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特開2024-171246ヌクレオチドの可視化方法およびその利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024171246
(43)【公開日】2024-12-11
(54)【発明の名称】ヌクレオチドの可視化方法およびその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/63 20060101AFI20241204BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20241204BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20241204BHJP
   C12N 15/62 20060101ALI20241204BHJP
【FI】
C12N15/63 Z ZNA
C12Q1/02
C12N5/10
C12N15/62 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023088218
(22)【出願日】2023-05-29
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】紙谷 浩之
(72)【発明者】
【氏名】藤川 芳宏
(72)【発明者】
【氏名】河合 秀彦
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 哲矢
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QQ02
4B063QR80
4B063QS38
4B063QX02
4B065AA90X
4B065AB01
4B065BA02
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】生細胞内のヌクレオチドを可視化する方法を提供する。
【解決手段】特定の構造を有する第1の融合タンパク質、および特定の構造を有する第2の融合タンパク質を細胞内で発現させることを特徴とする、細胞内ヌクレオチドの可視化法。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞内ヌクレオチドの可視化法であって、
第1の融合タンパク質、および
第2の融合タンパク質を細胞内で発現させることを特徴とし、
前記第1の融合タンパク質は、A-L-X、またはX-L-Aで示され、
前記第2の融合タンパク質は、B-L-Y、またはY-L-Bで示される、細胞内ヌクレオチドの可視化法。
(式中、
Aは、前記細胞内ヌクレオチドに結合するタンパク質の第1の部分であり、
Bは、前記細胞内ヌクレオチドに結合するタンパク質の第2の部分であり、
前記第1の部分および前記第2の部分は、それぞれ異なるアミノ酸配列を有し、かつ前記細胞内ヌクレオチドと相互作用し、
XおよびYは、前記第1の融合タンパク質および前記第2の融合タンパク質と、前記細胞内ヌクレオチドとが、細胞内で会合した場合に、蛍光を発する、または発光する物質であり、
Lは、リンカーであり、
nは、前記Lのアミノ酸数を示し、0~100である。)
【請求項2】
前記細胞内ヌクレオチドが、損傷ヌクレオチドを含む、請求項1に記載の可視化法。
【請求項3】
前記細胞内ヌクレオチドに結合するタンパク質が、前記損傷ヌクレオチドに結合するタンパク質である、請求項2に記載の可視化法。
【請求項4】
前記XおよびYが、fluoppiシステムを構成するAsh-TagおよびFP-tag、FRETを構成するドナー分子およびアクセプター分子、発光タンパク質を分割した第1の部分および第2の部分、または蛍光タンパク質を分割した第1の部分および第2の部分のいずれかの組み合わせである、請求項1~3のいずれか1項に記載の可視化法。
【請求項5】
第1の融合タンパク質、および第2の融合タンパク質からなる、細胞内ヌクレオチドの可視化用組み合わせであり、
前記第1の融合タンパク質は、A-L-X、またはX-L-Aで示され、
前記第2の融合タンパク質は、B-L-Y、またはY-L-Bで示される、組み合わせ。
(式中、
Aは、前記細胞内ヌクレオチドに結合するタンパク質の第1の部分であり、
Bは、前記細胞内ヌクレオチドに結合するタンパク質の第2の部分であり、
前記第1の部分および前記第2の部分は、それぞれ異なるアミノ酸配列を有し、かつ前記細胞内ヌクレオチドと相互作用し、
XおよびYは、前記第1の融合タンパク質、前記第2の融合タンパク質、および前記細胞内ヌクレオチドが、細胞内で会合した場合に、蛍光を発する、または発光する物質であり、
Lは、リンカーであり、
nは、前記Lのアミノ酸数を示し、0~100である。)
【請求項6】
請求項5に記載の第1の融合タンパク質をコードする核酸、および請求項5に記載の第2の融合タンパク質をコードする核酸を含む、ベクター。
【請求項7】
請求項5に記載の組み合わせ、または請求項6に記載のベクターを含む、形質転換体。
【請求項8】
請求項5に記載の組み合わせ、または請求項6に記載のベクターを含む、細胞内ヌクレオチドの可視化用キット。
【請求項9】
抗がん剤の候補物質のスクリーニング方法であって、
(A)請求項7に記載の形質転換体と、試験物質とを接触させる工程、
(B)前記形質転換体における細胞内の蛍光または発光を測定する工程、および
(C)前記試験物質と接触させた前記形質転換体における細胞内の蛍光または発光が、前記試験物質を接触させない場合と比べて高い場合に、前記試験物質が抗がん剤の候補物質であると判定する工程、を含み、
可視化の対象となる前記細胞内ヌクレオチドが損傷ヌクレオチドである、スクリーニング方法。
【請求項10】
抗酸化剤の候補物質のスクリーニング方法であって、
(a)請求項7に記載の形質転換体と、試験物質とを接触させる工程、
(b)前記形質転換体における細胞内の蛍光または発光を測定する工程、および
(c)前記試験物質と接触させた前記形質転換体における細胞内の蛍光または発光が、前記試験物質を接触させない場合と比べて低い場合に、前記試験物質が抗酸化剤の候補物質であると判定する工程、を含み、
可視化の対象となる前記細胞内ヌクレオチドが損傷ヌクレオチドである、スクリーニング方法。
【請求項11】
細胞の酸化ストレスの測定に使用するための、請求項5に記載の組み合わせ。
【請求項12】
請求項5に記載の組み合わせ、または請求項6に記載のベクターを導入した細胞を用いて、当該細胞内の蛍光または発光を指標とすることにより、細胞の酸化ストレスを測定する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヌクレオチドの可視化方法およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
ヌクレオチドは核酸関連化合物であり、塩基部、糖部およびリン酸から構成されている。ヌクレオチドは、DNAおよびRNAの原料、または代謝物であるが、「細胞内のエネルギー通貨」として知られるアデノシン5’-3リン酸(ATP)、細胞内情報伝達に関与するグアノシン5’-3リン酸(GTP)などもヌクレオチドに含まれる。
【0003】
細胞内のヌクレオチドを検出する方法として、様々な方法が提示されている。そのような方法としては例えば、細胞膜を破壊した細胞等に含まれるヌクレオチドを高速液体クロマトグラフィー等により検出する方法(非特許文献1、2)等が挙げられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】S. Matsuda and T. Kasahara, Simultaneous and absolute quantification of nucleoside triphosphates using liquid chromatography-triple quadrupole tandem mass spectrometry. Genes Environ. 40, 13 (2018)
【非特許文献2】Z. F. Pursell, J. T. McDonald, C. K. Mathews, T. A. Kunkel, Trace amounts of 8-oxo-dGTP in mitochondrial dNTP pools reduce DNA polymerase γ replication fidelity. Nucleic Acids Res. 36, 2174-2181 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述のような従来技術は、細胞内のヌクレオチドを可視化するために、細胞を破壊する必要があった。
【0006】
そこで、本発明の一態様は、細胞(とりわけ、生細胞)内のヌクレオチドを可視化する方法を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、特定の構造を有する第1の融合タンパク質と、特定の構造を有する第2の融合タンパク質と、を細胞内で発現させることにより、細胞(とりわけ、生細胞)内のヌクレオチドを可視化できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の構成を含む。
<1>細胞内ヌクレオチドの可視化法であって、第1の融合タンパク質、および第2の融合タンパク質を細胞内で発現させることを特徴とし、前記第1の融合タンパク質は、A-L-X、またはX-L-Aで示され、前記第2の融合タンパク質は、B-L-Y、またはY-L-Bで示される、細胞内ヌクレオチドの可視化法。(式中、Aは、前記細胞内ヌクレオチドに結合するタンパク質の第1の部分であり、Bは、前記細胞内ヌクレオチドに結合するタンパク質の第2の部分であり、前記第1の部分および前記第2の部分は、それぞれ異なるアミノ酸配列を有し、かつ前記細胞内ヌクレオチドと相互作用し、XおよびYは、前記第1の融合タンパク質および前記第2の融合タンパク質と、前記細胞内ヌクレオチドとが、細胞内で会合した場合に、蛍光を発する、または発光する物質であり、Lは、リンカーであり、nは、前記Lのアミノ酸数を示し、0~100である。)
<2>前記細胞内ヌクレオチドが、損傷ヌクレオチドを含む、<1>に記載の可視化法。
<3>前記細胞内ヌクレオチドに結合するタンパク質が、前記損傷ヌクレオチドに結合するタンパク質である、<2>に記載の可視化法。
<4>前記XおよびYが、fluoppiシステムを構成するAsh-TagおよびFP-tag、FRETを構成するドナー分子およびアクセプター分子、発光タンパク質を分割した第1の部分および第2の部分、または蛍光タンパク質を分割した第1の部分および第2の部分のいずれかの組み合わせである、<1>~<3>のいずれかに記載の可視化法。
<5>第1の融合タンパク質、および第2の融合タンパク質からなる、細胞内ヌクレオチドの可視化用組み合わせであり、前記第1の融合タンパク質は、A-L-X、またはX-L-Aで示され、前記第2の融合タンパク質は、B-L-Y、またはY-L-Bで示される、組み合わせ。(式中、Aは、前記細胞内ヌクレオチドに結合するタンパク質の第1の部分であり、Bは、前記細胞内ヌクレオチドに結合するタンパク質の第2の部分であり、前記第1の部分および前記第2の部分は、それぞれ異なるアミノ酸配列を有し、かつ前記細胞内ヌクレオチドと相互作用し、XおよびYは、前記第1の融合タンパク質、前記第2の融合タンパク質、および前記細胞内ヌクレオチドが、細胞内で会合した場合に、蛍光を発する、または発光する物質であり、Lは、リンカーであり、nは、前記Lのアミノ酸数を示し、0~100である。)
<6><5>に記載の第1の融合タンパク質をコードする核酸、および<5>に記載の第2の融合タンパク質をコードする核酸を含む、ベクター。
<7><5>に記載の組み合わせ、または<6>に記載のベクターを含む、形質転換体。
<8><5>に記載の組み合わせ、または<6>に記載のベクターを含む、細胞内ヌクレオチドの可視化用キット。
<9>抗がん剤の候補物質のスクリーニング方法であって、(A)<7>に記載の形質転換体と、試験物質とを接触させる工程、(B)前記形質転換体における細胞内の蛍光または発光を測定する工程、および(C)前記試験物質と接触させた前記形質転換体における細胞内の蛍光または発光が、前記試験物質を接触させない場合と比べて高い場合に、前記試験物質が抗がん剤の候補物質であると判定する工程、を含み、可視化の対象となる前記細胞内ヌクレオチドが損傷ヌクレオチドである、スクリーニング方法。
<10>抗酸化剤の候補物質のスクリーニング方法であって、(a)<7>に記載の形質転換体と、試験物質とを接触させる工程、(b)前記形質転換体における細胞内の蛍光または発光を測定する工程、および(c)前記試験物質と接触させた前記形質転換体における細胞内の蛍光または発光が、前記試験物質を接触させない場合と比べて低い場合に、前記試験物質が抗酸化剤の候補物質であると判定する工程、を含み、可視化の対象となる前記細胞内ヌクレオチドが損傷ヌクレオチドである、スクリーニング方法。
<11>細胞の酸化ストレスの測定に使用するための、<5>に記載の組み合わせ。
<12><5>または<11>に記載の組み合わせ、または<6>に記載のベクターを導入した細胞を用いて、当該細胞内の蛍光または発光を指標とすることにより、細胞の酸化ストレスを測定する方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、細胞(とりわけ、生細胞)内のヌクレオチドを可視化する方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例1に係る、dGまたはdGを添加して培養した生細胞中のdGTPの検出結果の観察像である。
図2】実施例2の試験1に係る、dGTPの検出結果の観察像である。
図3】実施例2の試験1に係る、dGTPの検出結果を示したグラフである。
図4】実施例2の試験2に係る、dGTPの検出結果の観察像である。
図5】実施例2の試験2に係る、dGTPの検出結果を示したグラフである。
図6】実施例3の試験1に係る、dGTPの検出結果の観察像である。
図7】実施例3の試験1に係る、dGTPの検出結果を示したグラフである。
図8】実施例3の試験2に係る、dGTPの検出結果の観察像である。
図9】実施例3の試験2に係る、dGTPの検出結果を示したグラフである。
図10】実施例4に係る、dGTPの検出結果の観察像である。
図11】実施例4に係る、dGTPの検出結果を示したグラフである。
図12】実施例5に係る、dGTPの検出結果を示した観察像である。
図13】実施例5に係る、dGTPの検出結果を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
〔1.本発明の概要〕
細胞内のヌクレオチドには様々な種類が存在している。例えばATP、GTP等のヌクレオチドは生体の恒常性の維持に関与しており、これらの濃度異常は疾病の原因となり得る。また、化学変化が生じた損傷ヌクレオチドは変異、発がん、および細胞死等の原因となっていることが知られており、細胞中のこれらの損傷ヌクレオチドを検出することにより、薬剤のスクリーニングを実施することができる。
【0012】
従来、ヌクレオチドを検出するためには、細胞膜を破壊した細胞、または組織を使用する必要があった。この方法ではヌクレオチドを定量的に解析することはできるが、細胞内での局在を調べることは困難である。また、従来の方法ではヌクレオチドを解析するたびに細胞を破壊する必要があったため、多数の試料が必要となる場合もあった。
【0013】
上述した従来の方法に対して、本発明の一実施形態に係るヌクレオチドの可視化方法は、融合タンパク質を細胞内で発現させることによりヌクレオチドを可視化するため、細胞を破壊する必要がない。それだけではなく、可視化されたヌクレオチドは蛍光を発するため、蛍光顕微鏡等を用いた観察も可能となる。それゆえ、本発明の一実施形態に係る可視化方法によれば、生細胞内のヌクレオチドの局在も調べることが可能である。このように、融合タンパク質の発現により生細胞内のヌクレオチドを可視化して、検出可能とする方法は従来には存在しなかったものであり、驚くべきことである。
【0014】
また、本発明の一実施形態に係るヌクレオチドの可視化方法は、損傷ヌクレオチドの濃度変化も可視化できるため、バイオマーカー、治療薬のスクリーニング、細胞の酸化ストレス測定等に有用である。
【0015】
〔2.細胞内ヌクレオチドの可視化法〕
本発明の一実施形態に係る細胞内ヌクレオチドの可視化法(以下、「本可視化方法」と称する。)は、特定の構造を有する第1の融合タンパク質、および特定の構造を有する第2の融合タンパク質を細胞内で発現させることを特徴とする。本可視化方法は、前記第1の融合タンパク質と、特定の構造を有する第2の融合タンパク質とが、細胞内のヌクレオチドと結合することで、細胞内のヌクレオチドを可視化することを可能とする。
【0016】
第1の融合タンパク質は、A-L-X、またはX-L-Aで示される。式中、Aは、前記細胞内ヌクレオチドに結合するタンパク質の第1の部分であり、かつ細胞内ヌクレオチドと相互作用し、Xは第1の融合タンパク質と、第2の融合タンパク質と、前記細胞内ヌクレオチドとが細胞内で会合した場合に、蛍光を発する物質、または発光する物質である。Lは、リンカーであり、nは、前記Lのアミノ酸数を示し、0~100である。
【0017】
第2の融合タンパク質は、B-L-Y、またはY-L-Bで示される。Bは、前記細胞内ヌクレオチドに結合するタンパク質の第2の部分であり、前記第2の部分は、前記第1の部分とは異なるアミノ酸配列を有し、かつ細胞内ヌクレオチドと相互作用し、Yは、前記第1の融合タンパク質、前記第2の融合タンパク質、および前記細胞内ヌクレオチドが、細胞内で会合した場合に、蛍光を発する物質、または発光する物質である。Lは、リンカーであり、nは、前記Lのアミノ酸数を示し、0~100である。
【0018】
本明細書中、「相互作用する」とは、前記AおよびBがそれぞれヌクレオチドに結合可能であること、または前記AおよびBがそれぞれヌクレオチドを認識可能であることを意味する。すなわち、AおよびBはそれぞれ単独でヌクレオチドに結合可能であってもよいし、AおよびBが細胞内で会合した場合にのみヌクレオチドに結合可能であってもよい。
【0019】
第1の融合タンパク質および第2の融合タンパク質は、細胞内で一過性に発現されていてもよいし、恒常的に発現されていてもよい。後述するスクリーニング方法、酸化ストレスの測定方法等において簡便に使用できる観点からは、細胞内で恒常的に発現させることが好ましい。これらの融合タンパク質を細胞内で発現させる方法としては、後述するベクターを細胞に導入する方法等が挙げられる。
【0020】
前記AおよびBは、1つのタンパク質中に少なくとも2つ存在する細胞内ヌクレオチドと相互作用する部分であり、かつそれぞれ異なるアミノ酸配列を有する部分である。前記AおよびBは、前記定義に含まれるものであれば特に限定されず、1つのタンパク質の全長を分割した各々の部分であってもよいし、1つのタンパク質中の一部分であってもよい。前者の場合は、分割したN末端側およびC末端側のそれぞれに細胞内ヌクレオチドと相互作用する領域を含む。また、後者の場合は、1つのタンパク質中の各一部分に、細胞内ヌクレオチドと相互作用する領域を含む。以下、前記AおよびBの一例として、1つのタンパク質の全長を分割した場合について説明する。前記タンパク質の分割位置は、前記AおよびBの各々を含む第1の融合タンパク質と、第2の融合タンパク質とを用いて、細胞内のヌクレオチドを可視化できる位置であれば特に限定されない。
【0021】
前記タンパク質の、分割位置を決定する方法としては、例えば、立体構造解析または構造解析予測ソフトウエアによって分割する位置を絞り込んだ後、後述する実施例1に記載の方法を実施して、その結果に基づいて決定することができる。より具体的には、細胞内ヌクレオチドに結合するタンパク質として、例えば、MutTを選択した場合、X線結晶構造解析による解析結果に基づくと、前記AおよびBとして使用可能な候補として、42番目と43番目のアミノ酸の間の位置、または95番目と96番目のアミノ酸の間の位置で分割した断片が得られる。タンパク質の分割は、例えば、二次構造を有さないループ部分であり、かつヌクレオチドに結合する部位ではない領域で分割することが好ましい。さらに、前記AおよびBの両方に、ヌクレオチドに結合する部位が存在するような領域で分割されることがより好ましい。次に、分割した前記タンパク質のそれぞれをXまたはYとリンカーにより結合させた、発現ベクタープラスミドを、任意のヒト細胞に公知の方法を用いて導入する。その後、蛍光顕微鏡等により蛍光、または発光等を確認し、最適なタンパク質の組み合わせを見つけることができる。
【0022】
本発明の特徴は、ヌクレオチドに特異的に結合するタンパク質を分割し、分割したタンパク質のそれぞれを細胞内で会合した場合に蛍光を発する、または発光する物質と結合させることにある。すなわち、本可視化方法において使用されるタンパク質は、検出したいヌクレオチドに特異的に結合する任意のタンパク質であればよい。また、検出対象となるヌクレオチドも、特異的に結合するタンパク質が知られているヌクレオチドであればよい。その一例として、実施例ではヌクレオチドであるdGTPに特異的に結合する、タンパク質のMutTを使用して、dGTPを可視化できることが実証されている。したがって、当業者であれば、dGTPおよびMutTを適宜変更して、任意のヌクレオチドとタンパク質の組み合わせに適用することができる。
【0023】
また、前記AおよびBとして使用する断片は、前記タンパク質の断片のうち、いずれであってもよい。すなわち、前記タンパク質としてMutTを採用した場合、95番目のアミノ酸までの断片をA、96番目のアミノ酸からの断片をBとしてもよいし、96番目のアミノ酸からの断片をA、95番目のアミノ酸までの断片をBとしてもよい。
【0024】
本可視化方法において、可視化されるヌクレオチドは特に限定されず、例えば、dGTP、dATP、dCTP、dTTP、GTP、ATP、CTP、UTP、およびこれらの損傷ヌクレオチド等が挙げられる。本明細書において、「損傷ヌクレオチド」とは、ヌクレオチドに化学物質、または放射線等が作用することにより、または酵素的に化学変化が生じたヌクレオチドを意図する。本可視化方法において、可視化されるヌクレオチドは、損傷ヌクレオチドを含むことが好ましく、損傷ヌクレオチドであることがより好ましい。損傷ヌクレオチドとしては、例えば、2'-デオキシグアノシン5’-三リン酸(dGTP)に活性酸素が作用した7,8-ジヒドロ-8-オクソ-2’-デオキシグアノシン5’-三リン酸(dGTP)、2-ヒドロキシ-2’-デオキシアデノシン5’-三リン酸(dATP)、dUTP、2’-デオキシイノシン5’-三リン酸(dITP)等が挙げられる。可視化されるヌクレオチドが損傷ヌクレオチドであれば、生体内の異常、または疾病等を検出しやすくなる。
【0025】
損傷ヌクレオチドは、DNA等に取り込まれることにより、細胞変異、発がん、細胞死の原因となる。がん細胞には損傷ヌクレオチドが蓄積していると考えられているため、損傷ヌクレオチドを可視化または検出することにより、がん細胞に対するスクリーニング等が可能となる。
【0026】
ヌクレオチドに結合する前記タンパク質は、上述した通り、目的とするヌクレオチドに結合可能なタンパク質であれば特に限定されない。前記ヌクレオチドに結合するタンパク質としては例えば、dGTPに結合するMutT、dATPに結合するOrf135、dGTPおよびdATPに結合するMTH1、dUTPに結合するdUTPase、dITPに結合するITPA、ATPに結合する種々のキナーゼ、GTPに結合するGsα、RAS p21等が挙げられる。これらの中でも、損傷ヌクレオチドに結合するタンパク質が好ましく、より好ましくは、MutT、Orf135、MTH1、dUTPase、ITPA等である。損傷ヌクレオチドに結合するタンパク質を使用することにより、生体内の異常、または疾病等を検出しやすくなる。ヌクレオチドに結合する前記タンパク質は、ヌクレオチドに対する結合能を失わない範囲で、アミノ酸が置換または欠失されていてもよい。
【0027】
前記式中、XおよびYは、細胞内で会合して、蛍光を発するか、または発光する物質であれば特に限定されない。本明細書において「蛍光を発する物質」は、蛍光輝点を形成する物質も含む。すなわち、本明細書において「蛍光を発する」との概念には、「蛍光輝点を形成する」ことも包含される。また、本明細書において「蛍光輝点」は、第1の融合タンパク質のX、および第2の融合タンパク質のYが会合することにより生じ、これらの融合タンパク質が拡散状態で存在しているよりも高い蛍光強度を有する領域を意味する。蛍光輝点の大きさは、通常10nm~10μmである。上述した事項は、「蛍光」を「発光」に置き換えた場合も同様である。
【0028】
蛍光を発する、または発光する物質の組み合わせとしては、fluoppi(登録商標)システムを構成するAsh-TagおよびFP-tag、FRET(蛍光共鳴エネルギー移動)を構成するドナー分子およびアクセプター分子、蛍光タンパク質(例えば、GFP)、発光タンパク質(例えば、ルシフェラーゼタンパク質)を分割した第1の部分および第2の部分等であり得る。これらの物質は、会合により蛍光を発する、または発光するため、ヌクレオチドの検出を容易に行うことができる。
【0029】
また、ヌクレオチドの検出にfluoppiシステム等を採用する場合、蛍光輝点が生じている場合に、ヌクレオチドが検出できていると判定する。この場合、XおよびYが単独で蛍光を発している状態は、ヌクレオチドが検出できているとは判定しない。なお、XおよびYが単独で蛍光を発している状態と、XおよびYが会合して蛍光輝点を形成している状態とは、当業者であれば明確に区別することができる。
【0030】
上記に加えて、本明細書中「発光する」とは、その物質自体が発光することだけでなく、対象となる物質が任意の発光反応を触媒することも含む。なお、可視化する細胞内ヌクレオチドがATPである場合は、発光するためにATPを使用する物質ではなく、ATPに依存しないタイプの物質(例えば、NanoLuc等ルシフェラーゼ)を使用することが好ましい。
【0031】
XおよびYがfluoppiシステムを構成するAsh-TagおよびFP-tagである場合、例えば、XがAsh-Tag、YがFP-tagであってもよく、XがFP-tag、YがAsh-Tagであってもよい。なお、FP-tagに使用可能な蛍光タンパク質としては例えば、Azami Green(AG)、ヒト化Azami Green(hAG)、およびMonti-Red等が挙げられるが、これらに限定されない。同様に、XおよびYがFRETを構成するドナー分子およびアクセプター分子である場合、例えばXがドナー分子、Yがアクセプター分子であってもよく、Xがアクセプター分子、Yがドナー分子であってもよい。さらに、XおよびYが蛍光タンパク質または発光タンパク質を分割した第1の部分および第2の部分である場合、例えばXが第1の部分、Yが第2の部分であってもよく、Xが第2の部分、Yが第1の部分であってもよい。
【0032】
本発明の一実施形態において、第1の融合タンパク質は配列番号12に示されるアミノ酸配列を有し、第2の融合タンパク質は配列番号13に示されるアミノ酸配列を有していてもよい。前記構成であれば、dGヌクレオチドを効率的に可視化することができる。
【0033】
前記式中、Lはリンカーである。リンカーは、任意のリンカーを使用することができ、特段限定されないが、例えば、グリシン-セリンリンカー、グリシンリンカー等が挙げられる。柔軟性の観点から、好ましくは、グリシン-セリンリンカーが使用される。リンカーを構成するアミノ酸の数は、リンカーの種類により異なり得るが、0~100であり、好ましくは0~50であり、より好ましくは1~30である。
【0034】
本可視化方法において、前記細胞としては、特に限定されないが、例えば、細菌、酵母、昆虫、植物、真核生物、哺乳動物、原核生物の細胞等が挙げられる。細胞としては、単離された細胞であってもよいし、生体内の細胞であってもよい。好ましくは、魚類、鳥類、哺乳動物等の細胞であり、より好ましくは哺乳動物の細胞、さらに好ましくはヒト細胞である。
【0035】
また、本可視化方法により検出されるヌクレオチドは、細胞の核内のヌクレオチドであってもよいし、小胞体等の細胞小器官内のヌクレオチドであってもよいし、細胞質内のヌクレオチドであってもよい。細胞の酸化ストレス等の評価を行いやすい観点から、細胞質内のヌクレオチドであることが好ましい。
【0036】
〔3.組み合わせ〕
本発明の一実施形態に係る細胞内ヌクレオチドの可視化用組み合わせ(以下、「本組み合わせ」と称する。)は、第1の融合タンパク質、および第2の融合タンパク質からなり、前記第1の融合タンパク質は、A-L-X、またはX-L-Aで示され、前記第2の融合タンパク質は、B-L-Y、またはY-L-Bで示される。(式中、Aは、前記細胞内ヌクレオチドに結合するタンパク質の第1の部分であり、Bは、前記細胞内ヌクレオチドに結合するタンパク質の第2の部分であり、前記第1の部分および前記第2の部分は、それぞれ異なるアミノ酸配列を有し、かつ細胞内ヌクレオチドと相互作用し、XおよびYは、前記第1の融合タンパク質、前記第2の融合タンパク質、および前記細胞内ヌクレオチドが、細胞内で会合した場合に、蛍光を発する、発光する物質であり、Lは、リンカーであり、nは、前記Lのアミノ酸数を示し、0~100である。)以下、前記〔1.ヌクレオチドの可視化方法〕において既に説明した事項については、適宜記載を省略する。
【0037】
本組み合わせは、種々の用途に使用し得るが、好ましくは、細胞の酸化ストレスを測定するために使用される。本発明の一実施形態において、本組み合わせは、細胞の酸化ストレスのバイオマーカーとして使用されてもよい。本組み合わせが、細胞の酸化ストレスの測定に使用される場合、本組み合わせにより可視化されるヌクレオチドは、損傷ヌクレオチドであることが好ましく、dGTPまたはdATPであることがより好ましい。
【0038】
細胞の酸化ストレスの測定の詳細については、後述する〔4.酸化ストレスの測定方法〕の項で記載する。
【0039】
(ベクター)
本発明の一実施形態に係るベクター(以下、「本ベクター」と称する。)は、前記第1の融合タンパク質をコードする核酸、および前記第2の融合タンパク質をコードする核酸を含む。
【0040】
本ベクターの母体となる基材ベクターとしては、一般的に使用される種々のベクターを用いることができる。例えば、プラスミド、ファージまたはコスミド等を用いることができ、導入される細胞または導入方法に応じて適宜選択できる。つまり、ベクターの具体的な種類は特に限定されるものではなく、宿主細胞中で発現可能なベクターを適宜選択すればよい。宿主細胞の種類に応じて、確実に第1の融合タンパク質をコードする遺伝子、および第2のタンパク質をコードする遺伝子を発現させるために適宜プロモーター配列を選択し、これと上記遺伝子を各種プラスミド等に組み込んだものを発現ベクターとして用いればよい。かかる発現ベクターは、例えば、ファージベクター、プラスミドベクター、ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、染色体ベクター、エピソームベクター、ウイルス由来ベクター等を利用可能である。
【0041】
また、本ベクターにおいて、前記第1の融合タンパク質をコードする核酸、および前記第2の融合タンパク質をコードする核酸は、適切なプロモーターに作動可能に連結されることが好ましい。使用されるプロモーターは、宿主細胞の種類等に応じて、適宜選択することができる。本ベクターにおいて、第1の融合タンパク質をコードする核酸と、第2の融合タンパク質をコードする核酸は、同一のベクターに導入されていてもよいし、別々のベクターにそれぞれ導入されていてもよい。前記核酸が同一のベクターに導入されている場合、第1の融合タンパク質と第2の融合タンパク質とが別々に発現するように、これらの核酸配列がT2Aリンカー等の自己切断ペプチドにより結合されていてもよい。
【0042】
本ベクターは、さらに、転写開始、転写終結のための部位、および、転写領域中に翻訳のためのリボゾーム結合部位を含むことが好ましい。ベクター構築物によって発現される成熟転写物のコード部分は、翻訳されるべきポリペプチドの始めに転写開始AUGを含み、そして終わりに適切に位置される終止コドンを含むことになる。
【0043】
本ベクターは、例えば、配列番号3または4の塩基配列を有するcDNAが挿入された組み換え発現ベクターであってもよい。
【0044】
(形質転換体)
本発明の一実施形態に係る形質転換体(以下、「本形質転換体」と称する。)は、本組み合わせ、または本ベクターを含有する。
【0045】
本形質転換体には、細胞・組織・器官のみならず、細菌、酵母、昆虫、植物、真核生物、哺乳動物、原核生物の個体も含まれる。これらの中でも哺乳動物個体が好ましい。哺乳動物としては特に限定されるものではないが、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスター、マウス、ラットなどが例示される。
【0046】
本組み合わせ、または本ベクターを対象に導入する方法も特に限定されない。本組み合わせを対象に導入する場合、第1の融合タンパク質、および第2の融合タンパク質を直接細胞に導入してもよい。そのような方法としては例えば、細胞タンパク質導入試薬、膜透過ペプチド、エンベロープ、磁性ナノ粒子を使用する方法等が挙げられる。本ベクターを対象に導入する場合、対象の種類に応じて、適宜プロモーター配列を選択し、各種プラスミドに遺伝子配列を組み込んだベクター等を導入してもよい。ベクターの導入方法も特に限定されず、例えば、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、カチオン性脂質媒介トランスフェクション等を適宜使用することができる。
【0047】
(キット)
本発明の一実施形態に係るヌクレオチドの可視化用キット(以下、「本キット」と称する。)は、本組み合わせ、または本ベクターを含有する。
【0048】
本キットは、特定の材料を内包する容器(例えば、ボトル、プレート、チューブ、ディッシュ等)を備えた包装物が意図される。本発明のキットは、それに含まれる各材料が独立して存在している形態であってもよく、複数の材料が混在している形態(例えば、組成物の形態)であってもよい。キットは、各材料を使用するための指示書を備えていることが好ましい。
【0049】
〔4.スクリーニング方法〕
本発明の一実施形態において、抗がん剤の候補物質のスクリーニング方法であって、(A)本形質転換体と、試験物質とを接触させる工程、(B)本形質転換体における細胞内の蛍光または発光を測定する工程、および(C)前記試験物質を接触させない場合と比べて、本形質転換体における細胞内の蛍光または発光が高い場合に、前記試験物質が抗がん剤の候補物質であると判定する工程、を含む、スクリーニング方法(以下、「本スクリーニング方法」と称する。)を提供する。本スクリーニング方法によれば、がんに関連しているヌクレオチドの増減が可視化により容易に判定できるため、本スクリーニング方法により、抗がん剤の候補物質を取得できる。以下、前記〔3.組み合わせ〕において既に説明した事項については、適宜記載を省略する。
【0050】
本スクリーニング方法においては、損傷ヌクレオチドを含む形質転換体(例えば、悪性腫瘍由来細胞(がん細胞))を使用することが好ましい。あるいは、一実施形態として、本スクリーニング方法は、後述する工程(A)の前に、形質転換体中に損傷ヌクレオチドを生じさせる工程(薬剤投与、放射線処理等)を含んでいても良い。
【0051】
(工程(A))
工程(A)は、本形質転換体と、試験物質とを接触させる工程である。試験物質としては、任意の物質が使用され得る。試験物質の種類は特に限定されず、例えば、天然物の抽出物中に存在する化合物、低分子合成化合物、合成ペプチド等が用いられる。本発明の一実施形態において、試験物質は、化合物ライブラリー、ファージディスプレーライブラリー、コンビナトリアルライブラリー等に含まれる化合物であってよい。本発明の一実施形態において、試験物質は、好ましくは、低分子化合物であり、より好ましくは、低分子化合物の化合物ライブラリーであり得る。化合物ライブラリーは、市販の化合物ライブラリーを用いてもよく、当該技術分野における通常の方法により構築された化合物ライブラリーを用いてもよい。
【0052】
工程(A)において、本形質転換体と試験物質とを接触させる方法は特に限定されず、公知の方法であり得る。例えば、本形質転換体が細胞である場合、細胞が培養されている容器に試験物質を添加する方法等が挙げられる。細胞が培養されている容器への試験物質の添加は、当該容器内の培地に試験物質を直接添加してもよいし、培地等の溶液に溶解させた試験物質を容器に添加することにより行ってもよい。本形質転換体に接触させる試験物質の量は、試験物質の種類に応じて適宜設定することができる。
【0053】
(工程(B))
工程(B)は、試験物質と接触した本形質転換体の蛍光または発光を測定する工程である。蛍光または発光の測定は、公知の方法が適用でき、特に限定されないが、例えば、蛍光輝点の数の計測、蛍光スペクトルの測定、蛍光強度の測定等によって行うことができる。発光の測定も公知の方法が適用でき、特に限定されないが、例えば、発光輝点の数の計測、発光スペクトルの測定、発光強度の測定等によって行うことができる。
【0054】
蛍光輝点または発光輝点の数の計測は、市販の蛍光検出装置を用いて行うことができる。蛍光検出装置としては、例えば、蛍光顕微鏡、蛍光スキャナ、CCDカメラタイプイメージャー、INCellAnalyzer(GEヘルスケア社製)等のイメージングサイトメーター、マイクロタイタープレートリーダー(蛍光プレートリーダー)、フローサイトメータ等の検出装置を用いることができる。
【0055】
また、得られた画像を画像解析プログラムにより処理することによっても、蛍光輝点を検出することができる。なお、蛍光輝点の検出において、検出する蛍光輝点の特性(蛍光輝点が発する蛍光の波長、強度等)、並びに用いる装置及びプログラム等に合わせて、フィルター、検出器、各種パラメーター等の選択、設定は、当業者であれば適宜行うことができる。
【0056】
(工程(C))
工程(C)は、前記試験物質を接触させない場合と比べて、本形質転換体における細胞内の蛍光または発光が高い場合に、前記試験物質が抗がん剤の候補物質であると判定する工程である。
【0057】
工程(C)において、前記蛍光または発光の判定基準としては、例えば、本形質転換体の蛍光輝点の数が、前記試験物質を接触させない場合と比べて、10%以上多い場合に、本形質転換体内の蛍光または発光が高いとすることができる。また、別の態様として、本形質転換体の蛍光スペクトルのピークが、前記試験物質を接触させない場合と比べて、10%以上高い場合に、本形質転換体内の蛍光が高いとすることができる。
【0058】
(その他)
また、別の一実施形態として、本スクリーニング方法は、抗酸化剤の候補物質のスクリーニング方法として実施することもできる。
【0059】
〔5.酸化ストレスの測定方法〕
本発明の一実施形態において、本組み合わせ、または本ベクターを導入した細胞を用いて、当該細胞内の蛍光または発光を指標とすることにより、細胞の酸化ストレスを測定する方法(以下、「本測定方法」と称する。)を提供する。上述の通り、本組み合わせ、および本ベクターはヌクレオチドの可視化を可能とするため、本測定方法によれば、細胞を破砕することなく、生細胞の酸化ストレスをモニターすることができる。以下、前記〔4.スクリーニング方法〕において既に説明した事項については、適宜記載を省略する。
【0060】
本測定方法において、「蛍光または発光を指標とする」とは、本組み合わせ、または本ベクターを導入した細胞における蛍光または発光に基づいて、細胞の酸化ストレスを評価することを意味する。
【0061】
本発明の一実施形態において、本測定方法は、以下の工程の一つまたはそれ以上を含み得る:
(1)本組み合わせ、または本ベクターを細胞に導入する工程、
(2)前記工程(1)で得られた細胞を特定の条件に曝す工程、
(3)前記工程(2)後の細胞の蛍光または発光を測定する工程、
(4)前記工程(3)で測定した蛍光または発光に基づいて、細胞の酸化ストレスを評価する工程。
【0062】
工程(2)を実施する方法としては、例えば臭素酸カリウム(KBrO)処理、過酸化水素(H)処理等が挙げられる。
【0063】
工程(3)における細胞の蛍光または発光の測定は、例えば蛍光または発光スペクトルの測定、蛍光または発光輝点の数の計測、蛍光または発光強度の測定等によって行うことができる。また、蛍光または発光強度の測定は、他の細胞に対する細胞の蛍光または発光強度の相対値により測定してもよいし、細胞の蛍光または発光強度に基づく絶対値により測定してもよい。
【0064】
工程(4)における蛍光または発光に基づく酸化ストレスの判定基準としては、例えば、同じ培地条件で培養した2種類の細胞の蛍光または発光強度を比較した場合、蛍光または発光強度の相対的な値が大きいほど、細胞の酸化ストレスも大きいと判定できる。また別の例としては、酸化ストレスを測定される細胞において、蛍光または発光強度を経時的に測定し、測定された蛍光または発光強度の絶対値が大きい程、細胞の酸化ストレスも大きいと判定できる。
【0065】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0066】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0067】
〔培地〕
各実施例において、細胞の培養に使用した培地の組成は、以下の通りである。
【0068】
(MEM)
500mLのイーグル最少必須培地(SIGMA社製、M4526-500ML)に、50mLのウシ胎児血清(CCB社製、コード171012)、5mLの200mM L-グルタミン(Gibco社製、コード25030-081)を加えたものを、培地として使用した。
【0069】
(DMEM(-,+))
86.4mLのダルベッコ変法イーグル培地「ニッスイ」2(日水製薬株式会社製、05919)に、1.8mLの濾過滅菌した0.03g/mL L-グルタミン(富士フィルム和光純薬製、074-00522)、1.8mLの濾過滅菌した0.08g/mL炭酸水素ナトリウム(富士フィルム和光純薬製、191-01305)、10mLの非働化ウシ胎児血清(bioSera社製、FB-12851500)を加えたものを、培地として使用した。
【0070】
(DMEM(-,-))
86.4mLのダルベッコ変法イーグル培地「ニッスイ」2(日水製薬株式会社製、Code05919)に、1.8mLの濾過滅菌した0.03g/mL L-グルタミン(富士フィルム和光純薬製、074-00522)、1.8mLの濾過滅菌した0.08g/mL炭酸水素ナトリウム(富士フィルム和光純薬製、191-01305)を加えたものを、培地として使用した。
【0071】
(DMEM(-,+)、ピルビン酸不含)
86.4mLのダルベッコ改変イーグル培地-低グルコース(ピルビン酸不含、SIGMA-Aldrich社製、D5921-500ML)に、1.8mLの濾過滅菌した0.03g/mL L-グルタミン(富士フィルム和光純薬製、074-00522)、1.8mLの濾過滅菌した0.08g/mL炭酸水素ナトリウム(富士フィルム和光純薬製、191-01305)、10mLの非働化ウシ胎児血清(bioSera社製、FB-12851500)を加えたものを、培地として使用した。
【0072】
〔実施例1:U2OS細胞でのdGTP検出〕
dGTPの検出には、2種類のタンパク質が結合することにより発せられる蛍光が、輝点(punctum)として観察可能なFluoppiシステムを用いた。蛍光を発するための2種類のタンパク質としては、hAG(塩基配列:配列番号2、アミノ酸配列:配列番号11)およびAsh(塩基配列:配列番号1、アミノ酸配列:配列番号10)を使用した。dGTPを特異的に分解する、大腸菌由来のMutTタンパク質(塩基配列:配列番号7、アミノ酸配列:配列番号16)を95番目と96番目のアミノ酸の間の位置で分割し、それぞれnMutT(配列番号17)、cMutT(配列番号18)とした。なお、nMutTについてはdGTPの加水分解反応を触媒するアミノ酸残基である、Glu-53をAla-53に置換しており、結合能は維持したまま分解能のみを抑制している。
【0073】
それぞれのタンパク質をコードする遺伝子を、グリシン-セリンリンカーにより組み合わせたベクタープラスミドであるAsh-nMutT(配列番号3)およびhAG-cMutT(配列番号4)を、Lipofectamine 3000を用いて導入し、5時間後に培地を交換した。培養開始から24時間後、7,8-ジヒドロ-8-オクソ-2’-デオキシグアノシン(dG)を、10μM、100μM添加した培地に移し替え、さらに48時間培養した。dGは細胞内でリン酸化され、dGTPになる成分である。また、対照となるヒトU2OS細胞は、dGを添加していない培地で48時間培養した後、100μMのdGを含む培地で5分間処理した。培養、および処理が完了した後、培地を除去し、4%パラホルムアルデヒド(100μL/well)で固定した(4℃、終夜処理)。その後、Hoechst 33342により核染色を行った。dGを100μM添加した培地で培養したU2OS細胞と、対照となる細胞の、蛍光顕微鏡による観察結果を図1に示す。また、細胞質ごとの蛍光輝点数の合計値を表1に示す。
【0074】
【表1】
【0075】
図1および表1より、dGの濃度依存的に蛍光輝点が確認できた。したがって、上述したAsh-nMutTおよびhAG-cMutTを使用することによって、細胞内のヌクレオチドであるdGTPを特異的に検出できることが示された。また、対象となるヌクレオチドが存在せず、Ash-nMutTおよびhAG-cMutTのみの場合は、蛍光輝点は観察できないことが示された。
【0076】
なお、実施例では観察を容易にする観点からパラホルムアルデヒドにより細胞を固定しているが、観察対象として生細胞を用いた場合も、同様の結果が得られる。
【0077】
〔実施例2:sMutT細胞でのdGTP検出〕
ヒトU2OS細胞に対して、Ash-nMutTおよびhAG-cMutTの配列をT2Aリンカー(塩基配列:配列番号5、アミノ酸配列:配列番号14)配列で結合した遺伝子(塩基配列:配列番号6、アミノ酸配列:配列番号15)を導入した細胞をsMutT細胞とした。sMutT細胞において、T2Aリンカーの作用により、Ash-nMutTとhAG-cMutTとは、それぞれ別々にタンパク質を生成する。
【0078】
(実施例2-試験1)
sMutT細胞(1.0×10細胞)をDMEM(-,+)培地にて48時間培養した後、50μMのdGで30分処理した。処理後、培地を除去し、4%パラホルムアルデヒド(100μL/well)で、4℃、終夜、固定した。その後、Hoechst 33342により核染色を行った。対照として、dGを2’-デオキシグアノシン(dG)に変えたこと以外は同様の処理を行い、蛍光輝点を観察した。結果を図2および図3に示す。
【0079】
図2は、核染色の結果を蛍光顕微鏡により観察した観察像である。また、図3は細胞質内の蛍光輝点の数を、蛍光顕微鏡を使用して数えた結果を示すグラフである。図2および3より、dGで処理した細胞は、対照に比べて、有意に多くの蛍光輝点を有していた。したがって、sMutT細胞内でも、ヌクレオチドであるdGTPを特異的に検出可能であることが示された。
【0080】
(実施例2-試験2)
sMutT細胞において、dGTPを特異的に分解する酵素のMTH1を、siRNA(センス鎖:配列番号8、アンチセンス鎖:配列番号9)によりノックダウンした後、実施例2-試験1と同様の試験を行った。対照として、siRNAの代わりにsi-Ctrl(Stealth RNAi(商標)、siRNA Negative Control Med GC Duplex、Thermo Fisher Scientific製)を使用して、MTH1のノックダウンを行っていない細胞を作製した後、同様の試験を行った。結果を図4および図5に示す。
【0081】
図4は、核染色の結果を蛍光顕微鏡により観察した観察像である。また、図5は細胞質内の蛍光輝点の数を、蛍光顕微鏡を使用して数えた結果を示すグラフである。図4、5より、MTH1をノックダウンした細胞は、そうでない細胞よりも多くの蛍光輝点が観察された。したがって、蛍光輝点として可視化されているのはdGTPであることが分かった。
【0082】
〔実施例3:dGTP導入細胞におけるdGTP検出〕
(実施例3-試験1)
sMutT細胞(1.0×10細胞)をDMEM(-,+)培地にて48時間培養した後、2mMのdGTPを含むKH緩衝液(30mM KCl,10mM HEPES,pH7.4)で37℃、15分処理することによりdGTPを強制的に浸透圧シフト法により導入した。また、対照として、同じ方法により、dGTPを導入した。その後、実施例2-試験1と同様の処理を行い、蛍光輝点を観察した。結果を図6および図7に示す。
【0083】
図6は核染色の結果を蛍光顕微鏡により観察した観察像である。図7は細胞質内の蛍光輝点の数を、蛍光顕微鏡を使用して数えた結果を示すグラフである。図6および図7より、dGTPを導入した細胞は、dGTPを導入した細胞よりも多くの蛍光輝点が観察された。したがって、図6において蛍光輝点として可視化されているのはdGTPであることが分かった。
【0084】
(実施例3-試験2)
sMutT細胞において、dGTPの分解酵素であるMTH1を、siRNAによりノックダウンした細胞(si-MTH1)を作製して、実施例2-試験1と同様の試験を行った。対照として、ノックダウンを行っていない細胞(si-Ctrl)についても同様の試験を行った。結果を図8および図9に示す。
【0085】
図8は核染色の結果を蛍光顕微鏡により観察した観察像である。図9は細胞質内の蛍光輝点の数を、蛍光顕微鏡を使用して数えた結果を示すグラフである。図8および図9より、dGTPを導入した細胞は、dGTPを導入した細胞よりも多くの蛍光輝点が観察され、MTH1をノックダウンした細胞は、さらに蛍光輝点が多かった。したがって、図8において蛍光輝点として可視化されているのはdGTPであることが分かった。
【0086】
〔実施例4:阻害剤を使用した場合のdGTP検出〕
sMutT細胞(5.0×10)を一晩培養し、DMEM(-,-)培地にて5日間培養した後、MTH1に対する阻害剤である100μMのTH287、または5μMの(S)-クリゾチニブで6時間処理した。対照として、DMSOにて処理したsMutT細胞を作製した。処理後に使用した成分を取り除いた。その後、実施例1と同様の処理を行い、蛍光輝点を観察した。結果を図10および図11に示す。
【0087】
図10は核染色の結果を蛍光顕微鏡により観察した観察像である。図11は細胞質内の蛍光輝点の数を、蛍光顕微鏡を使用して数えた結果を示すグラフである。図10および図11より、MTH1に対する阻害剤を導入した細胞は、DMSOによる処理のみを行った細胞よりも多くの輝点が観察された。したがって、図10において蛍光輝点として可視化されているのはdGTPであることが分かった。
【0088】
〔実施例5:酸化剤を使用した場合のdGTP検出〕
sMutT細胞(2.0×10細胞)を一晩培養し、DMEM(-,+)、ピルビン酸不含培地に交換した。ピルビン酸不含培地で酸化剤を希釈し、3mMの臭素酸カリウムで6時間処理した。対照として、滅菌水にて処理したsMutT細胞を作製した。処理後、培地を除去し、実施例1と同様の処理を行い、蛍光輝点を観察した。結果を図12および図13に示す。
【0089】
図12は核染色の結果を蛍光顕微鏡により観察した観察像である。図13は細胞質内の蛍光輝点の数を、蛍光顕微鏡を使用して数えた結果を示すグラフである。図12および図13より、対照の滅菌水処理を行った細胞と比較して、臭素酸カリウム処理を行った細胞では有意に多くの蛍光輝点が観察された。
【0090】
〔結果〕
以上より、本発明の一実施形態に係るヌクレオチドの可視化方法であれば、細胞(とりわけ、生細胞)内のヌクレオチドを可視化できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明は、細胞(とりわけ、生細胞)内のヌクレオチドを検出できるため、バイオマーカー、治療薬のスクリーニング方法、細胞の酸化ストレス測定方法等に、好適に利用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
【配列表】
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