(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024169358
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】前立腺癌のための血清マーカー
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20241128BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20241128BHJP
G01N 33/536 20060101ALI20241128BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/543 545A
G01N33/536 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024082366
(22)【出願日】2024-05-21
(31)【優先権主張番号】P 2023086367
(32)【優先日】2023-05-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度,国立研究開発法人日本医療研究開発機構,「橋渡し研究プログラム」「去勢抵抗性前立腺癌患者における血清マーカーの探索」委託研究開発,産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504145308
【氏名又は名称】国立大学法人 琉球大学
(74)【代理人】
【識別番号】100152180
【弁理士】
【氏名又は名称】大久保 秀人
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 誠一
(72)【発明者】
【氏名】仲西 昌太郎
(72)【発明者】
【氏名】須田 哲司
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA26
2G045CA26
2G045DA13
2G045DA14
2G045DA36
2G045FB01
2G045FB03
2G045FB12
(57)【要約】
【課題】前立腺癌においてAR陰性前立腺癌細胞の評価を可能とする血清マーカーの提供。
【解決手段】血清中におけるCA15-3又はCA125を定量又は検出することで,前立腺癌の診断を行うことを特徴とするCA15-3又はCA125の血清マーカーとしての使用方法。すなわち,血清中におけるCA15-3又はCA125(以下,これらをまとめて「CA15-3等」と略する)は,AR陰性前立腺癌細胞の存在を反映する指標である。このことから,CA15-3又はCA125を定量ないし検出することにより,前立腺癌の診断を可能とするものである。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
前立腺癌の診断に用いる血清マーカーの使用方法であって,
血清中におけるCA15-3又はCA125を血清マーカーとして定量又は検出する
ことを特徴とする血清マーカーとしての使用方法。
【請求項2】
前記診断が,
限局性前立腺癌,局所進行性前立腺癌,転移性ホルモン感受性前立腺癌,転移性去勢抵抗性前立腺癌,または,これらの分類診断である
ことを特徴とする請求項1に記載の血清マーカーとしての使用方法。
【請求項3】
前記診断が,
前立腺癌において,治療方針決定,治療効果予測,治療効果判定である
ことを特徴とする請求項1に記載の血清マーカーとしての使用方法。
【請求項4】
前記の血清マーカーの定量又は検出が,
ELISA,蛍光標識法,質量分析法,タンパク質マイクロアレイ法のいずれかである
ことを特徴とする請求項1に記載の血清マーカーとしての使用方法。
【請求項5】
前記診断が,
前立腺癌におけるAR陰性PC細胞量を推定する
ことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の血清マーカーとしての使用方法。
【請求項6】
PSAと合わせて使用することで,前立腺癌の前記診断を行う
ことを特徴とする請求項5に記載の血清マーカーとしての使用方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,前立腺癌の診断に用いられる血清マーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
前立腺癌は,世界中の男性に最も多く見られる悪性腫瘍である。前立腺癌において,限局性の場合は外科的治療などによる根治的治療が可能である。一方,転移性ホルモン感受性前立腺癌(metastatic hormone-sensitive prostate cancer [mHSPC])では,アンドロゲン除去療法(androgen-deprivation therapy [ADT])が適用されてきた。
【0003】
近年,mHSPCに対しては,ADTとアンドロゲン受容体(androgen receptor [AR])標的薬若しくはドセタキセル,これらいずれかの治療薬との併用が推奨されている。さらにごく最近では,ADT+AR標的薬+ドセタキセルが保険適応となった。
しかしながら,前立腺癌(PC)細胞が,これらのADT及びAR標的薬に抵抗性を示すようになると,mHSPCから転移性去勢抵抗性前立腺癌(metastatic castration-resistant prostate cancer [mCRPC])へと移行していく。
【0004】
mCRPCにおけるPC細胞のADTやAR標的薬に対する抵抗性獲得については,ARの増幅,変異,スプライスバリアント7(AR-v7)などによるARシグナルの再活性化が原因であることが明らかとなってきている。加えて,CRPC細胞の約20%でARの発現喪失が起こっており,抑制的だが非根治的な治療の圧力から逃れるための系統可塑性によるとされている。
このように,当初AR駆動型のPCは,AR陽性とAR陰性両方のPC細胞からなるCRPC(混合腫瘍)へと移行する。CRPCの進行に伴い,AR陽性PC細胞だけでなく,AR陰性PC細胞も増殖していくこととなる。
このmCRPCの段階になると,ARが転写因子であるところの前立腺特異抗原(PSA)では,AR陽性PC細胞の増殖状況しか反映しないため,AR陰性PC細胞の進行状況を把握することができない。そのため,mCRPCの進行状態をモニターするためには,血清PSAの測定に加え,AR陰性PC細胞の増殖状況も見るために定期的な画像検査が必要なのが現状である。
【0005】
ところで,グロボシリーズガングリオシドであるステージ特異的胚性抗原-4(stage-specific embryonic antigen-4 [SSEA-4])は,モノクローナル抗体MC813-70を用いて初期胚で検出された。その後,発明者の齋藤によりSSEA-4合成酵素としてα2,3-sialyltransferaseのST3GAL2が同定された。
近年,発明者らは,SSEA-4が前立腺癌のアンドロゲン除去療法(ADT)に対する抵抗性に関連していること,ならびに,CRPC組織では,SSEA-4の強発現の割合が顕著に増加し,SSEA-4とAR発現の間には負の相関が見られたことを報告している(非特許文献1,2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Yuno, T., et al. (2020). "Relationship Between Stage-specific Embryonic Antigen-4 and Anti-cancer Effects of Neoadjuvant Hormonal Therapy in Prostate Cancer." Anticancer Res 40(10): 5567-5575.
【非特許文献2】Harada, J., et al. (2021). "Stage-specific Embryogenic Antigen-4 Expression in Castration-resistant Prostate Cancer and its Correlation With the Androgen Receptor." Anticancer Res 41(7): 3327-3335
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のとおり,mCRPCの進行状態をモニターするためには,血清PSAの測定に加え,定期的な画像検査が必要である。このことから,AR陰性PC細胞の増殖状態を反映する血清マーカーがあれば,画像検査の必要性を最小限に抑えることが可能となるため,臨床的有用性が高い。
発明者らは,AR陰性PC細胞でSSEA-4が発現する現象に基づいて,SSEA-4に関連する分泌タンパク質は,AR陰性PC細胞の存在を反映する血清マーカーになる可能性があると考え,研究を開始したものである。
【0008】
上記事情を背景として,本発明では,前立腺癌においてAR陰性前立腺癌細胞の評価を可能とする血清マーカーの提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは,鋭意研究の結果,MUC1がAR陰性前立腺癌細胞株の一部で発現しており,ST3GAL2遺伝子のノックアウトによりMUC1の発現がダウンレギュレートされることを明らかとした。さらに発明者らは,MUC1の可溶性タンパクであるCA15-3,ならびにMUC16の可溶性タンパクであるCA125,これらの採血時の血清レベルがmCRPC患者の採血時からの全生存率と有意に関連すること,ならびに血清CA15-3レベルはmHSPC患者において,CRPCへの移行時間(無CRPC移行生存率)と関連することを見出し,発明を完成させたものである。
【0010】
本発明は,以下の構成からなる。
[1]前立腺癌の診断に用いる血清マーカーの使用方法であって,血清中におけるCA15-3又はCA125を血清マーカーとして定量又は検出することを特徴とする血清マーカーとしての使用方法。
[2]前記診断が,限局性前立腺癌,局所進行性前立腺癌,転移性ホルモン感受性前立腺癌,転移性去勢抵抗性前立腺癌,または,これらの分類診断であることを特徴とする[1]に記載の血清マーカーとしての使用方法。
[3]前記診断が,前立腺癌において,治療方針決定,治療効果予測,治療効果判定であることを特徴とする[1]に記載の血清マーカーとしての使用方法。
[4]前記の血清マーカーの定量又は検出が,ELISA,蛍光標識法,質量分析法,タンパク質マイクロアレイ法のいずれかであることを特徴とする[1]に記載の血清マーカーとしての使用方法。
[5]前記診断が,前立腺癌におけるAR陰性PC細胞量を推定することを特徴とする[1]から[4]のいずれかに記載の血清マーカーとしての使用方法。
[6]PSAと合わせて使用することで,前立腺癌の前記診断を行うことを特徴とする[5]に記載の血清マーカーとしての使用方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により,前立腺癌においてAR陰性前立腺癌細胞の評価を可能とする血清マーカーの提供が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】親細胞(DU145)ならびにST3GAL2遺伝子ノックアウトクローンにおいて,SSEA-4の発現を調べた結果を示した図。Aは,各細胞から抽出した糖脂質を抗SSEA-4モノクローナル抗体により免疫染色した結果を示している。Bは,抽出した糖脂質のオルシノール染色結果である。
【
図2】ST3GAL2遺伝子の完全ノックアウトクローンにおいて,アップレギュレートもしくはダウンレギュレートされた遺伝子数を解析した結果を示した図。
【
図3】ST3GAL2遺伝子をノックアウトすることによる血清マーカー候補の探索戦略を示した図。
【
図4】各細胞株(親株のDU145細胞株,およびノックアウトクローン)におけるMUC1の発現を調べた結果を示した図。
【
図5】各前立腺癌細胞株におけるMUC1等の発現を調べた結果を示した図。
【
図6】各前立腺癌細胞株におけるAR及び種々のシグナルタンパク質発現プロファイルを比較した結果を示した図。
【
図7】血清CA15-3レベルと,前立腺癌における進行ステージとの関係性を調べた結果を示した図。NEM: no evidence of malignancy(生検で悪性所見が証明されていない),localized PC (prostate cancer): 限局性前立腺癌(T2以下),locally advanced PC: 局所進行性前立腺癌 (T3-T4),mHSPC: metastatic hormone-sensitive prostate cancer,mCRPC: metastatic castration-resistant prostate cancer
【
図8】血清CA125レベルと,前立腺癌における進行ステージとの関係性を調べた結果を示した図。NEM: no evidence of malignancy(生検で悪性所見が証明されていない),localized PC (prostate cancer): 限局性前立腺癌(T2以下),locally advanced PC: 局所進行性前立腺癌 (T3-T4),mHSPC: metastatic hormone-sensitive prostate cancer,mCRPC: metastatic castration-resistant prostate cancer
【
図9】mCRPC患者における血清CA15-3レベルと,全生存率との関係性を調べた結果を示した図。Higher, Lower levelのカットオフ値は,75 percentile。
【
図10】mCRPC患者における血清CA125レベルと,全生存率との関係性を調べた結果を示した図。Higher, Lower levelのカットオフ値は,75 percentile。
【
図11】mHSPC患者における血清CA15-3レベルと,CRPCへの移行時間(無CRPC移行生存率)との関係性を調べた結果を示した図。Higher, Lower levelのカットオフ値は,75 percentile。
【
図12】mCRPC患者における血清PSAレベルと,全生存率との関係性を調べた結果を示した図。Higher, Lower levelのカットオフ値は,中央値。
【
図13】mCRPC患者における血清PSAおよびCA15-3レベルの組み合わせと,全生存率との関係を調べた結果を示した図。Higher, Lower levelのカットオフ値は,それぞれのマーカーの中央値(A)もしくは75パーセンタイル(B)。A, PSA ≧ カットオフ値 かつ CA15-3 ≧カットオフ値; B, PSA ≧ カットオフ値 かつ CA15-3 < カットオフ値; C, PSA < カットオフ値 かつ CA15-3 ≧ カットオフ値; D, PSA < カットオフ値かつ CA15-3 < カットオフ値。
【
図14】mCRPC患者における血清PSAおよびCA125レベルの組み合わせと,全生存率との関係を調べた結果を示した図。Higher, Lower levelのカットオフ値は,それぞれのマーカーの中央値(A)もしくは75パーセンタイル(B)。A, PSA ≧ カットオフ値 かつ CA125 ≧カットオフ値; B, PSA ≧ カットオフ値 かつ CA125 < カットオフ値; C, PSA < カットオフ値 かつ CA125 ≧ カットオフ値; D, PSA < カットオフ値かつ CA125 < カットオフ値。
【
図15】血清CA15-3レベルの時系列変化を示した図。経時的な変化を見ることができた18例で示した。
【
図16】下部尿路閉塞のため経尿道的前立腺切除もしくは根治的前立腺摘除術を受けたmCRPC患者から得られた20例の前立腺組織を用いて,各々のパラフィン包埋標本から連続切片を作成し,AR, MUC1, CA125に対する抗体で組織免疫染色を行ない,ARとMUC1, CA125との発現関係を見た図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明について,詳述する。
本発明の血清中におけるCA15-3又はCA125の血清マーカーとしての使用方法は,血清中におけるCA15-3又はCA125を定量又は検出することで,前立腺癌の診断を行うことを特徴とする。
すなわち,血清中におけるCA15-3又はCA125(以下,これらをまとめて「CA15-3等」と略する)レベルは,AR陰性前立腺癌細胞の存在を反映する指標である。
このうち,CA15-3は,AR陰性前立腺癌細胞株での発現がウエスタンブロッティングにより証明された。一方,AR陰性前立腺癌細胞株でSSEA-4が発現する現象に基づいて,CA125のmRNA発現がSSEA-4発現(=AR陰性)に連動していることから,いずれの血清マーカーもAR陰性前立腺癌細胞のマーカーと考えられた。
これらの実験事実等に基づき,CA15-3又はCA125を定量ないし検出することにより,前立腺癌の診断を可能とするものである。
【0014】
本発明においてCA15-3は,MUC1(mucin 1,cell surface associated)のN末端側の可溶性タンパク質として定義される。
また,本発明においてCA125は,MUC16(mucin 16,cell surface associated)のN末端側の可溶性タンパク質として定義される。
【0015】
本発明において前立腺癌の診断とは,前立腺癌における定性ないし定量的評価につながる限り特に限定する必要はなく,種々の診断を含むことができる。これらの診断の類型として,例えば,質的診断,量的診断,病期診断などが挙げられる。
【0016】
本発明の典型的な診断手法として,前立腺癌におけるAR陰性PC細胞量を推定する診断を行うことができる。
すなわち,血清中のCA15-3等の量(レベル値)は,原発や転移に関わらず,前立腺癌におけるAR陰性PC細胞量の指標となる。このことから,血清中のCA15-3等の量を基に,前立腺癌におけるAR陰性PC細胞量を推定することが可能となる。
【0017】
本発明の別の診断手法として,前立腺癌における進行度の診断(病期診断)が挙げられる。
すなわち,前立腺癌の進行を阻止できなければ,限局性前立腺癌,局所進行性前立腺癌,転移性ホルモン感受性前立腺癌,転移性去勢抵抗性前立腺癌の順に進行する。これら前立腺癌の進行度が進むにつれて血清中のCA15-3が増加する傾向にあり,前立腺癌の血清CA15-3レベルは進行度別患者全体として有意差が認められた(Kruskal-Wallis:p<0.0001)。一方,血清CA125レベルはmCRPCに移行してから上昇する傾向が認められ,前立腺癌の血清CA125レベルは進行度別患者全体として有意差が認められた(Kruskal-Wallis:p<0.0001)。
これらのことから,血清中のCA15-3等の量を測定することにより,前立腺癌における進行度の診断を可能とするものである。
【0018】
本発明の別の診断手法として,前立腺癌における治療方針決定(治療効果予測)や治療効果判定が挙げられる。
すなわち,CA15-3等の量の測定や後述するPSAの測定などにより,前立腺癌におけるAR陽性とAR陰性,それぞれの癌細胞の比率などを予測し,治療方針を決定するなどが可能である。
例えば,AR陽性前立腺癌細胞が多ければAR標的薬などを主体に用い,AR陰性前立腺癌細胞が多ければドセタキセルなどを主体に用いるなどである。
さらに,治療前と治療後におけるCA15-3等ならびにPSAの変化を測定することで,治療効果を判定し,AR標的薬やドセタキセルなどの量を変化させるなどである。
【0019】
また,ごく最近,mHSPC患者にトリプレット療法(ADT+AR標的薬+ドセタキセル)が保険適応となった。このトリプレット療法は,AR陽性もAR陰性PC細胞も共に増殖している場合に適応させるのが妥当と判断されるが,その判定基準は存在しない。
一方で,どのmHSPC患者にもトリプレット療法を適応させること(all comer)は,AR陰性PC細胞が増殖していない場合に不必要なドセタキセルを投与するため,より大きな有害事象(副作用)をもたらすことになる。また,医療費を適正に使用する観点からも大きな問題である。
これらADT,AR標的薬,ドセタキセルを組み合わせた治療法を適応させるにあたっては,PSA(AR陽性PC細胞の増殖状況を反映)の他,CA15-3等(AR陰性PC細胞の増殖状況を反映)を測定し,適正な基準づくりをするのが理にかなっており,本研究の成果であるCA15-3等はトリプレット療法の適応基準作りに大きな役割を果たすことが期待できる。
【0020】
本発明における診断においては,典型的には,PSAとの併用が挙げられ,CA15-3等とPSAの量的な変化を経時的に測定・比較することで,前立腺癌におけるAR陽性とAR陰性の前立腺癌細胞の推移を推定することが可能となる。
【0021】
本発明において,血清中のCA15-3等を検出ないし定量する方法は,CA15-3等の検出・定量が可能である限り特に限定する必要はなく,種々の手法を用いることができる。これらの手法として,例えば,ELISA,蛍光標識法,質量分析法,タンパク質マイクロアレイ法などを用いることができ,最も好ましくは,ELISAを用いることができる。
【実施例0022】
<<実験例1,CRISPR/Cas9によるST3GAL2遺伝子のノックアウト>>
ST3GAL2遺伝子をノックアウトした前立腺癌細胞株の樹立を目的として,実験を行った。
【0023】
1.CRISPR-Cas9遺伝子編集技術を用いて,AR陰性前立腺癌細胞株であるDU145細胞のST3GAL2遺伝子をノックアウトした。
2.DU145細胞を,gRNAベクターとピューロマイシン機能カセットを含むGFP発現ベクターで共トランスフェクトした。ピューロマイシンで処理した後,安定した細胞株を樹立するために耐性細胞コロニーを単離した。これらのクローンはすべて,PCRおよびサンガーシークエンシングにより,相同組換えサイトを介してST3GAL2遺伝子部位にGFP-Puro DNAが正しく染色体統合されていることを確認した(不図示)。
【0024】
3.また,これらのクローンの他の対立遺伝子における標的部位の変異を,PCR産物のサンガーシークエンシングにより解析した。2つの部分ノックアウトクローン(クローン2および5)は,1つの野生型アレルと1つのST3GAL2遺伝子 c.1173del変異を有していた。一方,他の完全ノックアウトクローンはc.1231_1234del変異アレルのみを保有していた(不図示)。
【0025】
4.ノックアウト細胞株が,シアル酸転移酵素活性を失っているかどうかを確認するため,SSEA-4の発現を,高性能薄層クロマトグラフィー(high-performance thin layer chromatography [HPTLC])免疫ブロッティングにより解析した。
(1) 各細胞から糖脂質の抽出を行い,薄層クロマトグラフィーにて分離した。
(2) TLCプレートに,抗SSEA-4 mAb RM1を反応させた後,Clarity Western ECL Substrate(Bio-Rad Laboratories, Inc., Hercules, CA)を用いてアビジンービオチン系でSSEA-4を検出した。
(3) SSEA-4の発現は,クローン83および13を含む完全ノックアウトクローンでは検出されなかった(
図1)。
(4) 2つの部分ノックアウトクローン(クローン2および5)は,親細胞であるDU145よりも,低い発現レベルを示した(
図1)。
(5) また,Bのオルシノール染色結果から,各細胞から糖脂質が適切に抽出されているとともに,各ノックアウトクローンにおいて,SSEA-4と同移動度に相当するバンド(SSEA-4とは別な糖脂質)が確認された。
(6) これらの結果から,完全ノックアウトクローンではシアル酸転移酵素活性を全て,部分ノックアウトクローンでは部分的に失っていることが確認された。
5.以降の実験において,クローン13および83を完全ノックアウトクローン,クローン2および5を部分ノックアウトクローンとして用いた。
【0026】
<<実験例2,ST3GAL2遺伝子ノックアウトクローンにおける遺伝子(mRNA)発現の変化>>
実験例1で得られたST3GAL2遺伝子ノックアウトクローンについて,遺伝子(mRNA)変化を調べることを目的に実験を行った。
【0027】
1.ST3GAL2遺伝子ノックアウトに関連する転写シグネチャーを特徴付け,比較するために,コントロール細胞(親DU145細胞)と比較した2つのノックアウトクローンにおいて全エクソームシーケンス解析を実施した。
2.DU145細胞と比較したノックアウトクローン13および83のダウンレギュレーション遺伝子数はそれぞれ171および236であり,アップレギュレーション遺伝子数はそれぞれ80および179であった(Fold change |Fc|>=2 and raw p-value<0.05)(
図2)。
【0028】
3.発明者らは,CRPC組織において,SSEA-4とAR発現の間には負の相関があることを報告している(非特許文献2)。すなわち,AR陰性PC細胞でSSEA-4が発現するという知見に基づいて,ノックアウトクローンのSSEA-4の消失に伴い,mRNAレベルが低下した分泌性タンパク質(SSEA-4関連分泌蛋白)が,AR陰性PC細胞の血清マーカー候補となると考えた(
図3)。
4.分泌タンパク質をコードするダウンレギュレーション遺伝子のうち,MUC1とMUC16に注目した(表1)。
(1) ノックアウトクローン83では,MUC1における値が,-33.5を示した。すなわち,ノックアウトクローン83では,MUC1 mRNAが,親DU145細胞のそれと比較して,33.5倍ダウンレギュレートされていることが分かった。同様に,MUC16における値が-14.6を示した。
(2) ノックアウトクローン13においても,MUC1における値が-18.2,MUC16における値が-6.4を示し,ダウンレギュレートされていることが分かった。
【0029】
【0030】
<<実験例3,ST3GAL2遺伝子ノックアウトクローンにおけるMUC1およびMUC16(CA125)の発現量の変化>>
1.MUC1およびMUC16の発現がST3GAL2と関連しているかどうかを明らかにすることを目的として,ノックアウトクローンにおけるそれぞれのタンパクの発現量をウエスタンブロッティングにより解析した。
【0031】
2.結果を
図4に示す。
(1) 各クローンの親細胞であるDU145では,MUC1のN末端領域の強い発現が検出された。
(2) これに対し,ST3GAL2遺伝子部分ノックアウトクローンである,clone2および5では,弱から微弱なMUC1発現が確認された。
(3) また,ST3GAL2遺伝子完全ノックアウトクローンであるclone83等では,MUC1の発現量が,微弱もしくは全く発現していないことが分かった。
(4) なお,腫瘍マーカーとして広く用いられているCA125は,ノックアウトまたは親DU145では検出されなかった(不図示)。
3.これらの結果から,ST3GAL2遺伝子のノックアウトにより,MUC1がタンパク質の発現レベルで大きく低下していることが明らかとなった。
【0032】
<<実験例4,前立腺癌細胞株におけるMUC1とARの発現の関連性>>
1.前立腺癌の各細胞株において,MUC1発現とAR発現の関連性を調べることを目的に実験を行った。
【0033】
2.結果を
図5に示す。
(1) ARの発現が検出されなかったDU145とAICaP1において,MUC1が強く発現していた。
(2) AR陰性であるPC3細胞において,MUC1の発現はほとんど見られなかった。また,神経内分泌前立腺癌(NEPC)細胞株であるNCI-H660とKUCaP13において,MUC1発現は,ほとんど,もしくは全く見られなかった。
(3) これらの結果から,AR陰性前立腺癌細胞株の一部が,MUC1を発現していることがわかった。
(4) 一方,CA125の発現は,検討を行った前立腺癌細胞株で乏しかった。このことから,mCRPC患者の血清中に検出されたCA125が他の細胞由来である可能性,あるいは,CA125はそれに結合している糖鎖が非常に多いため,使用した抗CA125抗体が細胞溶解液中のCA125に結合している糖鎖によりブロックされ,CA125を適切に検出できなかった一方で,血清中にはエキソグリコシダーゼが存在するため,血清中CA125結合糖鎖の外側の糖鎖が外れて,抗CA125抗体が近づくことができ,検出できた可能性がある。
【0034】
3.さらに,各細胞における主なシグナル分子発現を調べた結果を
図6に示す。調べたシグナル分子の数はそれほど多くないものの,DU145とAICaP1の間で,MUC1発現を含めて類似した分子プロファイリングが観察された。すなわち,AR陰性前立腺癌細胞は,ある決まった種類に分類できる可能性が示唆された。細胞株レベルでは,神経内分泌前立腺癌を除いて,DU145&AICaP1グループ,PC3グループという分類である。
なお,AICaP1は,研究代表者らがAR陽性LNCaPからアンドロゲン枯渇下で誘導したAR陰性株であり,LNCaPに比較して悪性度が非常に高い(
【非特許文献2】Harada, J., et al. Anticancer Res 2021.)。この誘導実験は,臨床の場でADT治療が無効となってCRPCに移行した場合にARを喪失した前立腺癌細胞が出現してくる状況に似ており,血清中でCA15-3が検出できたことも,AR陰性癌細胞がある程度決まった分類になることを示唆している。
【0035】
<<実験例5,血清マーカーレベルと前立腺癌の進行ステージとの関係>>
1.MUC1ならびにMUC16の血清マーカーと前立腺癌の進行ステージとの関係性を調べ,各血清マーカーが,前立腺癌における血清マーカーとして有用かどうかを調べることを目的に検討を行った。
【0036】
1.各血清タンパク質と前立腺癌の進行段階との関連性を解析した結果を
図7,8に示す。
(1) 血清CA15-3のレベルは,前立腺癌の様々な進行段階の患者間全体で有意差が見られた(p<0.0001,
図7)。また,血清CA15-3のレベルは,前立腺癌のステージが進行するにつれて徐々に増加する傾向にあった。
(2) 同様に,血清CA125のレベルも,前立腺癌の様々な進行段階の患者間全体で有意差が見られた(p<0.0001,
図8)。CA15-3のような前立腺癌ステージに応じた増加傾向は,明確には確認できなかったが,mCRPCに移行するとともに血清CA125レベルが上昇する傾向が見られた。
【0037】
2.転移性去勢抵抗性前立腺癌患者における血清CA15-3またはCA125レベルと,生存率の関連性を解析した結果を
図9,10に示す。
(1) 採血時の血清CA15-3レベルは,mCRPC患者における採血時からの全生存率と有意に関連していた(p=0.0002)(
図9:mCRPC患者の採血時点からの全生存率をカプランーマイヤー曲線で表した)。
(2) 採血時の血清CA125のレベルも,mCRPC患者における採血時からの全生存率と有意に関連していた(p=0.0002)(
図10:mCRPC患者の採血時点からの全生存率をカプランーマイヤー曲線で表した)。
(3) 各血清マーカーのレベルは,75%四分位値で高値群または低値群として層別化された。
(4) 生存曲線に用いられた患者背景(血清CA15-3, CA125, PSAレベルと全生存率との関係を調べることができたmCRPC患者59例の臨床病理学的背景)を表2に示す。
【0038】
【0039】
3.mHSPC患者における血清CA15-3レベルと,CRPCまでの移行時間(ADTを主体とした治療に反応しなくなりmCRPCに移行すること)との関連性を解析した結果を
図11(mHSPC患者の無CRPC移行生存率をカプランーマイヤー曲線で表した)に示す。
(1) mHSPC患者においても,初診時,治療開始前の血清CA15-3レベルは,mHSPC患者における初診時からCRPCまでの移行時間と有意に関連していた(p=0.0401,
図11)。
(2) また,血清CA15-3レベルは,75%四分位値で高値群,低値群に層別化された。
【0040】
4.血清PSAレベル別の転移性去勢抵抗性前立腺癌患者の全生存率をカプランーマイヤー曲線で表したものは,
図12に示した。
(1) PSAレベルが高い患者群は,生存率が有意に低かった(p=0.0019)。
(2) PSAレベルは中央値で層別化した。
【0041】
5.血清PSAレベルおよび血清CA15-3レベルの組み合わせによる転移性去勢抵抗性前立腺癌患者の全生存率をカプランーマイヤー曲線で表したものは,
図13(A)および(B)に示した。
(1) PSAおよびCA15-3レベルは,共に中央値(
図13(A))もしくは75パーセンタイル(
図13(B))をカットオフ値として層別化して,組み合わせ群(A, B, C, D)を作成した。A, PSA ≧ カットオフ値 かつ CA15-3 ≧カットオフ値; B, PSA ≧ カットオフ値 かつ CA15-3 < カットオフ値; C, PSA < カットオフ値 かつ CA15-3 ≧ カットオフ値; D, PSA < カットオフ値かつ CA15-3 < カットオフ値。
(2) 中央値および75パーセンタイルをカットオフ値として層別化した組み合わせはいずれにおいても,PSAかつCA15-3レベルが高い患者群(A)は,他の組み合わせに比べて生存率が最も低かった。一方,レベルが共に低い群は,良好な生存率を示した。群間で有意差が見られた:中央値で層別化した組み合わせ (p=0.0074)(
図13(A));75パーセンタイルで層別化した組み合わせ(p<0.0001)(
図13(B))。
【0042】
6.血清PSAレベルおよび血清CA125レベルの組み合わせによる転移性去勢抵抗性前立腺癌患者の全生存率をカプランーマイヤー曲線で表したものは,
図14(A)および(B)に示した。
(1) PSAおよびCA125レベルは,共に中央値(
図14(A))もしくは75パーセンタイル(
図14(B))をカットオフ値として層別化して,組み合わせ群(A, B, C, D)を作成した。A, PSA ≧ カットオフ値 かつ CA125 ≧カットオフ値; B, PSA ≧ カットオフ値 かつ CA125 < カットオフ値; C, PSA < カットオフ値 かつ CA125 ≧ カットオフ値; D, PSA < カットオフ値かつ CA125 < カットオフ値。
(2) 中央値および75パーセンタイルをカットオフ値として層別化した組み合わせ群のいずれにおいても,PSAかつCA125レベルが高い患者群(A)は,他の組み合わせに比べて生存率が最も低かった。一方,レベルが共に低い群は,良好な生存率を示した。群間に有意差が見られた:中央値で層別化した組み合わせ (p=0.0031)(
図14(A));75パーセンタイルで層別化した組み合わせ(p<0.0001)(
図14(B))。
(3) PSAおよびCA125を,75パーセンタイルをカットオフ値として層別化した場合,いずれかが高値か共に高値の群の予後は不良である一方,両者のマーカーが共に低い群の予後は極めて良好と二分される傾向が見られた。
【0043】
7.血清CA15-3の時系列変化は,18名の転移性去勢抵抗性前立腺癌患者で観察することができた(
図15)。12名で経時的に増加し,6名で減少した。
(1) 治療により変化しうることや,進行状況を反映しうることが示唆され,モニタリングに使用される可能性がある。
(2) ただし,治療法との関連は,本検討では見出すことができなかった。
【0044】
8.20例のCRPC組織(手術的に得られた前立腺組織)におけるAR, MUC1, CA125の発現関係をパラフィン包埋標本の連続切片で評価した。1例につき5箇所を無作為に選択し(合計100箇所),各々の染色性(5%以上の染色陽性を陽性と判定)を評価した。免疫染色例は,
図16乃至20に示した。患者背景(手術により前立腺組織を得られたmCRPC患者20例の臨床病理学的背景)は,表3に示す。
(1)
図16は,AR陰性前立腺癌細胞でMUC1およびCA125が共にほぼ100%陽性発現している例。CA125の上段のパネルは,白黒のため陽性発現が分かりにくい。
(2)
図17は,AR陰性前立腺癌細胞でMUC1がほぼ100%陽性発現しているが,CA125は陰性(上段のパネル)か部分陽性(下段のパネル:白黒のためわかりにくい)の例。
(3)
図18は,AR陰性前立腺癌細胞でMUC1が部分陽性発現しているが,CA125は陰性の例。
(4)
図19は,AR陽性前立腺癌細胞でMUC1およびCA125が共に陰性の例。
(5)
図20は,AR陽性前立腺癌細胞でMUC1もほぼ100%陽性発現例であるが,MUC1はARに比較して,発現がやや弱い。一方,CA125発現は陰性。
(6) 連続切片の前立腺癌細胞におけるARとMUC1の発現関係を評価したところ,有意に逆相関関係にあることがわかった(表4:CRPC組織(前立腺)切片におけるARとMUC1の発現関係を見た表)(p<0.0001, chi-square test)。なお,40箇所のAR陰性前立腺癌部位におけるMUC1の平均陽性発現率は,本願発明者ではない2人の共同研究者が個別に目視で計算したところ,それぞれ,56%と59%であった。
(7) 連続切片の前立腺癌細胞におけるARとCA125の発現関係を評価したところ,CA15-3と同様,有意に逆相関関係にあることがわかった(表5:CRPC組織(前立腺)切片におけるARとCA125の発現関係を見た表)(p<0.0036, chi-square test)。CRPC前立腺組織におけるCA125陽性率は13%しかないが,血清では,CA125高値例が26%(17/65,
図8)であり,遠隔転移巣ではCA125発現が増加している可能性が示唆された。しかしながら,骨転移巣が入手できず,遠隔転移巣におけるCA125発現は検討できていない。
【0045】
【0046】
【0047】
【0048】
<<まとめ>>
1.AR陰性前立腺癌細胞株DU145において,ST3GAL2遺伝子をノックアウトした細胞の作製に成功した。
2.ST3GAL2遺伝子ノックアウト細胞において,ダウンレギュレートされた複数の遺伝子の中で分泌蛋白をコードする遺伝子のうち,MUC1ならびにMUC16に着目した。
3.MUC1の発現は,AR陰性PC細胞株の一部で観察される一方,AR陽性PC細胞株では観察されなかった。CRPC前立腺組織における免疫染色においても,ARとMUC1発現,ARとCA125発現は共に有意に逆相関関係にあった。特にAR陰性部位におけるMUC1の発現率は高く(56-59%),CRPCにおけるAR陰性癌を代表するマーカーの1つであると考えられた。
4.MUC1の発現は,親細胞であるAR陰性PC細胞のST3GAL2遺伝子をノックアウトすることにより,mRNAレベル,タンパク質発現レベル,いずれにおいてもダウンレギュレートされていた。このことから,ST3GAL2は,AR陰性PC細胞株において,MUC1の上流制御因子であることが明らかとなった。
5.MUC1の可溶性タンパク質であるCA15-3ならびにMUC16の可溶性タンパク質であるCA125,これらの採血時における血清中の発現レベルは,mCRPC患者の採血時からの全生存率と有意に相関していた。
PSAとCA15-3もしくはCA125との組み合わせ中,両者(PSAとCA15-3もしくはCA125)が共に高値の患者群(中央値もしくは75パーセンタイルをカットオフ値として層別化した場合のいずれも)は,他の組み合わせに比べて最も予後が不良であった。一方,共に低い群は予後が良好だった。
以上,PSAとCA15-3もしくはCA125の組み合わせにより,それぞれ単独に比べてより詳しく予後を予測できることが明らかとなった。
6.これらの結果から,AR陰性PC細胞を検出できないPSAの欠点を補完するマーカーとして,CA15-3とCA125が有用であることが明らかとなった。