動電圧を発生させる回路を例示している。
【0183】
図19において、デジタルデータ記憶回路301には、使用する液晶素子の印加電圧と偏光位相差とを予め測定したデータに基づいて、偏光位相差を一定間隔で変化させるための、偏光位相差に対応する電圧値が、必要な偏光位相差変化の範囲でデジタルデータとしてアドレス順に記録されている。表1に、デジタルデータ記憶回路301に記録されるデジタルデータの一部を例示する。表1の電圧の列が、記録されるデジタルデータであり、偏光位相差10nmの変化毎の電圧値である。
【0184】
【表1】
クロック信号発生回路302は、水晶振動子等を使い、周波数が一定であるクロック信号を発生させる。クロック信号発生回路302の発生したクロック信号は、デジタルデータ記憶回路301とDAコンバータ303に入力される。
【0185】
DAコンバータ303は、デジタルデータ記憶回路301からのデジタルデータをアナログ信号に変換する回路である。クロック信号発生回路302の発生したクロック信号に従って、デジタルデータ記憶回路301から順次記憶された電圧値のデジタルデータが読み出され、DAコンバータ303へ送られる。
【0186】
DAコンバータ303では、一定時間間隔で読み出された電圧値のデジタルデータをアナログ電圧に変換する。DAコンバータ303から出力されるアナログ電圧は、電圧増幅回路304を通して、偏光状態変動部材150として用いる偏光位相差可変部材(液晶素子)へ印加される。
【0187】
なお、図19では図示していないが、この液晶素子の駆動回路は、撮像素子100を制御する回路と同期がとられ、液晶素子への駆動電圧の印加の開始とともに、撮像素子100で時間的に連続な撮像を開始する。
【0188】
偏光状態変動部材150として用いる偏光位相差可変部材の偏光軸は、偏光部材140の軸に対して45度傾いて設置されている。このような場合、偏光位相差可変部材に入射した直線偏光のレーザ光は、偏光位相差可変部材の偏光位相差が0度の場合は、そのまま、出射され、90度の場合は、円偏向となり、180度の場合は、直線偏光となり、偏光方向は、入射した方向と90度ずれている。さらに、270度の場合は、再び、円偏光となり、360度では、0度と同じにそのまま出射される。すなわち、直線→円偏向→直線(直角方向)→円偏向→直線と、繰り返して変化していく。
【0189】
一方、散乱光を分光する側の偏光部材130は、散乱光が直線偏光であるときの偏光方向と同じか直角に設置されている。レーザ光によるラマン散乱光は、レーザ光と同様な偏光の変化をする。そのため、この散乱光が偏光部材130を通るとそのラマン散乱光強度は、ラマン散乱光の偏光が、直線→円偏向→直線(直角方向)→円偏向→直線と、変化するに従い、最大→1/2→0→1/2→最大と、偏光位相差可変部材の偏光位相差の変化とともに、偏光位相の周期に合わせ、強弱を繰り返す。これは、物理量評価装置2と同様に、強度が変化するのは偏光を維持するラマン散乱光のみであり、蛍光光、外来光、撮像素子、増幅回路等のノイズでは生じない。そのため、偏光位相差の周期と同じ周期で変動する成分を抽出することで、蛍光光、外来光、撮像素子、増幅回路等のノイズを含まれず、高S/Nのラマンスペクトルが得られる。
【0190】
また、レーザ光の偏光方向、あるいはレーザ光を直線偏光にする偏光部材140および偏光部材130は、半透明鏡30の傾き軸に対して、45度とし、また、分光器90のスリットも、半透明鏡30の傾き軸に対して、水平か垂直に設置すると望ましい。半透明鏡30や、分光器90のスリット、半透明鏡30の傾き軸に対して、偏光方向が垂直と水平で、反射率、透過率、分光効率が若干異なる場合がある。レーザ光の偏光軸、偏光部材130の偏光軸を、分光器90のスリットや半透明鏡30の傾き軸に対して45°とすることにより、偏光位相差可変部材により偏光位相差を変化させ、スペクトル強度が周期的に変化する場合、本来のラマン散乱光の周期的変化に対して、半透明鏡30の反射率や透過率、分光器90の分光効率の偏光による差で発生する強度変化の位相を90度ずらせる。そして、スペクトル強度変化から、時間的に可変する偏光軸、あるいは偏光位相差の周期に加え、位相においても、抽出条件に入れることにより、よりS/Nの良いラマンスペクトルが得られる。
【0191】
以上、好ましい実施形態について詳説したが、上述した実施形態に制限されることはなく、特許請求の範囲に記載された範囲を逸脱することなく、上述した実施形態に種々の変形及び置換を加えられる。
【0192】
例えば、ラマン散乱光の波長は、レーザ光の波長より長い波長側だけでなく、レーザ光の波長より短い波長側へも発生する。上記の各実施形態及び変形例ではレーザ光の波長より長い波長側のラマンスペクトルを使用したが、レーザ光の波長より短い波長側のラマンスペクトルを使用してもよい。
【0193】
また、図1に示す物理量評価装置1は、強化ガラス200を固定部材180の上に乗せる例であるが、強化ガラス200と物理量評価装置1の上下は、この限りではない。例えば、1m以上もある、大きなガラスの場合は、図1の物理量評価装置1を上下さかさまにし、強化ガラスの上に乗せる状態でも、同様の測定が可能である。
【0194】
以上の実施形態に加えて、さらに以下の付記を開示する。
(付記1)
透明な測定媒体の物理量を評価する物理量評価装置であって、
レーザ光源と、
前記レーザ光源からの光の光路を前記測定媒体の方向に変換する半透明鏡と、
前記半透明鏡からの光を前記測定媒体の表面あるいは内部に集光する対物レンズと、
前記対物レンズの焦点の像を結像する結像レンズと、
前記対物レンズの焦点の像の少なくとも一部の光を通過させるピンホールと、
前記ピンホールを通過した光を分光する分光器と、
前記分光器が分光したスペクトルの強度を検出して電気信号に変換する撮像素子と、
前記電気信号を処理する演算部と、
を有し、
前記対物レンズ、前記結像レンズ、及び前記ピンホールは、前記測定媒体中の一部分からのラマン散乱光のスペクトルであるラマンスペクトルを測定する共焦点ラマン分光顕微鏡を構成し、
前記撮像素子は、前記光の表面反射スペクトルの強度と、前記ラマンスペクトルの強度と、を同時に測定する、物理量評価装置。
(付記2)
前記半透明鏡と前記撮像素子との間に、前記撮像素子に入射するレーザ光の波長の光を減衰させ前記ラマンスペクトルの波長の光を透過する波長選択部材を有する、付記1に記載の物理量評価装置。
(付記3)
前記波長選択部材は、前記レーザ光の波長での減衰率が1/1000以上1/100000以下である、付記2に記載の物理量評価装置。
(付記4)
前記ラマンスペクトルのピーク強度は、前記表面反射スペクトルのピーク強度の1/10倍以上10倍以下である、付記1乃至3のいずれか一に記載の物理量評価装置。
(付記5)
前記撮像素子は、CMOSイメージセンサである、付記1乃至4のいずれか一に記載の物理量評価装置。
(付記6)
前記演算部は、前記表面反射スペクトルの強度と前記ラマンスペクトルの強度に基づいて、前記測定媒体の表面点を検出する機能を備える、付記1乃至5のいずれか一に記載の物理量評価装置。
(付記7)
前記演算部は、前記撮像素子が複数回に分けて露光して得たデータを加算する、付記1乃至6のいずれか一に記載の物理量評価装置。
(付記8)
前記演算部は、前記撮像素子が異なる露光時間で複数回露光した場合は、それぞれの露光において、前記表面反射スペクトルの作成と前記ラマンスペクトルの作成において、異なる重みをつけて加算する、付記7に記載の物理量評価装置。
(付記9)
前記ラマンスペクトルの波数は、同時に測定される前記表面反射スペクトルの波長との差から算出される、付記1乃至8のいずれか一に記載の物理量評価装置。
(付記10)
前記測定媒体はガラスである、付記1乃至9のいずれか一に記載の物理量評価装置。
(付記11)
前記測定媒体を固定する固定部材を有し、
前記固定部材は、前記対物レンズとの距離を可変可能に構成されている、付記10に記載の物理量評価装置。
(付記12)
前記演算部は、前記対物レンズの焦点が前記測定媒体の任意の1つの深さにあるときに撮像されたデータ、あるいは、前記対物レンズの焦点が前記測定媒体の深さ方向の異なる位置にあるときに撮像された複数のデータに基づいて、前記表面反射スペクトルの強度、及び/又は前記ラマンスペクトルの強度を測定する、付記11に記載の物理量評価装置。
(付記13)
前記演算部は、前記測定媒体の深さ方向の前記ラマンスペクトルの強度を用いて、前記測定媒体のある深さ、あるいは深さ方向の応力を算出する、付記12に記載の物理量評価装置。
(付記14)
前記演算部は、下記の式(1)に基づいて、前記測定媒体の深さ方向の応力を算出する、付記13に記載の物理量評価装置。
【0195】
【数1】
ここで、Pk,nはイオンが交換されて発生する全体の応力値を算出する係数、Ps,mは緩和量を示す係数である。n,mはそれぞれ整数である。また、Pは全体の応力バランスをとるために発生するガラス中心の引張応力、zはガラス表面からの深さである。
(付記15)
前記式(1)のパラメータは、既知の応力を有する測定媒体を事前に測定して決定される、付記14に記載の物理量評価装置。
(付記16)
前記既知の応力を有する測定媒体は、強化ガラスである、付記15に記載の物理量評価装置。
(付記17)
前記既知の応力を有する測定媒体は複数である、付記16に記載の物理量評価装置。
(付記18)
前記既知の応力を有する測定媒体は、全板厚において応力値の絶対値が10MPa以下である未強化ガラスを含む、付記17に記載の物理量評価装置。
(付記19)
前記既知の応力を有する複数の測定媒体は、表層において応力値の絶対値が100MPa以上である強化ガラスをさらに含む、付記18に記載の物理量評価装置。
(付記20)
前記既知の応力を有する複数の測定媒体は、表層において応力値の絶対値が100MPa以上である強化ガラスを複数含み、それぞれの最大圧縮応力の差が100MPa以上である、付記19に記載の物理量評価装置。
(付記21)
前記既知の応力を有する測定媒体は、結晶化度が既知の結晶化ガラスを含む、付記15乃至20のいずれか一に記載の物理量評価装置。
(付記22)
前記演算部は、前記測定媒体の深さ方向の前記ラマンスペクトルの強度を用いて、前記測定媒体のある深さ、あるいは深さ方向の結晶化度を算出する、付記21に記載の物理量評価装置。
(付記23)
前記演算部は、異なる結晶化度を有する結晶化ガラスを複数用い、ラマンスペクトルのピークの形状と結晶化度を相関づけて、前記結晶化度を算出する、付記22に記載の物理量評価装置。
(付記24)
前記演算部は、応力値の絶対値が10Mpa以下の未強化ガラスのラマンスペクトルにより、各深さでのラマンスペクトル形状の補正をする、付記11乃至23のいずれか一に記載の物理量評価装置。
(付記25)
前記レーザ光源と前記半透明鏡との間の光軸上に、さらにレーザ光の偏光状態を時間的に変動させる偏光状態変動部材を有する、付記1乃至24のいずれか一に記載の物理量評価装置。
(付記26)
前記偏光状態変動部材は、回転偏光素子である、付記25に記載の物理量評価装置。
(付記27)
前記偏光状態変動部材は、可変リターダーである、付記25に記載の物理量評価装置。
(付記28)
前記可変リターダーは液晶リターダーである、付記27に記載の物理量評価装置。
(付記29)
透明な測定媒体の物理量を評価する物理量評価装置であって、
前記測定媒体の表面に接触する第1面、及び前記第1面と対向する第2面を有する固定部材と、
レーザ光源と、
前記レーザ光源からの光の光路を前記測定媒体の方向に変換する半透明鏡と、
前記第2面側に位置し、前記半透明鏡からの光を集光し、前記第2面よりも前記第1面側に焦点を結ぶ対物レンズと、
前記対物レンズに対して前記固定部材とは反対側に位置し、前記焦点の像を結像する結像レンズと、
前記結像レンズに対して前記固定部材とは反対側に位置し、前記焦点の像の少なくとも一部の光を通過させるピンホールと、
前記ピンホールに対して前記固定部材とは反対側に位置し、前記ピンホールを通過した光を分光する分光器と、
前記分光器が分光したスペクトルの強度を検出して電気信号に変換する撮像素子と、
を有し、
前記対物レンズ、前記結像レンズ、及び前記ピンホールは、前記測定媒体中の一部分からのラマン散乱光のスペクトルであるラマンスペクトルを測定する共焦点ラマン分光顕微鏡を構成する、物理量評価装置。
(付記30)
前記撮像素子は、前記光の表面反射スペクトルの強度と、前記ラマンスペクトルの強度と、を同時に測定する、付記29に記載の物理量評価装置。
(付記31)
前記測定媒体はガラスである、付記29又は30に記載の物理量評価装置。
(付記32)
透明な測定媒体の物理量を評価する物理量評価方法であって、
レーザ光源からの光を半透明鏡及び対物レンズを介して透明な測定媒体の表面あるいは内部に集光する集光工程と、
前記対物レンズの焦点の像を結像レンズで結像し、前記対物レンズの焦点の像の少なくとも一部の光をピンホールに通過させ、前記ピンホールを通過した光を分光する分光工程と、
前記分光工程で分光したスペクトルの強度を検出して電気信号に変換する撮像工程と、
前記電気信号を処理する演算工程と、
を有し、
前記対物レンズ、前記結像レンズ、及び前記ピンホールは、前記測定媒体中の一部分からのラマン散乱光のスペクトルであるラマンスペクトルを測定する共焦点ラマン分光顕微鏡を構成し、
前記撮像工程では、前記光の表面反射スペクトルの強度と、前記ラマンスペクトルの強度と、を同時に測定する、物理量評価方法。
(付記33)
前記測定媒体はガラスである、付記32に記載の物理量評価方法。
【符号の説明】
【0196】
1,2,2A 物理量評価装置
10 レーザ光源
20 光学部材
30 半透明鏡
40 対物レンズ
50 結像レンズ
60 波長選択部材
70 通過領域制限部材
70x ピンホール
80 光変換部材
90 分光器
91 通過領域制限部材
91x スリット
92 光学部材
93 回折格子
94 光学部材
100 撮像素子
110 演算部
111 スペクトルデータ作成手段
112 スペクトル強度測定手段
113 物理量算出手段
114 固定部材移動手段
120,150 偏光状態変動部材
130,140 偏光部材
180 固定部材
181 第1面
182 第2面
183 開口部
200 強化ガラス
201 強化ガラスの表面
301 デジタルデータ記憶回路
302 クロック信号発生回路
303 DAコンバータ
304 電圧増幅回路
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19