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特開2024-171973アデノ随伴ウイルス結合性タンパク質の精製方法
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  • 特開-アデノ随伴ウイルス結合性タンパク質の精製方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024171973
(43)【公開日】2024-12-12
(54)【発明の名称】アデノ随伴ウイルス結合性タンパク質の精製方法
(51)【国際特許分類】
   C07K 14/705 20060101AFI20241205BHJP
   C07K 1/14 20060101ALI20241205BHJP
   C07K 1/18 20060101ALI20241205BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20241205BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20241205BHJP
【FI】
C07K14/705 ZNA
C07K1/14
C07K1/18
C12P21/02 C
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023089360
(22)【出願日】2023-05-31
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】大江 正剛
【テーマコード(参考)】
4B064
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG20
4B064CA19
4B064CC24
4B064CE02
4B064CE03
4B064CE11
4B064DA13
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA40
4H045DA50
4H045EA50
4H045EA60
4H045EA65
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】 アデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質を発現可能な遺伝子組換え宿主の培養物から、当該タンパク質を高収量かつ高純度に精製可能な方法を提供すること。
【解決の手段】 前記培養物中に含まれる遺伝子組換え宿主を溶解させる工程と得られた溶解液に終濃度0.08%(w/v)以上0.25%(w/v)以下のポリエチレンイミンを添加する工程とポリエチレンイミン添加で生じた沈殿物を除去しAAV結合性タンパク質を含む抽出液を取得する工程とを含む方法で前記宿主が発現したAAV結合性タンパク質を抽出した後、前記抽出液中に含まれる前記タンパク質を回収することで、前記課題を解決する。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質を発現可能な遺伝子組換え宿主の培養物中に含まれる当該宿主が発現した前記タンパク質の抽出工程と、得られた抽出液中に含まれるAAV結合性タンパク質の回収工程とを含む、AAV結合性タンパク質の精製方法であって、
抽出工程が以下の(1)から(3)に示す工程を少なくとも含む、前記精製方法;
(1)前記培養物中に含まれる遺伝子組換え宿主を溶解させる工程
(2)得られた溶解液に終濃度0.08%(w/v)以上0.25%(w/v)以下のポリエチレンイミンを添加する工程
(3)ポリエチレンイミン添加で生じた沈殿物を除去し、AAV結合性タンパク質を含む抽出液を取得する工程。
【請求項2】
回収工程が、イオン交換クロマトグラフィ用担体に抽出液をアプライする工程と、前記担体から溶出したAAV結合性タンパク質を含む画分を回収する工程とを少なくとも含む、請求項1に記載の精製方法。
【請求項3】
宿主が大腸菌(Escherichia coli)である、請求項1に記載の精製方法。
【請求項4】
AAV結合性タンパク質が、以下の(i)から(iii)のいずれかから選択されるポリペプチドである、請求項1から3のいずれかに記載の精製方法;
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド、
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基において、1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド、
(iii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基からなるアミノ酸配列に対して70%以上の相同性を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中に含まれるアデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質の精製方法に関する。特に本発明は、AAV結合性タンパク質を発現可能な遺伝子組換え宿主の培養物から、当該タンパク質を工業的に製造するのに適した精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アデノ随伴ウイルス(AAV)はパルボウイルス科(Parvoviridae)、ディペンドウイルス属(Dependovirus)に分類される非エンベロープウイルスである。AAV外殻粒子は3種類のタンパク質(VP1、VP2およびVP3)で構成されており、約60のタンパク質分子がおよそVP1:VP2:VP3=1:1:10の比率で混在し集合することで、直径20nmから30nmの正二十面体の形状をしている。
【0003】
AAVはヒトを含む広範な種の細胞に感染可能で、血球、筋、神経細胞などの分化を終えた非分裂細胞にも感染すること、ヒトに対する病原性がないため副作用の心配が低いこと、ウイルス粒子が物理化学的に安定であること、などから、先天性遺伝子疾患の治療を目的とした遺伝子導入用のベクターとしての利用価値が注目されている。
【0004】
AAVを簡便かつ高純度に精製する方法として、不溶性担体と当該担体に固定化したAAV結合性タンパク質(AAVへの結合活性を有したタンパク質)とを含むAAV吸着剤を用いたアフィニティクロマトグラフィで精製する方法が知られている(特許文献1)。前記方法でAAVを大量精製するには、AAV吸着剤のリガンドであるAAV結合性タンパク質を高純度かつ大量に製造する必要がある。
【0005】
AAV結合性タンパク質を遺伝子組換え技術を利用して製造する場合、AAV結合性タンパク質を発現可能な遺伝子組換え宿主を作製し、当該宿主を培養することで前記タンパク質を発現させた後、得られた培養物中に含まれる前記タンパク質を抽出し精製することで製造するが、精製収量と純度のさらなる向上が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2021/106882号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、アデノ随伴ウイルス結合性タンパク質を発現可能な遺伝子組換え宿主の培養物から、当該タンパク質を高収量かつ高純度に精製可能な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは鋭意検討した結果、アデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質を発現可能な遺伝子組換え宿主の培養物に含まれる前記宿主を溶解させた後、適切な添加物を添加し、当該添加で生じた沈殿物を除去した抽出液から前記タンパク質を回収することで、AAV結合性タンパク質を高収量、高純度かつ大量に精製できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち本発明は、以下の発明を包含する:
[1]アデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質を発現可能な遺伝子組換え宿主の培養物中に含まれる当該宿主が発現した前記タンパク質の抽出工程と、
得られた抽出液中に含まれるAAV結合性タンパク質の回収工程とを含む、
AAV結合性タンパク質の精製方法であって、
抽出工程が以下の(1)から(3)に示す工程を少なくとも含む、前記精製方法;
(1)前記培養物中に含まれる遺伝子組換え宿主を溶解させる工程
(2)得られた溶解液に終濃度0.08%(w/v)以上0.25%(w/v)以下のポリエチレンイミンを添加する工程
(3)ポリエチレンイミン添加で生じた沈殿物を除去し、AAV結合性タンパク質を含む抽出液を取得する工程。
【0010】
[2]回収工程が、イオン交換クロマトグラフィ用担体に抽出液をアプライする工程と、前記担体から溶出したAAV結合性タンパク質を含む画分を回収する工程とを少なくとも含む、前記[1]に記載の精製方法。
【0011】
[3]宿主が大腸菌(Escherichia coli)である、前記[1]または[2]に記載の精製方法。
【0012】
[4]AAV結合性タンパク質が、以下の(i)から(iii)のいずれかから選択されるポリペプチドである、前記[1]から[3]のいずれかに記載の精製方法;
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド、
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基において、1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド、
(iii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基からなるアミノ酸配列に対して70%以上の相同性を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、アデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質を発現可能な遺伝子組換え宿主の培養物中に含まれる当該宿主が発現した前記タンパク質を抽出し、得られた抽出液中に含まれるAAV結合性タンパク質を回収することで、前記タンパク質を精製する方法において、前記抽出を、前記培養物中に含まれる遺伝子組換え宿主を溶解させる工程と、得られた溶解液に終濃度0.08%(w/v)以上0.25%(w/v)以下のポリエチレンイミンを添加する工程と、ポリエチレンイミン添加で生じた沈殿物を除去し、AAV結合性タンパク質を含む抽出液を取得する工程とを少なくとも含む方法で行なうことを特徴としており、前記タンパク質を高収量かつ高純度に精製できる。したがって、当該宿主を用いたAAV結合性タンパク質の製造方法に、本発明の精製方法を組み込むことで、高純度な前記タンパク質を工業的に大量製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】AAV結合性タンパク質発現大腸菌溶解液に、ポリエチレンイミン(PEI)を未添加、または終濃度で0.05%(w/v)、0.1%(w/v)、0.2%(w/v)もしくは0.3%(w/v)添加し、当該添加で生じた沈殿物を除去した上清のキャピラリー電気泳動結果を示す図である。黒矢印で示すピークが、AAV結合性タンパク質に相当するピーク、白抜き矢印で示すピークが、内部標準に相当するピークである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明について詳細に説明する。
【0016】
本明細書において、AAV結合性タンパク質を発現可能な遺伝子組換え宿主は、例えば、前記タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む発現プラスミドで宿主を形質転換することで取得できる。前記宿主は、AAV結合性タンパク質を発現可能な限り、特に限定はなく、例えば、COS細胞やCHO(Chinese Hamster Ovary)細胞に代表される動物細胞、大腸菌(Escherichia coli)、枯草菌(Bacillus subtilis)に代表されるバチルス(Bacillus)属(ブレビバチルス(Brevibacillus)属細菌やパエニバチルス(Paenibacillus)属細菌のような広義のバチルス属細菌も含む)、コリネ菌(Corynebacterium glutamicum)に代表されるコリネバクテリウム(Corynebacterium)属細菌、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、ピキア(Pichia)属、シゾサッカロマイセス(Schizosaccharomyces)属に代表される酵母、麹菌(Aspergillus oryzae)に代表される糸状菌が例示できる。中でも、取扱いが簡便かつ高密度に培養可能な大腸菌を前記宿主とすると好ましい。なお宿主が大腸菌の場合は、一例として、WO2021/106882号に開示した方法により培養することで前記タンパク質を発現させることができるが、大腸菌が増殖しAAV結合性タンパク質を発現させることができれば、特に発現ベクターや大腸菌の種類、培養方法に限定はない。
【0017】
本発明において、AAV結合性タンパク質を発現可能な遺伝子組換え宿主の培養物から前記タンパク質を抽出するには、まず前記培養物に含まれる前記宿主を溶解し、前記タンパク質を含む溶解液を取得する必要がある。前記宿主の溶解は、例えば、培養液を遠心分離して得られる宿主細胞を適切な緩衝液で懸濁後、物理的および/または化学的に宿主を溶解することで、ペリプラズムを含む前記宿主の細胞内に発現したタンパク質を含む溶解液を得ればよい。なお宿主細胞を化学的に溶解させる場合、例えば、後述する実施例に記載の方法や、特開2013-252099号公報に開示した方法を用いてもよく、BugBuster Protein extraction kit(メルク社製)等の市販の試薬を用いてもよい。
【0018】
本発明は、前述した方法で宿主を溶解させた液(以下、単に「溶解液」とも表記する)に終濃度0.08%(w/v)以上0.25%(w/v)以下のポリエチレンイミン(PEI)を添加する工程と、当該添加で生じた沈殿を除去する工程とを少なくとも含む方法でAAV結合性タンパク質を精製することを特徴としている。
【0019】
本発明者は、宿主を溶解してAAV結合性タンパク質を抽出する必要がある場合、前記溶解液には、前記宿主由来の核酸などの不純物が大量に含まれており、当該不純物はAAV結合性タンパク質の精製効率および純度に影響を及ぼすのではと考えた。そこで、クロマトグラフィによる精製など後続の精製を行なう前に、前記溶解液中に含まれる核酸などを除去するためにポリエチレンイミンで処理することで、AAV結合性タンパク質を高収量かつ高純度で精製できるのではと考え、検討した。
【0020】
溶解液に添加するPEIは、液状かつ溶解液に添加した際に溶解する性状のものであれば特に限定はなく、例えば平均分子量400以上20万以下の直鎖または枝状のPEIがあげられる。宿主溶解液へのPEI添加濃度は、具体的には、終濃度で0.08%(w/v)以上0.25%(w/v)以下であれば高収量かつ高純度にAAV結合性タンパク質を精製でき、0.10%(w/v)以上0.25%(w/v)以下にすると、さらに高収量かつ高純度にAAV結合性タンパク質を精製できる点でより好ましい。またPEI添加の際は、撹拌操作と同時に行なうと好ましい。撹拌時間としては、例えば、24時間以下が好ましい。PEI添加より生じた沈殿物は、例えば、膜ろ過や遠心分離により除去することで、AAV結合性タンパク質を含む抽出液を取得できる。
【0021】
前述した方法でAAV結合性タンパク質を含む抽出液を取得した後は、当該抽出液からAAV結合性タンパク質を回収し、精製する。高純度なAAV結合性タンパク質を回収する方法の好ましい一例として、クロマトグラフィ用担体に前記抽出液をアプライする工程と、前記担体から溶出したAAV結合性タンパク質を含む画分を回収する工程とを少なくとも含む方法があげられる。前記クロマトグラフィ用担体は、AAV結合性タンパク質の純度が向上できる担体であれば特に限定はないが、イオン交換クロマトグラフィ用担体(陰イオン交換クロマトグラフィ用担体、陽イオン交換クロマトグラフィ用担体)、疎水性相互作用クロマトグラフィ用担体、ゲルろ過クロマトグラフィ用担体、複数の分離モードを持つミックスモードクロマトグラフィ用担体などがあげられる。中でもAAV結合タンパク質が効率良く安定に回収できる点で、イオン交換クロマトグラフィ用担体をクロマトグラフィ用担体として用いると好ましい。
【0022】
クロマトグラフィ用担体の基材となる不溶性担体は、前述したAAV結合性タンパク質を含む抽出液や精製に用いる溶液(溶出液、平衡化液、洗浄液など)に対して不溶性であれば特に限定はなく、一例として、アガロース、アルギネート(アルギン酸塩)、カラゲナン、キチン、セルロース、デキストリン、デキストラン、デンプン等の多糖質を原料とした担体や、ポリビニルアルコール、ポリメタクレート、ポリ(2-ヒドロキシエチルメタクリレート)、ポリウレタン等の合成高分子を原料とした担体や、シリカ等のセラミックスを原料とした担体があげられる。
【0023】
陰イオン交換クロマトグラフィ用担体は、前述した不溶性担体と当該担体に固定化した陰イオン交換基とを含む担体であれば特に限定はない。陰イオン交換基の一例として、タンパク質精製の分野で通常用いられる、ジエチルアミノエチル(DEAE)基、四級アンモニウム(Q)基、一級アミノ基があげられる。またTOYOPEARL DEAE-650、TOYOPEARL QAE-650、TOYOPEARL SuperQ-650、TOYOPEARL NH2-750(以上、東ソー社製)、Q Sepharose Fast Flow(サイティバ社製)といった市販の陰イオン交換クロマトグラフィ用担体をそのまま用いてもよい。
【0024】
陽イオン交換クロマトグラフィ用担体も、前述した不溶性担体と当該担体に固定化した陽イオン交換基とを含む担体であれば特に限定はない。陽イオン交換基の一例として、タンパク質精製の分野で通常用いられる、カルボキシメチル(CM)基、スルホプロピル(SP)基、スルホ基があげられる。またTOYOPEARL CM-650、TOYOPEARL SP-650、TOYOPEARL GigaCap S-650(以上、東ソー社製)、CM Sepharose Fast Flow(サイティバ社製)といった市販の陽イオン交換クロマトグラフィ用担体をそのまま用いてもよい。
【0025】
本発明での精製対象タンパク質である、AAV結合性タンパク質は、AAVと結合可能なポリペプチドであれば特に制限はなく、インテグリンなどのラミニン受容体、抗AAV抗体やAAV受容体(AAVR)が例示できる。
【0026】
AAV結合性タンパク質がAAVRである場合の好ましい態様として、以下の(i)から(iii)のいずれかに示すポリペプチドがあげられる;
(i)配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチド、
(ii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目ま置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド、
(iii)配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該312番目から500番目までのアミノ酸残基からなるアミノ酸配列に対して70%以上の相同性を有し、かつAAV結合活性を有するポリペプチド。
【0027】
なお配列番号1に記載のアミノ酸配列は、AAVRの一態様であるKIAA0319L(公式データベース:UniProt、アクセッションナンバー:Q8IZA0)のアミノ酸配列であり、配列番号1に記載のアミノ酸配列の312番目のセリン(S)から500番目のアスパラギン酸(D)までのアミノ酸残基は、KIAA0319Lの細胞外領域ドメイン1(PKD1)およびドメイン2(PKD2)に相当する領域である。
【0028】
前記(i)から(iii)のいずれかに示すポリペプチドは、前述したKIAA0319LのPKD1およびPKD2に相当する領域を少なくとも含んでいればよく、例えば、PKD2のC末端側にある他の細胞外領域ドメイン(ドメイン3(PKD3)、ドメイン4(PKD4)およびドメイン5(PKD5))に相当する領域の全てまたは一部を含んでもよいし、PKD1のN末端側にあるMANSC(Motif At N terminus with Seven Cysteines)ドメインなどのシグナル配列に相当する領域やシステインリッチな領域の全てまたは一部を含んでもよいし、細胞外領域のN末端側および/またはC末端側にある膜貫通領域ならびに細胞内領域の全てまたは一部を含んでもよい。
【0029】
前記(ii)の一例として、配列番号2に記載のアミノ酸配列のうち25番目のセリンから213番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基を少なくとも含むポリペプチドや、WO2021/106882号で開示のAAV結合性タンパク質、があげられる。また前記(ii)に記載の置換、欠失、挿入、または付加の例として、WO2021/106882号で開示しているアミノ酸残基の置換があげられる。
【0030】
前記(ii)における、「1もしくは数個」とは、AAVRの立体構造におけるアミノ酸置換の位置やアミノ酸残基の種類によっても異なるが、一例として、1個以上50個以下、1個以上30個以下、1個以上20個以下、1個以上10個以下、1個以上9個以下、1個以上8個以下、1個以上7個以下、1個以上6個以下、1個以上5個以下、1個以上4個以下、1個以上3個以下、1個以上2個以下、1個のいずれかを意味する。「1もしくは数個」のアミノ酸残基の置換は、例えば、AAV結合活性を有する限り、WO2021/106882号で開示のアミノ酸残基の置換以外の位置に生じてよい。
【0031】
なお前記(ii)における「1もしくは数個のアミノ酸残基の置換」には、前述した特定位置におけるアミノ酸置換の他に、物理的性質および/または化学的性質が類似したアミノ酸間で置換が生じる保守的置換が生じてもよい。保守的置換は、一般に、置換が生じているものと置換が生じていないものとの間でタンパク質の機能が維持されることが当業者において知られている。保守的置換の一例としては、グリシンとアラニン間、セリンとプロリン間、またはグルタミン酸とアラニン間での置換があげられる(タンパク質の構造と機能,メディカル・サイエンス・インターナショナル社、9、2005)。また前記(ii)における「1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加」には、AAVRの由来の違いや、種の違いなどに基づく、天然にも存在する変異(mutantまたはvariant)も含まれる。
【0032】
前記(iii)におけるアミノ酸配列の相同性は70%以上あればよく、それ以上の相同性(例えば、80%以上、85%以上、90%以上または95%以上)を有してもよい。なお本明細書において「相同性」とは、類似性(similarity)または同一性(identity)を意味してよく、特に同一性を意味してもよい。「アミノ酸配列の相同性」とは、アミノ酸配列全体に対する相同性を意味する。アミノ酸配列間の「同一性」とは、それらアミノ酸配列における種類が同一であるアミノ酸残基の比率を意味する(実験医学、31(3)、羊土社)。アミノ酸配列間の「類似性」とは、それらアミノ酸配列における種類が同一であるアミノ酸残基の比率と側鎖の性質が類似したアミノ酸残基の比率の合計を意味する(実験医学、31(3)、羊土社)。アミノ酸配列の相同性は、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)やFASTA等のアラインメントプログラム(alignment program)を利用して決定できる。
【実施例0033】
以下、実施例および比較例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら例に限定されるものではない。
【0034】
実施例1 アデノ随伴ウイルス(AAV)結合性タンパク質を発現可能な遺伝子組換え大腸菌培養物の調製
精製方法の検討で用いる、AAV結合性タンパク質を発現可能な遺伝子組換え大腸菌の培養物を、以下に示す方法で調製した。
【0035】
(1)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるAAV結合性タンパク質AVR11aを含むポリペプチド、をコードするポリヌクレオチド(配列番号3)を含むプラスミドpTrcAVR11a-CRNDTCG-V1で大腸菌W3110株を形質転換し、得られたAVR11aを発現可能な形質転換体を、250mLバッフル付きフラスコに入れた50μg/mLカナマイシンを含む2×YT(1.0%(w/v)酵母エキス、1.6%(w/v)ペプトン、0.5%(w/v)塩化ナトリウム)液体培地50mLに接種後、37℃で一晩振とう培養することで前培養液を調製した。なお配列番号2において、1番目のメチオニン(M)から22番目のアラニン(A)までがDsbCシグナルペプチドであり、25番目のセリン(S)から213番目のアスパラギン酸(D)までがAAV結合性タンパク質AVR11aであり、214番目のシステイン(C)から220番目のグリシン(G)までが不溶性担体への固定化用タグであるシステインタグ配列である。またAVR11aは、AAV受容体KIAA0319Lの細胞外ドメイン1(PKD1)およびドメイン2(PKD2)(配列番号1の312番目のセリンから500番目のアスパラギン酸までのアミノ酸残基)に対して、以下の(I)から(XI)に示すアミノ酸置換が生じたポリペプチドである。
(I)配列番号1の317番目(配列番号2では30番目)のバリンがアスパラギン酸に置換
(II)配列番号1の362番目(配列番号2では75番目)のリジンがグルタミン酸に置換
(III)配列番号1の371番目(配列番号2では84番目)のリジンがアスパラギンに置換
(IV)配列番号1の390番目(配列番号2では103番目)のグリシンがセリンに置換
(V)配列番号1の399番目(配列番号2では112番目)のリジンがグルタミン酸に置換
(VI)配列番号1の476番目(配列番号2では189番目)のセリンがアルギニンに置換
(VII)配列番号1の487番目(配列番号2では200番目)のアスパラギンがアスパラギン酸に置換
(VIII)配列番号1の330番目(配列番号2では43番目)のアラニンがバリンに置換
(IX)配列番号1の342番目(配列番号2では55番目)のチロシンがセリンに置換
(X)配列番号1の381番目(配列番号2では94番目)のバリンがアラニンに置換
(XI)配列番号1の382番目(配列番号2では95番目)のイソロイシンがバリンに置換
(2)オートクレーブ滅菌済の本培養培地(4.0%(w/v)酵母エキス、0.3%(w/v)リン酸三ナトリウム・十二水和物、0.9%(w/v)リン酸水素二ナトリウム・十二水和物、0.2%(w/v)硫酸マグネシウム・七水和物、0.2%(w/v)塩化アンモニウム、1.0%(w/v)グルコース、10mg/L硫酸鉄(II)七水和物、5mg/L塩化マンガン・四水和物、50μg/mLカナマイシン)1.2Lが入った3L容量の培養槽に、(1)の前培養液36mLを添加し、温度30℃、撹拌数400rpm、pH6.9から7.1、通気量(空気)1.5L/分、溶存酸素濃度が飽和濃度の約30%になるよう、撹拌回転数(最大700rpm)を自動制御する条件で本培養を開始した。なお、培地中のグルコースが消費され枯渇した時点で流加培地(42.5%(w/v)グルコース、14.2%(w/v)酵母エキス、1.2%(w/v)硫酸マグネシウム・七水和物)をDOスタット法で添加した。
【0036】
(3)本培養開始から20時間後に0.5mol/L IPTG(IsoPropyl β-D-1-ThioGalactopyranoside)を0.3mL添加し、温度25℃に、撹拌数を600rpmに変更して、さらに28時間培養を行なった。得られた培養液を遠心分離し、AAV結合性タンパク質を含む大腸菌の菌体(培養物)を回収した。
【0037】
(4)(3)で回収した菌体1g(湿重量)に対して、抽出液(1mmol/L EDTA(pH8.0)、2mmol/L硫酸マグネシウム、250units/L Benzonase(メルク社製)、0.005%(w/v)リゾチーム、0.5%(w/v)Triton X-100(商品名)を含む50mmol/Lリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.0))を5mL加えることで菌体を溶解させた。
【0038】
(5)遠心分離し上清を回収後、0.2μmのフィルターでろ過することで、AAV結合性タンパク質を含む溶解液を取得した。
【0039】
実施例2 AAV結合性タンパク質を含む溶解液へのポリエチレンイミン添加
(1)実施例1で取得したAAV結合性タンパク質を含む溶解液に、終濃度で(a)0.05%(w/v)、(b)0.1%(w/v)、(c)0.2%(w/v)または(d)0.3%(w/v)になるよう、10%(w/v)に調製したポリエチレンイミン溶液(MP Biomedical社のポリエチレンイミン50%水溶液を希釈)を添加後、そのまま室温にて60分間撹拌した。
【0040】
(2)(1)の操作で生じた沈殿物を遠心分離で除去し上清を回収後、分光光度計(NanoDrop 1000、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)より回収した上清の260nm(A260)および280nm(A280)の吸光度を測定し、その吸光度比(A260/A280)を求めた。
【0041】
(3)(2)で回収した上清をキャピラリーSDSゲル電気泳動分析計(PA800 plus、SCIEX社製)よりAAV結合性タンパク質量を求めた。
【0042】
比較例1
実施例2(1)で10%(w/v)ポリエチレンイミン溶液を添加しない他は、実施例2と同様な方法でAAV結合性タンパク質量を求めた。
【0043】
実施例2および比較例1における分光光度計の結果をまとめて表1に示す。表1において吸光度比(A260/A280)が小さいほど、溶解液中に含まれる核酸量すなわち不純物量が少ないことを示している。ポリエチレンイミンの添加(実施例2(a)から(d))により、ポリエチレンイミン未添加(比較例1)と比較し、吸光度比が低下した。以上の結果から、溶解液に終濃度0.02%(w/v)以上0.5%(w/v)以下のポリエチレンイミンを添加し、当該添加で生じた沈殿物を除去する工程を行なうことで、当該溶解液中に含まれる核酸などの不純物を効率的に除去できることがわかる。
【0044】
またポリエチレンイミンを終濃度で0.1%(w/v)(実施例2(b))添加すると吸光度比がさらに低下し、0.2%(w/v)(実施例2(c))添加するとさらにより低下した一方、0.3%(w/v)(実施例2(d))添加したときの吸光度比は0.2%(w/v)(実施例2(c))添加したときとほぼ同じ値を示した。このことから、AAV結合性タンパク質の純度の点では、溶解液に添加するポリエチレンイミンを終濃度で0.08%(w/v)以上0.5%(w/v)以下にするとより好ましく、0.10%(w/v)以上0.5%(w/v)以下にするとさらにより好ましいことがわかる。
【0045】
【表1】
【0046】
実施例2および比較例1におけるキャピラリーSDSゲル電気泳動分析計の結果(エレクトロフェログラム)をまとめて図1に示す。内部標準およびAAV結合性タンパク質に相当するピーク以外のピークは、大腸菌由来の夾雑物を示すと考えられる。またエレクトロフェログラム(図1)のうち、AAV結合性タンパク質に相当するピーク(図1中、黒矢印で示したピーク)の面積比を算出した結果を表2に示す。なお表2中、面積比は、(a)ポリエチレンイミン未添加でのピーク面積をそれぞれ100とした相対値である。ポリエチレンイミンを終濃度で0.05%(w/v)(実施例2(a))、0.1%(w/v)(実施例2(b))および0.2%(w/v)(実施例2(c))添加したときは、ポリエチレンイミン未添加(比較例1)での回収量(ピーク面積)に対し85%以上と同等の回収量を示したが、終濃度で0.3%(w/v)(実施例2(d))添加したときは回収量が著しく低下した。
【0047】
以上の結果から、AAV結合性タンパク質の回収量の点では、溶解液に添加するポリエチレンイミンを終濃度で0.02%(w/v)以上0.25%(w/v)以下にすると好ましいことがわかる。
【0048】
【表2】
【0049】
表1および表2の結果を総括すると、AAV結合性タンパク質を含む溶解液に添加するポリエチレンイミン量を増加させると、核酸などの不純物をより効率的に除去できるようになるが、ある一定量以上添加してしまうと、AAV結合性タンパク質の回収量が減ってしまうことが分かった。高純度のAAV結合性タンパク質を高収量で得るための最適なポリエチレンイミンの添加量は終濃度で0.08%(w/v)以上0.25%(w/v)以下、より好ましくは0.10%(w/v)以上0.25%(w/v)以下であることがわかる。
【0050】
実施例3 本発明の方法を利用したAAV結合性タンパク質の精製
(1)実施例1で得られたAAV結合性タンパク質を含む溶解液90mLに、終濃度0.2%(w/v)となるよう、10%(w/v)ポリエチレンイミン溶液1.8mLを加え、室温にて60分間撹拌した。本操作で生じた沈殿物は遠心分離で除去し上清を回収した。
【0051】
(2)(1)で回収した上清を0.2μmのフィルターでろ過後、平衡化液A(100mmol/L塩化ナトリウムを含む50mmol/Lトリス塩酸緩衝液(pH7.5))であらかじめ平衡化した、陰イオン交換クロマトグラフィ用担体(TOYOPEARL SuperQ-650M、東ソー社製)を充填したカラム(容量80mL)に、流速20mL/minでアプライした。
【0052】
(3)7カラムボリューム(CV)の平衡化液Aを用いて洗浄した後、3CVの溶出液(200mmol/L塩化ナトリウムを含む50mmol/Lトリス塩酸緩衝液(pH7.5)を用いてAAV結合性タンパク質を溶出させ、AAV結合性タンパク質を含む画分として141mLを回収した。
【0053】
(4)(3)で回収した画分にイオン交換水525mLおよび50mmol/Lリン酸75mLを添加し、pHを2.8に、電気伝導度を5.5mS/cmに調整後、平衡化液B(15mmol/L塩化ナトリウムを含む50mmol/Lリン酸緩衝液(pH2.7))であらかじめ平衡化した、陽イオン交換クロマトグラフィ用担体(TOYOPEARL CM-650M、東ソー社製)を充填したカラム(容量76mL)に、流速19mL/minでアプライした。
【0054】
(5)4CVの平衡化液Bで押出すことで、AAV結合性タンパク質を含む画分630mLを回収した。
【0055】
(6)(5)で回収した画分に0.5mol/Lリン酸三ナトリウム溶液10mLを添加し、pHを7.0に調整後、分画分子量10000の限外ろ過膜を用いてAAV結合性タンパク質の濃縮および低分子物質を除去し、濃縮液を調製した(濃縮液量:48mL)。
【0056】
(7)(6)で調製した濃縮液をサイズ排除クロマトグラフィ(使用カラム:TSKGel G2000SWXL、東ソー社製)およびSDS-PAGE(SDS-ポリアクリルアミド電気泳動)に供し(供した量はタンパク質量として1.0μgと1.5μg)、AAV結合性タンパク質の純度を測定した。
【0057】
比較例2
実施例3(1)で10%(w/v)ポリエチレンイミン溶液の添加を行なわない他は、実施例3と同様な方法で、AAV結合性タンパク質を精製し、サイズ排除クロマトグラフィで純度測定した。なお実施例(6)と同様な方法で調製した濃縮液の量は36mLである。
【0058】
実施例3および比較例2の結果をまとめたものを表3に示す。AAV結合性タンパク質を含む溶解液にポリエチレンイミンを添加して抽出液を取得し精製したとき(実施例3)の前記タンパク質の回収量は117mgと、ポリエチレンイミンを添加せず抽出液を取得し精製したとき(比較例2)の回収量(89mg)よりも多かった。さらにサイズ排除クロマトグラフィで求めたAAV結合性タンパク質の純度も、ポリエチレンイミンを添加して抽出液を取得し精製したとき(実施例3)のほうが、ポリエチレンイミンを添加せず抽出液を取得し精製したとき(比較例2)よりも高かった(実施例3:98%、比較例2:94%)。
【0059】
【表3】
【0060】
以上の結果から、AAV結合性タンパク質を発現可能な遺伝子組換え宿主の培養物から当該タンパク質を精製する際、前記培養物中に含まれる遺伝子組換え宿主の溶解液にポリエチレンイミンを添加し、当該添加で生じた沈殿物を除去した抽出液を用いて精製することで、高純度なAAV結合性タンパク質を高収量で得られることがわかる。
図1
【配列表】
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