(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024170945
(43)【公開日】2024-12-11
(54)【発明の名称】磁壁移動型空間光変調器
(51)【国際特許分類】
G02F 1/09 20060101AFI20241204BHJP
H01L 29/82 20060101ALI20241204BHJP
H10N 50/10 20230101ALI20241204BHJP
【FI】
G02F1/09 503
H01L29/82 Z
H10N50/10 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023087733
(22)【出願日】2023-05-29
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和5年3月15日に開催された2023年第70回応用物理学会春季学術講演会にて配布の刊行物“2023年第70回応用物理学会春季学術講演会 講演予稿集”(令和5年2月27日発行)に掲載。
(71)【出願人】
【識別番号】000004352
【氏名又は名称】日本放送協会
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】川那 真弓
(72)【発明者】
【氏名】青島 賢一
(72)【発明者】
【氏名】船橋 信彦
(72)【発明者】
【氏名】早乙女 巧真
【テーマコード(参考)】
2K102
5F092
【Fターム(参考)】
2K102AA27
2K102BA05
2K102BB01
2K102BB05
2K102BC04
2K102BC09
2K102BD08
2K102CA21
2K102CA28
2K102DC09
2K102DD08
2K102EB11
5F092AB10
5F092AC06
5F092AC12
5F092AC30
5F092AD03
5F092AD23
5F092AD25
5F092AD26
5F092BB16
5F092BB22
5F092BB23
5F092BB30
5F092BB42
5F092BB43
(57)【要約】
【課題】簡易なプロセスで、磁壁移動型空間光変調素子の駆動電流を大きくせずに、磁壁移動型空間光変調素子の開口率を大きくすることが可能な磁壁移動型空間光変調器を提供する。
【解決手段】磁壁移動型空間光変調器は、入射した光の偏光の向きを変化させて出射する光変調部31と、光変調部31の両端部に互いに平行に延びて配置されており、保磁力が異なる第1磁化固定部32および第2磁化固定部33と、を有する磁壁移動型空間光変調素子30を備える。第1磁化固定部32および第2磁化固定部33は、それぞれ、光変調部31の側から、第1強磁性層、非磁性層および第2強磁性層が順次積層されている合成反強磁性体である。第1磁化固定部32および第2磁化固定部33は、それぞれ、第1強磁性層の厚さと飽和磁化との積が第2強磁性層の厚さと飽和磁化との積よりも大きい。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
入射した光の偏光の向きを変化させて出射する光変調部と、光変調部の両端部に互いに平行に延びて配置されており、保磁力が異なる第1磁化固定部および第2磁化固定部と、を有する磁壁移動型空間光変調素子を備え、
前記第1磁化固定部および前記第2磁化固定部は、それぞれ、前記光変調部の側から、第1強磁性層、非磁性層および第2強磁性層が順次積層されている合成反強磁性体であり、
前記第1磁化固定部および前記第2磁化固定部は、それぞれ、前記第1強磁性層の厚さと飽和磁化との積が前記第2強磁性層の厚さと飽和磁化との積よりも大きい、磁壁移動型空間光変調器。
【請求項2】
前記第1磁化固定部および前記第2磁化固定部は、それぞれ、前記第2強磁性層の厚さと飽和磁化との積に対する前記第1強磁性層の厚さと飽和磁化との積の比が1.2以上1.5以下である、請求項1に記載の磁壁移動型空間光変調器。
【請求項3】
前記第1磁化固定部および前記第2磁化固定部は、それぞれ、前記第2強磁性層の厚さに対する前記第1強磁性層の厚さの比が1.2以上1.5以下である、請求項2に記載の磁壁移動型空間光変調器。
【請求項4】
前記第1磁化固定部および前記第2磁化固定部は、それぞれ、スピンフロップ磁界が、前記第1強磁性層の保磁力および前記第2強磁性層の保磁力よりも大きい、請求項1または2に記載の磁壁移動型空間光変調器。
【請求項5】
前記第1磁化固定部を構成する前記第1強磁性層の保磁力は、前記第2磁化固定部を構成する前記第1強磁性層の保磁力よりも小さく、
前記第1磁化固定部を構成する前記第2強磁性層の保磁力は、前記第2磁化固定部を構成する前記第2強磁性層の保磁力よりも小さい、請求項1または2に記載の磁壁移動型空間光変調器。
【請求項6】
前記第1磁化固定部を構成する前記第1強磁性層の保磁力は、前記第1磁化固定部を構成する前記第2強磁性層の保磁力以上であり、
前記第2磁化固定部を構成する前記第1強磁性層の保磁力は、前記第2磁化固定部を構成する前記第2強磁性層の保磁力以上である、請求項1または2に記載の磁壁移動型空間光変調器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁壁移動型空間光変調器に関する。
【背景技術】
【0002】
立体ホログラフィを実現するためには、実用上、30°以上の視域が求められる。そのため、表示装置である空間光変調器の画素ピッチを1μm以下にする必要がある。液晶、デジタルマイクロミラーデバイス(DMD)等の既存の空間光変調器の画素ピッチは、それぞれ5μm程度、3.5μm程度であり、これ以上微細化するのは困難である。
【0003】
一方、磁化の向きに応じた光の偏光面の回転(磁気光学効果)を明暗に割り当てる磁気光学式空間光変調器は、画素の書き換えにスピン注入や磁壁移動を用いることで、1μm以下の画素ピッチを実現することができる(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
磁壁移動型空間光変調器は、入射した光の偏光の向きを変化させて出射する光変調部と、光変調部の両端部に互いに平行に延びて配置されており、保磁力が異なる第1磁化固定部および第2磁化固定部と、を有する磁壁移動型空間光変調素子を備え、光変調部に流す電流の向きにより、磁区の拡大および縮小を制御することができる(例えば、特許文献2参照)。磁壁移動型空間光変調素子は、スピン注入型空間光変調素子に比べて、消費電力が低くなることが期待されるが、1μm以下の画素ピッチを実現するためには、高度なデバイス設計が必要となる。
【0005】
特許文献3では、第1磁化固定部および第2磁化固定部の保磁力差を設計する際に、第1磁化固定部および第2磁化固定部を一度のプロセスで形成することで、高精度な位置合わせの回数を省略する方法が記載されている。これにより、簡易なプロセスで磁壁移動型空間光変調素子を形成することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2012-141402号公報
【特許文献2】特開2018-206900号公報
【特許文献3】特開2019-220544号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ここで、磁壁移動型空間光変調素子では、外部磁界を印加する初期動作により、光変調部の両端部において、互いに反平行な磁化を実現すると、第1磁化固定部からの漏れ磁界によって、光変調部の第1磁化固定部の側の端部に初期磁区が形成される。また、光変調部にパルス電流を注入することにより、磁壁を駆動すると、第2磁化固定部からの漏れ磁界によって、光変調部の第2磁化固定部の側の端部に第2磁区が形成される。このため、磁壁移動型空間光変調素子の開口率は、初期磁区および第2磁区を含まない光変調領域で決定される。このとき、光変調部の磁気特性に応じて、初期磁区のサイズが変化し、その結果、磁壁移動型空間光変調素子の開口率が変化する。一方、磁壁移動型空間光変調素子の駆動電流を小さくするためには、光変調部の磁化を低くすることが有効であるが、その場合には、初期磁区のサイズが大きくなるため、磁壁移動型空間光変調素子の開口率が小さくなる。このため、磁壁移動型空間光変調素子の駆動電流を大きくせずに、磁壁移動型空間光変調素子の開口率を大きくすることが望まれている。
【0008】
本発明は、簡易なプロセスで、磁壁移動型空間光変調素子の駆動電流を大きくせずに、磁壁移動型空間光変調素子の開口率を大きくすることが可能な磁壁移動型空間光変調器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)入射した光の偏光の向きを変化させて出射する光変調部と、光変調部の両端部に互いに平行に延びて配置されており、保磁力が異なる第1磁化固定部および第2磁化固定部と、を有する磁壁移動型空間光変調素子を備え、前記第1磁化固定部および前記第2磁化固定部は、それぞれ、前記光変調部の側から、第1強磁性層、非磁性層および第2強磁性層が順次積層されている合成反強磁性体であり、前記第1磁化固定部および前記第2磁化固定部は、それぞれ、前記第1強磁性層の厚さと飽和磁化との積が前記第2強磁性層の厚さと飽和磁化との積よりも大きい、磁壁移動型空間光変調器。
【0010】
(2)前記第1磁化固定部および前記第2磁化固定部は、それぞれ、前記第2強磁性層の厚さと飽和磁化との積に対する前記第1強磁性層の厚さと飽和磁化との積の比が1.2以上1.5以下である、(1)に記載の磁壁移動型空間光変調器。
【0011】
(3)前記第1磁化固定部および前記第2磁化固定部は、それぞれ、前記第2強磁性層の厚さに対する前記第1強磁性層の厚さの比が1.2以上1.5以下である、(2)に記載の磁壁移動型空間光変調器。
【0012】
(4)前記第1磁化固定部および前記第2磁化固定部は、それぞれ、スピンフロップ磁界が、前記第1強磁性層の保磁力および前記第2強磁性層の保磁力よりも大きい、(1)から(3)のいずれか一項に記載の磁壁移動型空間光変調器。
【0013】
(5)前記第1磁化固定部を構成する前記第1強磁性層の保磁力は、前記第2磁化固定部を構成する前記第1強磁性層の保磁力よりも小さく、前記第1磁化固定部を構成する前記第2強磁性層の保磁力は、前記第2磁化固定部を構成する前記第2強磁性層の保磁力よりも小さい、(1)から(4)のいずれか一項に記載の磁壁移動型空間光変調器。
【0014】
(6)前記第1磁化固定部を構成する前記第1強磁性層の保磁力は、前記第1磁化固定部を構成する前記第2強磁性層の保磁力以上であり、前記第2磁化固定部を構成する前記第1強磁性層の保磁力は、前記第2磁化固定部を構成する前記第2強磁性層の保磁力以上である、(1)から(5)のいずれか一項に記載の磁壁移動型空間光変調器。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、簡易なプロセスで、磁壁移動型空間光変調素子の駆動電流を大きくせずに、磁壁移動型空間光変調素子の開口率を大きくすることが可能な磁壁移動型空間光変調器を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】従来の磁壁移動型空間光変調素子の構造を示す斜視図である。
【
図2】
図1の磁壁移動型空間光変調素子の初期動作を示す側面図である。
【
図3】従来の磁壁移動型空間光変調素子の構造および動作を示す側面図である。
【
図4】従来の磁壁移動型空間光変調器の構造を示す上面図である。
【
図5】
図4の磁壁移動型空間光変調素子と画素選択トランジスタのドレイン電極およびグランド電極との位置関係を示す上面図である。
【
図6】本実施形態の磁壁移動型空間光変調素子の構造の一例を示す斜視図である。
【
図7】
図6の磁壁移動型空間光変調素子の初期動作を示す側面図である。
【
図8】
図4および
図6の磁壁移動型空間光変調素子の計算モデルの
図7(a)に対応する初期状態を示す斜視図である。
【
図9】
図6の磁壁移動型空間光変調素子の計算モデルによる初期動作の計算結果を示す斜視図である。
【
図10】
図6の磁壁移動型空間光変調素子の計算モデルによる初期動作の計算結果を示す斜視図である。
【
図11】
図4および
図6の磁壁移動型空間光変調素子の計算モデルの
図7(b)に対応する初期状態を示す斜視図である。
【
図12】
図4および
図6の磁壁移動型空間光変調素子の計算モデルによるx方向の位置に対する第2磁化固定部からの漏れ磁界のz成分の関係を示す図である。
【
図13】
図6の磁壁移動型空間光変調素子の計算モデルによる第1強磁性層の厚さを変化させた場合のx方向の位置に対する第2磁化固定部からの漏れ磁界のz成分の関係を示す図である。
【
図14】
図6の磁壁移動型空間光変調素子の計算モデルによる第1強磁性層の厚さに対する初期磁区の幅および閾値電流の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら説明するが、本実施形態の磁壁移動型空間光変調器の基本的な構成(材料、構造、動作等)は、従来の磁壁移動型空間光変調器と同様であるため、まず、従来の磁壁移動型空間光変調器について説明する。
【0018】
[従来の磁壁移動型空間光変調器]
図1に、従来の磁壁移動型空間光変調素子の構造の一例を示す。磁壁移動型空間光変調素子10は、入射した光の偏光の向きを変化させて出射する光変調部11と、光変調部11の両端部に配置されており、保磁力が異なる第1磁化固定部12および第2磁化固定部13と、を有し、基板(例えば、Si基板)上に形成される。
【0019】
第1磁化固定部12および第2磁化固定部13は、それぞれ、Cu、Al、Au、Ag、Ru、Ta、Cr等の金属およびその合金等の一般的な電極材料で構成される下部電極を最下層に有し、下部電極にパルス電流源が接続されている。
【0020】
磁壁移動型空間光変調素子10は、所定方向に延びている上面視矩形状の光変調部11の両端部に、互いに平行に延びている第1磁化固定部12および第2磁化固定部13が配置されており、光変調部11は、第1磁化固定部12および第2磁化固定部13が延びている方向に対して、垂直に延びている。光変調部11の下面と、第1磁化固定部12および第2磁化固定部13の上面は、同一平面で接しており、第1磁化固定部12および第2磁化固定部13を介して、光変調部11にパルス電流を注入することができる。
【0021】
図2に、磁壁移動型空間光変調素子10の初期動作を示す。具体的には、第1磁化固定部12の保磁力(Hc1)および第2磁化固定部13の保磁力(Hc2)の間に、保磁力差(Hc2>Hc1)を設計し、外部磁界を印加することにより、光変調制御に必須となる光変調部11の両端部における互いに反平行な磁化を実現する。まず、下向きの外部磁界Hx1(Hx1>Hc2>Hc1)を印加すると、光変調部11、第1磁化固定部12および第2磁化固定部13の磁化が下向きになる(
図2(a)参照)。次に、上向きの外部磁界Hx2(Hc2>Hx2>Hc1)を印加すると、光変調部11および第1磁化固定部12の磁化が上向きに反転する(
図2(b)参照)。このとき、第1磁化固定部12からの漏れ磁界Hlによって光変調部11の第1磁化固定部12の側の端部に初期磁区11aが形成される。(
図2(c)参照)。また、
図3に示すように、光変調部11にパルス電流を注入することにより、磁壁11bを駆動すると、第2磁化固定部13からの漏れ磁界によって、光変調部11の第2磁化固定部13の側の端部に第2磁区11cが形成される。このため、磁壁移動型空間光変調素子10および10Aの開口率は、光変調領域11dで決定される。
【0022】
なお、磁壁移動型空間光変調素子10Aは、光変調部11と、第1磁化固定部12および第2磁化固定部13との間に、微細加工プロセスや磁気的な設計に応じて、非磁性層14が形成されている以外は、磁壁移動型空間光変調素子10と同様である。
【0023】
第1磁化固定部12は、強磁性材料で構成され、磁化が一方向に固定されている。第1磁化固定部12は、光変調部11と同一方向の磁気異方性を有するため、光変調部11が垂直磁気異方性を有する強磁性材料で構成される場合には、第1磁化固定部12も垂直磁気異方性を有する強磁性材料で構成される。このとき、光変調部11および第1磁化固定部12が、垂直磁気異方性を有する強磁性材料で構成されることが好ましい。
【0024】
非磁性層14は、光変調部11および第1磁化固定部12の間に配置され、光変調部11および第1磁化固定部12の間の磁界による相互作用を保つことができる。
【0025】
非磁性層14は、第1磁化固定部12上に積層される。非磁性層14は、後述する製造工程において、第1磁化固定部12に、エッチングのダメージが及ばないようにするために設けられる。非磁性層14としては、非磁性金属からなる薄膜を用いることができる。非磁性金属としては、例えば、Ta、Mo、Ruが挙げられる。
【0026】
なお、非磁性層14上に、バッファ層が形成されていてもよい。バッファ層は、電流を流す必要があるため、薄膜化したときに、適度な導電性を有する材料で構成される。また、バッファ層は、後述する製造工程におけるエッチングレートが低く、且つSIMS(二次イオン質量分析)の検出感度が高い元素を含み、SIMS式エンドポイントモニターでモニタリングすることが可能な材料で構成されることが望ましい。これにより、エッチングをバッファ層で確実に止めることが可能となり、第1磁化固定部12にダメージが及ぶのを回避できる。
【0027】
バッファ層を構成する材料としては、酸化物または窒化物を用いることができ、例えば、MgO、Al2O3、MgAl2O4、TiO2、ZnO、RuO2が挙げられる。これら中でも、MgOが好ましい。MgOは、適度な導電性を有し、エッチングレートが低く、SIMS感度が高い。
【0028】
光変調部11は、第1磁化固定部12上または非磁性層14上に形成される。光変調部11は、強磁性材料で構成され、磁気光学効果(カー効果)の大きい材料で構成されることが好ましい。磁気光学効果を大きくするためには、光変調部11は、垂直磁気異方性を有する強磁性材料で構成されることが好ましい。光変調部11としては、例えば、強磁性膜(例えば、Co膜)と非磁性膜(例えば、Pd膜、Pt膜、Cu膜)との多層膜、TbFeCo膜、GdFe膜、GdFeCo膜等の希土類金属と遷移金属との合金(RE-TM合金)膜が挙げられる。これらの中でも、GdFe膜およびGdFeCo膜が好ましい。
【0029】
第1磁化固定部12と、第1磁化固定部12上の光変調部11との間には、非磁性層14を介して、磁界による相互作用が存在している。これにより、第1磁化固定部12の磁化と、第1磁化固定部12上の光変調部11の磁化が同時に反転する。
【0030】
第2磁化固定部13を構成する材料は、第1磁化固定部12を構成する材料と同様であり、光変調部11に対して、第1磁化固定部12と同様に振る舞うように、第2磁化固定部13を設計する。すなわち、第2磁化固定部13と、第2磁化固定部13上の光変調部11との間には、非磁性層14を介して、磁界による相互作用が存在している。
【0031】
ここで、第1磁化固定部12および第2磁化固定部13は、
図3に示すように、磁壁11bおよび光変調領域11dを形成するために、保磁力が異なるように設計される。このため、外部磁界を印加する初期動作により、光変調制御に必須となる光変調部11の両端部における互いに反平行な磁化を実現することが可能となっている。
【0032】
なお、光変調部11、第1磁化固定部12、第2磁化固定部13および非磁性層14の各層間または下部電極との界面に、機能層を適宜形成してもよい。例えば、微細加工プロセス中に光変調部11にダメージが及ばないように、光変調部11上に、Ta、RuまたはSiNを含むキャップ層を形成してもよい。キャップ層は、光変調部11を構成するGdFeやTbFeCoが大気中で酸化するのを防止する機能を有する。
【0033】
上述した通り、第1磁化固定部12と、第1磁化固定部12上の光変調部11との間には、磁界による相互作用が存在しており、第2磁化固定部13と、第2磁化固定部13上の光変調部11との間にも、磁界による相互作用が存在している。そして、
図1および
図3に示すように、第1磁化固定部12の磁化が上向きになるように設計されている一方で、第2磁化固定部13の磁化が下向きになるように設計されている。
【0034】
光変調部11には、光変調部11の長手方向に対して垂直な磁壁11bが形成されている。すなわち、光変調部11の磁壁11bの両側に形成される磁区の磁化が互いに逆方向となっている。例えば、
図1および
図3に示すように、磁壁11bよりも第1磁化固定部12の側の磁区の磁化が下向きとなっており、磁壁11bよりも第2磁化固定部13の側の磁区の磁化が上向きとなっている。
【0035】
このように、磁壁11bを介して、磁化の向きが異なる磁区を光変調部11に形成することにより、空間光変調素子として機能させることができる。より詳しくは、例えば、磁壁移動型空間光変調素子10を反射型の空間光変調素子として構成した場合には、磁壁移動型空間光変調素子10の上方から光変調部11の上面に対して偏光の揃った光が入射すると、磁化の向きに応じて、反射光の偏光面の回転角度が異なったものとなる。そのため、これらの異なる偏光面の回転角度に応じた各反射光を、偏光フィルタを介して、それぞれ光の明暗に割り当てることにより、光を変調させることが可能となる。一方で、ガラス、サファイア等の透光性の材料で基板を構成することにより、磁壁移動型空間光変調素子10を透過型の空間光変調素子として機能させることも可能である。
【0036】
図4に、従来の磁壁移動型空間光変調器の構造を示す。磁壁移動型空間光変調器200は、複数の磁壁移動型空間光変調素子20を備える。また、磁壁移動型空間光変調素子20は、磁壁移動型空間光変調素子10と同様に、光変調部21と、第1磁化固定部22と、第2磁化固定部23と、を有する。このとき、第1磁化固定部22および第2磁化固定部23を構成する材料は同一であるが、第1磁化固定部22が延びている方向の長さは、第2磁化固定部23が延びている方向の長さよりも長い。このため、第1磁化固定部22の保磁力は、第2磁化固定部23の保磁力よりも小さい。ここで、第1磁化固定部22の両側に配置されている磁壁移動型空間光変調素子20は、第1磁化固定部22を共有している。また、第1磁化固定部22が延びている方向に配置されている磁壁移動型空間光変調素子20は、第1磁化固定部22を共有している。
【0037】
一方、
図5に示すように、第1磁化固定部22がグランド電極24と接し、第2磁化固定部23の一部が画素選択トランジスタのドレイン電極25と接する。
【0038】
なお、磁壁移動型空間光変調器200の製造方法としては、特に限定されないが、例えば、特許文献3に記載されている方法を用いることができる。具体的には、まず、Siバックプレーン上に形成された絶縁部材のSiO2層に対して、第1磁化固定部22および第2磁化固定部23の形状に対応したレジストをパターニングした後、エッチングする。次に、Siバックプレーン上のエッチングされた領域に、第1磁化固定部22および第2磁化固定部23を成膜する。次に、レジスト層を除去した後、光変調部21を構成する材料を成膜する。次に、光変調部21の形状に対応したレジストをパターニングした後、エッチングする。最後に、レジスト層を除去し、光変調部21を形成する。
【0039】
[本実施形態の磁壁移動型空間光変調器]
本実施形態の磁壁移動型空間光変調器は、本実施形態の磁壁移動型空間光変調素子を備えるが、磁壁移動型空間光変調器200と同様に、複数の磁壁移動型空間光変調素子を備えていてもよい。
【0040】
図6に、本実施形態の磁壁移動型空間光変調素子の構造の一例を示す。磁壁移動型空間光変調素子30は、磁壁移動型空間光変調素子10、20と同様に、光変調部31と、第1磁化固定部32と、第2磁化固定部33と、を有する。このとき、第1磁化固定部32は、光変調部31の側から、第1強磁性層32a、非磁性層32bおよび第2強磁性層32cが順次積層されている合成反強磁性体である。また、第2磁化固定部33は、光変調部31の側から、第1強磁性層33a、非磁性層33bおよび第2強磁性層33cが順次積層されている合成反強磁性体である。具体的には、第1強磁性層32aの磁化が上向きとなっており、第2強磁性層32cの磁化が下向きとなっている。また、第1強磁性層33aの磁化が下向きとなっており、第2強磁性層33cの磁化が上向きとなっている。すなわち、第1強磁性層32aおよび第2強磁性層32cは、反強磁性結合しており、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cは、反強磁性結合している。
【0041】
例えば、Co膜、Ru膜およびCo膜が順次積層されている合成反強磁性体においては、Ru膜の膜厚によって、強磁性結合と反強磁性結合を繰り返し、飽和磁界の大きさ(反強磁性結合エネルギー)が繰り返し変化し、Ru膜の膜厚が3nmである場合の反強磁性結合エネルギーが5erg/cm2となる(S.S.P.Parkin et al.,Phys,Rev,Lett 64,2304(1990)、S.S.P.Parkin,Phys,Rev,Lett 67,3598(1991)参照)。
【0042】
磁壁移動型空間光変調素子30は、磁壁移動型空間光変調素子20と同様に、第1磁化固定部32および第2磁化固定部33を構成する材料は同一であるが、第1磁化固定部32が延びている方向の長さは、第2磁化固定部33が延びている方向の長さよりも長い。このため、第1強磁性層32aの保磁力は、第1強磁性層33aの保磁力よりも小さい。同様に、第2強磁性層32cの保磁力は、第2強磁性層33cの保磁力よりも小さい。
【0043】
第1強磁性層32a、第1強磁性層33a、第2強磁性層32cおよび第2強磁性層33cを構成する材料としては、垂直磁気異方性を有するCPP-GMR(垂直通電型巨大磁気抵抗効果)素子、TMR素子等の磁化固定部を構成する磁化を垂直方向に固定することが可能な強磁性材料を用いることができる。強磁性材料としては、例えば、Fe、Co、Ni等の遷移金属および遷移金属の合金等が挙げられる。遷移金属の合金としては、例えば、TbFe系合金、TbFeCo系合金、CoCr系合金、CoPt系合金、CoPd系合金、FePt系合金が挙げられる。
【0044】
前述したように、第1強磁性層および第2強磁性層の間に非磁性層を挟むことにより、第1磁化固定部32および第2磁化固定部33を合成反強磁性体とすることが可能となる。このような非磁性層を構成する材料としては、Ruが一般的に使用されるが、本実施形態においては、非磁性層32bおよび非磁性層33bを構成する材料として、Ruの他に、Ir、Rh等の非磁性材料が使用される。
【0045】
図7に、磁壁移動型空間光変調素子30の初期動作を示す。具体的には、まず、光変調部31の保磁力(Hc0)、第1強磁性層32a、第2強磁性層32cの保磁力(Hc11、Hc12)、第1強磁性層33a、第2強磁性層33cの保磁力(Hc21、Hc22)、第1磁化固定部32および第2磁化固定部33のスピンフロップ磁界(HcS)の間に、以下の大小関係を設計する。ここで、スピンフロップ磁界は、非磁性層を挟む第1強磁性層および第2強磁性層が反平行磁化状態を保つことができない磁界と定義する。すなわち、スピンフロップ磁界以上である外部磁界が印加されると、第1強磁性層および第2強磁性層は反強磁性結合しない。
Hc21>Hc11、Hc22>Hc12
Hc21≧Hc22、Hc11≧Hc12
HcS>Hc11>Hc0、HcS>Hc21>Hc0
【0046】
次に、上向きの外部磁界Hx1(Hx1≧HcS)を印加すると、光変調部31、第1強磁性層32a、第2強磁性層32c、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cの磁化が上向きに反転する(
図7(a)参照)。次に、下向きの外部磁界Hx2(Hc21>Hx2、Hx2>Hc22、Hx2>Hc11≧Hc12、HcS>Hx2)を印加すると、スピンフロップ磁界HcSに比べて外部磁界Hx2が小さいため、第2強磁性層33cの磁化が下向きに反転し、第2磁化固定部33は、合成反強磁性体となる(
図7(b)参照)。このとき、第1強磁性層33aおよび第1強磁性層33a上の光変調部31以外(第1強磁性層33a上以外の光変調部31、第1強磁性層32a、第2強磁性層32cおよび第2強磁性層33c)の磁化が下向きに反転する。次に、外部磁界Hx2の印加を停止すると、第2強磁性層32cの磁化が上向きに反転し、第1磁化固定部32は、合成反強磁性体となる(
図7(c)参照)。このとき、磁壁移動型空間光変調素子20とは異なり、第1磁化固定部32、第2磁化固定部33は、合成反強磁性体であるため、第1磁化固定部32からは漏れ磁界がほとんど発生しない。その結果、光変調部31の第1磁化固定部33の側の端部が初期磁区31aとなる。また、光変調部31にパルス電流を注入することにより、磁壁31bを駆動すると、光変調部31の第1磁化固定部32の側の端部が第2磁区31cとなる。このため、磁壁移動型空間光変調素子30の開口率は、光変調領域31dで決定されるが、第1磁化固定部32、第2磁化固定部33が合成反強磁性体である影響で漏れ磁界がほとんど発生しないため、光変調領域31dが大きくなる。このため、磁壁移動型空間光変調素子30は、駆動電流を大きくせずに、開口率を大きくすることができる。
【0047】
例えば、Hc12=1[kOe]、Hc11=2[kOe]、Hc22=1.5[kOe]、Hc21=4[kOe]、Hc0=0.3[kOe]、HcS=5[kOe]、Hx1=6[kOe]、Hx2=3[kOe]とすることで、磁壁移動型空間光変調素子30の初期動作が可能となる。
【0048】
このとき、第1強磁性層32aの厚さと飽和磁化との積は、第2強磁性層32cの厚さと飽和磁化との積よりも大きく、第1強磁性層33aの厚さと飽和磁化との積は、第2強磁性層33cの厚さと飽和磁化との積よりも大きい。これにより、磁壁移動型空間光変調素子30の駆動電流を大きくせずに、磁壁移動型空間光変調素子30の開口率を大きくすることができる。
【0049】
第2強磁性層32cの厚さと飽和磁化との積に対する第1強磁性層32aの厚さと飽和磁化との積の比および第2強磁性層33cの厚さと飽和磁化との積に対する第1強磁性層33aの厚さと飽和磁化との積の比は、それぞれ、1.2以上1.5以下であることが好ましい。第2強磁性層32cの厚さと飽和磁化との積に対する第1強磁性層32aの厚さと飽和磁化との積の比が1.2未満であると、初期磁区31aの幅が大きくなるため、磁壁移動型空間光変調素子の開口率が小さくなり、1.5を超えると、磁壁移動型空間光変調素子の駆動電流が大きくなる。また、第2強磁性層33cの厚さと飽和磁化との積に対する第1強磁性層33aの厚さと飽和磁化との積の比が1.2未満であると、第2磁区31cの幅が大きくなるため、磁壁移動型空間光変調素子の開口率が小さくなり、1.5を超えると、磁壁移動型空間光変調素子の駆動電流が大きくなる。
【0050】
ここで、第1強磁性層32aおよび第2強磁性層32cを構成する材料が同一である場合、第1強磁性層32aの厚さと飽和磁化との積に対する第2強磁性層32cの厚さと飽和磁化との積の比は、第1強磁性層32aの厚さに対する第2強磁性層32cの厚さの比となる。同様に、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cを構成する材料が同一である場合、第1強磁性層33aの厚さと飽和磁化との積に対する第2強磁性層33cの厚さと飽和磁化との積の比は、第1強磁性層33aの厚さに対する第2強磁性層33cの厚さの比である。
【0051】
第1磁化固定部32のスピンフロップ磁界は、第1強磁性層32aの保磁力および第2強磁性層32cの保磁力よりも大きく、第2磁化固定部33のスピンフロップ磁界は、第1強磁性層33aの保磁力および第2強磁性層33cの保磁力よりも大きい。これにより、第1強磁性層32aおよび第2強磁性層32cが反強磁性結合し、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層32cが反強磁性結合する。
【0052】
なお、磁壁移動型空間光変調素子30の形成方法としては、特に限定されないが、例えば、特許文献3に記載されている方法を用いることができる。具体的には、まず、Siバックプレーン上に形成された絶縁部材のSiO2層に対して、第1磁化固定部32および第2磁化固定部33の形状に対応したレジストをパターニングした後、エッチングする。次に、Siバックプレーン上のエッチングされた領域に、第1強磁性層32a、第1強磁性層33a、非磁性層32b、非磁性層33b、第2強磁性層32cおよび第2強磁性層33cを成膜する。このとき、第1強磁性層32aおよび第2強磁性層32cの間の保磁力差、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cの間の保磁力差を設計するために、厚さを調整する。次に、レジスト層を除去した後、光変調部31を構成する材料を成膜する。次に、光変調部31の形状に対応したレジストをパターニングした後、エッチングする。最後に、レジスト層を除去し、光変調部31を形成する。このため、簡易なプロセスで、保磁力差を有する磁壁移動型空間光変調素子30を形成することができる。
【0053】
ここで、磁壁移動型空間光変調素子20の光変調領域および磁壁移動型空間光変調素子30の光変調領域31dを、計算機シミュレーションにより検証した。具体的には、磁性体の磁化の動的過程を表すLLG(Landau-Lifsitz-Gilbert)方程式を用いて、磁壁電流駆動を計算した。このとき、メッシュサイズを20nmとした。ここで、LLG方程式は、式
【0054】
【数1】
で表される。ここで、Mは、磁化[T]、Heffは、有効磁界[A/m]、γは、磁気ジャイロ定数、αは、ダンピング定数、Pは、スピン分極率、gは、ランデのg因子、μ
Bは、ボーア磁子[J/T]、eは、電子の素電荷[C]、M
Sは、飽和磁化[T]、Jは、電流密度[A/m
2]である。また、H
effは、式
【0055】
【数2】
で表される。ここで、E
totは、全エネルギー、E
aniは、磁気異方性エネルギー、E
magは、静磁エネルギー、E
exは、交換エネルギー、E
extは、ゼーマンエネルギーである。
【0056】
図8(a)および(b)に、それぞれ磁壁移動型空間光変調素子20および30の計算モデルの
図7(a)に対応する初期状態を示す。なお、本計算では、第2磁化固定部が形成されている光変調部の一方の端部で検証した。ここで、光変調部21、31、第2磁化固定部23、第1強磁性層33a、非磁性層33bおよび第2強磁性層33cの各方向のサイズは、以下の通りである。
光変調部21、31;x方向:1700[nm]、y方向:200[nm]、z方向:10[nm]
第2磁化固定部23:x方向:100[nm]、y方向:200[nm]、z方向:20[nm]
第1強磁性層33a、第2強磁性層33c:x方向:100[nm]、y方向:200[nm]、z方向:10[nm]
非磁性層33b:x方向:100[nm]、y方向:200[nm]、z方向:1[nm]
【0057】
また、光変調部21、31、第2磁化固定部23、第1強磁性層33a、非磁性層33bおよび第2強磁性層33cの磁気特性のパラメータや構造は、実測と近い以下の値で計算した。
光変調部21、31の飽和磁化Ms:0.092[T]
光変調部21、31の異方性磁界Hk:2[kOe]
光変調部21、31の交換結合定数A:7.0×10-12[J/m]
第2磁化固定部23の異方性磁界Hk:10[kOe]
第2磁化固定部23、第1強磁性層33a、第2強磁性層33cの飽和磁化Ms:6[T]
第2磁化固定部23、第1強磁性層33a、第2強磁性層33cの交換結合定数A:1.0×10-11[J/m]
第1強磁性層33aの異方性磁界Hk:4[kOe]
第2強磁性層33cの異方性磁界Hk:1.5[kOe]
非磁性層33bの反強磁性結合エネルギー:5erg/cm2
【0058】
本シミュレーションでは、光変調部21、31、第2磁化固定部23、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cの保磁力を直接設定することができないが、保磁力は異方性磁界Hkと相関があるため、異方性磁界Hkを設定して計算した。このとき、光変調部21、31の保磁力を0.3[kOe]、第2磁化固定部23の保磁力を3[kOe]、第1強磁性層33aの保磁力を4[kOe]、第2強磁性層33cの保磁力を1.5[kOe]、第2磁化固定部33のスピンフロップ磁界を5[kOe]と想定した。
【0059】
図9および
図10に、磁壁移動型空間光変調素子30の計算モデルによる初期動作の計算結果を示す。磁壁移動型空間光変調素子30の初期動作は、前述した通り、第1強磁性層32aと第1強磁性層33aとの保磁力差を利用し、第1強磁性層32aと第1強磁性層33aが反平行になるように設定する。このとき、第1磁化固定部32と第2磁化固定部33は、左右反転対称な構造であるため(
図7(c)参照)、第2磁化固定部33が形成されている光変調部31の一方の端部で計算を実施した。
【0060】
まず、
図7(a)に対応するように、初期状態の光変調部31、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cの磁化を上向きに設定する(
図9(a)参照)。このとき、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cの保磁力比が2:1である。次に、初期状態から時間が経過した後の平衡状態になると、第1強磁性層33aと、第2強磁性層33cとの反強磁性結合が作用して、第2強磁性層33cの磁化が下向きに反転する(
図9(b)参照)。このとき、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cの保磁力比が1:1である場合にも、同様に、第1強磁性層33aと、第2強磁性層33cとの反強磁性結合が作用して、第2強磁性層33cの磁化が下向きに反転する。
【0061】
一方、初期状態の光変調部31および第2強磁性層33cの磁化を上向きに設定するとともに、第1強磁性層33aの磁化を下向きに設定する(
図10(a)参照)。このとき、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cの保磁力比が2:1である。次に、初期状態から時間が経過した後の平衡状態になると、第1強磁性層33aと、光変調部31との強磁性結合が作用して、光変調部31の磁化が下向きに反転する(
図10(b)参照)。このとき、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cの保磁力比が1:1である場合にも、同様に、第1強磁性層33aと、光変調部31との強磁性結合が作用して、光変調部31の磁化が下向きに反転する。
【0062】
この結果から、光変調部31、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cにおいて、以下の保磁力差を設定することで、反強磁性結合により、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cの磁化を逆方向にすることが可能であり、強磁性結合により、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cの磁化を同一方向にすることが可能であることがわかる。
Hc21≧Hc22、HcS>Hc21>Hc0
【0063】
本計算では、保磁力比を設けた第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cを簡易的に2:1および1:1に設定して計算した。本計算は、第1強磁性層33aの保磁力が第2強磁性層33cの保磁力よりも大きい場合および第1強磁性層33aの保磁力が第2強磁性層33cの保磁力と等しい場合を確認するための計算である。ここで、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cの保磁力比が1:1である場合は、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cを構成する材料を同一にすることができるため、磁壁移動型空間光変調素子30を形成するプロセスがさらに簡易になる。
【0064】
なお、本計算は、第2磁化固定部33のみに注目しているが、磁壁移動型空間光変調素子30は左右反転対称な構造となっているため(
図7(c)参照)、以下の保磁力差を設定することで、第1磁化固定部32において、第2磁化固定部33の磁化の向きを逆にした構成を実現することができる。
Hc21>Hc11、Hc22>Hc12
Hc21≧Hc22、Hc11≧Hc12
HcS>Hc11>Hc0、HcS>Hc21>Hc0
【0065】
以上の結果に基づいて、以降の計算においては、
図7(b)に対応する状態を初期状態として計算を実施した。
【0066】
図11(a)および(b)に、それぞれ磁壁移動型空間光変調素子20および30の計算モデルの
図7(b)に対応する初期状態を示す。また、
図12(a)および(b)に、それぞれ磁壁移動型空間光変調素子20および30の計算モデルによるx方向の位置に対する第2磁化固定部からの漏れ磁界のz成分の関係を示す。なお、漏れ磁界のz成分は、光変調部のz方向の中央において、y方向に平均した値である。
【0067】
図12(a)から、磁壁移動型空間光変調素子20では、第2磁化固定部23からの漏れ磁界のz成分は、第2磁化固定部23が存在する領域でプラス(上向き)となっている一方、第2磁化固定部23が存在する領域の右側でマイナス(下向き)となっており、光変調部21に初期磁区が形成されることがわかる。第2磁化固定部23からの漏れ磁界のz成分の絶対値は、第2磁化固定部23から離れるにつれて緩やかに小さくなり、ゼロになる。このとき、第2磁化固定部23からの漏れ磁界は、空間的に広がりをもつため、初期磁区の幅、すなわち、x方向の長さは、750nm程度であった。
【0068】
一方、
図12(b)から、磁壁移動型空間光変調素子30では、磁壁移動型空間光変調素子20と同様の傾向が見られるが、第2磁化固定部33からの漏れ磁界のz成分の絶対値が小さくなっていることがわかる。この理由は、光変調部31のz方向の中央に近い第1強磁性層33aの磁化が上向きとなり、光変調部31のz方向の中央から遠い第2強磁性層33cの磁化が下向きとなり、互いに打ち消しあうことにより、漏れ磁界が少なくなるためである。このとき、初期磁区の幅は、730nm程度であった。この理由は、初期磁区と隣接する光変調部31の磁化の向きを揃えようとする交換結合の相互作用により、初期磁区の幅が大きくなったためであると考えられる。
【0069】
そこで、初期磁区の幅を小さくするために、第1強磁性層33aの厚さを10nmから25nmまで変化させて、計算を実施した。このとき、第2強磁性層33cの厚さを10nm(一定)とした。
【0070】
図13に、磁壁移動型空間光変調素子30の計算モデルによる第1強磁性層33aの厚さを変化させた場合のx方向の位置に対する第2磁化固定部33からの漏れ磁界のz成分の関係を示す。また、
図14に、磁壁移動型空間光変調素子30の計算モデルによる第1強磁性層33aの厚さに対する初期磁区の幅の関係を示す。
【0071】
図13から、第1強磁性層33aの厚さが大きくなると、第2磁化固定部33が存在する領域の右側における第2磁化固定部33からの漏れ磁界のz成分の絶対値が大きくなることがわかる。また、
図14から、第1強磁性層33aの厚さが12nm以上であると、初期磁区の幅が小さくなることがわかる。この理由は、第2磁化固定部33が存在する領域の右側における漏れ磁界のz成分の絶対値が大きくなることで、初期磁区と隣接する光変調部31の磁化の向きを揃えようとする交換結合の相互作用の影響が小さくなるためであると考えられる。
【0072】
次に、初期磁区が形成された光変調部31にパルス電流を注入することによる磁壁電流駆動の計算を実施した。スピントランスファートルクによる磁壁電流駆動では、-y方向にパルス電流を注入するため、電子が+y方向へ移動する。この現象を利用して、磁壁を駆動するのに必要な電流の最小値(以下、閾値電流という)を求めた。
【0073】
図14に、磁壁移動型空間光変調素子30の計算モデルによる第1強磁性層33aの厚さに対する閾値電流の関係を示す。
【0074】
図14から、第1強磁性層33aの厚さが15nm以下であると、閾値電流が小さくなることがわかる。この理由は、第1強磁性層33aの厚さが大きくなると、第1強磁性層33aからの漏れ磁界のz成分が大きくなり(
図13参照)、磁化が動きにくくなるためである。この結果から、第1強磁性層33aからの漏れ磁界のz成分が大きくなると、閾値電流が大きくなることがわかる。
【0075】
以上のことから、第2強磁性層33cの厚さに対する第1強磁性層33aの厚さの比を1.2以上1.5以下に設計することが好ましいことがわかる。なお、第2強磁性層33cの厚さに対する第1強磁性層33aの厚さの比を調整する代わりに、第1強磁性層33aおよび第2強磁性層33cの組成等を調整することでも可能である。
【0076】
ここで、飽和磁化と厚さの積で磁気モーメントが決定されるため、第2強磁性層33cの飽和磁化と厚さとの積に対する第1強磁性層33aの飽和磁化と厚さとの積の比が1.2以上1.5以下であることが好ましい。
【0077】
本計算では、第1磁化固定部32と第2磁化固定部33が左右反転対称な構造であるため、第2磁化固定部33が形成されている光変調部31の一方の端部で計算を実施したが、第1磁化固定部32が形成されている光変調部31の一方の端部においても、同様である。すなわち、第2強磁性層32cの飽和磁化と厚さとの積に対する第1強磁性層32aの飽和磁化と厚さとの積の比が1.2以上1.5以下であることが好ましい。
【0078】
一般に、第1磁化固定部32(第1強磁性層32a、非磁性層32b、第2強磁性層32c)と、第2磁化固定部33(第1強磁性層33a、非磁性層33b、第2強磁性層33c)と、をそれぞれ形成すると、プロセス数が増大することに加え、位置合わせ精度が低下する。しかしながら、磁壁移動型空間光変調素子30では、第1磁化固定部32および第2磁化固定部33は、y方向の長さの差によって、保磁力差を設計することができる。これにより、簡易なプロセスで、磁壁移動型空間光変調素子30の駆動電流を大きくせずに、磁壁移動型空間光変調素子30の開口率を大きくすることが可能である。
【0079】
なお、磁壁移動型空間光変調素子30を駆動する場合に、例えば、アクティブマトリクス駆動方式を使用する(例えば、Aoshima,H.Kinjo,K.Machida,D.Kato,K.Kuga,T.Ishibashi and H.Kikuchi:“Active Matrix MagnetoOptical Spatial Light Modulator for Three-Dimensional Holographic Display Applications,”J.Display Tech.,Vol.12,No.10,pp.1212-1217(2016)参照)。アクティブマトリクス駆動方式は、MOSFETの電流ON/OFF比が、通常109程度であり、選択した磁壁移動型空間光変調素子以外に流れる電流がほとんど無いため、トランジスタを用いて、磁壁移動型空間光変調素子のスイッチング動作を確実に実施することが可能である。アクティブマトリクス駆動方式では、画素の高密度化に伴って、1画素当たりに供給することが可能な駆動電流が小さくなる。また、画素ピッチが小さくなると、トランジスタのサイズが小さくなるため、画素に供給される駆動電流が小さくなる。このため、駆動電流を大きくせずに、開口率を大きくすることが可能な磁壁移動型空間光変調素子30が有効である。
【0080】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は、上記の実施形態に限定されず、本発明の趣旨の範囲内で、上記の実施形態を適宜変更してもよい。例えば、第1磁化固定部32の長さを第2磁化固定部22の長さよりも大きくする代わりに、第1磁化固定部32の幅を第2磁化固定部22の幅よりも大きくして、第1磁化固定部32の保磁力を第2磁化固定部33の保磁力よりも小さくしてもよい。
【符号の説明】
【0081】
10、20、30 磁壁移動型空間光変調素子
11、21、31 光変調部
11a 初期磁区
11b 磁壁
11c 第2磁区
11d 光変調領域
12、22、32 第1磁化固定部
13、23、33 第2磁化固定部
32a、33a 第1強磁性層
32b、33b 非磁性層
32c、33c 第2強磁性層
14 非磁性層
24 グランド電極
25 ドレイン電極
200 磁壁移動型空間光変調器