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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024168013
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】転舵制御装置及び転舵システム
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20241128BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20241128BHJP
   B62D 9/00 20060101ALI20241128BHJP
   B62D 101/00 20060101ALN20241128BHJP
   B62D 111/00 20060101ALN20241128BHJP
   B62D 113/00 20060101ALN20241128BHJP
【FI】
B62D6/00 ZYW
B62D5/04
B62D9/00
B62D101:00
B62D111:00
B62D113:00
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023084389
(22)【出願日】2023-05-23
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(71)【出願人】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003214
【氏名又は名称】弁理士法人服部国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森田 良文
(72)【発明者】
【氏名】小津 佑真
(72)【発明者】
【氏名】高橋 友哉
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 孝文
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 雄大
【テーマコード(参考)】
3D232
3D333
【Fターム(参考)】
3D232CC05
3D232DA03
3D232DA04
3D232DA23
3D232DA29
3D232DA32
3D232DA87
3D232DC33
3D232DC34
3D232DD02
3D232DD13
3D232EA04
3D232EB04
3D232EB16
3D232EB17
3D232GG01
3D333CB02
3D333CB29
3D333CB42
3D333CE46
(57)【要約】
【課題】独立転舵車両において路面から車輪に入力された外乱による車両動作への影響を抑制する転舵制御装置を提供する。
【解決手段】目標車両動作演算部66は、車速とハンドル角とに基づき目標車両動作(目標ヨー角ψ_com)を演算する。目標転舵角算出部67は、目標車両動作から各車輪の目標転舵角δi_comを算出する。外乱入力判定部68は、目標車両動作と、車両動作検知部55から取得した実車両動作(実ヨー角ψ_act)とが乖離したとき、一つ以上の車輪に外乱が入力されたと判定する。外乱入力輪判定部68は、外乱が入力されたと判定された場合、各車輪の目標転舵角δi_comと実転舵角δi_actとの転舵角ずれ量Δδiに基づき、外乱入力輪を判定する。最終目標転舵角算出部69は、外乱による車両動作への影響を抑制するように一輪以上の制御輪を選定し、制御輪について補正後の最終目標転舵角δ´i_comを算出する。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両前後方向における二列以上の左右対の車輪(91-94)が互いに機械的に拘束されず、独立して転舵可能な車両(100)において各車輪の転舵を制御する転舵制御装置であって、
車速とハンドル角とに基づき目標車両動作を演算する目標車両動作演算部(65)と、
目標車両動作から各車輪の目標転舵角を算出する目標転舵角算出部(66)と、
目標車両動作と、実際の車両動作を検知する車両動作検知部(55)から取得した実車両動作とが乖離したとき、一つ以上の車輪に外乱が入力されたと判定する外乱入力判定部(67)と、
外乱が入力されたと判定された場合、各車輪の目標転舵角と実転舵角との転舵角ずれ量に基づき、外乱が入力された車輪である外乱入力輪を判定する外乱入力輪判定部(68)と、
外乱による車両動作への影響を抑制するように目標転舵角が補正される一輪以上の制御輪を選定し、前記制御輪について補正後の最終目標転舵角を算出する最終目標転舵角算出部(69)と、
を備える転舵制御装置。
【請求項2】
前記最終目標転舵角算出部は、車両の消費エネルギー、直進安定性、乗り心地のうちいずれか一つ以上を評価指標として前記制御輪を選定する請求項1に記載の転舵制御装置。
【請求項3】
前記外乱入力判定部は、目標車両動作を表す目標ヨー角と実車両動作を表す実ヨー角との差分であるヨー角偏差の絶対値が閾値以上であるとき、外乱が入力されたと判定する請求項1に記載の転舵制御装置。
【請求項4】
前記最終目標転舵角算出部は、前記ヨー角偏差を打ち消すように決定された制御量に基づき前記最終目標転舵角を算出する請求項3に記載の転舵制御装置。
【請求項5】
前記最終目標転舵角算出部は、前記外乱入力輪を含まず、且つ、前記外乱入力輪と同列の左右反対側の車輪を含む一輪以上を制御輪として選定する請求項1~4のいずれか一項に記載の転舵制御装置。
【請求項6】
車両前後方向に二列の左右対の車輪を有する四輪車両において前記外乱入力輪がいずれか一輪であると判定された場合、
前記最終目標転舵角算出部は、前記外乱入力輪と同列の左右反対側の車輪を含む三輪以上を前記制御輪として選定する請求項1~4のいずれか一項に記載の転舵制御装置。
【請求項7】
車両前後方向に二列の左右対の車輪を有する四輪車両において前記外乱入力輪がいずれか一輪であると判定された場合、
前記最終目標転舵角算出部は、前記外乱入力輪と前後反対側の列の一輪又は二輪を前記制御輪として選定する請求項1~4のいずれか一項に記載の転舵制御装置。
【請求項8】
前記最終目標転舵角算出部は、前記外乱入力輪の数にかかわらず、全ての車輪を前記制御輪として選定する請求項1~4のいずれか一項に記載の転舵制御装置。
【請求項9】
各車輪に対応して設けられ、対応する車輪の前記最終目標転舵角を算出する請求項1~4のいずれか一項に記載の転舵制御装置(601-604)と、
各車輪に対応して設けられ、前記転舵制御装置が指令した前記最終目標転舵角に従って対応する車輪を転舵させる転舵アクチュエータ(71-74)と、
を含む転舵システム。
【請求項10】
車両における上位制御装置として設けられ、全ての車輪の前記最終目標転舵角を算出する請求項1~4のいずれか一項に記載の転舵制御装置(600)と、
各車輪に対応して設けられ、前記転舵制御装置が指令した前記最終目標転舵角に従って対応する車輪を転舵させる転舵アクチュエータ(71-74)と、
を含む転舵システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転舵制御装置及び転舵システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、路面からの外乱入力に応じて各車輪の転舵を制御する制御装置が知られている。
【0003】
例えば特許文献1に開示された車両の左右トルク配分制御装置は、走行時に路面外乱入力を検出すると、路面外乱入力による車両の挙動変化に対し車両進行方向を修正する方向にヨーモーメントが発生するトルク配分差を左右輪に与える制御を実行する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007-55358号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の一般的な車両は、前列及び後列の各左右輪が連結バーで連結された左右輪連結車両(非独立転舵車両)である。左右輪連結車両において、例えば直進走行中、路面の轍や横風等により一輪に転舵方向のモーメント(以下、「外乱モーメント」という)が生じた状況を想定する。この場合、連結バーを介して左右対の反対輪に力が伝わる外乱モーメントに対し、タイヤの捩じれ(セルフアライニングトルク)による反発力が生じる。外乱モーメントを完全にゼロにすることはできないものの、タイヤの捩じれによる反発力は外乱モーメントを低減するよう作用する。
【0006】
これに対し、各車輪が互いに機械的に拘束されない独立転舵車両では、左右対の車輪が連結されていないため外乱モーメントを低減する力が作用しない。外乱入力によって特定の車輪がランダムな方向に転舵されると、車両には意図しないヨー挙動が発生するおそれがある。従来、独立転舵車両において外乱による車両動作への影響を抑制する技術は知られていない。
【0007】
本発明は上述の点に鑑みて創作されたものであり、その目的は、独立転舵車両において路面から車輪に入力された外乱による車両動作への影響を抑制する転舵制御装置、及び、その転舵制御装置を含む転舵システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の転舵制御装置は、車両前後方向における二列以上の左右対の車輪(91-94)が互いに機械的に拘束されず、独立して転舵可能な車両(100)において各車輪の転舵を制御する。この転舵制御装置は、目標車両動作演算部(65)と、目標転舵角算出部(66)と、外乱入力判定部(67)と、外乱入力輪判定部(68)と、最終目標転舵角算出部(69)と、を備える。
【0009】
目標車両動作演算部は、車速とハンドル角とに基づき目標車両動作を演算する。目標転舵角算出部は、目標車両動作から各車輪の目標転舵角を算出する。外乱入力判定部は、目標車両動作と、実際の車両動作を検知する車両動作検知部(55)から取得した実車両動作とが乖離したとき、一つ以上の車輪に外乱が入力されたと判定する。
【0010】
外乱入力輪判定部は、外乱が入力されたと判定された場合、各車輪の目標転舵角と実転舵角との転舵角ずれ量に基づき、外乱が入力された車輪である外乱入力輪を判定する。最終目標転舵角算出部は、外乱による車両動作への影響を抑制するように目標転舵角が補正される一輪以上の制御輪を選定し、制御輪について補正後の最終目標転舵角を算出する。
【0011】
これにより本発明の転舵制御装置は、独立転舵車両において路面から車輪に入力された外乱による車両動作への影響を抑制することができる。
【0012】
また本発明は、上記の転舵制御装置と、各車輪に対応して設けられ、最終目標転舵角に従って対応する車輪を転舵させる転舵アクチュエータ(71-74)と、を含む転舵システムとして提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】第1実施形態の転舵システムの構成図。
図2】左右輪連結車両(非独立転舵車両)における外乱モーメント発生時の車両挙動を説明する(a)後方からの断面視、(b)平面視による模式図。
図3】独立転舵車両における外乱モーメント発生時に実行されるヨー抑制制御を説明する(a)後方からの断面視、(b)平面視による模式図。
図4】本実施形態による転舵制御装置のブロック図。
図5】ヨー角偏差(=目標ヨー角-実ヨー角)が(a)正、(b)負のときの制御量を示す図。
図6】外乱モーメント発生時におけるヨー抑制制御のフローチャート。
図7】制御輪選定フローの一例を示すサブフローチャート。
図8】制御輪パターンNo.1、2の横加速度の揺り返しを示す図。
図9】制御輪パターンNo.3、4の横加速度の揺り返しを示す図。
図10】制御輪パターンNo.5、6の横加速度の揺り返しを示す図。
図11】制御輪パターンNo.7、8の横加速度の揺り返しを示す図。
図12】制御輪パターンNo.9、13の横加速度の揺り返しを示す図。
図13】制御輪パターンNo.10、11、12の横加速度の揺り返しを示す図。
図14】第2実施形態の転舵システムの構成図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明による転舵制御装置及び転舵システムの実施形態を、図面に基づいて説明する。転舵制御装置は、転舵アクチュエータに対して目標転舵角を指令する演算装置であり、実施形態では「転舵ECU」として記される。転舵システムは、転舵制御装置と、ハードウェアである転舵アクチュエータとを含むシステムである。以下の第1実施形態及び第2実施形態では、転舵制御装置の基本的な機能は同じであり、車両に搭載されるシステム構成としての形態が異なる。第1、第2実施形態を包括して「本実施形態」という。
【0015】
本実施形態の転舵制御装置は、車両前後方向における二列以上の左右対の車輪が互いに機械的に拘束されず、独立して転舵可能な車両において各車輪の転舵を制御する。車両前後方向に二列の左右対の車輪を有する四輪の独立転舵車両を典型的な例として説明する。
【0016】
(第1実施形態)
図1を参照し、第1実施形態の転舵システム801について説明する。図1に示す独立転舵車両100では、四つの車輪91-94は互いに機械的に拘束されておらず、独立して転舵可能である。左前輪91に「FL」、右前輪92に「FR」、左後輪93に「RL」、右後輪94に「RR」と記す。
【0017】
各車輪91-94に対応して、転舵ECU601-604と転舵アクチュエータ(図中「転舵Act」)71-74とが一体に構成された転舵モジュール81-84が設けられている。転舵アクチュエータ71-74は、典型的にはモータで構成される。各要素の符号の末尾の数字「1」-「4」は、対応する車輪91-94を表す。例えば、転舵ECU601と転舵アクチュエータ71とが一体に構成された転舵モジュール81は、左前輪91に対応する。
【0018】
第1実施形態の転舵システム801は、各車輪91-94に対応して設けられた転舵制御装置601-604と、各車輪91-94に対応して設けられた転舵アクチュエータ71-74とを含む。また車両100は、車速を検出する車速センサ57、ハンドル58、車両動作検知部55等を備える。運転者の手動運転によるハンドル58の操作、又は、それに相当する自動運転装置の信号により指令される操舵角を「ハンドル角」という。
【0019】
車両動作検知部55は実際の車両動作(以下「実車両動作」)を表す車両の実ヨー角ψ_actを検知する要素であり、Gセンサ(加速度センサ)やGPSなどが含まれる。Gセンサは、車体に作用する横加速度に基づいて実ヨー角ψ_actを検知する。GPSは、例えば最小分解能10cm程度の車両の横移動に基づいて実ヨー角ψ_actを検知する。ヨー角は、直進方向を0とし、車両の旋回方向に応じて正負の値で定義される。
【0020】
車速、ハンドル角、及び、車両動作検知部55が検知した実ヨー角ψ_actは、各転舵ECU601-604に入力される。転舵ECU601-604は、車速とハンドル角とに基づいて、基本となる目標転舵角を算出する。さらに転舵ECU601-604は、実ヨー角ψ_actの状況により、目標転舵角を補正して最終目標転舵角を算出する場合があり、その詳細については後述する。このように転舵ECU601-604は、対応する車輪91-94の最終目標転舵角δ´1_com-δ´4_comを算出し、転舵アクチュエータ71-74に指令する。
【0021】
転舵アクチュエータ71-74は、転舵ECU601-604が指令した最終目標転舵角δ´1_com-δ´4_comに従って対応する車輪91-94を転舵させる。各車輪91-94の実転舵角は、例えば転舵アクチュエータの回転角検出値を換算して推定される。転舵角は、中立位置を0として、例えば左側が正、右側が負となるように定義される。
【0022】
ところで、車両が走行中にいずれかの車輪が路面の段差(轍)や障害物等に衝突したり、横風を受けたりすると、車輪に対し転舵方向の外乱モーメントが作用する場合がある。外乱は瞬時入力であることを前提とし、外乱が継続的に入力されることは想定しない。図2及び図3を参照し、左右輪連結車両及び四輪独立転舵車両における外乱モーメント発生時の車両挙動について説明する。この例では、左前輪91(FL)を左旋回方向(反時計回り方向)に転舵させる外乱モーメントが発生した場合を想定する。実線矢印は外乱モーメントによって生じる挙動を示し、破線矢印は外乱モーメントを低減する挙動を示す。
【0023】
図2(a)、(b)に示すように、左右輪連結車両(非独立転舵車両)109では、前列左右輪91、92及び後列左右輪93、94がそれぞれ連結バー95、96で連結されている。前列連結バー95は、前列左右輪91、92の後部の動きに連動する。例えば直進走行中に外乱モーメントにより左前輪91の後部が右方向に振れると、連結バー95を介して反対輪の右前輪92(FR)に同方向の力が伝わる。すると、右前輪92に伝わる力に対し、タイヤの捩じれ(セルフアライニングトルク)による反発力が生じる。タイヤの捩じれによる反発力は、外乱モーメントを低減するよう作用する。
【0024】
ただし外乱モーメントを完全にゼロにすることはできず、左前輪91及び右前輪92は多少なりとも左旋回方向に転舵する。その結果、車両109には意図しない左旋回方向のヨー挙動が発生する。
【0025】
これに対し、図3(a)、(b)に示す独立転舵車両100では、左前輪91と右前輪92とが連結されていないため外乱モーメントを低減する力が作用しない。外乱入力によって例えば左前輪91が左旋回方向に転舵されると、車両100には意図しない左旋回方向のヨー挙動が発生するおそれがある。その点では、タイヤの捩じれによる反発力によって不完全にでも外乱モーメントを低減可能な左右輪連結車両109に比べて不利である。
【0026】
しかし、独立転舵車両100には各車輪91-9を個別に転舵できるメリットがある。本実施形態ではこの特性に着目し、図3に破線矢印で示すように、外乱モーメントの発生時に逆方向にヨーを発生させるように各車輪91-94を転舵することで外乱モーメントの低減を図る。本実施形態によるこの制御を「ヨー抑制制御」という。
【0027】
例えば直進走行中に外乱モーメントが発生した場合、ヨー抑制制御により車両100を早期に直進走行に復帰させることを目標とする。したがって、独立転舵車両100における外乱による車両動作への影響を、左右輪連結車両109に比べてより抑制できることが期待される。また、本実施形態では、車両の消費エネルギー、直進安定性、乗り心地のうちいずれか一つ以上を評価指標とし、優先する評価指標に応じて、転舵角を制御する車輪91-94を選択できるようにすることを狙う。
【0028】
続いて図4及び図5を参照し、上記の目的を達成するための転舵ECU601-604の具体的な構成について説明する。図4のブロック図はいずれか一つの転舵ECUの構成を示す。車速、ハンドル角、実車両動作(実ヨー角ψ_act)の情報は、各転舵ECU601-604に共通に入力される。各転舵ECU601-604は演算した値を互いに通信し、協調してヨー抑制制御を実施する。
【0029】
図中、各車輪91-94の目標転舵角、実転舵角、転舵角ずれ量について包括的な記号「δi(i=1,2,3,4)」を用いる。iに入る数字1,2,3,4は、それぞれ左前輪91(FL)、右前輪92(FR)、左後輪93(RL)、右後輪94(RR)に対応する。明細書中にも同様に記す。
【0030】
以下、車輪91-94のうち外乱が入力され、外乱モーメントが発生した車輪を「外乱入力輪」という。図3の例では左前輪91(FL)が外乱入力輪である。また、外乱による車両動作への影響を抑制するように目標転舵角が補正される車輪を「制御輪」という。制御輪は、優先される評価指標に応じて選定される。
【0031】
転舵ECU601-604は、目標車両動作演算部65、目標転舵角算出部66、外乱入力判定部67、外乱入力輪判定部68及び最終目標転舵角算出部69を備える。目標車両動作演算部65は、車速とハンドル角とに基づき、目標車両動作を表す目標ヨー角ψ_comを演算する。目標転舵角算出部66は、目標車両動作(具体的には目標ヨー角ψ_com)から各車輪91-94の目標転舵角δi_comを算出する。
【0032】
外乱入力判定部67は、目標車両動作演算部65から目標ヨー角ψ_comが入力されるとともに、車両動作検知部55から実車両動作を表す実ヨー角ψ_actを取得する。外乱入力判定部67は、目標車両動作と実車両動作とが乖離したとき、一つ以上の車輪に外乱が入力されたと判定する。
【0033】
具体的に外乱入力判定部67は、目標ヨー角ψ_comと実ヨー角ψ_actとの差分であるヨー角偏差の絶対値|Δψ|が閾値X以上(図6参照)であるとき、外乱が入力されたと判定し、例えば外乱判定フラグを外乱入力輪判定部68に出力する。なお、外乱判定フラグに限らず他の手段により通知されてもよい。
【0034】
外乱入力輪判定部68は、目標転舵角算出部66が算出した目標転舵角δi_com、及び、転舵アクチュエータ71-74の角度センサ等からフィードバックされた実転舵角δi_actが入力され、目標転舵角δi_comから実転舵角δi_actを減じて転舵角ずれ量Δδiを算出する。外乱入力輪判定部68は、「転舵角ずれ量の絶対値|Δδi|が閾値Y以上(図6参照)である車輪」を外乱入力輪と判定する。
【0035】
最終目標転舵角算出部69は、外乱入力輪判定部68から外乱入力輪、及びその転舵角ずれ量Δδiの情報が入力される。最終目標転舵角算出部69は、外乱入力輪に応じて、一輪以上の制御輪を選定する。特に本実施形態では、最終目標転舵角算出部69は、車両の消費エネルギー、直進安定性、乗り心地のうちいずれか一つ以上を評価指標として制御輪を選定する。詳しくは、図7等を参照して後述する。
【0036】
また最終目標転舵角算出部69は、外乱入力判定部67から入力されたヨー角偏差Δψ(=目標ヨー角ψ_com-実ヨー角ψ_act)を打ち消すように制御量を決定する。図5(a)に「Δψ>0」、図5(b)に「Δψ<0」の場合のヨー角偏差Δψと制御量ψ_outとの関係を示す。制御輪が複数の場合、最終目標転舵角算出部69は、制御量ψ_outを各制御輪に分配する。
【0037】
最終目標転舵角算出部69は、決定した制御量ψ_outに基づき、制御輪について、目標転舵角算出部66から入力された目標転舵角δi_comを補正し、補正後の最終目標転舵角δ´i_comを算出する。制御輪以外の車輪については目標転舵角δi_comがそのまま最終目標転舵角δ´i_comとなる。外乱入力判定部67にて外乱入力が判定されない場合、全ての車輪について目標転舵角δi_comがそのまま最終目標転舵角δ´i_comとなる。
【0038】
最終目標転舵角δ´i_comは、対応する転舵アクチュエータ71-74に指令される(図1参照)。転舵アクチュエータ71-74は、最終目標転舵角算出部69から指令された最終目標転舵角δ´i_comに従って対応する車輪91-94を転舵させる。
【0039】
図6のフローチャートに、外乱モーメント発生時におけるヨー抑制制御の処理を示す。フローチャートの説明で記号「S」はステップを意味する。
【0040】
S1で目標車両動作演算部65は、車速とハンドル角とに基づき、目標車両動作を表す目標ヨー角ψ_comを演算する。S2で外乱入力判定部67は、車両動作検知部55から実車両動作を表す実ヨー角ψ_actを取得する。S3で外乱入力判定部67は、目標車両動作と実車両動作との乖離を表すヨー角偏差Δψを、下式により算出する。
【0041】
Δψ=ψ_com-ψ_act
【0042】
S4では、ヨー角偏差の絶対値|Δψ|が閾値X以上であるか判断される。S4でYESの場合、S5で外乱入力判定部67は、一つ以上の車輪に外乱が入力されたと判定し、外乱判定フラグを外乱入力輪判定部68に出力する。S4でNOの場合、S5~S8がスキップされてS9に移行する。
【0043】
S5に続き、S6で外乱入力輪判定部68は、各車輪91-94のうち下式が成立する車輪を外乱入力輪として判定する。ここで、目標転舵角δi_comは目標転舵角算出部66から入力され、実転舵角δi_actは転舵アクチュエータ71-74の角度センサ等からフィードバックされる。目標転舵角δi_comと実転舵角δi_actとの転舵角ずれ量の絶対値|Δδi|が閾値Y以上である車輪が外乱入力輪と判定される。
【0044】
|δi_com-δi_act|=|Δδi|≧Y
【0045】
S7で最終目標転舵角算出部69は、一輪以上の制御輪を選定する。S7の詳細については図7を参照して後述する。S8で最終目標転舵角算出部69は、ヨー角偏差Δψに基づき制御量を決定し、制御輪が複数の場合、制御量を各制御輪に分配する。S9で最終目標転舵角算出部69は、制御輪について補正後の最終目標転舵角δ´i_comを算出する。制御輪以外の車輪については目標転舵角δi_comがそのまま最終目標転舵角δ´i_comとなる。S4でNOの場合、全ての車輪について目標転舵角δi_comがそのまま最終目標転舵角δ´i_comとなる。
【0046】
S10で転舵アクチュエータ71-74は、最終目標転舵角算出部69から指令された最終目標転舵角δ´i_comに従って対応する車輪を転舵させる。
【0047】
次に、図7のサブフローチャート、表1、及び、図8図13に示す横加速度のシミュレーション波形を参照し、制御輪選定フローの一例について説明する。ここでは各車輪91-94を「FL、FR、RL、RR」の記号で表示し、外乱入力輪がFLの一輪である場合を例として説明する。表1に、13パターンの制御輪(*印)の組み合わせを示す。各パターンの評価指標の値は、No.1(制御輪=FL)を基準(100%)としたときの比値で示される。各評価指標について効果の大きい制御輪パターンに「○」、効果の小さい制御輪パターンに「×」を付す。
【0048】
【表1】
【0049】
最終目標転舵角算出部69は、車両の消費エネルギー、直進安定性、乗り心地のうちいずれか一つ以上を評価指標として制御輪を選定する。外乱モーメントに対し目標の走行状態(例えば直進)に戻すに際し、制御輪の選定によって得られる効果が異なる。得られる効果は評価指標により表される。エネルギーを節約して直進状態に戻したい場合、消費エネルギーが評価指標となる。早期に直進状態に戻したい場合、直進安定性が評価指標となる。車体が揺さぶられないように直進状態に戻したい場合、乗り心地が評価指標となる。
【0050】
図7のS71~S74では、どの評価指標を優先するか選択される。S75~S78では、外乱入力輪がFLの場合に評価指標に応じた制御輪が選定される。消費エネルギーが小さいことを優先する場合、S71でYESと判断され、S75に移行する。横移動量が小さく直進安定性が良いことを優先する場合、S71でNO、S72でYESと判断され、S76に移行する。
【0051】
この例では評価指標は三通りに限られるため、S71、S72でNOと判断された場合、S73に移行し、乗り心地が良いことを優先するものとみなされる。S74では、乗り心地が良いことの具体的な評価として、「ヨーレートが小さい」ことと「横加速度の揺り返しが小さい」こととの両方が要求されるか判断される。S74でYESの場合、S77に移行する。一方、「横加速度の揺り返しが小さい」ことは要求されるがヨーレートは不問の場合、S74でNOと判断され、S78に移行する。
【0052】
S76~S78で選定される制御輪は、表1の評価指標データに基づいて決定される。消費エネルギーは、制御輪の制御量(転舵角)の積算値であり、小さいほど良い。表1に、No.1(制御輪=FL)の消費エネルギーを100%としたときの各パターンの消費エネルギーの比値を記す。
【0053】
直進安定性は、制御により変化した車両位置(重心)の左右方向の移動量である横移動量で評価され、横移動量が小さいほど直進安定性が良い。表1に、No.1(制御輪=FL)の横移動量を100%としたときの各パターンの横移動量の比値を記す。
【0054】
乗り心地は、ヨーレートのピーク、及び、横加速度の揺り返しで評価される。ヨーレートは小さいほど良い。表1に、No.1(制御輪=FL)のヨーレートを100%としたときの各パターンのヨーレートの比値を記す。横加速度の揺り返しも小さいほど良い。図8図13に各制御輪パターンの横加速度シミュレーション波形を示す。横加速度が正のピーク値から減少する時に負の値にアンダーシュートする場合、横加速度の揺り返しが有ると判断される。
【0055】
表1より、消費エネルギーについては、No.9(制御輪=FR)及びNo.13(制御輪=FR+RL+RR)のエネルギー低減効果が高い。
【0056】
直進安定性については、No.5(制御輪=FL+FR+RL)、No.6(制御輪=FL+FR+RR)、No.8(制御輪=四輪)及びNo.13(制御輪=FR+RL+RR)の横移動低減効果が高い。
【0057】
乗り心地について、No.10(制御輪=RL)及びNo.11(制御輪=RR)は、ヨーレート低減効果及び横加速度揺り返し低減効果の両方とも高い。No.12(制御輪=RL+RR)は横加速度揺り返し低減効果が高い。
【0058】
外乱入力輪がFL一輪である場合における以上の結果を踏まえて再び図7を参照する。四輪車両100における左右輪及び前後輪の対称性から、外乱入力輪FLについての判断結果を、他の車輪FR、RL、RRが外乱入力輪の場合にも拡張する。さらに、外乱入力輪が二輪以上の場合への一般化についても検討する。
【0059】
S75では、外乱入力輪FLに対する制御輪として[FR]又は[FR+RL+RR]が選定される。つまり、最終目標転舵角算出部69は、「外乱入力輪を含まず、且つ、外乱入力輪と同列の左右反対側の車輪を含む一輪以上」を制御輪として選定する。この考え方は、例えば外乱入力輪がFL及びRLの二輪の場合にも一般化可能である。
【0060】
S76では、外乱入力輪FLに対する制御輪として[FL+FR+RL]又は[FL+FR+RR]又は[四輪]又は[FR+RL+RR]が選定される。いずれのパターンにも[FR]が含まれる。つまり、四輪車両において外乱入力輪がいずれか一輪であると判定された場合、最終目標転舵角算出部69は、「外乱入力輪と同列の左右反対側の車輪を含む三輪以上」を制御輪として選定する。また、[四輪]は全ての車輪であることから、最終目標転舵角算出部69は、「外乱入力輪の数にかかわらず、全ての車輪を制御輪として選定する」というようにも一般化できる。
【0061】
さらに、S75とS76とに共通する[FR+RL+RR]、すなわち、「四輪車両における外乱入力輪以外の三輪」を制御輪に選定した場合、エネルギー低減効果と横移動低減効果とが両立して得られる。
【0062】
S77では、外乱入力輪FLに対する制御輪として[RL]又は[RR]、すなわち後輪の一輪が選定される。S78では、外乱入力輪FLに対する制御輪として[RL]又は[RR]又は[RL+RR]、すなわち後輪の一輪又は二輪が選定される。つまり、四輪車両において外乱入力輪がいずれか一輪であると判定された場合、最終目標転舵角算出部69は、「外乱入力輪と前後反対側の列の一輪又は二輪」を制御輪として選定する。
【0063】
以上のように本実施形態の転舵ECU601-604は、独立転舵車両100において路面から車輪に入力された外乱による車両動作への影響を抑制することができる。また、車両の消費エネルギー、直進安定性、乗り心地のうち優先する評価指標に応じて、目標転舵角δi_comを補正する制御輪を適切に選定することができる。
【0064】
また、第1実施形態の転舵システム801では、各車輪91-94に対応して設けられた転舵ECU601-604と転舵アクチュエータ71-74とがモジュール81-84をなすように構成されている。転舵ECU601-604が分散して設けられることで、全車輪91-94の転舵角制御機能が一度に失陥するリスクが回避される。
【0065】
(第2実施形態)
図14を参照し、第2実施形態の転舵システム802について説明する。図1に示す第1実施形態の転舵システム801と実質的に同一の構成には同一の符号を付して説明を省略する。第2実施形態の転舵システム802は、車両100における上位制御装置として設けられた転舵制御装置600と、各車輪91-94に対応して設けられた転舵アクチュエータ71-74とを含む。
【0066】
転舵ECU600には、車速、ハンドル角、及び、車両動作検知部55が検知した実ヨー角ψ_actが入力される。転舵ECU600は、これらの情報に基づいて全ての車輪91-94の最終目標転舵角δ´1_com-δ´4_comを算出し、各転舵アクチュエータ71-74に指令する。転舵アクチュエータ71-74は、転舵ECU600が指令した最終目標転舵角δ´1_com-δ´4_comに従って対応する車輪91-94を転舵させる。
【0067】
第2実施形態のシステム構成でも、車輪91-94への外乱入力に対し、第1実施形態と同様の作用効果が得られる。また、一つの転舵ECU600に情報が集約されるため、第1実施形態に比べて各車輪91-94間での通信量が少なくなり、通信遅れ等に対する配慮の多くが不要となる。
【0068】
(その他の実施形態)
(a)本発明の転舵制御装置は四輪独立転舵車両に限らず、車両前後方向に三列以上の左右対の車輪を有する六輪、八輪等の独立転舵車両に適用されてもよい。例えば六輪車両でエネルギー低減を優先する場合、外乱入力輪が中列左輪ならば、中列右輪を含む一輪以上が制御輪に選定されることが推定される。
【0069】
(b)外乱入力輪が二輪以上の場合とは、例えば左前輪91及び左後輪93が車両左方の障害物に同時に衝突した場合が想定される。転舵角ずれ量Δδiの算出周期の同一周期内に二輪の転舵角ずれ量の絶対値|Δδi|が共に閾値Yを超えたとき、「外乱入力輪が二輪」であると判定される。
【0070】
一方、転舵角ずれ量Δδiの算出周期の二周期以上に跨って、一輪ずつの転舵角ずれ量の絶対値|Δδi|が順に閾値Yを超えたとき、「外乱入力輪が一輪」の事象が連続して発生したと判定される。制御輪の選定によっては、先行判定された外乱入力輪に対する制御輪と、後続判定された外乱入力輪に対する制御輪とが一致しない可能性が生じる。この場合、例えば先行判定された外乱入力輪に対するヨー抑制制御が完了するまで、後続判定された外乱入力輪に対する制御の開始を延期してもよい。
【0071】
或いは、先行判定された外乱入力輪に対するヨー抑制制御の途中に別の車輪への外乱入力が連続して判定された場合、車両動作に対する影響を最小化する調停ロジックを設けて制御を修正するようにしてもよい。この調停ロジックは、同一の車輪に対して異なる方向の外乱が連続して入力された場合にも応用可能である。
【0072】
以上、本発明はこのような実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において、種々の形態で実施することができる。
【符号の説明】
【0073】
55・・・車両動作検知部、
601-604、600・・・転舵ECU(転舵制御装置)、
65・・・目標車両動作演算部、
66・・・目標転舵角算出部、
67・・・外乱入力判定部、
68・・・外乱入力輪判定部、
69・・・最終目標転舵角算出部、
71-74・・・転舵アクチュエータ、 801、802・・・転舵システム、
91-94・・・車輪、 100・・・(独立転舵)車両。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
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図10
図11
図12
図13
図14