(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024171032
(43)【公開日】2024-12-11
(54)【発明の名称】遺伝子改変植物の作製方法
(51)【国際特許分類】
A01H 1/00 20060101AFI20241204BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20241204BHJP
A01H 5/02 20180101ALI20241204BHJP
A01H 5/00 20180101ALI20241204BHJP
【FI】
A01H1/00 A ZNA
C12N15/09 110
A01H5/02
A01H5/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023087879
(22)【出願日】2023-05-29
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(71)【出願人】
【識別番号】517347643
【氏名又は名称】特定非営利活動法人植物工場研究会
(74)【代理人】
【識別番号】110003708
【氏名又は名称】弁理士法人鈴榮特許綜合事務所
(72)【発明者】
【氏名】今村 壮輔
(72)【発明者】
【氏名】高谷 和宏
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 真奈美
(72)【発明者】
【氏名】チン ドンポー
(72)【発明者】
【氏名】三位 正洋
(72)【発明者】
【氏名】吉村 有
(72)【発明者】
【氏名】林 絵理
(72)【発明者】
【氏名】雨谷 弓弥子
【テーマコード(参考)】
2B030
【Fターム(参考)】
2B030AD11
2B030CA14
(57)【要約】
【課題】 開花時期を人為的に調節できるように改変された遺伝子改変植物を作製するための新たな技術を提供すること。
【解決手段】 ゲノム編集技術を用いて、対象植物の内在性花成誘導遺伝子を、誘導性プロモーターと、前記誘導性プロモーターに作動可能に連結された外来性花成誘導遺伝子とを含む発現カセットと置換することを含む、遺伝子改変植物の作製方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲノム編集技術を用いて、対象植物の内在性花成誘導遺伝子を、誘導性プロモーターと、前記誘導性プロモーターに作動可能に連結された外来性花成誘導遺伝子とを含む発現カセットと置換することを含む、遺伝子改変植物の作製方法。
【請求項2】
前記置換が、前記発現カセット、前記内在性花成誘導遺伝子の少なくとも一部と相補的な配列を含むガイドRNAのコード領域、およびCas9タンパク質をコードするCas9遺伝子を前記対象植物に導入することにより行われる請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ガイドRNAが、前記内在性花成誘導遺伝子に含まれるイントロンの少なくとも一部と相補的な配列を含む請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記外来性花成誘導遺伝子が、前記内在性花成誘導遺伝子のコード配列と同じ塩基配列を有する請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記外来性花成誘導遺伝子が、前記内在性花成誘導遺伝子のコード配列の塩基配列を、以下の条件:
(i)改変花成誘導遺伝子が、前記Cas9タンパク質によって切断されないように改変されていること;および
(ii)改変花成誘導遺伝子が、前記内在性花成誘導遺伝子によりコードされるタンパク質と同じタンパク質をコードすること
を満たすように改変した改変花成誘導遺伝子である請求項2に記載の方法。
【請求項6】
前記置換が、前記対象植物の前記内在性花成誘導遺伝子を破壊して、内在性花成誘導遺伝子破壊株を得ることと、前記内在性花成誘導遺伝子破壊株に、前記発現カセットを導入することにより行われる請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記内在性花成誘導遺伝子が内在性FT(Flowering Locus T)遺伝子であり、前記外来性花成誘導遺伝子が外来性FT(Flowering Locus T)遺伝子である請求項1~6の何れか1項に記載の方法。
【請求項8】
対象植物の内在性花成誘導遺伝子を、誘導性プロモーターと、前記誘導性プロモーターに作動可能に連結された外来性花成誘導遺伝子とを含む発現カセットと置換するように改変された遺伝子改変植物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子改変植物の作製方法、具体的には、開花時期を人為的に調節できるように改変された遺伝子改変植物の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
作物栽培においては、開花、結実、採種などの花芽分化からはじまる一連の生殖プロセスを、目的とした時期に安全かつ確実に行い、高品質かつ高収量の作物を安定して収穫することが求められている。
【0003】
従来は、電照による長日条件を植物に一定期間与えることにより、あるいは完全遮光による暗黒条件で短日条件を植物に一定期間与えることにより、開花時期の調節が行われている(非特許文献1)。かかる従来法は、処理施設を設置する必要があるとともに、処理期間内に人為的な諸作業を行う必要がある。このため、従来法は、大掛かりな設備や人手が必要で、大変な手間がかかる。
【0004】
一方、植物の花芽分化は、日長を感受してFT(Flowering Locus T)遺伝子が発現することによって起こる過程が知られている(非特許文献2)。具体的には、花芽分化は、花芽分化に適した所定の日長であることを葉が感受して、その葉の維管束に隣接した細胞内でFT遺伝子が発現し、FTタンパク質が作られる。FTタンパク質は、維管束内を移動して茎頂の細胞内に到達し、茎頂の細胞内でFD(Flowering Locus D)タンパク質と結合する。これにより、茎頂分裂組織で花芽分化が開始される。
【0005】
このため、突然変異や人為的な遺伝子操作により内在性FT遺伝子の機能が破壊された場合や、不適切な日長条件下など、花芽分化に適した環境が得られない条件下では、所望の時期に所望の品質の作物を収穫することが困難となってしまう。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】コトバンク「開花調節」,https://kotobank.jp/word/%E9%96%8B%E8%8A%B1%E8%AA%BF%E7%AF%80-1515349
【非特許文献2】Kobayashi, Y. et al., “A pair of related genes with antagonistic roles in mediating flowering signals.” Science (1999) 286, 1960-1962
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、開花時期を人為的に調節できるように改変された遺伝子改変植物を作製するための新たな技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
一つの側面によれば、ゲノム編集技術を用いて、対象植物の内在性花成誘導遺伝子(例えば、内在性FT遺伝子)を、誘導性プロモーターと、前記誘導性プロモーターに作動可能に連結された外来性花成誘導遺伝子(例えば、外来性FT遺伝子)とを含む発現カセットと置換することを含む、遺伝子改変植物の作製方法が提供される。
【0009】
別の側面によれば、対象植物の内在性花成誘導遺伝子(例えば、内在性FT遺伝子)を、誘導性プロモーターと、前記誘導性プロモーターに作動可能に連結された外来性花成誘導遺伝子(例えば、外来性FT遺伝子)とを含む発現カセットと置換するように改変された遺伝子改変植物が提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、開花時期を人為的に調節できるように改変された遺伝子改変植物を作製するための新たな技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】第1実施形態に係る方法および第2実施形態に係る方法の概要を示す図。
【
図2】ターゲット遺伝子のターゲット配列をイントロンを含むようにデザインした例を示す図。
【
図3】改変FT遺伝子の配列のデザインの仕方を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の実施形態について説明する。以下に説明する実施形態は、上記側面の何れかをより具体化したものである。以下に記載する事項は、単独で又は複数を組み合わせて、上記側面の各々に組み入れることができる。
【0013】
以下の説明は、花成誘導遺伝子としてFT(Flowering Locus T)遺伝子を採用した場合を例に説明する。ただし、本発明は、FT遺伝子に限定されるものではなく、FT遺伝子以外の「花成誘導遺伝子」に広く適用可能である。本発明の一実施形態に従って、ゲノム編集技術を用いて、対象植物の内在性FT遺伝子を、誘導性プロモーターと、誘導性プロモーターに作動可能に連結された外来性FT遺伝子とを含む発現カセットと置換して遺伝子改変植物を作製する。得られた遺伝子改変植物の誘導性プロモーターを人為的に活性化すると、外来性FT遺伝子の発現が誘導され、花芽形成を所望のタイミングで引き起こすことができる。これにより、開花時期を人為的に調節することができる。
【0014】
<1.ゲノム編集技術>
本発明では、ゲノム編集技術を利用する。まず、ゲノム編集技術について説明する。ゲノム編集技術は、部位特異的ヌクレアーゼを利用して、ターゲット遺伝子を改変する技術として公知である。ゲノム編集技術の代表的な例として、CRISPR/Cas9技術が挙げられる。CRISPR/Cas9は、Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats/Crispr Associated protein 9の略語である。
【0015】
CRISPR/Cas9技術では、ターゲット遺伝子のターゲット配列と相補的な配列(例えば17~20塩基)を含むガイドRNAをコードするDNAと、Cas9タンパク質と呼ばれる部位特異的ヌクレアーゼをコードするCas9遺伝子とを、対象生物の細胞の核内へ導入する。ガイドRNAは、一般的には、ターゲット遺伝子のターゲット配列と相補的な配列(crRNA)と、Cas9タンパク質をcrRNAと結合させるための足場として機能する配列(tracrRNA)とが連結した一本鎖RNAである。CRISPR/Cas9技術では、ターゲット遺伝子のターゲット配列の下流に、PAM(protospacer adjacent motif)配列が存在することが必要である。PAM配列は、Cas9タンパク質により認識される特定の塩基配列であり、化膿レンサ球菌由来のCas9タンパク質の場合、5’-NGG-3’(ここで、Nは任意の塩基(すなわち、A、T、GまたはC)を指す)である。Cas9タンパク質は、PAM配列を認識し、PAM配列の3塩基上流の塩基とPAM配列の4塩基上流の塩基との間でターゲット遺伝子(二本鎖DNA)を切断する。この切断部位に外来性遺伝子を挿入する場合、ガイドRNAをコードするDNAおよびCas9遺伝子に加えて、外来性遺伝子を対象細胞に導入する。外来性遺伝子の5’末端および3’末端に、ターゲット遺伝子の切断部位の上流配列および下流配列と相同なアーム配列を配置しておくことにより、相同組換えが起こり、ターゲット遺伝子が外来性遺伝子によって置換される。
【0016】
<2.用語の説明>
本発明の一実施形態では、ゲノム編集により、対象植物の内在性FT遺伝子を、「誘導性プロモーターと、誘導性プロモーターに作動可能に連結された外来性FT遺伝子とを含む発現カセット」と置換する。ここでの置換は、内在性FT遺伝子を破壊しつつ、内在性FT遺伝子のゲノム上の位置と同じ位置に発現カセットを導入する場合と、内在性FT遺伝子を破壊しつつ、内在性FT遺伝子のゲノム上の位置とは異なる位置に発現カセットを導入する場合の両方を包含する。
【0017】
本明細書において、「対象植物」の用語は、ゲノム編集によって遺伝子改変される植物を指す。本明細書において「植物」は、一般的には、花を咲かせる植物(すなわち顕花植物)、具体的には、ゲノム内に花成誘導遺伝子(例えば、FT(Flowering Locus T)遺伝子)をもつことが知られている植物である。FT遺伝子は、花成誘導遺伝子とも呼ばれ、FT遺伝子の発現が花芽形成を誘導する。
【0018】
「植物」は、好ましくは被子植物であり、より好ましくは双子葉植物である。また、「植物」は、一年生植物であっても、多年生植物であってもよい。本明細書において「植物」の用語は、生長段階や分化の有無を問わず、当該植物がとることができるあらゆる形態の植物を指す。「植物」の用語には、例えば、植物体、種子、果実、不定胚、不定芽、脱分化状態の細胞集塊、プロトプラストなどが包含される。本明細書において「植物体」の用語は、根、茎、葉等から構成される植物の個体を指す。
【0019】
また、本明細書において、「内在性遺伝子」の用語は、対象植物のゲノム内に生得的に存在する遺伝子を指し、「外来性遺伝子」の用語は、ゲノム編集により対象植物のゲノム内に導入される予定の遺伝子(例えばベクター内の遺伝子)またはゲノム編集により対象植物のゲノム内に導入された遺伝子を指す。
【0020】
<3.第1実施形態>
一実施形態によれば、FT遺伝子の置換は、「誘導性プロモーターと、誘導性プロモーターに作動可能に連結された外来性FT遺伝子とを含む発現カセット」、「内在性FT遺伝子の少なくとも一部と相補的な配列を含むガイドRNAのコード領域」、および「Cas9タンパク質をコードするCas9遺伝子」を対象植物に導入することにより行うことができる。
【0021】
好ましい実施形態によれば、FT遺伝子の置換は、「誘導性プロモーターと、誘導性プロモーターに作動可能に連結された外来性FT遺伝子とを含む発現カセット」、「内在性FT遺伝子の少なくとも一部と相補的な配列を含むガイドRNAのコード領域」、「Cas9タンパク質をコードするCas9遺伝子」、および「誘導性プロモーターに結合して外来性FT遺伝子の転写を活性化する転写活性化因子をコードする遺伝子」を対象植物に導入することにより行うことができる。
【0022】
例えば、FT遺伝子の置換は、上記の発現カセット(以下、外来性FT遺伝子の発現カセットともいう)と、ガイドRNAのコード領域と、Cas9遺伝子と、(必要に応じて、転写活性化因子をコードする遺伝子)を含むベクターを対象植物に導入することにより行うことができる。外来性FT遺伝子の発現カセットと、ガイドRNAのコード領域と、Cas9遺伝子と、転写活性化因子をコードする遺伝子とを含むベクターの一例を
図1に示す。
【0023】
図1における略語は、以下のとおりである。
LB レフトボーダー
Kan
R カナマイシン耐性遺伝子
Arm アーム配列
FTcds FT遺伝子のコード配列(外来性FT遺伝子)
Ter ターミネーター
Gvg 転写活性化因子GVGをコードする遺伝子
crRNA CRISPR RNAのコード領域
tracrRNA トランス活性化型crRNAのコード領域
gRNA ガイドRNAのコード領域
Cas9 Cas9遺伝子
RB ライトボーダー
FT locus 内在性FT遺伝子の遺伝子座。
【0024】
図1に示すベクターは、5’末端から順に、選択マーカー遺伝子、外来性FT遺伝子の発現カセット、転写活性化因子をコードする遺伝子、およびゲノム編集カセットを含む。「選択マーカー遺伝子」は、ベクターが導入された植物細胞を選択するためのマーカー遺伝子である。「外来性FT遺伝子の発現カセット」は、5’末端から順に、内在性FT遺伝子(ターゲット遺伝子)の切断部位の上流配列に相同なアーム配列、誘導性プロモーター、外来性FT遺伝子、ターミネーター、および内在性FT遺伝子(ターゲット遺伝子)の切断部位の下流配列に相同なアーム配列を含む。「転写活性化因子をコードする遺伝子」は、誘導性プロモーターに結合して外来性FT遺伝子の転写を活性化する因子をコードするため、誘導性プロモーターの種類に応じて選択される。「ゲノム編集カセット」は、5’末端から順に、crRNAのコード領域、tracrRNAのコード領域、およびCas9遺伝子を含む。
【0025】
以下、「選択マーカー遺伝子」、「外来性FT遺伝子の発現カセット」、「ゲノム編集カセット」、および「転写活性化因子をコードする遺伝子」について順に説明する。
【0026】
(選択マーカー遺伝子)
選択マーカー遺伝子は、ベクターが導入された植物細胞を選択するためのマーカーとして機能することができれば、薬剤耐性遺伝子などの任意の選択マーカー遺伝子を使用することができる。
図1では、選択マーカー遺伝子の一例としてカナマイシン耐性遺伝子を示す。
【0027】
カナマイシン耐性遺伝子の塩基配列(配列番号1)を以下に示す。
【0028】
【0029】
選択マーカー遺伝子は、その上流に構成的プロモーター(例えば、CaMV 35Sプロモーター)を含み、その下流にポリアデニル化シグナル(例えば、CaMVポリアデニル化シグナル)を含んでいてもよい。CaMV 35Sプロモーターの塩基配列(配列番号2)およびCaMVポリアデニル化シグナルの塩基配列(配列番号3)を以下に示す。
【0030】
【0031】
【0032】
(外来性FT遺伝子の発現カセット)
図1において、外来性FT遺伝子の発現カセットは、5’末端から順に、誘導性プロモーターと、誘導性プロモーターに作動可能に連結された外来性FT遺伝子と、ターミネーターとを含む。すなわち、外来性FT遺伝子の発現は、誘導性プロモーターの活性により制御されている。
【0033】
「誘導性プロモーター」は、特定の条件下においてのみ活性化されるプロモーター、すなわち、特定の条件下においてのみ外来性FT遺伝子の発現を誘導するプロモーターを指す。「誘導性プロモーター」として、例えば、薬剤誘導性プロモーターや刺激誘導性プロモーターが知られている。薬剤誘導性プロモーターとして、例えば、糖質コルチコイド誘導性プロモーター、エストロゲン誘導性プロモーターが知られている。刺激誘導性プロモーターとして、例えば、光誘導性プロモーター(例えば、青色光誘導性プロモーター)が知られている。
【0034】
糖質コルチコイド誘導性プロモーターの塩基配列(配列番号4)を以下に示す。
【0035】
【0036】
外来性FT遺伝子は、FT遺伝子のコード配列を有し、イントロンを含まない。第1実施形態に係る方法において、外来性FT遺伝子は、内在性FT遺伝子のコード配列と同じ塩基配列を有することができる。内在性FT遺伝子のコード配列と同じ塩基配列を有する外来性FT遺伝子の塩基配列(配列番号5)を以下に示す。
【0037】
【0038】
外来性FT遺伝子のターミネーターの塩基配列の一例(配列番号6)を以下に示す。
【0039】
【0040】
図1において、外来性FT遺伝子の発現カセットは、5’側に、内在性FT遺伝子(ターゲット遺伝子)の切断部位の上流領域の配列に相同なアーム配列(Arm)を含み、3’側に、内在性FT遺伝子(ターゲット遺伝子)の切断部位の下流領域の配列に相同なアーム配列(Arm)を更に含む。5’側のアーム配列は、内在性FT遺伝子の切断部位の上流領域の配列に相同な配列とすることができる。3’側のアーム配列は、内在性FT遺伝子の切断部位の下流領域の配列に相同な配列とすることができる。このようなアーム配列を発現カセットの5’側および3’側に配置しておくことにより、対象植物のゲノムDNAと相同組換えが起こり、外来性FT遺伝子を誘導性プロモーターとともに対象植物のゲノムDNAに組込むことができる。
【0041】
5’側のアーム配列の一例(配列番号7)および3’側のアーム配列の一例(配列番号8)を以下に示す。
【0042】
【0043】
【0044】
(ゲノム編集カセット)
図1において、ゲノム編集カセットは、5’末端から順に、crRNAのコード領域、tracrRNAのコード領域、およびCas9遺伝子を含む。なお、本明細書において「RNAのコード領域」は、RNAをコードするDNAを指す。
【0045】
crRNAは、対象植物の内在性FT遺伝子(ターゲット遺伝子)の一部の配列(ターゲット配列)と相補的な配列を有する。crRNAは、「ガイド配列」とも呼ばれ、例えば17~20塩基とすることができる。tracrRNAは、Cas9タンパク質をcrRNAと結合させるための足場として機能する。crRNAおよびtracrRNAは、ガイドRNAを構成する(
図1参照)。ガイドRNAとして、一般的には、内在性FT遺伝子のターゲット配列と相補的な配列(crRNA)と、Cas9タンパク質をcrRNAと結合させるための足場として機能する配列(tracrRNA)とが連結した一本鎖RNAを使用することができる。このような一本鎖RNAは、シングルガイドRNA(sgRNA)として公知である。
【0046】
「crRNAのコード領域」の塩基配列の一例(配列番号9)を以下に示す。
【0047】
【0048】
この配列がコードするcrRNA(配列番号9)は、対象植物の内在性FT遺伝子に含まれるイントロンの少なくとも一部と相補的な配列を有する。
【0049】
「tracrRNAのコード領域」の塩基配列(配列番号10)を以下に示す。
【0050】
【0051】
上述のとおり、ガイドRNAは、シングルガイドRNA(sgRNA)とすることができる。「シングルガイドRNA(sgRNA)のコード領域」の塩基配列の一例(配列番号11)を以下に示す。
【0052】
【0053】
Cas9タンパク質をコードするCas9遺伝子の塩基配列(配列番号12)を以下に示す。Cas9遺伝子は、その上流に構成的プロモーター(例えば、CaMV 35Sプロモーター:配列番号2)を含むことができる。
【0054】
【0055】
【0056】
【0057】
【0058】
(転写活性化因子をコードする遺伝子)
図1に示すベクターは、「選択マーカー遺伝子」、「外来性FT遺伝子の発現カセット」、および「ゲノム編集カセット」に加えて、誘導性プロモーターの種類に応じて、「転写活性化因子をコードする遺伝子」を更に含んでいてもよい。
【0059】
例えば、誘導性プロモーターが糖質コルチコイド誘導性プロモーターである場合、ベクターは、「転写活性化因子GVGをコードする遺伝子」を更に含むことができる。「転写活性化因子GVG」は、酵母由来のGAL4のDNA結合ドメインと、単純ヘルペス由来のVP16の転写活性化ドメインと、ラット由来の糖質コルチコイドホルモン結合ドメインとから構成されるキメラ転写因子である。転写活性化因子GVGにデキサメタゾンなどの糖質コルチコイドホルモンが結合した場合のみ、転写活性化因子GVGは、糖質コルチコイド誘導性プロモーターに結合し、下流遺伝子の転写を活性化することができる。この転写誘導系は、GVG転写誘導系として公知である。
【0060】
「転写活性化因子GVGをコードする遺伝子」は、例えば、発現カセットとゲノム編集カセットとの間に位置することができる。また、「転写活性化因子GVGをコードする遺伝子」は、その上流に構成的プロモーター(例えば、CaMV 35Sプロモーター:配列番号2)を含み、その下流にターミネーター(例えば、エンドウ由来のリブロース-1,5-二リン酸カルボキシラーゼのスモールサブユニット(RbcS)のターミネーター:配列番号14)を含むことができる。
【0061】
「転写活性化因子GVGをコードする遺伝子」の塩基配列(配列番号13)および「転写活性化因子GVGをコードする遺伝子のターミネーター」の塩基配列の一例(配列番号14)を以下に示す。
【0062】
【0063】
上記の塩基配列において、一重下線を付した配列が、酵母由来のGAL4のDNA結合ドメインをコードする領域を示し、下線を付していない配列が、単純ヘルペス由来のVP16の転写活性化ドメインをコードする領域を示し、二重下線を付した配列が、ラット由来の糖質コルチコイドホルモン結合ドメインをコードする領域を示す。
【0064】
【0065】
(ターゲット配列のデザイン)
第1実施形態に係る方法では、対象植物の内在性FT遺伝子(ターゲット遺伝子)のターゲット配列を、内在性FT遺伝子(ターゲット遺伝子)のイントロンを含むようにデザインすることができる。ターゲット配列は、ガイドRNAに含まれるcrRNAがターゲットとする配列であり、crRNAは、ターゲット配列に相補的な配列を有する。したがって、crRNAは、対象植物の内在性FT遺伝子に含まれるイントロンの少なくとも一部と相補的な配列を有することができる。この相補的な配列は、「ガイド配列」と呼ばれる。
【0066】
このように、対象植物の内在性FT遺伝子(ターゲット遺伝子)のターゲット配列を、内在性FT遺伝子(ターゲット遺伝子)のイントロンを含むようにデザインした例を
図2に示す。
図2では、一例として、内在性FT遺伝子のエキソン2(ex2)と、その上流側のイントロンとに跨がる境界領域を、ターゲット配列(5’-
NNNNNNNNNNNAGNNNNN-3’)と決定している。あるいは、
図2では、別の例として、内在性FT遺伝子のエキソン1(ex1)と、その下流側のイントロンとに跨がる境界領域を、ターゲット配列(5’-NNNNNN
GTNNNNNNNNNN-3’)と決定している。これらのターゲット配列において、Nは任意の塩基(すなわち、A、T、GまたはC)を指す。下線を付した塩基がイントロンを指し、下線を付していない塩基がエキソンを指す。
【0067】
ターゲット配列のデザイン(またはcrRNA(ガイド配列)のデザイン)は、例えば、SnapGene(GSL Biotech LLC)という名称のソフトウェアを用いて行うことができる。例えば、ターゲット配列は、crRNA(ガイド配列)のGC含量が30~70%になるように設計することができる。
【0068】
このように、対象植物の内在性FT遺伝子(ターゲット遺伝子)のターゲット配列を、内在性FT遺伝子(ターゲット遺伝子)のイントロンを含むようにデザインし、crRNA(ガイド配列)が、対象植物の内在性FT遺伝子に含まれるイントロンの少なくとも一部と相補的な配列を有する場合、以下の利点を有することができる。すなわち、かかるcrRNAを含むガイドRNAは、対象植物の内在性FT遺伝子(これは、イントロンを含む)に特異的に結合することができるが、発現カセット内の外来性FT遺伝子(これは、FT遺伝子のコード配列であるため、イントロンを含まない)に結合することはできない。したがって、この場合、Cas9タンパク質が、発現カセット内の外来性FT遺伝子を切断することを防ぐことができ、結果として、対象植物の内在性FT遺伝子のみを切断することができる。これにより、対象植物の内在性FT遺伝子を外来性FT遺伝子の発現カセットと効率良く置換することができる。
【0069】
図1に示すベクター(選択マーカー遺伝子、外来性FT遺伝子の発現カセット、転写活性化因子をコードする遺伝子、およびゲノム編集カセットを含む)は、市販のゲノム編集用ベクター(例えば、pKSE401(addgene))を利用して調製することができる。例示した市販のゲノム編集用ベクターは、予め、選択マーカー遺伝子、tracrRNAのコード領域、およびCas9遺伝子を含んでいる。このため、市販のゲノム編集用ベクターに、crRNA(ガイド配列)のコード領域、外来性FT遺伝子の発現カセット、および転写活性化因子をコードする遺伝子を導入することにより、
図1に示すベクターを調製することができる。
【0070】
以上説明したとおり、
図1に示すベクターを対象植物の細胞に導入することにより、ゲノム編集を行うことができる。ベクターの対象植物への導入は、アグロバクテリウム法やパーティクルガンを用いたカルス誘導法など常法に従って行うことができる。
図1に示すとおり、ゲノム編集により、対象植物の内在性FT遺伝子は切断されるとともに、内在性FT遺伝子のゲノム上の位置と同じ位置に外来性FT遺伝子が導入される。
【0071】
(効果)
上記ベクターが導入された植物細胞から植物体を再生し、得られた遺伝子改変植物の誘導性プロモーターを人為的に活性化すると、外来性FT遺伝子の発現が誘導され、花芽の形成を所望のタイミングで引き起こすことができる。これにより、開花時期を人為的に調節することができる。その結果、季節外の切り花や果実の生産、安定した種子生産、栄養成長を持続した野菜の収量増などが期待でき、農産物生産の安定化や収入増に大きく貢献することができる。
【0072】
背景技術の欄に記載したとおり、従来法は、処理施設を設置する必要があるとともに、処理期間内に人為的な諸作業を行う必要がある。このため、従来法は、大掛かりな設備や人手が必要で、大変な手間がかかる。一方、本発明により提供される技術は、通常の栽培条件下に置かれた植物に対して、誘導性プロモーターの活性を誘導する(例えば、薬剤誘導性プロモーターの場合、所定の薬剤を散布する)ことにより開花を誘導できるため、きわめて簡便である。このように、本発明により提供される技術は、従来法と比較してきわめて簡便に開花時期を調節することができる点で優れている。
【0073】
<4.第2実施形態>
以下、第2実施形態に係る方法を説明するが、第1実施形態に係る方法と重複する説明は省略し、第1実施形態に係る方法と異なる点のみ説明する。
【0074】
第2実施形態に係る方法においても、
図1に示す構造を有するベクター(すなわち、選択マーカー遺伝子、発現カセット、転写活性化因子をコードする遺伝子、およびゲノム編集カセットを含むベクター)を対象植物の細胞に導入することにより、ゲノム編集を行うことができる。
【0075】
上述のとおり、第1実施形態に係る方法では、「外来性FT遺伝子」として、内在性FT遺伝子のコード配列と同じ塩基配列を有するもの(配列番号5)を使用し、「crRNA(ガイド配列)のコード領域」として、対象植物の内在性FT遺伝子に含まれるイントロンの少なくとも一部と相補的な配列を有するもの(配列番号9)を使用する。一方、第2実施形態に係る方法では、「外来性FT遺伝子」として、以下で説明する改変FT遺伝子を使用し、「crRNA(ガイド配列)のコード領域」として、対象植物の内在性FT遺伝子に含まれるエキソンと相補的な配列を有しているものを使用する。
【0076】
かかる「crRNAのコード領域」の塩基配列の一例(配列番号15)を以下に示す。
【0077】
【0078】
上述のとおり、ガイドRNAは、シングルガイドRNA(sgRNA)とすることができる。「シングルガイドRNA(sgRNA)のコード領域」の塩基配列の一例(配列番号16)を以下に示す。
【0079】
【0080】
すなわち、第2実施形態に係る方法では、「crRNAのコード領域」として、第1実施形態に係る方法で使用した「crRNAのコード領域」(すなわち、対象植物の内在性FT遺伝子に含まれるイントロンの少なくとも一部と相補的な配列を有しているもの)を使用する必要がない。
【0081】
(改変FT遺伝子の配列のデザイン)
第2実施形態に係る方法では、外来性FT遺伝子が、内在性FT遺伝子のコード配列の塩基配列を、以下の条件:
(i)改変FT遺伝子が、Cas9タンパク質によって切断されないように改変されていること;および
(ii)改変FT遺伝子が、内在性FT遺伝子によりコードされるタンパク質(すなわち、内在性FTタンパク質)と同じタンパク質をコードすること
を満たすように改変した改変FT遺伝子である。
【0082】
改変FT遺伝子は、例えば、以下のようにデザインすることができる。
図3に、改変FT遺伝子の配列のデザインの仕方を示す。内在性FT遺伝子(ターゲット遺伝子)のターゲット配列の下流に存在するPAM(protospacer adjacent motif)配列を、Cas9タンパク質に認識されないように改変する。このように改変したFT遺伝子を「改変FT遺伝子」とする。これにより、改変FT遺伝子がCas9タンパク質によって切断されないようにすることができる。このPAM配列の改変によって、改変FT遺伝子は、内在性FT遺伝子とは異なる塩基配列を有するが、内在性FTタンパク質と異なるアミノ酸配列をコードしないようにする(
図3参照)。すなわち、このPAM配列の改変は、改変FT遺伝子が、内在性FTタンパク質と同じアミノ酸配列をコードするように(すなわち、サイレント変異になるように)行う。なお、
図3では、内在性FTタンパク質のアミノ酸配列を、簡略化してX
1X
2X
3X
4X
5X
6X
7と示した。このPAM配列の改変は、対象植物のコドン頻度の情報に基づいて、比較的メジャーなコドンに変更する(すなわち、レアコドンに変更しない)ように行うことが望ましい。
【0083】
改変FT遺伝子の配列のデザインは、例えば、SnapGene(GSL Biotech LLC)という名称のソフトウェアを用いて行うことができる。
【0084】
改変FT遺伝子の一例の塩基配列(配列番号17)を以下に示す。
【0085】
【0086】
上記の改変FT遺伝子において、改変部位を下線により示す。上記の改変FT遺伝子において、PAM配列GGGは、Cas9タンパク質に認識されないようにGAGに改変されている。また、この改変FT遺伝子は、未改変のFT遺伝子によりコードされるタンパク質と同じアミノ酸配列をコードすることができる。具体的には、未改変のFT遺伝子の改変部位におけるコドン:AGG GTTと、改変FT遺伝子の改変部位におけるコドン:AGA GTTは、同じアミノ酸をコードすることができる。
【0087】
上述のとおり、発現カセット内の外来性FT遺伝子として、上記の改変FT遺伝子を使用すると、Cas9タンパク質が、発現カセット内の外来性FT遺伝子を切断することを防ぐことができ、結果として、対象植物の内在性FT遺伝子のみを切断することができる。これにより、対象植物の内在性FT遺伝子を外来性FT遺伝子の発現カセットと効率良く置換することができる。
【0088】
第2実施形態に係る方法においても、ゲノム編集により、対象植物の内在性FT遺伝子は切断されるとともに、内在性FT遺伝子のゲノム上の位置と同じ位置に外来性FT遺伝子を導入することができる。
【0089】
<5.変形例>
第1実施形態および第2実施形態に係る方法では、ゲノム編集は、外来性FT遺伝子の発現カセットと、ゲノム編集カセットとを含むベクターを、対象植物の細胞に導入することにより行うことができる。かかるゲノム編集の手法は、Wolter et al., “Efficient in planta gene targeting in Arabidopsis using egg cell-specific expression of Cas9 nuclease of Staphylococcus aureus”, The Plant Journal (2018) 94, 735-746を参照することができる。
【0090】
あるいは、ゲノム編集は、Cas9遺伝子の発現カセットを含む第1ベクターを対象植物に導入し、Cas9遺伝子を過剰に発現する植物体(形質転換体)を取得し、その後、外来性FT遺伝子の発現カセットと、ガイドRNAのコード領域とを含む第2ベクター(
図4参照)を形質転換体に導入することにより行ってもよい。外来性FT遺伝子の発現カセットと、ガイドRNAのコード領域と、転写活性化因子をコードする遺伝子とを含む第2ベクターの一例を
図4に示す。上述のとおり、ガイドRNAとして、一般的には、内在性FT遺伝子のターゲット配列と相補的な配列(crRNA)と、Cas9タンパク質をcrRNAと結合させるための足場として機能する配列(tracrRNA)とが連結した一本鎖RNAを使用することができる。このような一本鎖RNAは、シングルガイドRNA(sgRNA)として公知である。
【0091】
図4における略語は、以下のとおりである。
LB レフトボーダー
Hm
R ハイグロマイシン耐性遺伝子
Arm アーム配列
FTcds FT遺伝子のコード配列(外来性FT遺伝子)
Ter ターミネーター
Gvg 転写活性化因子GVGをコードする遺伝子
crRNA CRISPR RNAのコード領域
tracrRNA トランス活性化型crRNAのコード領域
gRNA ガイドRNAのコード領域
RB ライトボーダー
FT locus 内在性FT遺伝子の遺伝子座。
【0092】
図4に示すベクターは、5’末端から順に、選択マーカー遺伝子、外来性FT遺伝子の発現カセット、転写活性化因子をコードする遺伝子、およびガイドRNAのコード領域を含む。「選択マーカー遺伝子」は、ベクターが導入された植物細胞を選択するためのマーカー遺伝子である。「外来性FT遺伝子の発現カセット」は、5’末端から順に、内在性FT遺伝子(ターゲット遺伝子)の切断部位の上流配列に相同なアーム配列、誘導性プロモーター、外来性FT遺伝子、ターミネーター、および内在性FT遺伝子(ターゲット遺伝子)の切断部位の下流配列に相同なアーム配列を含む。「転写活性化因子をコードする遺伝子」は、誘導性プロモーターに結合して外来性FT遺伝子の転写を活性化する因子をコードするため、誘導性プロモーターの種類に応じて選択される。「ガイドRNAのコード領域」は、5’末端から順に、crRNAのコード領域およびtracrRNAのコード領域を含む。
【0093】
このように2回の形質転換を行うゲノム編集の手法は、Miki et al., “CRISPR/Cas9-mediated gene targeting in Arabidopsis using sequential transformation”, Nature Communications (2018) 9, 1967を参照することができる。
【0094】
<6.第3実施形態>
第3実施形態によれば、FT遺伝子の置換は、対象植物の内在性FT遺伝子を破壊して、内在性FT遺伝子破壊株を得ることと、内在性FT遺伝子破壊株に、外来性FT遺伝子の発現カセットを導入することにより行うことができる。
【0095】
第3実施形態に係る方法では、まず、対象植物の内在性FT遺伝子を破壊して、内在性FT遺伝子破壊株を取得する。例えば、内在性FT遺伝子の破壊は、CRISPR/Cas9技術などのゲノム編集技術を用いて行うことができる。具体的には、内在性FT遺伝子の破壊は、内在性FT遺伝子の少なくとも一部と相補的な配列を含むガイドRNAのコード領域、およびCas9タンパク質をコードするCas9遺伝子を対象植物に導入することにより行うことができる。このゲノム編集において、「crRNA(ガイド配列)のコード領域」として、配列番号15に示される塩基配列を使用することができる。あるいは、内在性FT遺伝子破壊株は、突然変異処理(例えば、放射線照射による処理や、メタンスルホン酸エチルによる処理など)により準備してもよいし、自然変異により準備してもよい。
【0096】
次に、得られた内在性FT遺伝子破壊株のゲノムに、外来性FT遺伝子の発現カセットを導入する。外来性FT遺伝子の発現カセットは、誘導性プロモーターと、誘導性プロモーターに作動可能に連結された外来性FT遺伝子とを含む。発現カセットの対象植物への導入は、アグロバクテリウム法やパーティクルガンを用いたカルス誘導法など常法に従って行うことができる。この形質転換において、「外来性FT遺伝子」として、配列番号5に示される塩基配列を使用することができる。
【0097】
この形質転換の結果、外来性FT遺伝子の発現カセットは、内在性FT遺伝子破壊株のゲノム上の任意の位置に挿入され、特定の位置に挿入されない。一般に、目的の発現カセットが挿入されるゲノム上の位置によって、外来性遺伝子の発現量に違いが生じる「位置効果」が観察される。そのため、得られた形質転換体のなかから、花芽形成効率が高い植物体を選択してもよい。例えば、数ラインの形質転換体を取得し、各形質転換体の誘導性プロモーターを人為的に活性化し、外来性FT遺伝子の発現を誘導する。各形質転換体の花芽形成効率を確認し、花芽形成効率が高い植物体を選択することができる。
【0098】
上述のとおり、第3実施形態に係る方法では、内在性FT遺伝子を破壊しつつ、内在性FT遺伝子のゲノム上の位置とは異なる位置に外来性FT遺伝子の発現カセットが導入される。
【0099】
<7.別の側面に係る発明および一般化された発明>
別の側面によれば、上述の「遺伝子改変植物の作製方法」により作製される遺伝子改変植物が提供される。すなわち、別の側面によれば、対象植物の内在性FT遺伝子を、誘導性プロモーターと、前記誘導性プロモーターに作動可能に連結された外来性FT遺伝子とを含む発現カセットと置換するように改変された遺伝子改変植物が提供される。
【0100】
また、ここまで、「ゲノム編集により内在性FT遺伝子を外来性FT遺伝子の発現カセットに置換した遺伝子改変植物に関する発明」を説明してきたが、上記発明において、対象遺伝子はFT遺伝子に限定されず、FT遺伝子以外の花成誘導遺伝子に一般化することができる。「花成誘導遺伝子」は、この遺伝子を破壊した場合に、花芽の形成ができなくなったり花芽の形成が遅れたりする遺伝子をいう。「花成誘導遺伝子」は、FT遺伝子に加えて、FTホモログ遺伝子として知られている花成誘導遺伝子を使用することができる。FTホモログ遺伝子として知られている花成誘導遺伝子は、例えば、イネ由来のHd3a遺伝子、トマト由来のSFT遺伝子、カンキツ由来のCiFT遺伝子、シロイヌナズナ由来のLEAFY(LFY)遺伝子などが挙げられる。
【0101】
すなわち、一般化された発明によれば、ゲノム編集技術を用いて、対象植物の内在性花成誘導遺伝子を、誘導性プロモーターと、前記誘導性プロモーターに作動可能に連結された外来性花成誘導遺伝子とを含む発現カセットと置換することを含む、遺伝子改変植物の作製方法が提供される。更に、一般化された発明によれば、対象植物の内在性花成誘導遺伝子を、誘導性プロモーターと、前記誘導性プロモーターに作動可能に連結された外来性花成誘導遺伝子とを含む発現カセットと置換するように改変された遺伝子改変植物が提供される。
【0102】
<8.好ましい実施形態>
好ましい実施形態を以下にまとめて示す。
(A1)ゲノム編集技術を用いて、対象植物の内在性FT遺伝子を、誘導性プロモーターと、前記誘導性プロモーターに作動可能に連結された外来性FT遺伝子とを含む発現カセットと置換することを含む、遺伝子改変植物の作製方法。
(A2)前記置換が、
前記発現カセット、
前記内在性FT遺伝子の少なくとも一部と相補的な配列を含むガイドRNAのコード領域、および
Cas9タンパク質をコードするCas9遺伝子
を前記対象植物に導入することにより行われる(A1)に記載の方法。
(A3)前記置換が、
前記発現カセット、
前記内在性FT遺伝子の少なくとも一部と相補的な配列を含むガイドRNAのコード領域、
Cas9タンパク質をコードするCas9遺伝子、および
前記誘導性プロモーターに結合して前記外来性FT遺伝子の転写を活性化する転写活性化因子をコードする遺伝子
を前記対象植物に導入することにより行われる(A1)に記載の方法。
【0103】
(A4)前記ガイドRNAが、前記内在性FT遺伝子に含まれるイントロンの少なくとも一部と相補的な配列を含む(A2)または(A3)に記載の方法。
(A5)前記外来性FT遺伝子が、前記内在性FT遺伝子のコード配列と同じ塩基配列を有する(A4)に記載の方法。
【0104】
(A6)前記外来性FT遺伝子が、前記内在性FT遺伝子のコード配列の塩基配列を、以下の条件:
(i)改変FT遺伝子が、前記Cas9タンパク質によって切断されないように改変されていること(好ましくは、改変FT遺伝子が、前記内在性FT遺伝子に含まれるPAM(protospacer adjacent motif)配列がCas9タンパク質に認識されないように改変されていること);および
(ii)改変FT遺伝子が、前記内在性FT遺伝子によりコードされるタンパク質と同じタンパク質をコードすること
を満たすように改変した改変FT遺伝子である(A2)または(A3)に記載の方法。
(A7)前記ガイドRNAが、前記内在性FT遺伝子の少なくとも一部と相補的な配列(crRNA)と、前記Cas9タンパク質を前記crRNAと結合させるための足場として機能する配列(tracrRNA)とが連結した一本鎖RNAである(A2)~(A6)の何れか1に記載の方法。
【0105】
(A8)前記置換が、
ゲノム編集技術を用いて、前記対象植物の前記内在性FT遺伝子を破壊して、内在性FT遺伝子破壊株を得ることと、
前記内在性FT遺伝子破壊株に、前記発現カセットを導入すること
により行われる(A1)に記載の方法。
(A9)前記置換が、
ゲノム編集技術を用いて、前記対象植物の前記内在性FT遺伝子を破壊して、内在性FT遺伝子破壊株を得ることと、
前記内在性FT遺伝子破壊株に、前記発現カセットと、前記誘導性プロモーターに結合して前記外来性FT遺伝子の転写を活性化する転写活性化因子をコードする遺伝子とを導入すること
により行われる(A1)に記載の方法。
【0106】
(B1)対象植物の内在性FT遺伝子を、誘導性プロモーターと、前記誘導性プロモーターに作動可能に連結された外来性FT遺伝子とを含む発現カセットと置換するように改変された遺伝子改変植物。
(B2)前記置換が、
前記発現カセット、
前記内在性FT遺伝子の少なくとも一部と相補的な配列を含むガイドRNAのコード領域、および
Cas9タンパク質をコードするCas9遺伝子
を前記対象植物に導入することにより行われる(B1)に記載の遺伝子改変植物。
(B3)前記置換が、
前記発現カセット、
前記内在性FT遺伝子の少なくとも一部と相補的な配列を含むガイドRNAのコード領域、
Cas9タンパク質をコードするCas9遺伝子、および
前記誘導性プロモーターに結合して前記外来性FT遺伝子の転写を活性化する転写活性化因子をコードする遺伝子
を前記対象植物に導入することにより行われる(B1)に記載の遺伝子改変植物。
【0107】
(B4)前記ガイドRNAが、前記内在性FT遺伝子に含まれるイントロンの少なくとも一部と相補的な配列を含む(B2)または(B3)に記載の遺伝子改変植物。
(B5)前記外来性FT遺伝子が、前記内在性FT遺伝子のコード配列と同じ塩基配列を有する(B4)に記載遺伝子改変植物。
【0108】
(B6)前記外来性FT遺伝子が、前記内在性FT遺伝子のコード配列の塩基配列を、以下の条件:
(i)改変FT遺伝子が、前記Cas9タンパク質によって切断されないように改変されていること(好ましくは、改変FT遺伝子が、前記内在性FT遺伝子に含まれるPAM(protospacer adjacent motif)配列がCas9タンパク質に認識されないように改変されていること);および
(ii)改変FT遺伝子が、前記内在性FT遺伝子によりコードされるタンパク質と同じタンパク質をコードすること
を満たすように改変した改変FT遺伝子である(B2)または(B3)に記載の遺伝子改変植物。
(B7)前記ガイドRNAが、前記内在性FT遺伝子の少なくとも一部と相補的な配列(crRNA)と、前記Cas9タンパク質を前記crRNAと結合させるための足場として機能する配列(tracrRNA)とが連結した一本鎖RNAである(B2)~(B6)の何れか1に記載の遺伝子改変植物。
【0109】
(B8)前記置換が、
ゲノム編集技術を用いて、前記対象植物の前記内在性FT遺伝子を破壊して、内在性FT遺伝子破壊株を得ることと、
前記内在性FT遺伝子破壊株に、前記発現カセットを導入すること
により行われる(B1)に記載の遺伝子改変植物。
(B9)前記置換が、
ゲノム編集技術を用いて、前記対象植物の前記内在性FT遺伝子を破壊して、内在性FT遺伝子破壊株を得ることと、
前記内在性FT遺伝子破壊株に、前記発現カセットと、前記誘導性プロモーターに結合して前記外来性FT遺伝子の転写を活性化する転写活性化因子をコードする遺伝子とを導入すること
により行われる(B1)に記載の遺伝子改変植物。
【0110】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、実施段階ではその要旨を逸脱しない範囲で種々に変形することが可能である。また、各実施形態は適宜組み合わせて実施してもよく、その場合組み合わせた効果が得られる。更に、上記実施形態には種々の発明が含まれており、開示される複数の構成要件から選択された組み合わせにより種々の発明が抽出され得る。例えば、実施形態に示される全構成要件からいくつかの構成要件が削除されても、課題が解決でき、効果が得られる場合には、この構成要件が削除された構成が発明として抽出され得る。
【実施例0111】
[1]ベクターの作製
図1に示すベクターを以下のとおり作製した。まず、設計したガイドRNAのガイド配列(配列番号9)を、ゲノム編集用ベクターpKSE401(addgene)に導入した。pKSE401(addgene)は、カナマイシン耐性遺伝子(配列番号1~3)、tracrRNAのコード領域(配列番号10)、およびCas9遺伝子(配列番号2および12)を予め含んでいる。具体的には、ガイドRNAのガイド配列の導入は、pKSE401(addgene)をBsaIによって制限酵素処理して線状化ベクターを調製し、線状化ベクターにアニールしたオリゴヌクレオチドをライゲーションによって導入することにより行った。次に、外来性FT遺伝子の発現カセット(薬剤誘導コンストラクト;配列番号4~8の塩基配列を含む)および転写活性化因子GVG遺伝子(配列番号2、13および14)を、ライゲーションまたはIn-Fusionなどのシームレスクローニングにより、ゲノム編集カセット(配列番号9、10および12の塩基配列を含む)と連結した。これにより、
図1に示すベクターを作製した。
【0112】
[2]対象植物へのベクターの導入
作製されたベクターを、アグロバクテリウム法またはパーティクルガン法によって対象植物の細胞に導入し、ベクターが導入された植物細胞から植物体を再生した。ゲノム編集や相同組換えの確認は、ターゲット領域のPCR解析またはサザンブロット解析により行った。