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特開2024-169357前立腺癌における抗がん剤の薬剤耐性を抑制するための組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024169357
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】前立腺癌における抗がん剤の薬剤耐性を抑制するための組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 45/00 20060101AFI20241128BHJP
   A61K 31/7105 20060101ALI20241128BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20241128BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20241128BHJP
   A61K 31/337 20060101ALI20241128BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20241128BHJP
   A61P 35/04 20060101ALI20241128BHJP
   A61P 13/08 20060101ALI20241128BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20241128BHJP
【FI】
A61K45/00
A61K31/7105
A61K48/00
A61K39/395 N
A61K31/337
A61P35/00
A61P35/04
A61P13/08
A61P43/00 111
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024082365
(22)【出願日】2024-05-21
(31)【優先権主張番号】P 2023086066
(32)【優先日】2023-05-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度,国立研究開発法人日本医療研究開発機構,橋渡し研究プログラム「去勢抵抗性前立腺癌患者における血清マーカーの探索」委託研究開発,産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願。
(71)【出願人】
【識別番号】504145308
【氏名又は名称】国立大学法人 琉球大学
(74)【代理人】
【識別番号】100152180
【弁理士】
【氏名又は名称】大久保 秀人
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 誠一
(72)【発明者】
【氏名】須田 哲司
(72)【発明者】
【氏名】仲西 昌太郎
【テーマコード(参考)】
4C084
4C085
4C086
【Fターム(参考)】
4C084AA13
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZA81
4C084ZB26
4C084ZC02
4C085AA14
4C085BB11
4C085BB31
4C085EE01
4C086AA01
4C086AA02
4C086BA02
4C086EA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA81
4C086ZB26
4C086ZC02
(57)【要約】
【課題】mCRPCの薬剤耐性のメカニズムを明らかとするとともに,薬剤耐性を克服するための技術の提供。
【解決手段】本発明の組成物は,ST3GAL2の発現抑制または機能阻害を行う化合物を有効成分とし,前立腺癌における抗がん剤の薬剤耐性を抑制することを目的とする組成物である。すなわち,本発明の組成物における有効成分は,ST3GAL2のタンパク質発現そのものを抑制する,もしくはST3GAL2の酵素機能を阻害することで,前立腺癌における抗がん剤耐性を抑制する作用を発揮するものである。
【選択図】図8


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ST3GAL2の,発現を抑制する,または,機能を阻害する化合物からなる,
前立腺癌における抗がん剤の薬剤耐性を抑制する組成物。
【請求項2】
前記の化合物が,
ST3GAL2に対するRNAi型薬剤(siRNA,miRNA,shRNA)である,
ことを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記の化合物が,
抗体,抗体フラグメント,低分子化合物のいずれかである,
ことを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
前記の前立腺癌が,
転移性去勢抵抗性前立腺癌,転移性去勢感受性前立腺癌のいずれかである,
ことを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
前記の抗がん剤が,
ドセタキセル,カバジタキセルのいずれかである,
ことを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
前記の抗がん剤が,
ドセタキセル,カバジタキセルのいずれかである場合において,
前記の化合物に,
ドセタキセル,カバジタキセルのいずれかを配合した
ことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の組成物。



【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,前立腺癌における抗がん剤の薬剤耐性を抑制するための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
癌の中において前立腺癌は,米国人男性では毎年第1位の罹患数であり,2022年の前立腺癌罹患数は,268,490人と予想されている。また,日本人男性においても前立腺癌は,近年,1位か2位の罹患数であり,2019年は94,784人で第1位となっている。加えて,前立腺癌の死亡者数は,米国人男性では肺癌に次いで第2位,日本人男性では第5位である。
これらより,罹患者数や死亡者数の観点から,前立腺癌に対する取り組みは,非常に重要である。
【0003】
ところで,前立腺癌を含む癌全般において,薬剤耐性の解決は,喫緊のアンメットメディカルニーズといえる。
このような薬剤耐性を示す前立腺癌として,転移性去勢抵抗性前立腺癌(metastatic castration-resistant prostate cancer [mCRPC])が知られている。
【0004】
転移性前立腺癌において,初診時ではアンドロゲン受容体(androgen receptor [AR])陽性の癌細胞が大部分を占める。そのため,転移性前立腺癌は,ARシグナルに作用するホルモン療法(アンドロゲン除去療法やAR標的薬)に対して感受性を有し,転移性去勢(ホルモン)感受性前立腺癌(metastatic castration / hormone-sensitive prostate cancer [mCSPC or mHSPC])と呼ばれる。
mCSPCに対する治療は,基本的な治療法であるアンドロゲン除去療法に加え,現在ではAR標的薬や抗がん剤のドセタキセルが保険適応となった。AR標的薬や抗がん剤のドセタキセル併用前のmCSPCに対する最近までのアンドロゲン除去療法を中心とした治療では,2年以内にはホルモン療法が奏功しなくなり,大部分は転移性去勢抵抗性前立腺癌(metastatic castration-resistant prostate cancer [mCRPC])に移行する。
【0005】
mCRPCに移行するとAR陽性癌細胞の他,ホルモン療法の無効なAR陰性癌細胞も増殖する。ARの消失はmCRPCの20%までに観察され,PSAレベルが低い状態で進行する形をとる(low PSA progression)。また,前立腺癌進行のモニタリングには,前立腺特異抗原(prostate-specific antigen [PSA])が使用されるが,PSAの産生は転写因子のARが関与しているため,PSAはAR陰性癌細胞の増殖を検出できない。そのためmCRPCでは,AR陽性癌細胞を検出するPSA測定に加えて,定期的な画像検査を行う必要がある。また,AR陰性癌細胞はAR陽性癌細胞より悪性度が高いため,AR陰性癌細胞の増殖状況を把握し,適切にmCRPCの治療薬選択を行うことは重要である。
mCRPC治療の最終段階ではAR標的薬も無効となり,抗がん剤が使用される。抗がん剤も初めのうちは奏功するが,徐々に獲得耐性が生じていき次第に無効となり,長期間の生存は期待できない。
【0006】
ところで,近年,胚性幹細胞マーカーであるstage-specific embryonic antigen-4(SSEA-4)が,ホルモン療法の無効なAR陰性癌細胞で高発現することが明らかとなってきた。また,SSEA-4は,乳癌の化学療法耐性に関与しているとの報告もなされている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Aloia A, et al. The sialyl-glycolipid stage-specific embryonic antigen-4 marks a subpopulation of chemotherapy-resistant breast cancer cells with mesenchymal features. Breast Cancer Res 2015; 17: 146. DOI: 10.1186/s13058-015-0652-6.
【非特許文献2】Zhang W, et al. mTORC1 maintains the tumorigenicity of SSEA-4+ high-grade osteosarcoma. Sci Rep 2015; 5: 9604. DOI: 10.1038/srep09604
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
mCRPCにおいて薬剤耐性を獲得するメカニズムは,未だ十分に解明されていないのが現状である。
このような事情から発明者らは,mCRPCの薬剤耐性を獲得するメカニズムを明らかにすべく,SSEA-4ならびにSSEA-4合成に関与するシアル酸転移酵素ST3GAL2(図1)に着目して研究を開始したものである。
【0009】
上記事情を背景として,本発明では,mCRPCの薬剤耐性のメカニズムを明らかとするとともに,薬剤耐性を克服するための技術の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは,鋭意研究の結果,AR陰性の前立腺癌細胞株でSSEA-4合成に関与するシアル酸転移酵素ST3GAL2の遺伝子をノックアウトしたところ,KOクローンで2種類の抗がん剤への耐性が低下することを見出し,発明を完成させたものである。
【0011】
本発明は,以下の構成からなる。
[1]ST3GAL2の,発現を抑制する,または,機能を阻害する化合物からなる,前立腺癌における抗がん剤の薬剤耐性を抑制する組成物。
[2]前記の化合物が,ST3GAL2に対するRNAi型薬剤(siRNA,miRNA,shRNA)である,ことを特徴とする[1]に記載の組成物。
[3]前記の化合物が,抗体,抗体フラグメント,低分子化合物のいずれかである,ことを特徴とする[1]に記載の組成物。
[4]前記の前立腺癌が,転移性去勢抵抗性前立腺癌,転移性去勢感受性前立腺癌のいずれかである,ことを特徴とする[1]に記載の組成物。
[5]前記の抗がん剤が,ドセタキセル,カバジタキセルのいずれかである,ことを特徴とする[1]に記載の組成物。
[6]前記の抗がん剤が,ドセタキセル,カバジタキセルのいずれかである場合において,前記の化合物に,ドセタキセル,カバジタキセルのいずれかを配合したことを特徴とする[1]から[3]のいずれかに記載の組成物。
【発明の効果】
【0012】
本発明により,mCRPCの薬剤耐性のメカニズムの一端が明らかになるとともに,薬剤耐性を克服するための技術の提供が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】ST3GAL2の作用機序を説明した図。
図2】親細胞(DU145)ならびにST3GAL2遺伝子ノックアウトクローンにおいて,SSEA-4の発現を調べた結果を示した図。Aは,各細胞から抽出した糖脂質を抗SSEA-4モノクローナル抗体により免疫染色した結果を示している。Bは,抽出した糖脂質のオルシノール染色結果である。
図3】ST3GAL2遺伝子の完全ノックアウトクローンにおいて,アップレギュレートもしくはダウンレギュレートされた遺伝子数を解析した結果を示した図。
図4】ST3GAL2遺伝子の完全ノックアウトクローンにおいて,遺伝子セットの解析結果を示した図。
図5】各細胞株(親株のDU145細胞株,およびノックアウトクローン)における細胞増殖速度を調べた結果を示した図。
図6】各細胞株(親株のDU145細胞株,およびノックアウトクローン)におけるMUC1の発現を調べた結果を示した図。
図7】各細胞株(親株のDU145細胞株,およびノックアウトクローン)におけるシグナル伝達分子のリン酸化の変化を調べた結果を示した図。
図8】各細胞株(親株のDU145細胞株,およびノックアウトクローン)における,ドクタキセル,カバジタキセルの生存率への影響を調べた結果を示した図。
図9】各細胞株(親株のDU145細胞株,およびノックアウトクローン)における,ゲムシタビン,シスプラチンの生存率への影響を調べた結果を示した図。
図10】各細胞株(親株のDU145細胞株,およびノックアウトクローン)におけるドキソルビシンの生存率への影響を調べた結果を示した図。
図11】ドセタキセルまたはカバジタキセル存在下,DU145細胞株におけるST3GAL2 mRNAの発現の変化を調べた結果を示した図。
図12】表1-3のRNA-seqで得られた薬剤耐性等に関わる遺伝子発現変化をRT-PCRで表した図。
図13】ST3GAL2が上位に位置して,癌進展に関わる様々な分子発現を制御していることを表す概念図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の組成物について説明する。
【0015】
本発明の組成物は,ST3GAL2の発現抑制または機能阻害を行う化合物を有効成分とし,前立腺癌における抗がん剤の薬剤耐性を抑制することを目的とする組成物である。
すなわち,本発明の組成物における有効成分は,ST3GAL2のタンパク質発現そのものを抑制する,もしくはST3GAL2の酵素機能を阻害することで,前立腺癌における抗がん剤耐性を抑制する作用を発揮するものである。
【0016】
本発明において前立腺癌は,ST3GAL2による薬剤耐性を惹起しうる前立腺癌である限り特に限定する必要はないが,好ましくは,AR陰性前立腺癌ないし転移性去勢抵抗性前立腺癌に対し本発明の組成物を用いることができる。
【0017】
本発明における有効成分は,ST3GAL2の発現抑制または機能阻害を行う化合物を用いればよい。本発明において用いられる有効成分は,ST3GAL2の発現抑制または機能阻害を行いうる限り特に限定する必要はなく,種々の化合物を用いることができる。
ST3GAL2の発現を抑制する化合物として,例えば,siRNA,miRNA,shRNAなどが挙げられる。また,これらのRNAi型化合物を,シクロデキストリンやリポソーム等を用いて標的部位に到達しやすくしたDDS化したRNAi型化合物を有効成分とすることもできる。
ST3GAL2の機能を阻害する化合物として,例えば,抗体,抗体フラグメント,低分子化合物などが挙げられる。また,これらの抗体等について,リポソーム化やナノ粒子化,ポリマー複合体化などを行い,体内動態を調整した抗体等を有効成分とすることもできる。
【0018】
本発明の組成物については,前立腺癌の薬剤耐性を抑制するために用いることができ,抗がん剤として好ましくはドセタキセル,カバジタキセルのいずれかを選択することができる。
また,本発明の組成物について,さらにドセタキセル,ないしカバジタキセルを有効成分として含む配合組成物として用いてもよい。すなわち,組成物として,前立腺癌の抗がん作用を発揮しつつ,薬剤耐性を抑制する組成物(配合薬剤)として構成することができる。
【0019】
本発明の組成物については,薬学的に許容される種々の添加物を含むことができる。このような添加物として例えば,安定化剤,賦形剤,結合剤,希釈剤,pH調整剤,等張剤,被覆剤,可溶化剤,溶解補助剤,潤滑剤,ゲル化剤などが挙げられる。
【0020】
本発明の組成物については,種々の投与形態とすることができる。すなわち,経口投与剤(粉末,顆粒,錠剤,カプセル剤,シロップ剤など),注射剤(溶液,乳剤,懸濁液など),経皮剤(貼付剤,クリーム剤,ジェル剤など)など,種々の投与形態を採用することができる。
【実施例0021】
<<実験例1,CRISPR/Cas9によるST3GAL2遺伝子のノックアウト>>
ST3GAL2遺伝子をノックアウトした前立腺癌細胞株の樹立を目的として,実験を行った。
【0022】
1.CRISPR-Cas9遺伝子編集技術を用いて,AR陰性前立腺癌細胞株であるDU145細胞のST3GAL2遺伝子をノックアウトした。
2.DU145細胞を,gRNAベクターとピューロマイシン機能カセットを含むGFP発現ベクターで共トランスフェクトした。ピューロマイシンで処理した後,安定した細胞株を樹立するために耐性細胞コロニーを単離した。これらのクローンはすべて,PCRおよびサンガーシークエンシングにより,相同組換えサイトを介してST3GAL2遺伝子部位にGFP-Puro DNAが正しく染色体統合されていることを確認した(不図示)。
【0023】
3.また,これらのクローンの他の対立遺伝子における標的部位の変異を,PCR産物のサンガーシークエンシングにより解析した。2つの部分ノックアウトクローン(クローン2および5)は,1つの野生型アレルと1つのST3GAL2 遺伝子c.1173del変異を有していた。一方,他の完全ノックアウトクローンはc.1231_1234del変異アレルのみを保有していた(不図示)。
【0024】
4.ノックアウト細胞株が,シアル酸転移酵素活性を失っているかどうかを確認するため,SSEA-4の発現を,高性能薄層クロマトグラフィー(HPTLC)免疫ブロッティングにより解析した。
(1) 各細胞から糖脂質の抽出を行い,薄層クロマトグラフィーにて分離した。
(2) TLCプレートに,抗SSEA-4 mAb RM1を反応させた後,Clarity Western ECL Substrate (Bio-Rad Laboratories, Inc., Hercules, CA) を用いてアビジンービオチン系でSSEA-4を検出した。
(3) SSEA-4の発現は,クローン83および13を含む完全ノックアウトクローンでは検出されなかった(図2A)。
(4) 2つの部分ノックアウトクローン(クローン2および5)は,親細胞であるDU145よりも,低い発現レベルを示した(図2A)。
(5) また,Bのオルシノール染色結果から,各細胞から糖脂質が適切に抽出されているとともに,各ノックアウトクローンにおいて,SSEA-4と同移動度に相当するバンド(SSEA-4とは別な糖脂質)が確認された。
(6) これらの結果から,各ノックアウトクローンが,シアル酸転移酵素活性を全てもしくは部分的に失っていることが確認された。
5.以降の実験において,クローン13および83を完全ノックアウトクローン,クローン2および5を部分ノックアウトクローンとして用いた。
【0025】
<<実験例2,ST3GAL2遺伝子ノックアウトクローンにおける遺伝子発現の変化>>
実験例1で得られたST3GAL2遺伝子ノックアウトクローンについて,遺伝子変化を調べることを目的に実験を行った。
【0026】
1.ST3GAL2遺伝子ノックアウトに関連する転写シグネチャーを特徴付け,比較するために,コントロール細胞(親DU145細胞)と比較した2つのノックアウトクローンにおいて全エクソームシーケンス解析を実施した。
2.DU145細胞と比較したノックアウトクローン13および83のダウンレギュレーション遺伝子数はそれぞれ171および236であり,アップレギュレーション遺伝子数はそれぞれ80および179であった(Fold change |Fc|>=2 and raw p-value<0.05)(図3)。
【0027】
3.コントロールと比較した2つのノックアウトクローンにおける遺伝子解析結果を図4に示した。
(1) シグナル伝達経路に関わる様々な遺伝子の発現が,ST3GAL2と関連していることがわかった。
(2) また,30種類の薬剤(複数の抗がん剤,がん免疫療法薬,ホルモン製剤,サイクリン依存性キナーゼ阻害薬,チロシンキナーゼ阻害薬等)耐性関連の遺伝子が下方制御されており,5種類の薬剤(抗がん剤)耐性関連の遺伝子が上方制御されていた。一方,7種類の薬剤感受性関連遺伝子が下方制御されていた(表1~3)。
【0028】
【表1】
【0029】
【表2】
【0030】
【表3】
【0031】
<<実験例3,ST3GAL2遺伝子ノックアウトと細胞増殖の関係>>
ST3GAL2のノックアウトが,細胞増殖にどのような影響を与えるかを調べることを目的に実験を行った。
【0032】
1.WST-8ベースのアッセイを用いて,細胞生存率の評価を行った。ノックアウトクローンは,細胞培養開始から72時間後までにおいて,DU145よりも高い増殖率を示す傾向があった(p=0.0561)(図5AおよびB)。
【0033】
2.また,各細胞株におけるMUC1の発現を調べた結果を図6に示す。ST3GAL2遺伝子ノックアウトによりMUC1の発現が顕著に低下していることが分かった。
3.さらに,細胞増殖に関与するいくつかのシグナル分子の変化を調べた。結果を図7に示す。
(1) PTENとPDK1のリン酸化は,ST3GAL2遺伝子ノックアウトによって影響を受けなかったが,AKTのセリン473リン酸化は7つのノックアウトクローンのうち3つで顕著に低下し,3つでわずかに抑制された(図7A)。
(2) 一方,ERK1/2(p44/42)のリン酸化はST3GAL2遺伝子ノックアウトにより増加したが,cRafのリン酸化は増加しなかった(図7B)。
(3) 上流分子のリン酸化は変化しなかったことから,ST3GAL2がSSEA-4などの産物を介して直接シグナル伝達分子の活性化に関与している可能性が考えられた。
4.これらの結果を総合すると,ST3GAL2は,増殖に関与するさまざまな分子を多方向からアップレギュレーションおよびダウンレギュレーションすることによって,細胞増殖に低い均衡をもたらすことが示唆された。
【0034】
<<実験例4,ST3GAL2とがん薬物抵抗性の関連性>>
ST3GAL2遺伝子のノックアウトが,抗がん剤耐性にどのような影響を及ぼすかを調べることを目的に実験を行った。
【0035】
1.細胞生存率に対する影響を,コロニー形成アッセイを用いて検討した。
2.図8にドセタキセル,カバジタキセルを用いた結果を示す。
(1) 3つのST3GAL2遺伝子ノックアウトクローンは,0.25nMのドセタキセル(p<0.05:図8AおよびB)で,DU145細胞よりもコロニー形成効率が著しく低いことが,確認された。
(2) 同様に, 0.05~0.1nMの低濃度のカバジタキセル(p<0.005:図8CおよびD)で,DU145細胞よりもコロニー形成効率が著しく低いことが,確認された。
【0036】
3.図9にゲムシタビン,シスプラチンを用いた結果を示す。
(1) ゲムシタビンは,膵臓癌において,その薬剤耐性とMUC1発現増加の関連性が報告されている。しかるに,ゲムシタビンを用いた検討では,2.5nMと5nMにおいて,親株DU145細胞のコロニー形成率の有意な減少が確認された。
(2) シスプラチンは,食道がんにおいて,その薬剤耐性とMUC1発現増加の関連性が報告されている。しかるに,シスプラチンを用いた検討では,0.5mMと1mMにおいて,親株DU145細胞のコロニー形成率の有意な減少が確認された。MUC1はST3GAL2によりコントロールされていることから(ST3GAL2をノックアウトしたクローンではMUC1発現が激減),ST3GAL2遺伝子ノックアウトによりゲムシタビン,シスプラチンに対する感受性が増加(抵抗性が減少)すると予想されたが,結果は予想とは逆であった。
【0037】
4.図10にドキソルビシンを用いた結果を示す。
ドキソルビシンは,乳がんにおいて,その薬剤耐性とSSEA-4発現増加の関連性が報告されている。しかるに,ドキソルビシンを用いた検討では,検討を行ったいずれの濃度においても,コロニー形成率の有意な減少は確認できなかった。
【0038】
5.ST3GAL2と薬剤耐性との関係について,ST3GAL2遺伝子ノックアウトクローンでは,これまでに知られている薬剤耐性に関わる30個の遺伝子の発現が低下し,4個の遺伝子は発現上昇した(表1,表2)。これらの分子のうち,発現低下例としてST3GAL2遺伝子ノックアウトクローンにおけるDHXとH19のmRNAのダウンレギュレーション(発現低下)を図10Kに示す。
6.一方,ST3GAL2遺伝子ノックアウトクローンでは,薬剤感受性に関わる7つの遺伝子がダウンレギュレーションしていた(表3)。なお,タキサン耐性に直接関与する分子は,まだ同定されていない。
【0039】
7.ST3GAL2遺伝子ノックアウトによりタキサン耐性が減弱したことから,逆にタキサン耐性細胞株においてST3GAL2 mRNA発現が上昇しているかもしれない可能性を調査した。3nMの比較的高濃度ドセタキセルまたはカバジタキセルを含む培地でDU145細胞株を長期間(ドセタキセル157 PDL, カバジタキセル 131 PDL)培養したが,タキサンを含まない培地で短期間(50 PDL)あるいは長期間(208 PDL)培養したDU145細胞株と比較して,ST3GAL2 mRNA発現に変化が見られなかった(図11)。
そのことから,タキサン耐性はST3GAL2の量的な要因ではなく,ST3GAL2の存在自体が重要と考えられた。
注)「PDL」は「 population doubling level(細胞集団倍加数)」の略。
【0040】
8.ST3GAL2が関与する薬剤耐性等に関わる遺伝子発現変化やリン酸化の変化は,薬剤耐性も含めて,系統可塑性(Lineage plasticity),免疫逃避,上皮間葉転換(epithelial mesenchymal transition [EMT]),浸潤,転移などの癌進展にも関連する。表1-3のRNA-seqで得られた薬剤耐性等に関わる遺伝子発現変化をRT-PCRで表した例を図12に示す。ST3GAL2が上位に位置して,癌進展に関わる様々な分子発現を制御していることを表す概念図を図13に示す。
【0041】
<<まとめ>>
1.AR陰性前立腺癌細胞において,ST3GAL2遺伝子をノックアウトした細胞の作製に成功した。
2.ST3GAL2遺伝子ノックアウトクローンは,ドセタキセル,カバジタキセルに対する耐性を有しておらず,親細胞と比較して,これらの抗がん剤による有意な生存率の低下を示した。
3.一方,ドキソルビシンについては,ST3GAL2遺伝子ノックアウトクローンと親細胞の生存率に有意な差は認められなかった。すなわち,非特許文献1において,SSEA-4が乳癌のドキソルビシンに対する薬剤耐性に関与していると報告されていたが,本検討において,SSEA-4がAR陰性前立腺癌細胞においてドキソルビシンに対する薬剤耐性に関与していることを示す明らかな結果は得られなかった。
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