(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024171444
(43)【公開日】2024-12-12
(54)【発明の名称】電気接点用銅合金材および電気接点用銅合金材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 9/00 20060101AFI20241205BHJP
C22F 1/08 20060101ALI20241205BHJP
H01B 1/02 20060101ALI20241205BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20241205BHJP
【FI】
C22C9/00
C22F1/08 B
H01B1/02 A
C22F1/00 623
C22F1/00 660Z
C22F1/00 661A
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686B
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023088451
(22)【出願日】2023-05-30
(71)【出願人】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(72)【発明者】
【氏名】山本 佳紀
(72)【発明者】
【氏名】外木 達也
(72)【発明者】
【氏名】児玉 健二
【テーマコード(参考)】
5G301
【Fターム(参考)】
5G301AA24
5G301AB03
5G301AD04
5G301AE10
(57)【要約】
【課題】 低コスト化に有利で優れた電気的特性を有する銅材を改良し、優れた耐溶着性を有する電気接点用銅合金材および電気接点用銅合金材の製造方法を提供する。
【解決手段】 電気接点用銅合金材は、Cuと0.02質量%以上0.32質量%以下のZrおよび不可避不純物からなり、95%IACS以上の導電率および90HV以下のビッカース硬さを有するものとする。そして、電気接点用銅合金材の製造方法は、Cuと0.03質量%以上0.32質量%以下のZrおよび不可避不純物からなる銅合金材を、700℃以上950℃以下の温度範囲で保持する第1熱処理と、400℃以上600℃以下の温度範囲で保持する第2熱処理とにより、95%IACS以上の導電率および90HV以下のビッカース硬さを有する銅合金材に調製する製造方法とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cuと0.02質量%以上0.32質量%以下のZrおよび不可避不純物からなる銅合金材であって、95%IACS以上の導電率および90HV以下のビッカース硬さを有する、電気接点用銅合金材。
【請求項2】
前記銅合金材は、0.04質量%以上0.30質量%以下のZrを含む、請求項1に記載の電気接点用銅合金材。
【請求項3】
前記銅合金材は、0.07質量%以上0.28質量%以下のZrを含む、請求項1に記載の電気接点用銅合金材。
【請求項4】
前記銅合金材は、0.10質量%以上0.24質量%以下のZrを含む、請求項1に記載の電気接点用銅合金材。
【請求項5】
Cuと0.02質量%以上0.32質量%以下のZrおよび不可避不純物からなる銅合金材を、700℃以上950℃以下の温度範囲で保持する第1熱処理と、400℃以上600℃以下の温度範囲で保持する第2熱処理とにより、95%IACS以上の導電率および90HV以下のビッカース硬さを有する銅合金材に調製する、電気接点用銅合金材の製造方法。
【請求項6】
前記銅合金材は、0.04質量%以上0.30質量%以下のZrを含む、請求項5に記載の電気接点用銅合金材の製造方法。
【請求項7】
前記銅合金材は、0.07質量%以上0.28質量%以下のZrを含む、請求項5に記載の電気接点用銅合金材の製造方法。
【請求項8】
前記銅合金材は、0.10質量%以上0.24質量%以下のZrを含む、請求項5に記載の電気接点用銅合金材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、電気接点用銅合金材および電気接点用銅合金材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の環境問題への関心の高まりや価格の低下などにより、ハイブリッド車を含む電気自動車の普及が世界的に急伸している。電気自動車には多くの電気部品が使用されており、その電気部品にはより高い信頼性が求められている。たとえば、車載用のスイッチ、リレーおよび遮断器などの電気部品には、通電と遮断を制御する接点が設けられており、その接点には電気接点用として特別に開発された金属材(以下、接点材という。)が使用されている。このような接点材には、車載用に限らず、導電性などの電気的特性に加えて、接点開閉時の電気アークや大電流の通電に伴う発熱に起因した接点同士の溶着を抑制する特性(以下、耐溶着性という。)が必要である。たとえば、耐アーク性に優れた接点材として、1.5質量%以上9.8質量%以下のZnを含む電気接点用銅合金材が知られている(特許文献1参照)。特許文献1に開示される銅合金材は、めっきや金属の貼り付けなどの特別な処理を行うことなく電気アークの発生を抑制することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記したような接点材には、要求特性に応じて、銅または銅合金からなる銅材の他、銀または銀合金からなる銀材や、タングステン合金からなるタングステン材などが用いられている。たとえば、銅材は、優れた電気的特性を有して電気抵抗が小さいため、通電時のジュール発熱が抑制されやすく、相応の耐溶着性を有している。しかし、銅材は、電気アークにより接点表面に酸化物が形成されやすく、接点間の電気抵抗が上昇しやすいという問題がある。また、銀材は、銅材と比べて、電気抵抗が小さく、酸化しにくい。しかし、銀材は、銅材よりもかなり高価であり、接点材およびそれを用いた電気部品の低コスト化には不向きである。また、タングステン材は、銅材や銀材と比べて、融点が十分に高いため電気アークによる接点表面の溶融が発生しにくい。しかし、タングステン材は、比較的安価な溶解鋳造法ではなく高価な粉末冶金法による製造に依存するため、接点材およびそれを用いた電気部品の低コスト化には不利である。
【0005】
最近、車載用の電気回路の高電圧化および大電流化の進展に伴って、接点材の耐溶着性の向上とともに、接点材およびそれを用いた電気部品の低コスト化への対応を求められている。しかし、従来の銅材、銀材およびタングステン材などでは、その要求への対応が容易ではない。このような現況にあって、この発明の目的は、低コスト化に有利で優れた電気的特性を有する銅材を改良し、優れた耐溶着性を有する電気接点用銅合金材および電気接点用銅合金材の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明者は、電気接点用接合材として用いられていた従来の銅材の組成およびその諸特性を十分に精査し、Cuからなる母相への固溶度が小さく析出しやすい元素であるZrと、接点材の耐溶着性を予測する目的で評価した幾つかのパラメータとの関係に着目し、更なる工夫を加えることで上記の課題が解決できることを見出し、この発明に想到した。
【0007】
この発明に係る電気接点用銅合金材は、Cuと0.02質量%以上0.32質量%以下のZrおよび不可避不純物からなる銅合金材であって、95%IACS以上の導電率および90HV以下のビッカース硬さを有する、電気接点用銅合金材である。また、前記銅合金材は、好ましくは0.04質量%以上0.30質量%以下のZrを含み、より好ましくは0.07質量%以上0.28質量%以下のZrを含み、より一層好ましくは0.10質量%以上0.24質量%以下のZrを含む。
【0008】
この発明に係る電気接点用銅合金材の製造方法は、Cuと0.03質量%以上0.32質量%以下のZrおよび不可避不純物からなる銅合金材を、700℃以上950℃以下の温度範囲で保持する第1熱処理と、400℃以上600℃以下の温度範囲で保持する第2熱処理とにより、95%IACS以上の導電率および90HV以下のビッカース硬さを有する銅合金材に調製する、電気接点用銅合金材の製造方法である。また、前記銅合金材は、好ましくは0.04質量%以上0.30質量%以下のZrを含み、より好ましくは0.07質量%以上0.28質量%以下のZrを含み、より一層好ましくは0.10質量%以上0.24質量%以下のZrを含む。
【発明の効果】
【0009】
この発明によれば、優れた耐溶着性を有する電気接点用銅合金材および電気接点用銅合金材の製造方法を提供することができる。これにより、上記した車載用の電気回路の高電圧化および大電流化などに対応するのに好適な、低コスト化に有利で、優れた電気的特性と有し、優れた耐溶着性を有する、銅合金からなる接点材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実験例に基づくZr含有率と剥離荷重との関係を示すグラフである。
【
図2】実験例に基づく導電率と剥離荷重との関係を示すグラフである。
【
図3】実験例に基づくビッカース硬さと剥離荷重との関係を示すグラフである。
【
図4】実験例に基づくZr含有率と導電率との関係を示すグラフである。
【
図5】実験例に基づくZr含有率とビッカース硬さとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、この発明に係る電気接点用銅合金材および電気接点用銅合金材の製造方法について、表および図面を適宜参照して説明する。なお、この発明に係る電気接点用銅合金材および電気接点用銅合金材の製造方法は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれると解することが相当である。なお、元素の含有率(数値)や金属材料の化学成分(数値)は、特段の断りがない限り、質量%で記載する。
【0012】
この発明に係る電気接点用銅合金材は、Cu(銅)とZr(ジルコニウム)と不可避不純物とからなる、Cuを基とするCu-Zr系の析出型の銅合金材である。この電気接点用銅合金材は、Cuと0.02質量%以上0.32質量%以下のZrおよび不可避不純物からなり、95%IACS以上の導電率および90HV以下のビッカース硬さを有する。この電気接点用銅合金材は、好ましくは0.04質量%以上0.30質量%以下のZrを含み、より好ましくは0.07質量%以上0.28質量%以下のZrを含み、より一層好ましくは0.10質量%以上0.24質量%以下のZrを含む。この銅合金材のZr含有率の範囲については、実験により確認しているので後述する。
【0013】
上記した電気接点用銅合金材は、Cuと0.02質量%以上0.32質量%以下のZrおよび不可避不純物からなる銅合金材を、700℃以上950℃以下の温度範囲で保持する第1熱処理と、400℃以上600℃以下の温度範囲で保持する第2熱処理とにより、95%IACS以上の導電率および90HV以下のビッカース硬さを有する銅合金材に調製する、製造方法により、量産可能である。この発明に係る電気接点用銅合金材の製造方法において、熱処理を施す銅合金材は、好ましくは0.04質量%以上0.30質量%以下のZrを含み、より好ましくは0.07質量%以上0.28質量%以下のZrを含み、より一層好ましくは0.10質量%以上0.24質量%以下のZrを含む。この熱処理を施す銅合金材のZr含有率の範囲については、実験により確認しているので後述する。
【0014】
上記したように、この発明に係る電気接点用銅合金材は、Cu-Zr系の析出型の銅合金材である。そのため、その電気接点用銅合金材に適切な熱処理を施すと、ZrとCuとで形成された化合物が微細な粒子となって、合金組織中に析出して分散する。しかしながら、Cuからなる母相中へのZrの固溶度が比較的小さいため、母相中に固溶状態で残留するZrの総量が比較的小さくなる。このZrの特質を利用して、母相に含まれるCu以外の元素の総量を小さく抑制することにより、99.90質量%以上のCuからなる純銅に近い95%IACS以上の導電率を有する、導電性に優れた銅合金材を得ることができる。95%IACS以上の導電率を有する銅合金材は、電気抵抗が小さいため大電流を通電したとしてもジュール発熱を十分に抑制することができる。加えて、95%IACS以上の導電率を有する銅合金材は、熱伝導性にも優れているため発生したジュール熱が熱伝導により分散されて、接点の表面の温度上昇を抑制することができる利点もある。なお、導電率が95%IACSよりも過度に小さい状態の銅合金材は、上記化合物の微細な粒子の合金組織中への析出・分散が十分ではなく、上記効果が十分に得られないことがある。
【0015】
また、適量のZrを含む銅合金材に適切な熱処理を施すと、ZrとCuとで形成された化合物の微細な粒子を、その組織中に分散して存在させることができる。この化合物の微細な粒子は、Cuからなる母相よりも融点が低く、溶着が発生するような高温下での機械的強度が小さい。そのため、銅合金材の硬さは、その化合物の微細な粒子が分散して存在することに起因して、たとえばビッカース硬さが90HV以下となる。また、通電時、接触面積が大きい接点では、電流密度が小さくなるためジュール発熱が小さくなる。また、接点は、硬質の接触面では表面の凹凸によって実質の接触面積が小さくなり、比較的軟質の接触面では表面の凹凸が変形して実質の接触面積が大きくなる。したがって、その化合物の微細な粒子が分散して存在し、ビッカース硬さが90HV以下である銅合金材を用いて接点を構成すれば、接点の溶着部およびその近傍において化合物の微細な粒子を起点とする破断(機械的破損)を発生しやすくすることができるし、接点同士の実質の接触面積を大きくすることができる。このZrとCuとで形成された化合物の微細な粒子の特質を利用し、90HV以下のビッカース硬さに調製することにより、接点間に溶着が発生したときに溶着部を剥離して接点間を容易に離間させることができる。なお、ビッカース硬さが90HVよりも過度に大きい状態の銅合金材は、上記化合物の微細な粒子の合金組織中への析出・分散が十分ではなく、上記効果が十分に得られないことがある。
【0016】
上記の観点から、適量のZrを含む電気接点用銅合金材は、95%IACS以上の導電率および90HV以下のビッカース硬さとなるように適切な熱処理を施すことによって、通電時のジュール発熱の抑制効果および発生したジュール熱の分散効果により接点の表面の溶融を抑制することができるとともに、ZrとCuとで形成された化合物の微細な粒子が分散して存在する組織形態により溶着部を容易に剥離することができる。したがって、この電気接点用銅合金材は、接点間の溶着の抑制および防止の効果を有する、すなわち耐溶着性を有する、実用的な接点材となる。なお、この銅合金材に対する適切な熱処理については後述するが、95%IACS以上の導電率および90HV以下のビッカース硬さを有する銅合金材が得られるように、熱処理を施す。
【0017】
この発明に係る電気接点用銅合金材は、Zrを、0.02質量%以上0.32質量%以下の範囲で含む、銅合金材である。この銅合金材は、Zrを0.32質量%以下の範囲で含むとともに、95%IACS以上の導電率および90HV以下のビッカース硬さを有することにより、優れた耐溶着性を有することができる。なお、Zrが0.02質量%未満の場合、95%IACS以上の導電率を有することはできるが、合金組織中に析出するZrとCuとで形成された化合物の微細な粒子が不足して優れた耐溶着性を有することができないことがある。この観点から、この銅合金材に含むZrは、0.02質量%以上0.32質量%以下であり、好ましくは0.04質量%以上0.30質量%以下であり、より好ましくは0.07質量%以上0.28質量%以下であり、より一層好ましくは0.10質量%以上0.24質量%以下である。この銅合金材に係るZr含有率と導電率、Zr含有率とビッカース硬さおよびZr含有率と耐溶着性との関係については、実験により確認しているので後述する。
【0018】
この発明に係る電気接点用銅合金材は、上記したZr以外の残部は、Cuと不可避不純物とからなる。この銅合金材において、Cuは、母相を構成する基となる元素である。この銅合金材において、Zr含有率および不可避不純物の含有可能な範囲を考慮すれば、Cuは、たとえば、99.63質量%以上99.98質量%未満である。一般に、Cuが99.90質量%以上である銅材は純銅と呼ばれ、その導電率は100%IACS以上である。純銅は、導電性および熱伝導性に優れ、曲げ加工性や絞り加工性が良好な金属材料であり、その代表例は無酸素銅(JIS規格のC1020)やタフピッチ銅(JIS規格のC1100)などである。
【0019】
また、この発明に係る電気接点用銅合金材は、銅合金材の素材に由来する不純物や製造過程で意図せず混入する不純物を含み、不純物の混入は不可避である。この銅合金材において、不可避不純物(不純物元素)は、たとえば、Ag(銀)、Pb(鉛)、Ni(ニッケル)およびS(硫黄)などである。不可避とはいえ不純物元素を過大に混入すると、銅合金材の電気的特性や機械的特性が劣化するおそれがある。この観点から、この銅合金材において、不可避不純物(不純物元素)は可能な限り小さく抑制し、たとえば、合計で0.03%以下、好ましくは0.01%以下に抑制する。
【0020】
上記したように、この発明に係る電気接点用銅合金材は、0.02質量%以上0.32質量%以下のZrを含み、95%IACS以上の導電率および90HV以下のビッカース硬さを有するように適切な熱処理を施すことにより、優れた耐溶着性を有することができる。この適切な熱処理は、熱処理後に95%IACS以上の導電率および90HV以下のビッカース硬さを有する銅合金材が得られる、加熱処理を意味する。具体的には、Cuと0.02質量%以上0.32質量%以下(好ましくは0.04質量%以上0.30質量%以下、より好ましくは0.07質量%以上0.28質量%以下、より一層好ましくは0.10質量%以上0.24質量%以下)のZrおよび不可避不純物からなる銅合金材を、700℃以上950℃以下の温度範囲で保持する第1熱処理と、400℃以上600℃以下の温度範囲で保持する第2熱処理とにより、95%IACS以上の導電率および90HV以下のビッカース硬さを有する銅合金材に調製する、熱処理である。この熱処理は、この発明に係る電気接点用銅合金材の製造工程で行うことができるし、この発明に係る電気接点用銅合金材を接点材として用いるための加工工程および接点の組立工程で行うことができる。
【0021】
この発明における熱処理は、上記したように、700℃以上950℃以下の温度範囲で保持する第1熱処理と、400℃以上600℃以下の温度範囲で保持する第2熱処理とを含む。第1熱処理では、700℃以上950℃以下の温度範囲で適切に保持し、銅合金材の合金組織を十分に再結晶させて軟化させることにより、熱処理後の銅合金材が90HV以下のビッカース硬さを有するように調製する。700℃よりも過度に低温状態にあった銅合金材は、合金組織の再結晶による軟化が十分に進行せず、熱処理後の銅合金材が90HV以下のビッカース硬さに調製されないことがある。また、950℃よりも過度に高温状態にあった銅合金材は、CuとZrとのバランスによっては過度の軟化で変形することがあり、液相が発生するおそれもある。なお、第1熱処理における保持時間は、銅合金材の大きさや重量やZr含有率などを考慮して、たとえば、10分以上120分以下の範囲で設定すればよい。
【0022】
また、第2熱処理では、400℃以上600℃以下の温度範囲で適切に保持し、ZrとCuとの化合物の微細な粒子を銅合金材の合金組織中に十分に析出させて分散させることにより、熱処理後の銅合金材が95%IACS以上の導電率を有するように調製する。400℃よりも過度に低温状態にあった銅合金材は、ZrとCuとの化合物の微細な粒子の析出が充分に進行せず、熱処理後の銅合金材が95%IACS以上の導電率に調製されないことがある。また、600℃よりも過度に高温状態にあった銅合金材も、ZrとCuの化合物の析出が効果的に進行しにくく、熱処理後の銅合金が95%IACS以上の導電率に調整されないことがある。なお、第2熱処理における保持時間は、銅合金材の大きさや重量やZr含有率などを考慮して、たとえば、10分以上120分以下の範囲で設定すればよい。
【0023】
この発明において、上記した第1熱処理および第2熱処理は、それぞれ別々に行うこともできるし、第1熱処理に続いて第2熱処理を連続して行うこともできる。第1熱処理に続いて第2熱処理を連続して行う場合、たとえば、第1熱処理の700℃以上950℃以下の温度範囲で適切に保持するステップに続く冷却過程において、第2熱処理の400℃以上600℃以下の温度範囲で適切に保持するステップを設けることも可能である。
【実施例0024】
この発明に係る電気接点用銅合金材および電気接点用銅合金材の製造方法の有効性について、幾つかの実験例により得られた結果を挙げて、説明する。表1に、実験例(実施例1~4、比較例1~7)の内容(Zr含有率、第1熱処理および第2熱処理の保持条件)およびその評価(導電率、ビッカース硬さ、剥離荷重)を纏めて示す。
【0025】
【0026】
表1に示す実験例(実施1~11)では、一般的な溶解鋳造工程から圧延工程を含む銅合金材・銅材の製造方法を適用して作製した銅合金材・銅材を用いた。実験1以外の実験2~11では、表1に示すようにZr含有率を変えた、銅合金材を用いた。実験1では、Zr含有率が0.010質量%未満の無酸素銅からなる銅材を用いた。なお、後述する近似式を求める際の実験1のZr含有率は、無酸素銅の99.96質量%以上がCuであることから、その残部(0.04質量%未満)のうちの0.010質量%をZr混入の上限と想定し、これを適用した。また、実験1で用いた銅材および実験2~11で用いた銅合金材は、いずれも、表1に示すZr(質量%)以外の残部が、Cuおよび不可避不純物(不純物元素)からなると解してよい。また、実験1で用いた銅材および実験2~11で用いた銅合金材に含まれる不純物元素は、いずれも、合計で0.01%未満である(表1への記載は略す)。
【0027】
表1に示す実験1~11では、窒素雰囲気下の高周波溶解炉を用いて、無酸素銅からなる母材を溶解し、さらに実験1以外はZrを添加して溶解し、円柱形状(直径約30mm)のインゴットを鋳造した。このインゴットを鋳造する段階で成分分析を行い、表1に示すZr含有率および不純物元素の合計の含有率を求めた。そのインゴットを、押出加工により角型断面(厚さ8mm、幅20mm)の板材に形成し、さらに冷間圧延により0.125mmの厚みの薄板材に形成した。この銅材からなる薄板材および銅合金材からなる薄板材に対して、表1に示す保持条件で、第1熱処理(比較例3、6を除く)・第2熱処理を施した。
【0028】
また、表1に示す剥離荷重は、実験1で用いた銅材および実験2~11で用いた銅合金材の耐溶着性を評価するために、これを接点材に用いたときの接点間の溶着状態を模擬して作製した試験体を用いて、引張試験を行って求めたものである。試験体を構成する試料は、実験の容易化および信頼性を考慮し、厚みが0.125mmの上記の薄板材とした。試験体は、同種の2枚の試料からなる継手のような形状を有するものとし、同じ実験例の2枚の試料を厚さ方向に重ねた状態でスポット溶接を行って作製した。スポット溶接では、近藤テック株式会社製の超小型スポット溶接装置(マイウェルダーKTH-MWS)を用いて、タングステン製の電極間に挟んで加圧保持した状態の2枚の試料(平板)に装置の最大出力の電流を流し、試料の電気抵抗によって発生したジュール熱で試料間の接触面を局部的に溶融・接合させた。引張試験では、株式会社島津製作所製の精密万能試験機(オートグラフAGS-X)を用いて、試験体を構成する接合状態の2枚の試料に剪断方向の荷重を加えて、2枚の試料が剥離するまでの荷重を測定した。この剥離に到る荷重の最大値(剥離荷重)が小さく、スポット溶接による接合力が小さい試験体を構成する上記の薄板材を接点材として用いた接点は、接点間が溶着したときの溶着力がより小さくなると考えられる。この観点から、表1に示す実験1~11について、剥離荷重がより小さい試験体を構成する上記の薄板材ほど、耐溶着性に優れていると判断した。
【0029】
また、表1に示す実験1~11の導電率は、非鉄金属材料の導電率測定方法を示すJIS-H0505:1975に準拠した測定方法により、上記の薄板材から試料を採取して求めたものである。
【0030】
また、表1に示す実験1~11のビッカース硬さは、JIS-Z2244-1:2020に準拠した測定方法により、銅合金材・銅材からなる上記の薄板材から試料を採取して求めたものである。
【0031】
表1に示すように、実験1では、Zr含有率が0.010質量%未満の無酸素銅からなる銅材を用いた上記の薄板材(試料)に対して、700℃で60分間の保持条件で第1熱処理を施し、500℃で60分間の保持条件で第2熱処理を施した。実験1では、導電率が102%IACSとなり、ビッカース硬さが58HVとなり、剥離荷重が30.2Nとなった。実験1で用いた銅材は、表1に示す他の実験2~11で用いた銅合金材と比べて、導電率が最大となり、ビッカース硬さが最小となった。
【0032】
また、実験2では、Zr含有率が0.020質量%の銅合金材を用いた上記の薄板材(試料)に対して、実験1と同じ保持条件で、第1熱処理および第2熱処理を施した。実験2では、導電率が99%IACSとなり、ビッカース硬さが62HVとなり、剥離荷重が30.2Nとなった。実験2で用いた銅合金材は、実験1で用いた銅材と比べて、導電率が約3%小さくなり、ビッカース硬さが約7%大きくなり、剥離荷重が同等となった。
【0033】
また、実験3では、Zr含有率が0.050質量%の銅合金材を用いた上記の薄板材(試料)に対して、実験1と同じ保持条件で、第1熱処理および第2熱処理を施した。実験3では、導電率が98%IACSとなり、ビッカース硬さが63HVとなり、剥離荷重が24.4Nとなった。実験3で用いた銅合金材は、実験1で用いた銅材と比べて、導電率が約4%小さくなり、ビッカース硬さが約9%大きくなり、剥離荷重が約19%小さくなった。
【0034】
表1に示す実験4では、Zr含有率が0.155質量%の銅合金材を用いた上記の薄板材(試料)に対して、実験1と同じ保持条件で、第1熱処理および第2熱処理を施した。実験4では、導電率が98%IACSとなり、ビッカース硬さが65HVとなり、剥離荷重が21.4Nとなった。実験4で用いた銅合金材は、実験1で用いた銅材と比べて、導電率が約4%小さくなり、ビッカース硬さが約12%大きくなり、剥離荷重が約29%小さくなった。
【0035】
表1に示す実験5では、Zr含有率が0.155質量%の銅合金材を用いた上記の薄板材(試料)に対して、第1熱処理および第2熱処理を施さなかった。実験5では、導電率が82%IACSとなり、ビッカース硬さが185HVとなり、剥離荷重が34.6Nとなった。実験5で用いた銅合金材は、実験1で用いた銅材と比べて、導電率が約19%小さくなり、ビッカース硬さが約220%大きくなり、剥離荷重が約15%大きくなった。
【0036】
表1に示す実験6では、Zr含有率が0.155質量%の銅合金材を用いた上記の薄板材(試料)に対して、実験1と同じ保持条件で第1熱処理を施し、第2熱処理を施さなかった。実験6では、導電率が91%IACSとなり、ビッカース硬さが83HVとなり、剥離荷重が32.8Nとなった。実験6で用いた銅合金材は、実験1で用いた銅材と比べて、導電率が約11%小さくなり、ビッカース硬さが約43%大きくなり、剥離荷重が約9%大きくなった。
【0037】
表1に示す実験7では、Zr含有率が0.155質量%の銅合金材を用いた上記の薄板材(試料)に対して、実験1と同じ保持条件で第1熱処理を施し、実験1よりも低温の300℃で60分間の保持条件で第2熱処理を施した。実験7では、導電率が93%IACSとなり、ビッカース硬さが82HVとなり、剥離荷重が30.6Nとなった。実験7で用いた銅合金材は、実験1で用いた銅材と比べて、導電率が約9%小さくなり、ビッカース硬さが約42%大きくなり、剥離荷重が約1%大きくなった。
【0038】
表1に示す実験8では、Zr含有率が0.155質量%の銅合金材を用いた上記の薄板材(試料)に対して、第1熱処理を施さず、実験1と同じ保持条件で第2熱処理を施した。実験8では、導電率が95%IACSとなり、ビッカース硬さが171HVとなり、剥離荷重が33.1Nとなった。実験8で用いた銅合金材は、実験1で用いた銅材と比べて、導電率が約7%小さくなり、ビッカース硬さが約195%大きくなり、剥離荷重が約10%大きくなった。
【0039】
表1に示す実験9では、Zr含有率が0.214質量%の銅合金材を用いた上記の薄板材(試料)に対して、実験1と同じ保持条件で、第1熱処理および第2熱処理を施した。実験9では、導電率が97%IACSとなり、ビッカース硬さが68HVとなり、剥離荷重が16.9Nとなった。実験9で用いた銅合金材は、実験1で用いた銅材と比べて、導電率が約5%小さくなり、ビッカース硬さが約17%大きくなり、剥離荷重が約44%小さくなった。
【0040】
表1に示す実験10では、Zr含有率が0.278質量%の銅合金材を用いた上記の薄板材(試料)に対して、実験1と同じ保持条件で、第1熱処理および第2熱処理を施した。実験10では、導電率が96%IACSとなり、ビッカース硬さが70HVとなり、剥離荷重が21.7Nとなった。実験10で用いた銅合金材は、実験1で用いた銅材と比べて、導電率が約6%小さくなり、ビッカース硬さが約21%大きくなり、剥離荷重が約28%小さくなった。
【0041】
表1に示す実験11では、Zr含有率が0.320質量%の銅合金材を用いた上記の薄板材(試料)に対して、実験1と同じ保持条件で、第1熱処理および第2熱処理を施した。実験11では、導電率が95%IACSとなり、ビッカース硬さが72HVとなり、剥離荷重が30.4Nとなった。実験11で用いた銅合金材は、実験1で用いた銅材と比べて、導電率が約7%小さくなり、ビッカース硬さが約24%大きくなり、剥離荷重が約1%大きくなった。
【0042】
表1に示す剥離荷重は、実験1で用いた銅材および実験2~11で用いた銅合金材を接点材に用いたときの接点間の溶着状態を模擬した試験体を用いて、銅材および銅合金材の耐溶着性を評価するために求めたものである。以下、Zr含有率(質量%)と剥離荷重(N)との関係、導電率(%IACS)と剥離荷重(N)との関係、およびビッカース硬さ(HV)と剥離荷重(N)との関係について、それぞれのグラフを示して説明する。
【0043】
<Zr含有率と剥離荷重>
図1は、試験体に用いた銅材および銅合金材のZr含有率(質量%)と剥離荷重(N)とを用いて作成したグラフである。また、
図1中に点線で示す曲線は、実験5~8を除く、実験1~4および9~11のZr含有率(x)と剥離荷重(y)とを用いて求めた多項式近似曲線(y=484.39x
2-166.69x+32.487、決定係数R
2=0.8702)である。なお、この近似曲線は、決定係数R
2が0.8以上であることから、一般に信頼性が高いと判断することができる。
【0044】
図1に示すように、実験1~4および9~11の場合、Zr含有率の0.010質量%から0.320質量%までの増大に対して、剥離荷重が下方に凸形の緩やかな曲線を呈して変化する傾向を確認することができる。また、Zr含有率が0.15質量%の点を観ると、実験4の点と、実験5~8の点とは、明らかに離間して存在する。具体的には、実験4の点は、近似曲線に近く、その剥離荷重は30N以下であるが、実験5~8の点は、近似曲線から上側に大きく離間し、その剥離荷重は30Nを超えている。また、実験4では、熱処理およびその保持条件がこの発明に係る電気接点用銅合金材の製造方法の範囲内であるが、実験5~8では、熱処理およびその保持条件がこの発明に係る電気接点用銅合金材の製造方法の範囲外である。したがって、実験1~4および9~11では熱処理およびその保持条件が適切であると考えられ、実験5~8では熱処理およびその保持条件が不適切であると考えられる。この結果、熱処理およびその保持条件が適切である実験1~4および9~11の銅材および銅合金材のZr含有率は、これを用いた試験体の剥離荷重に対して、比較的大きな影響を及ぼすことが判明した。
【0045】
なお、表1に示す第1熱処理および第2熱処理の保持条件の両方が、この発明に係る電気接点用銅合金材の製造方法の範囲内の場合を、適切な熱処理という。また、第1熱処理および第2熱処理の保持条件の一方または両方が、この発明に係る電気接点用銅合金材の製造方法の範囲外の場合を、不適切な熱処理という。
【0046】
ここで、発明者は、上記したように剥離荷重がより小さいほど耐溶着性が良いと考えられること、適切な熱処理が施された銅合金材のZr含有率がこれを用いた試験体の剥離荷重に相応の影響を及ぼす実験結果、並びに、実験の信頼性および実測値の精度などを十分に考慮した。その結果、上記の多項式近似曲線によって求めた剥離荷重(計算値)を用いて耐溶着性の有効性を判断することにした。また、耐溶着性の有無を判断するための基準となる閾値を、無酸素銅からなる銅材を用いた実験1の剥離荷重が30.2Nであったことを考慮し、30N以下に設定した。また、剥離荷重の好ましい閾値を、30Nよりも10%小さい、27N以下に設定した。また、剥離荷重のより好ましい閾値を、30Nよりも20%小さい、24N以下に設定した。また、剥離荷重のより一層好ましい閾値を、30Nよりも30%小さい、21N以下に設定した。そして、表2に示す、
図1に基づく上記の多項式近似曲線から求めた剥離荷重(小数点第二位を四捨五入した計算値)を用いて、上記した剥離荷重の閾値によりZr含有率の範囲を区分し、耐溶着性を有することが可能と考えられるZr含有率を求めた。
【0047】
【0048】
表2に示すように、耐溶着性を得られる剥離荷重が30N以下となるZr含有率が、0.02質量%以上0.32質量%以下の範囲であることを確認することができた。また、好ましい耐溶着性を得られる剥離荷重が27N以下となるZr含有率が、0.04質量%以上0.30質量%以下の範囲であることを確認することができた。また、より好ましい耐溶着性を得られる剥離荷重が24N以下となるZr含有率が、0.07質量%以上0.28質量%以下の範囲であることを確認することができた。また、より一層好ましい耐溶着性を得られる剥離荷重が21N以下となるZr含有率が、0.10質量%以上0.24質量%以下の範囲であることを確認することができた。
【0049】
<導電率と剥離荷重>
図2は、試験体に用いた銅材および銅合金材の導電率(%IACS)と剥離荷重(N)とを用いて作成したグラフである。
図2に示すように、実験1~11の場合、剥離荷重は、導電率の約95%IACSから約100%IACSまでの増大に対して徐々に小さくなる傾向を示しているように見えるが、導電率の約95%IACSから約100%IACSまでの増大に対して下方に凸の急峻なV字形を示すような変動を示している。導電率が大きな変動を示すこの区間は、適切な熱処理に該当する実験1~4および9~11に対応している。そして、この区間で27N以下の好ましい剥離荷重を得られる実験3、4、9および10は、Zr含有率が0.05質量%以上0.28(実測値は0.278)質量%以下である。また、不適切な熱処理に該当する実験5~8の場合、剥離荷重は、導電率の約約82%IACSから約95%IACSまでの増大に対して30Nを超える水準でほぼ横ばいの傾向を示している。この結果より、銅材および銅合金材の導電率は、その銅材および銅合金材を用いた試験体の剥離荷重に対して、実質的な影響を及ぼすほどに強い相関があるとはいえないことが判明した。
【0050】
<ビッカース硬さと剥離荷重>
図3は、試験体に用いた銅材および銅合金材のビッカース硬さ(HV)と剥離荷重(N)とを用いて作成したグラフである。
図3に示すように、実験1~11の場合、剥離荷重は、ビッカース硬さの約55HVから約185HVまでの増大に対して徐々に大きくなる傾向を示しているように見えるが、ビッカース硬さの約55HVから約75HVまでの増大に対して下方に凸の急峻なV字形を示すような変動を示している。ビッカース硬さが大きな変動を示すこの区間は、適切な熱処理に該当する実験1~4および9~11に対応している。そして、この区間で27N以下の好ましい剥離荷重を得られる実験3、4、9および10は、Zr含有率が0.05質量%以上0.28質量%(実測値は0.278質量%)以下である。また、不適切な熱処理に該当する実験5~8の場合、剥離荷重は、ビッカース硬さの約80HVから約185HVまでの増大に対して30Nを超える水準でほぼ横ばいの傾向を示している。この結果より、銅材および銅合金材のビッカース硬さは、その銅材および銅合金材を用いた試験体の剥離荷重に対して、実質的な影響を及ぼすほどに強い相関があるとはいえないことが判明した。
【0051】
<Zr含有率と導電率>
図4は、試験体に用いた銅材および銅合金材のZr含有率(質量%)と導電率(%IACS)とを用いて作成したグラフである。また、
図4中に点線で示す曲線は、適切な熱処理に該当する実験1~4および9~11のZr含有率(x)と導電率(y)とを用いて求めた多項式近似曲線(y=-1100.5x
3+561.77x
2-89.109x+101.61、決定係数R
2=0.9086)である。なお、この近似曲線は、決定係数R
2が0.9以上であることから、一般に信頼性がかなり高いと判断することができる。
【0052】
図4に示すように、実験1~4および9~11の場合、導電率は、Zr含有率の0.010質量%から0.320質量%までの増大に対して緩やかな曲線を呈して減少する傾向を示しながら、Zr含有率が約0.05質量%以上約0.25質量%以下の範囲ではほぼ一定になる傾向を確認することができる。また、表2に示す、
図4に基づく上記の多項式近似曲線から求めた導電率(小数点第一位を四捨五入した計算値)を参照すれば、Zr含有率が0.02質量%以上0.32質量%以下の範囲の銅合金材は、95HV以上の導電率を有する可能性が高いことを確認することができる。この結果、適切な熱処理が施された銅合金材は、Zr含有率が増大すると導電率が低下することが判明した。また、Zr含有率が0.32質量%以下の銅合金材は、95%IACS以上の導電率を有することが可能であることが判明した。
【0053】
また、
図4に示すように、実験1~11の場合、Zr含有率が0.15質量%の点を観ると、導電率が最も大きい実験4の点および次いで大きい実験8の点は近似曲線に近く、その導電率は95%IACS以上である。しかし、実験5~7の点は、近似曲線から下側に大きく離間しており、その導電率は95%IACSに到達していない。実験4は、第1熱処理および第2熱処理の両方が適切な熱処理に該当し、導電率が95%IACS以上となった。そして、実験8は、第2熱処理のみが適切な熱処理に該当し、導電率が95%IACS以上となった。これに対し、実験6、7は、第1熱処理が適切な熱処理に該当し、第2熱処理が不適切な熱処理に該当し、導電率が95%IACS未満となった。この結果、第2熱処理が適切に施された銅合金材は、95%IACS以上の導電率を有することが判明した。また、第1熱処理が適切であっても第2熱処理が不適切な銅合金材は、95%IACS以上の導電率を有さない場合があることが判明した。
【0054】
<Zr含有率とビッカース硬さ>
図5は、試験体に用いた銅材および銅合金材のZr含有率(質量%)とビッカース硬さ(HV)とを用いて作成したグラフである。また、
図5中に点線で示す曲線は、適切な熱処理に該当する実験1~4および9~11のZr含有率(x)とビッカース硬さ(y)とを用いて求めた線形近似線(y=37.468x+59.824、決定係数R
2=0.9368)である。なお、この近似曲線は、決定係数R
2が0.9以上であることから、一般に信頼性がかなり高いと判断することができる。
【0055】
図5に示すように、実験1~4および9~11の場合、ビッカース硬さは、Zr含有率の0.010質量%から0.320質量%までの増大に対して緩やかに増大する傾向を確認することができる。また、表2に示す、
図5に基づく上記の線形近似線から求めたビッカース硬さ(小数点第一位を四捨五入した計算値)を参照すれば、Zr含有率が0.02質量%以上0.32質量%以下の範囲の銅合金材は、90HV以下のビッカース硬さを有する可能性がかなり高いことを確認することができる。この結果、適切な熱処理が施された銅合金材は、Zr含有率が増大するとビッカース硬さが増大することが判明した。また、適切な熱処理が施され、Zr含有率が0.32質量%以下の銅合金材は、ほぼ確実に90HV以下のビッカース硬さを有することが可能であることが判明した。
【0056】
また、
図5に示すように、実験1~11の場合、Zr含有率が0.15質量%の点を観ると、ビッカース硬さが最も小さい実験4の点は近似線付近に位置し、次いで小さい実験6、7の点は近似線に比較的近く、そのビッカース硬さは90HV以下である。しかし、実験5、8の点は、近似線から上側に大きく離間しており、そのビッカース硬さは90HVを大きく超えて、約2倍になっている。実験4は、第1熱処理および第2熱処理の両方が適切な熱処理に該当し、ビッカース硬さが90HV以下となった。そして、実験6、7は、第1熱処理のみが適切な熱処理に該当し、ビッカース硬さが90HV以下となった。これに対し、実験5、8は、第1熱処理および第2熱処理の両方が不適切な熱処理に該当し、ビッカース硬さが90HVを大きく超えた。この結果、第1熱処理が適切に施された銅合金材は、90HV以下のビッカース硬さを有することが判明した。また、第2熱処理が適切であっても第1熱処理が不適切な銅合金材は、90HV以下のビッカース硬さを有さない場合があることが判明した。
【0057】
以上により、Cuと0.02質量%以上0.32質量%以下のZrおよび不可避不純物からなる銅合金材であって、95%IACS以上の導電率および90HV以下のビッカース硬さを有する、銅合金材は、耐溶着性を有する電気接点用銅合金材であることが確認された。また、0.04質量%以上0.30質量%以下のZrを含む銅合金材は、好ましい耐溶着性を有する電気接点用銅合金材であることが確認された。また、0.07質量%以上0.28質量%以下のZrを含む銅合金材は、より好ましい耐溶着性を有する電気接点用銅合金材であることが確認された。また、0.10質量%以上0.24質量%以下のZrを含む銅合金材は、より一層好ましい耐溶着性を有する電気接点用銅合金材であることが確認された。
【0058】
また、Cuと0.03質量%以上0.32質量%以下のZrおよび不可避不純物からなる銅合金材を、700℃以上950℃以下の温度範囲で保持する第1熱処理と、400℃以上600℃以下の温度範囲で保持する第2熱処理とにより、95%IACS以上の導電率および90HV以下のビッカース硬さを有する銅合金材に調製する、銅合金材の製造方法は、耐溶着性を有する電気接点用銅合金材の製造方法であることが確認された。0.04質量%以上0.30質量%以下のZrを含む銅合金材を調製する製造方法は、好ましい耐溶着性を有する電気接点用銅合金材の製造方法であることが確認された。また、0.07質量%以上0.28質量%以下のZrを含む銅合金材を調製する製造方法は、より好ましい耐溶着性を有する電気接点用銅合金材の製造方法であることが確認された。また、0.10質量%以上0.24質量%以下のZrを含む銅合金材を調製する製造方法は、より一層好ましい耐溶着性を有する電気接点用銅合金材の製造方法であることが確認された。
【0059】
これにより、上記した車載用の電気回路の高電圧化および大電流化などに対応するのに好適な、低コスト化に有利で、優れた電気的特性と有し、優れた耐溶着性を有する、銅合金からなる接点材を提供することが可能になる。